【わたしの好きなもの】蚊帳ケット

 
娘のお昼寝に大活躍。「蚊帳ケット」
 
これまで蚊帳生地はふきんが一番!と思っていましたが、2年前に娘を出産し、日々のお世話をしている中で蚊帳ケットがとても良い商品だと感じました。
 

産まれる前は私が敏感肌なのもあって赤ちゃんには肌に良いものをという視点でオーガニックのものや肌触りの良いものを中心に探し、一般的な袋状のベビー用シーツを購入しました。

 

産まれた後は想像以上にしょっちゅう汚れることに驚きました。

新生児のころは1日1回どころか1日3回以上変える日もしばしば。

あんまり頻度が多いのでいちいちしっかりシーツに入れるのがめんどうになったり何枚も洗い替えを購入することに抵抗を感じ、シーツの上に蚊帳ケットをひくようになりました。

このように、端っこはふとんの下に挟み込んでおけばOK。


すると、外すときはひっぱるだけ、付けるときはパッと広げて端を挟み込むだけ。

洗うのも薄くてかさばらず洗濯機に入れるだけですぐ乾き、しまうときもかさばらず、とにかくめちゃくちゃらくちんになりました。

 

保育園に行きだすと週1でふとんを持ち帰って洗ってこなくてはいけません。

 

ふとんは大荷物ですし、お天気が悪いと乾きづらいことも・・。

そこで冬以外はタオルケットの変わりに蚊帳ケットを用意することにしました。

持ち運びもらくちん、すぐ乾くのでお天気を気にせず洗えて清潔です。




あんまり便利なので、出産した友人には必ず蚊帳ケットをおすすめしています。


デザイナー 山口

 


<掲載商品>
かや織ケット 縞

【わたしの好きなもの】幸運の白鹿だるま

 

「たくさん集めると逆効果じゃないの?」

 

郷土玩具や縁起物が好きなんだという話をすると、たまにこんなことを聞かれます。

 

なんとなく、神さま同士が衝突しそうなイメージがあるのでしょうか。

 

そんなに心の狭い神さまはいないだろうと思いつつ、そもそもご利益を求めているわけではないので、はじめから気にしていないのが正直なところ。

 

ではなぜ集めるのかというと、とにかく素朴でかわいくて、不思議で、魅力的だから。

 

 

暮らしの中でニーズから生まれ、使われてきた日用の品に対して、人々の祈りや思いから生まれた郷土玩具・縁起物たちはとても自由でユニークです。

 

背景にはその土地の暮らしや信仰にもとづいたエピソードもあり、旅先で見かけると買わずにはいられません。

 

そんな私が今イチオシの縁起物が、中川政七商店の「幸運の白鹿だるま」。

 

だるまの一大産地である群馬県高崎の「三代目だるま屋 ましも」真下輝永さんが制作するオリジナルだるまです。

 

白鹿は、奈良の春日大社の神様が白い鹿にのってやってきたという伝説から、”神様の使い”と言い伝えられています。

 

また、鹿は「禄(ろく)」(=幸い・喜びの意味)と音が通じる事から、とても縁起のいいものとされてきました。

 

白鹿が幸せを運んでくれるようにという祈りを込めて、「幸運の白鹿だるま」は、一つ一つ手作りされています。

 

おなじみのだるまさんのフォルムに、異質な白い下地、虚ろな丸い目、金色で描かれた角(つの)と水玉模様、そして背後についた丸い尻尾。すべてがあいまって、どことなく高貴でもあり、かわいくもある。



 

手作りなので、それぞれ微妙に表情がちがって選ぶ楽しみもあります。

 

また、“白鹿だるま”というストレートなネーミングも最高です。確かに“白鹿をモチーフにしただるま”であり、それ以外に言いようがないわけで、実に潔い。

 

東京の「笊(ざる)かぶり犬」などもそうですが、見た目をストレートに表現したネーミングは、郷土玩具・縁起物の素朴な魅力を引き出す側面も持っているなと感じています。

 

3歳になる息子は「鹿なの?だるまなの?」と若干パニックになっていましたが、モチーフとして鹿とだるまを組み合わせるあたりも自由で素敵です。


 

ちなみに、だるまと言えば選挙で当選した議員さんが目を入れる印象が強いと思います。しかし「三代目だるま屋 ましも」の女将さん曰く、「初めから両目を入れておくのがおすすめ」なんだとか。

 

本来、両目が入ってこそパワーを発揮するものだということで、「幸運の白鹿だるま」も初めから両目が入った状態になっています。

 

ご利益を求めて集めているわけではない、と言いましたが、お祝いとして人に贈る際には、しっかり意味と願いを込められるのも縁起物のよいところ。

 

私も、友人がお店や事業を始めるといったときには、上手くいきますようにと願いを込めて、だるまを贈るようにしています。




中川政七商店 編集担当 白石


<掲載商品>
幸運の白鹿だるま

【わたしの好きなもの】千筋椀


千筋が手にピタッと吸い付くお椀


わたしの好きなものは、越前漆器の老舗 漆琳堂のお椀ブランド「お椀やうちだ」の千筋椀(せんすじわん)です。
 
お椀や うちだの商品を最初に見た時、漆とは思えない鮮やかな色拭き椀のシリーズにとても惹かれました。
「漆ってこんな色も出せるんだな」
と感心し、紺色の色拭き椀を即購入したのをよく覚えています。

 
しかし、ひとしきり感心したあとに「いや、、、そもそも漆ってなんだ?」という思いが湧いてきます。
「わかっているようでわかってないぞ」と思ったわたしは「お椀や うちだ」の説明文に目をやりました。
 
”漆は元来、補強材として用いられていました。木をくりぬいただけのお椀は、汁物をすくいそのまま口に運ぶことが出来る、もっとも原始的な食器。割れ欠けを防ぎ、丈夫に長持ちさせるために漆を塗る、これが漆塗りのお椀の最初の姿です。
その後漆器は、強度と美しさを追求するため、作業工程が何十にも増え、高価になり、気付けばあたかも美術工芸品のような扱いをされるようになりました。
漆琳堂は福井県鯖江市で越前漆器を8代・200年に渡りつくり続けています。伝統技術の継承は大切ですが、私たちは保存されるものをつくりたいのではなく、毎日の暮らしの中で使い続けられるものをつくりたい。
その想いから、漆のお椀の原点に立ち戻った「お椀や うちだ」が生まれました。”
 
そうだったのかと目から鱗が落ちた思いでした。
伝統を大事にしながらチャレンジを続ける「お椀や うちだ」のファンになるのに時間はかかりませんでした。
 
 
さて、千筋椀の話に戻します。
 
写真からおわかりいただけるかと思いますが、千筋椀は木地に等間隔・同じ幅の細い筋を入れたお椀です。
お椀の外側に沿って筋が無数に入るので「千筋」と呼ばれています。
そして、その筋は木地師が轆轤(ろくろ)を回転させながらカンナ一本で入れているのです!
どうやったらこんな正確に筋が入れられるのだろうと思うと頭がクラクラしそうですが、千筋椀の本領はまさにこの「千筋に触れた時」に感じることができます。
 
両手でそっと持ち上げた時の、
「千筋が手の平にピトピトとフィットする心地よさ」×「お椀に入れた味噌汁などのあたたかい温度」
 
これです。
 
あたたかみが心地よく、しっかりと手の平に移ってくる感覚。
「ああ、幸せだな~~」と思わず呟いてしまうこと請け合いです。
 
また、千筋のおかげで他のお椀に比べるとグリップしやすく、手を滑らせてツルッと落としてしまうことも少なくなります。
 
というわけで、我が家ではもっぱら子どもたちのお気に入りに。
持って心地よく、口当たりも優しい千筋椀。
 
これからも一生付き合っていきたいと思うお椀です。


編集担当 緒方

底引き網を支える漁師のおもりが、歯ブラシスタンドになるまで

あなたの地元はどんなところですか?

私はいま、地元の町を出て東京で暮らしています。

たくさんの人が集まる場所で暮らしていると、出身地の話をする機会が多くなるもの。

そんな時、せっかくなら話のネタになるようにと、特産品や地元出身の有名人、観光スポットと呼べそうなところなど、どうにか絞り出して話をしています。

でも、地元を思い返して実際に頭に浮かぶのは、父親とよく行った喫茶店の建物や、部活帰りに寄っていたコンビニの駐車場など、なんでもない景色ばかり。

今日は、そんななにげない原風景のひとつで、最近あまり見かけなくなったある焼き物の話をお届けします。

港で見かけた、漁師のおもり

漁師のおもり
底引き網漁に使われる「おもり」

こちら、海の近くに住んでいた人であれば、見覚えがあるかもしれません。

写真のものはできたばかりでピカピカですが、漁に使われる“おもり”です。

子供の頃、港や海岸に行くと、使い込まれて色あせたこいつがよく落ちていました。懐かしい。

ボロボロに朽ちた漁具
こんな風に、網と一緒にボロボロに朽ちた状態でよく見かけていた

実はこのおもり、鉄や鉛ではなく陶器でできています。

なぜ陶器なのか。どうしてこの形なのか。

考えてみると、落ちているものを見てばかりで、使われているところは見たことがありません。

関東でも千葉の船橋漁港でまだ使われていると聞き、さっそく見に行ってきました。

一度も割れたことがない。耐久性にすぐれた必要不可欠な漁具

船橋漁港
船橋漁港

使っているおもりを見せてくれたのは、船橋市漁業組合で常務理事をつとめる吉種勇さん。漁業歴30年以上のベテラン漁師です。

漁師の吉種勇さん
漁師の吉種勇さん

「瀬戸が見たいんだって?そんなら俺の船に行こう」

そう言ってさっそく漁船に案内してくれる吉種さん。

どうやらこの漁港では、あのおもりは“瀬戸”と呼ばれているようです。瀬戸の方で焼いているらしい、という情報だけ聞いて、そう呼んでいるのだとか。

実際には、岐阜県の多治見で焼かれているものが入ってきているはずなのですが、その話は後ほど。

ともかく船に行ってみると、ありました。その日の漁で使われたばかりの現役バリバリのおもりたち。

まさに使われたばかりの網と重り
まさに使われたばかりの網とおもり

自分が地元で見ていたものよりも新しいのか、まだ綺麗な色をしています。

「ずいぶん丈夫だから、10年に1度くらいしか取り替えない。たまに、乱暴にあつかって割れたって話も聞くけど、この船ではまだ1回も割れてないんじゃないかな。

綱の方がぼろぼろになったんで、最近一部だけ交換したんだけど」

漁師のおもり
この一部だけ交換したそう

ほとんど割れることもなく、海中でも平気。陶器であるのが信じられないほどです。

ちなみに、吉種さんたちがおこなっているのは、底引き網漁。

網を海底に沈めて、船で引っ張りながらその網に入った魚をすくい上げる漁法で、スズキやコハダなどを狙います。

「鉛だけだと重すぎて船で引けないから、陶器のおもりをメインでセットして、必要に応じて鉛を追加して使ってるんだ」

おもりは一定間隔でつけておかないと、網が浮いて魚が逃げてしまう。すべてを鉛にすると、重すぎてダメ。そこで、陶器のおもりとあわせて使って調整しているそう。

おもりのつけ方と鉛の割合は、人それぞれ
おもりのつけ方と鉛の割合は、人それぞれ

陶器のおもりが必要な謎がひとつ解けました。

「親父の代からずっと使っていて、どんな風に何個つければ漁がうまくいくっていう経験が蓄積されている。だから、無くなると困っちゃうな」

おもりをつける間隔や、鉛と陶器の割合などは、漁師さんによって違います。このおもりを今後も使っていきたいと、吉種さんは言います。

漁師のおもりは、無くなってしまうかもしれない

しかし、実はいま、漁師の数が減少している中で、このおもりの需要は激減しています。

このままではいずれ無くなってしまうかもしれません。

波風をものともしない耐久性や、どこか愛らしいその見た目。その特性は別の方法でもいかせるのではないかと、新たな挑戦をしている窯元が、岐阜県多治見市にありました。

多治見の高田焼「マル信製陶所」

徳利で有名な高田焼
徳利で有名な高田焼

「マル信製陶所」は、多治見市の高田・小名田地域で受け継がれている伝統の焼き物「高田(たかた)焼」の窯元。

高田焼の窯元「マル信製陶所」
高田焼の窯元「マル信製陶所」

大正時代から高田の地で製陶を開始し、現在、5代目となる加藤信之さんが奥さまと2人で窯を切り盛りされています。

マル信製陶所の加藤信之さん
マル信製陶所の加藤信之さん

長らく陶器のおもりをつくってきました。

「当初は湯たんぽや食器などもつくっていたのですが、先先代(祖父)の頃から陶器のおもりの需要が高まってきて、その生産に集中するようになりました」

最盛期は全国から注文がきていて、「毎日のように集荷のトラックが来ていた」ほど。

ズラッと焼きあがった、おもりたち
ズラッと焼きあがった、おもりたち。最盛期は倉庫に入りきらないほどだったとか

あの船橋漁港にも、加藤さんがつくったおもりが卸されています。

なぜ、この高田でおもりがつくられるようになったのか。ポイントは土でした。

「高田の土は、キメが細かくて粘性が高く、成形しやすい。低い温度でも硬く焼き締まるので、液体を入れる器として最適でした」

高田焼の土
高田焼の土

硬く焼き締まって水に強い。海中で何年使われてもびくともしないのには、土の特性も関係していたわけです。

この高田の土を使い、さらに真空土練機という機械をつかって土の中の空気を抜く。そしてある程度乾燥させてから丸みをつけるなど加工をして、さらに乾燥させて、釉薬をつけてまた乾かして‥‥と、焼くまでの準備が大変。

高田の土を真空土練機に入れる
高田の土を真空土練機に入れると

空気が抜けた状態で出てくる
空気が抜けた状態で出てくる

そうすることで、漁師のおもりとして使える、ぎゅっと焼き締まった塊の陶器がつくれるんだとか。

「密度の高い状態で焼き締めるので、ちょっとやそっとでは割れません」

と言いながら、肩ぐらいの高さからコンクリートの床へ落として見せてくれましたが、確かに割れない。やはりすごい強度です。

現場でもうひとつ気づいたことは、加藤さん夫妻の作業の丁寧さ。

角の丸みをとる作業や釉薬のつけ方などは、おもりとしての働きとは関係なく、もう少し手抜きでもよいのでは、と思ってしまいますが、そこは焼き物として、美しく仕上げたい思いがあるそうです。

おもりを削る作業
おもりを削る作業

オリジナルの道具で削っていきます
オリジナルの道具で削っていきます

穴の口の部分を滑らかに削る機械
穴の口の部分を滑らかに削る機械

穴に通すロープが引っかからないように削っている
穴に通すロープが引っかからないように削っている

このおもりをどこか愛らしいと感じていたのは、この丁寧な仕事ぶりがあったからなんだと、ふと感じました。

釉薬もこうして丁寧につけていきます
釉薬もこうして丁寧につけていきます

奥さま

歯ブラシスタンドと石鹸置き

ただ、丁寧につくり続けても、注文は年々減少するばかり。

「やっぱり、漁師さんの数が減っているのが一番の原因です」

おもりだけでは厳しいと語る加藤さん
おもりだけでは厳しいと語る加藤さん

と、もはやおもりだけを生産しているわけにもいかない状況の中、新たにつくり始めた商品があります。

「歯ブラシスタンド」と「石鹸置き」
「歯ブラシスタンド」と「石鹸置き」

それが、おもりの形をそのままいかした「歯ブラシスタンド」と、新たに形をつくった「石鹸置き」。

もともとは海で使うものだから、耐久性はお墨付きで、水周りもなんのその。重さも適度にある。

漁師のおもりの特性をいかしたアイデアとして、確かに理に適っています。

歯ブラシスタンドは、ほぼおもりと同じ形状で作成。中の穴について、歯ブラシを立てやすいように大きさを微調整しました。

漁師のおもりで作った歯ブラシスタンド
漁師のおもりで作った歯ブラシスタンド

向かって右は、従来のおもり。穴の大きさと、色味がわずかに違います
向かって右は、従来のおもり。穴の大きさと、色味がわずかに違います

石鹸置きは、シンプルなようで、中心部と外側で厚みが違う焼き物泣かせの形状。

漁師のおもりで作った石鹸置き
漁師のおもりで作った石鹸置き

「厚みが違う部分はどうしても乾き方、縮み方に差が出るので、ひびが入ったり割れやすい。水を切る溝をいつ彫るのか、どんな環境で乾かせばよいのか、試行錯誤して完成しました」

削るための刃もいちから手づくりしています
削るための刃もいちから手づくりしています

綺麗に仕上げるのに試行錯誤が必要だった石鹸置き
綺麗に仕上げるのに試行錯誤が必要だった石鹸置き

との程度乾いた状態でこの溝を彫るのか、正解がわかるまでに一ヶ月かかったとか
どの程度乾いた状態でこの溝を彫るのか、正解がわかるまでに一ヶ月かかったそう

失敗すると、このようにひびが入ってしまいます
失敗すると、このようにひびが入ってしまいます

おもりは、高田伝統の飴色のみの展開でしたが、この新商品たちは飴/粉引/黄瀬戸/海鼠の4色展開。

歯ブラシスタンドと石鹸置き

家の中で使うなら焼き上がりの色味を少しでも鮮やかにと、普段はやっていない酸化焼成という方法で焼き上げるこだわりようです。

船橋漁港の吉種さんにも伝えてみました。

「それはいいアイデアかもしんないね。おもりは、なかなか壊れないもんだから追加の注文も頻繁にはこないだろうし。

うちは息子が漁師をやりたいと言ってくれて、今は一緒に漁に出てる。息子たちの代も底引き網漁を続けられるように、やっぱり無くなっちゃ困るよ。

今のうちにいっぱい注文しておこうかな」

船橋漁協の吉種さん

自分の中に原風景のひとつとして残っていた漁師のおもり。

それがつくられている現場を見る日が来るとは思ってもいませんでした。

漁師のおもり

加藤さん夫妻
加藤さん夫妻

いまだにつくられ続けていること。そして、その優れた特徴をいかし、形を変えて今度は家の中にやってくること。

そう考えるとなにか胸が高鳴ります。

新たな商品として技術や特徴がつながれていく中で、このおもりも、いつまでも残ってもらいたいと思います。

<掲載商品>
漁師のおもりで作った歯ブラシスタンド
漁師のおもりで作った石鹸置き

<取材協力>
高田焼 マル信製陶所
岐阜県多治見市高田町3-88

船橋市漁業協同組合
千葉県船橋市湊町1-24-6

文:白石雄太
写真:西澤智子,白石雄太

津軽三味線ってどうしたら音が出るの? 実際に教室で習ってみた

冬ですねえ。厳しい寒さが続きますが、皆さまはいかがお過ごしでしょうか。

冬といったら雪国。雪国といったら津軽。津軽といったら津軽三味線。

津軽三味線の音色ってかっこいいですよね。どういう構造になっていて、どうやったらああいう音色を鳴らすことができるのでしょうか。気になったので、まずは体験からと、実際に習ってみました。

教えていただいたのは澤田勝紀さん。

津軽三味線の澤田勝紀
優しい表情で生徒さんを見守る澤田勝紀さん

津軽三味線の演奏家として高い評価を受け、現在は全国組織となった澤田流の家元・澤田勝秋氏に師事を受け、腕を磨きました。演歌歌手である細川たかしさん専属奏者を10年務め、紅白歌合戦にも出演しました。民謡や和太鼓、洋楽器などとも共演し、各地でのライブ活動など、幅広く活動しています。

また、澤田さんは都内近郊5か所で津軽三味線教室を開講。入会金は1万円、1か月9千円の受講費で月3回ほど、各教室で1対1の対面指導を行っています。見学と体験教室はなんと無料‥‥ということで、早速参加させていただきました。

澤田勝紀津軽三味線教室
1対1で親身になって教えていただけます

ところで、三味線ってどうやって音を出すの?

津軽三味線の音色って身体の芯まで響いてくるんですよ。ダイナミックな重低音から高音の速弾きなど幅広い音域で、私たちの感情を揺さぶってきます。なぜ、こんな音が出るんでしょうね。

長唄用の三味線や「沖縄三味線」と呼ばれる三線など、三味線はいくつかの種類に分かれますが、いずれも弦は3本。バチで弾き、弦の振動が太鼓のような構造にもなっている胴に共鳴して、迫力のある音が生まれるのです。胴皮の素材によって、音も変わってきます。

津軽三味線に限らず、多くの三味線では、胴部分には動物の革を用い、イチョウ型のバチで弦を弾きます。三線は蛇皮を胴に張り、人差し指に義甲をはめて弦を弾きます。

忍び駒 澤田勝紀津軽三味線教室
弦の振動が胴に伝わって音が生まれます。白いものは忍び駒と呼ばれ、音を抑えるための道具。大きな音を出さずに練習するときに使います。
胴を叩く 澤田勝紀津軽三味線教室
バチで胴を叩きます

バチで弦を押さえると、胴に当たった振動によって音が生まれます。この音が重低音になるわけなんですね。

弾く音は繊細な高音。叩く音は強さを感じる低音。叩いた直後に弦をすくうこともあります。弾いて、叩いて、すくう。さまざまな技法を組み合わせることで、津軽三味線の魅力が浮かび上がってくるのです。

持ち運びも簡単! 津軽三味線は分解できる

生徒さんと先生との1対1の講習の見学が終わりました。生徒さんは自前の三味線を片付け始めます。

そういえば、三味線ってどうやって持って帰るんだろう。

津軽三味線の分解
分解された津軽三味線

三味線って実は分解ができるのです。竿に2か所ほど継ぎ目があり、トントンと軽く振動を与えるとスポッと分割することができます。

津軽三味線のホゾ 澤田勝紀津軽三味線教室
竿の部分はホゾになっています

接合部分はホゾとなっています。そのため、縦の力にも横の力にも耐えうる構造となっているのです。部品一つ一つに職人さんの技が光っていますね。

バチの握り方にも理由がある

さて、今度は私が習う番です。まずはバチの持ち方から。津軽三味線の場合はべっ甲バチが主流です。硬めのバチは厚みのある音、弾力性のあるものは柔らかい音が出ます。多種多様なバチがありますので、自分に合うものを選びます。

さあ、バチを握りましょう。右手の小指を真っすぐに立てて、小指と薬指の間にバチを挟みます。人差し指、中指、薬指で輪っかを作るようにしながら、親指の半分だけを使ってバチを押さえます。

津軽三味線のバチ 澤田勝紀津軽三味線教室
バチは親指で弾きます

気を付けなければならないのは、小指を立たせること。弦と皮をつなぐ、「駒」という部分があるのですが、この部分をわざと押さえて、ボリュームや音色をコントロールすることもできるからです。こんなところにも津軽三味線の幅広い表現を可能にするテクニックがあるんですね。

駒を押さえるのは、もちろん小指。演奏中、バチを持つ右手は親指と小指を使います。左手はギターやベースと同じように、弦を押さえて音程を変えていきます。

さあ、音を出してみよう‥‥思ったように手が動かない!

姿勢を正して、三味線の胴の角を太腿の上に置きます。これでやっと、演奏する体勢が整いました。バチを持つ右手前腕部を三味線の胴に掛けて、手首を90度に曲げます。

バチは90度に。澤田勝紀津軽三味線教室
手首を90度に曲げてバチを振り下ろします

バチは弦に対して平行に。あとは真っすぐ振り下ろして弦を叩きます。一番上の弦を弾きながら真ん中と下の弦を叩く。真ん中の弦を弾きながら下の弦を叩く。下の弦だけを叩く。これだけでも3種類の音を引き出すことができます。

文字ではいくらでも説明できますが、これがなかなかうまくいかないのです。自分の身体ってうまく動かないものなんですね。思ったように、バチを操作できない。狙った通りにうまく弦を叩くことができません。

津軽三味線をうまく弾けない。澤田勝紀津軽三味線教室
思うようにいかず、苦虫を噛み潰したような表情をしている筆者

澤田さんはバチを見ることなく、貫禄ある見事な演奏を披露。メロディからは雪国の人々のしなやかさや力強さのようなものを感じることができました。その美しい音色が空間を支配すると、教室内は荘厳の銀世界になったよう。ただただ聞きほれてしまいます。

澤田勝紀演奏
軽快かつ迫力ある演奏を魅せる澤田さん

本日の授業はここまで。曲を演奏するところまでは進めませんでしたが、充実した時間を過ごすことができました。終わった後も右手の親指が3時間くらい痺れてました。いてててて。

自在に弾くまではかなりの年月が必要であることがわかりました。でも、演奏できたらカッコいいだろうなあ。津軽三味線、奥深い‥‥。

<取材協力>
澤田勝紀津軽三味線教室

文 : 梶原誠司
写真 : 長谷川賢人

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土佐ジローは生きて死ぬ

こんにちは。BACHの幅允孝です。

さまざまな土地を旅し、そこでの発見や紐づく本を紹介する不定期連載、「気ままな旅に、本」。高知の旅もいよいよ最終回、5話目になりました。

幻の地鶏を食し、谷川俊太郎の詩を噛み締める

谷川俊太郎さんの絵本に『しんでくれた』という1冊があります。

うし
しんでくれた ぼくのために
そいではんばーぐになった
ありがとう うし

という文章から始まる短いストーリー。

「うし」や「ぶた」や「にわとり」や「いわし」は(それを食べる)人のために死んでくれるけれど、「ぼくはしんでやれない」から、屠った生き物の分も生きる!という少年の表情が印象的な絵本です(「そいで」の使い方なども絶妙ですね)。

高知の旅では美味しい食べ物にたくさん出会いましたが、僕は幻の地鶏といわれる「土佐ジロー」を食した時に上記の『しんでくれた』を急に噛み締めたくなりました。

幻の鶏「土佐ジロー」を育てている「はたやま憩の家」

高知が生んだ幻の地鶏、「土佐ジロー」

「土佐ジロー」と呼ばれる地鶏は、一般的な養鶏とはまったく違った育て方をしているそうです。

通常の養鶏は鳥の増体率を増やすことが最優先。24時間光を浴びせ続け、屠殺するまでの40-50日間に急激に大きくするそう。けれど、「土佐ジロー」の飼育はまず鳥の健康を考えます。そして、肉の旨みを引き出す育て方を追求し、ゆっくりと究極の鶏肉をつくっているのです。

高知龍馬空港から車で90分。なんども「この先に集落なんてあるの?」と同行スタッフに問い続けるくらい細い山道を抜けた先に「土佐ジロー」を育てる「はたやま憩の家」はありました。

はたやま憩の家
細い山道を抜けた先にある「はたやま憩の家」
テストテスト
「土佐ジロー」を紹介した雑誌や新聞記事
「土佐ジロー」は多くの雑誌や新聞記事で紹介されています

遥かなる山道の先に。「はたやま憩の家」で幻の地鶏と対面

なんでもこの場所、以前は800人程いた集落が今では40人以下になっており、何か産業を興こさない限り村は消滅してしまうという危機に瀕していたそうです。


だから、「土佐ジロー」の養鶏を中心に、それが食べられる食堂や宿泊設備といった複合的な「地場」をつくり、トライ&エラーを繰り返して現在に至ります。

「土佐ジロー」は通販でも買えますが、せっかく遥かなる山道を登ってきた僕たちは、ここ「はたやま憩の家」ならではの食べ方で鶏をいただきます。強めの炭火で肉を転がしながら焼くのです。

養鶏場だからこそ味わえる食べ方で「土佐ジロー」を食す
炭火でいただく幻の地鶏「土佐ジロー」
「はたやま憩の家」を切り盛りする小松圭子さん自ら焼いてくれる
「はたやま憩の家」を切り盛りする小松圭子さん自ら焼いてくれる

正直、ひとくち目を口に入れて肉を噛むまで、普通の鶏肉とそんなに違うものだろうかと訝しく思っていたことをここに告白しておきます。


ところが、ひと噛み、ふた噛みして、これはすごいものを頬張っているのだと確信しました。鶏肉特有のゴムっぽい食感など皆無。溢れる肉汁も口の中での広がり方が尋常ではありません。

もも肉、胸肉、首皮と続いてゆき、僕らはだんだん無口になりました。皆、目の前の鶏肉を味わうことに集中してしまうのです。

土の上で育てる鶏の砂肝の弾力と瑞々しさ。通常の養鶏では生える前に出荷してしまうトサカを僕は初めて食べましたが、なんですかこれは。コラーゲンの塊です。ハツも印象的で血の味はしっかりするのに臭みがない。心臓を捧げてもらっている味がします。

なんでも急激に太った動物は人間であれ、鶏であれ臭くなるそうです。ほかにも育ちきった「土佐ジロー」だからこそ食べることができる鶏のシラコや卵焼き、親子丼などなど「土佐ジロー」の隅から隅までの滋養をいただきました。満腹です。

土佐ジローの白子焼き
「土佐ジロー」だからこそ食べられる鶏のシラコ
新鮮な「土佐ジロー」の卵
「土佐ジロー」の親子丼

年一回、土佐ジローを食べることができれば。

谷川さんの絵本では、死んでいった動物たちがどんな飼育をされたのかまで描いていませんが、少なくとも「はたやま憩の家」で食べた「土佐ジロー」は、存分に生きたあとで「しんでくれた」鶏たちだったと思いました。

もちろん、土佐ジローは皆が毎日食べるほど出荷できないし、値段も少しだけ高い(ブランド牛肉と比較したら随分値打ちだと思いますが…)。けれど、山道を登った先にある鶏肉体験が、その人の鶏肉のモノサシを変えることが大事だと思いました。

この良い定点を思い出し、年一回でも「土佐ジロー」を食べることができれば、(社会構造の中で)必要に迫られ追求した通常の養鶏と、こういった地鶏の違いを体感することができます。それが分かれば、時と場合に応じてちゃんと自分で選ぶこともできますものね。

「土佐ジロー」たち、「しんでくれて」ありがとう!

《まずはこの1冊》

『しんでくれた』 (佼成出版社)

谷川俊太郎「しんでくれた」

〈 合わせて読みたい : BACH幅允孝の高知旅 〉

さまざまな土地を旅し、そこでの発見や紐づく本を紹介する不定期連載、「気ままな旅に、本」。ブックディレクター幅允孝といく高知の旅。

高知・梼原町で見る「負ける建築」家、隈研吾。

BACT幅允孝 高知・梼原町で見る隈研吾

→記事を見る

君は「土佐源氏」を読んだか?

BACT幅允孝 土佐源氏

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何はともあれ、高知県立牧野植物園へ行こう。

BACT幅允孝が行く高知県立牧野植物園

→記事を見る

<取材協力>
はたやま憩の家
高知県安芸市畑山甲982-1
0887-34-8141
http://tosajiro.com/


幅允孝 (はば・よしたか)
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有限会社BACH(バッハ)代表。ブックディレクター。未知なる本を手にする機会をつくるため、本屋と異業種を結びつける売場やライブラリーの制作をしている。最近の仕事として「神戸市立神戸アイセンター」「JAPAN HOUSE LOS ANGELES」など。その活動範囲は本の居場所と共に多岐にわたり、編集、執筆も手掛けている。著書に『本なんて読まなくたっていいのだけれど、』(晶文社)、監修した『私の一冊』(弘文堂)など。早稲田大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。


文 : 幅允孝
写真 : 菅井俊之