青森に来たら、必ず立ち寄りたい場所があります。
奈良美智さんの「あおもり犬」でもおなじみの青森県立美術館です。
隣接する「三内丸山 (さんないまるやま) 縄文遺跡」の発掘現場に着想を得て設計されたという真っ白な建物。
「青森県の芸術風土を世界に向けて発信する」場として、2006年7月に開館しました。
実は奈良美智さんだけでなく、あの世界に誇る版画家や、日本を代表する詩人、あの人気特撮ヒーローを手がけたデザイナーも青森県出身。
彼らに共通する「青森の芸術風土」とは、一体どんなものなのでしょう。
青森県立美術館の池田亨さんに、館内を案内いただきながら、青森が生んだ「美」の数々とその楽しみ方について教えてもらいました。
デザインに落とし込まれた青森らしさ
青森県立美術館は、「地域と風土に密着した芸術を重視するとともに、豊かな感性を養い、未来の創造に資することのできるような美術資料の収集を行う」という理念のもと、作品をコレクションしています。
「青森のものづくりには、デザイン性と郷土性の両方が感じられます。
美術館としても、青森らしさと同時に、建築やヴィジュアル・アイデンティティ (VI) などデザイン面も重視しています」
ということで、まずは空間の中の「らしさ」に注目してみましょう。
真っ白な建物の設計は建築家の青木淳さん。シンボルマーク、ロゴタイプなど総合的なビジュアルイメージを設計するヴィジュアル・アイデンティティ (VI) は、アートディレクター・グラフィックデザイナーの菊地敦己さんが手がけています。
「VIを作る際、『青森らしさ』を象徴する基本色を3つに決めました。
隣に三内丸山縄文遺跡があることや土の展示室があることから、『茶』。
青森の『青』。そして、雪のイメージの『白』です」
美術館では、基本的にその3色が使われているといいます。
スタッフさんの制服は「ミナ ペルホネン」。基本色である茶色と青をベースに、ちょうちょやタンバリンが刺繍されています。
白い建物の入口には、何やら木のような形の青いネオン管が壁面に‥‥。
これは青森を連想させる文字「木」と「A」をモチーフに、「青い木が集まって森になる」様を表現したというシンボルマークなのだそう。まさに青い森、青森なのです。
さらに、美術館のバックヤードも特別に見せてもらうと、とても素敵な空間でした。
キーワードは「総合芸術」
こうしたデザインにも力を入れるのは、美術館が「総合芸術パーク」という構想のもとに作られたから。
いわゆる美術やアートだけでなく、音楽や演劇、デザイン、こぎん刺しなど地域の工芸も含めて幅広く「総合芸術」として扱っています。
美術館の中心部の大きなホールには、そのことを象徴するかのように、マルク・シャガールが手がけた舞台美術、バレエ「アレコ」のための背景画が展示されていました。
「そもそも、美術やアートと工芸や民藝との間にあまり垣根がなく、シームレスに繋がっているような感覚があります。
たとえば、青森には『ねぷた』がありますが、ねぷたの技法を現代アーティストが使っていたり、逆にねぷたの作り手が他の技術からインスピレーションを得たりと、そこに垣根はあまりないんです。
芸術的なものと土着的・民族的なものとの間に色々なものが生まれているような感じですね」
「北国らしいデザインとは?」を考えるコレクション展
池田さんの言葉のように、こちらは現代アート、そちらは工芸、と分断せずつながりで見ていくと、青森の「美」は面白いようです。
それがよくわかるのが、年に数回テーマを変えて所蔵品を展示するコレクション展。
現在開催中の「デザインあれこれ」展 (7月7日まで) では、デザインという切り口で、青森にゆかりある郷土作家の作品を中心に様々なものを展示しています。
これはフィンランドの建築家・デザイナーのアルヴァ・アアルト展 (6月23日まで) との同時開催。「北国らしいデザインとは?」という視点で一緒に企画したそうです。
タイトルの下に連ねられた作家たちの中でも、やはり青森の美術を語るうえで欠かせないのが棟方志功です。
展示室の一角には、棟方が手がけた各地の和菓子屋や焼き物窯などのパッケージデザインがずらりと並んでいました。
棟方は、出世作ともなった「大和し美 (うるわ) し」が民藝運動を担う濱田庄司や柳宗悦らに注目されたことをきっかけに、民藝の作家らとの交流を深め、多大な影響を受けたといいます。
「青森では棟方をはじめ、版画がもともとすごく盛んなんです。そういう棟方の作品の奥にある土着性も、民藝運動の人たちの心に訴えかけるものがあったのかもしれません」
同じ青森出身でも、民藝を感じさせる棟方志功の展示があったと思えば、初期ウルトラシリーズのデザインを担当した成田亨のデザイン原画や彫刻、寺山修司主宰の劇団「天井棧敷」のポスターなども並び、やはり収集されているコレクションの幅広さを感じます。
こうした展示が可能なのも、青森県立美術館が「総合芸術パーク」を掲げているからなのでしょう。
北欧と青森を結ぶ、北国ならではの「やさしさ」
そんなコレクション展の中でも、工芸好き、プロダクト好きの心をグッとつかむのが「BUNACO (ブナコ) 」の展示でした。
BUNACOとは、ブナの木をテープ状にしたものを巻き重ねて作った青森の木工品。日本一の蓄積量を誇る青森のブナの木を有効利用するために考え出されたものです。ティッシュボックスやスピーカー、食器などがあります。
収蔵品ではないものの、アアルト展に合わせ、青森ならではの工芸デザインとして展示しているのだそうです。
「アアルトの椅子も薄く削いだ材料を重ねて成形合板のようにして作られていたりと、製法にも似たところがありますし、フィンランドと青森という、同じ北国ならではの『やさしさ』みたいなものがあると思うんです。
人間の暮らしを取り巻く光や、音を大事にする感覚。人に寄り添うような工芸デザインの在り方。どちらも北国らしい共通点です。
アアルトがフィンランドを代表するデザインなのだとしたら、青森にはBUNACOがある、と紹介したいんですよね」
デザインは生活の中から生まれる
青森県立美術館では過去に、青森らしい工芸デザインとしてこぎん刺しや、民藝的な視点で蓑などの民具を展示したこともあるとのこと。
それらに共通する「青森らしさ」とは、どんなところにあるのでしょう?
「一つは、やっぱり、生活の中から生まれたデザインというところ。防寒から始まったこぎん刺しに代表されるように、その土地の人々の暮らしから生まれたものが、一番多いんじゃないでしょうか。
それと、長く寒い冬を過ごす北国ならではの、根気のいる手わざみたいなものは、共通点としてあるんじゃないのかなと思います。何度も版を重ねてつくる版画も、まさにそうですよね」
冬の厳しさが生む青森の「美」。
表現の形は様々あれど、そこには、どこか人に寄り添う「やさしさ」や「ぬくもり」を感じられそうです。
そんな「青森」を見つけに、青森県立美術館に足を運んでみてはいかがでしょうか。
<取材協力>
青森県立美術館
青森県青森市安田字近野185
http://www.aomori-museum.jp
文:岩本恵美
写真:船橋陽馬