愛しの純喫茶〜出雲編〜バラのようなご当地パンが楽しめる「ふじひろ珈琲」

こんにちは、ライターの築島渉です。

旅の途中でちょっと一息つきたい時、みなさんはどこに行きますか?私が選ぶのは、どんな地方にも必ずある老舗の喫茶店。

お店の中だけ時間が止まったようなレトロな店内に、煙草がもくもくしていたり。懐かしのメニューと味のある店主が迎えてくれる純喫茶は密かな旅の楽しみです。

旅の途中で訪れた、思わず愛おしくなってしまう純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。今回は、この出雲のご当地パン「バラパン」をおいしい自家焙煎珈琲とともに楽しむことができる創業35年の老舗純喫茶、「ふじひろ珈琲」を訪ねます。

縁を結ぶ土地・出雲の名物マスターに会いに。

縁結びの神様として知られる出雲大社から車で約15分。ツタの絡まる重厚なたたずまいの純喫茶「ふじひろ珈琲」は、出雲を走る県道28号線沿いにあります。

ふじひろ珈琲店表

「自家焙煎 珈琲専門店」と書かれた看板の前に立つと、もうコーヒーの香りがいっぱい。

良い香りに包まれながらドアを開けると、年季の入った木のテーブルや椅子、昔ながらの赤い布張りの長椅子。「いらっしゃいませ」とカウンターの向こうでマスターが微笑んでくれます。

店内

この日私が訪れたのは午前11時頃。「うちはスパゲッティとかカレーとか、そういうお食事は置いてないの。だから、この時間はちょうど空いてるんだよ」と笑う渋いお髭のマスターは、伊藤博人さん。

マスター

伊藤さんが「ふじひろ珈琲」をオープンしたのは、35年前。一旦は故郷の出雲を出て就職しましたが、Uターンして好きなコーヒーの店を始めることを決意。店名の「ふじひろ」はお名前の真ん中の二文字から、ご両親が命名してくれたのだとか。

地元民に愛される「バラパン」とは?

開店以来ずっと地元の人のために美味しいコーヒーを淹れている伊藤さんのおすすめが「バラパンセット」。ブレンドコーヒーまたは紅茶のセットがセットになって600円です。

「バラパン」は、島根県出雲市では知らない人はいないという、バラの花の形をしたご当地パン。くるくると巻かれたパンの中にたっぷりのホイップクリームが入っていて、とても美味しいのだそうです。

もともとは地元ベーカリー「なんぼうパン」が60年以上前に販売を始めたバラパン。「ふじひろ珈琲」では「なんぼうパン」から生地を仕入れ、抹茶、マロン、ホイップ、ストロベリーのクリームを挟んだ4種のオリジナル・バラパンを楽しめます。

この日は伊藤マスターいち押しだというマロンのバラパンを、ブレンドコーヒーと一緒にいただきました。

コーヒーとバラパン

クリームを挟んで、長いパン生地がくるくると花のように巻いてあります。ちょっと中身をめくってみると、マロン色のクリームが中心だけでなく巻かれたパンの間にもたっぷり。

口に入れると、まずパン生地の柔らかいこと!キメの細かい優しい生地で、耳までしっとり。軽い口当たりで品の良い甘さのマロンクリームも相性ばっちりです。

甘すぎる菓子パンが苦手な人でもぺろりといける、出雲の人たちに愛されるのも納得のおいしさです。

バラパンを上から見た様子

そして、自家焙煎の豆をつかった「ふじひろ珈琲」オリジナルブレンドは、すっきりとしたコクと酸味がある一杯です。

コーヒー

そして、実はバラパンは遠くはなれた宮城県でも人々に親しまているそう。宮城で被災されたご友人を持つマスターは、バラパンセットの売上の一部を使ってお店のお客さんたちと共に東日本大震災の被災地へ赴き、現地でバラパンをふるまう支援活動を行っているのです。

変わらない場所、変わらないご縁

懐かしさを覚えるたたずまいの店内ですが、改装のたびにお客さんから「椅子を変えないでね」とお願いされてしまうのだそう。

そのため、張替え用の布地をロールで買いつけ、シートだけ張り替えてもらっているとのこと。「変わらないって、大変なんですよ」といたずらっぽく笑います。

椅子

「赤ちゃんのときから知っている子が、大人になって結婚して、また赤ちゃんを連れてきてくれるんです。何十年も毎日来てくれているお客さんが、脚が悪くなっても『マスターの顔見ないと落ち着かん』って、息子さんに手を引かれてコーヒーを飲みに来てくれたり。今までもこれからも、この店でみんなで楽しめて、喜べて、それでみんなが幸せになったら、私も幸せなんです」

この店でプロポーズを受け幸せを掴んだお客さんが、「ふじひろ珈琲」トリビュートで作ってくれたというCDを手に顔をほころばせる伊藤さん。純喫茶は、そこに純な思いのある「人」があってこそ。「神の国」出雲でのおいしくて素敵な「ご縁」に、ほっこりとしたひとときでした。今度は、どのバラパンを食べようかなぁ。

ふじひろ珈琲
島根県出雲市渡橋町1223
0853-24-1760
営業時間:8:00~19:00
定休日:日曜

文・写真:築島渉

【はたらくをはなそう】商品1課・人事 荒井勉

荒井 勉
(商品1課 10月より管理課人事)

2009年 入社(中途採用)
ものづくりに携わる生産管理の仕事の傍ら
2013年 新卒採用担当
2015年 内部監査役
2016年 奈良博覧会企画メンバーを経て
2017年 10月より人事に就任

社会人として、そして人として大切にしていること、
それは「人に嫌われないこと」。
なんだそれ?
と思われる方も多いと思いますが、
僕が自信を持って大切にしていることと言えます。

人に対して「ちょっと苦手だな」と感じるポイントは、
話し方・時間にルーズ・メールが遅い・身だしなみ・表情・態度などと人それぞれ違うはず。

なので、すべてを満点にすることはなかなかできません。
ただ、欠点をなくし平均点をあげることは自分の努力で何とでもなるものだと思います。

相手を不愉快な気持ちにさせ信頼を失うのは一瞬ですが、
相手に信頼してもらうことはコツコツと日々の積み上げからしか成し遂げられないこと。

嫌われなければ、信頼を勝ち取ることも、協力を仰ぐこともでき、
人と人とのつながりを大切に仕事を進めることができます。

少し話は変わりますが、
先日、全社員が参加する表彰式がありました。

世間一般では、売上額などの数字に対しての表彰式が多いと思いますが、
僕らの会社は少し違います。

「右腕にしたい人」「育て上手な人」「縁の下の力持ち」「見かけによらずプロ意識が高い人」
などなど、人となりにスポットを当て、社員同士がお互いに投票しあい、
表彰者を選ぶ温かい場です。

そんな風に人の見ていないところでも頑張れるスタッフが多く、
個人の人となりを讃えあうことができる会社だからこそ、お互いをフォローしながら
皆がやるべきことに注力できています。

そんな環境で働けることを嬉しく思います。

10月からは初めて商品作りから離れ、人事担当として働くことになります。

社員には、より気持ち良く働ける環境を。
また、新しく入社いただく方には同じ目標に向かって一緒に走っていただける方を
お迎えできるような、魅力的な環境を整えていきたいと思います。

良いご縁があることを楽しみにしています。

【はたらくをはなそう】遊中川 泉さやか

泉 さやか
(遊 中川 ジェイアール名古屋タカシマヤ店 店長)

2011年 直営店スタッフとして入社
2012年 松坂屋名古屋店 店長
2014年から指導店長や特命店長を兼任しつつ、遊 中川ジェイアール名古屋タカシマヤ店の店長

2011年、前職を辞めて次を考えていた私は
昔から好きだった工芸に関わることに、これからの時間と力を使いたいと思い
興味のあった中川政七商店を受け、縁あって直営店スタッフとして入社しました。
入社してから、ずーっと遊 中川1本です。

入社して1年ほど経った頃、店長の話がやってきました。
元々店長になりたい!!と思っていなかった(すみません)のと、なんだか大変そうだし…と思って
「店長なんて責任ある仕事は私には向いてない」「やったことないし無理です」と、お断りしていたのですがやってもないのに、できない理由をつらつら並べて言い訳にして逃げるのもなんだか20代の頃と進歩がないなぁ、まぁいっちょダメ元でやってみるか!と思い立ち店長をやってみることにしました。

店長になってからも、数々の壁に遭遇するたび「ムムム…」と唸ってきましたが
そのつど、まぁなんとかなるだろう、やってみるかで今に至ります。
数年経った今、あれこれやってみて思ったのは
責任あるから大変・向いてないから無理…etc数々のやらない理由以上に
じっさいやってみたほうが面白かった!!と、いうこと。
あんがいなんとかなるもんだなぁ、というのが、実感です。

そもそも、どんな仕事でも、人やものが関わる限り
責任のない仕事なんてないですしね。

月並みな言葉ですが、立場が人を変えるとはよく言ったもので
本当に立場で見える世界って変わるんだなぁとしみじみ思います。
なので、私がはたらく上で大事にしていることはこの体験もあって、
これまた月並みでありますが「できる・できないではなく、やるかやらないか」です。

そして、自らやると決めた事には(なるべく)言い訳しないこと。
やってダメならそれはそれ。また力を蓄えて、やり直せばいいと思います。
何かをやる前から、自分で勝手にできないラインを決めてしまうということは
けっこうもったいない。

やらなきゃわからないことだらけです。

どうせ自分で決めるなら、面白いほうがいいな、と個人的に思っています。
面白い方に1票!!の精神です。
これからも「ムムム…」と唸ることは多いでしょうが
きちんと自分で考えて決める人でありたいです。

世界でここだけ。唯一の技術で染められる、星の布

こんにちは。さんち編集部の杉浦葉子です。
日本でつくられている、さまざまな布。染めや織りなどの手法で歴史を刻んできた布にはそれぞれ、その産地の風土や文化からうまれた物語があります。
「日本の布ぬの」をコンセプトとするテキスタイルブランド「遊 中川」が日本の産地と一緒につくった布ぬのをご紹介する連載「産地のテキスタイル」。今回はどんな布でしょうか。

新潟の美しい星空をイメージしたテキスタイル「星紋」

新潟の夜空の星の美しさは、松尾芭蕉や川端康成の作品にも描写されるほど。その澄んだ夜空が夏の星座に変わるころには天の川が水面にうつりこみ、あたり一面が星で満たされるといいます。この濃紺の夜空に浮かぶ星をイメージしてデザインしたテキスタイル「星紋(ほしもん)」。この布は、新潟・見附で受け継がれてきた貴重な技術でつくられています。

遊中川の夏のテキスタイル「星紋」
遊中川の夏のテキスタイル「星紋」

世界で唯一、新潟・見附の職人だけが手がける「マンガン染」

手間がかかりどうしても高価になってしまう「織り絣」に対して、気軽に絣模様が楽しめる「染め絣」として、大正初期に新潟・見附で誕生した技法「マンガン染め」。気軽にとはいえ、大正時代からの手法とあってやはり手作業は欠かせません。

大正4年、見附でいちばん大きな織元であった矢島丑松(やじま・うしまつ)がマンガンを染色に利用して発明したという「マンガン染め」。白絣(白地に紺や黒)を中心に夏の着物に用いられ、昭和30年代まで新潟・見附を中心に、浜松、近江のあたりでも生産が行われていました。この「マンガン染めの白絣」は見附の特産品として人気を集め、大正9年には見附の綿織物の生産量1位に。昭和初期まで大流行したといいます。

マンガン染めの白絣
マンガン染めの白絣

こちらは紺地に白を染め抜いたマンガン染
こちらは紺地に白を染め抜いたマンガン染

現在、「マンガン染め」を手がけるのはなんと世界で唯一、見附の「株式会社クロスリード」1軒のみ。こちらの工場を訪ねました。

糸染めから織りあがりまで3ヶ月以上、職人の感覚技

お話を伺ったのは、代表の佐藤秀男(さとう・ひでお)さん。「マンガンというのは、鉱物。これを使って染めるのには、職人の感覚がとても大切なんです」と、佐藤さん。そもそも、マンガン染めとはどういうものなんでしょう。その工程を見せていただきました。

マンガン染めは、まず糸染めからスタート。マンガンを溶かした水溶液に、かせにした糸を浸け込み、酸化させることで発色。糸が濃い茶色に染まります。

これが原料のマンガン。ピンクに輝く自然の鉱物です
これが原料のマンガン。ピンクに輝く自然の鉱物です

「糸のご機嫌を伺いながらやってます」と、職人の西さん。目に薬品などが入らないようにサングラスで保護します
「糸のご機嫌を伺いながらやってます」と、職人の西さん。目に薬品などが入らないようにサングラスで保護します

はじめは白い糸にうっすら色がつく程度ですが‥‥
はじめは白い糸にうっすら色がつく程度ですが‥‥

酸化することですこしずつ茶色くなってきます
酸化することですこしずつ茶色くなってきます

最終的に整理された糸はこんなに濃い色に。マンガンが付着した糸です
最終的に整理された糸はこんなに濃い色に。マンガンが付着した糸です

じつはこの作業、1かせ1かせ職人さんの手によって染められています。空気に触れることで発色するため、ムラにならないように絞りながら、満遍なく手繰るのです。季節によっても反応の速度が違い、その日のお天気にも左右されるこの作業は、職人さんの感覚頼りなのだとか。しかも、手作業ながら1度に200〜300かせも染めるとあって、相当な力仕事です。

ではここで、マンガン染めの原理について。
この茶色の糸は、このあと中和剤をかけると、マンガンの色が抜けて白くなるんです。普通に染めた糸と、マンガン染めの糸を使って布を織り上げ、中和剤をかけると、マンガン染めの糸だけが白い糸にもどり、普通の染め糸はそのまま色が残るということです。

紺色に染めた糸とマンガン染めの茶色い糸を交互に並べて織った状態が左。これを中和させたものが右。マンガン染めの茶色かった糸は白くなり、紺色はそのまま残ります
紺色に染めた糸とマンガン染めの茶色い糸を交互に並べて織った状態が左。これを中和させたものが右。マンガン染めの茶色かった糸は白くなり、紺色はそのまま残ります

この原理で、布にどれだけマンガン染めの糸を織り込むかや、中和剤でどんな柄を描くかを考えて、布をデザインします。クロスリードの敷地内には、布を織る工場も。糸染め、織り、加工まで一貫して製造手がけられ、なんでもできるというその技術の幅には驚きです。

木造の建物に、織機がずらり
木造の建物に、織機がずらり

クロスリードの佐藤さん
クロスリードの佐藤さん

織り上がった生地に型を使って中和剤をつけると、マンガン染めの糸色が変化して柄が浮き出てきます。柄の細かさや生地の厚さによって、都度、中和剤の液体の硬さを調整しなくてはいけないそう。この調整は完全に職人の感覚。湿度や温度を肌に感じながら、経験値での勝負です。

銅製のロール型の表面に彫られた「星紋」の柄。この彫刻は京都で手がけられています
銅製のロール型の表面に彫られた「星紋」の柄。この彫刻は京都で手がけられています

中和剤の調合。少しでもゴミが入ると型を傷つけることになるので、このあと2回も漉します
中和剤の調合。少しでもゴミが入ると型を傷つけることになるので、このあと2回も漉します

型に中和剤をなじませます
型に中和剤をなじませます

柄のとおり、布に中和剤が置かれます
柄のとおり、布に中和剤が置かれます

このあとは、中和剤の力で徐々にマンガン染めの糸の色が変化していくのですが、その時、布におがくずをまぶします。おがくずが布の間に空気を含ませ、その空気が糸色の変化を促進させるのです。また、布の移染も防いでくれます。

おがくずの中に布を通します
おがくずの中に布を通します

スコップでおがくずを布にかける作業も。広い工場で布がどんどんと変化していきます
スコップでおがくずを布にかける作業も。広い工場で布がどんどんと変化していきます

すぐには色の変化は見られませんが‥‥
すぐには色の変化は見られませんが‥‥

30分も経つと、ほら、模様が浮かんできました!
30分も経つと、ほら、模様が浮かんできました!

このあとは、布を水洗いし、加工整理して生地が完成。生地に無駄なテンションをかけないように、こちらでは桜の木材をつかった乾燥機を使っているのだそう。生地に触れる部分が木で、まるで赤ちゃんを抱くように生地をやさしく扱いながら乾かすと、風合いのよい生地に仕上がるのだそうです。

今やこの「マンガン染め」を行っているのは、全世界の中で新潟のこの工場だけ。「もう、ここだけになってしまったから、何としてでも残したいけれど、職人の感覚に頼る仕事ばかり。人がいないと続けられない」と、職人の高齢化を懸念している佐藤さん。「これまで、みんなでたくさん失敗もしてきました。失敗の数だけ、いろいろなものが作れるようになったと思ってます。これから、若い人が来てくれるといいんだけどね」。

大正時代には画期的な技術だったものの、平成の現代ではとても手のかかるものづくりとなった「マンガン染め」。貴重な布になりました。変わりゆく時代の中で、変わらずにつくりつづけていくことは容易ではありません。だからこそ、いまこの日本に残る、さまざまな布ぬののことを伝えていきたいなと思います。

「星紋」のテキスタイルシリーズ

今回「遊 中川」がつくった、「星紋」のテキスタイルシリーズをご紹介します。新潟の美しい星空やものづくりの背景を思い浮かべて、身にまとってみてください。

バッグ 星紋
バッグ 星紋

巾着 星紋
巾着 星紋

プルオーバー 星紋、ワンピース 星紋
プルオーバー 星紋、ワンピース 星紋

ストール 星紋
ストール 星紋

梅のコサージュ
梅のコサージュ

<掲載商品>
「星紋」シリーズ(遊 中川)
遊 中川の各店舗でもご購入いただけます
(在庫状況はお問い合わせください)

<取材協力>
株式会社 クロスリード

文・写真:杉浦葉子

かつては琵琶湖の底だった、伊賀の土でつくった土鍋

こんにちは。さんち編集部の杉浦葉子です。
—— なにもなにも ちひさきものは みなうつくし
清少納言『枕草子』の151段、「うつくしきもの」の一節です。
小さな木の実、ぷにぷにの赤ちゃんの手、ころっころの小犬。
そう、小さいものはなんでもみんな、かわいらしいのです。
日本で丁寧につくられた、小さくてかわいいものをご紹介する連載、第7回目は三重県・伊賀の「土鍋」です。

ずんぐりむっくり、丸くて小さな土鍋

6月、暑くなってきました。徐々に梅雨入りのニュースも耳にし、気候も不安定なこのごろ。体調を崩される方も多いかもしれませんね。冷たいものをとりがちですが、お腹の中に少しあたたかなものを入れてあげると、夏をのりきる体力が保てそうです。こんなとき便利なのが、ずんぐりむっくりした小さな丸い鍋。伊賀焼の「あたため鍋」です。おかゆを炊くのはもちろん、牛乳や豆乳、チャイなどをあたためるのに最適。ちょっとしたスープやお味噌汁をあたため直すのにもちょうど良い。赤ちゃんのミルクをあたためるのにも使えるので、出産のお祝いなどにもおすすめです。

手前が「あたため鍋・小」、奥は「あたため鍋・大」。口が少しすぼんでいるのは、ふきこぼれないようにという工夫
手前が「あたため鍋・小」、奥は「あたため鍋・大」。口が少しすぼんでいるのは、ふきこぼれないようにという工夫

琵琶湖の底の土でつくられた、伊賀の土鍋

この「あたため鍋」は、三重県・伊賀の「松山陶工場」がつくっているもの。土鍋といえば伊賀焼というほどの代表的な土鍋の産地です。伊賀は昔、琵琶湖の底だったそうで、耐熱性と保温性に優れた良質の粘土がとれたことにより、土鍋づくりが盛んになりました。陶土にもさまざまな特徴がありますが、細かな穴(気孔)をたくさん含んだ伊賀の土は特に火と相性が良いようです。使いはじめにはちょっとしたお手入れを。おかゆを炊くか米のとぎ汁を入れて煮立たせて、土鍋の表面の細かな穴をふさぐ「目止め」をします。このちょっとしたひと手間で、鍋に愛着がわくだけでなく、長く使うことができますよ。

みんなでお鍋を楽しめるサイズの土鍋は径31センチ。「あたため鍋」は小回りをきかせたいときにおすすめ
みんなでお鍋を楽しめるサイズの土鍋は径31センチ。「あたため鍋」は小回りをきかせたいときにおすすめ
松山陶工場では伊賀の土をつかった大小さまざまな土鍋をつくっています
松山陶工場では伊賀の土をつかった大小さまざまな土鍋をつくっています

火のあたりがゆっくりな土鍋であたためたものを摂ると、心も体もゆっくりじんわりあたたまりそうです。あたたかいもの、ほっとします。

<掲載商品>
あたため鍋(松山陶工場)
中川政七商店の各店舗でご購入いただけます
(商品の在庫についてはお問い合わせください)
土鍋 飴釉(中川政七商店)
月山段通の鍋敷き(中川政七商店)
吉野桧の鍋しき(中川政七商店)
汁用レンゲ(中川政七商店)

<取材協力>
松山陶工場

文:杉浦葉子
写真:木村正史、杉浦葉子

【はたらくをはなそう】日本市デザイナー 村垣利枝

日本市ブランドユニットデザイナー)

2014年入社。新卒7期生。
2015年、遊 中川奈良近鉄店 店長に就任。
2016年から日本市ブランドユニットデザイナーとして勤務。

幸運にも入社することができ、お店を任せてもらえ、去年の1月からデザイナーとしての一歩を踏み出しました。あっという間に今年で4年目になります。
絵を描いたり、雑貨を集めたりすることが好きで、デザイナーになりたいと思って勉強していましたが、自信が持てず入社前は堂々とデザイナーになりたい。と言う事ができませんでした。

入社してから、はたらくことに、目標にどんどん貪欲になっていく自分に驚いています。

社長や上司のまっすぐで、うそをつかない姿勢が好きで、私も話す時は正直に話をしたいと考えていました。なので、年に2回の社長と上司との面談の時は自分と向き合い、話すことを準備して、目標をたてて挑むように意識していたら、すごく前向きに話ができるようになりました。

入社後、配属先のお店で出来るようになりたいことを挙げてみると、できるようになったら店長が出来るかもしれない。と思い、目標を店長に設定し、目標を達成したら店長になりたいです!と宣言しました。

店長になったら、自分が思う店長像を描き、やり切ってみよう。

やりきる事ができたら、次はデザイナーとして目標を持ちたい。と打ち明けました。

社長も上司もしっかり話を受け止めてくれて、指導してもらえ、運とタイミングが合い、今デザイナーとしてチャンスをもらった状態です。

自分が望んで、与えてもらった仕事の責任は大変重いです。

結果を出さないと次の仕事は回ってきません!

力不足でいっぱいいっぱいになり、落ち込みそうになったら、自分が望んだ事だ!と言い聞かせると前向きな気持ちになります。

お店の経験を大切に、貪欲に、なりたいデザイナー像を描いていこうと思います!