徳島に伝わる「遊山箱」。お重を抱えて子どもが走る、華やかな春の風景

徳島に伝わる、小さな小さな手提げ重箱。

ご馳走が詰め込まれた遊山箱
太巻き4つで一段がいっぱいに。手のひらに乗せられるくらい小さなお重です

その名は、「遊山箱 (ゆさんばこ) 」。

三段のお重が入った箱には、様々な絵柄が施されています。

手まりに桜
手まりに桜
糸巻き
糸巻き
絵柄も様々。こちらはなんと新幹線!
新幹線が描かれたものまで

この可愛らしい遊山箱。実は、子どもの節句で使われるお弁当箱なのです。

男の子も女の子も、みんな持っていた遊山箱

かつて徳島には、旧暦のおひな様の頃に春の節句がありました。毎年4月3日になると、このお重にご馳走を詰め込んで、子どもたちは野山へ遊びに出かけていきます。男の子も女の子も一人ひとり自分の遊山箱を持っていたのだそう。

「それぞれの家にカラフルな遊山箱がしまってありました。一年に一度、とっておきの時に使うものでした。毎年、私はこの日が楽しみでたまらなかったんです」

そう語るのは、徳島市内で漆器店を営む市川貴子さん。核家族化などが進行し、高度経済成長期の頃から次第に使われなくなっていった遊山箱を復刻し、現在に広める活動をされています。

市川さんと遊山箱
遊山箱復刻の立役者、市川貴子さん。徳島市内で漆器店を営み、遊山箱を販売しています

塗りのお重を持って遊びに出かける子どもたち‥‥、なんとも雅やかな風習です。どんな様子だったのでしょう。市川さんが当時の情景と共に聞かせてくれました。

支度で家が華やぐ、特別なご馳走

「徳島の中でも、街中、海辺、里山と住んでいる地域によって少しずつ習慣は違ったようです。私は山の子だったので、野山でのお話です。

4月3日が近づくと、家の中で少しずつ節句の支度が始まります。採れたもち米を石臼で粉にしたり、小豆をさらしあんにしたり。

ちょっと家の中が華やいでくるんです。いつもは畑仕事で忙しい両親が家にいる、私のためにご馳走を作ってくれている。それがすごく嬉しくって。鮮やかに色付けされた寒天をちぎったりお飾りになる葉っぱを採ってきたりと、私もお手伝いをしていました。

前夜には、ういろうを蒸します。甘い香りが部屋中いっぱいになって幸せでしたね」

日本三大ういろうに数えられる、徳島のういろう。かつては各家庭にせいろがあり、それぞれの「家の味」があったのだそう。特別な日に登場する身近なお菓子だったといいます。

「4月3日の朝が来ると、母が作ってくれたご馳走を遊山箱に詰め込みます。巻き寿司にお煮しめ、ういろう、寒天。それから、ゆで卵に食紅で目を描いて葉っぱで耳を作った『雪うさぎ』もありましたね。普段は構ってくれない親がこの日ばかりは色々としてくれるんです。

ご馳走いっぱいの遊山箱を持って、お友だちと野山を駆け上がっていきました」

ご馳走が詰め込まれた遊山箱
遊山箱の中。下の段には巻き寿司、真ん中には煮しめ、上にはういろうや寒天を入れるのが一般的だったそう

遊山箱片手に春の景色を

「高いところまで登って行って、万国旗を立てて陣地を作るんです。見下ろすと小学校への道が見えて、遠くには徳島港が広がっています。青紅葉、れんげ畑、タンポポ、菜の花と春の色を探したり、草すべりをしたり、野山を駆け回りました。

小さな谷を挟んだ反対側の小山にも同じように遊ぶ子どもたちがいるのを見つけて声を張り上げると、向こうからも反応があるんですよ。楽しかったですね」

市川貴子さん
市川さんの瑞々しい遊山箱の思い出。伺っていてうらやましくなりました。素敵だなぁ

「途中でお重を開いて、ご馳走を食べてはまた遊ぶ。遊山箱は小さいですから、すぐに空っぽになってしまいます。そうすると家に帰ってまたご馳走を詰めて戻ってくるんです。

巻き寿司なんて、普段は食べられないご馳走中のご馳走でしょう。みんな何度行き来していたかわかりません (笑) 」

遊山箱を持って野山を駆け巡ります
小さなせせらぎを渡る時は大事なご馳走を落とさないように、両手で遊山箱を抱えたんだとか

実は、田に神さまを迎えるお祭り

それにしても、ご馳走はたっぷりでも遊山箱は小さい。なぜなのでしょう?

「春の節句は、農業が始まる時期をひかえ、田の神さまを迎えるお祭りだったんです。子供たちが山と里を行ったり来たりすることで、神さまが一緒に里に降りて来ると言われていました。なんだか可愛らしいですよね」

なるほど、田畑を耕す大人たちにとっても大事な日だったのですね。

市川貴子さん

地域の大工さんによる手仕事

この遊山箱のルーツは、江戸時代に使われていた大人数で使う大きな手提げ重箱。徐々にサイズが小さくなり、子どものものとして定着したのは大正期と考えられています。大工さんが端材を使って手頃な価格で販売したこともあり、広く浸透しました。

子どもが生まれたお祝いに、雛人形と一緒に贈るという地域もあったそう。

「地域によっては堺の商人が注文を取りに来ることもあったと聞いています。中には、お飾り用の越前漆器や輪島塗、螺鈿の施された見事なものもありました」

経済成長につれて消えていった遊山箱

各家に子どもの人数分そろっていた遊山箱。その後、高度経済成長期の頃から次第に使われなくなっていきます。

「核家族化が進む中で、兼業農家が増えていきました。お祭りもそうですが、準備に携われる人がいなくなってしまったんですね。遊山箱を作れる職人さんも次第にいなくなり、街の雑貨屋さんで時折見かける遊山箱は、昔の売れ残りばかりとなりました。

コレクターの方にお話を伺うと、建て替えや引っ越しをする古い家に『遊山箱を譲ってもらえないか』と訪ねていくと、快諾してもらえることが多かったそうです。遊山箱は高級な工芸品ではなく、お弁当箱です。思い出が詰まったものではあるけれど身近な存在だったが故に、守らねばという意識が働かなかったのかもしれません」

この遊山箱は、捨てられそうになっていたところを引き取ったもの
この遊山箱は、捨てられそうになっていたところを引き取ったもの

復活への原動力は、幼少期の幸せな記憶

幼い頃の春の思い出がいつも胸にあった市川さん。「いつか遊山箱を復活させたい」と願っていました。嫁ぎ先の漆器店でも「遊山箱はありませんか?」というお客さんの声を耳にします。

「お店が代替わりして、夫が経営を任されることになった時、これまで温めていた思いをぶつけました。今の時代に売れないのでは?という意見もありましたが、なんとかして実現させたかったのです」

市川さんの熱い思いが通じて、復刻への取り組みが動き出します。まず苦心したのは作り手探し。

「昔の遊山箱を集めることはできても、作る技術を持っている人がなかなかいなかったんです。各地の木地師さんや塗師さんに相談して‥‥助けてもらいました」

やっと復活にこぎつけた市川さん。かつてのデザインを元に、その柄も復刻させていきます。

様々な柄の遊山箱
今ではとりどりの柄の遊山箱が店頭に並んでいます

「コレクターの方を見つけて昔のものをお借りしたり、思い入れのある方々の話を聞いてオリジナルの遊山箱を作りました。柄を鮮明に覚えている方も多いんです。それだけ思い出に残っているということなんでしょうね」

ギフトや体験と組み合わせて

願いが実り、復活した遊山箱。現在はどのように使われているのでしょう。

2018年に発足した遊山箱文化保存協会の理事を務める島内陽子さんに伺うと、時代にあった使い方も生まれているようです。

「ギフトや体験との組み合わせで遊山箱に触れてもらえる機会を増やしていければと考えています。

かつての遊山箱も、初節句のお祝いに贈ることがありました。他県に行かれる方への贈り物、お子さんの誕生祝いなど節句に限定しない使い方も提案しています」

もう一つの提案が、体験との組み合わせ。

「ホテルや飲食店と一緒にイベントを開催しています。ひな祭りやクリスマスなど季節ごとの行事で遊山箱を使ってお料理を提供したり、お菓子やお料理の盛り付けワークショップを開いたり、実際に遊山箱の魅力を体験できる場を設けています。3段重を生かしたアフタヌーンティーには、海外からの参加者もいらっしゃいました。

元々は春の節句に使うものですが、調べているといろんな使い方に出会います。お正月に、姉妹3人でそれぞれ自分の遊山箱におせちを詰めてもらって嬉しかったという思い出を持っている方もいらっしゃいました。食事の席が華やぐ器なんですよね。様々な使い方を提案して、興味を持ってもらうきっかけづくりをしています」

遊山箱の活用例
お花を飾った遊山箱
テーブルの上のお花を飾る器として
アフタヌーンティで使われた時の様子
お茶のイベントで使われた時の様子

「遊山箱は単なるお重の名前ではなく、体験も含めた文化のことだと思っています。旅行で訪れた徳島の楽しかった思い出の中に、遊山箱が登場したら嬉しいですね」と市川さん。

遊山箱は、自然と人のおつきあいから生まれた文化。厳格な定義はない自由なものなのだそう。地域によって大きさや細工も様々。でも、共通しているのは、特別な気持ちで食事が楽しめること。

徳島の野山の景色に思いを馳せながら、自分たちの思い出を作っていきたくなりました。

<取材協力>

漆器蔵いちかわ

徳島県徳島市籠屋町1-1

088-652-6657

http://ichikawa.nm.land.to/

遊山箱文化保存協会

徳島県徳島市南昭和町1-39-1(オンザテーブル内)

088-625-3099

https://yusan-bako.info/

参考書籍:「遊山箱もって」 (やまざき じゅんよ 2019年 教育出版センター)

文:小俣荘子

写真:直江泰治

画像提供:テーブルコーディネートスタジオ ON THE TABLE

*こちらは、2019年4月1日の記事を再編集して公開しました

ランドセルの作り方には、かばん作りの全てがある。人気メーカー大峽製鞄に聞いた、使いやすさの秘密

小学校でおなじみのランドセル。

近年はカラーバリエーションも増え、楽しみの幅も広がりました。

ランドセルの基本的な形は明治時代から100年以上変わっていないのだそう。それは、機能面でも完成されたデザインだったから。

※詳しくは、「ランドセルの歴史は学習院から。老舗メーカーに聞く「箱型・革製」の秘密」をどうぞ。

学習院型ランドセル
初めてランドセルを学校鞄に採用した学習院初等科のランドセル

進化するランドセル

長年、子ども達の学校生活を支えてきたランドセルですが、時代に合わせて変化してきた部分もあります。

前出の50年ほど前のランドセル。錠前ではなくベルト式の開閉でした
50年ほど前のランドセル。開閉部分にベルトが使われていました。現在はより開け閉めしやすい錠前式が一般的になっています

前回、ランドセルの歴史や型について教えてくださった大峽製鞄さん。同社は、ランドセルメーカーの草分けとして、学習院初等科をはじめ、多くの国公私立校の指定ランドセルを手がけてきました。

その大峽製鞄製のランドセルは、年々進化を遂げています。より使いやすく安全なランドセルを研究した結果、ひと目ではわからないところにも多くの工夫が施されました。

オオバランドセルならではの改良と技術のこと、専務の大峽宏造 (おおば こうぞう) さんに伺いました。

専務の大峽さん。まだランドセルが全国に普及していなかった頃から製造に取り組み、学習院初等科をはじめ国公私立校の指定ランドセルを数多く手がけてきた大峽製鞄は、ランドセルづくりの草分け的存在です
専務の大峽さん。大峽製鞄は、皇室の薬箱や有名小学校のランドセルなど手掛けてきた老舗鞄メーカー。これまでに文部大臣賞7回、東京都知事賞11回、通産大臣賞、経済産業大臣賞と数々の賞を受賞。熟練した職人が作り出すランドセルは、高い評価を受けています

より安全に、より軽やかに

「薄暗がりでも車から見えるように、反射材を付けたり、肩ベルトに防犯用具などを取り付けられる金具を付けたりと安全性を高める工夫を加えています。側面には、鋼の細いプレートを1本入れて、軽いまま強度を高めました。上に人が乗ってもつぶれないんですよ。

また販売を続ける中で、小柄だと背中でかばんがグラつくことがあったり、脇腹部分にベルトが食い込んで痛い思いをしたりする子がいると知りました。そこで、ベルトを少しカーブさせて、優しいホールド感でグラつきにくく子どもの体に合う形を研究しました」

体が痛くなく、フィットして背負いやすいようにカーブを加えたベルト
体が痛くなく、フィットして背負いやすいようにカーブを加えたベルト
さらには、背面にクッションを付けて凹凸をつくり、背中にフィットさせ肩にかかる負担を軽減。ムレにくいという利点も生みました
さらには、背面にクッションを付けて凹凸をつくり、背中に沿わせ前かがみにならなくても重心が腰に来るデザインに。肩にかかる負担が減り、より軽く感じるのだそう。凹凸のお陰でムレにくいという利点も生まれました

PCの普及でランドセルのサイズも大きくなった

改良を加える上で、第一に考えることがあるといいます。それは、安全であること。

「近年、PCの普及に伴いA4書類が多くなりました。これに対応して、ランドセルのサイズを大きくする必要が出てきました。以前の大きさだとA4フラットファイルが入らなかったんです。

従来のランドセルは小学一年生の背中に収まるサイズで作られていました。単純に大きくしてしまうと、周りとぶつかったり何かに引っかかりやすくなったり、怪我につながりかねません。

弊社では、背中に当たる部分だけ大きく、フタに向かって幅が従来のサイズに狭まる『台形』にすることを考えつきました。A4のフラットファイルは一番手前に入れて、教科書を順番に並べればこれまで以上にランドセルの中が整頓されます。良いアイデアでした」

台形にすることで、A4ファイルが入りつつ、サイズはコンパクトに
台形にすることでA4ファイルが入りつつ、コンパクトなサイズのままに

ランドセルにはかばん作りの全てがある

より使いやすいランドセルへと進化する過程で、部品点数が増えたといいます。その数200余り。従来のランドセルの倍以上です。

組み立ての手間はかかるものの、小さな部品を数多く組み合わせることで耐久性は高まり、総重量を減らすことにもつながりました。

そんな大峽製鞄では、新しく職人が入ると、まずはランドセルづくりの修行をさせるそう。ランドセルづくりには、材料の選定から加工までかばんづくりの技術すべてが織り込まれているからです。

高い耐久性は、子どもに学びを与える

「ランドセルは子どもたちが初めて手にする本格的な革製品です。小学校の6年間、毎日使い続けるわけですから、『良いモノを大事に使えば長持ちする』ことを子どもたちはきっと学びます。

素材選びの時も、製作の時も、『これは本当に6年間耐えられる品質か?』と常に問いながらやっています」

ランドセルを縫い合わせる様子

同社のランドセルの大きな特徴は、商品により、重要な部分を手縫いしていること。

「ミシン縫いは上糸が下糸を引っ掛ける構造のため、1カ所でも切れるとほつれる場合があります。手縫いは上糸と下糸がそれぞれ別々に交差して穴を通っているため、仮に1カ所切れてしまったとしてもほつれません。また強度が必要な部分は職人が糸を強く締めるなど、細かい配慮で耐久性を高めています」

2本の糸を使った手縫いで仕上げるので、一部が切れたとしてもほどけない
2本の糸を使った手縫いで仕上げるので、一部が切れたとしてもほどけない頑丈なつくりとなる

革の傷も見逃さない

素材選びでは、ベテランの目利きが仕入れた革を入念に確認する作業が行われます。表面の傷や汚れをチェックしたら、裏面も検分。

表から見て美しくても、裏に傷があると加工する工程で思い通りの形にならなかったり、傷みやすかったり粗が出てきてしまうのだそう。傷やへこみ、血管の痕、目が粗いところなどに印をつけておき、重要な部分には使いません。

巨大な牛革から、ランドセルのカブセ (ふだ部分)は2〜3枚程度しか取れません。それほど厳選されているんです
巨大な牛革1枚から、ランドセルのカブセ (ふだ部分) は2〜3枚程度しか取れません。それほど厳選されているんです
革は裏側をチェックすることが重要。穴や傷、血管の痕などがあると美しく仕上がらないので使いません。こちらはお腹の部分。目が粗い
裏面を見せていただきました。革の目は部位によって粗さが異なります。こちらはお腹の部分。目が粗くザラザラとしています
こちらは、背中の部分。お腹に比べて目が細かくなめらかに整っています。強くて美しい部分なので、大事なパーツに使われます
こちらは背中の部分。お腹に比べて目が細かくなめらかに整っています。強くて美しい部分なので、大事なパーツに使われます

世界で注目される「大人のランドセル」

今、海外からもランドセルに注目が集まっています。

独特のフォルムに魅せられてファッションアイテムとして取り入れたり、機能性の高さに注目して日常使いのかばんとして買い求めたり。空港や免税店でお土産として購入する人が増えているそう。

大峽製鞄は、世界にランドセルを広めることにも一役買っていました。

2011年にイタリアのフィレンツェで行われたメンズファッションのトレードフェア「ピッティウォモ」に出展。ピッティは、世界中のファッション関係者が集まり、審査を通過したメーカーだけが出展できるイベントです。

そこで反響が大きかったのがランドセル。多くのメディアで取り上げられました。

この出展を機にイタリアの高級百貨店やセレクトショップにも置かれ、バーニーズ ニューヨークなどの一流バイヤーが商談をもちかけてくるようになったのだそう。

さらに2012年には、毎年ミラノで開催される国際かばん見本市「ミぺル・ザ・バッグショー」の「スタイル・アンド・イノベーション」部門で入賞を果たします。

受賞商品は、大人のランドセルをコンセプトに作られたかばん「リューク」。

東京藝大との産学協同事業で生まれた、大人のランドセル「リューク」
東京藝大との産学協同事業で生まれた「リューク」。「ミペル・ザ・バッグショー」では、約600の出展社の中から入賞

「嬉しかったですね。革製品でヨーロッパに出て、評価されるのだろうかと不安がありましたから。自動車や家電で日本は有名ですが、革製品は輸出の対象にはならないと思っていました。ヨーロッパには高い技術と歴史があります。その場所でランドセルを通じて磨いた技術が認められたことは、大きな自信につながりました」

専務の大峽さん

「エルメスのデザイナーや、セリーヌのマネージャーなどは自分用に買ってくれました。彼らの多くは自転車通勤。背負うこともできて、肩にかけてもカジュアルになりすぎないおしゃれなランドセルが相当気に入ったようです」

ファッションショーで披露された大人のランドセル「リューク」

子供たちのために生まれたランドセル。改めて眺めてみると、やはりかっこいい。

考え抜かれた形と製作技術が、子どもの小学生活を支え、さらには大人をも魅了しています。

<取材協力>
大峽製鞄株式会社
東京都足立区千住4-2-2
03-3881-1192
https://www.ohbacorp.com/

文・写真:小俣荘子
画像提供:大峽製鞄株式会社

*こちらは、2019年4月25日の記事を再編集して公開いたしました。

 

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ミニランドセルで傷もそのまま、思い出を残す。革職人 寺岡孝子さん「1日1個」のものづくり

ミニチュアランドセルをつくって20年

「キズはそのまま残してください」

卒業式の季節。ある革職人の元に、こんな要望とともに日本全国からランドセルが押し寄せる。

ランドセルには、リクエストの書かれた手紙が添えられる
ランドセルには、リクエストの書かれた手紙が添えられる

「飼っていたワンちゃんの噛み跡がついている部分を残してほしいというリクエストをもらったこともあります。人それぞれ、いろんな思い入れがありますよね」

そう話すのは、寺岡孝子さん。役割を終えたランドセルをミニサイズに作り変える仕事を20年近く続けている。

寺岡孝子さん
ミニランドセル
約1/4サイズに生まれ変わったランドセル

「魔法の」ミニランドセル

寺岡さんが作るミニランドセルは、1日に1個。

ミニランドセルづくりは、カブセと呼ばれるフタ部分から全パーツを切り出して作ることが一般的。素早くきれいなミニサイズが作りやすいからだ。

しかし彼女は、ランドセルをいったん全て解体し、可能な限り元と同じ場所からパーツを裁断して組み上げる。時間はかかるが、元々あったキズ、汚れ、オリジナルのデザインが残る本物をそのまま「魔法で小さくしたようなランドセル」ができ上がるのだ。

糸の色が2つとも違う。それぞれ元の色に近い糸を使って仕上げている
黒のランドセルは赤い糸、ピンクのランドセルは薄ピンクの糸。元々使われていたものに近づけるため、色糸も使い分ける
内側の柄も、元のまま
内側の柄も、そのままに

思い出をギューッと詰め込んで

「ミニランドセルづくりは、とにかく細かいパーツが多く、手間がかかる仕事なんです。だけど、工程をシンプルにした画一的なミニチュアは私には物足りなくて。元々ランドセルが好きだったこともあり、思い出の部分をギューッとそのまま残せるようにと工夫していたらこんな風になっていました。

以前勤めていた工房では社長に『よくこんなに面倒くさいことができるね』 と驚かれましたが、褒め言葉だと思っています。

プロが見ると効率の悪さに呆れる、誰もマネしない仕様です (笑) 」

鞄作りの修行中にミニランドセルに出会った寺岡さん。まず可愛らしさに惹かれ、その一つひとつに固有の思い出があることに気づき、ますます夢中になった。

そして、ミニランドセルづくりを追求したいと自身の工房を立ち上げた。通常の鞄作りを続けながら、年間200個ほどのミニランドセルを一人で手がけている。

製作したランドセルの記録ノート。受付時に、依頼主のリクエストを細かく確認している。「思い出の詰まった長いお手紙をいただくこともあります」と寺岡さん
製作したランドセルの記録ノート。持ち主の希望や、構造上の可否を説明したことなどが詳細に書きつけられていた。「最初の対話にしっかりと時間をかけます。思い出の詰まった長いお手紙をいただくこともあります」

ミニランドセルの作り方

まる1日かけて作り上げるミニランドセル。その様子を覗かせてもらった。

この日、手がけていたのはこちらのランドセル
この日、手がけるランドセル。キズとハートマークを残して欲しいというオーダー
名札入れの部分もハートマークにくり抜かれている可愛らしいデザインだった
名札入れの部分もハート型にくり抜かれている可愛らしいデザインに、顔をほころばせる寺岡さん

可能な限り、元の素材を残す

まずは、ランドセルのパーツを切り出す工程。カッターやキッチンバサミなど、革加工用の道具にこだわらず使い勝手の良いものを活用しているそう。

まずは、ランドセルをパーツごとに解体していく

ランドセルは6年間壊れず使えるようしっかりと作られている。それを切り分けていくのはかなりの力仕事。カッターの刃は作業の途中で何度も交換されていた。

「フタを開けて覗いた時の景色も同じだったら嬉しいですよね」と、底板も分解して残す
「開けた時の景色が以前と同じだったら嬉しいですよね」と、底板も分解して残す
糸を切ることで、革に開けられた糸穴を残しておく。この穴を生かして、最後に手縫いで仕上げると元の雰囲気を残せるのだそう
糸を切ることで、革に開けられた糸穴を残しておく。この穴を生かして、最後に手縫いで仕上げると元の雰囲気を出せるという

作業していると、中から出てきた鉛筆の芯や削りくずで寺岡さんの手が真っ黒に。

「猫の毛が入っていたこともありましたよ」

使い込まれたランドセルならではの光景だ。

よりオリジナルに近づける工夫

残して欲しいとリクエストのあった、側面のハートマーク
残して欲しいとリクエストのあった、側面のハートマーク

「以前は、両サイドに柄があったら片方しか残せなかったんです。ミニサイズになる分、側面の革を短くする必要があるので。

でもある時、底面の革を削って、両サイドの革を繋げばできるなぁと思いついて。それ以来、左右とも元のデザインを残せるようになりました」と寺岡さんは嬉しそうだ。

両サイドの柄が残るように、底面を切り落とし長さを短くして繋げた
両サイドの柄が残るよう底面を切り落とし、長さを短くして繋げた。革を扱う職人だからこその技が光る
もちろん、内側の柄もそのまま残るように貼り合わせます
内側の柄も、当然そのまま残るように貼り合わせる徹底ぶり

見えないところも、そのままに

寺岡さんの再現は、見えるところだけにとどまらない。ポケットの内側のパーツや、サイズ合わせのために短くしたファスナーの留め金なども手をかけて取り外して付け直す。

ランドセルに施された刺繍、さらにはポケットの中についていたラベルまで切り出します。ラベル!!
ランドセルに施された刺繍、さらにはポケットの中についていたラベルまで切り出す。ラ、ラベルまで!!

「ここまでくると自己満足かもしれません。でも、ふとした時に気づいてもらえたら喜んでくれるかなと思って」

こちらは、フタについた金具。左右の位置が同じになるよう、解体したら髪に貼り付けておくのだそう
取り外したカシメ (フタについた金具) は、左右を元の通り取り付けられるよう紙に貼り付けて保存しておくのだそう

こうしてそれぞれの場所からパーツを切り出すことで、フタの部分がそのまま残る。これが、正面の印象を元のままにすることにも一役買っている。

フタの部分は金型を使って切り出す。この位置で切り出すと、正面の糸目がそのまま生かせるのだそう
フタの部分は金型を使って切り出す。この位置で切り出すと、正面の糸目がそのまま生かせるのだそう
もちろん、時間割ポケットもそのままに
もちろん、時間割ポケットもそのままに

手縫いが仕上がりの印象を決める

全パーツを切り出したところで縫い合わせの工程へ。

ミシンで縫い合わせる準備

オリジナルに近づけるために、ミシン糸も元の色に近いものを選ぶ。

オリジナルに近づけるために、糸の色もより近いものを選ぶ。「同じ赤でも結構違うものなんです」と寺岡さん
色糸サンプルから近しい色を探す。例えば、同じ赤でも色味は様々
ポケットの内側に縫い合わされ、無事に元の位置に戻るラベル
ポケット内側の縫い合わせ。ラベルも無事に元の位置へ
だんだんと元の形に「戻って」きた
縁 (へり) も角の位置を合わせて縫い合わせる。だんだんと元の形に「戻って」きた

仕上げは、手縫い。ロウをつけた2本の太い糸を、革にあいた糸穴に通していく。本来、この縫い方は強度を増すためのもの。まるで本物のランドセルづくりのよう。

「こうすると雰囲気が出てより可愛くなるんです」という
「こうするとよりランドセルらしさが出るんです」と手縫いでランドセルを仕上げる寺岡さん

最後にベルトを取り付けてやっとできあがる。

ついに完成!
底板も収まり、元の景色を取り戻したミニランドセル
底板も収まり、元の景色を取り戻したミニランドセル

力仕事に始まり、細部にまで元の面影を残したミニランドセルが完成した。

ご依頼はお早めに

寺岡さんの元に届くランドセルは、卒業式直後のものだけではないそう。

「引越しやリフォームなどで家の大掃除をした時に、しまい込んでいたランドセルを見つけた方からの依頼もあります。ただ、年数が経っていると革の劣化が進んでいて、加工に耐えない状態のものもあります。早めに依頼いただけるとできることも増えるのでおすすめです」

この日製作されたランドセルは、側面の柄がセンターに来るよう、左右の幅を調整して革を折り曲げた。こうした加工ができるのは革がまだ古くなっていなかったから
この日製作されたランドセルは、側面の柄がセンターになるよう、左右の幅を調整して革を折り曲げた。こうした加工ができるのは革がまだ古くなっていなかったから

しまい込まないランドセル

小学校卒業とともに使わなくなるものの、捨てるには忍びない。そんな思いから、どこかに仕舞い込まれてしまうことの多いランドセル。

寺岡さんの手によって生まれ変わったミニランドセルは、その後どうしているのだろうか。

「『リビングに飾っている』なんて、嬉しいお声をいただきます。小さくて可愛いので、インテリアになるようです。

上のお子さんのミニランドセルを見て、自分のも早く小さくしたいと言う卒業前の妹さんがいたり、中学校のバックも加工してほしいというリクエストをいただいたりしています」

通学鞄としての役割を終えたランドセル。寺岡さんの「魔法」で、思い出を残す新たな出番が始まっている。

<取材協力>
梅田皮革工芸
東京都荒川区南千住3-40-10-314
03-3801-4685
http://www.hakodateume.com/

文・写真:小俣荘子

 

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突然の雨から守ってくれる、超撥水の風呂敷「ながれ」

突然の雨。

しかたなくビニール傘を買いに走る‥‥そんな経験はありませんか?私はもう何度くり返したかわかりません。家にはビニール傘が増える一方。

折りたたみ傘を持っていればよかった!と後悔しつつ、毎日は持ち運びたくないし‥‥。そんな悩みを解決してくれるものに出会いました。

それは、風呂敷。

超撥水風呂敷『ながれ』

一見なんの変哲も無いように見えるこの風呂敷。ただの風呂敷ではありません。強力な撥水力を持っているんです。

超撥水風呂敷『ながれ』
布が水をはじいて、表面をコロコロと転がるほどの撥水力です

その名も、超撥水風呂敷『ながれ』。

超撥水風呂敷『ながれ』
こんな風に広げれば、布の上を水滴が流れて雨から身を守れます
超撥水風呂敷『ながれ』
布バッグなどを包んで水濡れを防ぐことも

小さく折りたためる風呂敷はかさばりません。かばんに1枚入れておけば、急に雨が降っても安心です。

織物の町、桐生市の老舗企業が生んだ「超撥水技術」

この風呂敷を作っているのは、群馬県桐生市のメーカー「朝倉染布」。1892年の創業以来、生地の加工技術で織物の町を支えてきた老舗企業です。

布おむつの全盛期には、赤ちゃんの肌に優しく、撥水力と通気性を兼ね備えたおむつカバーの開発に貢献。近年は、五輪選手も活用する競泳用の素材や、衣料資材の染色加工を行ってきました。

長年培ってきたこの加工技術から生まれた、独自の「超撥水技術」を風呂敷に施しました。

超撥水風呂敷『ながれ』
超撥水性を持たせることで風呂敷そのものの機能性が格段に進歩した点などが高く評価され、グッドデザイン賞 特別賞 (中小企業庁長官賞) も受賞

水が球体になって転がるほどの撥水力

「超撥水」とは、高い撥水性によって「水滴が面に対しておよそ150度を超える接触角で接する現象」のこと。

通常の撥水(接触角:約110度)
通常の撥水(接触角:約110度)
「超撥水」の状態 (接触角:約160度) 。水滴は球体に近くなり、転がりやすくなります
「超撥水」の状態 (接触角:約160度) 。水滴は球体に近くなり、転がりやすくなります

カメラやPCなど、「絶対に濡らしたくない」精密機器などを守るために買い求める人も多いのだとか。

超撥水風呂敷『ながれ』
濡らしたくないものを包めば安心

水が運べる風呂敷

朝倉染布の超撥水加工は、布の表面ではなく、繊維一本ずつに施されています。布を織る繊維そのものが高い撥水性を持っているので、生地の裏表両面が水をはじく上、通気性が保たれています。

そのため、中身を水から守るだけでなく、水を漏らさずに包むこともできるんです。端を結んでバッグ状にすれば、なんと10リットルもの水を運ぶことが可能なのだそう。

バケツ代わりになる風呂敷として、災害などの非常時用にも注目されています
バケツ代わりになる風呂敷として、災害などの非常時用にも注目されています
超撥水風呂敷『ながれ』
布ではなく繊維に加工が施されているので、絞ることで繊維の間から水を出し、シャワーのように使うことも

100回の洗濯でも撥水効果が持続

さらには、耐久性の高さにも驚きます。洗濯を100回以上繰り返しても撥水性能を保持し続けるそう。

汚れたら洗濯できるのは心強いこと。角を結んで水滴のついた食材を運ぶエコバックにしたり、食事がこぼれても良いように子どものいる食卓に敷いたり、レジャーシートとして使ったり、屋外フェスなどアウトドアでも活躍しそうです。

超撥水風呂敷『ながれ』
食事の時に前掛けにすれば、食べこぼしから服を守れます
超撥水風呂敷『ながれ』
通気性がありムレないので、温泉やプールに出かける際に着替えを入れて運ぶのにも最適です

突然の雨や災害時だけでなく、毎日の暮らしでも色々と活用できる風呂敷。お出かけのおともに、かばんに1枚入れておこうと思います。

<取材協力>
朝倉染布株式会社
群馬県桐生市浜松町1丁目13-24
http://www.asakura-senpu.co.jp/

<掲載商品>
超撥水風呂敷『ながれ』

文:小俣荘子

*こちらは、2019年5月29日の記事を再編集して公開しました

無病息災を祈って飾る「黄ぶな」。宇都宮で愛される郷土玩具ができるまで

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

日本人は古くから、ふだんの生活を「ケ」、おまつりや伝統行事をおこなう特別な日を「ハレ」と呼んで、日常と非日常を意識してきました。晴れ晴れ、晴れ姿、晴れの舞台‥‥清々しくておめでたい節目が「ハレ」なのです。

こちらでは、そんな「ハレの日」を祝い彩る日本の工芸品や食べものなどを紹介します。

「無病息災」の祈りを込めた郷土玩具

江戸時代から伝わる、栃木県宇都宮市の郷土玩具「黄ぶな」。ふっくらとして可愛らしい黄色い鮒 (ふな) の張り子人形です。

栃木県宇都宮の郷土玩具・黄鮒(きぶな)

黄ぶなには、こんな言い伝えがあります。

「昔むかし、宇都宮地内に、天然痘が流行して多くの病人が出ました。そこで村人は神に祈り、病気の平癒を願います。ある日、信心深い一人の村人が、病人に与えるために郷土を流れる田川へ魚を釣りに出かけ、鯛のように大きくて変わった黄色い鮒を釣り上げました。これを病人に与えたところ、病気がたちどころに治ったのです。村人たちはこれを神に感謝し、また病気除けとして、この黄鮒を型取り、毎年新年に神に備えるようになりました」

今では、その愛らしい姿から宇都宮土産としても展開されている黄鮒ですが、無病息災を願って玄関先に飾る風習が残っています。

黄ぶなの顔はなぜ赤い?

栃木県宇都宮の郷土玩具・黄鮒(きぶな)

かつては、秋の採り入れ時期が終わってからお正月までの農家の副業として、多くの人が黄ぶな制作をしていました。徐々に作る人が減り、一時は途絶えてしまいましたが、現在は宇都宮の伝統工芸士である小川昌信 (おがわ・まさのぶ) さんが復活させ、技術を継承しています。

小川さんの工房を訪れてお話を伺いました。

小川昌信さん
小川昌信さん

「黄ぶなの顔は真っ赤ですが、なぜ赤いのでしょう?酔っ払っているわけでないのですよ (笑) 。

郷土玩具の世界では、『赤もの』と呼びますが、かつて中国から入ってきた思想で、赤には厄除けや病気除けなどの意味合いがあります。だるまや福島の赤べこなど、各地に赤い縁起物がありますね」と小川さん。

制作に加え、小学校の伝統工芸の授業のゲスト講師として、小学校やご自身の工房、修学旅行生のために日光での体験教室でレクチャーも行う小川さん。この日も、県内の壬生 (みぶ) 町立稲葉小学校の子どもたちが黄ぶな作り体験にやってきました。

カラフルな黄ぶなができるまで

「この黄ぶな、何でできていると思う?」と張り子の解説から始まる体験教室。

子どもたちは「木?」「土?」と声をあげます。

「答えは紙でした。木型に紙を張りつけて1日半ほど乾燥させます。黄ぶなの腹部を切って木型を取り出して切り口に紙を張る。ほら、こんな風に出来上がるよ」小川さんのレクチャーは進みます。

貼り合わせた紙が乾いたら切り込みを入れて、木型を取り出します。
乾いた紙の腹部を切って、木型を取り出すところ
木型通りの形が出来上がります
木型通りの形が出来上がります

「出来上がったものにひれをつけて形を整えたら、膠 (にかわ。動物の皮を煮出してつくられる天然の接着剤) と胡粉 (ごふん。貝殻などをすりつぶした白色の顔料) を塗って白い下地を作ります。乾いたら、この上から色付けをしていきます。今日は、絵の具でみんなで色を付けましょう。まずは黄色から!」と、色付けが始まります。

※実際に販売される黄ぶなは、膠と染料を混ぜて、硬さを熱でコントロールをしながら着色し、艶のある仕上がりにします。

黄鮒に色をつける子どもたち
黄ぶなに色をつける子どもたち

子どもたちは真剣な面持ちで黄色、赤、緑、黒、金と順番に色をつけていきます。

鮮やかな色を重ねていくとなんだか美味しそうに見えてきたりも。「オムライスみたい!」なんて声が上がり、盛り上がりました。先ほど小川さんから教えていただいた「赤もの」の意味や、家での飾り方も習います。

1年間、玄関に飾ることで徐々に色が褪せていく黄ぶな。初詣の際に神社で購入した黄ぶなは、年末にお焚き上げをして、新年にまた新しいものを飾り、改めて1年間の無病息災を願います。

ちょっとおとぼけ顔の愛らしい姿が玄関で見守っていてくれたら、心が和んで、毎日元気付けられそうですね。

<取材協力>

ふくべ洞

宇都宮市大通り2-4-8

028-634-7583

文・写真:小俣荘子

*こちらは、2017年11月12日の記事を再編集して公開しました

持ち運びできる茶道具セット、竹俣勇壱さんの手のひら「茶箱」で一服を

「持ち運べる道具」と聞くと、なんだかワクワクしませんか?

食卓を飛び出して外で食事が楽しめるお弁当箱、星空の下だって寝室にできるテントや寝袋。ポータブルな道具は、「いつもの場所」から私たちを解き放ってくれます。

いつでもどこでも、抹茶を楽しむ

実は茶の湯の世界にも、そんな道具があります。その名は「茶箱」。

箱の中にお茶を点てる道具が一式入っていて、お湯を用意して箱を開けば茶室でなくてもお茶が気軽に楽しめるのです。千利休の時代から使われていました。

今日は、とりわけ現代のポータブル性を追求して生まれた小さな小さな茶箱をご紹介します。

片手にすっぽり収まる、「手のひらサイズ」

まずはこちらをご覧ください。

茶箱
直径7.5センチメートルほどの缶に入った茶道具。片手で持ててしまいました!

箱の中身を広げてみると‥‥

茶箱から取り出した茶道具
左奥の銀色の器はお湯を沸かすやかんです。道具の後ろにある通常サイズの茶釜と同じ役割を果たします。大きさにして1/10以下!比べると、その小ささが引き立ちます

奥左から、やかん、茶碗をすすいだ湯水を捨てる建水 (けんすい)
手前左から、茶碗、茶入れ、折りたたみ式の茶杓 (ちゃしゃく)、茶筅 (ちゃせん)、茶筅を入れる茶筅筒、茶巾を挟んだ茶巾筒

小さくてもしっかりお茶がたちます
小さくても美味しいお茶が点ちます

手のひらに収まるサイズ感だけでも大興奮してしまいましたが、中にはしっかりと道具が一式入っています。さらには、一般的な茶箱では別添えで用意する必要がある湯沸かし道具まで、茶箱の一部となっいることに驚かされます。

ヤカン
茶箱の蓋に金具を取り付けると、やかんに早変わり!足元の板に旅館の鍋料理などに使われる固形燃料を置いて火をつければお湯が湧きます。出先でお湯を確保することは案外難しい、という経験から加えられた道具です

この一式に、お抹茶と水さえあれば、本当にどこでも、お茶が点てられてしまうのです。

この茶箱を生み出したのは、金沢の金工作家、竹俣勇壱 (たけまた ゆういち) さん。

竹俣さん
金沢のひがし茶屋街にある町家を改装したアトリエ兼ショップ「sayuu」で迎えてくださった竹俣さん

竹俣勇壱さん
1975年金沢生まれ。95年に彫金を学びはじめ、アクセサリーショップを経て2002年に独立。2004年、アトリエ兼ショップ「KiKU」オープン、2007年には生活道具の製作も開始。輪島塗の塗師、赤木明登氏からの依頼をきっかけに茶杓を製作。以来、茶の湯を研究し、茶箱などの茶道具も手がけるように。2011年、金沢東山に2店舗目となるアトリエ兼ショップ「sayuu」オープンし、そこを拠点にしながら、全国での展覧会も積極的に開催している。

「お抹茶は、粉をお湯に混ぜて飲むもの。手順としてはインスタントコーヒーと同じくらい手軽です。

茶の湯の本筋からはそれてしまうかもしれないけれど、気軽に持ち運べて、どこでもお茶が飲めるものがあっても良いなあと考えました。コーヒーが苦手なので抹茶が出先でも飲めたら嬉しいという個人的な好みもあり、自分が欲しいと思える理想の機能とデザインの茶箱を作ってみることにしたんです」

そう語る竹俣さんに、この茶箱の中身を詳しく教えてもらいました。

テクノロジーも活用したものづくり

茶箱に詰め込まれた工夫を見ていきましょう。

茶碗もぴったり
蓋をあけるとパズルのように無駄なく道具が収まっています。持ち運んでいるときに中でカタカタと揺れ動いて壊れないよう、箱に沿う形の茶碗。茶碗の中に入っている茶入れも木製なので、お互いが接触しても割れにくくなっています

茶碗は、竹俣さんディレクションのもと、金沢を拠点にデジタル技術と工芸の伝統技術を掛け合わせたものづくりを行うsecca (セッカ) が製作しました。3Dプリンタで原型を作り、焼成時の伸縮率も算出し、缶にぴったりと合うサイズを作っているのだそう。

さらには、金属製の道具にも工夫が施されています。

茶筅筒や茶巾筒、やかんの金具は、薄い金属で作ることでしなるように設計されています。これがクッションの役割になって衝撃を緩和します
茶筅筒は、茶筅の癖直しとしても活躍する
茶筅筒は、筒の中で閉じてしまった茶筅の穂先を広げて整える、「茶筅くせ直し」としても活躍する優れものになっています。しなるように設計した結果、伸縮で筒のサイズが変わるので2役を担うことになったのだそう

小さくても、美味しさを諦めない

「小さい器だと茶筅を動かせる範囲が狭くなるので、かき混ぜにくくなります。この茶箱に入れる茶碗は沓形 (くつがた=真円を少し歪めた形) にして、茶筅を縦方向に振りやすくお茶を点てやすくしました」

沓形の茶碗
沓形の茶碗。茶筅はお茶を点てるのに必要な穂先を確保した上で、柄の長さを短くすることで茶箱に収まる長さになっています

「抹茶は濃茶 (泡立てずに濃いめに練るように点てる) と、薄茶 (茶筅で泡立てるように点てる) で異なる茶葉を使いますよね。濃茶の茶葉を薄茶で使うとあまり点てなくても美味しいので、僕は濃茶用のお茶を使うようにしています。

コーヒーのエスプレッソショットを楽しむような感覚で味わえます。茶碗のサイズも、これよりも小さくすると飲み足りない感じになるので、ちょうど良い具合になっているなと気に入っています」

茶筅の横の隙間に、板チョコを入れれば、お菓子も茶箱の中に収まる
竹俣さんは、茶筅の横の隙間に個包装の板チョコを入れておくのだそう。菓子器がなくてもアイデア次第でお菓子も中に収められるのですね

気軽にカバンに入れて運びたい

いったいどんなきっかけでこれほど小さな茶箱を作ろうと思ったのでしょう。

ジュエリーデザイナーだった竹俣さんの元に、輪島塗の塗師、赤木明登さんから茶箱用の茶杓の依頼が舞い込んだことで、竹俣さんの茶道具づくりは始まりました。

「初めて茶杓の製作依頼をいただいた当時、茶の湯について知識はほとんどありませんでした。資料を集めて読み込むなどしましたが、依頼されたパーツだけ作っていても使い勝手はよくわからない。それで、自分でも茶箱を作って使ってみることにしたんです」

茶箱の棚
店内には様々な取り合わせの茶箱が並んでいました
sayuu内観
店の奥には、茶室と作業場が設置されています。作ったものは実際に茶室で試して、使い勝手を検証するのだそう

膨大な資料を読み込んだり、お茶のお稽古にも通って道具を観察したり使い勝手を研究したという竹俣さん。実際に使ってみると、様々な気づきが生まれます。

「古いものを色々と見て真似してみました。茶箱は、自分の好みや仕上げたい風情を考えながら、骨董品など古い物の中から探し、さらには箱に入るサイズを苦労して見つけて組み合わせる方が多いんです。相当に神経を使って選び抜いた道具は、一式で100万円を超えてしまうこともしばしば。

運んでいて1つでも壊れたら、せっかく完成させた茶箱がダメになってしまう。そんなことを考えたら、なかなか気軽に持ち運べるものではないですよね (笑) 」

竹俣さん

「そして実際に持ち運んでみると、一般的に小ぶりだというものも案外大きいなと気づきました。他の荷物が入ったカバンには収まらず、手提げなど荷物がもう1つ増える感じです。大名にはお付きの人がいたでしょうし、元々はこんな風にお茶箱を自分で運ぶこと自体、なかったのでしょうね」

たしかに、今でこそ荷物は自分で運ぶものですが、大勢の家来がいたら、荷物が多少かさばるくらい気にならなかったはず。ちょっと視点を変えて、現代風のカジュアルで運びやすい茶箱を考えてみたくなったのだそう。

さらに茶箱の研究は進みます。

壊れにくく、メンテナンスできるものを

「ヨーロッパでの展示会に出かける際、茶箱を持って行ってみることにしました。飛行機に持ち込もうとしたら、手荷物チェックで止められたことがありました。海外の人にとって、お抹茶は馴染みのないもの。不審物と思われてしまったんです。

それで、お茶缶を開けられて、抹茶の粉がブワーッと舞い広がってしまって (笑) 」

なかなかの大惨事ですね‥‥。

竹俣さん

「これはチェックの厳しい手荷物ではなく、スーツケースに入れて預けるべきだったなあと思いました。預ける荷物に入れるなら、多少手荒に扱われても中で壊れてしまわないものを考えなきゃな、と」

こうして生まれたのが、必要なものがコンパクトにまとまっていて持ち運びやすく、壊れにくい茶箱。この茶箱は、竹俣さんと共に旅を重ねていますが、まだ一度も壊れたことがないのだそう。

「もし壊れても、修理したり取り替えられるように設計しているので、また使うことができます」

カジュアルにお茶を楽しむための道具という位置付けで、高価すぎず、交換やメンテナンスが考えられているのも竹俣さんの茶箱ならではです。

竹俣さんといろんな場所に出かけてきた茶箱
竹俣さんといろんな場所に出かけてきた茶箱。一層手に馴染むものになっているように感じました。この茶箱、私たちもお店や展示会で購入できます (一式13万円 税別) 。人気のため売り切れている場合は、製作依頼も可能とのこと

すぐに使えるお気に入りの道具があると、お茶との距離がぐっと近くなりそうです。お茶って、もっと気軽に楽しんで良いもの、身近なものなんだなあと勇気付けられました。

すっかりこのお茶箱に魅了された、わたくし。ドキドキしながら竹俣さんに制作をお願いしてお店を後にしました。

届いたらどこで使おう。オフィスでの休憩時間、旅先で見つけた景色の良い場所、ピクニックのお供に‥‥好きな場所で、自分の道具で点てたお抹茶をいただくひととき。想像を膨らませるだけで心が躍っています。

<取材協力>
sayuu
石川県金沢市東山1丁目8-18
076-255-0183
https://www.kiku-sayuu.com/

文・写真:小俣荘子

*こちらは、2018年5月9日の記事を再編集して公開しました