楽しみかたいろいろ。暮らしの道具「てぬぐい」

程よいサイズ感で使い勝手がよく、吸水性や速乾性にも優れている「てぬぐい」。

昔から、日本の生活の中で愛されてきた暮らしの道具です。

最近では、抽象柄・具体柄問わず多様な柄のてぬぐいが登場していて、そのデザインを楽しむことも大きな魅力のひとつとなっています。

その一方で、興味はあるけれど具体的な利用シーンが思い浮かばない‥‥という人も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

ぬぐう、包む、巻く、飾る、隠す。

実は非常に多様な可能性を秘めているてぬぐい。おすすめの使い方を幾つかお伝えしていきたいと思います。

「ぬぐう」

て“ぬぐい”という名前にもあるように、何かをぬぐうことは基本の使い方のひとつです。端を縫製していない切りっぱなしのため乾きが速く、タオルやハンカチ代わりに持ち歩いたり、水まわりで使用したりといった場面で重宝します。

水まわりで使う時に、エプロンの腰紐にかけていただくと便利です。

1. エプロンの腰紐にてぬぐいをかけます。

2. ちょうどいい長さになるよう調整して完成です。

「包む」

お弁当箱や水筒、ワインボトルなどを持ち運ぶ際にも、てぬぐいが役立ちます。長さがあるので包むものの大きさごとに調整しながら使えることがポイントです。

ここではお弁当箱の包み方を見ていきます。

1. てぬぐいの両端を内側に折り、適度な長さに調節したら、お弁当をやや斜めにして中央に置きます。

2. 片側の角をお弁当箱にかぶせるように折り、もう片方も反対から同じように折って包みます。

3. 両端を持ち上げ、中央で結んだら完成です。

「隠す」

家の収納かごやバッグの中身など、あまり人には見せたくない場所にもてぬぐいが活躍します。シンプルなデザインのてぬぐいをたたんで被せるだけで、すっきりとした印象に。

ぜひ試してみてください。

1. 隠したいものの大きさに合わせててぬぐいをたたみます。重ねた際の、柄の見えかたにも気を配りましょう。

2. 隠したいものにてぬぐいを被せたら完成です。

「巻く」

家の中だけでなく、アウトドアシーンにもおすすめ。薄くてかさばらないだけでなく、気軽に洗えて乾きが早いのも、てぬぐいのいいところです。

夏の庭仕事やハイキングの際に首にくるっと巻いておけば、汗を拭いたり手をぬぐったりと重宝します。

1. 巻きやすいよう、てぬぐいを縦に細長くたたみます。

2. 首に巻いて両端を結び、ほどよい巻き具合に調整したら完成です。

「飾る」

多様な柄が魅力のひとつであるてぬぐい。インテリアとして、家の中の好きなところに飾っていただくのもおすすめです。

今回は、タペストリーとして吊るす方法をお伝えします。

1. てぬぐいを平らな場所に置き、形をととのえます。しわのある場合は事前にアイロンをかけておきましょう。

2. てぬぐい掛けで上辺と下辺を挟み込みます。

3. 飾りたい場所に吊るして完成です。

お気に入りのてぬぐいを暮らしの中に

最後にお手入れについても少しだけ。

てぬぐいは染物のため、洗濯を繰り返すと色が多少抜けてくる場合があります。余分な染料が抜けて、段々とやさしい風合いに落ち着いていきますので、その経年変化をお楽しみいただけると嬉しいです。極端な色落ちを防ぐために、洗濯前に必ず洗濯表示を確認してください。

端を縫製していないので、最初のうちは糸のほつれが出てきます。気になる場合は、ハサミで切っても大丈夫です。切って洗濯してを繰り返す内に生地の目が詰まり、自然と落ち着いていきます。

ここまで、てぬぐいの活用に関して幾つかの方法をご紹介してきました。他にも工夫次第でさまざまに使える素敵な道具だと思います。

ぜひお好みの柄、お好みの使い方を見つけて、てぬぐいのある暮らしを楽しんでください。

【イベントレポート】「職人さんを囲む食事会」~越前和紙「YURAGU」長田泉さん~

日本の各地で作られ続けている工芸の品々。

それらのものづくりを担う職人さんたちは、日頃どんなことを考えているのでしょうか。

実際に各工芸の現場を訪れて話をすると、そのこだわりに驚かされたり、新しい視点に気付かされたり、刺激を受けることがたくさんあります。

どのようにして技術を磨いてきたのか。風土や素材に対する想い。作り手から見た産地や工芸の特徴。なぜ職人を志したのか。

なるほど!と感動することもあれば、親近感を覚えるような場面もあり、気付けばそれまで以上に工芸や職人さんを好きになっている。そんな素敵な経験を、中川政七商店や「さんち商店街」のお客様にもぜひシェアしていきたい。その第一歩として、「職人さんを囲む食事会」イベントを開催しました。

■「職人さんを囲む食事会」~越前和紙「YURAGU」長田泉さん~

記念すべき一回目のゲストは、さんち商店街でも人気を博している越前和紙のアクセサリーブランド「YURAGU」を手がける長田泉さん。和紙の一大産地、福井県越前市で手漉き和紙づくりを続ける長田製紙所の5代目です。

長田製紙所 長田泉さん

会の前半は長田さんのトークセッション。越前和紙の歴史や特徴、長田製紙所やご自身の仕事のこと、YURAGU開発の経緯など、さまざまな内容を語っていただきました。

「この中で紙漉きを体験したことがある方はいらっしゃいますか?」

この問いかけに半数近くの手が上がるほど、和紙や工芸への関心が高い方々が集まった今回のイベント。

紙漉きの具体的な工程の話や、楮(こうぞ)・トロロアオイといった原料の話など、一般的には少しマニアックすぎるかも、といった内容にも、皆さん興味津々です。

和紙と聞くと、一般的には便箋だったり書道の半紙だったり、手元で使う小さなものをイメージするかもしれませんが、長田製紙所が得意とするのは部屋を仕切る襖(ふすま)に使用する襖紙。

最大で2×3mという非常に大きなサイズの紙を漉いているという説明に、和紙好きの方々も驚きを隠せません。

長田製紙所の工房の様子

「とても大きな紙なので、基本的に二人で漉いています」

そう話しながら、実際の写真や動画を交えて説明する長田さん。

ミリ単位の厚みを調整しながら均一に和紙を仕上げていくために、決まったマニュアルなどは存在せず、経験からくる「勘」が必要とのこと。その途方もない繊細さに会場からはため息が漏れていました。

■愛用品の物語を、作り手から聞く体験

その後もトークセッションは続き、和紙好きの皆さんに囲まれて、長田さんの話ぶりも徐々に熱を帯びていきます。

「和紙作りには、紙を漉いている場面以外にも本当にたくさんの工程があるんです!

原料を釜で煮て、ゴミを取って、繊維をほぐして、細かくして。色を付ける場合は染色もします。模様の付け方も様々で………

もっと詳しく喋ってもいいですか?(笑)」

和紙を愛するあまり、話がとめどなく溢れてくる長田さん。とにかく和紙が好きで、その素晴らしさをもっともっと伝えて、広めていきたい、という気持ちが伝わってきます。

長田さんの熱に打たれて会場も盛り上がる中、2023年に立ち上げたアクセサリーブランド「YURAGU」の話題へ。

「無地の襖紙だけを作っていたところから、曾祖父が柄ものを始め、祖母はバッグや雑貨づくりに挑戦し、父も新たな和紙作りを研究してきました。

『誰も作っていない紙をどんどんやろう!』という社風なんですよね。

そんな中で私自身、もっと気軽に和紙を使ってもらいたくて始めたのが『YURAGU』です。余剰の紙や原料を活用したい想いもありました。

砂や珈琲を練り込んだ紙を使ってみたり、色々な挑戦をしながら、凄く楽しんで作っています」

実際にYURAGUを愛用中の参加者も多く、深くうなづきながら話に聞き入っている様子が印象的でした。作り手からものづくりの背景の話を聞くことでより一層愛着が湧く、そんな体験になっていたように思います。

途中、長田さんが持参した新色や新商品の回覧もあり、「かわいい!」「素敵!!」といった声があちこちから聞こえてきました。

■好きなもので、作り手と使い手が繋がる場

トークセッションの後は質疑と懇談の時間。

和やかな雰囲気で会が進行する中で緊張もほぐれたのか、本当にたくさんの質問が投げかけられていました。

「和紙の需要について」

「海外で作られる紙との違い」

「家業を継ごうと決めたタイミング」

「世界に和紙を売っていく可能性」

「和紙の耐久性について」

専門的な質問も多く、その一つひとつにしっかりと答えていく長田さん。

質問も止まらなければ、それに答える長田さんも止まりません。

気付けばあっという間に予定の時間となり、名残を惜しみつつ閉会となりました。

作り手の想いを直接聞くことで、工芸やものづくりを更に好きになる。そんな特別な体験を届けたくて開催した今回のイベント。

その一方で、使い手に想いをぶつけることで、作り手側のモチベーションや自信が高まる機会にもなり得る。和紙という“好きなもの”で繋がった空間だからこそ、作り手・使い手、双方でポジティブな影響を与え合うことができる。そんな可能性を強く感じたイベントとなりました。

今後もさまざまな作り手さんと共に、プログラムなど工夫をしながら継続的に実施していければと考えています。

※さんち商店街「YURAGU」ブランドページはこちら※

年始のご挨拶。中川政七商店が大切に思うこと2024

新年あけましておめでとうございます。

旧年中は中川政七商店をご愛顧いただき、本当にありがとうございました。

皆さま、お正月はいかがお過ごしでしょうか。

初詣や正月飾りのしつらいなどを通じて新年を晴れやかに祝ったり、お雑煮やおせちに舌鼓を打ったり。一年の中でも、昔ながらの風習や伝統料理と触れる機会が特に多いお正月。

その風習や料理も、地域や家庭によって本当にさまざまです。

新年を喜び、家族や周囲の人たちの幸せを願いながら、その土地や家ならではの過ごし方でお正月を迎える。そんな様子を想像してみると、日本の暮らしの豊かさを感じられて、なんだかとても楽しい気持ちになってきます。

元日の今日は、お正月の風習や“ハレの日”に関するお話をお届けします。

思い思いのペースで、ゆっくりのんびり楽しんでいただければ幸いです。

本年も何卒よろしくお願い申し上げます。


短期連載:ハレの日の食卓

季節の行事や家族の誕生日、人生の節目になるようなタイミング。

ハレの日は、食卓もいつもより少し特別です。

暮らしを楽しむ作り手さんに、どんな料理でハレの日の食卓を囲んでいるのか教えていただきました。

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しめ飾りの種類をいくつ知っていますか?「べにや民芸店」で見るユニークな正月飾り

伊勢地方に伝わる「笑門飾り」

お正月に年神様をお迎えする準備のひとつとして飾る「しめ飾り」。

神聖な場所を示すしめ縄に、稲穂や裏白(うらじろ)、だいだい、御幣(ごへい)などの縁起物を付けて作られますが、地域や作り手さんによって特徴が異なるのをご存知でしょうか。

全国各地で今も作られ続けているバラエティ豊かなしめ飾りの一部をご紹介します。

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連載:あの人の贈り方

何かの記念日や、特別なハレの日に、どんな視点で贈りものを選べばよいのか。そんな悩みの助けになればと、中川政七商店ではたらくスタッフたちに、おすすめの贈りものを聞いてみました。

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土鍋でことこと七草粥。お正月気分が落ち着いたら七草の節句です

1月7日は、五節句の最初に当たる「人日 (じんじつ) の節句」。日本では「七草の節句」としておなじみです。

少しだけ気が早いかもしれませんが、お正月のごちそうでちょっと疲れてしまった胃を休めるために、七草粥はいかがでしょうか。

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「日本の工芸を元気にする!」ために作った、新たな「場」

最後に、少しだけ改まったお話を。

今も100年先も、日本の工芸とともに心地好い暮らしをつくり続けていきたい。私たちはそう考えて、日々活動しています。

そのための大きな指針として掲げているのが、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンです。

昨年、このビジョンの実現に向けてさまざまな「場」を作り、種をまきました。この機会に、皆さまにご紹介させてください。

工芸特化のECモール「さんち商店街」開設

日頃から全国各地800社を超える作り手の皆さんと一緒に、ものづくりを行う中川政七商店。私たちが企画したものだけでなく、作り手さんがご自身で手がけるファクトリーブランドもそれぞれに興味深く、もっと紹介したいと常日頃より思っていました。そこで、それらのブランドを一堂に集めて紹介するECモール「さんち商店街」を開設しました。

全国のものづくりメーカーと皆さまが直接つながる場となり、一社でも多くの事業発展をサポートすることを目指しています。
さんち商店街

4都市に直営店オープン

新たに、虎ノ門・大船・浜松・長崎に直営店がオープンしました。全国約60店舗で、より多くのお客様に工芸のものづくりを伝え、お届けいたします。お近くの方はぜひ、お越しください。

・店舗一覧

初のコンペティション「地産地匠アワード」開催を発表

地域に根ざすメーカーと、地域を舞台に活動するデザイナーが共に手を取り、新たなプロダクトの可能性を考えるコンペティション「地産地匠アワード」を開催しています。中川政七商店が主催する初めてのコンペティションになります。

ものづくりメーカーとデザイナーの協働による新しいスタンダードを発掘、受賞作の商品化と流通支援によって、産地の作り手・デザイナーへ還元する仕組みを作ってゆきます。

地産地匠アワードHP
主催者インタビュー:「循環するものづくりを地域に増やしたい」
審査員座談会:「工芸の“良い間違い”には可能性がある」


種をまいたばかりの新たな「場」。年が明け、ここから芽吹く小さな苗を、長く大きく育ててゆきたいと思います。

これからも、日本の工芸が元気になる未来を目指して、私たちは歩み続けてまいります。何卒よろしくお願いいたします。

【地産地匠アワード】「粗削りでもいい。答えを急がない。地域に光をあてる寛容なアワードに」審査員座談会(後編)

※この記事は、中川政七商店が主催する「地産地匠アワード」についての関連記事です。詳しくはこちら


地域に根ざすメーカーと、地域を舞台に活動するデザイナーが共に手を取り、新たなプロダクトの可能性を考えるコンペティション「地産地匠アワード」。

本アワードの審査員4名による座談会。その後編をお届けします。

前編はこちら

機能以外の価値観を大切に育ててほしい

ー地域のデザインやものづくりの課題は、具体的にどんなところだと考えていますか

加藤駿介(以下、加藤):

工芸とか、産地って、基本的に機能的なものではないですよね。50年とか100年前はそうだったと思いますけど、今は違うじゃないですか。

たとえば、陶器のコップには、なにかを飲むっていう機能はあるけど、落としたら当然割れる。そうした時に「割れにくい」とか、そういう機能、新しい技術を目指してしまう。

そうじゃなくて目に見えない美しさ、佇まい、そういったものを育てていかないといけないし、そうしていれば自然と良いものができるんかなって思ってるんです。

工芸や産地の文化とかデザインとか、機能以外の価値観が重要やけど、意外と産地の人たちは気にしていない。

大治将典(以下、大治):

本当は、産地の人たちが「ここが欠点なんです」って言っていることこそが魅力だったりする。その欠点を魅力にひっくり返す力がデザインにはあると思っているし。そこを上手く見立てられるかどうか。

そうしないと「もっと軽く」とか「もっと丈夫に」という方向に走りすぎるんですよね。分かりやすいからだと思うけど、それをやろうとすればするほど、魅力が無くなってしまう。

坂本大祐(以下、坂本):

確かにそうやね。

加藤:

たとえばネジを作るという場合は、それでもいいと思うんです。安価で丈夫で使いやすくを目指すっていうのでいいと思う。

でもそうじゃないから、考えることがもっとあるはずなんです。

僕もそのためにお店をやったりしている。自分たちのものを発表するためではなくて、色々なものの価値観を見せたい。

木本梨絵(以下、木本):

機能を突き詰めた先に機能美みたいなものがあると思っていたんですが、逆に美しさから離れていってしまうんですか?

加藤:

離れるというよりは、どっちかになってしまう。

たとえば、この“アール”をどういう意図でデザインしたのかみたいな時に、機能でもあるし美しさでもあって、両立している。他方で、意図しない手仕事の揺らぎがなんとなくしっくりくることもある。この二つはそんなに離れていないと思うんです。

美しさと機能は両立するけど、みんなどちらか、特に機能に振り過ぎる。

木本:

「世界最軽量!」とかが分かりやすいってことですかね。

加藤:

そういうイメージですね。

木本:

なるほど。

ブルーノ・タウトが桂離宮のことを書いている本を読んで面白かったのが、この線とこの線を引いたら綺麗な斜めになりますみたいな、めちゃくちゃ合理的に引かれた線がある一方で、どうにも説明できない非合理な線もある。「なんでここなの?」みたいな。

合理的なものの中にめちゃくちゃな非合理が介在しているのがあの美しさの根源だって書いていて。日本の美意識の中に、合理と非合理の介在のさせ方っていうのが、オリジナリティとしてあるのかなって思ったりすると、ものづくりも建築も、全部繋がる部分があるような気がしました。

早急に答えを求めすぎない。ここから新たに生まれる産地があってもいい

大治:

僕の好きな哲学者の國分功一郎さんが最近『目的への抵抗』という本を出していて、

目的ってどうしても手段と一致しちゃうんだけど、でも目的外にもいいことあるでしょって仰っていた。それって凄く工芸に通じるなと。

目的から始まってもいいんだけど、そこからはみ出てもいい。その間に抜け落ちていることとかもあるよねと。

今の表現の仕方って、あまりにも分かりやすい方にいきすぎている気がするんです。バズんなくていいのにと思っちゃう。

木本:

みんな、答えが欲しいんだなと思っていて。

SNSに投稿する前に、バズるかバズらないかって分かるんです。投稿の中で、「こういうことがあった。つまり、こういうことなんだ」ってキャッチーな結論を入れるとめちゃ伸びるんですけど、逆に、「これは、こうではないだろうか?」みたいな余白を入れるとぜんぜん伸びない。余白を考えることが面倒になっちゃってる。

さっきの「世界最軽量」が分かりやすいというのも、答えがすぐ見つかることを欲してしまっているからなのかなって。そうすると、差し出す側も「すぐに答えを出さなければ」と思ってしまう。

でも、“問い”の価値ってあるはずで、みんなが速く答えを欲する世の中に、出し手側が迎合しすぎると怖いなって、最近凄く思います。

坂本:

実際のところ、地産地匠的なアプローチって、そんなに一朝一夕ではできないものだとは思ってて。昨日今日に出会って、一ヵ月経ったらプロダクトができて、売れました。ってことにはならへんやろうなと。これまでやってきた実感としてそう思うかな。

木本:

このアワードも、答えを求めすぎないというか。「売れそうだね」とか「量産見えてるね」とかで選ぶと急ぎすぎなので、「うーんこれはちょっと、でも、気になるなぁ」みたいなものに、「気になるで賞」みたいなものをあげるべきというか。

坂本:

「育てま賞」とかね。

木本:

完成度の高いものばかりが受賞作に並ぶのも、このアワード自体が答えを求めすぎているようになってしまって、違う気がします。

大治:

ほかのコンペだと新規性ってすごい大事なんだけど、今回は求めなくていいのかもしれない。既にあるプロダクトの「ここだけちょっと変えました」みたいなものも、それによって「めちゃめちゃよく見えるね」とか「こんな使い方あったっけ」となれば全然受賞していいと思うし。

見立て力ってデザイン力とほぼ一緒だと思うので。

加藤:

みなさん、審査員とか慣れてるんですか?

大治:

10年近くやってるからそれなりに。

審査の時になにが面白いかって、みんなのメガネが借りられること。僕から見たらこうなんだけど、みんなはどうだろう。そこでどんどん考えが混じるのが、めちゃめちゃ面白い。自分の脳みそがアップデートされる。

木本:

少し前に、とある広告賞の審査をやったんです。

その賞の場合は、選んだものが来年の広告の指針になるというか、こういうことをすればいいんだってみんなが思って広告を作りはじめる。

なので、「来年の広告ってどうなって欲しいんだっけ」「これは、誰に光を見せたいのか」「確かにいいんだけど、誤解を生まないか」みたいなことをずっと話し合うんです。

この地産地匠アワードも同じで、選んだものが未来のものづくりへのメッセージになっていくと思う。この先もずっと続いていって、“第60回地産地匠アワード”とかになっていくはずだから。

坂本:

俺はその頃にはおらんと思うけど(笑)。

でも、確かに!めっちゃ同感。

大治:

賞のラインアップとかバランスも凄く大事だと思うんですよ。賞が増えたり減ったりすることもあり得る。

木本:

そうですね。多様に選べるのがいいなって。

大治:

高岡クラフトコンペも、「個人的な視点賞」という名前で、審査員がそれぞれあげるものを作ったんですよ。

でもやっぱり、一等・二等・三等みたいなのは、合議で決めた方が面白くて。審査員一人のコンペってあんまり面白くない。可能性が見えないし、練られてないなっていうのがすぐ分かるから*。

※地産地匠アワードの第一回に関しては、グランプリ1点/準グランプリ1点/優秀賞3点/その他審査員特別賞を選出予定です

加藤:

長いスパンで考えて、選びたいなっていう気がしますね。

大治:

これがこの産地の始まりです。今は作り手2人ですけど、10年後には何百人になっているでしょう。みたいなね。

坂本:

確かに産地って、できあがったものだけを見てきたけど、本来はスタート地点があるもんね。今からその産地が始まったっていい。

大治:

僕が関わってきた十数年前とかは、産地問屋が弱くなって、メーカーが自分でプロデュース力を身につけなきゃいけない時代。今はいよいよ問屋が無くなって、工程ごとに分業制でものづくりしていた一社一社が団結しなければいけなくなってきた。

「俺たちのこの技術だけじゃ、産地のもの作れないよ!」ってなってる時に、新しいアイデアがデザイナーの方から出てきて「あ、そうか!」みたいなことが生まれればいいなと思います。

産地の人の見立てだとそれは商品になんないでしょ、っていうことも、見る人によっては全然なりえる。

坂本さんが話していた城谷さんの事例とかでも、それまではダメだったものに対して、逆に「そこが綺麗じゃん」と言えたわけで。

坂本:

そうそう。ロット によっては商品として違うものに見えるレベルなんですけど、それを是として捉えられる。それが良さなんだと。

本来はそうやって新たに見立てられたりして、産地の中でアップデートを続けられていたんでしょうね。それを手助けしてあげられたら。

大治:

昔は近くないと物理的に厳しかったけど、今は流通やデジタルツールがあるから、この技術とあそこの技術を組み合わせて、ということがやりやすい。

いわゆる下請けをやっていたところで、一社だけではプロダクトが作れないところもあるし。だから、トリオで応募するのもいいんじゃないですか?(笑)

坂本:

確かに。それはいい!

クラフト的なものづくりとは、不可抗力を魅力に転嫁すること

大治:

アワードの応募対象である「日本各地の風土や手仕事が活かされたプロダクト」って、どこまでが範囲なんだろう。

たとえば今、「クラフト」っていう言葉を、珈琲とかビールとかの人たちも使っている。

その中で、あらためて僕たちが使う「クラフト」の定義をどうしようかとずっと考えていて、最近結論が出たんです。不可抗力を受け入れて、活かしているかどうかだなと。

不可抗力が工芸の“揺らぎ”という現象の原点になっていて、そこにレバレッジを効かせているかどうか。それがクラフト的なんじゃないかと思います。

逆に、工業に近づいていくほど、不可抗力を抑えるし、活かそうとも思わない。

素材の難しさや、手で作ることの難しさを、どうやって魅力に転嫁しているかが、クラフト的なものづくり。

結果、できあがったものを指して「クラフト」と呼ぶのではなく、その作り方(行為)を動詞的に「クラフティング」と呼ぶのがいいんじゃないかなって。

そう思えば、応募できる人も増えると思うし。「自分たちは工芸っぽくないしな」じゃなくて「あ、大丈夫、作り方がクラフトっす! 」くらいの。そうすると規模とかも関係なくなってくる。

着地点もばらばらでいいんですよ。つぶが揃わないことが揺らぎになるだろうし。

その中でも見た人に前知識がなくても魅力的に見えるかどうかは大事で、そこは繊細だと思っています。

で、これも早急に答えを見つけなくて大丈夫。

アイデアって一人で考えるものではなくて、場が生むものなので。この4人で審査しながら、一緒に考え続けていけば、工芸やクラフトの響きが変わるんじゃないかなって。

クリエイティブ側に求められる「カロリー」を使う覚悟

坂本:

これから応募する人に向けて、特にクリエイティブ側に言えたらいいなと思うのは、「どれだけカロリーを使っているか」。それに尽きると思ってて。

その土地にいるかどうかも、距離が近ければ行きやすいというだけの話。近い人にアドバンテージはあると思うけど、ただ近いからと言ってカロリーを使っていなければ意味が無いし。
根性論的に聞こえるかもやけど、「時間」と「熱量」をどれだけ費やせるかって、やっぱりアウトプットに大きく作用するんちゃうかな。

大治さんが5時間でも「通勤」て言っているみたいに、カロリーは使うけど、そのことを面白がって、「それでもやるぜ!」っていう。腹のくくり方というか、覚悟はあった方がいいんじゃないかなと、俺は思う。結局、プロダクトになった時にその部分が見えてくるはず。

加藤さんはどう思う?

加藤:

僕の場合、相手にとっても自分にとっても、何がベストかっていうのを常に突き詰めるので、カロリーというか、予算とか時間とか関係なしに、やりがちです。(笑)

坂本:

別にそれを推奨したいわけじゃないんやけどね。(笑)

加藤:

はい。(笑)

でも、それくらいの気持ちがないと無理です。だいたいの人は、仕事やからっていう線引きでやめちゃうことが多い。

そうじゃなくて「やりたいからやる!」っていう熱量があるのは大事です。大変ですけど。

だから、ちょっと心配なのが、産地(メーカー)側とデザイナー側に温度差がある場合。どちらかがやらされてる感が出ちゃうと健全じゃないので。

坂本:

それはもう初めからコンビにならない気もする。

大治:

その関係性も啓蒙できるようになればいいよね。基本的にはデザイナーもメーカーも対等であるべき。でも、戦う相手ではない。一緒にやるべき相手。

僕たちの上の世代って、デザインというものを社会に認めさせる必要があって、ファイタータイプが多かった。今はそうじゃなくて、一緒に生き残らないと。

メーカーもデザイナーもそう思っている人が増えたとは思うけど、大きいところだと、まだ理解されてなくて、デザイナーを「作業をお願いする人」みたいに思っているケースもあると思うし。

間口の広い、寛容で多様なアワードにしていきたい

木本:

私がひとつ気にしたいのは、このアワードが、限られた世界に突き詰めていくニッチなものなのか、広げていく民主的なものなのか。ここをメッセージとして整理しておきたいんです。

民藝と工芸の違いを言語化できない人のほうが世の中には圧倒的に多いじゃないですか。そういう人たちがこのアワードを見た時に「なんか選民的なことやってるな」ではなく、「今までは地域のこと分からなかったけど、ちょっと興味あるし、やってみようかしら」くらいに気軽に参加できる。そうやって多くのデザイナーさんが関われる寛容なアワードでありたい。

もちろん、審査員にプロが集まっているから、間口を寛容にしてもプロフェッショナルなものは残るはずだし。

「地域のものづくりって関わりにくい」と思っていたような人が、この機会に応募してくれれば。母数の大きい方がクオリティの高いものになるし。

この第一回のアウトプットが二回目以降を左右すると思うので、(工芸の仕事に直接関わっていない)私が審査員としている意味として、ある程度民主化できる可能性を広げておいた方がいいと思っています。

大治:

いわゆる工芸のコンペみたいな“キレッキレ”なものが一等賞じゃなくて、「これで大丈夫?」みたいなものを一等にしたいんすよ。ほんとに。

ホームセンターに売っててもいいし、工芸の店にあってもいいし、なんか買いたいし。みたいなものが理想かもしれない。

一方で、工芸が「背景の無いグッズ」と化して魅力が無くなることには危惧がある。工芸が工芸のままであって、生きている人を感じるか。工芸の顔をして「ただの量産品じゃん」ていうものも本当に多いので、そうなってほしくないなって。

木本:

そうですね。

専門性と歴史を知ってるかと泥臭さ、みたいなところだけがフォーカスされない方がいいのかなって。

たとえば、距離が近い人にアドバンテージがあるかもしれないけど、パリに住んでる人が「Zoomで全部やっちゃいました!」みたいな場合も評価に値するかもしれない。

その場に住んでること、近いことがすべてではないかもしれないし。

その辺が広がると、中川政七商店がやるアワードっぽいなと思います。そのバランスが取れるといいなって。

加藤:

どんなものが出てくるんですかね。まったく想像できない。どれくらいの幅があるのか、楽しみです。

ー最後に、応募者や、興味を持ってくれる方へのメッセージをお願いします。

坂本:

審査員コメントにも書きましたけど、「地産地匠」って、「地」が二回も出てきている。それはやっぱり、地域にこれからフォーカスを当てるべきなんじゃないの、っていうのを伝えていくアワードだからだと思うんですよ。

そこに光が当たって、そこを見る人が増えるということ。それをやるべきだっていうことがアワードを通して伝われば。

そして、たとえば大治さんみたいなスタンスで地方のものづくりに向き合ってくれる人。そういう人が増えることを望んでいる。

俺らの時代は正直、食べていけるまで時間がかかった。なので、そうなれるまでが近く感じられれば。そういう道を選べるんだ、やっていいんだ。という風に背中を押したい。そんなアワードになればいいなって思います。

木本:

今だからこそ、軽やかでありたいなと思って。

日本は200年くらい鎖国していたからこそ、意味がわからないユニークネスが爆誕しているのが面白いところで。その鎖国が解かれて、世界と瞬時につながれて、今やあらゆる文化とか土地が溶け合っている。

その中で、「うちのオリジナリティを守るんや!」と固執したところで無理なんです。むしろ溶け合ってしかるべき。この時代だからこその、間違った使い方とか、ルールを破っていること、そういうことが許容されるのがこのアワード。というのが今らしいのかな。

「過去こうだった」を継続するというよりは、「今の時代にあった今のもの」を作ればいい。それくらいの気持ちで、気楽にやれると素敵なのかなと思います。

加藤:

やっぱり、自分の頭で考えて、自分で手を動かしている人たちを応援したい。やりたいって気持ちがないのに、仕方なくやってるみたいなものがあまりにも多いので。そうじゃなくて、自分で考えてやっている人たちを見たい。粗削りでも全然いいので。

むしろ、最近は綺麗なもの、置きにいったものが多すぎる。駅とかのお土産が分かりやすくて、昔よりパッケージは綺麗になったけど、なんか個人的にしっくりこない「昔のままのがいいやん」ってのがいっぱいある。無いものねだりなのかもしれないですけどね。

大治:

メーカーとデザイナーが一緒にやることが起爆剤になればいいなと思います。 

結局、ものを作っただけでは場所ができない。でも魅力的なものがないと、それもはじまらない。どんなに土を肥やしても、種がないと育たないし、食べたい人がいないと意味が無い。

それを全方位でやらないと駄目だと思っていて、中川政七商店がいるからそれができそうな気もしています。

その産地っぽくなくてもいいけど、そこで始まっていることとは、なにか繋がっていてほしい。繋がっていることが大事という意識は持っていてほしいというか。外側じゃなくて中心ですね。どんなものが集まるのか。たくさんの応募を楽しみにしています。

地産地匠アワードの詳細はこちら

座談会前編はこちら


文:白石雄太
写真:中村ナリコ

【地産地匠アワード】「工芸の“良い間違い”には可能性がある」審査員座談会(前編)

※この記事は、中川政七商店が主催する「地産地匠アワード」についての関連記事です。詳しくはこちら


地域に根ざすメーカーと、地域を舞台に活動するデザイナーが共に手を取り、新たなプロダクトの可能性を考えるコンペティション「地産地匠アワード」。

目指すのは、メーカーとデザイナーが協働してこそ生まれる新しいスタンダードの発見と、地域を率いるものづくりの担い手を広めてゆくこと、そして、完成品の販売による産地の作り手への還元です。

本アワードの審査を務めるのは、ててて協働組合の共同創業者で手工業デザイナーの大治将典氏、焼物の産地 信楽でデザインスタジオ「NOTA&design」を主宰する加藤駿介氏、株式会社HARKEN代表のクリエイティブディレクター 木本梨絵氏、奈良県東吉野のデザインファーム オフィスキャンプを設立した坂本大祐氏の4名。

今回はこの4名の審査員による座談会の様子を、前後編に分けてお届けします。
後編はこちら

審査をする上で大切にしていることや、それぞれが考える地産地匠アワードの意義。地域のデザインやものづくりに対して感じている課題、応募者へのメッセージなど。忌憚ない意見が飛び交う刺激的な座談会となりました。

アワードがきっかけで、産地に新しいつながりが生まれて欲しい

ー今回、「地産地匠アワード」の取り組みを聞いて最初に感じたことや、審査を引き受けた理由を教えてください。

大治将典(以下、大治):

以前は、工芸を評価する場がもう少しあったんです。たとえば日本三大クラフト展*というものがあったりとか。でも、そのうちの2つは終了してしまって、今は「高岡クラフトコンペティション」だけが残っています。

※「日本クラフト展(2020年に59回で終了)」、「朝日現代クラフト展(2009年に29回で終了)」、「工芸都市高岡クラフトコンペティション」

いわゆるクラフトの協会*みたいなものも戦後にできて、ずっと続いていたんですが、ここ数年で解散してしまいました。そんな状況を見ていて、自分としては「変わる必要があるんだな」と思ったんです。

※「日本クラフトデザイン協会(2021年に解散)」「クラフト・センター・ジャパン(2014年に解散)」

今、僕は「高岡クラフトコンペ」の審査員もやっているんですが、これはどちらかというと作家の登竜門的な位置づけになっています。そこで出てきた人たちが、高岡の工芸メーカーと付き合ってものづくりをやっているかというと、そこまでには至っていなくて。そういう風にしていきたいなと思って、中身を変えている最中なんです。

やっぱり、量を作らないと産地を守れないし、作家さんだけでは難しい部分がある。特に今は産地自体に力が無くなっていて、みんなバラバラの状態。産地の再編は必須事項だと思っています。

なので、今回の地産地匠アワードの取り組みを聞いて、これがきっかけで産地の状況に気付いてくれたり、新しい才能が生まれたり、新しいつながりが発生したりすればいいなと強く思いました。

大治 将典(手工業デザイナー/Oji & Design 代表)

日本の様々な手工業品のデザインをし、それら製品群のブランディングや付随するグラフィック等も統合的に手がける。手工業品の生い立ちを踏まえ、行く末を見据えながらデザインしている。
ててて協働組合共同創業者・現相談役。

地方の文化やものづくりが残り続けるためにできること

木本梨絵(以下、木本):

仕事で定期的に通っている島根県の海士町(あまちょう)というところに、そこでしか買えないみりんがあるんです。

宮﨑さん*という方が手がけていて、甘くて優しくて、本当に美味しい。

※夫婦で民泊「みやざきサービス」を営む宮﨑雅也さん

海士町はとてもほがらかな町で、宮﨑さんも「仏なのでは?」という穏やかなパーソナリティーの方。海士町のみりんは、そんな海士町の味がするんです。

また、能登半島にガラス作家の有永さん*という方がいて、薄くて濁りの無い、凄くきれいなガラスを作っている。一度ご自宅にお邪魔した時、家を出て階段を下りると目の前に能登の海が見えて、その海の“シーン”という静けさと、有永さんのガラスがリンクする感覚がありました。

※能登島に工房「kota glass」を構える有永浩太さん

日本以外でも、ノルウェーでブルーベリーを摘みに森に入る機会があって、その時に、ブルーベリーピッカーっていう道具がホームセンターに売っていたんです。ひとつずつ摘むのは大変なので、「ガガガガ!」って一気に収穫できる専用の道具なんですけど。

大治:
そういうローカルって楽しいよね。山形だと、芋煮の具材を買った人に、専用の鍋とか道具を貸してくれたりとか。

木本:
楽しいですよね。

私は、みりんも、硝子も、芋煮の鍋もブルーベリーピッカーも、その土地土地に根差す文化だと思っています。きっと世界中の地方がそういう魅力を持っている。

時間やお金をかけて旅に出た先で、そういった土着のものに出会った時に、自分の旅が豊かに、正当化される感覚があるんです。すごく楽しいし、人がわざわざ旅をする理由のひとつであると思っています。

そんな地方の魅力が単純に無くならないでほしい。30年後も、100年後も、200年後も鮮やかに残り続けてほしい。このアワードがその先駆けになれば、と思って参加しました。

木本 梨絵(クリエイティブディレクター/HARKEN 代表)

1992年生まれ。株式会社HARKEN代表。自然環境における不動産開発「DAICHI」を運営。自らも事業を営みながら、さまざまな業態開発やイベント、ブランドの企画、アートディレクションを行う。
グッドデザイン賞、iF Design Award、日本タイポグラフィ年鑑等受賞。
2020年より武蔵野美術大学の非常勤講師を務め、店舗作りにおけるコンセプトメイキングをテーマに教鞭を執っている。


坂本大祐(以下、坂本):

僕は、どうしても間に合わないものもあると思っていて。

奈良にも素敵な作り手さんがたくさんいますが、たとえば吉野の漆漉紙(うるしこしがみ。※吉野紙とも呼ばれる)を漉く女性の職人さんはついに残り一人になってしまった。60代の女性で、恐らくそのまま途絶えてしまう。そういう話が山のようにある。

無くなっていくものをすべて食い止めるのは無理でも、もう少し、自分たちにできることがあるんじゃないかと考えています。

今回のアワードは、産地だけじゃなく、その魅力を表現するクリエイティブも同時に見つけられるのがすごくいい点だなという風に感じていて。やっぱり、一緒にやる、悩んでくれる、工芸とデザインを繋げてくれる人がいないと厳しいと思うんです。

アワードが続いていく中で地域の取り組みとして素敵なもの、面白いものが積み重なっていけば、道が見えてくるだろうし。

そうするうちに、目指される対象になって欲しいというか。まだまだ都市部のデザインが強いけど、場合によっては最初からローカルのデザインを目指す人が出てきてもいいんじゃないかなと思います。

坂本 大祐(クリエイティブディレクター/合同会社オフィスキャンプ 代表社員)

奈良県東吉野村に2006年移住。2015年 国、県、村との事業、シェアとコワーキングの施設「オフィスキャンプ東吉野」を企画・デザインを行い、運営も受託。開業後、同施設で出会った仲間と山村のデザインファーム「合同会社オフィスキャンプ」を設立。2018年、ローカルエリアのコワーキング運営者と共に「一般社団法人ローカルコワークアソシエーション」を設立、全国のコワーキング施設の開業をサポートしている。
著書に、新山直広との共著「おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる」(学芸出版)がある。奈良県生駒市で手がけた「まほうのだがしやチロル堂」がグッドデザイン賞2022の大賞を受賞。2023年デザインと地域のこれからを学ぶ場「LIVE DESIGN School」を仲間たちと開校。

産地の環境を残せるタイミングは今しかない

加藤駿介(以下、加藤):

僕はこの中でも産地側の人間というか。代々、信楽で焼き物をつくっている家で、産地の現状を見たり聞いたりしてきました。

ものづくりの産地って、戦後にものが無かった頃は「いいものを作って生活を豊かにしていこう」という志を持ってやっていたんです。70年代くらいまではその状態が続いたんだけど、バブルがやってきて、どんどんビジネス寄りになっていってしまう。考えなくても作れば売れる時代だったというのもあって。

バブルも93年頃にピークを迎えて、その後は人口減少や高齢化などの問題を抱えながら今に至ります。

最近は個人の作家さんが力をつけていて、それ自体はすごくいい流れです。でも、作る人がいて、山もあるけど、土を採る人がいない。原料屋さんにとってみると、バブル期の数字が基準にあるので、いくら作家さんが増えても、当時ほどの量を作ることはないので採算が合わない。

原料を採る人たちの方が先に潰えてしまうんじゃないかと危惧しています。

作る人が自分たちで採ってやらないといけなくなると、結局たくさんの数は作れない。その中で、経済的にどのあたりを目指して活動するのかという、難しい問題に直面している。

それでも産地にはまだ意義があるというか、この環境は残した方がいいと思っていて。他の国に目を向けて見ると、地域単位の小さな集団や個人がものづくりをやって、商品を提案できているというのは、すごく珍しいことだと思うんです。

ヨーロッパとかでも、デザインはするけど制作は別の場所だったりする。日本の産地は、今はまだなんとか高いレベルでやれている。でもこのままだと、20年後はもう無理やなと。手を打つなら今しかないと思っています。

加藤 駿介(デザイナー/NOTA & design 主宰)

1984年、滋賀県信楽町生まれ。大学在学中にデザインを学ぶためロンドンへ留学。東京の広告制作会社に勤務後、地元の信楽に戻り陶器のデザイン、制作に従事する。2017年に自社スタジオ「NOTA&design」、ギャラリー&ショップ「NOTA_SHOP」を設立。
陶器を作る際に粘土同士をくっつけるのり状の接着剤「ノタ」のように、人と人、人ともの、時代や業種など、あらゆるものと考えをつなぐことをテーマにしながら、陶器の制作を中心にグラフィック、プロダクトデザイン、インテリア設計、展示構成、ブランディングなどを手掛け、ギャラリーを併設した「NOTA_SHOP」では、工芸、アート、デザインを分け隔てることなく、様々な作家や商品を紹介している。


大治:

ちゃんと儲かる人が増えれば、材料屋さんも道具屋さんもやめなくて済むよね。昔は100億の企業が一社あって、「みんなで食おう!」だったけれど、それよりも1億の企業が100個の方が地域としていいんじゃないって思う。

坂本:

そういった可能性を持った人たちをたくさん見出せるというか、出会うのが一番の目的なんちゃうかなっていう気もする。もちろんアワードの大賞は決めるんやけど。普段、我々が出会っていく数には限界があるから。

“良い間違い”が生まれる寛容さが、手仕事や工芸の魅力

ー地域のものづくりでこれは良い取り組みだなというものがあれば教えてください

大治:

自分がデザインしたものを持ってきました(笑)。

輪島の四十沢(あいざわ)木材工芸さんというところで作っている欅(けやき)のプレートです。最初に作られていたものがあって、それを僕がデザインし直した経緯があります。

四十沢木材工芸 KITOシリーズ「輪花盆」

元々は、輪島塗の木地の不良在庫なんです。ずっと倉庫に眠っていて、四十沢さんがご自身でなにかやろうとした時に、やっぱり輪島は漆器の産地だから、まずは漆を塗ったりして。拭き漆をしてみるんだけど、どうもまったりしてあんまり納得のいくものができなかったようです。

ある時、四十沢さんの奥さんが倉庫からこれを見つけてきて「オイルだけ塗ってこのまま 売ったらいいじゃん」と。そうしてみたら売れたんです。

で、そこからどうしていくか、展開に悩んでいるという相談が僕のところにありました。

でも僕が劇的に変えた部分ってすごく少なくて。元のものづくりを活かしながら、フチの部分を少し細くしたり、指のかかりを考えて持ちやすく調整したり、ディテールをデザインしました。

というのも、実は元々このお盆のユーザーだったんですよ。良さを知ってるからこそ、使いながら少しずつ気になっていた部分を改良する選択肢をとりました。フチの細さを調整すれば、サイズはほぼ以前のままで、それまで3つしか置けなかった食器が4つ置けるようになったり。そうした微細な調整の積み重ねですけど、ちゃんと、より売れるようになった。

あと、これはNCルーターで加工しているんですが、同じ刃を流用して、別デザインのプレートも作りました。そうすると開発費も抑えることができる。

こういう協業のやり方もあるんだ、という参考例になればと。

木本:

私はこの「たまご包(つと)」を持ってきました。

たまご包(つと)

倉敷にある須波亨商店というところに、須波さん*という作り手の方がいるんです。

※倉敷 須浪亨商店5代目 須浪隆貴さん

倉敷って花ござが有名なんですけど、やっぱり需要は減ってきていて。

そんな中で須波さんは、信じられないくらい大きな鍋敷きだったりとか、凄くかわいい、ちょっと欲しくなる不思議な品をい草でたくさん作っていて。

これは卵を買ったら無料でついてきたものなんですけど、普段は何も入れずにそのまま飾っています。

昔は卵を持ち運ぶための機能が必要とされていたけど、今はインテリアにもなるというか。「卵を入れなければ!」と思わなくていいし、鍋敷きも鍋敷きじゃなくていい。気楽に間違った使い方をさせてくれるような、寛容さがある。

素材はちゃんと昔ながらのい草で、畳の端っこの部分を有効活用したりしているけど、そんなことを感じさせないようなコミカルなかわいさもある。

それを若い世代の方が黙々と倉敷で作っているって、素晴らしいなと。

大治:

僕も間違えたっていいと思っています。「これは、別にこれでもいいんじゃない」っていう、“良い間違い”がたくさんあった方がいいんですよ。それは、可能性がそこに埋まっているということなので。何かに変わった時にも柔軟に対応できる、生命力がある。

完璧には作れない反面、良い間違いが含まれているようなものが、手仕事には多いんじゃないかなと思います。

木本:

さっきの、漆を塗らないままのプレートとかも、昔の人からするとただの間違いなんだと思うんです。「恥ずかしいことだ」みたいな。でも今だと、木の素地が見えた方がむしろ嬉しい、良い間違いですよね。

大治:

本当にそうなんです。

そんな風にどんどん見立て直していいんだけど、その土地のものづくりである意味の中心は、見つめておかないといけない。外側にあることではなくて、軸にあること。

外側だけがあって、それが「~~焼です」っていうのは、やっぱりぺらぺら。中心の軸がしっかりしていて、その周囲がすごい速さで回っているからこそ、ちゃんと遠心力が効いている。そういうものづくりをしたい。

それが出来れば、どんな風に変わってもいいと思います。

決められた定義が足かせになるなら、外してもいい

坂本:

僕が一番初めにピンときたのは、亡くなられてしまったんですが、長崎で活動されていた城谷耕生*さんの取り組みです。

※城谷耕生さん:デザイナー。長崎県雲仙市に「Studio Shirotani」開設。2020年12月に逝去

これは波佐見焼の食器シリーズなんですけど、面白いのが、いわゆるB品の土を採用していること。それまで、鉄粉が入ってしまった土は波佐見焼では使えなくて、廃棄されていた。でも、グレイッシュな色味もいいじゃないかということで釉薬を変え、鉄粉を表現として取り入れてラインアップしている。

波佐見焼の現場と近いところにいて活動していた城谷さんならではの事例かなと思って、すごく良いなと。

大治:

僕が20代の頃とかに、工芸品をきちんと再ブランディングして、みたいなことをやり始めていた先駆者ですよね。精神的影響をかなり受けてます。地産地匠アワードに、審査委員長として入っていただきたかったくらい。

坂本:

本当に、今回のコンセプトにぴったりハマる人だったなと思います。

大治:

近い話でいえば、有田焼では天草の陶石が使われているんですけど、そこにも細かく等級が決められていて。良い等級の陶石を採ろうとすると、同時に膨大なB・C級のものも採れてしまう。それを精製して、等級の良い部分だけを有田では使っていました。

僕が有田でやっているのは、良くない等級とされてきた陶石を使うプロダクトです。これまで有田焼では使われなかった石ですが、「これも有田焼じゃん」って言わないとダメだと思うんです。

他の産地でも、大館の曲げわっぱなんかは、元々は樹齢200年以上の天然杉だけが使われていたけど、僕が関わり始めた15年前の時点で、樹齢100年前後の材が主流になっていました。そうするうちに、資源保護の観点で国から天然杉の伐採禁止*という通達が出た。今は人工植林の秋田杉を主に使用しています。

※天然の秋田杉について、2013年3月以降の伐採が禁止となった

この状況で素材にこだわってたら、大館曲げわっぱは滅んじゃう。製法や素材が変わることを許容しなければ産地は続いていけません。

その意味で、産地ブランドというのも辞めた方がいい。名前と技法を一緒にするのを辞めればいいのにと思います。じゃないと変われないから。

加藤:

伝統的工芸品とかも、単に国が作った一つの枠組みですもんね。

大治:

指定された当時は夢だったと思うんです。「俺たちにも価値はあるんだ!」っていう。でも、その時定めたルールが、もしも足かせになっているなら、外してもいい。

もちろん、その場所・地域でやっていること自体は誇りに思っていいけど、「~~焼です」ってみんながぼんやり思っている像みたいなものは無くなっていいんじゃないかなと思いますね。

加藤:

僕は信楽にいて、お店もやっているので、よく聞かれるんです。「これは信楽焼ですか?」って。

それは正直、どっちでもいいと思っていて。信楽焼だからいいってことではないじゃないですか。信楽にも色々な作り手がいて多様性があるし。「信楽という地域で作っている状況の方にこそ価値があるんです」って説明するんですけど。

大治:

たとえば僕がデザインした「FUTAGAMI」*のプロダクトも、「高岡銅器だ」みたいなことは敢えて言っていないし、きっと高岡銅器には見えないだろうとも思う。いつか時間が経てばそう見られるのかもしれないけど、その時は高岡銅器ではなくて、“高岡”という風に見えればいいなと思ったりしています。

※富山県高岡の鋳物メーカー「二上」が立ち上げた真鍮の生活用品ブランド

加藤:

それぞれの特徴をいかすのはいいと思うんですよ。信楽だったら大きいものが得意やから、なるべく大きいものを作るとか。

強みをいかすのはいいけど、名前だけで評価するのはナンセンスやなと思いますね。

ただ、たとえば~~焼の組合にしか助成金が下りないみたいなこともあって。それは産地の構造としておかしいと思ってます。

坂本:

産地を名乗ることによって、国からのお金が入りやすい。だから名乗る必要があるっていう。

加藤:

それこそ、もう作り手もいなくて、名前だけ残っているようなものもあって。それを啓蒙するイベントが開かれていたりする。「いやそれ、誰も作ってないですよ」っていう。

大治:

それ、「産地のゾンビ化」と呼んでいるんです。

坂本:

上手いこと言ってるなぁ。

大治:

(笑)。

要するにゾンビが生きている限りは、本当に生きている人たちに支援が行き届かない。

それは病だと思うので、悪しき習慣として断ち切って、本当に応援すべき人を、ちゃんと応援できる仕組みづくりをしないといけないんですよ。

坂本:

産地の再編というか、逆に“産地のための産地”みたいなものは、無くなってもいいのかもしれないよね。

加藤:

それでいうと、僕が昔から気になっていて、いいなと思っているのが新潟の「エフスタイル」*さん。

※新潟生まれの五十嵐恵美さんと星野若菜さんが2001年に立ち上げたブランド。新潟を拠点に、デザイン提案から販路開拓まで一貫して請け負っている。

産地としてものづくりがやれてるというか、自分たちでデザインもしつつ、しっかり周囲の作り手とコミュニケーションしながら一緒にやっている。

ものづくりをする上で産地側のリテラシーも上げていく必要があると思っているんですけど、そう簡単には上がらないので、一緒にやっていくのは重要だなと。

数を追いかけるわけではないし、かと言って一点ものでもない規模感で。あの二人の取り組み自体が凄くいいなと思っています。

大治:

僕も、仕事で産地へ行くことを“出張”じゃなくて“通勤”って言ってるんですよ。「先生が来る」みたいになると嫌なので、通勤。5時間以内なら近いという感覚(笑)。

そういうところからでも、一緒にやっている感覚がないとね。本当のことを教えてくれないし、こちらも本当のことが言えない。“先生”が関わることで広告になっていた時代はいいけど、今は違うので。

後編へ続く


文:白石雄太
写真:中村ナリコ

【家しごとのてならい】第5回:味噌を仕込む

毎日の家しごと。それなりに何とかできるようになり、だいたいは心得たつもりだけれど、意外と基本が疎かだったり、何となく自己流にしていたりするものってありませんか?

そのままで不都合はないものの、年齢を重ねてきたからこそ、改めて基本やコツを学んでみたい。頭の片隅にはうっすら、そんな思いがありました。

この連載では、大人になった今こそ気になる“家しごとのいろは”を、中川政七商店の編集スタッフがその道の職人さんたちに、習いに伺います。

とはいえ、難しいことはなかなか覚えられないし、続きません。肩ひじ張らず、構えずに、軽やかに暮らしを楽しむための、ちょっとした術を皆さんにお届けできたらと思います。

今回のテーマは「味噌を仕込む」。佐賀 丸秀醤油株式会社 代表取締役の秀島健介さんを講師に迎え、編集チームの白石が習いました。

今回の講師:丸秀醤油株式会社 代表取締役 秀島健介さん

1901年創業の老舗蔵、佐賀「丸秀醤油」の六代目。東京の大学で醸造技術を学び2017年に家業を継承。味噌や醤油づくりに欠かせない麹に魅せられ、その可能性を探る「麹ユニバース」などの取り組みも行っている。
https://shizen1.com/

味噌の基本

1,000年以上も昔から日本の食卓にあったとされる伝統食品「味噌」。味噌汁はもちろん、その他の汁物や炒め物、煮物など、さまざまな料理の調味料として活躍し、私たちの食生活を支えてくれています。

今回のテーマは、そんな「味噌」を自分で仕込むこと。

どこでも簡単に入手できることもあり、必要に迫られなかったということ、自家製となると途端にハードルが上がる感覚を持っていたこともあって、これまで、自宅で味噌を仕込んだことは一度もありません。

でも、実は一昔前には、自宅で味噌を仕込むことが今よりもずっと当たり前な時代がありました。自分のしたことを謙遜する際に使う「手前味噌」という言葉がありますが、これは、自家製の味噌の味わいを自慢する時に使われたのが語源になっています。それほど、どの家でも自家製の味噌が作られていたのだそうです。

であれば、自分にもきっとできるはず。と意気込んで、自家製味噌を作る際に押さえておきたいポイントや心構えを伺ってきました。

味噌の種類:最初のおすすめは「米味噌」

最初に聞いたのは、味噌の種類について。

秀島さん:

「作り手の目線としては、まず素材で味噌を分類します。米麹と大豆で作れば『米味噌』、麦麹と大豆で作れば『麦味噌』、大豆自体に麹菌をつけた豆麹で作れば『豆味噌』。それらを組み合わせたものが、いわゆる『合わせ味噌』で、組み合わせ方は地域によってさまざまです」

なんとなく、白や赤といった色で分かれるイメージを持っていましたが、それは材料ではなく工程の違いで作られるものなのだとか。

同じ米味噌でも、大豆と米麹の分量比や、大豆の下処理の違い、どれくらいの期間発酵させるかなどの諸条件で仕上がりの色は変わってくるそう。

基本的に大豆、塩、そして麹を混ぜて発酵させることで作られる味噌。非常にシンプルな材料ですが、同じ組み合わせでも、味や色味の仕上がりは千差万別。さらに、豆麹や麦麹など麹菌の選択肢も考えると、バリエーションはまさに無限です。

「ハマってしまうと本当にキリがない、“沼”ですね(笑)。逆に言えば、初めから自分の好みの味や風合いを追求するのは大変です。おおまかな基準を作るという気持ちで、まずは気軽に作ってみてもらえればいいのかなと。最初は米味噌がおススメです」

近くの酒屋さんやスーパーなど、米麹が入手しやすいこともあって、最初は米味噌がおススメとのこと。一度作ってみて、自分の好みや料理との相性などを確認しつつ、だんだんと調整していくのが良さそうです。

仕込みの時期と発酵期間

「味噌は基本的に冬に仕込みます。寒い時期は雑菌が繁殖しにくく、いい状態で発酵させることができるからです」

と秀島さんが仰るように、毎年12月〜2月頃が味噌の仕込みに最適な時期となります。

仕込んだ味噌は、一定期間おいて熟成させることで美味しい食べ頃の状態に。そうなるまでに、どのくらいの時間が必要なのでしょうか。

「今回の米味噌であれば、おおよそ3ヵ月程が目安です。

風通しが良くて直射日光が当たらないところに置いて熟成させてください。徐々に発酵が進み、その過程で大豆に含まれるたんぱく質が分解されて旨味成分になっていきます。

仕込み終わったら特にやることはありません。時々様子を見てあげて、茶色い、味噌らしい色になってきたあたりで味見をしてみる。良い塩梅だと思ったら、そこからは冷蔵保存に切り替えます」

冷蔵保存に切り替えることで、菌の活動が抑えられるので、それ以上味が変化しないようになるのだとか。菌は死んでしまったわけではないので、常温に戻すとまた発酵が進みます。

「一定期間熟成が進むと、今度は乳酸菌が増えて段々と酸味が強くなっていきます。

熟成させ過ぎた場合、味噌の味を元に戻すことは難しいのですが、焦らなくても大丈夫です。

そのままでは酸味が強かったりしょっぱすぎたりする時も、たとえば炒め物などの隠し味にはその方が美味しい場合もあります。または、他のお味噌とブレンドしてみるのもおススメです。

味噌は、原料が違うもの同士や産地が違うもの同士を混ぜても凄く美味しくなる。なので、そんなに神経質にならず、おおらかな気持ちで仕込んでほしいなと思います」

分量と工程

仕込み方の実践に入る前に、自家製の米味噌を作る際の基本的な分量と工程、保存方法などを教えていただきました。

「基本の米味噌を作る上で必要な材料は、大豆、塩、米麹の3つです。分量は、ざっくり塩1に対して、大豆2、米麹4くらいを目安にしてください*」

※大豆は茹でる前の重さ
※今回用意した材料は、塩220g/大豆450g/米麹800g

ちなみに、“麹”自体を自分で作るという選択肢もありますが、少し難易度も上がるため、今回は米麹をどこかで入手する前提で作り方を伺っています。

<工程>

①大豆を下茹でする

……乾燥した大豆を一晩水にさらしてから、3~4時間ほど茹でる(圧力鍋であれば、30分ほど)

②塩と米麹を混ぜ合わせる

……ビニール袋などに塩と麹を入れて振り、しっかり混ぜ合わせる

③大豆をつぶす

……人肌まで冷ました大豆を別のビニール袋などに入れて、手で押しながらつぶしていく

※すり鉢やマッシャー、麺棒などを用いてもOK

④大豆と塩、米麹を混ぜ合わせる

……③の袋に②の塩と米麹を投入し、ペースト状になるまでしっかりとこねて混ぜ合わせる

⑤容器に味噌を詰める

……混ぜ合わせた味噌を手に取り、直径5cmくらいの団子を作る。それを容器の隅に押し付けるようにして詰めていく。空気に触れる面積が小さくなるように、最後は平らにならしておく

⑥蓋をして保存

……カビを防ぐため、表面に塩を薄く引き、ラップ等で覆った後、蓋をして熟成を待つ

味噌仕込み、実践!

いよいよ、実際に味噌を仕込んでいきます。

今回は、大豆の下茹でが既に済んでいるので、塩と麹を混ぜるところからスタートです。

米麹と塩をどばっと入れる
しっかり空気を含ませてシャカシャカと振っていく

「イメージとしては、米麹の一粒一粒に対して、塩でコーティングしている状態を作ります。塩がついていないと腐りやすく、カビが生えやすかったり、酸っぱくなったりしやすいので。

米麹がだまになっていたりするので、ほぐしてあげながら混ぜてください」

とにかく、味噌の大敵はカビなので、まんべんなく塩と麹が混ざることが重要になってきます。ビニール袋が無い場合、大きめのボウルなどを使っても大丈夫です。

続いて、大豆をつぶす工程。下茹でした大豆を別のビニール袋に入れて封をし、粒が残らないように押しつぶしていきます。

体重をかけて押す

熱い状態の方がつぶしやすいので、下茹でした状態の大豆を購入して使う場合も、軽く茹で直して温めてあげると良さそうです。

時おり、袋をひっくり返しながら、黙々とつぶしていきます。何度押してもスルッと逃げるしぶとい大豆がいたりして、かなり体力を消費しました。ただ、プチプチをつぶしている時のような高揚感があって、無性に楽しい、不思議な感覚でした。

「大変な作業ですが、素材の温度を肌で感じながらつぶしていくのは、貴重な経験にもなります。弊社でワークショップを実施した際も、子ども達が一番楽しんでやってくれる工程です。

ご家庭でやる場合は足で踏んだりしてもいいですし、麺棒、すり鉢、マッシャーなどを使うのも問題ありません。とにかく、粒がなくなるまで頑張ってつぶしてください」

粒を無くすのであれば、フードプロセッサーを使うという手もあります。ただ、秀島さんの経験上、細かくきざまれ過ぎて滑らかさが失われる気がするとのこと。やはり地道につぶすのがおススメです。

大豆をつぶし終わったら、最初に混ぜ合わせた米麹と塩を大豆の袋に投入。そして、全体が均一になるまでひたすら揉み合わせていきます。

引き続き、力作業。この時は、袋の空気は抜いておく

最初は米麹だけの部分がパン粉に似たパサパサの触り心地。だんだん大豆が混ざっていくと、お味噌っぽく、塊になってきます。この時、大豆だけの部分が残ってしまうと、カビが生えやすくなるので、できる限り均一にすることが大切。先ほどの工程に続いて、中々の力仕事です。

「ちなみに、我々が実際に蔵で作る際は、一個の桶に800キロくらいの味噌を仕込みます。800キロを一度に混ぜるとばらつきが出てしまうので、20キロくらいずつ、40回に分けて仕込んでいます。

ただ、ご家庭ではそこまで神経質にならなくても大丈夫です。ばらつきもひとつの魅力ですし、もしカビが生えるとしても、空気に触れている表面から生えるので、その部分だけ削り取ってしまえば特に問題ありません」

ひたすら無心で混ぜ続けること10分。良い感じに混ざってきました。

次は混ぜ終わった味噌を、保存容器に入れていきます。

しっかり固めて団子の中の空気も抜いておく
この時点で味噌の良い香りが漂ってきて食欲がそそられます

一気に入れていくのではなく、少しずつ手に取って5cm程度のお団子を作り、容器の角を埋めるように敷き詰めていきます。

「空気が入らないように、容器の中をぴったりと味噌だけの状態にするのが理想です」

作った団子を拳でつぶしながら隙間を埋めていくと、密度の濃い味噌の塊が少しずつ積み上がってきて、ふと、「仕込んでるなぁ」という実感が湧いてきます。

最後はなるべく表面をフラットに

「仕込む前に一度手を洗って、いわゆるバイ菌はいない状態にしておくんですが、人の肌に住んでいる常在菌は味噌に移ります。

よく、仕込む人や家によって味噌の味が変わると言うのは、この常在菌の作用です。そう思うと一層愛着が湧くというか、自分の家の味噌を育てる楽しみが出てきます」

丁寧に説明を受けながら、ここまで約40分ほど。最後に、表面のカビを防止するために塩を薄く塗って、ラップをぴったりとかけて、蓋をすれば完了です。

常在菌の話も相まって、「俺の味噌が出来た!」という達成感がふつふつと湧いてきます。同時に、「早く食べてみたい!」というワクワク感も。

「味噌作りの失敗って、途中でカビが発生してしまうことくらいなんです。

仮にそうなっても、先ほど言ったように表面を削ってしまえば大丈夫。菌が生きていることが手づくり味噌の良さですから、『多少カビが生えてもしょうがないよね』と、おおらかに捉えてもらえれば、もはや失敗することは無いのかなと思います。

まずは怖がらずに一度作ってみてください」

秀島さんがそばに付いていてくれたおかげもあるのですが、本当に思っていたよりも難しくなく、特別な道具や準備も不要で仕込むことができました。

仕込んだ味噌は、教えていただいた通り、冷暗所に保管。一週間に一度くらいの頻度で様子を見ています。「カビが生えてしまってもしょうがない」という心構えでのぞんでいますが、今のところ順調な様子。この後の熟成が本当に楽しみです。

皆さんも是非、自宅での味噌作りにチャレンジしてみてください。

熟成を待つ、我が家の味噌

<取材協力>
丸秀醤油株式会社

佐賀市高木瀬西6-11-9 ※蔵元直売所「麹庵」併設
0952-30-1141

文:白石雄太
写真:藤本幸一郎