【はたらくをはなそう】小売課 村上正恵

村上正恵
小売課

印刷会社の企画営業や制作サポートなどを経て2013年に入社。
入社後、小売課に所属。直営店に関わるバックオフィス業務を経て現在はスーパーバイザーとして店舗運営に携わるお仕事をしています。



「とんでもないところに来てしまった。」入社当時の中川政七商店の印象です。

中川政七商店に転職しようと思ったきっかけは、「これからは日本のものづくりに関わる仕事をしていきたいなぁ」と漠然と思っていたときに、当社がコンサルティングを手がけた、新潟県三条市の包丁メーカー・タダフサさんや、波佐見焼の陶磁器メーカー・マルヒロさんの事例について紹介された本を読んだこと。面白そうなことをしている会社があると思い、お店に足を運んだのが始まりです。いつ行っても販売員の方が商品のことをとても楽しそうに話しながら接客してくれて、この会社で日本の文化やものづくりを残していく一員になりたいと、入社しました。

入社した頃は、創業300周年に向けたイベントの準備や、展示会の進化に加え、新しい業態を立ち上げたりと、社内が大忙し。世の中にイベント会社がたくさんあるにも関わらず、外部に頼らず、自分たちのやりたいことを自分たちで体現し、やったことがなくても試行錯誤しながらやりきる。制作系の仕事をしていた私にとっては驚きしかありませんでした。

自分たちの力で有言実行していく姿に、「日本の工芸を元気にする!」ことへの情熱、本気度の熱量は今でも鮮明に覚えていて、それが冒頭の「とんでも~」となった理由です。

最初に受けた衝撃は、自分の仕事への向き合い方を見直すこととなり、今の自分の礎となっています。

メーカーさんから産地の現状のお話を聞いたり、イベントで現地の人たちの期待値をヒシヒシと肌身に感じるなかで、本気になる、自分たちでやりきる理由がわかってきました。

それからは「自分事として捉え、真剣に向き合えているか」「丁寧にものづくりをしてくれている人たちに還元できているか」と、迷ったとき自分に問いかけています。

「誠実であること」。

これは10か条からなる中川政七商店の価値基準「こころば」にある言葉の1つで、仕事をするうえでも人としても大切にしている言葉です。

直営店は、お客様と作り手との架け橋であり、双方にとっての代弁者でもあります。
入社当時から変わることなく「接客」を大切にし、お客様の暮らしに寄り添う提案をする。

脈々と受け継がれ磨かれてきたからこそ、お届けできる店舗でのお買い物体験。

10年前、自分が体験した「へぇー、そうなんだ」といった、日本についての新たな発見のお届けを大切にして、興味を持ってくださる方と出会い、「中川政七商店に行って楽しかった!」「こんな面白いお店があるよ!」と伝えてもらえたら。日々の暮らしのなかでホッと一息つける、心地好いお店づくりを目指して、これからも自分の役割の先にいる人のことを思い浮かべながら、真剣に楽しく、情熱を持って仕事と向き合っていきたいと思います。


<愛用している商品>

常滑焼の塩壷

塩さじと一緒に使っており、ストレスなく必要量のお塩を使うことができます。「プラスチックに変わるものがないかなぁ」と探していたときに発売され、すぐに購入したお気に入りのひとつです。

筆ペン

高校生まで書道を習っていて、ほどよい緊張感と集中から表現される筆ペンならではの書体が好きです。お礼や季節のご挨拶など丁寧に文字で伝えたいときに使用しています。

小林製鋏 HARVESTER

おすすめ理由:お花のある生活をはじめよう!と思い至ったときに購入しました。切れ味抜群でコンパクトで軽いので、手が小さな私にとって使い勝手がちょうどいいです。数年たった今でも切れ味が変わらない優れものです。



中川政七商店では、一緒に働く仲間を募集しています。
詳しくは、採用サイトをご覧ください。

【ハレの日の食卓】奈良のお茶農家・嘉兵衛本舗さんの「番茶ぜんざい」

季節の行事や家族の誕生日、人生の節目になるようなタイミング。
ハレの日は、食卓もいつもより少し特別です。

この記事はそんなハレの日の過ごし方が気になって企画した、この時期だけの短期連載。
暮らしを楽しむ作り手さんに、どんな料理でハレの日の食卓を囲んでいるのか教えていただきました。

今回は、奈良県吉野郡にて、江戸時代から伝わる天日干しのかへえ番茶を中心に製造販売する、嘉兵衛本舗さんの「ハレの日の食卓」を訪ねます。

今回の取材先:

嘉兵衛本舗
長女・上野知佳さん(左)、次女・堤有佳さん(中央)、三女・井川恵里佳さん(右)

奈良県吉野郡大淀町にて、江戸時代から伝わる天日干しのかへえ番茶を中心に製造販売する他、中川政七商店の番茶シリーズでは「天日干し番茶」や季節限定の「ゆず番茶」を手がける。



有佳さん:

嘉兵衛本舗は江戸時代からお茶にまつわる商いをしており、厳密な記録は残っていないのですが、私たちで恐らく14~15代目になると思います。加工場に隣接しているこの場所は、私たちの実家であり、今は両親と三女が同居している家。三人とも結婚しているので、長女の知佳と次女の私は、それぞれ自宅から出勤してるんです。普段は畑や加工場に出勤してお昼休憩にここ(自宅)に来てお茶を飲み、また畑や加工場に出るというスケジュールが多いですね。

知佳さん:

うちをご紹介いただくときによく「老舗」って言っていただくんですけど、もともとのルーツは兼業農家なんですよ。お茶の他には野菜も作っていれば林業もやっていたし、おばあちゃんは養鶏もしていたし。2代前までは基本的に兼業で、そのうちの一つとしてお茶を作っていた歴史があります。その後、父の代からお茶だけに取り組むようになり、私たちもそれを受け継いで六次産業としてお茶の生産から加工、販売までしています。

有佳さん:

看板商品である「かへえ番茶」は、昔ながらの天日干しで製造しています。昔は三姉妹ともお茶業を継ぐつもりはなかったので、それぞれ会社員になったり専業主婦になったりとまったく違う道を歩んでいたのですが、大人になり仕事休みのタイミングなどで事業を手伝ううちに、うちのお茶の特殊性や良さがわかるようになって。

天日干しは外に干すので、雨が降っていたら作業が出来なくて、仕事は天気に左右されるんです。そういった大変さもあるし、手作業なので手間もかかる。子どもの頃は「どうして天日干しなんて面倒なことをするんやろ?機械でやればいいのに」って思っていましたが、手作業で天日干しをするのとしないのとでは、味はまったく違う。携わるほど父の代で嘉兵衛本舗を終わらせたくないと思うようになり、姉と妹を誘って、自分たちが継ぐことの覚悟を決めました。

知佳さん:

私も「うちのお茶をなくしたくない」とはずっと思っていたんですけど、最初は(自分たちで続けることが)出来ると思ってなかったんです。やりたくても私一人では難しいし、妹2人はそれぞれ家庭を持っていて子育てもしているので、誘えずにいました。だから、妹が「一緒に継ごう」って声をかけてくれたときは嬉しかったですね。

恵里佳さん:

普段は畑に出たり加工や出荷作業をしたりしているほかに、手づくり市とか番茶フェアとか、それぞれが気になるイベントを見つけてきては、出展することもあります。父も昔、お客さんと対話をしながらお茶を提案したい気持ちから、そごう百貨店さんのイベントでお茶の販売をしていたことがあったんです。その気持ちは、私たちも大事にしていますね。

有佳さん:

うちではもちろん煎茶なども作っているんですけど、人気なのはやっぱり番茶。父の代では煎茶を強い柱にしようと頑張ったみたいなんですけど、それでも番茶の人気は根強かったみたいです。その理由、つまり天日干しならではの良さを紐解いたのが、私たちという感じですね。色んな方とのご縁も番茶(の製造や販売)から生まれることが多いですし、嘉兵衛本舗にとっては本当に欠かせない、大切なお茶です。

恵里佳さん:

今はうちの要である天日干し作業は三人でやっていますが、その他にそれぞれ役割分担をしていて。長女はブランディングや全体の統括、加工場での作業を担当していて、次女は社外対応や新規お取引の契約まわり、私は通信販売の出荷作業や経理を主に担当しています。

有佳さん:

そうですね、でも一番大事な三女の役割は、長女と次女の緩衝材になることかもしれません(笑)。

知佳さん:

姉妹でやっているとどうしても、ストレートな物言いになってしまいがちですからね(笑)。そうやって三人のバランスがとれて、うまくやれている。姉妹で事業をやってるってなかなか珍しいとは思うのですが、私は子育ても落ち着いて、これからの生きがいをお茶に注げるのがすごく嬉しいし、ありがたいし、何より楽しいんです。これも妹が誘ってくれたからですよね。小競り合いはありますが(笑)、それぞれの存在にすごく助けられています。

嘉兵衛本舗さんの、ハレの日の食卓

知佳さん:

父から言われた言葉に「農業は待ってくれない」というものがあって。どうしても天候で動き方が決まるので、雨の日が続くと天日干しが出来なくて、その後のスケジュールがすごくタイトになる、みたいなこともよくあるんです。だから私たちのハレはお正月だけ(笑)。番茶作りがずっと続くので、皆さんが長期休暇を取られるようなお盆も、ご先祖様を迎える数日だけ少し休むくらいです。

恵里佳さん:

お正月は元日に絶対、三姉妹の家族がみんなここに集まるんです。全員で20人くらいになりますね。

母もおせち料理を作ってくれるし、私たちも各家庭で作った料理を持ち寄って、和洋中すごくたくさんの料理が並んで、もう大パーティー。しかもそれぞれの夫がよく飲む人たちなので、朝からずっと宴会みたいな感じで(笑)。でも私たち姉妹はあまりお酒が飲めないので、代わりに空いた時間に甘いものを食べたりしています。

有佳さん:

嘉兵衛本舗の「天日干し番茶」を使ったおぜんざいは、そのときに食べている定番のおやつ。いつものぜんざいを番茶で炊くと香ばしさが出て、あっさりしているのにコクや風味が増すんですよ。

使った小餅は、懇意にしている近所のお餅屋さんのもの。嘉兵衛本舗さんの天日干し番茶を練り込んだ番茶餅(手前)も

有佳さん:

そんな風にワイワイしている様子を父が嬉しそうに見ていたりして。休みこそなかなかゆっくりはとれないんですけど、うちは昔から七夕には父が竹を切ってきて流しそうめんをしたり、クリスマスになったら裏山からモミの木を切ってきたりして、行事を全力で楽しんでいました。そうやって、ハレの日や食べることを楽しんでいた父の精神が、思えば私たちにも受け継がれているかもしれませんね。

嘉兵衛本舗さんの「番茶ぜんざい」

材料(作りやすい量 ※5人分程度):

・番茶…1L(濃さは好みで調整)
・餅…適量
・小豆…200g
・砂糖…120g~200g(好みで調整) ※今回は120gで甘さ控えめにしました
・塩…ひとつまみ

作り方:

1. 番茶はあらかじめ作り、冷ましておく。

2. 洗った小豆を鍋に入れ、たっぷりの水を加えて強火にかける。

3. 沸騰したら5分煮立たせる。火を止めて蓋をし、30分ほど置いてアク抜きをする。

4. 小豆をザルにあげて湯を切り、番茶と一緒に鍋に入れる。

5. 火にかけ、沸騰したらとろ火で1時間煮る。

 ※40分ほど煮たら一度かたさを確認し、好みのかたさに煮えていたら次の工程へ。

6. 5に砂糖を加えて混ぜ、最後に塩を入れる。

7. うつわによそい、焼いた餅を入れたら完成。

使った商品はこちら:

漆林堂 真塗り椀 赤
拭き漆のお箸 削り 茶 細め
菓子木型の福よせ箸置き 鶴赤

※その他は取材先私物

文:谷尻純子
写真:奥山晴日

【あの人の贈りかた】新しい生活の幸せを願う、お祝いの品(スタッフ内山)

贈りもの。どんな風に、何を選んでいますか?

誕生日や何かの記念に、またふとした時に気持ちを込めて。何かを贈りたいけれど、どんな視点で何を選ぶかは意外と迷うものです。

そんな悩みの助けになればと、中川政七商店ではたらくスタッフたちに、おすすめの贈りものを聞いてみました。

今回は商品企画担当の内山がお届けします。

用途さまざまで修理もできる「RIN&CO. 越前硬漆 椀」

我が家の普段のおくりものは、いわゆる消えもの、季節のおいしい何か、が定番です。

それでも、特別な節目の贈りものには、長く使えて、ずっと気持ちが残るものを贈りたい。

例えば、2人目以降の出産祝いによく選ぶのが、RIN&CO.の越前硬漆のお椀です。

初めての子育てには思い描く風景があるだろうから、1人目のときは欲しいものを聞きますが、2人目からは、ソレドコロジャナイ‥‥みたいな返事が本当に多い(笑)ので、この食洗器対応のお椀を贈ります。

おかゆに取り分けのうどん、おやつのぼうろ、デザートのイチゴ‥‥、飯椀とも汁椀とも断言しがたいこのフォルムが何を入れても受け止めてくれて、違和感がありません。もうお茶碗があるなら汁椀に、汁椀も持っていたらおかずの小鉢に、と、何らか使い道が見つかりそうなところも、このお椀を選ぶ理由の一つです。

カラフルな色展開もポイント。このお椀を贈るときは、色違いで上の子にも一緒に贈ることにしています。赤系・青系それぞれ3種類ずつあるので、同性の兄弟でも色違いで選べるのが心強い。

小さな子どもに漆の器は難しそう、と思われるかもしれないけれど、刷毛目の硬漆は傷が目立ちにくいこと、子どものカトラリーは樹脂製や木製が多いため漆を傷つけにくいこと、いざとなったら修理ができるので、思い切って使ってみてほしいことも一緒に伝えます。

漆の食器は傷がついても、お願いすれば、直してもらえることがほとんどです。これから先、その子が傷つくことがあったとき、助けてが言える子でありますように、応えてくれる人に恵まれますように。カードに書く、「たくさんごはんを食べて元気いっぱいに大きくなりますように」の願いの後ろに、そんな願いも込めて選んでいます。

<贈りもの>
RIN&CO. 「越前硬漆 椀」

新しい名前が手になじむことを願って「筆ペン 鹿紋」

幼いころ習字に通わせてもらったはずなのに、毛筆が得意ではありません。

できるだけ避けてきたのに、結婚したらぐんとお付き合いの頻度が増えて、筆ペンで名前を書かなくてはいけない場面も増えました。

この筆ペンは、奈良筆にも使われる天然の破竹を使っています。書道教室は遠い記憶でも、太さや感触を手はちゃんと覚えているもので、この筆ペンだと「手になじむ」感じがして、習った角度ですっと持て、少しだけ上手に書きやすいような気がします。

こちらは、習い事のお友達や仕事で知り合った方の結婚のお祝いに選ぶことが多いです。

お互いに負担にならない価格ながら、桐箱入りで少しかしこまった風情のあるところ、まず誰のお祝いともかぶらない(笑)という安心感、毎日使うものではないけれど、あるといいよね、というところが、友達ほど親しくないけれどお祝いはさせてほしいな、という距離感の方にぴったりかな、と思って選んでいます。

結婚をして姓が変わる方は、最初は書きなれない名字に戸惑うことも多いもの。

わたしは、たった七画のシンプルな苗字になって、はじめはどうにも字のバランスが取れなくて困りました。

ちょっと練習してみようかな、と思わせる、懐かしさのある筆ペンで、早く新しいお名前がその手になじみますように、と願って贈ります。

<贈りもの>
・中川政七商店「筆ペン 鹿紋」

目に入るたび気持ちが晴れやかに「Sghr ミニベース」

ちょっとかたまり感のあるガラス製品が好きなのです。

Sghrさんのミニベースは5つの形がありますが、もう断然、この三角形のフォルムが、手に包んだ時の重量感が、ぶち抜けて好みです。

転職したとか、資格が取れたとか、ちょっとしたお祝いごとがあった友人へ、箱をきれいに包んでリボンをかけて、庭のユーカリや、季節がよければ山藤や山帰来(さんきらい)の小枝、何もないときは、よくできた造花を挟んで、花束代わりに贈ります。

どんな住まいでも置き場所が見つかるサイズ感、お花屋さんでわざわざ買ってきた花よりも、こぼれた花や、折れてしまった小枝が似合う、いじらしさ。

生ける花がなくても、オブジェのようなたたずまいに光が透けるだけで、ああ、なんかもう、きれい、と気持ちがさーっと晴れやかになります。

出しっぱなしで日々の暮らしに置いてこそ、心地よくなじんで、ますます好きになる。そんなアイテムです。

展開は何色かありますが、目に入るたびに、小さなハレの日を思い出して、まっさらな気分になってほしいと思って、選ぶのはいつも透明です。

<贈りもの>
・Sghr「ミニベース 三角形 」
・販売サイト:https://shop.sugahara.com/collection/minivase

※中川政七商店での販売はありません

贈りかたを紹介した人:

中川政七商店 商品企画担当 内山恭子

【暮らすように、本を読む】#06『ぐつぐつ、お鍋』

自分を前に進めたいとき。ちょっと一息つきたいとき。冒険の世界へ出たいとき。新しいアイデアを閃きたいとき。暮らしのなかで出会うさまざまな気持ちを助ける存在として、本があります。

ふと手にした本が、自分の大きなきっかけになることもあれば、毎日のお守りになることもある。

長野県上田市に拠点を置き、オンラインでの本の買い取り・販売を中心に事業を展開する、「VALUE BOOKS(バリューブックス)」の北村有沙さんに、心地好い暮らしのお供になるような、本との出会いをお届けしてもらいます。


<お知らせ: 「本だった栞」をプレゼント>

先着50冊限定!ご紹介した書籍をVALUE BOOKSさんでご購入いただくと、同社がつくる「本だった栞」が同封されます。買い取れず、古紙になるはずだった本を再生してつくられた栞を、本と一緒にお楽しみください。詳細は、VALUE BOOKSさんのサイトをご覧ください。


湯気の向こうにある、37人の鍋の記憶
『ぐつぐつ、お鍋』

木枯らしが吹く季節、私にとって鍋は救世主のような存在。具を変え、出汁を変え、ひと冬のあいだに何度、お世話になっているだろうか。

日本に暮らす人誰もが持つ、鍋の記憶。本書は、池波正太郎、東海林さだお、川上弘美など、時代も年齢も異なる37人の作家たちの、鍋にまつわる名随筆を一冊にまとめたアンソロジーです。ある人はオリジナルレシピを披露し、ある人は友人や家族と囲むあたたかな思い出を、ある人はひとりで小鍋をつつく楽しみを語ります。

寄せ鍋、ちゃんこ、ふぐ鍋、おでん‥‥、さまざまな鍋が登場しますが、なかでも心に染み入る一遍があります。作家・ねじめ正一による『すき焼き──父と二人だけの鍋』です。

晩ご飯がすき焼きの日は、家族は揃って浮かれ気分。食卓には、民芸店を営む筆者の父が、惚れ込んで買ってきたという「南部鉄」が決まって登場します。子ども心に「高い鍋を買うより肉の量を増やしてほしい」と、不満を抱える一方で、「父親は子どもたちが必死に食べている姿がうれしそうで、最後まで肉には手を出さなかった」という。そんな少年時代から、時は流れ、筆者が27歳の頃。糖尿病を患う父と二人で一泊二日の会津へ、うつわを仕入れに行った時の思い出が語られます。

窯出しされたばかりの焼き物を仕入れた日の夜、二人が宿泊した古びた旅館で、夕飯としてすき焼きが出てきます。質のいい肉ながら、それを盛る安物のうつわがよくない。そこで、仕入れたばかりのうつわを車まで取りに戻り、洗った小皿を手に、親子は再び鍋の前に座します。

「会津本郷の青みがかった肌がすき焼きにぴったりであった。さっきよりもすき焼きが百倍豪華に見えてきた。砂糖が少ないので物足りないと思った味も、肉の旨味がよくわかっていいと思えた」(本文より)

くたびれた宿で味わう鍋も、器ひとつで粋な時間に。少年時代の思い出と対比するように、言葉少なに描かれる親子のやりとりも、どこか愛おしさを感じるのでした。

ご紹介した本

『ぐつぐつ、お鍋』 
安野モヨコ / 岸本佐知子 他

本が気になった方は、ぜひこちらで:
VALUE BOOKSサイト『ぐつぐつ、お鍋』

先着50冊限定!ご紹介した書籍をVALUE BOOKSさんでご購入いただくと、同社がつくる「本だった栞」が同封されます。買い取れず、古紙になるはずだった本を再生してつくられた栞を、本と一緒にお楽しみください。詳細は、VALUE BOOKSさんのサイトをご覧ください。


VALUE BOOKS

長野県上田市に拠点を構え、本の買取・販売を手がける書店。古紙になるはずだった本を活かした「本だったノート」の制作や、本の買取を通じて寄付を行える「チャリボン」など、本屋を軸としながらさまざまな活動を行っている。
https://www.valuebooks.jp/

文:北村有沙

1992年、石川県生まれ。
ライフスタイル誌『nice things.』の編集者を経て、長野県上田市の本屋バリューブックスで働きながらライターとしても活動する。
暮らしや食、本に関する記事を執筆。趣味はお酒とラジオ。保護猫2匹と暮らしている。


<同じ連載の記事はこちら>
【暮らすように、本を読む】#01『料理と毎日』
【暮らすように、本を読む】#02『おべんとうの時間がきらいだった』
【暮らすように、本を読む】#03『正しい暮し方読本』
【暮らすように、本を読む】#04『なずな』
【暮らすように、本を読む】#05『道具のブツリ』

【ハレの日の食卓】美濃焼の窯元・蔵珍窯さんの「ちらし寿司」

季節の行事や家族の誕生日、人生の節目になるようなタイミング。
ハレの日は、食卓もいつもより少し特別です。

この記事はそんなハレの日の過ごし方が気になって企画した、この時期だけの短期連載。
暮らしを楽しむ作り手さんに、どんな料理でハレの日の食卓を囲んでいるのか教えていただきました。

今回は、岐阜県多治見市にある美濃焼の窯元・蔵珍窯(ぞうほうがま)さんの「ハレの日の食卓」を訪ねます。

今回の取材先:

蔵珍窯 当主 小泉衛右さん

岐阜県にある美濃焼の窯元。手づくり・手描きにこだわる“絵付の窯元”として、うつわづくりに取り組む。中川政七商店では今回使用した「赤絵のお重」や、好日茶碗の「赤絵花蝶」「青絵遊魚」などを手がける。



小泉さん:

うちはもともと13代続く神主の家系で、戦後の大変な時期になかなかそれだけでは食べていけないと、父の代から窯元としての生業も始めました。僕は神職でありながら蔵珍窯の代表でもある、という立場です。

なぜ焼き物だったのかというと、もともと父が絵を描くのが好きだったのと、蔵珍窯を構える岐阜県多治見市は美濃焼の産地なので、陶磁器への絵付けが商いとしてなじみが深かったことが主な理由です。だから当初はうつわを作る工程のなかでも、絵付けを専門にしていました。ただ、それだけでは取引先から依頼を受けた通りに絵を描くだけなので、自分たちのクリエイティブが発揮しにくい。そこから、少しずつうつわの形を作るところから手がけるようになって、今に至ります。

そんな経緯があったのでうちには絵付け専門の職人もいて、自分たちのことは「絵付けの窯元」と紹介しています。2023年6月には蔵珍窯の絵付けの技術が、多治見市から無形文化財の指定を受けました。

なかでも長くやっているのは弁柄(べんがら。顔料の一つ)での絵付け。絵付け業を始めたときから、うちは赤の絵の具にとてもこだわってます。

赤は、擦れば擦るほどいい色になる。赤い絵の具って実は発色が難しくて、ムラなくきれいに発色させて絵に味を出すには、顔料を擦って粒子のきめを細かくする必要があるんですね。10日かけて擦るところもあれば、100日かけて色を作る人もいるんですけど、うちでは3年ほどかけて弁柄を擦り、良い状態にして、うちにしか出せないような色の表現を試みています。

蔵珍窯さんが製造を手掛ける、中川政七商店の好日茶碗「赤絵花蝶」。赤で柄が描かれる

今回取材に来ていただいたここは自宅ではなく、工房と喫茶を隣接させた場。建物は富山や新潟など、全国から日本家屋を移築しました。“作れば売れる”高度経済成長期の時代に、他の窯元さんは作る量を増やすために設備投資の方へ向かうところが多かったんですけど、うちは手描きの絵付けの技法を変えるつもりはなかったので、職人が仕事をする環境を豊かにすることが良いものづくりにつながると考えたんです。

写真提供:蔵珍窯
写真提供:蔵珍窯

一般の方にも来ていただけるように、当社のオリジナル品を購入いただけるギャラリーのような場所もあるし、3年ほど前には喫茶もオープンしました。観光途中にゆっくり立ち寄り、うつわの魅力に触れていただける場になればと思っています。

蔵珍窯さんの、ハレの日の食卓

小泉さん:

僕は普段、主に朝食作りを担当していて、今回ご紹介する「ちらし寿司」は母親や妻が作ることが多いメニュー。お正月やお祭りのようなハレの日によく登場します。

うちは本家なので、とにかく人が集まるんです。父親の兄弟だけじゃなくて、ばあちゃんの兄弟も近くに住んでたりするから、本当にすごい人数が来る。多いときだと親戚だけで40人くらいになったりするんですよ。しかもお伝えした通り神主でもあるので、ハレの日はそっちの仕事でも忙しい。だから、ちらし寿司や巻き寿司、いなり寿司、赤飯のような、日持ちするようなごはんものをたくさん作って机にドンと置いておき、自由に食べてもらってます(笑)。

僕の父親が子どもの頃は、松茸ご飯の押し寿司もよく作ってたみたいですね。神主の家だから、その年の初物をお供えとして頂くことも多くて、それを使っていたと聞きました。今でもにんじんやしいたけなどをお供えとしてたくさん頂戴するので、今回のちらし寿司にも使ってます。

蔵珍窯さんの「ちらし寿司」

材料(作りやすい量 ※3~4人分程度):

・米…2合
・卵…1個
・干ししいたけ…3枚
・れんこん…50g
・にんじん…小1/2本
・さやえんどう…15~20本
・エビ…適量
・イクラ…適量
・しいたけの戻し汁…200ml

Aみりん…大さじ2
A醤油…小さじ4
A酒…大さじ1
A砂糖…大さじ1/2

B酢…大さじ3
B砂糖…大さじ2~2.5(好みで調整)
B塩…小さじ1

下準備:

・お米は少しかために炊いておく
・卵はほぐしてフライパンで薄く焼き、細く切って錦糸卵にする
・しいたけは水300mlに浸けて戻しておく(戻し汁200mlはとっておく)
・れんこんは皮をむいて食べやすいサイズに切り、酢水に浸ける
・にんじんは皮をむいて細切りにする
・さやえんどうは下茹でし、半分に切る
・エビは殻をむき、茹でておく(あらかじめボイルしたものでもOK)

作り方:

1. しいたけの水を絞り、軸をとって食べやすいサイズに細かく切る

2. れんこんをザルにあげ、水をきる

3. Aの調味料をボウルで合わせ、しいたけの戻し汁と共に鍋に入れる

4. 3の鍋にしいたけ、れんこん、にんじんも入れ、落し蓋をして中火で15分ほど煮る

5. Bをボウルに入れ、合わせ酢を作る

6. 寿司おけにご飯と5の合わせ酢を入れ、しゃもじで切るように混ぜたら冷ます

7. 4の煮汁をきり、具材を6に混ぜる

8. うつわによそい、錦糸卵とさやえんどう、エビ、イクラを散らして完成

使った商品はこちら:

赤絵のお重 梅 大
菓子木型の福よせ箸置き 亀白
拭き漆のお箸 八角 朱 細め

※その他は取材先私物

文:谷尻純子
写真:奥山晴日

【はたらくをはなそう】カンパニーデザイン事業部 安田翔

安田翔
カンパニーデザイン事業部 教育グループ グループ長
アナザー・ジャパン プロジェクトマネージャー


北海道出身。東京大学卒業後、2015年に大手人材企業に新卒入社。人事・採用を中心に担い、研修やインターンシップの設計を手掛ける。2021年に中川政七商店に転職し、教育事業とまちづくり事業を担当。「経営とブランディング講座」など教育講座のアップデート、「アナザー・ジャパン」の立ち上げとプロジェクトマネジメント、「N.PARK PROJECT」のコンテンツ設計などを行う。


「仕事を、文明と文化の二つに分けるなら、文化に貢献する仕事をしたい」

新卒で入社した会社の仕事や、東京での生活。不満はないけど、何かしっくりこない感覚が続いていたときに、上述した想いの言語化ができ、生活環境と仕事を大きく変えようと決意しました。

文明=世の中を広く遍く便利にする
文化=その地の固有性を尊重し深く磨く

文化が感じられる土地で、文化を扱う仕事をしたい。そんな風に思っていたところ、ご縁で当社の会長・中川政七と知り合う機会を得たのです。

実は、中川政七商店のことは大学生の頃から知っていました。というのも自分は、大学の卒論で柳宗悦の研究をしており、民藝や工芸について調べているなかで中川政七商店にも足を運んでいたからです(苦学生なので何も買えませんでしたが笑)。

中川と話をするまでは「中川政七商店はものづくりの会社。興味はあるけど自分の職能とは合わないだろう」と思っていたのですが、中川から「今後は教育事業を発展させていきたい」という構想を聞き、その分野なら自分も貢献できるかもしれないと門を叩き、今に至ります。

教育事業のミッションは、2015年に立ち上がった「経営とブランディング講座」を軸に、中川政七商店が培ってきた経営ノウハウを全国の工芸メーカーと共有して、工芸業界全体の経営力を底上げすること。私の入社後は、講座の内容をより掘り下げられるよう「ビジョン編」「事業計画編」などの各論講座を充実させたり、受講内容を経営の実践に落とし込むためのシステム導入支援を行なったりしています。

また、教育事業を軸足に、さらに二つのプロジェクトにも取り組んでいます。

一つは、奈良のまちづくり事業「N.PARK PROJECT」。創業の地である奈良に魅力的な会社、起業家を増やすことがこの事業のミッションであり、その軸になるのが教育コンテンツです。今まで工芸メーカー中心に届けてきた講座を、奈良の事業者さんにも届けることを私が担っています。

もう一つが、学生が経営する地域産品セレクトショップ「アナザー・ジャパン」。こちらは三菱地所さんと共同で立ち上げたプロジェクトで、三菱地所さんが東京駅前で再開発を進める「TOKYO TORCH」敷地内にて、地方出身・首都圏在住の学生が地元産品を自分で仕入れて自分で販売します。店舗経営を通じて学生の郷土愛とフロンティアスピリット(≒経営者マインド)を醸成して、将来地元に戻って活躍するための原体験を生み出すことを目指した事業です。

こんな風に当社では、「日本の工芸を元気にする!」ために、時間のかかる将来世代への投資にも腰を据えて取り組んでいます。

仕事のやりがいは、志ある方々とたくさんご一緒できること。こだわりたいこと、背負うこと、次世代に遺したいことのある経営者の存在が、工芸や文化の未来を創っています。そんな経営者の方々に貢献する、またはそうなっていくポテンシャルがある方々の成長の一助になる教育事業でありたいです。

そのために、「自分自身が優れた学び手であること」を仕事の信条としています。まずは自分が先人やフロントランナーからたくさん学んで、それを構成・編集して他の学び手とシェアする。そんなサイクルの回ることが、自分が教育事業を“良く”運営できている状態かなと思います。これからも、学びの循環を広く深くできるよう、媒介者として成長していきたいです。

最後に、仕事の話からはずれますが、奈良での生活について。

北海道出身の自分が、縁もゆかりもない奈良に住む人生になるとは思ってもいませんでしたが、住まう時間が積み重なるほど愛着が深くなっています。都市と自然のバランスがよく、文化的教養を深められる場所や活動が多く、それを担う尊敬できる方々との出会いにも恵まれ、非常に充実している毎日です。転職をきっかけに移り住んだ土地ではありますが、いつかもし中川政七商店を離れる日がきても、奈良には住み続けるような気がしています(笑)。


<愛用している商品>

食洗機で洗える漆椀

家に食洗機はないのですが(笑)、洗練されたデザインと使い勝手の良さのバランスが良くてお気に入りです。日常使いはもちろん、ゲスト用に黒・赤を4枚ずつ買い揃えて、鍋を囲んだりするのに重宝しています。家に人を招くのが楽しみになりました。

耐熱硝子の多用急須 根竹

奈良に移住してお茶をよく飲むようになりました。茶葉が漉されるのを眺めて飲むのってなんか癒されますね。「これぞ職人技」という道具の美しさを愛でつつ、一息つける時間を大切にさせてもらっています。

TOUN

奈良開催の「経営とブランディング講座」から生まれたブランド。奈良の革靴メーカーと奈良のデザインファームがタッグを組んで作るスニーカーです。デザインやストーリーが好きなのは前提として、「顔の見える人がつくった靴を履ける」というのが自分にとって革命でした。



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