「ステンレスの黒染め」で新商品を
「メーカーになりたい」
三条市に工場を構えるテーエムの三代目、渡辺竜海さんは長年、この思いを抱えてきた。同社は、小規模な金属加工企業が集積する新潟県の三条市で、黒染めとパーカライジング処理を専門として1960年に創業された。
パーカライジングとは「燐酸塩化成皮膜処理」のことを指すが、平たく言えば金属のさび止め処理のこと。黒染めも鉄・鋼製品のさび止めや光の反射を抑えるなどの効果がある。どちらも、金属加工ではニーズが高い工程だ。
さらに同社は「ステンレスの黒染め」という特殊な技術を持っている。ステンレスは耐食性・耐熱性に優れた金属で、さまざまな商品に使用されている。
ステンレス製のキッチンを思い浮かべるとわかりやすいが、見た目はシルバー。これに色を付ける手段としては、塗装するのが一般的な方法だ。しかし、時間がたてば剥げるものや人体に有害なものも多く、なかなか食器に使うのは難しい。
そこで有効なのが「ステンレスの黒染め」だ。特殊な技術で表面に酸化被膜をつくる染色技術なので、何年たっても剥げないし、人体にも無害。
テーエムの主な仕事は金属の表面処理や加工の下請けだったが、渡辺さんは、全国的にも珍しいこの技術を使っていつか自社製品を作りたいと思っていた。
しかし、自社で商品を企画したことも、開発したこともなく、なにをどうしたらいいのかわからない。商品開発をテーマにした単発のセミナーに参加したこともあったが、2時間程度、話を聞いて「なんとなくわかったような感じ」で終わってしまうことが続いた。
どうにかしたいけど、どうしようと長い間もどかしい思いを抱えているところに、三条市から届いたのが「コト・ミチ人材育成スクール 第1期」開校の知らせ。中小企業の経営コンサルも手がけてきた中川政七商店13代の中川政七が塾長をつとめるという。
内容を確認した渡辺さんは、迷うことなく受講を決めた。
「中川さんは幅広く活躍されている方なので、存在は知っていました。そういう方に月一回、商品開発やブランディングについてイチから教えてもらえる。
私は商品開発の知識がほぼゼロだったので、それを学べると考えたら受講意義はとても高いんじゃないかと感じました」
コトミチ1期生と2期生でタッグ
講義は全6回。1回目「会社を診断する」、2回目「ブランドを作る(1)」、3回目「ブランドを作る(2)」、4回目「商品を作る」、5回目「コミュニケーションを考える」、6回目「成果発表会」と続く。
実際に地元企業の参加者とクリエイティブディレクター、デザイナーがタッグを組んで新商品、新サービスを開発し、最終日にプレゼンするという流れだ。渡辺さんは受講を始めてからレベルの高さに驚いたと振り返る。
「正直、私にとって初めてのことばかりだったので、難しい部分も多かったですね。でも、単発の講座と違って商品ってこういうふうに作っていくんだという流れをしっかり学べました。
うちと同じような中小企業の方もいたり、デザイナーやアートディレクターの方もいて、そういう方のアイデアを聞いて刺激にもなりましたね」
渡辺さんにとって一番の収穫は、三条市で企業の広告制作、ブランディング、セールスプロモーションなどを手掛けているアートディレクター、「NISHIMURA DESIGN」の西村隆行さんとタッグを組めたことだった。
ふたりはもともと顔見知りだったのだが、第1期を終えてしばらく経った頃、渡辺さんがたまたま西村さんにコトミチの話をしたところから、事態が動き始める。その時、西村さんは第2期に参加中だった。
「仕事のメインはグラフィックデザインですけど、例えばチラシ製作の依頼があった時に、今、チラシを作ることが正解なのか、もっと違うアプローチをした方がいいんじゃないかと思うこともありますよね。
もちろん、お客さんにはその話をするんですけど、説得力のある説明がなかなかできなくて、課題に感じていたんです。コトミチに参加したらヒントが得られるかもしれないと思って受講しました」
西村さんは、渡辺さんが第1期に参加していたことを知らなかったので驚いたそうだ。パートナーを探していた渡辺さんは、すぐに「一緒にやりませんか?」と声をかけた。
「コトミチはすごく勉強になったんですけど、会社を経営しながらひとりで新しいものを作れるのかというと、かなりハードルを感じていたので、パートナーが欲しいと思っていたんです。
コトミチで学んだことをベースに同じ目線で話せて、いい意味でなんでも言い合える人と考えた時に、西村さんしか思い浮かばなかったですね」
これは、西村さんにとっても嬉しいオファーだったと振り返る。
「話を頂いた時は、やった! と思いましたね。まだコトミチの途中で、これが終わったらコトミチで学んだことを活かした活動をしていきたいと思っていたんです。
まだ受講中のタイミングで、いつかやってみたいと思っていたプロダクト開発に誘ってもらって、ほんとにいいんですか?と思いました(笑)」
商品開発で一番悩んだことは?
とんとん拍子でタッグを組んだふたりの新たな挑戦が始まった。渡辺さんたっての希望で、ステンレスの黒染め技術を使うのはテーブルウェアに決まった。
「理由のひとつ、三条市の隣に、ステンレスの食器やタンブラーの開発に力を入れている燕市があったことです。もうひとつは、塗装やメッキと違って、黒染めは表面処理のなかで知名度が低いので、食事という生活習慣のなかで身近に触れていただけたらなと思っていました」
ふたりはだいたい週に1、2回のペースで顔を合わせ、その間もメッセンジャーなどでやり取りしながら商品開発を進めた。
わからないことがあった時、迷った時は、コトミチの教科書でもある『経営とデザインの幸せな関係』を読み返した。そうして1年をかけて完成したのが、テーブルウェアの新ブランド「96(クロ)」だ。
ユニークなのは、この食器を製造するにあたり、廃盤になって日の目を見ることなく眠っていた「型」を使ったこと。イチから食器の型を作るとなると、渡辺さんと西村さんの専門外なのでアドバイザーを呼ぶ必要があるし、もちろんコストもかかる。
さてどうしようかと考えた時に浮かんだのが、廃盤になった型のリユースだった。黒染めは自然由来で環境に優しい。だからこそ製品づくりも環境への配慮を意識するなかで、資源を有効活用するという視点からもベストなアイデアに思えた。
そこで、三条市と燕市に工場を構えている食器メーカーに「使われていない型を再利用させてくれませんか?」と頼みに行くと、意外なほど快く協力してくれたたそうだ。
食器の「型」が決まれば、黒染めする技術はある。ふたりが最も苦労したのは、価格設定だったという。
「いたずらに高くもしたくないけど、こだわって作っていくと原価もかさんでいく。正解がないなかで、いろいろな人に相談して、自分たちの想いも織り交ぜながら決めました」(渡辺さん)
「お互いに商品を作るのが初めてなので、いろいろ情報を集めました。特にタンブラーは作業工程が複雑でかなりコストがかかっているので、それを反映すると最終的な価格が高くなってしまう。さすがにその金額じゃ売れないだろうということで、コストを抑える方法を探したり、本当に試行錯誤でしたね」(西村さん)
忘れられない言葉
「96(クロ)」のロゴは、渡辺さんが書いた無数の「96」のなかから西村さんが「これだ!」というひとつを選んでデザイン。
商品からロゴまですべてが揃ったのは、初めて出展した合同展示会「大日本市」(2018年8月開催)の直前だった。
環境への配慮から、商品のパッケージもすぐに捨てられてしまう紙の箱ではなく、布を採用。ランチョンマットなどに再利用してもらえれば、と思いを込めた。
念願の自社商品を手にした渡辺さんは「感無量でした」と笑顔で振り返る。
「自分の会社の商品があるということが、もう嬉しくて、嬉しくて。可愛くてしかたなかったですね」
「大日本市」では、塾長の中川政七に苦労した価格設定についてアドバイスをもらい、「なるほどな」と納得したという。
そして、懇親会の席では中川政七商店の千石あや社長とも話をした。ふたりは、その時にかけられた言葉が今も忘れられないという。
「自分たちですごくいいものを作ったと思っても、いきなり最初から売れるということはまずないんです、と言われました。
今すごく有名なブランドになっている人たちも継続して、課題をクリアして、今がある。そういう気構えでモノづくりをしていくのが大事ですと励まされて、泣きそうになりましたね」(渡辺さん)
「三条市には新ブランドを作って成功している企業もあるのでどうしても気になっちゃうんです(笑)。
でも、千石社長に、あきらめないで、めげないでやってくださいと言われて、やっぱり地道に、着実に継続してやっていくのが強いよなと思いました」(西村さん)
講座を修了したらそれで終わりではなく、中川政七や中川政七商店とつながりができるのもコトミチの魅力だろう。
「96(クロ)」のテーブルウェアは自社ホームページだけでなく、三条市にある羽生紙文具店pippiなど取扱店も増えており、少しずつ売れ始めている。
初年度に予定した売り上げにはまだ達していないが、新製品の告知、販路の開拓、カトラリーの開発などやるべきこととやりたいことは尽きない。ひとつひとつ課題を解決しながら、ふたりは二人三脚で前進していく。
<取材協力>
株式会社テーエム
代表取締役社長 渡辺竜海さん
http://tm-tm.net/
NISHIMURA DESIGN
西村隆行さん
https://www.nishimuradesign.com
96 -KURO ブランドページ
http://96bst.com/
文:川内イオ
写真:菅井俊之