隆太窯のうつわが愛される理由。クラシックが流れる作陶場を見学

唐津へ行くならまずここへ、と必ず名の挙がる場所があります。

隆太窯 (りゅうたがま) 。

焼き物の里、唐津を代表する窯のひとつです。開いたのは唐津焼の名門、中里太郎右衛門十二代の五男として唐津に生まれた中里隆 (なかざと・たかし) さん。現在は息子の太亀 (たき) さんとともに器づくりを続けています。

不思議だったのは、聞いた人誰もが器を「買ったほうがいい」ではなく「まず、行ったほうがいい」という薦め方をすること。

なにか、器だけでない魅力がありそうです。早速行ってみました。

JR唐津駅から車でおよそ15分。日本海に向かって町が開けている唐津ですが、そんな海の気配は微塵も感じられない山中をどんどんのぼっていったところに、隆太窯の看板が見えてきます。

立派な石の門標と登り窯が入口で迎えてくれる
立派な石の門標と登り窯が入口で迎えてくれる

道なりに進むと、急に景色が開けました。

山の斜面を下りたところに、材木置き場や工房と思われる建物が点々と建っています。木々の間から瓦屋根がのぞき、窯元にきたというより、まるで小さな集落にやってきたような気分です。

隆太窯
登り窯用の薪置き場の手前を小川が流れる
登り窯用の薪置き場の手前を小川が流れる

道を下ってまずギャラリーへ。思わず歓声をあげました。

ギャラリー

照明を抑えめにした室内に、立派なステンドグラスを通して光が差し込んできます。空間をぐるりと囲むように、器が静かに並んでいます。

こちらは太亀さんの器

後で聞いたところによると、はじめからギャラリーにはステンドグラスを入れるつもりで、逆光を生かせるように隆さんが建物のつくりを考えたそう。

1974年にこの見借 (みるかし) という地に窯を開くまで、そして今も、国内にとどまらず海外でも作陶をされている隆さん。その経験もあってか、どこか空間に日本離れした雰囲気があります。

ステンドグラス

来たお客さんも心地よさそうに、静かにゆっくり器選びを楽しんでいます。

日本でないような雰囲気は、ギャラリーだけではありません。

おとなりの工房に入ると、高い天井に、壁いっぱいにとった窓。隆さんが好きだというバロック音楽が流れる中で、太亀さんと隆さんが親子揃って作陶中でした。お二人の姿がなければ、どこかのコテージのような趣さえあります。

例年ならこの時期、隆さんはアメリカで作陶されているそう。お二人が揃うことは滅多にないとのこと。これはラッキーです!
例年ならこの時期、隆さんはアメリカで作陶されているそう。お二人が揃うことは滅多にないとのこと。これはラッキーです!
中里隆さん
中里隆さん
中里太亀さん
中里太亀さん

「若い頃の工房は、だいたい暗かったんですね。明るくしたいなと思って、こういう工房にしました。

場所は、何日間と窯を焚いて煙を出しても、ご近所の迷惑にならないようなところで選びました。見学OKにしている理由ですか?まぁ、見られても減るもんじゃないからね」

答えてくれたのは隆さん。ろくろ台に座る向きも、周りの人と会話がしやすいように、あえて内側を向いているそう。

ろくろ台は人の体の大きさに合わせて高さを設定されています。ここがお二人の定位置です。
ろくろ台は人の体の大きさに合わせて高さを設定されています。ここがお二人の定位置です。

開放的な空間に、土をこねる音、ろくろをまわす音、そして時折、ふたりの会話が響きます。

顔を見合わせる二人

今日の土の具合、お互いのインタビューへの補足。手は休まず動かし続けながら、会話は自然体。ゆったりと時間が流れます。

土は、山から取ってきたものを、ブレンドせずに単味で使う。土に合わせて作りかたを変えていくそう
土は、山から取ってきたものを、ブレンドせずに単味で使う。土に合わせて作りかたを変えていくそう

太亀さんに今作られているものを伺いました。その日、作っていたのは小鉢。

「例えば、ほうれん草のおひたしを盛り付けたり。この後、白化粧して白い器にしようと思っているんです」

太亀さんの頭の中には、白い器にパッと映える緑がはっきり描かれているようでした。

「いつも、食べること、飲むことしか考えていないですね (笑) だから作る時も、どういうものを盛ったらいいかな、と考えます。食べている時に、こういう器があったらいいねとアイディアが出ることもありますね」

実は隆さん、太亀さんとも料理好き、お酒好きで有名。

だんだん、旅の前に誰もが「行った方がいい」と薦めてくれた理由がわかってきました。あのギャラリーを見て、この工房の空気を知って、お二人の人柄に触れて、自分も隆太窯の器を暮らしの中で使ってみたい、との思いが湧いてきます。

太亀さんの作陶を見守る隆さん

そんな隆太窯の器をこよなく愛し、ぴったりの料理と組み合わせる名手が、地元唐津にいらっしゃいます。

今度は唐津の町なかで活きる隆太窯の器を訪ねてみましょう。

<取材協力>
隆太窯
佐賀県唐津市見借4333-1
0955-74-3503
http://www.ryutagama.com/

文:尾島可奈子
写真:菅井俊之

はじめて買う「出西窯」5つの楽しみ方。作り手と会話して選ぶ楽しさを、出雲で味わう

島根県出雲市にある「出西窯 (しゅっさいがま) 」。

出雲大社へのお参りに向かう人たちで賑わうJR出雲市駅から車で約10分。赤瓦の屋根と木の看板が見えてきました。

看板
職人さんの姿

小川が流れる道の両脇に、ずらりと並んだ焼きものや道具類。作業中の職人さん。最近は「出西ブルー」の名でも知られる、出西窯に到着です。

もともと、工房を訪ねて気に入った器を作り手さんから直接買い求める「窯元めぐり」に憧れを持っていました。

一方で「どこに訪ねていったらいいのかな?」「いきなり行っていいのだろうか‥‥」と勝手がわからず尻込みし続けてはや幾年月。はじめの一歩を、この記事で踏み出したいと思います。

楽しみ方 1:窯元の背景に触れる。出西窯と民藝運動の関係とは

出西窯のある島根県一帯では、古くから生活用具としての焼き物が盛んに作られてきました。

そんな中で昭和初期に起こった柳宗悦ら率いる民藝運動は一帯のものづくりにも影響を与え、今も数々の窯元で、「民藝」の意志を受け継いだ器を見ることができます。

出西窯も民藝の影響を受けた窯元のひとつ。

出西窯の工房内にある、河井寛次郎の言葉
出西窯の工房内にある、河井寛次郎の言葉

昭和22年に、一帯を流れる斐伊川 (ひいかわ) 沿いの村に暮らす仲の良い5人の青年が、「自分たちで仕事を起こそう」と始めたのが出西窯の始まりだったそうです。

開窯してほどなく、当時民藝運動を率いていた河井寛次郎、濱田庄司、そして柳宗悦に会い、彼らの説く「民藝」に深く感銘を受けた5人。

「野の花のように素朴で、健康な美しい器、くらしの道具」をものづくりの指標に掲げ、今も民藝に根ざした器作りが続けられています。

楽しみ方 2:出西窯の器が生まれる全工程を、間近でじっくり見学

この日、出西窯に到着したのは9時ごろ。併設の展示販売場がオープンする時間には少し早かったのですが、すでに工房には職人さんたちが出入りし、仕事を始めている様子が伺えます。

「もう工房は動いているので、見学して大丈夫ですよ」と取材に応対くださった横木さんが教えてくれました。

出西窯では、定休日の火曜日と元日以外、一般の人が工房の中を自由に見学することができます。個人での見学であれば、事前の予約や訪問時の手続きも不要。

お米の倉庫を改築して作ったという工房。屋根には出雲地方特有の石州瓦。赤茶色が特徴的です
お米の倉庫を改築して作ったという工房。屋根には出雲地方特有の石州瓦。赤茶色が特徴的です
丁寧に案内が掲げられている工房入り口
丁寧に案内が掲げられている工房入り口

工房内には立ち入りを制限するロープや仕切りもなく、例えばろくろを回している職人さんのすぐ後ろまで近寄って、その仕事ぶりを間近で見ることもできます。

ろくろを回す後ろ姿

フラッシュや三脚利用など作業の妨げにならなければ、撮影も可能です。

出西窯では器の種類ごとに専門の職人がいます。一人ずつに1台のろくろがあり、成形から焼いて完成させるところまで、一貫して一人の担当が行うそうです。

一人一台のろくろ。使い勝手のいいように物が配置されています
一人一台のろくろ。使い勝手のいいように物が配置されています

お邪魔した日も、土を作っている人、ろくろを回す人、釉薬をかけている人‥‥と、人によって行っている作業が様々。見学に行く時期や時間帯に関係なく、器ができるまでのあらゆる工程を横断的に見学することができます。

原料を精製中
ろくろを使った成形
焼き上げ後に色を出しわけるためのひと手間
釉薬をつけているところ
釉薬をかける前準備中
箸置きの仕上げ処理中
粘土づくりの工程

楽しみ方 3:わからないこと、知りたいことは直接聞いてみる

さらに驚いたのが、いきなりやってきた私のような見学者を、職人さんたちが自然と受け入れてくれていること。通りがかれば「こんにちは」と和やかに声をかけてくれます。

どうしてこんなにオープンなのでしょうか、と横木さんに伺うと、「おかげさま」という言葉が返ってきました。

「併設の展示販売場には『無自性館 (むじしょうかん) 』という名前がついています。無自性には何事もおかげさまである、という意味があるんです。

自分たちの手柄ではなく、みなさんのおかげで今・ここがある、という精神を表しています。だからこうして来てくださる方に対しても、常にオープンにしてあるんです。

なかなか話しかけづらいと思いますが、みんな慣れているので聞きたいことがあったら気軽に声をかけていただいて大丈夫ですからね」

嬉しいことに、ただ「見る」だけでなく、見学していて気になったことは、職人さんにその場で尋ねてOK。

私も、今何の作業中ですか、この道具は何ですか、といろいろな方にお声がけしましたが、みなさん気さくに丁寧に教えてくれます。

「この道具はね‥‥」と、素朴な疑問にも丁寧に答えてくれます
「この道具はね‥‥」と、素朴な疑問にも丁寧に答えてくれます

楽しみ方 4:ここならではのものづくりに触れる

工房の中には本当に数え切れないほど様々な色かたちをした器があちこちに並んでいます。焼く前のもの、焼きあがって出荷を待つもの。その数は別注品なども合わせると数千種にのぼるそうです。

道路沿いで天日干しされている器たち
道路沿いで天日干しされている器たち
青い器

中でも「出西ブルー」という深みのある青い器が有名ですよね、と横木さんにお話しすると、

「出西ブルーと呼ばれる青い器は、電気窯、灯油窯、登り窯の中でも灯油窯が一番きれいに出せる色なんです」

と教えてくれました。さらに意外なお話も。

「実は“出西ブルー”って、私たち自身は一度も言ったことがないんですよ。もともとは黒い器がこの窯を代表する色だったんです。

大きな賞をいただいた作品が青い器で、その頃から次第にその呼び名が広まっていったようですね」

こんなお話を聞けるのも、作り手さんを直接訪ねる醍醐味です。

電気窯
電気窯
今も現役の登り窯
今も現役の登り窯
出西ブルーと呼ばれる美しい青色が生まれる灯油窯
出西ブルーと呼ばれる美しい青色が生まれる灯油窯
美しい黒色はかつての出西窯の代表色
美しい黒色はかつての出西窯の代表色
ずらりと並んだ釉薬
ずらりと並んだ釉薬

楽しみ方5:実際に使ってみる、暮らしの中に持ち帰る

工房をあちこち見て回って、所要時間は1時間ほど。ここからは併設の無自性館で、買い物を楽しむ時間です。

無自性館の外観
無自性館の外観

工房直営なので、この時期、この場所でしか買えない器も並びます。これも窯元めぐりの嬉しいところ。

2階には靴を脱いであがります
棚にたくさんの器
センスよくセレクトされた地域のお土産物も並びます
センスよくセレクトされた地域のお土産物も並びます

両手いっぱいにお土産を抱えて、タクシーを待つまでの間に戦利品を眺めながら少し休憩を。

日差しの差し込む休憩スペース
日差しの差し込む休憩スペース

無自性館の中には、出西窯の器でコーヒーをいただける休憩スペースがあります。ずらりと並んだマグカップを、どれにしようかと迷うのもまた楽しいひと時です。

マグカップがずらり

さっき目の前で作られていた器を実際に使ってみることができるという嬉しいサービス。地元・出雲の和菓子「生姜糖」とともにゆっくりとコーヒーを味わいながら、器の持ち心地や口当たりを楽しみます。

テーブルにご自由にどうぞと置いてある「生姜糖」と一緒にいただきます
テーブルにご自由にどうぞと置いてある「生姜糖」と一緒にいただきます

初めての窯元めぐり。ビギナーにも優しい出西窯でデビューできたのは幸運でした。まさに「おかげさま」。

午後は平日でも工房、無自性館ともに賑わうそうで、午前中のほうがゆったりと見学できておすすめだそうです。

窯元めぐりをやってみたい人、自分好みの器をじっくり探したい人、今度出雲・松江に行こうと思っている人、思い立ったらぜひ。

<取材協力>
出西窯
島根県出雲市斐川町出西3368
0853-72-0239
https://www.shussai.jp/

周りは広々と田園風景が広がります
周りは広々と田園風景が広がります

文・写真:尾島可奈子

こちらは、2017年11月13日の記事を再編集して掲載いたしました。2018年5月にオープンした、出西窯のうつわで楽しめるベーカリー&カフェ「ル コションドール出西」も合わせて訪ねたいですね。

唐津の名宿「洋々閣」が、夕食に隆太窯のうつわしか使わない理由。

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

今から40数年前。

「俺の生き様を知っている人に、自分のうつわを扱ってほしい」

そう言って一人の陶芸作家が全作品をあずけた旅館があります。

明治26年創業。海を臨む唐津城のほど近くにたつ、唐津を代表する宿「洋々閣」です。

洋々閣

あずけたのは国内外でその名を知られる、隆太窯の中里隆 (なかざと・たかし) さん。

中里隆さん
中里隆さん

「はじめての窯元めぐり」唐津・隆太窯編の締めくくりは、工房見学晩酌に続いて、うつわが生きる宿のお話です。

うつわのギャラリーがある老舗旅館

風格ある大正建築や唐津の食材を生かした料理、行き届いたおもてなしが評判の洋々閣。唐津で宿泊、となれば必ず名前の挙がる老舗旅館です。

洋々閣の玄関
洋々閣
洋々閣

実は建物の中に、唐津を代表する窯元のひとつ、隆太窯の常設ギャラリーがあることでも知られます。

もともとビリヤード台があったという奥行きのある部屋に、隆太窯の中里隆さん、太亀 (たき) さん親子の作品がずらりと並ぶ
もともとビリヤード台があったという奥行きのある部屋に、隆太窯の中里隆さん、太亀 (たき) さん親子の作品がずらりと並ぶ
室内のランプシェードや床タイルも、中里隆さんによるもの
室内のランプシェードや床タイルも、中里隆さんによるもの
隆太窯の器
中里隆さんの娘さん、中里花子さんが独立して立ち上げたブランド「mono HANAKO」の作品を展示する部屋も
中里隆さんの娘さん、中里花子さんが独立して立ち上げたブランド「mono HANAKO」の作品を展示する部屋も

宿泊客以外も見学できるように、わざわざギャラリー用の入口も設けてあります。

おもての白いのれんが目印
おもての白いのれんが目印

隆太窯の常設ギャラリーができるまで

ギャラリーの始まりは1974年のこと。

唐津焼の名門、中里太郎右衛門十二代の五男である隆さんが独立して自身の窯を開くにあたり、「自分の生き様を知っている人に自分のうつわを扱って欲しい」と、かねてから親交のあった洋々閣4代目の大河内明彦さんに作品の取り扱いを依頼しました。

4代目の大河内明彦さん。もう一つの展示室にて
4代目の大河内明彦さん。もう一つの展示室にて

「僕は宿の経験はあるけども物品の販売の経験はありません。はじめは無理だと言ったのですが、そう言われたら引き受けないわけにいきませんよね」

戸惑いながらも、もともとビリヤード台を置いていた部屋に展示スペースを確保。そこから少しずつ改修や部屋の増設を重ねて、現在の三部屋にわたるギャラリーが完成しました。後年オープンした窯元直営のギャラリーにもならぶ品揃えです。

料理と調和するうつわの秘密

「中里ファミリーは食べることもお酒も大好きです。酒呑みの作るうつわは料理とよく調和するんですよ」と親しみを込めて語るのは、洋々閣5代目の大河内正康さん。

5代目の大河内正康さん

宿の一番のもてなしは、何と言っても玄界灘の魚を中心とした夜の会席料理。その一品一品を飾るのが、食と酒をこよなく愛する中里親子の、隆太窯のうつわです。

洋々閣の隆太窯のうつわ
洋々閣の隆太窯の器

「同じ佐賀でも有田焼や伊万里焼は磁器、唐津は陶器です。料理人は、磁器とは扱い方が違うのではじめ戸惑うようですが、使うほどに経年変化が起きて味わいが増します。

ギャラリーを始めてからは、唐津焼は隆太窯さん一筋ですね」

洋々閣の隆太窯の器

親子2代の長い付き合い。立て込んでうつわの注文に出向けない時も、電話で伝えるとイメージ通りの品物を届けてくれるといいます。

隆太窯のうつわを手にもつ

ギャラリーには隆太窯の定番品のほか、洋々閣オリジナルで作られたうつわも並びます。食事の際に気に入ったうつわを、実際に買ってかえれるというのも、贅沢な体験です。

口当たりがいいと評判の隆太窯の酒器
口当たりがいいと評判の隆太窯の酒器

老舗旅館を支えるもの

隆太窯を訪ねた人が洋々閣に泊まり、洋々閣でうつわに触れた人がまた隆太窯を訪ねる。ギャラリーのオープン以来、そんな往還がいつしか生まれ、今では唐津を巡る旅の定番コースに。

「僕の頭の上には隆さんがいつもあって、旅館を経営するにあたってもこういうことすると彼に軽蔑されるんじゃないか、と考えたりするんです。だから今までの洋々閣をずっと支えてきたのは、中里隆の哲学です」

インタビューの最後に、4代目の明彦さんが語られた言葉が印象的でした。

洋々閣のホームページには、女将のこんな一言があります。

「唐津はやはり、お食べいただかないことには。」

焼き物の里であるとともに山海の幸にも恵まれた食とうつわの町、唐津。作るうつわの素晴らしさとともに親子で料理好き、お酒好きとして知られる隆太窯。

食を愛する作り手のうつわは、その人柄丸ごと、地元唐津で旬の一皿に、唐津にしかないおもてなしに、息づいているようでした。

客室にさりげなく置かれた花器も、隆太窯のものでした
客室にさりげなく置かれた花器も、隆太窯のものでした

<取材協力> *登場順

洋々閣
佐賀県唐津市東唐津2-4-40
0955-72-7181
http://www.yoyokaku.com/

隆太窯
佐賀県唐津市見借4333-1
0955-74-3503
http://www.ryutagama.com/

文:尾島可奈子
写真:尾島可奈子、菅井俊之、藤本幸一郎

老舗豆腐店が夜に開く「日本料理 かわしま」。旬の会席を隆太窯のうつわが彩る

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

工房を訪ねて、気に入った器を作り手さんから直接買い求める。そんな旅への憧れから、今回は佐賀県唐津へ「隆太窯」を訪ねました。今日はその日の晩のお話です。

隆太窯の中里隆 (たかし)さん (右) 、太亀 (たき) さん (左) 親子
隆太窯の中里隆 (たかし)さん (右) 、太亀 (たき) さん (左) 親子

食通で知られ、作るうつわは造形の美しさのみならず「料理が映える」「お酒の口当たりがいい」ことで有名なお二人。

何の料理に使うかイメージして作るといううつわは、目に見えないごちそうがすでに盛り付けられているようで、見ていると無性にお腹がすいてきます。

嬉しいことに、そんな隆太窯の器で本当にごちそうをいただける場所が、唐津にはあるのです。山なかの隆太窯をあとに、町へと向かいました。

*隆太窯を訪ねた時のお話はこちら:はじめての窯元めぐり|唐津・隆太窯のうつわは、せせらぎとクラシックの流れる中で生まれる

老舗豆腐店が夜にだけ開く会席料理店

JR唐津駅から歩いて5分。アーケード商店街の中に、めあてのお店があります。

日本料理 かわしま。

寛政年間創業の「川島豆腐店」が、夜限定で開く会席料理店です。

日本料理 かわしま

唐津城の藩主に代々お豆腐を献上してきた歴史を持つ豆腐づくりの老舗。「ざる豆腐」を日本で初めて考案したお店としても有名です。

豆腐店併設のカウンター席のみのお店は、朝昼は「豆腐料理かわしま」として自慢のざる豆腐を使った料理を提供。夜になると唐津の山海の幸を生かした会席料理を振る舞う「日本料理 かわしま」に早変わりします。

献立は、当日の朝に市場で仕入れた食材次第。店主の川島広史さんがその日ごとにコース内容を考えます。

店主の川島広史さん。豆腐店の家業を守り継ぎながら、このお店を開くために東京の日本料理店で修行を積んできました
店主の川島広史さん。豆腐店の家業を守り継ぎながら、このお店を開くために東京の日本料理店で修行を積んできました

一夜限りの創作料理を飾るのが、地元・唐津のうつわ。その多くが、お父様の代から親交があるという、中里隆さん、太亀さんのうつわです。

カウンターの奥に器がずらり
カウンターの奥に器がずらり
おちょこを選べるのも嬉しい。合わせる地酒はぜひ川島さんにおすすめを聞いてみよう
おちょこを選べるのも嬉しい。合わせる地酒はぜひ川島さんにおすすめを聞いてみよう

「これは太亀さん、こちらは隆さんの器ですね」と料理の説明とともに器の紹介が添えられます。

一品一品出てくる姿が美しく、食べるのがもったいないくらい。とためらうのも一瞬、美味しくてどんどん食べ進めるのですが、うつわが空っぽになっていくのが、なんだか寂しく思えてきます。

「唐津南蛮」と呼ばれる、隆太窯の特徴的な器。釉薬をかけずに焼きしめた器肌が料理を引き立てる
「唐津南蛮」と呼ばれる、隆太窯の特徴的な器。釉薬をかけずに焼きしめた器肌が料理を引き立てる
こんな高台の器や
こんな高台の器や
パキッとした黄色い器も。カモのハムに合わせて
パキッとした黄色い器も。カモのハムに合わせて

コースも終盤、少しくつろいで川島さんと今日訪ねた隆太窯の話などしていると、

「実はこの内装も、隆先生にアドバイスをいただいたんです」

と驚きのお話が。お豆腐やさんが料理店を開くという新しいチャレンジを、隆さんが支えてくれたのだそうです。

明るく、こざっぱりとした店内
明るく、こざっぱりとした店内

「見借 (みるかし。隆太窯のある土地) の方には、足を向けて寝られませんよ」

そう笑う川島さんとゆったり会話を楽しみながらいただく一品一品を、隆太窯のうつわがさりげなく彩ります。

<取材協力> *登場順
隆太窯
佐賀県唐津市見借4333-1
0955-74-3503
http://www.ryutagama.com/

日本料理 かわしま
佐賀県唐津市京町1775
090-1083-8823
https://www.zarudoufu.co.jp/

文:尾島可奈子
写真:菅井俊之

*実はこの日、昼に隆太窯でお見かけしていた女性と、かわしまさんでばったり再会。「やっぱり見ていると、食べたくなりますよね」と、口福を分け合いました。

夫婦で、親子で違う益子焼。益子「えのきだ窯 本店」

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

工房を訪ねて、気に入った器を作り手さんから直接買い求める。そんな「窯元めぐり」に憧れを持っていました。

一方で「どこに訪ねていったらいいのかな?」「いきなり行っていいのだろうか‥‥」と勝手がわからず尻込みし続けてはや幾年月。はじめの一歩を、この記事で踏み出していきたいと思います。

今回訪れているのは、栃木県・益子町。「陶芸家が打つお蕎麦」をいただける、えのきだ窯さんの支店を後に、10分ほど歩いてきました。

*前編「窯元の名物は打ちたて蕎麦?えのきだ窯 支店」はこちらからどうぞ。

県外にもその名を知られる「starnet」や人気の公共宿「フォレストイン益子」にも近い県道230号線沿いに、えのきだ窯さんの本店があります。

えのきだ窯本店

器が並ぶ空間を楽しむ

「もともとここは細工場 (さいくば) だったんです。それを僕と若葉さんで3、4年前に店舗に改装しました」

店内の様子
店内の様子

出迎えてくれたのはえのきだ窯5代目の若葉さん、智(とも)さんご夫妻。

榎田ご夫妻

先ほど支店でお蕎麦を振舞ってくれた、お父様で4代目の勝彦さんとともに、普段は2階の工房でそれぞれに器を作られています。

お客さんが来たら降りてきて接客するスタイル。勝彦さんは支店から注文の電話があるごとに、「出張蕎麦打ち」に出かけて行きます。

お店に入ってすぐの広いスペースは、智さんいわく「益子の定番の並べ方」。同じ種類の品物が集まり、スタッキングされて並んでいます。

心地よく陽が差し込む店内
心地よく陽が差し込む店内
同じものが集めて重ねて置かれている
勝彦さんの作品メインの支店の様子。確かにこちらでも、同じ種類の器がぎゅっと集まって並んでいました
勝彦さんの作品メインの支店の様子。確かにこちらでも、同じ種類の器がぎゅっと集まって並んでいました

一方、お話を伺ったのはお店に入って右手の囲炉裏を囲んだスペース。ここが仕事場だった頃には勝彦さんご夫妻の休憩室だったそうです。くつろいでもらう場所だからと、作品も1点1点余白を持って置かれています。

ゆったりとした囲炉裏の部屋

「はじめて来たお客さんは、こっちの部屋に入るのはちょっと勇気がいるみたいなんですが、近所の友達なんかは本当にお茶だけ飲みに来たりするんですよ (笑) 」

智さんが益子焼の器でコーヒーを淹れてくれました
智さんが益子焼の器でコーヒーを淹れてくれました
お菓子の器は智さん作、コーヒーカップは若葉さん作
お菓子の器は智さん作、コーヒーカップは若葉さん作

立派な囲炉裏は宇都宮で採れる大谷石で作られたものだそうです。ちょっと勇気を出してお邪魔してみると、空間によって同じ造り手さんの作品もまた違って見えるから不思議です。

ギャラリーのようにゆったりと品物が配置される
ギャラリーのようにゆったりと品物が配置される

三者三様の器を手に取る

店内には5代目である若葉さんの作品を中心に、智さん、勝彦さんの3人の器が並びます。

益子は作家文化の根付く焼き物産地と聞いていましたが、確かにご家族でも、それぞれに作品の色かたち、持つ雰囲気が違っています。

型を使って造形する角皿。柄のあるものが若葉さん、無地のものが智さん作
型を使って造形する角皿。柄のあるものが若葉さん、無地のものが智さん作
勝彦さんのお茶器セット
勝彦さんのお茶器セット

どんな器を作るかは本人次第。急須も、伝統的な物と最近の物ではスタイルが変わっています。

左が伝統的な急須のスタイル、右が最近のもの。形も進化しています
左が伝統的な急須のスタイル、右が最近のもの。形も進化しています

智さんが大切にされているのは「えのきだ窯らしさ」。結婚を機に益子へ移り、支店でお蕎麦を手伝ううちに「自分の作った器で料理を食べてもらうってええなぁ」と、器作りをスタートされたそうです。

智さん作のピッチャー
智さん作のピッチャー

若葉さんはここ数年、水玉など柄を取り入れたシリーズが人気。

若葉さんの人気シリーズ、水玉柄の器
若葉さんの人気シリーズ、水玉柄の器

「色の組合せをはじめに思いついて、そこに水玉部分だけロウを塗って釉薬を弾いたらどうだろう、とやってみたら、柄としてうまくいったんですね」

釉薬を弾かせる手法も、実は窯元によって違うのだそうです。このロウを塗る方法(ロウびき)は、えのきだ窯伝統。そういえば支店でいただいたお蕎麦の器も、ロウびきがされていました。

4代目・勝彦さんが作ったお蕎麦用の器。内側の白い縁取りがロウびきされたところです
4代目・勝彦さんが作ったお蕎麦用の器。内側の白い縁取りがロウびきされたところです

自分の好きな「益子焼」に出会う

同じ窯元さんでも、家族でも作風が変わる。ある意味それが益子「らしさ」なのかもしれません。最後に「作品作りで益子焼らしさを意識することはありますか」と伺うと、お二人とも「ある」との答えが返ってきました。

5代目・榎田ご夫妻

「以前、薄くて軽い器を作ろうとしたこともあったのですが、益子の土はやはり、薄いものよりもぽってりと厚手のものに向いているみたいなんですね。

何より自分が使ってみて、益子に昔からあるような厚手の器の方が、私には使い心地がよかったんです。

炊きたてのご飯をよそっても手に熱くない。丈夫で、子どもも安心して使えます。だから、益子の土や伝統釉の良さを活かしながら、デザインは現代に沿う、そういうことを大事にしています」

智さん作の、益子の伝統釉7種を使った銘々皿
智さん作の、益子の伝統釉7種を使った銘々皿

同じ益子の土や釉薬を使いながら、こんなにも違う、こんなにも同じ。それはえのきだ窯さんに限らず、この町のあちこちで出会える光景かもしれません。

「自分好みの器」は人の数だけありますが、それに応えてくれるだけの多様な作り手さんが、この町には存在します。

無数の出会いの可能性の中から、自分の「これだ!」と思う器とめぐりあうきっかけを、お蕎麦やあたたかな囲炉裏のまわりで提供してくれる。そんな距離の近さが嬉しいえのきだ窯さんでした。

<取材協力>
えのきだ窯 本店
栃木県芳賀郡益子町益子4240
0285-72-2528

文・写真:尾島可奈子

窯元の名物は打ちたて蕎麦? 益子「えのきだ窯 支店」

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

工房を訪ねて、気に入った器を作り手さんから直接買い求める。そんな「窯元めぐり」に憧れを持っていました。

一方で「どこに訪ねていったらいいのかな?」「いきなり行っていいのだろうか‥‥」と勝手がわからず尻込みし続けてはや幾年月。はじめの一歩を、この記事で踏み出していきたいと思います。

今回訪れるのは、栃木県・益子町。

全国屈指の焼き物の町に民藝運動をもたらした陶芸家、濱田庄司ゆかりの「益子参考館」からほど近くに、目当ての窯元さんがあります。

えのきだ窯全景
深い青色ののれんに、控えめに窯名が染め抜かれています
深い青色ののれんに、控えめに窯名が染め抜かれています

道路沿いにゆったりと駐車場を設け、遠くからでもわかるように大きく看板を掲げた姿は、まさにロードサイドの窯元直売店らしい佇まいです。

ただ、入口手前に置かれた小さな黒板には、「そば」の文字。

カフェのような黒板メニュー

そ、そば‥‥?

そう、ここ「えのきだ窯」さんでは、器を販売しているその横で、4代目の榎田勝彦 (えのきだ・かつひこ) さん自ら打つお蕎麦をいただけるのです。

「新そば」の文字と器がガラス越しに並んでいます
「新そば」の文字と器がガラス越しに並んでいます
ずらりと器が並んだ店内。窓際の一角が、イートインスペースになっています
ずらりと器が並んだ店内。窓際の一角が、イートインスペースになっています

陶芸家が打つそばに舌鼓

「もしもし、お蕎麦、1人前ね」

応対してくださった奥さまがどこかへ電話をかけてほどなく、勝彦さんが車で到着。

少し離れた工房兼本店から、注文が入るごとに勝彦さんが作陶の手を止め、お蕎麦を打ちに来てくれるシステムです。お客さんは自然と、打ちたての美味しいお蕎麦をいただけることになります。

「ずっと大きなろくろを回してきたから、そばを打つ腰の力があるのね」

私は雑用係、と笑う奥様が、お蕎麦を待つ間に外で摘んできた草花を勝彦さんの作った器に活けていきます。

器に活けられたお花
可憐な野草が器によく映えます
可憐な野草が器によく映えます

創業100余年のえのきだ窯で4代目を継いだ勝彦さんは、焼き物の中でも作りが複雑で難しいと言われる急須の名手。

急須づくりで紫綬褒章を受章された3代目のお父様とともに、「急須といえばえのきだ窯」との評判を得てきました。

勝彦さん作の大きめの急須
勝彦さん作の大きめの急須
様々な色かたちの急須がずらり!
様々な色かたちの急須がずらり!
金属の茶漉しでは味が落ちるからと、茶漉しなしで使える工夫がされています
金属の茶漉しでは味が落ちるからと、茶漉しなしで使える工夫がされています

そんな勝彦さんが、以前は器だけを扱っていたこの場所で、「お客さんに気軽に来てもらえるように」とお蕎麦をはじめたのは、もう20年以上前のこと。

「焼き物が本業で、お蕎麦は片手間。だけど、生地をこねることにかけちゃそこらへんのお蕎麦やさんより長くやっているもの」

榎田勝彦さん
榎田勝彦さん

同じ焼き物の産地でも、型や生地づくり、成形などが完全分業制の町もありますが、益子は作家性の強い町。一人が生地づくりから焼き上げまでを一貫して行います。

また、好景気の時には各窯元さんが職人さんを多く抱え、自ら手料理で彼らを食べさせていたために、料理上手な人も多いとか。

小さな頃から当たり前のように土をいじっていたと語る勝彦さんの手には、蕎麦づくりも自然と馴染んだのかもしれません。

奥さんのあげた天ぷらとともに運ばれてきたお蕎麦は、もちろん勝彦さんご本人の作られた器に盛られています。

大皿にたっぷり盛られたお蕎麦。これで普通盛りです
大皿にたっぷり盛られたお蕎麦。これで普通盛りです

お蕎麦を盛る器にも、窯元さんらしい工夫が。

「蕎麦を載せるスノコが滑らないように、内側にロウびきをした器を作りました」

勝彦さんが作ったお蕎麦用の器。内側の白い縁取りがロウびきされたところです
勝彦さんが作ったお蕎麦用の器。内側の白い縁取りがロウびきされたところです

器の内側にロウを塗っておくと、釉薬を弾いてその部分だけ素地が出るため、滑り止めの役目を果たすのだそうです。

ここにすのこがパチリ!とはまってずれません
ここにすのこがパチリ!とはまってずれません

お話を伺いながら、お蕎麦を堪能しながら、いつの間にか益子やえのきだ窯さんのものづくりに詳しくなり、器を手に取っている自分がいます。

大ぶりなのにどこか可憐な雰囲気の花瓶
大ぶりなのにどこか可憐な雰囲気の花瓶
徳利も様々
同じ種類の器がぎゅっと集まって並んでいます
同じ種類の器がぎゅっと集まって並んでいます

「娘夫婦が作っている器はまた作風が違うから、見に行ってみるといいですよ」

勝彦さんお手製の器とお蕎麦でお腹を満たしたあとは、5代目を継いだ娘の若葉さんとご主人の智さんが切り盛りする、えのきだ窯「本店」へ向かいます。

後編は明日お届けします!

<取材協力>
えのきだ窯 支店
栃木県芳賀郡益子町益子3355-1
0285-72-2528

文・写真:尾島可奈子