3月5日、サンゴの日。豊かな海が育てた天然の贈りもの

こんにちは。さんち編集部の杉浦葉子です。
日本では1年365日、毎日がいろいろな記念日として制定されています。国民の祝日や伝統的な年中行事、はたまた、お誕生日や結婚記念日などのパーソナルな記念日まで。数多ある記念日のなかで、こちらでは「もの」につながる記念日をご紹介していきたいと思います。
さて、きょうは何の日?

3月5日は、「珊瑚の日」です

「サン・ゴ(3・5)」の語呂合わせから、世界自然保護基金(WWF)が1996年(平成8年)に制定したという「サンゴの日」。サンゴは3月の誕生石でもあります。

サンゴは植物でも鉱物でもなく「珊瑚虫(さんごちゅう)」と呼ばれる動物。「珊瑚虫」は、サンゴ礁と宝石サンゴに分類されます。海岸などで見られるサンゴ礁と違って、宝石サンゴは海底100メートルから1200メートルの深海に生息していてその成長も遅く、人の目に触れることはなかなかありません。わずか1センチ成長するのに、なんと約50年かかる種類もあるといいますが、動物であるサンゴにはやはり寿命があり、いつかは朽ちて海底の砂になってしまうのだそうです。

日本にサンゴがもたらされたのは、仏教伝来のころ。正倉院の宝物の中に地中海サンゴが見られたことからも、地中海産の宝石サンゴがシルクロードを渡って、聖武天皇に献上されたという伝えがあります。江戸時代までは地中海産のサンゴが主流でしたが、明治以降、日本のサンゴ採取漁業が急速に発展。その後、土佐沖で発見された桃色サンゴと赤サンゴの品質の良さから世界の注目を集めることとなりました。現在では高知県の伝統産業として定着しています。

豊かな海が育てた天然サンゴを、艶やかに

日本のサンゴ製品の約8割は高知県で生産されています。「高知サンゴ工房」は、国内でも数少ない工房と店舗併設型の宝石サンゴ専門工房。気軽なサンゴアクセサリーから芸術品ともいえる作品まで、天然サンゴの美しい素材を生かした、たくさんの作品を製作しています。

宝石サンゴの硬さは、人の歯と同じ硬さ。歯科技工士が使う工具を改良した道具を使うのだそう。30年以上の経験を積んだ職人が、貴重な宝石サンゴの荒彫りから仕上げ彫りまで1人の手で行い、大切に加工しています。すべてが天然の1点ものです。

歯医者さんのような機械で、サンゴに細工を施します。
歯医者さんのような機械で、サンゴに細工を施します。
赤や桃色、そして白。磨きをかけて艶やかに仕上げます。
赤や桃色、そして白。磨きをかけて艶やかに仕上げます。

サンゴの色あいは生命や血を意味し、古くから魔除けやお守りにされてきました。人の一生よりも長い時間をかけ、豊かな海が育てたサンゴ。3月のお誕生日お祝いや、結婚35周年の「珊瑚婚」の贈りものにぜひ。きっと喜んでもらえるはずです。

<取材協力>
高知サンゴ工房
高知市桟橋通4-7-1
088-831-2691
http://www.kochi-sango.com

文・写真:杉浦葉子

ハレの日を祝うもの 「ひなあられ」の色に込められた願い

こんにちは。さんち編集部の杉浦葉子です。
日本人は古くから、ふだんの生活を「ケ」、おまつりや伝統行事をおこなう特別な日を「ハレ」と呼んで、日常と非日常を意識してきました。晴れ晴れ、晴れ姿、晴れの舞台、のように「ハレ」は、清々しくておめでたい節目のこと。こちらでは、そんな「ハレの日」を祝い彩る日本の工芸品や食べものなどをご紹介します。

桃の節句に幸せを祈る「ひなあられ」

明かりをつけましょ ぼんぼりに。 お花をあげましょ 桃の花。
3月3日はひな祭り、桃の節句です。女の子の節句として健やかな成長と幸せを願う日ですね。ひな祭りのごちそうといえば、ちらし寿しや、はまぐりのお吸い物。菱餅などもありますが、今回は「ひなあられ」についてお話したいと思います。

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ひな祭りは元々、紙で作った人形を川に流して厄を払うという「流しびな」と、平安時代の貴族の人形遊びである「ひな遊び」が合わさってできたものだといわれています。この「ひな遊び」の中では、お人形に外の世界を見せてあげるために、「ひなの国見せ」と言って、お人形を連れて野山に出かけるという風習があったのだそうです。このとき、外に持ち出しやすいお菓子として、ひなあられが用いられていたといいます。あられは元々はお餅。そう、実は菱餅を小さく砕いてこのひなあられを作ったという説があるんです。

そういえば、菱餅は「緑・白・桃」の3色。そして、ひなあられもこの3色がメインに使われているではありませんか。あくまでもひとつの説ではありますが、菱餅とひなあられは、きっと関係が深かったに違いありません。

そして、この3色が何を表しているかというと、
緑は木々の芽吹き(植物のエネルギー)
白は雪の大地(大地のエネルギー)
桃(赤)は血・生命(生命のエネルギー)
を表しているといわれており、ひなあられを食べることで自然の力を得られると考えられていたようです。

また、植物に例える場合もあって、
緑は厄除け効果のある「ヨモギ」で、健やかな成長の意味
白は血圧を下げる「菱の実」で、子孫繁栄や長寿の意味
桃(赤)は解毒作用のある「クチナシの実」で、魔除けの意味
を表し、健やかな子に育って欲しいという願いが込められているともいわれています。

しかし、最近は3色以上のひなあられもよく目にしますね。4色でつくられたひなあられは「桃・緑・黄・白」が、それぞれ「春・夏・秋・冬」を表し、四季を通じた自然のエネルギーを取り込むとか、1年を通じて幸せを願うという意味合いなのだそう。
四季を意味するということは、ひなあられはやはり日本独特の文化なのですね。

富山の自然の恵みでつくられた「ひなあられ」

富山におかきの製造工場を置き、首都圏中心に店舗を構える菓子屋「赤坂柿山」では、国内最高級レベルと称される富山県の特産「大正もち米」を使用して「おかき」や「あられ」をつくっています。古来種で刈取りの時期も遅いというこの品種は、栽培が少しむずかしく、収穫の効率も良いとはいえないもの。しかし、立山の清水と豊かな土壌、そしてたっぷりの陽光から生まれるもち米はとても滋味深く、香り豊かに仕上がるのだそう。

杵つきの様子。お餅にコシを、おかきやあられには食感を与えるのだそう。
杵つきの様子。お餅にコシを、おかきやあられには食感を与えるのだそう。
つきあがったお餅を職人がていねいに成形していきます。
つきあがったお餅を職人がていねいに成形していきます。

ほんのり甘いひなあられは、優しい味わい。お醤油味はアクセントになっています。サクサクと歯ごたえもよく、もち米の香ばしさが口いっぱいに広がってなんだか五感をくすぐられるような。そう、春がやって来たような気持ちになります。ちなみにこちらは関西風のひなあられ。関東風のひなあられは、米からつくったポン菓子に砂糖などで味つけした軽い風合いのものです。東京で関西風のひなあられは少し探さないと買えないのだとか。

ひな祭りは、いろいろな願いが込められたもの。陽がすこし暖かくなってきたこの頃、自然の恵みいっぱいの「ひなあられ」を持って、平安時代に想いを馳せ、野山でひな祭りをしてみるのも良いかもしれません。もちろん、大人の女性は「白酒(しろざけ)」も忘れずに。

 

<取材協力>
株式会社 赤坂柿山
http://www.kakiyama.com

文:杉浦葉子
写真:株式会社 赤坂柿山、杉浦葉子

【はたらくをはなそう】執行役員 緒方恵

緒方恵
執行役員/Chief Digital Officer

中川政七商店のWEBデジタル領域を統括管理し、会社をより成長させる一助となることをミッションに2016年中途入社。

具体的には、

・WEBサイト
・ソーシャルメディア
・ネットストア
・(基幹などの)システム
・新規デジタル施策

の開発・運用を行ってます。

入社にあたり「WEBデジタル領域を統括運用するためにまず組織編成を見直したい」ということを社長に提言したのですが、その編成案が即採用されすぐに適用された時はとても驚きました。こんなスピード感で意思決定・実行が為される会社があるのかと。

そのスピード感の背景にあったのが、社長が感じている「工芸への危機感」。

中川政七商店では「日本の工芸を元気にする」を旗印に全ての活動を決定・実行している会社なのですが、その中の取り組みのひとつとして自社の成長ノウハウをコンサルティングという形で外部に提供するということをしています。

しかも、そのノウハウはそのコンサルティング先企業から、その産地全体に共有してもOKということにしている。

ただ、それでもコンサルティングができるのは年に数社。

一方、日本全国には300近い産地があり、そこにさらにそれぞれ数百の企業があります。

そうなると、仮に1社にコンサルティングを行うことでその企業や産地自体が元気になったとしても日本全体で捉えるとスピード感は決して良くないと考えているとのことで、そうなるとむしろ私が「圧倒的なスピード感」だと思ったような速度でも実はまだ足りず、もっと早くなければならないのです。

「いいと思ったことはすぐにやるべき」

「やったことがないことにも積極的に挑戦しなければならない」

と言われ、なるほどと思いました。

そして、会社全体がそれを本当にやり切ろうとしていることを入社してすぐにこうして体験することができたのはありがたいことでした。

WEBデジタルの領域は日々新しい技術や手法が生み出される領域です。

私の仕事はその中から日本の工芸を元気にするものをピックアップし、スピード感を以てドンドン組み込んでトライ&エラーを積み上げて成果を上げていくこと。

「デジタル×工芸」

とてもエキサイティングなフレーズだなと思っています。

仕事は「誰とやる」こそがなによりも大事だと思っている人間だったのですが、心から共感できる「なにをやる」も併せて得ることができて、幸せものだなと思っています。

あとはとにかくやるだけです。

日本の工芸をもっと便利に、もっとエキサイティングにするために。

伝統画材ラボ PIGMENTの岩泉さんに教えてもらう日本の画材 プロローグ 日本の伝統画材って?

こんにちは、さんち編集部です。
みなさんは、最後に絵を描いたのはいつですか?趣味で毎週末には描いているよ、という方もいれば学生時代の美術の授業が最後、という方もいるのではないでしょうか。全国の作家・アーティストの間で話題の伝統画材ラボが東京・天王洲アイルにあると聞きつけ、早速お邪魔することに。でも、日本の伝統画材ってどんなもの?

天王洲アイルの伝統画材ラボ「PIGMENT(ピグモン)」

伝統画材ラボ PIGMENTは、日本をはじめとするアジアに古来より伝わる4,500色に及ぶ顔料をはじめ、200を超える古墨、50種の膠(にかわ)といった希少かつ良質な画材を取り揃えた画材店。2015年にオープンしました。今までになかった、単なる画材屋さんではなく、画材も販売するけれど知識や技術を提供する「伝統画材ラボ」という形はもちろん、建築家・隈研吾さんによるインテリアデザインも日本だけでなく世界中で話題になりました。取材中も海外からのお客さまがたくさん。

竹の簾(すだれ)をイメージした天井が印象的(写真提供/PIGMENT)
竹の簾(すだれ)をイメージした天井が印象的(写真提供/PIGMENT)

学校の授業で使ったことがあるのは水彩絵の具やボトル入りの墨汁。日本の伝統画材なんて、見たこともさわったこともない!ということで、画材の研究で博士号を取得しPIGMENTの所長を務める岩泉慧(いわいずみけい)さんに日本の伝統画材のいろはを教えてもらうことになりました。教えて、岩泉さん!

今日の先生、岩泉さんです
今日の先生、岩泉さんです

すべての色の源、顔料

お店に入ってまず目に入ってくるのが、4,500色に及ぶ色とりどりの顔料たち。この美しい顔料たちが、実際の絵の具の原料になっていきます。

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「顔料は主に3つの種類に分けられます。うちのお店でいちばん多いのが有機顔料。いわゆる岩絵具と呼ばれるもので、天然の石や陶磁器で使用する釉薬を焼いたものを砕いてつくられます。それに対して合成無機顔料は人工的に作られた色の物質です。金属を酸化させたり、何かと化合させたり。石油系の染料を化学変化で顔料にさせた有機顔料なんかもあります。合成無機顔料でいちばん有名なのは本朱(ほんしゅ)ですね。硫黄と水銀を加工させたもので、水銀朱とも呼ばれるのですが、神社仏閣や仏像などにも使われている、あの朱色です。最後にパール顔料。キラキラと光るもので、よくお化粧品に使われています」

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このグラデーションに並んでいる岩絵具たちは、同じ原料からできているのですか?

「岩絵具はひとつのかたまりを砕いてつくられています。同じ石からできていても、粒子の荒さで分けていて、粒子が大きくなればなるほど色が濃く、小さくなればなるほど色が薄くなっていきます。また、粒子の大きさによって実際の絵の具にした時の質感も変わってきます。特に、天然の石はそのグレード(質)によって色や質感が大きく異なります。同じ粒子の大きさでも、同じ種類でもそれぞれが全然違う。金額も何倍かになったりもしますが、一概にどれが良い悪いではなく、使い手の方が自分の作品にあったものを選んでいかれます」

同じ種類の石からできていてもグレードによって色が全然違う
同じ種類の石からできていてもグレードによって色が全然違う

同じ種類でも、宝石に使われるような質が良いものはキラキラしていますね。

天然の接着剤、膠(にかわ)

次に紹介してもらうのは膠(にかわ)です。えっと、そもそも膠ってなんですか?

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「膠は動物の皮を煮出してつくられる天然の接着剤です。つくり方はいわゆるゼラチンと同じですね。魚やお肉の煮こごりで、あれを乾燥するとこれになる。口に入れても大丈夫ですが、お腹の保証はしません」

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「多く使われているのは牛や豚ですが、地域によって違います。昔はその地域ごとに膠をつくっていたので、山の地域だと熊、鹿、イノシシとか。逆に海の地域だと魚が多いですね。基本的に食べたものの余った皮を膠にします。なので、ヨーロッパだとうさぎが多かったり。変わったところだと使い古したカバンや靴、和太鼓(!)を膠にすることもあり、それはそれで個性のあるものができます」

どんな風に使うのでしょう?

「画材としては、顔料と混ぜて日本画の絵の具をつくります。絵の具は今ではチューブが当たり前のように流通していますが、本来的には絵の具は油絵の具にしても何にしても自分でつくっていました。ダヴィンチもミケランジェロも、大理石の板の上で顔料を混ぜて自分たちの色をつくっていた。そこに各工房のレシピがオリジナルであったので、同じ顔料でもそれぞれの個性のある絵の具ができたのです。チューブの絵の具ができたのは産業革命以降です。だからといってチューブの絵の具がダメだという話ではなくて、あれができたおかげで印象派の人が外で描けるようになった。チューブがなかったら印象派は生まれなかったともいえます」

ラピスラズリを好んで使ったというフェルメール・ブルーも、そうやって大理石の上で生まれたのですね。

「また、固形の墨には必ず膠が使われています。墨は硯(すずり)でするので、水に溶けなきゃいけない。他の人口的な接着剤では無理なんですね。だからといって他のものだとあの形に固められない。そのふたつの条件を満たすのが、唯一膠だけなのです」

一度溶かした膠は冷蔵庫で冷やし、また湯煎で溶かして使います
一度溶かした膠は冷蔵庫で冷やし、また湯煎で溶かして使います

画材以外の使われ方もあるのですか?

「今だと様々な接着剤があるけれど、昔は強い接着剤といえば膠だったので、大工さんや家具屋さんなど幅広く使われていたそうです。ヴァイオリンの製作には今でも膠が欠かせません。ヴァイオリンは、とりわけ質の良いものになればなるほどメンテナンスすることが前提。なので、いつか剥がさなきゃいけない。その時にボンドを使っているとうまく剥がれなかったり、板についたボンドを無理に削ると痛んで音色が変わってしまう。対して膠で接着していると、お湯で溶かして剥がすことができるので、木を痛めずに修理ができます」

水溶性であること。それが膠の弱点でもあり、長所でもあるのですね。

無限の色を持つ、墨

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「ところで井上さん、墨の色って何色ですか?」
黒…ですかね。
「そう。そう思いますよね。でもね、ただの黒じゃないんです」

「中国の古い言葉で “墨には五彩がある” という言葉があります。これは5色という意味ではなくて、無限にいろんな色が出せるという意味なのです。そのこころを科学的な視点も合わせてお話していきますね」

「墨には、大きく分けると2つの種類があります。ひとつは油煙墨(ゆえんぼく)。もうひとつが松煙墨(しょうえんぼく)です。このふたつはススの採取方法が違って、油を不完全燃焼させてできたススからは油煙墨、松のチップを燃やしてできたススを集めてつくるのが松煙墨です。それぞれ油煙墨が茶墨(ちゃぼく)、松煙墨が青墨(せいぼく)とも呼ばれるように、色が違います。ススの特性で、粒子が細かいほど赤っぽく、逆に粒子が大きくなると青っぽく見える。なので、油煙墨の方が粒子が細かいというわけです。試してみましょう」(もちろん例外もあります)

こちらが油煙墨
こちらが油煙墨

こちらが松煙墨
こちらが松煙墨

実際にそれぞれの墨を試してみると、色が全然違う。この違いが粒子の大きさで生まれた違いなのですね。

「それぞれの方法で採取したススを先ほどの膠と混ぜて墨をつくっていくわけですが、膠はタンパク質なので、食べものと同じように劣化していきます。つくったばかりの墨は、粒子同志がくっついている状態だったものを膠がひとつひとつの粒子を引き剥がしてくれている状態なのですが、それが劣化してくっつき始めると、しだいに粒子が大きくなり、すなわちそれが色が変化を生みます。墨屋さんは、きちんとしたものに限りますが、墨を100年持つように設計してつくっています。100年後にこの墨がどんな色を出すのか、そこまで想定してつくっているのですね。ワインと同じように、寝かせ方ひとつで色が変わる。そこがまたおもしろい」

硯(すずり)と墨の切っても切り離せない関係

「墨には切っても切り離せない重要な道具があります。硯(すずり)です。」
そう言って見せてもらったのはたくさんの硯の原石。こんなに種類があるんですね。

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「硯は墨にとってヤスリの役目を果たします。同じ1本の墨でも、硯の目の細かさで、磨(す)った墨の感じが全然違ってきます。また、同じ石の種類でできた硯でも、天然の石を使っているのでそれぞれ個体差がありますね。硯選びは墨を扱うときにはとても重要です」

意識したことはありませんでしたが、硯もこう見ると美しいですね。

「墨とか硯は中国が発祥なのですが、もともとは字を書くための道具です。当時、字を書くことができるのは一部の特権階級の人たちだけでした。字を書く道具を持ってること自体がステータスになる時代ですね。そういった背景から、装飾としての彫り物がある硯ができたり、石の模様にこだわるようにもなりました」

たかが水、されど水

「墨にとってもうひとつ重要な要素が、水です。たかが水ですが、水ひとつで墨が変わります。ちょっと試してみてください」

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同じ墨と硯を使って、硬水と軟水、それぞれ磨ってみます。硬水の方は、カリカリと音がして、削れているような感触。軟水の方はヌルッとなめらかな感触です。

「そうなんです。ここでも膠の特徴が影響していて、硬水にはあまり膠が溶け出さない、浸透しないのでガリガリと粒子が立った墨ができあがります。濃い色がはっきりと強く出る反面、薄い色だとすすけた感じになります。それに対して軟水には膠が溶け出しやすく、潤滑油になる。硯とのあたりが柔らかくなり、出来てくる粒子もなめらかです。濃い色はあまり強く出ない代わりに、やわらかく、薄くしていくと透明感のある綺麗な色が出てきます」

「こういったところから、水は文化にも影響を与えました。墨を使って絵を描いていた作家たちは、どういう絵にしようか、色を見て描いていた。中国でも硬水の地域に住んでいた作家は力強い印象の水墨画を描き、湖のほとりに住んでいた作家はやわらかい作品を残すようになった。日本も軟水なのでやわらかい作品が多いです。水ひとつが文化に大きく影響しているとも言えます。」

「これは料理の世界でも同じで、日本でお出汁の文化が発達した理由もそこにあります。実は、同じ日本でも水質は違うのですよ。これは東京と京都を行き来しはじめて改めて実感したことなのですが、関西の方が若干軟水です。昆布だしを綺麗にとって、その旨味を殺さないように薄口の醤油で味をつける。そうして京料理が生まれたのではないでしょうか」

水は文化を考えて行く上で実は結構重要な課題なのですね。

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「墨は、ススと膠という単純な組み合わせでできているけれど、条件ひとつで色が変わる、とてもデリケートな画材です。色を出すまでにいろんな要素が関わってくるので、無限の色、五彩があるといわれるようになりました。古代からたくさんの作家たちが、単なる絵の具の黒ではない墨の奥深さに魅せられてきました」


岩泉さん、ありがとうございました。はじめてのことばかりで、とっても勉強になりました。

「せっかく “さんち” ですから、もしよかったらそれぞれのつくり手さんのところに行ってみませんか?顔料と、墨と、日本で特に発達しているといわれている筆・刷毛もぜひ見てもらいたい。ご案内しましょう」

ぜひぜひお言葉に甘えて。ということで、次回はそれぞれの工房へお邪魔することに。日本の伝統画材たちが現代でどのように生まれているのか、とても楽しみです。

伝統画材ラボ PIGMENT
東京都品川区東品川2-5-5 TERRADA Harbor Oneビル 1F
03-5781-9550
pigment.tokyo

文・写真:井上麻那巳

【金沢のお土産】落雁 諸江屋の「オトギクヅユ」

こんにちは、さんち編集部です。
わたしたちが全国各地で出会った “ちょっといいもの” を読者の皆さんにご紹介する “さんちのお土産”。今回は古都・金沢のお土産です。

加賀百万石の城下町として発展し、藩政時代には江戸や大坂、京都に次ぐ規模の大都市だったという金沢。古くから茶の湯の文化も発達し、同時に茶の湯に欠かせない和菓子の文化も育まれてきました。その中で、金沢和菓子の老舗、落雁 諸江屋(もろえや)のオトギクヅユが今回のお土産です。

左から、桃太郎、金太郎、カチカチ山、花咲か爺さん
左から、桃太郎、金太郎、カチカチ山、花咲か爺さん

落雁 諸江屋は江戸時代末期の嘉永2年(1849年)に創業以来160余年にわたり金沢の菓子文化を守ってきた、落雁を看板商品とする和菓子店。諸江屋の落雁は姿も美しく、古くから金沢の茶席を彩ってきたといわれています。落雁以外にも百万石ゆかりの菓子も多く取りそろえ、昔ながらの製法にこだわっている諸江屋。その一方で、生落雁にチョコレートを合わせたりといった現代にも愛される和菓子作りへの挑戦も忘れないという、古都金沢が誇る存在です。

“オトギクヅユ” という名の通り、箱にはおとぎ話のイラストが版画タッチで描かれています。手のひらにおさまるサイズ感も相まって、なんともレトロな味わいがかわいらしい。

箱の中の包装も愛らしい
箱の中の包装も愛らしい

中に入った粉末状の葛をあらかじめあたためておいたカップに注ぎ、熱々のお湯を少しずつ加え、ていねいに溶かします。溶けきってトロトロになったら、口の中をやけどしないようにそうっと一口。ほんのり甘い、上品な葛の風味におとぎ話のモチーフをかたどったあられがかわいらしいです。もともと落雁がルーツの諸江屋らしく、すっきりとしたシンプルな甘みがおなかにも心にもやさしいお味。

葛湯は栄養価が高く、身体があたたまると言われています。まだまだ寒いこの季節、北国の一杯であたたかく過ごしてください。

ここで買いました

落雁 諸江屋
石川県金沢市野町1-3-59
076-245-2854
moroeya.co.jp

文・写真:井上麻那巳

雪を愛でる、日本の雪柄手ぬぐい

こんにちは。さんち編集部の杉浦葉子です。
この冬の、のこり雪を楽しむ「雪・雪・雪」企画。前回は、加賀の片山津で「中谷宇吉郎 雪の科学館」を訪れ、雪の結晶をたくさん満喫してきました。あれからどうにも、雪柄が気になって気になってしょうがない。今回は、日本の各地でつくられている手ぬぐいの中から、雪柄のものを探してみました。手ぬぐいは夏のイメージがあるでしょうか?この季節、雪柄の手ぬぐいを持って温泉なんていかがでしょう。雪見露天風呂気分になれるかもしれません。

260年の歴史を刻む「越後亀紺屋 藤岡染工場」の雪市松

新潟県・阿賀野市(旧水原町)で江戸時代にあたる寛延元年(1748年)に創業し、現在は8代目。さまざまな染めの技術を持つ「越後亀紺屋 藤岡染工場」の手ぬぐいは、「注ぎ染め」という技法でつくられています。型を起こし、布に重ねて糊を置き、そこに何度も染料を注いで、最後にバシャバシャとのりを落とす。時間をかけて仕上げた布は、しなやかな風合いに。こちらの雪柄は「雪市松」。伝統の市松模様に雪をイメージしたモチーフは、濃紺できりりと引き締まる伝統の色に染め上げられています。

老舗の安心感と確かな技術を感じさせるデザイン。
老舗の安心感と確かな技術を感じさせるデザイン。

シンプルな幾何学模様に、やさしい雪の華。お花のようにも見えます。
シンプルな幾何学模様に、やさしい雪の華。お花のようにも見えます。

地元の老舗とコラボした「hickory03travelers」の雪模様

「日常を楽しもう」というコンセプトで、さまざまなモノやコトをつくりだしている新潟の「hickory03travelers(ヒッコリースリートラベラーズ)」。新潟の老舗や伝統工芸品、地元のお店などとのコラボ商品も多く、新潟だからできることや、人と人とのつながりを大切に活動しています。実は、ひとつめにご紹介した「越後亀紺屋 藤岡染工場」と「hickory03travelers」とのコラボ商品が、こちらの雪模様の手ぬぐい。染工場の若い職人さんと一緒に、伝統ある文化を残したいという思いでデザインされたそう。同じ土地に住み、同じ志をもってつくられた手ぬぐいには、新潟愛が詰まっています。

「越後亀紺屋 藤岡染工場」の帯をまとった「hickory03travelers」の雪模様。
「越後亀紺屋 藤岡染工場」の帯をまとった「hickory03travelers」の雪模様。

柔らかなタッチの雪の結晶は、ほっこりあたたかい雰囲気。
柔らかなタッチの雪の結晶は、ほっこりあたたかい雰囲気。

種から育てた藍で染める「藍色工房」の藍染雪花

徳島県山川町は、日本で最初に藍を産業的に栽培した町といわれています。「藍色工房」は、伝統の阿波藍を残すために自ら農園で藍を育て、藍を生かしたものづくりを続けてきた工房です。しかし、この山川町の藍農家としてはなんと最後の1軒。徳島県全体では10年前まで90軒あった藍農家も今や30軒ほどに減少。藍は日本人が大好きな色ですが、農家の現状はとても厳しいものになっているのだそう。そんな貴重な種から育てた藍を使い、有松絞りの細やかな手仕事で布いっぱいに雪花の模様を染めた藍染手ぬぐいです。天然の藍がつくる色あいには、凛とした透明感があるように思います。

約400年も前から愛知県の有松に伝えられる「有松絞り」の技法で染められた雪花。
約400年も前から愛知県の有松に伝えられる「有松絞り」の技法で染められた雪花。

生地は「伊勢木綿」。やわらかな糸で織られた生地は使い込むほどに風合いが増すのだそう。
生地は「伊勢木綿」。やわらかな糸で織られた生地は使い込むほどに風合いが増すのだそう。

庶民の粋を守り続ける「戸田屋商店」の雪輪・雪だるま

東京日本橋で創業して140余年。手ぬぐいや浴衣など、日本の文化に欠かせない庶民の粋と伝統を守り育ててきたという「戸田屋商店」。手ぬぐいは鎌倉時代に誕生し江戸時代に広く普及したといわれていますが、近年では歌舞伎や舞踊の世界にも深く関わりがあることから、こちらでは「梨園染(りえんぞめ)」として知られています。梨園染の特色は「注染」であることと、その生地を独自に織っていることで、晒木綿の上質さも自慢なのだそう。職人の経験と技で染められた生地は、柄がくっきり生き生きと浮き出しています。

雪の結晶に見られる六角形の輪郭を意匠化した「雪輪」は、桃山時代の能衣装などによく見られた文様。よく見ると、地がほんのりとぼかし染めされていて深みのある色合いに。
雪の結晶に見られる六角形の輪郭を意匠化した「雪輪」は、桃山時代の能衣装などによく見られた文様。よく見ると、地がほんのりとぼかし染めされていて深みのある色合いに。

こちらは可愛い「雪だるま」。雪合戦や雪だるまづくり、子どもの頃は手が冷たくなるのも気にせずに遊びました。
こちらは可愛い「雪だるま」。雪合戦や雪だるまづくり、子どもの頃は手が冷たくなるのも気にせずに遊びました。

何か、もの言いたげな雪だるまくん、海苔を貼ったようなおにぎり顏がチャーミングです。
何か、もの言いたげな雪だるまくん、海苔を貼ったようなおにぎり顏がチャーミングです。

作り手への思いを込めた「あひろ屋」の六花・斑雪

「あひろ屋」は、野口由(のぐち・ゆき)さんが営む手ぬぐい屋さん。野口さんはちょっと面白い経歴をお持ちで、10代で着物の手描き友禅に携わったあと、自営業、会社勤めなどを経て(当時、会社にいながら)立ち上げた手ぬぐい屋が「あひろ屋」でした。野口さんがデザインし、日本各地の染工場さんで染めています。手ぬぐいづくりには染工場だけでなく、型紙屋さんや糊屋さん、生地屋さんなどそれぞれの技術が欠かせません。野口さんとつくり手の思いが込められた「あひろ屋」の手ぬぐい。今回の雪柄は浜松の染工場さんが「注染」で染めているものです。

一つとして同じ形はないといわれる雪の結晶「六花(りっか)」。白銀の世界を思わせます。
一つとして同じ形はないといわれる雪の結晶「六花(りっか)」。白銀の世界を思わせます。

「斑雪(はだれ)」は、降りつもった雪が消え残り、まだらになったもの。春先に溶けゆく儚い雪模様です。
「斑雪(はだれ)」は、降りつもった雪が消え残り、まだらになったもの。春先に溶けゆく儚い雪模様です。

地色のブルーの濃淡に白い雪がうつくしく浮かびあがります。(※2017年2月入荷分から、仕様変更により部分ぼかしは無くなります)
地色のブルーの濃淡に白い雪がうつくしく浮かびあがります。(※2017年2月入荷分から、仕様変更により部分ぼかしは無くなります)

広重の世界観を手ぬぐいに「広重美術館」の雪

最後にご紹介するのは山形県天童市の「広重美術館」のオリジナル手ぬぐい。江戸時代後期、江戸で有名な浮世絵師であった歌川広重(1797~1858)は、縁あって天童織田藩のために肉筆画を描いたのだそうです。広重の生誕200年にあたる1997年、天童に誕生した広重美術館。その10周年を記念して制作した手ぬぐいは、まさにしんしんと降り積もる雪をあらわしたもの。「広重が描く雪は、周りのすべてを静寂に包むような趣があり、雪国に住む私たちにとってもなじみ深く、しみじみと共感できます。」と、副館長の梅澤さんが教えてくださいました。「広重ブルー」とも称されるという、独特の美しい藍色のぼかし。手ぬぐいの上に広重の世界が広がります。

畳まれていると、一見、水玉模様のようにも見えますが・・・。
畳まれていると、一見、水玉模様のようにも見えますが・・・。

広げると一気に雪景色!しんしんと降り積もる雪の様子が「広重ブルー」によって、より白くうつくしく感じられます。右下には「広重美術館」のマークが染め抜かれています。
広げると一気に雪景色!しんしんと降り積もる雪の様子が「広重ブルー」によって、より白くうつくしく感じられます。右下には「広重美術館」のマークが染め抜かれています。

ひとことに雪柄手ぬぐいといえど、その産地やつくられた経緯、素材や技法もさまざまです。しかし雪の意匠を手ぬぐいの上に表現したいと思わせたのは、やはり雪が持つ魅力のせいでしょうか。ときには結晶、ときには雪玉、雪だるま。あたたかな春が来ると溶けてなくなってしまうのも、また一層愛おしいものです。
さてさて、雪への思いはますます募るばかり。次回は、雪の和菓子をご紹介します。春が来るその前に、もうしばらく雪道楽におつきあいくださいませ。

<取材協力>
「越後亀紺屋 藤岡染工場」
http://kamekonya.com

「hickory03travelers」
http://www.h03tr.com

「藍色工房」
http://aiironet.com

「戸田屋商店」
http://www.rienzome.co.jp

「あひろ屋」
http://www.ahiroya.jp

「広重美術館」
http://www.hiroshige-tendo.jp

文・写真:杉浦葉子