プロに教わる、おいしい柚子胡椒の楽しみ方

旬のゆずの魅力たっぷりの「ゆずごしょう講座」、プロおすすめの使い方とは?

「ゆずごしょうには、旬があるんですよ」

そう始まったのは、1年でも9月のひと月だけ開催される、フードアドバイザー 神谷禎恵さんの「ゆずごしょう講座」。

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この9月のひと月だけ旬を迎えるゆずと、青唐辛子、塩の3つがあれば、自分でおいしいゆずごしょうが作れる。

ゆずごしょう

そんな「ゆず仕事」の魅力を世の中に発信するために、神谷さんは自宅で作れる「ゆずごしょうキット」を考案し、作り方や使い方を伝授する講座を、ゆずの旬に合わせて毎年開講しています。

ゆずごしょうキット商品写真
全国各地で行われているゆずごしょう講座 (予約制) 。今回は中川政七商店の表参道店での回に参加してきました
全国各地で行われているゆずごしょう講座 (予約制) 。今回は中川政七商店の表参道店での回に参加してきました

前編では講座で教わった作り方を簡単にご紹介しました。ここからは「こんな楽しみ方もあったのか!」という【使い方】編です。

旬のゆずごしょうはこう味わう

神谷さんの軽快なトークと共に進むゆずごしょう作り。完成する頃には、フレッシュなゆずの香りがあたりいっぱいに満ちています。

神谷よしえさんのゆずごしょう講座
神谷よしえさんのゆずごしょう講座
神谷よしえさんのゆずごしょう講座

ゆず・唐辛子・塩というシンプルな素材がみるみる色鮮やかなゆずごしょうに変身するうちに、参加者の皆さんも自然と前のめりになって、写真をとったり、作り方のメモをとったり楽しそう。

和気あいあいとした雰囲気の中、運ばれてきたのはクリームチーズを乗せたクラッカーに、チョコレート。これに、ゆずごしょう?どちらも意外な取り合わせです。

神谷よしえさんのゆずごしょう講座

「実はこういう乳製品とゆずごしょうは、とても相性がいいんです」と神谷さん。

確かにマイルドなクリームチーズの中にピリッとゆずごしょうが引き立って、これだけで立派な料理の一品。お酒を合わせるならワインでしょうか。

神谷よしえさんのゆずごしょう講座

同じ理由で、乳脂肪分のあるチョコレートとも相性抜群でした。あまり厚みのあるものより、薄手のチョコレートに乗せて味わうといいとのこと。

見た目にもさわやかな取り合わせ
見た目にもさわやかな取り合わせ

たまご掛けごはん × ゆずごしょう

そして今日の目玉とも言えるのが、ゆずごしょう on たまご掛けごはんです。

神谷よしえさんのゆずごしょう講座
そばちょこで試食

あまり混ぜ込まずに、ごはんと卵の上にゆずごしょうを乗せた状態で口に運ぶのがポイントとのこと。

神谷よしえさんのゆずごしょう講座

一口ほおばると、炊きたてのご飯にピリリと効いたゆずごしょうの辛味、卵のまろやかな舌触りが折り重なって口いっぱいに広がります。

「うわぁ」「おいしいー」とニコニコしていた参加者一同、己と向き合うかのようにだんだん静かになっていきました。

「おいしい時は、だいたい皆さん黙っちゃうんですよね」と神谷さんが笑います。

さらに極めるなら、ごはんの上に卵白をメレンゲ状にしてかけ、その上に黄身、ゆずごしょうと載せてほおばると、抜群においしいとか。ああ、早く帰って自分でもやりたい。

締めの一品、バニラアイス×ゆずごしょう

さらに最後のもう一押しが、バニラアイス!

ゆずごしょう 講座

一口食べたそばから「おいしいー!」と感嘆の声がどこからともなく上がり、またしばらく無言の時間が続きました。

合わせるアイスは、濃厚すぎず、シャーベット状でもない、一番ベーシックなカップアイスがおすすめだそうです。

ゆずごしょうは年を越さずに使い切るべし。なぜなら‥‥

おいしさの余韻にしみじみ浸る中、最後には出来立てのゆずごしょうのお土産が1人ずつに手渡されます。

量が限られるので、どう味わうかは本当に悩みどころ。私はクリームパスタに合わせることに決めました。帰りにバニラアイスも買って帰ろう。

実際のキットでは保存用の瓶が2本ついて、そのまま作ったものを保存できるようになっているとのこと。

ゆずごしょうキット商品写真

「塩分を多くすれば1年でも持ちますが、私のおすすめは9月に作ったものを12月くらいまでに使い切ること。

なぜなら12月ごろになると、熟した黄ゆずが出てきて、この黄ゆずのゆずごしょうも一度味わうとファンになる方が多いんです」

新情報に早速参加者の方から「それも講座をやっていただけるんですか?」と前のめりな質問が飛び出し、すっかり皆さん、ゆずごしょうの世界にはまって、大事そうに今日のお土産をしまいながら帰路についていかれました。

12月の黄ゆずのゆずごしょう講座、あったらやはり、すぐに申し込んでしまいそう。

ゆず仕事は、まだまだ奥が深そうです。

<関連商品>
「旬の手しごと 青い柚子胡椒」

文:尾島可奈子

プロに教わる、おいしい柚子胡椒の作り方

「マダムゆず」こと神谷禎恵さんの「ゆずごしょう講座」を体験!

「ゆずごしょうには、旬があるんですよ」

と教わったのは、先日好評だった「9月は梅仕事ならぬ『ゆず仕事』を。おいしい柚子胡椒を自分で作るキットに出会いました」の記事で神谷禎恵(かみや・よしえ)さんにインタビューした時のこと。

フードアドバイザーの神谷禎恵さん。「料理研究家と違って、料理は決して得意ではない。けれど、食を通して人を幸せにしたい思いは人一倍」。地元大分でゆずに出会い、ゆずごしょうの魅力を広める活動を10年以上続ける。人呼んで「マダムゆず」
フードアドバイザーの神谷禎恵さん。「料理研究家と違って、料理は決して得意ではない。けれど、食を通して人を幸せにしたい思いは人一倍」。地元大分でゆずに出会い、ゆずごしょうの魅力を広める活動を10年以上続ける。人呼んで「マダムゆず」

この9月のひと月だけ旬を迎えるゆずと、青唐辛子、塩の3つがあれば、自分でおいしいゆずごしょうが作れる。

ゆずごしょう

そんな「ゆず仕事」の魅力を世の中に発信するために、自宅で作れる「ゆずごしょうキット」を考案し、10年以上発信し続けてきた神谷さん。

ゆずごしょうキット商品写真

そのお話は本当にゆず愛に溢れていて、インタビューが終わるやいなや、私は真っ先にある講座に申し込みをしたのでした。

それは神谷さんが直々に作り方や使い方を伝授してくれる、ゆずごしょう講座。ゆずの旬に合わせて、1年でもこの時期だけの開催です。

全国各地で行われているゆずごしょう講座 (予約制) 。今回は中川政七商店の表参道店での回に参加してきました
全国各地で行われているゆずごしょう講座 (予約制) 。今回は中川政七商店の表参道店での回に参加してきました

9月8日の午後の日曜、ゆずの香りにたっぷり包まれながら体験した講座の様子を、作り方編、使い方編に分けて、ご紹介します。まずは【作り方】編から、スタートです!

究極のゆずごしょうを求めて

神谷さんは大分県宇佐市の出身。市内には長い間、西日本で生産量1位の座をキープしていた院内 (いんない) 町というゆずの一大産地があります。

ゆずごしょう

しかし、神谷さん自身もこの取り組みを始めるまでは全く知らなかったと言うほど、近年では高齢化で勢いが失われつつありました。

そんな産地を元気にしようと、2008年に神谷さんが考案したのが「ゆずごしょうキット」。

ゆずごしょうキット商品写真

中身はいたってシンプル。旬のゆずと、青唐辛子と塩だけです。

今日のテーブルにもキットと同じように、3種類の材料だけがセットされていました。

神谷よしえさんのゆずごしょう講座

「材料も作り方もとってもシンプルなんですけど、シンプルである分、素材やちょっとした作り加減で味が変わります」

神谷よしえさん

「私が10年以上この取り組みを続けているのは、未だに究極のゆずごしょうを作れていないから。

作っていて、『あれっ先週が一番良かった』って思うんですよね。ピークの時に気付かない。

過ぎてから『なんだ先週ちゃんと仕込んでおけば良かった』を毎年繰り返しながら、気が付いたらこうやって10年以上続いているという感じです」

それほどわずかな期間で走り・旬・名残と移ろうゆずの季節。

院内ゆず

9月の初旬に旬が始まり、末頃には多くの農家さんが全ての収穫を終えます。

神谷さんがキットに使用しているゆずは、院内町余谷 (あまりだに) で佐藤敏昭さん、了子さんご夫妻がつくっている「ハンザキ柚子」。

ゆずごしょう

日当たりや風通しにも気を配り、無農薬でていねいに手入れされて育てられたゆずで、皮が格別においしいとのこと。

神谷さんはその中でも毎年のゆずの出来具合いや天候を見ながら、ゆずごしょう作りにベストの実を選んでキットに詰めるそうです。

ゆずの年ごろ

「突拍子もないようですが、ゆずの旬って私の感覚でいうと『18歳』くらいなんです」

神谷よしえさんのゆずごしょう講座

「表面にハリがあって、皮にピッと爪を立てるとシュワっと香りの粒が飛び出て部屋中がゆずの香りになるくらい。まさに青春真っ只中って感じなんですね」

ところが寒い日が急に続いたりすると、表面が黄緑っぽく変化し、あっという間にちょっと大人びた「19、20歳くらい」のゆずに。フレッシュさが薄らぐそうです。

「今日のは、18歳と言うにはまだ小ぶりでちょっと硬いので16歳くらいかな (笑)」

神谷よしえさんのゆずごしょう講座

そう話しながらゆずの皮をむいていきます。

神谷よしえさんのゆずごしょう講座

「むく時は、上手にキレイにむこうとしなくてOK。この後フードプロセッサーにかけます。それとこのゆずは白い部分もおいしいので、ぜひ一緒にむいてたっぷり使ってくださいね」

神谷よしえさんのゆずごしょう講座
神谷よしえさんのゆずごしょう講座

むくそばから立ち上るさわやかなゆずの香り。あっという間に5つ6つと皮がむき終わりました。

ゆずごしょう講座
実の方はしぼって醸造酢と醤油と合わせれば立派なゆずポン酢になるよと神谷さんのアドバイス。こちらも後のお楽しみです
実の方はしぼって醸造酢と醤油と合わせれば立派なゆずポン酢になるよと神谷さんのアドバイス。こちらも後のお楽しみです

ゆずごしょうのいい塩梅とは

ここで早速試食タイム。「まず皮そのもののおいしさを味わってもらいたいから」と、皮と塩だけを合わせた状態の試食をさせてくれるとのこと。

神谷よしえさんのゆずごしょう講座

「塩は、キットでは大分県佐伯市の自然海塩を入れていますが、加減さえ間違えなければ、どんなお塩と合わせてもらっても大体OKです」

今回は淡路島の釜焚塩を使います
今回は淡路島の釜焚塩を使います

お塩の割合は、常温で長くもたせたいか、その場でさっと使いたいかでも幅があるそう。講座ではその年のゆずや唐辛子の出来も見ながら用途に合わせて割合をアドバイスしてくれます。

「なんにしてもポイントは、先に「ゆずと塩」を合わせてすってから、そこに「唐辛子と塩」を少しずつ加えて混ぜていくこと。そうすると辛さやしょっぱさを自分好みのいい塩梅に調整できますから」

フードプロセッサーですり下ろしたゆずを見せてもらうと・・・
フードプロセッサーですり下ろしたゆずを見せてもらうと・・・
あざやかな緑色!
あざやかな緑色!

青々とした色合いに思わず参加者の皆さんも写真撮影。それまでのゆずごしょうのイメージって、もっとくすんだ緑色でした。

「そうでしょう。これが旬のゆずでしか出せない、作りたての色なんです。

市販のゆずごしょうを知っているとキットで作る出来立ての姿とあまりにも様子が違うので、売り出した当初は驚いた人からクレームがたくさん来たくらい。

それなら実際に作って見てもらった方が早いと思って、この講座を始めたんです」

試食させてもらいました
試食させてもらいました

口に入れた瞬間、ゆずの香りがふわっと鼻に抜けていきます。

細かく刻まれた皮の食感もしっかりとあって、「このままお吸い物に散らしたり白身のお刺身なんかを食べるお醤油にちょっと入れたりすると…」という神谷さんのアドバイスに、どんどんお腹が空いていきます。

青唐辛子の扱い方

さぁ、ここまで来たらいよいよ次は青唐辛子と合わせていきます。

神谷よしえさんのゆずごしょう講座

キットに入っている青唐辛子は、大分県日田市天ヶ瀬産のもの。昭和の初めから柚子胡椒用に作られているもので、鷹の爪ほど辛くはなく、唐辛子そのものを食べてもおいしいといいます。

ゆずごしょう キット 唐辛子

使うときのポイントは種。

「半分に切ってみて、種が落ちてくるのは唐辛子の完熟化が進んで種が固くなってる証拠ですね」

こちらは若い唐辛子なので、タネが少なめで綿がしっかり残っている。この状態なら、このままフードプロセッサーにかけてもOKだそう
こちらは若い唐辛子なので、タネが少なめでで綿がしっかり残っている。この状態なら、このままフードプロセッサーにかけてもOKだそう

「固くなってる種はフードプロセッサーに入れても潰れないので、取ってもらった方が辛すぎないです。出来るだけ柔らかいところを入れて、硬いところは落とすように」

神谷よしえさんのゆずごしょう講座

ここでまた唐辛子の量に対して塩を加え、先ほどのゆずと一緒にフードプロセッサーですりつぶしていきます。

神谷よしえさんのゆずごしょう講座

「最近は温暖化のせいか、前年と同じ時期に摘んでも辛くなるペースが早くなって来ています。昔はゆず2に唐辛子1の割合でしたが、ここのところはもう少し唐辛子の割合を少なくした方がおいしいですね」

神谷よしえさんのゆずごしょう講座

とは言ってもベストの割合は、毎年の出来具合いや個人の好みによってもちょっとずつ変わります。講座でも毎年適量を判断してお伝えするそう。

だからこそ辛みを好みで調整できるよう、ゆずと青唐辛子を分けてすりつぶすのが大事なんですね。

最後の仕上げは手作業で

ここで最後にもう一手間。神谷さんのゆずごしょう講座では必ず最後に、すり鉢で材料をすりつぶします。

すり鉢

「フードプロセッサーでも粒度は細かくできますが、刃で切っているので角が立っています。すり鉢を使うと、より舌触りが滑らかになるんですね。

今日のすり鉢のようなコンパクトなサイズでも作れますが、できるだけ重心が下にある、大きめのすり鉢がおすすめです。すりこぎも長い方が使いやすいですよ」

いよいよすっていきます!
いよいよすっていきます!

すり鉢は、ゆずごしょうをおいしく仕上げるだけでなく、神谷さんがこの講座で大切にしているテーマに欠かせないアイテムだそうです。

すり鉢を使う意味

「私の講座のテーマは「ばあちゃんが縁側で作るゆずごしょう」なんです。

そもそもゆずごしょうって、きっとゆずの産地として町が発展する中で、ゆずそのものとしては大きさや見た目に難があるけれども、それでも味には遜色ないゆずをどうにか使えないか、と言うところからお母さんたちの知恵で生まれたものだと思うんですよね」

神谷よしえさんのゆずごしょう講座

「私としてはそういう、ゆずごしょうが生まれてきた背景や、お母さんたちがこの季節に毎年のように積み重ねてきた、その風景丸ごと伝えていきたい。

ゆずごしょうキット

家々のばあちゃんたちは縁側で大きなすり鉢を使ってゆずごしょうを作ってきました。

だからこうして自分で皮をむいて、すり鉢を使って作ってみれば、そういう成り立ち丸ごと、ゆずごしょうを味わうことができるでしょう?」

完成品でなく、あえて自分で作るキットにして販売したのも、作り方を講座で伝えるスタイルになったのも、全てはこのテーマがあったから。

ゆずのいい香りとともに神谷さんのお話を聞いていると、本当に縁側の風景が浮かんでくるようで、はるばる大分の産地が身近に感じられてきます。

ただ作り方を教わる以上の何かを受け取っているような気持ちになって、毎年講座にリピーターの方が多いと言うのも納得。

さて、いよいよ講座もクライマックス。作り方や成り立ちを知った後は、おいしい味わい方もしっかり伝授いただきます。後編をお楽しみに!

<関連商品>
「ゆずごしょうキット」 

文:尾島可奈子

家具好き必見。住みたくなる「まるも旅館」で130年前の日本を体感

「ここに寄ると松本に来た実感がある」

そう常連客が口を揃える旅館があります。

まるも旅館。

まるも旅館

「日本らしい宿泊体験ができる宿」として海外旅行者からも人気を集めています。事実、宿泊客の3割は海外からのお客さんだそうです。

国籍を問わず130年以上も支持され続ける秘密はどこにあるのか。以前から憧れていた宿に、念願叶って行ってきました。

まるも旅館と珈琲まるも

まるも旅館の創業は1868年。時代がまさに江戸から明治へと移り変わる激動の時代に誕生しました。

川沿いに建つその建物は、明治中期に起きた松本の大火後に建築されたもの。

「まるも」の前をゆったりと流れる女鳥羽川
「まるも」の前をゆったりと流れる女鳥羽川
川沿いに面した手前が「喫茶まるも」。奥が「まるも旅館」です
川沿いに面した手前が併設の「珈琲まるも」。奥が「まるも旅館」です

蔵の街・松本らしい蔵造りの佇まいは、市内の観光名所、旧開智小学校を設計施工した立石清重氏の作だそうです。

手前にたつ併設の「珈琲まるも」とともに「松本民芸家具」を贅沢に使った空間が、旅館の人気の理由のひとつです。

「珈琲まるも」を訪ねた様子はこちら:「松本の朝は『珈琲まるも』 から。柳宗悦も愛した名物喫茶店へ」

松本民芸家具とは?

もともと和家具の一大産地だった松本。そんな和家具職人たちの高度な技術を駆使して生まれた和風洋家具が、松本民芸家具です。昭和の民芸運動の中で考案されました。

宿に伺う前に4代目オーナーの三浦史博さんにその見どころを伺うと、

「個人的な感想ですが、最初は塗りも強く迫力があり、重厚で優美な印象が、長く使い込んでいくと柔らかな色合いになって角が取れて優しい風合いになっていくのが、とても魅力的です」

喫茶に使われている松本民芸家具
喫茶に使われている松本民芸家具

「宿では玄関から食堂、箱庭に続く空間に、狭いながらに当時の民芸運動の志が凝縮されているように感じられて、気に入っています。

よかったらご覧になってみてください」

との答えが。

ワクワクしながらおもての戸を入ると、玄関脇にさっそく松本民芸家具らしい椅子がずらりと並んでいます。

まるも旅館の松本民芸家具

中に入ると、秋にだけ掛けるというほおずきの暖簾が出迎えてくれました。

まるも旅館
まるも旅館

暖かな雰囲気にほっと一息ついて、奥の食堂でチェックイン。

まるも旅館

もちろんこの椅子やテーブルも全て、松本民芸家具で統一されています。

食堂から箱庭に沿って奥へ続く廊下部分は、ちょっとした休憩スペース。

まるも旅館
まるも旅館の松本民芸家具

実はこのソファの後ろ側が喫茶店。漏れ聞こえてくる音楽や談笑に、不思議とくつろいだ気分になります。

まるも旅館の松本民芸家具
ソファの後ろは壁一枚挟んで喫茶店です

宿は二間続きの部屋が1部屋と8畳、6畳部屋の合計8室。一番大きな部屋には乃木将軍など、歴史上の有名人も数々泊まってきたそうです。

まるも旅館の松本民芸家具
一番大きなふた間続きの部屋
まるも旅館の松本民芸家具

今日、案内いただいたのはちょうど喫茶店の真上の角部屋。

まるも旅館の松本民芸家具
まるも旅館の松本民芸家具
まるも旅館の松本民芸家具

小津安二郎の映画に出てきそうな雰囲気の純和室です。

さりげなく置かれている鏡もやはり、松本民芸家具です
さりげなく置かれている鏡もやはり、松本民芸家具です
窓を開けると、通りが良く見わたせます
窓を開けると、通りが良く見わたせます

海外の旅行者からも人気の理由を、三浦さんはこんな風に語っていました。

「やはり、重ねてきた歴史を体感していただけることかなと思います。

130年以上前と同じ建物、間取りで、現代人には正直、不便に感じる部分もあると思います。

けれども同時に、130年以上前に宿泊された方と同じ体験をしていただけることこそが、大きな旅の楽しみになっているのではないでしょうか」

まるも旅館ができた当時は、宿といえば他人と雑魚寝が当たり前だった時代。

個室で、しかも宿全体が民芸で構成されている旅館は、当時の人の眼にどれほど新鮮でユニークに映ったかわかりません。

「手前味噌ですが、そんな130年前のユニークさを今も感じていただけることが、ご支持いただいている大きな理由の一つではないかと思います」

宿のなかは廊下にさりげなく飾られた書やオブジェ、タペストリーに至るまで、歴代オーナーの審美眼にかなったものが惜しみなく飾られていました。創業当時から今に続く、心意気を感じます。

1階から螺旋階段を登ると‥‥
1階から螺旋階段を登ると‥‥
階段途中に、こんなオブジェが
まるも旅館
2階に掛けられていた書はよく見ると‥‥
柳宗悦の書をろうけつ染めで染め抜いたものでした
柳宗悦の書をろうけつ染めで染め抜いたものでした
こちらの絵は松本出身の染色の大家、三代澤本寿氏の作品
こちらの絵は松本出身の染色の大家、三代澤本寿氏の作品

一方で部屋には手作りの英語版観光マップが設置されていたり、お風呂も家族風呂以外にシャワー室が確保されているなど、海外の旅行者も快適に過ごせるような心配りが。

まるも旅館

国境を超えた人気の理由は、こんなところにもあるような気がします。

さて、晩御飯を街なかで済ませてその日は就寝。迎えた翌朝、もう一つの大きな楽しみが待っていました。まるも旅館の名物朝ごはんです。

夜はこんな感じです
夜はこんな感じです

目にも舌にも贅沢な、まるも旅館の朝ごはん

まるも旅館の朝食は魚定食。

まるも旅館名物の朝ごはん
まるも旅館名物の朝ごはん

「魚はいつも長野の姫鮎をお出ししています。連泊される方は2日目はシャケなんですよ」

地のもの、季節のものを取り入れた朝ごはんはボリューム満点。デザートの果物は、さすがフルーツ大国長野、これでもかとふんだんに盛り付けてあります。

食べきれないので頼んで部屋でゆっくりいただきました
食べきれないので頼んで部屋でゆっくりいただきました

さらに食器には国宝である沖縄の陶芸家、金城次郎氏の器が使われています。

金城次郎氏の器
金城次郎氏の器

目にも舌にも贅沢な朝ごはんです。

まるも旅館が愛される理由

食事を終えて部屋へ戻る途中、木の廊下にちらちらとカーテン越しの光が揺れているのがとてもきれいでした。

まるも旅館

ちょっとした光の加減すら絵になるのはきっと、よく使い込まれ、大事に手入れされてきた場所だからこそ。松本民芸家具の魅力を尋ねた際の、三浦さんの言葉が思い出されました。

「物には古くなっていくと消耗品として新しいものと換えなければならない性質のものと、不具合の出た部分を修理して愛着が湧いていくものの二つに分かれると思います。

ここの家具たちは後者のいい見本だと思います」

まるも旅館の松本民芸家具

まるも旅館の魅力は、ただ「立派な家具や調度品がある」ことではなく、それらをじっくり使うことで熟成されてきた、空間そのものの心地よさにあるように感じました。

さて、チェックアウトまではもう少し時間があります。

せっかくなのでこれからお隣の喫茶で、食後のコーヒーをいただきながら旅の余韻に浸ろうと思います。

「やど」の灯篭の向こうには、珈琲まるもの目印が
「やど」の灯篭の向こうには、珈琲まるもの目印が

<取材協力>
まるも旅館
長野県松本市中央3-3-10
0263-32-0115
http://www.avis.ne.jp/~marumo/index-j.html

文・写真:尾島可奈子

*こちらは、2018年11月14日公開の記事を再編集して掲載しました。洋式の暮らしが定着している今日でも、昔ながらの日本の雰囲気は心をほっとさせてくれますね。

松本の朝は「珈琲まるも」 から。柳宗悦も愛した名物喫茶店へ

旅の途中でちょっと一息つきたい時、みなさんはどこに行きますか?私が選ぶのは、どんな地方にも必ずある老舗の喫茶店。

旅の途中で訪れた、思わず愛おしくなってしまう純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。今回は先日紹介した松本の名宿「まるも旅館」併設の「珈琲まるも」を訪ねます。

まるも旅館を紹介した記事はこちら:「家具好き必見。住みたくなる『まるも旅館』で130年前の日本を体感」

柳宗悦も愛した喫茶まるもとは?

日曜の朝8時。

珈琲まるも

一番乗り、のつもりで到着したお店の前には、すでに行列ができていました。

珈琲まるも

「珈琲まるも」は、併設の「まるも旅館」の一部を改装して昭和期に創業した喫茶店です。

まるも旅館の松本民芸家具
宿の休憩スペース。ソファの後ろが壁一枚挟んで喫茶店になっています

松本民芸家具を惜しみなく使った空間美

お店の魅力はなんといっても、テーブルも椅子もあらゆる調度品がオール「松本民芸家具」であること。

珈琲まるも

もともと松本は、古くから和家具の一大産地でした。職人たちの高度な技術を駆使して生まれた和風洋家具が、松本民芸家具です。

その創立者とされる池田三四郎氏が設計を手掛けたのが、この「珈琲まるも」。オープン時には「民芸運動の父」柳宗悦も駆けつけ、お店の空間美を称えたそうです。

照明などしつらえのひとつひとつにも、設計当時の心意気を感じます
照明などしつらえのひとつひとつにも、設計当時の心意気を感じます

「ウィンザーチェアをはじめとする使い込まれた家具の美しさが見どころです」と語るのは、4代目オーナーの三浦さん。

喫茶に使われている松本民芸家具

淹れたてのコーヒーの香りとクラシック音楽に包まれながら深々と椅子に腰掛けると、まるでタイムスリップしたような気分に浸れます。

ゆっくりとコーヒーの到着を待ちます
ゆっくりとコーヒーの到着を待ちます

おすすめはコーヒーと、はちみつクルミトーストのセット。

トーストはサクサク、くるみのコリコリとした歯ごたえとトロリとしたはちみつが口の中でからみ合います。サラダ付きで食べ応えも十分
サラダ付きで食べ応えも十分

サクサクのトーストにコリコリと歯ごたえの良いクルミ、とろりと甘いはちみつが口の中でからみ合って、ほろ苦いコーヒーともう抜群の組み合わせです。クルミの生産量No.1の長野らしいメニューとも言えます。

「いつもありがとうございます」が似合う店

口福に浸っていると、さすが人気店とあって、開店から30分も経たずあっという間に満席に。

珈琲まるも

けれど不思議とガヤガヤしていません。バシャバシャと写真撮影に熱中する人もなければ (私以外‥‥) 、大きな声で話す人もなし。

大人がゆっくり憩いにきている。初めて来る人も、そんな空気に触れたくてきている。そんな印象を受けました。

「いつもありがとうございます」

お店にいる間、よく耳にしたこの挨拶が、街の人に愛されている何よりの証。

入口の木製ドアは、長年の繁盛を示すように手が触れるところだけ色が変わっていました。

入り口の木製ドア

年数を重ねるほどにやわらかく優しい風合いになっていくのが、松本民芸家具の何よりの魅力と三浦さんは語ります。

この時間が止まったような居心地の良さは、きっと家具自体がゆっくりと時を重ねているからなのだろうと、何度も椅子の手触りを確かめました。

<取材協力>
珈琲まるも
長野県松本市中央3-3-10
0263-32-0115
営業時間:8:00~18:00 (詳細はお店にお確かめください)

文・写真:尾島可奈子

*こちらは、2018年11月20日公開の記事を再編集して掲載しました。地元の人に愛される喫茶店では、ガイドブックに載っていない情報を聞けることも。朝から周辺を散歩して、探してみるのもいいですね。

京都 十三や工房の「つげ櫛」、その魅力とお手入れ方法を職人に聞いた

連載「キレイになるための七つ道具」の最終回で取材した十三(じゅうさん)や工房さん。京都で唯一の木櫛調製処です。

実は各地の櫛やさんには十三と名のつくところが多いのですが、これは「くし」という音が「苦・死」につながるため、数字の9と4を足した「13」を屋号にとったものだそう。縁起を担いだ語呂合わせだったのですね。

おすすめはやはり、つげ櫛

1880年( 明治13年 )より木櫛をつくり続ける十三や工房さんが、あらゆる木櫛の中でもっとも優れていると語るのが「つげ(漢字では黄楊)」の櫛です。

最大の特長はその粘度。独特の粘りのあるつげの木地は加工しやすく、磨くほどつややかな美しい木目になるそうです。

裁断、乾燥、矯正、燻し、寝かし、加工‥‥とひとつの櫛が出来上がるまでにかかる期間は、最低でもなんと7年以上。

少しでもお客さまをお待たせしないように、と独自開発した機械もフル稼働する工房は、さながら秘密のラボのようでした。

歯の均一さが命の歯挽き(はびき)は、型に合わせて自動で動く機械を独自に開発
回転モーターに泥をつけて磨いているところ。他にもさまざまに機械を変え、櫛を磨きあげていく

木櫛ならではの良さとお手入れ方法

お話を伺った5代目の竹内昭親さんによれば、髪の質は10人いれば10通りに違うとのこと。自然の素材で作られた木櫛は、そんな髪の静電気や汚れを取り除いてくれます。

お手入れも簡単で、まず使い始めに椿油を布に含んで塗り、1日くるんでおく。ラップでも良いそうです。そして使いながら汚れてきたら、歯ブラシなどで汚れを取り除いてまた椿油を塗れば良いとのこと。

ケガレから身を守るものとして神事や政治の世界でも重んじられてきた櫛。かつては男性の方が重用していた時代もあるそう。十三や工房さんでも、女性用、男性用と様々な種類を揃えています。

手のひらに収まるサイズの女性用
少し長めの男性用

「余分なものを取り除いて、その人の本来の髪の良さを120%引き出せるように」との思いを込めて作られている老舗のつげ櫛。ぜひ一つ持っておきたい一生ものの暮らしの道具です。

専用の箱に入ります

ここで買いました。

十三や工房
http://jyuusanyakoubou.sakura.ne.jp/index.html

文・写真 : 尾島可奈子

*こちらは、2017年7月4日公開の記事を再編集して掲載しました。毎日の使うからこそ、ちょっといいものを。贈りものにも喜ばれそうですね。



<掲載商品>

つげ櫛 麻袋入り

生き物が躍動するスリップウェア。小島鉄平さんのうつわに宿る「ほんとう」の力

どんな専門分野でも、1万時間かければ一人前になれるという。

この人の場合は、早かった。

2009年から地元・長崎で陶芸教室に通い始め、2011年に長崎陶磁展 審査員特別賞を受賞。

2012年には同展の生活陶磁部門で最優秀賞を獲得。この年、松屋銀座・銀座手仕事直売所に出店し、以降毎年の常連となっている。

小島鉄平さん。

小島鉄平さん

イギリス発祥の「スリップ・ウェア」 (生乾きの素地にスリップ (化粧土) をかけ、上から櫛目や格子などの模様を描く) の技法で作る小島さんのうつわに初めて出会ったのは、取材で訪れていた飛騨高山の「やわい屋」さんだった。

小島鉄平さん_やわい屋
小島鉄平さん

いわゆる「かわいい」で形容しきれない、生き物として躍動するうさぎや鹿の姿にしばらく視線を外せずにいると、後ろから店主の朝倉さんの声がかかった。

「すごいでしょう。明らかに何かに追われて逃げている姿だもんね」

小島さんの作品には生き物のモチーフが多い。

鹿にタコ、うさぎ。

いずれもキャラクターやデザインとして描かれているのではなく、生きる姿を克明に写し取った、どこか古代絵のような雰囲気をたたえている。

小島鉄平さん

なぜ、このような描写になるのだろう?

朝倉さんにタコの平皿と鹿の茶碗を包んでもらいながら、ぜひ取材してみたい、と心に決めた。

長崎の「てつ工房」へ

長崎市内のとあるビルに、小島さんが構える「てつ工房」はある。

小島鉄平さん
看板がわりのにわとりの大皿
看板がわりのにわとりの大皿

ピンポンとチャイムを押すと、どうぞと着物姿で迎えてくれた。

「陶芸家って腰を痛めやすいんやけど。着物は帯をきちんと締めたら腰にいいみたいだよって聞いて、もう半年以上、毎日着とるね」

小島鉄平さん

「そういえば昔の人って着物で作陶しよったから自分もできるんじゃないかって、最近は着物で作業もしてみたら、実際そこまで不便ないんよ。
もとが変人だから、こんな格好してたらますます変人扱いされるやろうけど」

変人、というと不名誉な響きだが、小島さんの経歴は確かに少し、変わっている。

もともと、子どもの頃からものづくりが好きだった。今も、名刺入れや小物入れを革で自作する。

小島鉄平さん

しかしはじめに就職したのは東京のレストラン。激務で職場と家の往復しかない生活に次第に嫌気がさし、長崎に戻る決意をする。

この日も料理場にいた経験を生かしてお手製のご飯をご馳走してくれた
この日も料理場にいた経験を生かしてお手製のご飯をご馳走してくれた

「金は生活できるだけでいいけん、自分がやりたいことをやれる仕事に就こうと思って」

帰ってきてやりたいと思ったのが、素潜りと、陶芸だった。

素潜りは、子どもの頃に父親が教えてくれた。

陶芸は、大学時代に居候先に遊びに来ていた陶芸家の影響が大きい。

「個展帰りに1週間くらい逗留するんです。それでわけが分からないまま、お酒飲みながら芸術論聞かされるわけですよ。

その時に『ものづくりで食えるのは陶芸家だけだ』って言われて。お酒飲んだり釣りしてる姿しか見ていないのに、陶芸家ってすごかとねと思った」

それでも陶芸の道で稼げるようになるには時間がかかるだろう。そう思ってまずは長崎の海で素潜りにいそしんだ。

この時、水中でよく出会ったのがタコだった。

小島鉄平さん

「タコって面白くて、潜っている時に見つけるには、どうすればいいか分かりますか?」

‥‥わからない。

「タコの視線を感じるんです。誰かから見られている感覚があったら、タコがいるということなんよ」

小島鉄平さん

タコは砂や岩の色に合わせて擬態できる能力をもつが、目だけは擬態できない。幼い頃に父親から教わったことだという。

共食いをするタコ、岩棚のなかで卵に一生懸命水を吹きかけ酸素供給する、やせ細ったタコ。色々な姿を見てきた。

海の世界に夢中になるうち、素潜りの腕はメキメキ上がったが、個人で生計を立てるとなると漁業権などクリアしなければならない問題が多く、やむなく素潜りで生きる道を諦めた。

残る道は陶芸しかない。

その消去法的な選択を小島さんは「不純な動機」と語るが、陶芸教室に通う一方、生活のために就いた営業の仕事は早々に向いていないとわかり、陶芸の世界にどんどんのめり込むようになる。

工房の片隅に積み重なっていた釉薬のテストサンプル
工房の片隅に積み重なっていた釉薬のテストサンプル

そののめり込み方が、徹底している。

東京の有名百貨店の店頭に作家として立つほんの少し前までは、昼夜「2部制」の生活を送っていた。

昼の第1部は、サラリーマン。小島さん曰く、「全く売り上げの上がらない営業」だったという。定時で仕事を切り上げると、第2部、陶芸の時間が始まる。

小島鉄平さん
小島鉄平さん

深夜2時ごろまで夢中で手を動かし、翌朝7時には起きて仕事に出かけて行く。昼休みに仮眠をとり、また夕方から土に向かう。そんな生活を繰り返すうちに、テレビも見なくなった。

通う教室とは別にスリップの技法も身につけ、窯の購入、釉薬の研究‥‥あらゆるものを自力で積み上げるうち、作品が評価されるようになる。

はじめはこんなひとしずくから絵が始まる
はじめはこんなひとしずくから絵が始まる
スポイトを滑らすと、すいとタコが現れる
スポイトを滑らすと、すいとタコが現れる

「2部制」生活を続けて2年ほどたったころ、長崎陶磁展で連続しての入賞。これが縁で手仕事直売所出店の声がかかった。

「誘いがあった時、 できれば1週間店頭に立ってほしいと言われて。でもサラリーマンで仕事できない人間が1週間も休めるわけない。これは辞めばいけんと思った。

土日だけ出るという話にしたら、たぶん一生陶芸家になれないだろうなと思って」

こうして小島さんは会社を辞め、陶芸家の道ただ一本を歩んでいくことになる。

代表する生き物シリーズ

現在の小島さんの代表作といえば、躍動する動物たちを描いた生き物シリーズ。

実はタコに限らず、小島さんの半生には折々で動物の「生」との鮮烈な出会いがある。

子どもの頃には、おばあさんが自宅の庭でにわとりやキジなどを飼っていた。

世話を任されていた小島少年はある日小屋のカギを閉め忘れ、鳥たちが脱走して大騒ぎとなった。

「ばあさんに、ごめんちょっと閉め忘れて逃げてしもうたばいって言ったら『よかと』って。

それでばあさんが『小屋に戻れ』って言ったら鳥たち、戻るとやもね。鳥にもそういう感覚があるんだと思って、ちょっと感動したことがあったんやけど」

飼っていた鳥たちは、食用。それでも自分の運命を悟ったように小屋に戻っていく姿は、鮮明に少年の目に焼きついた。

小学校5,6年に上がるころには、うさぎとの思い出がある。

「鉄平、うさぎもらってきたぞって父さんが言うけん、見せてって持ってきたビニール袋の中覗いたら、皮を剥かれたうさぎやった」

大人になってからは、アルバイトで食用に鹿を解体する仕事も経験した。

スリップウェアを覚えてはじめて描いた動物は、鹿だったと言う。

小島鉄平さん
小島鉄平さん

以来、鳥、うさぎ、タコと生き物たちが次々と小島さんの作品に登場し、人気を得るようになる。

この絵は‥‥
小島鉄平さん
親子のにわとりだった
親子のにわとりだった

「生き物のシリーズはなんか知らんけど増えていったよ。意識しとらんのやけど」

自分の体感として掴む、ナマの姿

普段ペットや観賞用としての生き物にしか触れていなかった私にとって、小島さんの話はかなり強烈だった。同時に深く納得した。

想像や理想でない、自分の体感として掴んでいるナマの動物の姿だから、見る人に迫る。

何かに追われているのか、後ろを振り向いているうさぎ
何かに追われているのか、後ろを振り向いているうさぎ

「料理が映える」などの実用を超えた何かがうつわに宿っている。

小島さんが自分で「変人」と笑った着物での生活も、自分の掴んでいるものだけで勝負するという、揺るぎない姿勢の現れなのだとわかってきた。

ほんの一部という着物のコレクションも見せてくれた
ほんの一部という着物のコレクションも見せてくれた

「今、ものづくりってアイディア勝負になってる傾向がある。

でも、おいの見方でいえば『見たことのない新しいもの』って、アートの領域でやればいいと思う。

生活には昔からの歴史の積み重ねがあるわけやから。

そこで使われるうつわは、過去に準拠したうえで新しいものを作り出すようでないと、成り立たないんやないかな」

窯出しの様子
窯出しの様子

「例えばこの前知り合いが、炭が一個しか入らない火鉢を作ったっていうんよ。

たぶん晩酌一杯に、ちょっと肴を炙ったりする用に考えたんやろうけど、その話聞くだけで『こいつ火鉢使ったことないな』と思うわけです。

炭って複数使って、上昇気流を起こして火を起こすものだから。一個だけしか入らなかったら火力は弱くなる。

作るのも使うんも個人の好き好きだけど、本式のこと知ったうえでものづくりをやらないと、お客さんも知らずにいいねって買って、結局使われずに終わってしまう」

一度使って『使いにくいね』で物置に置かれてしまっては、ちょっと悲しい。「だから」と小島さんは続ける。

「だからおいは、自分の生活 トータルでものづくりをやっていこうと思ってる。

もともと日本人ってどういう生活をしとったのかな、と思ったら着物を着てみないとわからんしね。

着物を着だしたら今度は、着物にあうように、持ち物や家具が変わっていくんよ」

小島鉄平さん
小島鉄平さん

今、小島さんは生き物シリーズとは違う新しい作品づくりに挑もうとしている。

小島鉄平さん

着物生活で掴んだどんな「ほんとう」が顔を出すか、楽しみだ。

<取材協力>
小島鉄平さん

*2019年9月10日(火)-9月16日(祝・月)、今年も銀座・手仕事直売所に出展されます。

2019/09/12 (木) には「スリップウェア 豆皿作り」のワークショップもあり。お見逃しなく!


文・写真:尾島可奈子