秋を愉しむ。暮らしの中のひと手間。

秋ってなんとなく、四季の中でも「愉しむ」という言葉がぴったりな季節のような気がします。趣があって奥行深い豊かな季節ですが、自分から動かないとするっと去っていってしまうような。
季節の移り変わりを意識して、旬のものを暮らしに取り入れる。あえて手間をかけてやってみる。そんなことが、一日いちにちの暮らしを積み重ねていくのだなと感じます。
日々の暮らしを作業にしてしまわないように、秋を愉しみ尽くそう、というのがここ数年の秋におけるささやかな目標です。

そこで今日は、秋を愉しむための暮らしの道具をお届けします。

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旬の手しごとを愉しむ

季節ごとの愉しみといえば、まず思い浮かぶのが旬の味。秋といえば、秋刀魚、さつまいも、梨と美味しいものが沢山ありますよね。
夏のイメージが強いレモンですが、こちらも実は秋が旬なのだとか。
旬のものって、食べるために準備する時間もなんだか少しわくわくしませんか。味わうだけじゃなくて作業する時間ごと愉しむのも旬のものの醍醐味なのかもしれません。
レモンを浸ける時間ごと愉しむ「旬の手しごと」で、贅沢なひとときを過ごしてみませんか。

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秋の夜長を愉しむ

秋の夜は空が澄んで月が美しく見えたり、過ごしやすい気温で快適だったり。いいところが沢山あると分かりつつも、空が明るい時間が短くなることに寂しさを覚えてしまう気持ちも…。
今年は秋の夜長を愉しんでみようと考えて、手始めに和ろうそくを焚いて夜のひとときを過ごしてみました。
炎の揺らぎが与えてくれる癒しの時間は想像以上に心地好いもので。この秋はゆったりと癒される夜の時間を愉しめそうです。

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お酒を嗜む時間を愉しむ

家でゆっくりお酒を嗜むとき、今日はどの酒器にしようかなと悩む時間も愉しいものです。
陶磁器、ガラス、錫に漆器。さまざまな素材と形の酒器。料理を盛り付けるには少しハードルがあるような、繊細なつくりのものや意匠にこだわったものなど、酒器だからこそ使えるようなものも。
洗う時には少し気を使いますが、少し気を使う感じも最後まで嗜んだような気がして嬉しくなります。

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お湯を沸かす時間を愉しむ

涼しくなると温かいお茶を飲む機会がぐっと増えます。去年の秋から使い始めて、もうこれがない台所の景色は考えられない、というのが土瓶です。知人の家にお邪魔した際、土瓶でお湯を沸かしているのがいいなあと思って触発されて取り入れてみました。
特に好きなのが、朝起きてすぐにお湯を沸かす時間。
涼しくなると朝起きる時間が徐々に遅くなってしまうのですが、土瓶を使うようになってからは、静謐な朝の空気の中、こぽこぽと湧く音を聞きながら過ごす時間を愉しみたくて、いつもの秋冬よりも少しだけ早く起きれるようになりました。
ひとつの道具で日常の過ごしかたが変わる。暮らしの豊かさを教えてくれた道具です。

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一つひとつ愛着のある道具とともに、暮らしにひと手間くわえて。秋を愉しみつくそうと思います。

【心地好い暮らし】第1話 青いレモン酒をつくる

何かを漬けるという行為をしている人はどれぐらいいるのだろうか。
炒めるでも和えるでもなく、切ってあるいは剥いて、調味料をまぶして瓶などに詰める。
すぐには食べられない。見守る育てる系の家事。

ピクルスや浅漬け辺りが初心者。梅干し、ぬか漬けは準備の時間と日々の手間を想像すると中級者な感じがする。家でアンチョビつく ってますとかになるともはや上級者過ぎて、いったいどういう経緯で?と聞きたくなってくるレベル。
私には絶対無理だ。

それでも奈良に越してからずいぶんと家で料理をする機会が増えた。そもそもご飯を食べに行く店が少ない(ここ数年、本当に美味しいお店が増えました。嬉しくてしょうがない!)前職に比べて家に早く帰れるようになった。会社のキッチンに「庭になった梅の実お裾分け」が積まれてあって創作意欲が湧いた。などなど、それまでは記憶の片隅に祖母や母がしてた事として保存されていた風景が思い出され、少しずつ自分でもつくり始めた。

だからといって、毎年決まって梅を漬けているか、毎日糠床をかき回しているかというと、全くそんなことはない。地方都市奈良とはいえ毎日そこそこ忙しいし、ある程度の気持ちの余裕がないと、すぐそこのコンビニで買えるものを、人はつくったりしないのだ。



だからこそ、この漬けるという行為は癒しなんだなと思う。
美味しいものを自分でつくりたいという欲求より、この時間この作業に身をゆだねることを贅沢だと感じている気がするし、なんでこんなに穏やかに愉しいのだろうと不思議な気持ちにさえなってくる。

人間はやっぱり便利を優先して、自らつくること、そこから得られる喜びを失ってしまったのかもしれないなぁ…と考え始めるぐらいの時間でレモン酒ができあがった。
なんと清々しく目に美しい食べもの(飲みもの?)なんだろう。それにあのつくっている時に台所を包むレモンの香り。
みなさん、やるべきですよ。最後は瓶を眺めながら声にだして言ってしまうくらい心地好い時間だった。



ここまで読んでいただいて、最後に商品へ誘うボタンがあるってどうなんだろうなと、経営者とは思えない気持ちになりつつも、青いレモンは手に入れるのが結構難しいのです。
どちらかというと材料は揃えておきましたので。という気持ちです。

この商品でなくとも、ぜひ次の休みに時間があれば何かを漬けてみることをおススメします。漬けるための静かな時間、見守る愉しみ、出来上がりの喜び。
全編通して想像以上の癒し効果に驚かれるのではないかと思います。



書き手 :千石あや




この連載は、暮らしの中のさまざまな家仕事に向き合いながら「心地好い暮らし」について考えていくエッセイです。
次回もお楽しみに。

秋を迎える準備。十五夜の楽しみかたをお届けします

気が付けば、朝夕には涼しい風が吹き込むようになりました。
厳しい暑さの峠を越す処暑を迎えると、いよいよ秋の気配が近づいているように思います。
次の季節への気配って、どうしてこんなにときめくのでしょうか。いそいそと、季節を迎え入れる準備をはじめたくなります。

9月といえば、季節を楽しむのにぴったりな行事「十五夜」が待っています。
そこで今日は、十五夜の楽しみかたをお届けします。

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月を愛でる時間を楽しむ「十五夜」

十五夜って素敵な風習だなと思いつつ、なんとなく通り過ぎてしまう、という方も多いのではないでしょうか。
私自身、中川政七商店に入社するまでは、あんまり意識したことがない行事でした。いつ?なにをしたらいいの?を、ぼんやりとしか理解していなかったように思います。

そこでまずは、簡単に十五夜のおさらいを。

<十五夜とは?>
十五夜は中秋の名月ともいわれ、毎年旧暦8月15日(現在の9月7日~10月8日の満月の日)に行われる月見の行事です。
1年の中でも空気が澄み月がきれいに見えることから、月を愛でる行事として定着しました。

季節のしつらい便 お月見」の歳時記のしおりより。月の名前。

つまり、季節ごとに桜や紅葉を楽しむように、一番美しく見えるとされる旬の月を楽しむ行事なんですよね。
2021年の十五夜は9月21日になりますが、美しい満月を見たいからこの日、であって、絶対にこの日じゃないと、と堅苦しく考える必要はないように思います。

我が家は毎年近い週末に、というように、ゆとりを持って毎年少しずつ形の違う月を楽しむのも乙な楽しみ方なのかもしれません。
春には周囲を見渡して桜を楽しむように、仲秋の頃の夜には空を見上げて月を愛でる時間を楽しんでみてください。

十五夜の飾りつけ

十五夜の基本的なお供えについて、紹介します。

飾りつけの風習は、収穫の季節への感謝を表しています。
丸いお団子を月に見立てて飾る月見団子の他、十五夜の季節に収穫できる里芋やさつまいもをお供えする風習があります。
すすきを立てるのは、稲穂に見立てているのだそうです。

三宝にお団子をお供えする場合、十五夜に由来して、15個飾るのが定番とされています。
最下段は3列3個ずつ、中段は、2列2個ずつ、最上段は1列2個なのだそうです。
私は最初にお供えした時、1番上を1個にしてしまって、あれ?14個しか乗ってない、と慌てたものでした。

十五夜のお団子を味わうレシピ

お団子をつくったあとには、おいしく頂きたいですよね。
簡単につくれるレシピを教えていただいたので、よければご覧ください。
私は中でも、月の色から見立てて、みたらし団子にして味わうのがお気に入りです。

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十五夜を楽しむ「季節のしつらい」

小さなお月見飾り

十五夜のお団子は15個が定番とされていますが、簡易化して5個を飾る場合もあるようです

十五夜は楽しみたいけど、自分でお団子をつくるのは時間がなくて大変!という方におすすめなのが、この「小さなお月見飾り」。飾ると秋の訪れを感じることができ、サイズ感もちょうどいいお飾りです。
食べ物じゃないのでしばらく飾っておけて、家の中にそっと季節を取り入れてくれます。

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季節のしつらい便 お月見

お月見を楽しむ道具がまとめてセットになった、体験キット「季節のしつらい便 お月見」。
うさぎの飾り、水引のすすき、お団子の粉、三宝、懐紙、竹串、歳時記のしおりがセットになっていて、これ一つで十五夜を満喫することができます。子どもから大人まで楽しめるお月見飾りセットです。

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十五夜の楽しみかたについて、お届けしました。
私は今年、平安時代のように、盃に映る月を楽しんでみようと思います(平安時代の頃は、空を見上げるのではなく、水面や盃に映った月を愛でていたそうです)。

料理道具を知り尽くした飯田屋の店主に聞く、「幸せな食事を増やすための道具とは?」

一流シェフが愛用する調理道具や、長年お店で道具と向き合ってきた店主が「これは」と手に取るもの。

道具を使うことに長けている各分野のプロフェッショナルが選ぶものには、どんな秘密があるのでしょうか。

私たちが扱う暮らしの道具を実際に使っていただいて、ものの良さだけでなく至らなさも含めて感想を教えてもらいました。

本日紹介するのは、浅草・合羽橋にある料理道具専門店「飯田屋」の6代目店主、飯田結太さん。

聞けばさまざまな道具を使いつくし、その良さを日々お客さんに語り尽くしている飯田さんに、さまざまなキッチンツールを使ってみての感想を記事にまとめていただきました。


飯田 結太/飯田屋6代目店主

“超”料理道具専門店飯田屋6代目店主。料理道具ヲタクとして世界中の料理道具を研究。「マツコの知らない世界」「タモリ倶楽部」など様々な番組で料理道具の奥深い世界を面白おかしく発信。自身が仕入れを行う道具は必ず前もって使ってみるという絶対的なポリシーを持ち、日々世界中の料理人を喜ばせるために活動している。
「人生が変わる料理道具」監修
「かっぱ橋商店街リアル店舗の奇蹟」著者


では早速、飯田さんによる「幸せな食事を増やすための道具」を見ていきましょう。

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日本人に愛される「シャキふわ」を生む、おろし金|かもしか道具店「だいこんのおろし器」


実は事務所には300種類ほどのおろし金があるんです。僕はおろし金をいろいろ調べているなかで、道具によって変わる5つの食感があることに気づいたんです。

一番やわらかい食感で口溶けを感じるのが「ふわふわ」、大根を生かじりするみたいな強い食感が「ジャキジャキ」。その間に「シャキシャキ」「シャキふわ」「ふわシャキ」があります。

かもしか道具店 だいこんのおろし器

今回使用したかもしか道具店さんの「だいこんのおろし器」は「シャキふわ」のおろし器なのかな、と。「シャキシャキ感」が強く、食感が少し残る感じのおろし金です。「シャキふわ」は日本人にはこれまでよく食べてきた、つまり家庭にあったおろし金ってこの味わいだったと思うんですよね。

刃のことを僕たちは「目立て」って言うんですが、これは日本人に愛される目立なんだろうなと思います。

そしてこの「だいこんのおろし器」、調理道具であり器にもなってくれる。

おろす部分を外せばこのまま食卓に出せるんです。おろした後、中でちょっとした和え物もできるでしょうし、高さがあるからこぼれにくい。そういう配慮や計算がされてるんだろうなぁと感じましたね……!

あと、僕はこの裏側が大好きなんですよ!
わざと傷がつけてありますよね。これ、シューズの滑り止めと同じ役割なんです。

大根をおろすには力が必要。力がいるって事はつまり滑りやすいんですよ。

樹脂ならシリコンやナイロンのゴムをつけることができますが、陶器だから付けられない。
それを少しでも軽減させるように、裏に傷をつけてスパイクにしたんだろうなと。これも色々考えたんだろうなぁって思いますね。

ちなみに僕は、これでにんじんをおろしてカレーの隠し味に入れるのが結構好きで。
にんじんは細かくおろすとすべて溶けてしまうんですけど、「だいこんのおろし器」を使うとちゃんと食感が残ってくれる。旨味と少しだけ歯触りを表現してくれるんです。

あと、まだ食べてはないんですが、秋の魚の時期になったらもう絶対合いますね……!これを使った大根おろしで食べる、脂たっぷりのサンマなんて、もうどう考えてもルパンと次元みたいなものですよ!(笑)。きっと素晴らしい相性を見せてくれるんだろうなぁと思います。

誰でもたくさん、かんたん、おいしい燻製| かもしか道具店「くんせい鍋」

今まで燻製鍋はいろいろなもの使ってきました。ちなみに、この「くんせい鍋」は8個目ですね(笑)。大きいものから小さいもの、網が2段や3段式、重さが違うものまで……そういう遍歴がある中で、僕はこれ使い続けると思います。すごいよかったです。

かもしか道具店 くんせい鍋

モール系ECサイトで売っているような、いわゆる「初心者用」と言われる燻製鍋って、すごいちっちゃくて。単純に乗っかる食材の量が少ないんですよね。そして燻製って時間かかりますよね。10分ほど火をくべて、20分くらい馴染ませる。1回分出来上がるまで30分位かかるとして、ちっちゃい鍋だと2~3人で食べる時は全然食べたりなくて……(笑)。

だからこそ、食材ができるだけいっぱい入るような形状がいいんですよね。このかもしかさんの「くんせいの鍋」、ちょうどいいです。

蓋の形も、丸いドーム型なのでちゃんと燻煙が充満してくれる。上からも当たるし、下からも当たるし、ちゃんと滞留してくれると思います。

もちろん燻煙は漏れます。でも漏れていいんですよ!

よく燻製鍋って「少しでも煙漏らしたくない」って言う人がいて、特にマンションなんかだと匂いが気になる!っていう気持ちもすごくわかるんです。ただ、適度に煙が漏れてくれないと、生の食材に当たった煙が中に留まって「臭み」や「苦味」変わってしまう。

その煙が少しずつ出てくれたほうが、美味しくできるんです。かもしか道具店さんの「くんせい鍋」は、煙が出るけどもちゃんとおいしい燻製が誰にもできるアイテムだと思います。

すべての料理が喜ぶ至高のスプーン|THE「THE DINNER SPOON」


今回使用した道具たちのなかでもこの「THE DINNER SPOON」、圧倒的に1番でしたね……!

僕はスプーンが大好きでこれまでもたくさん使ってきたんですけど、その中において「ここまで主張しないスプーンってなかったなぁ」と正直びっくりしました。

THE DINNER SPOON

美しい見た目や使いたくなるデザインであることはもちろん大事ですが、スプーンの素晴らしさはそれだけじゃない。大事なのは「掬った時」と「口に入れた時」と「口から抜いた時」なんですよ。

まず口に入ったときに、スプーンは主張しちゃいけないんです。

脇役です。主張していいのは食材だけ。100%食材を舌に感じさせるような働きをするというのが僕の中でのカトラリーの立ち位置なんです。「THE DINNER SPOON」はそれを忠実にできていた。

ちなみに、スプーンが口に入ったときに当たるのは、側面とくぼみの頂点。この2箇所の口へのあたり具合でスプーンが主張するかどうかが決まってくるんですね。

じゃあ当たらせないようにするには何が1番いいか?というと、単純に平べったくすればいいんですよ。ただ平べったくするだけだと何も掬えなくなってしまう。

そこを「THE DINNER SPOON」はギリギリまで薄くして、そして深みも持たせている。

そして僕が感動したのがここのスプーンの下の頂点。

すごく後ろの部分に頂点があるんですよ。

僕たちはスプーンの凹んだところを「ツボ」と呼びます。頂点は通常ツボの真ん中にあるんですよ。でも「THE DINNER SPOON」は、できるだけ後ろのほうに頂点をずらしているんです。だから口当たりがしない。これは絶対計算ですね。

僕はこういったカトラリーも、料理道具だと思ってます。

料理人がつかう料理道具があって、そしてカトラリーは「一番最後に調理する道具」なんですよ。ここに関しては主張しちゃいけない。何故かって、料理人の意図したものを100%の状態で食べる場所なので何も主張しないことが大切。だから、料理道具以上に使い勝手がすごく問われるアイテムなんです。その使い心地は調理に使う道具よりよっぽど難しいと思っていて。

その点において「THE DINNER SPOON」は圧倒的、本当に素晴らしいアイテムでした。

フォークの柄の決定版|THE「THE DINNER FORK」


一口にカトラリーの柄といっても、平べったいもの、球体、木製などいろんな柄がありますよね。たくさんの柄を持ち比べてきましたが、「THE CUTLERY」シリーズの柄はすばらしいですね……!

とくにこの柄で使い心地が素晴らしいと思ったのが「THE DINNER FORK」。フォークとこの楕円型の柄の相性の良さは、ナイフやスプーンと比べて一線を画しますね。

THE DINNER FORK

なぜかと言うと「刺す」からなんですよ。

刺すときに柄に指を当てると思うんですが、これって平べったい方がいいんです。少し平べったいことで、何か刺した時に、感触がすっと指に返ってくる。食材の柔らかさを指で感じることができるんです。

これってすごく大事で、料理って舌だけじゃなく、鼻も目も指先も、五感すべて使った総合エンターテイメント。「THE DINNER FORK」は刺したときにすばらしい「触感」を与えてくれるんです。

フォークに関してはいろいろな柄の形が出ているけれど、もうこれこそが定番でいいんじゃないですかね……! みんなにもぜひ触ってもらいたいです。どんな風に使っても、きっと全部気持ちいいと思います。

強いて気になるところを言うとするなら……刺すということに対して突出しているので少し口離れが気になっちゃいましたね。

でも、フォークの刃が甲を描くことによって食材が滑らないことや回しやすいという意図はすごくわかって、面白い道具でした。

賛否両論が起こる!? 道具の進化を感じるカトラリー|THE「THE DINNER KNIFE」


「THE DINNER KNIFE」は挑戦的な商品ですよ。ギリギリところを狙った、賛否両論が出るアイテムかなと。

まずテーブルナイフでほとんどないと思うんですけど、これ両刃なんです。言うなれば、切れない包丁なんですよ。

THE DINNER KNIFE

三徳包丁やペティナイフなど、切れなきゃいけない両刃の包丁は「まな板」という柔らかい台が刃をキャッチしてくれます。それに対してテーブルナイフの相手はまな板ではなくて、硬い陶器や器、つまりセラミックなわけです。

実は包丁の切れ味ってまな板の種類によって変わっていくんですよ。

昔、大妻大学が発表した文献によると、木のまな板とプラスチックのまな板を8000回上から叩いていく実験をしたところ、木のまな板の方が刃の先端が鋭角なままだったんです。何が言いたいかと言うと、包丁の切れ味の持続性はまな板の硬さに比例してくるんですよ。固ければ固いほど、持続性は落ちてしまう。

つまり、両刃のナイフがテーブルで使う堅いお皿なにぶつかると、切れ味がどんどん落ちていく。刃欠けの可能性すらあるんです。

なので、きっと「THE DINNER KNIFE」は開発するなかでギリギリ切れないような刃つけをしているのだと思います。

「すばらしいね」「これすごい挑戦だね」って言う方もいれば、「すぐに切れなくなっちゃったじゃないですか」って言う人も出てくる恐れがある……。そういう意味でも、少し玄人向けの商品なのかなと思いました。

ただ、これはいままであまりなかった商品ですね。今回の道具の中で、一番「道具の進化」に携わっているものだと思います。

長く愛して一生の宝物になる、鉄の玉子焼き器|フォームレディ「ambai / 玉子焼」

卵焼きっていま爆発的に売れてるんですよ!

飯田屋でも欠品を起こすレベルで、コロナになってからおうち時間が増えて「プロが使うような本格的な調理器具使っておいしいものを作りたい」というニーズがすごい増えてるんです。

なかでも「鉄製」と「銅製」のものは超売れ筋! 特に銅製のものが人気ですが、これから卵焼きを本格的にはじめようと思っている人には、フォームレディさんの「玉子焼」の方を勧めますね。その理由は「形状」と「内側の加工」にあるんです。

ambai 玉子焼 角小

まずはこの形状。昔ながらの銅製の玉子焼き器と比べると、先端が少しクランクしてるんですよ。角度が斜めになっているので菜箸を入れやすく、玉子の巻やすさがあります。

そして実際に使っていて「これはようやった!」と思ったところなんですけど、この玉子焼き器、四辺がなめらかで丸いんです。これ、洗うときに便利なんですよ〜!(笑)

僕、家では銅製の卵焼き器を使ってるんですけど、四辺が直角だとどうしても汚れが溜まりやすいんです。やっぱり洗うところも含めて料理だと思うんですよね。使う人の気持ちを考えて、そこをカバーしてくれるんだな……って思いました。

そして内側の加工。これよく見てもらうと表面がざらざらしていて、わざと傷をつけてるんです。

これは「ファイバーライン加工」と言って、鉄版の表面に凹凸を施して鉄特有の「こびりつきやすい」という弱点を少なくした加工なんです。「凹の部分」には油が馴染みやすく、「凸の部分」は接地面を少なくしてこびりつきにくい。使い始めようと思った方が少しでも使いやすくなるようにしてくれているんです。

そして鉄のフライパンって、手間をかけた分だけ愛着を感じさせてくれる道具なんですよ。

使えば使うほど油が馴染んでいて、どんどん使いやすくなってくる。鉄とか銅の料理道具はできるだけ若いうちから使ったほうがいいと思います、一生の宝物になって自分の人生変えてくれますから!

熱伝導でふわふわ、冷めても美味しい玉子焼き!|アイザワ「純銅卵焼き 関西型」

銅は元々「ザ・職人」のもので、「俺たちはこれ以外使わないから」と言わしめるほどの材質なんです。そしていま、ご家庭で使いたいという方が本当に増えて、銅の卵焼き機はバカ売れしてるんです……!
でも使いはじめて最初に戸惑うのが、銅の卵焼き器って巻きににくいんですよ! 四辺が垂直になっているんで「菜箸どうやって入れんの?」って(笑)。やっぱり元々プロの道具なんですね。使っていくうちに、腕の力で巻けるようになっていきます。

アイザワ 純銅玉子焼 関西型

「銅の卵焼き器」がいいのは理由があって、それは熱伝導の良さ。

卵焼き器って下だけじゃなくて側面も使いますよね。熱伝導が良ければ、火が当たっていないところも熱くなり、熱が均等に行き渡るんです。つまり銅の卵焼きというのは熱ムラがない。

それが何に繋がるかと言うと、味ブレが起こりにくいんです。卵に対して安定的に、下からも横からも熱を伝えることができるおかげで、冷めてもふっくらとした卵焼きになるんです!

あと「純銅卵焼き」の好きなところが、もうひとつありまして。

僕、ずぼらな男なので「やっちゃった〜」って言って、木柄焦ちゃったりするんですよ……(笑)。でもこれ、柄が外せるんです。木柄のリペアパーツだけで買って、取り替えることができる。それが好きなんですよ。

今、使い捨ての道具って多いんですよね。道具は使い続けるほど、どんどん手に馴染んで、自分の手の延長線上みたいに可愛くなる瞬間が訪れる。でもその時に道具の交換時期になっちゃうこともあるんです。

銅の卵焼き器は、柄の部分が焼けちゃっかりカタカタしてくるかもしれない。でも、この部分だけ交換すればいいんですよ、この卵焼き器の本質は銅板なので!

これはもう長く使わせるための設計だと思いますね。

生まれ変わってももう一度使いたい菜箸|ヤマチク 「盛付箸(無塗装 28cm)」

ヤマチクさんの「盛付箸」、ほんとに素晴らしかったです。

ヤマチク 盛付箸

僕は学生時代に銀座の箸の専門店で働いてたんです。箸ももう、何百本持ったかわかんないレベルで持ってた。だからこそ思うんです、ヤマチクさんの箸は素晴らしすぎると……!

菜箸だけもでも何本も持っていて、ステンレス、樹脂、シリコン、チタン、竹……。長さも23cmや30cm、すごい大きいのだと45cmのもあります。そして今回使用した「盛付箸」、いろんな箸を使った中で、断トツでナンバーワンですね。

まず使ってて軽いんですよ!「軽い」ってやっぱりいいですね。盛り付けやりやすいし、かき混ぜるのもすごくやりやすいです。

そして持ち手の丸形。

箸の持ち手って四角や三角、六角もありますが、僕の中での至高の形は「丸」。丸が一番指先への当たりがいいんです。

料理していると、フライパン持って鍋持って菜箸持って……と、持ち替えることたくさんありますよね。この「盛付箸」はどのタイミングで取ったとしても指先への当たり心地が変わらず、いつもと同じ感覚で調理ができるんです。それが好きなんですよね……。

そして何よりもバランス、つまり長さがちょうど良い。調理器具によって合うものはそれぞれですが、普通のフライパンやお鍋であればこの「盛付箸」で充分です。

あとこれは使っていて楽しい、料理人のテンションを上げる箸なんですよ! 地球上の全員ではないと思いますが、かなり多くの料理人を幸せにしてくれる道具だと思います。

麺に優しい、手にも優しい。|ヤマチク 「パスタ箸(無塗装 33cm)」

「パスタ箸」を使うと、麺や具材が傷つかないですね。

ヤマチク パスタ箸 

鮭のパスタを作ると、どうしても身が崩れてしまうことが多かったんですが、これで混ぜている時は崩れなかったですね。箸先が全部丸いことで、食材へのあたりがすごく柔らかくなる。そこがしっかり考えられているんだなぁと思います。

あと、手なじみが良いですね。
麺って意外と重いんですよ。飯田家ではパスタを一度にたくさんは作らないんで「盛付箸」でも充分でしたが、料理人の方は一気につくるので麺が重かったりするんですね。その時に細い箸だと混ぜる時に指に当たってしまうのですが、この「パスタ箸」は太いのでその圧が逃げるんですよ。

パスタのための箸と聞いて「なるほど、そこまで考えてやるんだ!」とちょっと楽しくなりましたね。箸は調理によってそれぞれ良い形であるはずなので、ヤマチクさんにはこれからもいろんな研究してもらいたいです。

飯田屋が考える「幸せな食事」のつくり方とは

僕たち道具屋がなにを目指すかと言うと、料理人のテンション上げることなんです。料理人が楽しくなると、それがだれかの人生の幸せに繋がると思っています。

僕はこれを「87,600」という表現をしています。1日3食、それが365日、人生80年間だとしたら……3×365×80、合計して「87,600」。この数字を飯田屋では「人生で連続する最高の幸せのチャンス」という言葉で定義してるんです。

でも87,600回すべてを「幸せでおいしい食事」にするのは難しい。ただお腹を満たすだけ、エネルギー補給のための食事なんていくらでもありますよね。

ただ、その87,600回の食事うちたった10回に1度でも「すごい幸せでおいしい!」と言う瞬間に巡り会えたなら。つまり8,760回……いや、人生80年と言わずもっと増えているので、10,000回近いチャンスがあるんですよ。このチャンスは、人生を変えるには充分な数だと思っていて。

そして、その幸せでおいしい食事を増やすためには、絶対に料理人が必要なんですよ。

たとえばの話、料理って「ひとてま」を増やすだけで化けませんか?

今日はいつもよりきれいに食材を切ってみようかな、ちゃんと塩分量測ってみようかな、見栄え良く盛り付けてみようかな。そのたったひと手間で、料理はうんと良くなります。その時に自分が楽しく思える料理道具を使ってみる。そうするとテンション上がって、その「ひとてま」が苦じゃなくなるんですよ。

だからこそ「料理人のテンション上げる道具」の存在というのはすごく大切で、料理人がテンションが上げてつくった料理っていうのは人を幸せにするはずなんです。「幸せでおいしい食事」になるんです。

文:飯田結太


<掲載商品>
かもしか道具店 だいこんのおろし器
かもしか道具店 くんせい鍋
THE DINNER SPOON
THE DINNER FORK
THE DINNER KNIFE
ambai 玉子焼 角小
アイザワ 純銅玉子焼 関西型
ヤマチク 盛付箸
ヤマチク パスタ箸 

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*この記事は、中川政七商店が運営する合同展示会「大日本市」の「カタリベ」企画で書かれた記事を再編集して掲載しました。

これからの季節に長く寄り添ってくれる。夏から秋への一枚。

立秋も過ぎて、雨の影響か少し肌寒いような日も。
まだまだ暑さが続くとは言え、ひと足早く次の季節への準備も考えていきたいところです。
蒸し暑さの残るいまこの瞬間から、気温が下がる秋になっても着ることのできる、長く活躍する服や小物をご紹介します。

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「さらっと着られる」麻デニムパンツ

中川政七商店 麻デニムパンツ

「麻生地は、吸水、吸湿、速乾性に優れているのが魅力。もし、麻だけのデニムが実現できれば、夏場のように汗をかきやすいシーズンでも、さらりと着られるものができるはず。」
かつてないほどさらっと着られる麻デニムの開発は、デザイナーのそんな思いから始まりました。

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夏にもかぶれる麻素材「麻ブレードのベレー帽」

年々厳しさを増す日差し。ちょっとした外出にも帽子なしでは出かけられなくなってしまいました。
だけど、きれいめな服装にも合いつつ大げさにならない、そんな夏の帽子って意外と難しい。
夏にかぶれる麻素材のベレー帽が、そんなわがままを叶えてくれました。

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毎日、肌が気持ちいい。呼吸する麻のインナー「更麻」

しっとりやらわかな質感の生地は、麻特有のカタさがなく、肌にフィットしてよく伸びる。汗ばむ日も冷え込む日も、麻本来の特性が働いて、汗や熱がこもらず肌がさらりと気持ちいい。
毎日変化する環境にもしなやかに応える最高の着心地のインナーは、「更麻」と名付けられました。

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原点はオードリー・ヘップバーン!“つっかけ”を進化させた「HEP」のサンダル

HEP

ちゃんとしたお出かけにも、ちょっとそこまで、の気軽なシーンにも。
いわゆる「つっかけ」を、現代の生活に合うようにアップデートした「HEP」のサンダルは、どんなシーンにも対応してくれます。

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プロに教わる、服の汚れの落とし方。意外なコツは「ゴシゴシしない」こと

夏場はたくさん汗もかくし服の汚れが気になりませんか。
そこで、最後は、服のお手入れについてご紹介します。
洗剤メーカー「がんこ本舗」の代表・木村正宏さんに、服の汚れの落とし方をお伺いしました。

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二十四節気の節目を意識してみると、日々少しずつ季節が変化していることを感じます。
少し先の季節のこと、暮らしのことを考えるのもまた、一つの楽しみかもしれません。

<関連特集>
夏から秋の一枚

プロ野球選手の求める感覚にフィットする理由。想像した理想をカタチにするグラブづくり。

プロからアマチュアまで、国民的スポーツとして、老若男女に愛されている野球。いよいよ開幕した東京五輪でも日本代表の活躍が期待されている。そんな選手らのプレーを支える道具に注目。選手たちが手の一部のように使いこなすグラブのものづくりの裏には、どんな苦労があるのだろう。
多くのプロ野球選手と契約を結んでいるミズノのグラブ担当クラフトマンに話を伺った。

兵庫県宍粟市波賀町にあるミズノテクニクス波賀工場

46名が働くミズノテクニクス波賀工場の中でも、プロ野球選手のグラブを主に担当するのは3名。話を伺ったのは、そのうちの一人である田中章太クラフトマン。捕手用のキャッチャーミットの製作を手掛けている。捕手用のミットは、ちょっと特殊で専門的な知識、高い技術が必要とされることもあり、ミット一筋でやってきた。

プロ野球選手のミット製作を手掛ける田中章太クラフトマン

「牛の革を使ってつくるのは同じですが、形状も違うし、求められるものが根本的に違うと自分のなかでは捉えています。捕手って、投手の投げる球をどのポジションよりも多く捕らないといけないし、衝撃に耐えられる強さも必要です。それと、気持ちよく投手に投げさせたいからと、音にこだわる選手も多いですね」

投手が投げた球を受ける際に鳴り響く「パァーン!」という高い音。投手はその捕球音を自身の調子を測るバロメーターとしていることがあり、捕手はそんな投手の気持ちを慮ってグラブを要望することも少なくない。音には、材料や形状、受球面の張りやしわの状態が影響するので、張りが弱いと革が沈んで音も吸収されてしまう。つまり、音は革が板のように張っているほど出やすいが、ボールは捕りにくくなる。技術の高い選手は一定の位置だけしかボールを捕らないので、その一部分だけを深く、それ以外はしっかりと張りがあるように設計。音の出やすさと球の捕りやすさのように相反する要望であっても、積み上げてきた経験や知識、技術を駆使して、選手の求めるミットをつくっている。

求められていることを想像し、その思いを形にする

ほぼ全てが手作業で行われる、グラブ製作

グラブ製作は、革の裁断以外、ほぼ全てが手作業で行われている。革を縫い合わせたり、紐を通すといった基本工程に加え、軽くするために革の厚みを調整したり、水分を飛ばしたり、手になじみやすいようオイルを塗ったりと、選手からの要望に応えるため、一つひとつに工夫を凝らしていく。選手それぞれの細かい要望に対応していくのは、どんな苦労があるのだろう。

「人によって考え方も違いますし、求めているものもそれぞれ違うので、大変ではあります。また表現も曖昧なので、その曖昧なニュアンスの中から相手の真意を汲み取って、カタチにしていくのは……つくり手の醍醐味でもあるんでしょうけど。でも、やっぱり難しいと感じます」

グラブの硬さについての要望があったとして、硬さも柔らかさも、人によって感じ方は違う。つくり手の考える硬さが、選手の求める硬さと同じであるとは限らない。そこで大切になるのが、選手とのやり取りで、直接話したり、実際に使っているグラブを見せてもらったり、借りたグラブを分解して革の厚みの数値を測ったり。できることを全てやって、常に自分自身で答えを見つけていく。それは経験を積んでも同じで、慣れることはないという。だが、製作経験が長くなると無意識のくせがグラブに反映されてしまうことがある。グラブに対する思いやこだわりが強くなり、自分がよいと考えるつくり方や使い方が出てしまうのだ。

「グラブはこうじゃなきゃダメなんだとか、こういう形がいいんだよねっていうことを押し付けてしまっていることがあると思っていて。だけど使うのは自分ではないので、最初からつくり手の色に染めるんじゃなくて、選手が自分自身でつくり上げていけるグラブを提供したい。」

グラブはすぐには使えず、自分自身の手になじませていく時間が必要なので、余白を残した状態で納品するのが田中さんのスタンス。相手の求めるポイントを、頭で理解していても、指の動きに完璧に対応させるのは難しい。もちろん使えないと返されることも多い。何がダメなのか具体的な表現であることは少なく、よく言われるのは「なんか違うんだよね」。
もう一度つくり直したり、パーツを変えたりと状況に合わせて対応していく。グラブづくりには、理想をカタチにできる技術力だけでなく、選手の考えていることを想像する力も求められるのだ。

「選手に渡すときは、いつも緊張します。自分のなかでの完成度は50~60%のミットを絶賛していただいたり、逆に自信満々のミットが全然ダメだったり。使ってもらうまで本当に分からない」

今も忘れられないグラブづくりの原点。2年半かかった初めてのプロの世界。

プロ野球選手を担当して15年。数多くのミットを手掛けてきた田中さんの最も印象に残っているのが、現在巨人の二軍監督を務める阿部慎之助選手。初めて担当を任された選手だ。通常、プロ野球選手を担当するまでに5~10年の下積みが必要だが、田中さんは前職で経験があったこともあり、入社3ヵ月での大抜擢。ところが、実際にミットを使ってもらうまでには、2年半もの時間がかかった。

「最初は、ただミットに手を入れるだけ。何のコメントもなく、それで終わり。プロってこういう世界なんだと。いきなり高い壁にぶち当たったと感じ、辞めようかなって思いました。僕じゃあ無理だなって」

自分のつくったものを渡したら何も言わずに立ち去られる状況は、想像するだけで辛い。当時、阿部選手が使用していたのは他社製のミット。そこへアプローチをかけてミズノ製ミットを使ってもらうことが、田中さんに与えられたミッションだった。突き返されてもめげずに通ううちに「こういう革がいいよね」と意見も貰えるようになり、一緒に革を開発したり、形状を調整したりして試行錯誤を重ね、ようやく使ってもらえるミットが完成する。阿部選手の最終的な決め手は何だったのだろう?

「一番は材料開発ですね。阿部選手の求めていたことに材料面で応えられたことが、大きいなって思います」

阿部選手が納得するミットを提供できた理由、それはミズノの誇る革にあった。

ミズノのグラブは「革がいい」と言われる理由

革で6割ほど特性が決まってしまうと言われるほど、グラブづくりにおいて革選びは重要だ。例えば、張りやすさを重視するなら密度の濃い革が良いとされるが、密度の濃淡は見ても分からない。これまでの経験と、触れたときの感触だけを頼りに選ぶのだ。革は一枚一枚に個性があり、「これだ!」と感じるものに出会うまで探し続ける。保管しているストックに選手の要望に応えられる革がないと感じたら、次の入荷を待つこともある。

革の保管庫。オーダー内容に合わせて数ある革の種類から素材を選定

ミズノのグラブには、革製造のメーカーであるタンナーと協同開発したオリジナルの革が使われている。タンナーと独占契約を結び、コンセプトに合った革をつくり込んでいくのは、世界的にみても珍しい取り組み。そのおかげで、グラブの張りに影響する密度の濃さといった細かい要望を伝えるなど、革を加工する段階から関わることができる。現在、プロ野球選手のグラブのほとんどは北米産だが、捕手用のミットには日本産の革が使われている。この「捕手用ミットは国産革」という新しい常識をつくったのが、田中さんと阿部選手だった。

「日本の牛の革は、繊維の絡みが強く、密度が濃くて非常に耐久性に優れています。だからあれだけ強い球の衝撃を受けるポジションでも長く使うことができる」

これまでも一部で国産の革は使われていたが、材料のばらつきや量を確保するなど課題が多かった。それを、田中さんはタンナーと協力して一つひとつクリアしていった。質も数も満足できるものを用意できたことが阿部選手との契約につながり、国産革は捕手用ミットのベースとなった。

終わりのないグラブづくり

グラブは野球選手にとっての生命線であり、商売道具。それぞれ強いこだわりを持っていて、妥協することはない。そんな替えのきかないものづくりに携わり続ける田中さんにかかるプレッシャーは想像もつかない。

「理想通りのミットと言ってもらえたことも、ゲームで長く使ってもらえたこともありますが、つくる上での不安は消えないですね。同じものをイメージしてつくりますが、なかなかたどり着けない。むちゃくちゃプレッシャーを感じますし、いつも不安の中で自分と戦いながらつくっている感じです。」

それでも今後の目標を聞くと、「いい商品を提供し続けたい」という。

田中さんがグラブづくりと出会ったのは、22歳のとき。知人の紹介で入った会社で簡単な作業を手伝いながら、少しずつ基礎を学ぶうちにグラブづくりにのめり込んでいった。それ以来、どんなに評価されても慢心することはない。一人ひとりの要望に合った材料を選び、それぞれの特性を活かしてグラブをつくり上げていく。選手の要望を実現し、安心して使ってもらうためなら、今までにない材料でも手に入れ、どれだけ時間がかかっても何でもやってきた。
そんな妥協しない姿勢が、今日も選手の活躍をそっと支えている。

<取材協力>
ミズノ株式会社
https://www.mizuno.jp/

*お問合せ先
ミズノお客様相談センター 0120-320-799

文:眞茅江里


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業界は違えども「ものづくり」という同じ場所に立ち続けてきた二社がコラボレーションして、機能的で丈夫な野球のグラブ革を暮らしの道具に仕立てました。


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