わたしの一皿 ひとつかみの緑のつぶ

すーっとする食材。梅雨のなんとなくぼんやりした気分がスカッと晴れるような。この刺激、毎年うれしいもんです。今月は「実山椒」の話。みんげい おくむらの奥村です。

みどりのつぶつぶ。料理に独特のさわやかさと奥行きを出すこの季節のたまらない食材です。手間がかかるけど、下ごしらえをして冷凍しておけば長持ち。6月は梅の仕事、そしてこの実山椒の仕事のタイミング。めんどうな下ごしらえに追われる同士のみなさん、出来たあとのことを思い浮かべて共にがんばりましょう。食べるだけのみなさん、この一粒、結構手間が掛かっているのですよ。感謝の気持ちで、どうぞ。

さてこのつぶつぶ、何に使うのかって?僕は煮付けるものに使います。醤油と砂糖のこってりしたものにこの実山椒を入れると、フワッと爽やかな香りが立ち、良いんです。鰯の梅煮が大好きだけどたまに梅を実山椒に変えてあげるとこれが‥‥。たまらんのです。佃煮や塩漬けにしておけばいつでもおにぎりに使えて、それもまたたまらんですね。

今日合わせるのは、夏に向かうこの時期からおいしい穴子。こってりとした濃いめの煮穴子に実山椒で清涼感を、というわけです。

実山椒の下ごしらえの話をしましたが、穴子というやつも実は下ごしらえが大切。表面がヌメヌメとしていて、これを丁寧に取り除かないと臭みが出る。皮目に熱湯をかけたら、包丁の刃を使って素早く、丁寧に。

煮穴子ですが、箸で持てないぐらいやわらかくとろっとろに煮るか、ある程度食感を残すか。これは料理する人に許された贅沢な選択。穴子丼にするならとろっとろも良い。今日はそのまま食べたいので、箸で穴子のぷりっとした身質を感じられるくらいに。

料理のイメージができたら、そろそろうつわ選びです。今日のうつわは磁器。日本の磁器の名産地である愛媛県の砥部焼(とべやき)。梅山窯の大皿です。うどん屋なんかでよくみる白地に青の染付けの丼。思い出しませんか。多くは砥部焼です。磁器なんですが、ぼってりと厚めで存在感がある。どこかのんびりしたうつわ。

白がベースなので、どんな料理にも合わせやすい。そして色んな産地の陶器とも組み合わせやすい。なかなか優等生なうつわだと思います。

料理をそろそろ仕上げましょう。穴子が好みの食感に近づいてきた頃、いよいよ実山椒をドバっと投入。えいやっ。ふわっと香気。ああ、ワクワクする。ぐらぐらと煮立つ煮汁を吸って、緑色がやや鈍い色に。

頃合いをみて、穴子を取り出し (身がくずれないように注意して) 、煮汁を煮詰める。いわゆる「ツメ」作り。実山椒を使わない普通の煮穴子であれば、ここで煮汁にバルサミコ酢を加えて煮詰めると、とたんにイタリアン煮穴子に変身。これまた美味しいのですよ。和の煮穴子なら定番のお伴はきゅうりだけど、伊の煮穴子ならばルッコラを用意して。

ツメはさらさらがとろとろになったら仕上がりです。穴子はそのままの大きさでも、食べやすい大きさに切ったものにでも、このツメをかけて出来上がり。冷めてなお優等生なのが煮穴子の素敵なところ。

今日は半身をそのまま盛りつけ。大皿に映えますね。ツメをたっぷりまとわせて、酒を飲むならちびちびと。ご飯に乗せるならおおぶりに。箸で切れます、ご自由にお好みの大きさでどうぞ。甘いタレにふっくら穴子、そして鼻をくすぐる山椒の香り。あっという間に食べちゃいます。最後にもう一つ。穴子をすっかり食べ終えたら、皿に残った山椒をひとつ箸でつまんで口元へ。噛めば再び初夏の幸せの香りがやってきます。夏がもうすぐやってくるな。

奥村 忍 おくむら しのぶ
世界中の民藝や手仕事の器やガラス、生活道具などのwebショップ
「みんげい おくむら」店主。月の2/3は産地へ出向き、作り手と向き合い、
選んだものを取り扱う。どこにでも行き、なんでも食べる。
お酒と音楽と本が大好物。

みんげい おくむら
http://www.mingei-okumura.com

文:奥村 忍
写真:山根 衣理

わたしの一皿 たまには失敗

最初にあやまっておきたい。ごめんなさい。今月は料理の仕上がりがイマイチなのです、とほほ。とほほほほ。みんげい おくむらの奥村です。

食材の色をいかした煮物は、薄口醤油か白醤油が良いのだけど、すっかり切らしていた。あー残念。味はよいのに真っ黒じゃないか。家の料理なのでそういうこともある。ありますよね。前向きにいきましょうか。味はよかったのですよ、実に。

春は苦味の野菜や山菜の季節。きびしい冬が終わり、ぐぐっと伸びてきた緑に苦味がある。これってなんだかすてきじゃないですか。きっとこの苦味には意味がある。口にすればおいしいし、身体をどこかきれいにしてくれるような気がするから。

ということで今月は「ふき」。緑がきれいな食材です。北海道から沖縄まで全国で見られるふき。しかもそこら中にあるので昔からなかなか優秀な春の食材だったのだったんじゃないでしょうか。板ずりして、塩つきのままゆでて、冷水にとり、皮をむく。下ごしらえがちょっと面倒なのは季節食材のかえってよいところじゃないかとも思えます。できあがりがますます楽しみになるから。

02_re

小さいころは、ふきってなんともぼんやりとした、あってもなくてもよい食べ物じゃないかと思っていたけれど (ストロー状の食べ物って子供心に楽しいものだけど、なぜかふきはそこまで気持ちが上がらなかった) 、大人になってくるとしみじみ美味しい。むしろ好んで食べたいと思うばかり。

ふきに合わせたうつわは丹波のもの。丹波立杭焼 (たんばたちくいやき) は六古窯の1つで、長い、長い歴史をもつ。このうつわは俊彦窯という窯で焼かれたもので黒い釉薬が掛かっている。黒いうつわも良いもんです、と、この連載で黒いうつわを使うのは二回目。黒い釉薬から時折、赤ともオレンジとも思えるような土の表情が見えます。鉄分の多い土が焼成によってこういう色になっているんです。そのちょっとした表情がまたこのうつわのよいところ。黒なのに強さや暗さは感じない。どこかぼってりと田舎っぽいおだやかな雰囲気がする。民藝のうつわのよさ、というのはまさにこういうところ。

そうそう、丹波というのは兵庫と京都にまたがっている地域ですが、焼き物の丹波は兵庫。丹波篠山と言えば「あっ」と思う食いしん坊がいるかもしれない。黒豆、松茸、栗に猪にワインに‥‥。そう食材の宝庫。そんな土地だから、山が美しいんですよね。大阪からも神戸からも遠くないのにまるで別世界。そろそろ窯元の工房の中にツバメが巣をつくりにやってくる頃かな。

そんな場所で作られるうつわなので、ふきだったり他の山菜だったり、山の食材にもよく似合うのは当然かもしれない。

ところでこのかつおぶしたっぷりに煮る煮物は、ふきの、苦味があるのにどこか柔らかさや丸さがあるという不思議な味わいと、かつおぶしに醤油というわれわれが慣れ親しんだ和食の基本の味わい。どこかなつかしさと、奥ゆかしさや余韻を感じるという、まさに日本の味、日本らしさなんじゃないかと思います。ずーっと伝えていきたい味わいです。

03_re

ふきの煮物がうれしいのは冷めてもおいしいこと。作って2日目、3日目ぐらいには、お腹が空いてきた夕方、ホウロウ容器からこれをちょっと取り出してうつわに移し、冷たいままでとりあえず。ちょいとおちょこ一杯の日本酒でもやれば、エンジン掛かって夕飯のしたくも加速します。

そんなだから、何日か持つからと思ってある程度たくさん作るのだけど、すぐなくなってしまう。春はつくづく食いしん坊にはうれしい季節です。

奥村 忍 おくむら しのぶ
世界中の民藝や手仕事の器やガラス、生活道具などのwebショップ
「みんげい おくむら」店主。月の3分の2は産地へ出向き、作り手と向き合い、
選んだものを取り扱う。どこにでも行き、なんでも食べる。
お酒と音楽と本が大好物。

みんげい おくむら
http://www.mingei-okumura.com

文:奥村 忍
写真:山根 衣理

わたしの一皿 うりずんの頃

あたたかくなるころによく使いたくなるうつわがある。食べたい食材や料理からうつわを選ぶときもあれば、こんな風に気候やその日の天気なんかでうつわだけ先に決めることもある。みんげい おくむらの奥村です。

今日使いたいのは沖縄のガラスのうつわ。冬にガラスのうつわを使わないわけじゃないけれど、あたたかくなると手にとる数がとたんに増える。沖縄は、この時期「うりずん」という緑が濃くなる南国の春。強い太陽の光を受けて、キラキラするガラスのうつわを想像するとそれだけでワクワクしてしまう。

沖縄らしいガラス工芸と言えば、再生ガラス(リサイクルガラス)。なにかに使われたガラスを、もう一度とかして使う。たとえば、泡盛に使われる白・茶・緑などの一升ビンが、同じ色のコップや皿に。とかされたガラスがコップに変わるまではものの数分。リズミカルで見飽きない。この再生ガラスというのは世界各地にあるものだけど、戦後物資不足の中で米兵が飲んだコーラやセブンアップのビンを使ったり、と、沖縄にもずいぶん縁が深い。ちなみに、今日のうつわは奥原硝子製造所という老舗ガラス工房のもの。

個人的に特に好きで、沖縄らしいなと思うものは板ガラスから作られるこの青。窓ガラスなどに使われるもので、青いような、緑なような、やわらかい色合いがたまらない。春のやわらかな日ざしが当たるとまたこれが素朴に美しい。手を触れるとガラスにしては厚ぼったいのに驚くかもしれない。再生ガラスは強度が弱まるから、あえて少し厚い。慣れてしまうと、緊張感がなくてかえってよいもんなんです。

うつわの話はキリがないですね。そろそろ料理の話。この時期、近所の八百屋のくだもの売り場が冬にくらべてにぎやかになる。露地のビワの盛りは本当はもう少し先だけど早いものを見つけてしまって我慢ができなかった。

02_re

くだものを料理に取り入れるとなんとなく食卓が華やぐ。昔は酢豚のパイナップルぐらいだったが(これは得意ではない)、和食なら白和え、洋風ならサラダが定番。やってみるとあまり難しいことはなく、いろんなくだものが合う。今日のビワなんかは生ハムで巻いても良いですね。かんたんで。白ワインぐびり、ぐびり。

今日は、ある土地のイタリアンシェフに教えてもらった技。イタリアンは和食に通じる、素材重視な料理だそうで、良いくだものは良いオリーブオイルと塩があればそれだけでおいしいのだそう。それに季節の柑橘でも絞れば、さらに良し。

そのままでもおいしいビワを適当に切って、塩、オリーブオイル、最後に柑橘をぎゅっと。これだけなのになぜかしっかり「料理」な気分になるのです。不思議だなぁ。良質なオリーブオイルはぜひ用意してもらいたい。ぜんぜん違いますよ。

03_re

こんなことが果たして「技」かと言えば、教えてくれたシェフが赤面しそうですが、案外知らない人が多い。はい、僕もそうでした。

くだものを食べようと思うとやれ皮をむくのが面倒だ、とかなりがちなのですが、酒の肴をつくろうと思えば体が動く、すぐやれる。酒飲みの気持ちって不思議なもんですね。ということでこれはあたたかい日の夕方に、ちょいと乾いたのどを白ワインで潤すのにどうぞ。厚手の再生ガラスのうつわは酔っぱらって扱いが荒くなってもなかなか割れないのですよ。ふふふ。

奥村 忍 おくむら しのぶ
世界中の民藝や手仕事の器やガラス、生活道具などのwebショップ
「みんげい おくむら」店主。月の2/3は産地へ出向き、作り手と向き合い、
選んだものを取り扱う。どこにでも行き、なんでも食べる。
お酒と音楽と本が大好物。

みんげい おくむら
http://www.mingei-okumura.com

文:奥村 忍
写真:山根 衣理

わたしの一皿 春のまねごと

カツオ、と聞くとむずむず、そわそわ。マグロは毎日食べたいとは思わないけど、カツオは毎日でも食べられる気がする。みんげい おくむらの奥村です。春と秋は、カツオを見て見ぬフリはできません。思い返せば、世界のあちこちでカツオを食べてきた。台湾では薬味たっぷりの台湾版カツオのタタキに思わずほっぺたを落とし、中東のイエメンでは、アフリカまで海を挟んであと数十キロという沿岸部でスパイスのきいた巨大カツオのグリルにこれまたほっぺたを落とした。スリランカでは、スリランカ版かつおぶしを使ったカレーの奥深さにむせび泣き、いよいよ落とすほっぺたが無かった。

世界中どこで食べてもおいしいカツオなんですが、やはり日本人の記憶に残るカツオは日本のものなのか。ある春の夜に高知で出会ってしまったのです。

友人に誘われ、春のよさこいを見にいったことがあって、美しい演舞のその興奮に身をまかせ、路地に迷い込みふらっと入ったある小料理屋。時期はちょうど3月。「お父さん、カツオをお願いします」とお願いしたら、「時期がまだ早いよ。でも、悪くはないからね」と出されたカツオがうまかった。とにかくうまかった。時期になったら高知のカツオはどんなものなのか…。くやしくてそこから数年、なんとか春に高知に行く仕事をつくろうとしていたのはよい思い出。さっぱりとしてもっちりとした初鰹が脂のノった戻り鰹よりも好きになったのもこの日からでした。

02re

それからというもの、初鰹の時期にはこのお店のまねごとをするのがおきまり。刺身ではない。冒頭にいかにもおいしそうな刺身の写真があるけれど、まだ完成ではない。タタキでもない。もっちりとして、まさに赤身、という色をした美しい初鰹をポン酢と薬味で美しくもりあわせ、和製カルパッチョのような一皿に仕上げる。かの店が自家製ポン酢だから、うちも冬のうちに仕込んだ自家製ポン酢をつかって。

今日のカツオは宮崎から。いつもの市場で、一本釣りの5キロ超えのものを半身で買ってきた。初鰹だから脂ノリが弱い、といってもこの感じ。脂のオーロラ、見えるでしょ。その身を、カツオの刺身にしてはやや薄めに切ってうつわに並べ、薬味を添え、ポン酢でひたひたに。ポイントは、薄めとひたひた。これだけなのだけど、うまい。そのお店では、鰹を食べ終わるころに新玉ねぎのスライスをくれて、うつわに残ったポン酢でそれを食べるのですが、これまたうまい。だから、ひたひたなんですよ。

03re

カツオにあわせたうつわは、「せともの」の瀬戸から。愛知県です。小春花窯(こしゅんかがま)という窯の、瀬戸伝統のしごと「麦藁手(むぎわらて・むぎわらで)」のうつわ。瀬戸は古くから日常食器を作ってきた、やきものの一大産地ですが、伝統のしごとは意外にもあまり残っていない。

この伝統のうつわとカツオは相性がまことによい。なんでかな、と思っていたらふと思い出した。着物や生地が好きな方なら「鰹縞」と呼ばれる縞模様をご存知かもしれない。鰹の体の青のグラデーションを模して、濃い青から薄い青へとグラデーションをつけた縞模様のこと。このうつわ、青の線が皿の外側から始まり、内側にかけてどんどんと薄くなっているんです。これ自体が染付けの職人のくりかえしくりかえしの仕事の美なんですが、これぞまさに陶芸界の鰹縞じゃありませんか。相性がよいわけだ。

04re

江戸っ子が共に愛した初鰹と鰹縞。平成の世は、日本のどこにいたってそれが手に入るんだから、ありがたいもんです。さて、そろそろ鰹縞のうつわを泳ぐ初鰹をがぶりといきますか。さっぱりとして、いくらでも食べられるような気がするこの料理。この春はあと何回味わうのかな。

奥村 忍 おくむら しのぶ
世界中の民藝や手仕事の器やガラス、生活道具などのwebショップ
「みんげい おくむら」店主。月の2/3は産地へ出向き、作り手と向き合い、
選んだものを取り扱う。どこにでも行き、なんでも食べる。
お酒と音楽と本が大好物。

みんげい おくむら
http://www.mingei-okumura.com

文:奥村 忍
写真:山根 衣理

わたしの一皿 雪どけのうつわ

千葉に生まれ育ったものとして、千葉愛がある。それもかなり大きな。数にはできないが、いつも心にしまってあって、今か今かと出番を待っています。そんな僕ですが、各地へ行くと「千葉の名物は?」と聞かれてなかなか困る。これ、千葉県民あるある。実は北海道に次ぐほどの農業県だし、漁業も酪農も盛ん。だけど、一つ一つの素材に目立ったインパクトや知名度がない。うーん、残念。しかし、そのあたりの控えめさがかえって千葉の魅力、と思ってしまう人がもしいるとすれば、同士です。あなたも千葉出身ですね?ほどほど何でもある県、それが千葉。

前置きが長くなりました。みんげい おくむらの奥村です。寒いこの時期ですが、そこかしこに春の訪れを感じさせる食材が並び始めます。今日の素材「菜の花」もその一つ。冒頭の千葉の話、ここにつながります。千葉の県花は菜の花。そして千葉の食用菜の花はダントツ日本一の生産量なのです。なのに「千葉といえば菜の花なんですよ!」と自信たっぷりに各地で話してもぽかんとされるんだ。うーん、わかります。子供ながらに、春に咲いた菜の花を見て、「地味だなぁ」と思ったもの。

201702_04_resize

しかし、食材の菜の花と聞けば、心躍る人も多いはず。地味の滋味です。ひかえめな花、あざやかな緑の葉と茎、そこからは想像も出来ぬほろ苦さ。ギャップにグラっとくるんだよね、というまさに好例でしょうか。優しいあの人のたまに吐く毒っ気が好き。そんなのありますよね。こちとら日々毒まみれですが。まあそれはいいか。

今日は菜の花をシンプルに芥子あえに。さっとゆがいて調味料にひたし、ちょいと待てば出来上がり。なかなか優秀なクイックメニュー。あわせるうつわは白。日本の民藝のうつわの代名詞とも言われる産地のものです。はたしてどこのものかわかるでしょうか。

201702_02_resize

答えは「小鹿田焼(おんたやき)」。大分県日田市にある産地です。小鹿田焼といえば、飛び鉋(とびかんな)や刷毛目(はけめ)という技法で知られ、それが頭に浮かぶ人はなかなかうつわ好きですね。今日はそこを敢えての無地。小鹿田焼のやさしい白を感じてもらえませんか。天然の素材からできた釉薬は、そもそもいわゆる「白」よりはクリームがかっておだやかな色なのですが、それが焼きの具合でさらに色々な表情を見せます。柔らかくて味わい深い白でしょう。

このうつわが作られる小鹿田の皿山(集落)へは、日田市の中心部から車で30分ほど。皿山の景色自体のうつくしさがまたたまらない場所なんです。町を抜け、山に入ると川沿いをひたすら登っていきます。冬の終わりには梅、春は桜、初夏は蛍、秋は紅葉、冬本番は雪景色。いつ訪れても美しい日本の里山の季節を感じることができる山道を登ったらいよいよ到着。一子相伝が守られ、今も10軒しかない小鹿田焼の窯元。そこかしこに窯やその煙突が見えます。目を閉じれば、その小さな集落の中を流れる川の音と、川の水を利用して動く唐臼が、コーン、コーンと焼き物のための土を砕く音が聞こえます。

よくよく各窯元の売店をのぞけば、最初はまったく同じように見える小鹿田焼もそれぞれの家に特徴があることがわかります。今日の一枚は果たしてどこの窯元のものかな。

冬はよく雪が降る小鹿田。そんな小鹿田の景色のような白のうつわに、菜の花が乗っかれば、もう雪どけ。テーブルの上にも春の訪れです。さて、今夜はこの菜の花にどんな酒を合わせよう。鼻の奥をぴりりとくすぐる芥子。うーん、こりゃ日本酒を人肌ぐらいでお燗かなぁ。

奥村 忍 おくむら しのぶ
世界中の民藝や手仕事の器やガラス、生活道具などのwebショップ
「みんげい おくむら」店主。月の2/3は産地へ出向き、作り手と向き合い、
選んだものを取り扱う。どこにでも行き、なんでも食べる。
お酒と音楽と本が大好物。

みんげい おくむら
http://www.mingei-okumura.com

文:奥村 忍
写真:山根 衣理

わたしの一皿 鹿児島のうつわ

はじめまして。みんげい おくむらの奥村忍です。webで手仕事の生活道具を販売しています。食べるのが大好きだという話がどこからか伝わり、こちらで毎月食と工芸の話をさせていただきます。どうぞよろしくおねがいします。

「家にもどったらなにを食べようかなぁ」。 買付けの旅からもどると、体がやさしい味をほしがる。仕事柄、旅、また旅。僕は手仕事の生活道具を国内外各地で買付け、webで販売しています。1泊の国内旅もあれば2週間を超える海外の旅も。旅がつづくとすなわち外食つづき。さらに酒も好きで、仕事が終われば毎夜あちこち飲み歩くもんだから、胃腸はぐったりおつかれさま。そんなわけで、帰ったらなるべく家でおだやかなごはんを。

旅からのもどりに、ぼんやり献立を考える。根っから食いしん坊なのでこれがたまらなくたのしい。ぐったりの胃腸がよろこんでまた踊りだすようなごはんは何だろう。僕は肉よりも魚。洋食より和食派。魚をさばいて料理するのが好きなので、家で魚料理は僕の役割。魚で和食なら、お刺身・煮付け・焼きもの・蒸しもの・揚げもの…。さてどうするか。

昔から住む千葉の船橋には手ごろな大きさの市場があって、プロの料理人たちがあらかた買いものを終えた朝遅めには、僕らもゆっくり買いものができる。場内には仲卸業者が数十軒ひしめき合っていて、それぞれ個性がある。通っていると素人ながらに、あの魚はここ、貝はここ、迷ったらここで旬のものと食べ方を教えてもらって、なんて使い方がわかってきて、生意気気分がここちよい。

よし、今日は煮魚でいこう。冬は湯気が立ちのぼるごはんがうれしい。炊きたての米とみそ汁、そしておつけものでもあれば立派なごはん。今日の魚は房総産の小ぶりな金目鯛。金目鯛は分厚い切り身もよいが、こんなサイズのものを丸一匹食べるのもなかなかぜいたくだ。

煮魚は煮すぎないように、ほどほど味をまとった身に煮汁をひたして食べるぐらいで。魚にどっしり色と味がしみるほど煮てしまうとせっかくの身がガチガチボソボソで台無しです。ちなみに今日の煮汁はこってり目。煮ているそばから思わず日本酒一杯やりたくなる。シメシメ、胃腸も回復のきざし。

そうそう、大切なこと。合わせるうつわをきめなくちゃ。おいしさは見た目にもあるからここは大事。魚の大きさや色、仕上がりをイメージしながら。各地のうつわを売ってるもんで、この辺はお手の物といえばお手の物だけど、思い通りにバチっとハマるとやっぱりうれしいもんです。

今日えらんだうつわは南国鹿児島から。沖縄に学び、ふるさとでうつわづくりをする女性陶工、佐々木かおりさんのもの。地元の粘土や、天然素材を使った釉薬でつくられる「鹿児島のうつわ」。どっしりしながらやわらかい、そして少し男前なたたずまい。窯と工房は集落からちょっとの里山の中で、そこは彼女のお父さんの牛小屋の牛たちと、背の高い木々にかこまれたおだやかな空間(牛は鳴くけれど)。食べざかりのわんぱく二児の母も、この工房にいる時だけはひとりの陶工。「黒薩摩」とよばれてきた鹿児島のうつわの伝統を想いながらも、自分たちの暮らしに添ううつわづくり。釉薬をかけなければ、鉄分が多いこの土地の粘土は焼き上がりが黒い。皿といえば白?いや、黒の効いた皿もおもしろい。やわらかく、あたたかみがある佐々木さんの黒にここのところワクワクさせられっぱなしなんです。

さて、寒い時期だから、お湯で一度あたためたこのうつわに魚を盛りつけたら、湯気が立ちのぼっているうちに食べ始めたい。しかし、昨今商売柄もあって、Instagram用に写真を撮るのだ。なんて殺生。食べたい気持ちと撮りたい気持ちのせめぎ合い。それにしても、このうつわはやっぱりこの魚にバッチリじゃないか。せめて2、3枚ほどでささっと写真が撮れたら、ほら急げ。ひと呼吸して心をしずめて。いただきまーす!

170112_02_re

奥村 忍 おくむら しのぶ
世界中の民藝や手仕事の器やガラス、生活道具などのwebショップ
「みんげい おくむら」店主。月の2/3は産地へ出向き、作り手と向き合い、
選んだものを取り扱う。どこにでも行き、なんでも食べる。
お酒と音楽と本が大好物。

みんげい おくむら
http://www.mingei-okumura.com

文:奥村 忍
写真:山根 衣理