竹箸は、軽く・強く・つまみやすい。竹の機能性に惚れ込んだヤマチクの挑戦

みなさん、自宅ではどんなお箸を使っていますか?

食卓の道具として私たちの暮らしに欠かせない「箸」。

毎日使うもので、自分の口に触れるものでもあり、本来は使いやすさや安全性がなによりシビアに要求される道具ですが、「どんなお箸?」と聞かれても、少し返答に詰まってしまうかもしれません。

わたし自身も、あまりに身近な存在であるために「お箸とは大体こんなもの」というぼんやりした常識が出来上がってしまい、あらためて深く考えることがありませんでした。

どんな素材で、誰がどんな風につくっているのか。

今回はそんなお箸の中でも、“竹”のお箸にこだわるメーカーさんに伺って、話を聞きました。

かつては定番だった竹の箸

熊本県玉名郡南関町。福岡との県境近くに工場をかまえる株式会社ヤマチクは、1963年の創業以来、「竹」をいかした製品づくりを続けてきたメーカー。

「竹の、箸だけ。」というメッセージを掲げ、純国産の竹材を用いた箸の専門メーカーとして日々ものづくりをおこなっています。

ヤマチク

「もう一度、竹のお箸を定番にしたい」

そう話すのは、ヤマチクの三代目で専務取締役の山﨑 彰悟さん。

ヤマチク 専務取締役の山﨑 彰悟さん
ヤマチク 専務取締役の山﨑 彰悟さん

いま、お箸と聞いて多くの人が連想するのは、おそらく“木”のお箸。

ただ、日本の食文化に箸が登場したとされる7〜8世紀頃には、主に竹が材料として使われていたとされています。「箸」という漢字に竹かんむりがついているのも、その名残なんだとか。

なぜ竹のお箸は少なくなってしまったのでしょうか。

「竹はあちこちに生えていて身近な素材ではあるのですが、加工が難しく、ある時から『輸入材の方が楽だね』という流れになってしまいました」

竹は真ん中が空洞で、厚みや曲がり方も一本一本大きく異なります。繊維の密集具合で強度も異なり、そのあたりを見極めて同じ形状・品質のお箸をつくるには高い技術とノウハウが必要になるとのこと。

ヤマチク
使える部分の厚みや強度がそれぞれ異なり、加工が難しい

結果、竹の加工をしていた会社も木材加工にシフトしたり、あらかじめ加工された輸入材を仕入れてそこに塗装などの仕上げをするようになったりと、竹のお箸、特に国産の竹を用いたお箸は少なくなってしまったのだそうです。

軽くて強い。竹は道具として優れている

「竹が素材として劣っているわけではなくて、加工さえできれば道具としてはとても優れたものがつくれます。僕たちは、竹のお箸がいいものだからこそ残したいと考えているんです」

と山﨑さんが言うように、しなりがあって強度が高く、木材よりも細く加工できて軽いという竹の特徴はお箸にうってつけ。ヤマチクでは竹のお箸が必ず生活の役に立つ、という思いで生産を続け、その中で加工技術も磨いてきました。

ヤマチク

竹箸しかつくれない。だからこそ生き残れる

シンプルなつくりに見えて、実際は非常に多くの工程を経てつくられる竹のお箸。

実際に工場を見学させてもらうと、見たことのない機械を前に黙々と作業する従業員の方々の姿がありました。

ヤマチク

山で伐採された竹は、竹材屋さんによって四角い棒状の部材に加工されてヤマチクの工場に入ってきます。

そこから、異なる粗さのやすりにかけてだんだんと形を整え、滑らかにし、塗装・検品・包装を経て製品に仕上げます。

竹のお箸 ヤマチク
竹のお箸 ヤマチク

「実は機械で削る方が難しいんです。お箸が口に入った時の口当たりの良さまで考えて仕上げていきますが、手で磨いた方が細かい調整がしやすい。

ただ、生産量との兼ね合いで機械は入れざるを得ないので、そこで技量による差が極力出ないように、難しい工程には治具をつけるなど工夫しています」

竹のお箸 ヤマチク
治具によって一定の品質を担保する

お箸を加工する機械は、そのどれもがオーダーメイドのオリジナル。職人の手の感覚を再現するために、山﨑さんの祖父でヤマチクの初代が考案したのが、熟練の職人が削る角度を再現した治具を取り付ける方法。

もちろん、竹の繊維の状態を見極めながら丁寧に素早く削るにはそれでも高い技術が必要ですが、ある程度習熟すれば仕上がりに差がでないように配慮されています。

「僕らは竹のお箸づくりしかできないんですが、その代わりそこに特化したからこそ生き残れたんじゃないかと思っています」

ヤマチクでは、決まった商品だけでなく、積極的に新規OEMの受注も受け、新しい形状・デザインに挑戦しています。そのたびに、最適な工程を考え、新しい機械の導入も検討し、進めていく。

こうして積み上がってきたノウハウと、そのエッセンスがつまったオリジナルの機械の数々。ここに竹箸専業としてのヤマチクの強みがあります。

初めての自社ブランド立ち上げ。50年後を見越して

プロジェクトメンバーを社員から有志でつのり、一年がかりで自社ブランドの立ち上げにも挑戦しました。

ヤマチク

「『okaeri(おかえり)』というブランドをつくりました。

これまでのように問屋さんに販売をお願いする部分も残しつつ、自分たちでも売り方を考える必要があるなと。

どうやって、どんな販路で売っていけばいいのか。自分たちで学び、メーカーとしてのあり方を少し変えられればと思っています」

竹のお箸と分かるように、持ち手側の先端を赤くしたシンプルなデザイン

目的のひとつは、社員のやりがいの部分。

有名ブランドのOEMを手がけたとしても、これまではヤマチクの名前が表に出るわけではありませんでした。

そんな中、自分たちで考え、自分たちで販売する自社ブランドの存在は、新たなノウハウの吸収はもちろん、社員のモチベーションアップにもつながることを期待しています。

竹のお箸 ヤマチク
ブランド立ち上げプロジェクトに志願した女性社員。仕事の幅の広がりを感じたのだそう

そして、もうひとつは50年後の竹箸づくりのため。

「今、山で竹を伐採してくれる人たちや、部材にして僕たちに届けてくれる加工屋さん。そういった人たちが非常に苦しんでいます。

その中で完成品を仕上げて販売する、僕たちの責任は重いと考えていて、どうにか、みんなが孫の代まで仕事を続けられるようにしていかないと駄目だと考えているところです」

輸入材に頼るメーカーが増えることで、国内の竹を伐採・加工していた人たちの仕事が減り、一人、また一人と辞めていっている状況にあるといいます。

ヤマチク
竹の伐採はかなりの重労働

竹は成長が早くエコな素材とも言われますが、計画的に伐採していかないと、あっという間に伸び放題になり山が荒れてしまう側面も。そうなると山に入ること自体が難しくなり、さらに荒れていくという悪循環に陥るのだとか。

「ありがたいことに生産がなかなか追いついていない状況もありつつ、少しずつですが材料屋さんに利益を回せるように値段も交渉してやっていければ。

荒れている竹林も管理できるようにして、サステナブルな竹の特徴をいかして正しい循環を取り戻したいですね」

我が家ではさっそく竹のお箸が活躍中。その軽さと、きちんとつまめる使いやすさに驚いているところです。

「日常の何気なく使っているものにも決して手を抜かない。それがものづくりの良さだと思うんです。

竹のお箸をつくるところが減ってきた今、Made In Japanの竹箸の品質はヤマチクが背負っている。そんな責任感を持ってこれからも取り組んでいきます」

竹のお箸 ヤマチク

新ブランドも立ち上がり、竹のお箸を食卓の定番にするというヤマチクの挑戦は続きます。

<取材協力>
株式会社ヤマチク
https://www.hashi.co.jp/
新ブランド「okaeri」に込めた思い

文:白石雄太
写真:中村ナリコ、株式会社ヤマチク提供

*こちらは、2019年9月5日の記事を再編集して公開いたしました。

【わたしの好きなもの】お食事かっぽうぎ

遊び着にも使える、赤ちゃんの割烹着


割烹着(かっぽうぎ)といえば、日本のエプロン。

かつては、炊事だけでなく水仕事全般や庭仕事など、服を汚したくないときに幅広く重宝されてきました。

さて、服を汚したくないのは大人だけでなく赤ちゃんも一緒です(と、親目線で勝手に思っています)。離乳食を食べるときは特にそうなのですが、可愛らしい赤ちゃんの衣服をできれば汚したくない。

そんな時におすすめなのが、この「お食事かっぽうぎ」です。



娘に着せてみたところ、とても可愛い。正直、割烹着が赤ちゃんにこんなにも似合うなんて思いもしませんでした。

縞模様が落ち着いた雰囲気で、優しい顔をしている赤ちゃんにピッタリなのでしょう。



可愛いデザインだけでなく、うれしい機能も兼ね備えています。

ひとつ目は、食べこぼしをキャッチできるポケット。

一見どこにも見当たらないポケット。実は前側の裾の裏側にあり、これを折り返すことで食べこぼしをキャッチできるようになります。

お食事のときは折り返して使って、不要な時は隠す。これなら遊び着として着せてあげるときに、どこかに引っ掛けてしまう恐れがありません。

見た目もすっきりでデザイン性も高く、親としてはうれしいポイントです。



ふたつ目は、先ほど書きましたが、遊び着にもちょうどいいのです。

娘は目につくものには何にでも手を伸ばして、口に運ぶようになってきました。気付けばおもちゃはよだれでベトベト。

被害はおもちゃだけにとどまらず、服の裾や袖口までベトベトになって汚れているときがあります。スタイだけでは防ぎきれない。

そこでこの割烹着を着せてあげると、袖口もしっかり隠れてくれるので、大切な服が汚れる心配がいりません。



表の生地は綿100%だったり、胸あたりの裏地には撥水生地が使用されていたり、細かい工夫も嬉しい・・・。

1枚あればいろいろと重宝するので、贈りものにもぴったりだと思います。

古くから愛されてきた割烹着。

現代に合わせた工夫が加わり、赤ちゃんにも受け継がれていく。そんな素敵な割烹着に出会えて僕はうれしいです。

お揃いの大人用の割烹着を買おうかなと妻が言うくらいに、家族みんなで気に入っています。(娘も素敵な割烹着をありがとうと思ってくれているはずです)


編集担当 森田

【デザイナーが話したくなる】親子のための器


「親子のための食器シリーズ」ができた時、真っ先に気になったことをデザイナーの岩井さんに聞きました。

「これ割れますよね?」
「はい、もちろん落としたら割れますね。」

この、あえて焼き物で子供の食器を作ろうという挑戦は、お母さんでもある岩井さんの思いがありました。

子供の食器を考えた時、私にも子供がいるので、どういうものに触れながら大きくなってほしいかなって
考えたんです。
もちろん親としては、割れなかったり、扱いやすいものが助かるというところがありました。
でも、小さい子ってなんでも触りたがるじゃないですか。そういう好奇心を大事にしたいなって。




このシリーズは、子供が手に持ったときに焼き物ならではの肌触りを感じてもらいたくて、
素焼きの部分と釉薬のかかった部分に分けて作ることにこだわりました。
素焼きの部分は「ざらざら」、釉薬の部分は「つるつる」。その違いだけでも子供って楽しそうに触るんですよね。




この手触りを大切にしながら、窯元さんに試作してもらったそうです。




今回、美濃焼の窯元さんにお願いしたのですが、美濃焼は昔ながらの分業制が根付いている地域なので、
釉掛け・焼成を行う窯元さんから成形する型屋さんへ詳細な形を伝えてもらう必要がありました。
そのために、窯元さんから型屋さんに説明いただく際に図面だけよりも伝わりやすいと思い、
まず社内の3Dプリンターで何度も調整しながら試作し、詳細な数値をつめていきました。






焼き物なので割れる前提ではありますが、それでもなるべく強い素材で、かつ焼き物の風合いを
残したいというところから、今回の素材は「せっ器(半磁器)」を使用しています。
せっ器とは、陶器と磁器の中間の性質をもち、陶器のように土の風合いを楽しめて、陶器より硬質で、磁器のように吸水性がほとんどないのです。硬質といっても、落としたりぶつけたりすると割れますし、
強化磁器のような強度はありませんが、少しでも使いやすいようにと検討を重ねました。




「親子のための食器シリーズ」は、平皿、飯碗、汁椀、マグカップの4アイテム。



このラインナップは、離乳食から自分でお片付けできる年齢まで使いやすいように考えられています。
離乳食の時は平皿に少しずつ野菜や魚を入れて、汁椀におかゆを入れたものを、親から子供へ。




平皿は重心も低く、自分で食べるようになっても置いて食べることを想定しているので、 洗いやすさを優先して、糸底以外はつるつるのみで仕上げました。




汁椀は木製なので、1歳前後の落としたりすることが心配な間は安心ですね。

2歳前後になって食べる量が増えてきたら、飯碗を追加。
だんだん食器の扱いにも慣れてくる年齢ではないでしょうか。




マグカップはコップ飲みが出来るよになったら記念に買い足してあげてもいいですね。
持ち手があるので一番割れやすいため、3,4歳の落ち着いて食事をするころがちょうどいいかもしれません。




「自分で自分で!」とお手伝い欲がでてくるのも、成長の証。
実はそれも踏まえて、岩井さんはデザインしています!

お片付けする際に、平皿は子ども用の小さなスプーンやフォークが、がちゃがちゃ動きすぎないような サイズを考えました。すくいやすいように立ち上がっている縁も、飛び出し防止になります。



汁椀が木製なのは、飯碗と重ねたときに安心して持てるようにというのも1つの理由。



汁椀も子供が持ちやすいように考えられています。
熱さに敏感な子供のために、底になるほど厚みをもたせて作られています。



小さなお椀ですが、山中漆器の木地屋さんがろくろで1点ずつ削っているものです。
本格的に漆を塗った試作品も作ってくださったのですが、今回は美濃焼の雰囲気に合う木の風合いを感じられるデザインになりました。




ところでなぜ「子供のための」ではなく「親子のための」なのか。。。
落ち着いた釉薬と汎用性のある形状にすることで、子供用と限定せずに小鉢や取り皿として大人も普段使いできるデザインに。
汁椀もあえて高台を低くして、フルーツやサラダが似合う小鉢のようなものを目指したということです。
(岩井さんも平皿は、自分の朝食の卵焼きとおにぎりを入れるのに重宝しているそうです。)



そしてマグカップは、8分目くらいで約100mlの容量になっています。
子供が飲んだ量も把握できますし、料理の際にちょっとした計量カップ代わりになるのが便利です。




小さかった我が子が成長して、学生時代は朝食プレートになったり、大人なって巣立っていく時は持っていってくれたら嬉しいなと、子供を思う気持ちがたっぷり詰まっています。

今は、もうすぐ4歳の娘さん。
時々割ってしまうことがあるけれど、そういう時は顔をくしゃくしゃにして泣きそうになるのを我慢しながら謝ってくるそうです。そして、次からは気をつけてお片付けするように。
経験を通じて学ぶことを、焼き物の器はたくさん教えてくれるのかもしれません。
おおらかに向き合うのはなかなか難しいんですが…(笑)と、岩井さんの顔は嬉しそうでした。


特集「親子のための器」はこちらから
 

途絶えなかった地域の記憶。100年前の織り機が紡ぐ、これからの会津木綿

一面に広がる豊かな田園風景。その中にある一軒の建物から、軽快な音が聞こえてくる。

会津木綿「IIE Lab.」

カシャンカシャンカシャンカシャンカシャッンカシャンカシャンカシャッン‥‥

正確にリズムを刻んでいるようで、時折、微妙にゆらぐ。そのゆらぎがどこか小気味よい。

そんな音を発しているのは、とある古い「織り機」。

豊田式「織り機」

正確には「豊田式鉄製小幅動力織機(Y型)」というこの織り機がつくられたのは、およそ100年前、大正時代にまで遡る。

100年前の機械が現役で動いている。その事実に驚かされるが、実はこの織り機、今から30年前には一度その役目を終えていた。

戦前にうまれた古い機械はどんな経緯で、何のために今また動き出したのか。

400年続く伝統の綿織物「会津木綿」を現在の暮らしに

福島県会津坂下町青木地区。会津盆地の西側に位置するこの地域で、谷津拓郎さんと千葉崇さんは現在の暮らしに合った「会津木綿」の研究を行う「IIE Lab.(イーラボ)」を立ち上げた。

IIE Lab.の事務所
元々は幼稚園だった建物をリノベーションしたIIE Lab.の事務所。工房見学や買い物もできる

「会津木綿」は、1627年に当時の会津藩主が伊予松山から織師を招いて技術を伝えたのが始まりとされる綿織物。

先染めした糸を使うため色落ちに強く、わたの繊維自体が中空構造(内部に空気を含んでいる)のため丈夫で軽い。その太めの糸をふっくらと織り上げているので暖かく、一方で吸湿性が高く夏にも着られる。速乾性に優れており、洗ってもすぐに乾く。

織っている最中の会津木綿の生地
織っている最中の会津木綿の生地

こうした特徴から、冬は極寒で夏は酷暑という厳しい気候条件の会津地方において、一年中着られる「野良着」として地元の人たちに愛されてきた。

しかし近年、生活様式の変化からその需要は激減。多くの織元が廃業し、現在は絶滅の危機に瀕している。

会津坂下町出身の谷津さんは、地元で働きたいと考える中で「会津木綿」を意識するようになった。

谷津拓郎さん
株式会社IIE 代表取締役の谷津拓郎さん

「存在は昔から知っていましたが、あらためて見てみると自分でも欲しいと思えるものがあって。今の感覚に通じる面白さがあるんじゃないかと気づきました」

古い工芸品としての枠を超えた魅力に気づき、次第に、地元やそれ以外の土地にも広めていきたいと考えるようになる。

一方の千葉さんは関東出身。すでに商品をつくろうと動き始めていた谷津さんと出会い、会津木綿に大きな可能性を感じる中で東京からの移住を決めた。

IIE 取締役の千葉崇さん
IIE 取締役の千葉崇さん

「まず、そこにしかないというのは最大の武器なんじゃないかと率直に感じました。歴史があって、会津でしかつくられていなくて、貴重なもの。

それでいて色やデザインのバリエーションが豊富で、機能性もあって、現代でも通用する良さがあるなと」

奥様の地元が会津だったことも移住の後押しとなった。そして、谷津さんとともに「IIE Lab.」での活動をスタートしていく。

100年前の「織り機」との出会い。「会津青木木綿」の復刻へ

当初は仕入れた生地で商品開発をおこなっていたが、仕入れ先の織元が廃業するかもしれない状況になり、自分たちで生地を織る道を模索することに。

そこで巡り合ったのが、冒頭で登場した100年前の「織り機」だ。

地域の人たちから「あそこの工場跡に古い織り機が眠っているらしい」と話を聞き、駆けつけてみるとそこに「豊田式鉄製小幅動力織機(Y型)」をはじめとした数台の織り機が残っていたという。

100年前に製造された「豊田式鉄製小幅動力織機(Y型)」
100年前に製造された「豊田式鉄製小幅動力織機(Y型)」

「初めはとにかくびっくりしました」と千葉さんは振り返る。

新しい織り機を購入する場合、数千万円単位の投資が必要になることもあり、二人にとっては嬉しい誤算。ただ、まったくの奇跡というわけでもない。

そもそも、「IIE Lab.」が拠点をかまえた会津坂下町青木地区は、かつて会津地方の織物産業を牽引した土地。同町内で織られた生地は特に「会津青木木綿」と呼ばれ、品質の良さで知られていた。

ストライプ模様が会津木綿の大きな特徴
ストライプ模様が会津木綿の大きな特徴

見つかった織り機は、30年前に廃業した町内で最後の織元が使っていたもの。「会津青木木綿」は幻の布となって久しいが、当時の様子を知る人や実際に織元で働いていた人が町内に住んでいたことも、今回の発見につながった。

かつての織元が使っていた縞模様のデザイン帳
かつての織元が使っていた縞模様のデザイン帳

工場跡で佇む織り機を目の当たりにしたとき、谷津さんは「会津青木木綿のルーツとして、この織り機だけは守らねば」と強く感じ、千葉さんは「どれだけ古くても、機械である以上は動かせるはず。修理して、生地を織るところまでやろう」と使命感にかられたという。

現代の暮らしにあった「会津木綿」を提案し、広めていこうと活動してきた二人。この織り機との出会いによって、自分たちが織元となり、この土地でつくられていた「会津青木木綿」を復刻するという新たな目標に向けて歩み始めた。

織り機の復活。人の記憶がつなぐ地域の文化

「必ず動く」と確信を持っていた千葉さんだったが、織り機の修復は一筋縄ではいかなかった。なにしろネットで検索してみたところでほとんど情報が出てこない。

「わからないことばかりで苦労しました。Webに情報がないので、国会図書館で紙の資料を読み込んだり。そんな中、なんと元々その織り機を使っていたという80代の方がいらっしゃって、オペレーション方法は主にその方から聞きました」

ここでも、地域に残る先達に大いに助けられた。織り方はもちろん、「会津木綿」の縞模様の意味、地域による違いなど、貴重な話をいくつも聞くことができたという。

多くの人を訪ね、話を聞き、試行錯誤した
多くの人を訪ね、話を聞き、試行錯誤した

地元だけでなく、桐生や米沢など他県の織元の所にも足を運んだ。織り機の修理を専門にしている新潟の方との出会いなどもあり、ひとつひとつ疑問を解消していく日々。

「この時代に、人からの伝聞に助けられて、それが仕事につながっていくって、面白いですよね」と谷津さんは話す。

発見から1年半をかけて、ついに1台目の修復が完了。要領を得た千葉さんは2台目以降も順調に修復していき、現在は5台の「豊田式鉄製小幅動力織機(Y型)」が稼働している。

織り機
日々稼働している織り機たち
部品は、使っていない織り機から拝借している
部品は、使っていない織り機から拝借している

「会津青木木綿の品質は、地元の人の誇りでもあったようです。僕たちが再び織り始めたことで、『うちにも残ってるよ!』と古い布を持ってきてくれたり、『こうして観れる場所ができて嬉しい』と喜んでくれたり。

本当に、ずっと愛されて使われてきた、生活に近い布だったんだなと実感しました」

織り機の修理の過程で、地元の人たちの中に眠っていた「会津木綿/会津青木木綿」に関する記憶も呼び覚まされ、「IIE Lab.」と地域の結びつきも強くなっていった。

デジタルでもアナログでもない、“絶妙”な織り機

「仕上がりの品質そのものは決して新しい機械に見劣りしません」

人知れず地域に眠っていた織り機の実力について、谷津さんは力強く話す。

会津木綿
会津木綿
織り機は一台一台に個性があり、仕上がりにも“ゆらぎ”があり、それも魅力のひとつ

たとえばスマートフォンのようなデジタル機器の場合、どうしても古いものほどスペックで劣ってしまう。しかしこの織り機の場合、生産性ではかなわなくとも、織り上がる生地の品質という点ではなんら遜色がないという。

「デジタルではなく、手織りほど完全にアナログでもない。工業的な部分も備えつつ、人の勘で調整する要素が大きいので、熟練すれば手仕事の良さも出せる。本当に絶妙な織り機です」と千葉さん。

手作業の部分が残っているからこそ、絶妙な風合いが出る
手作業の部分が残っているからこそ、絶妙な風合いが出る

1台の織り機で織れる生地は、最大でも1日に約12メートル(生地の幅は約37センチメートル)。ゆっくりていねいに織られるため糸に負荷がかからず、風合いの良い生地に仕上がる。

「1台200ワットという最低限の電力で動くのも良いなと思いますし、なにより自分で直せることが魅力ですね。

自分の父親が壊れたものをよく直す人で、それを見ていて感動した体験があって。ものを直せるって『すごい』なと。

5台それぞれ特徴も違って、壊れ方も違うことに気づいたり。修理の跡を見て昔の人がどんな風に使っていたのか考えたり。ものづくりをする上でも大きな経験になりました」

修理道具
千葉さんの修理道具。筬(おさ)などの付属品をつくれる会社も数少なくなっている

織元復刻ブランド「会津木綿 青㐂製織所」始動

そして2020年1月、修復した織り機で伝統の織物を復刻した新ブランド、「会津木綿 青㐂製織所(あいづもめん あおきせいしょくしょ)」の発売がスタートした。

「会津木綿 青㐂製織所(あいづもめん あおきせいしょくしょ)」
「会津木綿 青㐂製織所(あいづもめん あおきせいしょくしょ)」

織元復刻ブランドとして、元々織り機を所有していた織元の屋号を使用。ロゴマークには、会津地方の郷土玩具「起き上がり小法師」が持つ“七転び八起き”の志が込められている。

会津木綿 青㐂製織所
会津木綿 青㐂製織所 ロゴマーク

「古いものの良さを今の暮らしに、というコンセプトもあって、最初はこのライナップになりました」(谷津さん)という初回アイテムは「トートバック」と「ポーチ」。

「会津青木木綿」の特徴であった「丈夫さ」や「会津らしい色彩感覚」を活かしながら、今のくらしに溶け込むデザインを加えて織り上げた。

「会津木綿 青㐂製織所」トートバッグ(大)
「会津木綿 青㐂製織所」トートバッグ(大)
トートバッグ(小)
トートバッグ(小)

「糸の番手は太いものを使い、本数を多く設定したタテ糸にヨコ糸をしっかり打ち込む密な織り方で仕上げています。

カラーバリエーションは、手織り時代から愛されていた色を資料から読み解きながら、会津らしい自然由来の色を意識しました」(千葉さん)。

ポーチ
ポーチ(大)
ポーチ
ポーチ(小)

化学染料で先染めされた糸は耐久性に優れ、手洗いも可能。“軽さ”を実現するためポーチのファスナーの重量にもこだわった。

制約から生まれた形状。ずるができないシンプルな美しさ

修復した古い織り機は優れた風合いで生地を織り上げることができる一方、織れる生地幅に制限がある。少しもどかしくもあったが、その制限もうまくデザインに取り入れた。

今回、プロダクトの仕上げを担当したIIE Lab.スタッフの松本恵さんは、その工夫についてこう話す。

「生地をできる限り利用するために、切り込みは必要最低限にして、畳むように折っていくことで完成する仕様になっています。

小さいポーチに関しては、ポケットも含めて本当に一枚の布からつくれます。経験豊富な社内の縫製担当者も、この仕様には驚いていました。

着物などをこうしてつくっていた昔の人の知恵を、小物に生かしたというのは珍しいのかなと思います」

松本恵さん
松本恵さん

元々、綿栽培の北端とされる会津では資源が貴重な中、生地を無駄にしない思想が根付いていた。「会津木綿 青㐂製織所」のアイテムでも、このことは大切に考えている。

「普通はカーブの部分で布を切っていくので使わない残布が多く出てしまうんですが、今回はできるだけそうせずに、生地をほとんど捨てていません。作る側としてもとても気持ちが良いです」

目的やデザインが先にあるのではなく、生地の幅という制約からスタートするアイテム。先人たちも、この制約の中で工夫を凝らしてデザインをし、機能性も持たせていた。

だからこそ逆に新鮮さを感じるし、何に使おうかと考える楽しさもある。

「何を入れるためというのが決まっていない、好きなものを入れていただけるアイテムになったと思います。

小さいポーチには、ポケット感覚でアクセサリーやハンコを入れても良いですし、大きいポーチには本当になんでも。入れたものに合わせて折りたたんで持ち運ぶこともできます」

「会津木綿 青㐂製織所」の商品たち

シンプルな形状にストライプが印象的なデザインは、細部のほころびが目につきやすく、手を抜くと魅力が一気に落ちてしまうシビアな商品とも言える。

その他、見えない部分、商品に残らない部分にまで「会津木綿」の思想が反映されている今回のアイテムたち。

「昔の人は『会津木綿』を着るものに使用して、その後、最終的にはオシメにするくらい、大事に長く使っていたそうです。そんな精神も入ったプロダクトになりました」と千葉さん。

谷津さんは、「『会津木綿 青㐂製織所』を通じて会津木綿の良さ・背景などをいちから発見してもらいたい」と話す。

そして、「高価な工芸品ではなく、暮らしの中の綿商品として。こだわったものづくりと手に取りやすい価格を両立し、木綿織物自体が見直されて欲しい」とも。

会津木綿
会津木綿

厳しい自然環境に適応するために高い品質を保ち、400年続いてきた「会津木綿」。30年前に一度途絶えた織り機の音もまた響き始めた。

「過去の布を見てすごいなと感じるように、今自分が織っている布も、何十年後の人たちにすごいと感じてもらえるかもしれない。自分で織った布は、きっと自分より長生きしますからね」

IIEのみなさん
IIE Lab.のみなさん

そう言って千葉さんは今日も織り機を動かしている。

会津の暮らしの中で使われ、愛されてきた伝統の織物が、これからは日本全国に広がっていく。

<取材協力>
IIE Lab.:http://iie-aizu.jp/

<参考リンク>
会津木綿 青㐂製織所ブランドサイト:https://www.aokiseishokusyo.com/
商品紹介ページ(中川政七商店):https://www.nakagawa-masashichi.jp/shop/e/ev0165/

文:白石雄太
写真:直江泰治


<掲載商品>

青キ製織所 トートバッグ小
青キ製織所 トートバッグ大
青キ製織所 ポーチ小
青キ製織所 ポーチ大

【わたしの好きなもの】吊り下げ帆布収納袋

 

家の中で散らばりやすいものってありませんか?

例えば読みかけの本や、リモコン、携帯の充電器、郵便物など。

それぞれの定位置を決めておけるほど几帳面な性格ではないため、我が家では床やら玄関やらに色々なアイテムが散らばってしまっていました。

これらの頻繁に使うものを上手にまとめておければお部屋の見た目はスッキリするのに。

そんな希望を持ちながら、片付けが苦手、面倒くさいと感じているわたしにぴったりの商品が、この「吊り下げ帆布の収納袋」です。



シンプルな形の中に隠れたお気に入りのポイントは、収納袋の口にワイヤーが仕込まれていること。口を閉じて中身を見えにくくすることもできます。

収納袋の中にポケットや仕分けがないところも気に入っています。そもそも仕分けをするのが面倒くさいわたしにとって、たくさんの仕切りやポケットがついていないことが本当にちょうどいいのです。



ドライヤーや櫛など、毎朝、毎晩使うものも、出しっぱなしにしておくのは好きじゃありません。でも、朝のドタバタを言い訳に、どうせすぐ使うからと結局出しっぱなしにして出かけてしまう日々。

ところが、この収納袋を使いはじめてからは片付けがちょっと楽になりました。

洗面台の手に取れる場所に収納袋を吊るしてドライヤーなどを入れておけば、すぐに手に取れて、すぐに片付けることが出来るのです。



よく使うものは出しっぱなしが一番楽ちんです。でも、できれば生活感が出てしまうのは避けたい。そんな日常の要望を自分の出来る限りで叶えていくことで、暮らしの快適さや、豊かさを積み重ねていこうと思える商品です。



様々な場所で使えるので、ぜひおうちの「ここにあったらちょっと暮らしが便利になる」場所で使ってみてください!


<掲載商品>
吊り下げ帆布収納袋 小
吊り下げ帆布収納袋 中
吊り下げ帆布収納袋 大

編集担当 村垣

中川政七商店オリジナルの「最適包丁」ができるまで。関のものづくりを間近で見学。

 


中川政七商店のものづくり現場をスタッフが実際に訪ねてご紹介する「さんち修学旅行」、今回は岐阜後編です。

後編はわたくし、中川政七商店GINZASIX店の佐藤がレポート致します!

後編は美濃焼に続き、岐阜関市で大正5年より創業の株式会社スミカマさんにお邪魔しました。


歴史は780余年。刃物の一大産地、岐阜県関市へ

関市は刃物4大産地のうちの1つで、その歴史は780余年。

関には刀鍛治にとって最高の風土条件(土や水など)があり、多くの刀匠が集まってきたのだそうです。780年・・・すごいですね、何だか浪漫を感じます。

スミカマさんは大正5年創業。確かな技術でこれまで沢山の商品を生み出されてきました。日本製の包丁産地のなかで海外シェアNO.1を誇る関。特にスミカマさんは海外進出が早く、プロ向けの輸出製品を多く扱ってこられたそうです。

そんなメーカーさんと中川政七商店のコラボ!中川政七商店でも自社ブランドの包丁を作るのはこれが初めてとあって、興奮します。そんな興奮を静かに抑えつつ、いざ現場へ!


▲工場内


▲本日お世話になります炭竃さんです


大正5年創業のスミカマさんで工場見学

現場へ入らせてもらった最初の印象は・・・「思いの外寒くない・・・」でした(笑)なぜか勝手に寒いイメージを持っていました・・・刃物が銀色だからですかね・・・?

と、そんな情報はさておき。工程の順番は前後してしまいますが、見せて頂いた順番にリアルにご紹介させて頂きます。

まずは「仕組み」という刀身にハンドル(柄)を取り付ける作業を見せて頂きました。




柄の中に専用の接着剤を投入し、刃と合わせ、工具を使ってしっかりと固定。繋ぎ目にも上から更に接着剤を塗り強化。塗り過ぎるとぼこぼこしてしまうし、少なければ外れやすくなる。

なかなか細かい集中力のいる作業です。

そして次に「柄擦り」という作業。

こちらはこの工程だけでも4工程あります。先ほどの「仕組み」でできたつなぎ目をまずは粗く擦り、滑らかに。更に中・仕上げとバンドの違う研磨機で研磨します。



絶対に無理ですが、やってみたい・・・と思ってしまうほど、流れるような手さばき。

そして刀身の「表面研磨」「背研ぎ」「アゴ研ぎ」「目通し」など。こちらで刀身の表面の黒革を落としたり、刀身の蜂・アゴの厚みを整えたり、刃先も角を研ぎ込んでいきます。




この姿勢きっと辛いだろうな・・・と、黙々と作業に集中する職人さんたちの背中に尊敬の念を覚えます。

「背研ぎ」や「アゴ研ぎ」は自分から刀身が見えないため、ほぼ手の感覚が大きなカギを握っているとのことで、職人さんの中でも更に難易度の高い作業です。凄いです。カッコいい・・・。


刃を付ける?

続いては「刃付け」と呼ばれる工程です。

最初「刃付け」という名前から刃の部分に別に素材をつけるのだろうか??と思いましたが、そうではなく研ぐことで切れる刃になるので、「刃が付いた」ということになるようです。

独特の言い回しは、個人的にとても「へぇーー!」ポイントでした。

また話が逸れましたが。

この刃付け、「革刃付け」という工程と2工程あり、最初の刃付けだけでもとっても切れ味抜群なのですが、「革刃付け」をするとびっくりするほどの切れ味に!!


▲革刃付け

試し切り用の新聞が力を入れずにハラリと切れました!

そして最後にこちらの機械。貴重なもので、値を設定するとその厚みに均一に研いでくれるというものだそうです。



手作業だとその日の状況により厚みが均一にならなかったりばらつきが出てしまう場合があるため、こうした機械も適宜使用しているそう。

それでもやはり細かい調整は人の目や手で行っています。



意外なことに、厚みにこだわって製作をしている工場はかなり少ないとのこと。この機械をわざわざ使うスミカマさんの仕事の丁寧さがうかがえます。

工程は全部で46工程ほど。間にも細かい工程が存在します。そして私たちが今回見学させて頂いたのはそのほんの一部です。

本当にたくさんの作業工程をたくさんの人の手によって作り出されています。なので、出来上がった政七の包丁も素敵なのですね~。



私も実際に使用しましたが、小回りが効くサイズ感でとっても使い易かったです。今日は料理がちょっと億劫だな・・・と思う時も、程よい軽さ、持ちやすさで気軽に使えるので便利です。

企画から製作まで2年の歳月をかけた最適包丁。是非、店頭に見にいらしてください。

そして、この工程を思い出しながら包丁を見て、職人さんたちの熱い思いを感じていただけたら嬉しいです。

お会い出来ましたら、是非お話させて下さい!!全国の中川政七商店でスタッフ一同、心よりお待ちしております。

 



<掲載商品>

最適包丁
最適包丁 パン切り