ここ数年、各地で賑わいを見せている町ぐるみの工場見学イベント。
中でも、東京大田区で毎年開催され人気を集めているのが、「おおたオープンファクトリー」です。
大田区は3000を超える工場がある、都内でも有数のものづくりの町。
最終製品ではなく、高精度が求められる部品づくりや、切削、研磨、成型などの加工技術を専門にしている企業が多いことが特徴です。
そんな大田区の「ものづくり」の魅力を体験できるのが、毎年秋に開催される「おおたオープンファクトリー」。
区内の町工場を巡りながら、技術や製品、人の魅力を紹介するもので、2012年の初開催から今年で9回目を迎えます。
毎年、全国から4000人以上が訪れる人気のイベント。工場見学だけでなく、職人さんから手ほどきを受けながら加工体験をしたり、親子で楽しめる企画もたくさんあります。
そんな「おおたオープンファクトリー」に参加したことをきっかけに、ものづくりに興味を持ち、未経験から大田区の工場に就職した一人の女性がいます。
オープンファクトリーや町工場のどんなところに魅力を感じ、仕事に選んだのでしょうか。ぜひお話を聞いてみたいと、会いに行ってきました。
就職先は、材料試験片製作のパイオニア、昭和製作所
訪れたのは、大田区大森にある株式会社昭和製作所。
1950年(昭和25年)の創業以来、金属材料を中心とした材料試験片・超音波深傷用試験片・試作部品などを製造、加工している工場です。
材料試験とは、例えば車のエンジンやボディーなどの部材や素材について、強度や機械的性質などを調べる試験のこと。
試験に使うために実際の部材・素材から切り取って製作した小片を材料試験片といいます。
材料試験片を取り扱う企業は全国でも珍しく、材料試験片製作のパイオニアでもあります。
「私は検査を担当しています」
そう話すのは、西銘佑梨(にしめ ゆり)さん。
試験片の精度や表面の粗さ、寸法などを検査機器でチェックするのが仕事です。
入社5年目の西銘さん。難しい超音波探傷試験レベル2の資格を持ち、第一線で働いていますが、最初は図面も読めなかったのだそう。
「学生時代は化学を専攻していたので、工学の知識もなく、検査という仕事も就職して初めて知りました」
「子どもの頃からアクセサリー作りとか、ものづくりが好きだったので、就職活動の時に改めて考えて、製造業を希望したのがきっかけです」
自然体の職人さんと交流できた一日
はじめは、好きなアクセサリー作りに携わりたいと宝飾関係の企業も見学したそう。
「でも行ってみたら、おしゃれな雰囲気が自分には合わないような気がして(笑)それよりも、もっと現場に近い、工業系の方がいいなと思うようになりました。
足を運んだ就職セミナーで大田区の町工場がやっている“下町ボブスレー”プロジェクトの話を聞いて、大田区のものづくりにも興味を持ちました」
実家のある川崎市にも近いこともあり、大田区を就職先の候補として調べていたところ、「おおたオープンファクトリー」に出会いました。
「実際に現場を見られるのがいいなと思って、就職活動の一環として金属加工の工場を見学しました。
それまで参加した企業説明会とは雰囲気が違い、オープンファクトリーでは職人さんが自然体で話してくれるのが新鮮でしたね」
実演や体験も楽しく、製造業で働くイメージも持てたと言います。
「若い人の採用も積極的で、受け入れ態勢ができているのを感じられて安心できました」
自分では気づかなかった長所を評価してもらえた
「おおたオープンファクトリー」に参加したことで、セミナーや企業説明会だけではわからない現場の雰囲気を知ることができたという西銘さん。
その後、「下町ボブスレー」プロジェクトにも参加している昭和製作所の存在を知り、面接を受けることに。
「実は、面接の前に他の企業の内定をもらっていて、気持ちのゆとりがあったので、気負わずに受けられたのがよかったなと思っています。
4次選考まであるんですが、いろんな社員の方といつも通りの自分で話せたので、この会社なら大丈夫という気持ちになれました」
面接時には手製のアクセサリーを持参したのだそう。
「入社後に、アクセサリーを見せたことで、ものづくりの感性や丁寧なところが検査に向いているんじゃないかと評価されたと聞きました。
自分では気づかなかった長所を見てもらえたことが嬉しくて、ここで頑張っていこうと思いました」
元々は製造部門を志望していたものの、今では製造とはまた違った面白さを感じているそうです。
ピンチである反面、チャンスでもある
「オープンファクトリーは町工場を知ってもらういい機会になっていると思います」
そう話すのは、昭和製作所代表取締役社長の舟久保利和(ふなくぼ としかず)さん。
「当社はエリアが少し離れていて現在参加はしていないのですが、『下町ボブスレー』プロジェクトをやってきた経験から、やはり、こうした町ぐるみのプロジェクトは重要だと思っています」
昭和製作所のある大森地域では、「おおたオープンファクトリー」が始まる1年前の2011年から「下町ボブスレー」プロジェクトがスタート。
これまでに70社近くの町工場が参加し、ボブスレーの製造に取り組んでいます。
昭和製作所では立ち上げ当初から参加し、舟久保さんは2代目の委員長を勤めました。
「オープンファクトリーにしても下町ボブスレーにしても、こういうプロジェクトが出てくるというのは、ある種の危機感があるわけです。
オープンファクトリーが西銘さんの一歩に繋がったのは、ピンチをチャンスに変えられた、嬉しい結果だったと思います」
今ここにある意味を作り出していく
かつては、海苔の養殖や麦わら細工が盛んだった大田区。大正時代になり、東京湾沿いに工場が建ちはじめ、関東大震災後には都市部にあった多くの工場が移転してきます。
その後、時代とともに工場が増え、昭和58年のピーク時には9000社以上と、都内一の工場地帯に。しかし、バブル崩壊やリーマンショックなどの影響を受け、現在は3300社ほどに減少しました。
「大田区はもともと計算されてできた工業地帯ではありません。だからこそ、今ここでものづくりをする意味を、自分たちで見出していかないといけないと考えています」
町工場の未来を作るためには新しい力が必要だという舟久保さん。現在、昭和製作所の従業員は約40名。そのうち、10〜30代が18名、女性が5名働いています。
大田区で、これだけ若い人が働く企業は珍しいそう。
「うちには中学2年生の時に職場体験をしたことをきっかけに入ってくれた子もいますが、奇跡的な例です」
少人数の工場では受け入れ態勢が取れず、若い人を入れたくても入れられない現状もあります。
「どこの会社も魅力はあるけれど、それをどう表に出すか。自分たちからオープンにしていく必要があります。そういう意味でもオープンファクトリーは、いい機会になっていると思いますね」
大田区の伝統「仲間回し」も体験できる、おおたオープンファクトリー
今年も11月16日(土)に「おおたオープンファクトリー」が開催されます。
「工業系の企業に就職したいと思っている人には、実際のものづくりの現場を見られる、いい機会だと思います」という西銘さん。
「中小企業や小規模の工場の様子は、普段はなかなかわかりません。実際の仕事環境が見られるのは、すごく勉強になると思います」
今年は20社の工場が公開され、見学や加工体験をすることができます。
また、大田区の伝統である「仲間回し」(一社だけでは完成しない作業を複数社に回すことによって完成する手法)を体感できる「仲間回しツアー」や、工場を巡りながら缶バッジを集めてトートバッグに地図を完成させる「飾ろう!トートラリー」など、大田区ならではの企画も盛りだくさんです。
町工場の晴れ舞台、オープンファクトリー。
職人さんの素顔に出会いに、ぜひ出かけてみてはいかがでしょうか。もしかしたら人生を変えるような感動が、待っているかもしれません。
<取材協力>
株式会社昭和製作所
東京都大田区大森西2-17-8
03-3764-1621
<開催情報>
第9回 おおたオープンファクトリー
11月16日(土)
会場:東急多摩川線 武蔵新田駅・下丸子駅周辺
11月17日(日)・23日(土)・24日(日)
会場:京浜急行本線 雑色駅周辺
文 : 坂田未希子
写真 : 尾島可奈子