「持ち運べる道具」と聞くと、なんだかワクワクしませんか?
食卓を飛び出して外で食事が楽しめるお弁当箱、星空の下だって寝室にできるテントや寝袋。ポータブルな道具は、「いつもの場所」から私たちを解き放ってくれます。
いつでもどこでも、抹茶を楽しむ
実は茶の湯の世界にも、そんな道具があります。その名は「茶箱」。
箱の中にお茶を点てる道具が一式入っていて、お湯を用意して箱を開けば茶室でなくてもお茶が気軽に楽しめるのです。千利休の時代から使われていました。
今日は、とりわけ現代のポータブル性を追求して生まれた小さな小さな茶箱をご紹介します。
片手にすっぽり収まる、「手のひらサイズ」
まずはこちらをご覧ください。
箱の中身を広げてみると‥‥
奥左から、やかん、茶碗をすすいだ湯水を捨てる建水 (けんすい)
手前左から、茶碗、茶入れ、折りたたみ式の茶杓 (ちゃしゃく)、茶筅 (ちゃせん)、茶筅を入れる茶筅筒、茶巾を挟んだ茶巾筒
手のひらに収まるサイズ感だけでも大興奮してしまいましたが、中にはしっかりと道具が一式入っています。さらには、一般的な茶箱では別添えで用意する必要がある湯沸かし道具まで、茶箱の一部となっいることに驚かされます。
この一式に、お抹茶と水さえあれば、本当にどこでも、お茶が点てられてしまうのです。
この茶箱を生み出したのは、金沢の金工作家、竹俣勇壱 (たけまた ゆういち) さん。
竹俣勇壱さん
1975年金沢生まれ。95年に彫金を学びはじめ、アクセサリーショップを経て2002年に独立。2004年、アトリエ兼ショップ「KiKU」オープン、2007年には生活道具の製作も開始。輪島塗の塗師、赤木明登氏からの依頼をきっかけに茶杓を製作。以来、茶の湯を研究し、茶箱などの茶道具も手がけるように。2011年、金沢東山に2店舗目となるアトリエ兼ショップ「sayuu」オープンし、そこを拠点にしながら、全国での展覧会も積極的に開催している。
「お抹茶は、粉をお湯に混ぜて飲むもの。手順としてはインスタントコーヒーと同じくらい手軽です。
茶の湯の本筋からはそれてしまうかもしれないけれど、気軽に持ち運べて、どこでもお茶が飲めるものがあっても良いなあと考えました。コーヒーが苦手なので抹茶が出先でも飲めたら嬉しいという個人的な好みもあり、自分が欲しいと思える理想の機能とデザインの茶箱を作ってみることにしたんです」
そう語る竹俣さんに、この茶箱の中身を詳しく教えてもらいました。
テクノロジーも活用したものづくり
茶箱に詰め込まれた工夫を見ていきましょう。
茶碗は、竹俣さんディレクションのもと、金沢を拠点にデジタル技術と工芸の伝統技術を掛け合わせたものづくりを行うsecca (セッカ) が製作しました。3Dプリンタで原型を作り、焼成時の伸縮率も算出し、缶にぴったりと合うサイズを作っているのだそう。
さらには、金属製の道具にも工夫が施されています。
小さくても、美味しさを諦めない
「小さい器だと茶筅を動かせる範囲が狭くなるので、かき混ぜにくくなります。この茶箱に入れる茶碗は沓形 (くつがた=真円を少し歪めた形) にして、茶筅を縦方向に振りやすくお茶を点てやすくしました」
「抹茶は濃茶 (泡立てずに濃いめに練るように点てる) と、薄茶 (茶筅で泡立てるように点てる) で異なる茶葉を使いますよね。濃茶の茶葉を薄茶で使うとあまり点てなくても美味しいので、僕は濃茶用のお茶を使うようにしています。
コーヒーのエスプレッソショットを楽しむような感覚で味わえます。茶碗のサイズも、これよりも小さくすると飲み足りない感じになるので、ちょうど良い具合になっているなと気に入っています」
気軽にカバンに入れて運びたい
いったいどんなきっかけでこれほど小さな茶箱を作ろうと思ったのでしょう。
ジュエリーデザイナーだった竹俣さんの元に、輪島塗の塗師、赤木明登さんから茶箱用の茶杓の依頼が舞い込んだことで、竹俣さんの茶道具づくりは始まりました。
「初めて茶杓の製作依頼をいただいた当時、茶の湯について知識はほとんどありませんでした。資料を集めて読み込むなどしましたが、依頼されたパーツだけ作っていても使い勝手はよくわからない。それで、自分でも茶箱を作って使ってみることにしたんです」
膨大な資料を読み込んだり、お茶のお稽古にも通って道具を観察したり使い勝手を研究したという竹俣さん。実際に使ってみると、様々な気づきが生まれます。
「古いものを色々と見て真似してみました。茶箱は、自分の好みや仕上げたい風情を考えながら、骨董品など古い物の中から探し、さらには箱に入るサイズを苦労して見つけて組み合わせる方が多いんです。相当に神経を使って選び抜いた道具は、一式で100万円を超えてしまうこともしばしば。
運んでいて1つでも壊れたら、せっかく完成させた茶箱がダメになってしまう。そんなことを考えたら、なかなか気軽に持ち運べるものではないですよね (笑) 」
「そして実際に持ち運んでみると、一般的に小ぶりだというものも案外大きいなと気づきました。他の荷物が入ったカバンには収まらず、手提げなど荷物がもう1つ増える感じです。大名にはお付きの人がいたでしょうし、元々はこんな風にお茶箱を自分で運ぶこと自体、なかったのでしょうね」
たしかに、今でこそ荷物は自分で運ぶものですが、大勢の家来がいたら、荷物が多少かさばるくらい気にならなかったはず。ちょっと視点を変えて、現代風のカジュアルで運びやすい茶箱を考えてみたくなったのだそう。
さらに茶箱の研究は進みます。
壊れにくく、メンテナンスできるものを
「ヨーロッパでの展示会に出かける際、茶箱を持って行ってみることにしました。飛行機に持ち込もうとしたら、手荷物チェックで止められたことがありました。海外の人にとって、お抹茶は馴染みのないもの。不審物と思われてしまったんです。
それで、お茶缶を開けられて、抹茶の粉がブワーッと舞い広がってしまって (笑) 」
なかなかの大惨事ですね‥‥。
「これはチェックの厳しい手荷物ではなく、スーツケースに入れて預けるべきだったなあと思いました。預ける荷物に入れるなら、多少手荒に扱われても中で壊れてしまわないものを考えなきゃな、と」
こうして生まれたのが、必要なものがコンパクトにまとまっていて持ち運びやすく、壊れにくい茶箱。この茶箱は、竹俣さんと共に旅を重ねていますが、まだ一度も壊れたことがないのだそう。
「もし壊れても、修理したり取り替えられるように設計しているので、また使うことができます」
カジュアルにお茶を楽しむための道具という位置付けで、高価すぎず、交換やメンテナンスが考えられているのも竹俣さんの茶箱ならではです。
すぐに使えるお気に入りの道具があると、お茶との距離がぐっと近くなりそうです。お茶って、もっと気軽に楽しんで良いもの、身近なものなんだなあと勇気付けられました。
すっかりこのお茶箱に魅了された、わたくし。ドキドキしながら竹俣さんに制作をお願いしてお店を後にしました。
届いたらどこで使おう。オフィスでの休憩時間、旅先で見つけた景色の良い場所、ピクニックのお供に‥‥好きな場所で、自分の道具で点てたお抹茶をいただくひととき。想像を膨らませるだけで心が躍っています。
<取材協力>
sayuu
石川県金沢市東山1丁目8-18
076-255-0183
https://www.kiku-sayuu.com/
文・写真:小俣荘子
*こちらは、2018年5月9日の記事を再編集して公開しました