函館・地元民でも知る人ぞ知る、仲良し姉妹の食事処

こんにちは。さんち編集部の山口綾子です。
旅に出かけたら、何をいちばん優先しますか?やっぱり「食」と答える方が多いのではないでしょうか。でも、ガイドブックに大きく載っているお店だけでは物足りない。ましてや、晩酌は観光客の少ないお店でゆっくりしたい‥‥今日はそんなわがままな方にぴったりの、函館は弁天町の超・穴場居酒屋「大黒亭」をご紹介します。

私たち、不叶姉妹?

地元の美味しい店に行きたいなら、地元の人に聞くのがいちばん!先日、peeps hakodate 編集長であり、生粋の函館っ子である吉田智士さんに「晩酌を楽しむなら?」と教えていただいたお店がこの「大黒亭」。ここ函館市弁天町は、観光客はもちろん、函館市民の中でも一部の人しか訪れない穴場スポットで、酒飲みの間では有名な“酒場ライター”吉田類さんも訪れたとか。期待は高まります!

お店に入ると、カウンターで晩酌や夕食を楽しむお客さんが4人ほど。壁には写真やイラスト、手作りの小物などが並びます。

女将の啓子さんの似顔絵や、海上自衛隊のお客さまがくれたという貴重な記念プレート
女将の啓子さんの似顔絵や、海上自衛隊のお客さまがくれたという貴重な記念プレート

奥の座敷に通していただいて注文‥‥と思いきや、メニューがたくさんで目移りしてしまうほど。なんと80種類ものメニューがあるのだそう!

達筆な筆文字は全て女将の手書き
達筆な筆文字は全て女将の手書き

定食から一品料理まで、イカ刺、サンマ刺、つぶ刺、ルイベ刺、真ダラのアラ汁、レバニラ、ゴーヤチャンプルー、ジャンボ茶碗蒸し、なすみそチーズ焼…、、などなどなど。あれもこれもと欲張る気持ちを抑えて、おすすめを注文します。

つぶ刺
つぶ刺
サンマのなめろう
サンマのなめろう
Lサイズの卵1パックを使う食べ応えたっぷりの厚焼き玉子
Lサイズの卵1パックを使う食べ応えたっぷりの厚焼き玉子

数多の料理を手がける料理上手な女将の高井啓子さんと、ホール係のみーちゃんこと、三谷美恵子さん。みーちゃんは女将の実の妹さんで、お店は姉妹で切り盛りされています。お料理はどれも新鮮で美味しく、お酒がすすんでしまうものばかり。「私たち、不叶姉妹なの!」鈴の鳴るような声で朗らかに笑うおふたりの掛け合いも、酒の肴として外せません!

peeps hakodate vol.11愛すべき函館の女-ひと-特集で取り上げられたときのもの
peeps hakodate vol.11愛すべき函館の女-ひと-特集で取り上げられたときのもの

お店を始めたきっかけは?と聞いてみると、「お料理が好きだったのと、たまたまこの土地が空いていたのよ」とあっけらかんと答える啓子さん。何かのきっかけが?と掘り下げると、「そもそも私、お酒飲めないんです」と驚きの答えが返ってきました。お酒を飲まれないのに、このおつまみラインナップは恐るべしです。
お店のとなり小路では、ペンションも経営されています。海外からのお客さまが来られることもあるとか。

ペンションの案内も女将の手書きです。とってもリーズブル!
ペンションの案内も女将の手書きです。とってもリーズブル!

地元の人でも知る人ぞ知る穴場スポット‥‥ということで、少し緊張してお店におじゃましたのは全くの杞憂でした。姉妹の笑顔と料理で、旅の晩酌を。

こちらでいただけます

ペンションと居酒屋の大黒亭
函館市弁天町13-3
0138-23-0349
18:00~23:00
毎週日曜日定休

文:山口綾子
写真:菅井俊之

函館の人に会いたくなる雑誌、peeps hakodate

こんにちは、さんち編集部の山口綾子です。
旅をするなら、よい旅にしたい。じゃあ、よい旅をするコツってなんだろう。
答えのひとつが、地元の人に案内してもらうこと。観光のために用意された場所ではなくて、その土地の中で愛されている場所を訪れること。
そんな旅がしてみたくて、全国各地から地元愛をもって発信されているローカルマガジンたちを探すことにしました。

第6回目は、2013年に創刊された函館の情報誌 “peeps hakodate(ピープスハコダテ)” をご紹介します。
今回は特別編として、意外な創刊秘話からこれからの函館のことまで、編集長の吉田智士さんにたっぷりとお話を伺うことができました!

空想の企画書

今日は、“peeps hakodate”に大きく関わる場所でもある函館 蔦屋書店で吉田さんにお話を伺います。

函館 蔦屋書店
函館 蔦屋書店

———吉田さん、どうやって“peeps hakodate”は生まれたのでしょうか。

僕は地元である函館の情報誌の共同経営者兼、編集長を16年半くらいやっていたのですが、地方雑誌の業界にちょっと疲れていたこともあり、2012年に一度辞めたんです。そのあと、2013年に函館 蔦屋書店の立ち上げの話があって、そこにいる知り合いのスタッフから声を掛けられました。

編集長の吉田智士さん
編集長の吉田智士さん

スタッフ内で「自社で地域情報誌みたいなものが出せたらいいね」と話していたそうですが、そこで僕の名前が出たらしいんです。
何かあったら連絡をください、とは言ったものの、どうせ連絡はこないと思っていたら、ある日本当に連絡がありまして。
「函館 蔦屋書店の梅谷社長が吉田さんに会いたいとおっしゃっている」と。でも雑誌を作る気はもうないし、言い方は悪いですが、どうせ店のPR誌でも作るんだろうと思っていて。そしたら、「やるやらない別で、吉田さんが自分の好きなようにやれるならどういう雑誌を作りたいか、お金のことは気にせずに空想の企画書を作ってきてくれませんか」と社長に言われて。その時点でもまだやる気はなかったんですが、そのときに作った企画書が、実は今の“peeps hakodate”の骨格になっているんです。

男同士の約束?!

その企画書を社長がいいねと言ってくれましたが、「運営会社でも広告のない情報誌を作るなんて前例がないけど、俺は通す気でいるから吉田さんはそれまでどこにも就職しないで踏ん張っててくれ」と。無茶苦茶なことを言うなあと思いましたが(笑)企画書が通るまでの4か月は、本当にたいへんでした。長かったですね。

生活はしなくちゃいけないので、フリーライターをやったり、GLAYのライブ開催中の関連イベントをやってくれと頼まれたり。それもやります!と言って食いつないでいました。
でも、自分がやりたいようにやれる情報誌を地方でできるなんて本当に奇跡みたいなことなんですよ。「広告は二の次じゃないとやりません」と僕が言ったので、函館 蔦屋書店に金銭的なメリットはない、じゃあ何のためにやるの?って社長はさんざん言われたと思うんです。詳しいことは聞いていませんが、多分いろいろな裏技を使って通してもらったんだと思います。そこまでやられたら裏切れないですよね。僕がやらなかったら罰が当たる、と思いました。

peepssyusei

男同士の熱い?!約束によって産声をあげた“peeps hakodate”。
今は吉田さん(ディレクター・ライター・撮影・デザイナー)を含む8名のスタッフで作られているそうです。
具体的にどのように作られているのか、雑誌の裏テーマまで教えていただきました。

絶対に捨てられない無料情報誌

———そもそものターゲットは函館在住の方でしたか?それとも函館在住以外の方向けに作られているのでしょうか。

函館に住んでいて、生活が長い人が読んで楽しめるものとして作ってきました。ネタ自体が観光客に配慮したものではないんですよ。お店がいっぱい載ってるとか、丁寧な地図が載っているわけではない。でも函館に学生時代までいたっていう人が意外に多くて。今は東京にいるとか、そういう人が欲しがられるみたいです。通信販売で買われるのは9割が函館以外の方ですね。

———「お一人様一冊まで」の注意書きがあるほどの人気ですよね。本当に商業誌と変わらないクオリティで、見つけたら必ず持って帰りたくなると思います。

こういう雑誌にしようという裏テーマがあるんです。絶対捨てさせない、手に取ったらすぐにバッグにいれてもらう、丸められたくない。家に持って帰ったら処分されないものを目指すという裏テーマがあって。そこはかなり、ずっと頭に入れながらやってますね。実は時事ネタとかは少なくて、時間が経ってもあまり劣化しないようなネタをなるべく取り扱っています。

函館 蔦屋書店のカウンター。「peepsからのお願い。お持ち帰りはお一人様一冊で。」の案内が
函館 蔦屋書店のカウンター。「peepsからのお願い。お持ち帰りはお一人様一冊で。」の案内が

———ずっと本棚に置いておきたい気持ちが分かります。函館の読者の反響はどのようなものでしたか?

喜びの声があったのは、60~80代の方からでした。自分たちがイメージしていた年代を越えていましたね。先ほど、通販の話をしましたが、8~9割は道外からの注文で、残りの1割に関してはほとんどが函館の60~70代の方からの注文なんです。
今、観光の人気調査をすると函館は「魅力のある街」とか、ブランド力がある、とか言われてますけど、暮らしている人間からすると、ネガティブな問題もいっぱいある。若い世代は函館の良さと悪さ、両方知ってるんですね。実際生きていくのにはたいへんな街だから、イメージとして先にネガティブなことが来ちゃう。
でも60代から上の人たちは本当にキラキラしていた時代の函館を知ってて、札幌には負けないという自負やプライドがある。確かに意識的に懐かしさを取り入れてはいますが、その時代のネタが結構入っているので喜んでいただいてるのかなと。

vol.31/2016年6月号「函館の人といきもの、その関係」
vol.31/2016年6月号「函館の人といきもの、その関係」

———これだけ人気があると、電子書籍化やWEB掲載の話も来るのでは?

話は来ますね、でもしません。偏屈かもしれないけど、あんまり簡単に見られるようにはしたくないんです。会社も蔦屋書店も、“peeps hakodate”で商売をしようとしていないですね。この雑誌のノリが、デジタルと相性が悪い気がするんです。やっぱり紙で見せたいですね。

———それは、読まれる方の年代も意識されてのことでしょうか?

僕がそうなんです。本は「紙をめくって読むもの」という意識があるんですよね。WEBだと流れてしまう。取材に掛けた時間の分、目に止まっているか波及しているかというと手応えがないんですよ。やっぱり手応えは欲しいじゃないですか。だからそっちに気持ちがいかないんです。
簡単に電子書籍化しないのは、計算してるんでしょ?って言われるんですけど、飢餓感を煽るとかそんなことはなくて、僕のワガママを通しているだけです。もし僕が第三者でこの雑誌を見たら、ものすごい嫉妬すると思います。広告費も考えなくていい、自分のワガママを通すことができる。それくらいありがたい、おかしな話なんです。

デザインのゼロ地点 第2回:はさみ

こんにちは。THEの米津雄介と申します。
THE(ザ)は漆のお椀から電動自転車まで、あらゆる分野の商品を開発するものづくりの会社です。例えば、THE JEANSといえば多くの人がLevi’s 501を連想するような、「これこそは」と呼べる世の中のスタンダード。
THE〇〇=これぞ〇〇、といったそのジャンルのど真ん中に位置する製品を探求しています。

「デザインのゼロ地点」と題するこの連載の2回目のお題は「はさみ」。
はさみの歴史は実は非常に長く、現状見つかっている1番古いもので紀元前1000年頃のエジプトのものなんだそうです。
この頃は握り鋏といって今でいう糸切り鋏のような形状のものだったようですが、現在一般的になっている2枚の刃を組み合わせたX型のものもローマ時代にすでに発明されていたと言われています。
つまり約2000年前から存在していた道具になります。驚くべきは2000年前と現在の姿を比べても構造や形状がほとんど変わっていないこと。
所作がシンプルで、モノの進化の歴史の中でもかなり早い段階で究極の形になったと言えるかもしれません。

紀元前1000年頃のエジプトのはさみ
紀元前1000年頃のエジプトのはさみ

そして、一口にはさみと言っても、洋裁・理容・園芸・料理・医療・工具…と色々な種類があり、それぞれの種類の中でも用途別に細かく最適化されています。今回は日常生活で最も馴染みが深い事務用はさみ、つまり文房具のはさみを題材に探ってみようと思います。

 

2枚の刃を組み合わせて作るはさみは文房具の中でも特殊な存在で、コンビニや量販店に並んでいるはさみも、切れ味の肝になるカシメ(中央の2枚の刃を留めている部分)の組み立てや刃の調整など最終的な仕上げのほとんどが手作業で、人の繊細な感覚に頼って作られています。

例えば、刃物の産地である岐阜県関市のメーカー・林刃物のALLEXシリーズや、PLUSの165TRシリーズ。
昔から広く流通しているので見たことがある人も多いのではないでしょうか。一見シンプルなはさみですが、拝み曲げ・板すき・裏すき(樋底)、といった古来からのはさみの加工技術が詰まった製品たちです。

 

林刃物「ALLEX」1973年発売
林刃物「ALLEX」1973年発売
PLUS「165TR」1989発売
PLUS「165TR」1989発売

「拝み曲げ」とは、刃の根元から先端にかけて2枚の刃が寄り添うようにお互いの方向に緩やかに曲げられている加工のこと。これによって2枚の刃が点で接触しスムーズにモノが切れるようになります。曲げた刃の弾力によって点接触を生むため、機械で曲げた刃をただ組み合わせてもなかなか最適な感触になりません。その為、手作業が主になります。
「板すき」は刃の根元から先端に向かってだんだんと厚みが薄くなっていく加工で、最もモノが切りにくいと言われる刃の先端でも良く切れるようにと考えられた技術です。
そして「裏すき(樋底)」は刃の裏側を円弧状に研磨する技術で、(僕は個人的にこの加工が1番好き!)拝み曲げとの複合によって刃と刃の点接触を促し、布やビニールなどの柔らかく切りにくいものを切りやすくする効果があります。

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また、国内ではあまり見かけませんが、DOVOというドイツ・ゾーリンゲン地方のはさみも定番の形に程近い素晴らしいはさみです。こちらも前述のALLEXと同じ3つの加工をしていますが、「鍛造」と呼ばれる金属を叩いて加工する技術で大まかな形を作っている為、板を加工して作るはさみと比べると更に精度の高いものになっています。ドイツは医療器具としての製造も盛んで、より精度の高い鍛造加工が可能なのだと思います。もちろん価格もその分少し高めです。

ドイツ「DOVO」発売年不明(出典:NOFF NORTICASA)
ドイツ「DOVO」発売年不明(出典:NOFF NORTICASA)

持ち手の形状はどうでしょうか?
オレンジがコーポレートカラーのFISKARSというフィンランドのメーカーのはさみ。今はもうこの形は見かけなくなってしまったのですが、親指と中指(又は人差し指)が入る角度が絶妙で、うまく左右対称(反転?)に設計されています。少しマニアックな話をすると、金型というプラスチックを成型するための型の設計も左右同じ設計になっていて、型を作るための費用のことも含めて効率良く考えられています。ただこちらは前述の「板すき」や「裏すき」といった加工はされていません。

フィンランド「FISKARS」(出典:STYLE STORE)
フィンランド「FISKARS」(出典:STYLE STORE)

同じように「板すき」や「裏すき」といった加工はされていませんが、安価で性能の良いはさみとしてはPLUSのフィットカットカーブ。こちらは刃の根元から先端までをカーブさせることで、切る対象物をしっかりつかんで軽い力で切ることができるというはさみです。構造としては地味な変化ですが切れ味の効果は抜群です。持ち手も柔らかいエラストマー樹脂と硬いABS樹脂を組み合わせながらシンプルに作られていて、よく見ると裏表で形状が違い、親指と中指が入る角度も計算されて作られています。

PLUS「フィットカットカーブ」
PLUS「フィットカットカーブ」

冒頭で「はさみは約2000年前から構造がほとんど変わっていない」と書いてしまいましたが、持ち手の作り方や切れ味といった面では細かい進化を何度も繰り返してきていました。
ある日突然モノの形状がガラッと変わるような全く新しい進化も素晴らしいですが、昔から積み上げてきた技術の智慧や手間のかかる加工を少しでも効率良く変えていくような地味な進化もモノづくりの本質と言えます。
はさみにおけるデザインのゼロ地点の発見は、歴史の中で研鑽されてきた技術を切り捨ててしまうのではなく、無理のない生産体制で如何にして実現するのか、といったことを地道に考えることが近道なのかもしれません。

最後に一つだけ付け加えるとしたら、「長持ちすること」。
文房具のはさみは高級なものが無く、ほとんどが安く購入できてしまいます。その割に捨てるとなるとすごくためらいや面倒さを感じてしまう道具で、小学生の頃使っていた名前入りのはさみが今でも家に残っている人は多いのではないでしょうか。つまり、ダメになってもみんなあんまり捨てないのです。

その上、実はメンテナンスがものすごく難しい。刃の切れ味も大切ですがそれ以上に2枚の刃の組み合わせ(噛み合わせ?)が大切な為、なかなか個人でメンテナンスできるものではありません。
これらを解決して長く使える製品や仕組みが出来たら、2000年以上に及ぶはさみの歴史がまた一歩進むのかもしれません。

はさみのデザインのゼロ地点、如何でしたでしょうか?
次回もまた身近な製品を題材にゼロ地点を探ってみたいと思います。
それではまた来月、よろしくお願い致します。

<写真・イラスト提供>
林刃物株式会社
プラス株式会社
株式会社無印
(掲載順)

米津雄介
プロダクトマネージャー / 経営者
THE株式会社 代表取締役
http://the-web.co.jp
大学卒業後、プラス株式会社にて文房具の商品開発とマーケティングに従事。
2012年にプロダクトマネージャーとしてTHEに参画し、全国のメーカーを回りながら、商品開発・流通施策・生産管理・品質管理などプロダクトマネジメント全般と事業計画を担当。
2015年3月に代表取締役社長に就任。共著に「デザインの誤解」(祥伝社)。


文:米津雄介

炊事、洗濯、掃除、工芸。「姫野作の雪平鍋」

こんにちは。中川政七商店のバイヤーの細萱です。
新連載で、「炊事・洗濯・掃除」に使う家事道具を紹介していきます。手持ちの家事道具を見まわすと、ここにも工芸が多いことに改めて気付きました。例えば、すり鉢。すり潰すための現代の道具だと、フードプロセッサーも便利ですし使いますが、それと同時にすり鉢も良いと思うのです。胡麻を摺る時の香りや、摺れて行く様子、すり鉢の佇まいが好きです。どちらかと言えば佇まいで選ぶことも多い家事道具ですが、やはり機能も無視出来ません。働き者の家事の工芸を、時期に合わせてご紹介いたします。

今月は、「姫野作の雪平鍋」。行平鍋とも言い、由来は諸説ありますが人の名前や、粥を炊くと米が雪のように見えることから付いた名前のようです。陶器製もありますが、アルミ製の小型片手鍋は大概のお家にある気がします。熱伝導がよく軽いので、お味噌汁やゆで卵、ちょっと野菜を茹でるなど何かと出番が多い鍋です。姫野作とは、大阪八尾にて3代続く打ち出し鍋工房の姫野寿一さんが作る鍋ブランド。鍋の模様にも見える槌目(つちめ)は、金属を強く丈夫にするために、金槌で叩き締めた跡です。元々は柔らかいアルミが全体打ち終わると非常に硬く変化しています。姫野作のもうひとつの特徴は、板厚が3ミリと厚いこと。その分、薄めの鍋よりは重量がありますが、アルミなので気になるほどではありません。厚みがあると、保温性にも優れ、煮物にもやさしく火が回ります。プレスの廉価版も多い雪平鍋の中では比較的高価ですが、耐久性と使い勝手は群を抜きます。職人技術ならではの、揃った槌目にも惚れ惚れ‥‥。

3月は新生活が始まる時期でもあり、まず手始めに持つ鍋としても雪平鍋はおすすめです。ひとり用なら16センチ、パスタやうどんを茹でるには20センチくらいが使いやすい目安です。姫野作の雪平鍋は一見贅沢なようですが、気付いたら毎日に欠かせない道具となるのではないでしょうか。

<掲載商品>
姫野作の雪平鍋

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

文・写真:細萱久美

愛しの純喫茶 ~函館湯川町編~ コーヒールームきくち

こんにちは。さんち編集部の山口綾子です。
旅の途中でちょっと一息つきたい時、みなさんはどこに行きますか?私が選ぶのは、どんな地方にも必ずある老舗の喫茶店。お店の中だけ時間が止まったようなレトロな店内に、煙草がもくもく。懐かしのメニューと味のある店主が迎えてくれる純喫茶は密かな旅の楽しみです。旅の途中で訪れた、思わず愛おしくなってしまう純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。第4回目は、1981年創業の老舗コーヒー店、函館市湯川町の「コーヒールームきくち」です。

鮮やかな黄色いタイル
鮮やかな黄色いタイル

遠くからでも目立つ黄色い外壁に、ピンクとブルーのカラフルなソフトクリームの看板(写真は2017年1月当時のもの。今は茶色の看板になっているそうです)も目を引きます。北海道テレビの人気番組「水曜どうでしょう」のロケ地として2001年に放送されてから、さらに名前が広まり、全国からお客さんがやってくるとか。

中はカウンターと広々とした赤いベロアのソファー席。外とは対照的な落ち着いた大人の雰囲気が漂います。おしゃべりに花を咲かせている地元の奥様方が2組ほど。長年、ほぼ毎日来られるという常連さんもいらっしゃるそうです。

ぶどうが描かれたステンドグラス。夜は灯りがともってさらに良い雰囲気に
ぶどうが描かれたステンドグラス。夜は灯りがともってさらに良い雰囲気に

早速、ソフトクリームとコーヒーを注文。バニラ、モカ、ミックスの3種類から選べます。コーヒールームということで、ここはおすすめのモカソフトを注文。

取材時は雪がちらつく1月、マイナス5℃。名物は外せないと思いソフトクリームを注文したものの、少し寒くなるかなあと心配していた私。かたや外の駐車場では、ソフトクリームを買い求める地元の若者の姿が。テイクアウトは店内でいただくよりも少しリーズナブルだそうで、バニラソフトとモカソフトを1人で食べる強者も!さすがです。地元の方々の寒さへの強さをしみじみ感じていると、お待ちかねのソフトクリームがやって来ました。

見目麗しいソフトクリームです
見目麗しいソフトクリームです

薄い茶色のソフトクリームを一口いただきます。想像していなかったシャリっというジェラートのような舌ざわり。美味しい……!ほろ苦いコーヒーの味がちょうど良く、甘すぎない大人の味。
寒さを気にしていたくせに、ソフトクリームはあっという間に半分になっていたのでした。ああ、美味しかった。
このさっぱり感だと夏は当然のこと、冬でも食べたくなるのがわかります。

メニューには喫茶店定番のナポリタンやカレーライス、エビピラフなどの食事も並びます。
函館空港の近くということもあり、飛行機の時間を待つために立ち寄る人も多いとか。

懐かしさがあふれるナポリタン
懐かしさがあふれるナポリタン

隣を見ると、地元の奥様たちもみんなモカソフトを注文されていました。
老若男女に愛されるソフトクリーム、函館の美味しいものは海産物だけではありませんでした。

コーヒールームきくち
函館市湯川町3-13-19
0138-59-3495

文:山口綾子
写真:菅井俊之

二〇一七 卯月の豆知識

こんにちは。中川政七商店のバイヤーの細萱久美です。
連載「日本の暮らしの豆知識」の4月は旧暦で卯月のお話です。私事ですが4月は自分の誕生月で、小さい頃は学年の中で早く誕生日を迎えることをなぜかポジティブに捉えていましたが、現在は年が明けるとすぐに誕生日がやってくる気がして、どちらかと言えばネガティブになってしまいますが、せめて坦々と迎えられるようになりたいものです。
話が逸れましたが、卯月の由来は、「卯の花の咲く月」という意味が有力とされています。卯の花は、空木(ウツギ)という白い小さな花を咲かせる植物の別名です。見た目から、豆腐のおからの煮物を「卯の花」といいますが、美しい日本語の言い換えですね。

うららかな気候に心躍ることも多い4月は、新年度の始まりでもあります。ちなみに4月が新年度という習慣は、日本独特のようで、多くの世界基準に合わせると9月が新年度なのだとか。明治政府が会計年度を4月始まりにしたのですが、日本経済が稲作中心だったので、農家がお米を現金に換えて納税するには4月が都合良かったそうです。それに合わせて昭和には、学校年度もほぼ4月で統一されました。
戦後、民間企業も4月から新年度となって、世のほとんどのサイクルが揃いました。当たりまえのことに思っていましたが、ここまで連動している国も実は少ないのだそう。入学式や入社式の時期は、桜がセットで連想される日本では、新年度はやはり4月がしっくりきますね。

新たな年度のスタートで、出会いと別れの機会も多い時期。入学、入社、転勤、異動など、特に社会人になるとご挨拶の機会も増えるのではないでしょうか。挨拶時に、ちょっとしたモノをお渡しすると、覚えてもらいやすかったり、話のきっかけにもなるので、人付き合いの円滑油としても役立ちます。相手に気を遣わせない程度のモノとして、私は「ふきん」を常備しています。
自社商品の蚊帳生地のふきんですが、客観的に見てもご挨拶の品には最適なアイテムの一つだと思います。いつ何時でもお渡しできるように常備しておくには食品は難しいし、誰でも使うもので、且つもらって気を遣わない価格帯となると選択肢は案外少ないものです。蚊帳生地のふきんは、軽くて嵩張らないので、多数の方にお配りしたい時の持ち歩きにも困りません。中川政七商店のふきん類は季節や地域、キャラクターモチーフなど柄も豊富なので、相手に合わせて柄を選ぶことも出来ます。

goaisatsu

私は春の挨拶というより、普段久しぶりに会う友人などに差し上げるケースが多いので、お気に入りの柄物をチョイスしていますが、ちょっとした挨拶目的の場合は、その名も「ごあいさつふきん」を使います。パッケージに挨拶が書いてあるのでそのままでも良いのですが、スペースに一言書き添えると気持ちがより伝わるかもしれません。

蚊帳生地のふきんはだいぶ知られるようになりましたが、奈良特産の蚊帳生地を使って作られています。目の粗い生地を数枚重ねてあり、吸水・速乾に優れ、ふきんにはもってこいの生地なのです。かつて蚊帳として活躍していた生地が用途を変え、ふきんとして現代に活かされているという、うまく変化を遂げた産業の一例です。変わらずに使われるモノも良し、変えることで生き残るのもまた良しだと思います。

春の新生活に、きりっとおろしたてのふきんは気持ちが良いもの。綿や麻の天然繊維は、使い込んでもやさしい風合いが続くので、最後は雑巾として使いきりたい卯月の暮らしの道具です。

<掲載商品>
中川政七商店 ふきん
ごあいさつふきん

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

文・写真:細萱久美