「大事な本を、次の誰かの大事な本へ」。本の健やかな循環を生む、VALUE BOOKSの古本買取・販売サービス

読み終えた本や、迎えたけれど読み切れなかった本。「手放すのはもったいないな」と何となく手元に残しておくものの、再び頁を開く機会が訪れるかはわからない。皆さんにもそんな本ってありませんか。

仕事で抱えた悩みに寄り添ってくれた新書、痛快な書き口に励まされたエッセイ、美味しいご飯を求めて迎えたレシピ本。いつかどこかでまた自分に必要となる気がして、繋がる時を待っている本が私自身も自宅にたくさんあります。

けれどそんな思いとは裏腹に、手狭になっていく我が家の本棚。まだまだ大切にしたい気持ちはあるものの、現実的にそうも言ってられないなか、中川政七商店としておすすめしたいのがVALUE BOOKSのサービスです。

長野県上田市を拠点としながら、インターネットを主な場として古本の買取販売を行うVALUE BOOKS。「大切な本を、その気持ちのまま次の誰かに繋げてくれる」と信頼が厚く、中川政七商店の社内にもファンが多くいます。

今回はそんな社員の一人で、普段からVALUE BOOKSのサービスを利用している安田に、同社サービスの魅力を聞いてみました。

<ご案内>
VALUE BOOKSの17周年を記念したキャンペーンが実施中。読み終えた本をVALUE BOOKSへ送ると、買取金額に応じて中川政七商店 他、さまざまなブランドがセレクトした本とのひとときを彩る素敵なギフトがもらえます。ぜひこの機会にご利用ください。
開催期間:2024年7月6日(土)~7月31日(水)
詳細はこちら:https://www.nakagawa-masashichi.jp/staffblog/blog/b1170/




コロナ禍を経て、読書が日課に

普段は中川政七商店で、商品の販売促進企画を担当する安田。自宅の本棚にはエッセイから写真集、ビジネス書など、ジャンルを限らず多種多様な本が並びます。

「コロナ禍に入り自宅で過ごす時間が多くなり、手持ち無沙汰になったことで本を読む時間が増えました。それまでもビジネス書のような仕事に関係ある本は読んでいたのですが、小説とか哲学書、あとは旅に行けなくなったから旅行気分になれる本もよく読むようになりましたね。コロナが落ち着いてからも読書の習慣がついて、夜寝る前や週末の午前中などを読書時間にあてています」

寝室の大きな本棚の他、いくつか本を収納するコーナーを設けた安田の部屋。自宅の真ん中に置かれたソファを読書の定位置に、その時々で気になるテーマを手に取り、何冊かを併読しながら本との時間を楽しんでいるといいます。

「例えば『今日は哲学的なテーマに触れたいな』とか。

コロナ禍を機に『幸せに生きるってどういうことだろう』と思うようになって、それで哲学的な思想を再編集しているような本を手に取るようになりました。お気に入りの『マチネの終わりに』も、哲学的なメッセージを小説で伝えている本ですね」

「でも購入する本は特定のジャンルに限ってるわけではなくて。気になったらすぐ買ってしまうタイプなので、一か月に10冊以上は家に迎えます。全部すぐに読めているかと言われたら、そうではないんですけど(笑)。

最近読んだのは高山なおみさんの『自炊。何にしようか』。これはまさにVALUE BOOKSさんで買いました。高山さんの暮らしを特集しているテレビ番組を見て、すごく自然体で素敵な方だなと思って。それで、本も読んでみたいなと思い(この本を)VALUE BOOKSさんで探して買ったんです」

「今は奈良に住んでいるのですが、興味のあるテーマを置いている本屋さんが生活動線になかなかないので、本はネット通販で買うことが多いですね。新品かどうかには全然こだわりがなくて、古本屋さんもたくさん活用してます」

月に10冊以上購入するという安田家には、本棚に収まりきらない本も多数。こまめに本棚のラインアップを見直すようにしつつ、どうしても入りきらなくなった際に利用するのが、VALUE BOOKSの古本買取サービスです。

「メインの本棚はちょこちょこ内容を見直していて、半年に一度ほどのペースで大きく中身を変えています。でも本って、その本を買った時に持っていた気持ちとか、手に取ったときに居た状況と共にあるじゃないですか。だからなかなか捨てづらかったり、読まないのにずっと家にあるっていう本もあるんです」

「VALUE BOOKSさんのサービスを知るまでは、本棚から溢れた本は段ボールにまとめておいて、引っ越しのタイミングで捨てていました。ただやっぱりもったいないなと思ってて。古本屋さんに持ちこむこともありましたが、持参するのも大変だし、なかなかいい方法が見つかりませんでした。

VALUE BOOKSさんのことは、中川政七商店に入社して仕事でお付き合いを始めてから知ったんですけど、今ではすっかりファンになって、かなりの頻度で利用しています」

自宅の“積読”コーナー

「本が丁寧に扱われているところが好き」。VALUE BOOKSの古本買取・販売サービスの魅力

「利用を始めて3年ほどですが、何十冊もの買取依頼を既に5回ほどしています。買うときも、欲しい本があったらまずは『VALUE BOOKSにあるかな?』って調べますね」

数年前に利用を始めてから、今では売るのも買うのもVALUE BOOKSが多いと話す安田。同社のサービスの端々に、読み手への気遣いや本への愛を感じるのが信頼につながっていると続けます。

「VALUE BOOKSさんのサービスって、利用者のことをよく考えて設計されてるんですよ。例えば買取サービスでは結構な量を売りに出すので、自宅に集荷に来てくれて、宅配で出せることもラクで利用しやすい点の一つです。

査定していただいた後にずらりと書籍名と価格がリストになったメールが来るのですが、それを見るのも楽しくて。自分が予想した金額とあっていたり、予想よりも高く買い取っていただいたり、そうやって本の市場動向を見るのも楽しみですね(笑)。

ちなみに、古本屋というとあまり高値がつかないイメージですが、VALUE BOOKSさんは買取価格が高いことも結構あるんです。大事にしていた本に高値がつくと、利用者としてはやっぱり嬉しいですよね。

自分がこれまでに利用してきた古本買取サービスと比べても、高額買取だなと感じることが多くて、そこにも、企業側の本への愛情を感じます」

買取は簡単4ステップ(画像提供:VALUE BOOKS)
買取対象の本は、段ボールに詰めて自宅から発送できる
スマホから手続き可能。発送から数日で査定金額を書いたメールが届き、金額に納得出来たらそのまま買取へ。もちろんキャンセルも可能

「あとは『ソクフリ』という、査定したらすぐに振り込んでくれるサービスが選択できるところも便利です。査定金額に納得してから買い取ってもらうこともできますが、忙しいなかではやり取りの数が少なく、スムーズに買い取りに出せることもすごく大事。なので、ソクフリを利用することも多いです」

一方でVALUE BOOKSから本を購入する理由は「丁寧さですね」とのこと。

「送られてきた本の状態がすごく良いんですよ。古本なので最初はあまり期待してなかったのですが、新品の半額くらいで買った本も、状態がきれいなばかりかすごく丁寧に梱包してあるんです。それがいいなって。

本への愛を持って届けておられるんだなって感じますし、『届いたら表紙が破れていた』なんてこともないので安心して利用できます。だから『今日や明日に届かなくても、丁寧に扱ってくれるところを選びたいな』と思うんです」

自分の大切な本を、誰かの大切な本へ

「本当は古本屋さんの見逃しかもしれないんですけど(笑)、古本ってたまに、本の中に前の方が引いた線があったり、メモ書きが残ってたりするじゃないですか。でも、実はそこが好きで。『この人はここが気になったんだな』って、誰かの気配を感じて温かい気持ちになる。そんなところにも古本の良さを感じます。

捨てるに捨てられなかった本が、丁寧に扱ってくれる古本屋さんを媒介に、また誰かに伝わっていく。そうやって本の健やかな循環が生まれるなら、安心して次の方に手渡せるなって思うんです」

“本が循環する社会”をつくることで、生活する人たちの”うれしくなる” 連鎖が広がり、社会をよりよくできれば。そんな風に考えて、本の価値をシェアすることで社会をよくする力を引き出したいと、本気で臨むVALUE BOOKS。

自分の大切にしていた本が、誰かの大切な本になる。そんな機会を、ぜひ皆さんもご利用ください。

<ご案内>
VALUE BOOKSの17周年を記念したキャンペーンが実施中。読み終えた本を送ると、買取金額に応じて中川政七商店 他、さまざまなブランドがセレクトした本とのひとときを彩る、素敵なギフトがもらえます。ぜひこの機会にご利用ください。
開催期間:2024年7月6日(土)~7月31日(水)
詳細はこちら:https://www.nakagawa-masashichi.jp/staffblog/blog/b1170/

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文:谷尻純子
写真:奥山晴日

やわらかな光で暮らしを灯す。手漉き和紙のポータブル照明「TORCHIN」をスタッフ宅で使ってみたら

果実シロップを漬けてみたり、わざわざキャンプに赴いたり、手入れに手間のかかる昔ながらの道具ばかりをつい手に取ったり。便利で機能的なものや日々の刺激に心を躍らせる一方で、自分を鎮める時間を持つのも、大人になって上手くなった気がします。

大きな音や強い光にあふれる私たちの毎日。

そこから少し距離をとり、私たちの心をゆるやかにほぐす、やさしい灯りをたたえた照明器具がこの夏デビューしました。

手がけたのは長い年月、ご先祖様の道しるべとなる盆提灯を作ってきた、福岡のシラキ工芸。「TORCHIN(トーチン)」と名付けられたこちらの照明は、伝統工芸・八女提灯の確かな技術を用い、手漉きの和紙を通した灯りを今の暮らしにあう形でお届けする、新しい提灯の形です。

昔も今も、心静まるやすらぎを与えてくれる和紙の灯り。現代の暮らしに取り入れたらどうなるんだろうと、スタッフ2名が自宅で早速使ってみました。

白を基調とした、洋風インテリアの森田家で灯す

奈良市から少し離れた、のどかな景色が広がる場所に暮らす森田。家族の他、共に暮らす猫や犬、鳥も加わり、日中はにぎやかな時間を過ごします。

白を基調とした空間には、シンプルながらぬくもりのある木製家具や、キャッチーな色合いに目を引かれる子どもの遊び道具、また庭から摘んできた草花などを配置。吹き抜けにして高めにとった天井や、たくさんの窓から入る光が気持ちよく、明るく朗らかで清々しい雰囲気の空間です。

明るい昼間はインテリアとして

「夫婦でインテリアの趣味が合うので、この家を作る時も大きな衝突なく進められました。妻がリードしてくれながら全体の雰囲気を決めて、夫婦で選んだ家具をベースに、子どもが描いた絵やお互いの好きな雑貨などもところどころに飾っています。キッチンカウンターの漆喰やリビングドアのペンキを塗るなど、DIYも取り入れながら理想の家に近づけていきました」

「TORCHINはリビングで夕方頃、ちょっと暗くなってきたら灯しています。和紙の照明器具を使用するのは初めてだったので、迎える前は『結構暗いのかな?』と思ってたんですけど、しっかり明るくなるので驚きました。他にもポータブル照明は持っているのですが、それと比べると光がやさしいところがいいですね。和紙ならではのやわらかい明かりが落ち着きます。

それと、すっきりした佇まいなので、洋風のインテリアにも馴染んで使いやすいです。TORCHINの持ち手が木であるところも、暮らしの雰囲気に合いやすいなと感じました」

「子どもは『きのこ!』って言って喜んでて(笑)。シンプルなつくりでスイッチも押しやすいので、気にいったみたいです」

夜は暗闇のなかのやわらかい灯りに

「夜は寝室に移動させて、寝る前の時間にも点けています。片手でひょいっと運べるので、家中どこでも気軽に持ち運べますね。娘に絵本を読み聞かせる時間にベッドサイドへ置いていたのですが、やさしい灯りで安心するので、絵本を読みながら少しずつ眠りにつけていました。睡眠の質を上げるために、寝る前に部屋を薄暗くする間接照明として重宝しています」

「あとは、やんわりと明かりをつけておけば夜間の常夜灯としても使えるなと。夜中に目が覚めて水を飲みにいく時に、部屋をやさしく照らすのにもちょうどいいです。部屋のメイン照明をつけると刺激が強いし、スマートフォンの灯りも明るすぎるので、これまでは意外といい具合の明るさってなかったなと」

「子どもに少しでもいい未来を残したいから、エシカルな生活とまではいかないんですけど、普段から環境のことを考えて少しだけ取り組んだりしていて。野菜くずなどの生ごみはコンポストに入れたり、道具もなるべくプラスチックフリーで長く使えるものを愛用したりしています。TORCHINは充電しながら長く使えて、シンプルでどんな空間にも合いやすいので、ずっと付き合っていけそうなところも素敵だなと思いました」

町家をリノベーションした、木造住宅に暮らす高倉家で灯す

奈良市内の観光地から少し外れた、歴史ある木造住宅の町並みが今も広がる地域に、妻と2人の子どもと暮らす高倉。実はTORCHINの新規開発を進めるにあたり、プロジェクトを取り仕切った責任者でもあります。

古い町家をリノベーションして開放的にとった居間に設えるのは、古今東西から集めた和洋折衷の古道具や古家具。中央に置かれた大きなダイニングテーブルには料理好きの夫婦らしく、創作和食やアジアン料理など、家族や友人に向けた様々な料理が並びます。

リラックスタイムのそばに

「まずは夜、居間や寝室で本を読む時にTORCHINを使ってみました。仕事の本というより趣味の本を読むような、リラックスして読書をしたいときはTORCHINの灯りがちょうどいいんです。そのまま寝たいときは、寝室にも持ち込んだり。

ベッドにも備え付けの照明は付いているんですけど、点けると全体が明るくなっちゃって。例えば妻は寝ているけど僕は読書をしたい時なんかは、妻側も明るくなってしまうんですよね。そういうときに自分の側にだけTORCHINを置けば自分一人だけの範囲を照らせるし、明るさも調整できるので便利だなと。改めてTORCHINの魅力を実感しました(笑)」

「私は寝る前のストレッチに使っていて。疲れがとれてよく眠れるのでストレッチを毎日しているんですけど、いつもは部屋のメイン照明を消して間接照明を点けてたんですね。でもTORCHINが来てからはその間接照明さえも消して、TORCHINの小さな灯りだけを点けています。そうすると、いつもよりもさらに深くリラックスできて、スーッと寝られるような気がするんです。和紙のやわらかさがあるのかな。

ラベンダーのピローミストと併せて使うと、仕事が忙しくて高ぶっていた日も、頭も身体も、ゆったりほぐれるような感覚になりました」(妻・顕子さん)

「あとは夜、部屋の灯りを消してTORCHINだけを点けながらお酒を飲んだりもしていて、その時間がすごく贅沢だなぁって。本を読むときは明るさを一番強いものにして、晩酌の時は少し灯りを小さく、ストレッチの時は一番暗いものにするといった風に、調整がきくのも使いやすいなと思いました」(妻・顕子さん)

誰かとの楽しいひとときにも

「夫婦ともに料理が好きなので、時々友人を招いて夜に簡単な食事会をすることもあるんです。そういう時、飲食店のように少し暗めの灯りだとよりリラックスして会話も弾むなと思い、その場でもTORCHINを使ってみました。メインの照明を落としてTORCHINで明るさを追加してみたら、食卓や料理に華やぎが出て。

子どもがいて頻繁に友人たちと外食をできるわけではないので、こうやって家で、外食の時のような楽しい時間を過ごしたい時にも頼りになりそうです」

家族の形態が変わっても、家の好みが変わっても、どこにでも持ち運べて、どんな場にも合う。和紙の持つやわらかな雰囲気と、クセの少ないフラットなデザインだからこそ、気軽に取り入れられて、長く付き合って行けそうです。

穏やかな光が皆さんの暮らしをやさしく照らし、末永い相棒としてご利用いただけますように。

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シラキ工芸 TORCHIN OVAL
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文:谷尻純子
写真:奥山晴日

「美濃に還元できる商売を」。和紙糸で可能性を拡げる、美濃和紙・ 松久永助紙店

私たちの暮らしを支えてきた、日本各地の様々なものづくり。

それらがさらに百年先も続いていくために、何を活かし、何を変化させていくべきなのか。ものづくりの軸にある「素材や技術」に改めて着目し、その可能性を探るため、中川政七商店がスタートさせた試みが「すすむ つなぐ ものづくり展」です。

今回のテーマは「和紙」のものづくり。

古くから、文字を書き記すための道具にとどまらず、茶道の懐紙、障子や襖紙、提灯、紙幣、祭事の道具など、暮らしのあらゆる場面に使用されてきた和紙。

今や時代はうつろい、洋紙の登場やライフスタイルの変化を受けて、暮らしの中で和紙を見かける機会は少なくなってしまいました。

そんな中でも、和紙が持つ素材の魅力、職人の技術には、今の日本の暮らしを豊かにする可能性がある。そう信じて和紙と向き合い、各産地で挑戦を続ける作り手たちがいます。

和紙のイメージをぐっと広げるもの。和紙本来の魅力を再認識できるもの。

今まさに新たな挑戦が”すすむ”ものづくりの現場を取材し、百年先へ和紙を”つなぐ”ためのヒントを伺いました。


美濃和紙の産地、「うだつの上がる町並み」へ

訪れたのは岐阜県美濃市にある「うだつの上がる町並み」。伝統的建造物群保存地区に選定されたその地には、晴れた日には深緑をたたえた山々を、また雨の日には山の稜線が霧に霞んだ何とも幻想的な景色を背景に、趣ある町家が建ち並びます。

長良川の近くに位置するこの地域は古くから和紙業で栄えた場所。日本三大和紙とされる「美濃和紙」に関連する企業が今も多く商います。

こちらが“うだつ”。火事の類焼を防ぐため、屋根の両端につくられた防火壁を指す

「美濃で和紙の産業が栄えた大きな要因の一つに、長良川や板取川といった清流に恵まれた場所であることが挙げられます。私たちがお店を持つこの地域は長良川がすぐそばにあり、主に問屋街として発展してきました。もう少し川の上流には和紙職人が集まるわらび地区という場所もあります。

昔は上流にいる職人さんが漉いた和紙を船に乗せて川を下り、ここからすぐの灯台がある港に降ろして、馬車で問屋街に運んでいました。そうして問屋が選別したり加工したりして商品化して、それをまた船に乗せて岐阜市や名古屋市、大阪、東京など全国に流通を回していったんです。うまく商流にのせやすい仕組みがあったんですね。

岐阜市の方では和傘や提灯のような和紙を用いる産業が盛んだったので、売り先もたくさんありました。それが産地として強かった理由かなと思います。そのなかで問屋の商人も育っていき、今でも和紙の大きな産地として何とか残っているんじゃないかなと」

お話を聞いたのは、この場所で和紙問屋として商う松久永助紙店の松久恭子さん。明治9年に創業し、現在は5代目となる恭子さんを中心に、昔ながらの和紙の他、和紙雑貨や和紙糸、紙布、また和紙糸を使った生活雑貨などを扱っておられます。今回、中川政七商店とともに同社の和紙糸を使った洋服や服飾雑貨づくりにもお力添えをいただきました。

松久永助紙店・松久恭子さん
同社のオリジナルプロダクトなどを販売する店舗も運営

「水の工芸」とも呼べるほど、きれいな水が欠かせない和紙づくり。長良川の役割は運河にとどまらず、紙漉きに欠かせない原材料としても重宝されました。美濃の地域は山々から流れた水や川の伏流水など、水に恵まれたことも和紙産業が広がった理由と言えます。

「基本的には井戸水を使って漉くんですけど、同じ地域の和紙でも山側の水を使う職人と、川の伏流水を使う職人がいます。井戸の水源が異なるんです。それぞれの作る和紙は紙質がちょっと違うなんて話も、聞いたことがあります」

先にお伝えした通り、国内でも有数の和紙の産地である美濃。その歴史は古く、正倉院に保管される日本最古の戸籍謄本にも美濃和紙が使われていたほどです。また高い品質も誇り、中でも「本美濃紙」と呼ばれる和紙を漉く技術は、ユネスコ無形文化遺産に登録されています。

しかし他の工芸に漏れずこの地域でも事業者数は減少の一途で、生産者戸数は最盛期の4,768戸(※)から、今やその数は100分の1以下となっています。そうやって産地のものづくりが徐々に減りゆくなかで、松久永助紙店は紙糸を一つの柱としながら新しいものづくりに挑戦をしてきました。

※参考)中川政七商店「美濃和紙とは」

薄くて丈夫。美濃ならではの和紙の良さを活かし、和紙糸に

大きくは本美濃紙、美濃手すき和紙、美濃機械すき和紙の3種類に分けられる美濃和紙。

特筆すべきその魅力は、薄くてムラがないため、やわらかく繊細な風合いを持つとともに、一方で強靭な耐久性も兼ね備えているところにあります。私たちの身の回りでは、表具(障子、襖、屏風、掛け軸など紙や布を張って仕立てられるもの)のような伝統的なプロダクトから、照明器具やインテリア、小物などの日用品まで様々なものに使われてきました。

「美濃和紙の特長を可能にしているのは“技術”。手漉きであれば職人の技術ですし、機械漉きの場合は原料の配合や機械の調整の技術ですね。当社で扱う和紙糸ももちろん、この強みを活かしたものになっています。

和紙糸はそこから編んだり織ったりを重ねるので、薄くて丈夫で切れにくく、なおかつ細いものができないと、いろいろな製品に展開できないんです。うち以外にも様々な地域で紙糸を作る企業さんはあるんですけど、懇意にしている加工会社さんからは『美濃の紙糸が一番切れにくくて扱いやすい』と言っていただけることが多いですね。それは長年の技術が大きいのかなと思っています」

和紙問屋として創業した松久永助紙店も、長らく和紙の障子紙や壁紙などを中心に扱ってきましたが、転機は30数年ほど前。恭子さんのお父様が代表を務める製紙会社・大福製紙が紙糸を開発したことにありました。もともと機械漉きで西陣織に使われる金糸や銀糸、またマスキングテープなどの薄くて丈夫な和紙を手がけてきた大福製紙は、その流れで紙糸の開発にも乗り出したそうです。

松久永助紙店の旧帳場に今も残る、デッドストックの和紙
こちらが和紙糸

そして10年ほど前に松久永助紙店を恭子さんが任されるようになった後、大福製紙の技術を活かしながら、紙糸の卸や紙糸を使った商品の開発に注力をし始めました。

「なぜ紙糸だったのかというと『やらざるを得なかった』というのも正直な背景ではあるんです。当時から和紙自体の問屋としての仕事は本当に右肩下がりで、需要も減ってきていて。もう少し人の目にとまるようなものづくりをしたいと考えたときに、紙糸ってまだすごく珍しいなって。

紙糸自体は昔からつくられていますし、洋服の素材として使われてもいたんですけど、とはいえ多くの方は知らないですよね。それは恐らく今よりも技術がなくてつくれるものの幅が狭かったことや、ものづくり自体の難しさから手がける企業が少なかったことなどが理由にあると思います。

他に、和紙糸に注力した理由は商品展開の点もありますね。どうしても和紙だと商品の幅に限界があったのですけれど、紙糸だとつくれるものの幅が広くなるので、購買層の範囲も広がるなという想いがありました」

松久永助紙店で扱う和紙糸を製造する大福製紙では、機械で和紙を抄(す)いている
細く切った和紙(左)。この後、撚り上げて和紙糸(右)にしていく
和紙糸の完成

紙糸の卸に加え、恭子さんが力を入れたのはオリジナル商品の開発。それまではタオルや靴下程度のラインアップでしたが、手探りでポーチやスタイ、アームカバー、アクセサリーなどに展開を重ねていきました。

「和紙糸って実はすごく機能的で。人にも環境にもやさしいですし、吸放湿性に吸水力、軽さ、消臭性、抗菌性も持っています。通気性もいいし、抗ピリング性もあるので洋服の風合いが保てるのもいいところ。紙なので水に弱いイメージがあるかもしれませんが、ちゃんとご家庭でお洗濯もしていただけるんですよ」

美濃と美濃和紙に還元できる商売でありたい

和紙とともに和紙糸を柱にするようになって10年と少し。少しずつお客さんの反応にも変化がありました。

「興味を持ってくださるお客様の幅は増えたと思います。『これ紙なの?』って、やっぱり目を引くんですよね。和紙から紙糸の商品まで面で展開することで、和紙であると理解もできるし驚いてもいただけるのかなと。最近はオンラインショップやSNSなどからお声がけを頂戴し、海外のショップに置いていただける機会も増えてきました。

一度使ってくださったお客様が良さを体感してリピートしてくださったり、口コミを聞いて購入いただけたりといったことも増えてきたんです」

そうしてオリジナル商品を手に取るお客さんが増えてはきたものの、「松久永助紙店として目指すのは決して、自分たちの名前が前に立つことではない」と恭子さん。

「『これが和紙なの?』と興味を持っていただく先に、美濃和紙や美濃に興味を持ってもらえるきっかけづくりをやっていきたいと思っているんです。うちは初代からずっと美濃で美濃和紙を扱ってきて、『美濃和紙に助けられて、でもこちらも助けて』というような商売の仕方をしてきました。そんな歴史もあるので、事業を続けるうえで美濃や美濃和紙に還元していけるような商売ができないと、そもそも商売をやる意味がないんじゃないかと感じているんですよね。

だから他の企業さんとコラボレーションして商品開発をするときも、なるべく美濃和紙を前に出してほしいと伝えます。普通に生活していると和紙に触れる機会はあっても、その産地を考える機会ってなかなかありませんよね。だから、うちが美濃和紙を前に出すことで、産地にちょっと触れたり考えたりしてもらえるきっかけになればいいなって。

美濃和紙や紙糸がいろいろな使い方をされれば、自然とたくさんの方の目に触れる機会も増えます。うちはその一助を担いたい。長くやってきたなかで和紙のこともわかりますし、糸のこともわかります。ものづくりを繋げるのが強みと考えたら、それってまさに問屋業ですよね。『松久永助紙店に聞けば、面白い和紙のプロダクトができる』という立ち位置になれたらいいかなって。そのためにも、目を引く自社商品を作っていきたいなと思っています」

今回、中川政七商店と和紙糸を用いて開発した生地

古い町家が並ぶ産地の景色のなかで、変化と進化を続けながらも伝統に還元していく松久永助紙店。その和紙糸から生まれるプロダクトは、繊細で洗練された印象のなかに、どこか懐かしさのあるあたたかい風合いと、やわらかな手ざわりが魅力です。

今と昔を身に纏う。機能的でありながら心も満たすその製品に、和紙の未来を背負う美濃の矜持を感じました。

文:谷尻純子
写真:田ノ岡宏明

※松久恭子さんインタビュー写真は企業提供

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夏の陽ざしにはえる「黒」、風にそよぐ「白」。涼しく上品な麻のお出かけ服

もうすぐ夏の盛りを迎える時期。ここ最近は毎朝天気を確認するたびにうんざりした気持ちになり、クローゼットから手に取るのは涼しくて洗いやすく、ラクに着られる服ばかりでした。

もちろん夏をのりきる服が控えているのは心強くあるものの、家族や友人との食事会や観劇・鑑賞、またセレモニーの場など、たまのお出かけ用に「ちょうどいい服がない」と焦ることもしばしば。「いざという時に着られる、気分がしゃんとする洋服も持っておけたら安心だな」とは思いながらも、そう出番があるわけでもなく、ひとまずどうにか乗り切りながら買わずのままにしていたのは、もしかすると私だけではないかもしれません。

そんな方にこそおすすめしたい、夏のお出かけに着ていただける「黒と白」。いずれも麻100%で夏に涼しく心地よい生地でありながら、上品な光沢とシンプルなデザインで、普段にもきちんとした場にもぴったりです。

夏の陽ざしにきりりとはえる黒、熱をはらんだ風に爽やかに揺れる白。それぞれのこだわりを、担当デザイナーの山口に聞いてみました。

目指したのは、涼しくて素敵で、きちんと着られる夏の洋服

今回の洋服シリーズを作るにあたり大前提としたのは、夏に着やすい涼しさがありながらも、きちんとした場でも着られる服であること。フォーマルの場にも着やすいようにと、黒と白を色の軸に据えてデザインに落とし込んでいきました。

着る人の好みで形や色が選べ、また一枚でも組み合わせても着られるようにと、それぞれのデザインはあえてバラバラに。黒はワンピース2型とパンツ1型、また白はトップス2型を本シリーズ品として販売します。

いずれも通気性がよく、吸放湿性にも優れながらも上品な光沢をたたえた麻生地を使用。また企画の際に共通してこだわったのは、日本で長く、産地や作り手が育んできた技術を用いることでした。そうして採用したのが、京都の黒染めと滋賀の晒しの技術です。

「黒色と白色のお洋服って世の中に山のようにあるから、商品を企画するにあたっては、中川政七商店らしい個性を何か持たせたいなと思いました。

黒染めは長く和装で使われてきた日本の伝統技術で、今はそれが染め替えという新しい道で活かされています。昨年も夏に着る黒のフォーマル服を作っていて、その際にお願いした京都の馬場染工業さんに今年もお願いしました。

麻生地を晒すことで表現した白の生地は、以前からお取引のある、滋賀で晒しをされている中藤織物整理工場さんに作っていただいています。ここは、中川政七商店の手績み手織り麻の生地をずっと加工してくださっている作り手さん。白く晒す高い技術を持つ企業さんなのですが、織り子さんの減少で手績み手織り麻を作れる量自体が年々減っているので、その晒しをお願いできる量も減っていて。だから何か他の商品にお力添えをいただくことで、この晒しの技術を届けたいと思っていたんです。

今回の生地は手績み手織り麻ではありませんが、遠州地方で織られた透け感のある上質な麻生地を使用しています」(山口)

京都・馬場染工業が染める「黒」

上述のとおり、黒をお願いしたのは京都の老舗黒染め屋・馬場染工業さん。 現在は5代目の馬場麻紀さんが率いるこちらの作り手さんでは、代々、紋付羽織袴や喪服などの礼服を手がけてこられました。

その技を、洋裁を学んだ経験を持つ現代表が洋服に転用したことで、今回のワンピースやパンツのように日常でお楽しみいただけるようにもなっています。

工房の表に掲げられる「黒染」の文字(写真:森一美)

こだわりは染めの回数を通常の倍にして、奥深い黒を表現すること。ひと口に「黒」と言っても様々ある色のなかから、夏に着やすい自然な黒でありながら、深みが出るように仕上げていただきました。なお、長く着て退色してきたときや、漂白剤をとばしてしまったときなどは染め直しもしていただけます。

黒の色見本(写真:森一美)

「昨年は馬場染工業さんと夏のフォーマルとして、綿麻生地のワンピースを4型作りました。フォーマルの場にも重宝するワンピースを、日本人の美しさを昔から引き立ててきた黒染めの技で作りたいと思ったんです。

そのなかでも特に人気のあった2型のデザインをより磨いたものが今年のシリーズ。ふんわり袖のパフスリーブワンピースは優しい雰囲気なので、もう一つはVネックと裾のベンツ(※切れ目のこと)ですっきりした印象に仕上げて、好みで選べるようにしています。

加えて、白いトップスに合うように同じ染めの技術でパンツも作りました。こちらはロングスカートのようなワイドシルエットにしたことで、スカート派の方でも履きやすい仕上がりを目指しています」(山口)

「黒」のシリーズはワンピース2型とパンツ1型をラインアップ
シンプルなデザインはきちんと着るのはもちろん、少し個性的な着こなしにも

滋賀・中藤織物整理工場が晒す「白」

麻織物の一大産地である滋賀県の湖東地域。麻の製織・加工に欠かせない、湖面からの湿潤な空気と、鈴鹿山系から流れる愛知川の美しい水に恵まれたこの地域は、古くから麻織物の産地として発展しました。

今回の「白」は、この土地で織物の整理加工業を営む中藤織物整理工場さんにお願いしたもの。「近江上布伝統工芸士」の称号を持つ職人の高い技術を使い、製織した生地を晒して作る、白い麻生地を採用しました。

さらに、糸に撚りをかけて生地を揉み、表面にシボを作るちぢみ加工を施すことで生地に表情が出る他、凸凹があり肌離れも良いため涼しくラクにも着られます。

工場の内観(画像提供:中藤織物整理工場)

「シボをつける機械にも色々あるのですが、中藤織物整理工場さんではアナログな機械を使っておられます。それが良い意味でとてもレトロな雰囲気で、だからこそ人の手でシボをつけるようなやわらかさが出るのかなって。皺加工や、やわらかくする加工は色々な工場でできるんですけど、そのなかでも中藤さんのものは特に“やわらか感”があるという話をよく耳にしています。

麻を扱う技術もありますし、夏のシャツは肌あたりの良さも大切にしたいと思い、今回は中藤さんにお願いをしました」(山口)

晒したちぢみ生地(画像提供:中藤織物整理工場)

白く晒したちぢみ生地を使って作るのはシャツとチュニック。両者とも透け感があり、風に揺れる裾や袖が目に涼しいデザインとなっています。

「生地が特徴的なので縦のシボシボ感を活かし、ドレープが寄るようなパターンにしました。裾に向かって広がるようにたっぷり生地を使うデザインにしたことで、優雅さや涼しさを見た目にも感じていただけると思います。

シャツは袖からも風が入るようひらひらとした形に調整し、チュニックの方は丈が長い分、バランスをとれるように袖はふんわりと閉じる形にしました。あと、夏の衿元って襟があると汗がついて蒸れるし、かといって襟がないとルーズに見えてしまうので、今回は首元を広めにとって襟をつけることで、きちんと感を出しています。

2型あるどちらのデザインも、きちんとした印象はありつつ見た目の清涼感もあり、細かい皺が目立ちにくいので、普段から気兼ねなく着ていただけると思います」(山口)

「白」のシリーズはブラウスとチュニックの2型
一枚でさらりと着る他、インナーに柄ものを合わせたり、帽子などの小物と合わせたりするのもおすすめ

夏のにぎやかさや陽ざしのなかで、あえて凛々しく、軽やかに着る黒と白。日本の高い技術を使い、品良く、それでいてシンプルで着回しもきく一着に仕上げました。“いざ”という時にも、普段にも。ぜひ夏の思い出の頼りにしていただければと思います。

文:谷尻純子

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草木を守り、繋ぐ人。森林環境管理を担う人材を育てる「奈良県フォレスターアカデミー」、大和橘復活に取り組む「なら橘プロジェクト」【奈良の草木研究】

工芸は風土と人が作るもの。中川政七商店では工芸を、そう定義しています。

風土とはつまり、産地の豊かな自然そのもの。例えば土や木、水、空気。工芸はその土地の風土を生かしてうまれてきました。

手仕事の技と豊かな資源を守ることが、工芸を未来に残し伝えることに繋がる。やわらかな質感や産地の景色を思わせる佇まい、心が旅するようなその土地ならではの色や香りが、100年先にもありますように。そんな願いを持って、私たちは日々、日本各地の作り手さんとものを作り、届けています。

このたび中川政七商店では新たなパートナーとして、全国の里山に眠る多様な可食植物を蒐集し、「食」を手がかりに日本の森や林業に新たな価値を創出する、日本草木研究所さんとともにとある商品を作ることになりました。

日本の森にまなざしを向ける日本草木研究所と、工芸にまなざしを向ける中川政七商店。日本草木研究所さんの取り組みは、工芸を未来へ繋ぐことでもあります。

両者が新商品の素材として注目したのは、中川政七商店創業の地である奈良の草木。この「奈良の草木研究」連載では、日本草木研究所さんと奈良の草木を探究し、商品開発を進める様子を、発売まで月に1回程度ご紹介できればと思います。

4本目となる今回のテーマは「草木を守り、繋ぐ人」です。発売予定の商品で素材とするのは、吉野杉や吉野桧、大和橘、モミ、クロモジ、アカマツなど、奈良の森に育つ草木。多雨で温暖な気候を持つ奈良の山には昔から、多様な樹種がいきいきとその枝を伸ばし、葉を茂らせてきました。

しかし昨今では、そんな草木たちの置かれる環境にも変化があり、健やかな森林環境を育てる人材の不足や特定植物の絶滅危機など、森が抱える問題は多岐にわたります。

「中川政七商店の取り組みが、森を未来へ繋ぐことに少しでも貢献できたなら」。そんな想いから今回は、奈良の森の課題に向き合う二つの事業者に、素材となる草木の提供に協力いただくこととなりました。



森林環境管理を担う人材の学校「奈良県フォレスターアカデミー」

吉野杉や吉野桧をはじめとする、奈良の森に育つ香木の採集に協力いただくのは奈良県フォレスターアカデミーさん。林業が盛んな吉野の地域で令和3年4月に設立された、森林管理者を意味する“フォレスター”の学校を運営する、県直営の教育機関です。その設立の背景には、対症療法的な森の手当てへの危機感がありました。

「平成の二桁頃から林業は斜陽化しており、木材の価格も徐々に下がってきています。それに伴って林業従事者も減り、管理放棄された森林が増えてきた。そこで奈良県では平成18年に『森林環境税』を導入し、その使い道として県が山の手入れを代行するような仕組みを作りました。でも、これがなかなかいたちごっこで。いっこうに改善されない状況が起きていたんですね。

その後に紀伊半島の大水害があり、森林が持つ災害防止機能などの弱まりを痛感する事態となりました。これを受けて県も、対症療法的な森林の手当てではなく、国土保全的な仕組みとして抜本的に森林管理の仕組みからつくり直すことへ意識を変えたんです。

そこで出会ったのが、スイスのフォレスター制度。フォレスターとは森林環境管理のプロフェッショナルを指していて、スイスでは人づくりから取り組むことで健やかな森林環境を育てています。私たちもこれに学び、教育・人づくりから始めましょうという考えになり、アカデミーという養成機関を起ち上げる運びになりました」

取材に対応してくださったのは、同校の校長を務める藤平拓志さん。大学で林学を学んだ後、県職員として森林や林業に関連する仕事に長く就いてこられた方で、現在も県職員として奈良県フォレスターアカデミーの運営を担っておられます。

同校には主に現場技能を身につける一年制のプログラムと、林業経営や森林管理についての学びをより深める二年制のプログラムの、2つのコースが設けられています。特徴的なのは前述のとおり、スイスのフォレスター制度を参考に組まれた独自のカリキュラム。ここでは森林に大きく期待される「木材生産」の学びだけでなく、「生物多様性」「防災」「レクリエーション」など森林を全体的に俯瞰し、管理するための知識を育てられる授業も多数行われます。

そんな内容への期待からか、行政を母体とする林業大学校は他地域にもあるなかで、県外からの志望者も後を絶ちません。

「スイスの森林に関する考え方の特徴は、生産機能だけに特化するのではなく、森林が持つ機能を総合的に把握して管理していくところ。それを実現するためには森ごとの個性を見極められる力が必要で、要は人とセットなんですよ。その人を『フォレスター』と呼んで、育てていくというのがこの学校の考え方です」

毎年20名の定員は、下は18歳から上は年齢制限なく、様々な年代の方が入学するそう。林業関係に勤めていた方だけでなく、全くの畑違いから志す方も多いといいます。

授業は年間1200時間強ほどで、座学は3~4割。残りは実習が占めるといい、この日は森の植生を学ぶ授業にも立ち会わせていただきました。

「ひと口に森林といっても、地域によってその特性は様々です。育つ樹種も違えば、山主(=山の持ち主のこと)の関わり方も異なります。同じ山でも、場所によって育つ木も違う。当校ではそんな森林ごとの生態系や災害リスク判断など、目の前の山をとらえて課題を見つけ、解決できるようになることを目指しているんです。『作業員としての技能を身につけるだけでなく、総合的に森を捉えられる内容を中心にしている』というのは、そういうことですね」

授業の様子。この日は森の植生について実地で学ぶ内容

卒業生は林業事業体や森林組合に勤める他、森に関係する事業で起業する方も。開校から数年ではありますが、学び舎でできた縦や横のつながりは徐々に広がり、奈良の森の心強い担い手となりはじめています。

「まだ設立から4年ですので大きな成果はお示しできないのですが、行政につく者、民間につく者など、卒業生が出れば出るほど県内各地に散らばっていき、この学校でできた縁を活かして情報交換をしたり、仕事で連携したりという事例が見えてきています。

そうしてその輪が広がって、地域に合った森づくりをしっかり考え実践できることが、この学校の最終目標かなと。林業はあくまで一つの手段で、大切なのはその地域の人が幸せな暮らしをおくれることです。そのために、健やかな環境が未来に続いていくような森林マネジメントをできる人になってもらえたらと思います」

日本最古の柑橘とされる、大和橘の復活を目指す「なら橘プロジェクト」

続いて訪れたのは大和橘(やまとたちばな)の育成を進める、なら橘プロジェクトさん。今回の商品には風味のアクセントとなるように、こちらの素材も使用しています。

大和橘とは橘の別称で、日本固有種であり柑橘の原種。日本最古の柑橘とされ、その名は万葉集や古事記にも登場するほどです。菓子の租である田道間守(たじまもり)が常世の国から不老長寿の妙薬として持ち帰ったという伝説もあり、大和橘自体がお菓子のルーツだともいわれます。その実の香りは清々しく、上品で高貴。葉は目が覚めるほどの鮮烈な青々しさをたたえます。

雛人形を飾る際に「左近の桜、右近の橘」と各樹木を模したものを添えたり、500円玉硬貨に描かれたりと、実は私たちの身近なところにも登場する果実なのですが、一方、「橘の本物を見たことがない」という方も多いことでしょう。その理由は、準絶滅危惧種になっているため。かつては南は九州から北は静岡まで暖流のそばに多く群生していた橘ですが、今ではほとんど見かけられず、当然、市場にも出回りません。

「じゃあなぜ無くなったのかというと、一つの原因は戦前に行われていた炭焼きなんじゃないかなと。炭を作るための材料として伐採されたと現地に行った時に聞きました。あとは橘の実が小さいので、産業として選ばれなかったのも理由としてありますね。果実は苦くて食べにくいし、とれる実も少ない。育てても使えなかったから、育てる人が全然いなかったんやと思います」

なら橘プロジェクトの代表を務める城健治さんは、絶滅危機に至った理由をこう分析します。

城さんの大和橘との出会いは、今から14年ほど前。奈良県内の金融機関に勤めていた城さんは、当時関わっていた大和郡山市の町おこしの一環で、産官学金連携のお土産品開発に取り組むことになりました。そのなかで大和橘の存在を知ったと話します。

「そのときのメンバーに饅頭屋の代表がおって、その方が『奈良には大和橘というものがあって、お菓子の始まりなんやで』って教えてくれたんですよ。

大和橘は自生していた植物なので産地というのはないんやけど、奈良って大和朝廷発祥の地と言われてますやろ?それで、当時は神社や官庁を建てる時に、『穢れが落とされるような香り』ということで土地を清めるために植えていたらしいんです。今でも一部の神社にはご神木として植わっていたり、注連縄のような飾りに使われたりしています。

あとそれとは別に、平城京の時代には漢方薬としても認定されてます。鳥羽から税金として陳皮を納めていたという記録が当時の木管に残ってるんです」

奈良に縁がある果実として興味を抱いた城さんと他メンバーでしたが、当時、大和橘は既に準絶滅危惧種認定をされていました。奈良県内にある広瀬神社にまだ大和橘が残っていると知り、株分けの依頼をしたところから、このなら橘プロジェクトはスタートしていきます。

飲食物への使用を考え、城さん達は農薬を使わずに栽培。最初の頃はアゲハ蝶に新芽をすべて食べられ木が枯れるなど育て方に苦戦していましたが、少しずつ育てた木が実をつけ、4年目を迎えた頃に飲食店への提案を開始します。ところが初めに提案した近隣の10店舗には「みんな断られてん」と苦笑い。小さく、酸っぱく、苦い大和橘への反応は、「他にもっといいみかんがある」というものでした。

その道を切り開いたのは、奈良県内にありながら県外からも多数の客を集める、星を持つレストラン。海外や日本の名店で修行をしたシェフたちは口をそろえて「上品な香り」「上品な酸っぱみ」「上品な苦み」と、大和橘を高く評価したそうです。

「城さん、これはすごいですよ。こんなん育ててくれてありがとうって言われたんですよ。ある大将が言うにはね、『大和橘に出会えたから奈良県でお店開いてよかった』って。そんなん言われたら嬉しいですやん。日本の歴史の原点と縁が深いストーリー性もあるし、日本らしい奥ゆかしい風味や香りということで、気に入ってもらえて。

そうやって少しずつ広まっていって、今は営業をしなくても問い合わせてもらえるようになりました。県外のお店からも畑を見に来てもらえるようになって、あの有名な高級リゾートホテルの統括シェフは『城さん、日本のトリュフは橘の葉っぱですよ』って言ってくれはるねん」

現在、奈良県内では7か所に分かれた畑で育てられている大和橘。例えばかつて平城京と藤原京を結んだ道に街路樹として橘が植わっていたことから、「橘街道」と呼ばれる場所もそのうちの一つです。

「今年で14年目。僕、実家が農業なんで農業の悲惨さも実体験として知ってて、だからこそ何かで貢献したいなとはずっと思ってたんです。そのなかで見つけたこの大和橘で地域起こしをしたいというのが、いま一番の目標。それが僕の第二の人生です」

取材後に城さんから頂いた大和橘の若い葉をかじると、鮮烈な香りが鼻に抜け、舌に感じるのはピリッとやわらかな刺激。青く爽やかで、清々しく、清楚でいながらキレがあります。

「どこか日本らしさを感じる香りと風味を、森の香木とともに味わう」。草木を守り、繋ぐ方々から頂いたそれぞれの素材には、豊かな個性と大切にしたい物語が詰まっていました。この素材たちからどんな商品が生まれるのか、ぜひ楽しみにお待ちください。


<次回記事のお知らせ>

中川政七商店と日本草木研究所のコラボレーション商品は、2024年の夏頃発売予定。「奈良の草木研究」連載では、発売までの様子をお届けします。
次回のテーマは「開発者対談」。いよいよ、今回の商品の内容や、開発でこだわったポイントをお届けします。

<短期連載「奈良の草木研究」>

文:谷尻純子
写真:奥山晴日

【暮らすように、本を読む】#12「八百屋の野菜採集記」

自分を前に進めたいとき。ちょっと一息つきたいとき。冒険の世界へ出たいとき。新しいアイデアを閃きたいとき。暮らしのなかで出会うさまざまな気持ちを助ける存在として、本があります。

ふと手にした本が、自分の大きなきっかけになることもあれば、毎日のお守りになることもある。

長野県上田市に拠点を置き、オンラインでの本の買い取り・販売を中心に事業を展開する、「VALUE BOOKS(バリューブックス)」の北村有沙さんに、心地好い暮らしのお供になるような、本との出会いをお届けしてもらいます。

<お知らせ: 「本だった栞」をプレゼント>

ご紹介した書籍をVALUE BOOKSさんでご購入いただくと、同社がつくる「本だった栞」が同封されます。買い取れず、古紙になるはずだった本を再生してつくられた栞を、本と一緒にお楽しみください。詳細は、VALUE BOOKSさんのサイトをご覧ください。



食卓にワクワクを。「なんでもない日」を彩る、旬の野菜

決して料理が得意といえない私ですが、レシピ本を眺めるのが好きです。簡単なレシピを真似て再現したり、異国の知らない料理の味を想像したり、美しい料理の写真は見ているだけでも心が踊ります。今回紹介するのは、純粋なレシピ集や、まじめな図鑑ともまたちがう、発見と喜びに満ちた「野菜採集記」です。

著者は東京・世田谷にある八百屋「イエローページセタガヤ」店主の尾辻󠄀あやのさん。旬の知識やそのレシピ、お客さんとの会話を通して語る野菜の魅力と、アートのように切り取られた写真からは、あらゆる視点から、野菜を面白がる著書の頭の中をのぞいているような気分になります。

いわく、野菜を食べるのは、300円で叶う小さな冒険だそう。見た目のかわいさ、形の面白さ、面白そうな農家さんなど、様々な理由から心向くままに集めた野菜を、いろんな方法で食べてみる。各地を飛び回り、ポケモンをコレクションするみたいに、食べた野菜を記録しているのだとか。

珍しい野菜だけでなく、慣れ親しんだ野菜が持つ新たな一面にも出会えます。例えば、ヤングコーンは皮付きのまま焼いて、絶品のヒゲごと堪能すること。オクラはフライや生で調理すれば、ネバネバ以外の新たなバリエーションを楽しめること。しょっぱく食べるスイカのレシピも興味深い。

野菜の記録の合間にあるコラムのなかで著者は、“「ちゃんと作らなきゃ」の呪いから解放してくれたのが「旬」という概念だった”、と話します。旬の野菜は味が濃く、体力がある。上手に作ろうとせずとも、焼いたり、揚げたり、茹でたり、シンプルな調理に「味を添える」くらいでいいのだという。夏のズッキーニをただ焼いて食べるのが最高だったりするように。

“旬に合わせて、なんでもない日のなんでもなく作るもの、それがまあまあ美味しい。こんな日が多いのが一番幸せなのじゃないかと私は思うのだ”(本文より)

キッチンに立つのが億劫な時も、旬の野菜があれば、なんだか楽しくやれそう。この夏はきっと、“推しの野菜”を見つけたい。

ご紹介した本

尾辻󠄀あやの (著)『八百屋の野菜採集記』

本が気になった方は、ぜひこちらで:
VALUE BOOKSサイト『八百屋の野菜採集記』

ご紹介した書籍をVALUE BOOKSさんでご購入いただくと、同社がつくる「本だった栞」が同封されます。買い取れず、古紙になるはずだった本を再生してつくられた栞を、本と一緒にお楽しみください。詳細は、VALUE BOOKSさんのサイトをご覧ください。

VALUE BOOKS

長野県上田市に拠点を構え、本の買取・販売を手がける書店。古紙になるはずだった本を活かした「本だったノート」の制作や、本の買取を通じて寄付を行える「チャリボン」など、本屋を軸としながらさまざまな活動を行っている。
https://www.valuebooks.jp

文:北村有沙

1992年、石川県生まれ。
ライフスタイル誌『nice things.』の編集者を経て、長野県上田市の本屋バリューブックスで働きながらライターとしても活動する。
暮らしや食、本に関する記事を執筆。趣味はお酒とラジオ。保護猫2匹と暮らしている。