新春に買うお財布は春(中身がいっぱいに張る)財布だから縁起がいい。そんな験担ぎをご存知ですか?
百貨店などで初売り時期に「春財布」と題したコーナーを出すことも多いので、ちょうど買ったばかり、という方もいるかもしれませんね。
今年新調した人も、長らく愛用のお財布がある人も、その多くが革製ではないかと思います。
せっかくなら大切に、長くキレイに使いたいところ。革を扱うプロに、その秘訣を伺ってきました。容れものがキレイなら中のお金も喜んで、ますます「張る」財布になる、かも?
伺ったのは兵庫県たつの市の「株式会社マルヒラ」さん。
マルヒラさんのお仕事は「タンナー」と呼ばれる、動物の「皮」を道具としての「革」に変えていく重要な役どころです。
実は姫路を含むこの一帯は、なんと平安時代から革づくりが行われてきた歴史ある革の産地。
兵庫県の中でも海側に位置するこのエリアには瀬戸内海へ流れ出る川が何本も集まり、大量の水を使う革づくりに適していたそうです。
現在でも産地の多くのタンナーさんが川沿いに軒を連ねています。
お話を伺ったマルヒラさんも、やはり川沿いの立地。営業部長の椋さんと仕上部長の藤瀬さんが迎えてくれました。
「革靴も革小物も手入れの基本は同じです。ケアクリームを1本持っておけばいいと思います。が、一番いいのは何より、よく使うことでしょうね」
意外な答えでした。日用品の素材の中でも、決して安くはない革物。
使い込むほどに味わいが増すとはよく聞きますが、決まったシーンでのみ使って、後は大事に取っておく、というお財布やバッグもあります。
「革は天然素材ゆえに取り扱いはデリケート」という頭がありましたが、それをどんどん使った方が良い、とは??
頭に「?」が浮かんだまま革づくりの現場に伺うと、そこにも「革」のイメージを覆す光景がありました。目の当たりにした革の姿は、全く天然「らしくない」のです。
マルヒラさんで扱っているのは、主に「クロムなめし」の牛革です。なめし、は漢字で鞣し。
「革」を「柔」らかくすると書く漢字のとおり、動物の「皮」(skin)に付いている不要な成分を取り除いて、耐久性、耐熱性のある革(leather)に変えるのが「なめし」です。
なめすためには薬品が欠かせません。種類は大きく2つ。1つは植物から取る「タンニン」か、化学薬品の「クロム」を使います。
植物由来のタンニンなめしは古くから行われていて、実は「タンナー」という職名はここから来ています。
早速クロムなめしの革を見せていただくと、なんと‥‥青い!
薬品の化学反応で、クロム鞣しの革は一様に青く染まるそうです。
この状態をウエットブルーと言って、名のとおり触ると水分がぎゅっと詰まってしっとりしています。
マルヒラさんではこの状態で革を仕入れて選別し、革の厚みや水分を調節しながら染色、ツヤ出しなどの加工を行って、世の中に出て行く商品としての「革」を作っていきます。
現場を1周して戻ってきた応接室の壁には、色も雰囲気も全く違う革のサンプルがずらり。
これら全て、あの青くてしっとりした同じ牛革から作られていると思うと、見る目が変わってきます。
お手入れのコツを学びに行って見えてきたのは、ちょうど天然と人工の間をいく革づくりの世界。
皮から革になる間には、天然の素材を日用に耐えうる道具に変えていく、たくさんの人の「手」が入っていました。
「革は水濡れを避けるように言われますが、あれは一度含んだ水分が蒸発するときに、油分も一緒に飛んでしまうからなんです。
直射日光に長時間当てたり、逆にしまいっぱなしにするのも劣化を早めます。こまめに使うと長持ちするというのは、革が空気中の湿気や人の手の油分を適度に含むからなんですよ」
使い続けることが何よりのお手入れ。人の手を尽くして皮から変身した革は、やはり人の手によって使い続けることで、そのコンディションが保たれるようです。
お気に入りのお財布に出会ったら、少しの注意点だけ覚えておいて、遠慮せずどんどん、外に連れて行ってくださいね。
<掲載商品>
牛革の長財布(中川政七商店)
文・写真:尾島可奈子
この記事は2017年1月17日公開の記事を、再編集して掲載しました。