「狂言とは人間賛歌」人間国宝、山本東次郎さんに聞く楽しみ方入門

みなさんは古典芸能に触れたことはありますか?

気になるけれどハードルが高い、でもせっかく日本にいるのならその楽しみ方を知りたい!そんな悩ましき古典芸能の入り口として「古典芸能入門」を企画しました。

独特の世界観、美しい装束、和楽器の音色など、そっとその世界を覗いてみて、楽しみ方や魅力を見つけてお届けします。

第1回目は「狂言」。

神奈川県横浜市にある横浜能楽堂へ鑑賞に行ってきました。

そして演目終了後には、なんとその日ご出演された狂言師にして人間国宝の、山本東次郎さんにお話を伺えることに。

山本さんが語られる狂言の魅力、楽しみ方とは。ぜひご注目ください!

狂言入門に、横浜能楽堂へ

横浜能楽堂では、毎月第2日曜日に「横浜狂言堂」という普及公演が開催されています。初心者も足を運びやすいようにとチケットは2,000円、解説付きで狂言2曲が楽しめます。

来場者は、若者から年配の方まで(そして小学生くらいのお子さん達も!)幅広い層の方々で賑わっていました。毎月のように通われている方もいらっしゃるのだそうです。

服装も、カジュアルな方からお着物姿などおしゃれしていらしている方まで様々。堅苦しいものではなく、自由に楽しめる空気が広がっていました。

横浜能楽堂の能舞台は、関東に現存する最古の能舞台。横浜市の文化財にも指定されている貴重なものです。
写真:横浜能楽堂提供 横浜能楽堂の能舞台は、関東に現存する最古の能舞台。横浜市の文化財にも指定されています。

「狂言」とは?

狂言には、「大蔵流」と「和泉流」の2つの流派があります。

さらにそれぞれに家があり、同じ流派でも家によって芸風が異なります。「横浜狂言堂」では、月替わりで異なる家々の方が出演されるので、様々な芸風を楽しめることも魅力です。

横浜能楽堂の公式サイトでは、狂言についてこのように解説しています。

狂言は、能と同じく能舞台で演じられる喜劇性の強い芸能です。喜劇的な部分だけが強調されがちですが、 笑いの中に人間の喜怒哀楽すべてを包み込んでいます。セリフ劇でありながら、能と同じように歌舞の要素も散りばめられています。 幅も奥行きもある、芸術性の高い芸能です。
能と狂言は、古くは一つの芸能でしたが、室町時代<1336-1573>に歌舞を中心とした能とセリフ劇である狂言に分かれました。 狂言が今のような姿になったのは江戸時代中期。能とともに、大名を中心とした武家の好みに合わせ、芸術性の高い芸能として完成しました。
狂言は能に比べると初心者にもわかりやすい。能の上演時間が1曲1時間以上なのに対して、狂言は20~30分のものが多く、気軽に楽しめます。 そのため、最近では狂言だけの公演も多い。
能・狂言は「能楽」として、2001年にユネスコによる第1回の「人類の口承及び無形遺産の傑作(世界無形遺産)」に、日本の芸能で最初に宣言されました。 そして2008年には「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に、人形浄瑠璃文楽、歌舞伎とともに登録されました。(「横浜能楽堂」公式サイトより一文引用)

狂言は、短いセリフ劇です。お腹から響く独特の発声で歌っているようにも聞こえて何とも心地よく聞き入ってしまうのですが、当時の軽快な日常会話がベースとなった言葉のやり取りにはリズムがあり、聴きやすく、内容が頭に入ってくるので、観ていて不思議とすぐに物語の世界へ入り込むことができます。(そして観客は大人から子供まで声をあげてたくさん笑います。)

特徴として興味深いのは、登場人物に固有の名前がないこと。

「男」「女」「主(=主人)」「太郎冠者(=召使いA)」といったように、性別や役割で呼ばれるにとどまっています。

固有の物語として楽しむのではなく、人間の誰しも身に覚えのあるような普遍的な話が描かれます。

時に身につまされたり、自分ごととして共感したり、イマジネーションを膨らませながら楽しめるのが狂言だと、解説でもお話がありました。

撮影 (有)凛風 尾形美砂子
「因幡堂」のワンシーン / 撮影 尾形美砂子

「因幡堂」に見る、狂言のおかしみ

例として、この日の1曲目の演目「因幡堂」のあらすじを見てみましょう。

大酒飲みの家事をしない妻に愛想がつきた夫が、妻の里帰り中に勝手に、離縁状を届け出てしまいます。

そして新しい妻をもらおうと因幡堂へお祈りに行ったことを知った妻は、怒り狂いながら夫の後を追って因幡堂へ行き、通夜(お寺で眠らずに夜を過ごすこと)をする夫を見つけます。

そして夫の枕元に立ち、いかにも夢のお告げのように「西門の一の階に立ったものを妻にせよ」と告げます。

翌朝、西門にお告げの女になりすまし立っていた妻を、そうとは気付かずに喜んで連れて帰る夫は…、というお話です。

元の妻と気づいた夫は真っ青になり、怒り狂う妻に追い立てられていくところで舞台は終わります。

「鬼嫁こわい…(できればもっと素敵な女性と人生やり直したい…)」そんな男性の心の叫びと、一瞬の夢時間。しかしズルは出来ないもので、現実に引き戻されて行く。

そんなお話には、きっと身に覚えのある方や、似たエピソードを聞いたことが誰しもあるのではないでしょうか。

極限まで削ぎ落とした演出で無限大の世界を作り出す

また、多くの舞台劇と比べて舞台セットや小道具などが少なく最低限のもののみ使われている点も特徴的です。

シンプルな舞台では、セリフや表情から鮮やかな背景を想像することができます。

「木六駄」のワンシーン。撮影 (有)凛風 尾形美砂子
「木六駄」のワンシーン / 撮影 尾形美砂子

こちらの写真は、雪道で牛を引いているシーン。笠をかぶり、綱を引いているだけで、雪景色も牛の姿もどこにもありません。

しかし、凍えそうな表情とセリフとともに見つめる先には降りしきる雪の様子が見えて、こちらまで寒くなってきます。

牛に掛け声をかけながら綱を引く姿からは、何頭もの牛の生き生きとした動きや表情までも想像できるから不思議です。

見たそのままを受け取るのではなく、目で見て、音で聞いて感じて、その様子から想像を膨らませて味わう。自分の感性とイマジネーションを使って面白がれることが狂言の醍醐味かもしれません。

人間国宝、山本東次郎さんに聞く、狂言の魅力

この日ご出演された、 大蔵流 山本東次郎家当主 山本東次郎さん(重要無形文化財各個指定《人間国宝》)にお話を伺うことができました。

重要無形文化財各個指定(人間国宝)の狂言方 山本東次郎さん
大蔵流 山本東次郎家当主 山本東次郎さん

——— 見て感じたものを一度自分の中に取り入れて、イマジネーションを膨らませることにすごく面白みを感じました。

「そうですね。狂言は喜劇だと言われますが、お客様を笑わせてやるぞと思って私たちは演じていません。

その場の面白さで笑わせるのではなく、無理に面白がらせるのではなく、淡々ときちんと型通りに行うことで、普遍性を持たせる。見た方が自分の中でのおかしみに変えて笑ってくださるのです。

今も昔も変わらない人間の姿がそこに見つけられて笑いが生まれるのだと思います。

狂言では、必ずどなたの中にもある弱さや愚かしい一面を描いています。

しかし、それを糾弾したり責任をとらせたり、非難したりせず、『それでもいいんだ、それが人間なんだ』と笑う。

最後は、後味が決して悪く無いものにしてある、そういう人間賛歌の芸能なんです。

(因幡堂の)夫婦のあの喧嘩だって、あの後きっとどうにかなるだろうという気持ちでいられるからお客様も笑っていられるのです。

必ず普遍の人間の心がちゃんとあるのですね」

——— セリフは昔の言葉なのに、不思議と意味が理解できて物語の中に入り込めました。

「以前もお客様から「現代語に直して話していらっしゃいますか?」と質問を頂いたことがありました。

昔通りの言葉で、まったく変えていません。子供の頃から父の稽古で叩き込まれたことの一つが『生きた言葉を話せ』。習った通りきちんと“生きた言葉”を話そうとしていると、自ずと伝わっていくのだと思います。

それから、発声ですが、持って生まれた声のままで話すと人によっては耳障りに感じたりするでしょう?

舞台の上で酔っ払っていたり、楽に話しているように見えるところでも、私たちは腹式呼吸をしっかりやっていて、近くのお客様には騒がしくなく、遠くのお客様にもよく聞こえる声を出すように心がけています」

——— 確かにセリフを聞いているだけで、すごく気持ちが良かったです。

「そうですか、ありがとうございます(笑)」

——— これから初めて狂言を鑑賞するという方に、一言いただけますか?

「現代の演劇では、こと細かに説明してくださるでしょう?これでもか、これでもか、というくらい与えてくださる。

狂言では、そういうことをしません。ご覧になる方が、ご自分の感性を信じて、こちらへ取りに来て欲しいのです。

以前あるお客様が『拍子や杖の音なんかがすごく効果的に使われていて面白い』とおっしゃってくださった。

実際には、効果音も音楽もありません。何もないことで観客が豊かに想像できる余白がたくさんある。

ご自分の感性や想像力次第で無限大に楽しめること、それはただ与えられたものよりはるかに面白いものだと思いますよ」

傘寿を迎えてなお気迫のこもった舞台を演じられる山本東次郎さん。狂言の持つ人間への愛情を体現されているような、優しい言葉で語ってくださいました。

鑑賞する人次第で、無限大に面白さの膨らむ狂言。みなさんもぜひご覧になってみてください。

<取材協力>

横浜能楽堂

神奈川県横浜市西区紅葉ヶ丘27-2

045-263-3055


文・写真:小俣荘子

*こちらは、2017年4月7日の記事を再編集して公開しました。

宮内庁で雅楽を聴ける?千年続く音の秘密を「三楽長」に聞いた

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

今回の「古典芸能入門」の舞台は、なんと皇居の中。

宮内庁式部職楽部 (以下、宮内庁楽部) が奏でる「雅楽」の鑑賞に出かけました。みなさんも音楽の授業やNHKの報道などで、その音色を耳にしたことがあるのではないでしょうか。

記事の後半では、宮内庁楽部を率いる「三楽長」のインタビューもお届けします。

雅楽とは?一般公募で楽しめる機会も

宮内庁の中にある雅楽の舞台。「雅楽」とは、日本古来の歌と舞、古代のアジア大陸から伝来した器楽と舞が日本化したもの、その影響を受けて生まれた平安貴族の歌謡、この3種類の音楽の総称をいいます
「雅楽」とは、日本古来の歌と舞、古代のアジア大陸から伝来した器楽と舞が日本化したもの、その影響を受けて生まれた平安貴族の歌謡、この3種類の音楽の総称をいいます。10世紀頃 (平安時代中期) に今の形が完成し、伝承されてきました

宮内庁楽部の雅楽は、1955年に国の重要無形文化財に指定され、楽師全員が重要無形文化財保持者に。2009年にはユネスコの無形文化遺産にも登録された日本最古の古典音楽です。

宮中の年中行事、饗宴、園遊会、さらには伊勢神宮の遷宮や天皇即位などの特別な儀式で演奏されます。

一般人が直接鑑賞する機会は滅多にない宮内庁の雅楽ですが、春と秋に演奏会が開催されます。春季雅楽演奏会は、芸術団体や外交団を招待しての開催ですが、秋季雅楽演奏会は一般公募による抽選が行われます。3日間、午前と午後合計6公演は、宮内庁の中で雅楽が鑑賞できる貴重な機会となっています。

宮内庁式部職楽部
宮内庁式部職楽部庁舎
宮中の中庭を模して作られた空間
開放的な舞台空間は、照明に加えて天窓から自然光が入り、足元には白い砂利が敷かれています。宮中の中庭を模した作りとなっているのだそう

上演前から打楽器は舞台の上に並べられています。

鞨鼓 (かっこ) 。雅楽において指揮者の役割を担う打楽器。打ち方によって演奏を指揮し、楽曲の進行に合わせて途中で音を止める役割も
鞨鼓 (かっこ) 。雅楽における指揮者の役割を担う打楽器。打ち方によって演奏を指揮し、楽曲の進行に合わせて途中で音を止める役割も。写真に写っている花は赤色ですが、裏面には青色の花が描かれています。慶事は赤、弔事は青を表にします
太鼓(釣太鼓)。拍子を決める役割を担います。大きなリズムを刻みます。枠の上には火焔の細工がされ、太鼓中央には唐獅子が描かれています
太鼓(釣太鼓)。大きなリズムを刻み、拍子を決める役割を担います。枠の上には火焔の細工がされ、太鼓中央には「七宝花輪違 (しっぽうはなわちがい) 」の紋印、その周りに唐獅子が描かれています
舞台の両脇に立つのは鼉太鼓 (だだいこ) 。舞楽 (ぶがく=舞と演奏) の際に使われます。左の太鼓は太陽を表し龍の彫刻が施されています。右は月を表し鳳凰の彫刻が。陰陽五行の思想からなる雅楽の世界観を表します
舞台の両脇に立つのは鼉太鼓 (だだいこ) 。舞楽 (ぶがく=舞と演奏) の際に使われます。左の太鼓は太陽を表し龍の彫刻が施されています。右は月を表し鳳凰の彫刻が。中国古来の陰陽五行説やインド伝来の大乗仏教思想を取り入れて成立した世界観を表しているのだそう

雅楽のオーケストラ演奏「管絃」

演奏会は2部構成で、前半は管絃 (かんげん) 、後半は舞楽 (ぶがく) となっています。

管絃
管絃とは、管楽器、絃楽器、打楽器による合奏です。現在では、唐楽 (中国の音楽) の「三管両絃三鼓」の楽器編成で演奏されます。「三管」とは笙 (しょう)、篳篥 (ひちりき) 、龍笛 (りゅうてき) 、「両絃」とは楽琵琶 (がくびわ) と楽筝 (がくそう) 、「三鼓」とは鞨鼓 (かっこ) 、太鼓、鉦鼓 (しょうこ)を指します

今年の管絃は、「青海波」と「千秋楽」の2曲。「青海波」は、源氏物語にも登場する古くから愛され続けている曲。「千秋楽」はお芝居や相撲の最終日の呼び名としても耳にする言葉ですが、この曲が法会などの行事の最後に演奏されたことに由来するのだとか。

演奏が始まってまず驚いたのは、一つひとつの楽器の音の存在感です。

雅楽では、管楽器がメロディを、打楽器と絃楽器がリズムを奏でます。絶え間なく響く「笙 (しょう) 」は高音なので「天空の音」といわれ、主旋律を奏でる「篳篥 (ひちりき) 」は人の声を表現した「地の音」と呼ばれます。笙と篳篥で天地を表しているのだそう。

主旋律を奏でる篳篥 (左)、和音でメロディを支える笙 (右) 。笙は、伝説上の鳥である鳳凰が翼を休めている姿を模したといわれることから、「凰笙(ほうしょう)」とも呼ばれます
主旋律を奏でる篳篥 (左)、和音でメロディを支える笙 (右) 。笙は、伝説上の鳥である鳳凰が翼を休めている姿を模したといわれることから、「凰笙(ほうしょう)」とも呼ばれます
上から、龍笛、高麗笛、神楽笛。龍笛を主として、曲の種類によって使い分ける。主旋律と同じメロディを基軸に装飾的に奏でます
主旋律を装飾するように奏でられる「龍笛」は、天と地をつなぎ自由自在に飛び回る「龍の音」。上から、龍笛、高麗笛、神楽笛

存在感のあるそれぞれの音が溶け合い、塊となって押し寄せます。音の渦に飲み込まれていくようで、言うなれば「音の海を潜水している」ような浮遊感。どこか懐かしく、心地よい音色です。

上から、楽筝 (がくそう)、和琴 (わごん) 、楽琵琶 (がくびわ) 。絃楽器ですが、雅楽では主にリズムを支える
上から、楽筝 (がくそう)、和琴 (わごん) 、楽琵琶 (がくびわ) 。絃楽器ですが、雅楽では主にリズムを支えます
打楽器。上段左から、鉦鼓 (しょうこ) 、太鼓 (釣太鼓) 、鞨鼓 (かっこ) 、三ノ鼓 (さんのつづみ) 、笏拍子 (しゃくびょうし)
雅楽の打楽器。上段左から、鉦鼓 (しょうこ) 、太鼓 (釣太鼓) 、鞨鼓 (かっこ) 、三ノ鼓 (さんのつづみ) 、笏拍子 (しゃくびょうし)。リズムを操り、全体を指揮します

舞と音楽が溶け合う「舞楽」

2部構成の後半は、演奏と舞が合わさった「舞楽」。中国大陸経由の文化をルーツとした「左方 (さほう) の舞」と、朝鮮半島経由の文化がルーツの「右方 (うほう) の舞」が上演されます。

左方の舞
赤と金を基調とした装束を纏う「左方の舞」
右方の舞
緑と銀を基調とした装束を纏う「右方の舞」

今年の演目は、左方の舞が「陵王 (りょうおう) 」、右方の舞が「胡徳楽 (ことくらく) 」でした。

「陵王」は雅楽の代表的な演目。かつて中国にあった北斉の陵王は大変美しい顔立ちをしていたため、戦場へ挑む時は厳しい仮面をつけていたという故事に基づいています。龍頭を乗せた面をつけて、勇壮華麗に舞います。

地面が震えるような大太鼓の力強い音が印象的。管絃の浮遊感ともちがい、舞楽では楽器の響きが舞と一体化して音が「見える」ようでした。

舞は、飛んだり跳ねたりするような激しい振り付けがあるわけではありません。静かで直線的な足の運びが中心の、ゆっくりとしたステップに惹きつけられます。雅楽の優美さを形にしたようでした。

「体に染み込ませる」三楽長に聞く、雅楽の受け継ぎ方

ルーツとなった中国や朝鮮の音楽の多くは消失してしまっている中、雅楽は1000年前とほぼ変わらぬ様式で残っています。これは世界でもまれなことだそうです。

現代の雅楽を楽師として受け継ぎ、後進の育成にも務められている、宮内庁式部職楽部の首席楽長、東儀博昭 (とうぎ・ひろあき) さん、楽長の多忠輝 (おおの・ただあき) さん、東儀雅季 (とうぎ・まさすえ) さんの三楽長にお話を伺うことができました。

首席楽長 東儀博昭 (とうぎ・ひろあき) さん
宮内庁式部職楽部 首席楽長 東儀博昭 (とうぎ・ひろあき) さん

——— みなさんにとって「雅楽」とは、どのような存在なのでしょうか。

東儀博昭さん「雅楽とは『伝えるもの』です。私たちには雅楽を後世へ伝承していく責任があります。個人の考えでアレンジを加えるようなことはなく、『正しいもの』を守り、伝えていくべく日々雅楽と向き合っています。難しい部分を安易な形にしたり、自分の都合のいいように変えてしまうのではなく、先輩から伝えられてきたものをそのままに後世に伝えていくのが、私たちの務めだと思っています。

現在も、一子相伝 (師と弟子の一対一) の形式で稽古は行われます。譜面は覚書にすぎません。先生から口伝で叩き込まれたものを吸収していく。一生懸命練習して身体に染み込ませる。血や肉となるように、私自身もただひたすらそれを続けてきました。

雅楽の世界は世襲制が原則です。江戸時代までは各家で稽古をしていましたが、明治時代に宮内庁に統合されて以降は、学校のような形式で宮内庁の楽部内で学ぶシステムとなりました」

——— 東儀家も多家も1000年以上続く由緒ある楽家 (楽師として雅楽を世襲してきた家柄) ですが、どのように学んで来られたのでしょうか。

東儀博昭さん「子どもの頃から身近に雅楽がある環境ですので自然と身体に馴染むものはありましたが、本格的に楽部で学び始めるのは中学生からですね。予科 (週に一度、宮内庁内で師匠と一対一の稽古が行われる) が3年間、高校生から本科が始まります。歌、菅、舞の主要3科目をはじめとし、管楽器の次は、絃楽器、打楽器と複数の楽器を習得していきます。

さらには、海外の賓客をもてなす晩餐会における洋楽 (オーケストラ) 演奏も宮内庁楽部が担当しています。そのため、楽典 (音楽理論) とピアノの他に、もう1種類の西洋楽器も必須として学びます。卒業試験に合格すると、晴れて楽師となります」

——— 1つの楽器を習得するだけでも難しいことですが、歌や舞に複数の楽器を演奏するというかなりハードな内容ですね。

多忠輝さん「たとえば、舞楽で舞うにはメロディもリズムもしっかりと体得していなければ成立しません。究極の舞は、音を消した状態で見ても音楽が聞こえてくるものです。単に等間隔のリズムで舞うのではなく、音楽と一体となって舞います。

すると『篳篥のフレーズに呼応した表現になる』という風に音が動きを通して伝わってくるものです。総合芸術というのはそれぞれをきちんと学び身体に染み込ませていないといけません」

楽長 多忠輝 (おおの・ただあき) さん
宮内庁式部職楽部 楽長 多忠輝 (おおの・ただあき) さん

——— 実際、どのようなお稽古をされるのでしょうか。

多忠輝さん「私は9歳から個別の稽古に通っていましたが、楽部に入って再度始めから習い直しました。最初は『唱歌 (しょうが) 』。楽器を触らず、手を叩きながら先生の歌った通りに楽器のメロディを唱えるということを繰り返します。正しく歌えるようになってやっと楽器を持たせてもらえます。私が実際に笙を持ったのは17歳の時。だから8年がかりです。

譜面通りに演奏するだけであれば、録音されたものや動画があれば早々にできてしまいますが、それだけでは本当の意味では習得できたとは言えません。例えば菅の稽古の際に『この音で吹きなさい!』という先生の指導内容は、とても抽象的ですが重要です。『今のお前の音は、大きいけれどちゃんとした密度の濃い音ではないぞ』と教えられる」

——— 「密度」ですか。

多忠輝さん「緊張感のある張り詰めた音を吹きなさい、と言われます。音というのは、小さくなったら弱くなる、大きくなったら強くなるが全てではありません。小さい音でも強い音があるし、大きい音でも弱い音があるということをみっちりと仕込まれるんですね。

それが非常に厳しいので、吹きやすい柔らかいリードで吹いたり、簡単な方へ流れてしまいたくなる。ところが、本物の音を吹けると、その違いがわかるようになる。そのあたりが、『正しい』か否かの分かれ目になるのだと思います。

伝承するということは、人が変わっても変わらぬものを伝えていくことです。雅楽が長い年月継承してこられたのは、個人の主観的な思いに流されず、集団で守ってきたからだと思うのです。

楽師だけでなく、学者さんや雅楽を支える人々による議論があり、背負ってくるものがあったから残っているのではないでしょうか。個人個人だったらどんどん違う方向に行ってしまったと思うんです。

今の自分が理解しきれていないとしても、先生から教えられたことをきっちりと教える、そうすれば、また次の人が自分より深められるかもしれない。多くの人によって守られてきた雅楽には、簡単に個人が語ることのできない、崇高な存在意義がきっとあるとはずなのです」

——— 最初に東儀さんが「雅楽とは伝えるものである」とおっしゃったのは、個人を超えて雅楽を未来に継承していく使命とともにある言葉なのですね。

楽長 東儀雅季 (とうぎ・まさすえ) さん
宮内庁式部職楽部 楽長 東儀雅季 (とうぎ・まさすえ) さん

東儀雅季さん「多さんのお話にもあった通り、ここに学びに通い始めると、意味も知らされずに歌を教わります。ひたすらその音程を歌い続け、覚えていきます。『せんざい〜‥‥』と歌わされるわけですが、子どもの頃は『千歳 (せんざい=ちとせの意味) 』のことだと知りませんでした。わからないから「洗剤」を頭に思い浮かべて『変だな?』なんて思っていました (笑) 。

でも、ここはすごく厳格な場で、へらへらふざけたりできない、真面目な態度で授業を受ける環境でした。子ども心にピシっとしなくてはと、緊張感を持って取り組んでいたんですよね。

ですから、大人になった今もこの場所は特別です。ここでの演奏会では、先輩方でも緊張していることがあります。格別の心持ちで向かいます。間違いのない完全な演奏をと挑む、それが我々のプライドでもあります」

宮内庁式部職楽部の舞台

「理屈は後からついてくる、そんなものは一生知らなくてもいい」なんて言う先生もおられるのだとか。身体に染み込んだ雅楽の演奏だからこそ、聞く側に直感的な感動を与えてくれるのかもしれません。

そして雅楽には、人の喜怒哀楽などの情緒表現は存在しないのだそうです。そのため感情移入はないのですが、それでも情緒に訴える感動がたしかにありました。

その根底には、思考を超えたところで身体で受け止める森羅万象の「気」のようなものがあるように感じました。力強い存在感に圧倒される一方で、音の渦に潜り込む心地よさを味わったり、「音」が見えた気がしたり。

当然、音色そのものの美しさへの感動もありますが、音の中に見え隠れする力の存在に、心が震える瞬間があるのかもしれません。だからこそ、宮中儀式をはじめとした神仏との交流に雅楽が用いられてきたのではないか‥‥そんな風に思いました。

<取材協力>

宮内庁 式部職 楽部

文・写真:小俣荘子

上演写真・楽器写真提供:宮内庁

こちらは、2017年12月23日の記事を再編集して公開しました。本年もあとわずか。年の瀬に、千年続く伝統の音、雅楽の話題をお届けしました。

海に浮かぶ世界遺産、広島の嚴島神社で観る「観月能」

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

みなさんは古典芸能に触れたことはありますか?

独特の世界観、美しい装束、和楽器の音色など、なにやら日本の魅力的な要素がたくさん詰まっていることはなんとなく知りつつも、観に行くきっかけがなかったり、そもそも難しそう‥‥なんてイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか。

気になるけれどハードルが高い、でもせっかく日本にいるのならその楽しみ方を知りたい!そんな悩ましき古典芸能の入り口として、「古典芸能入門」を企画しました。

そっとその世界を覗いてみて、楽しみ方や魅力を見つけてお届けします。

嚴島神社に奉納される「観月能 (かんげつのう) 」

フェリーから降り立つと、鹿に迎えられる宮島。島全体が御神体とされる神域です。世界文化遺産に厳島神社が登録された現在は、海外からの観光客も多くなりました。
フェリーから降り立つと、鹿に迎えられる宮島。島全体が御神体とされる神域です。世界文化遺産に厳島神社が登録された現在は、海外からの観光客も多くなりました

今回の舞台は広島県、秋の宮島。

国の重要無形文化財保持者 、いわゆる「人間国宝」の能楽師、友枝昭世 (ともえだ・あきよ) さんが舞う「観月能」へ。

「観月能」とは、月明かりの元で上演される能です。友枝さんによる嚴島神社での奉納は1996年から始まりました。年に一度、秋の月夜に催されています。その幽玄の世界を訪ねました。

日が暮れて、灯篭に明かりのともる参道
日が暮れて、灯篭に明かりのともる参道
潮が満ちると海に浮かんで見える嚴島神社。普段は夕方に閉門されますが、この日は特別に夜の姿が見られます
潮が満ちると海に浮かんで見える嚴島神社。普段は夕方に閉門されますが、この日は特別に夜の姿が見られます

能は、謡 (うたい) と囃子 (はやし) からなる「音楽」と「舞」で構成されていて、「日本のミュージカル」とも呼ばれる芸能です。

※「能」について詳しくは「古典芸能入門「能」の世界を覗いてみる ~内なる異界への誘い~」をどうぞ。

写真撮影:M2 エムニー 横田三彩 misai yokota
厳島観月能「玉鬘 (たまかずら) 」。撮影:M2 エムニー 横田三彩 misai yokota

環境すべてが舞台装置になる

おぼろげな光の中で鑑賞する観月能は、はっきりと観えすぎないことが魅力となります。舞台鑑賞で「観えにくさ」を良しとするのはなんとも不思議ですが、もやのかかった様子が夢うつつの世界をいっそう引き立ててくれるように感じられるのです。さらには、屋外ならではの風や水音、虫や動物の鳴き声などが入り込むことで情緒が加わります。

能舞台にも客席にも屋根がついているので、よほどの荒天でない限りこの場所で実施されます。以前にも、雨降る年に足を運んだことがありましたが、海面を打つ雨音がお囃子のリズムと一緒にビートを刻んでいるようで、舞のクライマックスが盛り上がりました。

世界全体が舞台装置であるかのような中に自分自身も包み込まれる。知らぬ間に物語の中に入り込んでしまったような感覚が生まれることもあります。舞台と客席、現実と物語の世界、それぞれの境界線が曖昧になるようです。

神様に捧げるために建てられた、嚴島神社の能舞台

能鑑賞のために海の上に特設された桟敷席からの眺め。嚴島神社の回廊からの眺め。海の向こうには広島の夜景が広がります。大鳥居を隔てて現実世界がはるか遠くに感じられ、神様のいる異界に立ち入っているような気持ちになります
能鑑賞のために海の上に特設された桟敷席からの眺め。海の向こうには広島の夜景が広がります。大鳥居を隔てて現実世界がはるか遠くに感じられ、神様のいる異界に立ち入っているような気持ちになります

かつては、神職や僧侶でさえ島に渡るのは祭祀の時のみ、島に上陸する際も厳重な潔斎 (けっさい。心身を清めること) が必要な神域とされていた宮島。

嚴島神社は、推古天皇が即位した593年ころの建立と言われ、1400年の歴史を持ちます。島全体が神聖な場所と考えられていたため、島の土の上に社殿を建てることをはばかり、海辺の浅瀬を選んだとも言われています。満潮時には、海水が社殿の奥まで届き、神社全体が海に浮かんでいるように見えます。

平安時代末期、栄華を極めた平清盛により今のような荘厳な社殿となります。平家一族の守護神として篤い信仰を得て、世に広く知られるようになり、平家滅亡後も、源氏、足利氏、毛利氏などによって大切にされてきました。

嚴島の能の起こりは、1563年。嚴島合戦で陶軍に勝利した毛利元就が、仮の能舞台を海の上に作らせて能を奉納したのが始まりと言われています。

歴史上のビックネームが連なる嚴島の歴史。当時の武将たちと同じ風景を見ていると思うと感慨深いものがあります。

写真撮影:M2 エムニー 横田三彩 misai yokota
撮影:M2 エムニー 横田三彩 misai yokota

現在の常設の能舞台は、1680年に寄進されたもの。国の重要文化財に指定されています。

海の上にあるため、通常は床下に置かれる共鳴用の甕 (かめ) がなく、足拍子の響きをよくするため舞台の床が一枚の板のようになっているのが特徴なのだそう。十分に音が響くので、現代でもマイクは使われません。

潮の満ち引きで景色が変わっていく

干潮時は大鳥居の足元まで歩いて行くことができます
干潮時は大鳥居の足元まで歩いて行くことができます

舞台の序盤は潮が引いている状態。次第に波音が届き始め、潮が満ちていきます。波打つようになった海面に反射した光は、キラキラと舞台を照らします。

また、水位の変化で音の響きも変わるそう。水かさが増えるにつれて音の反響もよくなり、後半の見せ場となる舞に向かって雰囲気も音も盛り上がります。

潮の満ち引きは日によって異なるもの。毎年、観月能の開催日は「潮位」を第一に選ばれます。なるべく大潮の時で、満月に近く、ちょうど演能時間と満潮時が重なるという条件に合う、限られた秋の夜にだけ生み出される幻想的な舞台なのです。

少しずつ水位が上がっています。撮影:M2 エムニー 横田三彩 misai yokota
少しずつ水位が上がっています。撮影:M2 エムニー 横田三彩 misai yokota

さらに、観月能でシテ (主役) として舞う、友枝昭世さんは、水を効果的に扱い美しい光景を描き出します。

これまでの演目では、汐を汲むシーンや、水面を覗き込むシーンなどで、舞台の際まで歩み寄り (海に落ちてしまいそうなほど近づきます) 、その様子を演じていました。想像力を膨らませながら鑑賞している観客にとって、目の前にある水と演者の動きが結びつくと大変な臨場感を感じるもの。そしてその光景のなんと美しいことでしょうか。

撮影:M2 エムニー 横田三彩 misai yokota
撮影:M2 エムニー 横田三彩 misai yokota

能面をかけていると、視野が非常に狭く、足元はほとんど見えていないのだそうです。柱を目印に、ためらうことなく一気に歩み寄り、優美に舞う姿に息を飲みます。美しい舞に加え、この場所ならではの様子に出会えるのも楽しみです。

亡霊が降り立ち、舞う

今年の演目は、源氏物語に基づいた「玉葛 (たまかずら) 」でした。

六条御息所の生き霊によって殺されてしまった夕顔、その娘が玉葛です。絶世の美女であったがために、恋に翻弄された玉葛の亡霊が、僧侶によって迷いを晴らして成仏する物語。「夢幻能 (むげんのう) 」という能の代表的な形式のストーリーです。

冒頭で玉鬘の亡霊は、小舟に乗った人間の女として僧侶の前に現れます。

実際に小舟は登場しませんが、さおを差し、その様子を表します。撮影:M2 エムニー 横田三彩 misai yokota
実際に小舟は登場しませんが、さおを差し、その様子を表します。撮影:M2 エムニー 横田三彩 misai yokota

秋の初瀬川で出会い、夕霧の絶え間に美しい紅葉を見ながら玉鬘ゆかりの二本の杉までともに行く女と僧侶。

秋の夕暮れ、水辺での出会い。舞台ともリンクします。この日はあいにくの雨で、霧がかかったような視界の先に舞台がありました。風ではらはらとたなびく装束の様子と霧が、異界の者との出会いに臨場感を加えているようでした。

僧侶に玉鬘の数奇な運命を語り、自身が玉鬘であることをほのめかし、弔いを頼んで女は消えます。そして後半では、玉鬘は寝乱れ髪の姿で登場します。

撮影:M2 エムニー 横田三彩 misai yokota
撮影:M2 エムニー 横田三彩 misai yokota

昔のことを思い悩み、妄執にひかれて苦悶する有様を見せ、美しく激しく舞う玉鬘。演じる友枝昭世さんならではの、美貌だけではなく、妖艶さすら感じる舞。神がかっているようにも見える姿に魅了されます。

玉鬘が成仏し、静かに終わる物語。公演終了後も、その美しさの残像を感じながら波音を聞いていました。

嚴島神社では、終演後も非日常空間が残ります。少し惚けたまま、余韻にたっぷり浸りながらの帰り道も心地よいものです。

宮島の島内にはお宿もあります。年に一度の幽玄の夜。ぜひ泊まりで訪れてみていただけたらと思います。

<取材協力>
嚴島神社
厳島観月能実行委員会

文・写真:小俣荘子
写真提供:M2 エムニー 横田三彩 misai yokota

繊細な心理描写や、驚きのからくり。人々の心を掴む「浄瑠璃人形」

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

みなさんは古典芸能に触れたことはありますか?

独特の世界観、美しい装束、和楽器の音色など、なにやら日本の魅力的な要素がたくさん詰まっていることはなんとなく知りつつも、観に行くきっかけがなかったり、そもそも難しそう‥‥なんてイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか。

気になるけれどハードルが高い、でもせっかく日本にいるのならその楽しみ方を知りたい!そんな悩ましき古典芸能の入り口として、「古典芸能入門」を企画しました。

そっとその世界を覗いてみて、楽しみ方や魅力を見つけてお届けします。

気軽に楽しめる庶民のエンターテイメント

今回は、人形浄瑠璃で使われる「浄瑠璃人形」の世界へ。

人形浄瑠璃は、人形と、太夫 (独特の節回しで物語の展開やセリフを表現する語り手) 、三味線の3つの技芸が結びついた芸能です。

江戸時代に、歌舞伎と並び一世を風靡したエンターテイメントでした。デートで訪れたり、好きな演目に足しげく通ったりと、気軽に楽しめる娯楽。感覚としては、現代の映画のような位置づけと言えるかもしれません (歌舞伎は「実写映画」、人形浄瑠璃は「アニメ映画」といったところでしょうか) 。

当時話題になったニュースやスキャンダルが題材となった演目や時代劇、切ない恋物語などが描かれ、多くの人々の心を掴みました。

現存するものとしては、大阪の国立文楽劇場や東京の国立劇場を中心に上演される「文楽」が有名ですが、全国各地に様々な人形浄瑠璃が残されています。

※「文楽」について詳しくは「古典芸能入門 『文楽』の世界を覗いてみる」もあわせてどうぞ。

人形浄瑠璃のルーツをたどる

江戸時代に盛り上がりを見せた人形浄瑠璃ですが、そのルーツは兵庫県の淡路島 (あわじしま) にあります。現代にその伝統を伝える「淡路人形座」を訪れました。

ミシュラン・グリーンガイドで2016年に二つ星を獲得し、海外からも注目される「淡路人形座」。建物は2012年に遠藤秀平 (えんどう・しゅうへい) 氏が設計。潮風で壁を少しずつ錆びさせていき、これから数十年かけて完成するデザインなのだそう
ミシュラン・グリーンガイドで2016年に二つ星を獲得し、海外からも注目される「淡路人形座」。建物は2012年に遠藤秀平 (えんどう・しゅうへい) 氏が設計。潮風で壁を少しずつ錆びさせていき、これから数十年かけて完成するデザインなのだそう
劇場の壁には淡路島特産の瓦を使用。昭和時代のいぶし瓦は一つひとつ異なる風合です
劇場の壁には淡路島特産の瓦を使用。昭和時代のいぶし瓦は一つひとつ異なる風合です

淡路人形芝居の由来は諸説ありますが、鎌倉時代、淡路島に大阪四天王寺より舞楽など神事を生業とする楽人が移り住み、戎神社の芸能と結びついて神事を人形操りで行うようになったと考えられています。

漁の安全と恵みを祈るものとして、また、家、土地、船を守り、神を讃える神聖な季節の行事として定着しました。昭和中期までは、門付けで家々を祝いの人形が回って神棚の前で幸せを祈っていたそうです。

現在、国指定重要無形民俗文化財にも指定されている「淡路人形浄瑠璃」は、郷土芸能であると同時に、日本の演劇史で大きな役割を果たしてきたといいます。最盛期の18世紀はじめには、淡路にあった40以上の人形座が、競うようにして東北から九州まで全国を巡業し、各地に人形浄瑠璃を根付かせました。

大阪で現在の「文楽」の元となる芝居小屋の旗揚げをした、「文楽の始祖」と呼ばれる植村文楽軒 (うえむら・ぶんらくけん) も淡路の出身です。

時代物 (時代劇) を得意とし、人形や舞台に施されたからくりや派手な演技など、ケレン味に富んだ演出で、わかりやすく親しめる芝居が広く愛されました。大きな人形を遣い、男性だけでなく女性も活躍する舞台はとても華やかです。

女性の太夫、三味線奏者、人形遣いも活躍する。人間国宝の鶴澤友路氏 (義太夫節三味線)や竹本駒之助氏 (義太夫節浄瑠璃) も淡路出身です
女性の太夫、三味線奏者、人形遣い。故鶴澤友路氏 (義太夫節三味線)や竹本駒之助氏 (義太夫節浄瑠璃) など、人間国宝として認められ地元のみならず全国でも活躍する方々も淡路の方です

淡路人形座では、1日4回の公演の他、人形や資料の展示、人形の操り方のレクチャー、大道具返し (背景が次々と変わるからくり) を鑑賞できます。この日は、戎さまが舞って福を授けてくれる「戎舞」と、恋人の命を救うために雪の夜に必死で火の見櫓 (ひのみやぐら) に登る女性を描いた「伊達娘恋緋鹿子 (だてむすめこいのひがのこ) 火の見櫓の段」が上演され、神事としての演目とエンターテイメントとしての演目の両方を鑑賞することができました。

 「戎舞 (えびすまい) 」。「えべっさん」の愛称で親しまれる戎信仰は淡路島で根強く、戎さまの神慮を慰めるために淡路人形が生まれたという伝承も残っています
「戎舞 (えびすまい) 」。「えべっさん」の愛称で親しまれる戎信仰は淡路島で根強く、戎さまの神慮を慰めるために淡路人形が生まれたという伝承も残っています
「伊達娘恋緋鹿子 火の見櫓の段」主人公のお七が雪の寒さに耐え、必死で梯子を登るいじらしい様子が描かれます
「伊達娘恋緋鹿子 火の見櫓の段」主人公のお七が雪の寒さに耐え、必死で梯子を登るいじらしい様子が描かれます

人形に命を吹き込む

もともとは小さな人形を1人で操っていましたが、1700年代前半に3人で操る「3人遣い」が考案されました。これにより、細やかで美しい動きがさらに表現できるようになりました。一方で、3人が息を合わせて人形を遣うことは非常に難しく、一人前の人形遣いになるには「足八年、左八年、かしら一生」と言われます。人形遣いの吉田廣の助 (よしだ・ひろのすけ) さんにお話を伺いました。

戎さまで人形の操り方をレクチャーする吉田廣の助さん
戎さまで人形の操り方をレクチャーする吉田廣の助さん

「淡路人形は、文楽の人形などと比べると一回り大きく、表現する際も大きくダイナミックな動きが求められます。そのため肉体的にもハードです。その中で、繊細な心の動きや、時代物での勇壮な様子をどう表現するか日々試行錯誤しています。

キャラクターを表現するために、まずは心情を理解することが大切です。泣く、笑うなど同じ感情でも、状況や人によって異なりますよね。『こんな時、人はどんなふうかな』ということを、日々いろんな人を眺めながら考えて、演技に取り入れています」

人形遣いの仕事は、人形を組み上げ衣装を着付けるところから。キャラクターの色付けを行い、操る技術と表現力で人形に命を吹き込むのです。

衣装を着せる前の人形。この上から役に応じた衣装を着せます。人形遣いは裁縫もこなします
衣装を着せる前の人形。この上から役に応じた衣装を着せます。人形遣いは裁縫もこなします

細かい動きを指先で操作!人形に仕掛けられたからくり

人形遣いの方々は実際どのように操っているのでしょうか。普段は衣装の中で行われている操作を目の前で詳しく見せていただきました。

まずは、頭部の仕組みから。 人形浄瑠璃では、人形の頭部を「かしら」と呼びます。

かしらを分解した模型。顔が彫りあがったところで耳の根元から2つに割り、中をくりぬいて仕掛けが作られています
かしらを分解した模型。顔が彫りあがったところで耳の根元から2つに割り、中をくりぬいて仕掛けが作られています
かしらと持ち手は傾いた角度で繋がっていて、人が握った時に人形の顔が正面を向くようになっている。ヘアスタイルなども人形遣いがセットする
かしらと心串 (しんぐし=持ち手) は傾いた角度で繋がっていて、心串を握った時に人形の顔が正面を向くようになっています。ヘアスタイルなども人形遣いがセットするそう

登場したこちらのかしらは、明治時代に作られ120年以上使われ続けている貴重なもの。今なお現役で使われていることに、代々大切に扱われてきた様子が伺えます。

かしらの中のからくりを操作するしかけ。かしらの中のからくりを操作するしかけ。糸を引くと眉・目玉・口などが動きます
かしらの中のからくりを操作するしかけ。糸を引くと眉・目・口などが動きます
「ガブ」と呼ばれるかしら。美しい女性が一瞬にして鬼に変身するからくりが仕込まれています。ヒーッ!夢に出てきそうな恐ろしさです‥‥
「ガブ」と呼ばれるかしら。美しい女性が一瞬にして鬼に変身するからくりが仕込まれています。ヒーッ!夢に出てきそうな恐ろしさです‥‥
3つの仕掛けの紐が1つにまとまめて親指で引けるようになっている「ガブ」では、3つの仕掛けの糸が1つにまとまめられています。指一本で引けるのでツノと玉と口を一瞬にして変えられるのですね
「ガブ」では、3つの仕掛けの糸が1つにまとまめられています。指一本で引けるのでツノと目玉と口を一瞬にして変えられるのですね

「基本の操作は決まっているのですが、指使いや組み合わせ方は人形遣いによって様々です。衣装の下でのことなので、自分で扱いやすく、より豊かな表現になるようにそれぞれがオリジナルの技を持っていたりするんですよ」と廣の助さん。操る様子を動画で撮らせていただきましたので、ぜひこちらをご覧ください!

息を合わせた「三位一体」の動き

人形浄瑠璃は、人形と太夫と三味線からなる「三位一体の芸能」といわれますが、人形遣いも「主遣い (おもづかい=かしらと右手を操る) 」「左遣い (左手を操る) 」「足遣い (両足を操る)」の三位一体の動きが求められます。

動画の後半にも登場したように、主遣いが司令塔となって3人が息を合わせて人形を動かします。主遣いが出す合図を「ズ」と呼びますが、例えば、主遣いが足を出す向きで進行方向が決まったり、左肩を動かすことが、左遣いが左手を動かすサインとなっていたりするそうです。

三人で人形を操る様子
三人で人形を操る様子
足は衣装の中に腕を入れて動かして表現されます
足は衣装の中に腕を入れて動かして表現されます
膝を折って座っているように見えますね
膝を折って座っているように見えますね

手の扱いも見せていただきました。舞台上で人形は様々な小道具を手にするのですが、実際に握っているのは人形遣い。しかし、観客からは人形が自分で道具を持っているように映ります。それにはこんな秘密がありました。

手の下に輪が付いています。ここに指を通して人形と人形遣いの手を一体化させます
手の下に輪が付いています。ここに指を通して人形と人形遣いの手を一体化させます
そして人形の手の後ろで小道具を持ちます
そして人形の手の後ろで小道具を持ちます
客席から見るとこの通り!うまく手を隠しながら人形が扇を持っているように見せます
客席から見るとこの通り!うまく手を隠しながら人形が扇を持っているように見せます

淡路人形座では、定期公演の他、国内外での出張公演や学校などでの公演や講座などの普及活動も積極的です。

「古い歴史のある芸能ですが、難しいことはありません。現代には現代の楽しみ方があります。見ていただいて、何か面白かったと感じてもらえることあればと思って日々行なっています。特に子どもたちに伝えたい。公演を見た子どもたちから『人形が生きているように見える、人間のようで怖い』と言われた時は心の中でガッツポーズです」と廣の助さん。

間近で人形が見られたり、舞台との距離が近い淡路人形浄瑠璃。公演を見ていると、登場人物の心情に共感したり、笑ったり、昔の人々と同じように楽しでいる自分に気がつきます。人の心って今も昔も変わらないんだなぁ、そんな体験をする時間にもなりました。

ストーリーを楽しむもよし、人間のように見える人形の様子や、からくりを楽しむもよし。まずは気軽な気持ちで一度体験してみてはいかがでしょうか。

◆東京での公演情報
「淡路人形座-受け継がれる500年の歴史ー」
場所:渋谷区文化総合センター 大和田伝承ホール
日時:2017年11月25日(土) 14:00〜(13:30開場)
詳細:http://awajiningyoza.com/schedule/

淡路人形座東京公演ポスター

<取材協力>
淡路人形座
兵庫県南あわじ市福良甲1528-1地先

文・写真:小俣荘子 (公演写真提供:淡路人形座)

「己を封じることから生まれる創造性」6歳から能面を打つ、若き職人の話

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

みなさんは古典芸能に触れたことはありますか?

気になるけれどハードルが高い、でもせっかく日本にいるのならその楽しみ方を知りたい!そんな悩ましき古典芸能の入り口として、「古典芸能入門」を企画しました。そっとその世界を覗いてみて、楽しみ方や魅力を見つけてお届けします。

今月は2回に分けて、「能面」の世界を探っています。

前編では、能面の役割と、硬い木でできた面から伝わってくる豊かな表情の秘密に迫りました。後編となる本日は、幼くして面の魅力に引き込まれ、名だたる能楽師からも注目を集める若き職人の元を訪ねました。

仮面に魅入られた職人を訪ねて

仮面に魅入られた若き職人、新井 達矢 (あらい・たつや)さん、34歳。

新井さんは面をつくる「面打 (めんうち) 」です。能面をはじめ、狂言面や舞楽面などの制作もされています。面との出会いは3歳の頃。地元神社の祭り囃子で、ひょっとこのお面に興味を持ち、自分でボール紙で作ってみたら面白かったことが原体験だといいます。5歳の頃、無形文化財選定保存技術保持者の能面師・長澤氏春氏(ながさわ・うじはる 2003年没)の出演するテレビ番組を見て、父親と長澤氏の個展会場へ。

翌年も個展へ出かけて能面に見入っていたら「遊びにおいで」と長澤夫人から声を掛けられ、長澤氏との交流が始まります。古い能面や資料などの膨大な所蔵品に惹かれて指導を受けるように。基本の作り方は独学。本を読んで作り方を学び、自己流で彫った面を、年に数回ほど師の元へ持参してアドバイスを受け、手を入れてもらいます。

新井さんの本棚。能や能面に関する書籍がずらりと並ぶ
新井さんの本棚。能や能面に関する書籍がずらりと並ぶ
面を打つ新井さん
面を打つ新井さん

長澤氏を介して出会ったシテ方観世流の梅若万紀夫氏 (現 万三郎) から「任せるから彫ってごらん」と、初めての注文を受けたのが中学1年生のとき。自作の面を最初に本舞台で使ってくれたのは梅若研能会の水野泰志氏 (現 梅若) 。新井さんは高校1年生でした。

面について語る新井さんのお話を伺っていると、いかに面がお好きか、真摯に向き合ってこられたかが伺えますが、その情熱や才能はすでに10代の頃から注目されていたのですね。

21歳の時には、観世流能楽師の中所宜夫 (なかしょ・のぶお) 氏がその力強い面に感動して舞台で使ってくれることに。その制作から本舞台までの様子はドキュメンタリー映画『面打 / men-uchi』 (三宅流監督) となって公開されました。東京造形大学に在学中、「新作能面公募展」で、文部科学大臣賞奨励賞を最年少で受賞。現在も本舞台で使われる面の制作、古面の修復や写し、実演や講演など面と向き合い続けています。

牡蠣や蛤の貝殻を風化させて粉砕し精製される白色の顔料「胡粉 (ごふん) 」。面の彩色に使われます
牡蠣や蛤の貝殻を風化させて粉砕し精製される白色の顔料「胡粉 (ごふん) 」。面の彩色に使われます

子どもの頃から人生の多くの時間を面と向き合ってきた新井さん。その魅力を尋ねると「面の多様な表情」「古面を写すことの創造性」という答えが返ってきました。200種類以上もあると言われる能面には、老若男女、人だけでなく神様、鬼など様々なものがあり、まずはその造形に惹かれたと言います。

次第に形だけではなく、舞台上で本来の美しさを発揮し、芸能の中で生きる存在として面を捉える意識が強くなったそうです。

能楽師の各家では、所蔵する能面を代々使い続けています。中には600年以上も昔、室町時代から伝わっているものも。そうした面の修復や、貴重な古面を写すことも面打の仕事です。20代のころはゼロから作る創作面に傾倒した時期もあった新井さんですが、今は古面と向き合うことが何より面白いと言います。

長い歴史の中で使い続けられてきた面が内包する凄みや、人の手で作られたとは思えない人知を超えた面に出会い向き合うことに面白みを感じるのだそう。

古面を写す際には、手作業で図面を起こし型紙をとります。細かくデータを取る様はCTスキャンのようですね
古面を写す際には、手作業で図面を起こし型紙をとります。細かくデータを取る様はCTスキャンのようですね
サイズを測るために使われる定規
サイズを測るために使われる定規
型紙にピタリと合うまで何度も調整されます
型紙にピタリと合うまで何度も調整されます

「これだけ細かく型紙を取ったからといって間違いなく写せるというわけではなく、なかなか本面と同じにならないものです。まずは古面を眺めて、その魅力や生命感、背負ってきた歴史を感じ取るようにしています。また、彩色についても江戸時代から伝わっている技術が存在していると思われている方も多いのですが、必ずしも技術は伝えられていません。古面を見ながら、どうしたら同じ色、質感になるのかを考え、挑戦する。それをひたすら繰り返し考え抜く創造的な仕事だと思っています。写すことによる発見は多く、日々勉強させられることばかりです」

輪郭などの下絵も描いては彫り、描いては彫りという作業を繰り返し作り上げていく
輪郭などの下絵も描いては彫り、描いては彫りという作業を繰り返し作り上げていく
白い面に陰影をつけたり古みを出す古色(こしょく)。布につけてポンポンと塗布することで風合いを出す。舞台上での表情の移ろいを生む効果もあるという
白い面に陰影をつけたり古みを出す古色(こしょく)。布につけてポンポンと塗布することで風合いを出す。舞台上での表情の移ろいを生む効果もあるという

制作する上で一番大切にしていることを伺うと、思いがけない言葉が返ってきました。

「自分を出さない努力をしています。能は過去の物語に入っていくものですので、現代の匂いを極力なくしていくようにしています。そうした中でもどうしても自分が出てしまう部分もあります。そのせめぎあいの中で、実際に舞台で使われた時に生きる面を作り出したいと思っています」

現代の私たちは、何かを作る際、オリジナリティを追求する傾向にあります。一方で、自分をいかに抑えるかを考えて作られる能面。そこには、静の中にたぎる情熱を抱えた能の演目同様に、抑え込む中に生まれる創造性を感じました。

◆新井 達矢さん作品展「八人展 工燈-コウトウ-」
仏教美術 木彫 能面 神楽面
期間:2017年11月10日 (金) ~14日 (火)
時間:11:00〜18:00
作家:新井 達矢、梶浦 洋平、黒住 和隆、田中 俊成、新井田 慈英、林 円優、宮本 裕太、杉本 一成
会場:「高岩寺会館」とげぬき地蔵尊 高岩寺
   東京都豊島区巣鴨3丁目35-2
問い合わせ:080-6660-7297(代表 黒住)

出品予定の一面「曲見 (しゃくみ) 」
出品予定の一面「曲見 (しゃくみ) 」 写真提供:新井達矢

文・写真:小俣荘子

古典芸能入門「能」の世界を覗いてみる ~内なる異界への誘い~

こんにちは。ライターの小俣荘子です。
みなさんは古典芸能に興味はお持ちですか?
独特の世界観、美しい装束、和楽器の音色など、なにやら日本の魅力的な要素がたくさん詰まっていることはなんとなく知りつつも、観に行くきっかけがなかったり、そもそも難しそう‥‥なんてイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか。 気になるけれどハードルが高い、でもせっかく日本にいるのならその楽しみ方を知りたい!そんな悩ましき古典芸能の入り口として、「古典芸能入門」を企画しました。そっとその世界を覗いてみて、楽しみ方や魅力を見つけてお届けします。

今回は、「能」の世界へ。
歌舞伎と並べて語られることも多いですが、この2つは両極にあると言っても過言ではないかもしれません。豪華絢爛なエンターテイメントとして大衆に支持された歌舞伎に対して、能は神事として発展し、豊臣秀吉を始め、多くの大名たちに愛されました。能を演じることは「茶の湯」と同様に、武家社会におけるたしなみの1つでもあったと言います。
削ぎ落とされたストイックで禅的な世界。現代では思想的な面でも国内外から注目され、多くの人を魅了し続けています。

能楽堂の様子。舞台を取り囲むように客席があり、写真右手前から正面、中正面(角から柱越しに鑑賞します) 、ワキ正面(本舞台を真横から鑑賞します)と呼ばれ、位置によって異なる視点で味わうことができます

なにやらよくわからない、けれど惹きつけられてしまう

私が初めてお能を観たのは、能楽堂主催の鑑賞教室でのこと。12歳くらいの時でした。美しい装束や、楽器の音色や謡(うたい=節のついたセリフや唱歌)、優美な舞‥‥夢うつつの幻想的で美しい世界が広がっていて、よくわからないながら知らぬ間に引き込まれていました。それからおよそ20年の間に何度もお能を観る機会に恵まれましたが未だに「わかった」と言えません。
よくわからないまま、それでもまた観に行ってしまう。とても気になる。不思議な魅力に引き寄せられ続けています。

ご紹介にあたり、なんとかわかりやすい解説をお届けできればと思っていたのですが、なかなか一筋縄にはいきません。
説明しようとすればするほど本質から離れてしまう気さえします。白洲正子さんをはじめ、著名な方々が書かれた数々の解説書においても「能を説明することは困難、むしろ解説しようとすること自体が適切では無い」といった類のことが書かれていることもありました。 (解説書なのに!!)

しかし、その「難しさ」は他者を受け付けない閉鎖的なものではありません。
ストーリーは非常にシンプルですし、事前知識を持たなくても研ぎ澄まされた美しさを味わうことができます。
ただ、その奥深さゆえ、1度鑑賞したり解説されただけでは、きっと全てを理解し得ないのです。わからないからこそ、惹きつけられる。その魅力や根源にある「何か」をずっと探し続ける、問い続ける、そのこと自体が鑑賞の大きな要素にある芸能、と言えるかもしれません。

百聞は一見に如かず、まずは観てみる

平成29年国立能楽堂能楽鑑賞教室 能「黒塚」 (金春流)

そんな奥深い「能」の世界。まずは実際に鑑賞して感じ取ってみることからはじめてみよう!と、取材では、6月に国立能楽堂で開催された能楽鑑賞教室にお邪魔しました。

冒頭から、難しさを語ってしまいましたが、能楽堂に足を踏み入れることのハードルは高くはありません。様々な場所で公演や鑑賞教室が開催されています。服装も、かしこまった姿である必要はなく気軽です。社会人向けや外国人向けの解説付きの公演もあり、チケットを取っておけば、お仕事帰りにふらりと訪れることもできます。

鑑賞教室では、金春 (こんぱる) 流能楽師 山井綱雄 (やまい・つなお) さんによる解説と、狂言「附子 (ぶす) 」、能「黒塚(くろづか)」を10代の学生さんたちと一緒に鑑賞しました (一般的に能と狂言は一緒に上演され、2つを総称して「能楽」と呼びます) 。

能は、楽器の音色や声も耳に美しく響き心地よいので、上演中に夢の世界にぐっすり旅立った学生さんもちらほらいましたが (「良い能ほどよく眠れる」とも言われていますので、眠ってしまって堪能するという贅沢な鑑賞もアリかもしれません) 、終わった後に「あの部分が綺麗だった!」「あそこはこういう意味かな?」と感じたことを楽しそうに語り合いながら帰っていく学生さんたちも多く印象的でした。みなさんそれぞれに感じ入るポイントがあったのでしょうね。

公演後、山井さんにお時間をいただき、能への向き合い方をお尋ねしました。記事の後半でご紹介させていただきます。

神様の宿る、松の木の前で舞う「一期一会」の世界

能のルーツは千数百年以上もの昔、「散楽 (さんがく) 」という芸能に遡ります。平安時代に散楽から発展して生まれた「猿楽 (申楽=さるがく) 」が、能の直接の母体と言われ、神事の際に演じられるようになりました。

その後、室町時代に観阿弥・世阿弥親子が芸術性を高め、現在の能の原型が生まれました。織田信長や豊臣秀吉、徳川家康など多くの大名が愛好し、江戸時代には幕府の儀式を彩る役割を担ったと言われます。
明治維新〜第二次世界大戦時期にやや衰退するものの、世界でもその芸術性を高く評価され、2001年にはユネスコの無形文化遺産の一つに登録されました。

写真提供=国立能楽堂

庶民のためのエンターテイメントではなく、神事、武家社会における芸術へと育った能。1つの公演はたった1度きり。同じ演目を連続で公演することはなく、その場限り「一期一会」の芸能とも言われます。

舞台も独特です。元々は社寺の境内の一角 (屋外) に建てられていたため、現代の屋内に建てられた能舞台にもそのまま屋根が付いています。舞台の正面奥の板 (鏡板=かがみいた、と呼びます) には、神様が宿ると言われる松の絵が描かれており、この松の前のむき出しの4本柱に囲まれた舞台がメインステージとなって演目は進みます。
舞台袖の揚幕と舞台をつなぐ橋掛リ (はしがかり) の脇にも松が3本植えられており、それぞれ一ノ松、二ノ松、三ノ松と呼ばれ、順に松の背が低くなっており遠近感を演出しています。こちら側とあちら側の世界 (黄泉の世界) をつなぐ長い橋を表しているようにも感じられますね。なんとも非日常的で、この舞台を前にしただけでも異世界へ誘われたような不思議な気持ちになります。

曖昧な境界線、観客も参加することで完成する空間

舞台には幕がなく、上演中の客席も暗転しません。演目の始まりと終わりも曖昧です。始まる際には、「お調べ」と呼ばれるオーケストラのチューニングのような囃子方 (はやしかた=、笛、小鼓、大鼓、太鼓の奏者) の奏でる音が奥の部屋から聞こえてきます。音が消え、橋掛リの奥の揚幕が少しだけ開き、囃子方が橋掛リの端をそろそろと歩いて舞台へ登場します。
また、鏡板の脇にある小さな引き戸 (切戸口=きりとぐち、と呼びます) が開き、地謡方(じうたいかた=コーラス部隊のような役割)も舞台に出てきて静かに着座します。
この準備のような時間がすでに演能の一部なのです。

そうして舞台上が整ったところで、囃子方が楽器を奏で始め、演者達が登場して物語がはじまります。終演時も同様の曖昧さの中で終わります。そのため、演者が登場したときや、退場したときにも観客は拍手をしません。特に、内容が素晴らしかった時ほど、客席は息を飲み、シンと静まり返っているようですらあります。

能のストーリー展開はシンプルで、とても象徴的です。
道具も最低限のものだけ、演者の動きも決まった型によって構成された削ぎ落とされた世界。観客はイマジネーションを膨らませながら、そこに情景を見出したり、能面に喜怒哀楽の表情を見つけたりします。その時々に、私たち自身の持っている感性を投影しているのかもしれません。
また、話の筋を追うというよりは、そのストーリーのまとう「悲しみ」や「高揚感」そのものを味わっているように感じることもあります。能は静かなようでいて、とても情緒豊かなのです。静まり返った空間では、観客にもある種の緊張感が訪れます。そうした緊張感による集中力の高まりが、より一層の能の世界への没入感を生み出すようでもあります。

古くから日本では、「曖昧な空間は、異界への入り口」と捉えられてきました。
昼と夜の合間である夕方(「黄昏時」とも呼びますね)、廊下、道が交わる辻(つじ)、橋(能舞台にもかかっていますね)などでは怪異に遭遇しやすいと言われます。

シテ(主役)が演じるのは、鬼や幽霊など異界の者であることが多いのですが、物語ではじめに登場する、ワキ(脇役)がシテのいる異界へと観客を誘います。異界に行って戻ってくる(異形のものを成仏させる)というのが能の基本ストーリーですが、能鑑賞そのものも、能楽堂という異界への入り口を訪れ、曖昧な状況からはじまる物語の鑑賞を通して、知らず知らずに入り込んだ異界で、あちら側の者と向き合い、物語の終演をもってこちら側の世界に戻ってくるという行為にも見えます。

集中して能を鑑賞した後は、心地よい疲労感と心のリフレッシュ感を覚えます。
異界を疑似体験することを通して心を整え、生まれ変わった自分になってこちら側へ帰ってきているのかもしれませんね。

能楽師 山井綱雄さんに伺う、能の世界

金春流能楽師 山井綱雄さん

ここまで、鑑賞する視点から歴史や舞台、鑑賞例などお伝えしてきましたが、舞台上で演じている方々は、能とどのように向き合っているのでしょうか。
金春流能楽師 山井綱雄さんにお話を伺いました。
山井さんは、国内外での公演活動をはじめ、異なるジャンルの芸術家とのコラボレーション、大河ドラマでの能楽指導や能楽講座の講師を務めるなど、様々な形で能の普及に精力的に取り組んでいらっしゃいます。多様な視点から、興味深いお話の数々をお聞かせくださいました。

——— 初めて観た時、とてもシンプルなストーリーでわかりやすい一方で、なにか胸騒ぎがするような‥‥、削ぎ落とされた美しさや静けさの中にある情念のようなものをなんとなく感じて、「これは何なんだろう?どう捉えたらよいのだろう?」と、何かあるのはわかるけれど見えない、不思議な気持ちになりました。

「やはり前提として、能というのは簡単ではないのですよね。神事をベースとした成り立ちからしてもそうですし、(世阿弥の時代は少し違ったようですが)武士たちと出会ったことでストイックさを高めていったことによる要素もあると思います。武士道的なストイックさが加味されて、極限状態を作り出すことへ向かいました。
『静の中の動』と言いますか、じっとしているけれど、心の中は燃えたぎっているという状態です。ある格闘家の方が、能で演者が座っている様子を見た時に『高速回転している駒のようだね』とおっしゃっていました。じっとしているけれど、休んでいない。私たちは、立っていても中腰で構えていたり、座っていても楽ではない体勢をとっています。とてもキツい苦しみの状態です。能の型は、能楽師を極限に追い込む方向に出来ているのですよ。

これはどういうことかというと、植物を育てる時にあまり肥料をやりすぎたり甘やかしたりしない方が植物自身の生命力を使ってしっかりと育つというのに似ています。
厳しい限界の状況に追い込むことで、役に変身できる、独特の世界を生み出しているのです。能は一期一会なので、1度きりということへの緊張感も良い作用をしています。それがお客様にも伝わって、凛とした空気を作り上げているのではないでしょうか」

——— 緊張感がある中で集中して鑑賞していると、そのあとドッと疲れています。ですが、不思議な清々しさがあります。単にエンターテイメントを味わった後の「ああ楽しかった!」という感覚とも違っている気がします。

「こういった非日常性のある緊張感を持つ事って普段の生活にはあまり無いですよね。能楽堂という異世界で、日常のことを遮断して舞台に向き合う時間。どっぷりと能の独特の世界に身を委ねることで、心を整える。
能は元々神事ですから、心を清めてすっきりと浄化させるところがあるのだと思います。
ストーリーの展開を楽しむというよりは、人間の根源的なところにストレートに問いかけるような、理屈ではなく、頭で考える前の感覚的な深いところに訴えかけている。お客様もそれに知らず知らずに反応しているのだと思います。
思考するばかりでなく、自分をリセットして心を整える時間、現代人はなかなか経験できなくなっているので、能を通じてそのことに気づいてくださるのかもしれません」

——— 「問いで自分を整える」というと、禅のようですね。

「例えば最近ではIT長者の方々、それこそ故スティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグなど、みなさん日課として座禅を組まれていますよね。マインドフルネス(瞑想)をはじめ、心を整えることを習慣づけている。もちろん、仕事の効率をよくするためなど目的は様々だと思いますが、人間が人間としていられるために心のバランスを整えることの重要性を知っています。
古くから、日本人には身近にあったことが今世界的に見直されています。非日常と日常を行き来することで心を整える、心を切り替えるということを日常的にやっていたのが日本人なのではないでしょうか。そういう場をみんな持っていた。能舞台もその1つだと思います。
例えば、戦国時代の大名たちは、陣中で能やお茶を楽しんでいたそうです。それだけ聞くと、とんでもないバカ殿かと思うかもしれません。ですが、そういった行為を通してきっと心を整えていたのだと思います。人間にとって必要な心のリセット、浄化作用があったのです」

——— 大変な状況に置かれた時こそ必要なことですね。もしかすると、現代のハードワーカーこそ観るべきかもしれません。

「現代人は、1回観てその瞬間にわかるかわからないかで判断をしてしまいがちです。能の世界は、あまりにも奥が深いのでとても1回では理解できません。それで『わからなかった、私が不勉強である、頭が悪い』と自分を責めてしまったりします。でもそれで当たり前ということを知って観ていただきたいですね。全てを理解できなくても、何か感じるものはあります」

——— きっと、そういう「わからないものが存在すること」自体にも価値がありますね。それを受け入れることが最初の一歩かもしれないと思いました。

「そうですね、まずは受け入れて、何かを感じてもらうだけでも十分だと思います。そういうことを重ねていけば、色々な気づきが出て来て味わえるものです。能には想像力が必要で、感受性を試されます。
演じる側も無から有を演じますが、観る側にも求められます。説明されるのを待つのではなく、自分から見つけに行く。そういう楽しみの存在を知っていただきたいですね」

——— 普段、ついつい「答え」を探してしまいますが、そうでない世界があると気づかされます。

「能には答えがありません。描いているものが人間そのものですから。だから簡単ではありません。能を観て何を感じるのかは千差万別。能は意図的なメッセージを置くことをしません。どう捉えていただいても、解釈していただいても構わないのです。1人の方が同じ演目を観たとしても、その時々できっと全く違うものに見えるはずです。それは、自分自身が移り変わっているから。

故・金春 信高先生(こんぱる・のぶたか=能楽シテ方金春流79世宗家)から教わった興味深い話があります。
能舞台にある松の絵の描かれた板は「鏡板」と呼ばれるのですが、なぜ「鏡」と言うのか?実はあそこに松は生えていないというのです。
能舞台の正面向こう側(正面客席側)にある松が、ただ映っている。つまり能舞台は客席(こちら側の世界)を映し出す大きな鏡なのだ、と。己を投影して見つめる、それが能であると。
自分が解釈していたこと、投げかけたことは全て自分への問いかけとして返ってくる。自分が変われば見え方が変わってくるということなのです」

——— 受け身の芸術鑑賞ではなく、自分の感性で映るものを見つめてみることに現代人に必要なことが詰まっているように感じました。新しい取り組みも様々されていますが、これからの能をどう捉えていらっしゃいますか?

「今、例えばマインドフルネスなど、東洋的な思想が学問領域でも注目されています。海外の大学を訪れた際など、いかに興味を持たれているかを実感しました。元々それを知っていた私たちが、今改めてそれらを正しく理解することが求められているのではないでしょうか。

理解し、生活の中に取り戻す。ただ昔通りにやれば良いということではなく、やはりそこは温故知新だと思います。今の時代にどう活かすか、今の時代を生きている芸術としてどう高めて行くか、非常に難しい問題です。古典としての能の公演の際にも、他ジャンルの方々とのコラボレーションや新しい取り組みを通しても常に問うています。

もちろん、そうした新しい取り組みに疑問を投げかける声もあります。保守もリベラルも両方の考えがあることが大切です。今後、保守の方から見ても『そういうものもありだね』と言われるものを生み出したい、そんな感覚をいつも持ち続けています。
また、新しい試みを通じて『本来の能とは何か?』という問いかけに立ち返ることにもなります。こうして問い続け、自分の答えを探していきたいと思っています」

——— ありがとうございました。

山井さんのお話を伺って、1度観ただけで判断しないというお話が印象的でした。
「わからないこと(答えがないこと)」の存在を受け入れること、問い続けることの大切さなど、日常の中でも重要な視点であるように感じます。観るたびに違って映る能の世界。その時々に感じたものを大切にしながら自分を省みると、また新しい発見がありそうです。
まずは鑑賞してみて、不思議な幽玄の世界に浸ったときに自分の心に何が映るのか?映し出された心を眺めてみるのもおもしろいかもしれません。

山井綱雄 (やまい・つなお)
金春 (こんぱる) 流能楽師。
(公社) 能楽協会会員。
(公社) 金春円満井会常務理事 (業務執行理事)。
1973年横浜市出身。國學院大學文学部卒。79世宗家故金春信高、80世宗家金春安明、富山禮子に師事。金春流能楽師であった祖父(故梅村平史朗)の影響で5歳で能「柏崎」子方にて初舞台。12歳で初シテ「経政」。以来、 「乱」「石橋」「望月」「道成寺」 「翁」「正尊」「安宅」等の大曲を披演。
金春流能楽師の会「座 SQUARE」同人。
山井綱雄公式サイト:http://www.yamaitsunao.com/

 

◆入門展 能楽入門
国立能楽堂の資料室では、企画展「能楽入門」が開催中です。面や装束、絵画資料などの国立能楽堂所蔵の能楽資料を中心に、能楽の基礎的な知識を交えて、わかりやすく展示紹介されています。
期間:2017年8月3日(木)まで
時間:10:00~ 17:00
休室日:7月18、24、31日
http://www.ntj.jac.go.jp/nou/event/426.html

面や装束、絵画資料などが展示されていて間近に観ることができます
能楽で使われる楽器の展示も
海外の方も多く来館するため、日本語以外の言語 (英語・中国語・韓国語) の資料も用意されています

◆国立能楽堂 9月公演
9月には4つの公演が予定されています。 解説付きの普及公演や、夜の特別公演もありますので、足を運んでみてはいかがでしょうか。

2017年9月6日 (水) 13:00開演
定例公演
 狂言「狐塚」  三宅 右矩 (和泉流)
 能 「大江山」 本田 光洋 (金春流)
 http://www.ntj.jac.go.jp/schedule/nou/2017/9188.html?lan=j

2017年9月9日 (土) 13:00開演
普及公演
 解説・能楽あんない 梅内美華子 (歌人)
 狂言「蟹山伏」 善竹 隆司 (大蔵流)
 能 「天鼓」  當山 孝道 (宝生流)
 http://www.ntj.jac.go.jp/schedule/nou/2017/9189.html?lan=j

2017年9月15日 (金) 18:30開演
定例公演
 狂言「月見座頭」山本 則俊 (大蔵流)
 能 「小督」  粟谷 明生 (喜多流)
 http://www.ntj.jac.go.jp/schedule/nou/2017/9190.html?lan=j

2017年9月30日 (土) 13:00開演
特別公演
 能 「楊貴妃」 豊嶋三千春 (金剛流)
 狂言「宗八」  松田 髙義 (和泉流)
 能 「烏帽子折」観世銕之丞 (観世流)
 http://www.ntj.jac.go.jp/schedule/nou/2017/9191.html?lan=j

<取材協力>
国立能楽堂
東京都渋谷区千駄ヶ谷4-18-1

文・写真 : 小俣荘子(舞台・公演写真:国立能楽堂提供)