松本の朝は「珈琲まるも」 から。柳宗悦も愛した名物喫茶店へ

旅の途中でちょっと一息つきたい時、みなさんはどこに行きますか?私が選ぶのは、どんな地方にも必ずある老舗の喫茶店。

旅の途中で訪れた、思わず愛おしくなってしまう純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。今回は先日紹介した松本の名宿「まるも旅館」併設の「珈琲まるも」を訪ねます。

まるも旅館を紹介した記事はこちら:「家具好き必見。住みたくなる『まるも旅館』で130年前の日本を体感」

柳宗悦も愛した喫茶まるもとは?

日曜の朝8時。

珈琲まるも

一番乗り、のつもりで到着したお店の前には、すでに行列ができていました。

珈琲まるも

「珈琲まるも」は、併設の「まるも旅館」の一部を改装して昭和期に創業した喫茶店です。

まるも旅館の松本民芸家具
宿の休憩スペース。ソファの後ろが壁一枚挟んで喫茶店になっています

松本民芸家具を惜しみなく使った空間美

お店の魅力はなんといっても、テーブルも椅子もあらゆる調度品がオール「松本民芸家具」であること。

珈琲まるも

もともと松本は、古くから和家具の一大産地でした。職人たちの高度な技術を駆使して生まれた和風洋家具が、松本民芸家具です。

その創立者とされる池田三四郎氏が設計を手掛けたのが、この「珈琲まるも」。オープン時には「民芸運動の父」柳宗悦も駆けつけ、お店の空間美を称えたそうです。

照明などしつらえのひとつひとつにも、設計当時の心意気を感じます
照明などしつらえのひとつひとつにも、設計当時の心意気を感じます

「ウィンザーチェアをはじめとする使い込まれた家具の美しさが見どころです」と語るのは、4代目オーナーの三浦さん。

喫茶に使われている松本民芸家具

淹れたてのコーヒーの香りとクラシック音楽に包まれながら深々と椅子に腰掛けると、まるでタイムスリップしたような気分に浸れます。

ゆっくりとコーヒーの到着を待ちます
ゆっくりとコーヒーの到着を待ちます

おすすめはコーヒーと、はちみつクルミトーストのセット。

トーストはサクサク、くるみのコリコリとした歯ごたえとトロリとしたはちみつが口の中でからみ合います。サラダ付きで食べ応えも十分
サラダ付きで食べ応えも十分

サクサクのトーストにコリコリと歯ごたえの良いクルミ、とろりと甘いはちみつが口の中でからみ合って、ほろ苦いコーヒーともう抜群の組み合わせです。クルミの生産量No.1の長野らしいメニューとも言えます。

「いつもありがとうございます」が似合う店

口福に浸っていると、さすが人気店とあって、開店から30分も経たずあっという間に満席に。

珈琲まるも

けれど不思議とガヤガヤしていません。バシャバシャと写真撮影に熱中する人もなければ (私以外‥‥) 、大きな声で話す人もなし。

大人がゆっくり憩いにきている。初めて来る人も、そんな空気に触れたくてきている。そんな印象を受けました。

「いつもありがとうございます」

お店にいる間、よく耳にしたこの挨拶が、街の人に愛されている何よりの証。

入口の木製ドアは、長年の繁盛を示すように手が触れるところだけ色が変わっていました。

入り口の木製ドア

年数を重ねるほどにやわらかく優しい風合いになっていくのが、松本民芸家具の何よりの魅力と三浦さんは語ります。

この時間が止まったような居心地の良さは、きっと家具自体がゆっくりと時を重ねているからなのだろうと、何度も椅子の手触りを確かめました。

<取材協力>
珈琲まるも
長野県松本市中央3-3-10
0263-32-0115
営業時間:8:00~18:00 (詳細はお店にお確かめください)

文・写真:尾島可奈子

*こちらは、2018年11月20日公開の記事を再編集して掲載しました。地元の人に愛される喫茶店では、ガイドブックに載っていない情報を聞けることも。朝から周辺を散歩して、探してみるのもいいですね。

高知の朝は「喫茶デポー」へ。名物の和洋モーニングとは?

旅の途中で訪れた、思わず愛おしくなってしまう純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。今回は、高知の人々に40年親しまれてきた老舗喫茶店「喫茶デポー」です。

高知の朝食は、喫茶店で

人口1000人当たりの喫茶店数で日本一を誇る高知県 (2014年総務省統計局調査より) 。そんな高知のモーニングは「ちょっと変わっている」と聞き、朝から出かけてみることに。

高知の路面電車「とさでん」に揺られて菜園場町駅まで。繁華街として賑わうはりまや橋の隣駅ですが、川のせせらぎが聞こえる静かな地域です。電車を降りて2分ほど歩くと、喫茶店の看板が見えてきました。

喫茶デポーの看板

扉のチリンチリンという鈴を鳴らしながら店内に入ると、女性たちの笑い声が聞こえてきます。

時計を見ると、朝の9時をまわったところ。お仕事前の方から、家族を送り出した後とおぼしき主婦の方、年配の方もちらほらと。ひとり客からグループ客まで大勢の方で賑わっていました。

お店をぐるりと見回すと、みなさん朝ごはんを食べている様子。さっそく私もメニューを眺めます。モーニングだけで6種類もありました。

「『高知モーニング Part3』が、高知らしくて一番人気のメニューです。きっと驚いていただけると思いますよ」

お店の方にそう言われ、せっかくなのでこちらをお願いすることに。「驚く」ってどういうことだろう?そんなことを思いながら待つこと数分。

「お待たせしました!」と、トレイがテーブルに置かれました。

高知のモーニングメニュー
なんとボリューミー!

登場したのはトレイいっぱいに器の並ぶモーニング。かなりのボリュームに圧倒されながら、お皿を見ていくと、おや?厚切りトーストの横におにぎり??

さらには、コーヒーとお味噌汁が並びます
さらには、コーヒーとお味噌汁が並びます

パン、ごはん、コーヒー、お味噌汁‥‥朝食のオールスターが一同に!これが高知の人々の間でお馴染みのモーニングセットなのだそう。隣のお皿に盛り合わせられたおかずも豪華です。

目玉焼き、サラダ、ウインナー、ナポリタン
目玉焼き、サラダ、ウインナー、ナポリタン。横にはバナナも添えられていました

ふかふかの焼きたて厚切りトーストをかじったら目玉焼きを。コーヒーを一口飲み、サラダを食べたらおにぎりに手をつけ、お味噌汁をすすります。思いのほか違和感なく食べられるものです。なんだかとても贅沢な気分になりました。

「食べたいもの」を素直に乗せた

このメニューを考え出したのは、デポー専務取締役の池田登志子さん。

「朝食で私の食べたいものを考えていったら、トーストとおにぎり両方になったの。おにぎりだったら合わせるのはお味噌汁でしょう、ということで思い切って一緒に乗せてみました。高知市内でこんな組み合わせを提供したのはどうやら私が初めてだったみたい。これがお客さんに喜んでもらえて人気になりました」

40年ほど前、池田さんは夫婦で喫茶店を始めました。当時は高知でも、モーニングは「トーストにコーヒー」というシンプルなメニューが一般的だったそう。ここに登場した池田さんの「和洋モーニング」がヒットします。

すでに人気店となっていたデポーの7店舗で提供されていたこともあり、その認知は高まり、今ではすっかり高知の朝の定番メニューに。デポーでは改良を重ねて、現在のパート3の内容となっています。

コカ・コーラのランプシェード
店内の内装も楽しみの一つ。コカ・コーラのアンティークグッズがいくつも飾られていました。これも池田さんの好きなもの。かなり古いものもあり、評判を聞きつけた日本コカ・コーラの副社長が訪れたこともあったほど。副社長から喜びのお手紙まで届いたそう

「高知では、昔から女性が元気でよく働くと言われているんです。働く女性が朝食を作るのは大変だからモーニングが広まった、なんて話もあるくらい。みなさん朝から元気なんですよね。

お客さんから『ここに来るとホッとする、ここが一番居心地がいい』と言葉をかけていただいたり、ゆったりされている様子を見ると、まだまだやめられないなぁ、やっぱりこういうお店持っててよかったなぁ、好きだなぁと思うんです」

今では役員としてお店の上のフロアにある事務所にいることの多い池田さんですが、出勤すると必ずお店に顔を出すのだそう。昔馴染みのお客さんに挨拶したり、常連のお年寄りの体を気遣ったり。池田さんに会いに通っていると話すお客さんもいらっしゃいました。

池田さんの集めたアンティークのメリーゴランド
店内に飾られている池田さんお気に入りの小物も、お店とともに長年お客さんを見守ってきました

朝から元気な高知の方々と会って、しっかり朝食をいただいたら、こちらも力が湧いてきますね。今日も1日頑張るぞ!と、お店をあとにしました。

喫茶デポー 菜園場店
高知県高知市菜園場町3-8
電話 : 088-884-4973
http://depot.main.jp/depot/depot.html
営業時間 : 10:00〜17:00
定休日 : 無し※元日を除く
駐車場:あり
※京町、知寄町にも店舗あり

文・写真:小俣荘子

こちらは、2018年4月21日の記事を再編集して掲載しました。その土地やお店のこだわりを感じられる喫茶店のモーニングは、旅先でぜひ訪れたいスポットです。

柚木沙弥郎デザインが生きるコーヒー専門店。民芸愛の詰まった鹿児島の可否館へ

旅の途中で訪れた、思わず愛おしくなってしまう純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。今回は、コーヒー好きにも民芸好きにもおすすめしたい鹿児島のコーヒー専門店「可否館 (こーひーかん) 」です。

柚木沙弥郎さんデザインの看板がお出迎え

鹿児島のターミナル駅、鹿児島中央駅から市営バスに乗って15分ほど。護国神社前のバス停から歩いて5分ほどのところに、可否館はあります。

この看板が目印
店名が染め抜かれた暖簾をくぐると‥‥
たっぷりと光の差し込む明るい店内

窓際の席に腰掛けると、入り口の看板と同じデザインのメニューが。

日本を代表する染織家、柚木沙弥郎(ゆのき・さみろう)さんが手掛けたもの。マスターがぜひにと頼んでオリジナルでデザインしてもらったそうです。

タペストリーもありました

注文したのは、はちみつシナモントーストセット。

可否館のはちみつシナモントーストセット

ほろ苦いコーヒーとはちみつがじゅわっと染み込んだシナモントーストは好相性間違いなしですが、一層美味しく感じさせるのがこの器です。

伺うと、はちみつシナモントーストには、必ず熊本の小代焼のお皿を合わせるのだとか。マスターの永田幸一郎 (ながた・こういちろう) さん自ら、窯元に頼んでつくってもらったものです。

黄金色のはちみつシナモントーストに、サイズも色もぴったり合った小代焼のお皿
自家焙煎のネルドリップコーヒーが注がれたカップも、やわらかな黄色が素敵です

これが、コーヒー専門店である可否館のもうひとつの魅力。店内を見渡すと、焼きものやガラスの器が、まるで民芸店のように並んでいます。

可否館
民芸品

お店が、好きな器を飾れるキャンバスに

マスターの永田さんは若いころから絵画や民芸に興味を持ち、自身でものづくりも行なっていたそう。

はじめは家業の材木屋さんを手伝っていましたが、32年ほど前のある日、決心して喫茶店をオープンさせました。

「もともとコーヒーも好きだったので。それに空間があれば、そこに好きな器を飾れるでしょう。お店が私にとってのキャンバスになるんです」

はじめにお店を開いた鹿児島の中心街、天文館で20年。現在の地に移転されて約12年。オープン以来32年ずっと、永田さんが目利きされた民芸の品々が、店内を飾っています。

四季に合わせて並べる品も変えているそう。実際に手にとって購入もできます
四季に合わせて並べる品も変えているそう。実際に手にとって購入もできます

揃える器は地元・鹿児島や九州のものに限らず、日本全国、さらには世界各地のものまで。できるだけ窯元に出向いて、直接購入しているといいます。

「民芸品は、使いやすくないといけません。自分で実際に手にとって使い心地が良く、なおかつ美しいもの、この空間やコーヒーに合うものを選んでいます」

永田さんの「好きなもの」への愛情がつまった可否館。

あと1本、バスを見送ってもう少し休んでいこうかな。そう思わせてくれる居心地のよさでした。

熊本の民芸の名店、魚座民芸店から特別に譲ってもらったという郷土玩具「きじ車」を見せてくださった永田さん。笑顔が素敵です
熊本の民芸の名店、魚座民芸店から特別に譲ってもらったという郷土玩具「きじ車」を見せてくださった永田さん。笑顔が素敵です

可否館
鹿児島県鹿児島市永吉2-30-10
TEL:099-286-0678
http://coffee-kan.com/
営業時間:10:00〜20:00
定休日:第1・第3・第5水曜日
駐車場:あり

写真:尾島可奈子

飛騨高山の純喫茶「飛騨版画喫茶ばれん」 春慶塗の器で味わう一口サイズの贅沢

こんにちは。ライターの岩本恵美です。

旅の途中でちょっと一息つきたい時、みなさんはどこに行きますか?私が選ぶのは、どんな地方にも必ずある老舗の喫茶店。

お店の中だけ時間が止まったようなレトロな店内に、煙草がもくもくしていたり。懐かしのメニューと味のある店主が迎えてくれる純喫茶は密かな旅の楽しみです。

旅の途中で訪れた、思わず愛おしくなってしまう純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。今回は、飛騨高山の版画文化に触れられる「飛騨版画喫茶ばれん」を訪ねます。

歴史ある町家で、版画に囲まれてひと休み

JR高山駅から徒歩10分。古い町並みの一つ、三町伝統的建造物群保存地区の目抜き通りに「飛騨版画喫茶ばれん」はあります。

飛騨版画喫茶ばれん外観

ここは約400年前の商家の面影を残す、この町で最も古い建物なんだとか。明治8年の大火で燃えてしまった家屋が多い中、この町家には天保6年と記された柱も残っているといいます。

「このあたりの家は軒先が低くて、家の奥へ行くほど天井が高くなっているの。軒の高さを陣屋(昔のお役所)より高くしてはいけなかったからなんです」と、店主の中村隆夫さんが教えてくれました。

飛騨版画喫茶ばれん 店主・中村さん
店主の中村隆夫さん。海外の友人からこの建物を絶賛されたこともあり、喫茶店にしたそう

どの席にしようかなと見渡すと、店内の壁には版画作品がいっぱい。どれも地元の作家の方々による作品です。

展示されている作品のほとんどは購入できるというので、ギャラリーの中に喫茶店があるかのようです。

飛騨版画喫茶ばれん1階
飛騨版画喫茶ばれん
飛騨版画喫茶ばれん
2階から吹き抜けを見下ろした光景。力強い大型版画は地元の中学生たちによる卒業制作

飛騨高山のモノクロームな美意識

「でも、そもそもなぜ版画?」

この疑問を中村さんにぶつけてみると、「木の国でもある飛騨高山では版画美術がさかんで、学校でも熱心に教えるほど。この土地に根付いているものなんです」とのこと。

さらに、木材の黒と漆喰壁の白から成る飛騨高山の家屋、木造家屋の黒と雪の白が織りなす冬の景色が、白黒版画の美的感覚に通じるものがあるといいます。

「版画は飛騨高山の伝統的な町並みを邪魔しないもの。しかも、こうして店内に飾れば作家さんを応援することもできますよね」

店内の版画作品を見つつ、このあたりに並ぶ町家で2階に上がれるチャンスはめったにないので、階段を進みます。

飛騨版画喫茶ばれん
階段にも版画
飛騨版画喫茶ばれん
2階は、天井は低くても長居したくなる居心地の良さ

「ちょっとずつ」が贅沢な楪子甘味

腰を下ろしてひと息ついたら、小腹も空いてきた様子。メニューをながめていると、ちょっと変わったものを発見しました。その名も「楪子 (ちゃつ) 甘味」。

「ちゃつ」とは、精進料理やお茶席で使われる漆塗りの木皿とのこと。高山では、お祭りのときに客人に料理をふるまうために使われ、昔はどの家にも50~100枚ほど木箱入りで必ずあったのだとか。

一度に何軒も挨拶に回るお客さんのために、小さいお皿に赤飯やお刺身、天ぷらなどをのせて出していたといいます。ほどよい食べ切りサイズのご馳走なんて、粋なおもてなしです。

今ではそうした文化は廃れてしまったものの、中村家で代々使っていた春慶塗の楪子を再活用して生まれたのが、甘味を少しずつ盛った「楪子甘味」だそう。

飛騨版画喫茶ばれん「楪子甘味」
緑茶がついた楪子甘味セット (900円) 。コーヒーセットは1100円
飛騨版画喫茶ばれん 楪子甘味

北海道産の大納言小豆を使用したぜんざいに、白玉、栗の甘露煮、きな粉と抹茶のわらび餅が少しずつ楪子にのせられて運ばれてきました。

甘すぎない小豆に、もちっとした白玉をほお張ったら、「次はぷるんとしてそうなわらび餅にしようかな。きな粉と抹茶どっちにしよう?」なんて迷えるのも「楪子甘味」ならではの贅沢です。

ゆっくりとした時間の流れに身を任せて、緑茶をすすりながらボーっとするのも至福のひとときです。あともう少しだけ休んだら、もうひと歩き。飛騨高山の版画文化や町家のこと、楪子のことを知ったら、古い町並みがまた違った姿に見えてきそうです。

飛騨版画喫茶ばれん
地元の版画作家の作品を中心に、ポストカードなど雑貨も販売
飛騨版画喫茶ばれん
旅の記念になりそうなお店の版画ポストカードも

飛騨版画喫茶ばれん

岐阜県高山市上三之町107

TEL:0577-33-9201

営業時間:8:30~17:00(12月~3月は9:00~16:30)

定休日:不定休

文・写真:岩本恵美

益子の純喫茶「古陶里」ランチのポークステーキも益子焼で

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

お店の中だけ時間が止まったようなレトロな店内に、煙草がもくもくしていたり‥‥懐かしのメニューとあたたかな店主が迎えてくれる純喫茶は、私の密かな楽しみです。

旅の途中で訪れた、おすすめの純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。今回は、焼き物の町、益子で地元ファンも多いという「古陶里 (ことり) 」さんを訪ねます。

益子のメインストリート、城内坂から北へおよそ10分。窯元めぐりの成果を両手いっぱいに歩いていると、白壁の美しいログハウス風のお店に出会いました。

お店の外観
可愛らしい看板が出迎えてくれました
可愛らしい看板が出迎えてくれました

よし、ちょっとひと息つこうと中に入ると、高い天井にほの明るいランプの照明。器探しにはり切っていた肩の力がゆっくり抜けていきます。

店内の様子

オーナーご夫妻が切り盛りするお店は、築100年以上の古民家を引き取って、45年ほど前に始めたのだそう。使い込まれた木のテーブルに、可愛らしいメニューがよく似合います。

メニュー

ちょうどお昼時。お腹も空いていたので、おすすめのポークステーキを注文しました。ほかほかと湯気を立てる料理を運んでくれたのは奥さん。

ポークステーキランチ

「ステーキを食べ終わったら、ソースが残るでしょう。ご飯を半分残しておいて、一緒に食べると美味しいわよ」

とっておきの食べ方を教えてもらいました。もちろん、ぽってりと厚みのある器はどれも益子焼です。

やさしい水色が料理を引き立てます
やさしい水色が料理を引き立てます
ご飯がのっているお皿も‥‥
ご飯がのっているお皿も‥‥
スープ皿も、もちろん益子焼です!
スープ皿も、もちろん益子焼です!

お腹いっぱいになって、しめのコーヒーを頼みます。今度はご主人が運んできてくれました。

濱田窯のコーヒーカップ

「これは濱田庄司さんの開いた、濱田窯の器ですよ」

日用の器の産地としての益子の基礎を築いた濱田庄司。そのコレクションや当時の暮らしを拝見できる益子参考館へは、ちょうどこの後向かうつもりです。

聞けばメニューや看板のイラストは、近くの和紙産地である那須烏山市の和紙作家さんによるものだそう。ここにも、ものづくりとのご縁がありました。

お店に飾られていた原画。お店を始めた当初の看板娘だった奥さん、妹さん、ご友人の3人がモデルだそうです
お店に飾られていた原画。お店を始めた当初の看板娘だった奥さん、妹さん、ご友人の3人がモデルだそうです

器探しのひと息に訪れた喫茶店で、また益子焼の器に出会う。土地の器が当たり前に出てくる贅沢を味わいました。

古陶里
栃木県芳賀郡益子町益子2072
0285-72-4071
営業時間:11:00~19:00
不定休

文・写真:尾島可奈子

愛しの純喫茶〜出雲編〜バラのようなご当地パンが楽しめる「ふじひろ珈琲」

こんにちは、ライターの築島渉です。

旅の途中でちょっと一息つきたい時、みなさんはどこに行きますか?私が選ぶのは、どんな地方にも必ずある老舗の喫茶店。

お店の中だけ時間が止まったようなレトロな店内に、煙草がもくもくしていたり。懐かしのメニューと味のある店主が迎えてくれる純喫茶は密かな旅の楽しみです。

旅の途中で訪れた、思わず愛おしくなってしまう純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。今回は、この出雲のご当地パン「バラパン」をおいしい自家焙煎珈琲とともに楽しむことができる創業35年の老舗純喫茶、「ふじひろ珈琲」を訪ねます。

縁を結ぶ土地・出雲の名物マスターに会いに。

縁結びの神様として知られる出雲大社から車で約15分。ツタの絡まる重厚なたたずまいの純喫茶「ふじひろ珈琲」は、出雲を走る県道28号線沿いにあります。

ふじひろ珈琲店表

「自家焙煎 珈琲専門店」と書かれた看板の前に立つと、もうコーヒーの香りがいっぱい。

良い香りに包まれながらドアを開けると、年季の入った木のテーブルや椅子、昔ながらの赤い布張りの長椅子。「いらっしゃいませ」とカウンターの向こうでマスターが微笑んでくれます。

店内

この日私が訪れたのは午前11時頃。「うちはスパゲッティとかカレーとか、そういうお食事は置いてないの。だから、この時間はちょうど空いてるんだよ」と笑う渋いお髭のマスターは、伊藤博人さん。

マスター

伊藤さんが「ふじひろ珈琲」をオープンしたのは、35年前。一旦は故郷の出雲を出て就職しましたが、Uターンして好きなコーヒーの店を始めることを決意。店名の「ふじひろ」はお名前の真ん中の二文字から、ご両親が命名してくれたのだとか。

地元民に愛される「バラパン」とは?

開店以来ずっと地元の人のために美味しいコーヒーを淹れている伊藤さんのおすすめが「バラパンセット」。ブレンドコーヒーまたは紅茶のセットがセットになって600円です。

「バラパン」は、島根県出雲市では知らない人はいないという、バラの花の形をしたご当地パン。くるくると巻かれたパンの中にたっぷりのホイップクリームが入っていて、とても美味しいのだそうです。

もともとは地元ベーカリー「なんぼうパン」が60年以上前に販売を始めたバラパン。「ふじひろ珈琲」では「なんぼうパン」から生地を仕入れ、抹茶、マロン、ホイップ、ストロベリーのクリームを挟んだ4種のオリジナル・バラパンを楽しめます。

この日は伊藤マスターいち押しだというマロンのバラパンを、ブレンドコーヒーと一緒にいただきました。

コーヒーとバラパン

クリームを挟んで、長いパン生地がくるくると花のように巻いてあります。ちょっと中身をめくってみると、マロン色のクリームが中心だけでなく巻かれたパンの間にもたっぷり。

口に入れると、まずパン生地の柔らかいこと!キメの細かい優しい生地で、耳までしっとり。軽い口当たりで品の良い甘さのマロンクリームも相性ばっちりです。

甘すぎる菓子パンが苦手な人でもぺろりといける、出雲の人たちに愛されるのも納得のおいしさです。

バラパンを上から見た様子

そして、自家焙煎の豆をつかった「ふじひろ珈琲」オリジナルブレンドは、すっきりとしたコクと酸味がある一杯です。

コーヒー

そして、実はバラパンは遠くはなれた宮城県でも人々に親しまているそう。宮城で被災されたご友人を持つマスターは、バラパンセットの売上の一部を使ってお店のお客さんたちと共に東日本大震災の被災地へ赴き、現地でバラパンをふるまう支援活動を行っているのです。

変わらない場所、変わらないご縁

懐かしさを覚えるたたずまいの店内ですが、改装のたびにお客さんから「椅子を変えないでね」とお願いされてしまうのだそう。

そのため、張替え用の布地をロールで買いつけ、シートだけ張り替えてもらっているとのこと。「変わらないって、大変なんですよ」といたずらっぽく笑います。

椅子

「赤ちゃんのときから知っている子が、大人になって結婚して、また赤ちゃんを連れてきてくれるんです。何十年も毎日来てくれているお客さんが、脚が悪くなっても『マスターの顔見ないと落ち着かん』って、息子さんに手を引かれてコーヒーを飲みに来てくれたり。今までもこれからも、この店でみんなで楽しめて、喜べて、それでみんなが幸せになったら、私も幸せなんです」

この店でプロポーズを受け幸せを掴んだお客さんが、「ふじひろ珈琲」トリビュートで作ってくれたというCDを手に顔をほころばせる伊藤さん。純喫茶は、そこに純な思いのある「人」があってこそ。「神の国」出雲でのおいしくて素敵な「ご縁」に、ほっこりとしたひとときでした。今度は、どのバラパンを食べようかなぁ。

ふじひろ珈琲
島根県出雲市渡橋町1223
0853-24-1760
営業時間:8:00~19:00
定休日:日曜

文・写真:築島渉