工業デザイナー、秋岡芳夫が愛した工芸品とは。『いいもの ほしいもの』に見る暮らしのためのデザイン

こんにちは。細萱久美です。

仕事では、日本の工芸や食品など、生活に関わる商品の仕入れや、オリジナル商品の企画に携わっています。そんな仕事柄、工芸にまつわる情報にアンテナを張っていると、単純に面白かったり、素敵なので紹介したい本がたくさんあります。ここでは、工芸や、工芸のある生活が好きな方には、ご興味頂けそうな本を紹介していきたいと思います。

工業デザイナー秋岡芳夫『いいもの ほしいもの』

初回に紹介する本のタイトルは『いいもの ほしいもの』。1984年発行のいきなり絶版からで恐縮ですが、古本は比較的手に入ります。

著者の秋岡芳夫さんは、戦後日本の工業デザイン黎明期から90年代にかけて活躍した工業デザイナー。工業デザイナーでありながら、消費社会に疑問を投げかけ「暮らしのためのデザイン」を持論に、各地で手仕事やクラフト産業の育成にも尽力された方です。

秋岡さんの提唱していた「身度尺(しんどじゃく)」という概念が興味深く、人間の体の寸法に作ったものは使いやすいく、体の寸法や体のうごきに合わせてものを作ることを「“身度尺”で測って作る」と言い、しばしデザインに活かされていました。機能とデザインの両立は、中川政七商店のブランドコンセプトに通ずるものがあるので参考となる考え方です。

この本では、産業ロボット任せでは作れない、工芸による「いいもの ほしいもの」を蒐めています。

秋岡芳夫考案のロングセラー「あぐらのかける男の椅子」誕生秘話

例えば、漆のお椀。秋岡さんの考える工芸は、毎日使えるようなものを言います。漆椀も毎日使うので、秋岡さんの3年使ったお椀は1日あたりで計算すると9円だそう。しかも初めより艶が増し、まだまだ使えるのでかえって割安である、というお話。現代でも数字はそう変わりません。

他には関市の小さな工場で作られるポケットナイフ。工程の一部で機械を使うので、「機械で手づくり」です。このような工芸品は意外と多く、機械を手道具のように使いこなせるかは生き残りにおいても鍵。意識のめざめた現代の職人にしかやれないと秋岡さんは言っています。

そして、先ほどの身度尺の発想から生まれた椅子のお話も。

街の椅子と家の椅子には、違いが必要だと。日本では普通、家では靴を履かないのでその分座面高が街の椅子より低いべきで、しかも女性の身長に合わせた高さがなぜか男性にもしっくり。椅子の座は、低が高を兼ねる発見をしたとのことです。近い考えから生まれた「あぐらのかける男の椅子」は商品化されて今でも販売されています。

他にも30余りの工芸品が、職人やデザイナー、工場での手づくり、という観点から紹介されており、中には今では作られていないモノもありますが、いいモノ、気に入ったモノを大切に使おうという「消費者から愛用者へ」の秋岡さんの考えは、現代でも志向のひとつの主流となっているシンプルライフスタイルの参考になる本です。

<今回ご紹介した書籍>
『いいもの ほしいもの』
 秋岡芳夫/新潮社出版

<この連載は‥‥>
仕事柄、工芸にまつわる基礎知識から、商品のアイデアソースとなるモノ・コト・ヒトには常にアンテナを張っていると思います。

情報源は、製造現場や一般市場、ネットやSNS、自分や他人の生活そのものから見つかることもありますが、幅を広げる点で頼りにしているのは、本や雑誌などの紙媒体かもしれません。製造現場を知ることは深掘りするには欠かせませんが、幅広い知識や思想、イメージと言ったことを広げる作業には本がとても大事です。

アナログ人間なので紙が好きとも言えますが、ふと思い立った時にいつでも見返すことが出来る本は増える一方です。

仕事上で何らか影響を受けた本の中ではありますが、単純に面白かったり、素敵なので紹介したい本がたくさんあります。ここでは、工芸や、工芸のある生活が好きな方には、ご興味頂けそうな本を紹介していきたいと思います。

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。


文・写真:細萱久美

*こちらは、2017年2月21日の記事を再編集して公開いたしました。

細萱久美が選ぶ、生活と工芸を知る本棚『柳宗理 エッセイ』

こんにちは。中川政七商店バイヤーの細萱久美です。

生活と工芸にまつわる本を紹介する連載の七冊目です。今回は日本を代表するインダストリアルデザイナー、柳宗理さんの本をご紹介します。

柳宗理さんのことは、よく知っているという方から、名前は聞いたことがあるという方まで、比較的広く知られているデザイナーの1人だと思います。

20世紀に活躍し、戦後日本のインダストリアルデザインの確立と発展における功労者であり、代表作のバタフライスツールは海外でも有名です。

テーブルウェアや調理道具など、今でも入手しやすいプロダクトは多数あり、定番となっているモノも少なくないので、もしかしたら柳宗理デザインと知らずに使っていることもあるかもしれません。

柳宗理 鉄フライパン
柳宗理の鉄フライパン。使えば使うほど、シンプルな美しさと、使い心地の良さを感じます

プロダクト以外の作品は本を読むまで知りませんでしたが、自動車、歩道橋、そしてオリンピックの聖火台のような大掛かりなものに至るまで、活躍の幅が広かったそうです。

横浜市営地下鉄の仕事も興味深く、水飲み場、ベンチ、あると何気に嬉しい背もたれサポーターも宗理さんが生み出した公共の道具。横浜駅の「港の精」のようなレリーフも手がけられています。

2003年、88歳を迎えた年に宗理さんが初めて刊行したエッセイ選集である、そのタイトルも「エッセイ」は、日本のプロダクトデザインをリードしてきた重鎮が、軽妙な言葉でつづっているデザイン論です。

いつか読もうと本棚に長いことありつつも、ようやく読むに至った本なのですが、工芸と暮らしを知る本棚には必須だと改めて実感しました。

内容は、タイトルがエッセイというだけに、思いのままに編集されています。

それまで書き溜められたデザイン論から、雑誌「民藝」における伝説的連載「新しい工藝/生きている工藝」、日本と世界のアノニマス・デザイン、そしてお父さんであり、民藝運動の父と言われる柳宗悦さんのこと、民藝とモダンデザインの関係についてなど、柳宗理のデザインにまつわる発想や嗜好がじっくり理解できる本です。

柳宗理 ステンレスボウル
柳宗理のステンレスボウル。料理の専門家や多くの家庭の主婦の意見に基づき、長い間研究を重ねてデザインされたもの

著者のデザイン観が最も凝集されているのが冒頭の「アノニマス・デザイン」の項。アノニマスとは「無名の・匿名の」という意味で、デザイナーが関与せずに作られたモノを指します。

たとえば匿名の職人によって作られたジーパン、野球のボール、ピッケルなどにむしろ優れたデザイン性を見出しています。

ご自身もデザイナーでありながら、アノニマスとは如何に、とも思いましたが、決してデザイナー否定という発想ではなく、派手で奇抜な流行の使い捨てデザインの否定という考えです。本業ゆえに、デザインに対してはかなり手厳しい言葉が綴られています。

「本当の美は生み出すもので、作り出すものではない」というのが宗理さんの基本概念であり、柳デザインのプロダクトも、それと知らずに選ばれ、使い続けられることが理想なのかもしれません。

この概念は、「用の美」や「用即美」といった、柳宗悦さんが民藝運動の中で発した概念と通じています。ここで、用を実用とだけ捉える認識は間違いで、生活は物質的なものと心理的なもので成り立っており、用には物と心の調和があってこそ美となりえると言います。

「用の美」こそ、柳親子の共通にして最重要な概念と理解しました。これを成すデザイナーという職業はなかなかに難しい仕事で、自分はデザイナーではないですが、生活工芸の商品企画に携わっているので、「用の美」の意味を「機能美」と誤解していたことが分かり、府にも落ちたことは大きな収穫でした。

手仕事の民藝と、宗理さんのモダンデザインには用即美を始め、必然性のある「材料」「技術」を活かし、「量産」「廉価」を目指すなど共通項は多いのですが、そもそも宗理さんのプロダクトは、かなりの手仕事の末に生まれています。

デザイン考案時の幾多の模型は手で作られ、完成したプロダクトは人の手でしか作り出せないフォルムをしているモノが少なくありません。

実際に燕三条の金属工場でやかんの製造を見学したことがありますが、人間工学にも基づいた微妙なフォルムは、熟練の職人さんの手加減で慎重に仕上げられ、インダストリアルであると同時に「用と美と結ばれるもの、これが工芸である」と実感しました。

「健全な社会が健全なデザインを生む」という言葉もあり、1人のエンドユーザーという立場でも、良いものを長く使うことを心がけ、良い工芸品を生み出すデザイナーと作り手を応援していきたいと思わされた本です。

デザイナーはもちろんのこと、工芸や民藝、暮らしの道具に興味とこだわりのある方には一読をおすすめします。

<今回ご紹介した書籍>
『柳宗理 エッセイ』
柳宗理/平凡社ライブラリー

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。


文:細萱久美

細萱久美が選ぶ、生活と工芸を知る本棚『城一夫 日本の色のルーツを探して』

こんにちは。中川政七商店バイヤーの細萱久美です。

生活と工芸にまつわる本を紹介する連載の六冊目です。今回は、「日本の色」についての書籍を取り上げます。

日本の工芸にも「ジャパンブルー」と呼ばれる藍色や漆の赤、かつての奈良晒の白など、日本独自の色があり、工芸の表現においても色は大きな要素となっています。

著者の城一夫さんは、色彩文化と模様文化を専門に研究されている教授で、色にまつわる多数の著書があります。この本では「日本の色の成り立ち」と「日本の色の系譜」について、色鮮やかな写真や絵を多用し、読みやすい構成になっています。また、自分の好きな色についてのページを拾い読みする楽しみ方もあります。

色鮮やかな麻の布

日本の色の成り立ちについては、専門家ならではの歴史、宗教、文化などを絡めた学術的な内容で、さらっと読むというよりは「学ぶ」というような印象があります。ただ、「日本の古代社会では『黄』は概念としては存在していなかった!」など、私には“初耳学”も多く新たな知識を得られるのではないかと思います。

各色の系譜解説は、赤、青、白、黒、金、銀など主たる10色あまりと、「婆娑羅色 (ばさらいろ) 」が日本の伝統色彩色の中でも、異彩を放つ存在として取り上げられているのも興味深い点です。

いずれの色も古代から現代においての使われ方や意味合い、流行りがよく分かります。

例えば婆娑羅についてですが、織田信長や豊臣秀吉、伊達政宗など天下を掌握した武将たちが好み、城や衣装に取り入れました。信長のワインカラーのビロードの陣羽織や、秀吉の金や真紅の陣羽織は多くの人のイメージにあると思います。

現代の婆娑羅と言えば、サイケデリック。1960年代、アメリカを中心にさまざまなポップアートやサイケデリックアートが出現し、日本でも反モダニズムアートとして横尾忠則、粟津潔などによる、日本的なモチーフを使いながらもサイケデリックな色彩を使用したポスターで、新しいバサラを表現したとされています。

色とはなにか?

ところでそもそも、「色」とは何でしょう。回りを見渡すと、色の無いモノがほぼ無くて、特に人工物の色があふれていますね。

いわゆる「モノ特有の色彩」という意味以外に、昔も今も好色や情緒などの意味でも使われたりしますが、「色は匂へど散りぬるを‥‥」で知られる、平安時代の「いろは歌」の流布によって、色はモノの色という意味が強くなったそうです。

先に書いたように、古代日本では「キ」の概念はなく、「アカ」「クロ」「シロ」「アカ」の4つがありました。元々は「光」の色から生まれたとされ、夜明け、闇、夜が明けてハッキリ見える頃、明と暗の中間(青みがかった状態)を表していたといいます。

それ以外にも数多くの色名はありましたが、紅・紅梅色・桜色・刈安・緑・藍・朽葉など、植物や鉱物からの転用が主でした。

日本人は古来から自然崇拝の信仰がありますが、色彩に関してもそれは色濃く表れています。中川政七商店でも、手績み手織りの麻生地の染色名に、丁字・舛花・海松藍・刈安などと言った日本の自然からとった伝統色名を使っています。

手績み手織りの鮮やかな麻生地

「黄」が色名として認識されるようになるのは、6世紀頃、中国から仏教、儒教とともに「陰陽五行説」という思想が導入されてからになります。

この思想は、宇宙は「陰陽」と「木、火、土、金、水」の5元素からなり、この5元素が独自の循環をしているという考え方です。この5元素は、宇宙の森羅万象、すなわち色彩・方位・季節・星座・内臓等々に対応して配当されています。

色彩で言えば、「青、赤、黄、白、黒」の順に対応し、「春、夏、土用、秋、冬」と関連付けられています。これによると黄は中心にあり、重要な位置を占めています。

なかなかすぐには理解しづらい思想ですが、黄が登場し5元素がベースになる発想はなるほどという感じなのでぜひ本書をご覧ください。

聖徳太子も大事にした「色の世界」が、いまの暮らしにも

わが国でも陰陽五行説は国家経営の基本理念として取り入れられ、聖徳太子はこの思想に従って冠位十二階を制定しました。後に民事催事にも取り入れられ、日本の生活文化の中でも定着していきました。寺院催事の五色幕、五節句の祝、正月のお節料理、五色豆など五行思想が其処此処に見ることができます。

日本文化の特徴のひとつは外来の文化を取り入れて、それを自分のものとして咀嚼し、自国の風土に合ったものとして作り変えていくことにあります。

近世までは、特に仏教、禅宗、キリスト教などの宗教の伝来は色彩にも大きく影響を与えました。禅宗の理念は多彩な色彩を否定して黒(墨)1色で表現する禅宗文化となり、水墨画や枯山水が生まれました。キリスト教文化は一気に鮮やかな色をもたらし、文明開化は色彩開化でもありました。

思想や精神性が文化の形成に結びつき、ストレートに色彩に表れる事象は改めて興味深く感じました。

現代でも海外の文化との融合は活発ではありますが、かつては西洋文化の輸入がほとんどだったのが、最近ではクールジャパンなど、日本の文化が海外に影響を与えるケースも増えています。

そこに色彩の影響まであるのかは分かりませんが、一つの視点として見てみるのは面白いかもしれません。

<今回ご紹介した書籍>
『日本の色のルーツを探して』
城一夫/ パイ インターナショナル

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。


文:細萱久美
写真:木村正史、山口綾子

細萱久美が選ぶ、生活と工芸を知る本棚『堀井和子 和のアルファベットスタイル 日本の器と北欧のデザイン』

こんにちは。中川政七商店バイヤーの細萱です。

生活と工芸にまつわる本を紹介する連載の五冊目です。今回は、個人的にかなり想い入れのある本をご紹介します。

堀井和子さんの『和のアルファベットスタイル』というエッセイで、器やインテリアの綺麗な写真が添えられています。本の紹介をする前に、まずは堀井さんのことを。

堀井さんの肩書きは一言に表せないのですが、料理スタイリストに始まり、食や料理の本を多数出版されたり、「粉料理研究家」という時期もありました。

以降もインテリア、雑貨、暮らし、国内外の旅などにまつわる本も数多く執筆。現在は、ご主人と「1丁目ほりい事務所」を構え、食器やテキスタイルをデザインしたり、アートやイラストなどの企画展をされたりと、幅広い活躍をされています。

精力的に堀井さんが出版されていたのはかれこれ30年前くらいなので、現在40~50代の雑貨好き女性はご存知のことでしょう。熱烈なファンも多く、私もまさにその一人。著書は全て持っていて、今後も手放すことは無さそうです。

なぜそこまで堀井さんに惹かれるのだろう?

わたしを離さない理由はいくつかありますが、センスやスタイルが誰とも違っていて、オリジナルを貫いていること。そしてそのスタイルが流行などに左右されず、ブレのないことが大きいのです。

その大きな特徴は、本のデザインやイラスト、写真まで全てご自身で手掛け、パーソナルブランディングがしっかりしていることです。そこまでトータルに手掛ける方は、今でも少ないと思います。

初めて読んだのはパンやお菓子の本ですが、単なるレシピ本ではなく、そのアートな感じに「なんだこのおしゃれな本は!」と、大学生の私にはものすごい衝撃でした。旅の本に書かれていたアメリカのバークレーに憧れて、卒業旅行で訪ねるほどでした。

それまで、料理にも暮らしのことにもさほど興味のなかった私ですが、食や身の回りのものに一気に興味が沸いたのも堀井さんの影響が何よりも大きく、今の仕事にもつながっている気がします。

16年前の本なのに新鮮に読める、「好き」を磨くヒントがいっぱい

『和のアルファベットスタイル』には、堀井さんの持ち物である、和と北欧の食器やインテリアに加え、缶や紙ナプキンのコレクション、それらに関する本も紹介されています。発行は2001年と16年も前ですが、今でも新鮮な感覚で見られるのが凄いところ。

そういえば、北欧ブームが起きたのも、映画の「かもめ食堂」の公開や、イケアの日本進出の2006年前後でしょうか。北欧と日本のモノに親和性があることを知ったのも堀井さんからかもしれません。

本では東北地方を紹介したページもあり、中川政七商店でもお取引のある「釜定」さんも取り上げられています。釜定の鉄瓶や鉄のフライパンはモダンで、北欧やフランスの鋳物にも通じるデザインを感じます。

他にも工芸の店の「光原社」や、ざるやかごの「ござく森久商店」の存在もこの本で知り、美しい手しごとに一気に興味を抱きました。その後、東北を旅したのは言うまでもなく、盛岡には何度か足を運んでいます。

紹介されているコレクションや本は、デザインがどれも素敵です。料理、アート、デザイン、建築、工芸、絵本などのジャンルにおいて、装丁やレイアウトの美しい、楽しい本がお好きとのこと。私も「見せるため為の本」を飾っていますが、それも堀井さんに本の美しさ、楽しさを教わったからなのだと思います。

堀井さんからもらった影響のせいでしょうか、いまでも缶が欲しくてお菓子を買うことも少なくないですし、風合いの良い紙は捨てられずに取ってあります。お金や希少性ではない自分だけの宝物ってあるなと共感しています。

たとえば、「骨董屋や、美術館の展示を前に、どれか一品を買えるとしたらと想像して、いつも最後に『これにする!』」と決めるのだとか。そうすると、「すごいと思うもの」と「好きだと感じるもの」が一致するわけではないことに気付けるのだとか。なにも国宝や重要文化財だから自分の気持ちが動くのではありませんからね。

そう言えば、自然とそのような見方をしている自分にふと気付き、ようやく「好き」にブレが無くなってきたように思え、少し嬉しくなりました。

<今回ご紹介した書籍>
『和のアルファベットスタイル 日本の器と北欧のデザイン』
堀井和子/ 文化出版局

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。


文:細萱久美
写真:杉浦葉子

細萱久美が選ぶ、生活と工芸を知る本棚『高峰秀子 暮しの流儀』

こんにちは。中川政七商店バイヤーの細萱です。
生活と工芸にまつわる本を紹介する連載「細萱久美が選ぶ、生活と工芸を知る本棚」の4冊目です。今回は、暮しにポリシーがあり、身の回りのモノにこだわりを貫いた女性の本です。

高峰秀子さんはご存知でしょうか。昭和を代表する有名な女優さんですが、1979年55歳の時に引退されたので、シニア世代には当時のファンも多いのでしょうか。

高峰さんは5歳で子役としてデビュー以後、300本を超える作品に出演されているので、昭和の邦画がお好きな方もご存知だと思います。

私は女優としての高峰さんはほとんど知らないのですが、女優を引退後エッセイストとして活躍されたので、ここ数年で名著を何冊か読み、高峰さんへの関心が強まりました。

この本は3者の共著で、高峰さんのご主人で映画監督だった松山善三さん、養子となった斎藤明美さんも文章を寄せています。高峰さんが愛する家族と、淡々と積み重ねてきた普段の暮しを知ることが出来る内容です。

日々を切り取った秘蔵写真や、衣食住にかかわる日用品、身辺に置いて慈しんだ宝物など、素敵なモノがたくさん掲載されており、眺めて楽しい本でもあります。

本を読み出してから、高峰さんの女優としての半生も気になって調べましたが、若かりし頃の美しいこと!昭和時代の大女優さんには日本らしい美しさと、近寄れないオーラを感じる方が多いですが、高峰さんもその1人。

彼女は、実は芸能界という華やかな世界で、人前に出ることは好きではなかったそうです。むしろ、引退後の普段の暮し、日々のいとなみにこそ彼女にとっての本当の喜びがあったことがこの本からも伝わってきます。

夫婦揃って大の食いしん坊だったそう。表紙にもなっているように、食卓のスナップやキッチンで楽しげに料理されている高峰さんの姿が印象的です。

大女優さんではありましたが、引退後は小さな家に建て替え、不要な家財を処分し、必要以上の人間関係も持たず、自分らしく自由に生きられる時間を心から幸せに感じたそうです。

ただ、骨董などモノは好きだったらしく、女優時代の一時、ご自分で骨董店を営んでいたほど。20代の頃から、パッと見て選んだモノが一流の骨董店も唸らせる審美眼があったそうです。

センスとこだわりがあったのでしょうけど、驚きのエピソードは、ご主人の松山さんが新婚当初に高峰さんに贈った反物を、早々に店に取り替えに行ったとか。

外からの贈りものも多かったと思いますが、好意は頂戴して、家に合わないモノを無理して使うことはしなかったそうです。

徹底した「整理整頓型」で、自分の美意識や心地よさを追及されていました。

本の中で、高峰さんがご自身のことを「いいかどうかはわからないけど、趣味はあるね」と仰っています。好みの線引きを明確に持っている方で、養女の明美さんも言っていましたが、高峰さんの生き方は、暮しと寸分違わず潔かったそう。

飾らないけれど、丁寧で知性のある生活振りを感じ、格好良い方だなと思います。

本に掲載されているモノは、骨董などは高そうにも見えますが、価格や希少性で選ばれた感は全くなく、センスとして現代の我々でも欲しいと思うモノが多いです。

アナログで温かみのある工芸品や、暮しの中でヘビーに使っていたであろう機能美のある道具が多くて参考になります。

自分のために、自分が心地よい生活空間を作り、自分なりにきちんとした生活を送りたいと心がけているので、引退後の高峰さんの流儀ある暮しぶりにはとても憧れます。

ぶれない審美眼にはまだまだ適いませんが、以前よりも嬉しくないモノはそばに置かないようになりました。

よく、「使える」「使えない」で評価することもありますが、使えなくてもそばにあって嬉しいモノは、むしろ必要なモノだなと思う今日この頃です。

<今回ご紹介した書籍>
『高峰秀子 暮しの流儀』
高峰秀子・松山善三・斎藤明美/とんぼの本 新潮社

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。


文・写真:細萱久美

細萱久美が選ぶ、生活と工芸を知る本棚『日本料理と天皇』

こんにちは。中川政七商店バイヤーの細萱です。
生活と工芸にまつわる本を紹介する連載の3冊目です。今回は工芸ではなく、日本の生活や文化について学べる本を選びました。タイトルが若干仰々しいですが、天皇論を語るような学術書ではなく、宮廷文化が育んだ日本食文化を、美しい写真を眺めるだけでも楽しく知ることが出来るムック的な本です。著者の松本栄文さんは、この本を見るまで存じ上げませんでしたが、プロフィールは株式会社松本栄文堂・社長として、花冠「陽明庵」という隠れ家のような日本料理屋で腕を振るう料理人であり、作家でもあります。著書『SUKIYAKI』では料理本アカデミー賞と称されるグルマン世界料理本大賞2013「世界№1グランプリ」を受賞という、日本料理の世界でも権威ある方と知りました。

この「日本料理と天皇」を手にしたのは、一昨年の年末年始商品として、お餅を扱うことになったのがきっかけです。私は、お雑煮は正月しか食べる習慣がありませんが、単に正月の食べ物として当たり前に食べているだけでした。それも丸餅であったり、角餅であったり特にこだわらず。この本で、お餅や、その原料である御米(本に倣って御の字を使います)の本来の意味合いをようやく知りました。御米が日本人にとって大切な食べ物である意識はあっても、神と天皇との関わりまで深く考えたことがありません。本によれば、日本の総氏神とされる天照大御神様が、孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を地上に君臨させる際に稲を持たせ、御米は人々の命を支える食べ物となり、神々の子孫である大和朝廷の御上(天皇)は豊作を祈願する役割があります。それに対し、大御宝(国民)は信頼と尊敬を感じるという繋がりが自然と生まれます。

御米から作る、御餅は神々への捧げ物であり、霊力の塊のように考えられていました。そして太陽や宇宙を表す丸い形にするのが古来の考えです。「餅」と「丸」が重なることで、ハレの日にこれ以上ふさわしい食べ物はないということで、日本の御祝行事にはつきものとなりました。お正月に飾る鏡餅は、奈良時代に考案されましたが、お正月の神様である歳神様に捧げるお飾りです。丸い御餅に神様が宿り、鏡開きでその力を授けて頂くという意味合いがあります。それを知って、開発したお餅の商品は丸餅になりました。

「五穀豊穣」を祈願するお祭りや行事も多いことからも、御米あっての日本人と言えますが、日本料理の起源としても、神々に供える「神饌」(しんせん)があります。お正月のご馳走と言えば、お節料理ですが、これも神々へのお供えものを下げていただくのが本来です。お節料理の内容で、例えば数の子は子孫繁栄、黒豆には健康でまめに働いてほしい‥‥などそれぞれに意味合いがあることはなんとなく知ってはいるものの、習慣として食べている意識の方が強いです。お節料理は、奈良時代には行われていた宮廷行事の料理に由来し、現在もあまり変わらず受け継がれているのは驚きです。
季節の区切りを祝う五節句のお供えも同様に、神饌を下げて戴くことで、神々とつながり無病息災を願いました。意味合いを考えることは薄れつつも、伝承文化が途切れずに残っているのは改めてすごいことだと思います。紀元前660年御即位の初代神武天皇以来、天皇家は2600年以上続く、世界最古の王家だそう。その歴史があるからこその、今に続く伝承文化と言えます。

著者は日本料理人でもあるので、世界無形文化遺産に登録されたのが「和食」と題され、「日本料理」と題さなかったことを遺憾に思われています。確かに、「和食」の定義はもはや難しく、日本風の食事?という曖昧さはあると思います。その論議はさておき、私は仕事柄、歳時記にちなんだ商品や事柄に関わることが多く、その割に意味合いをきちんと理解していなかったことを改めて感じ、且つ分かりやすく勉強になる本と出合いました。日本料理が切り口ではありますが、伝承されている日本文化や美意識は世界に誇るものがあることを、豊富な写真と、なるほどと腑に落ちる解説で楽しめる大作本です。

 

<今回ご紹介した書籍>
『日本料理と天皇』
松本栄文/枻出版社

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。


文・写真:細萱久美