100年の時を経て蘇った美しさを訪ねる。薩摩切子の工房へ

鹿児島県で作られている、かつては「幻」と呼ばれていた工芸のことをご存知でしょうか。

その名前も「薩摩切子」。

薩摩切り子を近くで見ると、ぼかしがあるのがよくわかります

江戸時代末期に、薩摩藩主である島津家の肝いりで技巧が極められ、薩摩藩を代表する美術工芸品となりましたが、明治以降、幕末の動乱の中で徐々に衰退。

明治初期にはその技術が途絶え、長く「幻の切子」と呼ばれていました。

しかしそれから約120年後の1985年、斉彬のゆかりの地である磯 (いそ) を中心に復刻運動が起こり、薩摩切子は鹿児島の誇る新たな工芸品として息を吹き返すこととなるのです。

多くのガラスの専門家が知恵を出し合い、少しずつかつての鮮やかさと輝きを取り戻した薩摩切子。その製造の様子を見学できると聞いて、蘇った美しさを訪ねてきました。

いざ、薩摩切子の工房へ

赤い模様が可愛らしいガラスの看板が目を引きます

伺ったのは、維新150周年で賑わう仙巌園 (せんがんえん) と、尚古集成館のすぐ隣にある「薩摩ガラス工芸」。

工房の目の前には仙巌園、尚古集成館の敷地が広がります

細部まで手を尽くした職人技

そもそも薩摩切子とはどのようなものを指すのでしょうか。工房を運営する株式会社島津興業の有馬仁史(ありま・ひとし)さんに伺うと、薩摩切子とは、

「鹿児島で作られていて、ぼかしがあり、クリスタルガラスを使ったカットガラス」

を指すそうです。

これが薩摩切子。浮かび上がるような柔らかなぼかしの表現が美しいです
色のバリエーションも様々

薩摩切子は、色ガラスの内側に透明のガラスを閉じ込めた2層構造になっているのが特徴です。

薩摩切子の断面図。赤い色ガラスが透明ガラスの外側を覆っているのがわかります

「ほかの地域の切子は、薄い色ガラスを削ることで、色ガラスと透明ガラスのコントラストを明確に分けて表現します。一方、薩摩切子はガラスに厚みがある分、カットの角度や深さで模様に徐々に変化をつけていきます」と有馬さん。

外側を赤い色ガラスで覆われた、切り込みが入っていない状態 (左)
透明ガラス部分を掘り出すことで徐々に模様を浮かびあがらせて‥‥
さらに全ての面に綿密な磨きをかけることでようやく完成します

切り込みを入れる角度や深さによって色の濃淡を見せる独特の「ぼかし」も、他にはない薩摩切子の魅力です。

薩摩切子を近くで見ると、ニュアンスの違うぼかしがあるのがよくわかります

予約なしで見学可能。開かれた制作の全工程

工房ではこんな細やかな表現が生まれる様子を、誰でも予約なしで見学することができます。

2017年にリニューアルオープンされた工房。明るい雰囲気です
女性の職人さんも多く活躍しています
併設したショップではお土産を買うこともできます

器の原型を作る成形から、カット、磨きまで全工程が揃ったガラス工房は全国でも非常に珍しいのだとか。

現在は色の調合や成形を担当する方が10名、カット、磨き、仕上げの担当が16名ほど働いているそうです。学校を卒業してすぐに入門した方もいれば、他のガラス研磨の経験者もいらっしゃったりと、そのバックグラウンドも様々です。

職人ふたりで息を合わせる高度な「色被せ」

工房では薩摩切子の特徴「ぼかし」のもととなる2層のガラスが作られる様子も、もちろん見学できます。

どのように作っているかというと、透明なガラス玉と色ガラスの玉をふたりの職人がそれぞれ作り、冷えないうちに「色被せ」という工程でひとつに溶着しています。ひとつのガラス製品を作るだけでも難しいものを、さらにふたつを重ね合わせるというのだから驚きです‥‥。

こちらは融解させた色ガラスと透明ガラスを、それぞれステンレス製の竿で巻き取る「たね巻き」と呼ばれる作業。

透明ガラスも色ガラスも種まきはそれぞれ同じタイミングで行います

種まきが完了し、両方のガラスから不純物を取り除いたら、いよいよ色被せの瞬間。まずは色ガラスを金型に吹き込みます。

高い位置から垂直に型の中へ吹き込んでいきます
高い位置から垂直に型の中へ吹き込んでいきます

後の工程で薩摩切子ならではの美しいぼかしを出すには、まず色ガラスの厚みが均一でなければなりません。慎重な作業が要求されます。

吹き込み終えたらバーナーで切り取ります

色ガラスが金型に収まったら、今度は透明ガラスの出番。上からぴったりと置いて溶着させます。

色ガラスが金型に流し込まれたのを確認して近付く透明ガラス担当の職人 (左)
空気を抜きつつ、色ガラスの内側に慎重に流し込んでいきます

これにて色被せは無事完了。ふたりの職人の息の合った技巧によって2層のガラスが完成しました。

色ガラスがピタッと外側についているのがわかります
色ガラスがピタッと外側についているのがわかります
色被せをしたばかりの状態を濡らした新聞紙で整えます

色被せしたガラスはこの後、加熱炉に入れてなじませ、型吹きや宙吹きによって製品の形になっていきます。徐冷炉の中で約16時間かけて少しずつ冷ました後、模様を作るカットの工程へ。

光に透かしてひと刻み、ひと刻み

次はいよいよ、色ガラスをカットして細かな模様を切り出していく工程です。

まずはガラスの表面を十分にチェック。どこからカットしていくかの位置決めを行い、予定している模様に合わせて分割線を入れていきます。

模様を切り込む位置次第で、色ガラスに入った気泡や傷を取り除くことができます

その後、グラインダーを高速回転させて少しずつ色ガラスをカットしていきます。

薩摩切子の誇る絶妙なグラデーションが生まる瞬間です。細やかな表現を可能にするため、グラインダーの刃は何十種類もあるのだとか。

四方を明かりで照らしながら、切り込みの深さや角度を細かく調整していく職人技

薩摩切子は、ひとつの器の中に複数の模様を組み合わせて表現することが多いのも特徴のひとつ。

鎖国中でありながら、海外に負けないガラス製品を作ろうと、当時から繊細かつ豪華な模様作りに心血が注がれていました。

カットが進み、美しい模様とグラデーションが現れました。黒は近年になってようやく発色に成功した、難しい色だそうです

次の工程は磨き。木盤といわれる木でできた円盤を回転させて、水でペースト状にした磨き粉を付けながら線や面を丁寧に磨いていきます。

大物はふたりがかりで磨いていきます

木盤での磨きが終わったら、続いて竹の繊維でできた円盤でさらに磨きあげます。仕上げに、水で溶いた艶粉を付けながら布製の円盤で磨き上げる「バフ磨き」を行って表面の曇りをとると、ようやく完成となります。

ブラシ磨き
竹でできたブラシでさらに細かく磨きます
バフ磨き
バフ磨きで使用する布製の円盤

島津家が誇った「薩摩の紅ガラス」の秘密

現代に蘇った薩摩切子。工房を案内してくださった有馬さんが最後に教えてくれたのが、紅色の薩摩切子のことでした。

当時は薩摩藩しか作れなかった色だそう。江戸時代には「薩摩の紅ガラス」と呼ばれ、賞賛されました。

伝説の紅も、見事復刻を果しました
伝説の紅も、見事復刻を果しました

有馬さんは「この色は今でも作るのが大変です」と語ります。

では100年のあいだに忘れ去られてしまった技術は、どのようにして現代に息を吹き返したのでしょうか。次回は、そんな薩摩切子の復活劇のお話です。

<取材協力>
株式会社島津興業 薩摩ガラス工芸
鹿児島県鹿児島市吉野町9688-24
099-247-8490 (島津薩摩切子ギャラリーショップ磯工芸館)
http://www.satsumakiriko.co.jp/

文:いつか床子
写真:尾島可奈子、公益社団法人 鹿児島県観光連盟

白黒はっきり鹿児島巡り。旅の秘訣は色にあり?

突然ですが、鹿児島に黒と白のユニークな色使いをした特急列車が走っているのを知っていますか?その名も「特急 指宿 (いぶすき) のたまて箱」。

薩摩半島に伝わる浦島太郎伝説にちなんで、たまて箱を開ける前の黒髪と開けた後の白髪をモチーフにしているそうです。

浦島太郎が受け取った玉手箱にちなんで、駅に到着すると白いミストがもくもくと吹き上がる、遊び心ある演出にも心をくすぐられます。

鹿児島を取り巻く「白黒」に注目

実は鹿児島を旅していると、「たまて箱」のほかにも白黒で対になっているものがたくさん見つかります。白と黒を通して見つめることで、新しい鹿児島の魅力が見えてくるかも‥‥。

ということで、今回は「工芸」「探訪」「食」の3つの視点から、鹿児島の白黒事情をご紹介します。

【工芸】鹿児島の白黒を語るなら、まずは「白もん」と「黒もん」

鹿児島を代表する工芸品、薩摩焼にも白薩摩 (白もん) と黒薩摩 (黒もん) の2種類があります。

白薩摩
華麗な装飾が施されることの多い白薩摩
鹿児島を代表する酒器、黒千代香 (焼酎の燗付器) も黒薩摩です
鹿児島を代表する酒器、黒千代香 (焼酎の燗付器) も黒薩摩です

もともと薩摩焼は、文禄・慶長の役の際、朝鮮から連れ帰った陶工たちにより窯が開かれました。

白い陶土から作られる白薩摩は、庶民の手に渡らない藩御用達の焼き物。やわらかな乳白色が美しく、貫入 (かんにゅう) と呼ばれる表面に入った細かなひびが特徴です。幕府への献上品としても生産され、豪華絢爛な絵付けが施された芸術性の高い作品が多く残っています。

一方で黒薩摩は、庶民が日常で使う雑器として広く親しまれました。鉄分を多く含む土を使い、黒い釉薬 (うわぐすり) で仕上げるため真っ黒な見た目になります。焼酎を直火で温める「黒千代香」と呼ばれる酒器が有名です。

藩主御用達の華やかな白薩摩と、庶民に愛用された野趣溢れる黒薩摩。鹿児島の白黒を語るなら、まず知っておきたいふたつです。

【探訪】桜島の火山灰と指宿の黒い砂風呂

さて、お次は探訪編です。先ほどご紹介した特急「指宿のたまて箱」、起点である鹿児島中央駅と指宿駅のあいだでも、興味深い白と黒を見つけることができるんです。

まず白はこちら。鹿児島市内では、年に数百回も小規模な噴火をしている桜島の火山灰が雪のように降り注いで街を白く染めます。

鹿児島のシンボル、桜島の噴火の様子
鹿児島のシンボル、桜島の噴火の様子
鹿児島市内で配布されている、火山灰を収集するための「克灰袋(こくはいぶくろ)」
鹿児島市内で配布されている、火山灰を収集するための「克灰袋(こくはいぶくろ)」

また、指宿にある黒はこちら。指宿の名物、体の芯から温まる「砂蒸し風呂」です。指宿では海岸の砂が温泉の熱に温められ、天然の砂蒸し風呂ができます。

山川砂むし温泉 砂湯里
温かな砂の上に仰向けになり、上から程よい重みのある砂をかけてもらいます

指宿の砂蒸し風呂は300年以上の歴史がある伝統的な湯治方法。砂の熱で血液の巡りが良くなり、リフレッシュ効果があるといわれています。浜辺で波の音に耳を傾けながらじっくり汗をかくのはとても爽快です。

空から舞い降りる白い灰に、体をすっぽり包み込む黒い土。

「たまて箱」の両端で、自分自身が白黒に染まる‥‥なんてこともあるのが面白いですね。

【食】かき氷の白くまに、スーパーに並ぶ黒糖菓子。甘味にも白黒あり。

旅の締めくくりはやはり、美味しいもので。

まずは鹿児島名物、白くま。かき氷にたっぷりの練乳をかけてカラフルなフルーツで彩った、見ているだけでわくわくするスイーツです。

鹿児島に来たからにはやはり、器に可愛くデコレーションされた本場の味を堪能したいところ。

店によってバリエーションがあるので、食べ歩きもおすすめ
店によってバリエーションがあるので、食べ歩きもおすすめ

そんな華やかな白くまと並んで鹿児島で愛されている甘味があります。それは黒糖菓子。

黒糖は、鹿児島に住む人たちにとって非常に身近な存在。来客用のお茶請けとして、角砂糖サイズの黒糖がそのまま出てくることもよくあります。

黒糖を使った焼き菓子「げたんは」も、鹿児島ではおなじみのおやつ。現地ではスーパーやコンビニなどで簡単に購入することができます。

「げたんは」という名前は、「下駄の歯」の形に似ていることに由来しているといわれています
「げたんは」という名前は、「下駄の歯」の形に似ていることに由来しているといわれています

いかがでしたでしょうか。鹿児島を散策していると、ほかにもさまざまな黒と白を見つけられるはず。旅を楽しむアクセントとして、ぜひ探してみてくださいね。

文:いつか床子
写真:尾島可奈子、鹿児島市、九州旅客鉄道株式会社、公益社団法人 鹿児島県観光連盟

仏壇屋が挑む現代のインテリア。「川辺手練団」、始動。

照明から漏れる光がおしゃれなこの空間。みなさん、ここはどこだと思いますか?

川辺仏壇工芸会館

洗練された大人たちが集うバー?

いえいえ。ここにはお酒はないようです。バーテンダーもいません。

周りを見渡してみると、素敵なデザインのアイテムが並んでいます。

川辺手練団
川辺手練団

あれ?なんだかアイテムのテイストが変わってきました。

金属加工のパーツ
川辺仏壇

徐々に渋くなっているような‥?

川辺仏壇

え?仏壇!?

川辺仏壇

実は、ここは鹿児島の伝統的工芸品「川辺 (かわなべ) 仏壇」の歴史や技術を伝える川辺仏壇工芸会館。いわば仏壇屋さんのショールームです。

そして、あのおしゃれな空間を演出していたランプも、こういった仏壇のパーツに用いられる技術でつくられたものなんです。

川辺仏壇の蝶番
これが仏壇のどの部分になるか、わかりますか?

「隠れ念仏」がつないだ仏壇づくり

川辺仏壇工芸会館がある南九州市川辺町へは、鹿児島市から車で南下すること約1時間。

川辺町は古くから信仰心の篤い地域で、平安時代末期ごろから仏壇がつくられるようになったといいます。

1597 (慶長2) 年に始まった島津藩主による一向宗 (浄土真宗) の禁制、明治初期の仏教排斥運動「廃仏毀釈 (はいぶつきしゃく) 」と、300年以上も長きにわたる弾圧を受けていたにもかかわらず、その信仰は「隠れ念仏」という形で続いていきました。

文字通り、隠れて念仏を唱え、仏教を信仰したことから、かつては一見するとたんすのような小型の仏壇もつくられていたそう。

信教の自由が認められるようになると、仏壇の一大産地としてよりいっそう栄えます。1975年に川辺仏壇は彦根仏壇と並び、仏壇としては初めて国の伝統的工芸品に指定されました。

仏壇づくりの技術が集結した町、川辺町

川辺仏壇の最大の特徴は、仏壇づくりの7つの工程を職人が分業体制で行っていること。しかも、その7つの技術を川辺町内でまかなっているというから驚きです。川辺が誇る7つの手技はこちらです。

川辺手練団
川辺仏壇工芸会館に展示されているパネル
  • 木を削り、組んで仏壇本体をつくる「木地 (きじ) 」
  • 金属に文様を打ち出したり蝶番をつくったりする「金具」
  • 木の格子を組み上げて屋根をつくる「宮殿 (くうでん) 」
  • 天然の漆を塗っていく「塗り」
  • 欄間 (らんま) や引き出しに彫刻を施す「彫刻」
  • 漆を塗った上に、漆で下絵を描き金粉などで仕上げる「蒔絵」
  • 極薄の金箔を貼る「箔」

あらゆるものづくりの技術が集結する、川辺町の仏壇づくり。しかし今、厳しい局面に立たされています。

ライフスタイルの変化で仏壇離れが進み、仏壇産業そのものが縮小傾向にある中、このままではこれらの技術が途絶えてしまうかもしれない。

川辺仏壇協同組合のメンバーは、危機感を抱いていました。

脱・仏壇のものづくりへ

そうした現状を打破すべく、2016年夏に始動したのが「川辺手練団」。

仏壇づくりの7つの技術を活かしながらも、仏壇という枠から飛び出して新たな商品をつくっていこうという取り組みです。

デザイン集団「ランドスケーププロダクツ」と協働し、スピーカーや飾り棚など現代のライフスタイルに合ったアイテムを発表してきました。

川辺手練団「フルレンジスピーカー」
木地、塗り、箔の技術から新たに生まれたスピーカー
川辺手練団「フレーム神棚」
反響が大きかった「フレーム神棚」

先ほどのおしゃれなランプシェードもその一つ。こちらは、仏壇の蝶番 (ちょうつがい) をつくる「金具」の技を活用したアイテムです。その技術を垣間見るべく、ランプシェードの仕上げを担当する木原金属工芸社にお邪魔してきました。

仏壇の蝶番から着想を得たランプシェードは、その名も「ちょうつがひ」。仏壇金具メーカーの木原製作所、河村金具製作所、木原金属工芸社の3社合同で製作しています
仏壇の蝶番から着想を得たランプシェードは、その名も「ちょうつがひ」。仏壇金具メーカーの木原製作所、河村金具製作所、木原金属工芸社の3社合同で製作しています

仏壇職人の変わらぬ技術。デザイナーの異なる発想

ランプシェードの素材は仏壇の蝶番に使用するのと同じ真鍮や銅。金属板を機械でカットし、プレスで型抜きしてパーツを作成します。

川辺手練団ランプシェード製作工程
型抜きしたパーツ

そして、平らなパーツのつなぎ目部分の端を少し浮かせるように曲げて、アールがついた金型で押さえて芯棒が入る筒をつくります。

筒の径をゆるすぎず、きつすぎず調整するのが腕の見せどころ。

川辺手練団ランプシェード製作工程
川辺手練団ランプシェード製作工程

芯棒を入れてつなぎ合わせたら、目の細かいスチールウールのようなもので磨き上げて光沢を消してマットにしていきます。

川辺手練団ランプシェード製作工程
パーツをつなぎ合わせる芯棒
川辺手練団ランプシェード製作工程
川辺手練団ランプシェード製作工程

これはランプシェードを考案したデザイナーのこだわりで、ライトの反射を抑えるのが狙いなんだとか。仏壇の場合、塗装で仕上げることがほとんど。つや消しをするにも、金属の表面に鏨 (たがね) を打って凹凸をつくる方法を用いるといいます。

川辺仏壇の蝶番
木原さんの工房にあった仏壇の部品。三角形の面が、鏨ででこぼこしているのがわかりますか?

磨きは、つなぎ目の部分から。組み上げたら見えないところまで念入りに磨いていきます。

川辺手練団ランプシェード製作工程

仏壇では芯棒を挿す軸が見えている方が表ですが、このランプシェードは逆。軸部分を内側にするというのは、仏壇職人にはない発想だそう。

川辺仏壇の蝶番
仏壇の蝶番は、軸が見える方が「表」とされ、装飾が施されている
川辺仏壇の蝶番
こちらが仏壇の蝶番では「裏」となる

また、つなぎ目部分にあえて少しだけ隙間があるのも光の漏れ具合を計算したデザイン。隙間なくつくるのが常識である仏壇の蝶番では考えられないことだといいます。

あの美しい会館での光景は、この計算によるものだったのですね。

続いて、青い保護シートをはがして、平面部分も磨きます。指紋や油がついてしまうので、素手で触るのはご法度です。

川辺手練団ランプシェード製作工程
川辺手練団ランプシェード製作工程
左半分が磨いた方。光沢が抑えられ、マットな仕上がりに

全て磨き終わったらワックスを塗って、よりマットな質感に仕上げます。ワックスだけを塗るのは経年変化を楽しんでもらいたいというデザイナーの狙い。この工程もサビないように塗装をするのが当然の仏壇とは違うところです。

ジュエリーワックス
川辺手練団ランプシェード製作工程

最後に、ラスト1本の芯棒を通して完成です!

川辺手練団ランプシェード製作工程
川辺手練団ランプシェード製作工程

ランプシェードの製作工程を見ただけでも如実に現れる職人とデザイナーの感覚の違い。この異なる感覚から生まれるアイデアが川辺仏壇の7つの技に新たな可能性を見出していきました。

川辺手練団ランプシェード製作工程

2年目、これから本格始動

「自分たちでは今まで考えつかなかったようなことをデザイナーさんから求められるのは新鮮でした」と川辺手練団団長の永野一彦さん。細かい要望に応えるべく、試行錯誤しながら試作を重ねたといいます。

デザイナーから提案されたものだけでなく、職人自らが新たな視点を取り入れたものづくりにも挑戦しているのも川辺手練団の気概を感じずにはいられません。

川辺手練団
木彫刻師がデザイン、彫刻した石鹸
川辺手練団「キセル型の薬味入れ」
管部分に漆、吸い口と雁首部分は金で仕上げたキセル型の薬味入れ
川辺手練団「ウッドリング&バングル」
蒔絵を描いたウッドリング&バングルは、和服にも洋服にも合わせやすいデザイン

職人の高齢化問題や価格、販路などの課題はありつつも、今後も新商品を出していくとのこと。この2月には、パリで開催される鹿児島県の展示会に川辺手練団として出展する予定です。

まだまだ始動したばかりの川辺手練団。今後7つの技がどのように仏壇以外のカタチになっていくのか、期待がふくらみます。

<取材協力>

鹿児島県川辺仏壇協同組合
鹿児島県南九州市川辺町平山6140-4
0993-56-0240
https://www.kawanabe-butudan.or.jp/

有限会社 木原金属工芸社
鹿児島県南九州市川辺町野崎6325-1
0993-56-0697
http://www.kihara-kinzoku.com/

文:岩本恵美

写真:尾島可奈子

1月 新しい年のゲン担ぎ。豆盆栽「金豆」

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

日本の歳時記には植物が欠かせません。新年の門松、春のお花見、梅雨のアジサイ、秋の紅葉狩り。見るだけでなく、もっとそばで、自分で気に入った植物を上手に育てられたら。

そんな思いから、世界を舞台に活躍する目利きのプラントハンター、西畠清順さんを訪ねました。インタビューは、清順さん監修の植物ブランド「花園樹斎」の、月替わりの「季節鉢」をはなしのタネに。

植物と暮らすための具体的なアドバイスから、古今東西の植物のはなし、プラントハンターとしての日々の舞台裏まで、清順さんならではの植物トークを月替わりでお届けします。

re_sgo8507

紅白の梅、思いのまま

12月の松に続き、今月もおめでたい植物が続きます。「思いのまま」とは、実は梅の品種名なんです。

「一本の木に紅白の花を、好きな場所に、好きなだけ咲かせます。まさに思いのまま。非常にユニークで、面白い木ですよね」

梅 思いのまま

「古い植木屋さんから聞いた話では、高貴な身分の方が、その立場ゆえに不自由な暮らしの中で、もっと思いのままになればいいのに、と好んで育てていたとも言われています」

もともと自然界にある品種ではなく、人の手で交配を重ねて生み出した園芸品種だそうです。咲き方は鉢によっても異なり、咲いてみるまでわからないとのこと。

まさに名が体をぴったりと言い当てています。

今月のもうひとつの季節鉢「金豆」も、名前に物語のある植物。キンズ、と読むそうです。

縁起を呼び込む豆盆栽、金豆

全体像

金、の字は金柑の仲間であることもあるようですが、もうひとつ、縁起を担いだいわれがあります。

「黄色く熟した果実がまるで『金の豆』に見えることから、縁起のよいものとして重宝されてきた植物です」

熟す前はこんなに青々としていますが‥‥
熟す前はこんなに青々としていますが‥‥
黄金色に輝いて見える?完熟した金豆の実。ちなみに食べられません
黄金色に輝いて見える?完熟した金豆の実。ちなみに食べられません

「また、豆という名前はだいたい小さいサイズの植物につきます。柿でも、豆柿とか言いますね。

小ぶりで可愛らしいので、豆盆栽の素材として園芸好きにも好まれています」

豆盆栽。なんとも愛らしい響きです。

黄色い実を金色の縁起ものに見立てたり、小ささを「豆」に例えたり、植物の生き様を名前に込めてみたり。

見る、育てるに加えて、植物の名前に親しむのも、ひとつの楽しみになりそうです。

「それじゃあ、また」

<掲載商品>

花園樹斎
植木鉢・鉢皿

・1月の季節鉢「梅 思いのまま」「金豆」(それぞれ鉢とのセット。店頭販売限定)

季節鉢は以下のお店でお手に取っていただけます。
中川政七商店全店
(東京ミッドタウン店・ジェイアール名古屋タカシマヤ店・阪神梅田本店は除く)
遊 中川 本店
遊 中川 横浜タカシマヤ店
*商品の在庫は各店舗へお問い合わせください

——


西畠 清順
プラントハンター/そら植物園 代表
花園樹斎 植物監修
http://from-sora.com/

幕末より150年続く花と植木の卸問屋「花宇」の五代目。
そら植物園(株)代表取締役社長。21歳より日本各地・世界各国を旅してさまざまな植物を収集するプラントハンターとしてキャリアをスタートさせ、今では年間250トンもの植物を輸出入し、日本はもとより海外の貴族や王族、植物園、政府機関、企業などに届けている。
2012年、ひとの心に植物を植える活動・そら植物園を設立し、名前を公表して活動を開始。初プロジェクトとなる「共存」をテーマにした、世界各国の植物が森を形成している代々木ヴィレッジの庭を手掛け、その後の都会の緑化事業に大きな影響を与えた。
2017年12月には、開港150年を迎える神戸にて、人類史上最大の生命輸送プロジェクトである「めざせ!世界一のクリスマスツリープロジェクト」を開催した。


花園樹斎
http://kaenjusai.jp/

「“お持ち帰り”したい、日本の園芸」がコンセプトの植物ブランド。目利きのプラントハンター西畠清順が見出す極上の植物と創業三百年の老舗 中川政七商店のプロデュースする工芸が出会い、日本の園芸文化の楽しさの再構築を目指す。日本の四季や日本を感じさせる植物。植物を丁寧に育てるための道具、美しく飾るための道具。持ち帰りや贈り物に適したパッケージ。忘れられていた日本の園芸文化を新しいかたちで発信する。
文・写真:尾島可奈子

使ってみました。飛騨が生んだ調理道具、有道杓子 (奥井木工舎)

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

各地の取材で出会う暮らしの道具。作っている人や生まれる現場を知ると、自分も使ってみたくなります。

この連載では、産地で見つけた暮らしの道具のものづくりの様子と、後日、暮らしに持ち帰って使ってみた体験の両方を、まとめていきたいと思います。

今回は、使ってみた編。

道具は先日飛騨高山特集でものづくりの様子をご紹介した奥井木工舎の有道杓子 (うとうしゃくし) です。主に煮物や鍋料理に使います。

かつて飛騨の有道村で作られていたという、地域独特の調理道具です
かつて飛騨の有道村で作られていたという、地域独特の調理道具です

実は私自身はもともと、料理する頻度は少ない方です。調理道具に特にこだわりも持っていませんでした。

けれども見た目の美しさや奥井さんのものづくりに触れて、思わず「ひとつください!」と買い求めてから1か月と少し。鍋に七草がゆ、おしるこ‥‥と日々、少しずつ暮らしの中で使ってみた様子をお届けします。

使いたくなった理由

ものづくり取材で印象的だったのが、すくい部分の波のような模様でした。

実はこの凹凸が、調理の時のポイントに
実はこの凹凸が、調理の時のポイントに
凹凸は飛騨特有の道具「曲がり鉋」で削り出されます
凹凸は飛騨特有の道具「曲がり鉋」で削り出される

この凹凸が具材との当たりを和らげ、身を崩さずにしっかりキャッチする役目を果たすとのこと。まずはお鍋で使ってみることにしました。

使う前はこんな感じです

私が買い求めたのは大のサイズ。持ち手は長くしっかり太めです。一般的な金属の「おたま」を使いなれているとやや大きく感じます。2、3人前をつくる鍋に合いそうです。

持ち手は台形になっていて、持った時に安定感があります
持ち手は台形になっていて、持った時に安定感があります

水でさっと洗うと、不思議と生木の元の姿に戻ったように、生き生きと黄色みが増します。

まずは、鍋料理。しらたきで違いに気づく

今日はお豆腐と肉団子の鍋です
今日はお豆腐と肉団子の鍋です
ぐつぐつ、煮えてきました
ぐつぐつ、煮えてきました

いちばん「具材を逃さない」感覚がわかったのが、しらたき。普段なら菜箸でとり分けるところを、他の具材と一緒に杓子ですくい上げられました。

やわらかいお豆腐やしらたきをまとめてキャッチ
やわらかいお豆腐やしらたきをまとめてキャッチ

なんでだろう、と後ですくい部分に触れてみると、内側のくぼみをぐるりと囲むように鉋 (かんな) で縁取りされているのに気付きました。

先ほどと同じ写真ですが、すくい部分の周りが一筆書きに縁取られているのがわかるでしょうか?触れるとキリッと固いです
先ほどと同じ写真ですが、すくい部分の周りが一筆書きに縁取られているのがわかるでしょうか?触れるとキリッと固いです

このわずかな縁取りとすくいの凹凸が程よいストッパーになって、余分な汁は逃しながら具材だけキャッチするのに一役買っているようです。

ほどよく汁気を切るので、やわらかい具材やコロコロする肉団子なども逃げません
ほどよく汁気を切るので、やわらかい具材やコロコロする肉団子なども逃げません

また気に入ったのが、杓子が鍋に当たった時の「コンッ」という音。木ならではの、低くて控えめな音です。

鍋への当たりもやわらか。金属製のおたまで混ぜる時の、「シャリッ」という金属音が苦手な人にもいいかもしれません
鍋への当たりもやわらか。金属製のおたまで混ぜる時の、「シャリッ」という金属音が苦手な人にもいいかもしれません

七草がゆ。土鍋と合わせて、絵になるたたずまいでした

実は人生で一度も作ったことがなかった七草がゆ。せっかく鍋に似合う道具があるんだから、と土鍋も新調してやってみました。

おかゆが炊き上がるまで出番待ち
おかゆが炊き上がるまで出番待ち
完成。やはり、土鍋によく似合います
完成。やはり、土鍋によく似合います
お椀にたっぷりよそいます
お椀にたっぷりよそいます

ごはん用の「飯杓子」も

実は有道杓子にはごはん用の「飯杓子」もあります。

飯杓子

こちらも、ご飯をしっかりキャッチするのにすくい部分の凹凸が活躍します。

一般的なしゃもじよりすくいがやや深いので、ご飯がまとまって取り分けられる感覚がありました。おにぎりを作るときにも便利そう。

おしるこ

鍋、おかゆ、ご飯ときて、最後は冬らしい甘味も。

お鍋の中の様子

すくいが一般的なおたまより浅い分、お味噌汁には向かないという有道杓子ですが、こうしたとろみのある汁ものなら不便なく使えました。「もちろんカレーにも使えますよ」とのこと。

焼いておいたお餅にたっぷりかけて、いただきます
焼いておいたお餅にたっぷりかけて、いただきます

お手入れ方法

水洗いの様子

取材の際に奥井さんから教わったお手入れのポイントは以下の3つ。

・洗い:洗剤なしでOK。汚れが気になる時は、たわしで落とすのがおすすめ
・乾燥:直射日光のあたらない、風通しのいいところで乾かす
・保管:密閉したところにはしまわないこと。通気性のないところにしまうと、カビの原因に!

本当に洗剤なしで大丈夫なのかなぁ。

そう思いながら、まず手でこすってみると、ベッタリくっついているように見えたおかゆやおしるこが、水洗いでするする落ちていきました。

手洗いの様子

そういえば、と思い出したのは、取材時の奥井さんの言葉。

「一般的な木製品が最後に紙やすりで仕上げるのと違って、有道杓子は全体に鉋をかけて表面をなめらかに仕上げるんです。

鉋が繊維のささくれを平らげるので、水や汚れが繊維の中に入りにくくなるんですよ」

まだ使い始めということもあるかもしれませんが、教わったことが確かに手の中で実感できたようで嬉しかったです。

飯杓子についたご飯つぶは手強かったので金たわしの力を借りて、洗い完了。あとはよく乾かします。

乾燥中のところ

何度か使った後も、今のところにおいや色移りはありません。使い終わったらすぐ洗う、を気をつけていれば、長く良い状態で使えそうです。

取材した工房にて。左が作り途中、真ん中が完成品 (大) 、右が奥井さんのご家庭で数年使われている有道杓子 (小) 。使うごとに木の繊維が少しずつ油分を含み、木工でいうオイルフィニッシュのようになるそう
取材した工房にて。左が作り途中、真ん中が完成品 (大) 、右が奥井さんのご家庭で数年使われている有道杓子 (小) 。使うごとに木の繊維が少しずつ油分を含み、木工でいうオイルフィニッシュのようになるそう

使ってみた編、いかがでしたでしょうか。

もちろん金属製のおたまにも、お味噌汁に鍋にと幅広く使える、すぐ乾くといった良さがあります。

そんな中で煮炊きのために作られた「有道杓子」を使ってみたら、鍋だけでなく、「七草がゆも作ろうかな」「せっかくなら土鍋で」「おしるこはどうかな」と、料理不精の私が新しい料理にチャレンジしてみようと思う変化がありました。

道具が変わると、その周りから暮らしが変わっていく。今回の大きな発見です。

春にはきっと、奥井さんのご家庭では定番のジャム作りに、この有道杓子が活躍するのだろうと思います。

<取材協力>
奥井木工舎
https://mainichi-kotsukotsu.jimdo.com/

文・写真:尾島可奈子

ローカルマガジン『飛騨』の、読者が絶対に参加するしかけ

旅をするなら、よい旅にしたい。じゃあ、よい旅をするコツってなんだろう。その答えのひとつが、地元の人に案内してもらうこと。観光のために用意された場所ではなくて、その土地の中で愛されている場所を訪れること。

そんな旅がしてみたくて、全国各地から地元愛をもって発信されているローカルマガジンたちを探すことにしました。

今回は、岐阜県高山市の『飛騨』。袋とじをペーパーナイフで切らなければ読めないスタイルが特徴です。

飛騨産業が発行するローカルマガジン・飛騨

『飛騨』を発行しているのは、家具メーカーである「飛騨産業」。1920年(大正9年)創業、飛騨の木工文化をけん引する老舗です。

デザイン会社のDRAFTを経た富田光浩(とみた みつひろ)さんが、偶然出会った家具に惚れこんだのがきっかけで、2011年に誕生しました。

「飛騨の素晴らしい文化、暮らし、風土、手仕事の世界を多くの人とわかちあいたい」との思いのもと、小説やエッセイ、地元で愛されるお店を紹介しており、そこからは町の人の吐息を感じます。

飛騨産業が発行するローカルマガジン・飛騨/イラストは牧野伊三夫さん
封筒から取り出すと温かみのある絵と文章、飛騨をすぐそこに感じます

表紙や挿絵を担当するのは画家・牧野伊三夫(まきの いさお)さん。ぬくもりのある絵に魅了されて購読している人もいるそう。さらにドキュメンタリストの瀬戸山玄(せとやま ふかし)さんら、合わせて6人の手練れが集結。2012年には優れた広告やデザインに贈られる「ADC賞」を受けるなど評判の高さが伺えます。

飛騨産業が発行するローカルマガジン・飛騨
繊維のあるざらざらとした質感に、紙も木からできているんだなあと再認識
飛騨産業が発行するローカルマガジン・飛騨
一枚一枚切っていると、だんだん愛着が

贅沢な作り手たちが生み出したのは、切らないと読めない状態のままの製本。手に取ったら少し中身を覗き見たりして、今号は何が書かれてるだろうなんて。袋とじになっている部分を一つひとつ切っていくのは、工作のようで、本作りに参加している体験に心躍ります。

毎号たくさんの読者の声が届くというのも、「切る作業」によって読者と伝え手にコミュニケーションが生まれているからかもしれません。

最新号の特集には、飛騨産業の家具を愛用する読者たちの物語が。飛騨を起点に繋がる様々な人と物がそこに
飛騨産業が発行するローカルマガジン・飛騨
通販で購入できる、杉の木でできたペーパーナイフも素敵です

ここにあります。

飛騨産業のショールームではバックナンバーの閲覧も可能。蔦屋書店の一部店舗やその他にも本屋、雑貨店で配布されています。
飛騨産業のHPはこちらから。
http://www.kitutuki.co.jp/

文 : 田中佑実