受験生必見。“絶対落ちない”合格祈願の山が三重にある

涼しい風に、秋の深まりを感じるこの頃。今年もあっという間に夏が終わってしまいました。受験を控えた学生たちにとっては、そろそろ受験勉強も追い込みのシーズンなのではないでしょうか。

そこで受験生に朗報です。三重県には、“絶対に落ちない”合格祈願スポットがあるのだとか。

三重県・菰野町から滋賀県・東近江市へと連なる、標高1,212メートルの御在所岳 (ございしょだけ) 。登山やロープウェイでの自然散策が人気の山ですが、実は受験生にも人気が出ているようなのです。その真相を確かめに、いざ噂の山へ。

登山した人だけが遭遇できる “絶対落ちない”スポット

御在所岳はロープウェイで山頂まで行ける山ですが、合格祈願スポットがあるという場所は中登山道という登山ルートの途中。

岩場が続くルートのため、しっかりとした準備が必要です。登山が趣味の私。嬉々として、フル装備で挑みます。

御在所岳

道中には、数々の巨岩が。その迫力に圧倒されながら歩みを進めます。雨の日は滑りやすいので、天気の良い日を見計らって行くのがおすすめです。

御在所岳

中腹あたりまで登ったところで遭遇したのは、縦に積み上がったように連なる不思議な岩。

御在所岳の地蔵岩
提供:菰野町観光協会

見れば見るほど、なんとも絶妙なバランスを保っています。

御在所岳の地蔵岩
提供:菰野町観光協会

2つの岩の間に挟まるように、四角形の岩が斜めに乗ったその姿。「地蔵岩」と呼ばれるこの岩は、“絶対に落ちない”ことで知られています。

そう、こちらが噂の合格祈願スポット。

御在所岳には奇岩・珍岩として名前のついた岩がいくつもありますが、その中でも地蔵岩は特に有名です。受験シーズンになると、験を担ぎたい受験が親子で訪れることも多いのだとか。

岩場をよじ登り、くぐり抜け、汗を流さねば辿り着けない道のりは、合格へ向かって挑む受験の道そのもののよう。困難を乗り越えやっと出会うことのできた“絶対に落ちない”岩は、ありがたさもひとしおです。

縁起のいい光景をしばし眺めながら休憩したら、もちろん山頂へ。

御在所岳ロープウエイ

中登山道を登りきると、ロープウェイの山上公園駅に出ます。歩いて御在所岳頂上へ向かうこともできますが、観光リフトに乗ればラクラク移動。

山頂付近の景色

帰りは、体力があればまた下山もがんばりたいところですが‥‥上りだけで精一杯だった私はロープウェイを利用。登山慣れしていて体力に自信のある方以外は、行きは中登山道・帰りはロープウェイ、と考えておくのが良いですね。

あっぱれな景色を楽しみに、登山も受験も頂を目指しましょう!
あっぱれな景色を楽しみに、登山も受験も頂を目指しましょう!

カモシカ愛から生まれた、“落ちない”絵馬

御在所岳の合格祈願は、これで終わりではありません。もうひとつ、地蔵岩以外にも縁起の良いものがあるのです。

それは、御在所ロープウエイのお土産ショップや、菰野町のお土産や銘品を取り扱うウェブショップ「カモシカ商店」で購入することができる“落ちない”絵馬。

カモシカ絵馬

その正体を確かめるため、訪れたのは「カモシカ商店」を運営するNPO法人三重県自然環境保全センター。

「1960年から2007年まで、御在所岳の頂上に『カモシカセンター』があったんです。そこでニホンカモシカを飼育し、訪れた皆さんが見れるようになっていました。当時つくったのが、この絵馬なんです」

教えてくれたのは三重県自然環境保全センターのスタッフ、北岡沙彩さん。

“落ちない絵馬”こと「カモシカ合格祈願の絵馬」のモチーフになっているカモシカ。
どうやら、カモシカに“落ちない”理由が隠されている!?

その秘密について話してくれたのは、同センター理事長にして「カモシカ合格祈願の絵馬」生みの親、森豊さんです。

三重県自然環境保全センター理事長の森豊さん
三重県自然環境保全センター理事長の森豊さん

「“絶壁に立っても落ちない”のが、カモシカの習性なんです。なぜなら鋭い蹄を持ち、足裏が吸盤のようになっているから。敵から身を守るため、他の動物が寄り付かない岩場を縄張りにしていたんですね」と森さん。

なるほど、それが“落ちない”といわれる所以だったのですね。

現在も御在所岳には、ニホンカモシカが生息。仲間と群れることなく、孤高の存在として生息しているニホンカモシカは、なんと氷河期時代から進化していないのだとか‥‥!

氷河期時代から進化していないのは、世界的にもニホンカモシカとオオサンショウウオとシーラカンスだけ。氷河期時代をも乗り越えるその踏ん張り、受験生でなくてもぜひあやかりたいものです。

絵馬についているお札には、御在所岳に生息するニホンカモシカの足跡と、手書きの「合格祈願」の文字。こちらもご利益がありそうです。

合格のお札

さらに絵馬のカモシカをよく見ると、首をかしげているような仕草。

絵馬の細部にも注目です
絵馬の細部にも注目です

“山の哲学者”ともいわれるカモシカは、このように首をかしげる習性があるんだそう。

カモシカについて話す森さんからは、終始カモシカ愛を感じます。そんな愛と“落ちないパワー”あふれる絵馬は、自分用のほか、お子さんやお孫さんにプレゼントするため購入する人も多いんだとか。

“落ちない岩”、“落ちない絵馬”。

確かに三重県には、御在所岳という”絶対に落ちない”合格祈願スポットがありました。

縁起のよい山登りを終えた後は、御在所岳ふもとの湯の山温泉で癒やしのひとときを。温泉のパワーが受験勉強にひと役かってくれそうです。

赤穂浪士討ち入りの際に大石内蔵助が立ち寄ったエピソードも残されている、由緒ある湯の山温泉
赤穂浪士討ち入りの際に大石内蔵助が立ち寄ったエピソードも残されている、由緒ある湯の山温泉。御在所岳のふもとにあります

<取材協力> *アイウエオ順
カモシカ商店
https://www.komono-omiyage.com/

菰野町観光協会
三重郡菰野町大字菰野2256-10
059-394-0050

三重県自然環境保全センター
三重郡菰野町田口新田2449-2
059-325-6386


こもガク×大日本市菰野博覧会

工芸、温泉、こもの旅。

こもガク×大日本市菰野博覧会

10月12日 (金) ~14日 (日) の3日間、「萬古焼」「湯の山温泉」「御在所岳」「里山」など豊かな魅力を持つ町三重県菰野町で「こもガク×大日本市菰野博覧会」が開催されます。

期間中「さんち〜工芸と探訪〜」のスマートフォンアプリ「さんちの手帖」は、 「こもガク×大日本市菰野博覧会」の公式アプリとして見どころや近くのイベント情報を配信します。また、各見どころで「旅印」を集めるとプレゼントがもらえる企画も実施。多彩なコンテンツで“工芸と遊び、体感できる”イベントです。ぜひお越しください!

【開催概要】
開催名:「こもガク×大日本市菰野博覧会」
開催期間:2018年10月12日 (金) ~14日 (日)
開場:三重県三重郡菰野町
主催:こもガク×大日本市菰野博覧会実行委員会

公式サイト
公式Facebookページ
公式ガイドアプリ(さんちの手帖)


文:齊藤美幸
写真:西澤智子

300年続く照れ隠し。顔を見せないことで洗練された伝統の踊り

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

最近は朝晩にすっと秋の気配を感じますが、富山ではあるお祭りが、秋の合図だそうです。お祭りの名は「越中八尾 (えっちゅうやつお) おわら風の盆」。毎年9月1日〜3日にかけて富山市八尾町一帯の町まちで繰り広げられる郷土芸能です。

その幻想的とも言われる「おわら」の風景を見たくて、一足早く前夜祭へ行ってきました。

北陸新幹線に乗って、いざ富山へ!
北陸新幹線に乗って、いざ富山へ!
到着した富山駅の近くで、早速「おわら」の気配。
到着した富山駅の近くで、早速「おわら」の気配。

歴史は300年以上!おわら風の盆とは?

「おわら風の盆」が開かれるのは、富山県の八尾町。なだらかな坂沿いに昔ながらの家々が連なる情緒ある町並みが人気です。

道沿いのぼんぼりがお祭り気分を盛り上げる
道沿いのぼんぼりがお祭り気分を盛り上げる

「おわら風の盆」では、八尾町にある11の町それぞれに、編みがさを目深にかぶった若者たちが男女に分かれ、そろいの浴衣で民謡『越中おわら節』にあわせて町内を踊り歩きます。

その歴史は300年以上。発祥の起源は定かでないそうですが、江戸の元禄時代、町衆がお祝い事に三日三晩歌い踊り町を練り歩いたのが始まりと言われます。

もとは春に始まったお祭りは、次第に孟蘭盆会(うらぼんえ。旧暦7月15日)とも結びつき、やがて二百十日の風の厄日(ちょうど台風の多い季節)に風神鎮魂を願う「風の盆」という名の祭りに変化していきました。

ちなみに「おわら」という言葉の起源も諸説あり、芸達者な人が唄の中に「おわらひ(大笑い)」という言葉を差しはさんで踊ったからとか、その年の豊作を祈念した「おおわら(大藁)」説なども。

踊り子さん直伝で「おわら」をマスター。まずは曳山展示館へ

本番の3日間では11ある町会を巡りながら、町ごとに異なる衣装や唄の節回しなどの風情を楽しめます。前夜祭は混雑緩和のために始まったもので、11日前から各町が日替わりで踊りを披露し、本番さながらの雰囲気を味わえるようになっています。

富山駅から在来線で最寄りのJR越中八尾駅に着き、まず向かったのが「曳山 (ひきやま) 展示館」。ここでは期間中、実際の踊り手さんによる踊りの解説や、ステージ上での演舞を楽しむことができるので、予習にぴったりです。

曳山とは飾りものを据えた山車のこと。展示館正面の大扉が、曳山の大きさを物語ります
曳山とは飾りものを据えた山車のこと。展示館正面の大扉が、曳山の大きさを物語ります
「おわら」の他に、5月の曳山祭も有名な越中八尾地域。展示館内に保存されている曳山も豪華絢爛です
「おわら」の他に、5月の曳山祭も有名な越中八尾地域。展示館内に保存されている曳山も豪華絢爛です
基本の踊りを解説中。男女で踊り方が少しずつ異なります
基本の踊りを解説中。男女で踊り方が少しずつ異なります
力強くキレのある男踊り
力強くキレのある男踊り
たおやかで美しい女踊り
たおやかで美しい女踊り
豊作を祈願する芸能らしく、これは稲を刈っている姿を表すそう
豊作を祈願する芸能らしく、これは稲を刈っている姿を表すそう

夢中になって見ていると、風の盆が「幻想的」と称される理由が少しずつわかってくるような気がしてきました。

踊りに哀愁を添える胡弓 (こきゅう)の音色

地元の人たちが中心となって組まれる「地方衆」の登場です。本番に向け1年前から練習を始めるそう
地元の人たちが中心となって組まれる「地方衆」の登場です。本番に向け1年前から練習を始めるそう

風の盆の音楽は、踊り子のバックにつく地方 (じかた) と呼ばれる人たちが担います。曲の主旋律を弾く三味線に太鼓、高温で遠くへ響かすような唄い手と唄を支える囃子方、そして胡弓です。

踊り手のバックに地方衆。ご近所のおじちゃん、おばちゃんが唄や三味線を当たり前にできるって、なんてかっこいいんでしょう!
踊り手のバックに地方衆。ご近所のおじちゃん、おばちゃんが唄や三味線を当たり前にできるって、なんてかっこいいんでしょう!
哀愁を帯びた胡弓の音色が耳に残ります
哀愁を帯びた胡弓の音色が耳に残ります

胡弓は日本ではほぼ唯一とされる弓奏弦楽器。唄と楽器が溶け合うように旋律をつくる「おわら節」の中で、そのつややかな音色は独特の哀愁があります。元々のおわら節には使われていなかった楽器だそうで、1900年頃に輪島塗の旅職人が八尾にもたらしたものだとか。今では「おわら節」の象徴的な存在です。

顔の見えない編みがさ

一体どんな表情で踊っているのか。想像を掻き立てられます
一体どんな表情で踊っているのか。想像を掻き立てられます

かつて踊り子さんは気恥ずかしさから手ぬぐいをかぶって踊っていたそう。それが時代を重ねて、今や風の盆を象徴する編みがさに形を変えてきました。

前が見えているのかな?と不安になるくらい目深にかぶった編みがさで、踊り子さんの顔はほとんど見えません。その分、時おりチラリと覗くあごのラインや口元が印象強く残ります。

無表情、無言の踊り

地方衆の奏でる調べに乗る踊り子は、声を発しません。時おり編みがさから覗く横顔も、終始無表情のまま。

独特の調べが切れ目なく鳴り響く中、そろいの浴衣、無表情、無言で繰り返される同じ型の動き。否が応でも私の意識は、踊りの一挙手一投足に集中していきました。

表情が見えない分、女性らしい仕草が際立つ
表情が見えない分、女性らしい仕草が際立つ

踊り手の個性が全く打ち消されることで、時代をかけて洗練されてきた踊りの美しさにだけ、のめり込んでいくようです。気づくと、目頭が熱くなっていました。

いざ、町なかへ、踊りの舞台へ!

夢から醒めたようにステージを見終えると、外はすっかり夜。いよいよ町で踊りが始まります!ステージ上であれだけ人を夢中にさせる踊り、町の景色の中では一体どれほどの風情になるでしょう。期待を高めながら、いざ、今日の踊りの舞台、天満町 (てんまんちょう) へ。

ぼんぼりが町の夜をいろどります
ぼんぼりが町の夜をいろどります
細い路地にもオレンジの灯り
細い路地にもオレンジの灯り

踊りのメインステージは町によって異なるのですが、天満町は町内のお宮さんである天満宮前。臨時バスで駆けつけると、すでに大変な賑わいです!

老若男女、ひしめき合うように今か今かと踊りの始まりを待ちます
老若男女、ひしめき合うように今か今かと踊りの始まりを待ちます

本番前の踊り子さんたちの姿もちらほら見えて、ますます期待が高まります。

本番前の踊り子さんの姿も

お隣の公民館から三味線の音色などが聞こえ、さあいよいよ、と意気込んだところで、ポツポツと雨。次第に雨脚が強まり、なんと野外での踊りは中止となってしまいました‥‥!

まさかの雨、それでも‥‥

三味線や太鼓などの楽器は湿気に弱く、また踊り手さんも高価な衣装をまとっているために、風の盆は雨の中での開催はできません。急きょ公民館へ会場を変えて、踊りが始まります。

落胆したのもつかの間、支度の様子から間近で見ることで、個人が「名前のない踊り子」に変わっていく瞬間に立ち会うことができました。

どこかあどけなさも残る、開演前の踊り子さん。
どこかあどけなさも残る、開演前の踊り子さん。
ひとり、またひとりと編みがさをかぶってゆき‥‥
ひとり、またひとりと編みがさをかぶってゆき‥‥
演奏が始まりました
演奏が始まりました
黄色い浴衣は中学生の踊り子さん。静かに踊り出しを待ちます
黄色い浴衣は中学生の踊り子さん。静かに踊り出しを待ちます
唄が始まれば、先ほどのあどけなさはどこへやら
唄が始まれば、先ほどのあどけなさはどこへやら
女踊りはどこまでもしなやかに
女踊りはどこまでもしなやかに
見えそうで見えない素顔
見えそうで見えない素顔
男踊りはどこまでも力強く
男踊りはどこまでも力強く
踊りの終盤、男女合わせての踊りになります
踊りの終盤、男女合わせての踊りになります
決めのポーズでは、拍手が
決めのポーズでは、拍手が

おわら風の盆の始まりは、町をあげてのお祝い事に、町衆が三日三晩唄い踊り明かしたことといいます。踊り子は、踊っている間だけは普段の暮らしも名前も忘れて、ただ「嬉しい」「楽しい」といった感情にとっぷりと没入できるのだと思います。

切れ間なく続く唄、そろいの浴衣、目深な編みがさ、繰り返される踊りのパターンは、いわば「非日常スイッチ」。

積極的に型にはまっていくことで、誰もがあっという間に我を忘れていく。おわら風の盆は、踊る側も見る側も、非日常の世界へと誘ってくれます。

大人をお手本に、子供達の踊りの様子。こうして何世代もおわらは受け継がれていきます
大人をお手本に、子供達の踊りの様子。こうして何世代もおわらは受け継がれていきます

本番の3日間では深夜になり観光客がまばらになったあとも、興奮冷めやらぬ町の各所で自然と人の輪ができ、空が白むまで踊る姿がそこここに見られるそうです。

最終日の夜が明けた朝、始発列車で帰って行くお客さんを踊り子さんが見送る光景は実に美しく、涙する人もいるそう。

風の盆を終えた翌朝の風物詩、始発電車の見送り舞台となる越中八尾駅
風の盆を終えた翌朝の風物詩、始発電車の見送り舞台となる越中八尾駅

1年にたった3日間の、おわら風の盆。終われば富山に秋がやってきます。期間は毎年9月1日から3日まで。思い立ったらぜひ、我を忘れる幻想の世界へ、行ってみてくださいね。

<取材協力>
越中八尾観光協会
https://www.yatsuo.net/

こちらは、2017年9月2日の記事を再編集して掲載いたしました

ハズレなし。着物が生んだ居酒屋激選区、十日町で一杯

十日町の居酒屋は、どこに入ってもハズレがない。

大地の芸術祭の取材で新潟県十日町市を訪れた時、はじめに教わったのがこのことでした。

なんでも十日町は着物産業で栄えたために接待や宴席の需要が多く、自然と町全体のお店のレベルがあがってきたのだとか。

はけで染める工程。青柳独特の降り方の生地で染めに立体感が生まれています
着物メンテナンスの手元

ちょっと前まで人口に対する飲み屋さんの割合が日本一だったというレジェンドも耳にしました。

そんな美味しい噂を聞いたら、確かめないわけにはいきません。

夏でも日が暮れるとぐっと涼しくなる、この町独特の夜風に背中を押され、今日の晩酌は十日町で、地元民オススメの3軒をはしご酒。

「ALE beer&pizza」 地域おこし協力隊出身のクラフトビールとピザのお店

ALEのシカゴピザ

スタートから早々にイメージを打ち砕かれました。

着物の町と聞いて勝手に日本料理店が多いのだろうと思っていたのですが、1軒目の名前は英語で「ALE (エール) beer&pizza」。お店も洋の雰囲気です。

暗闇に浮かび上がるALEの看板
暗闇に浮かび上がるALEの看板
ALE店内
ALE店内、壁のポスター

「十日町って、飲食店の激戦区なんですよ。数も多いし、レベルも高い。そばやブランド豚、野菜など食材も豊富です。

だからそうした素材を、地元の人が普段しない食べ方で楽しめるお店にしたいなと思って」

そう語るのはお店の立ち上げに携わった高木千歩さん。

高木千歩さん

ご両親の出身地である十日町に2011年から地域おこし協力隊で滞在。任期満了と共に仲間と一緒に「地産地消をテーマにしたレストランを」とこのお店を開きました。

「地元食材の、地元の人が普段しない食べ方」として提案するのが、「クラフトビールとシカゴピザ」。もともとどちらも高木さんが好きだったものです。

シカゴピザは、キッシュのように分厚く、中にチーズと具材がたっぷりと入っているのが特徴。

本場にも赴いて研究したというピザは、シカゴからやって来たお客さんも太鼓判を押したそうです
本場にも赴いて研究したというピザは、シカゴからやって来たお客さんも太鼓判を押したそうです

ALEで提供するピザの具材には、地域おこし協力隊でお世話になった地域の野菜や、ブランド豚として名高い越後妻有ポークなど、地元の食材がふんだんに使われています。

「妻有ポーク」はスペアリブでも楽しめます
「妻有ポーク」はスペアリブでも楽しめます

あつあつのうちに頬張ると、具材の味、食感が口の中で次々に変化してどっしりと食べ応えがあります。1枚、もう1枚と手が伸びるうちに、ビールが進む、進む。

クラフトビールを注いでいるところ

合わせるクラフトビールは、はじめは他所から仕入れていたそうですが、「十日町のビールはないの?」とのお客さんの一声がきっかけで、ついに昨年、高木さんは自分で醸造所を立ち上げてしまいました。

十日町名物のそばを生かした「そばエール」など、この土地でしか味わえないクラフトビールブランド「妻有ビール」がお店をきっかけに誕生したのです。

他にも豪雪ペールエールなど、雪国の十日町らしいネーミングのクラフトビールが
他にも豪雪ペールエールなど、雪国の十日町らしいネーミングのクラフトビールが

「はじめはピザを食べに来てくれるお客さんが多かったのですが、今は少しずつ、クラフトビールを目当てに来てくれる方も増えて来ていて、嬉しいです」

使用するホップも今栽培に取り組んでいるとのこと。

協力隊を卒業しても、高木さんたちの地域おこしはずっと続いているのだと感じました。

高木さん

素敵な話も聞けて、1軒目からいい食事になったなぁ。この勢いで、次のお店へ向かいます。

「たか橋」 帰りの一杯から大所帯の宴会まで、十日町の日常に寄り添う店

住宅街に、明かりを発見。

たか橋の看板

カラリと扉を開けると、ワイワイと弾んだ声が聞こえてきます。声の感じは、家族連れや職場の宴会。地元の人たちで賑わっているようです。

入ってすぐ、のれんで仕切られたカウンターに席を確保。

たか橋のカウンター席

宴もたけなわの座敷席は廊下を挟んで少し離れているので、一人でやってきてものんびりくつろげそうです。さっそくオーダーを。

何かこの土地らしいものをいただきたいのですが‥‥

「土地らしい料理ですか?

そうですね、今日でしたら刺身はアジもメバルも甘エビも佐渡のものがありますよ」

お刺身

「野菜はお隣の津南町でとれたアスパラとズッキーニがあるので、フライにしましょうか。あと、妻有ポークのソテーにおろしポン酢をかけて」

地野菜のフライ
地野菜のフライ
妻有ポークのソテーに、おろしポン酢をたっぷりをかけて
妻有ポークのソテーに、おろしポン酢をたっぷりをかけて

「お酒は、地元の松乃井酒造さんがうちの定番ですね。このメニューなら吟醸生がいいかな。飲み口がいいから、飲みすぎないよう注意ですけど」

2軒目の晩酌セットが完成です!
2軒目の晩酌セットが完成です!

ポンポンと美味しそうなラインナップを提案してくれたのは「たか橋」2代目の高橋優介さん。

高橋優介さん。お隣津南町や東京の飲食店経験後、10年前から「たか橋」で日々腕をふるっています
高橋優介さん。お隣津南町や東京の飲食店経験後、10年前から「たか橋」で日々腕をふるっています
実は高橋さん、十日町市史上初、甲子園出場を果たした十日町高校の野球部キャプテンという経歴の持ち主
実は高橋さん、十日町市史上初、甲子園出場を果たした十日町高校の野球部キャプテンという経歴の持ち主

もちろん用意されたお品書きもあるけれど、相談すると今日仕入れた食材で、メニューをアレンジしてくれるのが嬉しい。

たか橋にて、料理中の手元

「うちは宴会に使っていただくことが多いですが、意外とこのカウンター席も落ち着くみたいで、一人でふらっと来るお客さんも男女問わず結構いらっしゃいますね」

たか橋2代目、髙橋優介さん

仕事帰りの一杯から家族連れの食事、職場の宴会、保護者会の打ち上げまで、お客さんの使い方も様々。集まりに応じて部屋の仕切りも動かせるようにしているのだとか。

料理も内装も、相手に応じてベストなものを提供する柔軟さは、町のお得意さんに鍛えられてきたものだと言います。

「十日町は織物産業が盛んだったので、着物を扱う機屋 (はたや) さんが、遠方から買い付けに来たお客さんを接待するのにこういうお店を使ったんですね。

自然と、お店に求めるレベルも高くなる。今でも目の厳しいお客さんが多いように感じます」

親子二代で厨房に立ちます
親子二代で厨房に立ちます

「それと、実は十日町ではお店同士の横のつながりが厚いんです。

居酒屋激戦区というとお店同士がライバルのように聞こえるかもしれませんが、市場で会うとお互いレシピのアイディアや仕入れの良し悪しを情報交換しあったり」

なんと先日取材したAbuzakaの弓削さんとも仲がいいそう。

そばとごったく
Abuzakaはそばと郷土料理をビュッフェスタイルで楽しめるお店として以前さんちで紹介しました

「飲食店同士が、ライバルというより仲間なんですよね。お店終わりにそういう店主仲間と『ゲンカイ』に行くと、うちにさっき来てくれていたお客さんと会ったり (笑) 」

高橋さんから自然と名前の出た「ゲンカイ」こそが、このはしご酒の最後を飾るお店。

日本酒でほどよく体も温まったところで、十日町市民がシメに必ず寄るという「焼肉 玄海」に向かいます。

「焼肉 玄海」 十日町っ子のお約束、はしご酒の最後はここで

暗闇に浮かぶネオンは、今までの2軒とはまた違う「夜」の雰囲気。

焼肉 玄海の看板
ネオンに誘われるように、お店のある2階へ階段を登って行きます
ネオンに誘われるように、お店のある2階へ階段を登って行きます

「このお店は0時を回ってから混んで来るんですよ」

そう聞いていた言葉通り、23時前に入った店内はまだ落ち着いた雰囲気。これが0時を回ると満席になることも珍しくないというから驚きです。

みなさんシメに頼むのがカルビクッパ。

焼肉 玄海のカルビクッパ

もうお腹いっぱいのはずなのに、辛い、辛いと言いながら箸が進みます。ピリ辛のスープとご飯が、体の中のアルコール分を和らげてくれるような。これはありがたい、とまたビールをゴクゴク。

気づけば、器もジョッキも空っぽ。満腹のお腹を抱えながら、今日食べてきた料理の数々を思い返します。

ピザにクラフトビール、地酒に創作和食、シメにカルビクッパ。

確かに何を食べても、美味しい。

十日町の居酒屋にハズレなし。噂は確かに、本当のようです。なぜなら舌の肥えたお客さんと店主同士の横のつながりが、美味しさを支え続けているから。

<取材協力> *掲載順
ALE beer&pizza
025-755-5550
新潟県十日町市宮下町西267-1
http://alebeerpizza.com/

たか橋
025-752-2426
新潟県十日町市本町5丁目35-3

焼肉 玄海
025-757-8681
新潟県十日町市本町5丁目

文:尾島可奈子
写真:廣田達也

大人の沖縄居酒屋「花ずみ」で未知との遭遇。海ぶどうが水槽を舞う

「ここはね、大人の沖縄居酒屋です。器に使っているやちむんもこだわっています」

地元の方にそう教えてもらって「花ずみ」の暖簾をくぐったのは18時頃。

沖縄_花ずみ

店内は、仕事帰りらしきおじさんたちが顔をゆるめてすでに晩酌を始めています。

掘りごたつを囲む座敷席はお隣さんともほど良い距離感で、一見さんも常連さんも過ごしやすそう。

お酒はやっぱり、泡盛でしょう。水割りでいただきます。

同席した方に聞いた話では、沖縄の水は本州と違って硬水。泡盛というとかなり強いお酒のイメージですが、硬水の水や氷で飲むと、いい塩梅に和らいで飲みやすくなるのだとか。

本当‥‥?か、どうかはわかりませんが、ぐびりといくと、確かに本州で以前に飲んだ時よりも、飲みやすいように感じます。沖縄の人たちは酒豪ぞろいなのではなく、いい飲み方を知っている、ということなのでしょうか。

さて、合わせる一品は何にしよう。いや、一品と言わず2・3品は食べたいなぁ。

なぜならこの「花ずみ」は八重山地方出身の女将さんが作る八重山の家庭料理が味わえるお店。

しかも、「おすすめのお店は?」と尋ねた地元っ子が、「あそこは、何を食べてもうまい!」と何人も名前を挙げた人気店なのです。

未知との遭遇。オオタニワタリの新芽

まず「絶対食べて!」と言われていた「オオタニワタリの新芽」を注文。

オオタニワタリって?しかも新芽??と思っているうちにツヤツヤした姿で運ばれてきたのがこちら。

オオタニワタリの新芽

見たことのない姿かたち。

オオタニワタリは、葉の長さは1メートル以上にもなる大きな植物。九州南部や台湾にも分布しているそうで、一般的には観葉植物として親しまれています。

それを沖縄、特に八重山では、新芽部分を炒め物や天ぷらなどにして食べる文化があるのです。

今日は中でも新鮮なオオタニワタリでしか味わえない、お刺身でいただきます。

一口ほおばると、パリッとした歯ごたえ、水分がぎゅっと詰まっているのに水っぽくなく肉厚。噛み進めるほど、口の中に新芽のみずみずしい香り。

ああ、何枚でもいけるなぁ。酢みそがまたよく合う。

沖縄の人は新芽の出る頃に山に出かけたりすると、みんな摘み頃のオオタニワタリがないか、ウキウキとチェックするのだそう。気持ち、わかります。

お次はドゥル天に、八重山かまぼこ

初めての出会いに感動しているうちに、また新しい出会いが次々と。

沖縄の伝統料理「ドゥルワカシー」を天ぷらにした「ドゥル天」。

外はサクサク、中はホクホク。豚の出汁が効いていて美味しい
外はサクサク、中はホクホク。豚の出汁が効いていて美味しい

ドゥルワカシーとは、田芋 (里芋) とその茎、豚肉などを合わせた炒め煮で、古くから沖縄のお祝い事の席に並ぶごちそうです。

お次は「八重山かまぼこ」。八重山諸島の中でも、石垣島特産の揚げかまぼこです。素材や形で、いろいろな種類があるそう。

今日のかまぼこは人参、ごぼうの入った「たらし揚げ」
今日のかまぼこは人参、ごぼうの入った「たらし揚げ」

ああ、何を食べても、泡盛がよく進みます。これは気をつけなければ。

女将さんが目利きするやちむんにも注目

さて、ここまでの料理でお気づきかもしれませんが、この「花ずみ」、器も素敵なんです。

地元食材で作った料理に合うようにと、女将さんが全て自分で目利きして選んだやちむん (沖縄の焼き物) が使われています。

昭和63年にお店を開いて以来、30年近くのお店の歴史がそのまま、女将さんの器好きの歴史。

「器は、出会った時に買うのよ」

との女将さんの名言を心に刻みながら、次のオーダーを。

揚げ物が続いたので今度はさっぱり。満を持して、本州でも有名な海ぶどうを注文します。

海ぶどうが水槽を舞う理由

店員さんがさっとカウンターの奥の水槽から海ぶどうをすくい上げました。

海ぶどうの入った水槽
海ぶどうの入った水槽

へぇ、海ぶどうってこうやって保管されているんだ。

そう思ってよくよく眺めると、水槽の中で、ぐるぐるぐるぐる海ぶどうが円を描いています。

これは一体‥‥?

ふわふわぐるぐる‥‥単なる観賞用でもなさそうです
ふわふわぐるぐる‥‥単なる観賞用でもなさそうです

確かに見た目にはきれいだけれど、何のためにそんなに回っているのか。

目を離せないでいると、教えてくれました。

「海ぶどうは鮮度が命。海の中のように水流を作ってあげると、新鮮な状態が長持ちするんです」

出してもらった海ぶどうが美味しいのは言うまでもありません。プチプチと口の中で弾けた後の、つるんとしたのどごし。

ああやっぱり、本場にこないと出会えないものってあるのだなぁ。

ぐるぐる舞う海ぶどうを眺めながら深々と感動して、泡盛の杯を傾けるペースがまた少し、早まっていくのでした。

<取材協力>
花ずみ
沖縄県那覇市久米2-24-12
098-866-1732
http://www.hanazumi.jp/

文:尾島可奈子
写真:武安弘毅

はじめて買う「出西窯」5つの楽しみ方。作り手と会話して選ぶ楽しさを、出雲で味わう

島根県出雲市にある「出西窯 (しゅっさいがま) 」。

出雲大社へのお参りに向かう人たちで賑わうJR出雲市駅から車で約10分。赤瓦の屋根と木の看板が見えてきました。

看板
職人さんの姿

小川が流れる道の両脇に、ずらりと並んだ焼きものや道具類。作業中の職人さん。最近は「出西ブルー」の名でも知られる、出西窯に到着です。

もともと、工房を訪ねて気に入った器を作り手さんから直接買い求める「窯元めぐり」に憧れを持っていました。

一方で「どこに訪ねていったらいいのかな?」「いきなり行っていいのだろうか‥‥」と勝手がわからず尻込みし続けてはや幾年月。はじめの一歩を、この記事で踏み出したいと思います。

楽しみ方 1:窯元の背景に触れる。出西窯と民藝運動の関係とは

出西窯のある島根県一帯では、古くから生活用具としての焼き物が盛んに作られてきました。

そんな中で昭和初期に起こった柳宗悦ら率いる民藝運動は一帯のものづくりにも影響を与え、今も数々の窯元で、「民藝」の意志を受け継いだ器を見ることができます。

出西窯も民藝の影響を受けた窯元のひとつ。

出西窯の工房内にある、河井寛次郎の言葉
出西窯の工房内にある、河井寛次郎の言葉

昭和22年に、一帯を流れる斐伊川 (ひいかわ) 沿いの村に暮らす仲の良い5人の青年が、「自分たちで仕事を起こそう」と始めたのが出西窯の始まりだったそうです。

開窯してほどなく、当時民藝運動を率いていた河井寛次郎、濱田庄司、そして柳宗悦に会い、彼らの説く「民藝」に深く感銘を受けた5人。

「野の花のように素朴で、健康な美しい器、くらしの道具」をものづくりの指標に掲げ、今も民藝に根ざした器作りが続けられています。

楽しみ方 2:出西窯の器が生まれる全工程を、間近でじっくり見学

この日、出西窯に到着したのは9時ごろ。併設の展示販売場がオープンする時間には少し早かったのですが、すでに工房には職人さんたちが出入りし、仕事を始めている様子が伺えます。

「もう工房は動いているので、見学して大丈夫ですよ」と取材に応対くださった横木さんが教えてくれました。

出西窯では、定休日の火曜日と元日以外、一般の人が工房の中を自由に見学することができます。個人での見学であれば、事前の予約や訪問時の手続きも不要。

お米の倉庫を改築して作ったという工房。屋根には出雲地方特有の石州瓦。赤茶色が特徴的です
お米の倉庫を改築して作ったという工房。屋根には出雲地方特有の石州瓦。赤茶色が特徴的です
丁寧に案内が掲げられている工房入り口
丁寧に案内が掲げられている工房入り口

工房内には立ち入りを制限するロープや仕切りもなく、例えばろくろを回している職人さんのすぐ後ろまで近寄って、その仕事ぶりを間近で見ることもできます。

ろくろを回す後ろ姿

フラッシュや三脚利用など作業の妨げにならなければ、撮影も可能です。

出西窯では器の種類ごとに専門の職人がいます。一人ずつに1台のろくろがあり、成形から焼いて完成させるところまで、一貫して一人の担当が行うそうです。

一人一台のろくろ。使い勝手のいいように物が配置されています
一人一台のろくろ。使い勝手のいいように物が配置されています

お邪魔した日も、土を作っている人、ろくろを回す人、釉薬をかけている人‥‥と、人によって行っている作業が様々。見学に行く時期や時間帯に関係なく、器ができるまでのあらゆる工程を横断的に見学することができます。

原料を精製中
ろくろを使った成形
焼き上げ後に色を出しわけるためのひと手間
釉薬をつけているところ
釉薬をかける前準備中
箸置きの仕上げ処理中
粘土づくりの工程

楽しみ方 3:わからないこと、知りたいことは直接聞いてみる

さらに驚いたのが、いきなりやってきた私のような見学者を、職人さんたちが自然と受け入れてくれていること。通りがかれば「こんにちは」と和やかに声をかけてくれます。

どうしてこんなにオープンなのでしょうか、と横木さんに伺うと、「おかげさま」という言葉が返ってきました。

「併設の展示販売場には『無自性館 (むじしょうかん) 』という名前がついています。無自性には何事もおかげさまである、という意味があるんです。

自分たちの手柄ではなく、みなさんのおかげで今・ここがある、という精神を表しています。だからこうして来てくださる方に対しても、常にオープンにしてあるんです。

なかなか話しかけづらいと思いますが、みんな慣れているので聞きたいことがあったら気軽に声をかけていただいて大丈夫ですからね」

嬉しいことに、ただ「見る」だけでなく、見学していて気になったことは、職人さんにその場で尋ねてOK。

私も、今何の作業中ですか、この道具は何ですか、といろいろな方にお声がけしましたが、みなさん気さくに丁寧に教えてくれます。

「この道具はね‥‥」と、素朴な疑問にも丁寧に答えてくれます
「この道具はね‥‥」と、素朴な疑問にも丁寧に答えてくれます

楽しみ方 4:ここならではのものづくりに触れる

工房の中には本当に数え切れないほど様々な色かたちをした器があちこちに並んでいます。焼く前のもの、焼きあがって出荷を待つもの。その数は別注品なども合わせると数千種にのぼるそうです。

道路沿いで天日干しされている器たち
道路沿いで天日干しされている器たち
青い器

中でも「出西ブルー」という深みのある青い器が有名ですよね、と横木さんにお話しすると、

「出西ブルーと呼ばれる青い器は、電気窯、灯油窯、登り窯の中でも灯油窯が一番きれいに出せる色なんです」

と教えてくれました。さらに意外なお話も。

「実は“出西ブルー”って、私たち自身は一度も言ったことがないんですよ。もともとは黒い器がこの窯を代表する色だったんです。

大きな賞をいただいた作品が青い器で、その頃から次第にその呼び名が広まっていったようですね」

こんなお話を聞けるのも、作り手さんを直接訪ねる醍醐味です。

電気窯
電気窯
今も現役の登り窯
今も現役の登り窯
出西ブルーと呼ばれる美しい青色が生まれる灯油窯
出西ブルーと呼ばれる美しい青色が生まれる灯油窯
美しい黒色はかつての出西窯の代表色
美しい黒色はかつての出西窯の代表色
ずらりと並んだ釉薬
ずらりと並んだ釉薬

楽しみ方5:実際に使ってみる、暮らしの中に持ち帰る

工房をあちこち見て回って、所要時間は1時間ほど。ここからは併設の無自性館で、買い物を楽しむ時間です。

無自性館の外観
無自性館の外観

工房直営なので、この時期、この場所でしか買えない器も並びます。これも窯元めぐりの嬉しいところ。

2階には靴を脱いであがります
棚にたくさんの器
センスよくセレクトされた地域のお土産物も並びます
センスよくセレクトされた地域のお土産物も並びます

両手いっぱいにお土産を抱えて、タクシーを待つまでの間に戦利品を眺めながら少し休憩を。

日差しの差し込む休憩スペース
日差しの差し込む休憩スペース

無自性館の中には、出西窯の器でコーヒーをいただける休憩スペースがあります。ずらりと並んだマグカップを、どれにしようかと迷うのもまた楽しいひと時です。

マグカップがずらり

さっき目の前で作られていた器を実際に使ってみることができるという嬉しいサービス。地元・出雲の和菓子「生姜糖」とともにゆっくりとコーヒーを味わいながら、器の持ち心地や口当たりを楽しみます。

テーブルにご自由にどうぞと置いてある「生姜糖」と一緒にいただきます
テーブルにご自由にどうぞと置いてある「生姜糖」と一緒にいただきます

初めての窯元めぐり。ビギナーにも優しい出西窯でデビューできたのは幸運でした。まさに「おかげさま」。

午後は平日でも工房、無自性館ともに賑わうそうで、午前中のほうがゆったりと見学できておすすめだそうです。

窯元めぐりをやってみたい人、自分好みの器をじっくり探したい人、今度出雲・松江に行こうと思っている人、思い立ったらぜひ。

<取材協力>
出西窯
島根県出雲市斐川町出西3368
0853-72-0239
https://www.shussai.jp/

周りは広々と田園風景が広がります
周りは広々と田園風景が広がります

文・写真:尾島可奈子

こちらは、2017年11月13日の記事を再編集して掲載いたしました。2018年5月にオープンした、出西窯のうつわで楽しめるベーカリー&カフェ「ル コションドール出西」も合わせて訪ねたいですね。

「大地の芸術祭」を支える仕事人。「アーティストと喧嘩してでもいいものを」

史上例を見ない逆走台風が日本に上陸した日。嵐の影響をほぼ受けなかった快晴の新潟・十日町市で、ある施設に大勢の人が詰め掛けていました。

レアンドロ・エルリッヒの作品

広々とした中庭の床には水が張られ、子供から大人まで、足をつけてはしゃいでいます。よく見ると、「何か」模様が描かれています。

その中庭をぐるりと囲むように、またたくさんの「何か」が並び、人が驚いたり喜んだりしています。

建物の2階から見た様子
建物の2階から見た様子
矢印の形をした何かの中を、みんなで覗き込んでいます
矢印の形をした何かの中を、みんなで覗き込んでいます

ここは越後妻有里山現代美術館[キナーレ]。

3年に一度のアートの祭典「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」が開幕初日を迎え、中心拠点であるキナーレの企画展に、大勢のお客さんが詰め掛けていました。

来場者数50万人超えの巨大アートイベント

近年、街なかや自然の中でアート作品に触れるイベントを国内各地でよく耳にしますが、大地の芸術祭は日本におけるその元祖。今回で7回目の開催です。

51日間にわたる期間中、東京23区の1.2倍以上ある広域なエリア(十日町市、津南町)のあちこちに、世界各国の作家が手がけたアート作品が展示されます。その数なんと376点。

実は先ほどの中庭は、今年東京の森美術館で開かれた個展が歴代最高来場者数を誇った、レアンドロ・エルリッヒの新作。2階から眺めると‥‥?
実は先ほどの中庭は、今年東京の森美術館で開かれた個展が歴代最高来場者数を誇った、レアンドロ・エルリッヒの新作。2階から眺めると‥‥?

前回は来場者が50万人を突破した巨大アートイベント。人気の裏には、普段は決して表に出てこない「影の立役者」がいます。

実行委員会なくして芸術祭なし。

世界各国のアーティストと開催地域の住民・企業・行政の間に立ち、イベント運営の全てを取り仕切る「大地の芸術祭 実行委員会」事務局。

さんちでは開幕の2ヶ月ほど前に、その担当者の一人である浅川さんを訪ねていました。

浅川雄太さん。開催の1年前から現地入りし、展示する作品の選定からアーティストの現地での制作サポートまで、まさに縁の下の力持ちを担っています。写真はキナーレ回廊内に建つ、仮設の事務所にて
浅川雄太さん。開催の1年前から現地入りし、展示する作品の選定からアーティストの現地での制作サポートまで、まさに縁の下の力持ちを担っています。写真はキナーレ回廊内に建つ、仮設の事務所にて

もともとは芸術祭の目玉である企画展の見どころを教えてもらっていたのですが、浅川さんが語る事務局仕事の話がどれも面白い。「この人たちなくして芸術祭は成立しない!」と確信して帰ってきたのでした。

人々を惹きつけるアート作品は、いかにして設計図から実際の立体に成っていくのか。制作の舞台裏を、当時はまだがらんとしているキナーレで伺いました。

芸術祭前のキナーレはこんな様子でした
芸術祭前のキナーレはこんな様子でした

*「さんち」おすすめ4作品の浅川さんによる解説は、こちらの記事をどうぞ:「3年ぶり開催『大地の芸術祭』を先取り取材。『四畳半』アートに世界から27の回答」

ある時は交渉人として

浅川さんは、キナーレで行われる企画展「2018年の<方丈記私記>」を主に担当。

企画展のテーマは、「方丈 (=四畳半) の空間で実現できる人間の営み」。その回答として、選考に選ばれた28の作品が実寸大でキナーレの回廊を埋め尽くします
企画展のテーマは、「方丈 (=四畳半) の空間で実現できる人間の営み」。その回答として、選考に選ばれた28の作品が実寸大でキナーレの回廊を埋め尽くします

キナーレのように、施設内に作品が集合して展示される場合もあれば、突如田んぼの中に、というものも。時にはその建物自体が作品の一部となることもあります。

こちらも期間中多くの人を呼びそうな注目作品、マ・ヤンソン/MAD アーキテクツの「ライトケーブ」。もともとあった清津峡渓谷の見晴らし台が作品に活かされている
こちらも期間中多くの人を呼びそうな注目作品、マ・ヤンソン/MAD アーキテクツの「ライトケーブ」。もともとあった清津峡渓谷の見晴らし台が作品に活かされている

作品のコンセプトに基づいて、設置するベストの場所や素材などを地域の中から見つけ出し、持ち主や集落に協力の交渉をするのも、事務局の仕事です。

「作品は1年ほど前から公募して選定します。それとほぼ同時に、展示場所や協力先探しが始まります。

僕らは3年に一度、芸術祭に向けて集中的に地域に通いますが、その度に『ああこんな場所があったんだ』って発見があるんです」

キナーレに向かう途中、車窓から見えた越後妻有の景色。窓枠がそのまま1枚の絵のよう
キナーレに向かう途中、車窓から見えた越後妻有の景色。窓枠がそのまま1枚の絵のよう

「ここでこんな作品が展示できたら面白いね、この素材はあのアーティストの作品にあいそうってスタッフがそれぞれ脳内にリストアップしておいて、3年後に備えます。

ぴったりの作品があると、そのプランを持って集落に話をしに行くんです」

作家から提出される作品の提案書の数々
作家から提出される作品の提案書の数々

「例えば小川次郎さんの作品は、全部割り箸でできている蕎麦の屋台です。実際に蕎麦を振舞います」

アーティストによる説明:割り箸集成材による蕎麦屋台
アーティストによる説明:割り箸集成材による蕎麦屋台

「鍬柄沢 (くわがらさわ) というそば文化の残る集落は、以前から小川さんの作品展示にも協力してくれた実績があり、今回も蕎麦や道具の提供など、何か一緒にできないかと相談しに行きました」

ところが思いがけない返事が返ってきたそうです。

「説明会を開いたら、知恵は出せるけどパワーは正直出せないよと言われて。これは芸術祭の常なんですが、今年で7回め、つまり第一回目から21年が経っていて、地域全体の高齢化がすごく進んでいるんです。

そこで蕎麦の提供は十日町のお蕎麦やさんに頼むことにしたのですが、鍬柄沢の人たちも蕎麦打ち機なら提供できるよ、付け合わせを作ろうか、とできることを一緒に考えてくれました」

こうして場所や協力体制が整い、ようやく作品作りが動き出します。

完成した小川さんの作品。割り箸入れももちろん割り箸でできている
完成した小川さんの作品。割り箸入れももちろん割り箸でできている

しかし、まだまだ解決すべきことは山ほどあるようです。

時には現地ディレクターとして

「アート作品を訪ねながら、越後妻有の自然や文化と出会えるのが大地の芸術祭の一番の醍醐味です。

それはアーティストが作る過程も同じなんですね。地域に長期滞在して、自分の肌で感じたものを大事にしながら制作を進める作家が多いです。

例えば、地元・十日町の土で作った『家』の中に農耕具の鍬を飾った『つくも神の家』の作家、菊地悠子さん。彼女はまさに滞在型の作家さんです」

完成した「つくも神の家」
完成した「つくも神の家」
十日町の土を壁に使うことは、もともとのプランにはなかった設定。まさに滞在によって作品が「完成」した例
十日町の土を壁に使うことは、もともとのプランにはなかった設定。まさに滞在によって作品が「完成」した例

「他方、十日町の織物メーカーと協業しての作品づくりが決まった建築家のドミニク・ペローは、海外に仕事の拠点があります」

ドミニク・ペローの作品、DRAPE HOUSE
ドミニク・ペローの作品、DRAPE HOUSE

「こちらに長く滞在するのは難しいので、図面をもらったらあとの制作は事務局で手配していきます」

なんと、制作まで事務局でやるんですね!しかもその仕事内容がとても細かい。

「最初に送られてくるのはこの提案書だけです」

企画展応募時の提案書
企画展応募時の提案書

「例えばドミニク・ペローは金属メッシュを使った作品を多く手がけています。今回も、メッシュの網目の大きさから色合いまで、メールでやり取りしながら詰めていくんです」

実物のDRAPE HOUSE。布のように見える金属メッシュは、事務局との細かなやり取りの中でディティールが決まっていった
実物のDRAPE HOUSE。布のように見える金属メッシュは、事務局との細かなやり取りの中でディティールが決まっていった

「他にも、展示の外枠は四角いパイプと指示があるけれど、角は直角がいいのか、多少丸みを帯びていてもいいのか、とか」

ドミニクの場合は、建築家なので本人が図面を起こしてもらえる分、まだやりやすいそう。

「図面がない、なおかつ対面で話せない海外作家の場合は、もうどうしようってなりますね (笑) まめに連絡して、1/10の模型を作ってもらって写真や動画を送ってもらったり」

浅川さん

それを376点、同時進行で作っているのですね‥‥!

「だから僕らも、担当した作家のことはむちゃくちゃ勉強します。と言ってももちろん本人にはなりきれないので、僕の場合はよく喧嘩します」

なんと、ちょっと物騒な話です。

時には喧嘩してでも、いいものを

「基本的に作家が主体なので、彼らの意見は尊重します。その上で、地域のこと、芸術祭のことはこっちの方がよくわかっているので、お客さん目線だとこうだよ、こっちの方が絶対仕上がりがきれいでしょ、とか押し問答をしたりします」

浅川雄太さん。キナーレ回廊内に建つ、仮設の事務所にて

「中途半端なものを作っても誰もいい思いをしないですからね。だったら喧嘩してでもいいものを作りましょうっていう気持ちです」

作るからには作家の本気を出してもらう。

喧嘩も辞さない真剣な姿勢には、浅川さんが過去の芸術祭で受けた、ある原体験が関係していました。

芸術祭実行委員会の野望

「以前の芸術祭で、人気作品を置いていた地域のおじちゃんが『もうすごい人で、大変だったよ』ってわざわざ言いに来たんです。とても嬉しそうな顔で。

そんな風に、協力してくれた地域の方にささやかでも何かを『還元』できる芸術祭を目指したい。僕個人としては、それがないと作品の意味がないと思っています」

実は今回の企画展には、とても大きな「還元」の野望があります。それは評判を得た「方丈」作品を、実際に十日町の商店街にオープンさせるということ。

「2018年内に1店舗くらいはって思っています。取り組みは、イベント期間中だけで完結しないんです」

十日町の商店街。いつかここで、企画展で見た作品が実際に「営業」しているかもしれない
十日町の商店街。いつかここで、企画展で見た作品が実際に「営業」しているかもしれない

取材当日、浅川さんが野望を語ったキナーレの回廊で、静かに制作が始まっている作品がありました。

asobiba / mimamoriba

井上唯さんによる作品「asobiba / mimamoriba」。完成すると編み物でできた子どもの「遊び場」になるそうです。

アーティストの井上唯さん
アーティストの井上唯さん

「この作品、作っているとご近所の方やいろんな人が手伝いに来てくれるんですよ」

完成像の模型を手に
完成像の模型を手に

そう話している間に、井上さんの元にさっと顔見知りらしい方がやってきて、1枚のチラシを手渡しました。

「美味しいお店があるから行ってみて」

載っていたのは先日さんちで紹介した「Abuzaka」

その様子を後ろからにこにこと、とても嬉しそうに浅川さんが眺めていました。

<取材協力>
大地の芸術祭実行委員会
http://www.echigo-tsumari.jp/

文:尾島可奈子
写真:尾島可奈子、廣田達也
作品画像・資料提供:大地の芸術祭実行委員会