手こぎ舟でのんびりお花見 近江八幡の水郷めぐり

場所取りや騒音に困らないお花見、行ってみたくありませんか?

せっかく花を眺めるなら、ゆっくり、粋に楽しみたい、そんな願いが叶う穴場、「近江八幡の『水郷めぐり』」を今日は紹介します。

いざ、近江八幡へ

琵琶湖周辺には水辺だけでなく山もあり、特に京阪神や名古屋の人たちには手軽なレジャー基地になっています。

東岸での観光エリアの代表は大きな城のある彦根でしょう。次には北国街道の宿場町で、「黒壁スクエア」を中心として1980年代後半に町おこしに成功した長浜が挙げられます。そして、近江八幡も忘れないようにしましょう。

水郷と琵琶湖

かつて琵琶湖の周囲には大小約40個の内湖(ないこ)がありました。内湖とは、ほとんどそのまま琵琶湖につながっているような周辺の湖のことをいいます。しかし、戦後の食糧難の時代に、どんどん干拓され農地へと変わっていきました。

大中之湖干拓地の南隣にある「西の湖(にしのこ)」が、現在残っている最大の内湖です。その周辺の湿地帯を「水郷」、あるいは「水郷地帯」といいます。

琵琶湖は1993(平成5)年6月に、「ラムサール条約(特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約)」の登録エリアとなっていますが、2008(平成20)年10月にはこの水郷まで登録範囲が拡大されました。

水郷の中に残されたヨシの群生地。水郷めぐりの手こぎ舟はこの中を抜けていく

時代劇の定番のロケ地

3月末だとまだ少し肌寒い日もあるが、桜の花のつぼみもふくらんで、春はもうすぐ

琵琶湖や内湖は野鳥の生息地・繁殖地であり、その生命を支え、この水郷の光景を特徴づけているのがヨシ(蘆、葭、葦)です。イネ科の多年草で、池や沼などの低湿地に生え、高さは1〜3メートルにもなります。

水質浄化作用の大きいことでも知られていて、1992(平成4)年には「滋賀県琵琶湖のヨシ群落の保全に関する条例」が定められました。この水郷だけではなく、琵琶湖全体でヨシ原(ヨシ群落)の減少に歯止めをかけるための努力が続けられています。

舟をすっぽりと隠してしまうほどの高くて密集しているヨシ原があり、内湖ならではの静かな水面が広がっていて、水郷ではのどかな光景は昔から変わりません。

そのため、格好の時代劇のロケ地となっています。これまでに、『鬼平犯科帳』『剣客商売』『水戸黄門』『雲霧仁左衛門』などが撮影されました。「背の高い草むらの間を船頭が操る舟が通る」「手前に船着き場があって、向こうの水面に背の高い草が伸びている」といったシーンがあれば、「これはおそらく、近江八幡の水郷だろう」と疑ってみていいでしょう。

手こぎ船から眺める桜の風景。「時代劇の登場人物」になり「花見」を楽しむ

そんな時代劇の登場人物になったような気分を味わえる水郷めぐりの舟があります。通年で営業はしているものの、実際には水や風がぬるむようになったら観光シーズン入りです。

この水郷めぐりのコースの一部には桜が植えられているので、もし、3月末か4月初めといった早めの時期に「水郷めぐり」の舟に乗り込んだのならば、「時代劇の登場人物」と「花見」が同時に楽しめます。

水郷めぐりの舟は全部で4種類あり、それぞれ運営者が異なります。また、水郷とは水路でつながっている八幡堀でも別にもう1種類あります。

コースや舟のタイプも異なっていて、「手こぎ舟・エンジン船」「桜のあることろを通る・通らない」の違いがあります。

やはり、「時代劇の登場人物」となれば、手こぎ舟の方が気分が高まります。春先に行くのならば、桜も見たいですよね。この両方が満足できるのは、実は「近江八幡和船観光協同組合」の舟のみとなっています。

近江八幡和船観光協同組合の船頭さんたち。もちろん、「長谷川平蔵・水戸光圀・秋山小兵衛も私たちがお乗せします」
「揺れるから気をつけてね」
のんびりゆったり。最も基本的なコースで約80分の手こぎ舟の旅
春といえば、もちろん桜ばかりではない。菜の花も目を楽しませてくれる
待合場所は、もともとヨシの保管場所になっていた建物だ

満開ももちろんいい。ただ、花筏を割って進むのは水郷めぐりならでは

近江八幡和船観光協同組合が用意しているコースには、比較的近くで最もヨシが茂っているところを回ってくる「水郷めぐり・かわら堀」(60分)もあります。

しかし、桜の並木の下を通るのは残るふたつのコース「水郷めぐり・普通」(80分)と「水郷めぐり・遠回り」(120分)です。春ならばやっぱりこちらに乗りたいところでしょう。

桜が満開になるようならば、同時に菜の花も満開になります。桜はコースのあちらこちらにありますが、メインとなるのは最初のヨシ原を抜けて、掘割りに入ったところです。約40本のソメイヨシノが200メートルに渡り、頭の上に覆いかぶさるようにして植えられています。

満開のときに、舟から見上げると、全部桜の花です。しかし、ちょっと過ぎたぐらいであればがっかりすることはありません。頭の上に桜の花びらが降り注ぐ「花吹雪」だってあります。水面を桜の花びらが埋め尽くす「花筏(はないかだ)」も楽しめます。手こぎ舟がこれを割るようにして進みます。

後ろにうっすら見えている山のうち、低いほうが安土城のあった安土山

【わたしの好きなもの】しめつけないタイツ/冷えとり絹綿スパッツ

 
母譲りのスパッツ愛
 

わたしはスパッツが大好きです。

 

物心つかない頃からわたしのスパッツ人生は始まっています。

 

幼い頃のスパッツといえば、防寒対策、ケガ防止の安全対策、なによりぷくぷくの足にスパッツ姿はかわいいですよね。

 

きっとそのような理由で、母親は私にスパッツを履かせていたのだと思います。

 

そんな母の愛から始まったスパッツ人生。

 

レギンスやトレンカなど名前の変遷があったり、薄いもの厚いもの、柄がついていたり‥‥歳を重ねるごとに様々なスパッツと出会い、付き合ってきました。

 

出かける時、仕事の時、家でリラックスの時、就寝時、ごく自然に、わたしの生活はスパッツとともにありました。

 

スパッツというものは肌に一番近く、密着するものです。わたしは肌が弱い方で、蒸れてかぶれたり、締め付けで痒くなったり、スパッツとの付き合いも一筋縄ではいかないものでした。できるだけお肌に優しくて、着心地のよいものを‥‥と、次第にスパッツに対する眼差しも変わっていきました。

 

中川政七商店に入社して出会ったスパッツ、タイツたちは何よりほんとうに着心地がよいのです。もはや着るというよりも、自分の皮膚をもう一つ装着するような感覚。それだけフィットして、なじみが良く、着続けるうちに育っていくのを実感できて愛おしい、まさに身体の一部です。

 

本日は仕事や外出時に愛用しているタイツと、就寝時に愛用しているスパッツを紹介させていただきます。

 

まずはボックス入りの「しめつけないタイツ 綿」。

 

最大の特徴はお腹まわりのしめつけがないこと。

 

通常1本の平ゴムをぐるっと入れてお腹まわりを留めるものが多いのですが、こちらは広い範囲にゴムを入れており、肌を包み込むように生地を密着させることで、しめつけずにずれ落ちない構造になっています。

 

イメージとしては腹巻のような感じでしょうか。なので履き心地がとっても優しい。

お腹まわりだけでなく足の部分まで同じように作られているので、まるで履いていないような感覚になります。一方で、しっかりと足にフィットする頼もしさも。
 

ふっくらとした生地感で、綿でも暖かいので、夏場以外はほとんど毎日履いています。

 

ロゴマーク入りのボックスが可愛く、ギフトにおすすめ。ボックスは、机の中の文房具の収納などにちょうどよかったりもします。

 

次は家でのリラックスタイムに活躍しているスパッツを紹介します。

 

スパッツは、オンとオフの切り替えにも一役買ってくれている存在です。

 

いくらしめつけないとは言え、一日中わたしの皮膚の一部として頑張ってくれたタイツやスパッツを脱ぐ瞬間は、脱皮するような感覚で開放感に包まれます。その感覚も好きです。

 

そしてお風呂に入り、おやすみ前に新たな皮膚を装着します。

 

それが「冷えとり絹綿スパッツ」。これを足に通した瞬間から、わたしはおやすみモードに入ることができます。

先ほどから「皮膚を装着」など少し不気味な表現をしてしまっていますが、決して言い過ぎではないのです。

 

というのも、こちらのスパッツは肌に接する内側部分が絹の糸で編まれています(外側は綿の糸)。

 

絹は、“人肌”の成分に近いタンパク質でできた繊維。つまり「皮膚を装着」と言っても過言ではないのです。履き心地は優しく「し~っとり」「とろ~ん」 。吸放湿性、保湿性、保温性に優れていることが、この履き心地につながっていると感じます。

 

丈も長めでかかとまで覆えるところも嬉しいです。

 

よくよく考えてみると四六時中スパッツやタイツとともに過ごしてきたわたしの人生。単なる消耗品ではなく、一緒に育んでいく身体の一部のような感覚をもたらしてくれる、わたしの愛用品です。
 

中川政七商店 二子玉川ライズ店 辻川
 


<掲載商品>
冷えとりふくらはぎウォーマー
しめつけないタイツ ウール

「3月のライオン」に登場する将棋駒は退会駒?道具の秘密を追って

「ハチミツとクローバー」で知られる羽海野チカさんによる人気漫画『3月のライオン』。

2017年には実写版映画が公開され話題となりました。若き天才ともてはやされる17歳のプロ棋士を描いたこの作品。ストーリーはもちろんですが、やっぱりさんち読者の工芸ファンの方々は、対局のシーンで使われている美しい将棋駒が気になったのではないでしょうか。

どこで、どんな風に生まれ、どんな物語が隠されているのか。劇中で登場する美しい将棋駒について、映画の装飾を担当された渡辺さんにお話を聞いてきました。

©2017映画「3月のライオン」製作委員会
©2017映画「3月のライオン」製作委員会

-映画で使われている駒は、シーンによって使い分けられているのですか?

「ほとんどの対局のシーンで将棋連盟のものや実際の棋士の先生がお持ちのものをお借りしましたが、その中で3つ、特別なものを用意しています。

映画前編(映画は前後編の二本立て)の冒頭・名人戦の対局時、映画後編のラストの対局時、そして神木隆之介さん演じる主人公の桐山零くんが自宅で使っている駒の3つです。

どのシーンも映画で非常に重要なシーンだったり、想いの込もる道具なので、きちんと選んで用意したものを使いたいなと思っていました」

主人公の将棋駒に隠された秘密

©2017映画「3月のライオン」製作委員会
©2017映画「3月のライオン」製作委員会

-主人公が自宅で使っている駒は、物語の中でも重要な役割がありますよね。

「桐山零くんの駒は実際に使ったものが今ありますよ。ちょっと待ってくださいね」

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「こちらです。映画本編ではほぼわからないのですが、この桐山零くんの駒には実は僕から監督に提案した隠れた設定がありまして。

将棋界には奨励会(正式名称は新進棋士奨励会)という、プロ棋士を目指す方々が所属する研修機関があるんですね。そこで四段に昇段できた、ごく限られた人間だけがプロ棋士になれる。いわば虎の穴みたいなところ。

その奨励会を退会する時に奨励会から将棋駒を贈られる「退会駒」というシステムがあるんです。

原作者の羽海野先生から、主人公の桐山零くんの実のお父さんが将棋をしていたと聞いていたので、お父さんの将棋時代の親友であり、将棋の父である幸田を通じてこれを彼に持たせようと思ったんです。それで、道具としても物語が作れるなと」

箱には桐山零くんのお父さんの名前が。
箱には桐山零くんのお父さんの名前が。

「何十年と使ってきた駒ってどんな風に経年変化するんだろうと思って、実際に色々と見せていただきました。そうすると、つげの飴色がすごくきれいで。みんなの努力の跡ですよね。

今回で言えば桐山親子の努力の跡。その重みを再現しなければと2ヶ月間かけて駒を育てました。

普通に将棋連盟の1階で販売されている比較的安価な駒なのですが、それを日焼けさせたり油を塗り込んだりしてつくっていきました」

袋もくったりと良い感じにくたびれています。
袋もくったりと良い感じにくたびれています。

良い駒を求めて向かった天童で出会った駒師

「冒頭の対局シーンでは天童の掬水(きくすい)さんの駒をお借りしました。掬水さんは将棋駒の伝統工芸士で、息子さんの淘水(とうすい)さんと親子2代にわたって将棋駒をつくられています。

掬水さんのことは商工会の方から紹介してもらって。最初、当たって砕けろで会いに行ったのが出会いです。どんな怖い方が出てくるのかと思っていたら、とってもやわらかい印象で驚いたことを覚えています。

その時は後継者育成講座も見学させていただいたのですが、『王の文字の横文字1本にどういう意味があるか考えてください』なんて授業をされていました。

一筆に対する意味を教えている。これは好きじゃないとできない仕事だなと。その場で今回の映画へのご協力を快く受け入れていただき、今回の撮影が実現しました」

画像提供/掬水
画像提供/掬水

「掬水さんの駒はすべて受注生産のフルオーダーなので、撮影では掬水さんの駒をお持ちの顧客の方にお借りすることになりました。

実際の駒を目にすると、美しさに本当にうっとりしてしまいました。指してみると、映画のシーンでも何度かクローズアップされていたように、指に“チュン”と吸い付く感覚がするんですよね。

棋士の方々は、やはり良い駒はすぐにわかるようです。現場でも『良いの用意できましたね!』なんて言われたりして。主演の神木隆之介さんも“違う”と言ってくれました。やっぱり良い道具を用意すると俳優さんたちも喜んでくれるんですよ」

冒頭の名人戦の撮影風景  ©2017映画「3月のライオン」製作委員会
冒頭の名人戦の撮影風景 
©2017映画「3月のライオン」製作委員会

ラストシーンでは実際の名人戦でも使われた駒を

「後編のラストシーンでは掬水さんの息子さん、淘水さんの駒を使わせていただきました。

お借りしていた掬水さんの駒を返却しに行った日に、ちょうど名人戦が天童で行われていたんですよ。そこでね、迎えにきてくださった掬水さんから『今日の名人戦では息子の駒が使われているんですよ』なんて話を聞いて。

おめでとうございますと言いながら、なかなか技術が継承されなかったり後継者の問題がある中で、この美しい駒を2世代で作っているのがすごいなと改めて思ったんです。

そこで、ラストシーンの駒はもう他のものを用意していたのですが、息子さんの淘水さんの駒をラストシーンのためにお借りできないかってお願いしてみました。その時もダメもとだったのですが、是非にと言っていただいて。

でもまた受注生産なので、どうしようと思ったら『今日名人戦で使っているものをどうぞ』と。もうね、持って帰るのも緊張ですよ。実は掬水さんの駒の時もそうだったのですが、新幹線の中でずーっと膝の上に置いて、トイレにも行けない(笑)

その日の名人戦では佐藤天彦(あまひこ)さんが羽生善治さんに勝ってタイトルを奪取した。まさに時代を変えた駒です。そんな駒を大切なラストシーンに用意することができて、本当におふたりには感謝しています。是非天童にも行かれると良い。おふたりの駒は本当に美しいですよ」

-ありがとうございました。行ってきます!


将棋駒と温泉のまち、天童へ

渡辺さんのお話を聞いて、映画の裏にもこんな物語があったとは、と驚きも冷めやらぬまま天童へ。東京駅から新幹線で3時間、車窓からはまだ残る雪景色を見ることができました。

さくらんぼの木に囲まれた、天童駅からほど近い工房にお邪魔すると、渡辺さんの言っていた通り、とても穏やかな空気で掬水さん、淘水さんのおふたりが出迎えてくれました。

穏やかな笑顔で語る掬水さん。

どうぞ、と早速見せていただいたのは淘水さんの駒。先の名人戦と映画後編のラストシーンで使われた作品です。まさにうっとりするような美しさで、そっと触れるだけで緊張してしまいます。

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将棋駒は製作方法によってスタンプ駒、書き駒、彫り駒、彫り埋め駒、盛り上げ駒と名称が異なります。

スタンプ駒と書き駒はその名の通り、木地に直接文字をスタンプ、もしくは書いたものです。彫り駒は文字を彫って漆をいれたもの。彫り埋め駒は、彫った文字の部分に漆を塗り込み、研いで平滑に仕上げたもの。

盛り上げ駒はその上にさらに文字を漆で盛り上げた最高級品で、タイトル戦で使われるのは盛り上げ駒。掬水さんと淘水さんが作られているのもこの盛り上げ駒です。

それぞれの工程ごとの駒。
左が彫り埋め駒、右が盛り上げ駒。

お話だけではわからないでしょう、と実際の作業も見せていただきました。居心地の良いあたたかい作業場で、現在は掬水さんの娘さんも含めて3人で作業を行なっているそう。とは言っても分担や流れ作業ではなく、ひとりがひとつの駒を担当し、最初から最後まで作っていくのだとか。

製作途中の彫り駒。

駒の木地は伊豆七島のひとつ、御蔵島(みくらしま)のツゲを5年ぐらい乾燥させて使っています。もともとかたく、密度の高いツゲの木地を、陶器の道具で艶出しと木の導管をつぶしてなめらかにしていきます。

そのほかにも山形の刃物、自身で調整して使う蒔絵用の細筆など、ひとつひとつ大切に手入れされている道具を見せていただきました。

この筆を職人さんが自身で調整して使うのだそう。

盛り上げの作業は1枚あたり15分ほど。蒔絵用の細い筆を使って、慎重に慎重に文字を描いていきます。まさに職人技です。

完成した美しい盛り上げ駒。

駒の美しさはもちろん、掬水さん、淘水さんのやわらかいお人柄にも魅せられて、工房を出て帰路につく頃にはすっかり盛り上げ駒の虜になってしまいました。まだ映画を観ていない方は、ぜひちいさな将棋駒たちにも注目してみてください。


3月のライオン

【前編】公開終了
【後編】公開終了

監督:大友啓史
出演:神木隆之介 有村架純 倉科カナ 染谷将太 清原果耶 佐々木蔵之介 加瀬亮 伊勢谷友介 前田吟 高橋一生 岩松了 斉木しげる 中村倫也 尾上寛之 奥野瑛太 甲本雅裕 新津ちせ 板谷由夏 伊藤英明 豊川悦司
原作:羽海野チカ「3月のライオン」(白泉社刊・ヤングアニマル連載)
配給:東宝=アスミック・エース

映画公式サイト 3lion-movie.com

掬水さんのブログ
http://kikusuinokoma.blog.fc2.com

文/井上麻那巳
※こちらは、2017年3月31日の記事を再編集して公開しました。

こんぴら歌舞伎に欠かせない風物詩。春限定で町を埋めつくす「のぼり」の制作現場へ

香川県仲多度郡琴平町。「こんぴら参り」で知られる金刀比羅宮のあるお山のふもとに、現存する日本最古の芝居小屋が存在します。その名も「旧金比羅大芝居」、通称「金丸座」。

こちらでは昭和60年から毎年4月に「こんぴら歌舞伎大芝居」が約2週間にわたって開催され、四国に春を告げる風物詩になっているのだそうです。

そして、この時期に琴平の町のあちこちに掲げられるのが、のぼり。色とりどりののぼりが歌舞伎役者たちや全国の歌舞伎ファンたちをこの町に迎え入れ、ムードを盛り上げます。

こののぼり、聞くところによると琴平町の染屋さんが毎年手作業で染めているのだとか。「こんぴら歌舞伎大芝居」が始まる前の3月、のぼりの製作現場を訪ねてみました。

香川の伝統工芸「讃岐のり染」の工房へ

訪ねたのは香川県の伝統工芸である、讃岐のり染の工房「染匠 吉野屋」。若き4代目の大野篤彦(おおの・あつひこ)さんが迎えてくれました。

「うちは明治の終わり頃、ひいじいちゃんの時代から始まって100年以上讃岐のり染をやってます。

元々は着物の仕事が多くて、洗い張りだとか染め替え、紋付の紋を入れるような仕事をしてたらしいけど、徐々に大漁旗とか祭りの半被(はっぴ)や、神社ののぼりだとかの仕事が多くなって。

春は歌舞伎ののぼりを毎日染めてる感じかな」

と、篤彦さん。

背中に虎を描き染めた半被。力づよく色鮮やかです
背中に虎を描き染めた半被。力づよく色鮮やかです

伺った3月は、まさに歌舞伎ののぼりを染めている真っ只中。

「歌舞伎ののぼりは、年が明けてから3月の末頃までずっと染めています。昔は700本ぐらいののぼりを染めたこともあって、琴平の道という道、路地裏にまで所狭しとのぼりが並んでいました。

風でのぼりがパタパタして夜眠れないなんていう苦情も出たぐらいすごかった。最近では少なくなって100本もないぐらいかな」

と教えてくださったのは、篤彦さんのお父さま、3代目の大野等(おおの・ひとし)さん。讃岐のり染の伝統工芸士です。

工房で頭上を見あげると、のぼりが。染めたものを乾かしているところ
工房で頭上を見あげると、のぼりが。染めたものを乾かしているところ
乾かしているのぼりを見上げる、「染匠 吉野屋」3代目の大野等さん
乾かしているのぼりを見上げる、「染匠 吉野屋」3代目の大野等さん

700本!それは確かに町中がのぼりで埋め尽くされますね。でも最近はずいぶん少なくなったんですね‥‥。

「役者さんの名前を入れるものは毎年染め変えるけど、『金毘羅大芝居』と入れるものは、破れるまでずっと同じものを立てることが多いんですよ。

外に立てるから雨ざらし。色落ちしないようにしっかり染めているから、なかなか色あせないし新しい注文が来ない!

でも、色落ちなんかしたら染め屋としての評判が落ちるし、ここはしっかり染めておかんとあかんやろ(笑)」

のぼりは一枚一枚手染めだといいます。役者名ののぼりには役者の紋を、のぼりの下部にはスポンサーの名前が入りますが、これも紋やロゴを写し取ってやはり手染めです。

700本染めた年は、夜も昼もなくいくつかの染屋で手分けしてのぼりを染めたそうですが、今ではこんぴら歌舞伎ののぼりを染めるのは「染匠 吉野屋」たった1軒になりました。

役者さんの紋を写した型紙。カッターで切り抜いたもの
役者さんの紋を写した型紙。カッターで切り抜いたもの

布の上にこの型紙をおき、のりを置く。のりがついた部分は染まらないので、染料をのせてもこの部分はきれいに染抜かれます。

のりは、もち米を粉にして石灰と塩、ぬかなどを混ぜたもの。とはいえ、この配合は染屋さんにもよるそうで、例えば着物の細かい模様を染めているような染屋さんはもっと細やかなのりを使うといいます。

のりの元になる、もち米を粉にしたもの
のりの元になる、もち米を粉にしたもの
水加減を調整して炊きあげ、のりができあがる
水加減を調整して炊きあげ、のりができあがる

讃岐のり染の特徴として、「筒描き」という技法があります。渋紙の筒袋である「筒」を使ってのりを絞り出して描く技法で、職人の手で自由に描くことができるため、いきいきとした線が染め抜かれます。

歌舞伎ののぼりに関しては、背景の「熨斗(のし)」模様を染めるために、色と色との境目に土手をつくる感じでのりを引きます。

「筒描き」で、色の境目にのりを引く
「筒描き」で、色の境目にのりを引く

父と息子の共同作業「どうぞ、どうぞ」。

のりがしっかり乾いたら、染めの作業です。では、染めている様子を見せてもらえますか?

4代目「伝統工芸士の父が染めます、どうぞ。」
3代目「いま話題の若い4代目が染めます、どうぞ。」

ええと、1つののぼりはやっぱり1人で染めるものなんでしょうか?

3代目「みんなで寄ってたかって染めたら早いんやけど。」
4代目「一緒に染めたら揺れるねん!はみ出るから嫌や!」

言い合いしつつもそれぞれ刷毛を手にし、のぼりを染めに。

手前が4代目篤彦さん、若き職人さんです
手前が4代目篤彦さん、若き職人さんです
染料がはみ出ないように、のりが土手の役目を果たす
染料がはみ出ないように、のりが土手の役目を果たす

‥‥。
‥‥‥‥。
ええと、何か歌ったりとか、2人で話したりとかしないんですか?

3代目「歌は歌わんなぁ。ラジオかな。」
4代目「話すとしたら、次にどこに釣りに行くかかな。」

父親と息子というのは、こういうものなのかもしれません。多くは語らず黙々と。そうこうしている間に、のぼりをくるりと裏向けに。生地をピンと張るための道具、竹の伸子が上にきます。

「のぼりは裏からも見られるものやから、裏から見たときもきれいに見えるように染めるんですわ」

と等さんは裏側にも刷毛をはしらせます。ん?篤彦さんの手元は、刷毛からナイフに変わっています。

生地の裏を、ナイフでなでつけています‥‥
生地の裏を、ナイフでなでつけています‥‥

「これは、生地の微妙な毛羽立ちを抑える作業。乾いたらムラが目立つからていねいにせんと」

と篤彦さん。ずっと家族でやってきているから、道具も手法も自分たちで考えてきたものを受け継いできているとのだといいます。

「次は濃い緑色かな」。色はそのときの感覚で考えるのだそう
「次は濃い緑色かな」。色はそのときの感覚で考えるのだそう
歌舞伎らしい鮮やかな色合いに。「のし」の柄がうかびます
歌舞伎らしい鮮やかな色合いに。「のし」の柄がうかびます
大切な道具、刷毛。この刷毛も今ではつくるひとが少なくなってきています
大切な道具、刷毛。この刷毛も今ではつくるひとが少なくなってきています

これまで、代々世襲でやってきた「染匠 吉野屋」。

「小さい時から近くで親父が染めてるのを見ていて、休みがないのを知ってたから染物屋だけにはなりたくないと思ってたんやけど、いつのまにか染物をやることになって。見よう見まねでやってきて、気づいたら40年経ってたわ(笑)」

と、等さん。篤彦さんも、そんな等さんの背中を見て染物屋になったのでしょうか。

さてのぼりの方はというと、染めたのぼりはしっかりと乾かし、染料を定着させた後、水洗いしてのりを落とします。のぼりとして使えるように縫製まで。縫製は等さんの奥さま(篤彦さんのお母さま)や、お手伝いのスタッフさんでされるのだそうです。

外で水をかけ、のりをおとす。「もち米でできているのりが地面におちると、スズメが食べてお腹いっぱいになりよるんよ。」
外で水をかけ、のりをおとす。「もち米でできているのりが地面におちると、スズメが食べてお腹いっぱいになりよるんよ。」

一枚一枚、色を変えながら親子で染めるのぼり。こんな風につくっているところを見ると、のぼりのハレ舞台を見ずにはいられません。琴平再訪を心に決めました!

こんぴら歌舞伎大芝居。のぼり、ずらり!

4月。ついにこんぴら歌舞伎大芝居の日がやってきました!

胸を躍らせて琴平駅の改札を出ると、早速のぼりが迎えてくれました。

琴平駅の前。鳥居の両側に早速のぼりが!
琴平駅の前。鳥居の両側に早速のぼりが!
金刀比羅宮の参道にも、のぼり
金刀比羅宮の参道にも、のぼり
こんぴら歌舞伎の芝居小屋が近づくと、さらにのぼりが賑やかに!
こんぴら歌舞伎の芝居小屋が近づくと、さらにのぼりが賑やかに!
埋め尽くされるのぼり、圧巻です!
埋め尽くされるのぼり、圧巻です!
ちょうど桜の美しい時期、役者さんの名前も桜をバックにはためいています
ちょうど桜の美しい時期、役者さんの名前も桜をバックにはためいています
こちらは特別バージョン。出産や結婚の記念にのぼりをつくる方もいらっしゃるのだそう
こちらは特別バージョン。出産や結婚の記念にのぼりをつくる方もいらっしゃるのだそう

たくさんののぼりを見上げながら、「旧金比羅歌舞伎大芝居(通称金丸座)」に到着!すでに多くの人々が開演を待ちながら、その情緒ある雰囲気を楽しんでいるようす。

こちらでは江戸時代の中期からさまざまなお芝居が行われており、昭和45年に国の重要文化財として指定されました。一時は建物存続の危機があったものの、「四国こんぴら歌舞伎大芝居」が開催されるようになってからは、春のこの時期には小さな琴平の町に多くの人々が集っているのだそうです。

江戸時代にタイムスリップしたような雰囲気
江戸時代にタイムスリップしたような雰囲気
出店もありとても賑やか!4代目の篤彦さんが考案した、歌舞伎ののぼりでつくった鞄の販売も。すべて1点もの
出店もありとても賑やか!4代目の篤彦さんが考案した、歌舞伎ののぼりでつくった鞄の販売も。すべて1点もの
中に入ると靴を脱いで席にもちこみます。ざわざわした活気、わくわくします
中に入ると靴を脱いで席にもちこみます。ざわざわした活気、わくわくします
花道のすぐ脇から。枡席は、座布団に座るスタイルです
花道のすぐ脇から。枡席は、座布団に座るスタイルです

天井に吊るされているのは「顔見せ提灯(ちょうちん)」というもので、出演する役者さんたちの紋が記されており、興行の際に役者の番付の代わりをしています。また、「ブドウ棚」と呼ばれる天井は、ここから花吹雪を振らせることができるもの。竹で編まれた格子状で、約500本の竹をつかっているのだそう。

回転させることができる「廻り舞台」や、床から妖怪などがせり上がる「すっぽん」という穴、役者などが宙吊りになりながら演じることができる「かけすじ」も健在だとのこと。そして驚きなのが、これらすべてを、なんと今でも人力で動かしているのだそうです!

実は、染め職人の篤彦さんも地元の青年団の関係で毎年「こんぴら歌舞伎」の裏方も務めているとのこと。のぼりを染めるだけでも大変ですが、約2週間にわたる公演のサポートは、琴平愛があってこそ。

歌舞伎のようすは残念ながら撮影ができませんでしたが、枡席に身を寄せ合って座り、役者さんの表情がすぐ目の前に見られるというなんとも贅沢な舞台!休憩時間にお弁当やおまんじゅうなんかを食べながら観る歌舞伎、もうほんとうに良い時間を過ごすことができました。

金丸座、普段は一般に開放もしており、奈落や楽屋など、舞台の裏側まで見学ができるので、春以外の季節もぜひおすすめです。

公演がおわり、皆さん満足そうに感想を語りながら帰途につきます
公演がおわり、皆さん満足そうに感想を語りながら帰途につきます

「染匠 吉野屋」の大野親子が染めたのぼりが琴平の町中に掲げられ、いつもの風景とはまた違う春の琴平町を演出する。琴平町に足を踏み入れてから「こんぴら歌舞伎」の芝居小屋に到着するまで、ほんの少しの道のりではありますが、のぼりに彩られた町並がどんどん気分を盛り上げてくれるようでした。

「うちは芸術品や工芸品をつくってきたわけじゃなくて、ただ地元の人たちが必要とするような日常のものをつくり続けてきただけや」

のぼりを染めながらおっしゃっていた等さん。この地で古くから愛されてきた文化に寄り添いながら、讃岐のり染の技術も空気のようにあたり前に町の中に溶け込んでいました。もちろん、職人さんの日常も。

また来年、桜の咲く頃にこの風景に出あえますように。

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<取材協力>
染匠 吉野屋
香川県仲多度郡琴平町旭町286
0877-75-2628
http://www.somesyou-yoshinoya.com

文・写真:杉浦葉子

※こちらは、2017年4月25日の記事を再編集して公開しました。

ホワイトデーのお返しは老舗菓子店のマシュマロから始まった

もうすぐ3月14日、ホワイトデーです。男性が女性に、バレンタインデーにチョコレートをもらったお返しをするという日ですね。

この文化はいつどこからはじまったのか、みなさんはご存知でしょうか?実は、日本からはじまったものだったのです!

九州・博多生まれの「ホワイトデー」

昭和52年のある日のこと。明治38年に博多で創業した「石村萬盛堂」では、この日も自社のメイン商品となる博多銘菓「鶴乃子」をつくっていました。「鶴乃子」とはマシュマロ生地で黄身あんをくるんだお菓子です。

当時の「鶴乃子」パッケージ。
当時の「鶴乃子」パッケージ。
現在の「鶴乃子」。卵型の箱は今も健在です。
現在の「鶴乃子」。卵型の箱は今も健在です。
卵型のすべすべしたマシュマロの中に、黄身あんが包まれているやさしいお菓子です。
卵型のすべすべしたマシュマロの中に、黄身あんが包まれているやさしいお菓子です。

社長を務める石村善悟さんが、お菓子づくりのヒントを探し、ある少女雑誌をめくっていたところ「男性からバレンタインデーのお返しがないのは不公平!」という投稿を見つけます。これを見た石村さんは「男性から女性へマシュマロをお返しする日を、自社商品『鶴乃子』をきっかけにして作れないかな?」と考えました。

そして出来上がったのが「鶴乃子」をつくる機械を使い、マシュマロの中にチョコレートを包んだ「チョコマシュマロ」。

そのコンセプトはまさに、

「バレンタインデーに君からもらったチョコレートを、僕のやさしさ(マシュマロ)で包んでお返しするよ」

というものでした!

日程はバレンタインデーのちょうど1ヶ月後に設定。満を持して昭和53年の3月、「マシュマロデー」という名称でスタートしたのです。

しかし、数年間はなかなか定着せず、売上の厳しい期間が続いたそうで‥‥。そんなとき、ある百貨店から新しい提案が舞い込みます。

「バレンタインデーのお返しがマシュマロというだけでなく、もっと幅広い文化にできないか?」「マシュマロの白を想起させる、『ホワイトデー』という名称はどうか?」と。

このアイデアを取り込んだことが功を奏し、その後、マシュマロだけでなくいろいろなお菓子やものを贈るという現在の「ホワイトデー」文化が日本にどんどん定着していったのだそう。「ホワイトデー」の誕生についてはもちろん諸説ありますが、日本の老舗のお菓子屋さんが仕掛けたものだったのですね。

創業111年を迎えた「石村萬盛堂」のあらたな挑戦

創業した明治頃の「石村萬盛堂」本店。写真左側、「鶴乃子」ののぼりが。
創業した明治頃の「石村萬盛堂」本店。写真左側、「鶴乃子」ののぼりが。

「石村萬盛堂」は、現在も「鶴乃子」のほか、あらたなマシュマロ製品や和洋菓子の開発を続け、独創性と伝統性を大切にしながら商品開発を行っています。

2017年には、創業111年を迎えるのを記念し「石村萬盛堂」と奈良の「中川政七商店」コラボレーションパッケージの「チョコレイトマシュマロ」が生まれました。

「チョコレイトマシュマロ」5個入り400円(税別)
「チョコレイトマシュマロ」5個入り400円(税別)
「ストロベリィマシュマロ」5個入り400円(税別)
「ストロベリィマシュマロ」5個入り400円(税別)
中にはたっぷりチョコレート。ふわふわとろーりの食感です。
中にはたっぷりチョコレート。ふわふわとろーりの食感です。

博多銘菓として長年愛されてきた「鶴乃子」から生まれたマシュマロ。鶴は夫婦仲が良く、一生を連れ添うことから 「夫婦鶴」といわれ、仲よしの象徴ともされる縁起の良い鳥。これはホワイトデーの贈りものにぴったりです。

また、パッケージの上下には、博多の工芸品である久留米絣をイメージした模様が配されており、ご当地感も忘れません。

今年は元祖ホワイトデーのマシュマロで、お返しの準備をしてみてはいかがでしょうか。「もらったチョコレートを僕のやさしさマシュマロで包んで」お返ししてくださいね。もちろん、マシュマロだけでなく他の贈りものを添えていただいても女性陣は大歓迎であります。

<取材協力>
石村萬盛堂
福岡県福岡市博多区須崎町2-1
092-291-1592
http://www.ishimura.co.jp

文:杉浦葉子
※こちらは、2017年3月6日の記事を再編集して公開しました。

【わたしの好きなもの】蚊帳ケット

 
娘のお昼寝に大活躍。「蚊帳ケット」
 
これまで蚊帳生地はふきんが一番!と思っていましたが、2年前に娘を出産し、日々のお世話をしている中で蚊帳ケットがとても良い商品だと感じました。
 

産まれる前は私が敏感肌なのもあって赤ちゃんには肌に良いものをという視点でオーガニックのものや肌触りの良いものを中心に探し、一般的な袋状のベビー用シーツを購入しました。

 

産まれた後は想像以上にしょっちゅう汚れることに驚きました。

新生児のころは1日1回どころか1日3回以上変える日もしばしば。

あんまり頻度が多いのでいちいちしっかりシーツに入れるのがめんどうになったり何枚も洗い替えを購入することに抵抗を感じ、シーツの上に蚊帳ケットをひくようになりました。

このように、端っこはふとんの下に挟み込んでおけばOK。


すると、外すときはひっぱるだけ、付けるときはパッと広げて端を挟み込むだけ。

洗うのも薄くてかさばらず洗濯機に入れるだけですぐ乾き、しまうときもかさばらず、とにかくめちゃくちゃらくちんになりました。

 

保育園に行きだすと週1でふとんを持ち帰って洗ってこなくてはいけません。

 

ふとんは大荷物ですし、お天気が悪いと乾きづらいことも・・。

そこで冬以外はタオルケットの変わりに蚊帳ケットを用意することにしました。

持ち運びもらくちん、すぐ乾くのでお天気を気にせず洗えて清潔です。




あんまり便利なので、出産した友人には必ず蚊帳ケットをおすすめしています。


デザイナー 山口

 


<掲載商品>
かや織ケット 縞