【日本の布ぬの】立体加工のスペシャリストが生み出す、奥行きある表情の布「やたらフロック」(京都・ドマーニ)

風土や文化、作り手の工夫によって、各地で育まれてきた日本の染織技術。「日本の布ぬの」は、そんな染織技術から生まれた個性豊かな布を楽しむ、中川政七商店のファッションラインです。

2024年の秋冬シリーズで展開するのは、籠細工に用いられる「やたら編み」に着想を得た意匠を、繊維を立体的に糊付けするフロック加工の技術で表現した「やたらフロック」柄。
秋冬らしく温かみのあるベルベット素材に、レーヨンを用いてフロック加工を施しました。

手がけたのは服地への立体加工を得意とする、京都の作り手・ドマーニです。
この記事では、そんな「日本の染織技術」によるものづくりをお届けします。



「素人やから」生み出してこられた、独自の立体加工技術

京都市東部の玄関口として、滋賀県との県境に接する京都府京都市山科区。ショッピングモールや飲食店の並ぶ駅前の大通りから歩くこと約10分、ドマーニの本社を訪ねました。

迎えてくださったのは現在代表を務める二代目の山脇孝弘さん。服地加工を手がける企業のなかでも特に立体加工に強みを持つ同社を率いて、豊かなアイデアで次々と技術を生み出してこられた方です。

「染めとか加工には手でやるものと機械でやるものがあって、うちは職人の手によるプリントや加工を専門にしています。お取引先で多いのはDCブランドさん。機械では出しにくい風合いとか、うち独自の技術に信頼をいただいてます」(山脇さん)

訪ねた事務所には、そんな職人の手から生み出されてきた様々な布がずらり。力強く大胆な印象のものから、陽に透けるやわらかな風合いのものまで、過去から現在にかけて、その発想力と技術をもって多くの要望に応えてこられました。

もともとはベルベットの問屋として商いをはじめた同社。生地の加工業に舵をきったきっかけは、好奇心と挑戦心が旺盛だった先代であるお父様が、当時は卒業アルバムの表紙などに使用されていたフロック加工技術を、服地づくりに利用したいと考えたことからでした。

「フロック加工はもともと、アルバムとかの限られた用途にしか使われてなかったんです。それを服地で使う発想がなかったんですね。そんななかで先代が、ベルベットの上に刺繍をフェイクする意図で、フロッキーをのせてみたら面白いんじゃないかと思いついて。それで外部の工場さんにお願いして作ってみたら、すごい人気が出たんですよ。そこから柄を変えていろいろ作ってたんですけど、ずっと売れていて」

当時人気を博した、ベルベット地にフロック加工を施した生地

ところが協力企業から諸般の事情で工場を閉じるとの報せがあり、悩んだ末にドマーニは独自工場を持ち、社内で製造まで進める方向へ歩みはじめます。

その後はベルベットだけでなく、麻やオーガンジーなど様々な生地も扱うように。さらにはフロック加工に留まらず、「生地を縮める」「箔押しを模したプリントを施す」など、立体加工全般へ事業を特化させていきました。

そうして冒頭でのお話のとおり、現在ではDCブランドを中心に多くの得意先を持つようになったのだそう。アパレル関連市場に厳しい風が吹くなかも、同社には今も次々と案件が舞い込んできます。

支持されるのは、人の手による匠な技と、同社独自の加工技術。特に独自の加工技術を生み出せる点については、“素人であること”こそ理由だと、山脇さんが自らを評していたのが印象的でした。

「うちが作る生地には、うちにしかできない加工技術を使ったものが結構あるんですよ。アイデアを思いつくのはだいたい私ですね。実は私、もともとは会計士やったんです。当時は事業を継ぐつもりもなかったし、自分にはものづくりの才能も技術もないと思ってたけど、ここで仕事するようになってみて、今ではそれが良かったんかなと思いますね。素人やから、頭が。

職人さんは自分でものが作れるけど、そしたら、自分ができる範囲のものしか想像できなくなりがちやと思うんです。でも私の場合は自分で作れないんで、普通に考えたら無理なことでも考えてしまうんですよ。それで『こんなんやりたい。こういう材料と加工方法でいけるんちゃうか』って現場に伝えて、だいたい工場長とかに怒られる(笑)。でも、やってって言って。

今回、中川政七商店さんに依頼をいただいた服地にフロック加工技術を使う生地も、もともとは当時問屋業をしていた父親が思いついた方法でした。そうやって常識に縛られないのが今に繋がってるんでしょうね」

過去から続く布の表現を、今の装いに

そんな立体加工に支持の厚いドマーニの、生地づくりのきっかけとなったフロック加工を今回の「日本の布ぬの」では採用。テキスタイルをデザインする際にモチーフにしたのは、日本に昔から伝わる、竹細工などで用いられた「やたら編み」の意匠です。

全盛期は特にミセス向けとしての需要が高かったという、ベルベットとフロック加工の組み合わせ。

過去から続く技術を活かしながら、今の装いで楽しんでいただけるような中川政七商店オリジナルの布に仕上げました。

デザインソースとなったやたら編み
日本の布ぬのでは、やたら編みの意匠を参考にテキスタイルをデザイン。白い点のような線が、フロック加工技術を用いている部分

平坦にならず、ふわりと浮かぶやわらかなラインと、刺繡のような繊細な柄。つややかな光沢をたたえた気品ある風合いのベルベットの布と合わさることで、平面プリントには生み出せない独特の表情が生まれます。

工場で感じた手仕事の景色と音

「今回の柄は、生地に糊をつけた後を追っかけて、レーヨンの粉を振りかけて作っていくんです。そのときに電圧をかけて静電気を起こして、繊維を立たせた状態で糊づけするから立体的な表現ができるんですよ」

山脇さんが口にするのは「電圧」「静電気」と、手仕事のイメージとはギャップのある加工方法。実際はどんなものづくりなのだろうと、楽しみに工場へ向かいました。

まずは手捺染(てなっせん)と呼ばれる、機械ではなく手で柄をプリントする技法を使いベースの柄が染められた生地を、加工台に貼り付けます。

手捺染で染め上げた、ベースとなる布

そこから、フロック加工を施したい柄部分にだけ糊をつけ、

上から糊を重ねた際、柄部分にのみ糊がつくように加工された専用の板

糊付けした後を、静電気を流した特殊道具を用いて、レーヨンの粉をふりかけていく。

レーヨンの粉(短い繊維)を専用の道具に入れる
木槌で道具を打ち、ふるっていく。道具に電圧をかけ静電気をはしらせることで、ふるいながら繊維を立たせている
糊をつける人、繊維をふるう人。二人の呼吸が合わさって、布の柄が出来上がる

耳に届くのは、レーヨンをふるう道具を木槌で打つ、トントン、トントン、というやさしい音。時々、不規則になるリズムに、人の気配を感じます。

工場内は手仕事の景色と音に包まれていました。

「繊維をくっつけるための糊も実は調整が難しくて、さらさらしてたら生地を通り抜けてしまって繊維がくっつかないから、しばらく粘り気がないとあかんのです。生地との相性では毛が寝てしまったりね。

だから吸水性を防ぐために、生地に撥水をかけて糊を残してあげることもあります。でも撥水をかけすぎると逆に糊ごと取れてしまう。そのへんの塩梅も積み重ねてきたものですね」

「今回の加工は、私たちのものづくりの原点でもある技術。ベースに手捺染で染めた柄があることで、そこが背景になってフロッキーの立体線がより浮き出る、立体加工ならではの表現になっています。一時期は下火になっていた加工方法ですが、今のデザインでまた楽しんでいただけて嬉しいですね」

機械を使えば大量の生地加工も叶う世の中で、人の手で丁寧に作り出される繊細で風合い豊かな表情の布。

日本の染織技術が生み出す唯一無二の表現を、ぜひ、長くご愛用いただけたら嬉しく思います。

「やたらフロック」作り手:

株式会社ドマーニ
京都市にある特殊加工の手捺染工場。様々な手法を用いて生地に表面変化や立体的な表現を加え、付加価値のある生地づくりに挑戦しています。


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文:谷尻純子
写真:森一美

【つながる、お茶の時間】お茶をスイッチに自分をリセット。誰かと言葉を交わし、価値観をアップデート(ume,yamazoe 梅守志歩さん)

「お茶にしましょう」。私たちがそうかける声は、何を意味するのでしょうか。

喉を潤すだけでなく、誰かと時間を共にしたり、自分自身の素直な声に耳を傾けたり。せわしない日々に一区切りつけて言葉を交わし合う、つながる時間がそこにあります。

皆さんがどんなお茶の時間を過ごされているのか。3組の方々の、それぞれのお茶の時間を覗いてきました。
この記事では奈良県山添村の宿「ume,yamazoe」店主、梅守志歩さんのお茶の時間を紹介します。

プロフィール:

ume,yamazoe 梅守志歩
奈良県東部の山添村にある、古民家をリノベーションして建てられた一日3組限定の宿を運営。自然に囲まれた里山で、“ないもの” が “ある” ことに気づく幸せを届けている。
https://www.ume-yamazoe.com/



梅守さん:

「ちょっと不自由なホテル」をコンセプトに、奈良市内から車で1時間ほどの山添村で、一日3組限定の宿を運営しています。県外で会社員として働いた後、家族の事情で実家のある奈良県に戻ってきて。当初は市内に住んでいたのですが、自然のなかで暮らすことに関心を抱くようになり、ご縁のあったこの場所で暮らしはじめたんです。今から8年ほど前のことですね。

そこから数年後に「自分が大切にしたい感覚を届ける場所を持ちたい」と、里山の豊かな景色が残る今の場所に宿を開業しました。ume,yamazoeが提供するのは、自然が紡いできた長い時間軸のなかで、日常から自分を切り離して、視点を変えるための時間と空間。日常のいろんな雑音からもう一度、自分をクリアでフラットにできる場をつくりたいと思って運営しています。

ライフワークにしているのは、宿の庭や裏山に自生する花や枝葉を採ってきて設えること。自然の流れが目に見える場所にある心地よさの他に、この宿で届けたいものが日常の横に流れるもう一つの時間であることも、自然に育つ草木を活けることを大切にしている理由です。

活け替えは「何日に1回」といったスケジュールを決めてはいなくて、傷んできたら変えるリズム。宿を始めたころからずっと続けていますが、実は禅問答みたいな時間でもあるんです。植物が子孫を残すために育とうとしているのに、人間の都合で切ってしまっていいのか。そんな葛藤があって。だからできるだけ、新芽などのこれから育つ小さい子は、切らないようにしています。

宿に活ける草木は裏山から。虫や植物の小さな変化を見つけながら、“かわいい”顔つきの子を選ぶ

植物の設えの他にも、お客様のお迎えや食事の準備など、毎日、朝から晩まで動いています。休憩時間は16時から17時の1時間ほど。夕食の時にお客様にも提供している、山添村の和紅茶を飲むのが定番です。ここの仕事は、お客様がずっといらっしゃって切れ目がないから、自分で切れ目を作るのが大事で。和紅茶がスイッチになって、一度、自分の今をリセットする感覚ですね。

ちなみに宿の敷地内にはサウナもあって、そこで提供するサウナ茶も山添村のもの。村中のおいしいお茶を集めて、サウナの後にスッキリと飲めるお茶はどれかと試していきついたお茶です。

山添村のものを選んでいるのは、地産地消というニュアンスよりも、自然に負荷のないものを選びたいから。

生き物って、その地のものを食べてフンをして、それがたい肥になり植物が育って循環していくじゃないですか。その姿が美しいなって。だから自分もできる範囲で、自然や生き物の循環に負荷がかからないよう、自分の暮らしの近くにあるものを選択したいなと思ったんです。

やさしい甘さがお気に入りの、山添村の和紅茶

うちには休憩室がないので、休憩中でもレセプションに座ってお茶を飲みながら、スタッフやお客さん、誰かと話していることが多いかな。人っていろんな背景がそれぞれにあって、言葉を交わすなかで思わぬ角度から共鳴したり、その人の内面に触れられたりする。それが単純に嬉しくて、一人でゆっくりするというより、誰かと話しちゃいますね。

ここには便利な施設も近くにないし、かっちりしたサービスもありません。私が、それはしたくないんです。人は多面的でいびつなもの。不完全や不十分を許せる心の状態をつくることが、ume,yamazoeでやりたいことです。だから私も変にかしこまらず、自然体でスタッフやお客さんと話したいなと思っています。

自分の感覚に素直になれる場所で、人と言葉を交わして自分の価値観をアップデートしていく。お茶の時間が、そんな営みの媒介になっているのかもしれません。


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つちや織物所 土屋美恵子さんのお茶の時間 ※9月下旬公開
中川政七商店 渡瀬聡志さん、諭美さん夫妻のお茶の時間 ※9月下旬公開

短期連載【つながる、お茶の時間】3組のお茶の時間を覗いてきました

「お茶にしましょう」。私たちがそうかける声は、何を意味するのでしょうか。

喉を潤すだけでなく、誰かと時間を共にしたり、自分自身の素直な声に耳を傾けたり。せわしない日々に一区切りつけて言葉を交わし合う、つながる時間がそこにあります。

皆さんがどんなお茶の時間を過ごされているのか。3組の方々の、それぞれのお茶の時間を覗いてきました。

全3回、どうぞお楽しみに。



第1回:ume,yamazoe・梅守志歩さんの、お茶の時間

https://story.nakagawa-masashichi.jp/270024

第2回:つちや織物所・土屋美恵子さんの、お茶の時間

https://story.nakagawa-masashichi.jp/270034 ※9月下旬公開予定

第3回:中川政七商店 渡瀬聡志さん、諭美さん夫妻のお茶の時間

https://story.nakagawa-masashichi.jp/270038 ※9月下旬公開予定


3組それぞれのリズムが、心地好いお茶の時間のヒントになりますように。

お茶がつなぐ、人と地域と自然。耕作を放棄された茶畑の復活プロジェクト

自分が子どもだった頃、祖父母の家で親戚たちと机を囲み、のんびりと過ごす時間が好きでした。

「まあまあ、おあがり」。

そう言って祖母が淹れてくれたお茶を飲みながら、テレビを見たり、お菓子をつまんだり、大人たちの会話にぼんやりと耳を傾けたり。

特に何をするでもないけれど、それでいて所在なく感じることもない。不思議な居心地の良さがありました。こうした時に人と人をつなげてくれる媒介として、お茶の役割が大きかったのかもしれないと、今になって思います。

老若男女問わずに飲めて、気軽におかわりもできる。皆をリラックスさせて、その空間に人を留める。そんな効果がお茶にはあるのかもしれません。

産地のお茶を復活させる。健一自然農園の取り組み

そんなお茶を通じて、人と人だけでなく、人と地域と自然のつながりを取り戻す、新しい取り組みが動き始めています。

奈良県北東部「大和高原」を中心に、農薬や肥料を用いない「自然栽培」のお茶づくりをおこなう、健一自然農園の伊川健一さんにお話を伺いました。

健一自然農園 代表 伊川健一さん

伊川さんとともに訪れたのは、奈良県天理市の福住(ふくすみ)地区。かつては多くの茶畑があり、「福住茶」という地域ブランドのお茶も生産されていました。

「私たちは現在、福住地区の茶畑を再生するプロジェクトに取り組んでいます。福住は、学校の校章にお茶の種が描かれているほど、暮らしの中心にお茶の存在があった地域です。

しかし今では、高齢化やさまざまな要因が重なって生産者が減少し、多くの茶畑が耕作放棄地になってしまいました」

あと数年もすると、福住産のお茶が完全に失われてしまう。そんな危機的な状況に、行政からの要請もあり、プロジェクトがスタート。休耕田を地域の方々から受け継ぎ、これまでの自然栽培のノウハウを注ぎ込みながら茶畑の再生を目指しています。

今回案内していただいた茶畑もそのひとつ。およそ40年にわたって手つかずで、茶の木や雑草が人の背をはるかに超えて繁茂していました。

手入れをする前は、奥に見える繁みが辺り一面に広がっていたそう

自然のバトンは続いていく。在来種 茶畑の復活

「まずは昨年の冬、伸びていた茶の木を刈り取って『茶の木番茶』の材料を採らせてもらいました。そして余分な雑草を取り除きつつ、あとは土が乾かないように抜いた草をそのままそこに敷いておく。やったことといえばそれぐらいで、特別な肥料などは使っていません。

そうやって自然が内包している力をサポートしてあげるだけで、見事に茶畑が回復して、今年は綺麗に新芽が出てきたんです」

一般的な挿し木で育てる方法とは異なり、ここは種からお茶を育てる「在来種」の茶畑で、中には樹齢およそ100年を超える木も残っていたのだとか。

挿し木と比較すると育つまでに時間がかかり、成長速度や個性にばらつきが出る一方で、根が地下へとぐんぐん伸びていき、土地の栄養を蓄えられるのが在来種の特徴

「地域の大人も子どもも一緒に作業して、結果、100年以上前の茶の木を回復させることができました。これは大きな成果です。

在来種の畑では、木が成長した後、最終的に朽ちていく養分を使いながらまた新たな種が発芽していく。そういった自然のサイクルの上にあるので、最低限のサポートで茶畑がちゃんと続いていくという安心感があります。

『害虫はすべて駆除しなきゃ』『常に肥料で助けてあげなきゃ』というのはしんどいですよね。

そんな風にしなくても、土が生きていれば自然のバトンは続いていくんです」

茶の木の根本。種が落ちて新しく発芽している
土が元気であれば、自然のサイクルは循環していく。健一自然農園では、木と草だけで作るたい肥の実験も、福住でおこなっている。こうした土で、多様なハーブなどを栽培し、お茶とのブレンドなどにも挑戦していきたいとのこと

不利な環境だったからこそ残る、原初の風景

伊川さんによれば、こういった場所はまだまだ地域に多く残っているとのこと。

というのも、福住地区は他産地と比べて標高が高く、お茶の収穫が遅くなるという環境にあったため、経済合理性の面で非常に不利だったのだそう。他の新茶が先に市場に出てしまうので、後発の福住茶の値段はどうしても安くなってしまいます。

そんな状況もあって、山を大々的に開発することもなく、結果、放棄地が増えて今に至りますが、そのおかげで古くからの風景が残りました。

「極端な話ですが、江戸時代とかもっと前の時代の茶園というのは、こんな風景だったのかなって思うんです。

特にここは、ずっと昔からあるお寺とお墓の裏の土地です。お寺の屋根は茅葺きで、茶畑の横には茅が生えていて、本当に昔ながらの里山の風景や生態系が残っています」

茅葺屋根のお堂と、お墓と、茶畑。ひょっとすると、100年以上昔と変わらない風景かもしれない

このことは、福住という土地ならではの、本質的な魅力にもつながると伊川さんは考えています。

「こうした茶畑を再生する営みの中で、お寺の住職さんだったり、古くから土地に住んでいる人だったりの話に耳を傾けて、そこに集まっている生き物の様子に目を向けていく。

そうすると、お茶本来の魅力と土地の背景・歴史が融合して、新しい価値がうまれます。

そこに光を当てていけば、この場所が必要とされることもきっとあるはず。敢えてオリジナリティを纏おうとしなくても、地域の個性が内側からあふれ出てくればいいなと思うんです」

伊川さんたちが植えたカモミールや、多種多様な雑草も生えている。「どんな草が生えるかな」というのも楽しみの一つなのだとか
すべてを管理しきらない茶畑に、多様な生物が集まってくる

茶畑を軸に、人と地域と自然がつながる

一方で、経済的にどのようにして続けていけばよいのかという問題は残っています。

たとえば、通常の茶畑が綺麗な畝になっているのは、機械を使って効率的にたくさんの量を収穫するためにも理に適っているから。それが在来種の茶畑になると、茶の木がぽつぽつと点在しているので手で摘み取ることになり、非常に時間と労力がかかります。

健一自然農園の、別の茶畑。こちらも肥料や農薬は使用していない

「健一自然農園では、どの茶畑でもすべて、肥料・農薬不使用の『自然栽培』をおこなっています。

その中で、畝の茶畑はやはり効率的で生産量が高いので、たとえばそちらで採れたお茶は普段のお茶として飲んでいただく。在来種の茶畑で手摘みしたものは、ハレの日のお茶としてご提案する。

どちらもやりながら、価値とコストを提示して皆さんに選んでもらえるのが望ましくて、それができる状態に、技術的にも体制的にも近づいてきているかなと思っています。

それと、こうした茶畑のことを知ってもらって、現地で茶摘み体験をしてもらうツアーを企画していくなど、産地に来て、触れてみないと伝わらない部分を伝えていく。それが私たちの役割として大きいんじゃないかと考えているところです」

かつての産地でおこなわれている、茶畑の再生プロジェクト。

そこに住む人たちにとって、土地や自然のことを改めて知るきっかけにもなり、普段何気なくお茶を飲んでいる私たちにとっては、産地の背景まで含めたお茶の魅力に気付くきっかけにもなる。そうやって、お茶をめぐるさまざまなつながりが、広く大きくなっていく可能性を感じます。

種から育った茶の木は、同じ茶畑でもまったく個性がちがう育ち方をするのだそうです。そう考えると、大きな産地単位でお茶を分類する「○○茶」という括り方はいささか乱暴な気も。

もっと細やかに、茶の木1本1本を愛でている人たちが産地にはいる。そんなことに想いを馳せながら、それぞれの立場で、お茶という植物や産地に対する解像度が上がると、お茶を飲む楽しみもより一層広がるのではないでしょうか。

「今後は、これまでやってきた『自然栽培』の経験を活かして、“健一自然農園”というよりは“福住”を主語にして、なにができるか考えていきたいと思っています。そうすると、これまで考えもつかなかった企業さんとコラボできたり、別の地域とタッグを組んだり、そんな可能性も広がるのかなと。

茶畑を軸に、人と地域と自然がどんどんつながっていって、そこに新しい価値観が生まれてくる。そうなると、素敵です。

今回、樹齢100年以上の木が再生したように、ここにある茶の木たちはきっと僕より長生きします。100年、200年、300年。ずっとこの景色が残っていくと考えると面白いですよね。大切にしていきたいと思います」

<取材協力>
健一自然農園

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文:白石雄太
写真:奥山晴日

【四季折々の麻】9月:薄手ながら透けにくく、さらりと着られる「麻の高密度織」

「四季折々の麻」をコンセプトに、暮らしに寄り添う麻の衣を毎月展開している中川政七商店。

麻といえば、夏のイメージ?いえいえ、実は冬のコートに春のワンピースにと、通年楽しめる素材なんです。

麻好きの人にもビギナーの人にもおすすめしたい、進化を遂げる麻の魅力とは。毎月、四季折々のアイテムとともにご紹介します。

薄手ながら透けにくく、さらりと着られる「麻の高密度織」

9月は「長月」。夏の厳しい太陽を越えて秋にさしかかり、夜がだんだん長くなって、ゆっくり月を眺めたくなる季節です。

日中はまだ暑さが残るものの、日が落ちると涼しさを感じるようになってくる時季。そんな季節の変わり目に重宝する、調整がしやすく、長いシーズンで着られる服を作りました。

素材に採用したのは高密度に織られた麻生地。過去、同じ素材を用いたシリーズを販売していた際には、そのやわらかで軽やかな生地感に、中川政七商店のスタッフにも愛用者が多かった素材です。

今回は「ワークコート」と「ワンピース」、「タックパンツ」と、夏の暑さが長引くことも考えた新作をラインアップ。秋のスタートには少し軽めの素材を用い、いろいろな着方が楽しめるアイテムを揃えました。

【9月】麻の高密度織シリーズ:

麻の高密度織 ワークコート
麻の高密度織 ワンピース
麻の高密度織 タックパンツ

今月の「麻」生地

薄手ですが高密度で織られているため、透け感がなく一枚でも着ていただけます。生地の表面はさらりとしていて、麻本来の機能である吸湿発散性もあるため、まだ汗をかく季節も心地好く着られるのが嬉しいところ。

ここ数年、天候や栽培の関係で質のよい麻素材が手に入りにくくなっているなか、今回のシリーズは贅沢にリネン100%を使用しました。遠州地方で長く使われてきた力のある織機を使い、高密度に糸を詰めてしっかり織り上げた生地を用いています。

仕上げは滋賀県の湖東地方で、布をやわらかくする加工を何種類も行い、肌あたりのよい生地感に。織りの遠州地方・加工の湖東地方と、いずれも日本で古くから麻を得意として扱う地域で生産した生地です。

強度がある素材ですが、着用を重ねることでよりやわらかく、なめらかに育っていきます。ぜひたくさん着用して自分だけの一枚にしていただければ嬉しく思います。

お手入れのポイント

ご自宅の洗濯機で洗っていただけます。生地の傷みを防ぐため、お洗濯の際は裏返してから洗濯ネットに入れるようにしてください。干す際は洗濯じわを手でぱんぱんと伸ばすのが、きれいに乾かすポイントです。

そのままの洗いざらしの風合いも素敵ですが、パリッと着たいときや部分的なしわが気になるときにはアイロンをかけていただいても。麻の生地全般に言えることですが、麻は水に強く乾燥に弱い素材。パリパリに乾いた状態で高温のアイロンをあてると傷んでしまうため、ご注意ください。

しわが気になる場合には、霧吹きで少し湿らせてからあて布を使うか、裏からアイロンをしていただくと生地が傷まずテカリも防止できますよ。

薄手ながら透けにくく、長い季節で楽しめる3つのアイテム

今回は生成・青緑・墨黒の3色と、秋の夜長に溶け込みそうな色合いをラインアップ。どのアイテムも軽く、ゆったりとしたシンプルなシルエットを採用しました。定番の一枚として季節が進んで涼しくなるごとに、合わせるアイテムを変えながら長く楽しめます。

アイテム単品で着用いただくのはもちろんですが、シリーズのコートとパンツ、コートとワンピースなど、セットアップで着ていただくのもおすすめです。

気軽に羽織れるワークコートは、ロングカーディガンのようなイメージで着られます。肩を落としたゆったりシルエットと、テーラードカラーのきちんと感のバランスをとって仕立てました。麻のつや感がほどよく上品で、まだ暑い季節はTシャツの上にさっと羽織るだけで、お出かけ着として重宝します。

もちろん、冷房の風が気になる自宅でラフに羽織っていただいても。袖をたくし上げると作業もしやすく、家事のじゃまにもなりません。

気温に合わせて多様に着こなせるワンピースは、暑い時期は半袖の上に、肌寒くなれば薄手のニットと合わせて。首元に切り込みを入れたキーネックを採用しているため、そのままかぶって着られます。ゆったり感がありながら、きちんと感も出るようにデザインしました。

肩にはタックを入れて身体に添わせつつ、裾にかけては麻のハリのおかげできれいにひろがるシルエットになっています。

タックパンツはその名の通り、ウエストにタックをとり、ゆったり丸みのあるシルエットに仕立てました。こちらも麻のハリ感があるため、身体の線を拾わずに着ていただけます。

素材自体が呼吸をしているような、気持ちの良さがある麻のお洋服。たくさん着ると風合いが育っていくので、ぜひ着まわしながら愛用いただけると嬉しいです。


「中川政七商店の麻」シリーズ:

江戸時代に麻の商いからはじまり、300余年、麻とともに歩んできた中川政七商店。私たちだからこそ伝えられる麻の魅力を届けたいと、麻の魅力を活かして作るアパレルシリーズ「中川政七商店の麻」を展開しています。本記事ではその中でも、「四季折々の麻」をコンセプトに、毎月、その時季にぴったりな素材を選んで展開している洋服をご紹介します。

ご紹介した人:

中川政七商店 デザイナー 杉浦葉子


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【暮らすように、本を読む】#14「ボタニカル・ライフ – 植物生活 -」

自分を前に進めたいとき。ちょっと一息つきたいとき。冒険の世界へ出たいとき。新しいアイデアを閃きたいとき。暮らしのなかで出会うさまざまな気持ちを助ける存在として、本があります。

ふと手にした本が、自分の大きなきっかけになることもあれば、毎日のお守りになることもある。

長野県上田市に拠点を置き、オンラインでの本の買い取り・販売を中心に事業を展開する、「VALUE BOOKS(バリューブックス)」の北村有沙さんに、心地好い暮らしのお供になるような、本との出会いをお届けしてもらいます。

<お知らせ: 「本だった栞」をプレゼント>

ご紹介した書籍をVALUE BOOKSさんでご購入いただくと、同社がつくる「本だった栞」が同封されます。買い取れず、古紙になるはずだった本を再生してつくられた栞を、本と一緒にお楽しみください。詳細は、VALUE BOOKSさんのサイトをご覧ください。



いい加減に愛したい。ベランダで育む、都会の植物生活

住宅街を歩く時、ふと見上げた先に鮮やかな花々が飛び込んでくることがある。それはベランダから覗く鉢に詰め込まれた、ちいさな自然。鉢から飛び出さんばかりに伸びる幹や、季節によって顔ぶれが変わる花は、どこか懐かしく、味のある景色として街中を賑わせてくれる存在です。

そんなベランダ園芸の日常をエッセイにしたのが、本書『ボタニカル・ライフ』。書き手は、小説家やラッパー、タレントとして活躍するいとうせいこう氏。庭のない都会暮らしを選び、ベランダで植物生活を楽しむ人のことを「ベランダー」と称し、約3年間の季節ごとの植物との戯れが描かれます。小説家ならではの表現力とユーモアのある文体で、写真がなくとも、その時々のベランダの様子がありありと眼に浮かんできます。

朝顔やモミジ、ヒヤシンスなど素人にも馴染み深い植物も登場しますが、ベランダーの手にかかれば、食べ終わった野菜の種すら、愛おしい植物のひとつ。そして時には、道で拾ったアロエの破片や、スーパーで買ったハーブも、鉢に植えて育ててみる。水草がほしかっただけなのに、気づけば金魚の世話に追われている、なんてことも。子どものような純粋な好奇心で、植物(と、たまに魚)と触れ合う、ありのままのボタニカルライフは、園芸書として読むには役に立ったり、立たなかったりするけど、とにかくおもしろいし、なぜか癖になります。

「どんな冷たい人間も凶暴な輩も等しく植物を育てる。いい加減で自己中心的な人間も、まめで思いやりにあふれた人間もやはり等しく咲いた花に目を細める」

本書のなかで語るように、著者も植物に対して甲斐甲斐しく世話を焼くというより、いい加減だし、うっかり枯らしてしまうこともしばしば。それでも一喜一憂しながら、人間にはコントロールできない自由さと、それでも繰り返し命をつなぐ植物の力強さを、都会の角で楽しんでいます。まるで我が子を愛するように、時には恋人に寄り添うように、いい加減に愛する植物との暮らしは続く。

ご紹介した本

いとうせいこう『ボタニカル・ライフ – 植物生活 -』

本が気になった方は、ぜひこちらで:
VALUE BOOKSサイト『ボタニカル・ライフ- 植物生活 – 』

ご紹介した書籍をVALUE BOOKSさんでご購入いただくと、同社がつくる「本だった栞」が同封されます。買い取れず、古紙になるはずだった本を再生してつくられた栞を、本と一緒にお楽しみください。詳細は、VALUE BOOKSさんのサイトをご覧ください。

VALUE BOOKS

長野県上田市に拠点を構え、本の買取・販売を手がける書店。古紙になるはずだった本を活かした「本だったノート」の制作や、本の買取を通じて寄付を行える「チャリボン」など、本屋を軸としながらさまざまな活動を行っている。
https://www.valuebooks.jp

文:北村有沙

1992年、石川県生まれ。
ライフスタイル誌『nice things.』の編集者を経て、長野県上田市の本屋バリューブックスで働きながらライターとしても活動する。
暮らしや食、本に関する記事を執筆。趣味はお酒とラジオ。保護猫2匹と暮らしている。