3月の桜

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
日本の歳時記には植物が欠かせません。新年の門松、春のお花見、梅雨のアジサイ、秋の紅葉狩り。見るだけでなく、もっとそばで、自分で気に入った植物を上手に育てられたら。そんな思いから、世界を舞台に活躍する目利きのプラントハンター、西畠清順さんを訪ねました。インタビューは、清順さん監修の植物ブランド「花園樹斎」の、月替わりの「季節鉢」をはなしのタネに。植物と暮らすための具体的なアドバイスから、古今東西の植物のはなし、プラントハンターとしての日々の舞台裏まで、清順さんならではの植物トークを月替わりでお届けします。

3月は桜。そろそろ開花予報が流れ出す頃です。日本人がこよなく愛する春の顔。その膨大な注文を受けるため、清順さんが代表を務める「そら植物園」では毎年、長野での「桜の枝切り合宿」で新年が始まるそうです。5日間で数千という枝を目利きするという清順さんに、早速桜のこと、伺っていきましょう。

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◇3月「桜」

前回も少し触れましたが、昔の日本でお花見といえば梅でした。梅から桜に取って替わったのは平安の頃から。庶民の間に広まったのは江戸時代頃だと言われています。

桜という名前の語源は、「さ」が田畑の神様、「くら」が神様が鎮座する場所。神様は大のお酒好き、お祭り好きです。桜の木の下で宴を開くことが、自然と農耕の始まるこの季節の行事になっていったんだと思います。

今回季節鉢に選んだ桜は「旭山桜」の盆栽仕立て。背丈が大きくならない矮性(わいせい)種ながらたくさんの花をつけるので、鉢に入れた状態で「小さな花見」を楽しむことができます。桜の魅力が凝縮された鉢です。水やりを忘れなければ、八重の大き目の花をたくさんつけてくれます。

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◇桜=日本のもの?

実は桜の起源も、日本とは限らないんですけどね。中国、韓国、ヒマラヤという人もいる。中国にも桜は自生するし、桜=日本のもの、とは決めつけない方がいいかもしれない。それでも、日本でもっとも愛でられた樹木であることには、変わりありません。神様が座る木がこれだと決めたというのは、それだけ別格だったということです。名前はそういう証拠やから。それじゃあ、また来月に。

(ひとこと)
プラントハンターは、初めて見た木が梅なのか桃なのか桜なのか、花も葉もない状態で一瞬でわからなければいけません。もっと言えば同じ桜でも何の種類か、いつ頃に、何色の花が咲くのか。一流のプラントハンターは、それが冬芽を見ただけで、パッとわかるんですよ。

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<掲載商品>
花園樹斎
植木鉢・鉢皿

・植物(鉢とのセット):以下のお店でお手に取っていただけます。
中川政七商店全店
(阪神梅田本店・ジェイアール名古屋タカシマヤ店は除く)
遊中川 本店
遊中川 神戸大丸店
遊中川 横浜タカシマヤ店
*商品の在庫は各店舗へお問い合わせください

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西畠 清順
プラントハンター/そら植物園 代表
花園樹斎 植物監修
http://from-sora.com/

幕末より150年続く花と植木の卸問屋、花宇の五代目。
日本全国、世界数十カ国を旅し、収集している植物は数千種類。日々集める植物素材で、国内はもとより海外からの依頼も含め年間2,000件を超える案件に応えている。2012年、ひとの心に植物を植える活動「そら植物園」をスタートさせ、植物を用いたいろいろなプロジェクトを多数の企業・団体などと各地で展開、反響を呼んでいる。著書に『教えてくれたのは、植物でした 人生を花やかにするヒント』(徳間書店)、『プラントハンター 命を懸けて花を追う』(徳間書店)、『そらみみ植物園』、『はつみみ植物園』(東京書籍)


花園樹斎
http://kaenjusai.jp/

「”お持ち帰り”したい、日本の園芸」がコンセプトの植物ブランド。目利きのプラントハンター西畠清順が見出す極上の植物と創業三百年の老舗 中川政七商店のプロデュースする工芸が出会い、日本の園芸文化の楽しさの再構築を目指す。日本の四季や日本を感じさせる植物。植物を丁寧に育てるための道具、美しく飾るための道具。持ち帰りや贈り物に適したパッケージ。忘れられていた日本の園芸文化を新しいかたちで発信する。


聞き手:尾島可奈子

三十の手習い「茶道編」四、あらたまの年をことほぐ

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
着物の着方も、お抹茶のいただき方も、知っておきたいと思いつつ、中々機会が無い。過去に1、2度行った体験教室で習ったことは、半年後にはすっかり忘れてしまっていたり。そんなひ弱な志を改めるべく、様々な習い事の体験を綴る記事、題して「三十の手習い」を企画しました。第一弾は茶道編です。30歳にして初めて知る、改めて知る日本文化の面白さを、習いたての感動そのままにお届けします。

◇あらたまの年をことほぐ

1月某日。
今日も神楽坂のとあるお茶室に、日没を過ぎて続々と人が集まります。木村宗慎先生による茶道教室4回目。2017年最初のお稽古です。

お茶室に入ると、床の間の飾りがまず目に飛び込んできます。

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青竹に挿してある柳は、長く畳へと伸びています。上の方は輪っかに結ばれていました。ひとつずつ、宗慎先生が解説してくださいます。

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「これは結び柳。最近では料理屋などで飾られているのを見かけることが多いのですが、そもそもは御所の飾りから来ています。起源は諸説あるのですが、もともと中国では別れの際、また会えますようにとまじないの意味を込めて柳を結んだものを渡す習慣がありました。詩人の王維(おうい)が友人との別れを詠んだ漢詩にも『客舎青青 柳色新たなり(出立する宿のそばの柳が雨に濡れて青々として)』と柳が詠いこまれています。

柳という木は水辺にあるでしょう。空を目指してどんどん育っていくのに、葉は育つほどまたどんどん下に、水に触れるほど伸びる。空を目指していったものが再び下へと伸びてくるのが、生命の循環、無限のループのように思われたんですね。

床の間に結び柳を飾る時は、花筒のなかに水を入れてしまうとダメなんです。どんどん芽を吹いてしまいます。柳は切ったぐらいでは枯れません。それくらい生命力の強いものだから、あらたまの年をことほぐ時に柱に掛けて、魔除けと繁栄の願いを込めて作られていたんですね。新年の代表的な飾りもののひとつとして、好まれてきました。上からざっと下ろしてあるのは龍に見立ててあるともいいます」

もうひとつ、結び柳の横に掛けられたふさふさとした飾りは、蓬莱飾(ほうらいかざり)または掛蓬莱(かけほうらい)と呼ばれるもの。緑の長いひげのような部分は、ヒカゲノカズラ、という植物だそうです。

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「クリスマスリースの正式な材料ですね。クリスマスが本当は12月24日ではないって知っていますか?聖書にはキリストがお生まれになった日付の記述は、一切ありません。ローマ教皇庁が、後から決めた日付です。

クリスマスの直前に、二十四節気だと何がありますか?冬至ですね。1年で最も日が短い日です。ヨーロッパなど冬が暗く寒い地域は、春を待ちわびる思いが切実です。冬至は、この日を境に日が長くなる、いよいよ春がくるぞと祝う、大事な時期でした。その時に、光り輝く神の子がお生まれになる…と重ね合わせて、効果的な日付を考えたんですね。

ヒカゲノカズラは、名前の通り、日が全く差さないような森の中、ツタカズラのように生え広がって、真冬にも青々と緑の葉を茂らせます。それをたくましい生命の象徴であるかのように、昔の人が思ったんですね。柳と同じです。日本では、古くは御所の柱に、片一方は柳、一方はヒカゲノカズラが飾られたといいます。

こうした飾りには、生命力の強さだけでなく、異なるふたつのものが揃って初めてものごとが整うという考え方も込められているよう思います。異なるふたつ、すなわち「陰・陽」です。例えば掛蓬莱の元になった、正式な御所のかざりは“卯槌(うづち)”と言います。芯には魔除けの桃の木。固い木です。その周囲には柔らかくふわふわとしたヒカゲノカズラ。これは男女、のニュアンスをも含んだ陰陽の表現ではと思わせます。

御所を飾っていたものが、今では家々やお店に飾られている。お上で行われていたことへの憧れが、民間の暮らしにも落ちてゆき、取り入れられるわけです。いつ、なにをどうすればよいのか、こうしたしきたりを故実(こじつ)と言います。宮中で行われるものの場合は有職(ゆうそく)故実、江戸城などの典礼儀式の場合は武家故実と言います。11月の亥の子餅は武家故実と有職故実の両方にまつわるお菓子であったというわけですね。

一見、難しい故実を、暮らしに取り入れ、人へのもてなしに取り込んだりするのが、実に面白い。故実に込められたのは、古(いにしえ)の人たちの祈りにも似た想いです。そうした想いを受け取り、今に生かすことで、質・量のわかりやすい豊かさではなくて、様々なことが楽しくなるんじゃないかなと思います。新年は特にそういうものを意識します」

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床の間には麻苧(あさお・麻糸や麻生地の元となる)を使った「麻熨斗(あさのし)」が飾られていました。ご進物につける熨斗紙には簡略化されたアワビ熨斗があしらわれていますが、こうして三宝に熨斗を飾るというのは、部屋自体に熨斗が掛けてあることを示すそうです。自分が急に、美しく包装された贈りものの箱の中にいるように思えてきます。

「お茶の家だと炭を飾ったりもしますね。自分にとり、家にとり神聖と思われるものに改めて敬意を表する。新年に大切なことです。こういうものは気持ちの表れなので、他所と違っていてもいいんです。うちはこう、こちらはこういう理由でこの形なのだろうな、と思いを汲むことが大事。なんでもありなんです。でもなぜそうしたのかという理由やルーツをたずねるところが、面白いんです」

◇花びら餅に思う

「では、このあたりでお茶とお菓子を出しましょう。新年なのでお濃茶を差し上げようと思います」

オコイチャ、という耳慣れない言葉にこの先の展開をワクワクと見守るうち、本日のお菓子が運ばれてきました。新年最初のお茶会・初釜(はつがま)でいただく「花びら餅」。決まりごとで、独楽盆(こまぼん)という上から見ると独楽のように見えるかわいらしいお盆に盛られています。

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白い半月型のお餅の内に、うっすらと赤い色が透けて見えます。両側から出て見えるのは、ゴボウ?

いただきます、と菓子器を両手で持ち上げてから、懐紙を正面においてお菓子を取ります。こちらは餅菓子なので、楊枝で切らずに手でいただいて良いそうです。パクリといただくと、柔らかいお餅の中に、やはりゴボウの食感。少しの塩気と白味噌の餡の甘みと、くるくると口の中の変化を楽しみながら、あっという間に平らげてしまいました。

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「元は宮中で三が日の間に召し上がる『御菱葩(おんひしはなびら)』というお菓子が起源です。民間でいうお雑煮の、原型のひとつになっています。御所のお鏡餅は、白いまん丸のお餅を数枚重ねた上に、あずきで赤く染めた菱形のお餅を3つ、六角形に組み合わせて乗せるんです。ちょうど亀甲の形ですね。丸と角(亀甲)、かつ紅白です」

飾ってある餅は食べられないので、同じ思いで食べられるよう作り上げたのが、丸く白いお餅に菱形の赤く染めたお餅を入れた「御菱葩」。白い丸餅が天皇、赤い菱餅が皇后でしょうか。ここにも“陰・陽”です。あずきの赤色には魔除けの力があると信じられていたそうです。それにしてもなぜ、ゴボウが…?

「本来挟んであるのはゴボウではなく、押し鮎という発酵食品の鮎でした。その理由は諸説あってわからないのですが、神代の時代、神武天皇が日本の国を平らげる時に、鮎に道筋を教わったという話もあります。動物と植物とを合わせる、と見ることもできます。色々な陰陽を重層的に組み合わせてあるんですね。ところが、押し鮎は食べづらく美味しくない。そこで色が似ているという理由で、冬場に取れる京野菜の堀川牛蒡に変わりました。これも、固いものと柔らかいものの組み合わせです。夫婦和合、陰陽の和合を説く食べ物であったわけです。ときに古くからの宮中の行事はとてもプリミティブです」

本来宮中の流れを汲む行事食が今の花びら餅になったのは、江戸時代の末期に裏千家11代目・玄々斎(げんげんさい)が宮中から拝領してきて、許可をもらって茶席用のお菓子にアレンジしたのがきっかけだそうです。

「茶席や民間に伝え残され、変容した故実は、それぞれ『いい加減が、良い加減』。元を辿ると結局どれだったんですかというくらい、いろんな理由にたどり着きます。時々の暮らしのなかに取り混ぜながら、今、叶う姿にする。だからと言って、簡単に、当たり前のように、おざなりに済ませてしまうとつまらないものです。

例えばなぜお雑煮を新年に食べるのか。年始を祝うという時に、その意味などわからずに過ごしているのは、実はすばらしいことです。ごちゃごちゃ説明などいらない。これは本当につよい。でもその上で、なぜこんなことをするのか、おじいちゃん、おばあちゃん、父母が何気なくやっていたことを、また自分が引き継いでやっていく中で、どこかで立ち止まってちゃんと考えることが、より深くする、と思うんですよね。

花びら餅を食べる時にいつも思います。食べて美味しいわ、だけでは面白くないんですよ。自分なりに考えるのが、本当の豊かさをもたらすと思います」

宮中のお鏡餅から行事食へ、そして初釜の花びら餅へ。食べて美味しいわ、で済ませてしまいそうだった味や食感、いろかたちを、もう一度思い返します。その意味と共に改めて花びら餅をお腹におさめたところで、生まれて初めていただくお濃茶のお点前が始まりました。

◇お濃茶の作法

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普段のお茶席でいただくのは薄茶(うすちゃ)。対して濃茶は、その名の通り湯量に対してお抹茶の量が多く、色も味も濃い。薄茶は点てると言うのに対して、濃茶は練る、と言うそうです。ひとつのお茶碗で数人が回し飲みします。

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お茶碗が回ってきたら、袱紗を添えて、左手のひらにしっかりと乗せます。お椀を少し持ち上げて感謝を捧げたら、お椀を回して、ずずずずず、と音を立てていただく。ワインのテイスティングと同じで、空気と一緒に口に含むと香りがたつので、わざと音を立ててすすって、鼻から抜ける香りを味わうのだそうです。

「利休の師・武野紹鴎(たけの・じょうおう)は『一口ひとくち、噛むように飲むべし』と言ったそうです」

三口半、四口ほどいただいたら、畳に置いて口をつけたところを拭い、次の人に手渡します。

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「お濃茶の作法、わからない、と怖がらなくて大丈夫です。とにかく三口半飲んで、飲んだところを拭いて、ぬるくなる前に回す。その上で、いただきますのお辞儀とどうぞのお辞儀が互いに揃えばかっこいいですね」

美味しいものを、しっかり味わいつつ冷めないうちにとなりの人へ。ひとつの茶碗で同じお濃茶を次々といただいていくと、不思議な連帯の気持ちが芽生えてきます。

◇お茶碗を拝見

お点前を頂戴したお茶碗を、改めて見せていただきました。

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「これは御本(ごほん)茶碗。日本から注文して、朝鮮の窯で焼かせたお椀です。なかでもこれは徳川家光の命で小堀遠州が考案した茶碗です。立鶴(たちづる)と言って、鶴の絵は家光が描いたものをハンコにして、朝鮮に送って焼かせたと言われています。高台も見てみてください。面白い形をしていますからね。拝見の仕方は、しっかり両手で持つこと、そしてゆっくりと見ることです」

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「高台を3つに割った上で、1箇所削ってあります。真ん中に一筋釉薬がかかっているのも、立鶴茶碗に関してはみな大体同じです。わざとそうしてあるのですね。茶碗はお尻、高台が大事なんですよ。理由は簡単です。お茶を飲み終わって、最後に見るのが高台なんです。ここで茶碗の印象が終わるんですよ」

もうひとつ、淡路島に伝わる珉平焼(みんぺいやき)のお椀を見せていただきました。大きく描かれた伊勢海老に、新年の特別な空気を改めて味わったところで、今日の稽古もそろそろおしまいの時間です。

伊勢海老のヒゲがお椀の内側にまで伸びている。
伊勢海老のヒゲがお椀の内側にまで伸びている。

「今宵はこれくらいにいたしましょう。今日は初釜らしくお濃茶としつらえの話をしました。

しきたりや故実は我々の先祖の、祈りにも似た思いが込められているものです。ややこしい、めんどくさいルールだと思うのではなく、興味を持ったなら、これはいける、面白い、と思えるものを取り入れてみる。全部やらなくていいんです。それと、一見何気なく見える人の振る舞いを、けっして何も考えずにやっているのではない、とどこかで謙虚に思っていないとつまらない、ということです。

改めて、今年もよろしくお願いします」

全員で深々と礼をして、新年最初のお稽古が幕を閉じました。

◇本日のおさらい

一、何気ない年中行事の意味を、時々立ち止まって考えてみること

一、何気なく見える人の振る舞いを「何気なく」に留めず、謙虚な姿勢で受け止めること


文:尾島可奈子
写真:井上麻那巳
衣装協力:大塚呉服店

2月14日に贈る 日本一の靴下

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

たとえば1月の成人の日、5月の母の日、9月の敬老の日‥‥日本には誰かが主役になれるお祝いの日が毎月のようにあります。せっかくのお祝いに手渡すなら、きちんと気持ちの伝わるものを贈りたい。この連載では毎月ひとつの贈りものを選んで、紹介していきます。

連載第2回目のテーマは「バレンタインに贈るもの」。愛を伝える日、贈るものの定番は何と言ってもチョコレートですが、実はヨーロッパでは、恋人探しにあるアイテムの力を借りる風習があるそうです。それは靴下。男性が女性と話しながら脚を組み、チラリと靴下を見せたらそれは彼女を愛しているサイン。値段も手頃で何足あっても困らないので、異国のお話にあやかって贈りものにするのもいいかもしれません。

そんなわけで2月の贈りものは靴下に決定。今日は靴下を編み続けて生産量日本一の奈良県に、贈りものにぴったりの靴下を探しに行きましょう。最近は履く人や季節、目的に合わせて様々なタイプの靴下が作られているようですよ。

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奈良県の靴下生産量は国内シェア約34%(平成24年統計)で全国第1位。ソックス丈に限ればなんとシェア率約56%(同上)にものぼります。県内では北西部の大和高田市、広陵町、香芝市一帯にその生産が集中。もともと綿織物の産業が発展していたこの一帯に、明治に靴下の編み立て機が持ち込まれ、次第に農家の閑散期の副業として靴下作りが広まっていったそうです。

そんな日本一の靴下産地の技術を生かして商品開発をしている靴下ブランドがあります。奈良の県番号から名前を取った「2&9(ニトキュウ)」。ブランド名の示す通り、商品づくりを奈良県内の靴下工場に限定。「しめつけないくつした」「ぬげにくいくつした」など機能や履き心地を追求した靴下を、県内の各メーカーさんとオリジナルで開発しています。2&9のアイテムを例に、日本一の靴下産地ならではの個性豊かな靴下をいくつか追ってみましょう。

しめつけないくつした

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ストレッチ性の強い糸を極力使わずに、細い糸を2本合わせて編むことで足をしめつけないように作られた靴下。通常履き口に入るゴム糸をあえて少し低い位置に入れることで、ずり落ちを防ぎならゴム跡がつきにくい仕様に。昨年11月にさんちが取材した御宮知靴下さんと何ヶ月も試作を繰り返したという、2&9のデビューアイテムにして一番の人気シリーズです。

ぬげにくいくつした

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靴の中でするんと脱げてしまいがちなフットカバー。スポーツソックスを得意とし、世界的な大手スポーツブランドの靴下も手がける株式会社キタイさんと「どうしたらぬげにくくなるか」を研究して生まれました。2cm刻みの細かなサイズ対応や足の形にフィットするポケット状のかかとなど、キタイさん最新の立体成型技術を駆使して作られています。「もっとぬげにくくなりました」と自信を持って改良版の「2」を新たに出すところに、メーカーさんと一対一で商品開発をしているファクトリーブランドらしさを感じます。

におわないくつした

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インパクト大なネーミングの靴下には、越前和紙のふるさと福井県産の和紙繊維が編みこまれています。綿に比べて吸水性が高く匂いを分解する効果がある和紙繊維は、消臭・抗菌に優れ丈夫なので、何と宇宙滞在用の服にも採用されているそう。和紙繊維が靴下の内側で水分量を調節して、蒸れにくくさらりとした履き心地を保ってくれます。父の日にも人気が高いそうです。

しめつけるくつした

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「しめつけないくつした」の逆を行く「しめつけるくつした」は、足首に強めの圧をかけ、ふくらはぎにかけて圧がゆるやかになる構造。血の流れをサポートしてむくみを防いでくれます。土踏まず部分にはゴム糸が入っていて、足裏を刺激して足の疲れを和らげてくれるそうです。敏感肌の人でも履きやすいよう、糸は人間の皮膚に近く蒸れにくい絹糸が採用されています。立ち仕事をしている女性に人気があるそうで、バレンタインを機会にお世話になっている女性に贈るのもいいかもしれません。

山を登るくつした

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その名の通り、山登りやハイキングの足元を考えて作られた靴下。疲れとともに指先が上がりづらくなるのを、つま先立体構造が助けてくれます。足袋型なのは親指に力を入れやすいように。生地は長時間の歩行による足の疲れを和らげるよう、クッション性のあるパイル編み。春先のお出かけシーズンに向けて「一緒に行こう」と贈ったら、先の楽しみがひとつ増えそうですね。

足の形は人によって千差万別。合わせる靴や体調によってもコンディションが変わります。だから「機械に合わせて靴下を作るというより、靴下に合わせて機械をセッティングします」とは、以前さんちでご紹介した御宮知靴下さんの工場長、山下さんの言葉。その時工場に伺って感じたのは、糸の素材、太さ、編み方、デザイン、作る機械など、靴下は無数の条件のかけ算で作られている、ということでした。一つひとつの条件を変えていくことで、全く顔の違う靴下が生まれる。それはひとえに履く人を思ってこそ。

大切な人の足元を包むもの。ぜひ、贈る人を想いながら「これ!」というひと品を見つけてみてくださいね。

<掲載商品>
2&9商品一覧
しめつけないくつした
ぬげにくいくつした
におわないくつした
山を登るくつした


文:尾島可奈子

※掲載商品は、2017年2月時点のものです。

土と暮らす、土鍋の飴色

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
きっぱりとした晒の白や漆塗りの深い赤のように、日用の道具の中にはその素材、製法だからこそ表せる美しい色があります。その色はどうやって生み出されるのか?なぜその色なのか?色から見えてくる物語を読み解きます。

立春を迎えました。暦の上では今日から春、新しい1年の始まりです。と言っても、1年で1番寒いと言われるのも2月。時折見かける梅のほころびを嬉しく眺めながら、今はただじっと、人も生き物も土の下で春が育つのを待っています。というわけで今日は、冬の名残を惜しみつつ、土から生まれた暮らしの道具にまつわる色のお話を。

土は何色、と聞かれたらきっと多くの人が茶色と答えます。お茶の色。シロアカという色が空が白んで明けていく様に由来するのに比べると、ずいぶんと具体的で、生活のにおいがします。英語ではBrown。調べると辞書によっても説明が異なります。「the color of earth or of wood(大地や木の色)」(コウビルド米語版英英和辞典)は一般的な感じですが、「the color of chocolate or earth(チョコレートや大地の色)」(CAMBRIDGE英英辞典)などはかわいらしいですね。しかし意外にも語源はクマ(bear)から来ています。やはりここにも暮らしの気配。

人は土を足元だけには放っておかず古くから様々な暮らしの道具の元にしてきました。日本で言えば縄文時代の歴史と縄文土器はセットで覚えますね。土の実際の色は、含む成分によって地域や地層ごとに白、赤、青、緑と全く色を変えます。近年では日本中の土を採集して色とりどりに展示するアーティストもいるほど。産地によって異なる焼きものの表情は器好きにはたまらないところですが、その「土っぽさ」を見た目にも機能にも活かしている暮らしの道具が土鍋です。

昔から「土鍋といえば伊賀焼」と言われるほどの土鍋の名産地、三重県伊賀の土は、はるか400万年前の琵琶湖の湖底に堆積してできた土です。太古の樹木が石炭化して生まれる亜炭(アタン)などを含み、火に強く細かな穴(気孔)がたくさんあるのが特徴です。火にかけると気孔が熱を蓄えて中の食材をじっくりと温め、火から降ろしても保温性が高いのだそう。まさに土鍋にうってつけなのですね。

土らしさを機能だけでなく見た目に楽しむのも伊賀焼の特徴。ザラザラとした質感や素朴な土っぽさをそのまま楽しめる、黒やべっこうのような飴釉(あめゆう)色が、伊賀焼の土鍋の定番です。

土鍋というと冬の道具のイメージですが、ゆっくり火を通す特徴は、もちろんご飯を炊くのにも向いています。思えば火と水と土を使って料理をする土鍋って、なんて原始的な道具なのでしょう。火の力を程よく伝えてゆっくり水分を吸いながらふっくら炊きあげたご飯を、鍋の底でちょうど飴色に焦げたお焦げと一緒にいただく。きっとこれは土鍋でご飯を炊く文化が生まれてからずっと変わらない口福です。土鍋のつやつやとした飴色を眺めていたら、ああ、お腹が空いてきました。

<掲載商品>
中川政七商店
土鍋


文:尾島可奈子

三十の手習い「茶道編」三、真剣って何ですか?

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
着物の着方も、お抹茶のいただき方も、知っておきたいと思いつつ、中々機会が無い。過去に1、2度行った体験教室で習ったことは、半年後にはすっかり忘れてしまっていたり。そんなひ弱な志を改めるべく、様々な習い事の体験を綴る記事、題して「三十の手習い」を企画しました。第一弾は茶道編です。30歳にして初めて知る、改めて知る日本文化の面白さを、習いたての感動そのままにお届けします。

◇真剣って何ですか?

12月某日。
今日も神楽坂のとあるお茶室に、日没を過ぎて続々と人が集まります。木村宗慎先生による茶道教室3回目。「ゆきごろも」というお干菓子をいただきながら、まずは前回までのおさらいから始まります。

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「お辞儀のお話をしましたね。『お辞儀には心がこもっているのが大事だ』と言いますが、気持ちがあればそれが必ず伝わるというのは、嘘です。やはり、適切な言葉の使い方や必要とされるスキルはある、ということをお伝えしたかったんですね。

劇的にお辞儀をきれいにしようと思ったら、いちばん深く下げたところで1拍止めることです。その技術が備わると、わずか2秒の間に『ありがとうございました』とか『お気をつけて』とか、そういう思いを乗せていくことができる。言葉にならない雰囲気をそこに漂わせることになるんです。

もうひとつは扇子をお見せして、身の回りのちょっとした道具ひとつを選ぶ、考えるということからいろいろと変わってくる、ということをお伝えしたかった。ひいてはそれがお茶でもっとも大事なことにつながっていくのですね。

今日は、ものを扱うことに、真剣味が大事、という話をします。真剣ってなんですか?」

「真摯に、ものごとに取り組む…」

教室内からの応答に、宗慎先生が重ねて問います。

「もっと具体的に。真剣ってなんですか?」

具体的にとなると、つまり…

「切れる刀ですね。迂闊に扱うと手が切れる刀です。茶道具の世界では昔からいい道具を褒める時『手の切れそうな』という褒め方をするんです。あだや疎かに扱うと手が切れてしまいそうなぐらい出来のいい、繊細なものがこれほど長い時間残されているというのが、こわいと思うこと。畏れ敬うという言葉は、『畏れ』と『敬う』というふたつセットになっているのが素晴らしいと思います。ものを敬うということは、いい意味での畏れがないとダメなんです。道具を扱うときに、真剣味を帯びるということは」

と手に取られたのは、柄杓。

「柄杓を『構える』、と言います。柄杓を構えるときに、『刀を持つようにこれを扱え』と言うんです。というわけで、今日は」

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宗慎先生が後ろから取り出されたものに、教室がどよめきました。畳の上に置かれたのは、数種類の日本刀。

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「お茶の稽古で刀を繰り出すとは思っていなかったでしょう。僕はお茶を習う前から刀が好きで、子供の頃から触れていたんです。柄杓を『刀を持つように』と言っても、全然みんなそのように持ちません。それをどうして、と思ったときに『そうか、この人たちは人生の中で刀を持った記憶がないから、刀を持つようにと言われても意味がわからないんだ』と、はと気がついて。それで本物の刀を手に取らせるしかないと思ったわけです」

思ってもみない展開に一同驚きながら、初めて間近に見る刀ひとつひとつの解説に、耳を傾けます。

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「これは江戸時代の初期のものです。葵の御紋が入れてあるでしょう。越前守康継(やすつぐ)、徳川家の御用達の刀鍛冶として認められた刀鍛冶が作った刀です」

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刀を納める鞘には付属の小道具が付いています。この突起のついた道具はなんと、耳かき。取り出すと、反対側は髪をなでつけるための「こうがい」になっています。

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カンザシ(笄)と書いて「こうがい」と読むそうです。花魁の頭をきらびやかに飾っているのも笄です。あれはもともと、耳かきだったのですね。

「先ほどの刀は江戸城に行くときに持っていく刀なので非常にユニフォーム化されています。一方これは『三斎拵(さんさいごしらえ)』と言って、利休に師事した茶人であり武将の細川三斎(細川忠興)好みの小刀。桐の家紋がついています。桃山の武将たちが、自分たちの好みでこしらえていたものなのでよりおしゃれですね」

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「これは今でいうコラボ商品なんです。メインの刀鍛冶に対して、横にいる人がお手伝いの槌を振るう。『相槌を打つ』と言うでしょう。その語源になったものです。合作の刀は完成してから、先輩の名を表に、自分の名前を裏に切ります。刃を左に向けた時が表なので、そこに名前がある人が主槌(おもづち)を打って、刃を裏にした時に書いてある名前の人が相槌を打ったんです」

次第に湧いてくる好奇心でお茶室内が明るい空気になります。すると一振りの刀を、宗慎先生が手に取りました。

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お茶室がシン、となります。

「抜き払うだけで空気が変わるでしょう。どんなに美しくとも人殺しの道具ですから。時代劇みたいに大げさに振りかぶる必要はなくて、首筋に刃がすっと当たったら決着がつきます。勝負はだいたい一瞬です。本来は距離感と、どこに当てて致命傷を与えるかということが肝心なんです。指一本でいいんですよ。利き腕の指一本に傷を入れるだけで、刀を持てなくなりますからね。籠手という技はそこからきています。刃が当たった瞬間に血が出る、その切っ先をどこに当てるのか、という話を聞くと、真剣味を帯びるでしょう」

そうして、一人一人、刀を自分で手に取り、見させていただくことに。

「研いであるところから先は絶対に触ってはいけません。一歩間違えたら大怪我しますから、怖くてもちゃんと持つこと。見る時には刃を下にしてもいけません。わずかなことで欠けます。硬そうに見えて繊細なんです。持ったらしゃべらない。ゆっくり、明かりを刃に落としながら動かして、本物の鉄の色を、鉄の泡の吹いているのを見てください。本物特有の、重さを感じてください」

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息をするのを忘れるほどの緊張感の中で、全員が真剣を手に取り終えました。

「このように柄杓を持ったらかっこいいんです。でも持ったことのない人にはわからないんです。竹の棒やと思うからグラグラ持つんです」

お稽古の始まりに聞いた時よりも何十倍もの重みを持って、宗慎先生の言葉が染み込んでいきます。

「日本刀の美しさとは何かということを、手にとって考えて腹におさめている人が選ぶものは、ちょっと変わってくる場合があると思います。茶道具や、美術工芸のきれいなものだけを見ていたらわからない、日本美術のひとつの頂点というのは刀だと思うんです。しかし刀は、人殺しの道具です。実用のためにこそ作られています。よく切れて、かつ錆びにくく、振りやすいよう華奢なのに簡単に折れない、曲がらない。どれだけ鋭利に人の生身の体を切れるかだけを考えて作ってきたのに、世界で比類なき美しい刀剣を作り上げた。これは世界中の人がみんな等しく認めているところです。柔らかで甘やかで、優しい道具だけを触っていたのでは決してわからない、ものごとの本質はあるのです、これに。

ぜひ、この刀の重さ、固さ、怖さ、なんとも言えない質感というのを、覚えておいてください。『手の切れそうな』というものの褒め言葉を思い返して、道具を大事に扱う、ものを大切に扱うこと。茶碗を持っていても棗(なつめ)を持っていても何を持っていても、刀を持っているつもりで扱えば、おのずから動作はキレイになりますし、念の入った美しい所作になるはずです。刀ならば切れる、ものなら壊れる。仕事で扱われるもの、人の手元に届くもの、包装紙、麻の布切れ一枚が、これは刀だ、あだや疎かに扱ったら手が切れる、自分が扱うことで壊すかもしれぬという思いでものを扱っていられるかどうかが、ことの成否を分けるのではないか、というお話です」

◇花の性分

今回から参加者が毎回一人、お稽古の始まる前にお茶室に花を活けることになっています。活けられた花に、宗慎先生から講評をいただきます。

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「花を活ける時に大事なのは、花材それぞれが持っている性(しょう)をちゃんと生かしてやることです。右に向いて咲いている花がかっこいいからといって左に曲げることは絶対にできないんです。今日の花の場合は、お化けの手が伸びているみたいになっているのがこの花の風情なので、それを生かしてやったほうがいい。わさーっとなっている花はわさーっとなっているのがポジティブなところなんです。だからそのように使ってあげるんです。その上で、花を前に前に活ける。何本入れても一本になっているように見えないとあかんのです。これだと4本入っているように見えていますね」

アドバイスを元に、活け直します。

「霧吹きを打つ前に、水を口いっぱいまであふれんばかりに注ぐ。これで、もうこれ以上花を足しません、という合図です」

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花材はそのままにガラリと表情が変わって、完成です。

◇お菓子をいただく、という所作ひとつ

最後にもう一服、生菓子をいただきながらお茶をいただきます。

「あわゆき」という生菓子。はじめに頂いた「ゆきごろも」はこちらに衣を着せたものだそうです。
「あわゆき」という生菓子。はじめに頂いた「ゆきごろも」はこちらに衣を着せたものだそうです。
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菓子器からお菓子をいただこうとしたところで、宗慎先生から声がかかりました。

「なぜ左から取るの」

器の中に並んだお菓子を、私は何気なく左側から取っていました。ところがそれでは、お箸が触れて右のお菓子を傷つけてしまう恐れがある。

「次の人がとるお菓子の姿を乱さないようにすることも大事なんです」

お菓子ひとつ、大切に扱う。先ほどの刀の話にも通じるところです。もう一度、お菓子を載せる懐紙を取り出すところから、やり直します。すると次なる問題が。出した懐紙が薄い。

お茶席でお菓子を頂く時は、懐紙は一帖、分厚いままで使用します。私は前回のお稽古で枚数の減った懐紙をそのまま持ってきていました。その薄いことに、言われるまで気づかなかったのです。見かねた宗慎先生が新しい懐紙を一帖、与えてくれました。

「扇を選ぶという話の延長線上に、懐紙一帖ちゃんときっちり持ってくるという話はありますよ。都度都度薄いまま持ってこない」

お菓子を器からひとつ取って頂く。文に書けばたった一行の所作すら、そこに向かう意識が欠ければうまく行かない。穴があったら入りたい、と顔が真っ赤になるのを感じながら、2016年最後のお稽古が終わろうとしています。

「『手が切れそうな』という言葉を覚えておいてくださいね。何の道具を持つときにも、軽い麻の布一枚持つときにこそあの刀を思い出して。名刺を、包装紙を、のし紙を持つときこそ。

お疲れ様でした。
あくる年もよろしくお願いします。良いお年を」

数え切れない反省と学びを胸にしまって、お茶室を後にしました。

◇本日のおさらい

一、仕事で扱うもの、人の手元に届くもの。どんな道具も「刀を持つように」扱う

一、花は花の性を生かして活ける


文:尾島可奈子
写真:井上麻那巳
衣装協力:大塚呉服店

1月の梅、2月の木瓜

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
日本の歳時記には植物が欠かせません。新年の門松、春のお花見、梅雨のアジサイ、秋の紅葉狩り。見るだけでなく、もっとそばで、自分で気に入った植物を上手に育てられたら。そんな思いから、世界を舞台に活躍する目利きのプラントハンター、西畠清順さんを訪ねました。インタビューは、清順さん監修の植物ブランド「花園樹斎」の、月替わりの「季節鉢」をはなしのタネに。「今の時期のおすすめ植物は?」「わたしでも育てられますか?」など植物と暮らすための具体的なアドバイスから、古今東西の植物のはなし、プラントハンターとしての日々の舞台裏まで、清順さんならではの植物トークを月替わりでお届けします。

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日本の植物は四季で劇的に変わっていきます。海外に比べると落葉樹がすごく多いから、春になったら花が咲いて、そのとなりで次の季節の植物が芽吹いて。季節を告げる花がたくさんある。だから花園樹斎でも、月ごとに違う植物の「季節鉢」ができるんです。人の手に取ってもらうものだから、選ぶのは育てやすさも考えながら。1月は梅、2月は木瓜(ぼけ)を選びました。

◇1月「梅」

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1月の梅はまさに「松竹梅」、新春のおめでたいイメージです。浮世絵にも、正月に梅を買う女の人が描かれていたりします。梅を愛でる文化は、元々は中国から入ってきたものなんですね。桜にとって変わられるまでは、昔の日本でお花見といえば梅でした。

◇2月「木瓜」

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2月の季節鉢に選んだ木瓜は個人的にすごく好きな植物で、ずっと花園樹斎に入れたいと思っていました。園芸植物に比べて、野性味が強い。いくら切っても新芽が出てきて、生命力が強いんです。剪定に強いので、盆栽の材料にもよく使われてきました。きれいな花をつけるんですが、実を食べられるので、昔から薬用にも重宝されていた植物です。さらには酒にもなる。万能なんです。江戸時代に入ってから爆発的な人気になって、当時200種類ほどの園芸品種が生まれたと伝わっています。外で育てる植物ですが、土質もあまり選ばなくて、管理がしやすいのも特長ですね。

◇わたしでも、育てられますか?

もし、植物をうまく育てられるか心配だったら、枯らしちゃったらかわいそうと思わずに、枯らしてもいいから付き合いたいな、と思うこと。枯らしてしまうことは確かに悲しいことなんですけど、枯らすのが嫌だから付き合わないよりは、付き合ってみて、何で枯れたんだろう、何で今年は花が咲いたんだろうと思うことが、すべての始まりですよね。だから、遠慮しないことですよ。

「育てられるかな、育てられないかな」よりも、枯れてもいいから「自分へのご褒美に買いたい」「プレゼントしてあげたい」「今年は身近で植物を感じてみたい」「ボケなら私でもできるかな」とか、そういう楽な気持ちで付き合っていくのがいいと思います。それじゃあ、また来月に。

(ひとこと)
おれがこの仕事をし始めたのは21歳ぐらいの、ちょうど1月なんです。年始から始まりました。働いた初日、木にのぼって枝を切った時に思ったんです。「これ、一番になれる自信がある」と。その日から今日に至るまで、1ミリもゆるぎなくそれを思ってます。

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<掲載商品>
花園樹斎
植木鉢

鉢皿

・植物(鉢とのセット):以下のお店でお手に取っていただけます。
 中川政七商店全店
 (阪神梅田本店・東京ミッドタウン店・ジェイアール名古屋タカシマヤ店は除く)
 遊中川 本店 
 遊中川 神戸大丸店
 遊中川 横浜タカシマヤ店
 *商品の在庫は各店舗へお問い合わせください

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西畠 清順
プラントハンター/そら植物園 代表
花園樹斎 植物監修
http://from-sora.com/

幕末より150年続く花と植木の卸問屋、花宇の五代目。
日本全国、世界数十カ国を旅し、収集している植物は数千種類。日々集める植物素材で、国内はもとより海外からの依頼も含め年間2,000件を超える案件に応えている。2012年、ひとの心に植物を植える活動「そら植物園」をスタートさせ、植物を用いたいろいろなプロジェクトを多数の企業・団体などと各地で展開、反響を呼んでいる。著書に『教えてくれたのは、植物でした 人生を花やかにするヒント』(徳間書店)、『プラントハンター 命を懸けて花を追う』(徳間書店)、『そらみみ植物園』、『はつみみ植物園』(東京書籍)


花園樹斎
http://kaenjusai.jp/

「”お持ち帰り”したい、日本の園芸」がコンセプトの植物ブランド。目利きのプラントハンター西畠清順が見出す極上の植物と創業三百年の老舗 中川政七商店のプロデュースする工芸が出会い、日本の園芸文化の楽しさの再構築を目指す。日本の四季や日本を感じさせる植物。植物を丁寧に育てるための道具、美しく飾るための道具。持ち帰りや贈り物に適したパッケージ。忘れられていた日本の園芸文化を新しいかたちで発信する。


聞き手:尾島可奈子