旅をするなら、よい旅にしたい。じゃあ、よい旅をするコツってなんだろう。その答えのひとつが、地元の人に案内してもらうこと。観光のために用意された場所ではなくて、その土地の中で愛されている場所を訪れること。
そんな旅がしてみたくて、全国各地から地元愛をもって発信されているローカルマガジンたちを探すことにしました。
今回は、ローカルマガジンの粋を超えたローカルマガジン、「◯◯と鎌倉」です。
以前鎌倉特集 で紹介した「◯◯と鎌倉」。“○○”部分に入る地域名が毎回変わるイベント連動型の企画で、ローカルマガジンはプロジェクトを広く発信していくための役割を担います。
その創刊号が「五島と鎌倉」。
誌面では、距離も遠く一見共通点も無さそうな、長崎の五島列島と神奈川の鎌倉コンテンツが展開され、“地域と地域をつなぐ、インター・ローカルマガジン”と銘打たれています。
なぜ五島と鎌倉なのか?なぜ2つの地域をまたいでいるのか?「◯◯と鎌倉」プロジェクトとは何なのか?発行人の方にお話を伺いに、鎌倉を訪ねました。
「◯◯と鎌倉」の編集長原田優輝さん、コーディネーターの狩野真実さん
ローカルマガジン「五島と鎌倉」
2つのエリア名の付いたちょっと変わったローカルマガジン「五島と鎌倉」。
その内容は、両エリアを接続するもの。表紙の写真は“鎌倉”の作り手たちが商品開発した、“五島”の特産品・椿を使ったお箸。
誌面では、その商品の開発背景について、鎌倉の食堂と五島のカフェのスタッフ対談、地域密着型ミュージシャン対決、鎌倉生まれのスパイスでアレンジする五島うどんレシピ、データで比較する五島と鎌倉など、2つのエリアをまたいだユニークな構成です。
鎌倉の作り手たちが商品開発した、五島の特産品・椿を使ったお箸
地域との「面」での関わり
高校生の頃から長崎が好きで、年に数回は旅行をしていたという狩野さん。数年前から旅行代理店と組んで五島のツアー企画をしたり、PRの手伝いをするようになり、その縁が今回の「五島と鎌倉」につながりました。
狩野さん:「都内で五島フェアをやりたいので手伝って欲しいという話をもらいました。でもその頃はすでに鎌倉へ引っ越してしばらく経ったタイミングで、気持ちがもう東京じゃなかった。
東京で開催される各地の物産展みたいなものは個人的にお腹いっぱいだったし、一方的な発信に終わらないことがしたいと思ったんです」
鎌倉で生活をする中で、東京では感じられなかった地域との関わりの深さや鎌倉のコミュニティの濃さを感じていたおふたりは、「鎌倉だったらもっと面白いことができるんじゃないか」と考え、地域全体と五島をつなぐような企画を鎌倉で行うことを提案。
東京の「五島フェア」と同時開催でイベントを行うことが決まり、ローカルマガジン「五島と鎌倉」はそのイベントの告知も兼ねた媒体として作られることになったそうです。
もともと、原田さんには地域と地域をもっとフラットにつなぐようなことができないかという構想がありました。
原田さん:「東京からどこかの地域と関わろうとすると、どうしても一方通行的なつながりになりがちだと思うんです。
例えば、僕がしている編集の仕事にしても、メディアや編集者が各地のいろいろな場所を取材して、それが記事になった時点で、その地域との関係性が終わってしまうことが多い。
そうした一時的な「点」のつながりではなく、もっと継続的な「面」としての関係性をつくることができないか。
東京にいた頃は、漠然とそんなことを考えていただけでしたが、こちらに来て鎌倉のコミュニティの横のつながりや、さまざまな文化を日常にフラットに取り入れていく気風が見えてきて、鎌倉だったら五島と面と面でつながれるのではないかと思ったんです」
ローカルの消費
原田さんの構想の根底には、編集者としての「ローカル」の取り上げ方や関わり方への問題意識があったそうです。
震災後、自分が住み、働いていた東京以外にあまり目を向けてなかったということを感じ、違う地域に目を向けるようになった原田さん。
ご自身で運営されているインタビューサイト「カンバセーションズ」で地方へ行き、現地の人たち同士が対話をする公開取材イベントなどを通して、地域との関わり方を模索するようになったのだそうです。
原田さん:「震災後は特に『ローカル』をテーマにしたメディアやイベントが増えたと思うのですが、そのほとんどが東京からの一方的な目線で作られていることに違和感がありました。
メディアが紹介する各地の素敵な人や場所、ものなどが、情報として消費されているような感じというか。ローカルに目を向けること自体はまったく否定しないんですが、そこから生まれてくるものや、発信のされ方にはちょっと疑問がありました。
「五島と鎌倉」プロジェクト
個人としての関わりでなく、「鎌倉」という地域ごと、他の地域とつながれないか。おふたりが「想像以上にそうなった」と話されるほど、このプロジェクトは五島と鎌倉を多面的につなぐ取り組みとなりました。
<PRメディア:五島と鎌倉> “地域間交流”というテーマを掲げた新しい切り口のローカルマガジン。先にご紹介した通り、2つの地域を接続したコンテンツで構成されています。
全国から「読みたい」「自分の店で配布したい」というリクエストも多く、鎌倉・五島以外の地域も含め、全国約100箇所で配布されました。
<イベント「鎌倉で五島を楽しむ2日間」> 鎌倉各所で、五島とのコラボレーションイベントが実施された2日間。普段五島以外で手に入れることが難しい椿関連の商品の販売や、島の写真の展示、椿油をつかったワークショップ、交流型トークイベントが行われました。
また、鎌倉の飲食店各所では五島の食材を使った定食、五島椿酵母のパン、五島うどんなどを提供。鎌倉のあちこちで五島を感じることのできる2日間となりました。
五島関連商品のポップアップショップ
五島の食材を使った定食を鎌倉の食堂で提供
五島椿から採れる酵母を使ったパンを販売
トークイベントでは、五島の食材を使ったケータリングを楽しんだ
<五島の名産・椿を使ったものづくり> 五島の椿を使った新商品開発。鎌倉在住のものづくりユニット、寄木作家、染織家らのつくり手たちによって、椿を素材に使った印鑑やお箸、椿の灰を染色に用いたお箸ケースなどが作られました。
エコ志向が強く、マイ箸を持ち歩く人も少なくない鎌倉ならではのライフスタイルが取り入れられているところが面白いです。
椿を使ったお箸とケース
「五島と鎌倉」プロジェクトでは、ローカルマガジンのコンテンツがきっかけでイベントに派生したものもあれば、その逆もあり、「イベントとメディアが連動しながらプロジェクトが発展していった」のだそうです。
鎌倉から五島へ
ローカルマガジンの制作や鎌倉でのイベント実施で、鎌倉の人たちが五島に触れる中で、当初は企画していなかった新たな取組みも生まれました。次は、鎌倉が五島へ。
ローカルマガジンのコンテンツとして収録されていた「鎌倉のスパイスで作る、五島うどんレシピ」。これがきっかけとなり、鎌倉のスパイス店が五島でイベントをすることに。
五島の漁師さん、製麺所さん、八百屋さんと一緒に、料理教室や飲食店での限定メニュー提供を行い、五島でも多くの人が集まったそうです。
また、この五島でのイベントを知った鎌倉の人たちから「鎌倉でもやってほしい」という声が上がり、今度は五島から食材を仕入れてスパイス料理のイベントを開催。
相互の交流が続く中、五島の食材に合うオリジナルのスパイスミックスまでできました。これらはすべておふたりが企画をしたものではなく、「五島と鎌倉」に関わってくれた鎌倉の人たちが自主的に始められたというから面白いです。
五島の漁師さんが釣ってきてくれたヒラマサで作った、フィッシュカレーがきっかけとなり誕生したスパイスミックス
鎌倉の老舗スパイス店が五島でスパイスイベントを開催。100名以上が参加したそう
今は、五島のトマトを使った新しい加工品の開発が鎌倉で進んでいるのだとか。
狩野さん:「五島で穫れる美味しいトマトがあるんですけど、形が悪かったりしてうまく売り切れず廃棄されてしまうものがたくさんあるという課題がありました。
そこで、本来であれば廃棄されてしまうトマトを使った加工品を鎌倉のスパイス店と一緒に企画中です」
こちらにあって向こうにないもの
原田さん:「活動を続けているうちに、地域間交流というものが、地域の課題を解決する方法にもなるかもしれないと感じるようになりました。
地域と地域がつながることで、こちらにはあって向こうにないもの、またその逆も見えてきます。そういうものをうまく交換していくことにも、このプロジェクトの役割があるんじゃないかと思っています」
狩野さん:「最初は島をどうPRするか、島のものをどう外に出すかということをベースに考えていたんですけど、交流をすることによって、島の側にもそれまでなかったものが入っていくということが分かりました。
一方的に島のものを外に出すだけではなく、島にも新しい視点が入っていくといいなと思います」
鎌倉の作り手たちによる商品開発のデザインミーティング
原田さん:「交流する地域に対して、鎌倉からも何かを渡したいという思いは当初からありました。
自分が住んでいる街では当たり前にある考え方や文化、ライフスタイルが、相手の地域にとっては新鮮に感じられることもあるだろうし、何かそこから新しいものが生まれる可能性もあるんじゃないかなと思っています」
企業や地域の課題を解決する時に、一時的に外の人が入ってノウハウを教えるというやり方も往々にしてありますが、こういった地域と地域が深く関わり合いながら出てくる解決策は、その地域にとって本当に必要な地に足の付いたものになるのだろうなと思います。
「鎌倉で五島を楽しむ2日間」で行われた五島との中継トークイベント
この地域を巻き込んだ大きな取り組み、企画から実施まではなんと約3ヶ月 (!) 短スパンで実施できたのは、鎌倉ならではの人のつながりにもよるのではないかと話されます。
狩野さん:「実は、私たちもまだ鎌倉の人たちをあまり知らない中でスタートした『五島と鎌倉』でしたが、つながった人たちがどんどん周りを紹介してくれて輪が広がっていきました。
『はじめまして』から相談をした人たちの多くが、なぜ五島なのかという疑問も持つことなく、フラットに『面白そう!』と興味を持って自発的に関わってくれたからこそ実現できたんだと思います。
何かをお願いする・されるという関係ではなく、それぞれが『◯◯と鎌倉』のメンバーのひとりとして参加してくれているような感覚です」
次の「◯◯と鎌倉」
「地域間交流」という新しい取り組みには、他の地域からの問い合わせも多く、すでに次のプロジェクトが進行しているそうです。
次は、鹿児島の阿久根市と「阿久根と鎌倉」。鎌倉で、移動式の鮮魚店をやるのだそう。
原田さん:「阿久根市から鎌倉でこんなことをやりたいと言われたのが魚屋さんのアイデア。阿久根は魚が豊富に穫れるんですが、魚に関わる地元の人が減っていて、鮮魚店もひとつしかないし、後継者もいないのだそうです。
そんな切実な課題があって、将来魚に関わる仕事をしたいという人を増やさなくてはいけないんです。普通であれば阿久根で何かをやるということになると思うんですけど、今回の取り組みでは、鎌倉に鮮魚店を開き、阿久根市の地域おこし協力隊として雇われた人がこちらに住み、そのお店で働くという試みなんです。
鎌倉という街の文化やライフスタイル、そして地域間交流に魅力を感じてくれた阿久根の人たちが提案してくれたこのアイデアは、自分たちだけでは絶対に出なかったもの。すごく面白いと思うしやる意味もあるなと思います」
狩野さん:「鎌倉は、地場産の野菜や魚が買えるお店や市場があって、農家さんや漁師さんとの距離感が近く感じられる。
そういう環境があるから、鎌倉の人たちは食材に対する意識や関心が高いし、移動販売というスタイルも鎌倉では馴染みがあるものなんです。
また、鎌倉に住む高齢者の方たちの間では、宅配の魚屋さんがなくなって困っているという声もあるそうですし、阿久根だけじゃなく鎌倉の課題も解決できるかもしれない。
阿久根に限らず、全国的に魚の消費量も減っている中、日本の漁業全体を取り巻く課題に対してひとつの方法を提示できればいいなというのが、このプロジェクトに関わるみんなの共通の想いです」
五島フェアの相談から始まった「◯◯と鎌倉」は、地域の問題を解決する大きなプロジェクトとなっていました。
原田さん:「今は『◯◯と鎌倉』だけど、本当は『○○と〇〇』でもいいんです。鎌倉に限らず、地域と地域がつながること自体に、可能性があると思っています。
例えば、『五島と鎌倉』、『阿久根と鎌倉』をやったことがきっかけで、『五島と阿久根』がつながっても面白いですよね。地域間交流というものが自然な形で日本各地で起こり、色んな地域同士がつながっていくといいなと思います」
おふたりを最初の媒体にして、地域のつながりへ広がったプロジェクトはこれからも更に広がり、各地域へ良い変化をもたらしていくのだろうと思います。これからの活動も楽しみでなりません。
文:西木戸 弓佳 写真提供:「◯◯と鎌倉」プロジェクト
*2017年5月31日の記事を再編集して掲載しました。