バラ農園がつくる、赤いいちごと、いろどりの花束

こんにちは。さんち編集部の杉浦葉子です。
あたたかな陽気で、ずいぶん春めいてきました。春においしい果物といえば、やっぱりいちご。冬のあいだは少し高価であまり手が出ませんが、この季節になるとスーパーにずらりと並ぶ真っ赤ないちごを思わず手にとってしまいます。

わたしの住む奈良で有名なのは「あすかルビー」というブランドいちご。地元のスーパーでは「あすかルビー」の歌が流れているほど、奈良県民にはお馴染みのいちごですが、最近「あすかルビー」に続く奈良のブランドいちご「古都華(ことか)」も、よく目にするようになりました。「古都華」は2011年に品種登録され、生産者さんもそんなに多くはない貴重ないちご。知名度はまだあまり高くありませんが、糖度と酸度がうんと高く、大ぶりでジューシーないちごは、一度口にしたとたんファンになる方が多いそうで、県外からも注目を浴びている存在です。
「古都華」は奈良県の西北部に位置する平群町(へぐりちょう)で多く作られているとのこと。美味しいいちごを探しに、平群町のいちご農家を訪ねました。

いちごを求めて「バラ園」へ?

伺ったのは「東バラ園」。ん?バラ?ひとまず、代表の東伸幸(ひがし・のぶゆき)さんにお話を伺いました。「いちごなのに、バラ園?と、よく聞かれます。うちは元々、バラ園からスタートしたいちご農家なんです。いや、いちごもつくっているバラ農家でしょうか。ややこしいですが、どちらもやっています(笑)」と東さん。

平群町はちょうど大阪府との境目にあり、なだらかな丘陵性の生駒山地に隣接しています。東からのぼる朝日がよくそそぎ、西日があまり当たらない地形。内陸盆地ゆえに昼と夜の寒暖差も大きく、それがバラやいちごにとって良い環境をうみだしているのだそうです。

「東バラ園」までは車でぐんぐんと坂道を登ってやってきました。上の方にずらりと並ぶいくつものビニールハウスで、バラやいちごを育てています。
「東バラ園」までは車でぐんぐんと坂道を登ってやってきました。上の方にずらりと並ぶいくつものビニールハウスで、バラやいちごを育てています。

「元々は、しいたけなどをつくる農家だったんですが、僕が大学生の頃に父がバラをはじめたんです。僕が2代目。バラ以外の作物をつくった時期もありましたが、ビニールハウスもあるし他にできることはないかなと考えていたとき、奈良県の試験場が「古都華」を開発して。ハウスを1棟だけいちごに変えてみたらうまくいったんです」。まずは、バラのハウスを見せていただきました。

バラのハウス内。取材に伺ったのは3月でまだ株は小さめ。5月の最盛期に向けてしっかり葉っぱを育てている最中だそう。
バラのハウス内。取材に伺ったのは3月でまだ株は小さめ。5月の最盛期に向けてしっかり葉っぱを育てている最中だそう。
昔は真紅のバラも流行ったものですが、最近はナチュラルな薄緑色のバラも人気。
昔は真紅のバラも流行ったものですが、最近はナチュラルな薄緑色のバラも人気。
小ぶりなものから大ぶりなものまで少量多品種。さまざまな品種を扱っています。
小ぶりなものから大ぶりなものまで少量多品種。さまざまな品種を扱っています。
「悪くなった部分をカットしたらまた芽が出てきますよ」と東さん。思ったよりバラは背が高く、見上げるほどでした。
「悪くなった部分をカットしたらまた芽が出てきますよ」と東さん。思ったよりバラは背が高く、見上げるほどでした。

かつてバブルの時代には高級花としてのイメージが強かったバラも、最近ではカジュアルに楽しめる花として楽しまれています。それにしても、バラといちごって、全く違うもののように思うのですが・・・?

「実は、バラもいちごも同じ『バラ科』の植物なので、育て方はそんなに大きく変わらないんですよ。ハウスはありましたし、品種を変えるにしてもそんなに設備投資も必要なかったのでスムーズでした」と東さん。思わぬところに、バラといちごのつながりがありました。

のびのび育つ、いちごのハウスへ

つづいては、いちごのハウスへ。栽培技術が発達して地面でつくる土耕栽培でなく、少し高い位置にプランターを設置するという高設栽培でつくっています。土耕栽培では日当たりがよくなかったり、地面に接地してしまっていちごが色あせてしまうこともあるそうですが、高設栽培ではいちごが上からぷらんとぶら下がる感じ。いちごものびのびとしていて、なんだかストレスがなさそうです。

高設栽培は、少し高い位置に土を設置。この方法があるからこそ「古都華」が生まれたのだそう。
高設栽培は、少し高い位置に土を設置。この方法があるからこそ「古都華」が生まれたのだそう。
白くて可愛らしい、いちごの花。
白くて可愛らしい、いちごの花。

花が咲くころには、たくさんのミツバチを放って、受粉をうながすのだそうです。いちごには蜜がないので残念ながらはちみつは採れないそうですが、虫に受粉をお願いするという昔からの自然な方法にはなんだか嬉しくなります。

いちごの白い花が咲ききったあと、花芯がふくらんでいちごになります。
いちごの白い花が咲ききったあと、花芯がふくらんでいちごになります。
真っ赤に輝く「古都華」。
真っ赤に輝く「古都華」。
「バラもいちごも似てるんですよ」と、東さん。
「バラもいちごも似てるんですよ」と、東さん。
あれ、ハウスなのに葉っぱにしずくが?
あれ、ハウスなのに葉っぱにしずくが?

よく見ると、屋根のあるビニールハウスの中なのに、葉っぱの先にしずくがついています。「それは、葉水(はみず)といって、元気な証拠ですよ」と、東さん。根からきちんと水を吸って、葉っぱから水を蒸発させる。朝いちばんは、朝日に照らされキラキラと綺麗なんだそうです。

「いちご15ヶ月」といって、いちごは3月から苗を育てはじめ、9月に植え付けると11月から翌年5月頃まで実をつけます。翌年の3月には前年の実をとりながら次の苗を育て始めるので、15ヶ月サイクルの終わりと始めを少し重ねながら繰り返しているということですね。

春は毎朝7時ごろからいちごを収穫、お昼前から夕方まではひたすらパック詰め作業をするのだそう。東さんのお母さん、奥さん、そして子どもさん達も手伝える日は参加してくれるのだとか。いちごの季節は家族総出での作業です!

箱にぎっしり収穫したいちご。これからパック詰めです。
箱にぎっしり収穫したいちご。これからパック詰めです。
サイズを分けながら、一つひとつトレイに詰めていきます。
サイズを分けながら、一つひとつトレイに詰めていきます。
長男の翔太郎くん。この春から農業を学ぶ学校に通うのだそう。
長男の翔太郎さん。この春から農業を学ぶ学校に通うのだそう。
次女の優莉ちゃん。部活動から帰ってから、しっかりお手伝いです。
次女の優莉ちゃん。部活動から帰ってから、しっかりお手伝いです。
ちょっとシャイなおばあちゃん。朝の収穫からパック詰めまで大活躍です。
ちょっとシャイなおばあちゃん。朝の収穫からパック詰めまで大活躍です。
ピンク色の品種「淡雪」と、真っ赤な「古都華」の詰め合わせ。交互に並べて詰めます。
ピンク色の品種「淡雪」と、真っ赤な「古都華」の詰め合わせ。交互に並べて詰めます。

現在ではいちごのハウスが5棟、バラのハウスは1棟にのみに。東さんの奥さま、貴子さんにお話を聞いてみると、バラに対しては強い想いがあるそう。「いちごも良いですが、バラは絶対にやめたくないんです。このバラ園は、お世話になったお義父さんが遺してくれたものだから」。

実は、東さんが家業を手伝いだしてすぐに、お父さまがご病気で倒れられ、急に代替わりをすることになったのだそうです。お父さんはきっと、東さんと一緒にバラをつくることを楽しみにしていたはず。だから、いちごも作るけれど、バラもちゃんと残していきたいのだと奥さまはおっしゃいます。長男の翔太郎くんは「東バラ園」の3代目になるという意志があるそう。お父さまの想いは世代を超えて、東さんと翔太郎くんがこれから一緒に継いでいかれるのですね。

【はたらくをはなそう】中川政七商店デザイナー 榎本雄

榎本雄
(中川政七商店BUデザイナー)

2014年入社
商品企画課にてオリジナル商品のデザイン業務を担当
2015年「走る日本市プロジェクト」商品コンサルティング担当
2016年中川政七商店BUデザイナー
「オチビサンプロジェクト」商品コンサルティング担当

子供の頃から絵を描いて、ものを作ることを
仕事にしたいと思っていました。
浅からぬ縁を感じて中途採用に応募したところ
これまでの経験を生かせる仕事を、
さらには新しい仕事にも挑戦させていただいている幸せものです。

入社して間もない頃、ポンと肩をたたいてもらい
47枚のかるたを描くお仕事をいただきました。
本当に47枚も描けるのか非常に心配でしたが
ままよ!迷っていても始まらない!与えられた時間の中で
どれだけ楽しんで描けるか。そう信じて打ち込みました。
今では、周りをはじめ沢山の方々に
そのかるたを楽しんでいただいているようで
子供の頃の夢が一つ叶ったと嬉しい気持ちです。
責任は伴いますが、望めばちゃんと舞台が用意される。
そんな会社です。

こんな毎日の中で思うことがひとつ。

若い頃は格好良いものや目立つものに意識が向いていました。
齢を重ね、ものを作る仕事をする中で
自然に愛着が湧いて長く使いたくなるものとは
ただ機能的やおしゃれなだけではそうはなり難いと
感じるようになりました。

私の場合は
そのものがどんなふうに作られているのか
どんな人によって、どんな思いで作られているのか
それを知ると愛着が湧き、使ったり眺めたりするたびに
気持ちがほぐれるような大切なものになります。
ものを作る喜びは子供の時から誰もが持って生まれた
本能的な喜びで、そこに共感しているのかもしれません。
そんな素朴な思いを大切にしたいと思っています。

はたらく上ではそうした個人的な思いや情熱が
とても大切だと思います。
でも、それを注ぐことのできる器はもっと大切かもしれません。

全国の作り手さんや、お店でその情熱を伝えるスタッフ、
さらには倉庫から商品を発送してくれる方々。
もの作りに関わる皆と一緒になって
考える喜び、作る喜び、そして使う喜びを
分かち合える器を作れるのがこの会社の一番好きなところです。
皆、真剣に楽しんでいる感じです。

こうした皆の創意工夫や思いが商品にこもっていき、
伝わることで愛着の持てる「誰かの大切なもの」になっていく。
そう信じてこれからも、日々是精進也。
いまこうしていられることの感謝を心に刻み、
斜め上向きに前進していこうと思います!

3月14日に贈る 奈良を描くハンカチ

こんにちは。さんち編集部の杉浦葉子です。

たとえば1月の成人の日、5月の母の日、9月の敬老の日‥‥日本には誰かが主役になれるお祝いの日が毎月のようにあります。せっかくのお祝いに手渡すなら、きちんと気持ちの伝わるものを贈りたい。この連載では毎月ひとつの贈りものを選んで、紹介していきます。

連載第3回目のテーマは「ホワイトデーに贈るもの」。2月14日のバレンタインデーにチョコレートをもらった男性は、そろそろお返しの準備ができたころでしょうか。ホワイトデーの起源が、実は日本のお菓子屋さんが考案した文化だったという説は、先日3月6日の記事でお話しましたが、定番の贈りもの「マシュマロ」だけでなく、今年はちょっと特別なハンカチを贈ってみるのはいかがでしょうか。

パリ万博から、88年の時を経て生まれたハンカチ

1925年、奈良で麻を扱ってきた中川政七商店の10代中川政七が、フランス・パリで開催された万国博覧会に「鳥草木紋」の手刺繍をほどこした手織り麻のハンカチーフを出展しました。それから88年の時を経て、2013 年にデビューしたハンカチブランド「motta(モッタ)」 は、幼いころ玄関先で耳にしていた「ハンカチ、持った?」という決まり文句からスタート。「肩ひじはらないハンカチ」をコンセプトに、素材の持つ自然なシワ感を大切にしたハンカチ「motta」は、手を拭き、汗を拭き、ときには涙をぬぐってくれる頼りがいのある布。誰もが親しみやすく使いやすい、日常使いのハンカチです。

1925年のパリ万博に出展した、手織り麻に「鳥草木紋」の手刺繍を施したハンカチーフ。
1925年のパリ万博に出展した、手織り麻に「鳥草木紋」の手刺繍を施したハンカチーフ。

2013年にデビューしたハンカチブランド「motta」のハンカチ。素材の持つ自然なシワ感を生かした商品を展開しています。
2013年にデビューしたハンカチブランド「motta」のハンカチ。素材の持つ自然なシワ感を生かした商品を展開しています。

フィリップ・ワイズベッカーが描いた奈良を贈る

「motta」の起源、1925年の万博開催地であるパリを中心に活躍するアーティスト、フィリップ・ワイズベッカー氏と、「motta」がコラボレーションしたハンカチがこの3月に発売されました。日本でも人気の高いワイズベッカー氏が、「motta」のために描いたのは奈良の風景です。

奈良と言えば、の「鹿」。奈良の伝統工芸である一刀彫の鹿をモチーフにしています。
奈良と言えば、の「鹿」。奈良の伝統工芸である一刀彫の鹿をモチーフにしています。

歴史ある建築物「五重塔」も、ワイズベッカー氏の手にかかればこのとおり。
歴史ある建築物「五重塔」も、ワイズベッカー氏の手にかかればこのとおり。

ちょうど3月のこの時期、東大寺二月堂で行われるお水取りに使われる椿の造花「のりこぼし」をモチーフに。
ちょうど3月のこの時期、東大寺二月堂で行われるお水取りに使われる椿の造花「のりこぼし」をモチーフに。

ワイズベッカー氏が描いた奈良の風景は、直線的で繊細な雰囲気をまといつつも、あたたかく懐かしさを感じるタッチ。四角いハンカチながら、素材の持つシワ感を大切にしている「motta」のハンカチとも、どこか繋がるところがあるように感じます。

この企画が始まった、ちょうど1年ほど前のこと。
ワイズベッカー氏と「motta」の担当者のはじめての顔合わせ。彼は自身の名前を記したあとポケットから金定規を取り出して、その定規で名前の下にていねいに1本の直線を引いたのだそう。定規は彼が絵を描くときに使う道具。彼が1本の線に何か大切なものを込める自然な所作こそ、彼の描く絵が人々を魅了する所以かもしれません。

その後、日本に到着した原画は、風合いのある古い紙にやわらかな芯の鉛筆で描かれたであろう奈良のモチーフがそっと佇んでいました。その雰囲気を壊さないように、その魅力が伝わるように。微妙な力を調整しながら、シワ感のある「motta」の生地の上に、1枚1枚「捺染(なっせん)」という方法で染められた絵は、あたたかみのある仕上がりになっています。

ハンカチというアイテムは、いつも持ち主のすぐそばに寄り添うもの。遠くパリの地から奈良に思いを馳せて描かれたワイズベッカー氏の絵は「motta」のハンカチにのって、贈りものとしてたくさんの人の元へ届くのではないでしょうか。

「フィリップ・ワイズベッカー ×motta 」コラボレーションハンカチは、3柄6種の展開。
「フィリップ・ワイズベッカー × motta 」コラボレーションハンカチは、3柄6種の展開。

また、この発売を記念して期間限定で原画3点が展示されます。
3月は「中川政七商店 表参道店(東京)」にて。
4月は「遊 中川 本店(奈良)」にて。
※営業時間は店舗に準じます

大切な人と一緒にワイズベッカー氏の原画を楽しんだあと、このハンカチを贈る。そんなホワイトデーも素敵だな、と思うのでした。

<掲載商品>
「フィリップ・ワイズベッカー ×motta」コラボレーションハンカチ
motta011motta012

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Philippe WEISBECKER (フィリップ・ワイズベッカー)
パリとバルセロナを拠点にするアーティスト。1968 年から 90 年代まで N.Y.に在住。フランス政府によるアーティスト・イン・レジデンスの招聘作家となり、4ヶ月間の京都滞在経験も。展覧会は世界の各都市で50回以上、日本ではクリエイションギャラリー G8、クラスカなど各地で開催。2014 年秋には NY のギャラリーで大規模な個展を開催。現在日本で出版されている作品集は、『INTIMACY』『104Batiments』『POBLE NOU』『ACCESSOIRES』『MARC’S CAMERAS』『HAND TOOLS』など。
http://bureaukida.com/philippe-weisbecker

文:杉浦葉子

3月5日、サンゴの日。豊かな海が育てた天然の贈りもの

こんにちは。さんち編集部の杉浦葉子です。
日本では1年365日、毎日がいろいろな記念日として制定されています。国民の祝日や伝統的な年中行事、はたまた、お誕生日や結婚記念日などのパーソナルな記念日まで。数多ある記念日のなかで、こちらでは「もの」につながる記念日をご紹介していきたいと思います。
さて、きょうは何の日?

3月5日は、「珊瑚の日」です

「サン・ゴ(3・5)」の語呂合わせから、世界自然保護基金(WWF)が1996年(平成8年)に制定したという「サンゴの日」。サンゴは3月の誕生石でもあります。

サンゴは植物でも鉱物でもなく「珊瑚虫(さんごちゅう)」と呼ばれる動物。「珊瑚虫」は、サンゴ礁と宝石サンゴに分類されます。海岸などで見られるサンゴ礁と違って、宝石サンゴは海底100メートルから1200メートルの深海に生息していてその成長も遅く、人の目に触れることはなかなかありません。わずか1センチ成長するのに、なんと約50年かかる種類もあるといいますが、動物であるサンゴにはやはり寿命があり、いつかは朽ちて海底の砂になってしまうのだそうです。

日本にサンゴがもたらされたのは、仏教伝来のころ。正倉院の宝物の中に地中海サンゴが見られたことからも、地中海産の宝石サンゴがシルクロードを渡って、聖武天皇に献上されたという伝えがあります。江戸時代までは地中海産のサンゴが主流でしたが、明治以降、日本のサンゴ採取漁業が急速に発展。その後、土佐沖で発見された桃色サンゴと赤サンゴの品質の良さから世界の注目を集めることとなりました。現在では高知県の伝統産業として定着しています。

豊かな海が育てた天然サンゴを、艶やかに

日本のサンゴ製品の約8割は高知県で生産されています。「高知サンゴ工房」は、国内でも数少ない工房と店舗併設型の宝石サンゴ専門工房。気軽なサンゴアクセサリーから芸術品ともいえる作品まで、天然サンゴの美しい素材を生かした、たくさんの作品を製作しています。

宝石サンゴの硬さは、人の歯と同じ硬さ。歯科技工士が使う工具を改良した道具を使うのだそう。30年以上の経験を積んだ職人が、貴重な宝石サンゴの荒彫りから仕上げ彫りまで1人の手で行い、大切に加工しています。すべてが天然の1点ものです。

歯医者さんのような機械で、サンゴに細工を施します。
歯医者さんのような機械で、サンゴに細工を施します。
赤や桃色、そして白。磨きをかけて艶やかに仕上げます。
赤や桃色、そして白。磨きをかけて艶やかに仕上げます。

サンゴの色あいは生命や血を意味し、古くから魔除けやお守りにされてきました。人の一生よりも長い時間をかけ、豊かな海が育てたサンゴ。3月のお誕生日お祝いや、結婚35周年の「珊瑚婚」の贈りものにぜひ。きっと喜んでもらえるはずです。

<取材協力>
高知サンゴ工房
高知市桟橋通4-7-1
088-831-2691
http://www.kochi-sango.com

文・写真:杉浦葉子

ハレの日を祝うもの 「ひなあられ」の色に込められた願い

こんにちは。さんち編集部の杉浦葉子です。
日本人は古くから、ふだんの生活を「ケ」、おまつりや伝統行事をおこなう特別な日を「ハレ」と呼んで、日常と非日常を意識してきました。晴れ晴れ、晴れ姿、晴れの舞台、のように「ハレ」は、清々しくておめでたい節目のこと。こちらでは、そんな「ハレの日」を祝い彩る日本の工芸品や食べものなどをご紹介します。

桃の節句に幸せを祈る「ひなあられ」

明かりをつけましょ ぼんぼりに。 お花をあげましょ 桃の花。
3月3日はひな祭り、桃の節句です。女の子の節句として健やかな成長と幸せを願う日ですね。ひな祭りのごちそうといえば、ちらし寿しや、はまぐりのお吸い物。菱餅などもありますが、今回は「ひなあられ」についてお話したいと思います。

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ひな祭りは元々、紙で作った人形を川に流して厄を払うという「流しびな」と、平安時代の貴族の人形遊びである「ひな遊び」が合わさってできたものだといわれています。この「ひな遊び」の中では、お人形に外の世界を見せてあげるために、「ひなの国見せ」と言って、お人形を連れて野山に出かけるという風習があったのだそうです。このとき、外に持ち出しやすいお菓子として、ひなあられが用いられていたといいます。あられは元々はお餅。そう、実は菱餅を小さく砕いてこのひなあられを作ったという説があるんです。

そういえば、菱餅は「緑・白・桃」の3色。そして、ひなあられもこの3色がメインに使われているではありませんか。あくまでもひとつの説ではありますが、菱餅とひなあられは、きっと関係が深かったに違いありません。

そして、この3色が何を表しているかというと、
緑は木々の芽吹き(植物のエネルギー)
白は雪の大地(大地のエネルギー)
桃(赤)は血・生命(生命のエネルギー)
を表しているといわれており、ひなあられを食べることで自然の力を得られると考えられていたようです。

また、植物に例える場合もあって、
緑は厄除け効果のある「ヨモギ」で、健やかな成長の意味
白は血圧を下げる「菱の実」で、子孫繁栄や長寿の意味
桃(赤)は解毒作用のある「クチナシの実」で、魔除けの意味
を表し、健やかな子に育って欲しいという願いが込められているともいわれています。

しかし、最近は3色以上のひなあられもよく目にしますね。4色でつくられたひなあられは「桃・緑・黄・白」が、それぞれ「春・夏・秋・冬」を表し、四季を通じた自然のエネルギーを取り込むとか、1年を通じて幸せを願うという意味合いなのだそう。
四季を意味するということは、ひなあられはやはり日本独特の文化なのですね。

富山の自然の恵みでつくられた「ひなあられ」

富山におかきの製造工場を置き、首都圏中心に店舗を構える菓子屋「赤坂柿山」では、国内最高級レベルと称される富山県の特産「大正もち米」を使用して「おかき」や「あられ」をつくっています。古来種で刈取りの時期も遅いというこの品種は、栽培が少しむずかしく、収穫の効率も良いとはいえないもの。しかし、立山の清水と豊かな土壌、そしてたっぷりの陽光から生まれるもち米はとても滋味深く、香り豊かに仕上がるのだそう。

杵つきの様子。お餅にコシを、おかきやあられには食感を与えるのだそう。
杵つきの様子。お餅にコシを、おかきやあられには食感を与えるのだそう。
つきあがったお餅を職人がていねいに成形していきます。
つきあがったお餅を職人がていねいに成形していきます。

ほんのり甘いひなあられは、優しい味わい。お醤油味はアクセントになっています。サクサクと歯ごたえもよく、もち米の香ばしさが口いっぱいに広がってなんだか五感をくすぐられるような。そう、春がやって来たような気持ちになります。ちなみにこちらは関西風のひなあられ。関東風のひなあられは、米からつくったポン菓子に砂糖などで味つけした軽い風合いのものです。東京で関西風のひなあられは少し探さないと買えないのだとか。

ひな祭りは、いろいろな願いが込められたもの。陽がすこし暖かくなってきたこの頃、自然の恵みいっぱいの「ひなあられ」を持って、平安時代に想いを馳せ、野山でひな祭りをしてみるのも良いかもしれません。もちろん、大人の女性は「白酒(しろざけ)」も忘れずに。

 

<取材協力>
株式会社 赤坂柿山
http://www.kakiyama.com

文:杉浦葉子
写真:株式会社 赤坂柿山、杉浦葉子

【はたらくをはなそう】執行役員 緒方恵

緒方恵
執行役員/Chief Digital Officer

中川政七商店のWEBデジタル領域を統括管理し、会社をより成長させる一助となることをミッションに2016年中途入社。

具体的には、

・WEBサイト
・ソーシャルメディア
・ネットストア
・(基幹などの)システム
・新規デジタル施策

の開発・運用を行ってます。

入社にあたり「WEBデジタル領域を統括運用するためにまず組織編成を見直したい」ということを社長に提言したのですが、その編成案が即採用されすぐに適用された時はとても驚きました。こんなスピード感で意思決定・実行が為される会社があるのかと。

そのスピード感の背景にあったのが、社長が感じている「工芸への危機感」。

中川政七商店では「日本の工芸を元気にする」を旗印に全ての活動を決定・実行している会社なのですが、その中の取り組みのひとつとして自社の成長ノウハウをコンサルティングという形で外部に提供するということをしています。

しかも、そのノウハウはそのコンサルティング先企業から、その産地全体に共有してもOKということにしている。

ただ、それでもコンサルティングができるのは年に数社。

一方、日本全国には300近い産地があり、そこにさらにそれぞれ数百の企業があります。

そうなると、仮に1社にコンサルティングを行うことでその企業や産地自体が元気になったとしても日本全体で捉えるとスピード感は決して良くないと考えているとのことで、そうなるとむしろ私が「圧倒的なスピード感」だと思ったような速度でも実はまだ足りず、もっと早くなければならないのです。

「いいと思ったことはすぐにやるべき」

「やったことがないことにも積極的に挑戦しなければならない」

と言われ、なるほどと思いました。

そして、会社全体がそれを本当にやり切ろうとしていることを入社してすぐにこうして体験することができたのはありがたいことでした。

WEBデジタルの領域は日々新しい技術や手法が生み出される領域です。

私の仕事はその中から日本の工芸を元気にするものをピックアップし、スピード感を以てドンドン組み込んでトライ&エラーを積み上げて成果を上げていくこと。

「デジタル×工芸」

とてもエキサイティングなフレーズだなと思っています。

仕事は「誰とやる」こそがなによりも大事だと思っている人間だったのですが、心から共感できる「なにをやる」も併せて得ることができて、幸せものだなと思っています。

あとはとにかくやるだけです。

日本の工芸をもっと便利に、もっとエキサイティングにするために。