繊細な心理描写や、驚きのからくり。人々の心を掴む「浄瑠璃人形」

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

みなさんは古典芸能に触れたことはありますか?

独特の世界観、美しい装束、和楽器の音色など、なにやら日本の魅力的な要素がたくさん詰まっていることはなんとなく知りつつも、観に行くきっかけがなかったり、そもそも難しそう‥‥なんてイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか。

気になるけれどハードルが高い、でもせっかく日本にいるのならその楽しみ方を知りたい!そんな悩ましき古典芸能の入り口として、「古典芸能入門」を企画しました。

そっとその世界を覗いてみて、楽しみ方や魅力を見つけてお届けします。

気軽に楽しめる庶民のエンターテイメント

今回は、人形浄瑠璃で使われる「浄瑠璃人形」の世界へ。

人形浄瑠璃は、人形と、太夫 (独特の節回しで物語の展開やセリフを表現する語り手) 、三味線の3つの技芸が結びついた芸能です。

江戸時代に、歌舞伎と並び一世を風靡したエンターテイメントでした。デートで訪れたり、好きな演目に足しげく通ったりと、気軽に楽しめる娯楽。感覚としては、現代の映画のような位置づけと言えるかもしれません (歌舞伎は「実写映画」、人形浄瑠璃は「アニメ映画」といったところでしょうか) 。

当時話題になったニュースやスキャンダルが題材となった演目や時代劇、切ない恋物語などが描かれ、多くの人々の心を掴みました。

現存するものとしては、大阪の国立文楽劇場や東京の国立劇場を中心に上演される「文楽」が有名ですが、全国各地に様々な人形浄瑠璃が残されています。

※「文楽」について詳しくは「古典芸能入門 『文楽』の世界を覗いてみる」もあわせてどうぞ。

人形浄瑠璃のルーツをたどる

江戸時代に盛り上がりを見せた人形浄瑠璃ですが、そのルーツは兵庫県の淡路島 (あわじしま) にあります。現代にその伝統を伝える「淡路人形座」を訪れました。

ミシュラン・グリーンガイドで2016年に二つ星を獲得し、海外からも注目される「淡路人形座」。建物は2012年に遠藤秀平 (えんどう・しゅうへい) 氏が設計。潮風で壁を少しずつ錆びさせていき、これから数十年かけて完成するデザインなのだそう
ミシュラン・グリーンガイドで2016年に二つ星を獲得し、海外からも注目される「淡路人形座」。建物は2012年に遠藤秀平 (えんどう・しゅうへい) 氏が設計。潮風で壁を少しずつ錆びさせていき、これから数十年かけて完成するデザインなのだそう
劇場の壁には淡路島特産の瓦を使用。昭和時代のいぶし瓦は一つひとつ異なる風合です
劇場の壁には淡路島特産の瓦を使用。昭和時代のいぶし瓦は一つひとつ異なる風合です

淡路人形芝居の由来は諸説ありますが、鎌倉時代、淡路島に大阪四天王寺より舞楽など神事を生業とする楽人が移り住み、戎神社の芸能と結びついて神事を人形操りで行うようになったと考えられています。

漁の安全と恵みを祈るものとして、また、家、土地、船を守り、神を讃える神聖な季節の行事として定着しました。昭和中期までは、門付けで家々を祝いの人形が回って神棚の前で幸せを祈っていたそうです。

現在、国指定重要無形民俗文化財にも指定されている「淡路人形浄瑠璃」は、郷土芸能であると同時に、日本の演劇史で大きな役割を果たしてきたといいます。最盛期の18世紀はじめには、淡路にあった40以上の人形座が、競うようにして東北から九州まで全国を巡業し、各地に人形浄瑠璃を根付かせました。

大阪で現在の「文楽」の元となる芝居小屋の旗揚げをした、「文楽の始祖」と呼ばれる植村文楽軒 (うえむら・ぶんらくけん) も淡路の出身です。

時代物 (時代劇) を得意とし、人形や舞台に施されたからくりや派手な演技など、ケレン味に富んだ演出で、わかりやすく親しめる芝居が広く愛されました。大きな人形を遣い、男性だけでなく女性も活躍する舞台はとても華やかです。

女性の太夫、三味線奏者、人形遣いも活躍する。人間国宝の鶴澤友路氏 (義太夫節三味線)や竹本駒之助氏 (義太夫節浄瑠璃) も淡路出身です
女性の太夫、三味線奏者、人形遣い。故鶴澤友路氏 (義太夫節三味線)や竹本駒之助氏 (義太夫節浄瑠璃) など、人間国宝として認められ地元のみならず全国でも活躍する方々も淡路の方です

淡路人形座では、1日4回の公演の他、人形や資料の展示、人形の操り方のレクチャー、大道具返し (背景が次々と変わるからくり) を鑑賞できます。この日は、戎さまが舞って福を授けてくれる「戎舞」と、恋人の命を救うために雪の夜に必死で火の見櫓 (ひのみやぐら) に登る女性を描いた「伊達娘恋緋鹿子 (だてむすめこいのひがのこ) 火の見櫓の段」が上演され、神事としての演目とエンターテイメントとしての演目の両方を鑑賞することができました。

 「戎舞 (えびすまい) 」。「えべっさん」の愛称で親しまれる戎信仰は淡路島で根強く、戎さまの神慮を慰めるために淡路人形が生まれたという伝承も残っています
「戎舞 (えびすまい) 」。「えべっさん」の愛称で親しまれる戎信仰は淡路島で根強く、戎さまの神慮を慰めるために淡路人形が生まれたという伝承も残っています
「伊達娘恋緋鹿子 火の見櫓の段」主人公のお七が雪の寒さに耐え、必死で梯子を登るいじらしい様子が描かれます
「伊達娘恋緋鹿子 火の見櫓の段」主人公のお七が雪の寒さに耐え、必死で梯子を登るいじらしい様子が描かれます

人形に命を吹き込む

もともとは小さな人形を1人で操っていましたが、1700年代前半に3人で操る「3人遣い」が考案されました。これにより、細やかで美しい動きがさらに表現できるようになりました。一方で、3人が息を合わせて人形を遣うことは非常に難しく、一人前の人形遣いになるには「足八年、左八年、かしら一生」と言われます。人形遣いの吉田廣の助 (よしだ・ひろのすけ) さんにお話を伺いました。

戎さまで人形の操り方をレクチャーする吉田廣の助さん
戎さまで人形の操り方をレクチャーする吉田廣の助さん

「淡路人形は、文楽の人形などと比べると一回り大きく、表現する際も大きくダイナミックな動きが求められます。そのため肉体的にもハードです。その中で、繊細な心の動きや、時代物での勇壮な様子をどう表現するか日々試行錯誤しています。

キャラクターを表現するために、まずは心情を理解することが大切です。泣く、笑うなど同じ感情でも、状況や人によって異なりますよね。『こんな時、人はどんなふうかな』ということを、日々いろんな人を眺めながら考えて、演技に取り入れています」

人形遣いの仕事は、人形を組み上げ衣装を着付けるところから。キャラクターの色付けを行い、操る技術と表現力で人形に命を吹き込むのです。

衣装を着せる前の人形。この上から役に応じた衣装を着せます。人形遣いは裁縫もこなします
衣装を着せる前の人形。この上から役に応じた衣装を着せます。人形遣いは裁縫もこなします

細かい動きを指先で操作!人形に仕掛けられたからくり

人形遣いの方々は実際どのように操っているのでしょうか。普段は衣装の中で行われている操作を目の前で詳しく見せていただきました。

まずは、頭部の仕組みから。 人形浄瑠璃では、人形の頭部を「かしら」と呼びます。

かしらを分解した模型。顔が彫りあがったところで耳の根元から2つに割り、中をくりぬいて仕掛けが作られています
かしらを分解した模型。顔が彫りあがったところで耳の根元から2つに割り、中をくりぬいて仕掛けが作られています
かしらと持ち手は傾いた角度で繋がっていて、人が握った時に人形の顔が正面を向くようになっている。ヘアスタイルなども人形遣いがセットする
かしらと心串 (しんぐし=持ち手) は傾いた角度で繋がっていて、心串を握った時に人形の顔が正面を向くようになっています。ヘアスタイルなども人形遣いがセットするそう

登場したこちらのかしらは、明治時代に作られ120年以上使われ続けている貴重なもの。今なお現役で使われていることに、代々大切に扱われてきた様子が伺えます。

かしらの中のからくりを操作するしかけ。かしらの中のからくりを操作するしかけ。糸を引くと眉・目玉・口などが動きます
かしらの中のからくりを操作するしかけ。糸を引くと眉・目・口などが動きます
「ガブ」と呼ばれるかしら。美しい女性が一瞬にして鬼に変身するからくりが仕込まれています。ヒーッ!夢に出てきそうな恐ろしさです‥‥
「ガブ」と呼ばれるかしら。美しい女性が一瞬にして鬼に変身するからくりが仕込まれています。ヒーッ!夢に出てきそうな恐ろしさです‥‥
3つの仕掛けの紐が1つにまとまめて親指で引けるようになっている「ガブ」では、3つの仕掛けの糸が1つにまとまめられています。指一本で引けるのでツノと玉と口を一瞬にして変えられるのですね
「ガブ」では、3つの仕掛けの糸が1つにまとまめられています。指一本で引けるのでツノと目玉と口を一瞬にして変えられるのですね

「基本の操作は決まっているのですが、指使いや組み合わせ方は人形遣いによって様々です。衣装の下でのことなので、自分で扱いやすく、より豊かな表現になるようにそれぞれがオリジナルの技を持っていたりするんですよ」と廣の助さん。操る様子を動画で撮らせていただきましたので、ぜひこちらをご覧ください!

息を合わせた「三位一体」の動き

人形浄瑠璃は、人形と太夫と三味線からなる「三位一体の芸能」といわれますが、人形遣いも「主遣い (おもづかい=かしらと右手を操る) 」「左遣い (左手を操る) 」「足遣い (両足を操る)」の三位一体の動きが求められます。

動画の後半にも登場したように、主遣いが司令塔となって3人が息を合わせて人形を動かします。主遣いが出す合図を「ズ」と呼びますが、例えば、主遣いが足を出す向きで進行方向が決まったり、左肩を動かすことが、左遣いが左手を動かすサインとなっていたりするそうです。

三人で人形を操る様子
三人で人形を操る様子
足は衣装の中に腕を入れて動かして表現されます
足は衣装の中に腕を入れて動かして表現されます
膝を折って座っているように見えますね
膝を折って座っているように見えますね

手の扱いも見せていただきました。舞台上で人形は様々な小道具を手にするのですが、実際に握っているのは人形遣い。しかし、観客からは人形が自分で道具を持っているように映ります。それにはこんな秘密がありました。

手の下に輪が付いています。ここに指を通して人形と人形遣いの手を一体化させます
手の下に輪が付いています。ここに指を通して人形と人形遣いの手を一体化させます
そして人形の手の後ろで小道具を持ちます
そして人形の手の後ろで小道具を持ちます
客席から見るとこの通り!うまく手を隠しながら人形が扇を持っているように見せます
客席から見るとこの通り!うまく手を隠しながら人形が扇を持っているように見せます

淡路人形座では、定期公演の他、国内外での出張公演や学校などでの公演や講座などの普及活動も積極的です。

「古い歴史のある芸能ですが、難しいことはありません。現代には現代の楽しみ方があります。見ていただいて、何か面白かったと感じてもらえることあればと思って日々行なっています。特に子どもたちに伝えたい。公演を見た子どもたちから『人形が生きているように見える、人間のようで怖い』と言われた時は心の中でガッツポーズです」と廣の助さん。

間近で人形が見られたり、舞台との距離が近い淡路人形浄瑠璃。公演を見ていると、登場人物の心情に共感したり、笑ったり、昔の人々と同じように楽しでいる自分に気がつきます。人の心って今も昔も変わらないんだなぁ、そんな体験をする時間にもなりました。

ストーリーを楽しむもよし、人間のように見える人形の様子や、からくりを楽しむもよし。まずは気軽な気持ちで一度体験してみてはいかがでしょうか。

◆東京での公演情報
「淡路人形座-受け継がれる500年の歴史ー」
場所:渋谷区文化総合センター 大和田伝承ホール
日時:2017年11月25日(土) 14:00〜(13:30開場)
詳細:http://awajiningyoza.com/schedule/

淡路人形座東京公演ポスター

<取材協力>
淡路人形座
兵庫県南あわじ市福良甲1528-1地先

文・写真:小俣荘子 (公演写真提供:淡路人形座)

「己を封じることから生まれる創造性」6歳から能面を打つ、若き職人の話

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

みなさんは古典芸能に触れたことはありますか?

気になるけれどハードルが高い、でもせっかく日本にいるのならその楽しみ方を知りたい!そんな悩ましき古典芸能の入り口として、「古典芸能入門」を企画しました。そっとその世界を覗いてみて、楽しみ方や魅力を見つけてお届けします。

今月は2回に分けて、「能面」の世界を探っています。

前編では、能面の役割と、硬い木でできた面から伝わってくる豊かな表情の秘密に迫りました。後編となる本日は、幼くして面の魅力に引き込まれ、名だたる能楽師からも注目を集める若き職人の元を訪ねました。

仮面に魅入られた職人を訪ねて

仮面に魅入られた若き職人、新井 達矢 (あらい・たつや)さん、34歳。

新井さんは面をつくる「面打 (めんうち) 」です。能面をはじめ、狂言面や舞楽面などの制作もされています。面との出会いは3歳の頃。地元神社の祭り囃子で、ひょっとこのお面に興味を持ち、自分でボール紙で作ってみたら面白かったことが原体験だといいます。5歳の頃、無形文化財選定保存技術保持者の能面師・長澤氏春氏(ながさわ・うじはる 2003年没)の出演するテレビ番組を見て、父親と長澤氏の個展会場へ。

翌年も個展へ出かけて能面に見入っていたら「遊びにおいで」と長澤夫人から声を掛けられ、長澤氏との交流が始まります。古い能面や資料などの膨大な所蔵品に惹かれて指導を受けるように。基本の作り方は独学。本を読んで作り方を学び、自己流で彫った面を、年に数回ほど師の元へ持参してアドバイスを受け、手を入れてもらいます。

新井さんの本棚。能や能面に関する書籍がずらりと並ぶ
新井さんの本棚。能や能面に関する書籍がずらりと並ぶ
面を打つ新井さん
面を打つ新井さん

長澤氏を介して出会ったシテ方観世流の梅若万紀夫氏 (現 万三郎) から「任せるから彫ってごらん」と、初めての注文を受けたのが中学1年生のとき。自作の面を最初に本舞台で使ってくれたのは梅若研能会の水野泰志氏 (現 梅若) 。新井さんは高校1年生でした。

面について語る新井さんのお話を伺っていると、いかに面がお好きか、真摯に向き合ってこられたかが伺えますが、その情熱や才能はすでに10代の頃から注目されていたのですね。

21歳の時には、観世流能楽師の中所宜夫 (なかしょ・のぶお) 氏がその力強い面に感動して舞台で使ってくれることに。その制作から本舞台までの様子はドキュメンタリー映画『面打 / men-uchi』 (三宅流監督) となって公開されました。東京造形大学に在学中、「新作能面公募展」で、文部科学大臣賞奨励賞を最年少で受賞。現在も本舞台で使われる面の制作、古面の修復や写し、実演や講演など面と向き合い続けています。

牡蠣や蛤の貝殻を風化させて粉砕し精製される白色の顔料「胡粉 (ごふん) 」。面の彩色に使われます
牡蠣や蛤の貝殻を風化させて粉砕し精製される白色の顔料「胡粉 (ごふん) 」。面の彩色に使われます

子どもの頃から人生の多くの時間を面と向き合ってきた新井さん。その魅力を尋ねると「面の多様な表情」「古面を写すことの創造性」という答えが返ってきました。200種類以上もあると言われる能面には、老若男女、人だけでなく神様、鬼など様々なものがあり、まずはその造形に惹かれたと言います。

次第に形だけではなく、舞台上で本来の美しさを発揮し、芸能の中で生きる存在として面を捉える意識が強くなったそうです。

能楽師の各家では、所蔵する能面を代々使い続けています。中には600年以上も昔、室町時代から伝わっているものも。そうした面の修復や、貴重な古面を写すことも面打の仕事です。20代のころはゼロから作る創作面に傾倒した時期もあった新井さんですが、今は古面と向き合うことが何より面白いと言います。

長い歴史の中で使い続けられてきた面が内包する凄みや、人の手で作られたとは思えない人知を超えた面に出会い向き合うことに面白みを感じるのだそう。

古面を写す際には、手作業で図面を起こし型紙をとります。細かくデータを取る様はCTスキャンのようですね
古面を写す際には、手作業で図面を起こし型紙をとります。細かくデータを取る様はCTスキャンのようですね
サイズを測るために使われる定規
サイズを測るために使われる定規
型紙にピタリと合うまで何度も調整されます
型紙にピタリと合うまで何度も調整されます

「これだけ細かく型紙を取ったからといって間違いなく写せるというわけではなく、なかなか本面と同じにならないものです。まずは古面を眺めて、その魅力や生命感、背負ってきた歴史を感じ取るようにしています。また、彩色についても江戸時代から伝わっている技術が存在していると思われている方も多いのですが、必ずしも技術は伝えられていません。古面を見ながら、どうしたら同じ色、質感になるのかを考え、挑戦する。それをひたすら繰り返し考え抜く創造的な仕事だと思っています。写すことによる発見は多く、日々勉強させられることばかりです」

輪郭などの下絵も描いては彫り、描いては彫りという作業を繰り返し作り上げていく
輪郭などの下絵も描いては彫り、描いては彫りという作業を繰り返し作り上げていく
白い面に陰影をつけたり古みを出す古色(こしょく)。布につけてポンポンと塗布することで風合いを出す。舞台上での表情の移ろいを生む効果もあるという
白い面に陰影をつけたり古みを出す古色(こしょく)。布につけてポンポンと塗布することで風合いを出す。舞台上での表情の移ろいを生む効果もあるという

制作する上で一番大切にしていることを伺うと、思いがけない言葉が返ってきました。

「自分を出さない努力をしています。能は過去の物語に入っていくものですので、現代の匂いを極力なくしていくようにしています。そうした中でもどうしても自分が出てしまう部分もあります。そのせめぎあいの中で、実際に舞台で使われた時に生きる面を作り出したいと思っています」

現代の私たちは、何かを作る際、オリジナリティを追求する傾向にあります。一方で、自分をいかに抑えるかを考えて作られる能面。そこには、静の中にたぎる情熱を抱えた能の演目同様に、抑え込む中に生まれる創造性を感じました。

◆新井 達矢さん作品展「八人展 工燈-コウトウ-」
仏教美術 木彫 能面 神楽面
期間:2017年11月10日 (金) ~14日 (火)
時間:11:00〜18:00
作家:新井 達矢、梶浦 洋平、黒住 和隆、田中 俊成、新井田 慈英、林 円優、宮本 裕太、杉本 一成
会場:「高岩寺会館」とげぬき地蔵尊 高岩寺
   東京都豊島区巣鴨3丁目35-2
問い合わせ:080-6660-7297(代表 黒住)

出品予定の一面「曲見 (しゃくみ) 」
出品予定の一面「曲見 (しゃくみ) 」 写真提供:新井達矢

文・写真:小俣荘子

給食にも越前漆器。食育の町、鯖江で気づいた「物育」の可能性

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

ここ数年で広く知られるようになった「食育」という考え方。実はこの言葉、福井県出身のお医者さんが考案したものだとご存知でしょうか?初めて使われたのは明治時代、福井県出身の医師・石塚左玄 (いしづか・さげん) の発表した「科学的食養長寿論」の中でのことでした。

石塚左玄医師のふるさとである福井県では、2005年に食育基本法が定められた当時から全国に先駆けて食育推進計画をつくり、食育の大切さを伝える事業に取り組んできました。

栄養にまつわる教育にとどまらず、地産地消、地場産業で作られる食器や地域の伝統料理を伝えるイベントの開催など、食文化全体の教育を目指した施策がとられています。

中でも、1500年の歴史を持つ越前漆器の産地である鯖江市では、なんと給食用の食器として漆器が使われているのです。漆器でいただく給食、子どもたちはどんな様子で食事をしているのでしょうか。鯖江市河和田 (かわだ) 小学校を訪ねました。

鯖江私立河和田小学校

学校生活に溶け込む伝統工芸

正面玄関から校内に入ると、目の前に大きな蒔絵 (まきえ) 作品が現れて目を奪われます。毎年行われる蒔絵教室の作品で作られた衝立 (ついたて) なのだそう。

蒔絵教室で生徒が描いた作品を使って作られた衝立
「蒔絵」は、漆器の表面に漆で絵や文様、文字などを描き、それが乾かないうちに金属粉を「蒔く」ことで器面に定着させる技法です
蒔絵の衝立のアップ画像

越前漆器の里である河和田地区に位置し、ものづくり教育にも力を入れている河和田小学校。地域の作家さんから寄贈された作品や、伝統技術を使って作られた備品などが校内の各所にあるとのこと。これは、ぜひ拝見したい!と、給食が始まるまでの間、上木 (うえき) 教頭先生に校内を案内していただきました。

河和田地区の伝統工芸士作品も寄贈されています
河和田地区の伝統工芸士作品も寄贈されています
精巧な蒔絵が美しいお重
精巧な細工が美しいお重
保護者の方々から寄贈された作品も
保護者の方々から寄贈された作品も

こうした作品が校内のあちこちに展示されているほか、パネルや教室の表示板、ネームプレートなどにも蒔絵や沈金 (ちんきん) 技術が施されていることにも驚きます。

各教室やスペースの表示板も漆塗りです
各教室やスペースの表示板も漆塗りです
ネームプレートも漆塗り。河和田地区がかたどられています。こちらは校長先生のプレート
ネームプレートも漆塗り。河和田地区がかたどられています。こちらは校長先生のプレート
保護者の方々によって手作りされた蒔絵フレームの時計は、各教室に合わせたオリジナルデザイン。こちらは図工室で、絵の具のパレットがモチーフ
保護者の方々によって手作りされた蒔絵フレームの時計は、各教室に合わせたオリジナルデザイン。こちらは図工室で、絵の具のパレットがモチーフ
家庭科室の時計は、水道の蛇口デザインでした
家庭科室の時計は、水道の蛇口デザインでした

こうして子どもたちのために用意された作品を見ていると、高級なイメージのある漆が、とても身近なものに思えました。日々の学校生活の中で地域の伝統技術に触れられる機会を通して、地場産業への理解や愛着も育まれるように感じます。食を通じた学びを食育と呼ぶように、ものを通じて豊かな心を育むことは、『物育 (ぶついく) 』とも呼べるかもしれません。

自分たちで作った野菜で給食を

そろそろ給食の時間が近づいてきました。せっかくなので、給食室にもお邪魔します。

給食室の前には、食べ物にまつわる子どもたちの蒔絵作品が並んでいました。中には漆器を描いたものも。

給食室前の蒔絵。給食の絵には漆器が描かれていますね

そして給食室前の廊下には、たくさんの立派なかぼちゃが!なんと、すべて学校の畑で獲れたものなのだそう。

ゴロゴロと並んだ大きなかぼちゃ。まるで市場のよう!
ゴロゴロと並んだ大きなかぼちゃ。まるで市場のよう!

食育の一環として、河和田小学校では、校庭の横に畑を作り、全校児童で野菜を育てています。うまく育ったものは給食や調理実習にも使われます。さすが食育の本場です!

豊かに実った畑の様子。今年の河和田小学校の畑はとても順調で、すでにたくさんの収穫ができているそう。「畑仕事が上手な先生がいてくれると心強いんですよ」と上木先生がにっこりと教えてくださいました
豊かに実った畑の様子。今年の河和田小学校の畑はとても順調で、すでにたくさんの収穫ができているそう。「畑仕事が上手な先生がいてくれると心強いんですよ」と上木先生がにっこりと教えてくださいました

畑を見せていただくと、かぼちゃやさつまいもなどのほか、福井の伝統野菜で鯖江の特産品の「吉川なす」も育てられていました。収穫量が使う分量に満たない場合は、鯖江市の全面バックアップによって地域の農家さんから仕入れることができます。地域一体となって、地元の食材に触れる機会が作られていました。

こちらは、学校の向かいにある田んぼ。前日に、学生ボランティアと一緒に4年生が稲刈りを行ったばかりでした
こちらは、学校の向かいにある田んぼ。前日に、4年生が学生ボランティアと一緒に稲刈りを行ったばかりでした

いよいよ登場!漆器でいただく学校給食

さて、教室からは給食の美味しそうな香りが漂ってきました。ツヤツヤの漆器たちも一緒に登場です。

漆器に乗せられた給食

飯碗と汁椀は木製の漆器、お盆とおかず用のお皿は樹脂製の漆器となっています。これまで、木製漆器は食器洗浄器に向かないとされていましたが、越前漆器協同組合の研究開発により「食器洗浄器でも洗える」画期的な漆器が誕生しました。給食での漆器利用のために技術開発まで行う様子に、地域の人々の熱意を感じます。

樹脂に漆を塗る技術も鯖江が長く培ってきたものです。お盆には滑り止め加工が施され、子どもたちが扱いやすいよう配慮されています。
学校側でも、漆器に傷がつきにくいようにと、運搬用のカゴやおたまは樹脂製のものを使い、食洗機の温度やスピードを調整するなど細やかな工夫がされていました。

漆器を傷つけないよう配慮された配膳セット
漆器を傷つけないよう配慮された配膳セット
おたまも樹脂製です
おたまも樹脂製です

この日お邪魔したのは5年生の教室。1年生からずっと漆器で給食を食べてきた子どもたち。扱いはお手の物です。

私の小学生時代の給食といえば、ガチャガチャとした音の立つ騒がしい時間でした。一方で、ここでは食器の扱いが自然と丁寧になるのか、音はほとんど立ちません。
大人たちの配慮によって傷がつきにくい環境が作られているのは確かですが、それだけではない、器を大切に扱う子どもたちの様子が印象的でした。

器をしっかりと持ち、丁寧によそい、お盆にそっと置く
器をしっかりと持ち、丁寧によそい、お盆にそっと置く
食材や料理名を学ぶため、挨拶の前に当番制でその日のメニューを読み上げます。そして、「いただきます!」
食材や料理名を学ぶため、挨拶の前に当番制でその日のメニューを読み上げます。そして、「いただきます!」

この日は、「地域の方とのコラボ献立」の日。地元で採れた、ごはん、先ほど畑で見た吉川なすのケチャップマーボー、もやしときゅうりのナムル、冷凍みかん、牛乳が並びます。

学校の畑で獲れた野菜も使われています
学校の畑で獲れた野菜も使われています

「自ら使い手・作り手になってみる」その先にあるもの

配膳後、給食台の片隅に置かれたご飯粒の付いたおしゃもじを席に持ち帰った男の子がいました。いただきますの挨拶が済むと、まずはそのおしゃもじのご飯粒をきれいに取り、自分の給食と一緒に食べていました。ごはん1粒でも無駄にしない、大切にいただく。当たり前のことではあるのですが、その当たり前が自然となされている様子に胸を打たれました。

給食の時間、食育について案内してくださった栄養教諭の宮澤美智子先生にこのことを伝えると「食育の授業や農業体験、地域や家庭での食を通じた交流から自然と養われた食べ物を大切にいただく習慣なのでしょうね」とおっしゃっていました。

片付けの時間に子どもたちに話を聞くと、家庭でも漆器を使っている、授業で習ったこと (ご飯を炊くなど) を家庭でもお手伝いでやっているといった誇らしげな声がたくさんあがりました。

印象的だったのは、子どもたちが単に「教わる」だけでなく、「使う」「作ってみる」機会が多く存在すること。

地場産業に触れる蒔絵教室、漆塗りのネームプレートや学校備品、福井県から小学1年生全員に贈られる越前塗のお箸、季節ごとの野菜づくり、——そのほかにも、「食育チャレンジ」と称して家庭で料理などを手伝うワークを実践したり、プロの料理人を講師に招いて調理実習を行い、高級漆器でいただく会も開催されます。

福井県で独自に作られた「食育チャレンジ」プログラム。学習状況に合わせて栄養教諭の先生方が活用し、子どもたちの実践機会がつくられている
福井県で独自に作られた「食育チャレンジ」プログラム。学習状況に合わせて栄養教諭の先生方が活用し、子どもたちの実践機会がつくられている

地場の越前漆器も生かした河和田小学校の食育には、ただ教わるのではなく、そこに数々の実践の仕組みや、地域の方々との交流の場が豊かに設けられていました。子どもたちは自ら使い手・作り手になってみることで、普段当たり前に触れている食事や食器の向こうにある、ものづくりの大変さや魅力まで、体験することができます。

2009年から行われている鯖江市の農林政策課による年別調査では、漆器を使う、漆器の良さに気づいた、この地域に生まれてよかった、という人が増加しており、また、学校独自のアンケートでも、「自分が好きだ」と思える子どもが増えたといった結果が出ているそうです。「自分で作ってみる、お手伝いをしてみることで達成感が生まれ自信につながっているようですよ」と宮澤先生もおっしゃっていました。

「食」や「もの」を通じて、心が豊かになっていく。河和田小学校の取り組みは、「食育」だけでなく、土地のものづくりを生かした「物育」の実践の現場とも言えそうです。

文・写真:小俣荘子

きものを今様に愉しむ お気に入りの一着を仕立ててみる

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

私はここ数年、洋装と和装それぞれ半分ずつくらいの割合で外出するようになりました。慣れてしまうと思いのほか楽しく快適なものですが、出かける先で「大変でしょう」と労いの言葉をかけられることもしばしば。一方、不安を口にされつつも興味を示してくださる方にもたくさん出会うようになりました。

きものは現代の装いとして身近なものではなくなっている一方で、いつかは着てみたいと考えている方も多いようです。

洋服と同じようにきものも日常に取り入れられたら、毎日はもっと彩り豊かになるはず。連載「きものを今様に愉しむ」では、きものとの付き合い方や、愉しむヒントをご紹介してまいります。

自分のための一着を仕立ててみる

これまでの連載で、自由なきものスタイリングやカジュアルな着方気軽なレンタルきものでのお出かけ提案ゆかたのきもの風アレンジお手入れ方法をご紹介してきました。


さて、いよいよ今回は、呉服屋さんで自分にぴったりの一着を仕立てる様子をお届けします!

訪れたのは、「KIMONO by NADESHIKO 原宿店」。プレスの小林千晴 (こばやし・ちはる) さんに案内していただきました。
反物 (たんもの) 選びから始まるきもののお仕立て。来店時の服装やお店での相談の仕方などのポイントも伺ってきました。

「KIMONO なでしこ原宿表参道店」店頭にはストールを巻いたスタイリングなどカジュアルに楽しめる提案も
「KIMONO by NADESHIKO 原宿店」店頭にはストールを巻いたスタイリングなどカジュアルに楽しめる提案も

きもの選びの前にしておくとよい、4つのこと

来店前に考えておくこと、準備しておくもの、店頭で伝えると良いことなど小林さんに伺いました。

1.どんなところに着て行きたいか、具体的なイメージを膨らませておく

ひとことで「きもの」と言っても、種類は様々。「結婚式などのフォーマルな場に着ていきたいか、カジュアルなお出かけ着として着たいかはもちろんのこと、着たい場所やシチュエーションによって、おすすめのきものが違います」と小林さん。

どんなシチュエーションで、どんな風に着たいかを具体的に店頭で伝えるとスムーズです。雰囲気についても、洋服と同じように「きれいめ」「可愛いらしく」「レトロ」「クール」といった表現で十分伝わります。理想のイメージを膨らませておきましょう。

2.持っている帯や小物で使いたいものがあれば、事前準備を

きもののスタイリングに慣れていない場合、最初はプロであるお店のスタッフと一緒に自分が一番気に入るものを探し、一式揃えて購入すると安心です。もし使いたいものがある場合は、実物を持参したり、あらかじめ撮影して画像を用意したりしておくと選びやすいとのこと。

3.予算、支払方法を相談する

「当店では、お若い方にもお手に取りやすい値段設定にしておりますが、はじめて一式揃える時にはどうしてもお金がかかります。一生着られるようないいモノを選ぶか、初めは気軽に安価なモノにするか、どんな支払方法だと無理なく購入できるか、遠慮なくスタッフに相談してください」と小林さん。生地だけではなく、仕立て代や裏地代、小物類など購入に必要な要素が多いきもの。はじめに用途と全体の予算をきちんと伝えること、反物の価格以外にかかる金額について最初に確認しておくと安心ですね。

4.信頼のできるスタッフ、お店で購入する

「初めてのきものは分からないことだらけです。不安や疑問をなんで相談できるスタッフ、アフターフォローがしっかりあるお店で購入し、きものの世界を楽しんでいただきたいです」と小林さんも強調されていました。
当然ではありますが、お店に入ったからといって、そこで必ず購入しなければいけないというわけではありません。店頭のマネキンや、スタッフの方々のスタイリングを眺めることで自分の着たいイメージを膨らませることもできます。お店の雰囲気を見て、自分に合う、合わないを検討してから購入に進みましょう。

店頭で反物や展示されているスタイリングを眺めるのも楽しい
店頭で反物や展示されているスタイリングを眺めるのも楽しい

予算15万円で、いざ店頭へ!

教えていただいたことを踏まえて、さっそく店頭へ。
今回は、普段使いで「ちょっとおしゃれをして出かけたい時」の1着を作ることにしました。予算は15万円でお伝えしています (もし合わせたい帯や小物があれば、この時に伝えましょう) 。
まずは、反物選びから。素材と柄の解説をしていただきながら選びます。

シルクだけでなく、化繊や木綿など様々な素材の生地が並ぶ。こちらは洗える化繊の生地
シルクだけでなく、化繊や木綿など様々な素材の反物が並ぶ。こちらは自宅で洗える化繊の反物
フォーマルなシチュエーションにも使える生地
カジュアルからフォーマルまで対応できる柄付けの正絹の反物
片貝木綿 (かたがいもめん) の生地
左が小林千晴さん。右は説明を受ける、さんち編集部の尾島。新潟の片貝木綿 (かたかいもめん) は、凹凸のある独特の風合いが魅力だそう

「普段使いなら、お手入れしやすいものが良いかもしれませんね。洗濯機で洗える化繊素材のほかに、木綿も手洗いできますよ」と教えていただきました。
気に入った反物をいくつか選んで、試着してみます。

気分はシンデレラ?肩合わせをしながら顔うつりをチェック

大きな鏡の前に移動して、生地を身体にあてていきます。長襦袢 (ながじゅばん) を着ているかのように見える衿を洋服の上に付けてもらいます。きものの試着は基本的に洋服の上から。仕上がりイメージに近づけるために、襟のついていない、凹凸が少ない服装での来店がオススメです。また、髪の長い方はアップにしておくと試着しやすくなります。

仮衿をつけて上から生地をまといます
衿をつけて上から生地をまといます

ここで、呉服屋さんのすごい技術が!針もはさみも一切使わずに、反物がきものの形へと変身していきます。

次第にきもののような形に!
おはしょりまでできました
もうすっかりきものを纏っているようです

「やはりきもの姿を見慣れていない方は、反物の状態では仕上がりの様子を想像しにくいものです。こうしてお仕立て上りのイメージをご覧いただくと、選びやすくなりますよね」と話しながら、あっという間にこの状態を作ってくれる小林さん。まるで魔法使いのようです。たしかに、反物の時よりも格段に想像しやすくなりました。さらに、その上から、他の生地もあてて見比べていきます。

上から他の生地もあてて、イメージを膨らませます
上から他の生地もあてて、イメージを膨らませます

次から次へと生地をあてて、自分にぴったりのものを探します。一度にたくさんのきものを纏う機会なんて、なかなか無いもの。新しい自分が垣間見える、楽しい試着時間です。

こちらはフォーマルにも使えるドレッシーなデザイン
こちらはフォーマルにも使えるドレッシーなデザイン

半衿や帯、小物を選ぶ

気に入った生地が見つかったら、次は帯や周辺の小物を選んでいきます。今回は、衿元からちらりと覗く半衿 (はんえり) も白以外のものを合わせてみました。

半衿。シンプルな白のものから、様々な柄のものや刺繍色のものまで様々
半衿。シンプルな白のものから、様々な柄のものや刺繍のものまで様々
半衿も実際に衿元に合わせてみます
半衿も実際に衿元に合わせてみます

続いては、帯選び。帯は名古屋帯の他、ゆかたを着る際によく使われる半幅帯 (はんはばおび) もカジュアルな雰囲気で合わせる際に活躍します。

帯選び
帯選び
名古屋帯。モダンなもの、ポップなものなどデザインも様々
名古屋帯。モダンなもの、ポップなものなどデザインも様々
こちらは半幅帯
こちらは半幅帯

同じきものでも、帯を変えるだけで印象がガラリと変わります。実際に巻いてみて雰囲気を見ていきます。

巻いてみて雰囲気を見ます
巻いてみて雰囲気を見ます
帯を変えるだけでもだいぶ印象が異なりますね
帯を変えるだけでもだいぶ印象が異なりますね

帯を決めたら、帯の上で差し色となる帯締めや帯揚げ、帯締めにつける飾りの帯留めも合わせていきます。

帯締め
帯締め
続いて帯締め選び

きものの柄の中にある色や、色調が近いもので合わせると全体の雰囲気がまとまりやすくなります。あえて濃いめの締め色を入れてキリリとした印象にすることも。なりたい雰囲気に合わせて選びます。

帯締め
帯揚げ
帯留め
帯留め。素材もモチーフも様々です。ブローチなどで代用することも
実際につけていただきました
実際につけていただきました
最後に全体の雰囲気を確認します
最後に全体の雰囲気を確認します

その他、必要があれば、バッグや装履 (ぞうり) も合わせてみましょう。もちろん、普段洋服で使っているバッグや、シューズなどを合わせてみてもおしゃれの幅が広がります。

装履
装履。多くは「草履」の字を当てますが、やまとさんでは「装い」の意を込めてこの字を選んでいます

季節や必要に合わせて用意するもの

表面上あまり見えないのでつい忘れがちなのが、裏地と長襦袢、着付け小物です。必要に応じて、こちらも選びます。

今回は、木綿の単衣 (ひとえ) のきものでしたが、袷 (あわせ) のきものの場合は裏地が必要となってきます。単衣とは、夏前後の季節の変わり目に爽やかに纏える裏地の付いていないきもの。そのため、裏地選びは不要です。袷とは、春秋冬に纏う裏地付きのきものです。着たい季節や利用シーンを伝えれば店頭で提案してもらえるので、わからないことがあれば質問してみてください。

裏地の色見本。選んだ生地と重ねて相性も確認します
裏地の色見本。選んだ生地と重ねて相性も確認します

長襦袢は、きものの下に着るインナーのことで、歩くときなどに袖、裾からちらりと柄が覗きます。こちらも予算に合わせて素材とデザインを選びます。自分のサイズにぴったりのものを1つ持っていると着付けしやすく、袖や裾の位置も合うので便利です。最近では、肌着と長襦袢が一体型になったリーズナブルな既製品もあるので、そういったものを活用することもできます。

長襦袢の生地
長襦袢の生地
長襦袢の役割も担う肌着/ 写真提供 株式会社やまと
長襦袢の役割も担う肌着 / 写真提供 株式会社やまと

「腰紐や伊達締め、帯板、帯枕などの着付け小物は、成人式で揃えたものや、ゆかたで使っているものも使えます。仕立て上りのお品を引き取りに来られる際に足りないものを揃える方も多いですよ」とのこと。こちらも足りないものだけ揃えればよいので、ぜひ手持ちのものを確認してみましょう。

着付け小物のセット
着付け小物のセット / 写真提供 株式会社やまと

最後に、採寸、仕立て上りスケジュール (3週間程度) を確認し、お会計です。あとは出来上がりを待つばかり。自分にぴったりの一着、楽しみですね。

採寸
採寸
今回選んだもの きもの生地、帯、帯締め、帯揚げ、帯留め、半衿、長襦袢生地、装履 合計金額14万円ほど (仕立て代含む)
今回選んだもの。左から、きもの生地、帯揚げ、帯、帯締め、帯留め、半衿、長襦袢生地、装履

今回、きもの選びの所要時間は1時間ほどでした。2時間前後かける方が多く、生地選びや小物合わせにもっと時間をかける方もいらっしゃるとのこと。時間には余裕を持っておいて、納得がいくまでこだわって選びたいですね。

「呉服屋さんって、なんだか怖い」と、若い女性から聞くことがあります。

「料金体系や、何が必要なのかがわからないブラックボックスのような状態にお客様は不安になられるのだと思います。金額のことや必要なもの、ご自身の持っている帯や小物が使えるかどうかなど、店頭で気兼ねなくお尋ねくださいね。お話を伺えると、私たちもご希望にあった提案をしやすくなりますので」と小林さんは言います。
また、「入店したら買わなければ‥‥」というプレッシャーも捨ててしまいましょう。お洋服を買いに行くように、まずは気軽に。心を惹かれたきものに触れてみると、きっと次第に不安は払拭されていきます。

自分に合ったスタイルで、ぜひきものを愉しんでみてください!

<取材協力>

株式会社やまと

東京都渋谷区千駄ヶ谷5丁目27番3号

文・写真 : 小俣荘子

めがね尽くしの街!鯖江にいると何から何までめがねに見える

こんにちは。ライターの小俣荘子です。
みなさんは、普段めがねをかけていますか?私は小学生の頃からめがねのお世話になっていて、人生の3分の2以上の年月をめがねとともに過ごしています。

多くの方が日々の暮らしで使っているめがね。その聖地といわれる街、福井県鯖江市にやってきました。鯖江は、国産フレームのなんと96パーセントものシェアを占めています。さらには、全世界の眼鏡フレームの20パーセントを作っており、世界の眼鏡3大産地の1つとなっています。
そんな鯖江では街中にめがねが溢れている‥‥!?そんな情報を得て、訪ね歩いてまいりました。

駅に降り立ったところから始まる“めがね感”!

鯖江駅の看板
改札上の大きな看板

鯖江駅に降り立つと、さっそくこんな大きな看板が迎えてくれます。駅構内にたまたま貼られていたミニオンズのポスターも妙に馴染んで生き生きしているようにすら見えました。これぞ「めがねのまち」の力!?

駅のロータリーの柵には鯖江の名産品のモチーフ。もちろんめがねも
駅のロータリーの柵は鯖江の名産品がモチーフ。もちろんめがねも
駅前にある、大きなめがねのモニュメント
駅前にある、大きなめがねのモニュメント

まずは、駅の観光案内でお話を伺うことに。
扉を開けて中に入るとさっそくめがねグッズに迎えられました。

めがねの素材をつかった靴べら
めがねの素材を使って作られた靴べら
めがねピンバッジ!鯖江の動物園で人気にレッサーパンダの台紙です
めがねピンバッジ!台紙のイラストは、鯖江の動物園で人気のレッサーパンダ

鯖江市内にある「西山動物園」は、日本一小さな動物園 (※) 。レッサーパンダの繁殖で国内有数の実績を誇っています。そんな鯖江のレッサーパンダとめがねがタッグを組んだ商品はそこここで見られ、ほっこりと和ませてくれます。

そしてこちらは、めがねの素材「セルロースアセテート」を使ったボールペン。形もめがねの柄そのものです。

めがねの柄の部分でできたボールペン
めがねの柄の部分でできたボールペン

カウンターで伺うと、商店街と「メガネストリート」に、めがねをモチーフにしたものがたくさんあるとのこと。また、おみやげ品として有名なものも教えて頂きました。
いざ、めがね巡りです!まずは、メガネストリートへ!

あらゆるものが、めがねっ子??

メガネストリートは地下道から始まります
メガネストリートは地下道から始まります
メガネストリートの入り口

メガネストリートへ続く地下道の階段を降りて振り返ると、思わず「あっ!」と声が漏れます。さっそくめがねが。

めちゃめちゃ足元見られております
めちゃめちゃ足元見られております
地下道の足元の照らす光にもめがね!
地下道の足元を照らす光にもめがね!

階段をのぼって地上に出ると、こちらもまためがね‥‥。

車止めもめがねをかけていました
車止めもめがねをかけていました。かっ、かわいい!
メガネから生える街路樹
メガネから生える街路樹
足元めがね
足元めがね
めがねベンチ
めがねベンチ
見上げてもめがね
見上げてもめがね
こんなデザインのめがねベンチも
こんなデザインのめがねベンチも
めがねモノグラム
めがねモノグラム
柱についためがね
柱にもめがね‥‥

そこかしこのめがねに視線を送られながら歩いていると、巨大なめがねが見えてきました。

めがねの聖地のシンボルタワー現る

めがね会館
めがね会館

産地のシンボルタワーともいえる「めがね会館」です。この建物内にある「めがねミュージアム」では、めがねの歴史ついての展示を見られたり、眼鏡士から自分に最適なめがねを提案してもらえるショップがあったり、めがねづくり体験などもできます。
なんだかリンカーンの演説を思い出しますね。めがねによる、めがねのための、めがね‥‥。 (ここまでの本文で、わたくし既に「めがね」と40回近く唱えております。きっとめがねの聖地ならではの経験ですね)
さて、さっそく中に入ってみましょう!

めがねミュージアムの入り口

吹き抜けの気持ち良いエントランスに入ると、大量のめがねで作られた美しいオブジェが目に飛び込んできました。

エントランスにある巨大なめがねオブジェ
エントランスにある巨大なめがねオブジェ
こちらの日本地図はめがねフレームの素材「セルロースアセテート」でつくられたもの
こちらの日本地図はめがねフレームの素材「セルロースアセテート」でつくられたもの
フォトスポットには、鯖江で毎年開催されるめがねをテーマにした催し物「めがねフェス」のロゴも
フォトスポットには、鯖江で毎年開催されるめがねをテーマにした催し物「めがねフェス」のロゴも
トイレのアイコンもめがね付き!
トイレのアイコンもめがね付き!
男性トイレのアイコン
多目的トイレのアイコン

夏の日差しの中を歩いてきたので、ちょっと一休み。ミュージアム内のカフェに入ってお茶をすることに。

ケーキのフォークもめがね!
ケーキのフォークもめがね!

と、ここでもめがねモチーフの登場です!一瞬たりとも気の抜けないめがね巡り!

よく見ると、ドリンクのマドラーもめがねモチーフ
よく見ると、ドリンクのマドラーもめがねモチーフ
グラスの縁に引っ掛ける柄の部分もめがねです‥‥
グラスの縁に引っ掛ける柄の部分もめがねです‥‥

そのほか、ランチメニューにもめがねモチーフのものが色々あるとのこと。お出かけの際にはぜひ探してみてくださいね!

まさに「めがねに適う」お土産も豊富!

さらに、めがねミュージアムでは、めがねなお土産も豊富に揃います。

めがねの形をしたリング
めがねの形をしたリング
めがねモチーフのネックレス
こちらはネックレス
みっ、耳かき?!
みっ、耳かき?!なんと2013年にはグッドデザイン賞も受賞している商品です
めがね柄のネクタイ
めがね柄のネクタイ
めがね柄のリボン
めがね柄のリボン
めがね最中
めがね最中
こちらは、鯖江で有名なパン屋さん木村屋の堅焼きパン。硬い
鯖江で有名なパン屋さん「ヨーロッパンキムラヤ」の眼鏡堅麵麭 (めがねかたパン)

こちらのパンは、観光案内所でも教えていただいたもの。コンビニのお土産売り場にまで置かれている代表的なお土産品です。

元となっているのは、鯖江市の老舗パン屋であるヨーロッパンキムラヤの看板商品で、日本で最も堅いパンと謳う「軍隊堅麺麭 (ぐんたいかたぱん) 」。とても堅いので、かなづちなどで割って食べることを推奨しているほど。
その生まれは大東亜戦争。鯖江連帯の兵隊さんのために保存性の高い堅いパンが生まれたのだそう。これとめがねを掛け合わせて作られたのが「眼鏡堅麵麭」です。
眼鏡堅麵麭は、めがねのフレーム状に細くなっているので、指でパキっと折って、かなづち無しでも食べられました。ゴマの香ばしさと、ほんのりとした甘みが美味しい、歯ごたえのあるビスケットのようなパンでした。

ハート柄のものも
ハート柄のものも
めがね菓子の詰め合わせボックスも
めがね菓子の詰め合わせボックス

めがねのフォルムってなんだかとても可愛くて、何にしても様になってしまいますね。ここではご紹介しきれませんが、この他にもめがね型のマグネットやブローチ、ピンバッジなど様々なお土産が置かれていました。

あまりに可愛くて自分用に買ってしまっためがねピアス。素材はしっかりとめがね素材のセルロースアセテート!
あまりに可愛くて自分用に買ってしまっためがねピアス。素材はセルロースアセテートで、本物さながらの作りです!
メガネストリートの突き当たりの橋にもめがねのモニュメントが
メガネストリートの突き当たりの橋にもめがねのモニュメントが

いったん駅に戻り、続いては商店街へ!

めがね?ではない‥‥

だんだんと、丸や四角が並んでいるだけでめがねに見えてくるように‥‥。鯖江のめがね力に翻弄されております。

さばえ商店街へ
鯖江の商店街へ
柱もめがね柄です
柱もめがね柄です

めがねを極めた街では、こんな一風変わっためがねも。

稀少性の高い木材や竹でできためがね
銘木や竹でできためがね

鯖江の職人さんが1点1点手作りしている銘木や竹で作られためがね。自然のものならではの風合いや馴染み感、経年による変化の楽しみなどがあるとのこと。アメ色に移り変わる竹の様子を想像すると、たしかに魅力的です。

鼻あての部分も竹でできています
鼻あての部分も竹でできています。汗をかいてもズレにくいのだとか
こちらは、香木性。香るめがねです。なんとお値段300万円!
こちらは貴重な香木でつくられた「香るめがね」です。なんとお値段600万円!

たった半日の街歩きでしたが、たくさんのめがねに出会うことができました。鯖江にお出かけの際はぜひ「めがねモチーフ」探しも楽しみのひとつにしてみてはいかがでしょうか。きまだまだきっと色んなめがねと出会えそうです!

※「平成28年度 日本動物園水族館協会 年報」調べ

<取材協力>
めがねミュージアム
福井県鯖江市新横江2-3-4 めがね会館
職人手造りめがね販売 ルーツ
福井県鯖江市本町2-2-20

文・写真:小俣荘子

——

金型屋がなぜ名刺入れを作るのか?ものづくりの町の若き会社MGNETの挑戦

こんにちは、ライターの小俣荘子です。
突然ですが、クイズをひとつ。
「完成したら手元に残らないけれど、日常的に手に入る様々な商品を作るのに欠かせないもの、なぁんだ?」
PC、オーディオ機器、車、カトラリー‥‥私たちが日々触れる様々なものが生まれる時に使われるものです。さて、何でしょう。

答えは「金型 (かながた) 」です。
金型とは、製品を作るために使う、金属でできた型のことを言います。クッキーを作るときの抜き型やワッフルプレートなどを思い出していただくと少しイメージしやすくなるかもしれません。ものづくりには欠かせない、製品ごとにオリジナルの形をした道具のようなものです。

工場の様子を映した動画などで、大きな四角い金属の板が、機械の間に挟まれプレスされると一瞬にして様々な形に切り出されたり、立体的な形に変化する様子を目にしたことは誰しもあるのではないでしょうか。一瞬の内に魔法のように素材の姿を変える金属の型。あまり身近なものではありませんが、製品を均質に生産する上でなくてはならないものです。
そんな金型ですが、日本の技術は精度が高く、世界一を誇っています。今日は、ものづくりの縁の下の力持ち、金型を作る会社の挑戦をご紹介します。

まずはこちらの動画をご覧ください!

精度の高い金型作りを誇る、株式会社 武田金型製作所の技術を一目で伝える技術サンプルです。つるりとした金属の塊から「mgn」のロゴが飛び出し、また消えたかのように元に戻ります。パーツ同士が高い精度でピタリと合っているのでこんな風に見えるのです。武田金型製作所と、その子会社である株式会社MGNET (マグネット) による、「金型のすごさをどうやって伝えよう?」という試行錯誤の末に生まれました。この技術サンプルは、インターネットを始めテレビなどのメディアで数多く取り上げられ、世の中を驚かせています。

燕三条のものづくりを発信するFACTORY FRONT (ファクトリー フロント)

見えない技術、どうやって伝えよう?

取材に訪れたのは、ものづくりの町・新潟県の燕三条にあるFACTORY FRONT。MGNETが運営するオープンファクトリー型施設です。ものづくりを身近に感じられる町の案内所として、燕三条で生まれた商品のセレクトショップ、作業を見られるファクトリーをオフィスに併設。ワークショップの開催など、一般の人々がものづくりに触れられる機会、産業を盛り上げる場を作っています。

FACTORY FRONT内のセレクトショップ
ワークショップなども行われるオープンファクトリー

この施設や、ものづくりの場としての発信アイデアは、金型屋としての課題から生まれました。
MGNETの親会社である株式会社 武田金型製作所は、精度の高い金型技術に定評のある金型工場。1987年の創業以来、主に自動車・家電・オーディオメーカーから依頼を受け、精密機械内部の金属部品や精緻な技術が必要なプロダクトの外装部品など、様々な製品をプレス成形する金型を設計・製作してきました。
米国のアップル社など、世界的なメーカーとも一緒にものづくりを行ってきた同社ですが、その凄さは一般にはあまり知られていませんでした。

金型は製品が出来上がると目には見えないもの。自社で作った金型はメーカーの工場に納品されるので実物も手元に残りません。金型自体が日常生活において馴染みのないものであり、その技術を業界の外に広く伝えるのは難しいことです。
技術の魅力を凝縮して自らの手で世界に発信していくには‥‥と試行錯誤してきたのが、武田金型製作所の跡取り息子として生まれ、MGNETを立ち上げた武田修美 (たけだ・おさみ)さんでした。

MGNET社長の武田修美さん

息子にすら理解できない自社製品

「うちが何を作っているのか、やっと理解できたのは高校生の頃でした」と語る武田さん。燕三条は、ものづくりに携わる家庭が多く「うちはハサミを作ってる」「うちはカトラリーを作ってる」などと、子どもたちは口にします。しかし金型はプロダクトではないため、理解が難しく、「うちは何を作っているんだろう?」とずっと思っていたのだそう。
また、「将来は家業を継ぐこと」が当たり前という空気が流れていることにも違和感を覚えていたと言います。「子どもの頃から家業は継ぎたくないと思い続けてきました。父の仕事が嫌だったということではなくて、当然のように家業を継ぐものと思われていることへの反抗心が大きかった。そして、家の取引先と競合する自動車メーカーのディーラーとして就職しました」
そんな武田さんでしたが、23歳と25歳のとき、2つの大病に襲われ、車を運転することはおろか、めまいがしたり、立っているのも難しい状況に。退職を余儀なくされ、土地柄、在宅の仕事も無く、かといって実家の工場で働くことも体調的に難しい状態に陥ります。「そんな中、父が『うちを手伝えば?』と言ってくれました。あれだけ反抗していた息子なのに、親の優しさだったのでしょうね」と当時を振り返ります。

デザインやソフト事業に興味があった武田さん。
「製造業に対して漠然と、このままじゃだめなんじゃないか?と思っていました。製造業は技術とこだわりを追求するプライドの世界。難しい技術も、当たり前のように見せる美学があり、その価値を知らない人に凄さを伝えるのが苦手です。そこの橋渡しというか、この価値を広く伝え届ける仕事なら自分にできるのではないか?と考えていました」

「とにかく、できることをやろう」と、ベッドで横たわりながらwebサイト作りやマーケティングについてなど独学で学び、家業に役立てようと奮闘します。

父に託されたプロダクト作り

「家業を手伝い始めて間もない頃、『最近こんなものを始めたんだ』と、マグネシウム合金でできた名刺入れを見せられました。金型屋の技術が体現されたプロダクト。金型屋の価値の伝わりにくさを僕はずっと感じていましたが、父も何か新しいことをやってみなければという危機感があったようです。動けない僕がインターネットを使ってこの名刺入れを売ってみることになりました」

父から渡された名刺入れ。金型の技術を生かしたプロダクトだった

技術を伝えるメディアとしての名刺入れ

「父から見せられた名刺入れの感想は『ふ、普通すぎる‥‥』という感じでした。
名刺入れって、ビジネスマンの多くが日々使っているものですよね。だけど、形がシンプルで機能寄りというか、さほど嗜好性も表れないものです。当時、『名刺入れといったらここ!』というブランドもありませんでした。開拓のしがいがある市場、ここを取りにいこう!と考えました。機能性・技術レベルの高い美しい名刺入れを作る。その名刺入れを通して金型屋の技術を広く伝えていこうと思ったのです」

試行錯誤を重ねて生まれた名刺入れ。ブランド名「mgn (エムジーエヌ) 」として展開中

「軽くて強度のあるマグネシウム合金を使った美しく機能的な名刺入れ作り。この素材を綺麗に成形するには、高い技術力が必要です。それを実現し、さらには、同じ金型で異なる性質の素材の名刺入れも作れるようにしました」
カラーバリエーションを豊富にしたり、表面の加工で味のある物を作るなどデザイン面でも磨きをかけます。数々のトライアンドエラーを繰り返しながら展開される名刺入れは、少しずつ市場に認められるようになり、今ではネット販売だけでなく、ファッション性の高いセレクトショップや百貨店の婦人服フロアにも置かれるまでになりました。

職人がプライドを持って輝ける環境づくり

名刺入れが売れ始め、体調も回復していった武田さん。あるとき、協力会社の職人さんたちが「またあそこのバカ息子が面倒なものを持ってきた」と、後ろ向きな陰口を言っているのを耳にしてしまいます。

「うちの製品をよく仕上げてくれる人たちが、影でそんなことを言っていると初めて知りました。この人たちにはプライドがないの?と、すごく悔しかった。本来、プライドがあれば、わけのわからない共感できない仕事は引き受けないですよね。仕事は一緒にやりたい相手とするものと、断れる。だけど、悪口を言う対象にもいい顔をしなければならない。そんな状況にあることを目の当たりにしました。
その人たちは、本当に良いものを作る腕利きの職人さんたちでした。この人たちに対して何かできることはないのか‥‥と、考えるようになりました。

1つの仮説として、ポジティブな環境をデザインすることができたら働く人の姿勢や意識を変えられないか?と思い立ちました。気持ちが変われば、もっと職人1人1人が自分を輝かせることができるんじゃないかと。
名刺入れの成功を通じて自分たちが学んだことは、価値を伝えるコミュニケーションの方法でした。これをもっと生かせたら、世界中の製造業を変えるきっかけにすらなるんじゃないかと思ったのです」

武田さんは、武田金型製作所の1部門として展開していたMGNETをこのタイミングで独立させます。
「金型屋なのに名刺入れの売り上げが大きすぎるという経理上の問題もあり、事業を切り離す必要があったのですが、平行して僕自身、起業したいという意識の高まりがありました。そこで、マグネシウム製品をネット販売している『MGNET』から、『Make good networks (より良い環境を作る)』 =『MGNET』という意味合いに変えて、ものづくりをしやすい環境を整えることを使命とする会社を立ち上げました。

ものづくりしたい人を呼び込める環境、ものづくりに携わる人が仕事しやすい環境を作り、それぞれが自分の一仕事の価値を認められる、肯定的に捉えられるようにしたい。さらにはその価値を次世代につないでいく。ものが作れるだけじゃなく、価値を理解して伝えられる環境を広げていこうと思っています」
こうして始まった武田さんの取り組みにより、冒頭でご紹介したFACTORY FRONTも誕生し、ものづくりの町を発信する拠点となっています。

「父はハード (製品) のための金型を作っていますが、僕はソフトの金型を作っていると言われてハッとしました。やはり親子なのですね」
価値を伝えるコミュニケーションのフォーマットという、武田さんの金型。目には見えないけれど重要な役割を果たすものですね。

最後に、今開発中の新しい名刺入れを見せていただきました。

手前が新しいもの

この新製品は、既存の名刺入れと同じ構造となっています。形を変えるのではなく、金型の精度に一層の磨きをかけたことでより美しい姿に仕上がったと言います。見比べるとその違いに驚きます。

左側が新しい商品。角のシャープさ、蓋の合わさり具合が高まっていて、同じサイズにも関わらず一回り小さく見えるほど
反対側から見ても、シャープさが伺えます。 (左が新しいもの)

見た目だけでなく、使い心地も変わっています。蓋を開く際に、これまでは蓋を止めている突起を外す「カチャッ」という音がしていました。新しいものは、突起ではなく、ピタリと蓋とケースが密着していることによって閉まっているので、開ける時の抵抗感が少なく音もしません。
力なくスルリとなめらかに開けられるので、名刺を出す所作がエレガントになりますね。発売前ですが、すでに既存のお客さまから「欲しい!」という声が上がっているほどなのだそう。 (発売は2017年10月頃の予定)

現行品の留め具の様子
新しいものには凹凸がありません

金型技術の飛躍的な向上に、新製品を開発しながら武田さんも驚いたと言います。経験による技術向上に加え、大きく変わったのは職人さんたちのモチベーション。
「最初の金型を作った時は嫌々やっていた人たちが、すごく前向きに取り組んでくれています。そのおかげで思っていた以上のレベルの製品ができました」と武田さんは誇らしげです。
職人さんのものづくりへの熱い想いが、今日も難度の高い独自技術を生み続けています。

<取材協力>
株式会社MGNET
住所:新潟県燕市東太田14-3
電話番号:0256-46-8720

文・写真:小俣荘子