アートを飾るように家に布を飾る、新たなインテリアを発売します。「くらしの工藝布」シリーズから、今年は「アイヌ刺繡」をテーマにものづくりを行いました。
できあがったものは、「アイヌ刺繍」には珍しい白を基調とした配色。3年の歳月をかけ、8名のアイヌ工芸作家の方々と共にものづくりをしました。
どんな背景でこのアウトプットになったのか、デザイナーの河田めぐみさんに話を聞いてみました。
河田めぐみ
中川政七商店デザイナー。
「くらしの工藝布」の専任デザイナーとして、工芸の技をテーマにした布づくりに取り組んでいる。
ーーアイヌ刺繍をテーマに開発したきっかけは何だったのでしょうか?
最初のきっかけはご紹介です。お付き合いのあるバイヤーさんが、阿寒湖アイヌのものづくり事業にアドバイザーとして参加されていた関係で、中川政七商店で商品開発ができないか、というお話をいただきました。アイヌ工芸のものづくり事業に参加されていた下倉絵美さんが、伝統的な手仕事以外にも、アイヌ文様のテキスタイルデザインにチャレンジしたいというお話があって、それがきっかけで中川政七商店にお話をいただいたみたいです。それが2021年の10月です。
ちょうどその頃、「くらしの工藝布」では、「技」をテーマに開発することを決めて、多様な工芸をテーマに作りたいと考えていた頃だったので、アイヌテキスタイルのものづくりのお話をいただいた時は、ぜひお願いします! という感じでした。
それで2021年の12月頃に、下倉さんをはじめ何人かの作家さんにお会いするために阿寒湖のアイヌコタンに伺いました。ここで伝統的な手刺繍や工芸品を拝見し、また、コミュニティの中で、若い作り手に刺繍の手ほどきをしながら、技術をつないでいく活動をされていることなども知りました。
もともといただいたお話は機械刺繍のみでのテキスタイルデザインでしたが、阿寒での体験やアイヌ工芸の歴史や技を学ぶ中で、伝統的な手仕事の技を原点にして、手刺繍も合わせながら新たな機械刺繍の表現の可能性を探っていくような流れにしたいと思ったんです。
そこで、改めて阿寒の作家さんに手刺繍もしていただけないかと思い、2022年の3月頃に再度阿寒湖に訪問しました。ただ、その時にご紹介いただいた作家さんには良いお返事がもらえなかったんです。アイヌコタンに行って知ったのですが、皆さんいろんなことをされているんですよね。工芸作家としての側面だけじゃなくて、踊りや歌で舞台に立ったり、お店を運営されていたり、一人何役も担っているのでお忙しくされていて。だから、その時の訪問では決まらなかったのですが、阿寒アイヌコンサルンの方に引き続き声を掛けていただいて、改めて今回ご依頼した作家さんとのものづくりが実現しました。
ーーどのようなやり取りで今回の素材や文様が決まっていったのでしょうか?
アイヌ工芸や歴史に関する知識がほとんどなかったので、2回目の訪問にあわせて、網走の北海道立北方民族博物館や白老の国立アイヌ民族博物館に行きました。ほかにも、図書館でアイヌ工芸に関する資料を読んだり、漫画、アニメ、インターネットなどさまざまなツールで情報収集しています。そこで多様な衣文化の歴史や、さまざまな刺繍技法があることも知りました。その上で、先人たちが残してきた技や世界観を継承しながらも、今の暮らしの中でこそ生まれる自由な表現を大切にしたいと思ったんです。
そこでまず、素材、色含め全体的な世界観のイメージについて、作家さん一人ひとりにお会いしてお伝えしました。生地と糸の相性を確認するための試作から始まり、素材が確定した段階で、典型的な文様以外については、デザインから新たに作っていただいています。
ーー表現として、なぜ白が基調になったのでしょうか?
実は北海道に行ったのも初めてだったんです。中でも阿寒湖周辺では、冬は-20℃ を下回るような寒さになるんですね。最初の訪問は12月だったので雪がかなり積もっていました。次に訪れたのは3月でしたが、阿寒湖はもちろん、道中もまだ雪景色だったんですね。初めての北海道は、朝晩本当に突き抜けるような寒さだったのですが、同時に、空気がとても澄んでいると感じて。アイヌコタンの目と鼻の先には阿寒湖があるのですが、湖も雪が積もって真っ白で、遠くに見える山も、何もかもが雪に覆われていました。空気が澄んでいるから空が本当にきれいで、そこに真っ白な雪があるという対比だったり、自然そのものにある爽やかな色の印象がとても強く残っています。
アイヌ刺繍の技法の中に、生地の上に文様の形に切り抜いた生地を乗せて伏せ縫いをし、その上から刺繍をするとても手の込んだ表現があります。それを見た時、アイヌの人々の深い想いや、時間の層が積み重なっていくような表現だと感じました。その表現が、阿寒で見た雪の層と重なって見えて、そんな奥行きのある表現を大切にしながら、白を基調に表現してみたいと思ったんです。
アイヌ民族の衣服に施されている色の表現は、コントラストが強く、色鮮やかなものがひとつのスタイルとしてあると思います。ですので、白を基調にした淡い色の重なりで表現したいというお話をした時に、最初から賛同してくれる方もいれば、そうでない方もいました。
ですが、 阿寒の自然を感じながら、自然に委ね、自然とともに暮らす阿寒の人々に接し、この雄大な自然に漂う空気感を色に重ねて、それを阿寒に暮らす作家さんと一緒に作り上げたいと思ったんです。
ーー手刺繍の全ての作品に当社のルーツである手織り麻が使われていますが、どういう意図がありますか?
アイヌ衣装の素材のなかでテタラぺという、イラクサと呼ばれる植物を繊維にした織物があります。アイヌ語で「白いもの」という意味があり、同じ靭皮繊維のアットゥㇱと比べ、白さが際立っているのが特徴です。
中川政七商店のルーツである奈良晒の素材、苧麻も同じイラクサ科の植物で、見た目にも素材感にも共通性があることから、この素材を使用したいと思いました。当社が、麻生地を白くする技術に優れた奈良晒の商いから始まったこともあり、手織りの麻の白を基調にしたいと思ったんです。
ーー作る中で、アイヌ刺繍のものづくりは、どんなところに特徴があると感じましたか?
まず圧倒的に個性的だということです。
今回、最小限の色で多くの作家さんにそれぞれ作品を制作いただきましたが、どれもアイヌ文様であることが分かります。決して伝統に則った表現ではなくても、分かるのではないでしょうか。
それぞれの作家さんに、「文様には、ルールのようなものがあるのでしょうか?」と伺ったことがありました。しかし皆さんからは、「特にこれといったルールがあるわけではなく、むしろ自由だ」というようなお答えをいただきました。それを聞いて感じたのは、きっと長い歴史の中で培った強度のある表現だからこそ、大胆にアレンジすることもできるのではないかということです。昔の人が、さまざまな技を取り入れながら自由な発想で表現した形は、これからもその強度を保ちながら、大胆に自由に変化していくのかもしれません。
今回、アイヌ刺繍をテーマに開発するにあたって、遥か古まで歴史を遡り、現在に至るまで、さまざまなことを学びました。初めて阿寒に訪れた3年前から今までの間、長い歴史の旅をしてきたような気持ちです。
色んなことを知り、そして今まで何も知らなかったことに気付きました。これまで考えもしなかったことを考えるようにもなって。そして、何を、どんな風に作り伝えるべきか悩みました。そんな時、アイヌの作家の皆さんが、とても朗らかにものづくりに向き合う姿に接し、私は、この澄んだ表現の美しさをただただ届けたい、それに尽きるという思いに至りました。
今回手がけた布の多くが、部屋に飾るものです。阿寒湖の自然の空気をそのまま切り取ったような表現をするために、雪、空、木々、この3 つの印象を色に重ねました。
飾り、眺め、その世界観を想像し、心が動くような瞬間があったら嬉しいです。
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文:上田恵理子
写真:田ノ岡宏明