はじめてのお中元

こんにちは。さんち編集部の西木戸弓佳です。
夏も本番。世間では「お中元」という言葉をあちこちで聞くようになりましたが、若い世代の方は特に、まだお中元を贈ったことがないという方も多いのではないでしょうか。
そもそもお中元は、普段お世話になってる方へ日頃の感謝を伝える贈りもの。伝統的な風習だからと敷居を高く捉えず、友だちに誕生日プレゼントを贈るよう、もっと身近に捉えてみませんか。初めてのお中元を贈るにあたり、いつ?誰に?どんなものを?などの疑問を、ギフトコンシェルジュの真野知子さんへお聞きしました。真野さんおすすめの贈りものと併せてご紹介します。


真野知子さん
ギフトコンシェルジュ、セレクターとして活動。手土産から記念品まで贈りものの多彩なシーンに合わせたギフトのセレクトを軸に女性誌などで連載、商品・売り場・フェアの企画プロデュース、各種選考委員など多方面で活動。


( 以下、真野さん )

この季節になると「お中元」の広告を見かけるようになります。
子どもの頃、実家に届くお中元を楽しみにしていた。なんて記憶ありませんか?
けれど、自分が大人になったいま、誰かにお中元を贈った経験がまだないという方も少なくないと聞きます。
自分が結婚しているか、していないか。子どもがいるか、そうでないか。
そういったことも、“ 贈る or 贈らない ”の選択肢に少くなからず影響はあると思いますが、ちょっとした心遣いの品物を贈ることで、誰かの暮らしに彩りがうまれます。
今年は贈ってみようと思う相手の顔が浮かんだなら、それがタイミング。
「お中元」というと、かしこまり過ぎてなんだか面倒…。そんなふうに感じてしまうのであれば、あまり堅苦しく考えずに季節のご挨拶と考えれば、もっと気軽に贈ることもできますよ。
夏の暑さの中、誰かからお中元が届く。それだけでちょっとココロが浮き立ちますよね。そして、その品物があるからこそのひとときがうまれます。家族で食卓を囲む時間、または一人でホッと一息つける時間、コレがあるなら「そうだ!あの方たちを招こう」。 そんなふうに日々の暮らしに夏の彩りを加え、日常に至福の時間すら贈ることができます。そういうことが“贈って嬉しい、もらって嬉しい”の素敵な連鎖の始まり。

——どんな方へ贈ったらいいのでしょうか

「お中元」といっても、あまりかしこまって考え過ぎず、「夏のご挨拶」として、1年の上半期にお世話になった方への感謝の気持ちを託すもの。
遠方にお住まいの方や、日頃は慌ただしく暮らしていて、なかなか会えないけれど、お元気にされているかどうか気になる方達、たとえば実家のご両親、ご兄弟、ご親類、恩師や友人など、大切なご縁で繋がっている方達に、ぜひ気持ちを形にして贈ってみてはいかがでしょうか。

——どんな物が喜ばれますか

お中元に贈る品物は、夏休みや帰省など子どもも大人も集まるタイミングがあるので、皆でテーブルを囲んで楽しめる食品、お菓子、飲み物が主流です。大人が喜ぶ定番が安心という人もいれば、毎年のことだから、たまにはちょっと冒険してヒネリを効かせた物を贈ってみたい。そんな方もいるはずです。その季節にしか味わえない旬の味や涼感のある物も風流ですし、そういった夏をのりきる暑気払いの物も、この季節ならではの贈りもの。
また、受け取り手にとって、いただきものには自分では買わない物との出会いがあり、そこから「新たな世界を知る」そういう喜びも一緒にいただくということがあります。
相手の家族構成や年齢、健康状態など分かる範囲の情報をうまく推し量って、一人暮らしの方には賞味期限の長いものを選ぶ、お子さんがいるご家庭には子どもも喜ぶ物を選ぶなど、ちょっとした配慮もあるとよりよい贈り方ができますよね。内容のバラエティが豊かだとより楽しんでいただけますし、思わず笑みがこぼれそうな物など夏の記憶に刻まれる一品との出会いを楽しみたいもの。ただし、季節のご挨拶なので相手にも負担にならいない程度の予算と品物を。

・お国自慢の味
・涼感のあるもの
 そうめん、アイスクリーム、ゼリーなど見た目にも涼し気なもの
・この時期にしか食べられない旬のくだもの
・暑気払い 鰻などせいのつくものや、ビール、ジュース、アイスコーヒーに紅茶&緑茶など冷たくして楽しめるドリンクなども。
・名店の夏季限定のものなど
・食べ物以外ですと、水うちわ、お香、ガラスの茶器や酒器など夏の暮らしに彩りがプラスされるものがおすすめです。

上記のラインナップにあげた分野(これだけに限りませんが)から、どこのメーカーの何を選ぶかということで、自分のオリジナリティや相手の暮らしや好みにあった物を選ぶこともポイント

——どう渡すのがいいでしょうか

遠方にお住まいの方や、近隣の方でも重量のあるものや冷凍物など温度にデリケートな物は配送で。
目上の方には熨斗があった方が失礼にならないことは確かですが、友人などへ夏の贈りものとして気軽に贈りたい場合は必ずつけなければいけないということでもありません。
いずれにしても、より気持ちが伝わるのはメッセージを添えることです。
贈りものにはさまざまな意味が込められています。
なぜ、その品物を選んだのかということも伝えること。
相手の好みだと思ったからなのか、自分が美味しいと感じたから食べて欲しいと思ったからなのか、などなど、はっきりその意味が分かるものもあれば、もっと漠然としたものもあります。
特別な意味を込めて贈ってくれていたのに受取手はその意味に気づかない、
なんていうこともめずらしくありません。そうならない為にメッセージカード、一筆箋などお手紙は添えた方がより気持ちが伝わるので、そういう手間は惜しまないこと。
夏の贈りもので考えるとすれば、夏らしい画が入っていたり(風鈴や、朝顔、花火などなど)季節ならではを感じられる物を選ぶようにすると風流ですよ。

ギフトコンシェルジュ真野さんおすすめの、はじめてのお中元

水うちわ ( 家田紙工株式会社 )

美濃の和紙でできたうちわにニス加工された透明感のあるうちわ。霧吹きでさっと水を吹き付けた後に仰ぐと、ぐっと涼しさが増します。

家田紙工の水うちわ
水うちわ( 小判金魚 ) / 7,560円 ( 税込 )

水引ワインバッグ ( 和工房 包結 )

お酒やジュースなど、こんなバッグで差し上げると、さらに素敵な贈り方ができますよ。

水引ワインバッグ
水引ワインバッグ / 5,940円( 税込 )

ディフューザー ( 薫玉堂 )

香りの記憶はいつまでも残るもの。蒸し暑い日本の夏も香で優雅に過ごしていただきたい方にどうぞ。

薫玉堂のディフューザー
ディフューザー / 5,400円

そうめんくらべ ( 中川政七商店 ) ※現在は販売終了しました

夏の定番といえば、素麺もそのひとつ。産地の違う5種類の素麺の食べ比べができるセット。
木箱に入った素敵な装いと、贈る相手によって選べる2タイプの容量があるのも嬉しいです。

中川政七商店そうめんくらべ
そうめんくらべ / 小:2,160円( 税込 )・大:5,400円(税込)

サマーセット( PALETAS )

暑い日に届く、ひんやりスイーツは嬉しさ倍増。人気メゾンのものならなおさらです。友人やファミリー層におすすめ。

パレタス・サマーギフト
サマーギフトセット / 3,410円( 税込 )

ラッサム ( スパイスカフェ )

夏はスパイスの効いた物がたべたくなりますよね。複雑なスパイスの香りで深い味わいのレトルトカレー。単価は安いので、いくつかセットにして贈ると一人暮らしでも、ファミリー層にも贈れます

スパイスカフェのラッサム(レトルトカレー)
ラッサム(レトルトカレー) / 540円 ( 税込 )

フレッシュゼリー ( サン・フルーツ )

果実そのものが器になっていることで果汁がたっぷりでみずみずしい味わい。子どもから大人まで楽しめます。

はじめての御中元・サンフルーツ
フレッシュゼリーAセット / 3,672円(税込)

贈りものには「答えはひとつではない」というところに、それぞれの想いを託せる許容の広さと、多彩さのある面白みがあります。
自分の気持ちをカジュアルにもフォーマルにも託せるもの。時には言葉以上に気持ちを物語ってくれる場合もあります。ビジネスの場においては潤滑油になってくれますし、プライベートな場では、自分や他の誰かのアンテナを送受信する機会であることも。相手がこうきたから、こちらはこう返そう!そんなふうに一種のゲームのように楽しむことだってできます。多彩なセレクションの中で、自分の気持ちにピタリと合う物を選ぶ楽しさ、相手を想う気持ちを託せる一品との出合い、それも贈る側の醍醐味です。そして贈られる側も、その気持ちに贈って答える。 “贈答”はさまざまなシーンにおいてコミュニケーションの潤滑油としての役目も果たしてくれます。
いまはFacebookやtwitterなどSNSで人と簡単に繋がれる世の中ですがどんなに時代が進んでも、なくなることのない人とのつながりのかたち、そのひとつがGift & giving(贈答)ではないかと考えています。

掲載商品
水うちわ ( 家田紙工株式会社 )
水引ワインバッグ ( 和工房 包結 )
ディフューザー ( 薫玉堂 )

サマーセット( PALETAS )

ラッサム ( スパイスカフェ )
フレッシュゼリー( サン・フルーツ )

文 : 真野知子、西木戸弓佳
写真協力
家田紙工株式会社
和工房 包結

PALETAS

スパイスカフェ
サン・フルーツ

1泊2日で楽しむ伊賀の旅

こんにちは。さんち編集部です。
6月の「さんち〜工芸と探訪〜」は三重県の伊賀特集。伊賀のあちこちへお邪魔しながら、たくさんの魅力を発見中です。
今日は伊賀特集のダイジェスト。さんち編集部おすすめの、1泊2日で伊賀を楽しむコースをご紹介します。


1泊2日の伊賀の旅

1日目:米粉の絶品ピザと伊賀の焼き物

iga piza(イガピザ) :伊賀産の材料を使ったモチモチの米粉ピザランチ
長谷園 :「一番美味しくお米が炊ける道具」と話題の土鍋を求め、伊賀焼の窯元へ
ギャラリーやまほん :いま見るべき陶芸が揃う場所
鹿の湯ホテル : 絶景の温泉で旅の疲れを癒やす

2日目:くみひもと文豪、そして伊賀の郷土料理

和菓子工房 まっちん : 日本の自然素材を活かした、体が喜ぶお菓子を求めて
松島組紐店( くみひもstudio 荒木 ) : 伊賀の伝統工芸、組ひも体験
元祖 伊賀肉 すき焼 金谷 : 100年の歴史を持つ老舗で伊賀牛を堪能
芭蕉翁記念館 : 17文字に込められたわびさびを感じに。
上野高校明治校舎 : 1世紀以上前のクラシック建築と大正の文豪
田楽座わかや : 伊賀の郷土料理、豆腐田楽に舌鼓み


1日目 : 米粉のピザと伊賀の焼き物

1泊2日の伊賀旅スタート。初日はできれば、お昼には伊賀に着いていたいです。それが土日ならなおさら。大自然の中でいただく美味しい米粉ピザからスタートです。

【 12:00 】iga piza( イガピザ )
伊賀産の材料を使ったモチモチの米粉ピザランチ

木工作家さんとボタン作家さんのご夫婦が営む「iga piza( イガピザ )」。週末と祝日だけオープンするピザ屋さんです。大自然の中にあるウッドハウスでいただく、伊賀の食材を使ったモチモチの米粉ピザは絶品です。

<旅のこぼれ話>ピザ屋さんのすぐ裏にある山にはツリーハウスやハンモックがあり、大自然を満喫することができます。ロープでしか登れないツリーハウスですが、登りきると宿泊の権利をいただけるかもしれません。( いただきました。ただし、日頃から運動をしていないと翌日に筋肉痛が襲ってきます。それでもツリーハウスの上から見る大自然の絶景は登る価値ありです)

ツリーハウスを制作した木工作家の山本さん
ツリーハウスを建てた木工作家の山本さん
イガピザのツリーハウス

iga pizaの情報はこちら

>>>関連記事 :「ツリーハウスにハンモック 大自然の中で作られるボタンと米粉ピザ」

【 14:00 】長谷園
「一番美味しくお米が炊ける道具」と話題の土鍋を求め、伊賀焼の窯元へ

伊賀に来て、伊賀焼の窯元は外せません。iga pizaから車で約15分。「一番美味しくお米が炊ける道具」と評された「かまどさん」の他、たくさんの機能的な土鍋を販売されている長谷園さん。商品を見ているとあれもこれも欲しくなってしまいますが、お買い物だけでなく観光地としても楽しむことができます。1832年に築窯された「登り窯」、伊賀焼の販売所である「主屋」、休憩スペースとなっている「大正館」などは、国の登録有形文化財。自然の中にある壮大な敷地を、ゆっくり散歩するのがおすすめです。見渡すと美しい山々が広がっていますし、耳を済ますとたくさんの鳥の声が聞こえます。ゆったりとした自然を感じながら、ぐるりと一周してみてください。

長谷園の情報はこちら

>>>関連記事 :「18億の負債を抱えた企業が、商品入荷待ちの人気メーカーになるまで」

【 16:00 】ギャラリーやまほん
いま見るべき陶芸が揃う場所

長谷園さんから車で5分足らず。陶芸好きなら、ここはマストです。
ショップ( 常設展 )とギャラリー( 企画展 )を備えた「ギャラリーやまほん」さんへ。じっくりと時間をかけて向き合いたい作品が並びます。ギャラリーで行われる企画展や商品のセレクトをするオーナーの山本忠臣さんのセンスに惚れ込み、日本全国、はたまた世界各国から足を運ぶコアなファンも多いようです。きっと、長く大事にしていきたい陶芸品と出会うことができます。

ギャラリーやまほんの情報はこちら

>>>関連記事 :「気ままな旅に、本 ( BACH 幅允孝 )」

財布の紐が緩むとはこのこと。魅力的な作品たちを前に、物欲は駆り立てられるばかりですが、一度冷静になって判断しなくては、という時には敷地内に併設された「cafe noka」がおすすめです。白を基調としたモダンな空間で、美味しいコーヒーや手づくりのケーキをいただきながら、ゆっくりと休憩をすることができます。

【 19:00 】鹿の湯ホテル
絶景の温泉で旅の疲れを癒やす

あっという間に夜。お宿は、伊賀市から少し離れた温泉街へ向かいます。市内から車で約1時間半、菰野町( こものちょう )にある「湯の山温泉」へ。
志賀直哉、松本清張、丹羽文雄などの作品の舞台として描かれたことでも知られる湯の山温泉。伊勢湾へ続く三滝川の渓谷に、約20軒ほどのホテル・旅館がひしめき合います。温泉街から少し離れたところにある奥田政行さんのイタリアンレストランや辻口博啓さんの洋菓子店が併設された宿泊温泉施設、「アクアイグニス」もおすすめですが、今日は温泉街「鹿の湯ホテル」へ。地元食材を使った美味しい料理と、鈴鹿山脈や伊勢湾を眺めながら入浴できる温泉で旅の疲れを癒やし、明日の旅に備えます。

鹿の湯ホテルの情報はこちら


2日目: 伊賀の伝統を体験する一日

【 10:00 】和菓子工房 まっちん
日本の自然素材を活かした、体が喜ぶお菓子を求めて

旅のおやつとお土産を求め、朝一番に訪れたのは「和菓子工房 まっちん」。和菓子職人の“まっちん”こと、町野仁英さんがはじめた和菓子店は、開店時間と同時に地元や他府県からお客さんが訪ねてくる人気店です。

和菓子工房 まっちんの情報はこちら

【 10:30 】松島組紐店( くみひもstudio 荒木 )
伊賀の伝統工芸、組ひも体験

メガヒット映画「君の名は。」で登場し、いま再び話題となっている「組紐( くみひも )」ですが、松島組紐店の工房ではくみひもづくりの体験をすることができます( 予約が必要です )職人さんのていねいな指導の元、畳に座って実践。はじめは難しいですが慣れてくるとどんどん編むリズムが楽しくなっていきます。簡単なブレスレットやキーホルダーなら1時間ほどで完成。手作りのくみひもは旅の思い出として持ち帰ることができます。

松島組紐店の情報はこちら

>>>関連記事 :「忍者の里で受け継がれる伊賀くみひも」

【 12:00 】元祖 伊賀肉 すき焼 金谷
100年の歴史を持つ老舗で伊賀牛を堪能

城下町らしい趣のあるお座敷で、伊賀牛のすき焼きに舌鼓み‥‥着物の中居さんが、完璧に仕上げてくださいます。お醤油とお砂糖だけのシンプルな味付けのすき焼き。その「出汁」となるものは、最高級の伊賀肉です‥‥なかなか県外へは出回らないという伊賀牛は、ここでしか味わえない伊賀の秘宝。ご堪能をおすすめします。

すき焼き 金谷の情報はこちら

>>>関連記事 :「気ままな旅に、本 ( BACH 幅允孝 )」

<旅のこぼれ話> 金谷から次に向かった上野公園まで道のりは、寄り道ポイントがたくさんありました。
車を停めて、次の目的地までしばらく散歩です。金谷の周辺は、江戸時代や明治時代から残る建物が並ぶ城下町。ゆっくりと散歩しながら向かいます。

老舗の薬局があったり
ちょっとした商店街があったり

モダンな建築に惹かれ伊賀の市庁舎に立ち寄ると、中は気持ちのいい空間が広がっていました。建築は坂倉準三によるもの。上野城、芭蕉翁記念館、俳聖殿、伊賀流忍者博物館などが集まる上野公園に向かうまでの道のりにありますので、道草してみてはいかがでしょうか。

伊賀市庁舎の二階

【 14:30 】芭蕉翁記念館
17文字に込められたわびさびを感じに。

伊賀で生まれた松尾芭蕉の作品に触れに、芭蕉翁記念館へ。松尾芭蕉の真蹟( しんせき )をはじめ、近世から現代に至る俳諧連歌に関する資料が保存されています。うかがった日は「芭蕉の生涯」という企画展が行われており、若い頃から亡くなる直前までの、芭蕉の作品を見ることができました。

芭蕉翁記念館

芭蕉翁記念館の情報はこちら

>>>関連記事 :「気ままな旅に、本 ( BACH 幅允孝 )」

伊賀上野城。白壁が美しい城郭を眺めながら、上野公園を散歩。約30メートルの高石垣は、日本有数の高さなのだそうです。この高い石垣を、忍者ならどうやって登るんだろうと想像してしまいます。

【 16:00 】上野高校明治校舎
1世紀以上前のクラシック建築と大正の文豪

見学の予約をしていた「横光利一資料館」へ。そこは、1世紀以上前に建てられた上野高校明治校舎の中にあります。入母屋( いりもや )の屋根のクラシックな校舎。上野高校の吹奏楽部の練習場所として使われているようで、ちょうど訪れた頃には管楽器の音が鳴り響いていました。校舎の風景と相まって、とてもノスタルジックな雰囲気です。

横光利一

【 17:30 】田楽座わかや : 伊賀の郷土料理、豆腐田楽に舌鼓み

伊賀旅の最後の晩餐は、伊賀の郷土料理である豆腐田楽をいただきます。豆腐田楽の専門店・田楽座わかやさんの創業は1829年(文政12年)。200年近く続く、老舗の人気店です。3年仕込みのオリジナルのお味噌が塗られ、炭火で1本ずつ焼き上げられる田楽。甘く香ばしい香りが店内を漂っていました。

田楽座わかや

田楽座わかやの情報はこちら

>>>関連記事 :「産地で晩酌 〜伊賀編〜 江戸時代から受け継がれる濃厚な豆腐田楽」

「忍びの国」と言われる伊賀。忍者のイメージが強くある方も多いと思いますが、焼き物、文豪、郷土料理、大自然とたくさんの魅力がありました。次の旅先には、伊賀を訪れてみてはいかがでしょうか。

さんち 伊賀ページはこちら

写真 : 菅井俊之・川内イオ
写真提供 : 鹿の湯ホテル

わたしの一皿 ひとつかみの緑のつぶ

すーっとする食材。梅雨のなんとなくぼんやりした気分がスカッと晴れるような。この刺激、毎年うれしいもんです。今月は「実山椒」の話。みんげい おくむらの奥村です。

みどりのつぶつぶ。料理に独特のさわやかさと奥行きを出すこの季節のたまらない食材です。手間がかかるけど、下ごしらえをして冷凍しておけば長持ち。6月は梅の仕事、そしてこの実山椒の仕事のタイミング。めんどうな下ごしらえに追われる同士のみなさん、出来たあとのことを思い浮かべて共にがんばりましょう。食べるだけのみなさん、この一粒、結構手間が掛かっているのですよ。感謝の気持ちで、どうぞ。

さてこのつぶつぶ、何に使うのかって?僕は煮付けるものに使います。醤油と砂糖のこってりしたものにこの実山椒を入れると、フワッと爽やかな香りが立ち、良いんです。鰯の梅煮が大好きだけどたまに梅を実山椒に変えてあげるとこれが‥‥。たまらんのです。佃煮や塩漬けにしておけばいつでもおにぎりに使えて、それもまたたまらんですね。

今日合わせるのは、夏に向かうこの時期からおいしい穴子。こってりとした濃いめの煮穴子に実山椒で清涼感を、というわけです。

実山椒の下ごしらえの話をしましたが、穴子というやつも実は下ごしらえが大切。表面がヌメヌメとしていて、これを丁寧に取り除かないと臭みが出る。皮目に熱湯をかけたら、包丁の刃を使って素早く、丁寧に。

煮穴子ですが、箸で持てないぐらいやわらかくとろっとろに煮るか、ある程度食感を残すか。これは料理する人に許された贅沢な選択。穴子丼にするならとろっとろも良い。今日はそのまま食べたいので、箸で穴子のぷりっとした身質を感じられるくらいに。

料理のイメージができたら、そろそろうつわ選びです。今日のうつわは磁器。日本の磁器の名産地である愛媛県の砥部焼(とべやき)。梅山窯の大皿です。うどん屋なんかでよくみる白地に青の染付けの丼。思い出しませんか。多くは砥部焼です。磁器なんですが、ぼってりと厚めで存在感がある。どこかのんびりしたうつわ。

白がベースなので、どんな料理にも合わせやすい。そして色んな産地の陶器とも組み合わせやすい。なかなか優等生なうつわだと思います。

料理をそろそろ仕上げましょう。穴子が好みの食感に近づいてきた頃、いよいよ実山椒をドバっと投入。えいやっ。ふわっと香気。ああ、ワクワクする。ぐらぐらと煮立つ煮汁を吸って、緑色がやや鈍い色に。

頃合いをみて、穴子を取り出し (身がくずれないように注意して) 、煮汁を煮詰める。いわゆる「ツメ」作り。実山椒を使わない普通の煮穴子であれば、ここで煮汁にバルサミコ酢を加えて煮詰めると、とたんにイタリアン煮穴子に変身。これまた美味しいのですよ。和の煮穴子なら定番のお伴はきゅうりだけど、伊の煮穴子ならばルッコラを用意して。

ツメはさらさらがとろとろになったら仕上がりです。穴子はそのままの大きさでも、食べやすい大きさに切ったものにでも、このツメをかけて出来上がり。冷めてなお優等生なのが煮穴子の素敵なところ。

今日は半身をそのまま盛りつけ。大皿に映えますね。ツメをたっぷりまとわせて、酒を飲むならちびちびと。ご飯に乗せるならおおぶりに。箸で切れます、ご自由にお好みの大きさでどうぞ。甘いタレにふっくら穴子、そして鼻をくすぐる山椒の香り。あっという間に食べちゃいます。最後にもう一つ。穴子をすっかり食べ終えたら、皿に残った山椒をひとつ箸でつまんで口元へ。噛めば再び初夏の幸せの香りがやってきます。夏がもうすぐやってくるな。

奥村 忍 おくむら しのぶ
世界中の民藝や手仕事の器やガラス、生活道具などのwebショップ
「みんげい おくむら」店主。月の2/3は産地へ出向き、作り手と向き合い、
選んだものを取り扱う。どこにでも行き、なんでも食べる。
お酒と音楽と本が大好物。

みんげい おくむら
http://www.mingei-okumura.com

文:奥村 忍
写真:山根 衣理

細萱久美が選ぶ、生活と工芸を知る本棚『日本料理と天皇』

こんにちは。中川政七商店バイヤーの細萱です。
生活と工芸にまつわる本を紹介する連載の3冊目です。今回は工芸ではなく、日本の生活や文化について学べる本を選びました。タイトルが若干仰々しいですが、天皇論を語るような学術書ではなく、宮廷文化が育んだ日本食文化を、美しい写真を眺めるだけでも楽しく知ることが出来るムック的な本です。著者の松本栄文さんは、この本を見るまで存じ上げませんでしたが、プロフィールは株式会社松本栄文堂・社長として、花冠「陽明庵」という隠れ家のような日本料理屋で腕を振るう料理人であり、作家でもあります。著書『SUKIYAKI』では料理本アカデミー賞と称されるグルマン世界料理本大賞2013「世界№1グランプリ」を受賞という、日本料理の世界でも権威ある方と知りました。

この「日本料理と天皇」を手にしたのは、一昨年の年末年始商品として、お餅を扱うことになったのがきっかけです。私は、お雑煮は正月しか食べる習慣がありませんが、単に正月の食べ物として当たり前に食べているだけでした。それも丸餅であったり、角餅であったり特にこだわらず。この本で、お餅や、その原料である御米(本に倣って御の字を使います)の本来の意味合いをようやく知りました。御米が日本人にとって大切な食べ物である意識はあっても、神と天皇との関わりまで深く考えたことがありません。本によれば、日本の総氏神とされる天照大御神様が、孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を地上に君臨させる際に稲を持たせ、御米は人々の命を支える食べ物となり、神々の子孫である大和朝廷の御上(天皇)は豊作を祈願する役割があります。それに対し、大御宝(国民)は信頼と尊敬を感じるという繋がりが自然と生まれます。

御米から作る、御餅は神々への捧げ物であり、霊力の塊のように考えられていました。そして太陽や宇宙を表す丸い形にするのが古来の考えです。「餅」と「丸」が重なることで、ハレの日にこれ以上ふさわしい食べ物はないということで、日本の御祝行事にはつきものとなりました。お正月に飾る鏡餅は、奈良時代に考案されましたが、お正月の神様である歳神様に捧げるお飾りです。丸い御餅に神様が宿り、鏡開きでその力を授けて頂くという意味合いがあります。それを知って、開発したお餅の商品は丸餅になりました。

「五穀豊穣」を祈願するお祭りや行事も多いことからも、御米あっての日本人と言えますが、日本料理の起源としても、神々に供える「神饌」(しんせん)があります。お正月のご馳走と言えば、お節料理ですが、これも神々へのお供えものを下げていただくのが本来です。お節料理の内容で、例えば数の子は子孫繁栄、黒豆には健康でまめに働いてほしい‥‥などそれぞれに意味合いがあることはなんとなく知ってはいるものの、習慣として食べている意識の方が強いです。お節料理は、奈良時代には行われていた宮廷行事の料理に由来し、現在もあまり変わらず受け継がれているのは驚きです。
季節の区切りを祝う五節句のお供えも同様に、神饌を下げて戴くことで、神々とつながり無病息災を願いました。意味合いを考えることは薄れつつも、伝承文化が途切れずに残っているのは改めてすごいことだと思います。紀元前660年御即位の初代神武天皇以来、天皇家は2600年以上続く、世界最古の王家だそう。その歴史があるからこその、今に続く伝承文化と言えます。

著者は日本料理人でもあるので、世界無形文化遺産に登録されたのが「和食」と題され、「日本料理」と題さなかったことを遺憾に思われています。確かに、「和食」の定義はもはや難しく、日本風の食事?という曖昧さはあると思います。その論議はさておき、私は仕事柄、歳時記にちなんだ商品や事柄に関わることが多く、その割に意味合いをきちんと理解していなかったことを改めて感じ、且つ分かりやすく勉強になる本と出合いました。日本料理が切り口ではありますが、伝承されている日本文化や美意識は世界に誇るものがあることを、豊富な写真と、なるほどと腑に落ちる解説で楽しめる大作本です。

 

<今回ご紹介した書籍>
『日本料理と天皇』
松本栄文/枻出版社

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。


文・写真:細萱久美

18億の負債を抱えた企業が、商品入荷待ちの人気メーカーになるまで

機能的な土鍋や調理具を開発されている伊賀焼の長谷園(ながたにえん)さん。

個人的にも愛用させてもらっていて、無くては困る台所の相棒です。

その鍋の優秀さについて語ろうとすると、いくつでも記事が書けそうですが、今日は長谷園さんの本社へお邪魔して、伊賀焼の歴史や特徴について伺いました。

長谷園の資料室
伊賀本店一帯は広い敷地の中に3棟の展示室・資料館・体験工房・展望台などが整備されている
長谷園の資料室
国の有形文化財に登録された建物も
長谷園
展示場のひとつ
長谷園の長谷康弘さん
案内をしてくださったのは、代表取締役の長谷康弘さん

日本で唯一、天然素材の陶土からできる伊賀の土鍋

プロの料理家の愛用者も多いという長谷園さんの土鍋。

これまで75万個を販売し、家電雑誌でも“一番おいしくご飯が炊ける道具”として評価された、炊飯土鍋の“かまどさん”をはじめ、蒸し器にもなる土鍋、煙を出さずに自家製燻製ができる“いぶしぎん”、IHでも使える土鍋など、様々な土鍋を開発されています。

長谷園のラボ
試作を作るラボのような場所。開発に約3年を費やす商品もあるのだそう

そんな長谷園さんの土鍋の強みは、原料の土にあります。伊賀の土は、耐熱性があること、蓄熱できることから、調理器具として優秀な働きをするのだそう。

実は昔、琵琶湖の底だった(!)伊賀市。古琵琶湖層と言われる地層から採れる伊賀の土の中には、400万年も前に生息していた有機物( 植物や生物 )がたくさんいます。

この土を高温で焼くと、中の有機物が焼けて発泡し、土の中が気孔だらけのような状態に。その土は、火を与えてもすぐには熱を通さず、一度蓄熱をしてから、ぐっと一気に食材に熱を伝えていくことで料理を美味しくしてくれるのです。

また、蓄熱性が高いので火から下ろした後でもなかなか冷めず、弱火でコトコト煮込んでいるのと同じ温度を保ちます。

その特徴ある土ですが、日本で取れる陶土で土鍋になるほどの耐火度を持つのはなんと伊賀の土のみ。長谷園さんは、その特徴を存分に活かした商品作りを続けられています。

土の特徴を活かしたさまざまな商品を販売

手作業で作られる土鍋

作る現場を案内していただいて驚いたことは、すべての土鍋作りに人の手が入っていること。毎日大量の数を作られている長谷園さんですが、成形した土鍋を削ったり、取っ手を付けたりする工程は人によって行われているそうです。

乾燥の具合、微妙なサイズ感の違いなど、ひとつひとつを人の目で判断しながら手作業で作られている土鍋。土鍋は重たいので力もいるだろうし、土や温度、乾燥など自然と対峙する仕事でもあるため神経も使うだろうなぁと、苦労して作られた土鍋に感謝したくなります。

長谷園の土鍋
素焼き前の土鍋。土の乾燥具合を見ながら、取っ手を取り付ける

作り手は真の使い手であれ

「作り手は真の使い手であれ」をモットーにされている長谷園さん。作られている商品も「こんな物が欲しかった」というものが多いですが、以前、そのサービスに感動したことがあります。

私、何年か前に、一番頻度高く使っていた長谷園さんの「ふっくらさん」という商品の蓋を、誤って割ってしまいました。( それはそれはショックで、しばらく放心したのを覚えています。 )

無くては困るのでお店に行って同じ商品を選び、お会計をしながら割ってしまった話をしたところ、パーツだけでも売ってくださるとのこと。

部品が欠けたら改めて書い直すものだと思い込んでいた私は、驚き、感動して長谷園さんが更に好きになりました。

その話を聞くと、これも使い手の声から生まれたサービスなのだそう。

土鍋が売れだした頃、「買ってもらった方は、本当に喜んで使ってもらっているのかな?」と、使い手にアンケートを実施。感謝の声が多い中、使っていないと答えた方が約1割いました。

そこに、部品が欠けてしまったから、という理由もあり、パーツ売りをすることに決めたそうです。

とは言っても、( ほとんどのメーカーがパーツ売りに踏み切らない要因でもありますが )パーツ販売は手間の割にコストが見合わないもの。反対の意見も多かったそうですが、最終的に踏み切ったのは、「自分がそうしてもらえたら、嬉しくないか?」という使い手目線での問い。「買ってもらうことじゃなくって、使い続けてもらうことが大事なので」と話されます。

負債18億、売上5億。

長谷園の創業は1832年( 天保3年 )。約200年の歴史を持つ老舗メーカーですが、経営が苦しい時期もあったそうです。

「僕が戻ってきた頃、会社の負債は18億円、売上は5億円。胃が痛くなるような数字でした」と当時を振り返られます。

「周りに甘えがちな環境では、ろくな人間にならない」と、高校から外へ放り出された康弘さんは、東京の高校・大学へ進学。百貨店へ就職して流通を学ばれた後、ご実家である長谷園さんへ戻られます。それが、およそ20年前。会社がどん底の頃だったそうです。

それまでは壁などに貼るタイルが主力の事業だった長谷園さん。伊賀焼のタイルは、他にはない大胆な表現が可能で人気が高かったものの、震災をきっかけに重量のある土タイルは避けられるようになってしまったのだそう。出荷待ちの商品もキャンセルが続き、多くの銀行が離れていきました。地元では、「長谷は終わった」という声もあったそうです。

長谷園の資料館
タイル事業で作られていた壁画の一部

人が来てくれる場所に

「お金は無かったですが、戻ってきてここの良さが分かりました。このロケーションは大きな財産。人に来てもらえるような場所に、きっとなるだろうと思いました」と康弘さんがおっしゃるとおり、今では、毎年5月に行われる「長谷園窯出し市」には3万もの人が訪れる長谷園さん。( 武道館の1万人ライブがニュースでよく話題になりますが、この電車もバスも通っていない場所に、焼き物を求めてそれだけの人が集まるのはすごいです )

1832年に築窯された登り窯の保存、これまでの歴史をアーカイブした資料館、観光に来た人が休める喫茶など、それまではメーカーの工場だった場所を、人が来て楽しめる観光の場に変えていきました。

地方創生を政府が掲げて以来耳にするようになった、土地の産業を観光とする「産業観光」は今ようやく注目を集め出していますが、約20年前から始められていたとは。その先見の明に驚かされます。

長谷園の薪窯
年に1度の窯開きの時に使われる薪の窯
長谷園の休憩室
休憩室として使える部屋。大正時代の趣のある建築
資料館では、これまでの歴史を学ぶことができる
創業の頃からの貴重な資料が数多く展示

窯開きイベント、ワークショップの開催、若手作家さんの作品展示など、さまざまな取組みによって、人を集める長谷園さんの作り場。そこで焼き物に惚れ込み、伊賀へ移住してくる若い方たちもいるそうです。

また、料理本やライフスタイル本、カンブリア宮殿などのTV番組でも、そのものづくりが注目されています。

ものづくりによって活性化する地域、伊賀。ぜひその活気を感じに足を運んでみてください。

長谷園七代目当主の長谷優磁さん
七代目当主の長谷優磁さん。商品開発の要となり、新たな商品を生み出している方です

長谷園 伊賀本店
http://www.igamono.co.jp/
三重県伊賀市丸柱569
0595-44-1511
営業時間 : 9:00〜17:00
休業日 : お盆・年末年始

長谷園 東京店イガモノ
東京都渋谷区恵比寿1-22-27 map
03-3440-7071
営業時間 : 11:00〜20:00
休業日 : 火曜日( お盆・年末年始は休業 )

文: 西木戸弓佳
写真: 菅井俊之



<掲載商品>

【WEB限定】長谷園 かまどさん 黒釉 三合炊き

デザインのゼロ地点 第5回:魔法瓶

こんにちは。THEの米津雄介と申します。
THE(ザ)は漆のお椀から電動自転車まで、あらゆる分野の商品をそのジャンルの専業メーカーと共同開発するものづくりの会社です。例えば、THE JEANSといえば多くの人がLevi’s 501を連想するような、「これこそは」と呼べる世の中のスタンダード。
THE〇〇=これぞ〇〇、といったそのジャンルのど真ん中に位置する製品を探求しています。

連載企画「デザインのゼロ地点」も5回目となりました。
今回のお題は「魔法瓶」。

魔法瓶、字面で見るとなんとも不思議な名前ですね。製品としては皆さんよくご存知だと思いますが、これって本当に世紀の大発明だと思います。
最新のものだと95℃で淹れた液体が24時間経っても60℃以上を保っているという高性能。
構造としては(言葉にするだけなら)至って簡単で、二重構造のボトルの内壁と外壁の間にある空間が真空状態になっているというもの。この真空の壁が外気との温度差を遮断し保温性や保冷性を高めています。
エネルギーを一切使わずに大きな便益をもたらしてくれるシンプルで効率的な道具ってなかなかお目にかかれないと思います。

そもそもどんな背景で生まれたのでしょうか。
基本的な構造が生まれたのは1880年代、ドイツの物理学者であるA.F.ヴァインホルト氏が、多重の壁間の内部を真空にするという容器の原理を発明しました。その約10年後、1892年にイギリスの科学者ジェームス・デュワー氏が、大小のフラスコが二重になった形状の真空のガラス容器を考案。これが現在の魔法瓶の原型だと言われています。現在でも形状は違えど「デュワー瓶」と呼ばれ、理科学用品の1ジャンルになっています。

理科学用品としてのデュワー瓶。出典:www.monotaro.com

そして1904年にはドイツ人のラインフォルト・ブルガー氏がデュワー瓶を金属ケースで覆った家庭用品の開発を始めます。世界で初めて魔法瓶を量産した会社の誕生です。公募で決まった社名はギリシャ語で「熱」の意味を持つ「テルモス」。世紀の大発明は瞬く間に世界中に広がり、開発から3年後にはアメリカ・イギリス・カナダなど数カ国に現地法人を置くほど成長しました。「テルモス」は世界中で魔法瓶の代名詞となっていきます。

1907年のラインフォルト・ブルガー氏による特許図面

余談ですが、登山小説などで魔法瓶のことをテルモスと呼ぶシーンをよく見かけます。「テルモスのお茶が凍えた身体を暖め‥‥」みたいな文章がなんだかかっこよくて、響きだけ聞いても良い道具感が溢れている気がします。

実際に発売当時も登山家や冒険家に重宝されていたようで、1909年のテルモス社の新聞広告には、北極や南極の探検隊や、あの人類初飛行を遂げたライト兄弟などが利用者として掲載されていたそうです。

魔法瓶というと僕はどうしても昭和の花柄の卓上ポットを思い浮かべてしまうのですが、新聞広告の例から想像すると発売当初から携帯用ボトルとしての需要を主軸に置いていたのではないでしょうか。

そしてこの新聞広告の頃、日本にも魔法瓶が輸入されはじめます。輸入当初、日本では「驚くべき発明なる寒暖瓶」というコピーでテルモス社から宣伝されていました。

1908年のテルモス社の日本広告。出典:www.thermos.jp

そして数年後の1912年にはとうとう日本で魔法瓶の製造が始まります。日本で初めて開発に着手したのは八木亭二郎さんという電球の専門家。日本第1号の魔法瓶は、白熱電球を生産するための真空技術を転用して開発されました。
当時、ガラス製品や電球の生産の中心だった大阪で広まり、ここから多くの魔法瓶メーカーが生まれます。大手企業の象印やタイガーもその1つです。

第一次世界大戦(1914年~)が勃発したことも影響して、日本製魔法瓶は爆発的に海外に普及します。輸出に向けて世界的に分かりやすいブランド名にしようということで象や虎といった動物モチーフが選ばれたようです。(ちなみにタイガー魔法瓶も元々は「虎印」だったそう!)

さらに、第1回 醤油差し編でも話に挙がった自動製瓶機の登場により、それまでガラス職人が手吹きで作っていた魔法瓶の製造状況は大きく変わっていきます。より低コストで安定した品質が確保されるようになり、卓上ポットとして大正~昭和の家庭に定着していきました。

しかし、製品デザインが抜本的に変わっていくのはこのだいぶ後、1978年のこと。ガラス製からステンレス製への材質の転換です。
自分で書きながらもあまり違和感がなかったのですが、魔法瓶と呼ばれていたのですから中身は「瓶」です。落とすと割れてしまうという大きなデメリットがありました。

それをガラッと変えてしまったのが、「高真空ステンレス製魔法びん」でした。

実はあまり知られていませんが、このステンレス製魔法びんを世界で最初に開発したのは日本のメーカーで、日本酸素(現・大陽日酸)という会社でした。
酸素・窒素・アルゴンガスなどを扱う工業用ガスメーカーの大手です。なぜガスメーカーが家庭用品を?と思うかもしれませんが、理由を知ると納得できます。窒素やアルゴンなどの工業用ガスは、大量に運搬するために-200℃近くまで冷やして液化させるそうです。超低温で液化させることによって容積効率を上げて運搬されるのです。そしてその超低温の液体を運ぶタンクローリーは、炎天下でも外気の影響を受けにくくするために二重構造になっているんだそうです。

一般社団法人 日本アスファルト協会より。こちらは逆に、溶かしたアスファルト(約175℃)を運ぶタンクローリー。
出典:http://www.askyo.jp/knowledge/02-2.html

このタンクローリーの構造を小さくしたものが日本酸素の開発した「高真空ステンレス製魔法びん」だったのです。

二重構造をそのままステンレス製に転換し、外びんと内びんとの間は1000万分の1気圧以下という高真空状態。この真空状態は宇宙空間と同じで、何もないために対流による放熱を防ぐことが出来、 また内側を鏡のように仕上げることで、輻射による熱の逃げも反射で中に戻してしまいます。この真空の「壁」が、持ち運ぶ水筒としての機能を大きく向上させ、「頑丈で、小さくて、軽い」という良い事尽くしの転換を迎えたのです。

そして驚くべきことに、日本酸素はこの技術力と資金力を背景に、当時世界最大のガラス製魔法瓶メーカーだった冒頭の「テルモス」を買収します。
ドイツ語読みの「テルモス」=英語読みは「サーモス」 (THERMOS) 、こうして生まれたのが現在のサーモス株式会社。今もこのジャンルのトップメーカーです。

THERMOSの高真空ステンレスボトル
こちらは2015年8月発売の新製品。僕は一つ古いタイプを長らく使っていますが、どちらも片手で開閉ができることと圧倒的な軽さが魅力です。写真の製品の方がデザインが整理されています。
出典:www.shopthermos.jp

水筒や携帯用ボトルというジャンルにとってのデザインのゼロ地点を考えた時、軽さというのは容器としての基本機能に次ぐ素晴らしい条件設定だと思います。
日本発の世界的発明品であるストーリーや、保温・保冷性、堅牢性はもちろん素晴らしいのですが、僕がサーモスを推したいのは徹底的に軽さにフォーカスしていること。

彼らの軽さへの探求は凄まじく、1999年に0.5mmだったボトルのステンレス鋼板が、最新の製品ではなんと0.08mm。もちろんそれに伴って同容量モデルで半分以下の重量になっています。普通に過ごしていてもなかなか気付きにくいですが、着実に進化する姿にいつも感心してしまいます。

そんなサーモスに対抗して、大阪のアウトドアメーカー「mont-bell」が新しく発売したアルパインサーモボトルも素晴らしいです。名前からして完全に登山用ですが、スペックはサーモスと同等で価格は大幅に下回っています。専業メーカーではないにもかかわらず製品力で並んでいること自体、すごいことだと思います。

mont-bell アルパインサーモボトル。モンベルは他のジャンルでも専業メーカーに匹敵する製品を開発していて、どこで作っているのかいつも気になります。出典:webshop.montbell.jp

世の中に長く愛され、長く売れていくモノは、必ずと言って良いほど機構設計と外観のスタイリングが密接に絡まってデザインされています。

フタと中栓の嵌合、ヒンジやパッキン、開閉ボタン、注ぎ口、空気穴の形など、形状と機能がはっきりと結びつくパーツのデザインはもちろんですが、ポリプロピレンやシリコンなどのプラスチックの選定にも必ず意図があり、それぞれの材質特性に合わせた表面仕上げや色の選定、塗装であれば塗膜の厚みや質感のコントロールなどもデザインの力の本領が発揮されるところです。そしてそのデザインと製造方法やそれに伴うコストが密接に絡み合ったところがデザインのゼロ地点であるべきなのだと思います。

そんなことを考えながら、街や山や海でボトルを使うとき、THEとして製品開発をしたらどんなモノになるだろうか、とアイデア創出をするのも楽しい時間です。

デザインのゼロ地点・魔法瓶編、如何でしたでしょうか?
形状・歴史・素材・機能・価格をそれぞれに考えながら、次回も身近な製品を取り上げたいと思います。

 

それではまた来月、よろしくお願い致します。

米津雄介
プロダクトマネージャー / 経営者
THE株式会社 代表取締役
http://the-web.co.jp
大学卒業後、プラス株式会社にて文房具の商品開発とマーケティングに従事。
2012年にプロダクトマネージャーとしてTHEに参画し、全国のメーカーを回りながら、商品開発・流通施策・生産管理・品質管理などプロダクトマネジメント全般と事業計画を担当。
2015年3月に代表取締役社長に就任。共著に「デザインの誤解」(祥伝社)。

文:米津雄介