【はたらくをはなそう】中川政七商店デザイナー 榎本雄

榎本雄
(中川政七商店BUデザイナー)

2014年入社
商品企画課にてオリジナル商品のデザイン業務を担当
2015年「走る日本市プロジェクト」商品コンサルティング担当
2016年中川政七商店BUデザイナー
「オチビサンプロジェクト」商品コンサルティング担当

子供の頃から絵を描いて、ものを作ることを
仕事にしたいと思っていました。
浅からぬ縁を感じて中途採用に応募したところ
これまでの経験を生かせる仕事を、
さらには新しい仕事にも挑戦させていただいている幸せものです。

入社して間もない頃、ポンと肩をたたいてもらい
47枚のかるたを描くお仕事をいただきました。
本当に47枚も描けるのか非常に心配でしたが
ままよ!迷っていても始まらない!与えられた時間の中で
どれだけ楽しんで描けるか。そう信じて打ち込みました。
今では、周りをはじめ沢山の方々に
そのかるたを楽しんでいただいているようで
子供の頃の夢が一つ叶ったと嬉しい気持ちです。
責任は伴いますが、望めばちゃんと舞台が用意される。
そんな会社です。

こんな毎日の中で思うことがひとつ。

若い頃は格好良いものや目立つものに意識が向いていました。
齢を重ね、ものを作る仕事をする中で
自然に愛着が湧いて長く使いたくなるものとは
ただ機能的やおしゃれなだけではそうはなり難いと
感じるようになりました。

私の場合は
そのものがどんなふうに作られているのか
どんな人によって、どんな思いで作られているのか
それを知ると愛着が湧き、使ったり眺めたりするたびに
気持ちがほぐれるような大切なものになります。
ものを作る喜びは子供の時から誰もが持って生まれた
本能的な喜びで、そこに共感しているのかもしれません。
そんな素朴な思いを大切にしたいと思っています。

はたらく上ではそうした個人的な思いや情熱が
とても大切だと思います。
でも、それを注ぐことのできる器はもっと大切かもしれません。

全国の作り手さんや、お店でその情熱を伝えるスタッフ、
さらには倉庫から商品を発送してくれる方々。
もの作りに関わる皆と一緒になって
考える喜び、作る喜び、そして使う喜びを
分かち合える器を作れるのがこの会社の一番好きなところです。
皆、真剣に楽しんでいる感じです。

こうした皆の創意工夫や思いが商品にこもっていき、
伝わることで愛着の持てる「誰かの大切なもの」になっていく。
そう信じてこれからも、日々是精進也。
いまこうしていられることの感謝を心に刻み、
斜め上向きに前進していこうと思います!

3月14日に贈る 奈良を描くハンカチ

こんにちは。さんち編集部の杉浦葉子です。

たとえば1月の成人の日、5月の母の日、9月の敬老の日‥‥日本には誰かが主役になれるお祝いの日が毎月のようにあります。せっかくのお祝いに手渡すなら、きちんと気持ちの伝わるものを贈りたい。この連載では毎月ひとつの贈りものを選んで、紹介していきます。

連載第3回目のテーマは「ホワイトデーに贈るもの」。2月14日のバレンタインデーにチョコレートをもらった男性は、そろそろお返しの準備ができたころでしょうか。ホワイトデーの起源が、実は日本のお菓子屋さんが考案した文化だったという説は、先日3月6日の記事でお話しましたが、定番の贈りもの「マシュマロ」だけでなく、今年はちょっと特別なハンカチを贈ってみるのはいかがでしょうか。

パリ万博から、88年の時を経て生まれたハンカチ

1925年、奈良で麻を扱ってきた中川政七商店の10代中川政七が、フランス・パリで開催された万国博覧会に「鳥草木紋」の手刺繍をほどこした手織り麻のハンカチーフを出展しました。それから88年の時を経て、2013 年にデビューしたハンカチブランド「motta(モッタ)」 は、幼いころ玄関先で耳にしていた「ハンカチ、持った?」という決まり文句からスタート。「肩ひじはらないハンカチ」をコンセプトに、素材の持つ自然なシワ感を大切にしたハンカチ「motta」は、手を拭き、汗を拭き、ときには涙をぬぐってくれる頼りがいのある布。誰もが親しみやすく使いやすい、日常使いのハンカチです。

1925年のパリ万博に出展した、手織り麻に「鳥草木紋」の手刺繍を施したハンカチーフ。
1925年のパリ万博に出展した、手織り麻に「鳥草木紋」の手刺繍を施したハンカチーフ。

2013年にデビューしたハンカチブランド「motta」のハンカチ。素材の持つ自然なシワ感を生かした商品を展開しています。
2013年にデビューしたハンカチブランド「motta」のハンカチ。素材の持つ自然なシワ感を生かした商品を展開しています。

フィリップ・ワイズベッカーが描いた奈良を贈る

「motta」の起源、1925年の万博開催地であるパリを中心に活躍するアーティスト、フィリップ・ワイズベッカー氏と、「motta」がコラボレーションしたハンカチがこの3月に発売されました。日本でも人気の高いワイズベッカー氏が、「motta」のために描いたのは奈良の風景です。

奈良と言えば、の「鹿」。奈良の伝統工芸である一刀彫の鹿をモチーフにしています。
奈良と言えば、の「鹿」。奈良の伝統工芸である一刀彫の鹿をモチーフにしています。

歴史ある建築物「五重塔」も、ワイズベッカー氏の手にかかればこのとおり。
歴史ある建築物「五重塔」も、ワイズベッカー氏の手にかかればこのとおり。

ちょうど3月のこの時期、東大寺二月堂で行われるお水取りに使われる椿の造花「のりこぼし」をモチーフに。
ちょうど3月のこの時期、東大寺二月堂で行われるお水取りに使われる椿の造花「のりこぼし」をモチーフに。

ワイズベッカー氏が描いた奈良の風景は、直線的で繊細な雰囲気をまといつつも、あたたかく懐かしさを感じるタッチ。四角いハンカチながら、素材の持つシワ感を大切にしている「motta」のハンカチとも、どこか繋がるところがあるように感じます。

この企画が始まった、ちょうど1年ほど前のこと。
ワイズベッカー氏と「motta」の担当者のはじめての顔合わせ。彼は自身の名前を記したあとポケットから金定規を取り出して、その定規で名前の下にていねいに1本の直線を引いたのだそう。定規は彼が絵を描くときに使う道具。彼が1本の線に何か大切なものを込める自然な所作こそ、彼の描く絵が人々を魅了する所以かもしれません。

その後、日本に到着した原画は、風合いのある古い紙にやわらかな芯の鉛筆で描かれたであろう奈良のモチーフがそっと佇んでいました。その雰囲気を壊さないように、その魅力が伝わるように。微妙な力を調整しながら、シワ感のある「motta」の生地の上に、1枚1枚「捺染(なっせん)」という方法で染められた絵は、あたたかみのある仕上がりになっています。

ハンカチというアイテムは、いつも持ち主のすぐそばに寄り添うもの。遠くパリの地から奈良に思いを馳せて描かれたワイズベッカー氏の絵は「motta」のハンカチにのって、贈りものとしてたくさんの人の元へ届くのではないでしょうか。

「フィリップ・ワイズベッカー ×motta 」コラボレーションハンカチは、3柄6種の展開。
「フィリップ・ワイズベッカー × motta 」コラボレーションハンカチは、3柄6種の展開。

また、この発売を記念して期間限定で原画3点が展示されます。
3月は「中川政七商店 表参道店(東京)」にて。
4月は「遊 中川 本店(奈良)」にて。
※営業時間は店舗に準じます

大切な人と一緒にワイズベッカー氏の原画を楽しんだあと、このハンカチを贈る。そんなホワイトデーも素敵だな、と思うのでした。

<掲載商品>
「フィリップ・ワイズベッカー ×motta」コラボレーションハンカチ
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Philippe WEISBECKER (フィリップ・ワイズベッカー)
パリとバルセロナを拠点にするアーティスト。1968 年から 90 年代まで N.Y.に在住。フランス政府によるアーティスト・イン・レジデンスの招聘作家となり、4ヶ月間の京都滞在経験も。展覧会は世界の各都市で50回以上、日本ではクリエイションギャラリー G8、クラスカなど各地で開催。2014 年秋には NY のギャラリーで大規模な個展を開催。現在日本で出版されている作品集は、『INTIMACY』『104Batiments』『POBLE NOU』『ACCESSOIRES』『MARC’S CAMERAS』『HAND TOOLS』など。
http://bureaukida.com/philippe-weisbecker

文:杉浦葉子

3月5日、サンゴの日。豊かな海が育てた天然の贈りもの

こんにちは。さんち編集部の杉浦葉子です。
日本では1年365日、毎日がいろいろな記念日として制定されています。国民の祝日や伝統的な年中行事、はたまた、お誕生日や結婚記念日などのパーソナルな記念日まで。数多ある記念日のなかで、こちらでは「もの」につながる記念日をご紹介していきたいと思います。
さて、きょうは何の日?

3月5日は、「珊瑚の日」です

「サン・ゴ(3・5)」の語呂合わせから、世界自然保護基金(WWF)が1996年(平成8年)に制定したという「サンゴの日」。サンゴは3月の誕生石でもあります。

サンゴは植物でも鉱物でもなく「珊瑚虫(さんごちゅう)」と呼ばれる動物。「珊瑚虫」は、サンゴ礁と宝石サンゴに分類されます。海岸などで見られるサンゴ礁と違って、宝石サンゴは海底100メートルから1200メートルの深海に生息していてその成長も遅く、人の目に触れることはなかなかありません。わずか1センチ成長するのに、なんと約50年かかる種類もあるといいますが、動物であるサンゴにはやはり寿命があり、いつかは朽ちて海底の砂になってしまうのだそうです。

日本にサンゴがもたらされたのは、仏教伝来のころ。正倉院の宝物の中に地中海サンゴが見られたことからも、地中海産の宝石サンゴがシルクロードを渡って、聖武天皇に献上されたという伝えがあります。江戸時代までは地中海産のサンゴが主流でしたが、明治以降、日本のサンゴ採取漁業が急速に発展。その後、土佐沖で発見された桃色サンゴと赤サンゴの品質の良さから世界の注目を集めることとなりました。現在では高知県の伝統産業として定着しています。

豊かな海が育てた天然サンゴを、艶やかに

日本のサンゴ製品の約8割は高知県で生産されています。「高知サンゴ工房」は、国内でも数少ない工房と店舗併設型の宝石サンゴ専門工房。気軽なサンゴアクセサリーから芸術品ともいえる作品まで、天然サンゴの美しい素材を生かした、たくさんの作品を製作しています。

宝石サンゴの硬さは、人の歯と同じ硬さ。歯科技工士が使う工具を改良した道具を使うのだそう。30年以上の経験を積んだ職人が、貴重な宝石サンゴの荒彫りから仕上げ彫りまで1人の手で行い、大切に加工しています。すべてが天然の1点ものです。

歯医者さんのような機械で、サンゴに細工を施します。
歯医者さんのような機械で、サンゴに細工を施します。
赤や桃色、そして白。磨きをかけて艶やかに仕上げます。
赤や桃色、そして白。磨きをかけて艶やかに仕上げます。

サンゴの色あいは生命や血を意味し、古くから魔除けやお守りにされてきました。人の一生よりも長い時間をかけ、豊かな海が育てたサンゴ。3月のお誕生日お祝いや、結婚35周年の「珊瑚婚」の贈りものにぜひ。きっと喜んでもらえるはずです。

<取材協力>
高知サンゴ工房
高知市桟橋通4-7-1
088-831-2691
http://www.kochi-sango.com

文・写真:杉浦葉子

ハレの日を祝うもの 「ひなあられ」の色に込められた願い

こんにちは。さんち編集部の杉浦葉子です。
日本人は古くから、ふだんの生活を「ケ」、おまつりや伝統行事をおこなう特別な日を「ハレ」と呼んで、日常と非日常を意識してきました。晴れ晴れ、晴れ姿、晴れの舞台、のように「ハレ」は、清々しくておめでたい節目のこと。こちらでは、そんな「ハレの日」を祝い彩る日本の工芸品や食べものなどをご紹介します。

桃の節句に幸せを祈る「ひなあられ」

明かりをつけましょ ぼんぼりに。 お花をあげましょ 桃の花。
3月3日はひな祭り、桃の節句です。女の子の節句として健やかな成長と幸せを願う日ですね。ひな祭りのごちそうといえば、ちらし寿しや、はまぐりのお吸い物。菱餅などもありますが、今回は「ひなあられ」についてお話したいと思います。

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ひな祭りは元々、紙で作った人形を川に流して厄を払うという「流しびな」と、平安時代の貴族の人形遊びである「ひな遊び」が合わさってできたものだといわれています。この「ひな遊び」の中では、お人形に外の世界を見せてあげるために、「ひなの国見せ」と言って、お人形を連れて野山に出かけるという風習があったのだそうです。このとき、外に持ち出しやすいお菓子として、ひなあられが用いられていたといいます。あられは元々はお餅。そう、実は菱餅を小さく砕いてこのひなあられを作ったという説があるんです。

そういえば、菱餅は「緑・白・桃」の3色。そして、ひなあられもこの3色がメインに使われているではありませんか。あくまでもひとつの説ではありますが、菱餅とひなあられは、きっと関係が深かったに違いありません。

そして、この3色が何を表しているかというと、
緑は木々の芽吹き(植物のエネルギー)
白は雪の大地(大地のエネルギー)
桃(赤)は血・生命(生命のエネルギー)
を表しているといわれており、ひなあられを食べることで自然の力を得られると考えられていたようです。

また、植物に例える場合もあって、
緑は厄除け効果のある「ヨモギ」で、健やかな成長の意味
白は血圧を下げる「菱の実」で、子孫繁栄や長寿の意味
桃(赤)は解毒作用のある「クチナシの実」で、魔除けの意味
を表し、健やかな子に育って欲しいという願いが込められているともいわれています。

しかし、最近は3色以上のひなあられもよく目にしますね。4色でつくられたひなあられは「桃・緑・黄・白」が、それぞれ「春・夏・秋・冬」を表し、四季を通じた自然のエネルギーを取り込むとか、1年を通じて幸せを願うという意味合いなのだそう。
四季を意味するということは、ひなあられはやはり日本独特の文化なのですね。

富山の自然の恵みでつくられた「ひなあられ」

富山におかきの製造工場を置き、首都圏中心に店舗を構える菓子屋「赤坂柿山」では、国内最高級レベルと称される富山県の特産「大正もち米」を使用して「おかき」や「あられ」をつくっています。古来種で刈取りの時期も遅いというこの品種は、栽培が少しむずかしく、収穫の効率も良いとはいえないもの。しかし、立山の清水と豊かな土壌、そしてたっぷりの陽光から生まれるもち米はとても滋味深く、香り豊かに仕上がるのだそう。

杵つきの様子。お餅にコシを、おかきやあられには食感を与えるのだそう。
杵つきの様子。お餅にコシを、おかきやあられには食感を与えるのだそう。
つきあがったお餅を職人がていねいに成形していきます。
つきあがったお餅を職人がていねいに成形していきます。

ほんのり甘いひなあられは、優しい味わい。お醤油味はアクセントになっています。サクサクと歯ごたえもよく、もち米の香ばしさが口いっぱいに広がってなんだか五感をくすぐられるような。そう、春がやって来たような気持ちになります。ちなみにこちらは関西風のひなあられ。関東風のひなあられは、米からつくったポン菓子に砂糖などで味つけした軽い風合いのものです。東京で関西風のひなあられは少し探さないと買えないのだとか。

ひな祭りは、いろいろな願いが込められたもの。陽がすこし暖かくなってきたこの頃、自然の恵みいっぱいの「ひなあられ」を持って、平安時代に想いを馳せ、野山でひな祭りをしてみるのも良いかもしれません。もちろん、大人の女性は「白酒(しろざけ)」も忘れずに。

 

<取材協力>
株式会社 赤坂柿山
http://www.kakiyama.com

文:杉浦葉子
写真:株式会社 赤坂柿山、杉浦葉子

【はたらくをはなそう】執行役員 緒方恵

緒方恵
執行役員/Chief Digital Officer

中川政七商店のWEBデジタル領域を統括管理し、会社をより成長させる一助となることをミッションに2016年中途入社。

具体的には、

・WEBサイト
・ソーシャルメディア
・ネットストア
・(基幹などの)システム
・新規デジタル施策

の開発・運用を行ってます。

入社にあたり「WEBデジタル領域を統括運用するためにまず組織編成を見直したい」ということを社長に提言したのですが、その編成案が即採用されすぐに適用された時はとても驚きました。こんなスピード感で意思決定・実行が為される会社があるのかと。

そのスピード感の背景にあったのが、社長が感じている「工芸への危機感」。

中川政七商店では「日本の工芸を元気にする」を旗印に全ての活動を決定・実行している会社なのですが、その中の取り組みのひとつとして自社の成長ノウハウをコンサルティングという形で外部に提供するということをしています。

しかも、そのノウハウはそのコンサルティング先企業から、その産地全体に共有してもOKということにしている。

ただ、それでもコンサルティングができるのは年に数社。

一方、日本全国には300近い産地があり、そこにさらにそれぞれ数百の企業があります。

そうなると、仮に1社にコンサルティングを行うことでその企業や産地自体が元気になったとしても日本全体で捉えるとスピード感は決して良くないと考えているとのことで、そうなるとむしろ私が「圧倒的なスピード感」だと思ったような速度でも実はまだ足りず、もっと早くなければならないのです。

「いいと思ったことはすぐにやるべき」

「やったことがないことにも積極的に挑戦しなければならない」

と言われ、なるほどと思いました。

そして、会社全体がそれを本当にやり切ろうとしていることを入社してすぐにこうして体験することができたのはありがたいことでした。

WEBデジタルの領域は日々新しい技術や手法が生み出される領域です。

私の仕事はその中から日本の工芸を元気にするものをピックアップし、スピード感を以てドンドン組み込んでトライ&エラーを積み上げて成果を上げていくこと。

「デジタル×工芸」

とてもエキサイティングなフレーズだなと思っています。

仕事は「誰とやる」こそがなによりも大事だと思っている人間だったのですが、心から共感できる「なにをやる」も併せて得ることができて、幸せものだなと思っています。

あとはとにかくやるだけです。

日本の工芸をもっと便利に、もっとエキサイティングにするために。

伝統画材ラボ PIGMENTの岩泉さんに教えてもらう日本の画材 プロローグ 日本の伝統画材って?

こんにちは、さんち編集部です。
みなさんは、最後に絵を描いたのはいつですか?趣味で毎週末には描いているよ、という方もいれば学生時代の美術の授業が最後、という方もいるのではないでしょうか。全国の作家・アーティストの間で話題の伝統画材ラボが東京・天王洲アイルにあると聞きつけ、早速お邪魔することに。でも、日本の伝統画材ってどんなもの?

天王洲アイルの伝統画材ラボ「PIGMENT(ピグモン)」

伝統画材ラボ PIGMENTは、日本をはじめとするアジアに古来より伝わる4,500色に及ぶ顔料をはじめ、200を超える古墨、50種の膠(にかわ)といった希少かつ良質な画材を取り揃えた画材店。2015年にオープンしました。今までになかった、単なる画材屋さんではなく、画材も販売するけれど知識や技術を提供する「伝統画材ラボ」という形はもちろん、建築家・隈研吾さんによるインテリアデザインも日本だけでなく世界中で話題になりました。取材中も海外からのお客さまがたくさん。

竹の簾(すだれ)をイメージした天井が印象的(写真提供/PIGMENT)
竹の簾(すだれ)をイメージした天井が印象的(写真提供/PIGMENT)

学校の授業で使ったことがあるのは水彩絵の具やボトル入りの墨汁。日本の伝統画材なんて、見たこともさわったこともない!ということで、画材の研究で博士号を取得しPIGMENTの所長を務める岩泉慧(いわいずみけい)さんに日本の伝統画材のいろはを教えてもらうことになりました。教えて、岩泉さん!

今日の先生、岩泉さんです
今日の先生、岩泉さんです

すべての色の源、顔料

お店に入ってまず目に入ってくるのが、4,500色に及ぶ色とりどりの顔料たち。この美しい顔料たちが、実際の絵の具の原料になっていきます。

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「顔料は主に3つの種類に分けられます。うちのお店でいちばん多いのが有機顔料。いわゆる岩絵具と呼ばれるもので、天然の石や陶磁器で使用する釉薬を焼いたものを砕いてつくられます。それに対して合成無機顔料は人工的に作られた色の物質です。金属を酸化させたり、何かと化合させたり。石油系の染料を化学変化で顔料にさせた有機顔料なんかもあります。合成無機顔料でいちばん有名なのは本朱(ほんしゅ)ですね。硫黄と水銀を加工させたもので、水銀朱とも呼ばれるのですが、神社仏閣や仏像などにも使われている、あの朱色です。最後にパール顔料。キラキラと光るもので、よくお化粧品に使われています」

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このグラデーションに並んでいる岩絵具たちは、同じ原料からできているのですか?

「岩絵具はひとつのかたまりを砕いてつくられています。同じ石からできていても、粒子の荒さで分けていて、粒子が大きくなればなるほど色が濃く、小さくなればなるほど色が薄くなっていきます。また、粒子の大きさによって実際の絵の具にした時の質感も変わってきます。特に、天然の石はそのグレード(質)によって色や質感が大きく異なります。同じ粒子の大きさでも、同じ種類でもそれぞれが全然違う。金額も何倍かになったりもしますが、一概にどれが良い悪いではなく、使い手の方が自分の作品にあったものを選んでいかれます」

同じ種類の石からできていてもグレードによって色が全然違う
同じ種類の石からできていてもグレードによって色が全然違う

同じ種類でも、宝石に使われるような質が良いものはキラキラしていますね。

天然の接着剤、膠(にかわ)

次に紹介してもらうのは膠(にかわ)です。えっと、そもそも膠ってなんですか?

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「膠は動物の皮を煮出してつくられる天然の接着剤です。つくり方はいわゆるゼラチンと同じですね。魚やお肉の煮こごりで、あれを乾燥するとこれになる。口に入れても大丈夫ですが、お腹の保証はしません」

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「多く使われているのは牛や豚ですが、地域によって違います。昔はその地域ごとに膠をつくっていたので、山の地域だと熊、鹿、イノシシとか。逆に海の地域だと魚が多いですね。基本的に食べたものの余った皮を膠にします。なので、ヨーロッパだとうさぎが多かったり。変わったところだと使い古したカバンや靴、和太鼓(!)を膠にすることもあり、それはそれで個性のあるものができます」

どんな風に使うのでしょう?

「画材としては、顔料と混ぜて日本画の絵の具をつくります。絵の具は今ではチューブが当たり前のように流通していますが、本来的には絵の具は油絵の具にしても何にしても自分でつくっていました。ダヴィンチもミケランジェロも、大理石の板の上で顔料を混ぜて自分たちの色をつくっていた。そこに各工房のレシピがオリジナルであったので、同じ顔料でもそれぞれの個性のある絵の具ができたのです。チューブの絵の具ができたのは産業革命以降です。だからといってチューブの絵の具がダメだという話ではなくて、あれができたおかげで印象派の人が外で描けるようになった。チューブがなかったら印象派は生まれなかったともいえます」

ラピスラズリを好んで使ったというフェルメール・ブルーも、そうやって大理石の上で生まれたのですね。

「また、固形の墨には必ず膠が使われています。墨は硯(すずり)でするので、水に溶けなきゃいけない。他の人口的な接着剤では無理なんですね。だからといって他のものだとあの形に固められない。そのふたつの条件を満たすのが、唯一膠だけなのです」

一度溶かした膠は冷蔵庫で冷やし、また湯煎で溶かして使います
一度溶かした膠は冷蔵庫で冷やし、また湯煎で溶かして使います

画材以外の使われ方もあるのですか?

「今だと様々な接着剤があるけれど、昔は強い接着剤といえば膠だったので、大工さんや家具屋さんなど幅広く使われていたそうです。ヴァイオリンの製作には今でも膠が欠かせません。ヴァイオリンは、とりわけ質の良いものになればなるほどメンテナンスすることが前提。なので、いつか剥がさなきゃいけない。その時にボンドを使っているとうまく剥がれなかったり、板についたボンドを無理に削ると痛んで音色が変わってしまう。対して膠で接着していると、お湯で溶かして剥がすことができるので、木を痛めずに修理ができます」

水溶性であること。それが膠の弱点でもあり、長所でもあるのですね。

無限の色を持つ、墨

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「ところで井上さん、墨の色って何色ですか?」
黒…ですかね。
「そう。そう思いますよね。でもね、ただの黒じゃないんです」

「中国の古い言葉で “墨には五彩がある” という言葉があります。これは5色という意味ではなくて、無限にいろんな色が出せるという意味なのです。そのこころを科学的な視点も合わせてお話していきますね」

「墨には、大きく分けると2つの種類があります。ひとつは油煙墨(ゆえんぼく)。もうひとつが松煙墨(しょうえんぼく)です。このふたつはススの採取方法が違って、油を不完全燃焼させてできたススからは油煙墨、松のチップを燃やしてできたススを集めてつくるのが松煙墨です。それぞれ油煙墨が茶墨(ちゃぼく)、松煙墨が青墨(せいぼく)とも呼ばれるように、色が違います。ススの特性で、粒子が細かいほど赤っぽく、逆に粒子が大きくなると青っぽく見える。なので、油煙墨の方が粒子が細かいというわけです。試してみましょう」(もちろん例外もあります)

こちらが油煙墨
こちらが油煙墨

こちらが松煙墨
こちらが松煙墨

実際にそれぞれの墨を試してみると、色が全然違う。この違いが粒子の大きさで生まれた違いなのですね。

「それぞれの方法で採取したススを先ほどの膠と混ぜて墨をつくっていくわけですが、膠はタンパク質なので、食べものと同じように劣化していきます。つくったばかりの墨は、粒子同志がくっついている状態だったものを膠がひとつひとつの粒子を引き剥がしてくれている状態なのですが、それが劣化してくっつき始めると、しだいに粒子が大きくなり、すなわちそれが色が変化を生みます。墨屋さんは、きちんとしたものに限りますが、墨を100年持つように設計してつくっています。100年後にこの墨がどんな色を出すのか、そこまで想定してつくっているのですね。ワインと同じように、寝かせ方ひとつで色が変わる。そこがまたおもしろい」

硯(すずり)と墨の切っても切り離せない関係

「墨には切っても切り離せない重要な道具があります。硯(すずり)です。」
そう言って見せてもらったのはたくさんの硯の原石。こんなに種類があるんですね。

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「硯は墨にとってヤスリの役目を果たします。同じ1本の墨でも、硯の目の細かさで、磨(す)った墨の感じが全然違ってきます。また、同じ石の種類でできた硯でも、天然の石を使っているのでそれぞれ個体差がありますね。硯選びは墨を扱うときにはとても重要です」

意識したことはありませんでしたが、硯もこう見ると美しいですね。

「墨とか硯は中国が発祥なのですが、もともとは字を書くための道具です。当時、字を書くことができるのは一部の特権階級の人たちだけでした。字を書く道具を持ってること自体がステータスになる時代ですね。そういった背景から、装飾としての彫り物がある硯ができたり、石の模様にこだわるようにもなりました」

たかが水、されど水

「墨にとってもうひとつ重要な要素が、水です。たかが水ですが、水ひとつで墨が変わります。ちょっと試してみてください」

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同じ墨と硯を使って、硬水と軟水、それぞれ磨ってみます。硬水の方は、カリカリと音がして、削れているような感触。軟水の方はヌルッとなめらかな感触です。

「そうなんです。ここでも膠の特徴が影響していて、硬水にはあまり膠が溶け出さない、浸透しないのでガリガリと粒子が立った墨ができあがります。濃い色がはっきりと強く出る反面、薄い色だとすすけた感じになります。それに対して軟水には膠が溶け出しやすく、潤滑油になる。硯とのあたりが柔らかくなり、出来てくる粒子もなめらかです。濃い色はあまり強く出ない代わりに、やわらかく、薄くしていくと透明感のある綺麗な色が出てきます」

「こういったところから、水は文化にも影響を与えました。墨を使って絵を描いていた作家たちは、どういう絵にしようか、色を見て描いていた。中国でも硬水の地域に住んでいた作家は力強い印象の水墨画を描き、湖のほとりに住んでいた作家はやわらかい作品を残すようになった。日本も軟水なのでやわらかい作品が多いです。水ひとつが文化に大きく影響しているとも言えます。」

「これは料理の世界でも同じで、日本でお出汁の文化が発達した理由もそこにあります。実は、同じ日本でも水質は違うのですよ。これは東京と京都を行き来しはじめて改めて実感したことなのですが、関西の方が若干軟水です。昆布だしを綺麗にとって、その旨味を殺さないように薄口の醤油で味をつける。そうして京料理が生まれたのではないでしょうか」

水は文化を考えて行く上で実は結構重要な課題なのですね。

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「墨は、ススと膠という単純な組み合わせでできているけれど、条件ひとつで色が変わる、とてもデリケートな画材です。色を出すまでにいろんな要素が関わってくるので、無限の色、五彩があるといわれるようになりました。古代からたくさんの作家たちが、単なる絵の具の黒ではない墨の奥深さに魅せられてきました」


岩泉さん、ありがとうございました。はじめてのことばかりで、とっても勉強になりました。

「せっかく “さんち” ですから、もしよかったらそれぞれのつくり手さんのところに行ってみませんか?顔料と、墨と、日本で特に発達しているといわれている筆・刷毛もぜひ見てもらいたい。ご案内しましょう」

ぜひぜひお言葉に甘えて。ということで、次回はそれぞれの工房へお邪魔することに。日本の伝統画材たちが現代でどのように生まれているのか、とても楽しみです。

伝統画材ラボ PIGMENT
東京都品川区東品川2-5-5 TERRADA Harbor Oneビル 1F
03-5781-9550
pigment.tokyo

文・写真:井上麻那巳