滋賀の水が生んだ文化とふたつのお酒

大阪のクリエイティブ集団「graf」はデザインをし、家具をつくり、おいしいごはんと素敵なものを届けるちょっと変わった会社です。その代表を務める服部滋樹(はっとりしげき)さんは、ソーシャルデザインの視点から滋賀の魅力を見出すプロジェクト「MUSUBU SHIGA」のブランディングディレクターを務めていました。そんな服部さんに、プロジェクトを通じて調査(リサーチ)・再発見した滋賀のあたらしい価値、魅力を教えてもらいました。

滋賀の水が生んだものづくり

MUSUBU SHIGAプロジェクトの取材で石川亮さんとふたり、滋賀の水源となる湧き水スポットをめぐった服部さん。石川亮さんは、2010年頃より近江の地域伝承や地名など、様々な要因で名付けられた湧水を収集し作品制作したことがきっかけとなり、滋賀県の湧水を調べ、その背景やルーツを探究しているアートディレクター・美術家。その石川さんの案内でめぐった滋賀の水源から、どのようなものづくりが見えてきたのでしょうか。

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個性ある120ヶ所の湧き水

地理的にも精神的にも琵琶湖を中心とした滋賀県にとって、水は切っても切り離せない大きな存在。水のおかげで暮らしがある。水と関係する仕事が多いのも、滋賀県の特徴ではないかと服部さんは語ります。

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滋賀県にある湧き水スポットは約120ヶ所。それぞれに水の個性があり、個性によって活躍の場所が違います。農業に適した水や、水産業に向いている水など、良質の水をそれぞれに適した仕事に活かしている。そのなかで、人の営みと生活が成立していることが滋賀県の魅力のひとつだと感じたそうです。

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琵琶湖の中心に浮かぶ暮らし

服部さんが、滋賀県の暮らしの根幹となる文化があるのではないかと向かった先は、琵琶湖の中心に浮かぶ小さな島、沖島(おきしま)。沖島は、日本で唯一の淡水の湖で人が住む島です。

近江八幡市の堀切港から小さな船で10分弱。目的地の沖島には生活の糧となる小さな畑が多く存在。また、港が島の人々の憩いの場になり、夜中には漁船が出て、四季折々の魚を漁獲しています。その中には最高級の湖魚、ビワマスも。ひとつの湖に多くの生態系が存在し、1年のサイクルで生活と仕事が循環していることを感じたそうです。

水の恵みからお米、お酒へ

一方、琵琶湖を囲む陸地と山には農業エリアも多い。滋賀県と関わるようになり、本当においしいお米も毎年いただけるようになったとうれしそうな服部さん。琵琶湖の西と東で違うお米の味を楽しめるのも、滋賀の水の魅力です。水の恵みからお米ができ、そしてお酒へ。お米と水を原料とする日本酒ですが、滋賀のお酒は特に歴史が古いものが多いそうです。

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その中のひとつ、冨田酒造さんも460年の歴史があり、現在杜氏を務めるのは15代目の冨田泰伸さん。冨田酒造のお酒は伝統を引き継ぐ名酒として日本酒好きの間では知られていますが、同時に今の生活スタイルに合ったお酒を考案しています。伝統を大切にしながらも一方で時代に合わせるという考え方も持っていることで営みがサイクルとして回っている、素晴らしいものづくりのあり方だと語ってくれました。思想が揺るがずに技術を更新する、その土地に根付いているからこそ行える伝統の受け継ぎ方が、そこにはあります。

雨の中、出番を待つ冨田酒造の杉玉
雨の中、出番を待つ冨田酒造の杉玉

水の恵みを求めてやってきたラム酒

歴史が古いものが多い滋賀のお酒ですが、その一方で新しく参入してくるお酒もあります。なんとラム酒を滋賀県でつくっているのです。日本で製造していること自体がめずらしいラム酒。滋賀の水の恵みを一身に受けたナインリーヴズさんのラム酒から研ぎすまされたものづくりの精神を感じたという服部さんに、そこから見える滋賀の文化について聞きました。

ナインリーヴズののラム酒
ナインリーヴズのラム酒
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良い水を求めて滋賀へやってきたナインリーヴズさんと出会い、服部さんの頭の中には、遊牧民がそうであったように、人は営みに適した土地へ移動するというシンプルな事実が浮かんだそうです。人が土地に興味を持つ理由はさまざまですが、滋賀県には神秘的な光景や安定した土壌、そして水。人びとを魅了する土地の力が脈々と流れていました。

素材があり、人がいるから生まれるもの

冨田酒造の冨田さんいわく「出どころは狭く、出先は広く」。そのことばにあるように、この土地に素材があったからこそ人が出入りしただろうし、長く素材とともに生きた人たちは出入りする人から新しい感覚を得てきたのではないでしょうか。裏を返せば、閉鎖的な状態だと現在の滋賀の魅力、文化は生まれなかったとも言えます。同じ水の源から生まれた伝統と革新の味、それぞれ味わってみてはいかがでしょうか。

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服部滋樹(graf
1970年生まれ、大阪府出身。graf代表、クリエイティブディレクター、デザイナー。美大で彫刻を学んだ後、インテリアショップ、デザイン会社勤務を経て、1998年にインテリアショップで出会った友人たちとgrafを立ち上げる。建築、インテリアなどに関わるデザインや、ブランディングディレクションなどを手掛け、近年では地域再生などの社会活動にもその能力を発揮している。京都造形芸術大学芸術学部情報デザイン学科教授。

冨田酒造
琵琶湖の最北端、賤ヶ岳山麓の北国街道沿いで460余年の歴史を刻む酒蔵。銘柄は賤ヶ岳の合戦で武功を立て秀吉を天下人へと導いた加藤清正ら勇猛な七人の若
武者「賤ヶ岳の七本槍」にちなむ。地酒の「地」の部分に重きを置く事をコンセプトとし、地元の農家と提携し滋賀の米・水・環境で醸す本当の意味での地酒造りに専念する。伝統的な日本酒製法を大切にしつつ、スパークリング日本酒や日本酒のシェリー樽熟成など新しい取組もかかさない。ボトルに湖北の魅力を詰め込み、国内はもとより海外へも積極的に発信している。

ナインリーヴズ
2013年にスタートした、まったくあたらしい国産ラム酒のマイクロディスティラリー。自動車部品製造で培った日本ならではの“ものづくり”の心をもって、隠しごとなく、正直にラムを造っている。国産ラム酒として最も多く海外のコンテストで入賞し美味しいと評価を得ている。ラムフェスト・パリ 2014にてイノベーション部門銀賞、第三回 マドリッドインターナショナルラムコンテスト 2014にて熟成期間5年以下の部 銅賞、第四回 ジャーマンラムフェスティバル・ベルリン 2014にて新人賞、マイアミ・ラム・ルネサンス・フェスティバル 2015にてプレミアムホワイトラム部門金賞を受賞。

MUSUBU SHIGA
2014年、滋賀県の魅力をより県外へ、世界へと発信し、ブランド力を高めていく為に発足された(2017年に終了)。ブランディングディレクターには、graf代表・デザイナーの服部滋樹が就任。くらしている人々が”これまで”培ってきた魅力を分野やフィールドを超えた国内外の新たな視点をもったデザイナーやアーティストとともに調査(リサーチ)・再発見し、出会ってきたモノを繋ぎ合わせて実践しながら、あたらしい滋賀県の価値をデザインし、そして滋賀の”これから”を考えている。

文・写真:井上麻那巳
風景写真:服部滋樹
イラスト:今 美月(滋賀県立栗東高校美術科ビジュアルデザイン専攻)

*こちらは、2017年2月22日の記事を再編集して公開しました

敏感肌でも安心。香りを身に付ける陶器のブローチ

「香水は付けてみたいけど、肌が弱くて付けられない」
友人から、そんな悩みを聞いたことがあります。

香りを楽しみたいけど、肌が敏感。そんなもどかしさを感じている人は、意外と多いのかもしれません。

そんなときに嬉しいのがこの、香りを身につけられるブローチです。

有田焼 ブローチ 香水 porous
ファッションのポイントとしても映えるデザインです

有田焼の素材を活用した香るブローチ「porous」

「porous(ポーラス)」の素材は有田焼の成分の1つで、吸水性と保湿性が高さが特徴。

香水やアロマオイルをこのブローチに直接染み込ませるだけで、肌に付けずに好きな香りを身にまとうことができます。

有田 hibi 陶器ブローチの素材 多孔質セラミック
香水だけでなく、アロマオイルも使えるところが嬉しい

「porous」は、有田焼の商社であるヤマト陶磁器さんの「hibi(ヒビ)」ブランドの商品。

「焼きものをファッションの分野へ」と考えた、ブランドディレクター山口武之さんとアートディレクター藤榮央さんによって生まれました。

実は、この素材は有田焼を作る過程で必ず出る「珪(けい)」という成分。もともと使い道のなかった「珪」に改良を加え、「多孔質セラミック」という、吸水・保湿に優れた素材が誕生しました。

有田 hibi 陶器ブローチの素材 多孔質セラミック

コロンとかわいらしい6種類の形と、優しい色あいの6色をかけ合わせた、計36種類のバリエーションがあるこのブローチ。

どれにするか迷います‥‥いくつか買って、その日の気分に合わせて香りを変えるのも楽しいですね。

有田 hibi 陶器ブローチの素材 多孔質セラミック

また、香りのたしなみは、TPOを選んでこそ。

例えば、ちょっと贅沢な和食屋さんに行くときなどは、お出汁や素材の風味を邪魔しないよう、あえて香りを控える気遣いも大切。そんな食事の予定がある日などは、お食事中だけ「香るブローチ」を外しておけば、お料理の邪魔になることもありません。

また逆に、仕事の後だけ香りを付けて楽しむという使い方もできますね。

毎日身に着けていたくなるようなシンプルなデザイン。誰かにプレゼントしても喜ばれそうです。

工芸から生まれたこんな画期的なアイテムで、香りを楽しんでみてはいかがでしょうか?

文:山越栞
写真:藤本幸一郎・hibi提供

有田焼の今に出会える「in blue 暁」「陶悦窯」へ。bowl店長・高塚裕子さんと行く有田旅2日目

誰かと会う約束のある旅は、それだけでほくほくと嬉しく、楽しさが増すように感じます。

その日約束していたのは焼き物の町、有田に今年4月にオープンした日用品店「bowl (ボウル) 」の店長、高塚裕子さん。

高塚さん。開店を1か月後に控える忙しい合間を縫って、インタビューに応じてくださった
高塚さん。開店を1か月後に控える忙しい合間を縫って、インタビューに応じてくださった

前日は、お店のインタビュー中に出た「高級より贅沢が、有田らしさ」をキーワードに、その足で高塚さんが愛する有田おすすめの場所を案内していただきました。

高塚さんと有田を巡った前日の様子はこちら
bowlの取材記事はこちら:世界で有田にしかない。仕掛け人に聞く「贅沢な日用品店」bowlができるまで

取材最終日の今日は、最後にお昼をご一緒する約束をしていたのですが‥‥

腹ごしらえから始まる2日目

向かったのはbowlの近所にある「めしや あり菜」。

あり菜

高塚さんも仕事の合間によく食べに来るという辛口ちゃんぽんを頼みました。

あり菜の辛口ちゃんぽん

からい、うまい、とつるつる麺をすすっていると、高塚さんから願ってもない提案が。

「この後もう少し、時間あります?よければご一緒したいところがあるんです」

午前中で全ての取材予定を終え、東京に戻る飛行機まであと数時間あります。

「ぜひお願いします」と答えると早速、「昨日井上酒店さんでお会いしたのですが‥‥」と、高塚さんがどこかへ電話をかけ始めました。

自然の中で器に出会えるギャラリー。in blue 暁

車で小高い丘をのぼって、とあるギャラリーに到着。

in blue 暁

ギャラリーの名は「in blue 暁(インブルー あかつき)」。昨日、偶然にも高塚さんと巡った「井上酒店」さんにお客さんとして来ていた、陶芸家の百田暁生 (ももた あきお) さんの工房兼ギャラリーショップです。

たっぷりと光の差し込む空間に、作品が映えます
たっぷりと光の差し込む空間に、作品が映えます

周りを山に囲まれ、有田の自然をそばに感じられるゆったりとした空間。体から余分な力みがするすると抜けていくのを感じます。買い付けに来た美術商の方もふらっと立ち寄られた観光のお客さんも、ゆっくりくつろいで帰って行かれるそうです。

「例えば個展をやると、百貨店など室内の照明で器を見ていただくことが多いので、自然光の中で作品を見せられる場所を作りたいとずっと思っていました」

工房でありながら、来る人に喜んでもらえる空間が作りたかった、と百田さん
工房でありながら、来る人に喜んでもらえる空間が作りたかった、と百田さん

20年以上前から構想を温めていたという百田さん理想の空間は、高塚さんもbowlのお店づくりの参考にしたそうです。

百田さんと談笑しながら、ゆっくりと器を見ることができます
百田さんと談笑しながら、ゆっくりと器を見ることができます

自然光のもとできりりと映える百田さんの器のことは、また別の記事でご紹介するのでどうぞお楽しみに。

見せていただいた奥の工房も自然光たっぷり。気持ち良く作陶に集中できるそうです
見せていただいた奥の工房も自然光たっぷり。気持ち良く作陶に集中できるそうです

実は百田さん、昨年さんちで取材した株式会社百田陶園代表の百田憲由さんの弟さんでした。
昨年百田さんのお兄さんにインタビューした記事はこちら:再興のキーは「先人の教えからゼロへの転換」 有田焼30年史に学ぶ

常にムダなく、いいものを。陶悦窯

次はわたしがbowlで見かけて一目惚れした器の製造元、陶悦窯 (とうえつがま) さんへ。

bowl取材中に一目惚れした、陶悦窯さんの蓋つきの器
bowl取材中に一目惚れした、陶悦窯さんの蓋つきの器

昨日晩御飯を食べたお店で、社長の今村堅一さんに偶然お会いしていました。高塚さんとは同じ有田の窯業学校の同窓生だそうです。

高塚さんはこの窯業学校時代に、質・量・価格ともにお客さんを裏切らないための作り手の「企業努力」を知り、衝撃を受けたといいます。

そんな「ムダなく、いいものを作る」有田らしいものづくりをされている窯元の一つが、陶悦窯さんとのこと。

お店のような素敵な玄関です
お店のような素敵な玄関です
ガラス戸に「陶悦窯」の文字

「工場見学って楽しいですよね。私も大好き」と奥さんの今村美穂さんが中を案内くださいました。

土を器の形にしていく成形から、窯入れ、釉薬掛け、絵付けと、器づくりのすべての工程がうまく循環するよう作業場や道具が配備されている
土を器の形にしていく成形から、窯入れ、釉薬掛け、絵付けと、器づくりのすべての工程がうまく循環するよう作業場や道具が配備されている
見学中に見かけた道具
見学中に見かけた道具
これは器の見本。半分だけなのは厚みを見るためだそう
これは器の見本。半分だけなのは厚みを見るためだそう
黙々と手が進む
黙々と手が進む
窯入れ前の器を並べた棚。テトリスのようにムダなく組み上げてある
窯入れ前の器を並べた棚。テトリスのようにムダなく組み上げてある

「器って焼くと小さく縮むんですね。だから、例えば蓋付きの器なら、焼いた時の蓋と本体の収縮の具合が揃わないとうまくかみ合わないんです。

作るのに手間がかかるものなのに、安定して数を作って、価格も手ごろ。そこに至るまでに、どれほどの工夫が積み重ねられているんだろうと思うと、品物を扱うものとして背筋が伸びます」

陶悦窯の今村さんご夫妻
陶悦窯の今村さんご夫妻

もうそろそろ出発の時間です。

ちょっと車で行った丘の上に、素敵なギャラリー。その作家さんが通う酒屋さんは、全国の飲食店が信頼を寄せる目利きのプロ。そのご主人を師と仰ぐ近くの日用品店には、日々この町で当たり前のように行われるものづくりの精神が受け継がれています。

「高級ではなく『贅沢』が有田らしさ」。始まりに高塚さんが言った言葉が思い出されました。

「有田のほんとうの面白さは、ちょっと通りがかるだけだと気付きづらいかもしれません。それがまた日本らしくて興味深い土地で、私はそんな魅力に夢中です」

にっこり笑う高塚さんに手を振って、この2日間で味わった贅沢さをかみしめていました。

<取材協力>*登場順
bowl
佐賀県西松浦郡有田町本町丙1054
0955-25-9170
https://aritasu.jp/

めしや あり菜
佐賀県西松浦郡有田町大野
0955-43-2208

in blue 暁
佐賀県西松浦郡有田町黒牟田丙3499-6
0955-42-3987
http://inblue-akatsuki.com

陶悦窯
http://touetsugama.com

文:尾島可奈子
写真:菅井俊之、藤本幸一郎

bowl店長・高塚裕子さんと行く有田。1日目はプロが頼る「井上酒店」、窯元御用達「むく庵」へ

さんち旅は突然に。

「工芸産地を地元の友人に案内してもらう旅」をさんち旅といいます。昨年の春には編集長が、富山でその魅力を存分に堪能していました。

編集長の記事はこちら:編集長・中川淳がさんち旅を薦める4つの理由。富山をCHILLING STYLE・大澤寛さんと旅して改めて感じたこと

この春わたしのさんち旅が突然に始まったのは、日本磁器発祥の地、有田でのこと。

その日訪ねたのは1か月後にオープンを控えた「bowl (ボウル) 」というお店でした。有田の器も扱いながら全国から目利きした生活道具を揃える日用品店として、4月のオープンを目指して準備を進めている真っ最中です。

bowl
地元の人がちょっとした贈りものを買いに立ち寄ってくれるようなお店にしたい、と全国から厳選した生活道具が並びます
地元の人がちょっとした贈りものを買いに立ち寄ってくれるようなお店にしたい、と全国から厳選した生活道具が並びます
こんな遊び心のあるディスプレイも
こんな遊び心のあるディスプレイも

オープンの経緯やコンセプトを店長の高塚裕子さんに伺ううちに、インタビューは「有田らしさとは?」という話題に。

店長の高塚裕子さん。大分出身。有田の窯業学校を卒業後、結婚を機に波佐見焼で有名なお隣の波佐見町に暮らす。同町で人気セレクトショップ「HANAわくすい」を一から作り上げた手腕を見込まれ、今度のお店づくりを任される
店長の高塚裕子さん。大分出身。有田の窯業学校を卒業後、結婚を機に波佐見焼で有名なお隣の波佐見町に暮らす。同町で人気セレクトショップ「HANAわくすい」を一から作り上げた手腕を見込まれ、今度のお店づくりを任される

「高級ではなく『贅沢』が有田らしさなんです。八百屋や酒屋さんなど、地元の方が利用するお店にこそ有田の真の価値観があります。よかったらぜひ、私の思う有田らしさをアテンドさせてください」

こうして日が暮れてきた有田の町で、高塚さんによる「贅沢」ツアーが始まりました。

取材中に一目惚れしたのが、この蓋つきの有田焼の器。他の日用品の中に、さりげなく有田のものが溶け込んでいます
取材中に一目惚れしたのが、この蓋つきの有田焼の器。他の日用品の中に、さりげなく有田のものが溶け込んでいます

bowlの取材記事はこちら:世界で有田にしかない。仕掛け人に聞く「贅沢な日用品店」bowlができるまで

全国の飲食店が信頼を寄せるプロフェッショナル。井上酒店

「井上さんみたいなお店にしたい。私の憧れです」

そう案内してくれたのはbowlから車で5分ほどの距離にある一軒の酒屋さん。

井上酒店

お店に入ってまず目に飛び込んできたのは、あちこちに積み上げられたダンボールの箱、箱、箱。ほどなく集荷の車が来て、慣れた様子で20以上はある荷物を運んで行きました。

箱が旅立った先は、全国のレストランやホテル、旅館。

各地の良質なお酒を揃え、管理の難しい日本酒をベストコンディションで扱える井上さんに、全国の飲食店が目利きを頼んでいるのです。ちなみに先ほどの大量の出荷は本日2回目だそう。

大正時代から続く井上酒店の3代目、井上信介さん。お酒は全て蔵元に直接出向き、長い時間をかけて顔の見える関係を築いてから仕入れる。選ぶ基準は、究極は作っている「人」だそう
大正時代から続く井上酒店の3代目、井上信介さん。お酒は全て蔵元に直接出向き、長い時間をかけて顔の見える関係を築いてから仕入れる。選ぶ基準は、究極は作っている「人」だそう

「お酒はもちろん、何気なく置かれている仕入れの食品まで、井上さんの選んだものは何を買っても安心で美味しいんです」

「無農薬無添加は当たり前」という、井上さんの目にかなった食品だけが置かれる
「無農薬無添加は当たり前」という、井上さんの目にかなった食品だけが置かれる

もともと井上商店のファンだったという高塚さん。「自分が信じるいいものを背景からしっかり伝えていくことが大事」と井上さんが語ると、「道具も一緒です」と強くうなずきます。

「例えば一万円する箒が、なぜその値段になるのか。高い、で終わらせずに理由がわかれば、暮らしの中でものを選ぶ『選択肢』が広がっていきますよね」

お酒も、道具も一緒ですねと話がはずむ
お酒も、道具も一緒ですねと話がはずむ

井上さんに信頼を寄せるのは高塚さんだけではありません。インタビュー中も次々とお客さんがお酒を買いにやってきます。遠方から車でわざわざ「お酒を切らしちゃって」と来る人もいるそう。

「こういう集まりがあって」などお客さんの話を聞き、会話しながらベストの1本を絞り込んでいく井上さん。常連さんは来た時の顔の表情でセレクトを変えることもあるという
「こういう集まりがあって」などお客さんの話を聞き、会話しながらベストの1本を絞り込んでいく井上さん。常連さんは来た時の顔の表情でセレクトを変えることもあるという

その中の一人を認めて高塚さんが、

「あ!こんにちは」

と声をかけました。

聞けば近くにギャラリーを構える作家さんだそう。

「すごくかっこいい焼き物を作られるんですよ」と高塚さん、井上さんが口を揃えます。なんと焼き物の町らしい出会い。

最後にはわたしたちも常連さんにならって、

「こういうお酒が好きなんですが‥‥」

と、井上さんに1本お酒を見立ててもらうことに。思いがけないお土産を手に入れて、ほくほくとお店を後にしました。

窯元の社長さんも御用達。むく庵

「ああ、むく庵さんなら何でもうまいよ。いってらっしゃい」

と井上さんに背中を押されて向かった晩御飯のお店は、表通りから細い横道を入ったところにありました。

むく庵

先頭の高塚さんがお店に入ると、「あ!」と声が。

中を覗くと、奥の座敷で窯元の社長さんたちがちょうど会合中でした。高塚さんとはもちろん顔見知りです。

奥の座敷で有田焼の窯元さんたちが宴会中。ふらりと訪ねたら、そんな光景に出会えるかもしれません
奥の座敷で有田焼の窯元さんたちが宴会中。ふらりと訪ねたら、そんな光景に出会えるかもしれません

「お店の準備はどう?」「もう1ヶ月切りました」と高塚さんが言葉を交わすうちのお一人は、まさに昼間、bowlで一目惚れした器を作られている窯元の社長さん。こんな形で作り手さんに出会えるなんて。

有田のこと、お店のこと、お酒を交わしながら尽きない話題に、明日もお昼ご飯をご一緒することを高塚さんと約束して、さんち旅の夜が更けていきます。

*2話目に続きます。お楽しみに。

その日仕入れた材料を生かした創作メニューが並ぶ。締めには「焼きちゃんぽん」を注文
その日仕入れた材料を生かした創作メニューが並ぶ。締めには「焼きちゃんぽん」を注文

<取材協力> *登場順
bowl
佐賀県西松浦郡有田町本町丙1054
0955-25-9170
https://aritasu.jp/

井上酒店
佐賀県西松浦郡有田町白川1-1-1
0955-42-3572
http://inoue-saketen.com/

むく庵
佐賀県西松浦郡有田町本町丙819-1
0955-42-5083

文:尾島可奈子
写真:菅井俊之、藤本幸一郎

旅に行くなら、これから変わる町を見ておきたい。進行形で発展する嬉野・有田へ

これまで、日本各地の工芸を取材してきたさんち。

各所を訪れるたびに、「もっともっと多くの人たちに、まだ見ぬ地域の魅力を知ってもらいたい」と思う気持ちは強くなっていきました。

今回発足したのが、複数のメディアが手を取り合ってひとつの地域へ取材に伺う「#medeiacruise(メディアクルーズ)」のプロジェクト

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参加メディアは、
明日の朝が楽しみになるような情報を届けるインスタマガジン「cocorone」

これからの暮らしを考えるウェブメディア「灯台もと暮らし」

女子クリエイターのためのライフスタイルマガジン「箱庭」

パーソナルメディアマーケティングサービス「drip」

そして、「さんち」の5チームです!

 

これまで各々に各地を取材してきた5メディアが行動を共にしたら、どんな化学反応が起こるのでしょう?

行き先は佐賀県。嬉野市、有田町、佐賀市を周った充実の2泊3日を、2日に渡ってレポートします。

2日目:有田町で焼きもの文化の根付く場所を訪ねる

 

有田焼の価値を活かしたセレクトショップ「bowl」へ

以前オープン前に伺った「bowl(ボウル)」さんを再訪。

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マネージャーである高塚裕子(たかつか ひろこ)さんは、お隣の波佐見町にあるセレクトショップ「HANAわくすい」の運営を経て、ここ「bowl」の立ち上げに携わりました。

波佐見で作られている波佐見焼が日用品として古くから使われてきた一方で、有田焼は絢爛豪華な贅沢品として愛されてきたもの。

「波佐見でお店をした時はカジュアルをアップさせたのですけれど、有田はドレスなので、ドレスダウンさせるイメージでお店づくりをしようと思いました」と、高塚さん。

産地の特徴をお店作りに活かし、有田だからこそできる、贅沢品を日常使いに落とし込んだようなセレクトショップを目指しているそうです。

有田 bowl

有田焼の贅沢さを引き立てつつも、お店にやってくる人々がハードルを感じないように商品をセレクトするのは、バイヤーとしての高塚さんの敏腕さがあってこそ。

穏やかな空気感の店内には、有田焼はもちろんのこと、高塚さんが各所から買い付けたアイテムが並んでいました。

「in blue 暁」で、お酒好きがつくる酒器にうっとり

お次は陶芸家の百田暁生(ももた あきお)さんの工房兼ギャラリーショップ「in blue 暁(インブルー あかつき)」へ。

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大きく窓をとったモダンな佇まいのギャラリースペースは、百田さんがこだわり抜いて作った空間です。

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窓の外の景色に、青白磁の美しい造形美が映えます。

in blue 暁

お酒好きの百田さんがつくる酒器のお話に、思わず顔がほころぶ(おなじく)酒好きのさんちチーム。

こちらの酒器については、個別の記事でより詳しくご紹介しますね。

歴史ある建物を活かしたニューオープンの和カフェ「kasane」

お腹もすいてきたところで、ランチにお邪魔したのは、鈴木達男さん、愛子さんのご夫婦が2018年4月9日にオープンしたばかりの和カフェ「kasane(かさね)」。

有田の和カフェ kasane(かさね)

江戸時代末期に建てられた歴史ある建物を改装したお店は、ゆったりと落ち着ける雰囲気です。

有田の和カフェ kasane(かさね)

佐賀県内でラジオ番組のレポーターを務めていた奥様の愛子さんが、東京で出会った達男さんとともに佐賀に戻って開業したこちらのお店。

有田の和カフェ kasane(かさね)

焼きものの歴史と、美味しい食材がすぐそばで手に入る風土に惹かれ、有田という場所を選んだのだそうです。

有田の和カフェ kasane(かさね)

もともと東京で料理人をしていた達男さんが腕を振るう料理には、佐賀の食材がふんだんに使われています。

「地元の方々や、有田焼を目当てに足を運んでくる人がほっと一息つける飲食店として、もっと地域に馴染んでいきたいです」と愛子さん。

今後有田のまちでどんな風に活動されていくのかが楽しみです。

お土産用に、「古伊万里酒造」の有田焼ワンカップを調達!

お腹がいっぱいになったところで、次に向かったのは、こちらも以前取材させていただいた古伊万里酒造さん。

#mediacruiseで行っているクラウドファウンディングをサポートしてくださった方へのリターン用に、お土産を調達しに行ってきました!

古伊万里酒造 NOMANNNE

こちらは、有田焼のカップに、古伊万里酒造で作っている佐賀の地酒が入った「NOMANNNE(ノマンネ)」。

大人気につき品薄状態が続いているので、この機会にぜひ手に入れていただきたいです。

古伊万里酒造 NOMANNNE

現代のくらしに馴染む有田焼「hibi」

2日目も終盤に近づいてきたところで、次は有田焼の専門商社であるヤマト陶磁器さんへ。

ヤマト陶磁器 hibi

有田焼を現代の価値観で再編集し、より日常で愛されるモノをつくるために誕生したブランド「hibi(ヒビ)」のディレクションを手がける山口武之(やまぐち たけし)さんにお話を伺いました。

ヤマト陶磁器 hibi

アートディレクターの藤榮央さんと一緒に、窯元さんへの提案やデザイン、ブランディング、販売まで、通貫して責任をもたれている山口さん。
新しい有田焼に出逢わせてくれる「hibi」のプロダクトを前に、ついついお土産選びに夢中になってしまいました…!

ヤマト陶磁器 hibiのなみだ壺
ヤマト陶磁器 hibiのブローチ

「hibi」の魅力については、別の記事でもご紹介します。
そんなこんなで、有田にどっぷりと浸かった2日目は終了。
夜は、和多屋別荘さんから歩いてすぐの場所にある「居酒屋ゆたか」さんへ。嬉野名物の温泉湯豆腐と地酒をいただきました。

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3日目:進化する嬉野の魅力を肌で実感

最終日は、嬉野市のこれからを担うスポットをご案内していただきました。

新幹線の線路建設現場に潜入!嬉野観光の未来に思いを馳せる

最初に向かったのは、2022年に開通予定の、新幹線駅舎の建設地です。

新幹線 嬉野温泉駅
新幹線 嬉野温泉駅

ゆくゆくは線路が敷かれて駅のホームになる予定の場所を、今回特別に案内していただきました!
「嬉野は街が魅力的なので、駅周辺に主要施設を密集させるのではなく、あえて街に繰り出したくなるような景観を目指して周辺施設の準備を進めています」
と、建設・新幹線課の松尾憲造さん。

新幹線 嬉野温泉駅

辺りを見渡すと、山肌の茶畑が目に入り、いずれは車窓からこの景色が見えるのかな…なんてうっとり想像してしまいました。
市をあげての嬉野観光への想いを伺ったあとは、改めて、街の中心部である温泉街に入っていきます。

古い旅館をリノベーション。地域の人と観光客が交わる場所へ

嬉野 カフェ 宿 レンマ

次に向かったのは、古田さんの会社の新拠点となる、リノベーション中のスペースへ。

嬉野 カフェ 宿 レンマ

ここは、古田さんのご実家からすぐそばにある、廃業してしまった古い旅館。
職人さんの手によって手入れをされている最中でした。

嬉野 カフェ 宿 レンマ

「昔の人はすごかねぇ。ものを作るときの芸の細かさを見せつけられるよ。ほら、こことか見てみて?」

嬉野 カフェ 宿 レンマ

そう言って見せてもらった井戸の石組みには、しっかりと固定するために組子状にする細工が施されていました。

嬉野 カフェ 宿 レンマ
他にも、昔から大事にされてきた、仕立ての良い建具があちこちに
嬉野 カフェ 宿 レンマ
嬉野 カフェ 宿 レンマ
嬉野 カフェ 宿 レンマ
嬉野 カフェ 宿 レンマ

「ここを起点に、観光客や地域の面白い人たちが交わって嬉野を楽しんでいけるような仕掛け作りをしようと思っています。リノベーションの過程も周りの人たちに積極的に関わってもらいながら、ゆくゆくはコミュニティスペースや体験型ツアーの拠点としても活用する予定です」と話す古田さん。

すでに構想が頭のなかにある様子で、この場所が形になっていった先に、嬉野に起こるであろう素敵な変化が見えた気がしました。

眺めのよい「天茶台」でランチタイム

そうこうしているうちに、あっという間にお昼の時間。

次に、茶畑の中から嬉野を見渡すことができる「天茶台(てんちゃだい)」に連れて行ってもらいました!

嬉野 天茶台
「眺めがよくてきもちいい〜!」

美味しい嬉野茶を、同じく嬉野で作られる肥前吉田焼の窯元「224porcelain」さんの「ORIGAMI」という湯呑みで提供していただきます。

嬉野 天茶台
こちらは、ドイツのレッド・ドット・デザイン賞も受賞しているそう

恵まれた天候のなか、嬉野を全身で感じられる贅沢な時間を堪能し、大満足の一行。

嬉野 天茶台
お茶の葉に黒いシートをかけて、甘みを引き出す工夫についても説明していただきました

絶景の茶畑で、ツーリズムの新たな施策を垣間見る

そして、私たちを乗せた車は、さらに標高の高い茶畑を目指して走り出します。

なんでも、嬉野の茶畑の中でも特に絶景だというポイントに向かっているんだとか…

嬉野 絶景茶房
じゃん!

これまで見たこともないような一面の茶畑に、思わず大きく深呼吸してしまいました。

嬉野 絶景茶房
嬉野 絶景茶房

ここは、佐賀大学との共同研究で、茶畑を観光資源として活かす「絶景茶房」の建設予定地です。
研究を担当している佐賀大学大学院の河原幸有美さんが、プロジェクトについて説明してくれました。

絶景茶房の説明

「この場所は嬉野では珍しく、山の頂上に平面で栽培をしている茶畑です。研究のために嬉野にあるほぼすべての茶畑に足を運んで、最も景色の美しい茶畑としてここを選びました。現状だと、観光客は茶畑に足を踏み入れることはできないので、ここに『絶景茶房』を建設してツーリズムに活用することで、嬉野の魅力をより感じてもらいたいなと思っています」

空気が澄んでいるときには、茶畑の向こうに大村湾を一望することもできるそう。
「絶景茶房」として嬉野のお茶と景色に親しむ施設を作ることで、産地としての新しい価値提案が叶うはずです。

嬉野 絶景茶房

思わず見とれてしまう程の景色に、「絶景茶房」の建設がどんどん楽しみになった私たちだったのでした。

たったひとりの尾崎人形職人、高柳さんに会いに行く

さてさて、#mediacruiseも終盤に差し掛かったところで、さんちチームは箱庭さんとともに嬉野を出発。

尾崎人形で人気の高柳 政廣(たかやなぎ まさひろ)さんの工房を尋ねます。

佐賀 尾崎人形

ぽてっとしたフォルムに、なんとも可愛らしい表情の尾崎人形たち。
作り手である高柳さんの雰囲気をそのまま写し込んだような愛らしさに、ついつい顔がほころんでしまいました。

佐賀 尾崎人形 高柳さん
尾崎人形の制作者 高柳政廣さん

尾崎人形は、鎌倉時代の蒙古襲来によって日本にやってきたモンゴル人たちから伝わった、佐賀県尾崎地区に伝わる郷土玩具。

佐賀 尾崎人形
尾崎人形は、型でつくられます

しかし、現在この尾崎人形を作っているのは、高柳さんたったひとり。
もともとは別の仕事をされていましたが、60歳で定年したことを機に、当時この地域で途絶えてしまっていた尾崎人形作りを復刻させたのです。

佐賀 尾崎人形 高柳さん
知り合いのイラストレータさんによるオリジナル長太郎人形(高柳さん版)

日本だけでなく海外でも大人気なので、せっせとものづくりをする傍ら、最近はオランダにまで行ってワークショップを行ってきたそうです。
箱庭 ✕ さんちでも尾崎人形の絵付けワークショップを行う予定です!詳細は後日の記事でお知らせしますのでお楽しみに。

佐賀 尾崎人形

 

#mediacruiseはまだはじまったばかり!

mediacruise

2泊3日の5メディア合同取材ツアー。
他の4メディアも併せたリアルタイムのワクワク感は、TwitterやInstagramの「#mediacruise」でぜひお楽しみください。

普段の地方取材とはちょっと違った取材が新鮮で、大所帯での移動はまさに「大人の修学旅行」状態!

めいいっぱい佐賀を楽しんできた取材クルーの私たちが、ここからは記事やイベントを通してみなさんに情報をお届けします。

#mediacruiseはまだまだはじまったばかり。

一緒に楽しんでいけるよう、さまざまなコンテンツを用意していくので、楽しみにしていてもらえたら嬉しいです!

 

同時取材した5メディアで、佐賀旅の記事を公開中です

それぞれのメディアが切り取った佐賀。どうぞ合わせてご覧ください。

・cocorone:cocorone TRIP 佐賀特集始まります

・灯台もと暮らし:「佐賀県嬉野・有田で見つけた新しいメディアと取材の在り方。「#mediacruise」に行ってきました!【ファインダーと私】」

・箱庭:「地域とメディアを繋ぐ新しい取材のかたち「#medeiacruise」。
箱庭が選ぶ佐賀の「おみやげBOX」つくりました!」

・drip:「知っているけど、知らない世界。”mediacruise 佐賀 嬉野編」

文:山越栞
写真:藤本幸一郎

琵琶湖の北西で100余年。和ろうそく工房と跡取り息子の挑戦

大阪のクリエイティブ集団、grafはデザインをし、家具をつくり、おいしいごはんと素敵なものを届けるちょっと変わった会社です。その代表を務める服部滋樹(はっとりしげき)さんは、ソーシャルデザインの視点から滋賀の魅力を見出すプロジェクト「MUSUBU SHIGA」のブランディングディレクターを務めていました。そんな服部さんに、プロジェクトを通じて調査(リサーチ)・再発見した滋賀のあたらしい価値、魅力を教えてもらいました。

琵琶湖を中心にして、西にいる人たちと東の人、北と南の人ではずいぶんと思想や性格も違うのでは?

滋賀県といえばまっ先に思い浮かぶのが琵琶湖。「滋賀のおもしろいところは、琵琶湖を中心にして東西南北でその風土もその土地にくらす人々も違う表情を見せるところ。西にいる人たちと東の人、北と南の人ではずいぶん思想や性格もちがうのでは?」と仮説を立てる服部さん。西側の人は朝日の美しい光がうつる琵琶湖を、東側の人は夕日がうつる湖面を、南側には南側の、北側には北側のそれぞれの表情の琵琶湖があり、それがその土地で育つ人のアイデンティティに、暮らす人の気分に影響しているのではないか…そんな仮説が出てくるほど、滋賀県にとって琵琶湖の存在は大きいようです。

虹の架かる、町から
虹の架かる、町から

今回は、そんな琵琶湖の北西で出会った、創業100余年の和ろうそく工房、和ろうそく大與(だいよ)とその跡取り息子だった大西巧(さとし)さんについてお話をうかがいました。

和ろうそく大與のはぜろうそく
和ろうそく大與のはぜろうそく

琵琶湖の西側、比叡山から北に登る高島の土地で

琵琶湖の西側に存在していて、しかも比叡山から北に登っていく高島エリアは、琵琶湖と山に挟まれていて平地が少ない土地です。産業としても多様な表情があり、農業だけではなく、林業や木地師などの山の仕事や琵琶湖の仕事があるそうです。朽木(くつき)(*)までいくと山奥にブナの原生林があり、そこから流れて安曇川へと、山の恵みと水の恵みをあらゆる角度から感じる場所。その山の恵みと水の恵みのちょうど間で生まれたのが、和ろうそく大與です。

* 朽木(くつき)村は、滋賀県西部(湖西)の高島郡に存在した村。 2005年に同郡の高島町、安曇川町、新旭町、今津町、マキノ町と合併するまでは永らく滋賀県唯一の「村」だった。

陸が広く、代々続く大規模農業が発達した東側と違い、西側は外からのひとを受け入れやすいと思うと語る服部さん。IターンやUターンなどが多く、新しい活動を試みる若いひとたちが多いのもこの土地の魅力です。

琵琶湖の西、山を越える夕陽
琵琶湖の西、山を越える夕陽
高島の燃える夕陽
高島の燃える夕陽

100年続く和ろうそく工房とその跡取り息子との出会い

服部さんと和ろうそく大與の大西巧さんとの出会いは今から15年ほど前。当時、大西さんは服部さんの友人がクリエイティブディレクターをしていた京都のお線香屋さんで修行をしていました。大西さんが「実家が和ろうそくをつくっていて…」と服部さんに相談したのが最初の出会いです。その後、正式に跡を継がれてから再会。大西さんは現代の和ろうそくのアウトプットを模索していたところでした。

白髭神社の沖島を拝む鳥居
白髭神社の沖島を拝む鳥居

くらしを見直し、ろうそくを灯せる時間に意識を見出す

そもそも現代は電気が通っている、その上で和ろうそくをどう現代社会に伝えるか。それが課題でした。再会した大西さんは、作ること、流通すること以上にどうやって和ろうそくをくらしのシーンに落とし込むかを考えていました。

くらしを見直し、ろうそくを灯せる時間に意識を見出すシーンを想像すること。大西さんがやろうとしているそれは新たな作法を生み出すことだと、服部さんは強く興味を惹かれたそうです。単にろうそくをつくることは技術であって、手法でしかない。作法が生まれないことにはつくる以上に伝えることができない。そうやって言語化できたことは服部さんにとっても大きな発見でした。

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手で採り、手でつくり、テーブルの上にあがるまで手で持っていく

和ろうそくは、はぜ(ウルシ科の植物)の実からつくられています。はぜは九州が原産で、大西さんのお父さんも、自ら採りにいくこともあるのだとか。素材がはっきりしているので、つくりかたがしっかりしていて、曲げるところがひとつもない。そのことがダイレクトに伝わるプロダクトだと服部さんは語ります。それも、和ろうそくはひとつひとつ手で成形してつくられている。「陶芸やガラスも手でつくるけれど、最後に一度火を通すよね。手で触ったまま完成させられる工芸品ってあまりないんじゃないかな」と服部さん。手で採り、手でつくり、テーブルの上にあがるまで手で持っていく。その先に大西さんが描くくらしのシーンがあります。

パラフィンを使わずに、はぜやお米などの天然素材だけでつくっているから匂いがしないのが和ろうそくの特徴。それはすなわちお食事のじゃまをしないということ。京料理のような繊細な料理とも一緒に楽しむことができて、キャンドル(洋ろうそく)でもなく、電気の照明でもなく、和ろうそくが選んでもらえる特別なシーン。機能性とシーンの裏付けが出会った瞬間でした。

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そもそも現代のくらしの中から火が消えていっていることを意識してほしいんです

「僕は滋賀という山と湖という自然に囲まれた環境に育ちました。特に湖西と呼ばれる琵琶湖の西側は山と湖の距離がいっそう近い地域です。自然の循環の中に人間がいる環境だからこそ、自然と人のあり方、付き合い方に関して、意識が向きやすい。和ろうそくや自分たちの活動を通じて、火と人の付き合い方をもう一度考えるきっかけになればと思っています」。そう力強く語る大西さんに、はじめの出会いから15年が経ちすっかり頼もしくなったと、服部さんも顔をほころばせました。

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服部滋樹(graf
1970年生まれ、大阪府出身。graf代表、クリエイティブディレクター、デザイナー。美大で彫刻を学んだ後、インテリアショップ、デザイン会社勤務を経て、1998年にインテリアショップで出会った友人たちとgrafを立ち上げる。建築、インテリアなどに関わるデザインや、ブランディングディレクションなどを手掛け、近年では地域再生などの社会活動にもその能力を発揮している。京都造形芸術大学芸術学部情報デザイン学科教授。

和ろうそく大與
1914年、大西與一郎が滋賀県高島郡(現高島市)今津町にて創業以来、四代に渡って百余年、和ろうそく一筋の専門店。宗教用(お仏壇用やご寺院さま用)のろうそくをはじめ、茶の湯の席で用いられるろうそく、ご進物用や贈答用のろうそく、お部屋用のろうそくなど、素材と技術に裏付けされた最高品質の和ろうそくを取り扱う。

MUSUBU SHIGA
2014年、滋賀県の魅力をより県外へ、世界へと発信し、ブランド力を高めていく為に発足された(2017年に終了)。ブランディングディレクターには、graf代表・デザイナーの服部滋樹が就任。くらしている人々が”これまで”培ってきた魅力を分野やフィールドを超えた国内外の新たな視点をもったデザイナーやアーティストとともに調査(リサーチ)・再発見し、出会ってきたモノを繋ぎ合わせて実践しながら、あたらしい滋賀県の価値をデザインし、そして滋賀の”これから”を考えている。

文・和ろうそく写真:井上麻那巳
風景写真:服部滋樹
撮影協力:UGUiSU the little shoppe
*こちらは、2017年1月24日の記事を再編集して公開しました