【旬のひと皿】もずくのかぼすそうめん

みずみずしい旬を、食卓へ。

この連載「旬のひと皿」では、奈良で創作料理と玄挽きの蕎麦の店「だんだん」を営む店主の新田奈々さんに、季節を味わうエッセイとひと皿をお届けしてもらいます。



毎週水曜日、お花屋さんから届くお花を店内に生けてから一週間の仕事が始まります。
「今週はどんな花材かな」と、包んである新聞紙を覗き込む瞬間が楽しみです。

華道の経験も知識もない私に、ご近所にお住まいの先生がお声がけくださったことが、生け花を習い始めたきっかけです。その時は奈良に越してきたばかりだったので、お花の知識はもちろん、365日、毎日行事の行われる奈良のことなど、先生のお話を伺うたびに「自分の知らなかった広い世界があるのだな」と、パッと煌めきを感じていました。

お稽古を始めた頃は、一杯の花を生けるのにお稽古で2時間、帰ってから同じように生けるのに同じくらいの時間をかけていました。花や、枝物のバランス次第で、同じ花材でも間延びしたような雰囲気になってしまいます。何だか納得いかない出来のものも先生に手直ししていただくと、そこに自然に、花が野に咲く景色が生まれるのです。

お稽古をとても楽しみにしていましたが、当店の代替わりと共に店にいる時間が長くなり、ひとまず辞めることに。教室には行けなくなってしまいましたが、今でも花を生けることは続けています。上手ではないですが、お客様に楽しんでいただけたら嬉しいなと思っています。

しばらくお稽古から離れてしまっている間も先生は「このお花、お店で生けてね」とお越しくださったり、お手紙をくださったりと、私を気にかけてくださっていました。いつも、いつでもお会いできると思っていたあの頃。まさか、先生のお別れの会に行くことになるとは思ってもいませんでした。

聞くところによると、入院されていた病院の中庭に何も植えられていなかったので、先生はご自身も大変ななか、病院の方に「あの場所へお花を植えてはどうでしょう?きっと患者さんの癒しになるでしょう」と動かれたそう。最終的には院長先生にまで話が行き、たくさんの人で花の球根を植えられたと伺いました。

先日、病院へその花を見に行きました。夏に向かう陽ざしのなかで、いきいきと咲く花たち。一緒に過ごさせていただいた時間を思いながら、私もまた花を生けようと思います。年齢も離れた私にたくさんの優しさを与えてくださったことに感謝して。

<もずくのかぼすそうめん>

材料(2人分)

・素麺…2束
・もずく(沖縄の太もずくがおすすめ)…100g
・麺つゆ…200ml
・かぼすの果汁…小さじ4
・薬味(大葉、茗荷、きゅうりなど)…適宜

生のもずくが手に入らない場合は酢もずくを使っても。その場合はかぼすは入れずにお作りください。かぼすがない場合はレモンやすだちなどで代用いただくのもよいのですが、かぼすの風味がとても合うので、ぜひお試しいただけると嬉しいです。

作り方

薬味類を準備しておく。大葉は千切りに。茗荷も同じく千切りにして水にさらす。きゅうりは塩(分量外)で表面をもみ、しばらく置いたら千切りにする。

少し濃いめの麺つゆを用意し、かぼす果汁を加えたら冷蔵庫で冷やす。

素麺を茹でて器に盛り、薬味を乗せたらできあがり。別に添えた麺つゆに浸けながら食べる。

うつわ紹介

・そうめんを入れたうつわ:有田焼の中鉢 微塵唐草
・麵つゆを入れたうつわ:RIN&CO. 越前硬漆 深ボウル S NORTH GRAY 03

写真:奥山晴日


料理・執筆

だんだん店主・新田奈々

島根県生まれ。 調理師学校卒業後都内のレストランで働く。 両親が母の故郷である奈良へ移住することを決め、3人で出雲そばの店を開業する。  
野に咲く花を生けられるようになりたいと大和末生流のお稽古に通い、師範のお免状を頂く。 父の他界後、季節の花や食材を楽しみながら母と二人三脚でお店を守っている。
https://dandannara.com/

【はたらくをはなそう】中川政七商店 店長 辻尚子

辻 尚子
中川政七商店 ルミネ大宮店

2018年 中川政七商店 ラクエ四条烏丸店 直営店スタッフとして入社
2019年 中川政七商店 ルクアイーレ店
2020年 中川政七商店 LACHIC店
2020年 中川政七商店 タカシマヤゲートタワーモール店 店長
2021年 中川政七商店 ルミネ北千住店 店長
2022年 中川政七商店 ルミネ大宮店 店長



父が歌舞伎や日本舞踊など、伝統芸能の衣装屋を営んでいました。
実家には当たり前のように着物をはじめ鼓や三味線などが置かれており、幼い頃から日本のものづくりが身近にあったように思います。

中川政七商店で働きたいと思ったきっかけは、2014年に放送された「カンブリア宮殿」。
前職の勤務地が店舗に近く、それまでも何度となく足を運んでいたのですが、何の会社で何を志しているのかなどは知りませんでした。

中川政七商店を特集したこの放送をきっかけに、両親から聞いていた業界の後継者問題や、幼い頃から知っている方の廃業などが工芸界全体の問題であると知り、「日本のものづくりのために働きたい」と考え始めました。

入社から数年が経ち、現在は店長として職人さんから受け取ったバトンをお客さまへ繋ぐ仕事をしています。
ただ商品を販売するのではなく、職人さんの思いや産地の思いをお客さまへお伝えするにはどうすれば良いのか、試行錯誤の日々です。

意識しているのは「当たり前のレベルを上げる」こと。
中川政七商店に勤めていると年に何度か聞くこの言葉。
仕事をする上で大切にしている考えの一つです。

自分だけではなく、一緒に働くスタッフさん一人ひとり、また店舗全体として、できなかったことができるようになったり、得意をさらに伸ばしたり。
日々積み重ねることでそれらがいつしか当たり前になっていく。
現状に満足することなく、少しずつでも着実に成長していくお店でありたいと思っています。
そしてそれが「日本の工芸を元気にする!」ことに繋がると信じています。

いま目指しているお店の姿は、

何となく惹かれて手に取ったうつわや織物から、手しごとならではのゆらぎの美しさを知り、お客さまがいつの間にか工芸のとりこになっている
ここに来れば日本の四季の豊かさや日本のものづくりの今を知ることができる
入り口は低く、出口は高く

そんなお店。

幸いお店には志を同じくするとても心強いスタッフの皆さんがいてくださいます。
日々助けられてばかりですが、一人では難しいこともみんなでなら可能だと思わせてくださる皆さんと、100年後の「工芸大国日本」のためにこれからも一つひとつ積み上げていきたいと思います。

<愛用している商品>

麻布Tシャツ
おすすめ理由:Tシャツとワンピースを合わせて購入枚数が10枚になりました。
さらっと心地よく、汗をかいてもすぐに乾く快適さから手放せず、梅雨から夏の時期にかけての必需品です。

うつわになる信楽焼のレンジ蒸し鉢
おすすめ理由:手軽さはもちろん、綺麗な色のまま野菜が蒸しあがる点もお気に入り。
食卓に彩りが足りないと感じた時の救世主です。

季節の置き飾り
おすすめ理由:季節の手拭いや小物とともに、毎月部屋の一角を模様替えしています。
こぢんまりとしたしつらいコーナーですが、暮らしに季節を取り入れることで日々が少し豊かになるように感じられます。



中川政七商店では、一緒に働く仲間を募集しています。
詳しくは、採用サイトをご覧ください。

【あの人の贈りかた】身に纏って楽しめる工芸で、自分の想いを届ける(スタッフ佐々木)

贈りもの。どんな風に、何を選んでいますか?

誕生日や何かの記念に、またふとした時に気持ちを込めて。何かを贈りたいけれど、どんな視点で何を選ぶかは意外と迷うものです。

そんな悩みの助けになればと、中川政七商店ではたらくスタッフたちに、おすすめの贈りものを聞いてみました。

今回は総務担当の佐々木星がお届けします。

日本の染織技術を身に纏って楽しめる「布ぬのTシャツ」

私は東京から奈良への移住者です。活動の拠点が奈良に移ること、そして中川政七商店への就職が決まったことを家族や友人に報告したとき、様々なリアクションがありました。

同年代の友人から返ってきたのは、「母への贈りものを選ぶところだ!」「工芸品を売ってるんだよね」などの声。

「自分のための買い物をするというより、誰かへの贈りものを選ぶためのお店」と考えていて、そしてそもそも商品やお店のイメージばかりが先行し、中川政七商店がなぜ工芸をベースにした商品を扱っているのか、どんな会社なのかを知らない人がとっても多かったのです。

だから、友人への贈りものは特に、中川政七商店のお店で選ぶようにしています。実際に商品を使ってもらうこともできるし、渡すときに会社の取り組みもちょっと話せる。ほんの少しでも、私が働く会社に興味をもってもらえたらいいなぁなんて思っています。

そんな私のとっておきの贈りものは「布ぬのTシャツ」です。Tシャツの前身頃にアップリケのようにあしらわれた日本の布は、産地や技術によってこんなにも個性がでるのかとつくづく驚かされます。
布を囲うステッチはなんだか額縁のようにも見えて、店頭で「どのTシャツが相手に合うかな」と、じっと見つめるひと時すら楽しい。とっても好きな商品シリーズのひとつです。

工芸がTシャツになったなんともキャッチーな商品は、中川政七商店初心者への贈りものにぴったり。「あのお店ってこんなにかわいい商品もあるんだね!今度じっくり見てみようかな」と言ってもらえると、一生懸命悩んだかいがあります。

<贈りもの>
中川政七商店「布ぬのTシャツ」

健康的な食生活への想いを込めて「産地のごはんのとも ふりかけ」

この春、一緒に働いていたアルバイトスタッフさんたちが大学を卒業して社会人になり、それぞれ奈良を離れていきました。

日頃から仕事のやり取りはもちろんのこと、大学生活やプライベートの話なども交わす親交の深い方々だったこともあり、彼女たちの門出には(勝手に)特別な想いを感じざるを得ませんでした。

そんな彼女たちに、これまでの勤務のお礼と卒業のお祝いをかねて贈ったのが「産地のごはんのとも ふりかけ」です。

大学卒業間近、寝食を惜しみながら卒業論文に追われている様子。そして卒業目前、入社準備や引っ越し準備で休む間もなく、慌ただしく活動していた彼女たちを見ていたので、「忙しくてもご飯は食べるんだよ」という想いを込めて贈りました。

手軽なサイズなので引っ越し準備の邪魔にもならない。
始まったばかりの社会人生活、楽しいこともそうでないこともたくさんあるかもしれませんが、「せっかく貰ったから、お米炊かなきゃ!」と、奈良での生活を思い出しながらもりもりご飯を食べてくれているとうれしいです。

余談ですが、ふりかけを贈った方からは喜びの声と一緒に「佐々木さん、もはや奈良の親戚みたいです」と言われました。

<贈りもの>
中川政七商店「産地のごはんのとも ふりかけ」

美味しいものは“わかちあってなんぼ”の哲学で「ゑびやのかりんとう」

「これ美味しかったから、あなたにもお福分け」と、お菓子をいただいたことがあります。
誕生日でも何かの記念日でもない、なんてことない日。相手にとってはただの気まぐれだったかもしれないですが、「美味しかったから」という極めてシンプルな理由に私はときめきを覚えたのです。

それからというもの、「美味しいものはわかちあってなんぼ」という哲学を密かに掲げ、美味しいと感じたものは積極的に贈るようになりました。

選ぶ基準としては、美味しいのはもちろんのこと、パッケージデザインが素敵だとなお良し。前職でデザイナーとしての仕事もしていたので、目を惹くパッケージデザインの商品についつい手が伸びてしまいます。

私のイチオシはゑびやさんのかりんとう。
三重県の言わずと知れた特産品を使った3種類からなるシリーズですが、私は圧倒的に「真珠塩」推しです。一般的な塩味のお菓子に比べて優しい風味と、甘じょっぱさが癖になります。

そしてお味もさることながら、パッケージも本当に素敵なんです‥‥。
優しい風合いのイラストは、どんな年代の方に贈っても喜ばれます。パッケージを留める紐には、三重県の伝統的工芸品「伊賀くみひも」が使用されていて、お菓子を食べた後にも伊勢の名残が手元に残るところがまたいい。

ひとりで噛みしめる「美味しい」も悪くはないですが、誰かと「美味しいね」とわかちあえる方が、より一層美味しくて楽しい気がします。
だから美味しいものに出会えると、自然と「次は誰と食べようか」なんて考えてしまうのです。

<贈りもの>
・ゑびや「かりんとう」
・販売サイト:https://ebiyashop.stores.jp/

贈りかたを紹介した人:

中川政七商店 総務担当 佐々木星

奈良・吉野の山歩き。森と林業の現在を知る【奈良の草木研究】

工芸は風土と人が作るもの。中川政七商店では工芸を、そう定義しています。

風土とはつまり、産地の豊かな自然そのもの。例えば土や木、水、空気。工芸はその土地の風土を生かしてうまれてきました。

手仕事の技と豊かな資源を守ることが、工芸を未来に残し伝えることに繋がる。やわらかな質感や産地の景色を思わせる佇まい、心が旅するようなその土地ならではの色や香りが、100年先にもありますように。そんな願いを持って、私たちは日々、日本各地の作り手さんとものを作り、届けています。

このたび中川政七商店では新たなパートナーとして、全国の里山に眠る多様な可食植物を蒐集し、「食」を手がかりに日本の森や林業に新たな価値を創出する、日本草木研究所さんとともにとある商品を作ることになりました。

日本の森にまなざしを向ける日本草木研究所と、工芸にまなざしを向ける中川政七商店。日本草木研究所さんの取り組みは、工芸を未来へ繋ぐことでもあります。

両者が新商品の素材として注目したのは、中川政七商店創業の地である奈良の草木。この「奈良の草木研究」連載では、日本草木研究所さんと奈良の草木を探究し、商品開発を進める様子を、発売まで月に1回程度ご紹介できればと思います。

連載3回目となる今回のテーマは「奈良の山探究」。日本草木研究所さんと中川政七商店スタッフが奈良・吉野エリアの山に分け入り、林業の現在や奈良の森が持つ課題、そこで育つ草木について学んできました。



吉野の山の特徴

日本一の多雨地域とされる紀伊半島の、ほぼ中央に位置する吉野の森。森林面積は79,223haと広く、そのうち民有林(※国有林以外の森林)が97%ほどを占めるといいます。雨によって豊かな森が育まれてきたこの地域では、木々の根が土の急激な動きを抑えることで災害を防止してきたとともに、豊かな土壌が育まれてきました。そこで育つ杉やヒノキは多くの方がご存じのとおり、「吉野杉」「吉野桧」と呼ばれるブランド木材として建材などに重宝されています。

その歴史は古く、実は日本最古の人工林とされるのが吉野の森。特徴の一つである密植多間伐の育林方法で育てられた木は、大阪城や伏見桃山城など、関西圏域を中心とした神社仏閣の普請材として使われてきました。

「法隆寺のような昔の神社仏閣は基本的には天然林で造られてるんですよ。見てもらったらわかるけど、天然林ってすごく年輪が細かい。あれはいろんな時間を経て最後まで残った強い木なんです。それで、人工の木で同じくらいの強度のものをつくろうとしたのが吉野の森というわけやね。

吉野では木と木の間隔を密にして植えていく“密植”をするんです。こうすると陽が入らないので枝が横に伸びずに、上に伸びていく。他にも若いうちに木の枝を切る“枝打ち”をして、横へ木が伸びていくことをさらに防ぎます。そうすると細かくて均一した年輪ができるんですよ」

そう話すのは今回、山の案内人としてお世話になった中井章太さん。吉野の山の管理をする山守(やまもり)であるとともに、今は吉野町の町長も務めておられます。

中井さん:

「吉野杉や吉野桧の良さは何と言っても品質やね。さっきもお話しした通り、吉野の木は年輪が均一で幅が狭いから強度があるんです。吉野杉って実は、昔から醸造の樽材として重宝されてきたんですよ。密度が高いから酒漏れをおこさないし、他にも木の香りや色艶に優れているのも選ばれてきた理由の一つです。この品質の高さには土壌の良さも影響しているやろうね」

そうして吉野で生まれた育林方法はその後日本各地や海外にまで広がり、今では全国の林業に採用されているそう。日本の森の礎を築いたともいえる山の今に、ますます興味が募ります。

さあ、いざ森へ。

林業関係の仕事に従事されている皆さまにもサポートに加わっていただき、中川政七商店スタッフ6人と日本草木研究所の代表・古谷さんに、中井さんが山守として管理されている山をご案内いただきました。

山と生きてきた人の営みを感じる

取材に入ったのは小雨が降る初春のとある日。雨粒の不規則なリズムと川の音が耳に心地よく響きます。見上げれば、吉野の美林。木々のたくましさに、自然への畏敬の念を抱かずにはいられません。湿気をはらんだ風が頬をなで、自分が森に包み込まれるような、不思議な感覚が身体にしみこんできました。

中井さん:

「ここの山の土はふっくらしてるでしょ。だから滑りにくいんですよ。僕はこの山の7代目の山守で、山の所有者である山主とは別にその家から山の管理を任されてる、いわば山のお世話をする立場やね。

昔は我々の先祖が山奥に住んでて、吉野の地域には山守がたくさんいたんですよ。山主と山守が一緒になって山を守ってきたのが吉野の特徴です。その制度が300年ほど前から続いてたんやけど、今はこういう時代になってきて、地方の人が減っていくと同時に山守も減ってきています。だからこれからの課題は、今まで受け継がれてきた山をどうやって次の世代に繋いでいくかやね。

僕が中学生の頃は村の半分くらいが山行き(やまいき。山で仕事をする人のこと)さんで、歩いてたら仕事してはるところに出会うのが日常やった。そうやって山の仕事を見てきたんやけど、今はもうその景色もないからね。

そういう理由で今日見てもらう山は荒れてる場所もあるんやけど、荒れているところも含めて吉野の山の特徴を知ってもらえたら嬉しいです」

中井さんのお話に耳をすませながら、一歩ずつ土を踏みしめ、濃く茂る木々の隙間を息をきらして歩きます。ふかふかとした土の踏み心地が足裏に心地よく、土壌がよく育っているのが伝わってきました。

歩いていくと、山と生きてきた人々の息遣いがそこここに。

枝打ちされ、下部がすっきりとした木々、

苔むした切り株、

夏の下草刈りの際、休憩するために使用したという山小屋。

全てを飲み込む大きな自然のなかに人の営みが小さく宿ります。私たちが普段何気なく消費している、木を原料とする数々の“もの”は、悠久の歴史が育んだ自然とそこから積み上げられた人の技があってのことだと改めて深い感謝の気持ちを抱きました。

中井さん:

「この山には杉もヒノキも生えてるんやけど、育つ場所はその場所の持つ特性によってちょっと違うんです。山の上のほうは風が強いんやけど、中腹から下は風が弱くて土壌も良くなる。ヒノキは風に強いから尾根の方に植えて、土壌がいい中腹は杉とヒノキが混合してます。下の方は杉やね。

ちなみに皆さん、杉とヒノキの見分けはつきますか?葉っぱを見たら分かりやすいけど幹だけやとちょっと難しいよね。木肌を見てもらったら違いが分かるんですよ。荒いのがヒノキです」

左が杉、右がヒノキ

知っているようで知らない、自分たちの暮らしを支える草木のこと。一つひとつ丁寧に教えてくださる中井さんや皆さまのもと、土に足を沈め、木肌をなで、葉をちぎって香りをかぎながら、1時間ほどかけて山を歩きました。

奈良の森を学ぶ

山道を歩き終えた後は、中井さんに改めて吉野の森と林業についてお話を伺います。

中井さん:

「最盛期は集落のうち半分くらいが林業従事者やったんですけど、今は一つの集落に3人とか。日本全体でも、漁業従事者数が13万人くらいなのに対して、林業従事者数は4.5万人ほどと言われてます。第一次産業のなかでも特に少ないのが林業従事者やね。

山守も少なくなってきて、今は一人あたり150から200haくらいを見とるんですよ。でも現実的には(そんな広範囲を)世話できひんよね。山守の他に、どれだけ仕事師(=山の仕事をする人)さんがいるかも山の循環に関わります。

あとは、昔やったら山の間伐と植林の仕事のどちらもしてたんやけど、今の林業は間伐がメインになってて。それも危惧していることの一つです。木の蓄積量が増えてきてまずは間伐せなあかんから、新しく林業に就く人は『伐る』っていう概念からしか山に関われへんのです。

植林をして草刈りをして、そして伐採してっていうサイクルができる山がほんまに減ってきた。そうやって伐ることばかりになってしまうと、木のありがたみとか怖さが感じられにくくなるんちゃうかなって思うんですよ」

育てることなく、“商品”としての最後の工程だけに携わる。そのことで林業の楽しさも、木への愛情も減ってしまうと中井さんは懸念します。加えて目下の課題は、林業に興味を持つ人自体が減少していること。中井さんのお話にもあった通り、日本では国土の約7割を森林が占めるにも拘らず、その仕事に就く人の数は他の第一次産業よりも圧倒的に少なく、また想像に違わず高齢化も進んでいます。

そこで新たに取り組み始めていると話すのが、今回のように吉野の森林の散策ツアーを催すこと。山行きたちが案内人となり、木々を素材にモノやサービスを作る方、一般の方と共に吉野の山に入る機会も設けているようです。

「今は町長としての職務を果たさなければならないので、以前のように多くはできひんのですけど、課題感を持って山のツアーなどをやってきました。

山について知る機会が少ないと、当たり前やけど山への関心も低くなってしまいますよね。ただ、山に一回でも入ったら、言葉にしがたい気持ちを受け取れて興味も高まると思うんですよ。そうやって新しく関わってくれる人たちが、林業の課題に何か新しいアイデアを発見してくれるかもしれへん、と思ってね。

でもやっぱり企画力とか上手に案内する力とか、僕たちに足りてへん部分もあると思うんです。だから森や林業に興味を持ってくれるきっかけとして、今回の商品みたいな新しい機会があるのは嬉しいですね」

深い緑と森の香りに包まれる心地よさ。湿った土が足裏を受け止めてくれる安心感。心に滞った澱に風が抜けるような、静謐な時間。私たちがそこで受け取れるものは、決して物質的なものだけではありません。その形のないものを、今回の商品からも受け取っていただけたなら。吉野の山歩きを通じ、私たちは改めてそんな想いを抱いたのでした。

森の魅力を詰め込んだ品が心穏やかに過ごす時間のお供となり、森を繋ぐ一つの機会となるようにと、プロジェクトは引き続き歩みを進めてまいります。


<次回記事のお知らせ>

中川政七商店と日本草木研究所のコラボレーション商品は、2024年の夏頃発売予定。「奈良の草木研究」連載では、発売までの様子をお届けします。
次回のテーマは「草木を守り、繋ぐ人」。商品に使用予定の草木を守り、そして繋ぐ活動をする2つの事業者にお話を伺います。ぜひお楽しみに。

<短期連載「奈良の草木研究」>

文:谷尻純子
写真:奥山晴日

【暮らすように、本を読む】#11「丁寧に暮らしている暇はないけれど。」

自分を前に進めたいとき。ちょっと一息つきたいとき。冒険の世界へ出たいとき。新しいアイデアを閃きたいとき。暮らしのなかで出会うさまざまな気持ちを助ける存在として、本があります。

ふと手にした本が、自分の大きなきっかけになることもあれば、毎日のお守りになることもある。

長野県上田市に拠点を置き、オンラインでの本の買い取り・販売を中心に事業を展開する、「VALUE BOOKS(バリューブックス)」の北村有沙さんに、心地好い暮らしのお供になるような、本との出会いをお届けしてもらいます。

<お知らせ: 「本だった栞」をプレゼント>

先着50冊限定!ご紹介した書籍をVALUE BOOKSさんでご購入いただくと、同社がつくる「本だった栞」が同封されます。買い取れず、古紙になるはずだった本を再生してつくられた栞を、本と一緒にお楽しみください。詳細は、VALUE BOOKSさんのサイトをご覧ください。



忙しくても、ズボラでも。無理せず整う暮らしのコツ。

『暮らしのおへそ』(主婦と生活社)をはじめ、フリーの編集者・ライターとして、さまざまな女性誌や書籍を手がける一田憲子さん。これまで取材先で出会った人やその暮らしから持ち帰ったアイデアを、自分なりに咀嚼して暮らしに落とし込むことで、時間をかけずに豊かに過ごすコツを見つけてこられました。本書では、その具体的な方法や考え方を、愛用する日用品と共に衣食住のそれぞれのシーンごとに紹介しています。

「丁寧な暮らし」という言葉を耳にする機会も増え、手間暇かけて育む豊かな生活に憧れを持つ人は少なくないことでしょう。私もその一人です。しかし、ズボラな自分にそれを叶えるのは到底無理だと諦めていました。

著者もまた忙しい日々を送り、掃除も片付けも苦手な「面倒くさがり」であると語ります。「同時進行で二つのことをするのが苦手」「疲れがたまってくると、次々に毎日やることのシャッター閉まっていく」など、人間味溢れる一面はどれも私の身にも覚えのあるものばかり。丁寧に暮らす暇はない、「それでも」、心地よく過ごすため、ほんの少しの時間でも日々工夫を繰り返す。何より励まされるのは、できないことは認めながらも自分にフィットする暮らしを見つける、そのプロセスを楽しんでいること。

ゴミ捨てついでにゴミ箱の中まで拭く。洋服は畳まず吊るし、下着は引き出しに投げ込むだけ。キッチンクロスは洗わず10分火にかける。忙しい日こそ揚げ物をつくる。

なにげない工夫から思いがけないことまで。ズボラだからこそ、日常のルーティンのなかに「ついでの掃除」を組み込んだり、行動パターンに沿った「収納場所」をつくるのだそう。それでも気分がのらない時は、無理せず自分を休めるのも大事だとも。「これならできるかも」と思える気軽なアイデアを、一つ二つと実践していくうち、ズボラでも自然と暮らしが整う仕組みになっているのが、本書のすごいところ。

なるべく頑張りたくないけど、健やかに、自分らしく暮らしを楽しみたい。そんなわがままを叶えてくれる一冊です。

ご紹介した本

一田憲子『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』

本が気になった方は、ぜひこちらで:
VALUE BOOKSサイト『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』

先着50冊限定!ご紹介した書籍をVALUE BOOKSさんでご購入いただくと、同社がつくる「本だった栞」が同封されます。買い取れず、古紙になるはずだった本を再生してつくられた栞を、本と一緒にお楽しみください。詳細は、VALUE BOOKSさんのサイトをご覧ください。

VALUE BOOKS

長野県上田市に拠点を構え、本の買取・販売を手がける書店。古紙になるはずだった本を活かした「本だったノート」の制作や、本の買取を通じて寄付を行える「チャリボン」など、本屋を軸としながらさまざまな活動を行っている。
https://www.valuebooks.jp

文:北村有沙

1992年、石川県生まれ。
ライフスタイル誌『nice things.』の編集者を経て、長野県上田市の本屋バリューブックスで働きながらライターとしても活動する。
暮らしや食、本に関する記事を執筆。趣味はお酒とラジオ。保護猫2匹と暮らしている。

【はたらくをはなそう】大日本市課 斎藤広幸

斎藤 広幸
産地支援事業部 大日本市課

大学でプロダクトデザインを学んだあと、2007年から7年にわたり、家庭用品メーカーにて開発・設計・企画・デザインなどものづくりの上流工程に携わる。2015年より、閉校した小学校を活用したインキュベーション施設「三条ものづくり学校」の事務局長に。新潟県燕三条地域の製造業者と関わり合いながら、地域のものづくり事業者やクリエイティブ事業者のできること・困っていること・したいことなど、5年でのべ300社以上を聞き回り、情報集約と発信、コトづくりや製造マッチングなどの事業を立ち上げを行う。その後独立し、フリーの製造業ディレクター・デザインディレクターを経て、2023年4月に中川政七商店へ入社。
現在は大日本市課にて、合同展示会「大日本市」の運営を担当する。



中川政七商店に入社する前から、多くのものづくり事業者の方々と関わってきました。

仕事を共にするなかでたくさんのことを学ばせてもらうとともに、目の当たりにしたのは日本の製造業が置かれている厳しい状況。「もっと広く、多くのものづくりに関わる方々の魅力を、次の世代に繋げられるような仕事がしたい」という気持ちが生まれ、全国800の作り手をパートナーに持つ中川政七商店の門を叩きました。

もう一つ入社のきっかけになったのは、中川政七商店が300周年として2016年に開催した、工芸品の祭典「大日本市博覧会」。全国5か所ある会場のうちのひとつが、私が運営リーダーを務める施設「三条ものづくり学校」だったということもご縁でした。

入社後は産地支援事業部に配属。年に2回、「日本の“いいもの”と“いい伝え手”を繋ぐ場」として中川政七商店が開催する、バイヤー向けの合同展示会「大日本市」の運営リーダーを担当しています。ここでは会場の選定から展示会の企画立案、出展者募集、社内外や出展者とのコミュニケーション、収支計画など、上流工程から下流工程まで一通り携わらせてもらっています。

仕事をするうえで大切にしているのは、他者を敬う気持ち。

自分ひとりの力はたかが知れているもので、それだけでは大きなビジョンに近付くことができません。
ですが、他者への尊敬を忘れず同じ方向を向くことで、大きな力となり、ビジョンに一歩近付くことができると思っています。

「世界の全員が自分にとって師」と思いながら、日々たくさんの方々から学びをいただいています。

仕事をしていて楽しいのは、大日本市の終了後に出展者のみなさまから、お礼の言葉や感想、フィードバックなどをいただける瞬間です。「やってよかった!」とやりがいを実感する瞬間でもあります。

まさにこれが、半年間の成果がダイレクトに反映される“仕事の通知表”だと思っています。

とは言え毎回改善点は出てくるので、PDCIを回しながら、出展者のみなさまと強い信頼関係を築き上げていきたいです。

入社前はものづくりがはじまる、いわば入口の工程を中心に携わっていましたが、今は出来上がった”もの”の販路=出口の工程に携わる日々。やりがいも学ぶことも多く、自分の幅が広がっていることを実感しています。

<愛用している商品>

THE 洗濯洗剤 Think Nature
うちには小さい子どもがいるので、はじめは”敏感肌に優しい”という理由から使い始めました。そこから、ダウンやウールまで洗濯でき、柔軟剤不要なのにふわふわ!さらに環境負荷が少ないということから、これ以上の洗濯洗剤は存在しない!と思い、ほぼ毎日愛用しています。

すずやかな5本指靴下
体の重心バランスが整うことと、なんだか気が引き締まるという理由から、靴下は断然5本指派です!
綿麻素材なので夏場もさらりとした肌ざわりが続き、気分を整えてくれます。冷え性のため冬は「あたたかな5本指靴下」に衣替えし、年間通してローテで履いています。

かきまぜやすい琺瑯のぬか漬け容器
戦後、ステンレスの普及によって防錆材のポジションを奪われたことから、技術が失われていってしまうことが危惧された琺瑯。僕も一時期はステンレスの物をよく使っていました。
カチっとした黒光りでヘアラインの研磨跡がかっこいいステンレスもよいのですが、一方で琺瑯独特のやさしい光沢があるソリッドなテクスチャーは、ステンレスには出せない魅力を持っています。
そして、そんな琺瑯の素材の魅力を活かす、このころんとした愛嬌のあるフォルム。底の四隅までしっかりと大きなRに設計されていて、”かき混ぜる”という、ぬか漬けと人間のコミュニケーションをスムーズに導いてくれる、まさに用の美でもあります。
さすが、わかってらっしゃる柴田文江さん。
琺瑯には琺瑯の魅力がある、そんなことをぬか漬けをきっかけに気付かされた商品です。



中川政七商店では、一緒に働く仲間を募集しています。
詳しくは、採用サイトをご覧ください。