窯元の名物は打ちたて蕎麦? 益子「えのきだ窯 支店」

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

工房を訪ねて、気に入った器を作り手さんから直接買い求める。そんな「窯元めぐり」に憧れを持っていました。

一方で「どこに訪ねていったらいいのかな?」「いきなり行っていいのだろうか‥‥」と勝手がわからず尻込みし続けてはや幾年月。はじめの一歩を、この記事で踏み出していきたいと思います。

今回訪れるのは、栃木県・益子町。

全国屈指の焼き物の町に民藝運動をもたらした陶芸家、濱田庄司ゆかりの「益子参考館」からほど近くに、目当ての窯元さんがあります。

えのきだ窯全景
深い青色ののれんに、控えめに窯名が染め抜かれています
深い青色ののれんに、控えめに窯名が染め抜かれています

道路沿いにゆったりと駐車場を設け、遠くからでもわかるように大きく看板を掲げた姿は、まさにロードサイドの窯元直売店らしい佇まいです。

ただ、入口手前に置かれた小さな黒板には、「そば」の文字。

カフェのような黒板メニュー

そ、そば‥‥?

そう、ここ「えのきだ窯」さんでは、器を販売しているその横で、4代目の榎田勝彦 (えのきだ・かつひこ) さん自ら打つお蕎麦をいただけるのです。

「新そば」の文字と器がガラス越しに並んでいます
「新そば」の文字と器がガラス越しに並んでいます
ずらりと器が並んだ店内。窓際の一角が、イートインスペースになっています
ずらりと器が並んだ店内。窓際の一角が、イートインスペースになっています

陶芸家が打つそばに舌鼓

「もしもし、お蕎麦、1人前ね」

応対してくださった奥さまがどこかへ電話をかけてほどなく、勝彦さんが車で到着。

少し離れた工房兼本店から、注文が入るごとに勝彦さんが作陶の手を止め、お蕎麦を打ちに来てくれるシステムです。お客さんは自然と、打ちたての美味しいお蕎麦をいただけることになります。

「ずっと大きなろくろを回してきたから、そばを打つ腰の力があるのね」

私は雑用係、と笑う奥様が、お蕎麦を待つ間に外で摘んできた草花を勝彦さんの作った器に活けていきます。

器に活けられたお花
可憐な野草が器によく映えます
可憐な野草が器によく映えます

創業100余年のえのきだ窯で4代目を継いだ勝彦さんは、焼き物の中でも作りが複雑で難しいと言われる急須の名手。

急須づくりで紫綬褒章を受章された3代目のお父様とともに、「急須といえばえのきだ窯」との評判を得てきました。

勝彦さん作の大きめの急須
勝彦さん作の大きめの急須
様々な色かたちの急須がずらり!
様々な色かたちの急須がずらり!
金属の茶漉しでは味が落ちるからと、茶漉しなしで使える工夫がされています
金属の茶漉しでは味が落ちるからと、茶漉しなしで使える工夫がされています

そんな勝彦さんが、以前は器だけを扱っていたこの場所で、「お客さんに気軽に来てもらえるように」とお蕎麦をはじめたのは、もう20年以上前のこと。

「焼き物が本業で、お蕎麦は片手間。だけど、生地をこねることにかけちゃそこらへんのお蕎麦やさんより長くやっているもの」

榎田勝彦さん
榎田勝彦さん

同じ焼き物の産地でも、型や生地づくり、成形などが完全分業制の町もありますが、益子は作家性の強い町。一人が生地づくりから焼き上げまでを一貫して行います。

また、好景気の時には各窯元さんが職人さんを多く抱え、自ら手料理で彼らを食べさせていたために、料理上手な人も多いとか。

小さな頃から当たり前のように土をいじっていたと語る勝彦さんの手には、蕎麦づくりも自然と馴染んだのかもしれません。

奥さんのあげた天ぷらとともに運ばれてきたお蕎麦は、もちろん勝彦さんご本人の作られた器に盛られています。

大皿にたっぷり盛られたお蕎麦。これで普通盛りです
大皿にたっぷり盛られたお蕎麦。これで普通盛りです

お蕎麦を盛る器にも、窯元さんらしい工夫が。

「蕎麦を載せるスノコが滑らないように、内側にロウびきをした器を作りました」

勝彦さんが作ったお蕎麦用の器。内側の白い縁取りがロウびきされたところです
勝彦さんが作ったお蕎麦用の器。内側の白い縁取りがロウびきされたところです

器の内側にロウを塗っておくと、釉薬を弾いてその部分だけ素地が出るため、滑り止めの役目を果たすのだそうです。

ここにすのこがパチリ!とはまってずれません
ここにすのこがパチリ!とはまってずれません

お話を伺いながら、お蕎麦を堪能しながら、いつの間にか益子やえのきだ窯さんのものづくりに詳しくなり、器を手に取っている自分がいます。

大ぶりなのにどこか可憐な雰囲気の花瓶
大ぶりなのにどこか可憐な雰囲気の花瓶
徳利も様々
同じ種類の器がぎゅっと集まって並んでいます
同じ種類の器がぎゅっと集まって並んでいます

「娘夫婦が作っている器はまた作風が違うから、見に行ってみるといいですよ」

勝彦さんお手製の器とお蕎麦でお腹を満たしたあとは、5代目を継いだ娘の若葉さんとご主人の智さんが切り盛りする、えのきだ窯「本店」へ向かいます。

後編は明日お届けします!

<取材協力>
えのきだ窯 支店
栃木県芳賀郡益子町益子3355-1
0285-72-2528

文・写真:尾島可奈子

12月6日、音の日。指物職人が生んだ「楽器オルゴール」

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

日本では1年365日、毎日がいろいろな記念日として制定されています。国民の祝日や伝統的な年中行事、はたまた、お誕生日や結婚記念日などのパーソナルな記念日まで。数多あるなかで、ここでは「もの」につながる記念日を紹介しています。

さて、きょうは何の日?

12月6日は「音の日」です

1877年12月6日、トーマス・エジソンが蓄音機「フォノグラフ」を発明しました。「オーディオの誕生日」とも言うべき日です。

1994年に日本オーディオ協会は日本レコード協会、日本音楽スタジオ協会などと、音と音楽文化の重要性を広く認識してもらうと共にオーディオ及び音楽文化・産業の一層の発展に寄与することを目的に、12月6日を「音の日」として制定しました。

音質にこだわって作られた「楽器オルゴール」

「オルゴール」と聞くと、子どもの頃に遊んだおもちゃや、宝石箱などを思い出す方は多いかもしれません。

今ではそれらの印象が強いですが、オルゴールはれっきとした「自動演奏楽器」。蓄音機が生まれる以前は、簡単に音楽が楽しめる機械として親しまれていました。

今日は、オルゴールのなかでも、さらに音質にこだわって作られた「楽器オルゴール」を紹介します。まずはこちらの動画で音色をお聴きください。きっと、オルゴールのイメージが変わりますよ。

動画中で、一番上に乗っている箱が楽器オルゴールです。その下に積まれているのは音を大きく響かせる箱 (=サウンドボックス、共鳴箱) です。

音響学を取り入れて設計された楽器オルゴールは、中高音だけでなく、低音がしっかりと響き、柔らかく美しい音色を奏でます。その音には、心を落ち着かせる効果があるのだそう。

オルゴールは「箱」で音質が変わる

音質や音量の決め手は機械部分を収める箱と、その下で音を響かせる共鳴箱にあります。

音の出る機械部分。写真はシリンダータイプのもの
音の出る機械部分。写真はシリンダータイプのもの

音質の変化は、機械部分を木の板の上に乗せるだけでもわかります。

こちらの動画は、音の変化を実験したもの。機械部分をそのまま鳴らした場合と、木の上 (共鳴箱の上) に置いた場合で、音量や音質に大きな違いが現れます。音がやわらかくなり、さらに低音まで響くことに驚きます。

さらに、木箱の「組み方」も重要なのだとか。この楽器オルゴールでは、機械こそ一般的なオルゴールと全く同じですが、収める箱に伝統的な「指物 (さしもの) 」の技術を使うことで、美しい響きを実現しているといいます。

指物の技術を使った楽器オルゴール

指物の技術で実現した、楽器の響き

指物とは、釘や接着剤を使わずに木工品を組み立てる技術。

音は木の繊維を伝って響くため、組み合わせる際のわずかな隙間も影響を及ぼします。そこで、繊維をできるだけ長く保てる指物の技術がぴったりだったのです。

指物の技術を使ったオルゴールの箱
繊維を繋ぐようにピタリと組み合わさる指物の技術

70種類以上の木を試して選ばれた素材

「音響第一」の楽器オルゴールは、音質を損なうような装飾や塗装は一切ありません。もちろん、木の種類にもこだわっています。

開発したマイスターの永井淳 (ながい・じゅん) さんは、70種類以上の木を試して「心地よい音」を響かせる素材を研究したのだそうです。

密度の高い木材を使うと音がよく響くことから、選んだのは銘木の無垢材。楽器に使われることが多いメープルやウォールナットが用いられています。そのほか別注で、ローズウッド (紫檀) 、黒檀、マホガニーでも制作されています。素材の硬さや密度によって響きが異なるため、木の種類によって厚みを変えて作られます。

楽器にヒントを得て作られた構造

さらには、音がより美しく響くように楽器の構造も取り入れられています。バイオリンやピアノなどに多用される木材板の「スプルス」が響板(きょうばん)として使われています。たとえば、ピアノならば響板は弦の下に張ってあります。

響板のスプルス。曲がっている方が音の響きが良いのでカーブした仕上げになっています
響板が曲がっているとより音の響きが良くなるので、カーブした仕上げになっています
発想の元となったバイオリンの表面。カーブしたスプルスが使われています
発想の元となったバイオリンの表面。カーブしたスプルスが使われています

足は3本です。こちらはグランドピアノにヒントを得ています。3本足の場合、圧力がしっかりと足にかかるので、下に置かれた共鳴箱に最大限の響きを伝えることができるのだそうです。

オルゴールの足

冒頭の動画でも、おもちゃのオルゴールとの響きの差がわかりますが、直に楽器オルゴールの音色を聞くと、その美しさに驚きます。まろやかで奥行きのある音に包まれるのはなんとも心地よいものでした。

現在、この楽器オルゴールは、子どもの情操教育として使われたり、リラックス効果でより良い眠りを期待されたりすることも。

まるでリサイタルを訪れたような演奏を楽しめる楽器オルゴール。その日の天気、気温、湿度、聴く人の状態や気持ちで2回として同じ音色にはならないのだそう。オルゴールのある暮らし、始めてみたくなりました。

<取材協力>
EMI-MUSICBOX

<掲載商品>
楽器オルゴール シリンダータイプ
サウンドボックス (共鳴箱)

文・写真:小俣荘子

益子の純喫茶「古陶里」ランチのポークステーキも益子焼で

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

お店の中だけ時間が止まったようなレトロな店内に、煙草がもくもくしていたり‥‥懐かしのメニューとあたたかな店主が迎えてくれる純喫茶は、私の密かな楽しみです。

旅の途中で訪れた、おすすめの純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。今回は、焼き物の町、益子で地元ファンも多いという「古陶里 (ことり) 」さんを訪ねます。

益子のメインストリート、城内坂から北へおよそ10分。窯元めぐりの成果を両手いっぱいに歩いていると、白壁の美しいログハウス風のお店に出会いました。

お店の外観
可愛らしい看板が出迎えてくれました
可愛らしい看板が出迎えてくれました

よし、ちょっとひと息つこうと中に入ると、高い天井にほの明るいランプの照明。器探しにはり切っていた肩の力がゆっくり抜けていきます。

店内の様子

オーナーご夫妻が切り盛りするお店は、築100年以上の古民家を引き取って、45年ほど前に始めたのだそう。使い込まれた木のテーブルに、可愛らしいメニューがよく似合います。

メニュー

ちょうどお昼時。お腹も空いていたので、おすすめのポークステーキを注文しました。ほかほかと湯気を立てる料理を運んでくれたのは奥さん。

ポークステーキランチ

「ステーキを食べ終わったら、ソースが残るでしょう。ご飯を半分残しておいて、一緒に食べると美味しいわよ」

とっておきの食べ方を教えてもらいました。もちろん、ぽってりと厚みのある器はどれも益子焼です。

やさしい水色が料理を引き立てます
やさしい水色が料理を引き立てます
ご飯がのっているお皿も‥‥
ご飯がのっているお皿も‥‥
スープ皿も、もちろん益子焼です!
スープ皿も、もちろん益子焼です!

お腹いっぱいになって、しめのコーヒーを頼みます。今度はご主人が運んできてくれました。

濱田窯のコーヒーカップ

「これは濱田庄司さんの開いた、濱田窯の器ですよ」

日用の器の産地としての益子の基礎を築いた濱田庄司。そのコレクションや当時の暮らしを拝見できる益子参考館へは、ちょうどこの後向かうつもりです。

聞けばメニューや看板のイラストは、近くの和紙産地である那須烏山市の和紙作家さんによるものだそう。ここにも、ものづくりとのご縁がありました。

お店に飾られていた原画。お店を始めた当初の看板娘だった奥さん、妹さん、ご友人の3人がモデルだそうです
お店に飾られていた原画。お店を始めた当初の看板娘だった奥さん、妹さん、ご友人の3人がモデルだそうです

器探しのひと息に訪れた喫茶店で、また益子焼の器に出会う。土地の器が当たり前に出てくる贅沢を味わいました。

古陶里
栃木県芳賀郡益子町益子2072
0285-72-4071
営業時間:11:00~19:00
不定休

文・写真:尾島可奈子

細萱久美が選ぶ、生活と工芸を知る本棚『城一夫 日本の色のルーツを探して』

こんにちは。中川政七商店バイヤーの細萱久美です。

生活と工芸にまつわる本を紹介する連載の六冊目です。今回は、「日本の色」についての書籍を取り上げます。

日本の工芸にも「ジャパンブルー」と呼ばれる藍色や漆の赤、かつての奈良晒の白など、日本独自の色があり、工芸の表現においても色は大きな要素となっています。

著者の城一夫さんは、色彩文化と模様文化を専門に研究されている教授で、色にまつわる多数の著書があります。この本では「日本の色の成り立ち」と「日本の色の系譜」について、色鮮やかな写真や絵を多用し、読みやすい構成になっています。また、自分の好きな色についてのページを拾い読みする楽しみ方もあります。

色鮮やかな麻の布

日本の色の成り立ちについては、専門家ならではの歴史、宗教、文化などを絡めた学術的な内容で、さらっと読むというよりは「学ぶ」というような印象があります。ただ、「日本の古代社会では『黄』は概念としては存在していなかった!」など、私には“初耳学”も多く新たな知識を得られるのではないかと思います。

各色の系譜解説は、赤、青、白、黒、金、銀など主たる10色あまりと、「婆娑羅色 (ばさらいろ) 」が日本の伝統色彩色の中でも、異彩を放つ存在として取り上げられているのも興味深い点です。

いずれの色も古代から現代においての使われ方や意味合い、流行りがよく分かります。

例えば婆娑羅についてですが、織田信長や豊臣秀吉、伊達政宗など天下を掌握した武将たちが好み、城や衣装に取り入れました。信長のワインカラーのビロードの陣羽織や、秀吉の金や真紅の陣羽織は多くの人のイメージにあると思います。

現代の婆娑羅と言えば、サイケデリック。1960年代、アメリカを中心にさまざまなポップアートやサイケデリックアートが出現し、日本でも反モダニズムアートとして横尾忠則、粟津潔などによる、日本的なモチーフを使いながらもサイケデリックな色彩を使用したポスターで、新しいバサラを表現したとされています。

色とはなにか?

ところでそもそも、「色」とは何でしょう。回りを見渡すと、色の無いモノがほぼ無くて、特に人工物の色があふれていますね。

いわゆる「モノ特有の色彩」という意味以外に、昔も今も好色や情緒などの意味でも使われたりしますが、「色は匂へど散りぬるを‥‥」で知られる、平安時代の「いろは歌」の流布によって、色はモノの色という意味が強くなったそうです。

先に書いたように、古代日本では「キ」の概念はなく、「アカ」「クロ」「シロ」「アカ」の4つがありました。元々は「光」の色から生まれたとされ、夜明け、闇、夜が明けてハッキリ見える頃、明と暗の中間(青みがかった状態)を表していたといいます。

それ以外にも数多くの色名はありましたが、紅・紅梅色・桜色・刈安・緑・藍・朽葉など、植物や鉱物からの転用が主でした。

日本人は古来から自然崇拝の信仰がありますが、色彩に関してもそれは色濃く表れています。中川政七商店でも、手績み手織りの麻生地の染色名に、丁字・舛花・海松藍・刈安などと言った日本の自然からとった伝統色名を使っています。

手績み手織りの鮮やかな麻生地

「黄」が色名として認識されるようになるのは、6世紀頃、中国から仏教、儒教とともに「陰陽五行説」という思想が導入されてからになります。

この思想は、宇宙は「陰陽」と「木、火、土、金、水」の5元素からなり、この5元素が独自の循環をしているという考え方です。この5元素は、宇宙の森羅万象、すなわち色彩・方位・季節・星座・内臓等々に対応して配当されています。

色彩で言えば、「青、赤、黄、白、黒」の順に対応し、「春、夏、土用、秋、冬」と関連付けられています。これによると黄は中心にあり、重要な位置を占めています。

なかなかすぐには理解しづらい思想ですが、黄が登場し5元素がベースになる発想はなるほどという感じなのでぜひ本書をご覧ください。

聖徳太子も大事にした「色の世界」が、いまの暮らしにも

わが国でも陰陽五行説は国家経営の基本理念として取り入れられ、聖徳太子はこの思想に従って冠位十二階を制定しました。後に民事催事にも取り入れられ、日本の生活文化の中でも定着していきました。寺院催事の五色幕、五節句の祝、正月のお節料理、五色豆など五行思想が其処此処に見ることができます。

日本文化の特徴のひとつは外来の文化を取り入れて、それを自分のものとして咀嚼し、自国の風土に合ったものとして作り変えていくことにあります。

近世までは、特に仏教、禅宗、キリスト教などの宗教の伝来は色彩にも大きく影響を与えました。禅宗の理念は多彩な色彩を否定して黒(墨)1色で表現する禅宗文化となり、水墨画や枯山水が生まれました。キリスト教文化は一気に鮮やかな色をもたらし、文明開化は色彩開化でもありました。

思想や精神性が文化の形成に結びつき、ストレートに色彩に表れる事象は改めて興味深く感じました。

現代でも海外の文化との融合は活発ではありますが、かつては西洋文化の輸入がほとんどだったのが、最近ではクールジャパンなど、日本の文化が海外に影響を与えるケースも増えています。

そこに色彩の影響まであるのかは分かりませんが、一つの視点として見てみるのは面白いかもしれません。

<今回ご紹介した書籍>
『日本の色のルーツを探して』
城一夫/ パイ インターナショナル

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。


文:細萱久美
写真:木村正史、山口綾子

第3回 浅草「助六」江戸趣味小玩具のずぼんぼの寅を訪ねて

日本全国の郷土玩具のつくり手を、フランス人アーティスト、フィリップ・ワイズベッカーがめぐる連載「フィリップ・ワイズベッカーの郷土玩具十二支めぐり」。

普段から建物やオブジェを題材に、日本にもその作品のファンが多い彼が、描くために選んだ干支にまつわる12の郷土玩具。各地のつくり手を訪ね、制作の様子を見て感じたその魅力を、自身による写真とエッセイで紹介します。

連載3回目は寅年にちなんで「ずぼんぼの寅」を求め、東京都・浅草にある助六を訪ねました。それでは早速、ワイズベッカーさんのエッセイから、どうぞ。

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遠くに見えるスカイツリー

浅草で地下鉄を降りる。私が選んだ虎に会いに行くのだ。

駐車用コーン

虎はいったいどこに隠れているのだろう。青い尻尾を持っているのかな?

大きな草履の飾り物

ひょっとしたら、忍び足で歩くために草履を履くのかも?

意地悪なのかも?寺の番人まで驚かせてしまったのか?

いずれにせよ、ここまで紐をひっぱるとは、なんと強い奴なんだろう!

いや違った!とても可愛い小さな紙の寅は、仲見世にある、商品で満ちあふれた小さなお店、木村さんの経営する助六で見つかった。

紙、のり、そして立つための4つのシジミ貝でできている。なんと素晴らしいシンプリシティ!

パラシュートのようなお腹と足につけた4つのシジミ貝のおかげで、いつも足を下に着陸する。すごい!

店を出たら、あちこちに奴が見えるようになった‥‥。これは地下鉄の通路。

そして路上にも。いつまで追いかけてくるんだろう?!

──

文・写真・デッサン:フィリップ・ワイズベッカー
翻訳:貴田奈津子

フィリップ・ワイズベッカー氏
写真:貴田奈津子

Philippe WEISBECKER (フィリップ・ワイズベッカー)
1942年生まれ。パリとバルセロナを拠点にするアーティスト。JR東日本、とらやなどの日本の広告や書籍の挿画も数多く手がける。2016年には、中川政七商店の「motta」コラボハンカチで奈良モチーフのデッサンを手がけた。作品集に『HAND TOOLS』ほか多数。

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贅沢禁止令から生まれた、江戸の豆おもちゃ

ワイズベッカーさんのエッセイに続いて、連載後半は、江戸のおもちゃの成り立ちやワイズベッカーさんと共に訪ねた助六のこと、ずぼんぼ製作の裏側などを、解説したいと思います。

こんにちは。中川政七商店の日本市ブランドマネージャー、吉岡聖貴です。

「江戸趣味小玩具」という言葉をご存知でしょうか?

江戸趣味小玩具とは、江戸時代より浅草に伝承されている精巧な細工を施したこぶりなおもちゃ。「豆おもちゃ」と呼ばれます。誕生のきっかけは、八代将軍吉宗が出した「奢侈禁止令」といわれる贅沢禁止令でした。

この法令により、裕福な町人が楽しんでいた大型の玩具や豪華な細工の施されたおもちゃはご法度に。

その代わり、江戸時代の人はできるだけ小さなサイズの玩具に精巧な細工を施したり、言葉遊びを取り込んだ江戸趣味の小玩具を作り、こっそり楽しむようになったそうです。

貧しくとも心豊かに暮らそうという江戸っ子らしさだったのかもしれませんね。

そんな江戸趣味小玩具を現在でも扱う店は、全国で浅草に1軒のみ。仲見世宝蔵門前の「助六」が今回の目的地です。

浅草寺の雷門をくぐった先にある、日本で最も古い商店街の一つ「仲見世」

浅草寺の境内には、昔から数々の郷土玩具があったようですが、震災や戦争による焼土、戦後のめまぐるしい変化を経て廃絶した品も多くある中で、助六では今もなお力強く残っているものや、復活したものなどを見ることができます。

日本で唯一の江戸趣味小玩具の店

助六は江戸末期創業。今から約150年前の1860年代、初代木村八十八氏が浅草寺宝蔵門前の現在の地に玩具店を出したのが始まりだそうです。現在は5代目の木村吉隆さんと6代目の息子さんを中心に、家族5人でお店を経営されています。

豆玩具を見つめるお客さんで賑わう助六
5代目店主の木村吉隆さん

まず圧倒されるのは、9平米しかないという店内にびっしりと並んだ豆玩具の数。伺うと、現在約3500種類が揃っていて、戦前は加えて全国の玩具も扱っていたそうです。

これらは全て助六のオリジナルで、それぞれ担当の職人がつくっています。40年前に5代目が店を継いだ時、玩具をつくる職人は約50名いたそうですが、高齢化や後継者不足で減り、現在は23名の手で作られています。

シジミの蹄をおもりにゆらり、ゆらり

今回のお目当てであるずぼんぼは、紙製の江戸玩具の一つ。江戸時代から浅草寺門前で売られていたことが、江戸・明治期の書物に記録されています。

明治に入って以降、何度か廃絶と復活が繰り返されたようですが、昭和期に再度復活してからは東京の郷土玩具として残り続けています。現在、助六では「獅子舞」と「虎」の2種類が並びます。

全国に紙製の郷土玩具は数多くありますが、それらは前回紹介した赤べこと同じ張子製がほとんどであり、ずぼんぼのように紙を折って作る玩具は、珍しいものです。

今回は特別に、ずぼんぼを作られている職人の森川さんに、製作工程を見せていただきました。

現在ずぼんぼを作られている森川さん

まずは黒い模様を印刷した黄色の色紙を切り取り、長方形の箱型に組み立てて糊付けし、「胴体」をつくります。

次に、「足」を取りつけるため、蹄に見立てたシジミ付きの赤い色紙を、胴体の四隅に糊付けします。

そして、模様が描かれた黄色い色紙で頭部と尾をつくり、胴体に糊付けして完成です。

切り取られた胴体のパーツ
組み立てた胴体 (奥) とシジミに赤紙を付けた足のパーツ (手前)
胴体の四隅に足を貼り付ける
顔と尾を貼り付けてずぼんぼの虎が完成

シジミ貝を蹄に見立てた足がなんとも特徴的です。「以前は、隅田川沿いにある浅草でもシジミが捕れたため材料に使用したのではないか」と森川さん。

遊び方は、ずぼんぼを屏風や部屋の角など衝立となるものの前に置き、団扇であおぐことで、胴体の箱に風が入ってふわりと宙に浮きます。4本の足につけられたシジミ貝が錘の役割を果たし、飛び上がってしまうことなく空中で微妙に揺れ動くのです。

また、ずぼんぼとは、獅子舞の囃子言葉からきたもので、明治期の書物によると、これを見ている周囲の人たちは「ずぼんぼ ずぼんぼ」と手拍子を打って囃したそうです。

飾り気はなく、風の流れを目に見える形で楽しませる。この単純ながら優れた玩具は、宴席の余興として、粋な江戸っ子に愛されたことでしょう。

勇敢な動物だけがずぼんぼになれる?

「ずぼんぼ」の由来は、獅子舞のときの囃子詞だと言われています。今回取り上げたのは虎ですが、江戸時代の文献には虎の存在は確認できないため、当初のずぼんぼは獅子の形をしたものの一種ではなかったかと考えられます。

このことからも、獅子舞の際の囃子詞を玩具の名前に用いたといってよさそうです。

「ずぼんぼ」の言葉の意味は、木村さんの推測では「すっぽんのことだったのではないか」とのことですが、残念ながら判然とした答えがありません。(ご存じの方がいらしたら、ぜひ教えてください!)。

いずれにせよ、獅子や虎などの勇敢で強い動物をモチーフにしたずぼんぼは、「江戸のおもちゃは子どもの健康を願ってつくられた」という木村さんの言うとおり、どんな苦難にも負けずたくましく成長してほしいという子どもへの願いが込められたものだったのかもしれません。

次回はどんないわれのある玩具に会えるでしょうか。

「フィリップ・ワイズベッカーの郷土玩具十二支めぐり」第3回は東京・ずぼんぼの虎の作り手を訪ねました。それではまた来月。

第4回「石川・金沢のもちつき兎」に続く。

<取材協力>
助六
東京都台東区浅草2-3-1
営業時間 10:00~18:00 (定休日なし)
電話 03-3844-0577

罫線以下、文・写真:吉岡聖貴

芸術新潮」12月号にも、本取材時のワイズベッカーさんのエッセイと郷土玩具のデッサンが掲載されています。ぜひ、併せてご覧ください。

当選者がついに決定!「漆琳堂×TOKYOBIKE 漆塗りエディション」贈呈式

こんにちは。ライターの石原藍です。

2017年10月12日(木)〜15日(日)、福井県鯖江市河和田 (かわだ) で工芸産地のイベント「RENEW×大日本市鯖江博覧会」を行いました。

「RENEW」は、普段は見ることのできない工房が特別に開放され、ものづくりの現場を見学・体験できる、体感型マーケット。3回目となる今年は中川政七商店が主催する、地元工芸の再評価と産地へ人を呼び込むための工芸の祭典「大日本市博覧会」とのコラボが実現し、約4万2000人もの方々に足を運んでいただきました。

注目の的だった漆塗りの自転車 

今回、「RENEW×大日本市鯖江博覧会」の公式アプリとして採用されたのが、中川政七商店が運営するウェブメディア「さんち~工芸と探訪~」のスマートフォン用アプリ「さんちの手帖」

位置情報をONにして、会場内の見どころを回ると「旅印(たびいん)」と呼ばれるオリジナルの画像を取得することができます。集めた「旅印」の数に応じてもらえる会場限定のプレゼント企画が大変好評でしたが、なかでも大きな注目を集めた景品は、「漆琳堂×TOKYOBIKE 漆塗りエディション」でした。

創業1793年から続く越前漆器の老舗・漆琳堂(しつりんどう)とスタイリッシュな自転車で人気のtokyobike(以下トーキョーバイク)が手がけたこの漆塗りの自転車は、職人の繊細な技で丁寧に塗られた逸品。今回の景品としてプレゼントされるということで、イベント開催前から大きな話題を呼んでいました。

漆塗り自転車の抽選権を得ることができるのは、会場内の見どころ83箇所のうち、80箇所分の旅印を集めた人だけ。なんと6名の方が80箇所分の旅印を集め、抽選権を獲得されました。

会場内の見どころに近づくとアプリからお知らせが届き、旅印を取得することができます

厳正なる抽選の結果、当選したのは福井県鯖江市在住の横井陽子さん。イベントにはご家族で参加し、ご主人も「さんちの手帖」アプリをダウンロードして一緒に回られたそうです。

11月某日、気持ちの良い秋晴れのなか横井さん一家にお越しいただき、漆琳堂にて贈呈式が行われました。

中央が横井さん一家。奥様のワンピースは自転車のボディ、ご主人のシャツはサドルと、それぞれ自転車のカラーに合わせてくださったそう
漆琳堂8代目であり、塗師(ぬし)の伝統工芸士でもある内田徹さんから、横井さんに漆塗りの自転車が手渡されます

実は1年以上前から自転車がほしかったという横井さんご夫妻。2人でいろいろなメーカーの自転車をくまなくチェックしていたそうです。写真からも嬉しそうな表情が伝わってきますね。

「RENEW×大日本市鯖江博覧会」を振り返る

では、ここからは横井さんに「RENEW×大日本市鯖江博覧会」に参加した感想をうかがっていきましょう。

──「RENEW×大日本市鯖江博覧会」のイベントをどこで知られたのでしょうか?

「近くでおもしろそうなイベントがあるよ」と友人に教えてもらいました。普段から鯖江で開催されるイベントには足を運んでいたので、今回もぜひ参加しようと思って。武生 (たけふ) の龍泉刃物さんから始まり、83箇所すべてを回りました。

インタビューに答える横井さん

──アプリを使ったきっかけは?

トーキョーバイクさんのレンタル自転車に試乗して、主人が「この自転車はいい!ほしい!」と気に入ったのがきっかけでした。これまで本当にたくさんの自転車をチェックしていたのですが、イメージに合うものがなかなか見つからなくて。「さんちの手帖」アプリはイベントに参加してすぐダウンロードしましたが、トーキョーバイクの自転車が当たることを知り、イベント途中から本格的に活用し始めました。

特に自転車の色が気に入ったという横井さん。漆琳堂オリジナルカラー、モスグリーンの漆が施されています

──自転車を獲得するには80箇所もの見どころを回る必要がありましたが、いかがでしたか?

「自転車がほしい!」という熱量は誰よりもあったとは思いますが….80箇所は多いですよね (笑)。でも、今まで行ったことのないお店や普段見ることのできない工房を回りながら、スタンプラリーのように「旅印集め」も楽しむことができました。

うちは子どもがいるので、大人も子どもも一緒に楽しむことができるのはよかったです。ただ回るだけだったら、80箇所はまず無理だったと思います。

あとは、見どころに関連した記事が読めるのもよかったです。もちろん漆琳堂さんの記事も読みましたよ!地元にいても伝統工芸にふれる機会は意外に少ないので、アプリを通して知るきっかけにもなりました。

見どころに立ち寄るだけでは聞けない話が記事になっているので、20~30代の方も伝統工芸に興味を持ってもらいやすいと思います。

──ズバリ、「RENEW×大日本市鯖江博覧会」の率直な感想をお願いします!

普段近くに住んでいるのに、河和田に一日中いたのは初めてだったんです。小さいお店や大きいお店、地元ならではの雰囲気を感じることができたのはとても良かったです。ちょっと離れた場所でも自転車で行くことに楽しさを感じて、全ての見どころを回ることができました。

「さんちの手帖」アプリを使ったイベントは、ほかの地域でもやっていると聞きました (「RENEW×大日本市鯖江博覧会」の1週間前には「燕三条 工場の祭典」が開催されていました) 。これからもこういうイベントがあれば、ぜひ参加したいですね!

──ありがとうございました。早くこの自転車を乗りこなして、買い物や職場にも乗って行きたいという横井さん。漆塗りの自転車で、これからのお出かけが一層楽しくなりそうですね。この度はご当選おめでとうございました!

これからたくさん乗ってくださいね!

<取材協力>
漆琳堂
福井県鯖江市西袋町701

0778-65-0630

<福井県内でのトーキョーバイク取り扱い店舗>

店舗前の自転車

サンテラボ 高柳店
〒910-0837 福井県福井市高柳1-406
TEL:0776-63-5782
営業時間:平日11:00-19:00 土日祝日10:00-19:00
定休日:無休


文:石原藍
写真:山口綾子、石原藍、RENEW