10月27日、読書の日。洋服のように季節で選ぶ「ブックカバー」

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

日本では1年365日、毎日がいろいろな記念日として制定されています。国民の祝日や伝統的な年中行事、はたまた、お誕生日や結婚記念日などのパーソナルな記念日まで。数多ある記念日のなかで、「もの」につながる記念日を紹介していまいります。

さて、きょうは何の日?

10月27日、「読書の日」です

戦後間もない1947年。「読書の力によって、平和な文化国家を作ろう」という決意のもと、出版社・取次会社・書店と公共図書館、マスコミ機関も加わって、11月17日から、第1回『読書週間』が開催されました。

その反響は大きく、翌年の第2回からは10月27日~11月9日 (文化の日を中心とした2週間) と定められ、全国に拡がっていきました。現在では、読書週間の初日となる10月27日が「読書の日」と呼ばれています。

感触もよく、心地よい読書

お出かけするにも、本を読むにも心地よい季節、秋。そうそう、せっかく旅に出るのなら、本も1冊連れて行きたい。そんなとき、本が傷つかないようにしたり、表紙が見えないようにしたりと、ブックカバーが活躍します。

手織り麻の単行本カバー

そばに置くからこそ、素材やデザインにもこだわりたいもの。今日は、中川政七商店と京都の染め屋「染コモリ」さんが一緒に作ったブックカバー「季節の小紋」を紹介します。

「季節の小紋」シリーズは、伝統文様と季節のモチーフがかけ合わさったデザイン。使いやすく愛着が湧くように素材にもこだわりました。

素材は、手績み手織りの麻生地。独特なシャリ感があり、薄手で軽くかさばらず、使うほどに柔らかくなり手に馴染みます。織りによる凸凹が手にかかり、紙製のブックカバーよりも滑りにくいというのも特長です。

繊細に調合された染料で染める季節の柄

『きんぎん木犀霞文』 霞がかった月夜に広がる金木犀、銀木犀。香りで秋を知らせてくれる花です
『きんぎん木犀霞文』 香りで秋を知らせてくれる花、金木犀、銀木犀。霞がかった月夜に広がっているよう

染コモリさんの染めの技法は、「手捺染 (てなっせん) 」。柄を染めるため、1色につき1枚ずつ型を作り、ずれないように色の数だけ染色を重ねる、手間と技術が必要な方法です。

もっとも難しいのは、染料の作成なのだそう。その日の気温や湿度によって変化する色の仕上がりを見越して、0.01グラム単位で染料の配合を微調整するところに職人の腕が求められます。調合して、布にのせた段階では仕上がりの色はわかりません。その後、蒸して色を定着させる際に色が変化します。その仕上がりの色を想像しながら配合を決めて行きます。

さんきらい亀甲文
『さんきらい亀甲文』 朱色に色づく「さんきらい」で描かれた亀甲紋に小鳥が舞っています
 『ききょう菱文』 ききょうは、万葉集にも歌われる秋の七草のひとつ
『ききょう菱文』 ききょうは、万葉集にも歌われる秋の七草のひとつ

季節に合わせて洋服を選ぶように、ブックカバーも用意してみる。カバンに忍ばせた1冊の魅力が増して、より愛着がわきそうです。

<掲載商品>
ブックカバー 秋の小紋 (中川政七商店)

<関連商品>
手織り麻の単行本カバー (中川政七商店)
手織り麻の文庫本カバー (中川政七商店)
卓上本棚 (中川政七商店)

文:小俣荘子

手のひらにすっぽり収まる物語、ページをめくる“もどかしさ”も愛しい「豆本」

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

—— なにもなにも ちひさきものは みなうつくし

清少納言『枕草子』の151段、「うつくしきもの」の一節です。

小さな木の実、ぷにぷにの赤ちゃんの手、ころっころの小犬。

そう、小さいものはなんでもみんな、かわいらしいのです。

日本で丁寧につくられた、小さくてかわいいものを紹介する連載、第10回はブックアーティストの赤井都(あかい・みやこ)さんがつくる「豆本」です。

三省堂書店 神保町本店での展示販売を訪れて、赤井さんご本人にお話を伺いながら豆本を手に取ってみました。

「小瓶の中に入る本」というテーマで作られた、わずか縦1.2センチメートルほどの豆本『恋ぞ積もりて』
「小瓶の中に入る本」というテーマで作られた、わずか天地1.5センチメートルの豆本『恋ぞ積もりて』。通常サイズと同じ手法で和綴じ製本されています。細かい!

小さいけれど、ちゃんと読めるんです

「豆本」という言葉を聞いたとき、みなさんはどんなものを思い浮かべますか?

ドールハウスなどのミニチュア空間に飾るもの、本を模したフォルムの小物、私はそんなイメージを持っていました。

しかし、実は、豆本は歴とした「読み物」なのです。

多くの豆本作家は「“本”と呼ぶからには、拡大鏡なしの肉眼で物語が読めるものを」という考えを持って制作をしているのだそう。見た目が本の形をしているだけでなく、読み物として成立している。ページをめくっていて、読めることに喜びを感じます。

アメニモマケズ挿絵も入っています
天地7.6センチメートルの『雨ニモ負ケズ』。挿絵も入っています

一般的なサイズの本と並べた、豆本の『恋ぞ積もりて』と『雨ニモ負ケズ』
一般的なサイズの本と並べた、豆本の『恋ぞ積もりて』と『雨ニモ負ケズ』

展開にドキドキしながら、ページをめくる喜び

豆本の魅力を赤井さんに尋ねてみました。

「たとえば、稲垣足穂 (いながき・たるほ) さんの『一千一秒物語』 (月と星を主な題材とした、数行からなる童話風の短い散文集) 。普段手に取る文庫本に印刷すると、物語を読み始める時にすでに結末も視界に映ってしまっているんですね。

一方、豆本にすると1つのお話が1ページに収まらず、数ページにわたって印刷されます。つまり、展開にドキドキしながらページをめくることができる。そんな風に、短い文章の味わい方が普段と変わるのも豆本の面白みだと思います」と赤井さん。

めくって読む楽しみ

豆本は、その小ささゆえにページをめくるのにも時間がかかります。そのため、同じ内容でも、一般的なサイズの書籍で読むのと比べて、同じかそれ以上の時間をかけて読むことになるのだそう。

『恋ぞ積もりて』の中身は、百人一首にも登場する恋の歌です。淡い恋心が次第につのり、深い愛になっていったというラブレター。絹糸で閉じられたピンク色の雁皮紙のふんわりとした感触も楽しみながら、ゆっくりと読み進めると、子供の頃の丸暗記百人一首とは打って変って、情景を想像しながら味わえたように思います。

実際に読んでみると、「すぐにめくれないもどかしさ」も愛おしい、そんな読書体験がありました。

製本も印刷も物語に合わせて様々な技法が用いられる。『恋ぞ積もりて』は素朴な風合いが魅力の活版印刷
製本も印刷も物語に合わせて様々な技法が用いられる。『恋ぞ積もりて』は素朴な風合いが魅力の活版印刷

「感触を味わいながらゆっくりと物語を味わえるのが豆本です。デジタルの時代に紙の本を作る意義は、豆本にあるのかもしれない。そんなことを思いながら作っています」と赤井さん。

「読書の秋」とも言いますが、自宅でゆっくりとくつろぎながら、豆本を通じて物語の世界に出かける。そんな秋の夜長も良いかもしれません。

<掲載商品>

豆本 赤い鳥2号『恋ぞ積もりて』

『雨ニモ負ケズ』

赤井都 (あかい・みやこ)

ブックアーティスト。自分で書いた物語をそれにふさわしい本の形にしたいという思いから、独学で初めて作ったハードカバー豆本が、2006年ミニチュアブックソサエティ(本拠地アメリカ)の国際的な豆本コンクールで、日本人初のグランプリを受賞し、2007年連続受賞。さらに、2016年にも同賞受賞。著書に『豆本づくりのいろは』(河出書房新社)、『そのまま豆本』(河出書房新社)、『楽しい豆本の作りかた』(学研パブリッシング)がある。2006年より個展、グループ展、ワークショップ講師、豆本がちゃぽん主催など活動を広げる。オリジナルの物語を、その世界観を現す装丁で手作りする。小さなアーティストブックの作り手として、また講師として活動中。

文・写真:小俣荘子

理想の店を開くための、移住。人気店「objects」店主が貫く“嘘のないお付き合い”

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

島根県松江市にある、器と生活道具の店「objects (オブジェクツ) 」。

居心地の良い雰囲気の店内には、生産量の少ない作家さんの器や、各地で厳選された生活雑貨が並びます。全国から器や工芸品好きの方々がわざわざ訪れるという人気のお店です。

その成り立ちが気になって、店主でありバイヤーでもある佐々木創 (ささき・はじめ)さんにこのお店ができるまでのお話を伺うことにしました。

歴史を感じる趣きを持ちつつ、どこかモダンな石造りの建物。中に入る前から心が踊ります
歴史を感じる趣きを持ちつつ、どこかモダンな石造りの建物。中に入る前から心が踊ります

佐々木さんが松江でobjectsをはじめたのは6年半前。奥さんの陽子さんと地元・埼玉から移り住み、松江でゼロからお店を作り上げてきました。実はこの移住、ご本人たちにとって思いがけない出来事だったそうです。

お話を伺って、私の「移住」に対するイメージが変わりました。

自分の中に見つけた「好きなこと」を仕事として育てていくこと。そして、その中で誰もが出会う壁。佐々木さん流の乗り越え方、捉え方のお話がとても興味深いものでした。

カウンターに腰掛けてお話を聞かせてくださった佐々木さん
カウンターに腰掛けてお話を聞かせてくださった佐々木さん

衝撃の出会い、大学中退、アルバイトで資金を貯める日々

佐々木さんは大学在学中に旅行で沖縄を訪れた時、金城 次郎(きんじょう・じろう 沖縄の陶芸家、沖縄初の人間国宝。2004年没) さんの陶芸作品に出会い「なんてかっこいいんだ!」と、圧倒されたそうです。

帰宅後、興奮冷めやらぬまま民芸や工芸品について調べ、「面白い世界が広がっている!」と夢中に。「民芸品や工芸品に携わる仕事がしたい」という思いをいだき、大学を中退してアルバイトで資金を貯めながら携わり方を模索し始めます。世にある素敵なものを見つけ出して、編集して紹介する仕事がしたい、と方向を固め、お店を開くことを目指し、奮闘する日々が始まります。

objects店内。現代の作り手の作品を中心に、陶器、ガラス、木工、織物といったさまざまな工芸品が並ぶ
objects店内。現代の作り手の作品を中心に、陶器、ガラス、木工、織物といったさまざまな工芸品が並ぶ

夢への第一歩はオンラインショップの開設

資金を貯める日々の中、親友に夢を打ち明けた佐々木さん。すると、『まずはホームページだけでやってみたら?』と、提案されました。

「今から10年以上前。経験を積むために就職先を探すにも、工芸を扱うお店は個人経営のところばかりで、そもそも求人が見つけられず、雇われて学べる機会自体がほぼない状態でした。たしかにオンラインショップはアリだなぁと思いました」

そこで、将来実店舗を持つことを踏まえてオンラインショップを開店します。

開店して知る、大変さ、喜び

——— 実際に始めてみて、いかがでしたか?

「実際にやってみて、よかったなと感じたのは、直接作り手とつながれたこと。就職していたらすぐには経験のできなかったことです。仕入れから全て自分の仕事で、売れない分も自分に跳ね返ってくるので、100パーセント自分ごとです。すごく大変ということもわかりましたが、やはりすごく好きで、この道で生きていきたいと改めて思いました」

愛知県の「瀬戸本業窯」の器
愛知県の「瀬戸本業窯」の器

いきなり突撃?!作家さんとの関係づくり

工芸品店で働いた経験のないまま、ツテもなく、ゼロからオンラインショップを始めた佐々木さん。今から10年以上前、当時はまだスマートフォンもなく、インターネット通販も今ほど充実していなかった時代。きっと苦労も多かったはず。どのように作家さんとつながり、販売をしていったのでしょう。

「もう、いきなり突撃!でしたね。初対面ではない場合でも、2〜3回訪れた程度、顔見知りになったくらいの方々に、『こういうお店を始めるので、取引してください!』と相談に行きました。

とにかく、その人の作品が好きという思いと、将来的には実店舗を構えてやりたいということを熱心に伝えました。ただそれだけです」

——— 熱いですね。

「本当にそれしかなかったですね。 (笑)

ネットでの販売に馴染みのない作家さんも多く、僕の話を聞いても何を言っているかよくわからないという方が多かったです。それでも、思いが通じて取引をして頂けたことはありがたかったですね」

岐阜のガラス工芸作家、安土忠久さんの作品。オンラインショップ開設当時からの付き合いの作家さんのお一人。最近になって「あなたがやりたいことがやっとわかってきた」と言ってくれたのだとか
岐阜のガラス工芸作家、安土忠久さんの作品。オンラインショップ開設当時からの付き合いの作家さんのお一人。最近になって「あなたがやりたいことがやっとわかってきた」と言ってくれたのだとか

「サイトは友人に作ってもらったのですが、どうしたら多くの人に見てもらえるかもわからないまま試行錯誤しました。商品を撮るために買ったカメラも最初は全然使い方がわからなくて、とにかく必死でしたね」

自信なんてない。でも、まずは‥‥

7年間のオンラインショップ運営を経て、実店舗の開店。お店を構えようと思える自信がついたり、実際に動き出すきっかけはあったのでしょうか。佐々木さんからは思いがけない言葉が飛び出します。

「ネットでお店をやってみて、ずっとこのまま安定してやれそうだという実感や自信を持つことはなかったです。原価率など考えると、なかなか儲からない仕事だと、よくわかったというのが正直なところでした。お店は安定して経営し続けられていましたが、来年もこのまま安定かどうかなんてわからない。いつでも傾くこともありえる。『よしやれる!』と手放しで思ったことは未だにありませんね」

——— ‥‥やれる自信がないままお店を構えるというのは、とても勇気がいる事に感じます。どういった経緯で実店舗に踏み出したのですか?

「僕は『やってみないと気が済まない』タイプだったからかも。まずは1回夢を叶えてみようと。それから、この物件に巡り会えたことが大きかったなと思っています」

日没直後のお店の外観。空も川も美しいブルーで目を奪われました
日没直後のお店の外観。空も川も美しいブルーで目を奪われました

「この場所に呼ばれた」そうとしか思えない

——— 巡り会えた経緯を伺えますか?

「元々は、地元の埼玉で物件探しをしていました。でも、なかなか良いものに出会えなかった。物件の数はあるのですが、『この場所でやりたい!この建物が良い!』というものがなかったんです。開店するのにお金もかかるし、暗礁に乗り上げてしまいました。

そんな時に、ふと、以前訪れたことのあった、この建物を思い出したんです。遠く離れた場所だったので、リアリティはなかったのですが、かっこいい建物があったな、と。

その時は本当に思い浮かんだだけだったのですが、ダメ元で思い切って持ち主に聞いてみました。すると、すんなりと『良いよ』という返事がもらえた。その上、近くにあった祖母のものだった家に住んで良いという思いがけない状況も加わりました。それで、現実的なコストのことなども考えて、もうここでやるしかないでしょう、と」

佐々木さんの姿

——— まさに運命!そこがアクセルを踏むタイミングだったんですね。

「そうですね。埼玉で物件がなくて、ここもダメだったら、今どうなっていたかわかりません。物件を検討していた頃には、徐々に工芸品を扱うお店も増え始めていたので、どこかに就職していたかもしれません。自分ではもしかしたらやらなかったかも、なんて思います。

何かに『呼ばれた』と言いますか、自分で探して巡り会えたのではなく、導かれたというか、そんな風に思っています」

店内で使われているガラスの照明。岐阜のガラス作家 安土草多 (やすだ・そうた)さんの作品。販売もされていました

「焦っても仕方がない」、地道な発信が少しずつ実を結ぶ

念願の実店舗。しかし、決して幸先のいいスタートと言えるものではなかったそうです。知らない土地での新しいチャレンジ、不安も多い中でどのような心持ちで乗り越えられたのでしょうか。

「元々、焦っても仕方がないという思いがありました。こういうお店をよそ者が始めた場合、すぐに定着するわけがないと思うので。かといって、旅行雑誌に載せたり広告を出すようなことはしたくないという意地もあって、こういうものが好きで、来たいと思う人に来てもらえたらいいと、ただそれだけでやっていました」

——— 焦らずやっていく中で、じわじわ知られていくきっかけ、足がかりになったことは何だったのしょう?

「なんだろう‥‥。陽子さん、なにか思い当たる?」

すると、声をかけられた陽子さんからは、こんなお答えがありました。

「私はブログだと思います。毎日コツコツと更新して発信し続けていたから。作家さんが百貨店の方から『松江のブログ見ましたよ』と言われたり、何かを検索していたらうちのブログを見つけたというお客様がいらっしゃったり。画像検索をしても、自分たちが撮った写真が出て来たりするので、積み重ねが身を結んだのではないかと感じます」

佐々木さんと夫婦二人三脚でお店を切り盛りする陽子さん
佐々木さんと夫婦二人三脚でお店を切り盛りする陽子さん

——— 打ち上げ花火的に広告を打つのではなく、日々の地道な発信がカギだったのですね。

「そうですね。あとは、最初の1年は、イベントも何もしなかったのですが、1周年記念の企画以降、作家さんの個展や企画展をするようになりました。そうするとDMを作ってお客様に配ったり、飲食店などにDMを置いてもらえるように相談したり。そういうことを通して、少しずつ広がっていくところもありました。ごく当たり前のことではあるのですが」

ラオスで村の人々と布作りをしている谷由起子さんの仕事。谷由起子さん率いるHPEの作品展も店内で行われた
ラオスで村の人々と布作りをしている谷由起子さんの仕事。谷由起子さん率いるHPEの作品展も店内で行われた

「作家さん、作品の魅力をとにかく伝えたい」

——— ブログやSNSでの佐々木さんの発信を拝見していると、自分のお店のアピールではなくて、素敵なものや作家さんを紹介したいという気持ちが伝わって来ます。そこが読んでいて気持ちよくて、共感したり興味を持ったりするきっかけになっているように感じました。

「とにかくものが好きで、『これいいじゃん!』ということだけを言いたいんです。僕のことはどうでもよくて、作家さんやものの魅力を広く伝えたい、その思いが表れているのだとしたら嬉しいです」

佐々木さんが「ショップカードの番人」と呼ぶ動物作品の展示スペース。写真に登場したのは土人形の猫親子。売れると次なる番人が配置される。インスタグラムでその時々の番人が可愛らしく紹介されていて、フォロワーからも好評
佐々木さんが「ショップカードの番人」と呼ぶ動物作品の展示スペース。写真に登場したのは土人形の猫親子。売れると次なる番人が配置される。インスタグラムでその時々の番人が可愛らしく紹介されていて、フォロワーからも好評

「みんな移住してきたらいいのに」、暮らしやすく美しい街、松江

——— お店を出されて6年半、松江で暮らし始めて7年ほどと伺いましたが、実際暮らしてみていかがですか?

「必死にお店を作り上げて来たので、仕事してばかりで‥‥。まだこの土地について知らないことも多く、よくカミさんと二人で『長い旅行に来てるみたいだね』なんて話しているんです。 (笑)

まだまだ知らないことばかりですが、すごく好きですね。島根の中で松江は比較的都会でもあるので、暮らすのに便利です。官公庁もまとまっているし、商業施設も充実していて自転車圏内でだいたいのことは済ませられます。

食べ物は美味しいし、自然もあるし、海も山も近い。お店の側には宍道湖もあって景色は美しいし、すごく心地よく暮らせる環境です。住んでいて気持ちがいいですね。

手に職をつけていたり、どこでも仕事できる人だったら、みんな移住して来たら良いのにと思います。飛行機だと、空港まで行く時間を含めても2時間半もあれば東京と行き来できる環境なんですよ」

窓の外には川の様子が臨める
窓の外には川の様子が臨める

わがままな仕事だからこそ大切にしている、嘘のないお付き合い

松江をとても気に入って暮らす佐々木さん。一方で、移り住んできた頃は、とっつきにくさを感じたり、心にダメージを受けることもあったと言います。

「移り住んで、お店を始めた当初は、シャイというか、とっつきにくい人が多い印象があり、心が折れそうになることもありました。自分がよそ者だという意識もあるので、余計にそう感じた部分もあったのだと思います。

2度目に会った時はフレンドリーにしてくれる方も多かったので、少しずつこの環境に慣れていきました」

——— 移住してすぐの慣れない時期だからこその苦労というものもあるのですね。めげずに土地に根を下ろして行くときに、何か意識していたことはありますか?最初の反応が暖かくないと心が折れてしまうこともあると思うのですが。うまくバランスをとっていく上でやっていたことなどあれば教えてください。

「合わない相手とは無理に打ち解けようとしないというのは、埼玉に住んでいた頃から思っていることでした。こちらに来てもそれは同じです。

この仕事は、特殊な商売だと思うのです。好きなものを扱うというわがままな仕事。趣味が全然合わないであろう人と無理につきあってもお互いにとっていい関係ではないですよね。お互い疲れてしまうような無理な寄り添い方はしない。

ここでお店を開いていて、興味を持って来てくださる方や、何度も来てくださる方がいたら合う方かもしれない。そういった方々と少しずつ関係を築いていく。無理のない、嘘のないお付き合いをしたい、そう思ってやってきました」

店内で仕事中の佐々木さん

——— 移住やIターンということへの気負いのようなものはなかったですか?

「そうですね。埼玉で始めるように、この場所で始めたかった。誰かに媚びることもなく、自然に無理なく。合わなかったら辞める可能性もあっていい。そんな風に思っていました」

自分が良いと思うものを発信することが恩返しになればいい

「とはいえ、この場所でできなかったら、諦めていただろうなと思います。

好きなものを扱う、という贅沢な仕事をさせてもらっている今、そんな自分にできることは、心から気に入ったものだけをセレクトして紹介すること。売れるものだから扱うのではなく、『良い!』と思うから、好きだから紹介する。そのことが、同じものを好きな人の役に立ったり、作家さんとの新たな出会いにつながったら‥‥。それがせめてもの恩返しになればいいなと思いながらやっています」

お客様のはけた隙間時間。こうして店内の作品を撮影し、ブログやSNSで日々紹介している
お客様のはけた隙間時間。こうして店内の作品を撮影し、ブログやSNSで日々紹介している

移住を目的化せず、やりたいことの先に移住という選択があったお二人。試行錯誤しながらチャンレンジし続ける、素直な熱意と嘘のないお付き合いを大切にする、そうしてうまくいったら感謝して、自分にできる恩返しを考えてみる。自分にも相手にも誠実に向き合っていれば「どこにいても大丈夫、きっと道は開ける!」そんなメッセージを受け取った気がします。

佐々木さんご夫妻

佐々木創さん

1979年生まれ、埼玉県出身。

島根県松江市にある、器と生活道具の店「objects」店主。現代の作り手の作品を中心に、陶器、ガラス、木工、織物といったさまざまな工芸品を扱っています。セレクトの基準は、存在感のあるもの、直感で「かっこいい!良い!」と感じたもの。

objects

松江市東本町2-8

0852-67-2547

営業時間:11:00〜19:00

不定休

文・写真:小俣荘子

全国から工芸好きが訪れる、器や生活雑貨を扱うセレクトショップ「objects」

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

「さんち必訪の店」とは、産地のものや工芸品を扱い、地元に暮らす人が営むその土地の色を感じられるお店のこと。
必訪 (ひっぽう) はさんち編集部の造語です。産地を旅する中で、みなさんにぜひ訪れていただきたいお店を紹介していきます。

今回は島根県松江市にある、器と生活道具の店「objects (オブジェクツ) 」。

店内のモチーフは「船室」。商品が並ぶ棚まで手仕事の技

JR松江駅から歩くこと13分ほど。宍道湖 (しんじこ) へと流れ込む大橋川のほとりに位置します。

大橋川に掛かる橋を渡り、柳がそよぐ川沿いを少し歩くとお店が現れます
大橋川に掛かる橋を渡り、柳がそよぐ川沿いを歩くと程なくしてお店が現れます
歴史を感じる趣きを持ちつつ、どこかモダンな石造りの建物。中に入る前から心が踊ります
歴史を感じる趣きを持ちつつ、どこかモダンな石造りの建物。中に入る前から心が踊ります

木枠に厚手のガラスがはめ込まれた懐かしい雰囲気の扉を押して中に入ると、「こんにちは、いらっしゃいませ」と店主の佐々木創(ささき・はじめ)さんと、陽子 (ようこ) さんご夫婦に暖かく迎えられます。軽やかな音楽が流れる店内をまずはゆっくり拝見することに。

大きな窓から柔らかく差し込む陽の光が商品を照らしていました
大きな窓から柔らかく差し込む陽の光が商品を照らしていました

埼玉県出身の佐々木夫妻。もともとはテーラーだったこの地で2011年にobjectsをオープンしました。現代の作り手の作品を中心に、陶器、ガラス、木工、織物といったさまざまな工芸品を扱っています。

船室をイメージして作られたという店内のしつらえ。改装時もほぼ手を加えずにそのままの内装を使っているのだそう
船室をイメージして作られたという店内のしつらえ。改装時もほぼ手を加えずにそのままの内装を使っているのだそう
地元松江市を代表する窯元のひとつ「湯町窯」で作られた器
地元松江市を代表する窯元のひとつ「湯町窯」で作られた器

商品を並べる棚は、島根で出会った家具屋さんに依頼して作った特注品。店内に馴染む素材とサイズ、作品の魅力を引き立てる照明が配置されています。商品が眺めやすく、実際に使うときのことをゆっくりとイメージしながらお気に入りを選ぶことができるように感じました。

ガラスの照明は、岐阜のガラス作家 安土草多 (あづち・そうた)さんの作品。販売もされていました
ガラスの照明は、岐阜のガラス作家 安土草多 (あづち・そうた)さんの作品。販売もされていました

店内の商品は、全て佐々木さんが全国をまわって見つけてきたもの。

岐阜のガラス工芸作家、安土忠久さんの作品。どっしり感のあるグラスやお皿は、手にしっくり馴染む
岐阜のガラス工芸作家、安土忠久さんの作品。どっしり感のあるグラスやお皿は、手にしっくり馴染む
大きな押紋土鍋は、鳥取県「岩井窯」の山本教行さんの作品。真鍮のおたまは岡山県の菊地流架さん作
大きな押紋土鍋は、鳥取県「岩井窯」の山本教行さんの作品。真鍮のおたまは岡山県の菊地流架さん作
愛知県の「瀬戸本業窯」の器
愛知県の「瀬戸本業窯」の器

各地に赴き、じかに相談してきたからこそ扱える

この地でお店を開く前に、7年ほどインターネット上でお店を営んでいた佐々木さん。当時から各地で「これは!」という作品を見つけては、窯元や工房へ赴きました。作品に惚れ込んだ思いを伝えるとともに取り扱いの相談をし、少しずつ作家さんとの関係を築いていったそうです。

民藝好き仲間やお客さまからの情報で展示会へ出かけ新たな作品に出会ったり、古道具の買い出しに出かけたりすることもあるのだとか。

「ふるいもの」と書かれた棚に並ぶ器。同業の方から譲り受けたり、骨董市や展示会で出会って仕入れてきたもの。「骨董」というと堅苦しい印象があるので柔らかい言葉を選んでいるそう
「ふるいもの」と書かれた棚に並ぶ器。同業の方から譲り受けたり、骨董市や展示会で出会って仕入れてきたもの。「骨董」というと堅苦しい印象があるので柔らかい言葉を選んでいるそう

その時々の巡り合わせで、異なる地域、作家さんの作品が並ぶので、店頭に並ぶ品物もその時々で変わります。何度も通いたくなりますね。器の他にも、カトラリーやかご、布製品なども。

縁が薄く作られ、口当たりが抜群の木製匙と蓮華。長野県の大久保公太郎さんの作品
縁が薄く作られ、口当たりが抜群の木製匙と蓮華。長野県の大久保公太郎さんの作品
ラオスで村の人々と布作りをしている谷由起子さんの仕事。バッグやストール、豆敷など
ラオスで村の人々と布作りをしている谷由起子さんの仕事。バッグやストール、豆敷など

店内では定期的に個展や企画展も開かれ、作家と交流しながら作品を購入する機会もあります。訪れたのはちょうど、谷由起子さん率いるHPEの作品展が終わったところでした。

店主の佐々木さんは、学生時代に旅行で訪れた沖縄で金城次郎さんの作品に衝撃を受け、それから民藝に興味を持つようになったそう。その後いだいた「いつか工藝に携わる仕事がしたい」という思いが現在につながっています。「こんなにカッコいい作品がある!作り手がいる!」ということを、広く伝えていきたいと考える佐々木さん。その思いが溢れるお店でした。

商品を綺麗に磨くことにも余念のない佐々木さん
商品を綺麗に磨くことにも余念のない佐々木さん

「重苦しい雰囲気にせず、むしろどこか軽やかさのある店。居心地の良い空間にしたかった」という佐々木さんの言葉の通り、ゆったりとリラックスして楽しめるので、ついつい長居してしまいました。

買い物をしてお店を後にすると、もうすっかり夕暮れどき。

お昼間とはまた違った雰囲気の外観。
お昼間とはまた違った雰囲気の外観。

「日本一の夕日」と謳われる松江の宍道湖周辺の夕暮れ。この日はあいにくの曇り空でしたが、橋の向こうの宍道湖に沈む太陽の名残で、湖だけでなく川にも空にも美しいブルーが広がっていました。

マジックアワーは空も川も美しいブルーで目を奪われました

出雲には、「ばんじまして」という挨拶があります。夜が訪れる間際の美しく儚い時間に交わされる言葉。出雲の人々の特別な思い入れが詰まったこの言葉を思い出しながら、景色を味わいました。

お店のそばに掛かる橋を臨む景色。空気全体が青みがかっていました
お店のそばに掛かる橋を臨む景色。空気全体が青みがかっていました

島根県は、湯町窯や出西窯など、有名な窯元もあり、器好きが多く訪れる場所。objectsは、そんな器好きの人々からも好評で、今では全国から多くの方が訪れるようになったお店です。

景色を楽しみ、松江の町歩きを堪能する際に、ふらりと気軽に立ち寄れる場所。店内の居心地の良い雰囲気は、器に詳しくない方、これから器を集めていきたいと思っている初心者の方にも嬉しいもの。

笑顔で迎えてくれる佐々木夫妻の案内で、お気に入りの作家さんや作品にきっと出会えます。

objects
松江市東本町2-8
0852-67-2547
営業時間:11:00〜19:00
不定休

文・写真:小俣荘子

お茶のキーアイテム「茶杓」を自分の手で作る!茶杓削りに挑戦

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

様々な習い事の体験を綴る記事、「三十の手習い」。現在「茶道編」を連載中ですが、今回はそのスピンオフ企画を前編後編の2回に渡ってお届けしています。

室町時代から続く茶筅 (ちゃせん) の一大産地、奈良県の北西に位置する高山。この地で500年以上、茶筅作りを続け、江戸時代に徳川幕府によって「丹後 (たんご) 」の名を与えられた茶筅師の家、和北堂 (わほくどう) 谷村家を訪ねました。 (前編では、茶筅作りを見学させていただきました)

谷村さんお手製の茶筅作りの工程模型
谷村さんお手製の茶筅作りの工程模型

茶杓作りに挑戦!

谷村さんの工房では、茶筅作りの見学のほか、茶筅作りの最終段階である糸掛けや、茶杓 (ちゃしゃく) 削りも体験できます。(※見学、体験ともに要予約)

お茶をすくうための道具「茶杓」
お茶をすくうための道具「茶杓」。茶人が自作することもあり、個性が表れるお茶のキーアイテムです

せっかくの機会ですので、茶筅作りを見学した後、「茶杓削り体験」もさせていただくことに。

ご一緒した、さんちの連載「気ままな旅に、本」でもお馴染みブックディレクターの幅允孝さん、中川編集長とも親交の深いJFL奈良クラブGMの矢部次郎さん、中川編集長と挑戦です。

茶杓作りの工程模型。体験は、4番目の櫂先 (かいさき) がカーブした状態のものを削るところからスタートです!
茶杓作りの工程模型。体験は、4番目の櫂先 (かいさき) がカーブした状態のものを削るところからスタートです!

個性表れる自作のキーアイテム

お茶が始まった当時は、お茶をすくうのに薬さじが使われていたといいます。薬さじは毒によって色が変わるとされた象牙や銀などでつくられていましたが、象牙の代わりに、手に入りやすい竹を用いて作られ始めたのが現在の茶杓の原型なのだそうです。

竹で作られた当初は節の無い部分を使って作られていましたが、千利休が節を生かすことを試みます。竹のもつ独特のフォルムを象徴的に生かし、素材の持ち味を際立たせるというアイデアにより、現在なお使い続けられている茶杓のデザインが誕生しました。単に手に入りやすい素材だからと竹を使うのではなく、竹の特徴を美しさとして示すことで、「あえて竹で作る」意味を見出したのですね。

茶杓は、茶人が自らの手で作って個性を表現できるもの。偉大な茶人の茶杓が分身として後世まで大事に残されたり、銘をつけて、共筒に入れて保管する習慣も定着していきました。現代のお茶会でも、その会を象徴する重要なアイテムとして扱われています。

誰もが作れるお茶のキーアイテム。そう聞くと、私も持ちたい!俄然やる気が湧いてきました。

さて、私たちが作る茶杓にはどんな個性が表れるでしょう。竹の種類や染みなどの景色、削る形によっても全く異なる茶杓が出来上がります。まずは、谷村さんが用意してくださった竹の中からお気に入りの1本を選び、削り方を教わりました。

刃先に集中して、ひと削り。また、ひと削り。没入感を味わう

谷村さんによる茶杓削りの実演。竹の扱いや削り方の向きなどお手本を見せていただきます
谷村さんによる茶杓削りの実演。竹の扱いや削り方の向きなどお手本を見せていただきます

一度削り過ぎると、もう元には戻せません。持ち手の太さや櫂先の形など、仕上がりをイメージしながら少しずつ慎重に削っていきます。

真剣に無言で削り続ける幅さん (左) と矢部さん (右)
真剣に無言で削り続ける幅さん (左) と矢部さん (右)

部屋に響くのは竹を削る音だけ。ついつい夢中になってしまい、あっという間に時間が過ぎていきます。ひと削り、ひと削りに集中していると、心が整うような‥‥澄んだ心になるような不思議な気分をみなさんと味わいました。

茶杓には個性が表れるということでしたが、削り方も人によって様々。素早い手つきで、細い繊細な柄を削り出していく矢部さん、同じく細い柄を生み出すのにゆっくりと刃を当てていく幅さん。中川編集長はしっかりとした太めの柄を時間をかけて整えていました。

お茶を乗せる櫂先の削り出し。角の丸さや幅、厚みを指先で確認しながら削り、調整していきます
お茶を乗せる櫂先の削り出し。角の丸さや幅、厚みを指先で確認しながら削り、調整していきます

そんな丁寧な仕事ぶりの男性陣の横で、豪快に刃を当てて削っている自分に気づき恥ずかしくなっていると、「意外と女性の方が思い切りが良かったりするんですよ、削りすぎに気をつければ大丈夫です」と声をかけてくださる谷村さん。励ましていただき再び集中します。

形が整った後は、ヤスリをかけて仕上げます。

真剣な眼差しでヤスリがけする中川編集長
真剣な眼差しでヤスリがけする中川編集長

「よし!これで!」と決意して銘をつけて完成させるも良しですが、作り始めるとなかなか決心がつかず、持ち帰って家で仕上げる方も多いそうです。

体験のあと、お茶をいただきながらお互いの作品を鑑賞し合います
体験のあと、お茶をいただきながらお互いの作品を鑑賞し合います

お互いの茶杓を見比べていると、それぞれのこだわりや美意識が伺えたり、茶杓を通してその方のお人柄を感じたり。本当に全員違うものができああがるので、ものを通じて語り合う楽しさがありました。

左から、中川編集長、幅さん、矢部さん、小俣の作品
左から、中川編集長、幅さん、矢部さん、小俣の作品

これで完成!と決意された幅さん。茶杓につけた銘は「初陣」。 初の挑戦を戦国の武将たちになぞらえるようなネーミング、かっこいいです!

「銘をつけるまでが茶杓作りです。完成させてくださいね」と、谷村さんに笑顔で送り出していただきました。

こうして作ってみると使ってみたくなるもの。後日、ピクニックに出かける際に作った茶杓を持っていき、略式でお茶を点てて友人たちに振る舞ってみました。お茶を楽しむきっかけがまた一つ増えて嬉しくなりました。 (ちなみに、私の茶杓の銘は「大味」としました。大雑把な私の性格が表れた茶杓ですが、屋外でおおらかに使うのにぴったり!ということでここはひとつ‥‥) 。

<取材協力>
和北堂 谷村丹後
住所: 奈良県生駒市高山町5964

文・写真:小俣荘子

かつては夜中に作られていた?一子相伝で受け継がれてきた茶筅づくりの現場へ

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

様々な習い事の体験を綴る記事、「三十の手習い」。現在茶道編を連載中ですが、今回はそのスピンオフ企画をお届けします。

7月の茶道教室の回で、茶筅 (ちゃせん) のお話が登場しました。本来はお茶席ごとに新しいものを下ろすという茶筅ですが、その色かたちは流派やお茶人さんの好みによって千差万別。「一度きりの消耗品に、これだけの情熱を傾け、入念な美しさを求めることに、茶の湯のひとつの本質があります」との木村宗慎先生の言葉に、私も茶筅についてもっと知りたくなりました。

かつては厳格な一子相伝で、技を盗まれぬよう夜中に作られていたという茶筅。現在は一般に広くその技を公開している場所があるといいます。これはぜひ伺わねば!と、茶道教室にも参加している「さんち」中川編集長と茶筅の里、奈良県の高山を訪ねました。

500年以上の歴史を持つ、高山の茶筅

奈良県の北西に位置する高山は、室町時代から続く茶筅の一大産地。この地で500年以上、茶筅作りを続け、江戸時代に徳川幕府によって「丹後 (たんご) 」の名を与えられた茶筅師の家、和北堂 (わほくどう) 谷村家が本日の舞台です。

歴史ある谷村家のお庭を通って、工房の見学へ!
歴史ある谷村家のお庭を通って、工房の見学へ!
立派なのれんの奥が工房です。ドキドキとくぐります
立派なのれんの奥が工房です。ドキドキとくぐります

迎えてくださったのは、20代目当主 谷村丹後 (たにむら・たんご) さん。谷村家では、主に茶道の裏千家や武者小路千家のお家元に納める茶筅作りを続ける傍ら、一般の方が工房を見学できるツアーを開催されています。

工房では、茶筅作りの最終段階である糸掛けや、茶杓 (ちゃしゃく) 削りの体験、茶筅の購入もできます。(※見学、体験ともに要予約、購入については在庫次第のためお問い合わせくださいとのこと)

※茶筅作りを見学した後、私たちも茶杓削りに挑戦しました!その様子は、次週お届けします。

バラエティ豊かな茶筅に見る、流派のこだわり

見学ツアーでは、谷村さんの手元を間近に見ながらその工程を学ぶことができます
見学ツアーでは、谷村さんの手元を間近に見ながらその工程を学ぶことができます

見学の前に、谷村さんがこんな興味深いものを見せてくださいました。様々な種類の茶筅のサイズや形が書かれた設計図だそうです。

流派や家々でそれぞれ独自性を追求し、多様な形が生まれた茶筅。和紙に書き付けてあった江戸時代から伝わるものを谷村さんが巻物にしつらえ、大事に保存されています。

見るからに異なる形のものもあれば、カーブの角度や長さなど、細かな違いにこだわりが表れているものも
見るからに異なる形のものもあれば、カーブの角度や長さなど、細かな違いにこだわりが表れているものも
元来、茶筅のデザインは自由なもの。工房には、様々な流派の茶筅や、谷村さんデザインの糸の色をアレンジしたものなども展示されていました
元来、茶筅のデザインは自由なもの。工房には、様々な流派の茶筅や、谷村さんデザインの糸の色をアレンジしたものなども展示されていました

そしてこちらは、茶筅納入の際に用いられた木札と提灯箱。

菊の御紋が!
菊の御紋が!

谷村家が幕府から与えられた「丹後」の名は、徳川将軍家御用達茶筅師として記録されています。将軍家以外にも仙洞御所や公家、諸大名への納入されていたそうです。

茶筅が大事に運ばれていたことが伺える木札と提灯箱。大名たちの間でいかに茶の湯が親しまれていたか、道具が重要視されていたかが伺えますね。

お茶が中国から伝来した当時は、竹を簡単に割っただけのささらのようなものを使ってお茶を混ぜていたと考えられています。

室町時代後期、お茶を美味しく美しくいただくための道具を作ろうと、大和鷹山 (現在の高山) の城主が、奈良の浄土宗寺院称名寺の住職 村田珠光 (むらた・じゅこう 「わび茶」の創始者と目されている人) の助言を得て茶筅を創案したと伝えられています。

その後、茶の湯の隆盛と共に需要も高まり、豊臣秀吉や徳川幕府によって保護産業として優遇されたそうです。

「高山の茶筅作りをする家々は、この大事な産業の技が盗まれないよう夜中に茶筅を作り、日中は農業に勤しんでいました。うちも祖父の代まで畑がありました。現代では、そういった秘密主義はなくなり日中に仕事をする人もいますが、昔ながらの習慣が残っていて宵っ張りな人も多いようです。わたしもそうです (笑) 」

音で聴き、感触を確かめて作られる茶筅。その工程とは?

「さて、それではさっそく始めましょうか」

谷村さんの声かけから、いよいよ茶筅作りの実演と解説がはじまりました。

茶筅作りは竹の素材選びと下準備から始まります。竹は2〜3年生のものが茶筅に向いているそう。真冬に切り出し、煮沸します。その後1ヶ月のあいだ日光に晒し、さらに1〜2年は納屋で陰干しして割れや変色などがないものが用いられます。

1本の竹から茶筅を作るには、大きく7つの工程があります。「大きく」という言葉の通り、実際には、美しくて使いやすい茶筅にするため無数の工程に分かれています。工房には、谷村さんお手製の茶筅ができるまでの見本が並んでいます。これを見ると、その工程の多さに驚きます。

見本の乗った板の上には工程の名前が順に書かれていて、徐々に茶筅の形になっていく様子が伺えます
見本の乗った板の上には工程の名前が順に書かれていて、徐々に茶筅の形になっていく様子が伺えます

まずはじめの工程は「片木 (へぎ) 」。節から上の表皮を削り、竹を半分、また半分と、16片に割ります。

竹を縦に割っていく前に、包丁で表皮をむき、状態を整えます
竹を縦に割っていく前に、包丁で表皮をむき、状態を整えます
表面を整え終わると、割る作業がはじまります
表面を整え終わると、割る作業がはじまります
割った穂の根元を折り、広げていきます。やり過ぎると使い物にならなくなるため、折れ具合を音で聴きながら進めていきます
割った穂の根元を折り、広げていきます。やり過ぎると使い物にならなくなるため、折れ具合を音で聴きながら進めていきます
穂先を広げていきます。どことなく、茶筅の形に!
穂先を広げていきます。どことなく、茶筅の形に!
広げた穂の皮と身を分けるために包丁を入れていきます
広げた穂の皮と身を分けるために包丁を入れていきます
分けた身の部分を取り除いていきます。こうやって薄い穂の部分ができていくのですね!
分けた身の部分を取り除いていきます。こうやって薄い穂の部分ができていくのですね!

ここまでの工程、特別な道具は使わず、すべて包丁と手の感覚のみで行なっていることに驚きます。竹は自然のものなので、その日の気候でも状態が変わるそうです。竹のコンディションを体で感じながら作っていくとのこと。刃先にまで指の感覚をお持ちのような‥‥、指と刃物が一体化しているようでした。

谷村さんの仕事道具。この包丁1本で竹を切り、削っていきます
谷村さんの仕事道具。この包丁1本で竹を切り、削っていきます

続いて「小割 (こわり) 」。茶筅の設計図に合わせて、必要な穂数に割っていきます。

数回に分けて割り、少しずつ細くしていきます
数回に分けて割り、少しずつ細くしていきます

実はこの穂の部分、2種類の太さが互い違いになるよう割られているのです。太い方が外側の穂、細い方が内側の穂となります。

だいたい6対4くらい、とのこと。なんて細かい‥‥
だいたい6対4くらい、とのこと。なんて細かい‥‥

次の工程は「味削り」。もっとも重要と言われるところです。水に浸して柔らかくした穂の厚みを削って、カーブを作り弾力を生みます。しなやかさの度合いで「お茶の味が変わる」とも、家々の技の味が出るとも言われる工程です。

しなりと強度は相反する要素。長持ちするように強度を高めるとしなやかさが損なわれ、美味しいお茶がたちません。かと言って薄くしなやかにし過ぎると耐久性がありません。このバランス感覚が腕の見せ所なのだそう。 

指先で弾力を確認しながら少しずつ削いでいきます
指先で弾力を確認しながら少しずつ削いでいきます

そうして、まだまだ細かな調整が続きます。続いては「面取り」。外穂の角を削り、滑らかにします。「面取りをしていなくても、お茶は点てられます。ですがこうして美しく滑らかな茶筅を作ることに意味があると思うのです。やっていると結構ハマってしまうんですよ」と、谷村さん。

1本ずつ左右の角をとっていきます。例えば「百本立て」の茶筅だと200箇所もの角を取る!ということですが、細部にこだわってこそ美しく仕上がるのですね
1本ずつ左右の角をとっていきます。例えば「百本立て」の茶筅だと200箇所もの角を取る!ということですが、細部にこだわってこそ美しく仕上がるのですね

ここまで整えたところで、穂の根元に糸をかけて内穂と外穂を分けながら締めていきます。「下編み」「上編み」の2段階です。

この大きな模型の茶筅も谷村さんのお手製です!
この大きな模型の茶筅も谷村さんのお手製です!

最後は「仕上げ」の工程。穂をしごいてカーブの具合を揃えるなど、向きや形を整えていきます。

細かな調整で、ぼんやりしていたシルエットが締まったフォルムに。美しさが磨かれます
細かな調整で、ぼんやりしていたシルエットが締まったフォルムに。美しさが磨かれます

素人目には気づかないようなねじれを直したり、1本ずつの状態を細かく見ていく様子に、美しさへの追求を感じました。この仕上げを通じて、それまでの工程の良し悪しも確認もできるといいます。全体の品質チェックの工程でもあるのですね。

使われ方、使い手を知り、使い勝手と美しさを追求する

お茶の世界では消耗品とされる茶筅が、これほどまでに気を配り、細かな調整をしながら作られていることに非常に驚きました。

「茶筅には銘もつきませんが、実は竹製の茶道具の中で一番手がかかっているんです。

大量生産品の中には、茶筅が実際にどう使われるかを教わらないまま工程と形だけを真似て作られているものもあります。私たちが作る茶筅は、使ってくださる方との長年のお付き合いでその使い勝手、美しさを追求してきたものです。

使い心地についてお声をいただくこともあり、そのお好みを反映させることもあります。作っていると、使ってくださる方のお顔も浮かびます。

納め先の方々にとって使いやすく美しい茶筅を作り続けたい、そういう気持ちで日々作り続けています。だからこそ不思議と良い仕上がりになるように思います」

仕上がった茶筅の様子

「消耗品こそ、良いものを」という使い手の思いと呼応するように丁寧に作られる茶筅。一瞬のために時間をかけて美しいものを作り上げる様子に、ため息が出ました。

私たちは儚いものを愛でて、そこに美しさや切なさを感じることがあります。丁寧に詰められたお弁当、夏の夜の花火、桜や紅葉など、日常で出会う儚いものの延長線上に茶筅もあると思うと、茶道も不思議と身近に感じられました。

ツアーの最後は、谷村さんの茶筅でお茶を点て、お菓子と一緒にいただきます。工程を拝見したあとなので、感慨もひとしおです
ツアーの最後は、谷村さんの茶筅でお茶を点て、お菓子と一緒にいただきます。工程を拝見したあとなので、感慨もひとしおです

後編では、こちらで挑戦した茶杓作りの模様をレポートします!

<取材協力>
和北堂 谷村丹後
住所: 奈良県生駒市高山町5964

文・写真 : 小俣荘子