5月 ミニマムな世界を楽しむ「千島撫子」、園芸の醍醐味を伝える「アッツ桜」

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
日本の歳時記には植物が欠かせません。新年の門松、春のお花見、梅雨のアジサイ、秋の紅葉狩り。見るだけでなく、もっとそばで、自分で気に入った植物を上手に育てられたら。そんな思いから、世界を舞台に活躍する目利きのプラントハンター、西畠清順さんを訪ねました。インタビューは、清順さん監修の植物ブランド「花園樹斎」の、月替わりの「季節鉢」をはなしのタネに。植物と暮らすための具体的なアドバイスから、古今東西の植物のはなし、プラントハンターとしての日々の舞台裏まで、清順さんならではの植物トークを月替わりでお届けします。

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5月の季節鉢は2種類。千島撫子(ちしまなでしこ)とアッツ桜です。清順さんが代表を務める「そら植物園」のインフォメーションセンターがある、代々木VILLAGEにてお話を伺いました。

◇大きな花束でなく、ミニマムな世界を楽しむ「千鳥撫子」

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5月の花といえば母の日に贈るカーネーションですが、撫子(なでしこ)もカーネーションも同じナデシコ科です。撫子は江戸時代に一大ブームになった植物。いろんな園芸品種があります。中でも千島撫子はシベリア原産。同じ千島とつく千島桜は、通常の桜が5〜10メートルくらいに育って花をつけるのに対して、2〜3メートル育ったところでもう開花します。寒いところで育つ植物は、大きくなっても得をしないので小さく育つんですね。そういう矮性(わいせい)が千島撫子の何よりの特徴です。限られた空間にたくさんの花をつけて、大味じゃなくぎゅっと凝縮された花の美しさを楽しめます。日本人はそういう、ミニマムな世界をよしとする美意識を持ってきたんですね。大きな花束じゃなくても小さな空間の中でたくさんの花を楽しむ、こうした花を母の日に贈ったりしてもいいだろうな、と5月の季節鉢のひとつに選びました。

◇園芸の醍醐味を伝える「アッツ桜」

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この花は南アフリカ原産で、桜とつくけれど桜ではないんです。園芸の世界では全く関係のない植物に有名な花木の名をつけることがちょこちょこあります。梅とつくけれど梅じゃない蝋梅(ろうばい)や、サクラ草なんかもそうですね。さっきの千島撫子と一緒で、これだけ小さい中に花芽がたくさんついて葉っぱの数も多いものが、園芸植物としては鑑賞価値が高いんです。葉は高山植物によく見られるうぶ毛で覆われていますが、実際アッツ桜は南アフリカのドラケンスバーグ山脈に自生しています。こういう、高い山に登らないと見れないような花を手元で楽しめる、というのが園芸の何よりの魅力です。遠くまで行けないお年寄りの方やまだ小さい子どもたちにも、遠い国の高山植物を届けて愛でてもらう。それも親しみやすい名前をつけてね。アッツ桜はそんな園芸の醍醐味を伝える植物だと思います。

それじゃあ、また来月に。

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5/3(水・祝)代々木VILLAGEにて、5月の季節鉢「千島撫子」と「アッツ桜」が「GOOD SUNDAY MARKET」に登場します!

「なるべくカラダに良いものを、無理なく、楽しく」
都会に暮らしながらも自然を大切にしたライフスタイルを願う人達にむけたイベント「GOOD SUNDAY MARKET 5/3(水・祝)@代々木VILLAGE」に、花園樹斎が出張出店。5月の季節鉢「千島撫子」や「アッツ桜」、4月にご紹介した「オリーブ」も登場します。会場のお庭には、清順さんプロデュースの見ているだけでワクワクするような珍しい植物もたくさん。ゴールデンウィーク、ぜひ足を運んで直接植物に触れてみてくださいね。
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<掲載商品>

花園樹斎
植木鉢・鉢皿

・植物(鉢とのセット。店頭販売限定)
千島撫子

アッツ桜

季節鉢は以下のお店でお手に取っていただけます。
中川政七商店全店
(阪神梅田本店・ジェイアール名古屋タカシマヤ店は除く)
遊 中川 本店
遊 中川 神戸大丸店
遊 中川 横浜タカシマヤ店
*商品の在庫は各店舗へお問い合わせください

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西畠 清順
プラントハンター/そら植物園 代表
花園樹斎 植物監修
http://from-sora.com/

幕末より150年続く花と植木の卸問屋「花宇」の五代目。
日本全国、世界数十カ国を旅し、収集している植物は数千種類。

2012 年、ひとの心に植物を植える活動「そら植物園」をスタートさせ、国内外含め、多数の企業、団体、行政機関、プロの植物業者等からの依頼に答え、さまざまなプロジェクトを各地で展開、反響を呼んでいる。
著書に「教えてくれたのは、植物でした 人生を花やかにするヒント」(徳間書店)、 「そらみみ植物園」(東京書籍)、「はつみみ植物園」(東京書籍)など。


花園樹斎
http://kaenjusai.jp/

「“お持ち帰り”したい、日本の園芸」がコンセプトの植物ブランド。目利きのプラントハンター西畠清順が見出す極上の植物と創業三百年の老舗 中川政七商店のプロデュースする工芸が出会い、日本の園芸文化の楽しさの再構築を目指す。日本の四季や日本を感じさせる植物。植物を丁寧に育てるための道具、美しく飾るための道具。持ち帰りや贈り物に適したパッケージ。忘れられていた日本の園芸文化を新しいかたちで発信する。


聞き手:尾島可奈子

四国唯一の菓子木型職人を訪ねて、高松へ。

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
ここのところ和食と並んでその美味しさ、美しさが見直されてきている和菓子。あわせてお干菓子や練り切りの型抜きに使う菓子木型も、その造形の美しさから人気を集めています。今、菓子木型を作る職人さんは全国でも数人。聞けばそのうちの一人、四国・九州では唯一の職人さんが香川県高松市にいるとのこと。しかも、その娘さんが木型を使った和三盆づくりの教室を開いているそうです。これは行かないわけにいきません。美しい菓子木型作りの現場を訪ねる前編と、実際に菓子木型を使って和三盆作りを体験する後編と、2回に分けてお届けします。

讃岐三白の地で花開いた和菓子文化

香川県民の足・琴平電鉄(通称ことでん)を花園駅で下車。高松市内随一の繁華街、瓦町からもほど近いこの花園町に、四国・九州で唯一、菓子木型を作り続ける市原吉博さんの工房があります。

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一見普通のお家のような玄関を入ると、窓辺の机に並んだたくさんの菓子木型と彫の道具。奥には電動糸のこの機械。静かに彫刻刀を動かしながら、「どうぞ」と市原さんが迎えてくれました。

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お邪魔した日に制作されていたのは、個人の方から依頼のあった別注の菓子木型。最近は和菓子やさんに限らず、こうした一般の方から制作の依頼が増えているそうです。華やかなこの木型は、横浜にお住まいの方が古本屋で和菓子の古本を見つけ、そこから起こした図案とのこと。

右の絵が古本から起こした実際の図案。こちらを元に彫られたのが左の菓子木型。
右の絵が古本から起こした実際の図案。こちらを元に彫られたのが左の菓子木型。

「その和菓子を何に使ってどう見せたいのか、向こうから意見を聞いたらこちらが完成まで組み上げる。普通の練り切りは40グラムぐらいなんやけど、この木型の場合は150~200グラムで作りたいという依頼。木がこうだからバランスはこれくらいやな、厚みはこれくらいやな、と見当をつけて、作ってみたらこれは175グラムでどんぴしゃりやった」

実際に和菓子を作る際には、意匠の彫られた木型に、同じサイズにくりぬかれた上板(右手)を合わせて中身を詰め、厚みを持たせる。
実際に和菓子を作る際には、意匠の彫られた木型に、同じサイズにくりぬかれた上板(右手)を合わせて中身を詰め、厚みを持たせる。

和菓子の姿かたちに直径などの決まりはなく、大きさよりも重さを念頭に型を起こすのだそうです。平面的な図案から、いかに立体の姿を想像して依頼者のイメージを叶えるかに、菓子木型職人の腕が問われます。

常時50種類はあるという彫刻刀。持ち手は全て自分で削ってカスタマイズしているそう。
常時50種類はあるという彫刻刀。持ち手は全て自分で削ってカスタマイズしているそう。

四季折々の草花やおめでたいモチーフなど、色かたちの美しい和菓子が多様に作られるようになったのは、実は江戸時代になってから。菓子木型の登場もこの頃です。それまで中国からの輸入に頼りきりだった砂糖づくりを、8代将軍徳川吉宗(よしむね)が各藩に奨励します。そこで全国に先駆けて量産を成功させたのが、松平氏の治める高松藩。今に続く高級砂糖、和三盆の誕生です。砂糖は塩・綿と並んで讃岐三白(さぬきさんぱく)と呼ばれ、産業として大きく発展し、藩の重要な財源になったそうです。

「当時の砂糖は最高級の贅沢品。砂糖をふんだんに使う和菓子は富と権力の象徴のように使われていました。お城のあるところには和菓子屋さんがいて、木型職人もいて」

後にお話を伺った市原さんの娘さん、上原あゆみさんがそう教えてくれました。砂糖の製造販売で繁栄した高松城下も、もちろん和菓子文化が花開いた土地の一つ。市原さんは高松の地で木型の卸売をする家業に携わるうち、自ら菓子木型を彫るようになっていったそうです。

工房に併設されたショールームには、様々な意匠の菓子木型が所狭しと並ぶ。
工房に併設されたショールームには、様々な意匠の菓子木型が所狭しと並ぶ。
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菓子木型の職人はいまや全国でも数人を数えるほどに減少し、四国・九州では市原さんお一人のみ。1999年には香川県の伝統工芸品に菓子木型が指定され、市原さんは県の伝統工芸士認定を受けました。2004年には厚生労働大臣から授与される卓越技能章「現代の名工」に。2006年には黄綬褒章を受章。評判を耳にした人からの依頼は、全国、ときには海外からも入ってきます。

「大切にしているのは5J。『人脈』、『情報』、『情熱』。否定せんと、明るく元気に。それを言葉に表わすために『饒舌に』。それにはユーモアも無いといかんけん、『ジョーク』も。全ておもてなしや」

そう。市原さん、お話が面白いのです。インタビューをしていると、市原さんは「はい」や「そうです」と答えるかわりに「オーイエス、ウエルカム」と答え、「いいえ」や「違う」という時には「ワイパーや」と被りをふります。

LINEで図案が届く時代の職人流儀

「ワイパーいうのは僕のオリジナルの言葉なんやけど、決して『いや』という否定語を使わんのですわ。頼まれごとも基本、全部受ける。だからどうしても否定や断りが要る時には『ワイパーや』って被りをふる。これがウケるんや」

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つられて笑っていると、

「頼まれごとは試されごとで、受けてからもがく時間。相手の顔に答えは出るんや」

ドキリとする言葉です。市原さんが彫刻刀を握る作業机は、右側に電話、左側にはパソコン。手の届く範囲に、いつでも注文を受ける体制を整えています。取材時、市原さんの携帯にはLINEで次の木型の図案にする花の写真が送られてきていました。

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「安請け合いしてから、僕の戦いが始まるんや」

ユーモアたっぷりに話してくださる中に、それだけではない空気感が時々漂います。これは一体、と気になりつつも、そろそろ和三盆体験の時間です。

「菓子木型がどんなふうに使われているか、ぜひ見て来て下さい」

体験の場に何かヒントがあるかもしれない。そう思って工房から徒歩数分の、和三盆体験教室に向かいます。

(明日の後編に続きます。)

木型工房 有限会社市原
香川県高松市花園町1-7-30
087-831-3712
https://www.kashikigata.com/
*事前に申し込めばショールームの見学が可能

文・写真:尾島可奈子

新生活に贈る 古都の筆ペン

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

たとえば1月の成人の日、5月の母の日、9月の敬老の日‥‥日本には誰かが主役になれるお祝いの日が毎月のようにあります。せっかくのお祝いに手渡すなら、きちんと気持ちの伝わるものを贈りたい。この連載では毎月ひとつの贈りものを選んで、紹介していきます。

第4回目のテーマは「新生活に贈るもの」。4月は入学、入社と新生活を始める人も多いと思います。新たなスタートを切る人への贈りものには、名刺入れや腕時計など、身近に使えるちょっといい小物を贈るのが定番です。

今回選んだのは筆ペン。自分ではなかなか買いませんが、節目の挨拶や冠婚葬祭など、大人になるほど使う機会が増えていく、ひとつ持っておくと心強い道具です。聞けば書道発祥の地、奈良で300年以上続く筆やさんが作る筆ペンがあるとのこと。万年筆のようにインクを補充して長く使えるそうなので、贈りものにもぴったりです。早速どんなものか、覗いてみましょう。

日本に筆が伝来したのは飛鳥時代。お手本としていた中国の文化とともに日本にやってきました。さらに国内でも筆が作られるようになったのは平安時代に入ってから。空海がその製法を唐から日本に持ち帰ったのが始まりと言われています。「弘法も筆のあやまり」ということわざで有名な空海ですが、なるほど日本での書道の起源に深く関わっていたのですね。その空海が筆の作り方を伝えたのが大和の国、今の奈良です。

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1716年創業の筆メーカー、あかしやさんは、もともと奈良に都があった時代に朝廷の保護を受けて大きな力を持った「南都七大寺」に仕える筆司(筆職人)でした。七つのお寺とは興福寺・東大寺・西大寺・薬師寺・元興寺・大安寺・法隆寺(唐招提寺とする場合も)。僧である空海がわざわざ筆作りを他国から学び伝えたように、お寺にとって書をしたためる道具はなくてはならない存在だったのですね。

ちなみに美しい阿修羅像が一躍ブームとなった興福寺は、日本で初めて墨を作った場所でもあります。近くには今も伝統的な製法で「奈良墨」を作り続ける、古梅園さんという墨やさんがあります。

そんな日本の書道文化発祥の地で、江戸時代の中ごろに筆問屋として看板を掲げたのが、今に続く筆メーカーとしてのあかしやさんの始まり。国の伝統的工芸品に指定された「奈良筆」を今も機械を入れず、全て人の手で作り続けています。

筆ペンも、もちろん筆職人による手作りです。持ち手となる軸も奈良筆と同じ天然の紋竹が使われています。インクがなくなればカートリッジを交換して補充できるのも嬉しいところ。本物の筆で書いているような墨の濃厚さとコシのある滑らかな書き心地を長く楽しめます。

コシのある筆先は、繊細な細い線から力強い太い線まで使い分けて表現できるのが特長。
コシのある筆先は、繊細な細い線から力強い太い線まで使い分けて表現できるのが特長。
天然の破竹を使った軸。写真は中川政七商店オジリナルの、正倉院宝物からとった鹿の焼印入りのもの。
天然の破竹を使った軸。写真は中川政七商店オジリナルの、正倉院宝物からとった鹿の焼印入りのもの。

スマートフォンやタブレットで文字が書けてしまう今でも、会社や自宅の机の上には必ずペンケースがあります。ボールペンや油性ペン、蛍光マーカーと並ぶ中に、すらりと一本、趣のある筆ペンが入っていたら。何か一筆添えるときに、さっと筆文字で言葉を贈れたら。それだけでちょっといい大人になれるような気がして、なんだか人に贈る前に、自分が欲しくなってきてしまいました。

<掲載商品>
中川政七商店
筆ペン 鹿紋

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<取材協力>
株式会社 あかしや


文:尾島可奈子

愛しの純喫茶〜高松編〜 カフェ グレコ

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
旅の途中でちょっと一息つきたい時、みなさんはどこに行きますか?私が選ぶのは、どんな地方にも必ずある老舗の喫茶店。お店の中だけ時間が止まったようなレトロな店内に、煙草がもくもく。懐かしのメニューと味のある店主が迎えてくれる純喫茶は密かな旅の楽しみです。旅の途中で訪れた、思わず愛おしくなってしまう純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。第6回目は、高松の商店街で間も無く創業40周年という老舗喫茶「カフェ グレコ」です。

香川を巡る旅に欠かせないのが県民御用達の路面電車、琴平電鉄(通称ことでん)。高松市内を走行することでんを見て驚くのが、長い長いアーケード商店街を突っ切るように走る姿です。高松はかつての城下町。「旅籠町」「磨屋町」など高松城のお膝もとで古くから町人街が栄え、それが現在の商店街に受け継がれています。

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そんなことでんに乗って瓦町駅で下車。この駅は香川県内を走ることでん3路線全てが乗り合わせる主要ターミナル駅です。駅から歩くこと数分、商店街の一角に思わず足を止めてしまう店構えの喫茶店を見つけました。お店の幅いっぱいの、古い世界地図のような看板。その下には独特な書体で「カフェ グレコ」の電飾。入り口のレトロな食品サンプルが旅行者を誘います。これは間違いなさそう。

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勇気を出して中へ入ると、一人か二人連れの男性客が目立ちます。スーツ姿に作業服。今日は平日、そろそろお昼どきです。赤いビロードの椅子に小さく体を収めて食事をとる背中が、ギリシア神殿風の柱やクラシックな照明とも妙に似合っています。聞けば世界初のカフェがイタリアの「グレコ」というお店だったとのこと。そのお店の名前をとって、内装もヨーロッパ調なのだそうです。

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さて、そろそろ注文を。メニューを開いてはじめに目に飛び込んでくるのは「モーニング」。なんと1日中やっているそうです。種類も6種類ほどあって目移りしますが、今朝は栗林公園で朝粥を食べてきたところ。ここはやはり、ランチのメニューを。メニューの一番上にあった生姜焼き定食を頼みます。

「生姜焼き、ワンです」

実はさっきから店内にはひっきりなしに生姜焼き定食のオーダーが響いていました。あちこちから掛かる注文をさばくように、店員のお姉さんは立ち止まることがありません。そのキビキビとした動きに見惚れていると、間もなく軽快なピアノ曲の間をぬって運ばれてくるいい香り。どん、とテーブルの置かれた定食は、さすが純喫茶、漆塗りのお盆などでなく銀のトレイに生姜焼きのお皿がのっています。さりげなく器の下に敷かれた紙ナプキンがはみ出しているのも、なんだか愛おしい。

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味はもちろん間違いなし。ボリュームも満点。これは働くお父さんたちがひっきりなしに入ってくるのもうなずけます。ペロリと完食したところで、食後のコーヒーを。定食とセットなら追加100円でいただけます。嬉しい。

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一息ついたところで、「すいません、満席なんです」と今入ってきたお客さんに詫びる声が聞こえてきました。

気づけばあっという間に店内は満員御礼。あまり長居してはいけません。身支度を整えながら、活気があるのに気忙しくない、なんだか港のような空気感だな、と思いました。この街に働く人、観光に来た人を受け入れてはちょっと栄養をつけてまた送り出す。

今度はモーニングの時間に、カウンター席に座ってみようかな。再訪の席に目星をつけつつ、高松の昼下がりに戻りました。

カフェ グレコ
香川県高松市田町11-2
087-834-9920
営業時間:7:00-18:00


文・写真:尾島可奈子

4月のオリーブ

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
日本の歳時記には植物が欠かせません。新年の門松、春のお花見、梅雨のアジサイ、秋の紅葉狩り。見るだけでなく、もっとそばで、自分で気に入った植物を上手に育てられたら。そんな思いから、世界を舞台に活躍する目利きのプラントハンター、西畠清順さんを訪ねました。インタビューは、清順さん監修の植物ブランド「花園樹斎」の、月替わりの「季節鉢」をはなしのタネに。植物と暮らすための具体的なアドバイスから、古今東西の植物のはなし、プラントハンターとしての日々の舞台裏まで、清順さんならではの植物トークを月替わりでお届けします。

4月はオリーブ。常緑樹であるオリーブはどの季節でも楽しめますが、「今改めて見直されるべき植物」と清順さんは語ります。さて、今月はどんなお話を伺えるでしょうか。

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◇4月「オリーブ」

4月って、植物を植えたり買ったりするには一番いい季節だと思っています。オリーブは常緑樹なのでいつ育ててもいいですが、十分に育ったオリーブは、5・6月になると花をつけます。今回花園樹斎の鉢に選んだオリーブはまだ若い木なので花はすぐには咲きませんが、花のシーズンに合わせて4月の季節鉢に選びました。これから頑張って育てたら、数年後に花をつけるかもしれませんよ。

オリーブは、いろんな植物を扱う中でも思い入れの強い植物です。平和と繁栄の象徴として国連のシンボルにもなっています。実のなる木としては世界で一番長生きで、縁起もいい。圧倒的なカリスマ性がありながら、屋外管理をする同じサイズの日本の果樹より圧倒的に育てやすいんです。光がある方が喜びますが、ある程度の日陰にも耐えるし、乾燥にも強い。

それと、古代オリンピックの勝者にオリーブの冠が贈られていたという話は有名ですね。今、日本は2020年のオリンピック開催に向けてスポーツの気運が高まっていますが、こういうことをきっかけに、もっと注目されていい植物じゃないかなと思います。育てやすくて縁起のいい植物だから、贈りものにしたっていい。新生活を始める人や、スポーツをする子に贈ったりね。水泳をやっている女の子から野球をやっている男の子へ贈ったりしてもいいかもしれない。

それじゃあ、また来月に。

<掲載商品>
花園樹斎
植木鉢・鉢皿

・植物(鉢とのセット):以下のお店でお手に取っていただけます。
中川政七商店全店
(阪神梅田本店・ジェイアール名古屋タカシマヤ店は除く)
遊 中川 本店
遊 中川 神戸大丸店
遊 中川 横浜タカシマヤ店
*商品の在庫は各店舗へお問い合わせください

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西畠 清順
プラントハンター/そら植物園 代表
花園樹斎 植物監修
http://from-sora.com/

幕末より150年続く花と植木の卸問屋「花宇」の五代目。
日本全国、世界数十カ国を旅し、収集している植物は数千種類。

2012 年、ひとの心に植物を植える活動「そら植物園」をスタートさせ、国内外含め、多数の企業、団体、行政機関、プロの植物業者等からの依頼に答え、さまざまなプロジェクトを各地で展開、反響を呼んでいる。
著書に「教えてくれたのは、植物でした 人生を花やかにするヒント」(徳間書店)、 「そらみみ植物園」(東京書籍)、「はつみみ植物園」(東京書籍)など。


花園樹斎
http://kaenjusai.jp/

「“お持ち帰り”したい、日本の園芸」がコンセプトの植物ブランド。目利きのプラントハンター西畠清順が見出す極上の植物と創業三百年の老舗 中川政七商店のプロデュースする工芸が出会い、日本の園芸文化の楽しさの再構築を目指す。日本の四季や日本を感じさせる植物。植物を丁寧に育てるための道具、美しく飾るための道具。持ち帰りや贈り物に適したパッケージ。忘れられていた日本の園芸文化を新しいかたちで発信する。


聞き手:尾島可奈子

三十の手習い 「茶道編」五、体の中にあるもの

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
着物の着方も、お抹茶のいただき方も、知っておきたいと思いつつ、中々機会が無い。過去に1、2度行った体験教室で習ったことは、半年後にはすっかり忘れてしまっていたり。そんなひ弱な志を改めるべく、様々な習い事の体験を綴る記事、題して「三十の手習い」を企画しました。第一弾は茶道編です。30歳にして初めて知る、改めて知る日本文化の面白さを、習いたての感動そのままにお届けします。

◇鬼の念仏

2月某日。
今日も神楽坂のとあるお茶室に、日没を過ぎて続々と人が集まります。木村宗慎先生による茶道教室5回目。お茶室に入ると、まず床の間の飾りを拝見するのが習慣になってきました。

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「床に掛けた軸は『大津絵』というものです。昔の漫画・イラストのようなものです。鉢鐘を叩きながら念仏を唱えるお坊さんが、鬼の姿で描かれている。鬼なのに聖(ひじり)。可笑しいでしょう。昔の人の洒落っ気です。お坊さんは功徳を説いて回って、お寺を建てるための募金活動をしているところですが、庶民からすれば『お坊さんが来たらお金が要る』という非常にシビアな風刺も込められているようです」

傍らには魔除けの柊。節分の取り合わせです。

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「節分にちなんで大津絵の鬼を見てもらいました。この絵を見ると、いつも思うことがあります。日常のマナーに関しての大事なヒントです。

例えばある人のことを評して『ものすごい大酒飲みだけどよく働くからね』というとこれはポジティブキャンペーン。一方で『よく働くけど、あのひと大酒飲みだよね』と口にするのはネガティブキャンペーンになってしまう。同じことを言っているのに話す順序で意味が変わってくる。そのことをよく考えておかないといけません。人の話をするときはまず、ポジティブキャンペーンになるような会話の仕方をしておく方が幸せですよね。逆にネガティブにはる時は、よほどの覚悟がなければ、ということです。この『鬼の念仏』を掛けると、いつもそんなことを思います」

掛け軸のそばに、もうひとつ不思議な飾りものが。これは一体なんでしょうか。

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「これは香枕(こうまくら)。昔のひとが、髪にお香の香りを焚きしめるために用いた枕です。お正月や、旧暦で1年の節目である節分の夜に、いい夢を見ることが出来ますようにと宝船の絵を枕元におく習慣があります。ただの枕では、座敷の飾りにはなりません。ただ、こうした優雅な香枕であれば話は別。節分の取り合わせに、ちょっとした遊び心です」

一番上の白い奉書が、日本で最古という版木で刷られた宝船。京都の五條天神社というお宮さんに伝えられているものだそうです。

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「今年の節分に五條天神社のおさがりをいただいたものです。豪華な絵ではなく、小さな船に稲穂がひと束乗っているだけのものですが、日本は豊芦原瑞穂(とよあしはらのみずほ)の国。シンプルな意匠に、稲穂の実りで支えられてきた日本人の、いっそ切実な祈りが込められているように思います」

◇手が切れそうな道具に触れる

「今日のお稽古でお話ししたいのは、なぜ茶の湯のような文化があるのか、ということの一端です。先日の稽古で刀を見せたのは、何を手にしても、抜き身の真剣を持ったときの恐れと怯えをわすれないように…ということを、実感として理解していただきたかったからでした。『手が切れる』というもののほめ方の話もしましたが、今日はその話をさらに進めていきたいと思います」

そうして大事そうに幾つかの包みを取り出されました。

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「茶の湯にお点前などの“型”は、なくたっていい。かつてそう言ってきたこともあります。お茶一服なんて、すぐに点てられます。別に煩雑な所作は必要ない。一見合理ですが、あまりに短絡的で、誤りです。今はそうは思いません。やはり、お点前は、ていねいに茶碗ひとつを扱う所作はあってもいい。道具を大切に扱うことが、ひとつ一つの所作をていねいに行うことが、それを手にとってお茶を飲む人を大事にするということにつながるからです」

ゆっくりと一つひとつ、包みがほどかれていきます。

「海外の美術館へ行くと、コレクションはそのモノだけが、いわば裸にして置いてあります。額縁などの例外を除けば、保管するためのケースは展示の対象、美術作品の一部とは見なされていません。海外の某有名美術館で、付属品は、箱も袋も全部捨てられて、茶入本体だけが寒々しく飾られていた、という笑えない話があります。ところが日本では道具を、とくに茶の湯の道具はものだけでなく、入れ物である箱や、袋といった付属する品々にも重きをおいて、守り伝えてきました。

中身より、箱、つまり立派にみせる権威づけが大切にされている、と茶の道具が批判されるときの理由に真っ先にあげられる点ですね。でも、ただ批判するだけの人は、ことの本質をわかっていない。箱や、付属品、添えられた小さな紙切れの一片までも大切にする行為には、お茶になぜ点前や型があるのか、という問いかけにも似た答えが、あります」

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「これは近衛予楽院(このえよらくいん)という、お茶が好きな江戸時代のお公家さんが所有していたものです。舶来ものの裂地なども好んだ人で、ヨーロッパの裂(きれ)を使った華やかな表具(さまざまな布・紙を組み合わせて、掛け軸を仕立て上げること)などでも有名な人ですね。

この茶入の挽家(ひきや:茶入を保管するための筒状のうつわ)の袋も『N』のアルファベットが文様に織り出された裂を使っています。近衛与楽院という人のハイカラ心がよくわかりますよね。古びきって、開けるたびにもろもろになってしまうので、茶入を取り出すのも数年ぶりです」

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「茶入れの蓋は表が象牙で裏には金箔があしらわれています。これは象牙も金も、毒に反応して色が変わると信じられたためと言われます。一方で、金も象牙も最高級の素材です。位のある人が飲む最高のお茶を大事に扱わんがために、蓋の素材も最高のものを、ということが、まず先にあるのではと思います」

もうひとつ別の茶入の箱も、解かれていきます。息をするのも忘れるほどそうっとそうっと茶入れを手に取り、拝見します。

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「こちらは古田織部好みと言われる、瀬戸焼の茶入です。ふたつ添えられた仕覆(しふく。袋のこと)のうち、ひとつを見て下さい。辛うじて姿をとどめているだけのボロボロの状態です。それでもこの袋を捨てたりはしない。小さな茶入が、長い時間どれほど大切にされてきたかを物語る、モノ言わぬ証人です」

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「こうして見せられたら、絶対に大事にするでしょう。乱暴に扱わないでしょう。もう補修もできない。あとちょっとひどくなったら紙に裏打ちして貼るしかできなくなります。捨てないんです。こうなっても。『手が切れそうな』というのは、シャープで美しい、というだけのことではありません。手が触れるのも怖い…ものを大事にする素直で敬虔な気持ちを表現した言葉です。そうした謙虚さで、かつてこれを愛した人の思いを受け取り大事にして、使い、更に次の世代に伝えていく。

ちっぽけな、布切れ1枚のあつかいに宿る日本人の美意識を、所作や立ち居振る舞いで表すのがお茶ではないかと思うんです。

自分なりに大事にしています、は無意味です。一人称の小さな世界観では、理解できない大きな日本人の知恵です。ものを大切にしていることが自他ともに伝わるようにする。その厳しさが、ひとつの道具を大事に受け継いできた人々の思いを受け取り、あとの時代につなぐということになるはずです。

商品の包装も同じです。中身勝負で外装は関係ない、ということではないんですよ。 外包みの仕立てがおしゃれでかっこいいと、開けるのがもったいないと思います。その結果、中身までも大事にしようと思うものです。もちろん見せかけ倒れでは、元も子もないでしょうが。ただ、時に、中身よりも、包みに込められた想いの方が大切なこともあるのでは」

誰かに贈りものをするときのことを思いました。包装紙にシワが寄っていないか、折れたりしていないか、ラッピングにも心を配ります。また自分が何かをもらうときにも、美しく包装されたものには相手の心遣いを感じて嬉しくなります。

「こうした付属品は、茶会自体には直接関係のないものです。本来は全てバックヤードの水屋、もしくは出し入れするときしか見えないものです。求められれば、一部をお客の前で披露することはありますが、全部をあからさまにすることはありません。そんな振る舞いは野暮の骨頂です。過剰包装の極致だと言われそうでも、道具を大事にする想いの現れがここにあると思うので、今日はお見せしました。

考えてみれば、茶の湯がもてはやされた当時は、打ち続く戦乱で、大事なものを箱に入れて必死になって抱えて逃げて、命をつなぐという時代でした。そういうことを繰り返し面倒くさがらずにする、いえ、せざるをえない切実な環境だったんだろうと思うんです。そう思ってみるとこう箱がいっぱいあるのも、悪くはない。これだけ幾重にも包まれて箱にしまわれているということだけ、どうぞ知っておいてください」

再び一つひとつ、ゆっくりと仕舞われていきます。

「茶の湯はものを扱う文化なんです。それもていねいに大事に、熱心に扱う。それは当たり前のことなのかもしれません。往々にして道具ひとつの方が人間より長生きなのですから」