北九州市の「いま」を描き出す “雲のうえ”

こんにちは。さんち編集部の井上麻那巳です。
旅をするなら、よい旅にしたい。
じゃあ、よい旅をするコツってなんだろう。その答えのひとつが、地元の人に案内してもらうこと。観光のために用意された場所ではなくて、その土地の中で愛されている場所を訪れること。そんな旅がしてみたくて、全国各地から地元愛をもって発信されているローカルマガジンたちを探すことにしました。第5回目は北九州市の「いま」を描き出す情報誌 “雲のうえ” です。

“雲のうえ” は福岡県北九州市の情報誌として2006年に生まれました。北九州市の魅力・姿を市内外の多くの方々に知ってもらいたいと、刻々と変わり行く北九州市の「いま」を毎号ひとつのテーマに沿って描き出しています。テーマは「松本清張」、「北九州市未登録文化財」、「ザ・関門海峡」など、北九州市ならではのものはもちろん、「銘店巡礼」、「おやつの時間」など北九州市のことを知らなくても、またはずっと暮らしていても、誰にとってもとっつきやすいテーマもピックアップされています。

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22号のテーマ「北九州うどん」、24号「おやつの時間」では、それぞれの “雲のうえ” を見てたくさんの地元の方が掲載のお店を訪れ、改めて北九州市の魅力を感じたといううれしい反応も多くあったそうです。また、23号「北九州の製鉄所」では、世界文化遺産に登録された官営八幡製鐵所を取りあげたことで、北九州市の歩みを語るうえで忘れてはならないこの仕事を、当時を知らない若い世代にも伝える役割を果たしました。

“雲のうえ” の制作・編集スタッフは、 アートディレクターの有山達也さん、画家の牧野伊佐夫さん、編集・執筆のつるやももこさんといった一流のつくり手ばかり。これまで当たり前だった、自治体制作のローカル情報誌のトーン。その枠を超えた高いクオリティと北九州市のチャレンジは、2006年当時から広告業界を中心に大きく話題となり、たくさんのフォロワーも生みました。

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地元の人による地元発信のメディアの良さ、純度の高さはもちろんあるけれど、東京を拠点する一流のつくり手たちと二人三脚でつくられていくからこそできることがあり、11年間にわたってさまざまな人を巻き込んでいける北九州市の姿勢には学ぶべきところがたくさんあるように感じました。

ここにあります。

スターフライヤーの機内、東京・大阪・北九州の空港ターミナル、東京、福岡県内の書店、北九州市内の観光案内所・区役所・ホテルなどで配布。郵便での送付申込みも行っています。
詳しくはこちらのページから。
www.lets-city.jp/03_kumonoue-about.php


全国各地のローカルマガジンを探しています。

旅をもっと楽しむために手に入れたい、全国各地から発信されているローカルマガジンの情報を募集しています。うちの地元にはこんな素敵なローカルマガジンがあるよ、という方、ぜひお問い合わせフォームよりお知らせくださいませ。
※掲載をお約束するものではございません。あらかじめご了承ください。

文・写真:井上麻那巳

オチビサンと巡る四季の鎌倉 〜水仙の花ひらく冬編〜

こんにちは。さんち編集部の井上麻那巳です。
『オチビサン』という漫画をご存知でしょうか。『オチビサン』は『働きマン』などで知られる安野モヨコさんの漫画作品。安野さんが過労に倒れてほとんどの漫画の連載をストップしたとき、唯一連載をやめなかったのが、実はこの『オチビサン』なのです。鎌倉に暮らす安野さんが愛する鎌倉の四季や自然と共に描くオチビサンたち。彼らといっしょに潮風香る古都、鎌倉の街を巡っていきましょう。

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鎌倉時代から受け継がれてきた名刀正宗を訪ねて

『正宗』といえば、鎌倉時代に生まれた最もその名が知られている日本刀のひとつ。実は、刀の名前であると同時に刀匠(とうしょう)の名前でもあります。初代『正宗』から数えて24代目となる刀匠が今でも日本刀をつくっていると聞いて、正宗工芸美術製作所に向かいました。正宗工芸美術製作所は鎌倉駅から歩いて5分ほど。踏み切りを渡ってすぐ、左手に見えてきます。

カンカンという音につられて奥へ行くと…

つくってる!と、そのまま工房へお邪魔して見学させてもらうことに。中で作業していたのはこの工房に来て24年目というお弟子さん。刀鍛冶というと怖そうなおじさんをイメージしてしまいますが、とっても気さくな方で、刀鍛冶のことや刀鍛冶になった経緯についてお話してくれました。刀鍛冶になるには実は「美術刀剣刀匠」という国家資格が必要なこと。アメリカに留学中に刀に興味を持ち日本へ帰って来たものの弟子入りはかんたんではなかったこと。笑いまじりに話しながらも手は作業を止めません。

「ちょっと飛びますからね。危ないですよ」と言われた次の瞬間…

うわあああああ
うわあああああ

火の粉が大きく飛び散り、ヒヤヒヤ。ヤケドしないんですかと聞くと、「もうね、ヤケドとヤケドがくっついちゃって、よくわかんないのよ」と笑います。職人の気概を感じずにはいられませんでした。現在は刀匠の資格を持っている人が300人ほど。でも、そのうち今でも刀をつくってる人は150人いるかいないかだそうです。

鋼のかたまりをカットして、折りたたみ、ミルフィールのように層をつくっていきます。この作業をくり返して、最終的には2万もの層ができあがるのだとか。気の遠くなるような回数です。

こちらは5回目が終わったところだそう
こちらは5回目が終わったところだそう

工房見学もひと段落し、お店で完成した日本刀を見せてもらうことに。ガラスケースから出して実際に目の前にすると、圧倒的な存在感に背筋がピンとのびます。と同時に、美しい刀身に鎌倉時代から続く職人の技を感じました。

刀匠の名が刻まれています
刀匠の名が刻まれています

腹が減っては戦はできぬ。鎌倉野菜たっぷりランチ

工房見学についつい夢中になり、すっかり時間はお昼前。見学中は気がつかなかったけれど、すっかりおなかがなる時間になりました。腹が減っては戦はできぬ。鎌倉の歴史と刀匠を技を感じた後は、腹ごしらえに向かいます。

到着したのはなると屋+典座(なるとやぷらすてんぞ)という一風変わった店名の和食屋さん。典座(てんぞ)というのは、禅宗寺院の役職のひとつで、いわゆる食事係の僧なのですが、食事の調理、喫飯も重要な修行とする禅宗では特に重要な役職とされています。その名前を冠したこちらのお店のお料理は、精進料理をベースにした、野菜だけのメニューが評判とのこと。

店内にはめずらしい野菜もゴロゴロ
店内にはめずらしい野菜もゴロゴロ

ランチメニューは月替わりの定食と葛とじうどんの2種類で、どちらもお魚やお肉ではなく、野菜が中心。どれも冷えた身体にやさしいお味でした。

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1月のごはん。手前のお椀は金時人参のスープ
1月のごはん。手前のお椀は金時人参のスープ
葛とじうどんと旬のお野菜を使った惣菜のセット
葛とじうどんと旬のお野菜を使った惣菜のセット
トロトロで具沢山。あったまります
トロトロで具沢山。あったまります

こだわっているわけではないけれど、鎌倉のお店なので自然と鎌倉野菜が多いとお話してくれたのは、13年前に27歳で独立したという店主のイチカワヨウスケさん。ひとりひとり、毎回異なるもので提供されるうつわは、イチカワさん自らが選び、少しづつ買い集めているそうです。肩ひじはらず、自然体な店主の姿勢が素材のおいしさを引き出すやさしいお料理を生んでいるのかな、と感じました。今年の春頃には野菜をつかったお料理のレシピ本も出版されるとのこと。そちらもたのしみです。

店主のイチカワヨウスケさん

あったかくてやさしいごはんですっかり身体もあたたまり、午後は北鎌倉へと向かいます。

奥信濃のイケてるじいちゃん・ばあちゃん×ストリートカルチャー “鶴と亀”

こんにちは。さんち編集部の井上麻那巳です。
旅をするなら、よい旅にしたい。
じゃあ、よい旅をするコツってなんだろう。その答えのひとつが、地元の人に案内してもらうこと。観光のために用意された場所ではなくて、その土地の中で愛されている場所を訪れること。そんな旅がしてみたくて、全国各地から地元愛をもって発信されているローカルマガジンたちを探すことにしました。第4回目は長野県奥信濃のイケてるじいちゃん・ばあちゃん×ストリートカルチャーを発信するフリーペーパー “鶴と亀” です。

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かっこいいですよね…!カラフルな作業着で農作業をするおばあちゃん、MA-1を着て原付を飛ばすおじいちゃん、笑顔で雪かきをするおばあちゃん…。どこかで見たことあるようなおじいちゃん・おばあちゃんの日常がストリートカルチャーの視点で切り取られたスナップは、奥信濃の自然とも相まってとってもフォトジェニック。私たちが想像する田舎のおじいちゃん・おばあちゃんとは違った一面を見せてくれます。

編集部は小林徹也さん(兄)と小林直博さん(弟)の兄弟編成。弟の直博さんは奥信濃で育って大学時代を埼玉で過ごしたのち、現在は再び奥信濃で暮らしています。写真は編集部自らが近所のおじいちゃん・おばあちゃんに声をかけて撮影していくスタイルだそうです。この表情を引き出せるのは地元っ子ならでは。

編集部の小林兄弟とおばあちゃん(左から兄、祖母、弟)。
編集部の小林兄弟とおばあちゃん(左から兄、祖母、弟)。

“鶴と亀” の始まりは、物心ついた頃からHIPHOPやストリートカルチャーに興味を持ち、東京に人一倍憧れていたと語る直博さんが埼玉から奥信濃へ帰省していた時のこと。ふいにおじいちゃん・おばあちゃんの着こなしに、原宿を歩いてる子たちを見るような感覚を覚えたそうです。近所のおじいちゃんのMA-1ジャケットに、手ぬぐいとキャップのレイヤード、柄に柄を合わせるコーディネート。「HIPHOPっぽい!かっこいい!」と、“鶴と亀” 独特の目線が生まれました。

奥信濃スタイルをサンプリングしたという「JA CAP」を商品化。かっこいいです。
奥信濃スタイルをサンプリングしたという「JA CAP」を商品化。かっこいいです。

自分が今まで退屈だと思っていた世界がこんなにかっこよかったなんて。もともと相当なおばあちゃん子だったという直博さんの目標は「自分が奥信濃で暮らし続けること」。その上で、おもしろいこと、かっこいいことを奥信濃から発信して、奥信濃はそれが出来る場所だということを表現していくことが、今一番大事なことだと語ってくれました。

次号は2017年春頃に第五号を発行予定だそう。2013年8月の創刊からTwitterなどの口コミでどんどん人気となり、最近では配布分がすぐに無くなってしまうようです。気になる方はぜひお早めに。

第壱号+第弐号+第参号+未公開写真が合本になった「鶴と亀特別号」も販売しています。
第壱号+第弐号+第参号+未公開写真が合本になった「鶴と亀特別号」も販売しています。

ここにあります。

長野県内、東京を中心に、日本各地の書店などで配布しています。
詳しくはこちらのページから。
鶴と亀 設置場所


全国各地のローカルマガジンを探しています。

旅をもっと楽しむために手に入れたい、全国各地から発信されているローカルマガジンの情報を募集しています。うちの地元にはこんな素敵なローカルマガジンがあるよ、という方、ぜひお問い合わせフォームよりお知らせくださいませ。
※掲載をお約束するものではございません。あらかじめご了承ください。

文:井上麻那巳
写真提供:鶴と亀

新潟・栃尾名物、大きな大きな油揚げ

こんにちは。さんち編集部の杉浦葉子です。
今日は美味しいものの話でも。取材やものづくりで訪れる、産地のお店やメーカーさん。そこで、大概「およばれ」に預かります。お茶とお茶うけ。地元の銘菓や駄菓子、そのお家のお母さんが作ったお漬物だったりと、頂くものはいろいろですが、これがまた、とても美味しいのです。普通の旅ではなかなか見つけられない、地元の日常をさんち編集部よりお届けします。

名水の歴史、大豆の香り広がる油揚げ

新潟県の栃尾(とちお)は、織物やニット産業の盛んな土地。ここからほど近くで織物製造をされている「株式会社クロスリード」さんに伺った時のこと。代表の佐藤さんが「せっかく栃尾に来たんだから」と、移動中に車で立ち寄ってくださったのが、「栃尾の油揚げ 豆選」さん。テイクアウトがメインのようですが、お店の中に少しイートインスペースがあり、そこで待つこと数分・・・。

「で、でっかい!」厚さは3センチほどもありそうな油揚げが、人数分運ばれてきました!もちろんノルマはひとり1枚。揚げたてアツアツの油揚げに、ネギと醤油というシンプルな味付けですが、これがまた美味しい。中身がほどよく詰まっていて口いっぱいに大豆の香りが広がりふっくらジューシーで。どんと出てきたときは、(さすがにこんなに食べられないぞ…)と、心の中で思っていたものの、あっという間に完食しました。

栃尾の油揚げは、間にネギとお味噌を挟んで焼いて食べるのもメジャーなのだそう。これは日本酒必須なのでは。この辺りには油揚げのお店がたくさん点在していて、十店十色にいろんな特徴があるといいます。栃尾には「保久礼の湧き水」「杜々の森の湧き水」「薬師の湧き水」など美味しい湧き水がたくさんあります。このやわらかで清らかな水が、かつてより栃尾の油揚げをつくりあげてきたのだそうです。
地元に、そこでしか食べられない美味しい名物があるって、いいなぁ。食べ比べや油揚げツアーなんていうのも楽しそうです。お土産にも油揚げをたくさんいただいて、(もちろん新潟の日本酒も手に入れて!)ほくほく抱えて奈良に帰りました。ごちそうさまでした。

豆選
新潟県長岡市栄町2-8-26
0120-05-5006

文・写真:杉浦葉子

京都「清水製陶所」がつくる、貴重な陶器の菓子型

あけましておめでとうございます。さんち編集部の杉浦葉子です。
—— なにもなにも ちひさきものは みなうつくし
清少納言『枕草子』の151段、「うつくしきもの」の一節です。
小さな木の実、ぷにぷにの赤ちゃんの手、ころっころの小犬。
そう、小さいものはなんでもみんな、かわいらしいのです。
日本でていねいにつくられた小さくてかわいいものをご紹介する連載、第2回目は京都でつくられている「陶器の菓子型」です。

清水焼の小さな菓子型

初めて見たときは思わず、あれもこれもと買い込んでしまったかわいらしい菓子型。小さなものって、なんだかたくさん集めたくなります。
京都の世界遺産である清水寺のほど近くにある「清水製陶所」でつくられている清水焼の菓子型は、ご主人の清水永徳さんが21歳の頃お父さまから受け継ぎ、40余年つくり続けてきたもの。
菓子型というと木でできた型を思い浮かべる方も多いと思いますが、こちらは陶器製。内側にだけ釉薬がかけられていて艶があり、陶器ならではの優しい丸みのあるお干菓子ができるのが魅力です。

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お店のウインドウにひそやかに並ぶ菓子型。奥にあるのが「原型」です(原型は非売品)。このひとつの原型から石膏型を起こし、菓子型を複製していくのだそうです。「アジサイの型(奥の真ん中)は、作るの大変やったんよ」と清水さんがおっしゃるように、私も最初に一目惚れしたのはひときわ繊細なアジサイの型でした。

奥は小さな干菓子型。手にしているのはひとまわり大きな型。お店の包み紙も可愛い。
奥は小さな干菓子型。手にしているのはひとまわり大きな型。お店の包み紙も可愛い。

お店の包み紙に描かれたものと同じ、カエデの型は少し大きな型。水羊羹などに良さそうです。かつては、お盆のお供えにする大きな落雁の型や、寒天やゼリーなどの型もたくさんつくっていたそうですが、今では需要も減ってしまい、お干菓子用の小さな型でさえ、多くはつくられていないそう。こちらの「清水製陶所」でも清水さんがお1人でつくられていて、後にはつくり手が居ないとのこと。お店に並んだ菓子型も貴重なものになってきました。

「これはツツジ、これは糸巻き、これは雪輪で…」と、菓子型を指さしながら、一つひとつ薄紙でていねいに包んでくださる清水さん。きっと、それぞれの型に長年の思い入れがあるんだろうなと胸がきゅんとなりました。大変な手作業だとは思いますが、これからも菓子型をつくり続けてほしいなと思います。
清水さん、またお伺いしますね。

<取材協力>
清水製陶所
京都府京都市東山区清水3丁目336
075-561-6316

文・写真:杉浦葉子

漆を使って器をなおす、修復専門家のしごと

こんにちは、さんち編集部の井上麻那巳です。
ここ数年、作家さんや窯元さんとお会いする機会が多くなり、我が家の器はお気に入りのものばかりになりました。でも、お気に入りのものこそ普段使いしようと毎日を過ごしていると「割れ」や「欠け」が避けられません。そうしていくつかは残念な姿に…。割れたり欠けたりしてしまった大切な器を末長く使うべく、漆を主軸にした器の修復専門家、河井菜摘さんを訪ねてお話を伺いました。


器だけではなく、古美術品や茶道具もなおす「修復専門家」。

鳥取の工房で古美術品や器の修復のお仕事をしています。修復の依頼は鳥取、京都、東京の3つの拠点で受け付けているのですが、知らない方から連絡をいただくことも増えました。ひとつだけお持ちになる場合もあれば、10点近くの器を一気にお持ちになる方もいます。

通常の修復の依頼の他に、漆と金継ぎの教室も鳥取、京都、東京の3つの拠点で開いています。普段使いの器だと、どうしても買った金額よりも修理代が高くなってしまうことが少なくないですし、日用品はそれぞれが自分でなおせる方が良いと思っています。私ひとりが手を動かしてなおせる範囲はどうしても限られています。それが、例えば教室で8人が集まって、それぞれが3つの器をなおしたとしたら、全部で24個の器を救えることになる。この先割れたり欠けたりしても強い気持ちを持てるのもとても良いですよね。自分の手の中で変化するものは愛着がわくものですから。

教室の生徒さんたちの器。河井さん自作の室(むろ)にて保管しています。

教室では自分の器をなおすために金継ぎからスタートした人に、どんどん漆の魅力に興味を持ってもらえることも多くって。それがとてもうれしいですしおもしろいです。やっぱりはじめて漆にふれるには金継ぎがいちばんわかりやすく、親しみやすい。漆を勉強したいという方にもまずは金継ぎをおすすめしています。

修理をすることで気がついた漆の表情と、社会と関わっているよろこび

もともと京都の芸大で漆工を学んでいて、作品づくりをしていました。でも、大きな作品をつくるためにたくさんのゴミを出して、売れなければまた梱包をして持ち帰って…なんだか社会に関わっている感触がもてないと自分の活動に疑問を感じたこともありました。

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卒業後、茶道具の卸会社にて古美術品の修復スタッフに入ったことがきっかけで、はじめて修復のお仕事に触れました。その中で、作品づくりでは知り得なかった漆のたくさんの表情を見つけることができたんです。漆自体は形をなさないけれど、時には接着剤になり、時には欠けを埋めたり、時には古色をつけたり異素材を模すこともできて。変幻自在の漆の魅力に改めて気が付きました。それから、修復を専門にやっていきたいなって思うようになって。

作品をつくっているおもしろみと引き換えに副産物としてゴミを生んでいるんじゃないかと悩んだこともあった作家活動から一転して、修復のお仕事は買いなおさずに今あるもので満足感を生み出せるし、絶対的によろこんでもらえる。それは相手にとっても自分にとっても幸せなことだと思っています。

漆のための道具は自作することも多いそう。中には拾ってきたというカラスの羽根も(!)

「金継ぎ」「共直し」「漆修理」、3つの技法で器の修復をしています。

「金継ぎ」は、割れたり欠けたりしているところを漆でくっつけたり埋めたりして、その継いだ部分に金を蒔(ま)いて修復する技法です。金のほかに銀や漆で仕上げることもあります。器のデザインによっては銀もしぶくてかっこいいですよ。教室の生徒さんもほとんどがこの金継ぎを学びに来られています。

欠けたところを埋めたマグカップ。
欠けたところを金継ぎで修復したマグカップ。

割れたり欠けたりしているところを周辺のオリジナルを真似て再現する技法を「共直し」と言います。基本的には金継ぎ同様に漆を使うことが多いのですが、ものによっては漆以外の素材も使用します。左官屋さんが使うような色土や顔料として売られている土や胡粉など、画材になるようなものはなんでもストックして合ったものを試してみながら使うようにしています。

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修復後はどこが欠けていたのかわからないほど。
修復後はどこが欠けていたのかわからないほど。

「漆修理」は、剥がれていたり、割れてしまった漆をその状態を見て塗り直したりしていく作業です。でも、それも方法は色々あって、きれいに新品のように仕上げるのが良いのか、それともオリジナルの古い雰囲気を壊さない方が良いのか依頼主の方と相談しながら決めていきます。

やけど跡で変色してしまったお盆。
やけど跡で変色してしまったお盆。
塗り直し後。ところどころ欠けていたところも修繕しピカピカに。
塗り直し後。ところどころ欠けていたところも修繕しピカピカに。

こんなのなおらないよねって思われていても、大体どんなものでもなおります。

無理難題な修復はおもしろいですね。昔のものは天然の素材で作られているものがほとんどなので、素材に無理をさせてないんです。だから、結構ボロボロになっても、どういう形であれなおります。どんなに傷がたくさんあっても、そこを丁寧に埋めたり磨いたり塗り直したりすることで蘇るんですよね。

なおすことはおもしろい。割れたり欠けたりしているものが、そこをくっつけてあげるだけで、バァッと息をふきかえすようで。本当に単純なおもしろさとよろこびを感じます。


河井さんのお話を伺い、はじめて実際の修復の作業を見せていただきました。器の「割れ」や「欠け」はある種、自然の業で、誰かにコントロールされてできたものではありません。人の手によってデザインされ、つくられた人工物である器に偶然による意匠が華やかに施される金継ぎ。そんな金継ぎのビジュアルにも、それほどにひとつの器を大事にすることにもずっと憧れていました。

ひとつの器を自分で選んで自分で使って自分で壊してしまって、その時のショックがあるから価値がある部分もあるんだと、修復の新たな一面にも触れることができました。


河井菜摘(かわいなつみ)

鳥取、京都、東京の3拠点で生活をし「共直し」と漆を主軸とした修復専門家として活動。陶磁器、漆器、竹製品、木製品など日常使いの器から古美術品まで600点以上の修復を行う。修理の仕事の他に各スタジオでは漆と金継ぎの教室を開講し、漆作家としても活動している。
kawainatsumi.com

文:井上麻那巳
修理写真提供:河井菜摘