漆器のお手入れ・洗い方・選び方。職人さんに聞きました

お味噌汁に使う汁椀から、おせちを詰める重箱まで、暮らしのハレとケ、どちらにも欠かせない漆器。

漆器のお手入れ・選び方

身近な存在すぎて、その選び方や扱い方は意外とあいまいです。

「実は寒いこの時期が、漆器を揃えるのに一番いいタイミングなんですよ」と教えてくれたのは、福井県鯖江市で越前漆器の製造販売を手がける、漆琳堂 (しつりんどう) の内田徹さん。

漆器のお手入れ・使い方 漆琳堂
1793年創業「漆琳堂」八代目 内田徹さん

塗師 (ぬし) として日々漆や漆器に向き合う内田さんに、漆器の選び方、お手入れ方法など「基本のき」を教えていただきました。

そもそも漆器とは?完成は100年後という不思議な器

はじめにおさらいしておくと、そもそも漆器の「漆」とは、ウルシの木の幹から採取した樹液 (生漆 ・きうるし) 。もしくはそれを精製したもの。

漆・漆器とは。歴史とお手入れ方法

樹液の主成分であるウルシオールが酸化して固まることで、酸、アルカリ、アルコールにも強い、優れた機能を発揮します。

耐久、耐水、断熱、防腐性が非常に高く、今も漆に勝る合成塗料は開発されていないというから驚きです。

漆・漆器とは

この漆の機能を、器を保護する皮膜として活用したのが漆器の始まり。日本では縄文時代から活用が確認されています。

今でこそ様々な色かたちの漆器が存在し、そのデザイン性も品物を選ぶ大切なポイントになっていますが、そもそもは器の強度を高める補強材としての役割が大きかったんですね。

漆器の手入れ・選び方 漆琳堂

「実は漆の塗膜が馴染んで漆器自体が完全に固まるのは、作ってから100年後とも言われます。

漆は時間がたつほどに硬さを増して、丈夫になっていきます。僕たちが普段手にしている漆器は、その過程を使っているんです」

本体は木で、塗料は樹液。全部が天然素材で、完成は100年後。改めて考えると壮大なスケールの道具です。

では、その使い方とは。ここからは内田さんに一問一答形式で付き合い方のコツを伺っていきます。

漆と漆器の成り立ちをもっと詳しく知りたい方はこちら:「漆とは。漆器とは。歴史と現在の姿、お手入れ方法まで」

冬こそ、漆器はじめによい季節

——早速ですが「今の時期が漆器を選ぶよいタイミング」なのはなぜでしょうか?

「お正月に漆塗りのお椀でお雑煮を食べた人も多かったと思います。

他にもお重やお屠蘇のように、お正月には塗り物が多く使われるので、全国の漆器産地の出荷量は迎春のこの時期に向けて一気に増えるんです」

漆器のお手入れ・選び方
漆器のお手入れ・選び方 飛騨春慶塗
こちらは飛騨春慶塗の重箱

百貨店などの売り場にも一番品数が多く並ぶので、気に入ったものに出会えるチャンス、というわけですね。

汁椀はなぜ赤い?

ちなみに内田さんが普段使い手として一番よく親しんでいるのは、漆塗りの汁椀とお箸。どちらもご自身の作だそうです。

この漆塗りの汁椀、実は内側が赤いお椀の生産量が一番、多いのだそう。

漆器の手入れ・選び方

「色々な説があるんですが、味噌汁を飲んだ時に底面に残るお味噌のカスが、赤い色だとあまり目立たないから、というのが一説。

他にも口につける時に目に入る色として、内側が赤い方が食欲が増す、美味しく見える色だからという説もあります」

漆・漆器とは。歴史とお手入れ方法

きっとどの家庭にもひとつはある赤いお椀。何気ない色使いにも、訳があるのですね。

選ぶときは自分の基準を持って

——では、漆器ビギナーの人が漆器を買う場合のコツってありますか?

こぶくら

「例えば汁椀なら、普段使っているものが自分にとってちょうどいいサイズかどうか、あらかじめ把握しておくといいと思います。

僕の感覚でいうと、お店で見る品物って実際より小ぶりに感じると思うんですね。

買って帰って後悔することがないように、直径や高さ、持ち心地など、ちょうどいいと思う自分の基準を設けておくと良いと思いますよ」

自分なりのベストの形状を頭や手で覚えておいた上で、好みのものを探すのがポイント。

選ぶ時には、色かたちに加えて産地やメーカー、品質表示のチェックもしておくと、作りの確かなものを選べて安心とのことです。

扱うときの注意点は?


——実際に使うときの注意点はありますか?

「滅多にする人はいないとおもますが、例えば沸騰させた直後の熱湯を入れたりすると、漆器にダメージを与えてしまいます。

お味噌汁の一番美味しい温度は70〜80度と聞いたことがありますが、これは漆器にも適温なんです。料理にも器にも理にかなった温度のようですね」

洗う時、洗った後、保管時の注意点は?


——洗う時、洗った後に気をつけることはありますか?

「金ダワシなど粗いものでは洗わないことですね。柔らかいスポンジで中性洗剤で洗えばOKです」

漆器の手入れ・洗い方

「あとは、洗う時に陶器など高台 (こうだい。器を支える台の部分) がザラっとしたものと重ねて洗うと漆器が痛んでしまいます。

一緒に洗う場合はお互い当たらないようにちょっと気をつけると長持ちするかなと思います」


——保管はどんな環境がよいですか?

「漆器は極度の乾燥や紫外線が苦手です。ひどく乾燥すると木地にヒビが入ってしまうこともあります。

保管は日当たりの良いような場所は避けた方が良いですね」

重ねて保管して長く使わない場合は、器と器の間に布を挟んでおくと、擦り傷を避けられて良いとのこと。お正月にだけ使う器など、一度点検してみるといいかもしれません。

漆器を長持ちさせるコツとは。ポイントは「拭き」にあり


——長持ちさせるコツがあれば教えてください。

日常使いの漆器なら、洗ったあとそのまま食器置きに伏せて乾かしても良いですが、ふきんなどで水気を取りながら拭くと、漆器はツヤが増すと言われています」

漆器の手入れ・選び方 花ふきん


——よく、漆器は使うほど色ツヤが増すと聞きますが、何故なんでしょうか?

「実は、完成したての漆器って漆の粒子が不揃いなんです。

これを使うたびに布で拭いていくと、表面の粒子が削れて鏡面のように平らになっていく。それがツヤが増すという意味なんです。

だから食洗機対応の漆器でも、食洗機にかけてるだけだとツヤが上がらない。拭くという行為が必要なんですね。

繰り返していくと、塗った後のツヤとはまた違う、なんとも言えない深みのあるツヤが出てきます。

漆器のお手入れ・使い方

時々修理依頼のあるお椀で、惚れ惚れするようなツヤのものに出会います。

形自体は今っぽくない昔のものなんですが、何十年も大切に使っているなというのが、見た目にも現れているんです」


——何年、何十年と使ううちに、その人だけの器になるんですね。漆器の付き合い方以上に、魅力を再発見しました。

「美味しく食卓を囲もうと思ったときに器ってとても大切ですよね。

漆器は買って終わりじゃなくて、そこから付き合いが始まる器だと思うと、楽しめるんじゃないかなと思います」

<関連特集>

漆琳堂さんにつくっていただいています。

漆琳堂「お椀や うちだ」の商品はこちら

漆琳堂「RIN&CO.」の商品はこちら

<取材協力>
漆琳堂
福井県鯖江市西袋町701
0778-65-0630
http://shitsurindo.com/

文:尾島可奈子

信楽のお土産なら、冬限定の「でっちようかん」を。地元民おすすめの若狭屋さんへ

さんち編集部が全国各地で出会った “ちょっといいもの” をご紹介する “さんちのお土産”。

今回は滋賀・信楽にある若狭屋の「でっちようかん」です。

地元の人に聞いた、信楽おすすめのお土産とは?

NHKの連続テレビ小説「スカーレット」に沸く信楽。

信楽 スカーレット

地元の方に「信楽でおすすめのお土産といえば、ここ」と教えてもらったのが、信楽高原鐵道・雲井駅近くの若狭屋さんです。

信楽 若狭屋 丁稚羊羹
終点・信楽駅から3つ手前の雲井駅で途中下車。若狭屋さんまでは徒歩5分ほどです
信楽 若狭屋 丁稚羊羹
お店の前にはやっぱりタヌキ

お店の看板と並んで大きく掲げられていたものこそ、本日のお目当て、信楽名物の「でっちようかん」です。

信楽 若狭屋 丁稚羊羹
お店の入り口に大きく「でっちようかん」の文字
信楽 若狭屋 丁稚羊羹

信楽・若狭屋さんの「でっちようかん」

でっちようかんとは、主に関西でつくられる蒸し羊かんの一種。名前の由来は諸説ありますが、丁稚さん (お店に奉公する小僧さん) が里帰りの際に買い求めたからとも。

信楽でも何軒かの和菓子屋さんが手がけていますが、地元の方からまず挙がったのが若狭屋さんの名前でした。つくっている年数も50年と、信楽で一番古いのだそう。

信楽 若狭屋 丁稚羊羹
信楽 若狭屋 丁稚羊羹
伺った際もご近所の方が20本入りをさっと買われていきました

要冷蔵で、冷やしていただきます。

信楽 若狭屋 丁稚羊羹
信楽焼の豆皿に載せていただきました

ひとつ口に運ぶとやわらかで瑞々しく、最後にはさっぱりとした口当たり。控えめな甘さで、つるりと何本でもいただけてしまいそうです。

実はこの姿は冬限定。夏場は水ようかんに変わります。

暑い時期にのどを潤すにも、寒い時期のお茶請けにもぴったりの信楽の味です。

ここで買いました。

若狭屋
滋賀県甲賀市信楽町牧686
0748-83-0164

文:尾島可奈子
写真:太田未希子

年始のご挨拶にかえて お正月を楽しむための工芸の読みもの2020

新年、あけましておめでとうございます。

4年目を迎えた「さんち 〜工芸と探訪〜」は、全国の工芸・産地にまつわる読み物をこれからも毎日更新していきます。

昨年は3周年をきっかけに、読者のみなさんの感想を聞けたり、一緒に奈良のものづくりを巡るツアーに行けたことが良い思い出でした。

鹿コロコロ
奈良の新郷土玩具「鹿コロコロ」の絵付けも体験しました

体験レポートはこちら:「ものづくりの宝庫、奈良を1日でめぐるスペシャルツアーに行ってきました」

本年も「友達のようにあなたと全国の工芸産地をつなぐ、旅のおともメディア」というテーマを胸に、日本各地からその魅力を一つひとつお届けします。

お正月を楽しむための工芸の読みもの

例えばお正月の風物詩、独楽。どうして「お正月には凧あげて独楽をまわして」遊ぶのでしょう?

ユニークな「らっきょう型」が珍しい、長崎は佐世保独楽の工房へ、その秘密を訪ねました。

佐世保独楽

記事はこちら:「なぜ『お正月には凧あげて独楽をまわして』遊ぶのか?」

お正月に欠かせないお餅。今年はいくつ食べるでしょう。意外と知らないお餅の歴史と文化をご紹介します。

お雑煮

記事はこちら:「鏡餅はなぜ丸い?お正月に欠かせない「お餅」の歴史と文化」

温泉であったまりたいなぁという方には、初詣と工芸土産もセットで楽しめる日帰り温泉がおすすめです。

福住楼

記事はこちら:「お正月に行く!関東の日帰り温泉×お参り×工芸のさんち旅、3選」

こんなふうに、ゆたかで心躍る、穏やかで心地よくなれる、そんな日々を送るきっかけとなることを祈って。

愛着の持てる道具と暮らす毎日を。発見にみちた産地旅へのいざないを。2020年も「さんち」をどうぞ、よろしくお願い申し上げます。

2020年元日
さんち編集部一同

世界が認めたナマハゲ「中の人」インタビュー。「一人前への道のりは衣装作りから」

ナマハゲになるには?50年務める「中の人」に聞きました

新しい年が明けると、次に話題になるのが成人式。

とはいえ式典に出たから大人、というわけでもなく、地域によっては「これができたら一人前」という通過儀礼があったりします。

2018年にユネスコの無形文化遺産に登録された男鹿 (おが) のナマハゲ行事も、実はそのひとつのよう。

ナマハゲがやってきた!
ナマハゲがやってきた!


「ナマハゲ行事って何?」を体験取材した記事がこちら:「体験して、ナマハゲ行事の本当の意味がわかる。男鹿真山伝承館へ行ってきました」

「子どもの頃は本当にこわかった‥‥」と取材した全員が口を揃えたナマハゲ行事ですが、なった人には、違う景色が見えるようです。

ナマハゲ特集、今回はナマハゲ「ご本人」の登場です。

ナマハゲに53年間なってきた人

はじめにお話を伺ったのは「真山 (しんざん) なまはげ伝承会」会長の菅原昇さん。

菅原昇会長
菅原昇会長

ナマハゲ行事を行う集落は男鹿市内に80ほどあり、地区ごとにその出で立ちや振る舞いが違います。

中でも菅原さんが生まれ育った真山は、古い形式が残されているという地域。

男鹿半島の中で「お山」として古くから信仰を集めてきた「真山」のふもとに位置し、ナマハゲは山から降りてきた神様として家々に迎えられます。

「ナマハゲは鬼の化身」とする地区のお面にはツノがあるのに対し、真山地区のお面にはツノがありません。地区によって多様性があるのも面白いところ
「ナマハゲは鬼の化身」とする地区のお面にはツノがあるのに対し、真山地区のお面にはツノがありません。地区によって多様性があるのも面白いところ

その真山地区で菅原さんは50年以上、ナマハゲをつとめてきました。

17歳のナマハゲデビュー

—— 何歳からナマハゲをされていますか?

「17歳のときに初めてナマハゲになりました」

菅原昇さん

「ただ、わたしは20歳で結婚したので、大晦日の行事にナマハゲとして参加できたのは3年だけだったんです」

今はゆるやかになっているそうですが、元々大晦日にナマハゲになれるのは未婚男性のみというしきたり。いわば巫女さんのような存在なのですね。

「それで心残りもあったのかな。伝承会で観光行事などに参加する広報活動を通じて、ナマハゲになってきました」

ナマハゲ

ナマハゲの気持ち

—— ナマハゲになるって、どんな気持ちですか?

「ナマハゲはあらゆる厄を追い払って新しい年に幸せを与えてくれる、とてもありがたい存在。

迎える側は神様が来ているんだという思いで迎えてくれます」

先日取材したナマハゲの実演の様子。とても厳かな雰囲気でした
先日取材したナマハゲの実演の様子。とても厳かな雰囲気でした

「こちらもお面をかぶった瞬間から、自分とは違う神聖な存在になったような気持ちになるんですよ」

—— やはり衣装の中でも、お面は重要ですか。

「お面をかぶって、初めてナマハゲになります。

地区にもよりますが、真山ではお面をかぶったら行事の間、決して外しません。そして行事が終わると、大体はその地区の会長が、大切に保管します。

12月になるとケデづくりとお面の手入れを始めるんですが、それまで1年間、地区の外には絶対に出さないんです。

お面は、神様が宿るものですからね」

ナマハゲもつらいよ

—— 本当にナマハゲは、神聖な存在なんですね。それでも、実際にやるとお子さんが大声で泣いたりして、辛いと思うことはなかったですか?

「それは、あります (笑)

けれど、ナマハゲ行事は子どもを脅かすことが目的ではないからね。

立派に育って、ゆくゆく地域を守ってもらいたいという思いでやっている。

子どものころからちゃんと勉強して親の言うことを聞かなければ、立派な大人に成長しないよと、ナマハゲの姿を借りて伝えます」

勉強はちゃんとしてるか、親の言うこと聞いてるか、と詰め寄ります
勉強はちゃんとしてるか、親の言うこと聞いてるか、と詰め寄ります

「少しはおっかないところがないと効き目がない。でもあまりに怖がる子はちゃんと加減もしますよ」

菅原昇さん

「それに、ナマハゲ行事は子どものためというより、家族全体のための行事なんです」

大晦日の行事には、ナマハゲと家の主人が家族の話をする「問答」が必ずあります
大晦日の行事には、ナマハゲと家の主人が家族の話をする「問答」が必ずあります

「誰かに悪い行いがあればナマハゲは注意する。でも、詰め寄るナマハゲに対して主人が必ず家族をかばう」

菅原昇さん

「それも家族の絆に繋がっていく。そんなところを誇りに思ってます」

ナマハゲは、年に一度家族をまとめ直す重要な役割。

だから地区の青年が年頃を迎えても、すぐになれるわけではないそうです。

「まずはこういうところから行事を覚えていく」という、『ケデ作り』を見せてくれました。

いい笑顔!さて手元にあるのは一体‥‥?
いい笑顔!さて手元にあるのは一体‥‥?

神様を宿す衣装「ケデ」

ケデは、その年に刈りとられた稲ワラで編むナマハゲの衣装。

ナマハゲに欠かせない「ケデ」
ナマハゲに欠かせない「ケデ」

「衣装として身につけることで、神様に捧げるというんですかね。

『今年も豊作で、おかげさまで1年無事に過ごせました』と神様に感謝する思いで、自分たちで作ります」

ナマハゲは激しく動くので、去った後にケデの稲ワラが落ちていることも。ケデから落ちた稲ワラ。体に巻くと病気が治る、子どもの頭に巻くと賢くなるなど、神様が残していった縁起物として大切に扱います
ナマハゲは激しく動くので、去った後にケデの稲ワラが落ちていることも。これを体に巻くと病気が治る、子どもの頭に巻くと賢くなるなど、神様が残していった縁起物として大切に扱います

菅原さんと一緒に実演を見せてくれたのは、ケデ作りの名人と呼ばれる畠山富勝さんです。

ケデ編み名人、畠山富勝さん
ケデ編み名人、畠山富勝さん

一人前への第一歩。ケデ作り

これが神様が宿るという、ケデ
これが神様が宿るという、ケデ
編む前の稲ワラはこんな状態です
編む前の稲ワラはこんな状態です
何本かを束にして‥‥
何本かを束にして‥‥
三つ編みの要領で編み込んで行くそう
三つ編みの要領で編み込んで行くそう

—— 全部自分たちの手で作るんですね!かなり大変なのでは?

「いやいや、作ること自体は大体ひとつ10分、20分くらい。

本番は人数分必要なので、大晦日の1週間くらい前には青年会で集まって、大勢で工程を分担しながら一気に作るんです」

—— そこで作り方を覚えていくんですね。

「代々先輩から後輩に、やりながら教えてね。

地域の先輩から『今年のケデ作り、手伝ってくれないか』とお願いされたりすると、そろそろ自分も地域の若者として認められつつあるんだな、と自覚するんです」

ケデ編み
どんどん長くなっていきます
もう少しで完成です!
もう少しで完成です!
端の方は縄状に
端の方は縄状に
くるくるっと両手を使って縄を綯 (な) っていきます
くるくるっと両手を使って縄を綯 (な) っていきます
余分なところを取り除いたら‥‥
完成!
完成!
こんな風に、上下セットで使います
こんな風に、上下セットで使います
作るのは10分、20分でも、収穫までが一苦労。食用の稲とは使う目的が違うため、肥料のやり方から収穫の仕方まで、初めからケデ用に育てていく必要があるそう。実際の衣装作りは、春から始まっています
作るのは10分、20分でも、収穫までが一苦労。食用の稲とは使う目的が違うため、肥料のやり方から収穫の仕方まで、初めからケデ用に育てていく必要があるそう。実際の衣装作りは、春から始まっています

ナマハゲにとってのナマハゲ行事

—— あっという間に完成!こういう準備段階から覚えて、若者はだんだんナマハゲに「なって」いくんですね。

「大晦日当日も、はじめの数年は巡った家からのご祝儀を預かる役とか、先立 (さきだち) といってナマハゲが行く前に家を廻る役をやったりね。

そうして何年か行事に参加してナマハゲのお面をかぶったときに『あぁ俺は成人として認められたんだな』という実感がわくんです」

—— ナマハゲのお面をかぶってからが一人前。

「そう。すると今度は自分が人を訓戒する立場になるでしょう。

他所の家の子どもとか、必要であればそこの旦那さんにもナマハゲとして『オヤジ最近酒飲みすぎだ』とか『タバコ吸いすぎだ』と言わなきゃいけない」

ナマハゲは1年間の家族それぞれの行いを問いただします
ナマハゲは1年間の家族それぞれの行いを問いただします

「そうやって人を訓戒しながら、さて自分の1年はどうだったのかなと、ナマハゲはナマハゲで、お面の下で自身を振り返るんです」

なまはげ

「一方で、ナマハゲに叱られた子どもは親に渾身の力でしがみつく。なだめてナマハゲを帰す親を尊敬する。

そのうち小学2、3年の頃になると自分から隠れるようになる。兄弟ができると、妹や弟をつれて隠れろと言う。

そうやって自立していくんだ、男鹿の子どもたちは」

一方、今はプライバシー意識や支度の大変さなどで、ナマハゲを招き入れる家が減っているのも事実。

菅原さんたちの伝承会では子どもの頃からナマハゲへの理解を深めてもらおうと、学校への出張授業も行っているそうです。

「やっぱり小さい頃の体験があってこそ、大人になったときの気づきがありますからね」

伝承会では他にも行事の伝統を守るため、他の地区の稲ワラ確保、時にはケデ編みも引き受けているそうです
伝承会では他にも行事の伝統を守るため、他の地区の稲ワラ確保、時にはケデ編みも引き受けているそうです

そんな話をしながらケデ作りは2枚目に突入。

取材もそろそろ終盤という頃、その輪に一人の女性が加わりました。

こちらの女性は‥‥?
こちらの女性は‥‥?

畠山さんを「師匠」と呼ぶ福留純枝さんです。

福留純枝さん
福留純枝さん

ナマハゲが育った場所

実は福留さん、畠山さんにケデ作りを教わって今では他の地域からも製作を頼まれるほどの腕前の持ち主。

普段は先日お面作りを取材した「なまはげ館」そばの「里暮らし体験塾」という施設の運営を仕事にされています
普段は先日お面作りを取材した「なまはげ館」そばの「里暮らし体験塾」という施設の運営を仕事にされています

「ケデというより、ワラ細工を覚えたかったんです。

ここは男鹿の生活文化を伝えていく施設なので、もともと畠山さんには、田んぼや地域のことを色々と教えてもらっていました」

取材場所としても提供いただいた「里暮らし体験塾」
取材場所としても提供いただいた「里暮らし体験塾」
里暮らし体験塾の中

「教わることの中にワラ細工もあって、やっているうちにハマりました (笑) 」

福留純枝さん
壁にも様々なワラ細工が
壁にも様々なワラ細工が

「そのうち、ケデも編んでみれって話になって。大晦日の行事は女の人が基本的に立ち入れないので、イベントごとで依頼があると編む感じですね」

福留さん
「三つ編みの要領なので、結構女性は得意だと思いますよ」とテキパキ手を動かす福留さんと、見守る菅原さん
「三つ編みの要領なので、結構女性は得意だと思いますよ」とテキパキ手を動かす福留さんと、見守る菅原さん
福留さんと菅原さん

「男鹿には独特の編み方をするワラ靴があって、最終目標はそれを編むことなんです。ナマハゲも昔はこのワラ靴を履いていたんですよ」

男鹿独特のワラ靴。ふっくらした形が愛らしい
男鹿独特のワラ靴。ふっくらした形が愛らしい

「普段の暮らしの中に、ワラで何かを作る文化が元々ある。

食べることや暮らすことがみんな繋がっているんですよね」

福留さんたちが地域の人から教わったワラ細工の数々。ワークショップを開催すると、隣の市や、時には県を超えて習いに来る人もあるそう
福留さんたちが地域の人から教わったワラ細工の数々。ワークショップを開催すると、隣の市や、時には県を超えて習いに来る人もあるそう

この福留さんの一言に、取材で見聞きしたことが凝縮されているように感じました。

男鹿の子どもたちはナマハゲ行事を通して家や地域のことを知り、お面をかぶる頃には男鹿の暮らしをよく知る、立派な「一人前」になっているのだろうと思います。

<取材協力>
里暮らし体験塾
男鹿市北浦真山字水喰沢
0185-22-5050
https://www.namahage.co.jp/sato/

最後に3人で1枚
最後に3人で1枚


文:尾島可奈子
写真:船橋陽馬 (根子写真館)

*こちらは、2019年1月10日の記事を再編集して公開しました。

体験して、ナマハゲ行事の本当の意味がわかる。男鹿真山伝承館へ行ってきました

ユネスコ無形文化遺産「男鹿のナマハゲ行事」を体験取材

今年も残すところあとわずかとなりました。

大晦日は、年越しそばを贔屓のお店に食べに行く人もあれば、テレビの特番をこたつでゆっくり鑑賞という人、あるいは年末年始もバリバリ仕事!など、きっと年越しの仕方もさまざまかと思います。

「うおぉぉぉぉ!」

バンバンバン!!!

ある地域では、家中の戸や壁を叩いて回り、大声を上げる「異形の者」を家に招き入れて大晦日の晩を過ごすのが恒例行事。

「泣ぐ子はいねぇが!!!」

ナマハゲ

そう、このセリフで有名な、秋田県の「男鹿 (おが) のナマハゲ行事」です。

2018年11月には、他県の9行事と合わせてユネスコの無形文化遺産に登録されたことでも話題になりました。

登録名は「来訪神 (らいほうしん) 仮面・仮装の神々」。

こわーい「鬼」のイメージがあるナマハゲですが、本当は、神様?一体何のために、大きな音を立ててわざわざ大晦日の家々を訪ね歩くのでしょう。

意外と知らないその行事の実際を、大晦日以外にも体験できる場所があると聞いて、男鹿まで一足早く行ってきました。

秋田まで行けない人もぜひこの記事で、「ナマハゲがやってくる大晦日」を体感してみてくださいね。

男鹿のナマハゲ行事を体験できる、男鹿真山伝承館へ

訪ねたのは男鹿真山伝承館。

大きな秋田杉の鳥居をくぐった先に‥‥
大きな秋田杉の鳥居をくぐった先に‥‥

日本海に突き出た男鹿半島の中で「お山」として古くから地域の信仰を集めてきた「真山 (しんざん) 」のふもとにある、真山神社が運営しています。

古くから霊山として大切にされてきた真山。一帯には社寺や文化財が集まっています
古くから霊山として大切にされてきた真山。一帯には社寺や文化財が集まっています
石段をずうっと登って行った先に拝殿があります
石段をずうっと登って行った先に拝殿があります

「ナマハゲって、嫌がる子どもを泣かせるような、恐いイメージがどうしても先行していますよね。

でも、行事の肝心な部分があまり伝わっていない。それを知っていただくために、実演を行なっています」

対応いただいた神主で伝承館館長の高森さん
対応いただいた神主で伝承館館長の高森さん

実演が行われるのは、地域の伝統的な曲家 (まがりや) 民家の広間。タイムスリップしたような空間でナマハゲを見学できます。

男鹿真山伝承館
実演が行われるのが右側の仏間。お客さんは隣の間に座り、間近でその様子を見学できます
実演が行われるのが右側の仏間。お客さんは隣の間に座り、間近でその様子を見学できます
仏壇と神棚が一緒になっています。この辺りも地域性があって興味深い
仏壇と神棚が一緒になっています。この辺りも地域性があって興味深い
床の間にはナマハゲが描かれた掛け軸が
床の間にはナマハゲが描かれた掛け軸が

まず現れたのは解説の女性。

いよいよ、はじまりました!
いよいよ、はじまりました!

「こちらでご覧いただいくナマハゲは、真山地区のナマハゲです。

このナマハゲのお面には角がありません。これは真山というお山の神様だからだと言い伝えられております」

流れるように行事の解説をしてくれます
流れるように行事の解説をしてくれます

一番最初はそんな説明から始まりました。

男鹿でナマハゲ行事を行う集落は80ほどあり、地区ごとにその出で立ちや振る舞いが違うそうです。

中でも真山地区のナマハゲは古い形式が残されているとのこと。

「それでは、まもなくナマハゲがやってきます」

解説員さんの最後のことばに、前で正座していた3兄弟の男の子たちがずざざっ、と後ずさりしました。

怠け者はいねがぁ!

解説員さんが去ると、主人役の男性が広間に入って来ます。

主人役の男性
「これからの実演は、土地の言葉で話します。わからないところも、まずは雰囲気を味わってみてください」
「これからの実演は、土地の言葉で話します。わからないところも、まずは雰囲気を味わってみてください」

玄関の方を向いて正座し、ナマハゲの来訪を待ちます。

正座してナマハゲを待つ

ガラガラガラ、と戸が開く音が。

「おばんです。ナマハゲ来たども入っていいすか」

はじめにやってきたのは先立 (さきだち) と呼ばれる役目の人。

先立さん。ナマハゲ行事は全て男性のみで行われます
先立さん。ナマハゲ行事は全て男性のみで行われます

ナマハゲは、その年に不幸ごとや出産があった家には入れないしきたりなので、こうして先立さんがまず家々に確認をするのです。

「おめでとうございます。寒いとこ大変だったすな」

まずは先立さんに挨拶
まずは先立さんに挨拶

主人が先立さんにねぎらいの言葉をかけ、ナマハゲ一行を迎え入れることを承諾します。

「うおぉぉぉぉ!」

バンバンバン!!!

ほどなく、大声とともに外の雨戸を激しく叩くような音が突然、背後から聞こえてきました。これは、来ると分かっていても、恐い!

ナマハゲがやって来た!
ナマハゲがやって来た!

音のする場所がどんどん移動していき、ついに。

勢いよく障子が開きます
勢いよく障子が開きます

ナマハゲが玄関に姿を表しました。家に上がる際に、7回、四股を踏みます。

手足を大きく振って四股を取ります
手足を大きく振って四股を取ります

「怠け者はいねがぁ」

ズンズン!客席の方まで入って来ます。すごい迫力です!
ズンズン!客席の方まで入って来ます。すごい迫力です!

「嫁はどこさ行った、どこにも見当たらねぇなぁ」

バンバンバン!!!

隠れている子どもやお嫁さんを、家中の壁や戸を叩いたりして探し回るのです。

背中も大きく見えます
背中も大きく見えます

主人「おめでとうございます。ナマハゲさん、今年もまた荒れてるところよぐ来てけだすな」

主人はこの間に、用意しておいたお膳をさっと準備
主人はこの間に、用意しておいたお膳をさっと準備

主人は落ち着き払った様子でナマハゲをもてなします。

ナマハゲ「年に一度山から里さ降りてこねば、怠け者や悪い病が流行っても困る。しっかり祓っていくど」

そう、ナマハゲは年の瀬に山から降りて来て、その年1年の家の災禍を祓い、来年の福を呼び込んでくれる存在なのです。

大きな声を出したり音を出して歩くのは、この家の一年間の悪霊を追い払うためなんだとか。

一家の主はこの大切なお客様を、美味しい御膳とお酒でもてなします。

主人「まんず座って、酒でも飲んでくなんしぇ」

彩りもあざやか。ナマハゲを迎え入れる家には、こうしたお膳が必ず用意されています
彩りもあざやか。ナマハゲを迎え入れる家には、こうしたお膳が必ず用意されています
ナマハゲも勧めに応えて席に着きます。座る前に今度は5回、四股を踏みます
ナマハゲも勧めに応えて席に着きます。座る前に今度は5回、四股を踏みます
主人によるもてなしが始まりました
主人によるもてなしが始まりました

ナマハゲ「なかなかうめえ酒だ」

主人「あきたこまちでつくった酒で」

お酒をいただく様子。大晦日の晩は、お面の下で実際にいただくそうです
お酒をいただく様子。大晦日の晩は、お面の下で実際にいただくそうです

そんな会話を2、3した後、ナマハゲが本題を切り出します。ナマハゲ行事の本来のハイライトである「問答」の開始です。

ナマハゲは何でも知っている

ナマハゲ「ところで親父、今年の田畑の作柄は」

主人「去年しっかりお祓いしてもらったおかげで大豊作であったすでば」

主人も丁寧に答えていきます
主人も丁寧に答えていきます

ナマハゲ「婆さまは元気だか。もう歳なんだから、家族みんなで面倒見てやらねばだめだど」

主人「みんなで大事にしてるす」

こんな風に、その年の作物の具合や家族の息災をたずね、しっかりやりなさいと激励するのです。

一方で、怠け者には容赦なし。

いつも炉端に当たってばかりで手足に火だこを作っているような者は、その火だこ (=土地の言葉で「ナモミ」) を剥いでしまうため、「ナモミ剥ぎ」から「ナマハゲ」と呼ばれるようになったというのが、有力な語源説です。

手に包丁を持っているのが定番の姿ですが、あれはナモミを剥ぐためのものなのだとか。戒めとしては、かなり効き目がありそうです‥‥!

ナマハゲ「ところで嫁や子どもらはどこさ行った」

ここからがナマハゲ行事のハイライト
声に一層迫力が増します

これがお約束。話は必ず、隠れているお嫁さんや子どもたちに及びます。

主人「孫達もさっきまでここで遊んでだんだども」

ナマハゲ「ナマハゲが来たからといって逃げる、隠れるというのは、普段ちゃんとやってねぇがらでねーが」

主人「いやいや嫁は気立てはいいし、よぐ働くし、孫達も勉強はするし家の手伝いもよぐするし、本当によぐできた嫁子どもらで」

懸命に弁解する主人
懸命に弁解する主人

主人は家族を必死にかばいます。しかし、ナマハゲは全てお見通し。

ナマハゲ「本当だが。ここの孫のイチロー、学校さ行けば先生の言うことひとつも聞がない、学校から帰って来れば宿題もやらねでゲームばっかり、手伝いもさねて聞いてるど」

1年の悪行を暴いて、主人に詰め寄ります。実演ではわかりやすいようにと、日頃の行いが書き記されている「ナマハゲ台帳」がオリジナルで登場していました。さながら閻魔帳のよう
1年の悪行を暴いて、主人に詰め寄ります。実演ではわかりやすいようにと、日頃の行いが書き記されている「ナマハゲ台帳」がオリジナルで登場していました。さながら閻魔帳のよう
「去年ナマハゲさんに注意されてから勉強もしてるはずなんですが‥‥」と弱腰になる主人。ナマハゲの言葉にじっと耳を傾けます
「去年ナマハゲさんに注意されてから勉強もしてるはずなんですが‥‥」と弱腰になる主人。ナマハゲの言葉にじっと耳を傾けます

ナマハゲ「親父からもっと勉強するように注意さねばだめだど。それに嫁のミツコ、つい最近には‥‥」

こうして銘々の1年のよろしくない行いがすっかり明かされてしまうと、「もう1回探してみるが」とナマハゲは再び立ち上がり、3回四股を踏んで家中を再び大捜索。隠れている子どもたちやお嫁さんを引っ張り出すのです。

ナマハゲが遠巻きに眺めていた子どもたちのところへ!
ナマハゲが遠巻きに眺めていた子どもたちのところへ!
勉強はちゃんとしてるか、親の言うこと聞いてるか、と詰め寄ります
勉強はちゃんとしてるか、親の言うこと聞いてるか、と詰め寄ります
し、してます、と小声で返す少年
し、してます、と小声で返す少年

これからは親の言うことをちゃんと聞くか、勉強するか、とナマハゲに迫られて、家の子どもたちは泣きながらこの1年、勤勉でいることを誓うわけですね。

「ナマハゲさん、来年来るまでにしっかり直しておぎますので、まんず、この餅こで御免してくなんしぇ」

まぁまぁ‥‥とその場をとりなす主人
まぁまぁ‥‥とその場をとりなす主人

最後にはお餅やご祝儀をナマハゲに手渡して、主人がその場をおさめます。

ナマハゲも礼儀正しく受け取ります
ナマハゲも礼儀正しく受け取ります

「また子どもら言うごど聞がねがったら、あの真山の山さ向かって手っこ三つ叩け。すぐにおりて来るがらな」

最後にダメ押しの忠告
最後にダメ押しの忠告

「皆まめ (健康) でれよ。来年まだ来るがらな」

来年の再訪を約束してナマハゲが去っていきます。

次に会えるのは、来年の大晦日です。去ってしまうとなると、少し寂しいような‥‥
次に会えるのは、来年の大晦日です。去ってしまうとなると、少し寂しいような‥‥

去った後には、動き回って落ちた衣装のワラが。

ナマハゲの落し物
ナマハゲの落し物

20分ほどの、あっという間の時間でした。そして気になることがふつふつと湧いてきます!

ナマハゲって一体何者なんでしょうか?神主の高森さんに再びお話を伺います。

意外と知らないナマハゲの「本当」。一問一答インタビュー

——ナマハゲって一体何者なんでしょうか?

「その起源やいつ始まったかなども諸説あって確かでないのですが、日本には昔から、山の神・田の神という考え方があります。

春になると田んぼの守り神として山から里へ降りて来て、収穫が終わった頃に山へ帰って山の神になる、という伝承です」

高森さん

「ナマハゲは、そんな山の神さまが1年の終わりに山から里へ降りてくる、農耕周期の節目の行事だという考え方があります。

他にも、真山にこもる修行僧をあらわしたとか、半島に漂流した外国人の姿からきているなど、いろいろな起源説がありますが、稲ワラで編んだ衣装をまとっていたり、問答で今年の作柄のことをたずねたり、いずれにしても農耕との結びつきを強く感じますね」

ケデと呼ばれる衣装。その年に収穫した稲ワラで編んであります
ケデと呼ばれる衣装。その年に収穫した稲ワラで編んであります
ケデから落ちた稲ワラは翌日までそのままにしておくそう。体に巻くと病気が治る、子どもの頭に巻くと賢くなるなど、神様が残していった縁起物として大切に扱います
ケデから落ちた稲ワラは翌日までそのままにしておくそう。体に巻くと病気が治る、子どもの頭に巻くと賢くなるなど、神様が残していった縁起物として大切に扱います

——どんな人がナマハゲになれるんですか?

「大晦日の本番では、その集落の青年がお面をつけてナマハゲをつとめます。

元々は未婚の若い男性のみでしたが、今はそれだと人数が限られてしまうので、ゆるやかになっています。

とはいえ、人が足りないからと他の集落の人がやって来てナマハゲになる、ということはまずありません。あくまでもその集落の中で執り行われるんです」

——お面にツノがないこと以外に、真山のナマハゲの特徴はありますか?

真山神社の社務所には、真山地区のお面の見本が置かれていて、実際に被ってみることもできます
真山神社の社務所には、真山地区のお面の見本が置かれていて、実際に被ってみることもできます

「ナマハゲの人数も、実は地区によって異なります。真山では先立さんとナマハゲ2名の、3人一組。

出発の前の儀式と神社でのお祓いをすませて、午後6時ごろに出発して家々を回ります」

取材の日も雪がちらついていました。大晦日はもっと寒そう!
取材の日も雪がちらついていました。大晦日はもっと寒そう!

「所作にも古くからの色々な決まりごとがありますね。

例えば四股は、真山地区では7・5・3と日本の祝事に繋がる数字の組み合わせで踏みます。

踏み出す足も左右どちらからと決まっていて、間違えるとナマハゲが後で先輩に叱られてしまうんですよ。こうした所作も、地区によって異なります」

一つひとつの所作に意味があります
一つひとつの所作に意味があります

——お膳が豪勢でした。どんな献立なんですか?

ナマハゲ用のお膳

「これも集落ごとに異なりますが、まず尾頭付きの魚が2匹。それに豆煮やナマスなど、お正月のおせち料理ですね。

でも、真山地区ではしきたりがあって、ナマハゲはお膳には手をつけないんです。

お酒は必ず3杯勧められて、2杯をいただきます。3杯目は置いていって、お神酒としてその家が後でいただくんです」

高森さん

家ごとにお酒をどんどん重ねていくので、途中交代しながら行事が行われるそう。お酒が強くないとナマハゲも大変です。

お皿も地区によって3・5・7いずれかの枚数で出すなど決まりがあるそう。手をつけないなんて、なんだかもったいない気もします
お皿も地区によって3・5・7いずれかの枚数で出すなど決まりがあるそう。手をつけないなんて、なんだかもったいない気もします

——なぜお嫁さんや子どもたちは隠れているんでしょうか?

「あれは、ああやって隠れているお嫁さんや子どもさんに問答を聞かせているんですね。

こうしたらだめだとか、ちゃんとこうしなきゃとか自分で考えさせる時間にする。

その上で、最後には隠れているところを、主人がわざとナマハゲに教えるんです」

高森さん

「隠れていた者をナマハゲがこらしめようとすると、必ず主人がかばいます。そうするとナマハゲも、それ以上責めないんです。

その姿をみて子どもたちは親を尊敬し、家族の結束が生まれるんですね。

また、来たばかりのお嫁さんのところにはナマハゲは必ず向かいます。早く土地に慣れてもらえるようにという意味も込めているんですね」

なるほど。

家族同士だと言いづらいこと、聞き入れづらいこと。それが人に言われるとなぜだかすんなり耳を貸せること。どちらも確かにある、ある。

男鹿ではナマハゲが遠慮なく一家の間に立ち入ることで、一年の最後に主は大黒柱としての威厳を示し、家族はそれぞれに我が身を振り返って、すっきりと新しい年を迎えてきたわけですね。なんとよくできた仕組み。

今でこそ家族のあり方も様々ですが、農作業など家族一丸となって何かに取り組むためには、この効果は一層大きかっただろうと想像します。

一年最後の1日に、家族の一員としての自分を振り返ってみるというのはよい年越しかもしれないなと、わが身を省みてしみじみ。

「もうひとつ、地域の青年たちにとっては、幼いころ恐れていたナマハゲに自分がなることが、一人前として認められた証でもあるんですよ」

最後に高森さんはそんなお話も教えてくれました。

実際、ナマハゲになるって、どんな心持ちなのでしょう。あのお面や衣装も、自分たちで作っているのでしょうか。

ナマハゲのお面
ナマハゲの衣装、ケデ

ナマハゲ特集、まだ続きがあります。

次はナマハゲを30年来「作って」きた人50年来「なって」きた人のお話など。

どうぞお楽しみに!

「これでみなさんもお祓いしてもらったので、また1年先まで病気や怪我のないように、どうぞよいお年を」と解説員さん。この記事を読んだみなさんにも、ナマハゲのお福分けができていますように
「これでみなさんもお祓いしてもらったので、また1年先まで病気や怪我のないように、どうぞよいお年を」と解説員さん。この記事を読んだみなさんにも、ナマハゲのお福分けができていますように

<取材協力>
男鹿真山伝承館
秋田県男鹿市北浦真山字水喰沢97
0185-33-3033
http://www.namahage.ne.jp/~shinzanjinja/entry5.html

文:尾島可奈子
写真:船橋陽馬 (根子写真館)

*こちらは、2018年12月31日の記事を再編集して公開しました。

ナマハゲの面を作るただ一人の職人「ナマハゲ面彫師」とは

男鹿のナマハゲ面彫師、石川千秋さんを訪ねて

初詣と一緒に行う人も多い厄除け。

私も以前はあまり気にしていなかったのですが、年々、厄年を気にする真剣味が増してきている気がします。

その点、強力な味方がいてうらやましいなと思ったのが昨年末に取材した秋田県男鹿 (おが) のまち。

「怠け者はいねがぁ!!」

のフレーズで有名なナマハゲは、実は大きな声や音を出すことで、訪ねた家の一年溜め込んだ厄を追い出してくれているのだそうです。

そんなナマハゲの顔と言えば、こんなイメージではないでしょうか。

なまはげ館 石川さん

実はこのお面、男鹿の中でも集落ごとに全く顔が違うのですが、大晦日の行事以外は大切にしまわれ、地域の外に出ることはありませんでした。

「だから石川さんの作るお面がなければ、男鹿のナマハゲはこれほど世の中に知られなかったかもしれない」

門外不出のお面から、誰もが手にできる工芸品「ナマハゲ面」を生み出してきた人がいます。

なまはげ館 石川千秋さん

日本でただ1人「ナマハゲ面彫師」を継ぐ、石川千秋 (いしかわ・せんしゅう) さんを訪ねました。

男鹿とナマハゲの歴史が詰まった「なまはげ館」へ

石川さんのお面作りの様子を間近で見学できる場所があります。

男鹿市真山 (しんざん) 地区にたつ「なまはげ館」。

なまはげ館

ナマハゲの実演を取材した男鹿真山伝承館の隣にあります。

古くから霊山として大切にされてきた真山。一帯には社寺や文化財が集まっています
古くから霊山として大切にされてきた真山。一帯には社寺や文化財が集まっています

なまはげ館では、男鹿の歴史文化を紹介する展示や、大晦日のナマハゲ行事を撮影した貴重な映像も上映。

そして石川さん取材の前に寄ろうと決めていたのが、館の目玉であるこの展示室です。

なまはげ館

ずらりと並んだナマハゲは110体!

男鹿市内60ほどの集落で実際に使われてきたお面が展示されており、ショーケースのものも合わせるとその数なんと150にのぼります。

「ナマハゲは複数人が交代で家々を回るので、これだけの数があるんです。よく見るとそれぞれ全く顔が違うんですよ」

なまはげ館

解説してくださったのは支配人の山本晃仁さん。

「素材も地域ごとに変わります。

木彫りのものもあれば、ザルやブリキのお面、杉の皮で作るところ」

なまはげ館
お面以外に、こうした道具も手作りです

「髪の毛も、海沿いの地区だと藻を乾燥させたものを付けたりね。

昔から、買うんじゃなく身の回りにあったもので作ってたんです」

同じ地域でも、手に入るものが変わればブリキから木彫り面に変わったりと、変化があるそう。

起源も鬼の化身、神の化身、山から降りてくる修験者といろいろな説があるナマハゲ。どの説に基づいているかでも、地区ごとに顔立ちが違うそうです。

実演を取材させてもらった真山地区ではナマハゲは山から降りてくる神様なので、ツノがありません
実演を取材させてもらった真山地区ではナマハゲは山から降りてくる神様なので、ツノがありません

「ナマハゲの姿に、こうじゃなきゃいけないということは、実はないんですよ」

定番の包丁も、デザインが様々です
定番の包丁も、デザインが様々です
なまはげ館

「先日のユネスコの文化遺産登録を受けて、途絶えていた行事を復活させようという地域があったんですが、あるところは発泡スチロールを使ってお面を作ったそうです。

今住んでいる方たちが話し合ってそのかたち、色に決まったのであれば、それがナマハゲになるんです」

自分たちで決めて自分たちで作る。

石川さんのナマハゲ面彫師という仕事も、そうした中から始まっていました。

いよいよ、石川さんの技が見られる実演コーナーへ
いよいよ、石川さんの技が見られる実演コーナーへ

日本で唯一の仕事、ナマハゲ面彫師

「もともとは親父が出稼ぎで仕事をしていて、冬、地元に戻ってきた時に青年会でナマハゲ行事用にお面を作っていたようです。その腕がよかったみたいで。

ちょうど東京オリンピックの頃だったんじゃないかな。

行政のすすめもあって、観光用にお面を作り始めたと聞いています。私で2代目です」

お話を伺った石川千秋さん
お話を伺った石川千秋さん

もともと大晦日の行事に使う衣装や道具は、集落ごとに自分たちで作るもの。

お面もそのひとつですが、ナマハゲ行事を観光資源にという気運に乗って、ナマハゲ面彫師という職業が誕生しました。

なまはげ館
ナマハゲの語源は、火に当たってばかりの怠け者のナモミ (=火だこ) を剥ぐ「ナモミ剝ぎ」が有力。剥いだナモミを入れる桶は、今では作れる人が減っているそう
ナマハゲの語源は、火に当たってばかりの怠け者のナモミ (=火だこ) を剥ぐ「ナモミ剝ぎ」が有力。剥いだナモミを入れる桶は、今では作れる人が減っているそう

幼稚園、保育園からの注文も

集落から行事用のお面の注文が入ることもあるそうですが、普段は魔除けの飾りにと買う人が多いとか。

もともと厄を払ってくれる存在なので、確かに魔除けとして飾っても頼りになりそうです
もともと厄を払ってくれる存在なので、確かに魔除けとして飾っても頼りになりそうです

「他には、幼稚園、保育園からの注文もここ数年よくありますね。

節分などの行事にも使ったりするようですが、大晦日の行事と同じで、先生から直接言われるより、お面をつけた方が子どもがよくいうことを聞くみたい」

確かに、このお面をつけて注意されたら、子どもたちもすっかり大人しくなりそうです。

キレイでコワい

「わざわざ買ってもらうものだから、キレイでコワくないとね」

キレイでコワい。

石川さんのお面は吊り上がった目に立派な鼻、顔いっぱいに開いた口からは牙が覗き、たっぷりした髪の間からは2本の角が生えています。

石川さんのお面

確かに、恐ろしくも端正な顔立ち。

なまはげ館で実演しているのは、そんなお面の表情を決める仕上げの工程です。

石川さんの製作の様子
彫る場所によって道具を使い分けていきます
彫る場所によって道具を使い分けていきます
内側もトントンと手際よく
内側もトントンと手際よく

丸太から切り出す前工程やこの後の乾燥、色つけや髪つけはご家族で分担して、別の工房で行うそうです。

素材は秋田の桐。加工しやすく、乾燥させると軽くなるので装着用にも適しているそう
素材は秋田の桐。加工しやすく、乾燥させると軽くなるので装着用にも適しているそう
髪の毛は、馬の毛。魔除けの意味もあるそうです
髪の毛は、馬の毛。魔除けの意味もあるそうです

ナマハゲのコワさの研究

伺うと、コワさのポイントは「黒目」。

なまはげ館 石川さん
この部分、と石川さん
この部分、と石川さん

「まんまるだとあまりコワくないんです。卵形にしていくと迫力が出てきます」

絵に描いて教えてくれました
絵に描いて教えてくれました

「私の場合は楽だったんですよ。

この仕事を継いだ時には先代が基本を作ってくれていたので」

石川さん

「初代のお面を見ながらアレンジしてきました。鼻の部分にこぶをつけたり。ちょっと変えるだけで随分違ってくるんです」

石川さんの製作の様子
向かって右が鼻にコブをつけたもの。凄みがまします
向かって右が鼻にコブをつけたもの。凄みがまします
こちらは木の表面をバーナーで焼いて色目をつけた石川さんのオリジナル
こちらは木の表面をバーナーで焼いて色目をつけた石川さんのオリジナル

そういうコワさはどうやって研究しているんですかと尋ねると、鏡、という答えが返ってきました。

「ナマハゲ以外にもいろんな面を見たりもしたけど、自分の顔を鏡で見てしかめてみたりしてね」

しかめっ面を再現してくれた石川さん。確かに、迫力あります!
しかめっ面を再現してくれた石川さん。確かに、迫力あります!

「だから自分に似てきてるねって言われることもあります。魂が入ってるようだとか」

石川千秋さん

はじめは父親の跡を継いで、ただただ作るばかりだったという石川さんですが、そうしたお客さんの声を聞いて、年々創作意欲を増してきているそう。

「また迫力が出たねと言われるように努力していきたいですね」

ナマハゲ面彫師の後継者

お父様が他界された現在、ナマハゲ面彫師は石川さん1人。お弟子さんもいないとのこと。

石川千秋さん

「まぁでも、『石川面』を作る人がいなくなっても、集落の人たちが自分たちのお面を伝承していけば、行事がなくなることはないですからね。

そのうちきっと、こういう仕事をやる人がまた出てくるだろうと思います」

石川さんはさっぱりと言い切りました。

石川さん制作の様子

「でも、石川さんの作るお面がなければ、男鹿のナマハゲがこれほど全国に知られることはなかったかもしれませんよ」

最後にそう語ってくれたのはインタビューを傍らで聞いていた支配人の山本さんです。

ふたつの誇り

先ほど展示室で見たお面の数々は、もともと大晦日の行事のために作られているもの。

ナマハゲ

神が宿るものとして普段は大切に地域内で保管されています。

男鹿の魅力として発信していこうという時にも、簡単に他所へ貸し出せるものではありません。

作りも地区ごとに違うため、どれかひとつを選ぶというのも難しいものでした。

「だから観光PRなど大晦日の行事以外でお面が必要な時に、石川さん親子の作ってきたナマハゲ面が活躍してきたんです」

大晦日の行事では地区ごとのお面が大切に守り継がれながら、ナマハゲ行事のオモテの「顔」は石川面が引き受ける。

そんな関係性を物語るように、展示室には石川さんが手がけたという、ご出身の入道崎地区のお面が飾られていました。

入道崎のお面
入道崎のお面

「石川さんが作られているお面とはまた違うでしょう。

もともとあった古い入道崎のお面を参考に復元されたそうです」

入道崎のお面

「地域のお面はあくまで地域の中で作り、地域のために使うもの。販売しているお面は石川さんという個人が作っているもの、というお考えだと思います」

自分の作る面がなくなってもナマハゲ行事はなくならない。でも、この仕事を継ぐ人はきっと出てくるはず。

その石川さんの言葉には、自分たちで作り上げる地元行事への敬意と、作家としての作品への誇り、両方が込められているようでした。

<取材協力>
なまはげ館
秋田県男鹿市北浦真山水喰沢
0185-22-5050
https://www.namahage.co.jp/namahagekan/


文:尾島可奈子
写真:船橋陽馬 (根子写真館)

*こちらは、2019年1月7日の記事を再編集して公開しました。