わたしの一皿 実りの秋に実らぬ土地もある

心がおどる食材がある。世の中にあまたあるんだけど、これはもう見た目そのものからおどっているようだからすごいと思う。秋の大定番、「栗」です。

いがぐりに囲まれたあの姿を想像するだけで、なんか気分が上がる。楽しくなる。まだ若い緑色の時も良いし、茶色になって落っこちて割れても良い。割れて出て来てもこれまたかわいらしい。

栗の実のあの形、パーフェクトでしょう。天地が創造した究極の形と言ってもよいのでは。可愛らしさ以外何もない。なんなんでしょうね。

興奮しすぎましたね、みんげい おくむらの奥村です。どうぞ今月も最後までお付き合いください。こどもの頃から、栗が落ちてたらワクワクしたもんだなぁ。さわったり、踏んづけたり、とにかく放っておけないやつ。わかるでしょう。

栗の時期になると、ここのところ思い出す話。沖縄で、ある陶工と話をしていて、ふと「内地 (本州) で栗を見たときにさ、感動したんだよね」と言われたことがある。

そう、沖縄ではあたたかすぎて、ふつう栗は実をつけないのだ。なんとまあ。我らが日本、面積は広くはないけど、文化は実に広いですね。僕は沖縄で栗が実らないのは知らなかった。秋になればそこらに栗が落ちている、という僕の常識は沖縄では常識ではない。

そんなわけで、今日はあえて沖縄のうつわを使おうと決めた。栗を思う時、どうしてもこの話が忘れられないから。

料理は定番の栗ごはん。ここのところはよく外に出かけていて、北関東、東北、九州、どこに行ってもまるまるした栗を見かけた。本当にうれしい季節。栗やイモやかぼちゃや、ほくほくする食材の時期になってきました。

栗ごはんは、いつものように土鍋炊き。栗、米、塩、酒。以上。今日は遊び心で塩も沖縄、八重山のもの。この塩がするどい塩気とたっぷりなミネラル感。栗ごはんの風味が増すのです。

土鍋だから、少しコゲをつけて炊き上げる。コゲのついたごはんを炊き上がりに混ぜると、コゲで色が少し茶色っぽくなってしまうけど、それはそれでよいと思っている。炊き上がりの色がにごらない方がよいと思う方はコゲを作らないように。

沖縄のやきものの工房にいくと、こうやって大きめのお皿におにぎりやおやつがドンと盛られて出てくることがあって、その景色がとても気に入っている。

栗ごはんは冷めても美味しいから、今日はおにぎりに。こんなのもよいでしょう。沖縄の中部、恩納村の照屋窯のうつわを用意しました。いわゆる「やちむん」だ。

沖縄の方言でやきもののことをやちむんと呼ぶ。沖縄らしい唐草の模様なのだけど、青がおだやかで、どんな料理にもなじみがよく、とても気に入っている。

ところでこの沖縄のお皿、深さがあってなかなか独特な形だと思いませんか。見慣れぬ人なら、鉢のように見えなくもない。沖縄では登り窯でたくさんのうつわを焼くためにたくさんの工夫がある。そのうちの一つがこの独特の形。

窯を焚く際に、もし真っ平らなものを焼いたら、平らどころかフチが下がってしまう。だからフチをあらかじめ高くして、熱でへたらないように。ということ。

そうそう、一つ告白しよう。今年はある写真家さんとフルーツパーラーで打ち合わせを重ねていて、先日は新宿の某フルーツパーラーを訪ねた。

そこで迷ったんだけど栗のパフェではなく、いちぢくに浮気をしてしまった。もちろん美味しかったのだけど、隣席の人の栗のパフェがやっぱり美味しそうだった。ああ、この秋もう一度あそこを訪ねようか。

しかし男一人では少し心もとない。誰か、打ち合わせでも入れてくれませんか?

奥村 忍 おくむら しのぶ
世界中の民藝や手仕事の器やガラス、生活道具などのwebショップ
「みんげい おくむら」店主。月の2/3は産地へ出向き、作り手と向き合い、
選んだものを取り扱う。どこにでも行き、なんでも食べる。
お酒と音楽と本が大好物。

みんげい おくむら
http://www.mingei-okumura.com

文:奥村 忍
写真:山根 衣理

理想の店を開くための、移住。人気店「objects」店主が貫く“嘘のないお付き合い”

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

島根県松江市にある、器と生活道具の店「objects (オブジェクツ) 」。

居心地の良い雰囲気の店内には、生産量の少ない作家さんの器や、各地で厳選された生活雑貨が並びます。全国から器や工芸品好きの方々がわざわざ訪れるという人気のお店です。

その成り立ちが気になって、店主でありバイヤーでもある佐々木創 (ささき・はじめ)さんにこのお店ができるまでのお話を伺うことにしました。

歴史を感じる趣きを持ちつつ、どこかモダンな石造りの建物。中に入る前から心が踊ります
歴史を感じる趣きを持ちつつ、どこかモダンな石造りの建物。中に入る前から心が踊ります

佐々木さんが松江でobjectsをはじめたのは6年半前。奥さんの陽子さんと地元・埼玉から移り住み、松江でゼロからお店を作り上げてきました。実はこの移住、ご本人たちにとって思いがけない出来事だったそうです。

お話を伺って、私の「移住」に対するイメージが変わりました。

自分の中に見つけた「好きなこと」を仕事として育てていくこと。そして、その中で誰もが出会う壁。佐々木さん流の乗り越え方、捉え方のお話がとても興味深いものでした。

カウンターに腰掛けてお話を聞かせてくださった佐々木さん
カウンターに腰掛けてお話を聞かせてくださった佐々木さん

衝撃の出会い、大学中退、アルバイトで資金を貯める日々

佐々木さんは大学在学中に旅行で沖縄を訪れた時、金城 次郎(きんじょう・じろう 沖縄の陶芸家、沖縄初の人間国宝。2004年没) さんの陶芸作品に出会い「なんてかっこいいんだ!」と、圧倒されたそうです。

帰宅後、興奮冷めやらぬまま民芸や工芸品について調べ、「面白い世界が広がっている!」と夢中に。「民芸品や工芸品に携わる仕事がしたい」という思いをいだき、大学を中退してアルバイトで資金を貯めながら携わり方を模索し始めます。世にある素敵なものを見つけ出して、編集して紹介する仕事がしたい、と方向を固め、お店を開くことを目指し、奮闘する日々が始まります。

objects店内。現代の作り手の作品を中心に、陶器、ガラス、木工、織物といったさまざまな工芸品が並ぶ
objects店内。現代の作り手の作品を中心に、陶器、ガラス、木工、織物といったさまざまな工芸品が並ぶ

夢への第一歩はオンラインショップの開設

資金を貯める日々の中、親友に夢を打ち明けた佐々木さん。すると、『まずはホームページだけでやってみたら?』と、提案されました。

「今から10年以上前。経験を積むために就職先を探すにも、工芸を扱うお店は個人経営のところばかりで、そもそも求人が見つけられず、雇われて学べる機会自体がほぼない状態でした。たしかにオンラインショップはアリだなぁと思いました」

そこで、将来実店舗を持つことを踏まえてオンラインショップを開店します。

開店して知る、大変さ、喜び

——— 実際に始めてみて、いかがでしたか?

「実際にやってみて、よかったなと感じたのは、直接作り手とつながれたこと。就職していたらすぐには経験のできなかったことです。仕入れから全て自分の仕事で、売れない分も自分に跳ね返ってくるので、100パーセント自分ごとです。すごく大変ということもわかりましたが、やはりすごく好きで、この道で生きていきたいと改めて思いました」

愛知県の「瀬戸本業窯」の器
愛知県の「瀬戸本業窯」の器

いきなり突撃?!作家さんとの関係づくり

工芸品店で働いた経験のないまま、ツテもなく、ゼロからオンラインショップを始めた佐々木さん。今から10年以上前、当時はまだスマートフォンもなく、インターネット通販も今ほど充実していなかった時代。きっと苦労も多かったはず。どのように作家さんとつながり、販売をしていったのでしょう。

「もう、いきなり突撃!でしたね。初対面ではない場合でも、2〜3回訪れた程度、顔見知りになったくらいの方々に、『こういうお店を始めるので、取引してください!』と相談に行きました。

とにかく、その人の作品が好きという思いと、将来的には実店舗を構えてやりたいということを熱心に伝えました。ただそれだけです」

——— 熱いですね。

「本当にそれしかなかったですね。 (笑)

ネットでの販売に馴染みのない作家さんも多く、僕の話を聞いても何を言っているかよくわからないという方が多かったです。それでも、思いが通じて取引をして頂けたことはありがたかったですね」

岐阜のガラス工芸作家、安土忠久さんの作品。オンラインショップ開設当時からの付き合いの作家さんのお一人。最近になって「あなたがやりたいことがやっとわかってきた」と言ってくれたのだとか
岐阜のガラス工芸作家、安土忠久さんの作品。オンラインショップ開設当時からの付き合いの作家さんのお一人。最近になって「あなたがやりたいことがやっとわかってきた」と言ってくれたのだとか

「サイトは友人に作ってもらったのですが、どうしたら多くの人に見てもらえるかもわからないまま試行錯誤しました。商品を撮るために買ったカメラも最初は全然使い方がわからなくて、とにかく必死でしたね」

自信なんてない。でも、まずは‥‥

7年間のオンラインショップ運営を経て、実店舗の開店。お店を構えようと思える自信がついたり、実際に動き出すきっかけはあったのでしょうか。佐々木さんからは思いがけない言葉が飛び出します。

「ネットでお店をやってみて、ずっとこのまま安定してやれそうだという実感や自信を持つことはなかったです。原価率など考えると、なかなか儲からない仕事だと、よくわかったというのが正直なところでした。お店は安定して経営し続けられていましたが、来年もこのまま安定かどうかなんてわからない。いつでも傾くこともありえる。『よしやれる!』と手放しで思ったことは未だにありませんね」

——— ‥‥やれる自信がないままお店を構えるというのは、とても勇気がいる事に感じます。どういった経緯で実店舗に踏み出したのですか?

「僕は『やってみないと気が済まない』タイプだったからかも。まずは1回夢を叶えてみようと。それから、この物件に巡り会えたことが大きかったなと思っています」

日没直後のお店の外観。空も川も美しいブルーで目を奪われました
日没直後のお店の外観。空も川も美しいブルーで目を奪われました

「この場所に呼ばれた」そうとしか思えない

——— 巡り会えた経緯を伺えますか?

「元々は、地元の埼玉で物件探しをしていました。でも、なかなか良いものに出会えなかった。物件の数はあるのですが、『この場所でやりたい!この建物が良い!』というものがなかったんです。開店するのにお金もかかるし、暗礁に乗り上げてしまいました。

そんな時に、ふと、以前訪れたことのあった、この建物を思い出したんです。遠く離れた場所だったので、リアリティはなかったのですが、かっこいい建物があったな、と。

その時は本当に思い浮かんだだけだったのですが、ダメ元で思い切って持ち主に聞いてみました。すると、すんなりと『良いよ』という返事がもらえた。その上、近くにあった祖母のものだった家に住んで良いという思いがけない状況も加わりました。それで、現実的なコストのことなども考えて、もうここでやるしかないでしょう、と」

佐々木さんの姿

——— まさに運命!そこがアクセルを踏むタイミングだったんですね。

「そうですね。埼玉で物件がなくて、ここもダメだったら、今どうなっていたかわかりません。物件を検討していた頃には、徐々に工芸品を扱うお店も増え始めていたので、どこかに就職していたかもしれません。自分ではもしかしたらやらなかったかも、なんて思います。

何かに『呼ばれた』と言いますか、自分で探して巡り会えたのではなく、導かれたというか、そんな風に思っています」

店内で使われているガラスの照明。岐阜のガラス作家 安土草多 (やすだ・そうた)さんの作品。販売もされていました

「焦っても仕方がない」、地道な発信が少しずつ実を結ぶ

念願の実店舗。しかし、決して幸先のいいスタートと言えるものではなかったそうです。知らない土地での新しいチャレンジ、不安も多い中でどのような心持ちで乗り越えられたのでしょうか。

「元々、焦っても仕方がないという思いがありました。こういうお店をよそ者が始めた場合、すぐに定着するわけがないと思うので。かといって、旅行雑誌に載せたり広告を出すようなことはしたくないという意地もあって、こういうものが好きで、来たいと思う人に来てもらえたらいいと、ただそれだけでやっていました」

——— 焦らずやっていく中で、じわじわ知られていくきっかけ、足がかりになったことは何だったのしょう?

「なんだろう‥‥。陽子さん、なにか思い当たる?」

すると、声をかけられた陽子さんからは、こんなお答えがありました。

「私はブログだと思います。毎日コツコツと更新して発信し続けていたから。作家さんが百貨店の方から『松江のブログ見ましたよ』と言われたり、何かを検索していたらうちのブログを見つけたというお客様がいらっしゃったり。画像検索をしても、自分たちが撮った写真が出て来たりするので、積み重ねが身を結んだのではないかと感じます」

佐々木さんと夫婦二人三脚でお店を切り盛りする陽子さん
佐々木さんと夫婦二人三脚でお店を切り盛りする陽子さん

——— 打ち上げ花火的に広告を打つのではなく、日々の地道な発信がカギだったのですね。

「そうですね。あとは、最初の1年は、イベントも何もしなかったのですが、1周年記念の企画以降、作家さんの個展や企画展をするようになりました。そうするとDMを作ってお客様に配ったり、飲食店などにDMを置いてもらえるように相談したり。そういうことを通して、少しずつ広がっていくところもありました。ごく当たり前のことではあるのですが」

ラオスで村の人々と布作りをしている谷由起子さんの仕事。谷由起子さん率いるHPEの作品展も店内で行われた
ラオスで村の人々と布作りをしている谷由起子さんの仕事。谷由起子さん率いるHPEの作品展も店内で行われた

「作家さん、作品の魅力をとにかく伝えたい」

——— ブログやSNSでの佐々木さんの発信を拝見していると、自分のお店のアピールではなくて、素敵なものや作家さんを紹介したいという気持ちが伝わって来ます。そこが読んでいて気持ちよくて、共感したり興味を持ったりするきっかけになっているように感じました。

「とにかくものが好きで、『これいいじゃん!』ということだけを言いたいんです。僕のことはどうでもよくて、作家さんやものの魅力を広く伝えたい、その思いが表れているのだとしたら嬉しいです」

佐々木さんが「ショップカードの番人」と呼ぶ動物作品の展示スペース。写真に登場したのは土人形の猫親子。売れると次なる番人が配置される。インスタグラムでその時々の番人が可愛らしく紹介されていて、フォロワーからも好評
佐々木さんが「ショップカードの番人」と呼ぶ動物作品の展示スペース。写真に登場したのは土人形の猫親子。売れると次なる番人が配置される。インスタグラムでその時々の番人が可愛らしく紹介されていて、フォロワーからも好評

「みんな移住してきたらいいのに」、暮らしやすく美しい街、松江

——— お店を出されて6年半、松江で暮らし始めて7年ほどと伺いましたが、実際暮らしてみていかがですか?

「必死にお店を作り上げて来たので、仕事してばかりで‥‥。まだこの土地について知らないことも多く、よくカミさんと二人で『長い旅行に来てるみたいだね』なんて話しているんです。 (笑)

まだまだ知らないことばかりですが、すごく好きですね。島根の中で松江は比較的都会でもあるので、暮らすのに便利です。官公庁もまとまっているし、商業施設も充実していて自転車圏内でだいたいのことは済ませられます。

食べ物は美味しいし、自然もあるし、海も山も近い。お店の側には宍道湖もあって景色は美しいし、すごく心地よく暮らせる環境です。住んでいて気持ちがいいですね。

手に職をつけていたり、どこでも仕事できる人だったら、みんな移住して来たら良いのにと思います。飛行機だと、空港まで行く時間を含めても2時間半もあれば東京と行き来できる環境なんですよ」

窓の外には川の様子が臨める
窓の外には川の様子が臨める

わがままな仕事だからこそ大切にしている、嘘のないお付き合い

松江をとても気に入って暮らす佐々木さん。一方で、移り住んできた頃は、とっつきにくさを感じたり、心にダメージを受けることもあったと言います。

「移り住んで、お店を始めた当初は、シャイというか、とっつきにくい人が多い印象があり、心が折れそうになることもありました。自分がよそ者だという意識もあるので、余計にそう感じた部分もあったのだと思います。

2度目に会った時はフレンドリーにしてくれる方も多かったので、少しずつこの環境に慣れていきました」

——— 移住してすぐの慣れない時期だからこその苦労というものもあるのですね。めげずに土地に根を下ろして行くときに、何か意識していたことはありますか?最初の反応が暖かくないと心が折れてしまうこともあると思うのですが。うまくバランスをとっていく上でやっていたことなどあれば教えてください。

「合わない相手とは無理に打ち解けようとしないというのは、埼玉に住んでいた頃から思っていることでした。こちらに来てもそれは同じです。

この仕事は、特殊な商売だと思うのです。好きなものを扱うというわがままな仕事。趣味が全然合わないであろう人と無理につきあってもお互いにとっていい関係ではないですよね。お互い疲れてしまうような無理な寄り添い方はしない。

ここでお店を開いていて、興味を持って来てくださる方や、何度も来てくださる方がいたら合う方かもしれない。そういった方々と少しずつ関係を築いていく。無理のない、嘘のないお付き合いをしたい、そう思ってやってきました」

店内で仕事中の佐々木さん

——— 移住やIターンということへの気負いのようなものはなかったですか?

「そうですね。埼玉で始めるように、この場所で始めたかった。誰かに媚びることもなく、自然に無理なく。合わなかったら辞める可能性もあっていい。そんな風に思っていました」

自分が良いと思うものを発信することが恩返しになればいい

「とはいえ、この場所でできなかったら、諦めていただろうなと思います。

好きなものを扱う、という贅沢な仕事をさせてもらっている今、そんな自分にできることは、心から気に入ったものだけをセレクトして紹介すること。売れるものだから扱うのではなく、『良い!』と思うから、好きだから紹介する。そのことが、同じものを好きな人の役に立ったり、作家さんとの新たな出会いにつながったら‥‥。それがせめてもの恩返しになればいいなと思いながらやっています」

お客様のはけた隙間時間。こうして店内の作品を撮影し、ブログやSNSで日々紹介している
お客様のはけた隙間時間。こうして店内の作品を撮影し、ブログやSNSで日々紹介している

移住を目的化せず、やりたいことの先に移住という選択があったお二人。試行錯誤しながらチャンレンジし続ける、素直な熱意と嘘のないお付き合いを大切にする、そうしてうまくいったら感謝して、自分にできる恩返しを考えてみる。自分にも相手にも誠実に向き合っていれば「どこにいても大丈夫、きっと道は開ける!」そんなメッセージを受け取った気がします。

佐々木さんご夫妻

佐々木創さん

1979年生まれ、埼玉県出身。

島根県松江市にある、器と生活道具の店「objects」店主。現代の作り手の作品を中心に、陶器、ガラス、木工、織物といったさまざまな工芸品を扱っています。セレクトの基準は、存在感のあるもの、直感で「かっこいい!良い!」と感じたもの。

objects

松江市東本町2-8

0852-67-2547

営業時間:11:00〜19:00

不定休

文・写真:小俣荘子

愛しの純喫茶〜出雲編〜バラのようなご当地パンが楽しめる「ふじひろ珈琲」

こんにちは、ライターの築島渉です。

旅の途中でちょっと一息つきたい時、みなさんはどこに行きますか?私が選ぶのは、どんな地方にも必ずある老舗の喫茶店。

お店の中だけ時間が止まったようなレトロな店内に、煙草がもくもくしていたり。懐かしのメニューと味のある店主が迎えてくれる純喫茶は密かな旅の楽しみです。

旅の途中で訪れた、思わず愛おしくなってしまう純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。今回は、この出雲のご当地パン「バラパン」をおいしい自家焙煎珈琲とともに楽しむことができる創業35年の老舗純喫茶、「ふじひろ珈琲」を訪ねます。

縁を結ぶ土地・出雲の名物マスターに会いに。

縁結びの神様として知られる出雲大社から車で約15分。ツタの絡まる重厚なたたずまいの純喫茶「ふじひろ珈琲」は、出雲を走る県道28号線沿いにあります。

ふじひろ珈琲店表

「自家焙煎 珈琲専門店」と書かれた看板の前に立つと、もうコーヒーの香りがいっぱい。

良い香りに包まれながらドアを開けると、年季の入った木のテーブルや椅子、昔ながらの赤い布張りの長椅子。「いらっしゃいませ」とカウンターの向こうでマスターが微笑んでくれます。

店内

この日私が訪れたのは午前11時頃。「うちはスパゲッティとかカレーとか、そういうお食事は置いてないの。だから、この時間はちょうど空いてるんだよ」と笑う渋いお髭のマスターは、伊藤博人さん。

マスター

伊藤さんが「ふじひろ珈琲」をオープンしたのは、35年前。一旦は故郷の出雲を出て就職しましたが、Uターンして好きなコーヒーの店を始めることを決意。店名の「ふじひろ」はお名前の真ん中の二文字から、ご両親が命名してくれたのだとか。

地元民に愛される「バラパン」とは?

開店以来ずっと地元の人のために美味しいコーヒーを淹れている伊藤さんのおすすめが「バラパンセット」。ブレンドコーヒーまたは紅茶のセットがセットになって600円です。

「バラパン」は、島根県出雲市では知らない人はいないという、バラの花の形をしたご当地パン。くるくると巻かれたパンの中にたっぷりのホイップクリームが入っていて、とても美味しいのだそうです。

もともとは地元ベーカリー「なんぼうパン」が60年以上前に販売を始めたバラパン。「ふじひろ珈琲」では「なんぼうパン」から生地を仕入れ、抹茶、マロン、ホイップ、ストロベリーのクリームを挟んだ4種のオリジナル・バラパンを楽しめます。

この日は伊藤マスターいち押しだというマロンのバラパンを、ブレンドコーヒーと一緒にいただきました。

コーヒーとバラパン

クリームを挟んで、長いパン生地がくるくると花のように巻いてあります。ちょっと中身をめくってみると、マロン色のクリームが中心だけでなく巻かれたパンの間にもたっぷり。

口に入れると、まずパン生地の柔らかいこと!キメの細かい優しい生地で、耳までしっとり。軽い口当たりで品の良い甘さのマロンクリームも相性ばっちりです。

甘すぎる菓子パンが苦手な人でもぺろりといける、出雲の人たちに愛されるのも納得のおいしさです。

バラパンを上から見た様子

そして、自家焙煎の豆をつかった「ふじひろ珈琲」オリジナルブレンドは、すっきりとしたコクと酸味がある一杯です。

コーヒー

そして、実はバラパンは遠くはなれた宮城県でも人々に親しまているそう。宮城で被災されたご友人を持つマスターは、バラパンセットの売上の一部を使ってお店のお客さんたちと共に東日本大震災の被災地へ赴き、現地でバラパンをふるまう支援活動を行っているのです。

変わらない場所、変わらないご縁

懐かしさを覚えるたたずまいの店内ですが、改装のたびにお客さんから「椅子を変えないでね」とお願いされてしまうのだそう。

そのため、張替え用の布地をロールで買いつけ、シートだけ張り替えてもらっているとのこと。「変わらないって、大変なんですよ」といたずらっぽく笑います。

椅子

「赤ちゃんのときから知っている子が、大人になって結婚して、また赤ちゃんを連れてきてくれるんです。何十年も毎日来てくれているお客さんが、脚が悪くなっても『マスターの顔見ないと落ち着かん』って、息子さんに手を引かれてコーヒーを飲みに来てくれたり。今までもこれからも、この店でみんなで楽しめて、喜べて、それでみんなが幸せになったら、私も幸せなんです」

この店でプロポーズを受け幸せを掴んだお客さんが、「ふじひろ珈琲」トリビュートで作ってくれたというCDを手に顔をほころばせる伊藤さん。純喫茶は、そこに純な思いのある「人」があってこそ。「神の国」出雲でのおいしくて素敵な「ご縁」に、ほっこりとしたひとときでした。今度は、どのバラパンを食べようかなぁ。

ふじひろ珈琲
島根県出雲市渡橋町1223
0853-24-1760
営業時間:8:00~19:00
定休日:日曜

文・写真:築島渉

11月 美しい織物のような「天鵞絨杉」

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

日本の歳時記には植物が欠かせません。新年の門松、春のお花見、梅雨のアジサイ、秋の紅葉狩り。見るだけでなく、もっとそばで、自分で気に入った植物を上手に育てられたら。

そんな思いから、世界を舞台に活躍する目利きのプラントハンター、西畠清順さんを訪ねました。インタビューは、清順さん監修の植物ブランド「花園樹斎」の、月替わりの「季節鉢」をはなしのタネに。

植物と暮らすための具体的なアドバイスから、古今東西の植物のはなし、プラントハンターとしての日々の舞台裏まで、清順さんならではの植物トークを月替わりでお届けします。

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◇美しい織物のような「天鵞絨杉」

先月、時代背景によって庭の様式も、植物を愛でる文化も変わっていくという話をしましたが、日本庭園のはじまりは池泉回遊式と言ってね、巨大な池を作って周りを歩いて楽しむという庭なんです。

それがある時期から、池泉回遊式よりも小さくて手間がかからない「枯山水」が流行りだします。

ひとつの大きな要因といえば、応仁の乱です。11年も続いた大戦です。大名たちも財力を使い果たして、日本全体にお金がない時代がやってきます。

お金はないけれど、景色は楽しみたい。そこでメンテナンスの手間もお金もかからない、経済的な庭が欲しいとなって、禅の思想と相まって枯山水が登場してくるんです。

枯山水が石と砂だけで景色を表現したように、こうした「見立て」は植物によくあります。

今月の植物のひとつに選んだ天鵞絨 (びろうど) 杉は、その名の通り織物のビロードが名前の由来。

美しい葉の様子

美しく輝く葉色が、江戸時代に高級織物として大名たちをうならせた「有線天鵞絨(ゆうせんびろうど)」のようだとその名がつけられたんですね。

今月の植物に選んだもう一種類である、矮性の「紺杉」と比べると、その質感の違いがよりわかるかと思います。

左が天鵞絨杉、右が紺杉。紺杉はまるで花火のように広がっている可愛らしい葉と細かい枝、柔らかな色味が特徴です
左が天鵞絨杉、右が紺杉。紺杉はまるで花火のように広がっている可愛らしい葉と細かい枝、柔らかな色味が特徴です

ちょっと気がはやいですがクリスマスの時期にも似合う植物です。小さいけれど飾ると空間が凛とした空気になりますよ。

それじゃあ、また来月に。

<掲載商品>

花園樹斎
植木鉢・鉢皿

・10月の季節鉢 杉(鉢とのセット。店頭販売限定)

季節鉢は以下のお店でお手に取っていただけます。
中川政七商店全店
(東京ミッドタウン店・ジェイアール名古屋タカシマヤ店・阪神梅田本店は除く)
遊 中川 本店
遊 中川 横浜タカシマヤ店
*商品の在庫は各店舗へお問い合わせください

——


西畠 清順
プラントハンター/そら植物園 代表
花園樹斎 植物監修
http://from-sora.com/

幕末より150年続く花と植木の卸問屋「花宇」の五代目。
そら植物園(株)代表取締役社長。21歳より日本各地・世界各国を旅してさまざまな植物を収集するプラントハンターとしてキャリアをスタートさせ、今では年間250トンもの植物を輸出入し、日本はもとより海外の貴族や王族、植物園、政府機関、企業などに届けている。
2012年、ひとの心に植物を植える活動・そら植物園を設立し、名前を公表して活動を開始。初プロジェクトとなる「共存」をテーマにした、世界各国の植物が森を形成している代々木ヴィレッジの庭を手掛け、その後の都会の緑化事業に大きな影響を与えた。
2017年12月には、開港150年を迎える神戸にて、人類史上最大の生命輸送プロジェクトである「めざせ!世界一のクリスマスツリープロジェクト」を開催する。


花園樹斎
http://kaenjusai.jp/

「“お持ち帰り”したい、日本の園芸」がコンセプトの植物ブランド。目利きのプラントハンター西畠清順が見出す極上の植物と創業三百年の老舗 中川政七商店のプロデュースする工芸が出会い、日本の園芸文化の楽しさの再構築を目指す。日本の四季や日本を感じさせる植物。植物を丁寧に育てるための道具、美しく飾るための道具。持ち帰りや贈り物に適したパッケージ。忘れられていた日本の園芸文化を新しいかたちで発信する。

文:尾島可奈子

全国から工芸好きが訪れる、器や生活雑貨を扱うセレクトショップ「objects」

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

「さんち必訪の店」とは、産地のものや工芸品を扱い、地元に暮らす人が営むその土地の色を感じられるお店のこと。
必訪 (ひっぽう) はさんち編集部の造語です。産地を旅する中で、みなさんにぜひ訪れていただきたいお店を紹介していきます。

今回は島根県松江市にある、器と生活道具の店「objects (オブジェクツ) 」。

店内のモチーフは「船室」。商品が並ぶ棚まで手仕事の技

JR松江駅から歩くこと13分ほど。宍道湖 (しんじこ) へと流れ込む大橋川のほとりに位置します。

大橋川に掛かる橋を渡り、柳がそよぐ川沿いを少し歩くとお店が現れます
大橋川に掛かる橋を渡り、柳がそよぐ川沿いを歩くと程なくしてお店が現れます
歴史を感じる趣きを持ちつつ、どこかモダンな石造りの建物。中に入る前から心が踊ります
歴史を感じる趣きを持ちつつ、どこかモダンな石造りの建物。中に入る前から心が踊ります

木枠に厚手のガラスがはめ込まれた懐かしい雰囲気の扉を押して中に入ると、「こんにちは、いらっしゃいませ」と店主の佐々木創(ささき・はじめ)さんと、陽子 (ようこ) さんご夫婦に暖かく迎えられます。軽やかな音楽が流れる店内をまずはゆっくり拝見することに。

大きな窓から柔らかく差し込む陽の光が商品を照らしていました
大きな窓から柔らかく差し込む陽の光が商品を照らしていました

埼玉県出身の佐々木夫妻。もともとはテーラーだったこの地で2011年にobjectsをオープンしました。現代の作り手の作品を中心に、陶器、ガラス、木工、織物といったさまざまな工芸品を扱っています。

船室をイメージして作られたという店内のしつらえ。改装時もほぼ手を加えずにそのままの内装を使っているのだそう
船室をイメージして作られたという店内のしつらえ。改装時もほぼ手を加えずにそのままの内装を使っているのだそう
地元松江市を代表する窯元のひとつ「湯町窯」で作られた器
地元松江市を代表する窯元のひとつ「湯町窯」で作られた器

商品を並べる棚は、島根で出会った家具屋さんに依頼して作った特注品。店内に馴染む素材とサイズ、作品の魅力を引き立てる照明が配置されています。商品が眺めやすく、実際に使うときのことをゆっくりとイメージしながらお気に入りを選ぶことができるように感じました。

ガラスの照明は、岐阜のガラス作家 安土草多 (あづち・そうた)さんの作品。販売もされていました
ガラスの照明は、岐阜のガラス作家 安土草多 (あづち・そうた)さんの作品。販売もされていました

店内の商品は、全て佐々木さんが全国をまわって見つけてきたもの。

岐阜のガラス工芸作家、安土忠久さんの作品。どっしり感のあるグラスやお皿は、手にしっくり馴染む
岐阜のガラス工芸作家、安土忠久さんの作品。どっしり感のあるグラスやお皿は、手にしっくり馴染む
大きな押紋土鍋は、鳥取県「岩井窯」の山本教行さんの作品。真鍮のおたまは岡山県の菊地流架さん作
大きな押紋土鍋は、鳥取県「岩井窯」の山本教行さんの作品。真鍮のおたまは岡山県の菊地流架さん作
愛知県の「瀬戸本業窯」の器
愛知県の「瀬戸本業窯」の器

各地に赴き、じかに相談してきたからこそ扱える

この地でお店を開く前に、7年ほどインターネット上でお店を営んでいた佐々木さん。当時から各地で「これは!」という作品を見つけては、窯元や工房へ赴きました。作品に惚れ込んだ思いを伝えるとともに取り扱いの相談をし、少しずつ作家さんとの関係を築いていったそうです。

民藝好き仲間やお客さまからの情報で展示会へ出かけ新たな作品に出会ったり、古道具の買い出しに出かけたりすることもあるのだとか。

「ふるいもの」と書かれた棚に並ぶ器。同業の方から譲り受けたり、骨董市や展示会で出会って仕入れてきたもの。「骨董」というと堅苦しい印象があるので柔らかい言葉を選んでいるそう
「ふるいもの」と書かれた棚に並ぶ器。同業の方から譲り受けたり、骨董市や展示会で出会って仕入れてきたもの。「骨董」というと堅苦しい印象があるので柔らかい言葉を選んでいるそう

その時々の巡り合わせで、異なる地域、作家さんの作品が並ぶので、店頭に並ぶ品物もその時々で変わります。何度も通いたくなりますね。器の他にも、カトラリーやかご、布製品なども。

縁が薄く作られ、口当たりが抜群の木製匙と蓮華。長野県の大久保公太郎さんの作品
縁が薄く作られ、口当たりが抜群の木製匙と蓮華。長野県の大久保公太郎さんの作品
ラオスで村の人々と布作りをしている谷由起子さんの仕事。バッグやストール、豆敷など
ラオスで村の人々と布作りをしている谷由起子さんの仕事。バッグやストール、豆敷など

店内では定期的に個展や企画展も開かれ、作家と交流しながら作品を購入する機会もあります。訪れたのはちょうど、谷由起子さん率いるHPEの作品展が終わったところでした。

店主の佐々木さんは、学生時代に旅行で訪れた沖縄で金城次郎さんの作品に衝撃を受け、それから民藝に興味を持つようになったそう。その後いだいた「いつか工藝に携わる仕事がしたい」という思いが現在につながっています。「こんなにカッコいい作品がある!作り手がいる!」ということを、広く伝えていきたいと考える佐々木さん。その思いが溢れるお店でした。

商品を綺麗に磨くことにも余念のない佐々木さん
商品を綺麗に磨くことにも余念のない佐々木さん

「重苦しい雰囲気にせず、むしろどこか軽やかさのある店。居心地の良い空間にしたかった」という佐々木さんの言葉の通り、ゆったりとリラックスして楽しめるので、ついつい長居してしまいました。

買い物をしてお店を後にすると、もうすっかり夕暮れどき。

お昼間とはまた違った雰囲気の外観。
お昼間とはまた違った雰囲気の外観。

「日本一の夕日」と謳われる松江の宍道湖周辺の夕暮れ。この日はあいにくの曇り空でしたが、橋の向こうの宍道湖に沈む太陽の名残で、湖だけでなく川にも空にも美しいブルーが広がっていました。

マジックアワーは空も川も美しいブルーで目を奪われました

出雲には、「ばんじまして」という挨拶があります。夜が訪れる間際の美しく儚い時間に交わされる言葉。出雲の人々の特別な思い入れが詰まったこの言葉を思い出しながら、景色を味わいました。

お店のそばに掛かる橋を臨む景色。空気全体が青みがかっていました
お店のそばに掛かる橋を臨む景色。空気全体が青みがかっていました

島根県は、湯町窯や出西窯など、有名な窯元もあり、器好きが多く訪れる場所。objectsは、そんな器好きの人々からも好評で、今では全国から多くの方が訪れるようになったお店です。

景色を楽しみ、松江の町歩きを堪能する際に、ふらりと気軽に立ち寄れる場所。店内の居心地の良い雰囲気は、器に詳しくない方、これから器を集めていきたいと思っている初心者の方にも嬉しいもの。

笑顔で迎えてくれる佐々木夫妻の案内で、お気に入りの作家さんや作品にきっと出会えます。

objects
松江市東本町2-8
0852-67-2547
営業時間:11:00〜19:00
不定休

文・写真:小俣荘子

絶景列車で結婚式発祥の地へ!出雲・松江の「神話」と「縁結び」の旅

こんにちは。ライターの築島渉です。

神在月を迎える島根県・出雲。ヤマタノオロチ退治や、大国主大命(オオクニヌシノオオカミ)の国護りなど、神話が今も息づく神々の土地・出雲を巡るには、雄大な古事記の世界を目前にのんびりと旅する電車の旅がぴったり。

旧暦の10月には、あらゆる「縁(えにし)」を結ぶために八百万の神々が出雲に集います。神話の舞台を巡りに、そしてこれから出会う「縁」を見つけに、いざ、「絶景列車」でめぐる出雲・松江の旅に「参り」ましょう。

寝台で星を眺めながら山陰へ

日本人なら誰もが一度は触れたことのあるはずの須佐之男命(スサノオノミコト)や天照大神(アマテラスオオミカミ)の物語。

日本神話は、和銅5年(712年)に太朝臣安萬侶(おほのあそみやすまろ)らによって献上された日本最古の歴史書『古事記』からはじまります。

日本創生から描かれているという『古事記』の中でもとりわけ壮大な神話の舞台が、島根県出雲市。

東京から山陰は少し遠く感じてしまいますが、実は出雲には、寝台列車・「サンライズ出雲」で一直線。とっても気軽に行けてしまうのです。

東京駅を毎日22時ちょうどに発車する「サンライズ出雲」は、大きな窓が素敵な2階建ての「走るホテル」。東京〜岡山間を併結して走り、岡山駅で香川県高松行きの「サンライズ瀬戸」と切り離されます。

木調のあたたかみのある車内

豪華な個室寝台などさまざまなタイプの部屋がありますが、おすすめはスタンダードな個室寝台「シングル」の2階部分。

しっかりと足を伸ばして眠れるベッドにオーディオのコントロールパネル、浴衣やスリッパもついていたりと、お手頃な価格ながらわくわくした旅のはじまりには充分すぎるほど。

淡いブルーのストライプパジャマ。帯も同じデザインでかわいらしい。
行き届いた設備で、快適にすごせます

しかも2階なら、天井部分のまるくカーブした大きな窓から、ベッドに寝っ転がったまま星空まで見れるという最高のおまけつき。寝台に横たわり、神々に思いを馳せながら星空を見上げる‥‥そんな旅情も味わえます。

まずは松江に到着!結婚式発祥の地「八重垣神社」へ

八重垣神社

「サンライズ出雲」の終点は出雲駅ですが、神話と電車の旅を楽しむために、まずは松江駅で下車してみましょう。宍道湖と中海にはさまれ川が縦横に走る「水の都」松江には、実は「結婚式発祥の地」が。それが、八重垣神社です。

八重垣神社は、8つの頭と8つの尾を持つ大蛇・ヤマタノオロチを退治したと言われる須佐之男命(または素戔嗚尊・スサノオノミコト) にゆかりがあります。

日本神話屈指の勇ましい神話がなぜ「結婚式発祥の地」かといえば、スサノオノミコトが、ヤマタノオロチの生贄になりそうだった櫛名田比売(クシナダヒメ)を助け、めでたく夫婦となったのがこの地だったから。

クシナダヒメがこの地に立てた2本の椿の枝が交わって一本の巨木になったという言い伝えの椿、「夫婦椿」の前では、八重垣神社を訪れたカップルたちが未来の自分たちの姿を願い手を合わせる姿も。

夫婦神を祀る神社として、良縁や子宝のご利益があると連日多くの人たちが「縁」を求めてお参りする神社なのです。

鏡池の占い

また、クシナダヒメが自身の姿を映したと言い伝えられる「鏡の池」では、紙を浮かべて良縁を占うというなんとも風雅な占いもすることができます。

鏡池の様子

神社で手に入る専用の紙の上に硬貨を乗せ、手前で沈めば「待ち人は近く」、すぐに沈めば「出会いは間もなく」、と占いの結果を待つのもまた楽しいもの。澄んだ空気に神話の息吹を感じながら、「縁」を占ってみるのも素敵ですね。

出雲大社との両参りがおすすめ「美保神社」

松江市美保関にある美保神社は、出雲大社と両参りをすると縁結びの御利益が倍増する、という良縁を望む人にとってはなんともありがたい神社。

全国3385社ある恵美須様の総本宮で、大国主大命(オオクニヌシノオオカミ)の子供の事代主命(コトシロヌシノカミ)、すなわち恵美須様とその妻・三穂津姫命(ミホツヒメノカミ)を祀った神社です。

鳥居の間から青く澄んだ美しい海を臨むことができる風景は、思わずシャッターを切りたくなるほど風光明媚。せっかくの神話の旅なら、足を伸ばしてでもお参りしたい神社です。

海をのぞむ鳥居
海をのぞむ鳥居

レトロな一畑電車でほのぼのローカル旅

宍道湖沿いを行く一畑電車

出雲大社前までは、かわいらしい単線列車・一畑電車でのレトロな列車旅がおすすめ。映画の舞台にもなったこの電車は、線路の事情から進行方向を変えるスイッチバックが行われることで知られています。

突然運転手さんが駅を降りても‥‥反対方向の運転手席に行くためなので、びっくりしないでくださいね。一畑電車で、宍道湖の雄大な眺めや山陰の秋をのんびりと眺めながら、ガタンゴトンと約1時間のほのぼの列車旅。いよいよ神話の里、出雲へ到着です。

神前通りで神話に思いを馳せながら

出雲と言えばもちろん、まずは、大国主大神(オオクニヌシノオオカミ)をまつる出雲大社へ。オオクニヌシノオオカミは、「因幡の白兎」の神話でかわいそうなうさぎを助けた、あの優しい神様。たくさんの女神と結婚し、多くの子供を残したことから、縁結びの神様として知られるようになりました。

『古事記』にすでにその創建が記されている出雲大社は、オオクニヌシノオオカミが天照大神(アマテラスノオオミカミ)に国を譲り、その時につくられた天日隅宮(あまのひすみのみや)が始まりだといわれています。

神前通りの様子
神前通りの様子

参道へ続く神前通りには、この地が発祥だといわれる「ぜんざい」の専門店をはじめ、甘味処や、可愛らしいお土産物屋さんがたくさん。

ずっと昔から出雲大社を目指していろいろな人々が行き来していた通りだと思うと、なんだか不思議な気持ちを覚えつつも、美味しそうなにおいに寄り道したくなってしまいます。

荘厳な「神在月」の出雲大社へ

出雲大社の鳥居

神前通りを抜けると、「勢溜(せいだまり)の正面鳥居」と呼ばれる、大きな木の鳥居へ。

鳥居や参道は、神様がお通りになるところ。真ん中は神様の通り道として、端っこを通るのが正しいお作法だそうです。また、拝殿に向かう途中のほこら「祓社」(はらえのやしろ)でまずお参りをするのも大切なんだとか。

立派なしめ縄

出雲大社には、拝殿、その後ろにある高さ約24mの本殿、長さ13mのしめ縄がある神楽殿など、神社建築が隣り合って並んでいます。神々を思わせる荘厳で威厳ある姿は、まさに圧巻。

出雲大社でのお参りは「二拝四拍手一拝」という特別なものなのだとか。神々が「縁」を結ぶために話し合いをしているという神在月の出雲大社で、しっかりとご縁をお願いしてしまいましょう。

出雲大社

日本で唯一、スサノヲノミコトの御魂を祀る須佐神社

厳かな雰囲気の須佐神社

出雲大社とともにぜひ訪れたいのが、近年は「パワースポット」として若い女性にも人気という須佐神社。スサノヲノミコトの御魂を祀った、日本でただ一つの神社です。

ヤマタノヲロチを退治し、クシナダヒメと結婚したスサノヲノミコトは、その後出雲の各地を開拓。最後の開拓の地として自身の名を土地に付けて、自らの御魂を鎮めたのがこの場所だと言い伝えられています。

社殿の後ろには樹齢1300年とも言われる、樹高24メートル以上の大杉が。悠久の時をまとう霊験あらたかなご神木として、忘れずにお参りしたい場所のひとつです。

大杉の様子

出雲神話を駆け抜ける絶景トロッコ列車

おろち

神々の物語を堪能したら、ここでしか乗ることができない珍しいトロッコ列車も体験してみては。

「奥出雲おろち号」は、木次線木次駅~備後落合駅にかけて、山陰の絶景を駆け抜けます。

ブルーの車体やエンブレムに描かれた凛々しいヤマタノヲロチ、木製の椅子や床にも趣があります。

沿線にはオロチが棲んでいたという斐伊川上流の「天ヶ淵」、スサノオノミコトがオロチを退治した時の酒壷を祀る「印瀬の壺神」、荒ぶる神だったスサノオノミコトを、愛の力で変えた妻・クシナダヒメ(稲田姫命とも呼ぶ)を祀った縁結びの神社・稲田神社など神話ゆかりの場所がたくさん。

日本最大級の二重ループ「奥出雲おろちループ」や谷底まで約100mもある三井野大橋など、見どころも満載です。

折しも紅葉の季節。紅や黄金に色づき始めた奥出雲の景色を見ながら、神話をめぐる旅を締めくくるといたしましょう。

オロチの様子

神在月の出雲・松江をめぐる列車の旅には、「縁」あり、神話あり、歴史あり、自然あり。この記事を読んだのも、何かのご縁。神々が神話の世界に呼んでいるのかもしれませんよ。

文:築島渉