「漆業界には発明家兄弟がいるんですよ」
そんな言葉を聞いたのは、越前漆器の産地、福井県鯖江市河和田(かわだ)地区を取材していた時のこと。
なんと、その兄弟が発明したものは、日本のほぼすべての漆器産地で使われているそう。
まるで、漆業界の「ライト兄弟」のようです。
全国の漆器づくりを大きく変えた道具とは一体どんなものなのでしょうか。
実際に使われている現場を訪れ、その兄弟が発明した道具を見せてもらうことにしました。
作業効率アップ!一台で何役もこなす「真空吸着ろくろ」
「これはすごいんですよ!」
越前漆器の老舗「漆琳堂」代表の内田徹さんが興奮気味に紹介してくださったのは「ろくろ」。
漆器を載せて回転することで研ぎや磨き、塗りなどを均一にきれいに仕上げる、漆器には欠かせない機械です。
従来のろくろと何が違うのでしょうか。
「これまでのろくろは、回転する部分に漆器を押し当てながら作業をしていました。そうすると片手でしか作業できず、作業性が悪かったんです」
「しかしこの『真空吸着ろくろ』は、真空ポンプによって減圧されるので、ろくろと漆器が真空状態で密着されるんです。手を使わなくても固定できるようになり、両手で作業ができるようになりました」
「回転速度を変えられるのも、このろくろのポイント。これまでは用途別のろくろが必要でしたが、1台で研ぎから上塗りまで全部できるので、漆器づくりが大きく変わりました。まさに画期的な機械だと思います」
漆業界の働き方改革を実現した!?「回転装置付きムロ」
漆器のなかで、神経をつかう作業の一つが「乾燥」。
漆器を塗ったまま放置すると、漆が下に垂れるため、「ムロ」といわれる大きな木の棚の中に入れ、ぐるぐると回転させる「返し」を行いながら漆の垂れを防ぎます。
「昔の職人さんたちは、一定時間毎にムロのなかの漆器を返さなければならなかったんです。夜中でも起きてムロを見に行くことは日常茶飯事。お盆や正月はもちろん、昼も夜も休みがないので、漆職人の仕事は過酷だと敬遠されることもあったそうです」と内田さん。
これまでモーターを取り付けた「回転ムロ」はあったものの、モーターが回りっぱなしでは逆に塗った刷毛の跡が消えず、また、大きなモーターの振動によってホコリが落ちるデメリットもありました。
そこで誕生したのが、「回転装置付きムロ」。
停止時間をタイマーでセットすることで、回ってはしばらく止まり、一定時間経つとまた回転する動きが可能に。さらにムロに直付けできるほど機械が小型化し、振動も起こらなくなりました。
時間を気にせず、いつでも漆器を乾かすことができるようになり、より計画的に漆器をつくることができるようになったそう。作業もぐっと早くなりました。
お母さんたちの声から生まれた「ホットびんづけ」
そうそう、これも……と内田さんが見せてくださったのは、掌におさまるほどの小さな円柱状の棒。
「これは『ツク』といいます(産地によって呼称の違いあり)。漆を塗る際に、お椀を手で直接持たずに、このツクをつけて持ちながら塗ります。お椀とツクをつけるためには、『びん付け』という作業が必要で、主に女性が担当していました。
何百個ものツクに、一つひとつロウと菜種油を練り合わせた接着剤を塗っていくのですが、これがまた手間のかかる作業だったんです。しかも、従来のツクは取り外した時に跡がついてしまうことも問題でした」
これを解決したのが「ホットびん付け」。
一見、これまでのツクと変わらないように見えますが、熱に当てることで、接着面の特殊な樹脂が溶け、漆器にくっつくと冷めて硬化します。
一つのツクでなんと約300回つけはずしが可能。使うたびにびん付けを行う必要もなく、さらに取り外したときに跡もつきません。
まさに漆器業界に革命を起こした道具や機械の数々。
これらをつくった兄弟とはどんな方なのでしょうか。ますます気になってきました。
漆業界のライト兄弟がやってきた!
ご登場いただいたのは、川嶋雅彦(かわしま・まさひこ)さんと川嶋由紀彦(かわしま・ゆきひこ)さん。
福井県福井市にあるカワシマ商事株式会社を兄弟で営んでいます。
「創業は今から50年前で、もともとは屋根の融雪施設をつくる会社でした。北陸は冬場雪が多いので、屋根に取り付けた面状ヒーターで雪を溶かすというものです」
地元の電力会社の依頼で、北陸のさまざまな場所に融雪装置を取り付けていたカワシマ商事。
ところがその融雪装置を見た石川県輪島の漆器組合から、「ヒーターで湿度を発生させる装置ができないか」と相談されたことから、事業が大きく変わっていきます。
「まさか漆器組合から相談を受けるなんて思いもしませんでした。それまで漆器のこともよくわかりませんでしたが、どうやら漆は湿度で乾くらしいと知り、いろいろ案を考えていったんです」
従来は湿らした布をムロに吊るし、湿度を加えながら乾かしますが、湿度を一定にするのが難しく乾きにムラが出ることもあったそう。
そこで川嶋さんたちは、水を含ませた加湿用のマットをムロの底面に設置し、熱することで発生した蒸気が全体に行き渡る装置を開発。
実際に依頼先の輪島で実験したところ大成功し、漆器業界に大きな反響を呼ぶ商品となりました。
その後、乾燥装置の営業で全国各地の漆器産地をめぐっていた川嶋さん。すると、産地から「こんな機械がつくれないか」という要望が増えていきます。
「技術のことは弟が担当しているんです。私は工房を回って『仕事で困ったことがないか、機械で不具合がないか』と職人さんたちの声を持ち帰るのが仕事ですね」と雅彦さん。
「小さい頃からラジオ少年だったので、機械をさわるのは好きだったんです。あれこれ試してうまくいった時はやっぱり嬉しいですよね」と由紀彦さんも微笑みます。
各産地で拾った声を兄の雅彦さんが弟の由紀彦さんに伝え、かたちにしていく。
この連携で、漆業界では乾燥装置に続く革命的な発明がいくつも生まれました。
職人の声を取り入れ道具をアップデート
「川嶋さんの機械は40〜50年経っても現役。ほとんど故障しないんですよ」
と語る内田さん。漆琳堂ではなんと、先々代の頃から愛用しているものもあるそう。
「ちょっとくらい壊れた方が商売的にはいいんだけどね(笑)。でも、各地の職人さんから呼ばれることは多いですね。リクエストに応えて改良しているうちに、同じ機械でも種類が増えていきました。例えば、このろくろも卓上式や移動式など、いつの間にか20種類くらいになってましたね」
と笑う川嶋さんたち。
しかし、取引のある産地をまわっていると、産地の変化を感じることも多いそうです。
「漆器をつくる職人はもちろんですが、道具をつくる職人も高齢化で少なくなっていますね。例えば回転ムロも、機械は私たちがつくれますが、ムロ自体をつくってくれる職人が少なくなっています。河和田にはまだ一人いらっしゃるようですが、ほかの産地では職人さんがいなくなったところもあるんです。産地の縮小は残念ながらひしひしと感じますね」
とはいえ、現在は産地以外のお客さんからの注文も増えているという川嶋さん。工業高校や芸術大学、工芸学校、福祉施設、刑務所など、全国各地に漆器づくりの道具や機械を提供しています。
「これだけはやるまい」と決心した大きな失敗
川嶋さんたちがさまざまな製品を手がけてきたなかで、「これだけはやるまい」と決めた手痛い失敗がありました。
ある依頼で亀甲彫の漆器を全自動でつくる機械を依頼された川嶋さん。お客さんの要望に応えるため試作を重ね、亀甲彫の漆器をすべて機械でつくりあげました。
「自分でもこれはすごいものをつくったなと思いました。ところが、出来上がったものを何日も眺めているうちに、なんだか情けなくなってきたんです」
機械でつくったものは、手彫りと比べ物にならないほど精密に仕上がったものの、自分たちが漆の現場で見てきた、手仕事ならではのぬくもりや味わいがまったく感じられなかったそう。
「こんなものをつくったらあかんな、と落ち込みました。結局その機械はボツにし、それからは直接漆器をつくるようなものはつくらないと決めたんです」
今の技術であれば、機械ですべてつくってしまうことくらいたやすいこと、と語る川嶋さん。
しかし、どんなに技術が進んでも、川嶋さんたちは決してブレることなく、「どうすれば職人さんが効率的に仕事できるか」を一番に考え、手仕事ならではの良さを伝える道具を発明し続けています。
つくり手がいれば、つくり手を支える人たちがいる。
その姿はほとんど表舞台に出ることはありませんが、川嶋さんたちの存在には、日本のものづくりがこれからも生きていくためのヒントが隠されているように感じました。
<取材協力>
カワシマ商事株式会社
福井県福井県堅達町24-39
0776-53-2110
漆琳堂
福井県鯖江市西袋町701
0776-65-0630
https://shitsurindo.com
取材・文 石原藍
写真 荻野勤
<掲載商品>
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