こんにちは。ライターの小俣荘子です。
みなさんは古典芸能に触れたことはありますか?
独特の世界観、美しい装束、和楽器の音色など、なにやら日本の魅力的な要素がたくさん詰まっていることはなんとなく知りつつも、観に行くきっかけがなかったり、そもそも難しそう‥‥なんてイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか。
気になるけれどハードルが高い、でもせっかく日本にいるのならその楽しみ方を知りたい!そんな悩ましき古典芸能の入り口として、「古典芸能入門」を企画しました。
そっとその世界を覗いてみて、楽しみ方や魅力を見つけてお届けします。
気軽に楽しめる庶民のエンターテイメント
今回は、人形浄瑠璃で使われる「浄瑠璃人形」の世界へ。
人形浄瑠璃は、人形と、太夫 (独特の節回しで物語の展開やセリフを表現する語り手) 、三味線の3つの技芸が結びついた芸能です。
江戸時代に、歌舞伎と並び一世を風靡したエンターテイメントでした。デートで訪れたり、好きな演目に足しげく通ったりと、気軽に楽しめる娯楽。感覚としては、現代の映画のような位置づけと言えるかもしれません (歌舞伎は「実写映画」、人形浄瑠璃は「アニメ映画」といったところでしょうか) 。
当時話題になったニュースやスキャンダルが題材となった演目や時代劇、切ない恋物語などが描かれ、多くの人々の心を掴みました。
現存するものとしては、大阪の国立文楽劇場や東京の国立劇場を中心に上演される「文楽」が有名ですが、全国各地に様々な人形浄瑠璃が残されています。
※「文楽」について詳しくは「古典芸能入門 『文楽』の世界を覗いてみる」もあわせてどうぞ。
人形浄瑠璃のルーツをたどる
江戸時代に盛り上がりを見せた人形浄瑠璃ですが、そのルーツは兵庫県の淡路島 (あわじしま) にあります。現代にその伝統を伝える「淡路人形座」を訪れました。
淡路人形芝居の由来は諸説ありますが、鎌倉時代、淡路島に大阪四天王寺より舞楽など神事を生業とする楽人が移り住み、戎神社の芸能と結びついて神事を人形操りで行うようになったと考えられています。
漁の安全と恵みを祈るものとして、また、家、土地、船を守り、神を讃える神聖な季節の行事として定着しました。昭和中期までは、門付けで家々を祝いの人形が回って神棚の前で幸せを祈っていたそうです。
現在、国指定重要無形民俗文化財にも指定されている「淡路人形浄瑠璃」は、郷土芸能であると同時に、日本の演劇史で大きな役割を果たしてきたといいます。最盛期の18世紀はじめには、淡路にあった40以上の人形座が、競うようにして東北から九州まで全国を巡業し、各地に人形浄瑠璃を根付かせました。
大阪で現在の「文楽」の元となる芝居小屋の旗揚げをした、「文楽の始祖」と呼ばれる植村文楽軒 (うえむら・ぶんらくけん) も淡路の出身です。
時代物 (時代劇) を得意とし、人形や舞台に施されたからくりや派手な演技など、ケレン味に富んだ演出で、わかりやすく親しめる芝居が広く愛されました。大きな人形を遣い、男性だけでなく女性も活躍する舞台はとても華やかです。
淡路人形座では、1日4回の公演の他、人形や資料の展示、人形の操り方のレクチャー、大道具返し (背景が次々と変わるからくり) を鑑賞できます。この日は、戎さまが舞って福を授けてくれる「戎舞」と、恋人の命を救うために雪の夜に必死で火の見櫓 (ひのみやぐら) に登る女性を描いた「伊達娘恋緋鹿子 (だてむすめこいのひがのこ) 火の見櫓の段」が上演され、神事としての演目とエンターテイメントとしての演目の両方を鑑賞することができました。
人形に命を吹き込む
もともとは小さな人形を1人で操っていましたが、1700年代前半に3人で操る「3人遣い」が考案されました。これにより、細やかで美しい動きがさらに表現できるようになりました。一方で、3人が息を合わせて人形を遣うことは非常に難しく、一人前の人形遣いになるには「足八年、左八年、かしら一生」と言われます。人形遣いの吉田廣の助 (よしだ・ひろのすけ) さんにお話を伺いました。
「淡路人形は、文楽の人形などと比べると一回り大きく、表現する際も大きくダイナミックな動きが求められます。そのため肉体的にもハードです。その中で、繊細な心の動きや、時代物での勇壮な様子をどう表現するか日々試行錯誤しています。
キャラクターを表現するために、まずは心情を理解することが大切です。泣く、笑うなど同じ感情でも、状況や人によって異なりますよね。『こんな時、人はどんなふうかな』ということを、日々いろんな人を眺めながら考えて、演技に取り入れています」
人形遣いの仕事は、人形を組み上げ衣装を着付けるところから。キャラクターの色付けを行い、操る技術と表現力で人形に命を吹き込むのです。
細かい動きを指先で操作!人形に仕掛けられたからくり
人形遣いの方々は実際どのように操っているのでしょうか。普段は衣装の中で行われている操作を目の前で詳しく見せていただきました。
まずは、頭部の仕組みから。 人形浄瑠璃では、人形の頭部を「かしら」と呼びます。
登場したこちらのかしらは、明治時代に作られ120年以上使われ続けている貴重なもの。今なお現役で使われていることに、代々大切に扱われてきた様子が伺えます。
「基本の操作は決まっているのですが、指使いや組み合わせ方は人形遣いによって様々です。衣装の下でのことなので、自分で扱いやすく、より豊かな表現になるようにそれぞれがオリジナルの技を持っていたりするんですよ」と廣の助さん。操る様子を動画で撮らせていただきましたので、ぜひこちらをご覧ください!
息を合わせた「三位一体」の動き
人形浄瑠璃は、人形と太夫と三味線からなる「三位一体の芸能」といわれますが、人形遣いも「主遣い (おもづかい=かしらと右手を操る) 」「左遣い (左手を操る) 」「足遣い (両足を操る)」の三位一体の動きが求められます。
動画の後半にも登場したように、主遣いが司令塔となって3人が息を合わせて人形を動かします。主遣いが出す合図を「ズ」と呼びますが、例えば、主遣いが足を出す向きで進行方向が決まったり、左肩を動かすことが、左遣いが左手を動かすサインとなっていたりするそうです。
手の扱いも見せていただきました。舞台上で人形は様々な小道具を手にするのですが、実際に握っているのは人形遣い。しかし、観客からは人形が自分で道具を持っているように映ります。それにはこんな秘密がありました。
淡路人形座では、定期公演の他、国内外での出張公演や学校などでの公演や講座などの普及活動も積極的です。
「古い歴史のある芸能ですが、難しいことはありません。現代には現代の楽しみ方があります。見ていただいて、何か面白かったと感じてもらえることあればと思って日々行なっています。特に子どもたちに伝えたい。公演を見た子どもたちから『人形が生きているように見える、人間のようで怖い』と言われた時は心の中でガッツポーズです」と廣の助さん。
間近で人形が見られたり、舞台との距離が近い淡路人形浄瑠璃。公演を見ていると、登場人物の心情に共感したり、笑ったり、昔の人々と同じように楽しでいる自分に気がつきます。人の心って今も昔も変わらないんだなぁ、そんな体験をする時間にもなりました。
ストーリーを楽しむもよし、人間のように見える人形の様子や、からくりを楽しむもよし。まずは気軽な気持ちで一度体験してみてはいかがでしょうか。
◆東京での公演情報
「淡路人形座-受け継がれる500年の歴史ー」
場所:渋谷区文化総合センター 大和田伝承ホール
日時:2017年11月25日(土) 14:00〜(13:30開場)
詳細:http://awajiningyoza.com/schedule/
<取材協力>
淡路人形座
兵庫県南あわじ市福良甲1528-1地先
文・写真:小俣荘子 (公演写真提供:淡路人形座)