こんにちは。ライターの小俣荘子です。
島根県松江市にある、器と生活道具の店「objects (オブジェクツ) 」。
居心地の良い雰囲気の店内には、生産量の少ない作家さんの器や、各地で厳選された生活雑貨が並びます。全国から器や工芸品好きの方々がわざわざ訪れるという人気のお店です。
その成り立ちが気になって、店主でありバイヤーでもある佐々木創 (ささき・はじめ)さんにこのお店ができるまでのお話を伺うことにしました。
佐々木さんが松江でobjectsをはじめたのは6年半前。奥さんの陽子さんと地元・埼玉から移り住み、松江でゼロからお店を作り上げてきました。実はこの移住、ご本人たちにとって思いがけない出来事だったそうです。
お話を伺って、私の「移住」に対するイメージが変わりました。
自分の中に見つけた「好きなこと」を仕事として育てていくこと。そして、その中で誰もが出会う壁。佐々木さん流の乗り越え方、捉え方のお話がとても興味深いものでした。
衝撃の出会い、大学中退、アルバイトで資金を貯める日々
佐々木さんは大学在学中に旅行で沖縄を訪れた時、金城 次郎(きんじょう・じろう 沖縄の陶芸家、沖縄初の人間国宝。2004年没) さんの陶芸作品に出会い「なんてかっこいいんだ!」と、圧倒されたそうです。
帰宅後、興奮冷めやらぬまま民芸や工芸品について調べ、「面白い世界が広がっている!」と夢中に。「民芸品や工芸品に携わる仕事がしたい」という思いをいだき、大学を中退してアルバイトで資金を貯めながら携わり方を模索し始めます。世にある素敵なものを見つけ出して、編集して紹介する仕事がしたい、と方向を固め、お店を開くことを目指し、奮闘する日々が始まります。
夢への第一歩はオンラインショップの開設
資金を貯める日々の中、親友に夢を打ち明けた佐々木さん。すると、『まずはホームページだけでやってみたら?』と、提案されました。
「今から10年以上前。経験を積むために就職先を探すにも、工芸を扱うお店は個人経営のところばかりで、そもそも求人が見つけられず、雇われて学べる機会自体がほぼない状態でした。たしかにオンラインショップはアリだなぁと思いました」
そこで、将来実店舗を持つことを踏まえてオンラインショップを開店します。
開店して知る、大変さ、喜び
——— 実際に始めてみて、いかがでしたか?
「実際にやってみて、よかったなと感じたのは、直接作り手とつながれたこと。就職していたらすぐには経験のできなかったことです。仕入れから全て自分の仕事で、売れない分も自分に跳ね返ってくるので、100パーセント自分ごとです。すごく大変ということもわかりましたが、やはりすごく好きで、この道で生きていきたいと改めて思いました」
いきなり突撃?!作家さんとの関係づくり
工芸品店で働いた経験のないまま、ツテもなく、ゼロからオンラインショップを始めた佐々木さん。今から10年以上前、当時はまだスマートフォンもなく、インターネット通販も今ほど充実していなかった時代。きっと苦労も多かったはず。どのように作家さんとつながり、販売をしていったのでしょう。
「もう、いきなり突撃!でしたね。初対面ではない場合でも、2〜3回訪れた程度、顔見知りになったくらいの方々に、『こういうお店を始めるので、取引してください!』と相談に行きました。
とにかく、その人の作品が好きという思いと、将来的には実店舗を構えてやりたいということを熱心に伝えました。ただそれだけです」
——— 熱いですね。
「本当にそれしかなかったですね。 (笑)
ネットでの販売に馴染みのない作家さんも多く、僕の話を聞いても何を言っているかよくわからないという方が多かったです。それでも、思いが通じて取引をして頂けたことはありがたかったですね」
「サイトは友人に作ってもらったのですが、どうしたら多くの人に見てもらえるかもわからないまま試行錯誤しました。商品を撮るために買ったカメラも最初は全然使い方がわからなくて、とにかく必死でしたね」
自信なんてない。でも、まずは‥‥
7年間のオンラインショップ運営を経て、実店舗の開店。お店を構えようと思える自信がついたり、実際に動き出すきっかけはあったのでしょうか。佐々木さんからは思いがけない言葉が飛び出します。
「ネットでお店をやってみて、ずっとこのまま安定してやれそうだという実感や自信を持つことはなかったです。原価率など考えると、なかなか儲からない仕事だと、よくわかったというのが正直なところでした。お店は安定して経営し続けられていましたが、来年もこのまま安定かどうかなんてわからない。いつでも傾くこともありえる。『よしやれる!』と手放しで思ったことは未だにありませんね」
——— ‥‥やれる自信がないままお店を構えるというのは、とても勇気がいる事に感じます。どういった経緯で実店舗に踏み出したのですか?
「僕は『やってみないと気が済まない』タイプだったからかも。まずは1回夢を叶えてみようと。それから、この物件に巡り会えたことが大きかったなと思っています」
「この場所に呼ばれた」そうとしか思えない
——— 巡り会えた経緯を伺えますか?
「元々は、地元の埼玉で物件探しをしていました。でも、なかなか良いものに出会えなかった。物件の数はあるのですが、『この場所でやりたい!この建物が良い!』というものがなかったんです。開店するのにお金もかかるし、暗礁に乗り上げてしまいました。
そんな時に、ふと、以前訪れたことのあった、この建物を思い出したんです。遠く離れた場所だったので、リアリティはなかったのですが、かっこいい建物があったな、と。
その時は本当に思い浮かんだだけだったのですが、ダメ元で思い切って持ち主に聞いてみました。すると、すんなりと『良いよ』という返事がもらえた。その上、近くにあった祖母のものだった家に住んで良いという思いがけない状況も加わりました。それで、現実的なコストのことなども考えて、もうここでやるしかないでしょう、と」
——— まさに運命!そこがアクセルを踏むタイミングだったんですね。
「そうですね。埼玉で物件がなくて、ここもダメだったら、今どうなっていたかわかりません。物件を検討していた頃には、徐々に工芸品を扱うお店も増え始めていたので、どこかに就職していたかもしれません。自分ではもしかしたらやらなかったかも、なんて思います。
何かに『呼ばれた』と言いますか、自分で探して巡り会えたのではなく、導かれたというか、そんな風に思っています」
「焦っても仕方がない」、地道な発信が少しずつ実を結ぶ
念願の実店舗。しかし、決して幸先のいいスタートと言えるものではなかったそうです。知らない土地での新しいチャレンジ、不安も多い中でどのような心持ちで乗り越えられたのでしょうか。
「元々、焦っても仕方がないという思いがありました。こういうお店をよそ者が始めた場合、すぐに定着するわけがないと思うので。かといって、旅行雑誌に載せたり広告を出すようなことはしたくないという意地もあって、こういうものが好きで、来たいと思う人に来てもらえたらいいと、ただそれだけでやっていました」
——— 焦らずやっていく中で、じわじわ知られていくきっかけ、足がかりになったことは何だったのしょう?
「なんだろう‥‥。陽子さん、なにか思い当たる?」
すると、声をかけられた陽子さんからは、こんなお答えがありました。
「私はブログだと思います。毎日コツコツと更新して発信し続けていたから。作家さんが百貨店の方から『松江のブログ見ましたよ』と言われたり、何かを検索していたらうちのブログを見つけたというお客様がいらっしゃったり。画像検索をしても、自分たちが撮った写真が出て来たりするので、積み重ねが身を結んだのではないかと感じます」
——— 打ち上げ花火的に広告を打つのではなく、日々の地道な発信がカギだったのですね。
「そうですね。あとは、最初の1年は、イベントも何もしなかったのですが、1周年記念の企画以降、作家さんの個展や企画展をするようになりました。そうするとDMを作ってお客様に配ったり、飲食店などにDMを置いてもらえるように相談したり。そういうことを通して、少しずつ広がっていくところもありました。ごく当たり前のことではあるのですが」
「作家さん、作品の魅力をとにかく伝えたい」
——— ブログやSNSでの佐々木さんの発信を拝見していると、自分のお店のアピールではなくて、素敵なものや作家さんを紹介したいという気持ちが伝わって来ます。そこが読んでいて気持ちよくて、共感したり興味を持ったりするきっかけになっているように感じました。
「とにかくものが好きで、『これいいじゃん!』ということだけを言いたいんです。僕のことはどうでもよくて、作家さんやものの魅力を広く伝えたい、その思いが表れているのだとしたら嬉しいです」
「みんな移住してきたらいいのに」、暮らしやすく美しい街、松江
——— お店を出されて6年半、松江で暮らし始めて7年ほどと伺いましたが、実際暮らしてみていかがですか?
「必死にお店を作り上げて来たので、仕事してばかりで‥‥。まだこの土地について知らないことも多く、よくカミさんと二人で『長い旅行に来てるみたいだね』なんて話しているんです。 (笑)
まだまだ知らないことばかりですが、すごく好きですね。島根の中で松江は比較的都会でもあるので、暮らすのに便利です。官公庁もまとまっているし、商業施設も充実していて自転車圏内でだいたいのことは済ませられます。
食べ物は美味しいし、自然もあるし、海も山も近い。お店の側には宍道湖もあって景色は美しいし、すごく心地よく暮らせる環境です。住んでいて気持ちがいいですね。
手に職をつけていたり、どこでも仕事できる人だったら、みんな移住して来たら良いのにと思います。飛行機だと、空港まで行く時間を含めても2時間半もあれば東京と行き来できる環境なんですよ」
わがままな仕事だからこそ大切にしている、嘘のないお付き合い
松江をとても気に入って暮らす佐々木さん。一方で、移り住んできた頃は、とっつきにくさを感じたり、心にダメージを受けることもあったと言います。
「移り住んで、お店を始めた当初は、シャイというか、とっつきにくい人が多い印象があり、心が折れそうになることもありました。自分がよそ者だという意識もあるので、余計にそう感じた部分もあったのだと思います。
2度目に会った時はフレンドリーにしてくれる方も多かったので、少しずつこの環境に慣れていきました」
——— 移住してすぐの慣れない時期だからこその苦労というものもあるのですね。めげずに土地に根を下ろして行くときに、何か意識していたことはありますか?最初の反応が暖かくないと心が折れてしまうこともあると思うのですが。うまくバランスをとっていく上でやっていたことなどあれば教えてください。
「合わない相手とは無理に打ち解けようとしないというのは、埼玉に住んでいた頃から思っていることでした。こちらに来てもそれは同じです。
この仕事は、特殊な商売だと思うのです。好きなものを扱うというわがままな仕事。趣味が全然合わないであろう人と無理につきあってもお互いにとっていい関係ではないですよね。お互い疲れてしまうような無理な寄り添い方はしない。
ここでお店を開いていて、興味を持って来てくださる方や、何度も来てくださる方がいたら合う方かもしれない。そういった方々と少しずつ関係を築いていく。無理のない、嘘のないお付き合いをしたい、そう思ってやってきました」
——— 移住やIターンということへの気負いのようなものはなかったですか?
「そうですね。埼玉で始めるように、この場所で始めたかった。誰かに媚びることもなく、自然に無理なく。合わなかったら辞める可能性もあっていい。そんな風に思っていました」
自分が良いと思うものを発信することが恩返しになればいい
「とはいえ、この場所でできなかったら、諦めていただろうなと思います。
好きなものを扱う、という贅沢な仕事をさせてもらっている今、そんな自分にできることは、心から気に入ったものだけをセレクトして紹介すること。売れるものだから扱うのではなく、『良い!』と思うから、好きだから紹介する。そのことが、同じものを好きな人の役に立ったり、作家さんとの新たな出会いにつながったら‥‥。それがせめてもの恩返しになればいいなと思いながらやっています」
移住を目的化せず、やりたいことの先に移住という選択があったお二人。試行錯誤しながらチャンレンジし続ける、素直な熱意と嘘のないお付き合いを大切にする、そうしてうまくいったら感謝して、自分にできる恩返しを考えてみる。自分にも相手にも誠実に向き合っていれば「どこにいても大丈夫、きっと道は開ける!」そんなメッセージを受け取った気がします。
佐々木創さん
1979年生まれ、埼玉県出身。
島根県松江市にある、器と生活道具の店「objects」店主。現代の作り手の作品を中心に、陶器、ガラス、木工、織物といったさまざまな工芸品を扱っています。セレクトの基準は、存在感のあるもの、直感で「かっこいい!良い!」と感じたもの。
objects
松江市東本町2-8
0852-67-2547
営業時間:11:00〜19:00
不定休
文・写真:小俣荘子