日本屈指の織物の町、桐生を味わう店・食・宿。1日めぐって見えたもの

ああ、ここからも東京スカイツリーが見えるのか、と驚いたのは群馬県桐生市で取材中のこと。

朝に到着した新桐生駅から取材先のある市街地への道はゆるゆると下り坂になっていて、車のフロントガラスからは町の三方を囲む山々と、その山裾にたっぷりと立ち込める朝霧が見えた。

「キリュウという町の名前は、桐がたくさん生えていたからという説と、霧の多い町だからという説があるんですよ」

わざわざ駅まで迎えに来てくださった取材先のメーカー、笠盛の新井さんが教えてくれた。

1300年続くものづくりの町、桐生の歴史と今

「西の西陣、東の桐生」とも謳われる織物の町、群馬県桐生市。

周囲をぐるりと山に囲まれ、中心部に渡良瀬川が注ぐ湿潤な環境は、乾燥を嫌う織物づくりにぴったりなのだという。

奈良時代にはすでに織物を税として納めた記録が残り、関ヶ原の戦いでは徳川家康勢の依頼で2300もの旗をたった1日で作ったという逸話が残る。

昭和期には「織機をガチャンと動かすたびに、万の金が儲かる」と言われた「ガチャマン景気」に町が沸き、当時次々と建てられたノコギリ屋根の織物工場は、町のシンボルとなっている。

そんな歴史ある織物の町には今、世界的ファッションブランドの生地づくりを担うメーカーもあれば、逆に海外からファンが駆けつける洋品店もある。

刺繍技術を生かしたアクセサリーブランドがヒットした工房や、産地ならではの理由で広まった一風変わったご当地うどん、桐生の作り手との協業で完成した宿坊など。

1300年の歴史の上に、なお進化を続ける今の桐生の作り手と食、宿を訪ねた。

毎月7日間だけ開くリップル洋品店に、世界中から人が服を買いに来る理由

リップル洋品店

「晴れた日にはここからスカイツリーが見えますよ」と教えてくれたのは、丘の上にある「RIPPLE YōHINTEN (リップル洋品店) 」の岩野ご夫妻。お店が開く月初の7日間には、色、素材、形、ひとつとして同じものがない洋服を求めて国内外から人がやってくる。

今や世界中にファンを持つ人気ブランドは、夫婦ふたりが「自分と家族のため」に始めた服作りが始まりだった。

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桐生「ひもかわうどん」はなぜ平たい?老舗「藤屋本店」で知るご当地うどんの楽しみ方

ひもかわうどん

桐生の郷土料理といえば、まるで帯のように平たい「ひもかわうどん」。県外でも人気が高く、人気店には平日でも行列ができる。つるっとなめらかな平たい麺が桐生で広まった背景には、織物産地ならではの台所事情があるという。

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素材は糸だけ。常識破りのアクセサリー「000 (トリプル・オゥ) 」を老舗の刺繍屋が作れた理由

トリプル・オゥ

糸だけでできたアクセサリー「トリプル・オゥ」。金属にない質感とデザイン、金属アレルギーの人でも身につけられることで人気を集めるブランドは、どのように誕生したのか。

ファクトリーショップも併設する本社に、仕掛け人を訪ねた。

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桐生に泊まるなら、宿坊 観音院へ。美しき中庭と桐生にしかない「職人技」ダイニングは必見

宿坊 観音院

気鋭のブランドや郷土料理を1日かけてめぐったが、桐生には他にも訪ねてみたい作り手やお店がまだまだある。

1日では足りない‥‥という時に、ものづくりの町を泊まりで楽しむならここ、という宿を教えてもらった。

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トリプル・オゥを手がける笠盛の工房、色とりどりの服が並ぶリップル洋品店、どちらでも「自分達だけではものづくりは成立しない」という言葉が印象的だった。

例えばネックレスの糸を仕入れる糸商さんや洋服を縫いあげる熟練の縫い子さん。桐生では作り手をひとつ訪ねるたびに、その背景にあるまた別の作り手の顔が見えた。

文:尾島可奈子

箱根寄木細工の職人が手がける、世界にひとつの箱根駅伝トロフィー。唯一の作り手、金指さんが描く夢

箱根寄木細工・金指ウッドクラフトさんを訪ねて

新年から手に汗握る箱根駅伝。

往路のゴール近くで、選手がテープを切る瞬間を毎年、特別な思いで待っている人がいます。

金指勝悦 (かなざし・かつひろ) さん。

金指ウッドクラフトの金指勝悦さん

箱根生まれ箱根育ち、箱根駅伝に欠かせない「あるもの」の作り手です。

それは往路優勝校にだけ贈られる、箱根寄木細工のトロフィー。

毎年9、10月ごろから製作をスタートし、12月に箱根町に引き渡します。

1月2日はゴール地点で往路優勝の瞬間を見届け、トロフィーを手にした選手を写真に収めるのが、金指さんの20年続く「お正月」です。

箱根寄木細工とは?

箱根寄木細工とは江戸時代末期、箱根町畑宿の地に興った独特の工芸。

さまざまな風合いの木を組み合わせて、精緻で幾何学的な模様を創りだす美しい木工芸品は、旅人の土産物としても人気を呼びました。

昭和59年には国の伝統的工芸品に指定されました
昭和59年には国の伝統的工芸品に指定されました

その発祥の地、箱根町畑宿にある金指さんのお店には、歴代トロフィーのレプリカがずらりと並んでいます。

箱根湯本の駅からバスで20分ほど、寄木細工発祥の地・畑宿に金指さんの工房とお店があります
箱根湯本の駅からバスで20分ほど、寄木細工発祥の地・畑宿に金指さんの工房とお店があります
寄木細工づくりの体験もできる金指さんの直売店
寄木細工づくりの体験もできる金指さんの直売店
店先の窓いっぱいに並ぶのは‥‥
店先の窓いっぱいに並ぶのは‥‥
歴代のトロフィーらしきものが!
歴代のトロフィーらしきものが!
さらにお店の奥には、ここ数年のトロフィーを飾った棚があります
さらにお店の奥には、ここ数年のトロフィーを飾った棚があります
トロフィーのそばには金指さんがカメラに収めた選手の写真も
トロフィーのそばには金指さんがカメラに収めた選手の写真も

2017年は今年も活躍した藤井聡太4段が題材に

「トロフィーはその年の明るいニュースをテーマに創作します。

できるだけタイムリーなものにしたいので、ギリギリまで製作をしないんです」

例えば前回大会では、2017年に大活躍をみせた藤井聡太4段のニュースから、将棋のモチーフを取り入れたトロフィーが完成しました。

金指ウッドクラフトの箱根寄木細工トロフィー
側面に将棋の駒と盤面が表現されています
第94回大会の往路優勝校、東洋大学の田中龍誠選手が手にする将棋型トロフィー。レプリカとは逆さになっています。その理由はのちほど‥‥
前回大会の往路優勝校、東洋大学の田中龍誠選手が手にする将棋型トロフィー。レプリカとは逆向きになっています。その理由はのちほど‥‥

毎年趣向を凝らしたデザインは、実は設計図が一切ありません。

箱根駅伝のトロフィー
本体と土台もわざわざ違うデザインにしています
本体と土台もわざわざ違うデザインにしています

テーマが決まったら実際に手を動かしてみて、イメージを形にしていくのだそう。

このレプリカは実は、その試行錯誤の過程で生まれた試作品。なので本物とはちょっとずつ色かたちが違います。

金指さんが手に持つのは、右手前のトロフィーの試作品。こうした試作の繰り返しでトロフィーが生まれます
金指さんが手に持つのは、右手前のトロフィーの試作品。こうした試作の繰り返しでトロフィーが生まれます

印象に残っているものを聞いてみると、ひときわ背の高いトロフィーを示してくれました。

これはいつの年のトロフィーか、わかりますか?
これはいつの年のトロフィーか、わかりますか?

「富士山が世界遺産に登録された時のものです。下の部分は湖に映る逆さ富士を表しています」

富士山と箱根・芦ノ湖の湖面に映る逆さ富士を表したトロフィー。第90回大会にちなんで、逆さ富士は90層で表現されています
富士山と箱根・芦ノ湖の湖面に映る逆さ富士を表したトロフィー。第90回大会にちなんで、逆さ富士は90層で表現されているのだとか

では最新の2019年大会のモチーフだったのは‥‥?

幻の二刀流トロフィー

「実は直前まで、大谷翔平投手の『二刀流』にしようかと思って少しずつ作り始めていました。ただ故障のニュースもあって、どうするか迷っていたんですね。

そこへ、地元の箱根八里が日本遺産に選ばれたというニュースが飛び込んできたので、今回はこれで行こう、と即断しました」

「日本遺産」とは、地域活性化を目的に2015年から文化庁が定めた制度。

これまで四国のお遍路文化や「さんち」でも取り上げた新潟の火焔型土器出雲のたたら製鉄など、地域の有形無形の文化が認定されています。

選ばれた「箱根八里」は、駅伝でも毎年多くのドラマをうむ「山登り5区」の舞台、箱根山の険しい山道を整備して築かれた、江戸時代の大幹線。

箱根山は東西の往来の要所。お店の近くにも旧街道の史跡がありました
箱根山は東西の往来の要所。お店の近くにも旧街道の史跡がありました
お店の前に金指さんが作った箱根八里のパネル。寄木細工の里・畑宿はその道中にあります
お店の前に金指さんが作った箱根八里のパネル。寄木細工の里・畑宿はその道中にあります

まさに「天下の険」を制して勝ち取る往路優勝のモチーフにふさわしい、嬉しいニュースでした。

使うパーツは2000越え。箱根寄木細工への思いが生んだトロフィー誕生秘話

12月の箱根町への引き渡しまで門外不出という新作トロフィー。2019年大会前に、特別に見せていただいたトロフィーの製作途中の姿がこちらです。

完成度はこの時点で7割。これから更に手直しをするそう
完成度はこの時点で7割。これから更に手直しをするそう

険しい山並みが鋭くカットされた寄木で表現されています。

鋭く尖った「天下の険」
鋭く尖った「天下の険」

使うパーツは例年2000〜3000パーツに及ぶといいます。

金指さんが毎年こうして趣向を凝らしたトロフィーを作るのは、地元・箱根の寄木細工に対する強い思いがあってのことでした。

「私はもともと別の木工の仕事をしていましたが、その頃は寄木細工をやる人もかなり減っていました。

私が寄木細工の道に入ることも、当時は周りにはずいぶん反対されたものです。『衰退する産業で今更何をやるの』って」

金指さん

しかし、金指さんはこの寄木細工に一筋の光明を見出していました。

地元工芸の衰退が気にかかり、作り方を習ううちに、これまでになかった「新しい寄木細工」の作り方がひらめき、商品化。少しずつ評判を呼んで、寄木細工を生業にしていく道が拓けていったのです。

それは箱根寄木細工トロフィーの原点とも言える斬新なアイディアでした。

ピンチが生んだ、新しい寄木細工

「従来の寄木細工は木を寄せ合わせて模様にした木のブロックを、薄くスライスして製品に貼り付けていました」

従来型の寄木細工の作品
従来型の寄木細工の作品
元は、こうした様々な模様の寄木ブロックを金太郎飴のように薄くスライスして装飾していました
元は、こうした様々な模様の寄木ブロックを金太郎飴のように薄くスライスして装飾していました

「でも同じような模様をこまごま貼り付けていくのは性に合わなくて。スライスせずに、ブロックそのものから作品を削り出す、立体の寄木細工を考えついたんです。

こうすると大量には作れないけれど、削り方によって様々な模様が生まれて、従来にない寄木細工を作ることができました」

組み合わせ方や切り出し方で、これだけ模様のバリエーションがあります
組み合わせ方や切り出し方で、これだけ模様のバリエーションがあります
それを削ることで、さらに表情に変化が生み出せます
それを削ることで、さらに表情に変化が生み出せます
ブロックから削り出して作る立体の寄木細工。今までのイメージを刷新する作品は、評判を呼ぶように
ブロックから削り出して作る立体の寄木細工。今までのイメージを刷新する作品は、評判を呼ぶように
こんな可愛らしい小物入れも。それぞれに模様の出方が異なります
こんな可愛らしい小物入れも。それぞれに模様の出方が異なります

この手法を金指さんは積極的に地域で共有。

箱根寄木細工の復興を牽引する金指さんに箱根町がラブコールを送り、1997年から寄木細工の箱根駅伝トロフィーが誕生しました。

箱の寄木細工のトロフィー

「箱根寄木細工は、関東では知っている方も多いですが、全国的な知名度はまだまだです。

箱根駅伝の放映でトロフィーが全国の方の目に止まれば、箱根寄木細工の大きなPRになる。そう思って、毎年新しいデザインで作らせてもらっています。大変?いえいえ、面白いですよ」

箱根寄木細工のトロフィー

箱根寄木細工の職人と、2代目・山の神との出会い

20年作り続ける中で、嬉しい出来事もありました。東洋大学時代、4年間「山登り5区」を任され、その全てで往路優勝を果たした「2代目・山の神」こと柏原竜二さんのエピソードです。

「大学卒業時のインタビュー記事で、100本以上はあるトロフィーの中から『印象深いものを2本選んでください』と言われたときに、彼が選んでくれたのが2本とも私の作った寄木細工のトロフィーだったんです。あれは、嬉しかったですね」

箱根寄木細工の金指さん
直売店の一番目立つところに、優勝当時の柏原選手の写真が飾られていました
直売店の一番目立つところに、優勝当時の柏原選手の写真が飾られていました

現在、工房には若い職人さんが2人働いています。2人とも「寄木細工をやりたい」と県外から弟子入りにきたそう。

取材中も黙々と作業に集中するお弟子さん
取材中も黙々と作業に集中するお弟子さん

地元工芸の復興を志してきた金指さんの願いは、着実に実を結んでいるようです。

「100回大会までは頑張ろうって決めているんです。誰もやっていないもの、新しいことを生み出したいですね」

さて、次に寄木細工のトロフィーを手に金指さんのカメラに収まるのは、一体どの大学の選手でしょうか。

金指さんは来春も、その瞬間を箱根山のゴールで待っています。

<取材協力>
金指ウッドクラフト
神奈川県足柄下郡箱根町畑宿180-1
0460-85-8477
http://www.kanazashi-woodcraft.com/index.html

文・写真:尾島可奈子

*こちらは、2018年12月21日の記事を再編集して公開しました。

ものづくりの宝庫、奈良を1日でめぐるスペシャルツアーに行ってきました

2019年11月1日、「さんち 〜工芸と探訪〜」はおかげさまで3周年を迎えました。

このめでたい記念に企画したのが、読者の方と一緒にものづくり現場を訪ねるさんちツアー。

今年、ツアーの舞台は関西へ。さんちを運営する中川政七商店の創業の地、奈良で開催しました!

奈良

奈良と言えば、奈良公園に、鹿に大仏‥‥?実は、さまざまなものづくりの宝庫なのです。

そこで「さんち〜工芸と探訪〜」の編集部がガイドとなり、奈良の知られざる工芸スポットをまわるスペシャルツアーを企画。

その様子を、ちょっとだけお届けします!

いざ、奈良のものづくりを訪ねるスペシャルツアーへ

一行は奈良定番の待合せスポット、近鉄奈良駅の行基像前に集合。

集まった総勢6名の方と、専用のバスに揺られてまず向かったのはこちら。

奈良筆あかしや

300年続く奈良筆の老舗、あかしやさんです。

【見どころその1・筆】飛鳥から続く伝統。「奈良筆」のものづくりを見学

日本に中国から筆がもたらされたのは飛鳥時代。その後、唐に渡った弘法大師(空海)が筆づくりを習い、伝授したと言われるのが他でもない奈良の地です。

そんな日本の筆づくり発祥の地ともいえる奈良で今も作られているのが「奈良筆」。国指定の伝統的工芸品です。

あかしや奈良筆
穂先の種類だけでも様々。毛質によって、書き味も変わります
穂先の種類だけでも様々。毛質によって、書き味も変わります

お邪魔した「あかしや」さんは、もともと東大寺や興福寺など、南都七大寺に出入りを許されていた由緒ある筆司 (筆職人) 。

江戸時代に問屋業をはじめ「あかしや」の看板を掲げてから、300年の歴史を誇ります。

ツアーではあかしやさんのショールームにお邪魔して、伝統的な筆づくりの一部を体験させていただきました。

奈良筆あかしや

体験したのは最後の仕上げの工程。穂先に糊を含ませて固める工程なのですが、見たこともない道具や器具ばかりです。

奈良筆あかしや
根元までたっぷりと糊を含ませたら‥‥
根元までたっぷりと糊を含ませたら‥‥
手で大まかに絞った後‥‥
手で大まかに絞った後‥‥
根元に巻きつけた糸を穂先の方へずらして、くるくるっと絞りだす!これがなかなか難しい
根元に巻きつけた糸を穂先の方へずらして、くるくるっと絞りだす!これがなかなか難しい
最後は手でどこから見ても傾きがないように穂先を整えます
最後は手でどこから見ても傾きがないように穂先を整えます

みなさん四苦八苦しながらも楽しそう。

奈良筆あかしや

大小2種類の筆で体験させてもらいましたが、それぞれ10分ずつはかかっているでしょうか。

松谷さんに伺うと「自分でやると1本あたり1〜2分かな」とのこと。さすがです。

奈良筆あかしや

筆づくりには機械を一切使いません。どれほど細やかな手作業で1本の筆ができているか、その一端を覗かせていただきました。

夢中で作業を終える頃にはそろそろお昼時。

蓋をして、完成!来年の年賀状はぜひこの筆で
蓋をして、完成!来年の年賀状はぜひこの筆で

体験した筆はそのまま持ち帰ることができます。早速お土産をゲットして、一行は斑鳩エリアへ。

ランチをはさんで向かうは【染】の工房です。

【見どころその2・染】明治に始まった、手わざと機械のハイブリッド工芸。「注染」のものづくりを体験

手ぬぐいや浴衣の染めに用いられる注染 (ちゅうせん) 。じゃばらに重ねた生地に染料を「注」いで「染」める技法は、明治時代に始まりました。

発祥は大阪ですが、実は奈良にもそのものづくりを極める作り手さんがいます。

奈良の法隆寺そばにある「注染工房」さんにお邪魔しました。

事務所に伺うと、様々なデザインの手ぬぐいがずらり。

注染工房

その手ぬぐいに重ねるように代表の大森さんが見せてくれたのが、注染のものづくりの出発点、形紙 (かたがみ) です。

注染工房

こちら、全て手彫り。

「伊勢形紙」といって、主に三重県の鈴鹿市で作られている伝統的な形紙です。手ぬぐいや浴衣を染めるために用いられてきました。

「この形紙の上から、生地に『防染糊 (ぼうせんのり) 』を置きます。そうすると柄の部分は糊が載らないので、そこだけ色が染まるんです」

生地自体の色と使う染料の色を変えれば同じ形紙で全く印象の違うバリエーションを作れるのも注染の面白いところ。

注染工房

さらに、形紙を組み合わせると、一層複雑な模様を作ることが可能になります。

と、説明するよりも、百聞は一見にしかず。いざ、現場へ!

工房には糊独特の香りが立ち込め、どこからか機械の音が響き、もうもうと湯気が立ちのぼります。

視覚も嗅覚も聴覚も、いつも感じている日常とは別世界。

ワクワクと緊張感を同時にたずさえながら、最初に見学したのは「板場 (いたば)」と呼ばれる工程。

生地の上に先ほどの形紙を置き、満べんなく糊付けをしながら生地を折り重ねて行きます。

左手に持っているのが、先ほどの型を固定したもの。これを生地の上におろして‥‥
左手に持っているのが、先ほどの型を固定したもの。これを生地の上におろして‥‥
さっと糊を置いて行きます
さっと糊を置いて行きます

「商品の出来の7割は板場で決まる」

と大森さんが仰るほど、大切な工程。糊が形紙通りにムラなくのらないと、柄がぼやけたりずれたりしてしまいます。

職人さんはことも無げにやっていますが、体験させてもらうと‥‥これが難しい!

注染工房

力加減を間違えると途中で糊がのらないところが出てきてしまいます。

注染工房
注染工房

「やってみると、難しさがよくわかりますね」

とは参加された方の言葉。

生地を平らに置くにもコツがあり、一苦労です
生地を平らに置くにもコツがあり、一苦労です

編集部も体験させてもらい、見ているだけより一歩奥の世界を知った瞬間でした。

続く工程はいよいよ「注染」の名前の元となっている、染めの工程。

注染工房
見本を見ながらじょうろのような道具で染料を上から注ぎ、足元のペダルを操作して下から吸引し、下の生地まで染み込ませます
見本を見ながらじょうろのような道具で染料を上から注ぎ、足元のペダルを操作して下から吸引し、下の生地まで染み込ませます
代表の大森さん自ら披露くださいました
代表の大森さん自ら披露くださいました
みんな真剣に見守ります
みんな真剣に見守ります

この後水洗いで糊を落としたら、干し場で天日干しで乾燥。4階建ての高さから吊り下げられた生地が風に揺れる姿は圧巻です。

注染工房
検品とたたみの工程も体験
検品とたたみの工程も体験

特別に見せてもらった倉庫には、色とりどりの浴衣用の生地が。

注染工房

用尺が手ぬぐいよりずっと長い浴衣は、一箇所でも汚れや不具合があれば、生地が丸ごと使えなくなってしまいます。

注染の中でも浴衣の染めを得意とする注染工房さん。毎年多くの注文が舞い込むのは、高い技術の証です。

注染工房
みなさん、私はこれがいい!とすっかりお買い物目線で生地を広げます
みなさん、私はこれがいい!とすっかりお買い物目線で生地を広げます

現場の熱気と職人技に終始感動しながら、いよいよバスは最後の【鹿】のものづくりへ。

【見どころその3・鹿】未来の郷土玩具を目指して。奈良の新しいお土産「鹿コロコロ」とは?

奈良の不動のアイドル、鹿。

奈良には様々な鹿モチーフのお土産がありますが、100年後に受け継がれることを目指した、奈良の新しい郷土玩具が誕生しています。その名も「鹿コロコロ」。

従来の木型でなく、3Dプリンターで型をつくった新郷土玩具「鹿コロコロ」

奈良にもともとあった伝統工芸の「張り子鹿」と、観光客に人気の「ビニール鹿風船」という、新旧の奈良土産を組み合わせて誕生しました。

ユニークなのが、その型作り。

鹿コロコロは、型に和紙を貼り合わせて最後に型を取り除く「張り子」の製法で作るのですが、年々こうした型を作れる職人さんが減少しています。

そこで鹿コロコロでは、従来の木型に代わり3Dプリンターで型を製作。

型を作る3Dプリンター

安定かつスピーディーなものづくりが可能になりました。

ミルフィーユ状に形成されていて、中は空洞。持つと軽く、出来立てはほんのり暖かさがありました。

「この3Dプリンター、きっと日本のなかでも群を抜く稼働率です」

と語るのは、「鹿コロコロ」の作り手である「Good Job!センター香芝」の藤井さん。

Good Job!センター香芝のスタッフ、藤井克英さん
Good Job!センター香芝のスタッフ、藤井克英さん
Good Job!センター香芝

ここは奈良市でコミュニティ・アートセンターを運営し、アートを通して障がいのある人の社会参加と仕事づくりをしてきた「たんぽぽの家」が、新たな拠点として2016年にオープンさせた施設。

センターではこの3Dプリンターを駆使して、鹿コロコロをはじめ様々なアイテムが日々生み出されています。

こちらは首がゆらゆら揺れるおじぎ鹿。右から順に、3Dプリンターで作った型に和紙を貼り合わせ、張り子になるまでの工程がわかります。型は和紙の貼り残しがすぐわかるように、あえてカラフルな色味にしているそう
こちらは首がゆらゆら揺れるおじぎ鹿。右から順に、3Dプリンターで作った型に和紙を貼り合わせ、張り子になるまでの工程がわかります。型は和紙の貼り残しがすぐわかるように、あえてカラフルな色味にしているそう
Good Job!センター香芝
さまざまな商品の展示販売もされている

ツアーでは藤井さんにレクチャーいただきながら、オリジナルの鹿コロコロを作れる絵付けを体験しました。

体験できるのは、鹿コロコロかおじぎ鹿の2種類。迷う!
体験できるのは、鹿コロコロかおじぎ鹿の2種類。迷う!
下書きも真剣
下書きも真剣
絵の具やポスカなど、道具を使って絵付けしてい行きます
絵の具やポスカなど、道具を使って絵付けしていきます
いざ絵付けスタート!
いざ絵付けスタート!
鹿コロコロ
鹿コロコロ
鹿コロコロ

型作りはデジタルでも、和紙を貼り合わせたり絵付けをするのは全て手作業。

伝統的な手法を受け継ぎながら今の技術も取り入れた鹿コロコロは、ものづくりの面でも「新しい」郷土玩具と言えそうです。

愛らしくも奥深い郷土玩具の世界に触れながら、少し工芸の未来を覗いたような気持ちになりました!

完成した鹿コロコロ。みなさん上手!
完成した鹿コロコロ。みなさん上手!

センターを出る頃には、あたりはすっかり暗くなっていました。一人ひとり感想を伺いながら、バスは再び近鉄奈良駅前に。

ものづくりの世界は普段は閉ざされていて、なかなか日常に知る機会がありません。

ですが一歩足を踏み入れると、外からはわからない熱気や迫力に満ちています。

取材の帰り道に、すっかりものや町を見る目が変わっていることもしばしば。

ツアーやこの記事でお見せできたのはほんの一部ですが、そんな工芸に触れる楽しさを、さんちはこれからも日々の読みものを通して伝えていけたらと思います。

ご参加いただいたみなさん、ご応募くださった方、ご協力いただいたメーカーさん、本当にありがとうございました!

センターのみなさんと一緒に
センターのみなさんと一緒に

<取材協力> *登場順

株式会社あかしや
奈良県奈良市南新町78-1
0742-33-6181
http://www.akashiya-fude.co.jp

注染工房株式会社
奈良県生駒郡斑鳩町服部1-2-26
0745-75-2522
https://chusen.co.jp/

Good Job!センター香芝
奈良県香芝市下田西2-8-1
0745-44-8229
http://goodjobcenter.com

文:尾島可奈子
当日写真:西木戸弓佳

京都の万年筆インク「文染」は、文具店と染め文化が生んだ“日本初”の書き味

文房具好きにおすすめしたい、TAG STATIONERYの万年筆ブランド「文染」

2019年春、文房具好きにはたまらないアイテムが誕生しました。

京都の染め文化が生んだ、日本初の「草木染めの万年筆インク」。

tag stationary 文染

「文染 (ふみそめ)」という美しい名前のインクは全部で「藍」「葉緑」「梔子 (クチナシ) 」「地衣」の4種類。

tag stationary 草木染めの万年筆インク「文染」

名前そのままの天然素材から、色を抽出しています。草木染めで作った万年筆インクは、日本初とのこと。

こちらは合わせて新登場する「やわらかな万年筆」
こちらは合わせて新登場する「やわらかな万年筆」

生まれたのは京都。

それぞれ違う立場にある三者が運命的に出会って仕掛けた、これはひとつの壮大な「実験」だと言います。

開発秘話からパッケージに込めた意味まで、仕掛け人にお話を伺いました。

仕掛け人に聞く、「草木染めの万年筆インク」開発秘話

とある会議室に集まっていただいた3名の男性。

tag stationary 文染
tag stationary 文染

業界初である「草木染め」の染料を使った万年筆インクの、仕掛け人の皆さんです。

呼びかけ人はこの方、森内孝一さん。

森内孝一さん

京都の文具店が前身の文具・雑貨メーカー「TAG STATIONERY」で、商品企画マネージャーをされています。

TAG STATIONERYの本店があるのは、京都室町。染色文化が色濃く残るエリアです。

「そういう京都の文化を汲んだ文房具を作りたくて、はじめ合成染料で日本の伝統色を表現した万年筆インクを開発していました。

色味の再現をお願いしてしたのが、高橋さんです」

森内さんが頼ったのは同じく室町に構える「京都草木染研究所」顧問、高橋誠一郎さん。「草木染めの万年筆インク」2人目の仕掛け人です。

高橋誠一郎さん

TAG STATIONERYと京都草木染研究所は立地的にもご近所の間柄。

同じ染め文化の町に生きる者同士、森内さんは前作の開発段階から、高橋さんにこんな話をするようになりました。

「どうせなら、いつか草木染めに使う天然染料でインクを作りたいですね」

京都の染織業界で、職人たちからも頼りにされる「色」のスペシャリスト高橋さんの、最初の反応はしかし、「難しい」でした。

草木染め研究のスペシャリスト、高橋誠一郎

「洗濯機が家庭に普及してから、日本の染め物は洗っても色落ちしない合成染料主流にガラリと変わりました。

その中で付加価値を出すために『天然染料で染めたい』という相談はたくさんいただくのですが、色の持ち具合や発色の良さでは、合成染料に負けてしまいますからね」

tag stationary 草木染めの万年筆インク「文染」

「使用にかなう天然染料の研究は、40年、50年とずっと続けて来ました」

高橋さんの著書
高橋さんの著書
見せていただいた倉庫には膨大な色の「素」が
見せていただいた倉庫には膨大な色の「素」が

定年となる年齢を越えても、周囲の要望から研究を続けてきた高橋さん。今でも常時、20種類以上の染料の開発を同時進行で手がけているそう。

高橋さん

しかし、長年の取り組みの中でも、紙に着色させる草木染めのインク開発は研究者として初めてのことでした。

tag stationary 草木染めの万年筆インク「文染」

「天然染料で作るインク」がなぜ難しいのか?

草木染めに使う天然染料のほとんどは、そのままでは透明に近い色。

通常の染織は、生地に浸した液体の染料を化学反応で水に溶けない性質に変化させ、繊維に固着させることで色をつけます。

tag stationary 草木染めの万年筆インク「文染」

しかしインクは、液体でなければ使えない。しかも紙の上で、天然の成分が長期間、色褪せずに持つだろうか。

高橋さんの研究ノート
高橋さんの研究ノート

液体のまま着色させる染めノウハウもあるものの、液が強い酸性になるため、きっと万年筆のペン先を痛めてしまう。

「これは全く新しい技術開発になる」

染めを熟知する高橋さんだからこそ、「天然染料で作るインク」の難しさが見えていました。

「でも技術者として、相談を受けたら何でもやりたいほう。難しくても、ニーズがあるのならつい、やってしまう性格なんです」

高橋誠一郎さん

いつか、どこかから相談が来た時にはすぐ応えられるよう、日々の研究で得たノウハウは常にストックし、一番最初に依頼に来た人にだけ、ふさわしいアイデアを提供することにしています。

「難しい。でも、チャレンジしてみようか」

tag stationary 草木染めの万年筆インク「文染」

こうして、それまで誰も成功したことのない「草木染めの万年筆インク」の開発が始まりました。

大事にした2つのこと

目の前の難題に対して高橋さんが決めたのは、大きく2つのことでした。

ひとつは、しっかり色がでる素材を使うこと。

tag stationary
tag stationary 文染

もうひとつは、筆圧によってインクの色合いが変わるような調合をすること。

文染イメージ

「色の再現だけなら合成染料でもできてしまいます。でも、このインクは天然“風”でなく、本物の植物素材を使っていることに価値がある。

機能性だけを求めない、こういう詩的なものをせっかく作るんだから、何かインクの書き味にも個性を持たせたいなと思いました。

それで、ちょうど筆のように書いた人の筆圧が相手に伝わるインクに出来ればいいなと。濃淡による色差や、彩度の差が大きくでるような混色を意識しました」

高橋さんの研究ノート
混色の見本帳
混色の見本帳

草花、石、樹皮、キノコ、トンボにカタツムリまで。何千という原材料を、高橋さんは自らの足で全国に採取しに行きます。

墨や
墨や
岩に含まれる鉱物も、貴重な色の素です
岩に含まれる鉱物も、貴重な色の素です

そうした山谷海あらゆる選択肢の中から目利きした素材に、少しの化学の力を加えて生まれたのが「藍」「葉緑」「梔子 (クチナシ) 」「地衣」の4つの草木染めインクです。

tag stationary 文染

草木染めの万年筆インク「文染」の4色

文染 01藍

「藍は藍染の藍ですね。もとは水に溶けない顔料なんですが、それをちょっとだけ、化学反応させて。水に溶ける形に変えたんです」

淡い水色から藍ならではの深い青さまで、筆圧によっても美しい青のグラデーションが楽しめます。

葉緑 (はみどり)

文染 02葉緑

「これは葉緑素そのものです。例えばほうれん草の緑ですね。

でもほうれん草を煮ても、煮汁はほとんどグリーンにならないですよね。葉緑素は水に溶けない油性の染料なんです。

それを、アルカリで処理して不純物を取り除いて、液にしたものです」

ことも無げに語られますが、業界では退色しやすいことで知られる染料だそう。それを「まぁなんとか、いろいろやって」高橋さんは美しい緑色のインクを生み出しました。

梔子 (クチナシ)

文染03 梔子

「黄色は、クチナシの実ですね。昔から、料理にたくさん使われています。

栗きんとんの色はクチナシの実で染めているんですよ。年末になると料理人の方がよく、染料を買いに来られます」

地衣 (ちい)

文染04 地衣

最後に、あまり聞きなれない「地衣」。深い紫色をしています。

「これは実際に素材をご覧になった方がいいですよ。元はこんな姿なんだって、びっくりすると思います」

そう語るのは、3人目の仕掛け人、綾 利洋さん。

綾さん

代表を務める京都のデザイン事務所o-lab inc.が、今回の万年筆インクのデザインを森内さんから一任されました。

「地衣って、菌類なんですよ」

乾燥させた地衣
乾燥させた地衣

「古い石垣とかに、アザみたいに薄いグリーンのもの、ついてたりしますよね。それから松や梅の木、桜なんかにべちゃっとついている緑色のもの。あれが地衣です。

なんせ、変わってます。菌糸の間に、藻類の細胞が入っている。お互い全然違う生き物同士が、自然界でうまく巡り合って、地衣という特別な生物になっているんですよ」

それが、こんな鮮やかな紫に。デザインに当たって高橋さんのラボを訪れた時、綾さんはこの天然素材の世界に衝撃を受けたと言います。

デザインを手がけたのは、元・有機化学者

「私自身が実は大学院まで、有機化学の研究をしていたんです。ラボに伺った時は、その頃の面白さが蘇るようで。

こうした自然界にある菌類が、化学反応によって鮮やかな紫色になる。すごく楽しい実験という感覚を覚えました」

綾さん

「だからパッケージも、コスメティックにきれいな形にするのとは今回は違うかなと。

感情に訴えかけるような、植物の知的な実験、というテーマが浮かんできました」

主役はインクそのもの、という思いから、ボトルを入れるのはシンプルな白の紙箱。

文染

商品の取り扱い説明書は人工的な印象になるので入れない。代わりに箱の内側に、必要な情報を記しました。

文染

「箱のフタを引き上げると、そこに情報の花がパッと咲くみたいに」

綾さん
tag stationary 文染

ラボを訪れた際も、「これは何ですか?」と新しい素材について話が盛り上がる3人。

tag stationary 文染
tag stationary 文染
tag stationary 文染

「今度は赤いインクも作りたいんですけどね、これが難しくて‥‥」

と高橋さんが語るように、日本初の草木染めの万年筆インクは、まだ4色が出たばかり。

ボトルの数字が、続くNo.5、6‥‥を期待させます
ボトルの数字が、続くNo.5、6‥‥を期待させます

3人の楽しい実験は、まだまだ続きます。

<掲載商品>
「文染」 (TAG STATIONERY)

tag stationary 文染

<取材協力>
文具店TAG 寺町三条店
京都府京都市中京区天性寺前町523-2
075-223-1370
(営業時間:10:00~19:00)
https://store.tagstationery.kyoto/

文:尾島可奈子
写真:木村正史

*こちらは、2019年4月4日の記事を再編集して公開しました。

二宮金次郎の銅像に隠されたメッセージとは。背負っているのは薪ではない?

二宮金次郎。のちの名乗りを二宮尊徳。

日本を代表する「偉人」は、この姿でお馴染みです。

最近は座像スタイルもあるそうですが、昔ながらの姿というとやはり立像タイプ
最近は座像スタイルもあるそうですが、昔ながらの姿というとやはり立像タイプ

「負薪読書」と言われるこのスタイルは、金次郎の弟子・富田高慶が金次郎の没年に出した『報徳記』の中の記述に基づいているそうです。

ところが。

「うちで作っている金次郎像は、薪に似ていますが違うものを背負っているんですよ」

と語るのは、二宮金次郎の銅像を90年に渡って作り続けるトップメーカー、平和合金さん。

一体どういうことなのでしょう?

二宮金次郎像作りの大手、平和合金が語る真実

全国の銅像の9割を作る銅器の町、富山県高岡市。

その中でも「二宮金次郎像」といえばここ、と名前が挙がるのが、株式会社平和合金です。昭和5年頃から90年にわたり、金次郎像を作り続けています。

玄関先には早速、金次郎像が。

銅製の看板の奥に見えるのは‥‥
銅製の看板の奥に見えるのは‥‥

その背中に背負うのは‥‥薪、ではないのでしょうか?

平和合金の二宮金次郎像

「うちではこの絵を元に銅像を作っているんです」

迎えてくれた藤田益一社長と和耕 (かずやす) さん親子が見せてくれたのは‥‥

平和合金の藤田さん親子
平和合金の藤田さん親子

小説家・幸田露伴が『報徳記』に基づいて記したという『二宮尊徳翁』の口絵。

『二宮尊徳翁』の口絵

実はこの口絵が金次郎の「負薪読書」の姿を描いた最初の絵とされ、のちの「二宮金次郎像」の原型になったと言われています。

『報徳記』に記してある通り、少年期の二宮金次郎が薪を背負い、本を読んでいるように見えますが‥‥

「よく見てください、この絵で背負っているのは、おそらくシバなんですよ」

藤田社長

シバ?

「厳密には、木の幹や枝を割った太いものが薪 (マキ) 。あまり大きくない雑木やその枝が柴 (シバ)です。どちらも燃料として使われてきたものですね」

そう、昔話で「おじいさんは山へシバ刈りに」と出てくるのが、この柴。おじいさんは自分用か売るためか、燃料になる柴を取りに行っていたのです。

薪と柴の違い、初めて知りました。

でも、絵のベースである『報徳記』では薪と記してあるし、背負っているものはマキでもシバでも、良いのでは‥‥?

「確かに太い薪 (マキ) を背負う像もあります。でも実は、絵のような細い柴の枝ぶりを表現できるのは、銅像ならではなんです」

金次郎像の後ろ姿

「鋳込み」と言って、溶かした金属を「型」に流し込んで作る技術の高さで発展した、高岡の銅器。

原型をはめた枠に砂を詰め、原型を抜いてできた空洞に金属を流し込むのが鋳込み。こちらはその流し込む型を作っているところ
原型をはめた枠に砂を詰め、原型を抜いてできた空洞に金属を流し込むのが鋳込み。こちらはその流し込む型を作っているところ

表面を削って立体を表現する石像などに対して、型を緻密に作ることで服のひだや人の表情まで、細かな表現をしやすいのが特徴です。

見せていただいた手持ちサイズの二宮金次郎の銅像も、細部まで生き生きと表現されています
見せていただいた手持ちサイズの二宮金次郎の銅像も、細部まで生き生きと表現されています

「それに金次郎は倹約を奨励した人でした。大きな薪を担ぐより、絵のように子どもでも拾ったりして集めやすい柴をたくさん背負っている方が、金次郎らしいと思うんです」

銅像なら、絵の通りの細い枝ぶりも表現できる。金次郎の人柄も伝わる。平和合金さんではそんな思いから、柴を背負った金次郎像を作り続けているのでした。

葉っぱなども細かく再現。これぞ高岡銅器の技術の結晶。実は積んである柴を何段にする、などのカスタマイズも可能だそうです
柴は葉っぱなども細かく再現。これぞ高岡銅器の技術の結晶。実は積んである柴を何段にする、などのカスタマイズも可能だそうです
手乗りサイズの銅像も、しっかり柴を背負っています
手乗りサイズの銅像も、しっかり柴を背負っています

そしてリアリティの追求はこれだけではありません。

像の細部を見ていくと、平和合金さんの「金次郎愛」と、そのトップメーカーたる所以が明らかになってきました。

パーツで見る二宮金次郎像

・読んでいる本は『大学』

手に持っている本は、金次郎が愛読していたという中国・戦国時代の思想書『大学』仕様。

金次郎が手に持っている本の原型

見せていただいた本の原型には「一家仁なれば一国仁に興り、一家譲なれば一国譲に興り、一人貪戻なれば一国乱を作す。その機かくのごとし」という有名な一節が、しっかりと刻まれていました。

・布は布らしく

金属なのにやわらかさを感じます
金属なのにやわらかさを感じます

・端正な顔立ち

「顔は、原型師という型を彫る職人の個性が、よく出る部分です。うちの金次郎像は、男前だって評判なんですよ」

確かに、すっきり凛々しいお顔立ちです
確かに、すっきり凛々しいお顔立ちです

柴をはじめとした精緻なつくりとともに、その端正な顔立ちも、平和合金製・二宮金次郎像の人気の秘密のようです。

貴重な二宮金次郎の原型の姿。パーツごとに型を作るので、手の部分はない
貴重な二宮金次郎の原型の姿。パーツごとに型を作るので、手の部分はない
人と比べるとこれくらいの大きさ
人と比べるとこれくらいの大きさ

それにしても、どんな人がどんなタイミングで金次郎像を頼んでいるのでしょうか?

こんな人が、こんな場所に建てている

「小学校の校庭に建っているイメージがあると思いますが、近年は幼稚園や会社からの注文が多いですね」

金次郎の思想や生き様に共感する経営者の人が建てることが多いそうです。

ある企業さんで新たに製造した像のお披露目の時の様子。藤田社長も立ち会いました
ある企業さんで新たに製造した像のお披露目の時の様子。藤田社長も立ち会いました

それでも現在、平和合金さんが新たに製造する金次郎像は年間10体ほど。

平和合金さんが金次郎像を作り始めた90年前頃は、学校に金次郎像を設置することが全国的なブームだったそうです。

しかし現在ではすっかり需要が減り、製造の難しさもあって手がけるメーカーも数えるほどに。

そんな中でも平和合金さんが金次郎像を作り続けるのは、誰より藤田さんご自身が、金次郎を敬愛しているからでした。

生産数は年間10体。それでも作り続ける理由

「なんで作っているか言うたら、それはやっぱり二宮金次郎の哲学を売りたいからですよ」

藤田さん

江戸後期に、現在の神奈川県・小田原市の農家に生まれた二宮金次郎。幼い頃に両親を亡くしながら勉学と家の手伝いに励み、24歳で家を再興します。

その才を買われて幕府に取り立てられ、全国各地の村を復興。建て直した村の数は600にのぼりました。

「大事をなさんと思わば小なることを怠らず勤むべし、小積りて大となればなり」

などの格言が象徴するように、農家一軒一軒が身の回りでできる工夫を奨励して村全体の再建に取り組んだ、農業の改革者。

一方で、勉学に励みながら家を助けた少年期の姿は、親孝行の模範として明治以降の教科書にしきりに取り上げられるように。これが、昭和の「金次郎像」ブームに繋がっていきます。

「まぁ簡単に言うと金次郎像は親孝行せいと、こう言っとるわけやから」

と真顔で息子の和耕さんに告げる藤田社長。

取材班一同大爆笑でした
取材班一同大爆笑でした

「金次郎が苦労して家の再興を果たしたように、この会社もやっぱり先祖からの預かりものなんですよね」

藤田さん

「技術的にも、うちは金次郎像を手がけたことで、それまで花器など小さなものを手がけていたのが大きな銅像も任されるようになり、今があります」

大型の銅像も作れるよう天井の高い平和合金さんの製造現場
大型の銅像も作れるよう天井の高い平和合金さんの製造現場

「こうして先祖の預かりもので商売させてもらう以上は、像を通して二宮金次郎の哲学や生き様を知ってもらうことが、何よりの恩返しで、また次の仕事にも繋がっていくと思っています。

銅像を作りながら、日本の誰もが知っている人の思想を広められるってすごいことじゃないですか」

像を売るのでなく、金次郎の哲学を売りたい。

そんな平和合金さんでは、普及活動の一環で全国の自社製・金次郎像の目撃情報を募集しているそうです。

実は古い像は問屋さんを介して納めていたため、どこに設置されているかわからないものも多いとのこと。

手がかりは技術の証である背中の「柴」と、90年前から変わっていない端正な顔立ち。

見かけた方はぜひお知らせを!

<取材協力>
株式会社平和合金
富山県高岡市戸出栄町56-1
0766-63-5551
http://www.heiwagokin.co.jp/ninomiya/

文:尾島可奈子
写真:浅見杳太郎

*こちらは、2019年3月30日の記事を再編集して公開しました。

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時代とともに定番の品も変化があるよう。本来の意味や、知っておきたいマナーをまとめました。

引き出物の起源とは

引き出物

もともと結婚式に限らず、宴席に招いたお客に対して主催者が贈り物を用意する習慣は古くからあったようです。

引き出物の語源は平安時代までさかのぼり、貴族たちの宴席で、帰るお客に主人が馬を「引き出して」贈ったことから、と言われています。

贈る品物は他にも犬や鷹、衣服など。さらに時代がすすみ、武士が主役の鎌倉時代に入ると、刀剣などの武具や、砂金や鯉、昆布など幅広い品物が引き出物に加わりました。

江戸時代に入ると、宴席の膳に添えたものを、お土産として持ち帰るのが主流に。

日持ちがよく古くから珍重されてきた鰹節や縁起の良い鯛が好まれ、引き出物の定番となりました。鯛をかたどった落雁なども用いられたようです。

現代における引き出物のマナー

・選ぶもの:引き菓子やしきたり品を組み合わせた奇数で。事前に親に相談を

引き出物は箱入りの「引き菓子」と、鰹節や赤飯などの「しきたり品」と組み合わせて3品もしくは5品の奇数にするのが吉とされています。

奇数を好むのは、偶数が「割れる」数だから。他にも縁が「切れる」、「去る」を連想させるものはタブーとされてきました(刃物や猿をかたどったものなど)。

近年あまり気にしないという人も増えていますが、招くゲストに合わせて配慮が必要です。

・しきたり品とは?

しきたり品は地域によっても寝具や縁起物をかたどったかまぼこなど、定番品が異なります。地域の慣習や家ごとのしきたりがあるので、親に相談しておくと間違いないよう。重たいほどおめでたい、とする地域もあるそうです。

まとまった数を頼む必要もあるので、注文した時に在庫がない!ということのないように前もってリサーチを。

・引き出物を用意しなくてもいい場合も

引き出物は基本的に、結婚披露宴に来てくれた人へのお礼の品。

挙式のみで披露宴を行わない (ご祝儀を辞退する) 場合は、引き出物を準備しなくても良いとされています。親族だけの食事会のような形式や会費制の式の場合は、引き出物の代わりにプチギフトを用意するケースも。

・包みのマナー

表書きは「寿」として、両家の名前もしくは新郎新婦の名前を載せた熨斗紙をかけて贈るのが一般的。

引き出物は一世帯に一つずつでOKですが、例えばご夫婦で別々にご祝儀をいただいた場合には、予備のご祝儀を渡したり、ない場合は後日お礼の品を贈ると良いようです。

・金額のマナー

引き出物の相場は披露宴の飲食代の1/3程度とされています。

引き出物の選び方

予算などが決まったら、いよいよ品物選びです。さんちで紹介したアイテムも添えてご紹介していきます。

根強い人気なのは式の当日もかさばらず、ゲストが好きなものを選べるカタログギフト。

重たいものや趣味嗜好が合わないものは好まれない傾向にあります。品物としてはタオルやちょっとした雑貨類など、普段使いに便利な日用品が人気です。

こちらは男女それぞれの使い心地の良さを追求した「THE TOWEL for LADIES/GENTRMEN」。箱入りで贈り物にもぴったり
こちらは男女それぞれの使い心地の良さを追求した「THE TOWEL for LADIES/GENTRMEN」。箱入りで贈り物にもぴったり


関連記事はこちら:「二人の門出に贈る 男女の理想の違いを追求したタオル」

食器など日常使いするものは、すでに持っていそうなものとかぶらないよう注意が必要。オリジナルデザインのお皿をオーダーメードするケースを、以前さんちでご紹介しました。

オーダーメイドの笠間焼
こちらは新婚夫婦が手がけたオーダーメイドの笠間焼


関連記事はこちら:「引き出物を『オーダーメイドの笠間焼』で作ってみました」

普段自分では買わないような高級品や、特別感のあるものが喜ばれるようです。

引き菓子の選び方

引き菓子はゲストが帰宅後に家族と一緒に食べる、お祝いのおすそ分け。日持ちのするものや小分けにして食べやすいものが喜ばれます。

定番はおかきなどの和菓子やバウムクーヘン、金平糖やマシュマロなどのボンボン菓子。名入れのしやすいカステラも人気のようです。

引き出物


関連記事はこちら:「ハレの日を祝うもの 香川のふわふわ嫁入り菓子『おいり』」

ゲストの好みに応じて「贈り分け」も

年代や関係性によっても喜ばれるものが異なるので、最近ではゲストによって引き出物を分ける「贈り分け」も増えているそう。

贈り分けをする場合は、中身が違うことがわかりやすい見た目は避け、同じ大きさの紙袋に入れるなどの配慮を。


こうしてまとめてみると、引き出物には選ぶ中身から贈り方、大きさまで、新郎新婦の「来てくれてありがとう」の気持ちと気遣いが随所に込められているのがわかります。

基本のマナーや意味を知っておくと、次に招かれた時も、自身が贈る側になる時も、心持ちが違いそうですね。

<参考資料>

『これで安心!結婚準備&マナー』ナツメ社 監修・遠藤佳奈子 (2016)
『すぐに役立つ <略式>冠婚葬祭ブック』三省堂 編著・三省堂編修所 (2010)
『どこまでOK?がすぐわかる!冠婚葬祭の新マナー大全』成美堂出版 監修・笹西真理 (2019)
『日本人のしきたり』青春出版社 編著・飯倉晴武(2003)

文:尾島可奈子