フィリップ・ワイズベッカーが旅する たった一刀で形づくる、木彫りの亥を求めて

日本全国の郷土玩具のつくり手を、フランス人アーティスト、フィリップ・ワイズベッカーがめぐる連載「フィリップ・ワイズベッカーの郷土玩具十二支めぐり」。

いよいよ最終回となる連載12回目は、亥年にちなんで「奈良一刀彫りの亥(イノシシ)」を求め、奈良の大林杜寿園を訪ねました。それでは早速、ワイズベッカーさんのエッセイを、どうぞ。

──────────────────────────────────────

奈良のせんとくん

亥に会うため、奈良に来た。
いったい何処に隠れているのだ?鹿の存在は、あちこちにあるが。

横断歩道を渡っている鹿

横断歩道にて。

奈良の道路に描かれた鹿のマーク

道路上にて。

鹿をかたどった彫刻

私たちが訪ねた一刀彫り職人の工房のウインドーにまで‥‥。たまげた!

職人

あぁ、やっと!亥が現れた!

職人は、すでに作業にとりかかっている。
一刀彫りという技術で、楠の塊を彫っている。

一刀彫りで作られた木の犬と道具

しかしこれはデモンストレーション用で、実のところ、今は戌を制作中だという。

犬の写真

この写真がお手本になっているということか。ふむ‥‥。

干支の木彫り人形

板の上に並べられたのは、戌、亥、そして干支の仲間たちだ。

訪問は終わった。私の眼差しは、あちらこちらをさまよい、止まる。

お茶会の様子

鹿(そして亥)の国の訪問の後は、中川政七商店本社での忘れがたいお茶会だった。

──

文・デッサン:フィリップ・ワイズベッカー
写真:フィリップ・ワイズベッカー、貴田奈津子
翻訳:貴田奈津子

Philippe WEISBECKER (フィリップ・ワイズベッカー)
1942年生まれ。パリとバルセロナを拠点にするアーティスト。JR東日本、とらやなどの日本の広告や書籍の挿画も数多く手がける。2016年には、中川政七商店の「motta」コラボハンカチで奈良モチーフのデッサンを手がけた。作品集に『HAND TOOLS』ほか多数。

わたしの一皿 土鍋のある景色

気づくと食器棚のうつわたちが冷えてきました。

冬がもうすぐそこか。家にはそんな、目に見えるだけじゃない「景色」がある。

生活の景色。たとえば、個人的には火を使って料理をするとか、家電をなるべく目立たせたくないとか、そんなことだったりするんだけど、景色って実はとても大事でしょう。今日はそんな話。みんげい おくむらの奥村です。

土鍋をふだん使っていますか。

うちは断然土鍋派。炊飯器やら、ホットプレートと一体になったような鍋、そんな便利な家電もたくさんあるだろうが、それでも冬にはぜったいに土鍋の景色がほしい。

もちろんそれは景色だけの話ではない。味もよいのです。

うちでご飯を食べると「普段はしないんだけど‥‥」って言いながらおかわりをする人が多いから、まず間違いないのだと思う。これホントの話。

冬に限らず毎日のように土鍋で米を炊いたり調理をしたりしているけれど、冬は特によい。

何がよいって、土鍋を火にかけるとなんとなく部屋があたたまったり、湿度が高まったりする感じがある。はかったことはないが、たぶん事実だ。

これがそもそも景色としてよい。湯気がぼぼーっと立ち上るあの姿はなんともホッとする景色でしょう。

いやいや、そんなの時間がある人しかできないよ、とは言わないで。土鍋で米を炊くことをおぼえると、炊飯器よりも楽。

僕なんかとうの昔に炊飯器を捨ててしまったので、電気の炊飯器だとどう炊いてよいかわからない。

米を炊くのに使う土鍋は主に2つで、米炊き専用の深さがあるものと、今日使っている万能のもの。

後者は伊賀の量産のもので、値段も使いやすさもバランスがとてもよいもの。伊賀の土で作られた土鍋はこういったものから、作家さんのこだわりのものまでかなり幅が広いが、ともかくも土鍋と言えば伊賀、という産地。

初めて土鍋を買うなら、見た目も大きさもクセのない、できるだけふつうのものがよいでしょう。変わったものは慣れてからにすべし。

網に盛りつけられた小えび

今日はいつもの市場で安かった小エビを使った炊き込みご飯。こういう時の定番の桜エビに限らず、淡いピンク色の小エビは炊き込みご飯に映える。

これはいわゆるアミ。塩辛なんかに使うやつ。酒と薄口醤油だけであまり強い味をつけない、ごくごくシンプルな仕上げに。

ごま油や中華だしで炊けば中華風になるし、バターを入れるとちょっと洋風に。炊き込みご飯は具も味付けも自由度が高く、大好きだ。

小エビの炊き込みご飯をつくる風景

炊き込みご飯の時にこちらの土鍋を使うのは口が広くて、炊き上がりの景色が特によいから。小さなエビで一面薄ピンク。たまらんのですよ。

この土鍋ご飯の炊き上がりの湯気の感じなんてのは、末代まで伝えたい日本の家族の風景だと思っている。

土鍋でつくる炊き込みご飯
茶碗に盛りつけられた炊き込みご飯

薄味で仕上げて、最後に小ねぎをたっぷりとまぜこむ。これでまた色がよくなりますね。ああ、たまらない。

今日のものはえびから出る塩気もそれほど感じられないもので、実にあっさりと仕上がった。おかずと食べてもちょうどよい炊き込みご飯。

日本酒を飲みながらだったら塩をぱらりとふりかけるかもしれない。食感が欲しければごまでもどうぞ。

土鍋っていうのは本当にふしぎなもんで、生き物のような、相棒のような、特別な感情が湧く。

土鍋を洗っていると、なぜか必ず「お疲れ様、今日もありがとう」と思えてくる。炊飯器にはそんなこと思ったこともない。

鍋底にだんだんに火の色が付いたり、うっかり吹きこぼしてその跡が付いたり。ふとそんなのが目につくとまたこれが愛おしい。

奥村 忍 おくむら しのぶ
世界中の民藝や手仕事の器やガラス、生活道具などのwebショップ
「みんげい おくむら」店主。月の2/3は産地へ出向き、作り手と向き合い、
選んだものを取り扱う。どこにでも行き、なんでも食べる。
お酒と音楽と本が大好物。

みんげい おくむら
http://www.mingei-okumura.com

文・写真:奥村 忍

<関連商品>
伊賀焼の土鍋

日本のおやつ職人・まっちんと行く、京都の厳選あんこ菓子巡り

こんにちは。元中川政七商店バイヤーの細萱久美です。現在、フリーでメーカーさんの商品開発や店舗運営のお手伝いをさせて頂いています。

かれこれ20年以上メーカーに属していたので、モノづくり関係の知り合いは多いと思います。

特にここ10年は日本の工芸や食品との関わりの中で、実際に自らモノを生み出す作家や職人、自社のモノづくりを熟知している経営者などと接して、その専門について学ぶ機会にも恵まれています。

その道のプロから聞く話は興味深く、我が道を歩み続けて極めていくことは、なかなかマネの出来ることでは無いと感じます。

探求熱心でプライドや誇りを持ちつつも、謙虚かつ貪欲に他から学ぶ姿勢は、見習うべき点多しです。私には作ることは出来なくても、そんな方々の姿勢や、探求の様子を見聞して、伝えることは出来そう。

私の知る尊敬すべきプロが、これはすごいと認めるモノやコトって果たして何なのかを探ってみようと思います。

まずは長きに渡る友人でもあり、仕事でもお世話になっている「まっちん」こと、町野仁英(まちのきみひで)さんが認める「和菓子」は如何に、ということで京都を一日食べ歩きして「これ」と言う逸品を探すことにしました。いつもまっちんと呼んでいるので、ここでもまっちんで失礼します。

岐阜の山本佐太郎商店とのコラボブランド、「大地のおやつ」シリーズ「ツバメサブレ」

まっちんは、知る人ぞ知る和菓子職人。最近は和菓子職人と言う肩書きはやや違和感もあります。

と言うのも、商品開発などプロデュース業も増えており、岐阜市の「ツバメヤ」の名古屋店は、限定の黄金わらび餅を求めて連日行列だとか。岐阜の山本佐太郎商店とのコラボブランド、「大地のおやつ」シリーズは中川政七商店でも安定の人気です。

まっちんは日本の良い素材にこだわって、みんなが安心して食べられるお菓子を、スタンダードなおやつとして作り続けているのがすごいところ。そして間違いなく美味しいのです。

最近では、NHKの「きょうの料理」に出演。珍しくロケありでまっちんが紹介されていました。

なかなか見ないケースで、とても良く編集されていたと思います。この番組でも、簡単でしかもまっちんらしいおやつを作っていました。今の肩書きを言うなら、「日本のおやつ職人」か?

まっちんとの出会いは約9年前くらいで、まっちんが実家の伊賀で和菓子屋を営みつつ、イベントにも精力的に参加していた頃。本わらび餅や草餅、おはぎなどまっちんが作る生菓子に、たまたま訪れた小売店のイベントで出会いました。

その時買って食べた本わらび餅の衝撃は今でも忘れられず。食感やら味やらボリュームやら初めてのわらび餅でした。

それからすぐに伊賀に会いに行ったりと、ぐいぐい行く私を怪しんだか怪しんでないかは分かりませんが、和菓子を通じて仕事と食べ歩き友となった訳です。

まっちんが手がけるおやつから、食生活もマクロビとかオーガニック?とイメージしていたのが良い意味で裏切られ、純喫茶や庶民に愛されるソウルフード好きな点でも食の好みが合います。

でも、和菓子の基本である「あんこ」への探究心や突き詰める姿勢は半端なく、そこは当然ながら単に和菓子好きの私とは次元が違います。

そんなまっちんに一番響くあんこを使った和菓子は果たしてどこのどれでしょう。
事前に厳選した京都のお店五軒を訪れました。

「神馬堂」の焼き餅

上賀茂神社そばの「神馬堂」の焼き餅
上賀茂神社そばの「神馬堂」の焼き餅
上賀茂神社そばの「神馬堂」の焼き餅

まずは、上賀茂神社そばの「神馬堂」さん。

1872年創業、140余年続く焼き餅の店です。別名葵餅と言われる門前菓子です。

餅であんこを包んで焼いたシンプルなお菓子で、素材の味と焼き加減が直に伝わります。素朴な美味しさに惹かれてお客さんが朝から絶えません。一応16時までの営業ですが、手作りなので作れる数に限りもあり、早めに売り切れることも少なくないようです。

お餅の見た目や包装紙の可愛さも含め、私も大好きなお菓子ですが、まっちんも原点のようなお菓子だと語ります。

「神馬堂」の焼き餅を食べる町野仁英さん

まっちん曰く、味に無駄がなくて潔い。毎日作ってるからできる味で、地に足のついた安定感がある。

代々続いているものを淡々と毎日続けられることがすごい。みずみずしさのある餅米とあんこのバランスは、また食べたくなる味だと。

シンプルなだけに誤魔化せないから実は一番難しいかも、とは職人まっちんならではの感想です。
何個でも食べられそうなお餅ですが、先が続くのでひとまず我慢。

電気を使わずに冬を暖かく過ごすアイディアを集めました

先日は季節外れの暖かさでしたが、週末からぐっと冷え込みましたね。なかなか着られなかったニットや厚手のコートの出番がようやくやってきました。

今回は、寒さ対策の記事をご紹介。体の内側も外側も暖めて、寒さを乗り切りましょう!

————————————————

(食)体の中から暖かく

この寒い冬は「生姜好きの生姜シロップ」で体を温めて乗り切ります

 

中川政七商店「生姜好きの生姜シロップ」でおいしい生姜湯やジンジャーエールをご自宅で。

手軽に美味しい生姜湯が飲める!と筆者お気に入りなのが「生姜好きの生姜シロップ」。商品名通り、生姜好きのみなさんにぜひ紹介したい一本です。

産地:読みもの

■□■

かつては琵琶湖の底だった、伊賀の土でつくった土鍋

 

丸く小さなこの器は、耐熱・保温性の優れた土でつくられた伊賀焼の「あたため鍋」。直火も電子レンジもOK!おかゆを炊いたりチャイをつくったり。赤ちゃんのミルクをあたためるのにも最適なので贈りものにもおすすめです!

産地:伊賀

■□■

(衣)インナーもアウターも「味方の一枚」を

THE MONSTER SPEC ダウンジャケット

デザインのゼロ地点 第11回:ダウンジャケット

 

ダウンジャケット誕生のきっかけは、アウトドア好きな男性が九死に一生を得たことからでした‥‥!!そこからどのような歴史、開発を経て今の形に辿り着いたのか?ダウンジャケットの“なるほど”盛りだくさんでお届けします。

産地:東京

■□■

二〇一七 如月の豆知識

 

如月(2月)は少し先ですが、いよいよ本格化してきた寒さに早めの準備が必要。芯まで冷える時期までに揃えておきたい「あしごろも」をご紹介します。

産地:飛鳥・橿原・広陵

■□■

(住)足元を見直してみる

お風呂とトイレ以外、すべてカーペット。堀田さんが選んだ暮らしのかたち

 

「羊毛には調湿機能があって、部屋全体の空気を一定に保ってくれるんですよ。夏は冷たい空気を、冬は暖かい空気を均一に保ちます。エアコンの効きもよくなるので、省エネにもなりますしね」。堀田さんが語る、カーペットの魅力に迫ります。

産地:堺

■□■

(旅)日本の冬と言えばやはり温泉!

ひなの宿 ちとせ

日本三大薬湯と里山料理が待っている。松之山温泉「ひなの宿 ちとせ」

 

やはり寒い日は、温泉に浸かりたい!そんな願いを叶える、編集部おすすめの温泉宿を紹介します。

産地:越後妻有

————————————————

気になった記事はありましたか?読み返してみると、また新しい発見があるかもしれません。

それでは、次回もお楽しみに。

マンションで「お正月を楽しむ」ための工芸を集めました

12月に入り、いよいよ年末年始の色が濃くなってきましたね。
クリスマスが過ぎるとあっという間にお正月なので、毎年お正月準備がバタバタしてしまう方も多いのでは。

お正月をしっかり楽しむための工芸記事を集めたので、ぜひ準備にお役立てください。

————————————————

室町時代から愛でられてきた小さな器、おてしょ皿

 

“おてしょ”とは直径11センチ以内の小皿のこと。室町時代に貴族の器として使われたことが始まりだそうで、その頃からすでに蒐集家がいたとか‥‥!思わず集めたくなるおてしょ皿たちをご紹介します。

2018年2月14日公開
産地:肥前

■□■

プチ書道セット

来年の書き初めは、手のひらサイズの書道セットで

 

とってもカワイイ、コンパクトな書道具セットを見つけました!可愛いだけではなく、白地に鮮やかな絵付けの有田焼の硯、化粧筆としても有名な熊野筆が揃う本格派なんです。新年に向けて、年賀状や書き初めにいかがですか?

2017年12月4日公開
産地:肥前

■□■

大成紙器製作所 POCHI-PON

めでたく「ポン!」と鳴る、新しいぽち袋 POCHI-PON(ポチポン)

 

ZIP!でも紹介されました、今までにないぽち袋 POCHI-PON(ポチポン)。ふたを開けると「ポン!」っという気持ちのよい音が。新年をめでたく迎えられそうです。

2017年11月23日公開
産地:大阪

■□■

中川政七商店のお正月飾り2019年

マンションで楽しめるお正月飾り。小ぶりがちょうどいい、現代の縁起もの

 

中川政七商店の しつらいはじめ・お正月

今年もあっという間に師走です。年末年始の準備はできていますか?年神様をお迎えすべく、気軽に取り入れることのできるお正月飾りをご紹介します。

2018年11月23日公開
産地:読みもの

■□■

ハレの日を祝うもの 古くて新しい縁起物 めでた玩具 土人形

 

まんまるなフォルムに柔らかな色合いが愛らしい郷土玩具たち。見た目の可愛いらしさだけではなく、それぞれに縁起の良いいわれがあるんです。お祝い事や、大切な人を元気付けるちょっとした贈りものに。ここぞというときの自分自身への験担ぎにもおすすめです!

2017年7月8日公開
産地:山口

————————————————

気になる記事はありましたか?読み返してみると、また新しい発見があるかもしれません。

それでは、次回もお楽しみに。

賞味期限はわずか10分。持ち帰り不可の「吉野本葛」で本物の葛を味わう

こんにちは。元中川政七商店バイヤーの細萱久美が、「日本各地、その土地に行かないと手に入りにくい良いモノ」を紹介する連載の第4回目です。

前回のクッキーに続き、今回も食べ物になってしまいました。
グルメでは無いですが、食への関心が高い方だという自覚があります。

ご紹介するのは、我が本拠地の奈良県の一品。ちなみに奈良県は思いの外広く、住んでいる奈良市は奈良県北部ですが、南部地域の方が断然広いのです。

柿で有名な五條や、桜で有名な吉野までは足を伸ばしたことがありますが、天川村、十津川村といった各村は未開拓。いずれ巡ってみたいと思っています。

今回は、南部でも比較的アクセスのしやすい、そして観光地としても人気の吉野のお菓子です。

吉野には特産品も多く、杉や檜と言った木材は「吉野材ブランド」として住宅用に全国に出荷されていたり、気軽なお土産としてはお箸が人気。他には伝統的な手すき製法を守っている宇陀和紙は文化財修復にも欠かせません。

奈良県吉野の風景

食の特産品では、柿の葉寿司、地酒、そして今回スポットを当てる吉野本葛です。葛は植物ですが、「見たことありますか?」と、実は私も聞かれたのですが、意識して見たことはなかったものの、日本全国場所を問わずに生えているそうです。

そんなに一般的な植物とは露知らずでしたが、葛の根から採取する葛粉の製法は大変な手間。根を砕いて、真水で洗ってでんぷん質を沈ませ、上水を取り除いてまた真水で洗い沈める。これを繰り返して純白な葛粉になります。

水が綺麗で豊富な吉野地方独自の水晒製法は、「吉野晒」と言われ、この方法によって精製されたものを「吉野本葛」 または「吉野葛」と呼び、地域ブランドとなっています。上品なとろみと、滋味深い味わいの吉野葛は和食や葛切り、葛もちなど素材を生かした食べ方が多いかと思います。

この連載のタイトルは、「ここでしか買えない」ですが、今回は「ここでしか食べられない」です。しかも驚くなかれ、賞味期限10分の吉野本葛の世界!

目の前で作った葛餅と葛切りを即食べられるお店が「葛屋 中井春風堂」です。なぜ10分かというと、その理由は葛の特性にあり。

中井春風堂の中井さんが葛餅と葛切りを作りながら葛についてお話をしてくださるのも楽しいのですが、中井さん仰るには、葛は「透明感」「滑らかさ」「やさしい弾力」そして、「劣化の著しい速さ」が避けられない要素なのだそう。

奈良県吉野の葛屋中井春風堂
奈良県吉野の葛屋中井春風堂

吉野本葛と水を練り合わせて、火を通すと美しい透明の葛餅や葛切りが出来ます。ただ、その美しい姿を楽しめるのはわずか10分間。

それ以降は水が戻り始め、白濁し弾力も鈍ってきます。ただそれは、葛粉と水という自然の素材のみであるが故、必然の現象なのだそう。

葛屋中井春風堂の葛づくり風景
葛屋中井春風堂の葛づくり風景

目の前で、あっという間に透明の綺麗な葛餅、葛切りが現れたと思ったら、勿体ぶって食べていると確かにじわじわ白く変わってきました。

「あー、無くなってしまうー」と思いつつも、ありがたく美味しいうちに戴きました。これが本当の葛本来の味・・・知っているようで知らなかった世界との出会いです。

葛屋中井春風堂の葛づくり風景

賞味期限の短さゆえに通販は無理で、行かないと食べられないお菓子には、京都の「澤屋の粟餅」、函館近郊の「大沼だんご」など好みが幾つかあり、それをきっかけに旅に行くこともありだと考えています。

旅のきっかけは何でも良いもの。さすがに「10分の為」はなかなかありませんが(笑)。中井春風堂にはお土産にも出来る葛菓子も色々ありますよ。

吉野は全国屈指の桜の名所ですが、これから桜の葉が赤く色づき、11月に入るとモミジが色鮮やかに染まります。

山から愛でる荘厳な紅葉と吉野本葛。なかなかに渋い大人の秋旅におすすめです。

細萱久美 ほそがやくみ

元中川政七商店バイヤー
2018年独立

東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

 

文・写真:細萱久美