世界的絵画と郷土玩具のコラボ
2013年、世界でもっとも有名な絵画のひとつと言われる作品と、日本の郷土玩具の不思議なコラボが実現し、話題を呼びました。
その作品とは、ノルウェーの画家、エドヴァルド・ムンクが1893年に製作した「叫び」。教科書等で誰もが一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。
ムンクの「叫び」と、福島県会津地方に古くから伝わる「起き上がり小法師(こぼし)」がコラボして誕生したのが、その名も「起き上がりムンク」。
「起き上がり小法師」の丸みを帯びた独特のフォルムに、あの「叫び」の表情が見事にマッチして、奇妙なかわいさに溢れた魅力的なアイテムです。
この「起き上がりムンク」を手がけたのは、福島県 西会津町で50年以上にわたって会津張子を中心とした民芸品を製作してきた野沢民芸品製作企業組合(以下、野沢民芸)。
古くからあるものをつくり続けながら、新しいデザインやコラボレーションにも積極的に挑戦する同社に、これからの民芸品・郷土玩具について聞きました。
どんなものにもなる「起き上がり小法師」
野沢民芸の代表理事で絵付師の早川美奈子さんは、父である先代が創業した同社で人形づくりを始めて36年。「起き上がりムンク」の絵付けも早川さんが手がけています。
近年は新たなデザインにも積極的に挑戦していますが、かつてはそうしたくてもできない時期が長く続いていたのだとか。
早川さんが人形づくりの世界に入ってきた当時は、いわゆるお土産物としての民芸品の製作が主流でその種類も少なく、販売する場所も駅の売店か土産物屋のどちらか、それが業界としても普通とされていました。
「世間から見てもそうですが、自分の中でも、なんとなく古いとか、良くないイメージを民芸品にもってしまっていたんです」
という早川さん。
「でも、新しいものといっても何をやればいいかわからないし、つくったところで売ってもらえる所もない。
想いはあってもやれない。そんな状態でした」
大きな転機となったのは、2011年の震災。福島や被災地の復興に寄与するかたちで、何か新しいことをやろうという動きの中で、野沢民芸にも声がかかりました。
「さて、何をやろうかと考えた時、デフォルメされたフォルムで、かっこよくて、どんなものにもなりうる。そう思ったのが、起き上がり小法師です」
赤べことならんで福島の人に馴染みの深い起き上がり小法師。転んでも必ず起き上がる、七転び八起きというメッセージも込められた郷土玩具で、福島の復興の象徴としてもぴったり。
そんな前向きな姿勢を持った縁起物である起き上がり小法師に、さらに、縁起のよい日本の伝統柄を描いた「願い玉」シリーズを製作します。
これまでにない見た目の起き上がり小法師は評判となり、次第に「起き上がり小法師で動物がつくれますか?」といった変わった注文が来るようになりました。
形の中に、色々なものを押し込めてみる
伝統のフォルムを活かしながら、その動物の特徴を表現する。きちんと起き上がり小法師にも見えて、動物の張り子にも見える。そんな風に毎回頭を悩ませてデザインしているそう。
新しい注文にひとつずつ挑戦していく中で、発想のヒントのひとつになったのは、人気アニメの「トムとジェリー」。
ネコのトムがネズミのジェリーの反撃にあい、ドラム缶に押し込められてその型がついたまま出てくる描写をみて、「これって、ありだな」と思ったのだとか。
「ドラム缶型に押し込められてもちゃんとトムに見えるんですよね。
じゃあ起き上がり小法師の、あの卵型の立体の中に色々なものを押し込めていくとどうなるんだろう。
そんな感覚でやっていって、アイテムが段々増えていきました」
新たに生まれていく商品を見た人たちから「じゃあこんなものは?」とまた注文が来る。今はその良い循環ができています。
「民芸品、郷土玩具がこんなにカラフルで、色んなことができるんだと、ずっと作ってきた人ほど気づきにくいのかもしれません。
外部のデザイナーさんたちは、こちらが思っても見ない発想で注文をしてくれるので、その都度新しい発見があり刺激を受けています」
何でも良いわけではない。郷土玩具の本質を考える
野沢民芸は、「真空成形法」といわれる張子の新しい製法を開発し、業界では他に類を見ない量産体制を実現してきた会社でもあります。
「うちはもともと、新しいやり方で民芸品をつくってきた会社です。なので、新しいチャレンジは全然問題ない、楽しいことだ!という感覚がありますね。
町の人たちも『面白いよね』と言ってくださる方が多いです」
しかし、民芸品・郷土玩具として単純に何でもあり、ではありません。
「赤べこも、起き上がり小法師も、会津では皆さんから愛されている郷土玩具です。
そこには歴史や由来があって、それを尊重しつつやらないとダメだと考えています」
たとえば最初に紹介した「起き上がりムンク」に関しても、七転び八起きで何度でも起き上がる起き上がり小法師と、2度盗難にあっても美術館に舞い戻ったムンクの叫びに共通項を見出しました。
その上で、ノルウェーについて広く知ってもらいたい依頼主(現:ノルウェー政府観光局)の想いと、福島の復興支援に役立てたい早川さんたちの想いが重なったアイテムになっています。
「何度でも起き上がる、前向きな考え方は常にベースとして、そこに色々な要素が加わって、人に元気とか癒しを与えるものであってほしい。
その考えは崩さないでやっていきたいと思います」
絶版になった郷土玩具の復刻も
普段、京都などの問屋さんとやり取りをしている営業担当の三留さんによると、最近はやはりインバウンドの需要も大きいよう。
「お面のバリエーションを増やして欲しいとか、旅行客の方が持ち帰りやすいように小型にして欲しいとか、そんな要望が増えています」
ちなみに、京都で今いちばん人気なのが、「きつねのお面」なんだとか。
「テレビに映ったことがきっかけだと思うのですが、女子高校生がきつねのお面をかばんにつけ始めて、売り上げが増加しました」
こうしたトレンドや予期せぬ需要にどうやって対応していくのかも、これからの課題のひとつです。
早川さんは、新しい依頼にも対応しつつ、過去の遺産の掘り起こしもやっていきたいと考えています。
「過去につくっていたのに今は辞めてしまっているものがいくつかあるんです。
招き猫とか、ねずみ大黒とか。そういった古典的なものも復活させたいと思っています」
残念ながら、後継者がいないなどの問題で工房を閉めてしまう同業他社も少なくない中、そうした工房から型を引き継ぐこともあるんだそう。
張り子の量産に成功し、新たなチャレンジを通じてファンを増やし、西会津町で雇用の創出にも寄与している同社だからこそできるとも言えます。
ゆくゆくは、会津に限らず、全国でつくられなくなった郷土玩具を野沢民芸が復刻する。そんな期待も膨らみました。
地域おこし協力隊との取り組み
野沢民芸においても、後継者を育て、民芸品をつくり続けることは容易な道ではありません。
「人形づくりにはどの工程も難しい技術が必要なので、それが習熟できないとどうしても続きません。
技術を習得するベース、器用さも関係してきます。長く続く方をなかなか見つけられないのが現状です」
逆に、一度技術を習得すれば、ある程度高齢になっても続けられる仕事のため、現在は、ベテランの方々に非常に助けられているそう。ここに、若い方が加わって、ベテランの手ほどきを受けながら成長していってもらえると、理想的な状況になってきます。
「今、2名だけなのですが、地域おこし協力隊からうちの会社に来てもらっている方たちがいます。
2人とも20代で、技術を学んでもらうだけでなく、民芸品の可能性をどんな風に広げていけるのか、一緒に挑戦していければと思っているところです」
地域おこし協力隊でやってきた人が、直接企業に所属するのは少し珍しいケースにも感じます。
「3年の任期が終わったあと、できれば民芸品と関わりを持ち続けていただきたいし、西会津町に定着してほしいとも思っています。
そう考えた時、限られた期間で地域と深くつながるには、今回のように会社に入っていただくのが近道なんじゃないかなと。
業務上で関わる会社の人たちともつながりますし、一緒に働く同僚たちも地域の人間です。そういったコミュニティのベースをつくってから、それをいかして何ができるのか。
この春に来ていただいたばかりなので、まだまだこれから考えていかないといけません」
協力隊で来ている方は、デザインやWebに関するスキルを備えた方たちとのこと。そんな彼女たちとタッグを組んで、どれだけ新しいものをつくっていけるのかチャレンジしていきたいと早川さんは話していました。
西会津町の観光資源として
これからの工房のあり方として、もう少し人が訪れやすい場所にしていく構想もあるそう。
「ネットに載せきれていない商品もありますし、なにより一点一点表情が違うので、直接選んでもらえると楽しいと思います。
工房を見学してもらって、つくり方を見ていただいたり、その後は地域の別のお店でご飯を食べてもらったり。
うちの工房だけじゃなくて、町に来てもらうきっかけにもなれると理想的です」
西会津町の観光振興への寄与も見据える早川さん。依然としてコラボの依頼も多く、日々新たな挑戦に向き合っています。
「新しいものをつくりながら、そもそもの『赤べこ』はこういう由来で生まれたんだよ、といったこともわかってもらえるような出し方を常に意識しています」
直感で気になる、かわいいと思うものを手にとってみると、なぜこんな形なんだろうと気になってきたり、他にどんなものがあるのか知りたくなってきたり。そうやって興味の対象が広がっていくことも郷土玩具の楽しさのひとつです。
これから早川さんたちが生み出していくアイテムが、郷土玩具のどんな可能性を見せてくれるのか。それらを見て、多くの人が郷土玩具の魅力に気づいてくれることを一ファンとして、とても楽しみにしています。
<取材協力>
野沢民芸品制作企業組合
https://nozawa-mingei.com/index.html
文:白石雄太
写真:直江泰治