登山に欠かせない専用アイテム。山のプロが認めた靴下の秘密

もし「今度山登りに行こう」と決まったら、服装や持ち物は何を用意しますか?

リュックに脱ぎ着しやすいウェア、帽子に登山靴。

もう一つ、忘れてはいけない大切なアイテムがあります。

「山は足で登るものなので、踏ん張りが効かなきゃいけないんです。

でも、登山靴って硬くて大きいので完全に足にフィットするのが難しい。やっぱりちょっと足が動くんですよね、靴の中で。このズレが、疲れの元なんです。

そんな靴と足の間で踏ん張りを支えてくれるのが、靴下です」

そう話すのは株式会社ヤマップの髙橋勲さん。

ヤマップ高橋さん

ヤマップは日本最大級の登山コミュニティーサイト「YAMAP」の運営会社。月一回は会社メンバーで定例登山にいくというほど山を愛する、いわば山のプロ集団です。

登山スタイルでインタビューに応じてくれました
登山スタイルでインタビューに応じてくれました

プロが認めた登山のための靴下

そんなヤマップが「山登りにぴったり」と太鼓判を押し、コラボ企画のラブコールまで送った靴下があります。

その名も「山を登るくつした」。

日本の靴下生産の5割を占める、奈良県発の靴下ブランド「2&9 (にときゅう) 」のアイテムです。

山を登るくつした
後ほど紹介するコラボ靴下
後ほど紹介するコラボ靴下

山登りにしっかりとした靴が必要なのはわかりますが、靴下がそれほど重要とは、思いがけない事実。

今日はこの商品をひもときながら、意外と知らない山登りのキーアイテム、靴下の実力に迫ります。夏山シーズン前の予習にどうぞ。

山のプロから見た靴下の重要性

泊りがけのハードな登山もするという高橋さん。「山を登るくつした」を実際に山で履いてみて「これはいい!」と感動したのだとか。

背景には、高橋さんや山好きのヤマップ社員がずっと感じていた、ある「不足」がありました。

「アウトドアのウェアってどんどん進化していて、インナーからズボン、靴までかなり機能的になっているんですけど、靴下だけはあんまり進化していませんでした。多少開発もされてはいるんですが、これは、というのがなかったんですね」

長時間歩き続ける登山。

例えば靴下の履き口がきつければ、むくみにつながります。

通気性が悪ければ、蒸れが気になってくる。服なら汗をかけば脱ぎ着ができますが、靴は一度履いたらずっと履いたままです。

靴

さらに、生地の厚みやサイズが合わないと、擦れて痛みに繋がってしまうことも。

「楽しく快適な登山のポイントは、足の踏ん張りと疲れをためないことです。

わずかな擦れや蒸れも、続けば足が疲れ、歩く姿勢が崩れてさらに疲労が溜まっていく、という悪循環になってしまいます」

登山の足元を支える重要なアイテムでありながら、常に登山アイテムの商品情報に接している山のプロでも、なかなかしっくりくるアイテムにめぐり合えませんでした。

「蒸れない、ズレない、疲れにくい。そんな靴下があれば」

そんなある日、スタッフの方がたまたまネットで見つけたのが、この「山を登るくつした」でした。

山を登るくつした

注目ポイント①つま先のかたち:踏ん張りのきく足袋型

まず目に留まったのがそのつま先のかたち。

山を登るくつした

「もともとスタッフでも足袋型のソックスを登山に愛用している者が結構いたので、これはいいぞと思いました」

手袋でもミトンよりは5本指の方が物をつかみやすいように、靴下も指先が分かれたタイプの方が地面をつかみやすく、次の一歩を踏み出しやすくなります。

注目ポイント②編み方:つま先の立体構造

「さらによかったのが、同じ足袋型でも一般的なものと違って、立体的な編み方をしていることです」

山を登るくつした

丸編みという立体的な編み方をしているので、つま先に縫い目が当たらず、足を動かしても生地がずれずに擦れにくくなっています。

生地のズレを防ぐ機能は、かかと周りにも。特殊な編み加工を足首部分に施し、かかとを固定 (ヒールロック) する構造で足の疲れを軽減します。

同様に、サイド、足の甲部分にもサポート加工が施されている。触ると硬く、しっかり足を固定する
同様に、サイド、足の甲部分にもサポート加工が施されている。触ると硬く、しっかり足を固定する

注目ポイント③通気性:蒸れを防ぐメッシュ生地

「ここ、履き口に近い甲の部分がメッシュになって蒸れにくくなっているんですよ」

逆三角形の部分がメッシュ加工になっている

「通気性ってとても重要で、長く歩いた後にその差が出てきます。小さなストレスが積み重なって足の疲労になるので、これから山開きする富士山のように長時間の登山の時は特に、蒸れにくいことが大切です」

他にも、小さなストレスを積み上げずに足を守る工夫が各所に。

足裏にはタオルと同じパイル編み加工を
足裏にはタオルと同じパイル編み加工を
締め付けずにむくみを防ぐゆったりした履き口
締め付けずにむくみを防ぐゆったりした履き口

社内であっという間に話題になり、「うちでも商品化したい」とすぐにコラボ商品の提案に奈良へ向かったそうです。

作っているのは日本最大の靴下産地、奈良の靴下工場

高橋さんたちが向かった奈良は、日本有数の靴下産地。生産量は全国の5割を占めます。

「山を登る靴下」の生みの親「2&9 (にときゅう) 」は、そんな奈良の靴下工場と一緒に商品開発を行っています。

今回「山を登るくつした」を作ったのは、奈良県大和高田市に工場を構える西垣靴下さん。

西垣靴下株式会社
工場内には靴下づくりの機械がずらり
工場内には靴下づくりの機械がずらり

足を固定するテーピング編みを業界に先駆けて考案し、10年前に売り出したウォーキングソックスが大ヒット。そのノウハウを生かして生まれたのが、今回の「山を登るくつした」です。

これが西垣さんが最初に手がけたウォーキングソックス。ここから、つま先の立体構造や足裏のパイル編み、履きやすい履き口や、足をしっかり固定するサポート加工が「山を登るくつした」に採用されています
これが西垣さんが最初に手がけたウォーキングソックス。ここから、つま先の立体構造や足裏のパイル編み、履きやすい履き口や、足をしっかり固定するサポート加工が「山を登るくつした」に採用されています

「もともとはテーピング編みという技法を取り入れた、より強力に足全体を固定するソックスです。

2&9の『山を登るくつした』はそれをレジャーや普段使いにも取り入れやすいよう、カジュアルダウンさせた格好ですね。要望があれば他にもまだ、いろんなアレンジができますよ」

お邪魔した日も、足袋型ソックスを製造中でした
お邪魔した日も、足袋型ソックスを製造中でした

そんな新しいものづくりに意欲的な西垣靴下さんの協力で、2&9×YAMAPコラボ版「山を登るくつした」も誕生しました。

YAMAPコラボ版「山を登るくつした」
こちらがYAMAPコラボ版「山を登るくつした」
指先を5本指にアレンジ
指先を5本指にアレンジ
高橋さん、インタビューの日もわざわざ履いてきてくださいました!
高橋さん、インタビューの日もわざわざ履いてきてくださいました!
ハイカットの登山靴にも対応できるよう、履き口の丈を長めに
ハイカットの登山靴にも対応できるよう、履き口の丈を長めに
サポート加工などはそのままに
サポート加工などはそのままに

「足袋型の方がつま先がしっかり厚くクッション性があります。5本指はそれより生地が薄くなりますが、しっかり5本の指で地面を掴めるので踏み込む力が出やすくなります。

どちらがいいかは個人の好み次第ですね。私やうちの会社で一番山に登っているスタッフも、両方とも気に入って使っています」

普段と違う環境で、普段より長く足を使う登山。足を守る靴下も、機能性の高いものが一足あると、道中の心強い味方となってくれそうです。

山のプロが太鼓判を押す、山登りのための靴下。その実力は、ぜひ来る夏山シーズンで試してみては。

<掲載商品> *登場順
山を登るくつした (2&9)
5本指の山を登るくつした (YAMAP)

<取材協力> *登場順
株式会社ヤマップ
https://corporate.yamap.co.jp/

西垣靴下株式会社
http://www.nishikutu.co.jp/

文・写真:尾島可奈子
取材場所提供:DIAGONAL RUN TOKYO

※こちらは、2018年6月12日の記事を再編集して公開しました。しっかり準備をして山登りを楽しみたいですね。

京都の工場見学でわかった、意外と知らない日本の“壁紙”事情

壁紙ってどうやって作られるか、ご存知ですか?

壁紙の中でも表に生地を貼る「織物壁紙」のシェア日本一なのが、実は京都。

工場見学に行ったらその現場が本当にかっこよく、「そうだったのか!」がいっぱいだったので、ご紹介します。

いまや日本の壁紙のわずか1%。「織物壁紙」の産地へ

やってきたのは京都府木津川市。全国の「織物壁紙」の7割の生産量をしめる一大産地です。

「そうは言っても、日本で年間に使われる壁紙のうち、織物壁紙の割合はたったの1%ですからね」

取材に応じてくれたのは小嶋織物さん。この産地の代表的なメーカーです。

工場にあった趣ある看板。希望があれば一般の方の見学も受け入れています
工場にあった趣ある看板。希望があれば一般の方の見学も受け入れています
小嶋一社長
小嶋一社長
娘さんで企画開発を担当する小嶋恵理香さん
娘さんで企画開発を担当する小嶋恵理香さん

一大産地とはいえ小嶋さんの言うように、最近ではあまり見かけなくなっている織物壁紙。世の中の大半の住宅壁紙が、生産コストが低く施工しやすい、塩化ビニール製だそうです。

「でも、織物壁紙は表面に布を貼るからこそ、内装材にうってつけなんですよ」

これが織物壁紙。最近ではホテルや会議室などに使われることが多いそうです
これが織物壁紙。最近ではホテルや会議室などに使われることが多いそうです

実は、木津川はもともと「ある特徴」で日本一と称される織物の産地。そこに「内装材にうってつけ」の理由があるよう。

さっそく実際の現場を覗いてみましょう!

お弁当が楽しくなる「サンドイッチかご」 。鹿児島発の暮らしの道具、使ってわかった良さがある

お弁当を持ってきた日は、できるだけ外で食べるようにしているこの頃。

気づけばゴールデンウィークまであと一か月を切りましたね。

外に出かける機会も増えるこれからの季節に、どんどん使っていきたいなと思う道具があります。

創作竹芸とみながの「サンドイッチかご」は、竹林大国・鹿児島生まれ

サンドイッチかご

以前、竹林面積日本一の鹿児島らしい工芸品として紹介した「サンドイッチかご」。

取り扱っている「創作竹芸とみなが」さんで取材時に迷わず買い求めました。

ご当地かごがいっぱいの、富永さんのお店の様子はこちら:「まるで宝探し。好きなかごに出会える鹿児島の『創作竹芸とみなが』」

実際に使ってみてどうだった?を振り返りつつ、気に入っているところをまとめてみました。

竹かごらしい軽さと丈夫さ

使ってみてまず感じるのは、その軽さと丈夫さ。

片手でひょいと持てて、それでいてギュッと握ってもへこたれない、頑丈な作りをしています。これはしなりのある竹ならでは。

サンドイッチかご。ふたを開けた様子

さらに、身とフタの噛み合わせも、天然素材らしい「ゆらぎ」がなく、ピッタリ閉まります。

とみながのサンドイッチかご

当たり前のことのようですが、食べ物を入れるならなおさら、フタのゆるみは気にかかるところ。

ひと筋ひと筋、竹を均一に揃え正確に編み上げていく職人さんの妥協のない仕事を、閉じた瞬間のパチンという音に感じます。

取材で見せていただいた実際の製造現場。ひとつひとつ手作りです
取材で見せていただいた実際の製造現場。ひとつひとつ手作りです
表面をよく見ると、節が表側に、揃って現れています
編み途中の様子。表に出る節の位置までピッタリ揃っています

作っている様子はこちら:すぐに売り切れる「サンドイッチかご」。創作竹芸とみながの竹かごが長持ちする理由

中には裁縫箱に使う人もいるそう。使い道の幅広さは、軽くても中身をしっかり守ってくれる、道具としての信頼の証かもしれません。

大きさは豆腐一丁分

紙袋や通勤カバンにさっと入るサイズ感も気に入っていますが、この大きさにも理由がありました。

サンドイッチかご
大きめに握ったおにぎりが2つと、おかずが少し入るくらいの大きさ

取材に応じてくれた「創作竹芸とみなが」の富永さん曰く、元々このサンドイッチかごは「豆腐かご」と呼ばれていたそう。その名の通りお豆腐が一丁入るサイズです。

昔はお豆腐屋さんに行って買い求めたお豆腐を、このかごに入れて持ち帰っていたのが名前の由来。

存在が鹿児島県外にも知られるようになると、使い勝手の良さとピクニックに似合う見た目からか、いつしか「サンドイッチかご」と呼ばれるようになりました。

確かにサンドイッチがよく似合います
確かにサンドイッチがよく似合います

軽くて丈夫な「壁紙バッグ」。京都 小嶋織物が継ぐ「日本一目の粗い織物」産地の底力

もう咲いた?いやこっちはまだ。と桜の話題が出はじめると、気持ちはすっかり春。

服が薄着になって、バッグは何を合わせようかとこの時期いつも迷います。

丈夫で毎日使える布製のもの、軽くて見た目にも春夏らしいカゴバッグ。

実は今年、その両方の良さをハイブリッドにしたような「第三のバッグ」が登場しました。

軽くて丈夫で春夏らしい、その正体は「壁紙バッグ」です。

この生地が、壁紙‥‥?
この生地が、壁紙‥‥?

中川政七商店が京都の壁紙屋さんと作ったバッグ、とは?

「京都の壁紙屋さんと作ったバッグ」というストレートな名前のバッグを企画したのは、日本の工芸をベースにした生活雑貨を展開する、中川政七商店。

一緒に作った「京都の壁紙屋さん」は、京都府木津川市にあります。実はこの一帯、「日本一目の粗い」織物産地なのだとか。

どれほどの「粗さ」かというと、同じ幅の服用生地と比べて、だいたい経 (たて) 糸が1/3ほどしか入っていません。

向こうが透けて見えるほど
向こうが透けて見えるほど
90センチ幅の生地に入る経糸は930本。対して服用生地には大体3000本の経糸が必要とのことなので、その「粗さ」が良くわかります
90センチ幅の生地に入る経糸は930本。対して服用生地には大体3000本の経糸が必要とのことなので、その「粗さ」が良くわかります

この目の粗い織物こそが、軽くて丈夫で春夏らしい「第三のバッグ」の生みの親です。

「もともとは寒冷紗 (かんれいしゃ) といって、畑の作物を風雨や虫から守る覆い生地を一帯で作っていたんです。

作物を育てるには風通しが良くないといけませんよね。だからわざと目の粗い生地を織る技術が発展してきました」

教えてくれたのは商品名にある「京都の壁紙屋さん」こと、小嶋織物の小嶋一社長。

小嶋一社長
小嶋一社長

現在この目の粗さを生かして木津川一帯で作られている「織物壁紙」のトップメーカーです。

工場外観

全国シェア7割、木津川の特産「織物壁紙」とは?

「織った生地を、紙と貼り合わせて作るから織物壁紙です。使う糸は綿、麻、パルプなど」

小嶋織物
こちらは紙の糸で織っている生地
こちらは紙の糸で織っている生地

「素材自体も植物由来の繊維なので呼吸しますし、生地も目が粗いので吸放湿性に優れて、内装材にうってつけなんです」

生地と紙を貼り合わせる工程。わずかなシワや浮きも許されない
生地と紙を貼り合わせる工程。わずかなシワや浮きも許されない

木津川一帯の織物は、和室の時代には襖紙用に、洋室が増えてきた1970年代からは壁紙にと、日本の住宅事情に適応しながら発展を遂げ、ついには全国の織物壁紙の約7割を木津川産が占めるほどに。

その木津川産壁紙のおよそ3割を担うのが、小嶋織物さんです。

小嶋さんのご自宅で見せていただいた、伝統的な「襖」の姿
小嶋さんのご自宅で見せていただいた、伝統的な「襖」の姿
見せていただいた襖のサンプル。こういうデザイン、家の居間や旅館などで見たことがあるかも?
見せていただいた襖のサンプル。こういうデザイン、家の居間や旅館などで見たことがあるかも?
小嶋織物
時代の変化とともに襖紙から織物壁紙へ
時代の変化とともに襖紙から織物壁紙へ
オフィスの壁がそのまま織物壁紙の見本になっていました。ホテルや会議室など様々な施設に活用されてます
オフィスの壁がそのまま織物壁紙の見本になっていました。ホテルや会議室など様々な施設に活用されてます

しかし、日本で年間7億平米といわれる壁紙全体のシェアからみれば、織物壁紙の割合は現在わずかに1%ほど。世の中の大半の住宅壁紙は塩化ビニール製なのだそうです。

かといって和室需要が減る中、もう一つの柱である襖紙も、生産量が伸びる可能性は低い。

「このままではものづくりが途絶えてしまう」

危機感を覚えた小嶋織物さんは、受注の仕事に限らず、生地の糸から自分たちで考案し、自社オリジナルの質感やデザインの開発に挑戦。新しい壁紙の可能性を探ってきました。

小嶋織物
小嶋織物
小嶋織物
小幅にカットした生地同士を重ねて表情に変化をつけた壁紙
小幅にカットした生地同士を重ねて表情に変化をつけた壁紙

「同じ織物なのだから、きっとアパレルの世界でも生かす道があるはず」

そう考えたのは小嶋社長の娘さんで商品の企画開発を担う小嶋恵理香さん。

小嶋恵理香さん
小嶋恵理香さん

構想を温めること5年、春夏向けの新しいテキスタイル素材を探していた中川政七商店との出会いが、「バッグに使える壁紙」開発につながりました。

ベースになった生地見本。しかし、このままでは一つ課題がありました
ベースになった生地見本。しかし、このままでは一つ課題がありました

第三のバッグはこうして生まれた

「この生地は織物としても、壁紙としてもかなり特殊です」

小嶋恵理香さん

もともとの壁紙織物はもちろん壁に貼るものなので、バッグのように「重さに耐える」強さの必要がありません。

そこで重たい荷物にもしっかり耐えられるよう、生地の芯に通常の壁紙では使わないウレタンを使用。

生地の裏側

これ、何気ないようで業界としては初ではないかという珍しい加工方法だそう。小嶋さん自らあちこち問い合わせて、ウレタン張りという新しい手法にたどり着きました。

小嶋恵理香さん

一方で表側の生地には、吸放湿に優れた麻と紙糸で織った生地を採用。

紙糸は字のごとく、本当に紙でできています
紙糸は字のごとく、本当に紙でできています

素材として軽いだけでなく、ざっくりと織られることでカゴバッグのような軽やかな表情が生まれました。

壁紙バッグ

「織物は、糸のテンションを全体で揃えないとうまく織り進めません。

異素材同士だと糸の強度も違うのでそこが難しいのですが、これまで色々な自社オリジナル製品にチャレンジしてきた経験を生かせました」

小嶋織物
生地を愛おしそうに眺める小嶋さん
生地を愛おしそうに眺める小嶋さん

カゴバッグのように涼しげで、目のつまった生地のように丈夫。それでいて軽い。

壁紙バッグ

春夏にぴったりの「第三のバッグ」は、日本一目の粗い織物の特徴を、誰より「細かく」熟知する壁紙屋さんのアイデアと想いから、生まれていました。

<掲載商品>
「京都の壁紙屋さんと作ったバッグ」シリーズ (中川政七商店)

<取材協力>
小嶋織物株式会社
京都府木津川市山城町上狛北野田芝1-3
http://www.kojima-orimono.com

文:尾島可奈子
写真:木村正史

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鎌倉のhotel aiaoiが、ホテルに居ながら鎌倉の日常を体感できる理由

一大観光地でありながら、住みたい町としても不動の人気を誇る古都・鎌倉。

今日はそんな鎌倉に実際に暮らすご夫婦が「暮らしの延長」として2016年にオープンさせた、看板のない小さなホテルのお話です。

江ノ電に乗って、hotel aiaoiへ

江ノ島電鉄長谷駅。アジサイ寺としても親しまれる長谷寺が有名だが、実は駅から見えないだけで意外なほど海が近い。

駅から海へと向かう途中に、看板のない小さなホテルがある。名前を「hotel aiaoi」(ホテル アイアオイ)。

街道沿いのビルの階段を上っていくと、2階から宿のある3階に上がるところで深い青色の壁が現れる。「静謐(せいひつ)」という言葉が似合うような空間が、そこから始まっていた。

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「aiは『藍』と『会い』。aoiは『青い』。鎌倉は、空と海の藍色と青色でできているんですよ」

穏やかな笑顔で小室剛さん・裕子さんご夫妻が迎えてくれた。

全6部屋の小さな宿 hotel aiaoi

一般の人も利用できるカフェラウンジを過ぎて、宿泊客専用のフロアには靴を脱いで入る。

足裏に床の感触が心地よい。見ると表面が細かな波のように凹凸と波打っている。

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「なぐり床というんですよ」

テキパキとフロアの案内をしてくれるのはご主人の剛さん。

hotel aiaoiは全6室の小さなホテルだ。部屋はどれも、青色が象徴的に使われている。ベッドカバーの青い布は、剣道着と同じ生地だという。

シングル、ツイン、ダブル、ロフト付きとあり、部屋ごとに雰囲気が異なる。どの部屋にするか迷ってしまう。

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ひと通りホテル内を案内いただいてラウンジに戻ると、窓からゆっくりと夕日が差し込んでいた。

キッチンカウンターでお茶をいただきながら裕子さんにお話を伺うと、宿ができるまでの物語の向こうに、表情豊かな鎌倉の町の顔が見えてきた。

鎌倉に暮らして気づいたこと

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「お互い鎌倉が好きで、結婚を決めた場所も鎌倉でした」

プロポーズを受けたその日に泊まった宿で鎌倉在住の女性と懇意になったことが、のちの鎌倉暮らしと、その先の宿オープンの契機になる。

新居を持とうと鎌倉への引越しをその女性に相談し、紹介してもらった不動産屋さんを訪ねると、その日に出たばかりという物件が2人の希望する住まいの条件を全てクリアしていた。強い縁を感じて住み始めた町が、稲村ヶ崎だった。

「はじめは鎌倉であればどこでもいいと思って、こだわりなく住み始めた稲村ヶ崎がとてもよかったんです。

海から歩いて3分。買い物は魚屋さん、お肉屋さん、八百屋さんが隣同士に並んだご近所へ買いに行っていました」

今でも肉を手切りするお肉屋さん。自分の目で直接仕入れたいいものだけを並べる魚屋さん。

作りたい料理に必要な食材を目指して買いに行くのではなく、とりあえずお店に行って、何がいいか相談しながら買うという買い方に、自然となった。

お話好きの魚屋さんとは、ちょっと買い物のつもりが30分話し込んでしまうこともよくあったという。

「そういう経験ってスーパーにちょっと行くだけでは絶対にないことで、買い物という時間の厚みが急に増してきたんです。

友達が遊びに来る時も、家で料理を食べてもらうだけでなく、買い物から一緒に行っていました」

築60年はたつという平屋建ての家での暮らしも、大きな発見があった。よく手入れされた心地よい古民家だったが、やはり古さゆえのすきま風や虫の出入りはある。

「自然があったところに家が建って一番最後に私たちが来ているから、文句が言えないんですよね。寒かったら自分たちが厚着したり、工夫を楽しんでいました。

虫は、蜘蛛だけでもいろんな種類があるんですよ。朝よくこの子いるな、とか梅雨時期にはこの大きい子が出るな、とか。

そういうことと一緒に生活するのが当たり前だと思えたんです」

生活の大事なものの優先順位が、パタパタっと変わっていったという。ただ、その分苦労することもあった。

お互いに職場は東京にあり、仕事が忙しい時には終電で帰って朝7時には家を出る生活。

日に日に好きになる稲村ヶ崎での暮らしと東京での仕事との間で、裕子さんは体が半分ずつに別れていくような感覚があったという。

「私はオン・オフを分けるのが苦手で、全部一緒がいいんです。ちょうど同じ時期、主人は以前からやりたいと言っていた宿を鎌倉で開こう、と考えていたころでした。

私も宿ならオン・オフ分けずに生活に近い仕事ができるかなと思って、『じゃあ、一緒にやろう』となったんです」

鎌倉での暮らしの先に見つけた、宿を開くという選択肢。

そんなスタートだったので、今でも2人には、いわゆる「観光業の中の宿泊施設」をやっているという感覚はないという。目指したのは「暮らしの延長にある宿」だった。

「暮らしの延長というのは、家に来たように寛いでくださいというより、私たちそのままの場所というんでしょうか。

宿をやっているというより、ここで自分たちの表現をしている、という感じが強いですね」

2人の、鎌倉での暮らしの積み重ねを表現する宿作りが始まった。

古いものの良さと、ホテルとしての快適さが両立できる宿へ

ホテルへの入り口
ホテルへの入り口

「このビルの2階にある、kuriyumさんというタイ料理屋さんが好きで、稲村ヶ崎に越してからよく通っていました。当時から3階が空いていることは知っていたんです」

自分たちのままを表すならと、はじめは当時の住まいと同じような古民家での宿を考えていた。

ところが宿にできるような古民家を探すと鎌倉にはそうした物件が意外にも少なかった。一大観光地だからこそ、住民が快適に暮らせるよう飲食店や宿を開ける場所は限られているという。

一方で、実際に泊まってみた他の古民家の宿では、宿泊客同士の声が筒抜けになってしまう、古い住居ならではの不便さが気にかかった。

「サザエさんの家みたいに、人がどこかにいて、それが気配でわかるようなところが古い家の良さです。けれどその良さは一棟貸しでないときっと伝わらない。

ただ窮屈になるだけなら違うな、と考えを改めました」

理想の宿のあり方を模索して、海外にも出かけた。いくつか気になる宿を訪ねる中で、あるホテルの居心地の良さが心に残った。

「雑居ビルに入っていて、入り口もちょっとわかりづらいようなホテルでした。でも中に入るとガラリと印象が変わる。

うちのように部屋に水道はあるけれど、シャワーとお手洗いは部屋の外で共同。朝ごはん付き。それで十分満足だったんですよね。

そのホテルを知って、”古いもののいいところだけを持ってきて、作りはちゃんとプライバシーを守れるような宿”が私たちのやりたい形なんじゃないか、と整理がつきました。

そのヒントになったホテルが、まさにここを思わせるようなビルに入っていたんです」

hotel aiaoi客室の洗面台。ここも部屋ごとにデザインが異なる
hotel aiaoi客室の洗面台。ここも部屋ごとにデザインが異なる
使い込まれた色合いが美しい下駄箱
使い込まれた色合いが美しい下駄箱

こうして、不思議な巡り合わせで宿の場所が決まった。

看板のないホテルの理由

aiaoiという宿名は、すでに構想段階からあったという。

「響きが面白くて、世の中にない言葉がよかった。鎌倉の空と海の藍色と青色を組み合わせて決まりました」

筆記体でつづられるロゴは、鎌倉の海と空の間をぬう波にも見える。美しい宿名だが、ビルにホテル名を掲げる看板はない。

「宿を作っている時から、観光のおまけに、ただ寝に帰るホテルにはしたくないと話していました。

とにかくたくさんの人が来たらいいというのではなく、私たちが鎌倉に暮らしていいなと感じたこと、大事にしたいことを、同じようにいいなと思ってもらえる人に泊まりにきてもらいたい。

それで、あえて看板も出していないんです」

誰かを応援する、hotel aiaoiの朝ごはん

人との縁を大事にする宿の姿勢は、朝食のメニューにも現れている。

大船にある薬局の三代目がブレンドしたオリジナルの漢方茶。地元の漁師さんが直接宿まで届けてくれる海の幸。毎朝土鍋で炊くご飯は、裕子さんのお父さんが育てた無肥料無農薬のお米だ。

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「同じ漢方茶が手に入っても、カクロウくん(薬局の三代目)じゃなかったらやらないし、同じサザエが手に入ってもユウキくん(地元の漁師さん)からじゃなきゃ買わないと思ってやっています。

お金を支払うって応援します、あなたに投票しますっていう意思表示だなと思うんです。サザエを買うのも、サザエの対価として払うというより、あなたを応援したいです、という感じ。

鎌倉に来て、私たちがそういう風にお金を払うことを教えてもらったものが、宿を通してまた発展して行っているという感じがしています」

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素材に合わせて、今日はどの器がいいか。相談しながら朝ごはんの仕度が進む
素材に合わせて、今日はどの器がいいか。相談しながら朝ごはんの仕度が進む
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最後に、宿や鎌倉でのおすすめの過ごし方を尋ねると、意外な話を語ってくれた。

サザエさんの町の過ごし方

「実は稲村ヶ崎の家に住む前、鎌倉に遊びに来てはそのお家を見に行っていました。

ある日もやはり訪ねて行って、もう帰ろうかと道を歩き出したところに、向こうからやってきたおじいさんが『こんにちは』と声をかけてくれたんです。明らかに観光客の格好の私たちに。

その時に主人が、『サザエさんの町だ』と言ったんです」

実は剛さんは大のサザエさん好き。普段はテレビのない生活を送っている2人も、毎週必ずサザエさんは録画するという。

「サザエさんでは何も起こりません。誰かが結婚式に行くとか、海外旅行に行くとか大きな出来事がないのに、あんなに毎日面白いという視点を持っている。『こんにちは』を当たり前に交わし合って楽しく暮らしている。

主人はずっとそんな『サザエさんの町』に住みたい、と言っていました。だからその時のおじいさんの何気ない挨拶に、ここはサザエさんの町だね、と言ったんです。私も本当にそうだね、と返しました。それが、家を決める決め手になりました。

この町には、大きな『驚き』とか『衝撃』じゃないところに面白さがいっぱいあります。そういうところが見つかるような過ごし方をしてもらえると、いいのかな。強制はしないですけど」

ゆっくり裕子さんが笑った。

お話を伺ううち、この後の浜辺の散歩と、明日の朝の献立が、すっかり楽しみになっていた。

宿近くの浜辺の夕方
宿近くの浜辺の夕方

hotel aiaoi
神奈川県鎌倉市長谷2-16-15 サイトウビル3F
0467-22-6789
http://aiaoi.net/


文・写真:尾島可奈子

*こちらは、2017年5月25日の記事を再編集して公開しました。

石畳の町で暮らすように泊まる。「さまのこハウス」にはこんな体験が待っていました

国の重要伝統的建造物群保存地区に泊まれる、高岡の「さまのこハウス」へ

石畳の道の格子造りの家。

高岡さまのこハウス

タイムスリップしたような格子戸の向こうには、昔ながらの町家と現代的な空間が入り混じる、不思議な宿体験が待っていました。

高岡さまのこハウス
高岡さまのこハウス手前の母屋棟
高岡さまのこハウス
高岡さまのこハウス

宿の名前は「さまのこハウス」。

高岡さまのこハウス

国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されている古い町家暮らしを、快適に体験できる施設として昨年、オープンしたばかりです。

ものづくりの町・高岡がはじまった町

宿があるのは富山県高岡市金屋町。

全国の生産量の9割以上をしめる高岡の銅器づくりは、この金屋町が発祥です。

近くにある銅像
近くにある銅像

江戸時代からの繁栄を物語る500メートルもの石畳の道と格子造りの古い家並みは、数々の映画やテレビの舞台にもなってきました。

最近お店も増え、そぞろ歩きも楽しめる
最近お店も増え、そぞろ歩きも楽しめる

町の暮らしを体験してもらおうと、町の人たちが中心となって地域の空き家を活用して生まれたのが、さまのこハウスです。

さまのことは、千本格子の意味
さまのことは、千本格子の意味
手前には小さな公園があり、落ち着いた雰囲気
手前には小さな公園があり、落ち着いた雰囲気

どちらを選ぶ?新旧・和洋選べる過ごし方

移住体験ゲストハウスというコンセプトから、建物の中は昔の趣を残しながら快適に過ごせる工夫がこらされています。

もともと一般の民家だったという手前の母屋棟は和室が2部屋。ギャラリーとしての利用も可能だそう
もともと一般の民家だったという手前の母屋棟は和室が2部屋。ギャラリーとしての利用も可能だそう
母屋と新築棟をつなぐ中庭。夏はここでバーベキューもできるそう
母屋と新築棟をつなぐ中庭。夏はここでバーベキューもできるそう
新築棟のリビング。母屋と対照的に現代的な空間
新築棟のリビング。新築棟は母屋と対照的に現代的な空間
新築棟には1人用の洋室が2部屋ある
新築棟には1人用の洋室が2部屋ある
デザイナーズホテルのような浴室
デザイナーズホテルのような浴室
古いもの、新しいもの、和洋が入り混じる
古いもの、新しいもの、和洋が入り混じる

ゲストが自分で食事をつくれるようキッチンも充実。新築棟にはお子さん向けにおもちゃコーナーもあったりと、過ごしていると本当に「宿」というよりは「家」にいるような感覚を覚えます。

広々としたダイニングキッチン
広々としたダイニングキッチン
母屋棟は昔の意匠も見どころ
母屋棟は昔の意匠も見どころ
ほどよく外の気配を感じるすりガラス
ほどよく外の気配を感じるすりガラス
吊られている風鈴は高岡銅器製。地元のものづくりが風景に溶け込んでいる
吊られている風鈴は高岡銅器製。地元のものづくりが風景に溶け込んでいる

料金は部屋によってひとり一泊6500円〜7000円 (素泊まり/税別) 。ひとり旅にも便利ですが、もうひとつ嬉しいのが一棟貸し利用もできること。

家族で、あのメンバーで。季節を変えて。色々な絵が思い浮かびました。

高岡さまのこハウス
高岡さまのこハウス

ふらっと一人で来て泊まっても、大勢でわいわい貸し切っても。高岡の風景と一緒に、よい旅の思い出になりそうです。

<取材協力>
さまのこハウス
富山県高岡市金屋町3-10
0766-75-8128
https://www.facebook.com/samanokohouse/

文:尾島可奈子