わたしの好きなもの「食洗機で洗える漆椀」

わたしのお気に入りは、福井県鯖江市にある「漆琳堂」さんの漆器。
 
最初の出会いは、同社が手がける漆器ブランド「aisomocosomo」の湯呑でお茶をいただいた時。
 
塗師であり、漆琳堂の代表である内田さんから「これで飲んでみてください」と出していただいたのですが、それはそれは艶やかでころんと丸く、温かみを感じて「本当にこれが漆器?」と驚きました。

本漆とは思えない軽やかさと可愛らしい色合いも印象的。そして、お茶を飲んでみるととてもまろやかな口当たりで優しくほっこりとした味。
 
漆器でお茶をいただくのは初めてで、器ひとつでこんなにも感じ方が違うのかと感動したのを今でも鮮明に覚えています。
 
それから後に開発された「食洗機で洗える漆椀」。
 
産学官連携にて生まれた耐熱・耐久度の高い漆が施され、食洗機が使えるという画期的な漆椀。
 

サイズは4サイズあり、「小」はお子様にもお使いいただける大きさで、私は「中」と「特大」を使っています。
 
「中」は一般的にお味噌汁など汁物に使える程良い大きさで、頻度高く使用。
 



「特大」はうどんやお雑煮、豚汁、それから親子丼などの丼ものをいただく時にも。
 

 
しっかりと容量はあるけれど平椀になっているため持ちやすく、煮物や和え物を入れるとなんだか上品で美味しそうに見えるのも嬉しい。
 
何度も丁寧に塗りを重ねることでムラの無い美しさと丈夫さを兼ね備えていて、手で塗られているなんて信じられないほどです。使い込む楽しさを感じさせてくれる器だとしみじみ。
 

 
塗師の内田さんは福井県内で最年少の伝統工芸士とのこと。
 
お茶を入れていただいた時のそのお人柄が伝わってくるような、やわらかな漆の器たちです。
 



漆器は特別なものと考えられがちです。実際わたしも漆琳堂さんの漆椀に出会うまではそう思っていました。
 
でも、こちらの漆椀は日々の生活に寄り添ってくれるような椀だと感じます。
 
使い込んで漆が薄くなってきた場合、修理に出すことができるのも、安心してどんどん使えるポイントかも。良いものは長く使える。これも私が大好きなポイントです。
 
先日、インスタライブで漆琳堂さんの工場見学を拝見しました。漆の管理だけでも大変な作業で、さらに、塗られるまでの工程や様々な工夫を見てしまうと、これまで以上に大切に、でもたくさん使いたいという思いでいっぱいになりました。
 
日々の生活に彩を添えてくれる、心のこもったものを使える喜びを感じています。

 

名古屋ゲートタワーモール店  梶川
<掲載商品>
食洗機で洗える漆椀 小
食洗機で洗える漆椀 中

メーカー兼コーディネーター。垣根を越えて動き出す、日本一のデニム産地・福山の今

日本一のデニムの産地はどこだと思いますか?

製品としての国産ジーンズの産地といえば、岡山県倉敷市の児島地区が有名です。でも、ジーンズの生地であるデニムの日本最大産地は、広島県福山市。

実に全国シェア7割を超えるデニムが福山で生産されているのです。

デニム 福山 機械

児島のジーンズも、生地は福山市やお隣の岡山県井原市のデニム素材を使用。

近年ではその品質が海外からも注目を集めています。特にヨーロッパでは、デニムの質の高さ、オーダー通りに仕上げる技術精度、安定した供給力が買われ、ハイブランドから指定されるほど、信頼されている福山デニム。

しかし、その存在は、国内ではあまり知られていません。

今回は、そんな現状を打開しようと産地の中で”新しいメーカーのあり方”を模索する、ある織物メーカーのお話です。

「完全分業」で行われるデニムの製造

福山市はもともと藍染めの織物「備後絣(びんごがすり)」の産地でした。

江戸時代から綿の栽培や製織、染色が盛んだったこともあり、「備後絣」で培われた厚手生地の織布や藍染の技術は戦後、デニム生地の製造へ引き継がれ発展。

デニムの一大産地になってもなお、国内でその存在をあまり知られていないのはなぜなのでしょう。

ジーンズを製品として完成するには、大きく分けて5つの工程があります。

1)糸を作る「紡績」
2)インディゴ染めする「染色」
3)糸を織って生地にする「織布」
4)生地から製品を作る「縫製」
5)出来上がった製品を洗ったり、ダメージ加工をしたりして表情を出す「洗い加工」

デニムの経糸
デニムの経糸は、表面だけインディゴで染めているため、中の芯は白い糸のまま。色落ちによって中の白い部分が表に出ることで表情が生まれる

福山市の街なかには、「紡績」を除く「染色」、「織布」、「縫製」、「洗い加工」の各工程を担う企業が一極集中しています。

中には紡績から織布までの設備を持ち、複数の工程を自社で一貫して製造している大手企業もありますが、大半は各工程を担当する企業が個々に分かれた完全分業制。

各企業が独自の技術を磨き、互いに高めあう環境が、世界に通用する高い競争力の元になっています。

しかし、そうして福山で作られるデニムの多くは、完成品手前の「生地」として法人向けに流通しているもの。

福山デニム

世界に誇るデニムの産地でありながら一般的にあまり知られていないのには、こうした理由がありました。完成品であるジーンズがブランドとして消費者に向けて販売され名前を知られるのとは対照的です。

また、産地の分業体制は地域がワンチームとなってジーンズをつくっているといえますが、個々の会社が100工程以上を細かく分業しているため、ひとつひとつの会社に光が当たりにくいのも事実。

「それぞれの得意分野や強みを生かし、横の連携が取れればもっと新しいもの、高品質なもの、面白い製品が生まれるはず。各社の強みを掛け合わせればどんなことができるか──」

そんな思いから、織布メーカーでありながらコーディネーターのような動き方で「福山のものづくり」に挑んでいるのが、篠原テキスタイルです。

お話を伺った篠原テキスタイルの篠原さん親子。後ろにはデニム生地や製品が様々に並んでいま す
お話を伺った篠原テキスタイルの篠原さん親子。後ろにはデニム生地や製品が様々に並んでいます

100年以上の歴史を持つ織布メーカーの挑戦

篠原テキスタイルは1907年 (明治40年) に、かすり織物製造の個人企業を創業。その後、綿織物に発展し海外へ生地を輸出していた歴史があります。デニム織布の製造にシフトしてからも、品質重視の完成度の高いデニム生地が評価されています。

ショールームの壁一面に並んだデニム地の見本
ショールームの壁一面に並んだデニム地の見本

ひと口にデニムといっても、糸の種類、太さ、形状により生地の種類は様々。中でも篠原さんが得意とするのがテンセルデニムです。

デニム 素材 福山

通常、デニムはコットン(綿花)から製造されますが、「テンセル」は樹木のセルロース(繊維の元)からできた繊維。

デニム テンセル繊維
溶かして濾過したパルプから不純物を取り除き、セルロース (繊維の元) を壊さずに取り出したのがテンセル繊維

自然由来の繊維で、刺激が少なく、肌触りもなめらかでツルツル。生地には独特の光沢があります。肌着や寝具に使われることの多い生地です。

篠原テキスタイルが手掛けるテンセルデニムは、細番手の糸で織るきれいめ、上品な印象。ソフトでしなやかな風合いが特長で、スカートやワンピースにも適しています。

経糸40番という一番細い糸を使っており、通常のデニムより織りにくいにもかかわらず、多品番のテンセルデニムを扱っています。

福山デニム
1950年代から使っている機械式のシャトル織機
風で緯糸を飛ばし、高速、高効率に生地を織るエアージェット織機。柄ものや多重織など、従来のデニムにはない織物の製織が可能になった
短納期で対応できるようにと、24時間操業

世界に向けて福山産デニムを発信していくために

「福山の同業者は仲がいいんです」と語るのは、篠原テキスタイル新事業開発リーダ―の篠原由起さん。

篠原さん

受託メインだった生産体制から、15年前に父親である現社長が自社製品を開発。徐々にそのウエートを高めていく中で、他社との連携も広がっていったといいます。

「昔はBtoBの製品という性質上、技術や情報を社外にもらさず、互いに探りあっていましたが、顧客や技術の囲い込みには限界があります。

それよりも、各社ともそれぞれに得意なジャンルがあるのだから、オープンにして紹介しあう方が、ビジネスに広がりが生まれます。

なんといっても、戦う相手は世界。連携して個々の強みを集結した方がより大きな力になりますからね」

お客さんからの相談に対して、自社よりも他の織布メーカーに適した生地があれば、すぐに紹介。また、染色や加工など、突出した技術を持つ他の専門業者とのコラボレーションにも積極的です。

染糸、製繊、縫製、洗い、特殊加工までをオール福山の繊維専門業者が連携してつくりあげた「F.F.G(fukuyama factory guild)」ブランドのジーンズもその一つです。

福山 デニム タグ
「100%福山品質のライフタイムデニム」をコンセプトに企画した福山ファクトリーギルド(F.F.G)のジーンズ。

同じ地域内で「染色」、「織布」、「縫製」、「洗い加工」という一連の工程が完結できるのは、産地としてのアドバンテージ。

一方で、「こんなジーンズを作りたい」「こんなデニム製品がほしい」と望むお店やデザイナーが、分業制が確立された福山で各工程ごとに適した専門メーカーや問屋を見つけていくのは至難の業です。お客さんの要望に応えるには、各工程をつなぐ役割が必要となってきます。

そこで篠原さんは、同業他社、他の専門業者との連携にフットワーク軽く応じ、メーカーの垣根を超えて顧客の要望に応え、提案する産地のコーディネーターのようなポジションを担っています。

「自社にできないことでも、できる会社がほかにあるなら、紹介しあえば広がる」

ひとつずつそんな経験を積み重ねる中で、連携の輪も広がっていきました。

最近では、福山の中でも突出した刺繍メーカー、美希刺繍さんとともに「糸を使わない刺繍」で浮き出る柄を表現した、ユニークなテキスタイルを手がけたばかりです。

色は薄青と紺の2色。篠原さんの生地を始め、刺繍、縫製、洗いまですべての工程を福山のメーカーで手がける
こちらはブラウス
ブラウス 水鏡 紺
こちらはスカート
スカート 水鏡 薄青

「生地の個性はいろいろ。さらにどんな加工を施すかによって、新しい素材、新しい製品が生まれます。他の専門業者とコミュニケーションをとりながら、素材を探して頻繁にメーカー間を行き来しています」と篠原さん。

デニムはインディゴで染色した経糸と染色されてない緯糸を綾織にしてできあがります。福山というデニムの産地で、分業する各専門業者を経糸とするなら、篠原さんはまさに各社をつなぐ緯糸のような役割を果たしていると言えるでしょう。

経糸と緯糸の組み合わせが無限にあるように、世界に向けた福山デニムの可能性も無限大。ジーンズという枠にとらわれず、デニムの可能性を広げる挑戦は始まったばかりです。

<登場したアイテム>
ブラウス 水鏡
ワンピース 水鏡
スカート 水鏡

<取材協力>
篠原テキスタイル株式会社
http://www.shinotex.jp/


文:神垣あゆみ
写真:福角智江

洗うほど柄が現れる。デニムの一大産地が生んだ「糸を使わない刺繍テキスタイル」とは

一見、薄手のしなやかなデニム生地。でも、光の当たり具合や、軽やかな生地の動きで浮き出てくる丸い柄。

雨降りの日。できた水たまりにぽつりぽつりと雨が映る様をイメージし、「水鏡(みずかがみ)」と名づけました。

▲ 色は水色と紺色の2色

中川政七商店のテキスタイルブランド「遊 中川」の春夏の新作としてデビューした「水鏡」シリーズには、日本でここしかできない、という技術「ワラカット」が活かされています。

実はこれ、生地に施した特殊な刺繍なんです。

生地の経糸(たていと)のみを特殊なメスで1本ずつ柄の形にカットするという技法で、 言ってみれば「糸を使わない刺繍」。


10オンス未満の薄手のインディゴ生地にワラカットを施すことで、生地は一層柔らかさを帯び、その後から洗いをかけることで、生地と模様部分に絶妙な色合いが生まれ、表情をつくりだします。

ワラカットを施すのは美希刺繍工芸さん。刺繍加工に特化した、広島県福山市のメーカーです。


糸のほつれが模様になって浮かび上がる


刺繍というと、ネームを入れたり、絵柄を生地に縫いこむイメージがあります。

美希刺繍工芸でもロゴ、ネーム、柄などの直接刺繍やワッペンを手掛けていますが、それだけではありません。

「こんなことが刺繍でできるの?」と刺繍の概念を覆す斬新な発想で、新たなテキスタイルを創造。刺繍の可能性と領域を広げてきました。ワラカットは、そんな数ある中の一つ。


「刺繍をしながら生地に穴あきをつくるには?と考え出した手法が、ワラカットです」と語るのは、同社代表取締役社長の苗代次郎さん。





「生地は経糸 (たていと)と緯糸 (よこいと) からできているので、先に生地に丸く縁取りしてから内側の糸を切れば、生地に水玉のように穴をあけられます。

でも、糸を縫い付けていく刺繍の機械では、穴をあけることはできません。

うまく糸を切るには、刺繍機の針をメスにすればいい、と考えました。

もちろん『メスのような針』は市販されていないので、既存の刺繍針を加工して砥石やグラインダーで研ぎ、自らメス状に手づくりしました」



▲ 苗氏さんが独自に開発した経糸をカットするメス。はじめは中々思うように生地がカットできず、何度も形状を変え試作して、やっと現在のメスの形状・切れ味になったそうです



このように、針をメスに変える発想から、経糸だけを切って柄を表現する「ワラカット」を開発。

生地の経糸だけをメスで切ると、一見、何の変哲もない生地に見えますが、洗い加工することによって切った経糸のほつれが広がり、ほつれた部分が模様となって浮かび上がります。






洗うと花が咲くように、カットした経糸の一つ一つのほつれ目から繊細な表情が生まれ、独特の風合いの生地に仕上がる、というわけです。


▲ 原反に刺繍する機械






ワラカットに使うメスは、1、2回使うごとに研磨。メスをつくるだけでなく、研磨するのも同社独自の技術です。



▲ 原反に刺繍する機械



▲ まさに先ほどのメス状の針で生地に「糸のない刺繍」が施されているところ。「新しいものづくりができるのは、メカを知っているから。新しい刺繍を開発するときも、必要な機械を考えるところから始めるんです」と苗代さん




▲ジャパンテキスタイルコンテスト、ものづくり日本大賞など、数々の受賞歴を誇る


この技術を駆使して生まれたのが、無地のようでニュアンスのあるテキスタイル「水鏡」です。



▲ こちらはブラウス。うっすらと水玉模様が浮かび上がる





▲ ワンピース



▲ こちらはスカート

 

独学でミシンのメカニズムを習得し、独創的な刺繍を展開


「ワラカットは1995年ごろ開発し、かれこれ25年になりますが、特許は取得していません。

メスからつくりあげてきた技術とノウハウは、盗作も真似もできないという自負があるので、特許を取るまでもないのです」と苗代さんは自信を見せます。

美希刺繍工芸を起こす前には、作業服メーカーに勤務していた苗代さん。入社して、いきなり縫製用ミシンの修繕を担当することに。

全くの未経験から、独学で修繕技術を習得していくうち、縫製用も刺繍用もミシンの基本動作は同じと気づいたそうです。

ペン字の有段者で字を書くことが得意だった苗代さんは、すっかり詳しくなったミシンの構造(メカニズム)ノウハウを生かし、刺繍機を使ったネーム刺繍を専門に手掛ける事業で独立します。

東京で事業をしていましたが、父親が亡くなったため、福山に帰郷。以来、ネーム刺繍からカジュアルウェアへの刺繍に切り替え、事業を展開。次々と従来にないユニークな刺繍を生み出してきました。

 

唯一無二の刺繍技術が育まれたのは、デニムの産地福山


実は今回の「水鏡」テキスタイルは、生地の織りからワラカット加工、縫製、洗いやブリーチ、仕上げに至るまで、全ての工程が美希刺繍さんのある福山で完結しています。

「日本でここしかできない」という独自の刺繍表現を美希さんが生み出せる背景には、この福山の土地柄も深く関係しているのです。

日本最大のデニム生地産地である広島県福山市。

染色、織布、加工、縫製など、それぞれの工程が完全に分業化され、それらが集積して産地を形成しているため、個々の企業は専門技術を絶え間なく高め合っています。

今回のワラカットのようなユニークな刺繍加工は、そのままデニム生地に仕立てた時の付加価値、競争力になるのです。



▲ 美希刺繍さんの特殊な刺繍は他にも。こちらは「モザイク刺繍」。360度回転するメスを装着した刺繍機を開発し、素材を様々な形にカットしながら、モザイク風に生地に縫いつけていきます

 



▲ こちらは木材への刺繍サンプル。木や革など、美希さんの刺繍技術は繊維以外の素材にも広がっています


ワラカット加工による「水鏡」テキスタイルが実現したのも、今回の生地を手がけた福山市のデニム生地メーカー、篠原テキスタイルさんが美希刺繍さんと普段から交流があり、その技術をよく知っていたから。



▲ 美希刺繍さんの工場にて。苗代さんの説明に耳を傾けるのは、今回のデニム生地の織りを手がけた、篠原テキスタイルの篠原さん親子

 


こうして、水たまりと雨をモチーフにした大きな柄をワラカットで入れることで、無地のようでニュアンスのあるテキスタイルが生まれました。

涼やかなデザインの裏に、作り手の熱い想いと産地のパートナーシップあり。ぜひ手にとって、その刺繍の不思議な魅力を感じてみてください。

 

<取材協力>
株式会社美希刺繍工芸
http://www.miki-emb.co.jp/

篠原テキスタイル株式会社
https://www.shinotex.jp/


文:神垣あゆみ
写真:福角智江

無病息災を祈って飾る「黄ぶな」。宇都宮で愛される郷土玩具ができるまで

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

日本人は古くから、ふだんの生活を「ケ」、おまつりや伝統行事をおこなう特別な日を「ハレ」と呼んで、日常と非日常を意識してきました。晴れ晴れ、晴れ姿、晴れの舞台‥‥清々しくておめでたい節目が「ハレ」なのです。

こちらでは、そんな「ハレの日」を祝い彩る日本の工芸品や食べものなどを紹介します。

「無病息災」の祈りを込めた郷土玩具

江戸時代から伝わる、栃木県宇都宮市の郷土玩具「黄ぶな」。ふっくらとして可愛らしい黄色い鮒 (ふな) の張り子人形です。

栃木県宇都宮の郷土玩具・黄鮒(きぶな)

黄ぶなには、こんな言い伝えがあります。

「昔むかし、宇都宮地内に、天然痘が流行して多くの病人が出ました。そこで村人は神に祈り、病気の平癒を願います。ある日、信心深い一人の村人が、病人に与えるために郷土を流れる田川へ魚を釣りに出かけ、鯛のように大きくて変わった黄色い鮒を釣り上げました。これを病人に与えたところ、病気がたちどころに治ったのです。村人たちはこれを神に感謝し、また病気除けとして、この黄鮒を型取り、毎年新年に神に備えるようになりました」

今では、その愛らしい姿から宇都宮土産としても展開されている黄鮒ですが、無病息災を願って玄関先に飾る風習が残っています。

黄ぶなの顔はなぜ赤い?

栃木県宇都宮の郷土玩具・黄鮒(きぶな)

かつては、秋の採り入れ時期が終わってからお正月までの農家の副業として、多くの人が黄ぶな制作をしていました。徐々に作る人が減り、一時は途絶えてしまいましたが、現在は宇都宮の伝統工芸士である小川昌信 (おがわ・まさのぶ) さんが復活させ、技術を継承しています。

小川さんの工房を訪れてお話を伺いました。

小川昌信さん
小川昌信さん

「黄ぶなの顔は真っ赤ですが、なぜ赤いのでしょう?酔っ払っているわけでないのですよ (笑) 。

郷土玩具の世界では、『赤もの』と呼びますが、かつて中国から入ってきた思想で、赤には厄除けや病気除けなどの意味合いがあります。だるまや福島の赤べこなど、各地に赤い縁起物がありますね」と小川さん。

制作に加え、小学校の伝統工芸の授業のゲスト講師として、小学校やご自身の工房、修学旅行生のために日光での体験教室でレクチャーも行う小川さん。この日も、県内の壬生 (みぶ) 町立稲葉小学校の子どもたちが黄ぶな作り体験にやってきました。

カラフルな黄ぶなができるまで

「この黄ぶな、何でできていると思う?」と張り子の解説から始まる体験教室。

子どもたちは「木?」「土?」と声をあげます。

「答えは紙でした。木型に紙を張りつけて1日半ほど乾燥させます。黄ぶなの腹部を切って木型を取り出して切り口に紙を張る。ほら、こんな風に出来上がるよ」小川さんのレクチャーは進みます。

貼り合わせた紙が乾いたら切り込みを入れて、木型を取り出します。
乾いた紙の腹部を切って、木型を取り出すところ
木型通りの形が出来上がります
木型通りの形が出来上がります

「出来上がったものにひれをつけて形を整えたら、膠 (にかわ。動物の皮を煮出してつくられる天然の接着剤) と胡粉 (ごふん。貝殻などをすりつぶした白色の顔料) を塗って白い下地を作ります。乾いたら、この上から色付けをしていきます。今日は、絵の具でみんなで色を付けましょう。まずは黄色から!」と、色付けが始まります。

※実際に販売される黄ぶなは、膠と染料を混ぜて、硬さを熱でコントロールをしながら着色し、艶のある仕上がりにします。

黄鮒に色をつける子どもたち
黄ぶなに色をつける子どもたち

子どもたちは真剣な面持ちで黄色、赤、緑、黒、金と順番に色をつけていきます。

鮮やかな色を重ねていくとなんだか美味しそうに見えてきたりも。「オムライスみたい!」なんて声が上がり、盛り上がりました。先ほど小川さんから教えていただいた「赤もの」の意味や、家での飾り方も習います。

1年間、玄関に飾ることで徐々に色が褪せていく黄ぶな。初詣の際に神社で購入した黄ぶなは、年末にお焚き上げをして、新年にまた新しいものを飾り、改めて1年間の無病息災を願います。

ちょっとおとぼけ顔の愛らしい姿が玄関で見守っていてくれたら、心が和んで、毎日元気付けられそうですね。

<取材協力>

ふくべ洞

宇都宮市大通り2-4-8

028-634-7583

文・写真:小俣荘子

*こちらは、2017年11月12日の記事を再編集して公開しました

洗濯の面倒を解決した、ステンレスの「バスタオルハンガー」

皆さま、家事はお好きですか?

私は、比較的好きなのは炊事・掃除です。

料理はシンプルメニューが多いですが、器好きなので、器に助けられています。掃除はもっぱらクイックルワイパーとコロコロに頼りきり。多少モノが散らかっていても、ゴミや埃は排除して、部屋の空気がよどまないように心がけています。

そして、あまり好きではないのが洗濯です。

「干す&畳んでしまう」行為がちょっと面倒と感じます。せっかちなこともあり、下着やハンカチなどを、洗濯バサミ付きハンガーにとめるのが苦手です。タオルも然りで、バスタオルは何箇所かとめるのがもどかしく感じていました。

もしくは物干し竿に掛けるのも場所を取るので、なんとかしたいなと思っていました。

過去形で言っているのは、現在は、バスタオル用の大きなハンガーを使っていて、過去の悩みがだいぶ改善されているためです。

このバスタオルハンガーは、生活の中で感じる問題を解決すべく、中川政七商店のオリジナルとして5年ほど前に作りました。

発売当時から人気で、ロングセラーの勢いがあります。どうやら、潜在的に同じ悩みをお持ちの方が多かったのだと思います。

バスタオルの幅で作っているので、タオルを折らずに掛けることが出来、乾きにムラが出ません。雨の多い今の時期だと部屋干しの機会も増えますが、このハンガーだと室内にも掛けやすく、通気も良いので乾きやすく、臭いも気になりにくいようです。

大きな見た目がなんだかユニークで、インテリアとしても悪くない存在感です。

業務用クリーニング用品を作り続けているメーカーにオーダーしていて、ぱっと見は量産品のようですが、溶接や磨きなど職人の手による工程も意外と多いもの。品質重視で100%日本製にこだわるメーカー製です。

家事に関する便利グッズが市場にたくさんあるのは、忙しい現代人の楽に・楽しく・スピーディーに家事をこなしたいという需要の表れでしょう。

道具は使いこなしてこそ活きるので、ストレスを軽減してくれる道具を厳選して、ガンガン使い倒すのが理想の家事仕事だと思っています。

そして、「そうそう、こんなの欲しかった!」と多くの方に言ってもらえる新たな道具を作れるように、生活の中にヒントをせっせと探しております。

 

<掲載商品>
バスタオルハンガー(中川政七商店)

<関連商品>
カーペットクリーナー(中川政七商店)
THE COLOCOLO BY NITOMS(THE)

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

文:細萱久美

*こちらは、2017年7月1日の記事を再編集して公開しました

持ち運びできる茶道具セット、竹俣勇壱さんの手のひら「茶箱」で一服を

「持ち運べる道具」と聞くと、なんだかワクワクしませんか?

食卓を飛び出して外で食事が楽しめるお弁当箱、星空の下だって寝室にできるテントや寝袋。ポータブルな道具は、「いつもの場所」から私たちを解き放ってくれます。

いつでもどこでも、抹茶を楽しむ

実は茶の湯の世界にも、そんな道具があります。その名は「茶箱」。

箱の中にお茶を点てる道具が一式入っていて、お湯を用意して箱を開けば茶室でなくてもお茶が気軽に楽しめるのです。千利休の時代から使われていました。

今日は、とりわけ現代のポータブル性を追求して生まれた小さな小さな茶箱をご紹介します。

片手にすっぽり収まる、「手のひらサイズ」

まずはこちらをご覧ください。

茶箱
直径7.5センチメートルほどの缶に入った茶道具。片手で持ててしまいました!

箱の中身を広げてみると‥‥

茶箱から取り出した茶道具
左奥の銀色の器はお湯を沸かすやかんです。道具の後ろにある通常サイズの茶釜と同じ役割を果たします。大きさにして1/10以下!比べると、その小ささが引き立ちます

奥左から、やかん、茶碗をすすいだ湯水を捨てる建水 (けんすい)
手前左から、茶碗、茶入れ、折りたたみ式の茶杓 (ちゃしゃく)、茶筅 (ちゃせん)、茶筅を入れる茶筅筒、茶巾を挟んだ茶巾筒

小さくてもしっかりお茶がたちます
小さくても美味しいお茶が点ちます

手のひらに収まるサイズ感だけでも大興奮してしまいましたが、中にはしっかりと道具が一式入っています。さらには、一般的な茶箱では別添えで用意する必要がある湯沸かし道具まで、茶箱の一部となっいることに驚かされます。

ヤカン
茶箱の蓋に金具を取り付けると、やかんに早変わり!足元の板に旅館の鍋料理などに使われる固形燃料を置いて火をつければお湯が湧きます。出先でお湯を確保することは案外難しい、という経験から加えられた道具です

この一式に、お抹茶と水さえあれば、本当にどこでも、お茶が点てられてしまうのです。

この茶箱を生み出したのは、金沢の金工作家、竹俣勇壱 (たけまた ゆういち) さん。

竹俣さん
金沢のひがし茶屋街にある町家を改装したアトリエ兼ショップ「sayuu」で迎えてくださった竹俣さん

竹俣勇壱さん
1975年金沢生まれ。95年に彫金を学びはじめ、アクセサリーショップを経て2002年に独立。2004年、アトリエ兼ショップ「KiKU」オープン、2007年には生活道具の製作も開始。輪島塗の塗師、赤木明登氏からの依頼をきっかけに茶杓を製作。以来、茶の湯を研究し、茶箱などの茶道具も手がけるように。2011年、金沢東山に2店舗目となるアトリエ兼ショップ「sayuu」オープンし、そこを拠点にしながら、全国での展覧会も積極的に開催している。

「お抹茶は、粉をお湯に混ぜて飲むもの。手順としてはインスタントコーヒーと同じくらい手軽です。

茶の湯の本筋からはそれてしまうかもしれないけれど、気軽に持ち運べて、どこでもお茶が飲めるものがあっても良いなあと考えました。コーヒーが苦手なので抹茶が出先でも飲めたら嬉しいという個人的な好みもあり、自分が欲しいと思える理想の機能とデザインの茶箱を作ってみることにしたんです」

そう語る竹俣さんに、この茶箱の中身を詳しく教えてもらいました。

テクノロジーも活用したものづくり

茶箱に詰め込まれた工夫を見ていきましょう。

茶碗もぴったり
蓋をあけるとパズルのように無駄なく道具が収まっています。持ち運んでいるときに中でカタカタと揺れ動いて壊れないよう、箱に沿う形の茶碗。茶碗の中に入っている茶入れも木製なので、お互いが接触しても割れにくくなっています

茶碗は、竹俣さんディレクションのもと、金沢を拠点にデジタル技術と工芸の伝統技術を掛け合わせたものづくりを行うsecca (セッカ) が製作しました。3Dプリンタで原型を作り、焼成時の伸縮率も算出し、缶にぴったりと合うサイズを作っているのだそう。

さらには、金属製の道具にも工夫が施されています。

茶筅筒や茶巾筒、やかんの金具は、薄い金属で作ることでしなるように設計されています。これがクッションの役割になって衝撃を緩和します

茶筅筒は、茶筅の癖直しとしても活躍する
茶筅筒は、筒の中で閉じてしまった茶筅の穂先を広げて整える、「茶筅くせ直し」としても活躍する優れものになっています。しなるように設計した結果、伸縮で筒のサイズが変わるので2役を担うことになったのだそう

小さくても、美味しさを諦めない

「小さい器だと茶筅を動かせる範囲が狭くなるので、かき混ぜにくくなります。この茶箱に入れる茶碗は沓形 (くつがた=真円を少し歪めた形) にして、茶筅を縦方向に振りやすくお茶を点てやすくしました」

沓形の茶碗
沓形の茶碗。茶筅はお茶を点てるのに必要な穂先を確保した上で、柄の長さを短くすることで茶箱に収まる長さになっています

「抹茶は濃茶 (泡立てずに濃いめに練るように点てる) と、薄茶 (茶筅で泡立てるように点てる) で異なる茶葉を使いますよね。濃茶の茶葉を薄茶で使うとあまり点てなくても美味しいので、僕は濃茶用のお茶を使うようにしています。

コーヒーのエスプレッソショットを楽しむような感覚で味わえます。茶碗のサイズも、これよりも小さくすると飲み足りない感じになるので、ちょうど良い具合になっているなと気に入っています」

茶筅の横の隙間に、板チョコを入れれば、お菓子も茶箱の中に収まる
竹俣さんは、茶筅の横の隙間に個包装の板チョコを入れておくのだそう。菓子器がなくてもアイデア次第でお菓子も中に収められるのですね

気軽にカバンに入れて運びたい

いったいどんなきっかけでこれほど小さな茶箱を作ろうと思ったのでしょう。

ジュエリーデザイナーだった竹俣さんの元に、輪島塗の塗師、赤木明登さんから茶箱用の茶杓の依頼が舞い込んだことで、竹俣さんの茶道具づくりは始まりました。

「初めて茶杓の製作依頼をいただいた当時、茶の湯について知識はほとんどありませんでした。資料を集めて読み込むなどしましたが、依頼されたパーツだけ作っていても使い勝手はよくわからない。それで、自分でも茶箱を作って使ってみることにしたんです」

茶箱の棚
店内には様々な取り合わせの茶箱が並んでいました

sayuu内観
店の奥には、茶室と作業場が設置されています。作ったものは実際に茶室で試して、使い勝手を検証するのだそう

膨大な資料を読み込んだり、お茶のお稽古にも通って道具を観察したり使い勝手を研究したという竹俣さん。実際に使ってみると、様々な気づきが生まれます。

「古いものを色々と見て真似してみました。茶箱は、自分の好みや仕上げたい風情を考えながら、骨董品など古い物の中から探し、さらには箱に入るサイズを苦労して見つけて組み合わせる方が多いんです。相当に神経を使って選び抜いた道具は、一式で100万円を超えてしまうこともしばしば。

運んでいて1つでも壊れたら、せっかく完成させた茶箱がダメになってしまう。そんなことを考えたら、なかなか気軽に持ち運べるものではないですよね (笑) 」

竹俣さん

「そして実際に持ち運んでみると、一般的に小ぶりだというものも案外大きいなと気づきました。他の荷物が入ったカバンには収まらず、手提げなど荷物がもう1つ増える感じです。大名にはお付きの人がいたでしょうし、元々はこんな風にお茶箱を自分で運ぶこと自体、なかったのでしょうね」

たしかに、今でこそ荷物は自分で運ぶものですが、大勢の家来がいたら、荷物が多少かさばるくらい気にならなかったはず。ちょっと視点を変えて、現代風のカジュアルで運びやすい茶箱を考えてみたくなったのだそう。

さらに茶箱の研究は進みます。

壊れにくく、メンテナンスできるものを

「ヨーロッパでの展示会に出かける際、茶箱を持って行ってみることにしました。飛行機に持ち込もうとしたら、手荷物チェックで止められたことがありました。海外の人にとって、お抹茶は馴染みのないもの。不審物と思われてしまったんです。

それで、お茶缶を開けられて、抹茶の粉がブワーッと舞い広がってしまって (笑) 」

なかなかの大惨事ですね‥‥。

竹俣さん

「これはチェックの厳しい手荷物ではなく、スーツケースに入れて預けるべきだったなあと思いました。預ける荷物に入れるなら、多少手荒に扱われても中で壊れてしまわないものを考えなきゃな、と」

こうして生まれたのが、必要なものがコンパクトにまとまっていて持ち運びやすく、壊れにくい茶箱。この茶箱は、竹俣さんと共に旅を重ねていますが、まだ一度も壊れたことがないのだそう。

「もし壊れても、修理したり取り替えられるように設計しているので、また使うことができます」

カジュアルにお茶を楽しむための道具という位置付けで、高価すぎず、交換やメンテナンスが考えられているのも竹俣さんの茶箱ならではです。

竹俣さんといろんな場所に出かけてきた茶箱
竹俣さんといろんな場所に出かけてきた茶箱。一層手に馴染むものになっているように感じました。この茶箱、私たちもお店や展示会で購入できます (一式13万円 税別) 。人気のため売り切れている場合は、製作依頼も可能とのこと

すぐに使えるお気に入りの道具があると、お茶との距離がぐっと近くなりそうです。お茶って、もっと気軽に楽しんで良いもの、身近なものなんだなあと勇気付けられました。

すっかりこのお茶箱に魅了された、わたくし。ドキドキしながら竹俣さんに制作をお願いしてお店を後にしました。

届いたらどこで使おう。オフィスでの休憩時間、旅先で見つけた景色の良い場所、ピクニックのお供に‥‥好きな場所で、自分の道具で点てたお抹茶をいただくひととき。想像を膨らませるだけで心が躍っています。

<取材協力>
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文・写真:小俣荘子

*こちらは、2018年5月9日の記事を再編集して公開しました