使ってみました。飛騨が生んだ調理道具、有道杓子 (奥井木工舎)

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

各地の取材で出会う暮らしの道具。作っている人や生まれる現場を知ると、自分も使ってみたくなります。

この連載では、産地で見つけた暮らしの道具のものづくりの様子と、後日、暮らしに持ち帰って使ってみた体験の両方を、まとめていきたいと思います。

今回は、使ってみた編。

道具は先日飛騨高山特集でものづくりの様子をご紹介した奥井木工舎の有道杓子 (うとうしゃくし) です。主に煮物や鍋料理に使います。

かつて飛騨の有道村で作られていたという、地域独特の調理道具です
かつて飛騨の有道村で作られていたという、地域独特の調理道具です

実は私自身はもともと、料理する頻度は少ない方です。調理道具に特にこだわりも持っていませんでした。

けれども見た目の美しさや奥井さんのものづくりに触れて、思わず「ひとつください!」と買い求めてから1か月と少し。鍋に七草がゆ、おしるこ‥‥と日々、少しずつ暮らしの中で使ってみた様子をお届けします。

使いたくなった理由

ものづくり取材で印象的だったのが、すくい部分の波のような模様でした。

実はこの凹凸が、調理の時のポイントに
実はこの凹凸が、調理の時のポイントに
凹凸は飛騨特有の道具「曲がり鉋」で削り出されます
凹凸は飛騨特有の道具「曲がり鉋」で削り出される

この凹凸が具材との当たりを和らげ、身を崩さずにしっかりキャッチする役目を果たすとのこと。まずはお鍋で使ってみることにしました。

使う前はこんな感じです

私が買い求めたのは大のサイズ。持ち手は長くしっかり太めです。一般的な金属の「おたま」を使いなれているとやや大きく感じます。2、3人前をつくる鍋に合いそうです。

持ち手は台形になっていて、持った時に安定感があります
持ち手は台形になっていて、持った時に安定感があります

水でさっと洗うと、不思議と生木の元の姿に戻ったように、生き生きと黄色みが増します。

まずは、鍋料理。しらたきで違いに気づく

今日はお豆腐と肉団子の鍋です
今日はお豆腐と肉団子の鍋です
ぐつぐつ、煮えてきました
ぐつぐつ、煮えてきました

いちばん「具材を逃さない」感覚がわかったのが、しらたき。普段なら菜箸でとり分けるところを、他の具材と一緒に杓子ですくい上げられました。

やわらかいお豆腐やしらたきをまとめてキャッチ
やわらかいお豆腐やしらたきをまとめてキャッチ

なんでだろう、と後ですくい部分に触れてみると、内側のくぼみをぐるりと囲むように鉋 (かんな) で縁取りされているのに気付きました。

先ほどと同じ写真ですが、すくい部分の周りが一筆書きに縁取られているのがわかるでしょうか?触れるとキリッと固いです
先ほどと同じ写真ですが、すくい部分の周りが一筆書きに縁取られているのがわかるでしょうか?触れるとキリッと固いです

このわずかな縁取りとすくいの凹凸が程よいストッパーになって、余分な汁は逃しながら具材だけキャッチするのに一役買っているようです。

ほどよく汁気を切るので、やわらかい具材やコロコロする肉団子なども逃げません
ほどよく汁気を切るので、やわらかい具材やコロコロする肉団子なども逃げません

また気に入ったのが、杓子が鍋に当たった時の「コンッ」という音。木ならではの、低くて控えめな音です。

鍋への当たりもやわらか。金属製のおたまで混ぜる時の、「シャリッ」という金属音が苦手な人にもいいかもしれません
鍋への当たりもやわらか。金属製のおたまで混ぜる時の、「シャリッ」という金属音が苦手な人にもいいかもしれません

七草がゆ。土鍋と合わせて、絵になるたたずまいでした

実は人生で一度も作ったことがなかった七草がゆ。せっかく鍋に似合う道具があるんだから、と土鍋も新調してやってみました。

おかゆが炊き上がるまで出番待ち
おかゆが炊き上がるまで出番待ち
完成。やはり、土鍋によく似合います
完成。やはり、土鍋によく似合います
お椀にたっぷりよそいます
お椀にたっぷりよそいます

ごはん用の「飯杓子」も

実は有道杓子にはごはん用の「飯杓子」もあります。

飯杓子

こちらも、ご飯をしっかりキャッチするのにすくい部分の凹凸が活躍します。

一般的なしゃもじよりすくいがやや深いので、ご飯がまとまって取り分けられる感覚がありました。おにぎりを作るときにも便利そう。

おしるこ

鍋、おかゆ、ご飯ときて、最後は冬らしい甘味も。

お鍋の中の様子

すくいが一般的なおたまより浅い分、お味噌汁には向かないという有道杓子ですが、こうしたとろみのある汁ものなら不便なく使えました。「もちろんカレーにも使えますよ」とのこと。

焼いておいたお餅にたっぷりかけて、いただきます
焼いておいたお餅にたっぷりかけて、いただきます

お手入れ方法

水洗いの様子

取材の際に奥井さんから教わったお手入れのポイントは以下の3つ。

・洗い:洗剤なしでOK。汚れが気になる時は、たわしで落とすのがおすすめ
・乾燥:直射日光のあたらない、風通しのいいところで乾かす
・保管:密閉したところにはしまわないこと。通気性のないところにしまうと、カビの原因に!

本当に洗剤なしで大丈夫なのかなぁ。

そう思いながら、まず手でこすってみると、ベッタリくっついているように見えたおかゆやおしるこが、水洗いでするする落ちていきました。

手洗いの様子

そういえば、と思い出したのは、取材時の奥井さんの言葉。

「一般的な木製品が最後に紙やすりで仕上げるのと違って、有道杓子は全体に鉋をかけて表面をなめらかに仕上げるんです。

鉋が繊維のささくれを平らげるので、水や汚れが繊維の中に入りにくくなるんですよ」

まだ使い始めということもあるかもしれませんが、教わったことが確かに手の中で実感できたようで嬉しかったです。

飯杓子についたご飯つぶは手強かったので金たわしの力を借りて、洗い完了。あとはよく乾かします。

乾燥中のところ

何度か使った後も、今のところにおいや色移りはありません。使い終わったらすぐ洗う、を気をつけていれば、長く良い状態で使えそうです。

取材した工房にて。左が作り途中、真ん中が完成品 (大) 、右が奥井さんのご家庭で数年使われている有道杓子 (小) 。使うごとに木の繊維が少しずつ油分を含み、木工でいうオイルフィニッシュのようになるそう
取材した工房にて。左が作り途中、真ん中が完成品 (大) 、右が奥井さんのご家庭で数年使われている有道杓子 (小) 。使うごとに木の繊維が少しずつ油分を含み、木工でいうオイルフィニッシュのようになるそう

使ってみた編、いかがでしたでしょうか。

もちろん金属製のおたまにも、お味噌汁に鍋にと幅広く使える、すぐ乾くといった良さがあります。

そんな中で煮炊きのために作られた「有道杓子」を使ってみたら、鍋だけでなく、「七草がゆも作ろうかな」「せっかくなら土鍋で」「おしるこはどうかな」と、料理不精の私が新しい料理にチャレンジしてみようと思う変化がありました。

道具が変わると、その周りから暮らしが変わっていく。今回の大きな発見です。

春にはきっと、奥井さんのご家庭では定番のジャム作りに、この有道杓子が活躍するのだろうと思います。

<取材協力>
奥井木工舎
https://mainichi-kotsukotsu.jimdo.com/

文・写真:尾島可奈子

革の春財布を買ったら覚えておきたい、お手入れのコツ

新春に買うお財布は春(中身がいっぱいに張る)財布だから縁起がいい。そんな験担ぎをご存知ですか?

百貨店などで初売り時期に「春財布」と題したコーナーを出すことも多いので、ちょうど買ったばかり、という方もいるかもしれませんね。

今年新調した人も、長らく愛用のお財布がある人も、その多くが革製ではないかと思います。

せっかくなら大切に、長くキレイに使いたいところ。革を扱うプロに、その秘訣を伺ってきました。容れものがキレイなら中のお金も喜んで、ますます「張る」財布になる、かも?

縁起の良い春財布。やっぱり定番は革のものですね
縁起の良い春財布。やっぱり定番は革のものですね

伺ったのは兵庫県たつの市の「株式会社マルヒラ」さん。

マルヒラさんのお仕事は「タンナー」と呼ばれる、動物の「皮」を道具としての「革」に変えていく重要な役どころです。

実は姫路を含むこの一帯は、なんと平安時代から革づくりが行われてきた歴史ある革の産地。

兵庫県の中でも海側に位置するこのエリアには瀬戸内海へ流れ出る川が何本も集まり、大量の水を使う革づくりに適していたそうです。

現在でも産地の多くのタンナーさんが川沿いに軒を連ねています。

お話を伺ったマルヒラさんも、やはり川沿いの立地。営業部長の椋さんと仕上部長の藤瀬さんが迎えてくれました。

「革靴も革小物も手入れの基本は同じです。ケアクリームを1本持っておけばいいと思います。が、一番いいのは何より、よく使うことでしょうね」

意外な答えでした。日用品の素材の中でも、決して安くはない革物。

使い込むほどに味わいが増すとはよく聞きますが、決まったシーンでのみ使って、後は大事に取っておく、というお財布やバッグもあります。

「革は天然素材ゆえに取り扱いはデリケート」という頭がありましたが、それをどんどん使った方が良い、とは??

頭に「?」が浮かんだまま革づくりの現場に伺うと、そこにも「革」のイメージを覆す光景がありました。目の当たりにした革の姿は、全く天然「らしくない」のです。

マルヒラさんで扱っているのは、主に「クロムなめし」の牛革です。なめし、は漢字で鞣し。

「革」を「柔」らかくすると書く漢字のとおり、動物の「皮」(skin)に付いている不要な成分を取り除いて、耐久性、耐熱性のある革(leather)に変えるのが「なめし」です。

なめすためには薬品が欠かせません。種類は大きく2つ。1つは植物から取る「タンニン」か、化学薬品の「クロム」を使います。

植物由来のタンニンなめしは古くから行われていて、実は「タンナー」という職名はここから来ています。

早速クロムなめしの革を見せていただくと、なんと‥‥青い!

一瞬革?とわからないほど、淡く水色に染まったクロムなめし革
一瞬革?とわからないほど、淡く水色に染まったクロムなめし革

薬品の化学反応で、クロム鞣しの革は一様に青く染まるそうです。

この状態をウエットブルーと言って、名のとおり触ると水分がぎゅっと詰まってしっとりしています。

マルヒラさんではこの状態で革を仕入れて選別し、革の厚みや水分を調節しながら染色、ツヤ出しなどの加工を行って、世の中に出て行く商品としての「革」を作っていきます。

強く握るとじわっと水分が。まさしくウェットブルー
強く握るとじわっと水分が。まさしくウェットブルー
革に含まれる水分を程よく調整する工程
革に含まれる水分を程よく調整する工程
タイコと呼ばれる大きな機械。この中に染料や生地安定のための薬品と革を一緒に投入して機械を回転させ、第1段階の染色を施します
タイコと呼ばれる大きな機械。この中に染料や生地安定のための薬品と革を一緒に投入して機械を回転させ、第1段階の染色を施します
乾燥の工程。急激な乾燥は革を傷めるそうで、天井に何十台もの扇風機を設置して、ゆっくり乾燥させます
乾燥の工程。急激な乾燥は革を傷めるそうで、天井に何十台もの扇風機を設置して、ゆっくり乾燥させます
色付けの第2段階。ぐるぐる回転するシャワーで上から色を吹き付けます
色付けの第2段階。ぐるぐる回転するシャワーで上から色を吹き付けます
商品個別の色付け。柄杓から、配合した染料を吸い取ってスプレーで吹き付けます。
商品個別の色付け。柄杓から、配合した染料を吸い取ってスプレーで吹き付けます。
生地に風合いを出す「汚し」の工程。ワックスを含ませた布で叩くように「汚し」ていきます。
生地に風合いを出す「汚し」の工程。ワックスを含ませた布で叩くように「汚し」ていきます。

現場を1周して戻ってきた応接室の壁には、色も雰囲気も全く違う革のサンプルがずらり。

これら全て、あの青くてしっとりした同じ牛革から作られていると思うと、見る目が変わってきます。

色も風合いも様々。
色も風合いも様々。

お手入れのコツを学びに行って見えてきたのは、ちょうど天然と人工の間をいく革づくりの世界。

皮から革になる間には、天然の素材を日用に耐えうる道具に変えていく、たくさんの人の「手」が入っていました。

「革は水濡れを避けるように言われますが、あれは一度含んだ水分が蒸発するときに、油分も一緒に飛んでしまうからなんです。

直射日光に長時間当てたり、逆にしまいっぱなしにするのも劣化を早めます。こまめに使うと長持ちするというのは、革が空気中の湿気や人の手の油分を適度に含むからなんですよ」

使い続けることが何よりのお手入れ。人の手を尽くして皮から変身した革は、やはり人の手によって使い続けることで、そのコンディションが保たれるようです。

お気に入りのお財布に出会ったら、少しの注意点だけ覚えておいて、遠慮せずどんどん、外に連れて行ってくださいね。

<掲載商品>

牛革の長財布(中川政七商店)


文・写真:尾島可奈子

この記事は2017年1月17日公開の記事を、再編集して掲載しました。

27歳で東京の会社員から飛騨の漆職人に転職した、彼女の選択

職人への転職。見知らぬ土地への移住。これは、忙しい日々の気分転換のつもりで出た旅が、自身の人生と、ある産地の大きな転機となった一人の女性のお話です。

1日だけのお正月休み

「その年のお正月休みは1日しかありませんでした。

仕事のことを考えなくて済むように、何か気持ちを落ち着かせようってお城のプラモデルを作ったんです。今思えば、かなり疲れていたんですね。

でも、そういえばその時も、組み立てより塗る方が楽しかったんですよね」

少し緊張した様子で語り出したのは大野理奈さん。職業は塗師 (ぬし。漆塗り職人のこと) 見習い。

大野理奈さん

岐阜県飛騨高山の地で400年続く飛騨春慶塗の世界に、およそ40年ぶりに現れた「新弟子」です。

千葉県出身の28歳。前職は東京のイベント会社で、明け方から深夜まで追い立てられるように働いていたといいます。

「夜中に電話がかかってきて翌朝までに資料を作ることになったり。昼も夜も休みも関係ないような忙しさで、休日は携帯の電源を切ったりしていました。

27歳になった頃に、このままでいいのか、と考えるようになりました」

仕事の関係でよく通っていたのが日本橋。イベントを行う商業施設で伝統的な工芸品を目にすることも多く、中でも漆の器の美しさが心に残っていました。

「どこか、そんなものづくりもあるような歴史の古い街に、旅にでも出かけようかなと思ったんです」

旅の情報収集に、移住支援センターへ

ここなら観光の情報も教えてくれるかも、と立ち寄ったのが、有楽町駅近くの交通会館内にある「ふるさと回帰支援センター」。

地方暮らしやIターンなどを考えている人のために、各地域の情報を提供している施設です。

これが、大野さんと春慶塗の出会いでした。

「もともと古い町並みや歴史を感じるものが好きで、旅先の候補に長野や伊勢、岐阜の飛騨高山を調べていたんです」

高山の町並み
高山の町並み

「ちょうどセンターに岐阜県の窓口があったので、『漆に興味があるんですが、岐阜にはそういう産地ってないですか?』とたずねました。

それまでは春慶塗のことも、全く知らなかったんです」

窓口の人は、即座に教えてくれました。

飛騨高山は400年続く漆器産地であること、漆器の名を飛騨春慶塗ということ。

美しい春慶塗の重箱
美しい春慶塗の重箱
道具が並んでいる様子

そして、ものづくりに触れたいという大野さんに、春慶塗の組合長さんを紹介してくれたのです。

「2016年の4月に高山へ行って、組合長さんの案内で塗りの工程を見学させてもらいました。

翌月には、塗師として働きたいという意思を組合長さんに伝えていたと思います」

ああこれかな。

最初に春慶塗の現場を見たときに、大野さんが思ったことだそうです。

塗師が自分で生成する、上塗り漆
塗師が自分で生成する、上塗り漆

「特にこれだ!と強く意気込んだわけでもなく、ただ自然と、これかな、という気持ちになったんです。やらないという選択肢は、ありませんでした」

なぜそう思ったかは今でもわからないんですけれど、とはにかむ大野さんの頭には、有名な漆器産地を訪ねるという選択肢も、不思議とはじめから無かったといいます。

「それもなぜだかは、わからないんですけれど (笑) 」

それからは、機会を見つけては高山へ通う日々。

「地域の方と話す機会も増えていって、高山のみなさんの、穏やかな人柄にも惹かれていきました。

来るたびにどんどん、ここだな、という気持ちが強くなって」

就職先の見つけ方

高山市は、後継者不足が深刻だった飛騨春慶塗への支援策として、就労志望者に5年間の補助金を出す制度を設けていました。

2016年にはこの制度を利用して、木地を加工する「木地師」に飛騨春慶史上初の女性後継者が誕生しています。

大野さんも、この制度を利用して春慶塗の門を叩こうとしていました。

しかし扉は、受け入れる先がなければ開きません。

飛騨では自宅と併設の工房で、何十年と自分一人で仕事をしている職人さんがほとんど。

新たに弟子を迎える環境を作ると言うことは、そう簡単ではありません。大野さんが高山で春慶塗に触れた春から、ちょうど1年が経とうとしていました。

「ともかく会って話をしてみましょうか」

塗師の川原俊彦さんがそう大野さんに声をかけたのは、ある思いがあってのことでした。

塗りの様子
塗師の川原さん

「木地師が材料から引き出した木目の美しさを、いかにムラなく漆を配って最大限に『見せる』か。これが、春慶塗の真骨頂です。

ですが、私が40年ほど前に入門したのを最後に、塗師の弟子入り志願者は現れていませんでした」

塗りの途中の様子。下地の黄色が透けて美しさを感じます
塗りの途中の様子。下地の黄色が透けて美しさを感じます

400年続いてきたものづくりが、自分たちの世代で終わるかもしれない。

塗師の作業中の後ろ姿

「だから大野さんの話を聞いた時に、なんとかしてあげなきゃと思ったんです」

直に大野さんと会って話を聞き、自身の工房を案内し、今の仕事の状況や提供できる環境を伝えました。

「それでもよければ、一度戻ってご家族とも相談して」

そう伝えると、

「ぜひ、お願いします」

大野さんはその場で弟子入りの意向を伝えました。

「よっぽど来たいんだなって思いましたね」

川原さんは驚きながらも、大野さんの決意の固さを感じたそうです。

「即答でした」

そう笑う大野さんは2017年の夏、飛騨高山の人になりました。

Iターン職人の日常

8月末に高山に引っ越して、9月から仕事始め。

現在は、「支援のある5年間で技術を習得できるように」と、川原さんの指導のもと漆塗りの基礎を学んでいます。

水の染み込みを防ぐ「目止め」や、漆の奥に透ける着色の工程、仕上げの漆を塗りやすくするための「摺り漆」など、川原さんが担う最終の「上塗り」のための下準備が、大野さんの今の仕事です。

作業中の様子

「この摺り漆などで、刷毛やヘラなど道具の使い方を覚えていくんです」

大野さんの道具一式
大野さんの道具一式

仕事は9時から17時まで。日曜がお休みです。

「今は決まった時間で働かせてもらっていますが、川原さんは私が帰った後も仕事をされています。忙しさは職人さんも会社勤めも、きっと変わらないと思います。

けれど、同じ忙しさでも、今はひとつ工程を終えるごとに器の見た目も手触りも変わっていく手応えが嬉しい。

全部の工程が、楽しいです」

大野理奈さん
黙々と作業中

職人への転職を決めた娘に、大野さんのお母さんは「ものづくりの方が向いているかもね」と声をかけたそうです。

「市から補助金をいただいているんだから、高山の人に迷惑をかけないように」

そう送り出された高山での生活は、東京での一人暮らしとは全く違っていました。

「高山は、土地の歴史や伝統が、生活のすぐ近くで感じられます。

季節の変化にも誰もが敏感です。雪の話、日の長さの話、ちょっと気候が変われば必ず話題にのぼります。

そういうことが、ここではずっと受け継がれてきたんだなって」

市街地の向こうにそびえる乗鞍岳
市街地の向こうにそびえる乗鞍岳
宮川朝市
ねぎや白菜など、飛騨高山産の新鮮な食材が並ぶ宮川朝市
桜が満開の中橋
桜が満開の中橋
寒さ厳しい冬
寒さ厳しい冬

仕事の連絡が入るのが嫌で休日に携帯の電源を切ることも、なくなりました。

「もっと早く来ればよかった」

大野理奈さん

お話を伺った大野さんの作業部屋には、大きなタンスのような建具が置いてあります。上塗りを終えた器を乾燥させるための「風炉 (ふろ) 」です。

部屋の半分近くを占める大きさです
部屋の半分近くを占める大きさです
川原さんが上塗りを行う隣の部屋にも3台設置されています
川原さんが上塗りを行う隣の部屋にも3台設置されています

「いつか上塗りまでできるようになったら彼女が使えるように、もう仕事を辞められた職人さんに、譲ってもらったんです」

春慶塗のバトンは、静かに受け継がれようとしています。

大野さんと川原さん

<取材協力>
川原春慶工房


文:尾島可奈子
写真:岩本恵美、尾島可奈子
画像提供:高山市

三十の手習い「茶道編」2017総集編

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

着物の着方も、お抹茶のいただき方も、知っておきたいと思いつつ、中々機会が無い。過去に1、2度行った体験教室で習ったことは、半年後にはすっかり忘れてしまっていたり。

そんなひ弱な志を改めるべく、様々な習い事の体験を綴る記事、題して「三十の手習い」を企画しました。

第一弾は茶道編。月に1度の茶道教室の様子を連載して、1年が経ちました。

毎月、気合いを込めて着物で参加しています
毎月、気合いを込めて着物で参加しています

「お茶を点てるだけではなく、来た人が自分が大切にされていると感じること。例えば茶碗一つを大切に扱うことで、それを使う人を大事にすることになります」

そんなお話から始まったお稽古には、一般的なお茶の作法を習う以上の、日常から実践できる様々な学びが広がっていました。

今回は1年間の総集編。茶道の「さ」の字もわからなかった私が、少しずつお茶の世界に親しんでいった12ヶ月の学びを、毎月の記事から振り返ってご紹介したいと思います。

「手に入れた知識、教養こそ財産です。これは他人が絶対に奪うことのできないものです」

(茶道編一、練習でなく、稽古です。 より)

「普通」でないお稽古

2016年10月某日。

お稽古は、お茶の世界で「名残の月」と言われる10月の東京・神楽坂で始まりました。

「このお稽古は、私にとっても実験的なアプローチです。

普通お茶のお稽古といえば、帛紗 (ふくさ) さばきから習います。ですが、今の我々には体の中に昔の道具とかその成り立ちへの思いがありません。

そこで、皆さんと新たに始めたこのお稽古では、お茶をすることの価値、世界観を先に共有した上で、具体的な姿に落とし込んでいくようにしてみようと考えました」

そう語られたのは木村宗慎 (きむら・そうしん) 先生。

木村宗慎先生

先生は裏千家の芳心会を主宰される傍ら、茶の湯を中心とした本の執筆、雑誌・テレビへの出演、新たな茶室の監修など、世界を舞台に幅広く活躍されています。

月に1度のお稽古は確かに、「普通」ではありませんでした。

知るよろこび

「五感をもって感じられること、その場で起きることのすべてに意味がある、というのがお茶です」

第1回目のお稽古で先生がはじめに語られたのがこの言葉。

毎月しつらえの変わるお茶室内には、お茶会の主人である先生からの、季節をからめたさまざまなメッセージが伏せられています。

茶人の正月と言われる11月には、この時期だけのお菓子「吹寄せ」を、農具に見立てた器に入れて
茶人の正月と言われる11月には、この時期だけのお菓子「吹寄せ」を、農具に見立てた器に入れて
華やかな11月のひと月前、名残の月と呼ばれる10月には、もの侘びた雰囲気の金継ぎされた器を
華やかな11月のひと月前、名残の月と呼ばれる10月には、もの侘びた雰囲気の金継ぎされた器を
1月はおめでたい伊勢海老のお茶碗で
1月はおめでたい伊勢海老のお茶碗で
2月には、旧暦で1年の節目である節分の夜にかつて用いられていたという「香枕」が飾られていました
2月には、旧暦で1年の節目である節分の夜にかつて用いられていたという「香枕」が飾られていました
4月の床の間には、お能の演目「熊野(ゆや)」の中の、京都・八坂神社へお花見へ向かうシーンを描いた掛け軸が
4月の床の間には、お能の演目「熊野(ゆや)」の中の、京都・八坂神社へお花見へ向かうシーンを描いた掛け軸が
その傍らには、八坂神社伝来の笛や、能の謡本、能装束の端切が飾られています
その傍らには、八坂神社伝来の笛や、能の謡本、能装束の端切が飾られています
7月の床の間は、余白を滝に見立てた掛け軸の低いところに、釣り舟という名の花入れが
7月の床の間は、余白を滝に見立てた掛け軸の低いところに、釣り舟という名の花入れが
花自体にもたっぷり露が打ってあります
花自体にもたっぷり露が打ってあります
8月の菓子鉢は涼しげな江戸切子の器。江戸時代に作られたものだそうです
8月の菓子鉢は涼しげな江戸切子の器。江戸時代に作られたものだそうです
氷水でお茶を点てる「冷水点て」の一式
氷水でお茶を点てる「冷水点て」の一式
9月のお点前に使われていた水指 (みずさし) は、井戸に釣り下げる釣瓶の形。「秋の日は釣瓶落し」にかけています
9月のお点前に使われていた水指 (みずさし) は、井戸に釣り下げる釣瓶の形。「秋の日は釣瓶落し」にかけています
本物の釣瓶のように、水指しの取っ手に茶巾を通して運んでいる様子
本物の釣瓶のように、水指しの取っ手に茶巾を通して運んでいる様子
再び巡ってきた10月のお稽古では、松花堂の雁宿起こしに秋を感じます
再び巡ってきた10月のお稽古では、松花堂の雁宿起こしに秋を感じます

「本来、茶会では冗長なおしゃべりは禁物。静かに粛々と時が動いていくのが望ましい。では、何が亭主の気持ちを語るかというと、そこに用意された道具が語る。その場に選ばれた理由、組み合わせ方が、何よりのコミュニケーションツールなのです」

(茶道編六、無言の道具が語ること より)

触れる楽しさ、こわさ

道具がコミュニケーションツール。その意味は、道具に込められた意味を読み解くだけに留まりません。実際に自分がどう扱うか、を問われます。

「茶の湯はものを扱う文化なんです。それもていねいに大事に、熱心に扱う。それは当たり前のことなのかもしれません。往々にして道具ひとつの方が人間より長生きなのですから」

(茶道編五、体の中にあるもの より)

お稽古では「人間より長生き」の道具を実際に拝見し、手に取ってみる機会にも恵まれました。

江戸時代、松江藩の名君として知られる松平不昧公 (ふまいこう) ゆかりの秋の棗。貝殻細工を切って花をあしらい、全体に金銀を塗ってあります
江戸時代、松江藩の名君として知られる松平不昧公 (ふまいこう) ゆかりの秋の棗。貝殻細工を切って花をあしらい、全体に金銀を塗ってあります
瀬戸焼の茶入が入った仕覆(しふく。袋のこと)。「辛うじて姿をとどめているだけのボロボロの状態です。それでもこの袋を捨てたりはしない。小さな茶入が、長い時間どれほど大切にされてきたかを物語る、モノ言わぬ証人です」
瀬戸焼の茶入が入った仕覆(しふく。袋のこと)。「辛うじて姿をとどめているだけのボロボロの状態です。それでもこの袋を捨てたりはしない。小さな茶入が、長い時間どれほど大切にされてきたかを物語る、モノ言わぬ証人です」
日本から注文して、朝鮮の窯で焼かせたという御本 (ごほん) 茶碗。なかでもこちらは徳川家光の命で小堀遠州が考案したもの
日本から注文して、朝鮮の窯で焼かせたという御本 (ごほん) 茶碗。なかでもこちらは徳川家光の命で小堀遠州が考案したもの

「自ずから大切にしてやりたいなと思う雰囲気をたたえているでしょう。

茶道具の世界では昔からいい道具を褒める時『手の切れそうな』という褒め方をするんです。あだや疎かに扱うと手が切れてしまいそうなぐらい出来のいい、繊細なものがこれほど長い時間残されているというのが、こわいと思うこと。

ものを敬うということは、いい意味での畏れがないとダメなんです」

そんな先生の考えから、本当に「真剣」を手に取った回もありました。

刀
刀を手に持ったところ

「柄杓は『刀を持つように』構えなさい、と言っても、みんな全くそのように持ちません。

『そうか、この人たちは人生の中で刀を持った記憶がないから、刀を持つようにと言われても意味がわからないんだ』と、はと気がついて。それで本物の刀を手に取らせるしかないと思ったわけです」

「真剣を手にして、名物茶入にふれて、もろもろになった仕覆1枚を扱う。そうすれば自然と身近のあるものを扱うときの所作も、変わってくるはずです」

(茶道編三、真剣って何ですか? よリ)

真剣を手に持った時のずしりとした重みや、息をするのも忘れるような緊張感は、今でもありありと思い出すことができます。

お点前に込める想い

道具の中に潜む「刀」の存在を身に染み込ませながら、回が進むごとに少しずつ、帛紗、茶筅、茶巾などお点前に使う道具のこと、その扱いの心得を学んでいきました。

「道具を大切に扱うことが、ひとつ一つの所作をていねいに行うことが、それを手にとってお茶を飲む人を大事にするということにつながるからです」

(茶道編五、体の中にあるもの より)

帛紗 (茶道編七、帛紗が正方形でない理由 より)

「お茶席でお点前をする、その最も重要な意味は、人の見ている前でものを清めるということにあります。

この器が清まりますように、その器を使う相手も私も美しく保たれますようにという願いが、例えば帛紗の寸法にも込められています」

棗や茶杓を清める帛紗は、たださばき方を習うのではなく、正方形でないその形の理由まで教わりました
棗や茶杓を清める帛紗は、たださばき方を習うのではなく、正方形でないその形の理由まで教わりました

茶筅 (茶道編九、夏は涼しく より)

本来お茶会では1回使い切りの、いわば消耗品である茶筅。それでも流派やお茶人さんの考えによってこれだけの種類があります
本来お茶会では1回使い切りの、いわば消耗品である茶筅。それでも流派やお茶人さんの考えによってこれだけの種類があります

「決して遊びでこれだけの種類があるわけではないのです。たった一度きりの消耗品に、これだけの情熱を傾け、入念な美しさを求めることに、茶の湯のひとつの本質があります」

茶巾 (茶道編十一、なにはなくとも、茶巾 より)

ずらりと並んだ茶巾。違いがわかりますか?
ずらりと並んだ茶巾。違いがわかりますか?
中でもこれは、生地の端を斜めにかがらずに一箇所ずつ縦にかがってある、もっとも古風で正式な茶巾
中でもこれは、生地の端を斜めにかがらずに一箇所ずつ縦にかがってある、もっとも古風で正式な茶巾

「なぜわざわざ手のかかったものを求めるのか。昔ながらの作り方が最高だ、と言いたいのではないのですよ。

人の手で真剣に入念に調えられた茶巾を使って、これをつくった人自身の想いまで受け取って茶碗を拭くことで、ものが清まるのだということです。

茶巾は単に茶碗を拭う道具ではなく、ものを清める道具なのです」

手に沿わせて、茶巾だけが別に動いているように、と扱いのお手本を示す先生
手に沿わせて、茶巾だけが別に動いているように、と扱いのお手本を示す先生

「どんな名品のお茶道具を集めたお茶会をしていても、ピンとしたいい茶巾と、真新しい削りのきれいな茶杓、美しい作りの確かな茶筅が置いていなければ、格好悪いものです」

(茶道編九、夏は涼しく より)

気がある人になる

「大それたことではなくて、日常我々がやっていることも同じです。お茶だけの話ではありません。贈りものをする、それを受け取ったときにちゃんとお礼を言う、大事に使う。同じことです」

学ぶべきは、お茶道具の扱いに留まりません。お辞儀の仕方ひとつ、お箸の扱いひとつ、体で覚えていきました。

お辞儀にも3つの型がある、と教わりました
お辞儀にも3つの型がある、と教わりました
「お箸の持ち方一つでも、ひと手間の贅沢をすることです。左手を器に添えながら、右手でお箸を上から持つ。今度は左手で下から受けるように持ちながら…」 (茶道編二、いい加減が良い加減 より)
「お箸の持ち方一つでも、ひと手間の贅沢をすることです。左手を器に添えながら、右手でお箸を上から持つ。今度は左手で下から受けるように持ちながら…」 (茶道編二、いい加減が良い加減 より)

稽古中に繰り返し先生が語られたのが、「気がある」という言葉でした。

「世の中で一番大事なのは、気があることです。

気を持って『こういうものをわかるようになりたいな』と自分の方から間合いを縮めようとさえ思えば、あっという間に縮まります。

練習とは言わないということも大事なところです。練習でなく、稽古です。

稽古の稽という字は、考えるとか、思い致すという意味です。つまり、古を考えて今を照らすということ。

人間のやることに大差はないのだ、だから、かつての人々のやってきた事に思いを致し、今の我々がやっていこうとしていることを照らす、ということです。

ですから、練習という言葉よりも稽古という言葉の方が私は好きです」

先生が最初の回で語られたこの言葉が、毎月お稽古のはじまりに思い返す心構え。

稽古はこれからも、続きます。


文:尾島可奈子
写真:井上麻那巳、庄司賢吾、山口綾子
衣装・着付け協力:大塚呉服店

「産地で手に入れる暮らしの道具」奥井木工舎の有道杓子

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

各地の取材で出会う暮らしの道具。作っている人や生まれる現場を知ると、自分も使ってみたくなります。

この記事では、実際に作り手を訪ねて自分で使ってみる、その体験をまとめていきたいと思います。

レポート001:飛騨高山の有道杓子

12月に特集中の飛騨高山を調べていて、「有道杓子」という道具に出会いました。うとうしゃくし、と読むそうです。

有道杓子

コロンとした形、木のあたたかみ。そしてすくいの部分の表面が、波打つようでとても美しい、と思いました。

有道杓子のすくいの部分
有道杓子のすくいの部分

調べると、かの白洲正子も絶賛した道具だとか。

「うちでは煮物の他に、ジャムや小豆を煮るのにも使っていますね」

教えてくれたのはこの杓子の作り手、奥井木工舎の奥井さん。有道杓子は軽くて丈夫、調理の時に具材が崩れにくい利点があるといいます。

価格はサイズ別に4000円台から。

いいお値段!とはじめは驚きましたが、これはそうなるだけの理由が、作る過程にありそうです。

さっそく工房にお邪魔してお話を伺いました。

飛騨の恵み、ホオノキ

「有道とは、昭和に廃村になった村の名前。そこで作られていた日用品が有道杓子です。

材料にはホオノキの材を使います。有道村にはたくさんホオノキが生えていたようなんですね」

飛騨高山とホオノキと聞いて、ピンとくる方もいるでしょうか。実は飛騨高山の郷土料理として有名な「朴葉味噌」の「朴葉」とは、ホオノキの葉っぱのことです。

葉の上に味噌を炙ることで、味噌にいい香りが移ります
葉の上に味噌を炙ることで、味噌にいい香りが移ります

有道杓子は、このホオノキの丸太から全て手作業で杓子の形を切り出して作られるのです。

白洲正子が愛した「杓子の中の王様」

「昔の村の暮らしでは煮炊きが大半だったでしょうから、きっとこういう道具も作られたのですね。冬の農閑期の仕事として作られていたようです」

昔の有道村の事が書かれた資料。口頭で受け継がれてきた作り方や形を、奥井さんはこうした古い文献に当たって復刻しています
昔の有道村の事が書かれた資料。口頭で受け継がれてきた作り方や形を、奥井さんはこうした古い文献に当たって復刻しています

必要から生まれた飾りのない暮らしの道具を称賛したのが白洲正子でした。飛騨の地で有道杓子と偶然に出会い、「杓子の中の王様」と自身の随筆の中で讃えたそうです。

こちらは変形版の飯しゃもじ。奥井さんが古道具屋さんなどで見つけてきたものです
こちらは変形版の飯しゃもじ。奥井さんが古道具屋さんなどで見つけてきたものです

明治には最大で5万本作ったという記録も残されていますが、戦後は金属製のレードル (普段私たちが「おたま」と呼んでいるもの) にとって代わられ、衰退。

廃村後は村の出身者や有志が保存会を立ち上げ、細々とものづくりを続けてきたそうです。

先ほどの飯しゃもじ、ひっくり返すと天狗の絵が。使わなくなったものをお土産品に転用したもののようです
先ほどの飯しゃもじ、ひっくり返すと天狗の絵が。使わなくなったものをお土産品に転用したもののようです

木工の原点。「有道杓子」はこうして作られる

今この杓子を作れるのは保存会所属のおじいさん2名と、奥井さんのみ。

「シンプルなようで、やってみるとこれが難しい。3年くらいやってようやく楽しくなってきました」

一見素朴な形ですが、実は飛騨にしかないという独特の道具から出刃包丁まで、様々な刃物を使い分けて形づくられています。

自宅の一室が作業場所。大阪生まれの奥井さんは、幼い頃から木工好き。ご両親が奥飛騨ご出身で、親しみのあった飛騨高山で木工の技能専門学校に学び、作家として出店していた高山の市で、同じく出店者の有道杓子保存会と出会ったそうです
自宅の一室が作業場所。大阪生まれの奥井さんは、幼い頃から木工好き。ご両親が奥飛騨ご出身で、親しみのあった飛騨高山で木工の技能専門学校に学び、作家として出店していた高山の市で、同じく出店者の有道杓子保存会と出会ったそうです
使う刃物をざっと並べただけでこれだけの種類が
他にも様々な道具が揃えられています
他にも様々な道具が揃えられています

作る季節も限られています。

「夏の材は養分を吸うから、仕上げると黒ずんで見栄えが悪くなるんです」

ホオノキの丸太。ここから杓子を切り出していきます
ホオノキの丸太。ここから杓子を切り出していきます

そのため有道杓子を作るのは冬の寒い間だけ。年間でも100〜150本ほどしか作れないそうです。

軽くて丈夫な理由:やわらかいホオノキを、「旬」のうちに加工

「ホオノキは軟材といって、木の中でも加工がしやすい材なんです。それを水分を含んで一番やわらかい生木の状態で加工します。僕は木のお刺身って呼んでいるんですよ」

水分を逃がさないよう、丸太の切り口にはボンドが塗られていました。乾燥を避けるために、雪の多い時は雪の中に埋めて保存したりもするそうです
水分を逃がさないよう、丸太の切り口にはボンドが塗られていました。乾燥を避けるために、雪の多い時は雪の中に埋めて保存したりもするそうです

機械を使わずに、全てを手作業で作る有道杓子。いかに力を入れずに加工できるかが重要です。

「だから木が柔らかいうちに、木の繊維に沿って形を切り出していく。割 (わり) 木工と言って、木工の原点といえるような作り方です。縄文時代に大木の幹をくりぬいてつくられた、えぐり舟なんかもそうですね」

木目を見ながら、ハンマーで刃先を丸太に入れていきます
木目を見ながら、ハンマーで刃先を丸太に入れていきます
丸太を割っているところ

今、同じやり方で杓子が作られているのは広島と、この飛騨高山だけだそうです。

ここから杓子作りがスタートです
ここから杓子作りがスタートです
柄の部分を切り出します
柄の部分を切り出します
ここでも道具の力を借りて
ここでも道具の力を借りて
なんとなく、形が見えてきました
なんとなく、形が見えてきました
繊維をさくように形を作っていきます
繊維をさくように形を作っていきます
杓子っぽくなってきました!
杓子っぽくなってきました!
今度は角度をつけていきます
今度は角度をつけていきます
すくいの部分がくびれてきました
すくいの部分がくびれてきました
すくいの部分にきれいな木目が来るよう計算して切り出されています
すくいの部分にきれいな木目が来るよう計算して切り出されています
柄がどんどん細くなっていき‥‥
柄がどんどん細くなっていき‥‥
柄の形が決まってきました
柄の形が決まってきました

柄からすくいの部分まで全てひとつの材からできているので、軽くても丈夫。

木材がやわらかいうちに木の繊維に沿って形を削り出しているため、木が本来もっている強度をよく保ったままで杓子の形になっています。

奥井さんはその作業を、木目を見ながら「形を見つける」と、おっしゃっていました。

「その分寸法や格好が変わってくるので、インターネットで売るのはなかなか難しくて。今のところは各地の小売店さんと、高山での実演販売だけでお売りしています」

具材を傷つけにくい理由:有道杓子特有の「曲がり鉋」が生み出す波模様

柄の部分を仕上げたら、すくいの部分を作ります。

はじめに驚いたのが、「木のお刺身」を切るのに、ここで本当に調理に使う出刃包丁が登場したこと。形を削り出していくときも、スコン、トン、と野菜を切るような音が響きます。

鉈で大まかな形を整えてから‥‥
鉈で大まかな形を整えてから‥‥
出刃包丁の登場です!
出刃包丁の登場です!

鉈では大まかな形しか削り出せないので、包丁で杓子としての形を整えていくのだそうです。

美しい曲線が現れました
美しい曲線が現れました

すくいの底の部分は、必ず面が台形になるように仕上げていくのだとか。

すくいの底部分に台形が並んでいます。このことで鍋や具材への当たりがやわらかくなるそう
すくいの凸部分に台形が並んでいます。このことで鍋や具材への当たりがやわらかくなるそう

次に登場したのは、くるんと丸い形の刃物。「曲がり鉋」と言って、奥井さんが調べた中では、全国でも飛騨特有の刃物だそうです。

あぐらをかいて、杓子を足で固定します
あぐらをかいて、杓子を足で固定します

「資料も残っていないので、はじめは研ぎ方もわからなくて苦労しました。この道具を作れるのは、今では高山にある鍛冶屋さん1軒だけなんですよ」

その使い方も独特で、足で材料を固定しながらシャッシャとすくい部分を削っていきます。

模様のように、すくい部分が彫られていきます
模様のように、すくい部分が彫られていきます
くるんと丸まった削りカス。触るとまだしっとりとしていました
くるんと丸まった削りカス。触るとまだしっとりとしていました
すくい部分の形が見えてきました!
すくい部分の形が見えてきました!

こうしてできた表面の凹凸が、具材との当たりを和らげ、身を崩さずにしっかりキャッチする役目を果たします。鍋も傷つけにくく、かき混ぜる時の金属音もありません。

あの美しい波模様は単なるデザインではなく、ちゃんと意味があったのですね。

この凹凸が具材を崩さないポイント
この凹凸が具材を崩さないポイント

おおよその形が出来上がるころには、木の放ついい香りとともに削りカスがが絨毯のように広がっていました。

ここから仕上げまであと一息です
ここから仕上げまであと一息です

一般的な木工品は外側に塗装をするため紙やすりで表面を整えるそうですが、有道杓子は無塗装。紙やすりに代えて、全体に鉋をかけて完成させます。

「大工さんが柱の仕上げに鉋をかけるでしょう。あれも、表面に汚れをつきにくくして、長持ちさせるためなんですよ」

鉋は表面の繊維のささくれを平らげるので、水や汚れが繊維の中に入りにくくなるのだそうです。これは調理道具には嬉しいところ。

形が出来上がったら木の呼吸が落ち着くまで3〜4ヶ月、しっかり乾燥させて一本の杓子がようやく完成します。

奥井さんの言っていた「シンプルなようで意外と難しい」のわけが、よくわかりました。

「もう少しすくいの深い、味噌汁用も欲しいってよく言われるんですが、それだと材料の取り方が変わるので、形や繊維の強さなども変わってきてしまうんですね。本来の『有道杓子』はやはりこの形なのかなと思います」

一方で、柄の部分は持ちやすいように台形に整えるなどの工夫も。

柄の部分が台形になっています
柄の部分が台形になっています

200年以上受け継がれてきた形を尊重しながら、使い勝手に工夫がこらされています。これはぜひ使って使い心地を試してみたい。

そんなわけで、このお話はまだ終わりません。使ってみる編に続きます。

<取材協力>
奥井木工舎
https://mainichi-kotsukotsu.jimdo.com/

文・写真:尾島可奈子

飛騨牛に朴葉味噌、だけじゃない。飛騨高山「郷土料理 京や」で味わう冬

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

旅先で味わいたいのはやはりその土地ならではの料理です。あとは地酒と地の器などがそろえば、もうこの上なく。産地で晩酌、今夜は飛騨高山で一杯。

高山の夜は早い。

ひっそりとした通り

昼間は観光客で賑わっていた目抜き通りも、日に日に早くなる日暮れとともにひっそりとして来ます。

そんな中、どこか一杯立ち寄れるところはないかしらとそぞろ歩いていると、闇に浮かび上がる大きなシルエット。

京やの外観

暗い中でも建物の立派さがうかがえます。脇の看板には煌々と「京や」の文字。

京や、と浮かび上がる看板
明かりを目指していくと、いいお店を見つけた予感です
明かりを目指していくと、いいお店を見つけた予感です

誘われるようにのれんをくぐると「いらっしゃい」の明るい声とともに、

「席はテーブルとお座敷と、焼き物をするなら囲炉裏席がありますがどちらがいいですか?」

と尋ねられました。

中をちらりと覗くと囲炉裏席は網の上で食材を焼くスタイル。先客がいい匂いをさせているのはきっと、かの有名な飛騨牛でしょう。網の下の炭火が、とても暖かそうです。

囲炉裏席

「囲炉裏席でお願いします」と答えて席に落ち着くと、店内は高い天井、立派な梁。

わざわざ新潟から移築してきたという古民家を改築した店内は、内装もどこか懐かしさを感じさせます。

内装

早速くつろいだ気持ちになって、高山にきたらやっぱり食べたい、飛騨牛と朴葉味噌をまず注文。もちろん地酒も忘れません。

まずは定番の郷土料理で一杯

お店自慢の、A5ランクの飛騨牛を網焼きで。飛騨牛は「溶けるような口当たりもありつつ、しっかりと肉らしい食べ応えがあることが良さ」だそうです
お店自慢の、A5ランクの飛騨牛を網焼きで。飛騨牛は「溶けるような口当たりもありつつ、しっかりと肉らしい食べ応えがあることが良さ」だそうです
おすすめをお願いした地酒は、地元でも有名だという平瀬酒造の「久寿玉 (くすだま) 」
おすすめをお願いした地酒は、地元でも有名だという平瀬酒造の「久寿玉 (くすだま) 」
待ってました、朴葉味噌!
待ってました、朴葉味噌!

秋に一斉に葉を落とすというホオノキ。朴葉味噌は、その葉の上で味噌を炙り、葉の香りを味噌に移していただく飛騨伝統の郷土食です。

しいたけや刻みネギと一緒に炙ると、風味が一段と豊かになって、ご飯や晩酌のおともに最高です。

天然の器でいただく土地の恵み。炭火と地酒で体も温まって大満足、ですが今日の晩酌はこれでは終わらなかった。

店内のお品書きにふと目をやると、

店内のお品書き

漬物ステーキ‥‥こもどうふ‥‥?見慣れない料理名ばかりです。

「雪の多い飛騨は冬に野菜が採れなくなるので、どの家も漬物にしてあるんですね。でもそればっかりだと冷たいので、玉子でとじて焼いたものが漬物ステーキです」

教えてくれたのはご両親からお店を受け継いだ2代目の西村直樹さん。

そう、「京や」さんは飛騨牛や朴葉味噌だけにとどまらない、飛騨高山伝統のさまざまな郷土料理を味わえるお店なのです。

漬物ステーキ

冷めないうちに食べてね、の言葉通り出来立てを急いでほおばると、アツアツの卵とじの中にシャキシャキとした白菜の歯ごたえ。あっさりしているので、濃いめの朴葉味噌と好相性です
冷めないうちに食べてね、の言葉通り出来立てを急いでほおばると、アツアツの卵とじの中にシャキシャキとした白菜の歯ごたえ。あっさりしているので、濃いめの朴葉味噌と好相性です

ころいも

間引いた芋を「もったいないから」と保存し、皮ごと甘辛く炊いたもの。一口サイズでついついお箸が進みます
間引いた芋をもったいないからと保存し、皮ごと甘辛く炊いたもの。一口サイズでついついお箸が進みます

こもどうふ

飛騨のお豆腐屋さんやスーパーでは、すまきにして水分を抜いた状態のお豆腐が売られているそうです。それを家庭ごとに醤油や出汁で味付けしたものが「こもどうふ」。冠婚葬祭やお正月のおせちにも登場するそう
飛騨のお豆腐屋さんやスーパーでは、すまきにして水分を抜いた状態のお豆腐が売られているそうです。それを家庭ごとに醤油や出汁で味付けしたものが「こもどうふ」。冠婚葬祭やお正月のおせちにも登場するそう

ネギ焼き

あれこれと頼んだ中で一番心を打たれたのが、実は「ネギ焼き」。

お肉の付け合わせ程度に考えていたのですが、私が炭火でぼちぼちと焼いていると、

「ちょっと、焼き方を教えようかね」

焼き方指南

このお店の初代女将さん、西村さんのお母さんが声をかけてくれました。

「このネギは霜が降りないと採れないネギなの。分厚いから、芯と外側は別々に焼くのよ」

そう言って、程よく外側が焼けたネギから、器用に青々とした芯の部分をつるん、と網の上に押し出しました。

芯を押し出しているところ

ネギの名は飛騨ネギ。この地域で11月から2月頃までしか採れない季節限定の郷土野菜です。

コロコロ転がしながらしっかり焼き目がついたところで、生姜醤油で食べる。

いい具合に焼き目が付いてきました
いい具合に焼き目が付いてきました

「この芯の部分が、バカにならんのよ」

どうぞ、と女将さん
どうぞ、と女将さん

うまい!

外側の白い部分と全く味が違います。とろんとした甘みのあとに、薬膳のような、鼻に抜けるすっとした後味。食べるそばから体がポカポカと温まるようです。

めくるめく郷土料理の世界に夢中になっていると、耳に異国の言葉が飛び込んできます。しかもドアが開くたびに、違う言葉のよう。

店員さんも慣れた様子で相手ごとに挨拶を変えて応対します。

外国人観光客からも人気の高い飛騨高山。この地ならではの料理を味わえる「京や」さんは、国境を越えて愛されているようです。

「これからもっと賑やかになるよ、ここはどこの国だって思うくらい」

ネギを転がしながら、お母さんが冗談めかして笑いました。

飛騨高山の夜は長い。

気になる郷土料理がまだあって、なかなか席を立つ気になれません。

<取材協力>
飛騨高山郷土料理 京や
岐阜県高山氏大新町1-77
0577-34-7660
http://www.kyoya-hida.jp/

文・写真:尾島可奈子