「白黒つけない」サクラ色の碁石が誕生、その裏側にある囲碁の未来に関わる話

史上最年少、わずか10歳のプロ棋士誕生。

彗星の如くあらわれた天才少女のニュースに、日本囲碁界は年初から大いに沸きました。

2019年4月1日付でのプロ入りが決まっているのは、大阪市の小学生 仲邑菫(なかむら・すみれ)さん。

昨今の将棋ブームの火付け役となった藤井聡太さん(現・七段)のように、囲碁界を盛り上げる存在として今後の活躍が期待されています。

囲碁人気が沸騰するかもしれません
囲碁人気が沸騰するかもしれません

そうした明るいニュースがある一方で、棋士の対局に欠かせない道具、「碁石」の製造現場は今、多くの課題を抱えています。

「ハマグリ碁石」最後の産地。宮崎県日向市

高級碁石は、白石と黒石で原料が異なることをご存知でしょうか。

黒石は三重県の那智黒石。そして白い碁石の最高峰として名高いのが「ハマグリ碁石」。

黒木碁石店で、碁石の理想の形として定められている「マスターストーン」
「ハマグリ碁石」

(※ハマグリ碁石について詳細はこちら

名前の通りハマグリの貝殻を原料としており、その美しさや質感の素晴らしさで世界中の囲碁ファンに愛されている碁石です。

かつて、地元の浜で良質のハマグリが大量に採れたことから「ハマグリ碁石」の一大産地となったのが宮崎県日向市。

日向市のお倉ヶ浜
日向市のお倉ヶ浜

やがて黒石も含めて碁石の製造は日向に集約され、現在では日本で唯一、碁石の製造技術が受け継がれている地域となっています。

日向の碁石職人についてはこちら

今も碁石を作り続ける唯一の産地です
今も碁石を作り続ける唯一の産地です

今回は碁石製造の現場や業界の未来について、日向市で100年以上に渡って碁石を作り続けている黒木碁石店の5代目、黒木宏二さんにお話を伺いました。

未来に見切りをつけてしまった業界

「日向に昔は10社以上あった碁石会社ですが、今は弊社を含めて3社しか残っていません」

黒木碁石店 5代目の黒木宏二さん
黒木碁石店 5代目の黒木宏二さん

そう黒木さんが言うように、この数十年で多くの碁石会社が廃業していきました。

当面の営業は問題ないように思えても、子どもや親族に会社を継がせず、自分の代で廃業を決める同業者たち。

「未来に対して見切りをつけている」

別業界でのサラリーマンを経て家業に戻ってきた黒木さんは当初、碁石業界についてこう感じたそうです。

なぜそんな風になってしまったのか。

日向の碁石から、黒木碁石店の碁石へ

黒木さんはその要因のひとつとして、碁石の価値の低下を挙げました。

「以前は、どの会社が作った碁石もすべて“日向のハマグリ碁石”と一括りにされていました。

すると、業界として碁石の選別基準が統一されていないため、同じハマグリ碁石であっても製造元によって品質にバラつきが出てしまいます。

作っている側としても、努力していいものを作っても自分たちの評価に直結しないので張り合いがない。ともすれば、低品質のものを納める会社もあったかもしれません」

黒木さん

購入する側は同じ「日向のハマグリ碁石」と認識して買い求めているのに、実は品質にバラつきがあるとなれば不信感が生まれます。

また、組合を作って共通の販売価格を定めていても、勝手に値下げして販売する会社があらわれてしまう。

結果、値段の下げ合いが起こり、碁石の価値も下がる一方。そんな負の循環が発生してしまったのだとか。

そこで黒木碁石店では、黒木さんのお兄さんである4代目の時、「黒木碁石店のハマグリ碁石」をブランド化すべく舵を切りました。

黒木碁石店の名前をしっかりと記載する

まず、それまで紙の箱だったパッケージを桐箱に変更し、黒木碁石店の名前もしっかりと印字。碁石の規格などもシール貼りではなくひとつひとつ箱に刻印して高級感を出しました。

紙の箱から桐箱に変更
紙の箱から桐箱に変更

さらに「ナンバリング碁石」と呼ぶ、ブラックライトを照射すると独自の管理番号が浮かび上がる仕組みも導入。

ナンバリング=黒木碁石店の正規品の証として、品質管理と保証体制を強化しました。

ナンバリング碁石
ナンバリング碁石

黒木碁石店のハマグリ碁石であれば一定の基準でいつでも安心して選んでもらえるように、仕組みを整えていったわけです。

考えてみれば、碁石は1セット数万円〜数十万円もする高級品。こうした取り組みは当然にも思えますが、これまで業界では誰もおこなっていませんでした。

「今は海外のお客様が多いので、いかに外国人の方々に価値を見出してもらえるかを考えました。

数十万円もするのに紙の箱では嫌だとか、そういった声に応えていったかたちです。

ナンバリングにしても、ひとつひとつに手間を掛けているというメッセージでもあります」

価値を理解してもらい、安売りせずとも購入してもらえるように。そうして体制を整えた上で、適正な価格への値上げも実施したそうです。

向かって左が日向産のハマグリ。右はメキシコ産
向かって左が日向産のハマグリ。右はメキシコ産

現在、ハマグリの原料はメキシコから輸入しています。

海外からの仕入れとなるとどうしても数千万円単位の金額が動くため、リスクも大きくなります。

仕入れたハマグリの価値を高めるためには手間暇をかけた丁寧なものづくりが必要で、そうしないと碁石作りは成り立たないのだと黒木さんは言います。

新たな価値を生んだカラー碁石「さくらご」

碁石は厚みによって価値が変わるほか、傷の有無や縞目模様の状態によってグレードが分けられます。

かと言って、細かくグレード分けして品質の低いものまで商品化すると、結果的にブランド全体が下の価値に引っ張られてしまう。

「そこでブルーラベルという規格を立ち上げました。厳選品の碁石を1級品として、そこまでではない言わば1.5級品だけど、黒木碁石店の碁石として世に出せるもの。

ブランド価値は守りつつ、その中で差分はきちんと伝えた上でご理解いただき、買いやすい価格でご提供する。そういう位置付けの規格です」

ブルーラベルの碁石
ブルーラベルの碁石

このブルーラベルの基準に達しなかった碁石たちは、着色しておはじきとして販売されたり、一部がストラップなどに再加工されたり、それ以外はストックとして倉庫に眠ったままになっていました。

原料のハマグリがいつでも潤沢に手に入る状況ではない中で、この規格外品の取り扱いも長年課題になっていたそうです。

低いグレードで販売するとハマグリ碁石の価値を毀損しかねないし、全ておはじきにしてお土産価格で販売するのではビジネスとして厳しいものがある。

そこで生まれた商品が、碁石を桜色と若草色に着色したカラー碁石「さくらご」です。

さくらご
さくらご

「今ある資源を利用していかに新しい価値観を提供できるのか。海外のお客様に対してどう訴求できるのか。という発想ではじまった商品です」

中国に出張に行く際、空港で目にする免税店。ある時そこに南部鉄器の茶瓶が置かれているのを見た黒木さんは、

「中国は茶の文化があるから、茶瓶も売れるのだろうか。だとすれば、囲碁の文化があるんだから、碁石も売れるかもしれない」と思いつきました。

ただし、大きな碁盤を含めた本格的なセットや、数万円もする碁石を空港で買うとは考えづらい。

さくらご
さくらご

免税店で気軽に並べられる大きさのセットで、和的な要素を集めたコンセプチュアルな商品で、と考えていった末に行き着いたのが「さくらご」でした。

規格から外れた碁石を日本らしい色に着色し、入れ物は茶筒型に。そこに初心者指導に使える9路盤の布をセットにして販売。

すると海外からの反響は勿論、国内では囲碁のプロ棋士や指導者、さらに囲碁にまったく興味がなかった人たちにも興味を持たれ、ヒット商品になりました。

子どものプレゼントに買ってみようと検討する人も多かったそうです。

規格外品とはいえ原料は同じハマグリを使っており、仕上げも丁寧におこなわれているため、打ち心地は本格的。

最後は人の目で厳しい品質チェックを行う
碁石は人の目で厳しい品質チェックを行い、選別する

ハマグリ碁石の価値を下げずに、囲碁の間口を広げる商品になりました。

分業制が崩れてしまう前に

自社製品のブランド化や、さくらごの発売など、着実に成果を上げているように見える黒木碁石店の取り組み。

しかし、まだまだ課題は山積みです。

「碁石作りは、原料の採取から加工、販売まで分業で成り立ってきた世界ですが、そのサプライチェーンが崩れつつあります。たとえば、那智黒石は原料自体はまだありますが、それを採掘して円柱状にくり抜いてくれる職人さんが減っています」

焼き物の世界でも、型屋さんの廃業によって器が焼けなくなり、窯元も廃業してしまうといったことが起きています。究極的には、自社ですべての工程を賄う必要が出てくるわけですが、簡単なことではありません。

「サプライチェーンを維持するには、商品が売れないときでも一定の発注を確保して買い支えることが必要になってきます。それには、碁石だけをやっていたのでは難しいでしょう」

「はまぐり碁石の里」
囲碁に関する『学び』と『食』の発信基地として営業している「はまぐり碁石の里」

黒木碁石店の母体であるミツイシ株式会社では、碁石以外の事業もおこなっています。

「違う事業部で収益基盤を作って、碁石産業をきちんと残していく余剰を作れないだろうか。常に複合的な中で存続の道を探っています」

100年先の人たちへ。資源と技術の継承

ハマグリ碁石の産業を次世代へ繋ぐために、原料の確保と職人の育成は急務。

原料については現状メキシコからの輸入に頼っていますが、この先も安定して入ってくるとは限らない状況です。現に、メキシコ政府から制限がかかり、数年にわたって輸入が止まってしまったこともあるのだとか。

また、この100年の間に絶滅状態になってしまった地元 日向産のハマグリについては、復活の道は厳しいとのこと。

かつて、ハマグリが浜一面に打ちあがっていた「お倉ヶ浜」
かつて、ハマグリが浜一面に打ちあがっていた「お倉ヶ浜」

「人が十数年立ち入らずにハマグリを育てられる環境を用意できれば、いつかはまた増やせるかもしれませんが、我々が生きている間には難しいだろうと思っています。

ただし、100年先の人たちへ資源を繋ぐことを考えると、何かその道筋は立てておきたい。その方法は常に考えています」

現在、黒木碁石店で碁石作りをしている職人さんは4名。

もっとも若い方で53歳。しかし、現状ではまだ若い作り手の募集はかけていないそうです。

「積極的に人を採用するにはまだ体制が不十分であると思っています」

と、黒木さん。もっとも、業界に未来を感じていないわけではありません。

「心の面と、待遇の面。この両面が揃ってはじめて、ぜひうちで働きませんかと言えるんだろうなと思います。

その確信が持てるまで、まだあと少しもがいてみないと、というのが正直な気持ちです。今の職人さんたちがいるうちに、時代にあった答えを見つけられれば」

下鶴さん
碁石職人 下鶴美文(しもづる よしふみ)さん
碁石職人の和田さん
碁石職人の和田さん

心に関しては、外部からの目に見える評価が職人のやりがいにつながると考え、伝統工芸士への認定を県や市に働きかけました。

「やはりお金に変えがたい一生の称号ですし、励みになるんだと思います。

この会社で働けば楽しい、夢がある、自信を持ってそう言える体制を整えてから、積極的な採用活動をするつもりです。

そのために、正しい姿勢でものづくりを続けて、黒木碁石店としてのブランド力を引き続き高めていきます」

ミツイシ株式会社の経営理念
会社の経営理念

原料の枯渇や職人の後継者問題、業界全体の活性化など、たくさんの課題があり、いずれも向き合うのに時間がかかる上、自分たちだけでは解決できない問題も含まれています。

それでも悲観的にはならず、とにかくやってみて、前向きにもがいてみる。それが一番の近道であると、黒木さんは確信しているようでした。

黒木さん

日向のハマグリが採れなくなった40年前、なんの情報もない中で、黒木碁石店の3代目は海外に原料を見出し、ハマグリ碁石の産業をつなぎました。

「そんな先人の苦労を思えば、やってやれないことはないんだろうなと思っています」

<取材協力>
黒木碁石店(ミツイシ株式会社)
http://www.kurokigoishi.co.jp/

文:白石雄太
写真:高比良有城

コンマ数ミリが価値を分ける。日本にわずか数人、石の声を聞く職人たち

ハマグリの貝殻から作られる美しい碁石。

宮崎県日向市は、世界中の囲碁ファンから愛される白い碁石の最高峰「ハマグリ碁石」を作り続けている唯一の地域です。

ハマグリ碁石
碁石の最高峰「ハマグリ碁石」

世界でここにしか残っていない技術を守り、最高品質の碁石を追求し続ける。

そんな碁石職人の現場を訪ねました。

最低でも5年。碁石の「山」を作るのが難しい

「碁石の綺麗な“山の形”を作るのが本当に難しい。自分でできるようになるまで、最低でも5年はかかります」

そう話すのは、日向市で100年に渡ってハマグリ碁石を製造してきた老舗 黒木碁石店の下鶴美文(しもづる よしふみ)さん。

宮崎県の伝統工芸士にも認定されている碁石職人です。

黒木碁石店の碁石職人 下鶴美文(しもづる よしふみ)さん
黒木碁石店の碁石職人 下鶴美文(しもづる よしふみ)さん

20以上の細かい工程を経て作られるハマグリ碁石ですが、大きな製造の流れは以下のようになります。

「くり抜き」:原料となる貝から碁石に使用する部分をくり抜く

「厚み選別」:原料の厚みを測定して選別する

「面摺り(めんずり)」:厚みを揃えた原料を砥石で削って碁石の形に整えていく

「サラシ」:天日干しをして汚れや黄ばみを取る

「樽磨き」:砥石で削った後も残る細かい凹凸を研磨する

「選別」:磨き上がった碁石を人の目で選別する

この中でも特に難しく、高い技量を要するのが、原料を削って碁石独特の美しい曲面を作っていく「面摺り(めんずり)」。

下鶴さんの言う、「山の形を作る」工程です。

碁石を削る専用の機械
碁石を削る専用の機械。茶色い円盤型の砥石で削っていく

ハマグリ碁石作りでは、専用の機械にセットされた円盤型の砥石を使い、片面ずつ貝を削っていきます。ただし、砥石が真っ平らな状態では碁石独特の丸みを作ることができません。

そこで、作りたい碁石の形に合わせて砥石自体をあらかじめ加工しておきます。実はこの作業が碁石作りにおいてもっとも難しいのだとか。

下鶴さんは、ドレッサーと呼ばれる道具を3種類使い分けて砥石を加工していました。

下鶴さんが、砥石を削るために使う3種類のドレッサー
下鶴さんが、砥石を削るために使う3種類のドレッサー

1本目のドレッサーで大まかに形を作り、2本目で整える。そして3本目にもっとも硬いダイヤモンドドレッサーを使って砥石の表面を滑らかにしていく。

そうして仕上げた砥石で削ることで、碁石の表面もつるつると滑らかな手触りとなり、美しく仕上がるそうです。

ドレッサーを回転する砥石に当てて、形を作っていく
ドレッサーを回転する砥石に当てて、形を作っていく

石の声を聞く

碁石は、コンマ数ミリの厚みごとに細かく「号数」が分かれていて、それぞれ理想の山の形が異なります。

黒木碁石店で、碁石の理想の形として定められている「マスターストーン」
黒木碁石店で、碁石の理想の形として定められている「マスターストーン」

そのため、碁石の号数に合わせて砥石も加工する必要が出てきます。

いざ碁石を削る際も、号数によって削る時間や当てる位置などが微妙に異なるそう。さらに、砥石は使ううちにだんだんと切れ味が鈍くなってくるため、1日に数回、砥石の研ぎ直しも必要です。

加工した砥石に当てて、碁石を削っていく
加工した砥石に当てて、碁石を削っていく

「職人の世界では、先輩の仕事を“見て盗め”と言ったりもしますが、碁石作りは無理でしょうね。

誰かがそばについてやり方を教えなければ、できるようにならないと思います」

確かに。どうすれば習熟できるのかすら、素人には想像できない世界です。

両面を削り終わった後には「端引き(はびき)」という、碁石の“耳”の部分のわずかな角を滑らかにする工程も。

下鶴さんが形を整えた碁石を受け取り、「端引き(はびき)」作業をおこなっていた職人さん
下鶴さんが形を整えた碁石を受け取り、「端引き(はびき)」作業をおこなっていた黒木碁石店の和田さん

専用の砥石に溝を掘り、その溝に碁石を当てて削る作業で、こちらもやはり、砥石の加工そのものが非常に難しいとのこと。

全ての碁石を厳密にチェックし、こうした状態のものは規格外品となる
全ての碁石を厳密にチェックし、こうした状態のものは規格外品となる

碁石を削る砥石も、その砥石を削る道具も、石。

碁石を通じて心が通じ合うことから、「囲碁」の別名を「手談」と言いますが、碁石作りもまた、石との対話であるといいます。

「慣れれば自分の感覚で作れるようになりますよ」

下鶴さん

下鶴さんは笑いながらそう言いますが、慣れるまでに最低でも5年。

碁石職人になりたいとやってきても、途中で辞めてしまう人が大半という険しい道のりです。

失われつつある「手摺り」の技術

なぜ、そこまで精度にこだわって碁石作りをするのでしょうか。

碁石は厚みがあるほど価値が高くなり、わずかコンマ数ミリの違いで価格にして数十万、場合によっては数百万円の差が出てしまうことも。

必然的に、その原料から作ることのできる最大の厚みで碁石を仕上げることが重要になってきます。

特に、もっとも希少で価値の高い“日向産”のハマグリを使う場合は、コンマ1ミリよりももっと細かい単位で、ぎりぎりまで厚みを調整する必要がありました。

日向産のハマグリは、ひとつの貝から一箇所しかくり抜けない
日向産のハマグリは、ひとつの貝から一箇所しかくり抜けない

そんな時に使われていた、ハマグリ碁石職人 伝統の技が「手摺り」です。

手摺りの道具
手摺りの道具

碁石のサイズに応じた溝を掘った砥石と、貝を固定する「貝棒」という独特な道具。この二つを使って手動で碁石を削る方法で、非常に高い熟練の技と経験を要しました。

貝棒に原料をセットして砥石に当てていく
貝棒に原料をセットして砥石に当てていく

実はこの「手摺り」、工場見学などがあった際に、こんな風にやっていましたと披露することはあっても、実際の碁石作りの中で使われることはもうほとんどありません。

なぜなら、日向産のハマグリ自体が採れなくなってしまったから。

現在、流通しているハマグリ碁石は、メキシコ産のハマグリを輸入して加工したものが大半を占めています。

向かって左が日向産のハマグリ。右はメキシコ産
向かって左が日向産のハマグリ。右はメキシコ産

手摺りによって究極まで精度を高めても、メキシコ産のハマグリではどうしても採算が合いません。そうして、「手摺り」の技術も失われつつあります。

機械摺りでも伝統工芸士

黒木碁石店 5代目の黒木宏二さんは、今の機械摺りの技術も手摺り同様に素晴らしいものだと話します。

黒木碁石店 5代目の黒木宏二さん
黒木碁石店 5代目の黒木宏二さん

「かつては手摺りの技巧において、ハマグリ碁石職人が伝統工芸士と認められていました。

しかし、機械を使うようになったからといって、職人さんの価値が下がるわけではありません。その技術や経験は、依然としてハマグリ碁石作りに必要不可欠なものです。

そうしたことを、県や市に伝え続けたことで、昨年、下鶴さんなど数名の職人さんも、伝統工芸士と認めていただけました」

それが仕事として成り立たなくなっている以上、手摺りの技術を継承していくのは難しい状況です。

しかし、もっとも大切なことは、ハマグリ碁石という産業が存続し、世界で愛され続けること。そのために今の状態で何ができるかが重要だと、黒木さんたちは考えています。

人の手が入るからこそ残り続ける価値

「サラシ」工程。黒木碁石店では原料の段階で一度、削った後の状態をみて再度行う
「サラシ」工程。黒木碁石店では原料の段階で一度、削った後の状態をみて再度行う
樽磨き用の樽
樽磨き用の樽
最後は人の目で厳しい品質チェックを行う
最後は人の目で厳しい品質チェックを行う

いくつかの工程で機械が導入されてはいるものの、原料の選定から途中の加工、最終的なグレードの選別まで、全ての段階に人の手が入って作られる黒木碁石店のハマグリ碁石。

「機械で自動にできるものじゃないから、ここまで続いているんだろうと思います」と下鶴さん。

小さい碁石ひとつひとつに技術とノウハウを詰め込んで手作りするからこそ、価値が認められ、ハマグリ碁石は日向の地に残り続けています。

「黒木碁石店の碁石は全世界で通用します。それが誇らしい。

何より、自分が作った碁石が売れるとやっぱり嬉しいですね。大事に使ってもらえればありがたいと思います」

下鶴さん

自分が作っているものが、最高品質であると世界にも認められている。その誇りを胸に、日本にわずか数人のハマグリ碁石職人たちは、今日も碁石を作り続けています。

ハマグリ碁石の文化・産業がこの先100年続くために。老舗碁石店の挑戦についてはこちらの記事をどうぞ。
「白黒つけない」サクラ色の碁石が誕生、その裏側にある囲碁の未来に関わる話

<取材協力>
黒木碁石店(ミツイシ株式会社)
http://www.kurokigoishi.co.jp/

文:白石雄太
写真:高比良有城

【わたしの好きなもの】麻之実油のリップクリーム/スキンバーム

 

乾いたくちびるに、理想のリップクリーム 

社会人になってから、くちびるの乾燥が気になるようになりました。
 
これまでは、あまり乾燥や肌荒れに悩まされることのなかった私ですが、今年で25歳。「お肌の曲がり角」と言われる年齢に。
 
くちびるがカサカサひりひりしていると、常にプチストレスなんですよね。お客様とお話しするときも頭の片隅で気になっていたり、大きく口を開けて笑ったときに口の端が切れるのを感じたり。  
 
疲れがたまっているのかなと、早く寝るよう心がけ、サプリメントを飲んでみても効果はイマイチ。もしかしたらリップクリームや口紅が原因かも?と思い始めてから、私のリップクリーム探しの日々が始まりました。
 
今までは何も考えずに薬局で一番安いものを買ったり、時には100円ショップのものを使ったりしていたので、なにが良くてなにが悪いのか、てんで分かりません。
 
いろいろ試してみてもなかなかしっくりくるものは見つからず、「もうだめだ・・・、わたしのくちびるは一生カサカサのままなのか・・・?」と思い始めた頃、『麻之実油のリップクリーム』に出会いました。
 
最初は「リップクリームに1,800円・・・」となかなか勇気が出なかったのですが、「最後の手段!」と使ってみたら、これがとってもいい買い物でした。
 


まず、しっかり保湿してくれるのにべたつかない。くちびるがぺたぺたしてるとついなめてしまうのですが(たぶん乾燥の大きな原因はこのクセのせい・・・)、このリップクリームなら大丈夫。つけた瞬間から馴染んで、しっとりふっくらしたくちびるにしてくれるのです。

すっとひと塗りすれば一枚の膜をはったように潤って、上から口紅をつけてもそのまま。夜つければ朝までしっとり。皮がむけることもなくなりました。
 
さらに伸びがいいので意外と長持ち。人生で初めて、リップクリームを最後まで使い切りました。安いものをしょっちゅう失くしていた昔よりずっと経済的かも(これはわたしの性格の問題もありますが。笑)。
 

スキンバームは全身に使える優れもの


そしてあとから発売された『麻之実油のスキンバーム』も、きっといいに違いないと確信を持って購入。こちらはくちびるはもちろん、爪や手、髪など全身に使える優れもの。
 
バームを指に取り、くちびるにサッと塗ったあと、爪の保湿まで済ませています。爽やかな植物の香りに癒されます。

薄くてかさばらないので、いつでもポーチに入れていて、旅先でもこれひとつあればなんとかなると思わせてくれる心強い存在です。

 

麻之実油シリーズは、ほとんどが天然由来成分で出来ていて、合成保存料なども不使用。安心して使えるのも嬉しいポイント。  
 
もうこれらなしの生活は考えられません。 

中川政七商店 仙台エスパル店 白石
 

子どもが「豆皿」で好き嫌いを克服した話

3歳になった息子がかわいい。

子どもの成長は本当に早いと実感する今日この頃。最近では随分と自己主張が激しくなってきた。

なにかを表現したい気持ちの強さと、まだまだ乏しい語彙力とのアンバランスさにもがいているようで、とにかく体全体でアピールをする。

思い通りにならないことがあると膝から崩れ落ち、うつむきながら「残念になっちゃった」というのがお決まり。ちゃっかりクッションのあるところに移動してから崩れ落ちるのが愛らしい。

子どもの好き嫌いにどう対応するか

そんな息子だが、自己主張とともに段々と食べ物の好き嫌いも増えてきた。

好きなものばかり食べていては栄養も偏ってしまうし、せっかく作ったものを食べてくれないと、親としてもストレスが溜まる。

さて、どうしたものか。

バナナジュースが大好物な息子
バナナジュースが大好物

よくよく観察していると、ある日は喜んで食べていたものでも、別の日にはまったく食べない、ということがある。気分の問題かと思ったが、どうやら食べ物の組み合わせによって変わっているよう。

これは、好き嫌いというより、“好き”の中にかなり濃淡があるんだと気づく。

好きなものが2つ並んだ時に、より好きな方でお腹を満たしたいので、そちらばかり食べてしまう。好きか嫌いかの2択でしか表現できないから、こっちは(相対的に)嫌い、ということを言っている。

つまり、単体で考えたとき、純粋に嫌いなものはそんなに多くないのではないか。

なるほど。それなら、うまくすれば色々と食べてくれそうな気がする。

豆皿に小分け作戦で、バランスよく食べさせる

ということで、我が家で実践しているのが、豆皿に小分け作戦。

おかずを小分けにして豆皿に盛り付ける
おかずを小分けにして豆皿に盛り付ける

文字通り、家にある豆皿を使って色々な食べ物を小分けにして出す。品数も増えるし、見た目にも華やかになって息子もなにやら嬉しそう。

なにやら豪華な雰囲気に
なにやら豪華な雰囲気に

とは言ってもそれだけで問題は解決せず、当然、一番好きなものを真っ先に食べて「おかわり」を要求してくる。

奥に好きなもの、手前にやや苦手なものを配置
奥に好きなもの、手前にやや苦手なものを配置

迷わず大好物のトマトから!
迷わず大好物のトマトから!

まずは粘り強く、「他のものも食べてからね」と言って促してあげるのがポイントだ。

「やだ、おかわり」
「他も食べてから」
「えー、おかわり」
「大丈夫。食べられるよ」

何度か押し問答をしていると、次第に「これくらいならいけるかも?」といった感じで残りの品にも手をつけ始める。

一品食べるたびにお皿が綺麗になっていくので達成感があるのだろうか、少し誇らしげな表情になることも。

しばし、ナポリタンに集中
主食のナポリタンもしっかり食べる

調子が出てきたところで「お皿を持って食べてみたら?」と言ってみると、親の見よう見まねでしっかり手に持って食べてくれた。

子どもの手にぴったりで持ちやすいらしい
子どもの手にぴったりで持ちやすいらしい

豆皿を手に持って食べる

陶磁器の豆皿は、子どもの手におさまるサイズで適度に重さもあって持ちやすい。はじめてうつわを持って食べる練習にも最適だと思う。

それにしても、本人は事もなげにやっているが、こちらはその成長の早さに驚かされていちいち感動してしまう。大きくなったもんだ‥‥。

豆皿を使うその他のメリット

小分けにするメリットは他にもある。

料理同士が混ざらないので、「このお皿はサラダ」「こっちはトマト」という風にそれぞれの料理をはっきり認識して食べるようになった。おかげで、何が好きで嫌いなのか、こちらも判断しやすくなった。

大人と同じ焼き物のうつわを使っていることも、本人にとっては嬉しいことなのかもしれない。

苦手なほうれん草にも果敢に挑戦する息子を見た妻いわく「自分のうつわだと認識して責任感のようなものが芽生えているのかも」とのこと。

ほうれん草は本当に苦手
ほうれん草は本当に苦手

実際にどう感じているかは本人にしか分からないが、いつもより頑張って色々と食べてくれることは確か。

それでも、どうしても食べられないものは出てくる。そんな時は無理をせず、また次回、色々な組み合わせを試しながら、ちょっとずつ苦手意識を減らしていければよいかなと夫婦で話している。

幼児食以外に、我が家では離乳食を入れるうつわとしても豆皿を重宝していた。縁起のよい柄のものが多いので、たとえば自宅でのお食い初めに使っても雰囲気が出ると思う。

陶磁器は傷や汚れがつきにくいので、丁寧に使えば子どもが生まれた時から何年も活躍してくれる。もちろん、プラスチックなどと比較して、落とした時に割れやすいリスクはあるけれど、そこも踏まえて、ものを丁寧に扱うことを教えてあげるよい機会になるはず。

有田焼の老舗窯元と中川政七商店が作った染付の豆皿
今回使用した、有田焼 染付の豆皿(鶴/鹿/松/梅/竹)。各1,300円(税抜)。購入はこちら

うつわの形やデザインが好奇心を刺激する

「なんで形が違うの?」「これはなんの絵?」

今回、形・絵柄が異なる5つの豆皿を使ってみたところ、食べ終わってからも色々と気になる様子だった。

なにか描いてあるね
なにか描いてあるね

食べたら絵柄が見えました

もう少し大きくなれば、素材や産地、作っている人たちのことにまで興味をもってくれるかもしれない。

その先に、窯元や産地の個性、職人の手仕事など語ってあげられる“背景”があることで、学びにもつながるし、大人も楽しめる。

様々な形や色、デザインがあり、気軽に購入できる豆皿は、子どものうつわ始めとしてもうってつけ。

日常で使う道具をきっかけに、様々なことに自然と興味を持ってくれれば嬉しい。かわいい息子と豆皿の組み合わせを眺めながら、そんなことを考えている。

どうしても食べられなかったきゅうり。次は頑張ろう
どうしても食べられなかったきゅうり。次は頑張ろう

<掲載商品>
有田焼 染付の豆皿

文・写真:白石雄太

縁起担ぎに785段の石段を登ってこんぴらさんへ

「こんぴらさん」の通称で古くから親しまれてきた、讃岐の金刀比羅宮(ことひらぐう)。江戸時代、庶民が「旅」を禁止される中で、唯一許されていたのが神仏への参拝旅でした。

伊勢神宮への参拝「お伊勢参り」に並び、「丸金か京六か」といわれ、一生に一度の夢だったのが四国の金毘羅大権現(今の金刀比羅宮)と、京都六条の東西本願寺への参拝。どちらも当時は庶民のあこがれの旅先として、一大ブームになったといいます。

今回は香川県仲多度郡琴平町、金刀比羅宮へ。「こんぴらさん」をお参りします!

こんぴらさん、こんにちは。

金刀比羅宮は、香川県西部の象頭山(ぞうずさん)の中腹に鎮座しています。島である四国の山の中にあるため、参拝をするには海を越えなければなりませんし、さらには長い長い石段を登らねばなりません。

そうまでしても人々が訪れた「こんぴらさん」参りには一体どんな魅力があるのでしょうか。

琴平駅を降り立つと、「ようこそこんぴらへ」の看板がお出迎え。
琴平駅を降り立つと、「ようこそこんぴらへ」の看板がお出迎え。

本宮まで続く、785段の石段

賑やかなお土産やさんが並ぶ表参道を抜けると、石段がはじまります。ここから御本宮までは785段。記念すべき第1段を踏み出し、スタートです!

第1段め。このときは785段の凄まじさを知る由もありませんでした…。
第1段め。このときは785段の凄まじさを知る由もありませんでした…。
皆さんも、登り始めは軽快です。手に杖を持っている方が多数。
皆さんも、登り始めは軽快です。手に杖を持っている方が多数。
皆さんが手にしているのは、こちらでしょうか?
皆さんが手にしているのは、こちらでしょうか?

石段を登る人々が手にしている杖は、観光案内所や土産物店で貸し出している竹の杖。私も杖を持って臨みたいところですが、今回はカメラを抱えているので断念。

日頃の運動不足からか、ほんの数十段登っただけで息があがってしまいます。石段の両側にはさまざまな土産物店が並んでいるので、休憩しながらゆっくり登ります。

こちらは「石段かご」というもの。これに乗ればこの石段もらくらく、でしょうか。
こちらは「石段かご」というもの。これに乗ればこの石段もらくらく、でしょうか。
そう、修行ではないので、土産物店をのぞきながら一歩一歩進んでいきます。
そう、修行ではないので、土産物店をのぞきながら一歩一歩進んでいきます。
やっと100段!
やっと100段!
100段を過ぎてから、石段が急に。やはり修行のような気がしてきました…。
100段を過ぎてから、石段が急に。やはり修行のような気がしてきました…。
石段の傍に座りこんで休む方もちらほら。私もひざが痛いです…。
石段の傍に座りこんで休む方もちらほら。私もひざが痛いです…。
やっと200段!756段まで、まだまだ1/4を越えたところです。
やっと200段!756段まで、まだまだ1/4を越えたところです。

そうこうしていたら、なんだか軽快な足音が聞こえてきました!私を追い越し、颯爽と石段を登っていくのは「石段かご」。いやはや、お客さんは楽々ですが、かごとお客さんを担ぎながら登る両側のおじさま達は、相当な脚力と気力が必要ですね。

2人で息を合わせてお客さんを運んでくれる「石段かご」。かなりの力仕事です。
2人で息を合わせてお客さんを運んでくれる「石段かご」。かなりの力仕事です。
294段目。ようやく先に大きな建物が見えました。
294段目。ようやく先に大きな建物が見えました。

石段365段目、神域へ。

365段目にある大門をくぐると境内に。かの水戸光圀の兄にあたる松平頼重から寄進されたもので、二層入母屋造(にそういりもやづくり)の瓦葺。ここからは、いよいよ神域に入ります。

大門。ここからぐっと神社らしくなります。
大門。ここからぐっと神社らしくなります。

大門をくぐったところには、平らな石畳「桜馬場」。こちらでは大きな和傘をさして飴を売る「五人百姓」に出会えます。

「五人百姓」は、境内で唯一商いを許された存在なのだそう。4月頃には傘の上に桜の花がみられるでしょうか。

参道の両側に店を構える「五人百姓」。
参道の両側に店を構える「五人百姓」。
一人ひとり、同じ飴を同じように販売しています。
一人ひとり、同じ飴を同じように販売しています。
古くは、神社へのお供えもののお米を使ってつくられていたという「加美代飴(かみよあめ)」。付属の小さなトンカチで割っていただくそう。
古くは、神社へのお供えもののお米を使ってつくられていたという「加美代飴」。付属の小さなトンカチで割っていただくそう。

ちょっと代わりに行ってきて。こんぴら狗の「代参」ものがたり

「こんぴら狗」の銅像。
「こんぴら狗」の銅像。

さらに進んで石段を数十段登ると、右手にキャラクター感のある銅像が。この「こんぴら狗」の銅像はイラストレーターの湯村輝彦さんのデザイン。ではここで「こんぴら狗」のお話を。

冒頭でお話したように、江戸時代「こんぴらさん」へのお参りは庶民のあこがれであり、人生の一大イベントでした。江戸から四国の「こんぴらさん」への旅は海を越え山を越えていく大変なものだったので、当人に代わり、旅慣れた人に代理参拝をお願いすることがあったそうです。これが「代参」。

かつて森石松が、清水次郎長の代わりに「こんぴらさん」へ代参し、預かった刀を奉納したと伝えられています。

この代参、実は人だけではなく、なんと犬が飼い主の代わりに参拝することがあったのだそうで。犬は首に「こんぴら参り」と記した袋を下げて四国を目指します。

袋の中には、飼い主を記した木札、初穂料、道中の食費などが入っていて、犬は旅人から旅人へと連れられて、街道筋の人々に世話をされながら「こんぴらさん」にたどり着きました。

この、こんぴら参りの代参を務めた犬が「こんぴら狗」と呼ばれていたそうです。当時は飼い犬に代参を頼んでまで「こんぴらさん」にお参りをしたいという強い思いがあったのですね。

御本宮まで、あと少し。

「こんぴら狗」左手の広場にある馬屋。
「こんぴら狗」左手の広場にある馬屋。

金刀比羅宮の馬屋には神さま専用の馬である「神馬(しんめ)」が居ます。神馬は神さまの馬なので、人は乗せてはいけません。これまでも人を乗せていない馬でないと、神馬になれないのだといいます。

白い道産子馬の神馬「月琴号(げっきんごう)」。この日は馬屋で会えましたが、朝早くに付近を散歩していることもあるのだそうです。

白い毛の「月琴号」は現在12歳。人間でいうと、40代半ばなのだとか。
白い毛の「月琴号」は現在12歳。人間でいうと、40代半ばなのだとか。

円山応挙の襖絵が公開されているという「書院」や、日本洋画の開拓者とされる高橋由一の作品を収めた「高橋由一館」など、歴史的な美術品も豊富な金刀比羅宮の境内。

さらに進むと国指定重要文化財の「旭社」が。ここまでで石段628段。ずいぶん登ってきたので、目の前の立派な建物に、「これが御本宮か!」と思ってしまいそうですが、御本宮まではまだもう少しです。

「旭社」は江戸時代天保年間に、金毘羅大権現の金堂として建立されたもので、高さ18メートル、銅板瓦の総檜造二重入母屋造。この時代の腕の良い宮大工が琴平に集められ、鳥獣や草花などの華麗な装飾がほどこされたのだそうです。

「旭社」では、屋根裏や柱などの装飾彫刻を堪能。
「旭社」では、屋根裏や柱などの装飾彫刻を堪能。
「旭社」の扁額は、正二位綾小路有長の筆。
「旭社」の扁額は、正二位綾小路有長の筆。
「旭社」を超えて、あと少し。この急な階段を登りきれば御本宮が!
「旭社」を超えて、あと少し。この急な階段を登りきれば御本宮が!

785段!ついに御本宮へ

つ、着いたー!ようやく785段の石段を登りきり、御本宮です。
つ、着いたー!ようやく785段の石段を登りきり、御本宮です。

「こんぴらさん」のメイン、御本宮にいよいよ到着です。象頭山の中心に鎮座する金刀比羅宮。象頭山は、瀬戸内海を航行する人々の目印でもあったため、金刀比羅宮は海の守護神として、人々に愛されてきました。

この辺りの山々は古くから霊場として知られており、たくさんの寺社がありましたが、江戸時代から金毘羅大権現がひとまとめに統括。ご祭神は大物主神(おおものぬしのかみ)と崇徳天皇で、海の神さまのほかにも、 農業、殖産、医薬などさまざまな神さまとして親しまれています。

主役である御本宮は、江戸時代は朱に彩られ豪華絢爛な装飾があったそうですが、明治以降は現在のような素木造りの社になったのだそうです。

御本宮拝殿は檜皮葺(ひわだぶき)の大社関棟造。全て角材が用いられ、一切弧をなしていないというのが他にない特徴なのだそう。
御本宮拝殿は檜皮葺(ひわだぶき)の大社関棟造。全て角材が用いられ、一切弧をなしていないというのが他にない特徴なのだそう。

「二礼、二拍手、一礼」。決して楽ではない785段の石段を登ってたどり着き、その達成感もあいまってすっきりした気持ちで参拝しました。

金刀比羅宮の「まるこん」

ふと横を見ると、御本宮の傍には大きな提灯が。
ふと横を見ると、御本宮の傍には大きな提灯が。

この「金」の字は、御社紋(ごしゃもん)という、いわゆる神社の紋で「まるこん」と呼ばれて親しまれているそう。「金」の字を隷書体(れいしょたい)で表したものです。

そういえば、参道のお土産やさんで販売されていたうちわにも、○の中に「金」の字が書かれていましたがこの字体ではありませんでした。それもそのはず、本来の「まるこん」は、この御宮と直轄の6社だけが使えるのだそうです。

参道のお土産物やで販売されていたうちわ。まるに「金」の字ですが、御本宮の提灯とは字体がちがいます。
参道のお土産物やで販売されていたうちわ。まるに「金」の字ですが、御本宮の提灯とは字体がちがいます。

香川の伝統工芸品として「丸亀うちわ」がありますが、実はこの「丸亀うちわ」が栄えたのには、江戸時代の庶民のあこがれ「こんぴら参り」のお土産として、「金」の字が入ったうちわをつくったのが始まりだったといいます。

当時は「金」の字の入ったうちわをお土産として持って帰ることも、大きなステータスだったのかもしれません。その土地の伝統工芸として根付かせるぐらいの力があったということから、「こんぴらさん」の相当な人気が伺えますね。

ご利益たっぷり!「幸福の黄色いお守り」と、犬の縁起物

さて、御本宮の隣には神札授与所が。ここで人気なのは「幸福の黄色いお守り」。金刀比羅宮の色である鮮やかな黄色のお守りです。

鬱金(うこん)からとれる染料を使って染められた糸で織られ、ていねいにつくられているお守りだそう。私は「ミニこんぴら狗」とのセットをいただくことに。

神札授与所。お札やさまざまなお守りが並びます。
神札授与所。お札やさまざまなお守りが並びます。
「幸せの黄色いお守り」と「ミニこんぴら狗」のセット。こんぴら狗は磁器製でずっしり。
「幸せの黄色いお守り」と「ミニこんぴら狗」のセット。こんぴら狗は磁器製でずっしり。
「ミニこんぴら狗」を讃岐平野に掲げて。
「ミニこんぴら狗」を讃岐平野に掲げて。
御本宮の北東側は展望台になっており、讃岐平野の彼方に瀬戸大橋や讃岐富士などを望めます。
御本宮の北東側は展望台になっており、讃岐平野の彼方に瀬戸大橋や讃岐富士などを望めます。

ちょっと気になるおみくじを発見。「こんぴら狗の開運みくじ」は、初穂料100円をお賽銭箱か狗の首の袋にいれると、おみくじをいただくことができます。可愛い袋の中には金色の小さな狗のお守りも入っています。

「こんぴら狗」がたくさん。大きな狗の背中におみくじが入っています。
「こんぴら狗」がたくさん。大きな狗の背中におみくじが入っています。
金色の狗のお守りはお財布などに入れて持ち歩くのが良いそう。
金色の狗のお守りはお財布などに入れて持ち歩くのが良いそう。

御本宮の参拝の後、さらに山を登る奥社へも足を運ぶとトータルで1368段の石段を登ることになります。

霊験あらたかな奥社は空気がきりりと引き締まる感じ、山道の静かな樹木の間、石段をただただ無心に登った先には、奥社・厳魂神社が鎮座しています。健脚の方はぜひ。(もちろん私も参拝しました!)

年間に約400万人もの人々が訪れるという金刀比羅宮。長い長い石段は決して楽なものではありませんが、その道中で繰り広げられる大小のエンターテイメントの数々は、石段を登るひざの痛みを和らげ、あがった息をも整えてくれるような気がしました。

長い石段は人生のようなものかもしれません。あわてずに、一段一段。ふとひと息ついて、足元から目線をあげてみると、こころが喜ぶような自然や、「こんぴらさん」のもつ魅力にたくさん出あえそうです。

———と、人生を語るのはまだ私には早かったようで、翌日からひどい筋肉痛の日々ではありましたが、とにもかくにも、まだまだご紹介しきれなかった魅力が満載の、讃岐「こんぴらさん」。一生に一度はぜひお参りを。

<取材協力>
金刀比羅宮
香川県仲多度郡琴平町892-1
0877-75-2121
http://www.konpira.or.jp

文・写真:杉浦葉子

こちらは、2017年4月5日の記事を再編集して公開いたしました

沖縄の新しい酒屋が仕掛ける、フードカルチャーの最前線

工芸産地を地元の友人に案内してもらう旅、さんち旅。

もともと東京で、ショップやものづくりなどのディレクションに関わっていた村上純司さん。沖縄に移住したとは聞いていたものの、〈LIQUID(リキッド)〉という少し変わった、「飲む」という行為に焦点を当てた専門店を始めたというお知らせが、編集部に届きました。

ということで沖縄、村上さんのお店LIQUIDを訪ねる「さんち旅」。今回は第2回です。

第1回目の記事はこちら
日本最前線のクラフトショップは、日本最南端にあった
〈「飲む」をテーマにしたモノ・コトの専門店、LIQUID 沖縄〉

オーナーの村上純司さん。東京江戸川区生まれ
オーナーの村上純司さん。東京・江戸川区生まれ。東京のディレクション会社を退職した後、2017年、沖縄宜野湾市にクラフトショップ〈LIQUID〉をオープン
「飲む」という行為に焦点を当て、日本最前線のクラフトを展開する〈LIQUID〉
「飲む」という行為に焦点を当て、日本最前線のクラフトを展開する〈LIQUID〉。都内では見かける事もままならない、ピーター・アイビーのガラス作品をはじめ、作家たち賛同のもと、この店だけの別注品も並ぶ

聞けば「飲む」という行為に焦点を当てた結果、道具の販売だけでなく“飲み物”であるカレーも提供準備中とのこと。この洗練された空間でカレーというだけでも驚いてしまいますが、LIQUIDの「飲む」という表現の場は、なんと別棟での酒屋へと続いていました。


 

2号店、酒屋〈LABO LIQUID〉の開店

沖縄 labo liquidの入口

「体験がともなうと、その道具の魅力の伝わり方も全然違いますよね。LIQUIDでは茶器はもちろん、酒器も取扱っています。その道具の魅力や世界観を充分に伝えようとした結果、お酒を取り扱うことは自然の流れでした。

でもどうしても、同じ建物の中ではお酒の展開が難しかったので、もう1カ所場所を作ることにしたんです。近くを探していたら、天然酵母パンの〈宗像堂〉さんがちょうど新しい施設を作るところで、その一室をお借りすることになりました」

〈宗像堂〉は、宗像誉支夫さん、みかさんによって始められた、石窯で焼き上げられる天然酵母のパン屋。ロゴデザインに〈minä perhonen〉皆川明さん、店舗のテラスの壁画は、絵本作家の沢田としきさんと、様々なクリエイターによる支持のもと、2003年沖縄県宜野湾市にオープン
〈宗像堂〉の新しい施設〈宗像発酵研究所〉。ロゴデザインは〈minä perhonen〉皆川明さんによるもの
LIQUIDから徒歩圏内の宗像堂の新しい施設〈宗像発酵研究所〉。パンをはじめとした、様々な発酵についてのアプローチが進められるラボ。宗像堂と同じく、ロゴデザインは〈minä perhonen〉皆川明さんによるもの

作り手が描いた世界観を届ける酒屋

真喜志奈美さんと竹島智子さんの共同プロジェクト〈Luft〉によるラワン材やステンレスなど、素材感を活かしたソリッドな内装
ラワン材やステンレスなど、素材感を活かしたソリッドな内装は、〈Luft〉の真喜志奈美さんによるもの。こちらでも「飲む」をテーマにした村上さんセレクトの品々が購入可能
珍しい自然派ワインやクラフトジンと充実の冷蔵庫
珍しい自然派ワインやクラフトジンと充実のセラー。左側のセラーに並ぶ日本酒の「風の森」は、味わいの輪郭も特徴的な銘柄で、全国にもファンが多い。蔵元のある奈良でもなかなか見ることができない充実の品揃え

「日本酒は最後まで取り扱いするか悩んだのですが、日本を語るっていうコンセプトからも避けて通れませんでした。数ある日本酒の銘柄の中でも『風の森』は、今できる技術を駆使して、できたての美味しさを家庭に届けたいという思いで作られています。

クオリティはもちろん、発酵の度合いやお米の種類、磨き具合で、いろいろなバリエーションで展開されているのでひとつの蔵元でも充分に楽しむことができるんです。加えて、安定供給と手に取りやすい価格のラインナップも魅力でした」

たしかに、洗練された内装のしつらえからすると手の届かない高価なお酒ばかりのようだが、よく見ると「風の森」は1150円からと、デイリーに楽しむことができる価格帯から揃う。

「日本酒って、お酒と酒粕に分ける行程で3種類あるんです。最初何もしない状態の割と白濁しているのが “あらばしり”。次の段階が “中汲み”。これはお酒本来の透明感があって、旨味が詰まっているもの。そうして最後にぎゅっと絞るものが”責め”と言ってアルコール度数も高くて雑味も多いものになります。

風の森は、通常のラインナップでも充分クオリティが高いんですけど、お米の麹の旨味と吟醸の透明感の両方持ってるものが限定酒で出るんです。例えば通常のラインナップが中トロだとしたら、大トロのような存在です。

── 生産背景を知った上で、そういった作り手の世界観が描かれたものがきちんと置かれ、そしてそれを届けることができるお店にしていきたいと思っています」

酒もまた人の手を介して作られる、いわばクラフト作品。魅力的なお酒の向こうには、魅力的な作り手の顔が思い浮かぶ。

世界30カ国にわたる700以上もの酒造会社、醸造所などを巡り、様々なお酒造りを学んだ辰巳祥平さんによる〈アルケミエ辰巳蒸留所〉のクラフトジン

「お酒をセレクトするにあたって、道具のセレクトと同じように作り手の世界観も大事にしています。そういった意味では、このクラフトジンも興味深いですよ。

日本名水100選にも選ばれる、水の街でもある岐阜の郡上八幡というところで、辰巳祥平さんという方が、おひとりで作られています。蒸留所は去年立ち上げられたんですけど、すでに業界では有名な存在で、取引先は全国にあり、ジンの発祥国であるイタリアを始め、フィンランドにも輸出されています」

「辰巳さんのもともとの醸造の目標でもあった日本初のクラフトアブサン(*)も、今度入ってきます。といっても、1回に造られるのは大体500~600本。全国の取引先が50あったら、1ダース、12本ずつの納品で終わってしまう計算です(笑)。だけど、びっくりするぐらい芳醇な香りが楽しめますよ」

✳︎アブサン:フランス、スイス、チェコ、スペインを中心にヨーロッパ各国で作られている薬草系リキュールのひとつ

LIQUID村上さん

そんなお酒の旨さを嬉々として語る村上さんの姿は、さながら酒屋のご主人だ。

「こっちは自然派ワイン。自然派ワインはフランスが王道ですが、僕がワインを好きになったきっかけは〈ヴィナイオータ〉さんというインポーターさんが扱っているイタリアのものでした。だから、お客さまにおすすめするのも、まずはそこからスタートしています。

人の手というよりは自然にゆだねて、土地の力とか気候の力を借りて、自分たちが好きな品種を大事に育てているワイナリーが多いですね。結果、醸すときも自然の摂理にまかせて、あまり手を加えていないものが多いです。

日本酒もワインも共通して言える事は、フィルターをかけすぎてしまうと、確かに色が綺麗で風味も安定したお酒はできるのですが、素材が持つ旨味などの大事な個性が失われてしまうように思うんです」

 

ふと、村上さんの言葉がお酒のことを語っているようで、店作りのことを語っているようにも聞こえてくる。

気になって尋ねると、やはり店作りにおいてもなるべくフィルターには通さずに、その魅力をダイレクトに伝えることを心がけているのだそうだ。

 

日本の最前線を沖縄に伝えるコラボレーション

「根底に今の日本を、沖縄に対してプレゼンしたいという気持ちがあったので、“日本の今”ってどういうことなのかなというのをまず表現しようと思いました。やっぱりこねくり回してお店を作ると、どうしても似たようなお店になっちゃうんですよ。なので極力いじらずに、“そのまま”を伝えることを大事にしました」

日本の最前線を届ける。クラフトショップの〈LIQUID〉も、酒屋の〈LABO LIQUID〉も根底に流れる思想は同じ。届けたいのはその“旨味”の部分だ。

そういった思いのもと、ここで時折開催される村上さんキュレーションによるワークショップのファンも多い。

「ワークショップは、店舗で扱っている飲み物や道具を実際に体験してもらえるので、魅力の伝わり方が全然違いますね。今後は、店舗の器やスプーンなどの使い心地に加えて、“日本のフードカルチャーの最前線”も伝えていけたらと考えています」

聞けば、「風の森」の蔵元である油長酒造・山本社長による日本酒の飲み比べの会 「日本酒ラボ」をはじめ、オーダー専門のお菓子店〈mon chouchou〉主宰 おかし作家・やましろあけみさんとの「お菓子と自然派ワインの会」、人気・実力ともに日本国内における生ハムの第一人者・サルーミ専門店〈サルメリア69〉の新町賀信さんによる「生ハムカット講座」など、フードカルチャー誌から飛び出してきたかのようなラインナップだ。

さらには、宗像発酵研究所とLABO LIQUIDの1周年には、新町賀信さんによる「おいしい生ハムツアー」も決まっているという。都市部から北部まで縦断しながら、沖縄で生まれた新・旧の食文化と生ハムの極上の調和を楽しめるという、なんとも楽しそうな試み。日本のフードカルチャーの最前線は、ここ日本の最南端でまた更新されるのかもしれない、と感じる。

 

LIQUID沖縄

そんな多岐にわたる日常の業務を想像して、今の運営業態は大変ではないかという問いには、村上さんはこう答えた。

「もちろん息切れしながらやっています。でもそういったワークショプや、今後開設するWebショップも含めて、1人でどこまでやれるか挑戦してみようと思っているんです。

今、いろいろな会社も、何かのプロジェクトを実現するために、その都度必要なチームを組んで実行するという形が増えてますよね。お店もそうあって良いのかなと思っています」

テスト

「やっぱり『飲む』行為って面白いんです。休憩のためにお茶を飲んだり、仲を深めるためにお酒を飲みに行ったり。

その行為は人と人との間に必ずあって、その時間や場所、飲み物で、ぜんぜん役割が変わっていきますよね」

 

クラフトショップ、酒屋、ワークショップ、そしてWebショップ‥‥。村上さんの発信し続ける「飲む」にまつわるアウトプット、その表現のバリエーションには枚挙に暇が無い。

「沖縄の人たちと“日本の今”を共有していきたいという想いしか今はないです。

いろんなインフラも整って、西からアジアの方も来てくれます。僕は東京からきたので、今後は東京を目指すと言うよりは、どんどん逆に。西の方へ行きたいかな」

LIQUIDと言う名の「飲む」コミュニケーションは、今年7月で1年を迎えばかり。村上さんはこれからもたくさんの「日本の今」という風をあつめながら、豊かで自由なコミュニケーションを沖縄に届けていくことだろう。

LIQUID / LABO LIQUID

LIQUID

LIQUID: 沖縄県宜野湾市嘉数1-20-17 No.030
LABO LIQUID: 沖縄県宜野湾市嘉数1-20-7 宗像発酵研究所内
098-894-8118
営業時間:10:00〜18:00
定休日:火・水・木・金曜日
HP: http://www.liquid.okinawa/
Facebook: https://www.facebook.com/LIQUID2017/
Instagram: https://www.instagram.com/liquid_okinawa

文:馬場拓見
写真:清水隆司