連休前に揃えたいトラベルギア「TO&FRO」。羽のような軽さの秘密に迫る

突然ですが、みなさんは旅行に行く時、どのように荷づくりしていますか?

着替えや洗面道具、パスポートやデジタル機器など、ぐちゃぐちゃになりがちな荷物を整理するために収納袋やポーチを使うことは多いですが、その袋自体が意外とかさばってしまうという経験がないでしょうか。

日本三大繊維産地の一つ、石川県かほく市で誕生したトラベルギア・ブランド「TO&FRO (トゥーアンドフロー) 」のオーガナイザー (収納袋) は、薄くて丈夫、かつ重さを感じないほど軽く、一度使うとファンになる人も多いのだとか。
今回はそのオーガナイザーに隠された秘密を探ってきました。

「TO&FRO」のオーガナイザーは“軽量・コンパクト”がコンセプト。一体どれほど軽いのでしょうか?

世界に誇る、軽量織物の技術

「TO&FRO」を手がけているのは、1950年の創業以来テキスタイルの開発を続けている株式会社カジレーネ。ナイロンやポリエステルなどの合成繊維を使った長繊維 (ちょうせんい) 織物を生産していますが、なかでも「軽量織物」の分野では、業界トップクラスの実績を誇ります。世界的に有名なアウトドアブランドや大手アパレルメーカーの商品にも、実はカジレーネの生地が多数使われています。

織物だけでなく、糸加工 (カジナイロン) や編物 (カジニット) 、縫製 (カジソウイング) 、繊維機械・機械部品製造 (梶製作所) を専門とする国内外7つのグループ企業があるため、一貫した生産ができることも大きな強み。「MADE IN JAPAN, MADE IN ISHIKAWA」にこだわり、さまざまなプロダクトを生み出しています。

カジレーネのグループ企業「カジナイロン」のエントランスには「TO&FRO」の製品がずらり

何でも入れられる気軽さが魅力

今回、案内してくださったのは、「TO&FRO」のブランドマネージャーである砂山徹也さん。「TO&FRO」の名づけ親でもあります。

「『TO&FRO』は昔使われていた熟語で“行ったり来たり”という意味があるそうです。この商品と一緒に気軽に旅に出てほしい。そんな想いを込めました」

「TO&FRO」のオーガナイザーはXS、S、M、Lの4サイズ。畳んだワイシャツが折り曲がらず入るMサイズの重さはたったの26グラムと、世界最軽量 (2014年、カジレーネ調べ) を誇ります。

それまで最軽量と言われていた同じサイズの他社製品 (右) から、およそ3分の2の軽さまで軽減

SにはXSがちょうど4個、MにはSが2個、LにはM2個がぴったり入り、それぞれのサイズを組み合わせることで機能的にパッキングできるのも魅力的です。

これならカバンのなかで荷物が迷子になることもなさそうです

手のひらにおさまるサイズでパッケージされたかわいいボックスはギフトにもおすすめで、海外からの旅行客にも大人気だそうです。

人気のピンクシリーズは羽田空港店限定アイテム

何でも入れられる気軽さと便利さ、そして豊富なカラーラインナップゆえに、つい何個も揃えたくなります。おすすめの使い方などあるのでしょうか?

「SサイズやXSサイズは旅行の時だけでなく、ポーチ代わりにして普段使いされている方も多いですね。僕は子どものオムツや着替えをSサイズに入れて使っていました。出産祝いでも喜ばれると思いますよ」と砂山さん。
シーンを問わず使いやすいのも、人気の秘訣なのかもしれません。

生地の秘密は糸にあり

ここからは世界最軽量の秘密に迫ります。「TO&FRO」で使われているのは、カジレーネが誇る最軽量のオリジナル生地、「humming Bird (ハチドリ) 」。

“鳥のように自由に旅に出てほしい”という思いから誕生したこの生地は、丈夫でシワになりにくく撥水性もあるので、旅行だけでなく海やプールなどの水遊びにも便利です。

生地の要となるのは、グループ会社であるカジナイロンが生み出した糸。ナイロンやポリエステルなど、合成繊維の超極細糸を独自の技術で加工を施し、これをカジレーネで織り上げることで、オーガナイザーとしては世界最軽量の生地が誕生します。

生地の裂け防止のため「リップストップ」という特殊な織り方をしています

さらに、合成繊維でできているにも関わらず、ほんの少しだけストレッチ性もあるそうです。

「生地に使われている糸は『かさ高加工』を施しています。熱を加えながら合成繊維を引き伸ばし、一旦撚り (ねじること) を加えたものを元に戻すことで、中の繊維一本一本が縮んでかさ高になるのです。パーマをかけた毛髪のようなイメージですね。」

よく見ると、糸がすこし縮れているのがわかりますか?

生地のクオリティを決める経糸 (たていと)

先ほどの縮れた超極細糸が、どのように世界最軽量の生地になっていくのでしょうか。早速、砂山さんに工場を案内していただきました。

「TO&FRO」の製造工程で一番重要なのは、織物の縦に張り渡した「経糸」の下準備。経糸は一本でも不備があれば、生地全体のクオリティに影響を与えるため、下準備にかなりの時間をかけます。

まずは、「整経」という糸を巻き取る作業からスタート。クリールという機械から約1000本の糸を引き出し、ビームと呼ばれる大きな糸巻き棒に巻きつけていきます。

ミシンのボビンを大きくしたようなものが壁一面に。ここから糸が引き出され、一箇所に巻きつけられます
この細かい線はすべてナイロンの糸
均等な張力で伸ばしながら巻きつけていきます

約1000本もの糸が一箇所に集められた後は、磨耗や断絶を防ぐため、糸にコーティング(糊付け)を施し、最終的に織物の幅に必要な1万本以上の糸が、ビームに巻きつけられていきます。

1万本の糸がビームに巻きつけられていきます。細かすぎて見えません

今度はビームに巻きつけられた糸が絡まず一本一本まっすぐ並ぶよう、糸と糸の間に綜絖 (そうこう) と呼ばれる針のような器具を差し込んでいきます。気の遠くなるような作業です。

糸を綜絖に通しながら糸の本数もカウントしていきます
1本1本きれいに張り巡らされた経糸

地道な作業を経て、ようやく織物の下準備が完了します。ここまでの作業で数週間かかることも。そして経糸が準備できたら、ここからが「織り」の工程です。織機がある場所に移動すると、バタバタとものすごい音が。工場内では262台もの織機が休むことなく動き続けています。

ノンストップで動き続ける織機。この振動エネルギーを発電に活かすことも考えているそう

先ほどきれいに揃えられた経糸の間を横糸が通っていきます。横糸を通す動力はなんと「水」。工場の付近は地下水が豊富なことから、汲み上げた地下水をウォータージェットに利用しているそうです。

天然繊維と違い、合成繊維は水の影響を受けにくいことも、ウォータージェットを使う理由の一つ
50反 (約2500メートル) の生地であれば、2週間ほどで織り上げることができます

こうしてようやく完成‥‥ではありません。ここからは、人の目で生地に不具合がないか確認をしていきます。側から見ていると何の問題もない美しい生地に見えるのですが、プロの職人たちは一瞬で生地の具合を見極め、気になる箇所を見つけると印をつけていきます。

1枚ずつ生地を広げ、隅々まで目を凝らしてチェックしていきます

ついに出来上がった「TO&FRO」の生地。ここから協力工場の元へ運ばれて染色を施し、縫製を経て完成です。

出来上がったばかりの生地

織るまでにこんなにも時間と手間がかかるとは‥‥。オーガナイザーの生地が出来上がるまでを見せていただき、織物の魅力にすっかり引き込まれた私。

見学後に早速オーガナイザーを購入し、後日海遊びに持っていったのですが、夕立に遭ってもオーガナイザーの中身はまったく濡れていませんでいた。あらためてこの生地のクオリティの高さに驚きです。

「TO&FRO」にはオーガナイザーのほかにも、水を弾き、湿気を逃すオリジナル生地を使ったレインコートやバッグ、肌ざわり抜群のピローなど、旅に重宝しそうなアイテムが揃っています。みなさんも、旅のおともにいかがですか?

<取材協力>
株式会社カジレーネ
石川県かほく市高松ノ75−2
株式会社カジナイロン
石川県金沢市梅田町ハ48
http://toandfro.jp

<掲載商品>
ORGANIZER M (TO&FRO)

文・写真:石原藍

この記事は、2017年8月8日公開の記事を、再編集して掲載しました。連休の準備はお早めに!

なぜ「お正月には凧あげて独楽をまわして」遊ぶのか?

街中を歩くと、あちこちで独楽モチーフのものが目に入ってくる佐世保。前回は、そんな独楽づくしの街を歩きながら、巨大モニュメントやお菓子、街灯など、いろんな姿になった佐世保独楽を見てきました。

今回は、その佐世保独楽を唯一作り続けている佐世保独楽本舗さんを訪ねます。

佐世保独楽本舗外観
佐世保独楽本舗
入り口のランプも佐世保独楽

佐世保独楽本舗さんにお邪魔すると…

佐世保独楽本舗内観

独楽がずらり!

佐世保独楽本舗の独楽

街中で見かけたものと同じ形です。

佐世保独楽

「関東や関西から来たお客さんに普通の独楽ないですかって聞かれるんだけど、うちらにとってはこれが普通なんですよ」と迎えてくれたのは、佐世保独楽本舗3代目の山本 貞右衛門さん。

佐世保独楽本舗3代目の山本 貞右衛門さん
佐世保独楽本舗3代目の山本 貞右衛門さん

佐世保独楽は遊び方もユニーク

やっぱり気になるのは、別名「喧嘩独楽」とも呼ばれる佐世保独楽の遊び方。早速、山本さんに遊び方を教えてもらいました。

基本的なルールは簡単。最後までまわり続けている独楽が勝ちです。独楽をぶつけて“喧嘩”させるのは、相手の独楽の回転を弱めて止めるためだそう。

まずは、紐を独楽の下部に巻き付けます。ここまでは想像通り。

佐世保独楽

でも、佐世保独楽は形だけでなく、投げ方もユニークでした。

紐を巻き付けた方をそのまま上にして独楽を投げるのです。

そして、次の掛け声をみんなで唱えて独楽をいっせいに放ちます。

「息長勝問勝競べ(いきながしょうもんしょうくらべ)!」

音だけ聞いたら、まるで何かの呪文のようですが、この掛け声には「どれだけ長く独楽をまわせるか勝負しよう」という意味と、「勝問」=「証文」から「証文を入れるくらい、本気で勝負しよう」という意味が込められているのだとか。

佐世保独楽
最後までまわり続けている独楽は、「天下一」の称号を得ることができる
佐世保独楽

お正月に独楽をまわすのには理由があった

独楽を何度か投げているうちに体がポカポカに。体を動かして温まることから、独楽まわしは冬の遊びなんだそう。

「昔からある遊びって季節もの。独楽まわしを夏にしたら汗をかいて暑くてできない。夏におしくらまんじゅうしているのと一緒ですよ。だから、独楽は冬にしか遊ばないんです」と山本さん。

何気なく歌っていた唱歌『お正月』の一節、「お正月には凧あげて独楽をまわして遊びましょう」は、まさに冬の情景をそのまま歌詞にしたものだったんですね。

佐世保独楽の遊び方

遊びが子どもの社会性を育む

「僕らの時代は、幼稚園の子から中学生まで、みんなで独楽で遊んでましたね。佐世保で55歳以上の人はみんな、子どものころ独楽をまわして遊んでいたはず。そこで色んな経験をして勉強するんですよ」と山本さんは懐かしそうに話してくれました。

小さいころは勝てなくて悔しい思いもするけれども、遊ぶ中でルールを守ることを覚え、社会性を身につけていくことができたのだそう。

「だから、大人になっても仲良しで、地域の色んな活動を一緒にできるんですよね」

独楽をまわす文化を残すために

ところが、20年ほど前から子どもたちが独楽を買いに来ることがなくなってしまったといいます。

佐世保独楽本舗
最盛期のころの写真。作り途中の独楽がずらり

「『これは何とかせんといかんね』と思って、お正月に独楽まわし大会を開くことにしたんです。やっぱりこの地方の文化として残したくて」と山本さん。

佐世保独楽
佐世保独楽本舗の隣にある公園には、独楽まわし用の土俵も!

独楽まわし大会は、なんと今年で14回目。はじめこそ50人程度だった参加者も、今では150人を超える大きな大会になっているとのことです。

佐世保独楽本舗の番付表
お店の前に飾られている独楽の番付表。よく見ると、外国の方の名前もたくさんあります

独楽が架け橋となる異文化交流

この独楽の番付表が物語るように、佐世保独楽本舗を訪れるお客さんは国籍もさまざま。日本人のお客さんは半分ほどだそうです。取材中もひっきりなしにお店にやってきては、店内で英語が飛び交っていました。

佐世保独楽本舗
慣れた様子でオーダーを受ける山本さんの奥さん

基地で働いている方が帰郷の記念品やお土産として購入することが多いといいます。オーナメントとして飾るものという認識が強いのか、独楽のまわし方を教えてあげると、まわせることに驚きつつも楽しんでくれるそう。

佐世保独楽本舗
店内には船の記念メダルをつけた独楽も

店内には絵付け体験ができるスペースもあり、朝から晩まで夢中になって絵付けをする外国のお客さんもいたんだとか。

佐世保独楽本舗の絵付け体験スペース

外国の人をも虜にする佐世保独楽。いよいよ次回は、佐世保独楽が生まれる現場に足を踏み入れます。

<取材協力>

佐世保独楽本舗

長崎県佐世保市島地町9-13

0956-22-7934

http://sasebokoma.jp/

文:岩本恵美

写真:尾島可奈子、藤本幸一郎

ツバメノート、なぜ黒澤明もみんなも愛するのか。製造現場を見てわかったこと

みなさんには「手離せない文房具」はありますか?100均やコンビニでも手軽に買える文房具ですが、自分にあったものとなると、なかなか出会えないものです。

そんな中で、ノートはこれ、万年筆はこれ、と指名買いされる文房具があります。手離せない理由はどこにあるのか?身近で奥深い、文房具の世界に分け入ってみましょう。

第1回目:ノート

故・黒澤明監督が愛用し、2012年にはグッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受賞した大学ノートがあります。

クラシックなデザインと抜群の書き味で人気の「ツバメノート」。支持される理由を、東京・浅草橋のツバメノート本社にて、代表取締役の渡邉精二さんに伺いました。

お話を伺った株式会社ツバメノート代表取締役の渡邉精二さん

ツバメノート株式会社は初代・渡邉初三郎さんが1947年(昭和22年)に東京・浅草橋に創業。ツバメノートは創業当初からのロングセラー商品ですが、その顔とも言えるデザインは、不思議な巡り合わせで生まれたそうです。

手離せない理由その1、いわくつき?のデザイン

ツバメノート

ある日、事務所にふらりと1人の男性が入ってきます。どうやら易者(占い師)さんで、ふと惹かれてこの建物に入ったが、実はデザインも手がけている、と言う。

そこで男性にノートの表紙デザインの提案をさせてみたところ、創業者であった初三郎さんが気に入り、それが現在のツバメノートの表紙になった、というのです。

2代目を継いだ渡邉さんに言わせれば「いわくつき」の表紙とのことですが、今ではすっかりツバメノートを代表する顔。ノート業界でこれほどデザインを変えないノートも珍しいそうです。変えようと思ったことはなかったのですか?と伺うと、支持されているから変えていません、とシンプルな答えが返ってきました。

ちなみに表紙のワンポイントになっている金の箔押しマークにも秘密が。

箔押し

WはB5版、HはA5版を指すコードです。なんの略字かといえば、Watanabe Hatsusaburo。創業者、渡邉初三郎さんのイニシャルから取っていたのですね。

下の「50S」は50Sheet(50枚)の意味。「自信がなければ自分の名前を商品になんてつけられません。俺が作ったノートだよ、世界に誇れるんだよという気概の現れですよね」と語る渡邉さん。

「そろそろ自分のイニシャルをつけたノートも出してみたいんだけどね、はっはっは」と朗らかです。

ちなみに渡邉さんの胸にはノートと同じ、ツバメマークのピンバッジが。社員さんは皆つけているそうです。かわいらしく、ちょっと欲しくなってしまいました
ちなみに渡邉さんの胸にはノートと同じ、ツバメマークのピンバッジが。社員さんは皆つけているそうです。かわいらしく、ちょっと欲しくなってしまいました

手離せない理由その2、春と秋だけに漉くフールス紙

初代初三郎さんがそれだけの自信を持ったのには、訳がありました。ツバメノートの書き味を支える、中性フールス紙の開発。表紙をめくると、そこには自信のほどが使い手へのメッセージとなって記されています。

裏表紙

フールス紙とはもともとイギリスから入ってきた筆記用の紙の一種。当時流通していたものは、万年筆で書くとインクがすぐに乾かず手を汚したり、にじんだり。使う人は都度すい取り紙で書いたところを押さえてやり過ごしていたそうです。

これをなんとか改良できないか。さらに、当時の紙はもっぱら酸性で、日焼けするとボロボロになってしまう難点がありました。こうした当時の紙の弱点を解消すべく、製紙会社さんと独自に研究を重ねて生まれたのが1万年以上持つという「中性フールス紙」でした。

「創業者はよく『これからは高齢者の時代だ』と言って罫線の幅の広いノートを開発したり、『これからは中性紙だ』と言って中性フールス紙を開発したり、『これからは』というのが好きな人でした。

当時紙の開発を頼んだ製紙会社さんも、その頃『これからの日本のいい紙を作ろう』と燃えている時で、うちの目指すものと合致したんですね」

開発に成功した当時「この紙は設計上1万年以上だってもちますよ」と語った製紙会社さんは、今はもうないそうですが、現在紙づくりを頼んでいる製紙会社さんも、ツバメノートの紙は春と秋にしか作らないのだそうです。

「紙づくりには水が欠かせませんが、その水温や水中のバクテリアが紙づくりに影響するためのようです。私たちが指定したのではなく、ツバメさんのノートの紙はこの条件で作らなければ、と自発的にやってくださっています。ありがたいことですね」

手離せない理由その3、なめらかな書き味を支える水性の罫線

書きやすさを支える、大切な要素がもうひとつあります。それが罫線。一般的な罫線は油性で、完全には紙に染み込まないため、紙の断面図でみると線の部分が凸になっているそうです。

つまり筆記用具の先が線をまたいだ時に、わずかながら引っ掛かりが生まれます。それを避けるため、ツバメノートの紙面は水性インクを使った「罫引き」という手法で罫線が引かれています。ノートづくりの工程のうち、唯一撮影を許された罫引きの現場をご紹介します。

井口ケイ引き所

ツバメノートさんから徒歩圏内にある井口ケイ引所さん。もう新しい機械は生産されていないという貴重な罫引きの機械が、ガチャンガチャンと音を立てながら稼働していました。うず高く積まれている紙が、ヒュンヒュンと機械の中に吸い込まれていきます。

機械

紙を運んでいるのは糸。上下2本の糸の間に挟まれて紙が送られ、機械の中心部でローラーを通過します。

紙が機械の中心部に近づいてきました
紙が機械の中心部に近づいてきました

ローラーにはノートの罫線の幅に合わせて凹凸があり、凸部分にインクがついています。計4本のローラーを通る間に、紙にはあっという間に罫線と目盛りが両面印刷されるという複雑な機械です。

まずは目盛りを入れるローラーを通過。下段のクリップで押さえてある箱がインク入れ。隙間のピンクがかったところはゴム製のローラー。ここにインクが移し取られ、さらにその上の罫線を引く金属製のローラーにインクがのる、という仕組みです
まずは目盛りを入れるローラーを通過。下段のクリップで押さえてある箱がインク入れ。隙間のピンクがかったところはゴム製のローラー。ここにインクが移し取られ、さらにその上の罫線を引く金属製のローラーにインクがのる、という仕組みです
続いていよいよ罫線を引くローラーへ。糸の間を縫って、回転するローラーの凸部分についたインクが罫線を引いていきます。ノートの幅に合わせて、ローラーに隙間があります
続いていよいよ罫線を引くローラーへ。糸の間を縫って、回転するローラーの凸部分についたインクが罫線を引いていきます。ノートの幅に合わせて、ローラーに隙間があります
これがインク。万年筆を思わせる色合いで、使うのはこの一色だけだそうです
これがインク。万年筆を思わせる色合いで、使うのはこの一色だけだそうです
インクがすぐ乾くよう、紙を送る土台にはヒーターが入っています
インクがすぐ乾くよう、紙を送る土台にはヒーターが入っています

もちろん罫線の幅や紙のサイズはノートの規格によって違うので、ローラーの種類も規格の数だけあります。機械の上には箱入りのローラーがたくさんストックされていました。全て鋳型で作られているそうです。

線を引くローラーが入った箱。年季が入っています
線を引くローラーが入った箱。年季が入っています
インクをこまめに補充したり、混ぜ合わせる必要があります。機械を動かすうち、井口さんの指先は真っ青に
インクをこまめに補充したり、混ぜ合わせる必要があります。機械を動かすうち、井口さんの指先は真っ青に

「罫引きにも弱点があって、オフセット印刷のように版で印刷をするわけじゃないから、目盛りの位置がページごとにちょっとずれるんです。

問題になって1度は目盛り自体をなくしたのですが、お客さんから『多少位置がずれても、飾りでいいから無くさないでほしい』との声を多数頂いて。また復活させました」

確かによく見ると、目盛りのスタート位置がページによって違います
確かによく見ると、目盛りのスタート位置がページによって違います

ツバメノートの罫線はよく見ると線の幅にもわずかな揺らぎがあります。そうした、ある意味での不完全さが、かえって使い手に安心感を与えるのかもしれません。

今ツバメノートの罫引きができるのは、井口さんお一人だけ。「うちで後継者を1人入れると約束しています」と、帰り道の渡邉さんは真剣な表情でした。

撮影の合間も「あの紙は…」と紙談義。渡邉さん、おしゃれです
撮影の合間も「あの紙は…」と紙談義。渡邉さん、おしゃれです

手離せない理由その4:かみは細部に宿る

渡邉さんにお話を伺っていると、今までに開発された商品がどんどんテーブルの上に出てくるのと同時に「お客さん」というワードがよく出てきます。

「うちの紙は目にやさしいよう蛍光染料を使っていません。そうするとお客さんから『仕事での目の疲れが1時間分くらい違う』と言われてね」

「ツバメノートは糸綴じです。ホチキスですと、年中書いてめくっているようなお客さんだとすぐに破けちゃいますから」

「ノートの表紙は通常は1枚の紙です。ところが100枚綴りくらい分厚いと『使っているうちにどうしても表紙が破れてしまう、どうにかならないか』とお客さんからの声があって、紙を2枚貼り合わせる裏打ちという方法を取っています」

ノートを買った人から、以前は直接ハガキで、今はFAXで様々な声が届くそうです。それを一つひとつ読み、必要だと思ったことはすぐに改良や新商品開発につなげてきた、と渡邉さんは話します。

そうして生まれてきたアイテムは、「斜めに書く癖のある人のためのノート」や設計の仕事をする人のための「設計ノート」など実にユニーク。これだけ定番の人気アイテムがあるのに、毎年新しいノートの開発を重ねているそうです。

罫線が斜めに引かれています!
罫線が斜めに引かれています!
手書きのおすすめレター、味があります
手書きのおすすめレター、味があります
高岡銅器の銅板を表紙にした新作
高岡銅器の銅板を表紙にした新作

そもそも「ツバメノート」という社名も、ツバメさんという営業担当の人が営業先で大変な人気で、商品が「ツバメさんのノート」と呼ばれていたことから「そんなにお客さんに愛されているなら」と社名に採用したとのこと。

思えば1万年もつと言われる紙が生まれた経緯も、罫線が水性な理由も紙が糸綴じな理由も、全てノートを使う人の使い勝手をじっと考えてきて生まれた答え。

「ノートを大事にしてくれる人、喜んでもらえる人に使って欲しいな」と語る渡邉さんですが、きっとそうした細部の便利さが、文房具はダイレクトに使う人に届くのだろうと思います。

子どもの頃、文房具は自分のお金と自分の好みで選べる唯一の道具、特別な買い物でした。大人になった今だから一層、数百円のノートの中に詰まった様々なアイディアや工夫を、嬉しく思うのかもしれません。

身近なものだからこそ大切にしたい、と思う使い手と作り手とが共鳴しあって、ツバメノートは手離せない文房具になっているように感じました。

<取材協力>
ツバメノート
http://www.tsubamenote.co.jp/


文・写真:尾島可奈子

この記事は、2017年2月24日公開の記事を、再編集して掲載しました。新学期にぜひ「手離せない文房具」を選んでみてはいかがでしょうか