わたしの一皿 千葉の落花生を食べくらべ

息子が生まれてからというもの、生活が大きく変わった。

モノにあふれた我が家。モノはかたっぱしから我が部屋へ押し込まれ、リビングなぞ、人生で一番のシンプルライフ満喫中(最近じゃおもちゃが増えてきているが)。

変わったものは空間だけじゃない。朝も晩も、当然ながら彼のリズムが最優先。食事もまずは彼のものを作ってからそこに味を足す、といった具合。

それが嫌か。いや、とても楽しいのです。あ、みんげい おくむらの奥村です。

親バカ自慢をするつもりはありませんが、たまには家族の時間のことを。

料理をする我が身からすると、彼が食べられるものが増えるにつれて(1歳7ヶ月)、より多くの食を共にできるようになってきたのでなんだか嬉しいし、彼のためのものを作ることで薄味でもじゅうぶんおいしいことや素材本来の味ってなんだっけ、などとあれこれ見えてきて料理もますます楽しくなった。

みんげいおくむら 奥村忍、息子との手つなぎ写真

この秋は我が千葉が誇る数少ない特産品「落花生」を一緒に楽しんでいる。1ヶ月くらい前に叔母の畑からもらった「半立(はんだち)」と「おおまさり」の2種を茹でたものを冷凍しているのでちょこちょことそれを食べている。

半立は昔からよく食べ慣れたものだけど、おおまさりはここ数年見かけるようになったものでとっても大粒のホクホクしたもの。個人的には落花生らしいなと思える半立がやはり好きか。

落花生はいろいろおいしいが、生をもらったなら茹で落花生が一番だ。塩をどの程度効かせるか、硬さをどの程度にするかに集中して。

冷凍する場合はちょいと早めに茹で上げておくのが良い。(子供にいつから落花生を食べさせるかは個々の家庭の考えがあるでしょう。うちも乾燥はまださすがに食べさせないが、茹でたものは少しずつ食べさせている)

落花生を茹でている様子

茹で落花生らしく温かく食べたいので、解凍してさっと茹でなおす。ちなみに茹で落花生ならそれをあえたり、炒めたり、とアレンジも楽なのだ。

今日は素材がシンプルなので、うつわも極力シンプルにしてみた。

白磁。福岡県北九州市で作陶する、祐工窯の阿部眞士(あべしんじ)さんのものだ。

福岡・北九州、祐工窯の阿部眞士さんの白いうつわ

無地の白磁。究極にシンプルなもの。とてもふつうで、しかしとてもよい。

果たしてこういったものはどんな風に選び、楽しめばいいのか。なかなかむずかしい。

お店で選んでいるタイミングでビビっときたら相当な上級者。だいたいの人はそうはいかないでしょう。

例えば、白だけどどんな白なのか。これは少し青みがある。そしてツルっとしているのか、マットなのか。さわり心地はぼってりなのか薄いのか。手の大きさになじむのか。重さは好みなのか。そんなところを気にしながら選ぶ。

そして本当に良いな、と思うものは使ってしばらくしてそう思うものがほとんどだ。気付くとよく使っている。なんでか選んでしまう。

この無地の白磁は冷たい、という印象よりもおだやかさを感じる。薄すぎず安心感のある作りもあってか、どこかあたたかいのだ。

白いうつわに盛った茹で落花生

さて、話は落花生。ほんのりした甘みと塩気。おいしいんだ。わかってもらえていればうれしい。

僕ら千葉県民はこの茹で落花生というのがとてもメジャーなのだけど、全国に出るととてもマイナーな存在であることを大人になって知った。

最近は流通の発達か、いろんな場所で茹で落花生に出くわすようになった。うれしいな。この美味しさ、みんなに知ってもらいたい。

料理もうつわも、たまに色々と面倒になる。料理なら茹でるだけ、塩だけ、が心地よかったり、うつわなら無地、シンプル、が心地よかったり。そんな時にも白磁は心強い。

茹で落花生をうつわから取る手

そんな大人の事情はさておき、このうつわ。小鉢だが、子供が両手で持ってつかみやすく、汁物を焼き物のうつわで飲む練習にもなっている。

願わくば、落として割ることなく、10年20年と使い続け、ある日この記事を彼にも読んでもらいたい。

奥村 忍 おくむら しのぶ
世界中の民藝や手仕事の器やガラス、生活道具などのwebショップ
「みんげい おくむら」店主。月の2/3は産地へ出向き、作り手と向き合い、
選んだものを取り扱う。どこにでも行き、なんでも食べる。
お酒と音楽と本が大好物。

みんげい おくむら
http://www.mingei-okumura.com

文・写真:奥村 忍

フィリップ・ワイズベッカーの郷土玩具十二支めぐり

アップル、エルメス、資生堂、ハーマンミラー‥‥と世界の名だたる企業が指名するフランス人アーティスト フィリップ・ワイズベッカーさん。彼と一緒に、日本の「郷土玩具」のつくり手の元を訪ねました。

普段から建物やオブジェを描き、日本にもその作品のファンが多い彼が選んだのは、干支にまつわる12の郷土玩具。各地を訪ね、制作の様子を見て感じたその魅力を、自身による写真とエッセイで紹介しています。

さて、どんな郷土玩具が出てくるのか。これまでの連載をまとめました。

 

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ワイズベッカー

【子】京都「丹嘉」伏見人形の唐辛子ねずみを訪ねて

 

連載1回目は、「伏見人形の唐辛子ねずみ」を求めて、京都へ。400年以上の歴史を受け継ぐ土人形の元祖、伏見人形の窯元を訪ねました。現在、製作と販売をするたった1軒の窯元・丹嘉さんです。

産地:京都

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「会津張子の赤べこ」を求めて、福島県にある野沢民芸を訪ねた際のスケッチ

【丑】福島の郷土玩具 「野沢民芸」会津張子の赤べこを訪ねて

 

もし日本全国の郷土玩具を、外国人アーティストの視点で見つめたら。連載第2回は丑年にちなんで「会津張子の赤べこ」を訪ねます。

産地:福島

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【寅】浅草「助六」江戸趣味小玩具のずぼんぼの寅を訪ねて

 

もし日本全国の郷土玩具を、外国人アーティストの視点で見つめたら。連載第3回は寅年にちなんで「ずぼんぼの寅」を訪ねます。“ずぼんぼ”って‥‥一体なんでしょう?

産地:浅草

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【卯】金沢「中島めんや」のもちつき兎を訪ねて

 

今回ご紹介する「もちつき兎」の装飾について、ワイズベッカーさんからなるほどのご意見が。旅の合間に交わす議論には、貴重な気づきや示唆がありました。

産地:金沢

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【辰】岡山「津山民芸社」の竹細工の龍を訪ねて

 

津山民芸社の白石さんが手がける郷土玩具「竹の龍」は、ファンタジーな着想と古くから伝わる郷土民話のエピソードを織り込んで生まれた作品です。どうやら、あの名画のワンシーンから生まれたそうですよ‥‥!

産地:岡山

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ワイズベッカーさんデッサン

【巳】栃木「きびがら工房」きびがら細工のへびを訪ねて

 

掃除機がない時代、家庭で活躍していたモノとは?そう、箒(ほうき)です。
「安産祈願」「災いを掃き出す」と古来より言い伝えられていた箒。同じ素材からつくられる「きびがら細工」も、使い手の幸せと健康を祈り、原料から大切につくられています。

産地:栃木

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【午】大分「北山田のきじ車」を訪ねて

 

“この会がなかったら、玩具は後継者不在で、とうの昔に消えていたはずだ。すべてが消えていくこの時代、お手本となる活動だと思う!”フランス人アーティスト、ワイズベッカーさん、郷土玩具づくりを体験!満面の笑顔の理由とは‥‥?

産地:大分

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【未】宮城「首振り仙台張子」のひつじを求めて

 

宮城県仙台市にある「高橋はしめ工房」で出会ったのは、なんとも愛らしいひつじ。首に仕掛けがあるようです。

産地:仙台

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【申】ミステリアスな熊本の「木の葉猿」を求めて

 

ワイズベッカーさんが、日本全国の郷土玩具のつくり手をめぐる連載シリーズ。9回目は熊本にある「木の葉猿窯元」を訪ねました。彼自身がつづる、その体験とは。

産地:玉名

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【酉】こけし作家が生み出すユニークな酉を求めて

 

ワイズベッカーさんが全国を訪ね歩くシリーズ。連載10回目は宮城県白石市にある「鎌田こけしや」です。

産地:仙南

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【戌】唯一の職人がつくる「赤坂人形の戌」を求めて

 

ワイズベッカーさんのエッセイ連載、最新回。戌年にちなんで「赤坂人形の戌」を求め、福岡県筑後市の赤坂飴本舗を訪ねました。

産地:筑後

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連載も残すところあと1回。
最終回は、亥(いのしし)にちなんだ郷土玩具が登場します。お楽しみに!

 

関連商品

ワイズベッカー×中川政七商店のコラボレーション商品

ワイズベッカーと中川政七商店がコラボレーションした商品

ワイズベッカーさんが描いた十二支の郷土玩具と日本の工芸をかけ合わせたオリジナルの暮らしの道具ができました。詳しくははこちら

漆は甘い、のか

漆は、樹液である。

当たり前のことをと思われるかもしれないが、普段、私たちが目にしたり、手にすることができるのは、すでに漆器という工芸品になったもの。そのものの美しさに魅せられて、漆=原料であることは頭の中からすっぽりと抜け落ちていることが多く、もしかしたら、漆が樹液であることを知らない人だっているかもしれない。

日本において漆とはウルシ科ウルシ属の落葉高木「漆の木」から採れる樹液である。このことに改めて思い至ったのは、とある記事で目にした塗師の言葉。

「漆って、甘いんですよ」

もちろん、漆は食べるものではない。それは分かっている。でも…。漆って本当に甘いのだろうか。漆には香りもあるの? あれ、そもそも漆って何だっけ? そんな単純な思考回路がクルクルと回り出した。

実際、漆ってどういうもので、いかに採取し、いかなる工程で漆器になっていくのだろう。

国産漆の生産量、日本一の二戸市浄法寺へ

向かったのは、岩手県二戸市浄法寺町。浄法寺塗という漆器づくりで名を馳せる漆の里だ。

浄法寺塗が始まったのは平安時代のこと。古刹「天台寺」の僧侶たちが、日々の食事のためにつくったのが最初と言われているが、縄文時代の遺跡から漆を塗った出土品が見つかっているというから、漆との関わりは相当に古いらしい。

そして浄法寺町は、日本で最も国産漆の生産量を誇る地でもある。

国内に流通する漆は何と97〜98%が輸入物。残りの2〜3%が国産であるけれど、そのうちのおよそ7割が浄法寺で生産されている。

浄法寺ブランドの漆を入れる樽
浄法寺ブランドの漆を入れる樽

生産量の多さはもちろん品質にも定評があり、平泉の中尊寺金色堂をはじめ京都の鹿苑寺金閣、栃木の日光東照宮といった国宝や重要文化財の修復にも使用されているほどだ。

今回、訪れたのは町の中心部から車で15分ほどの山中にある、およそ2ヘクタールの漆林。

木々には、漆を掻いた跡が見られる
木々には、漆を掻いた跡が見られる

迎えてくれたのは若き女性の漆掻き職人の長島まどかさん。

埼玉県出身の30歳
埼玉県出身の30歳

9月初旬。林の中には熊よけのラジオと蝉の声。そしてカリカリと樹を削る音だけが響いていた。

ラジオからはFM岩手が流れていた
ラジオからはFM岩手が流れていた

樹を仕立てながら、漆をいただく

簡単に、漆掻きの手順を説明しよう。

まず「カマ」と呼ばれる道具を使い、でこぼことしたと樹幹の表皮を薄くはいで平らにし、

「カンナ」で横一線に細い傷をつけて、樹液を出やすくするために「メサシ」で切り込みを入れたり、入れなかったり。

「カンナ」で横一線に細い傷をつけて、樹液を出やすくするために「メサシ」で切り込みを入れたり、入れなかったり。

漆掻きの手順
簡単そうに見えるが、きれいに細い傷をつけるのは難しい
カンナとメサシ
ちなみにカンナとメサシは1本になっている

そして出てきた漆を「ヘラ」で掻き取り、「タカッポ」と呼ばれる漆樽に入れる。

ヘラで掻き取った漆は「タカッポ」と呼ばれる漆樽へ
ヘラで掻き取った漆はタカッポへ

一連の流れを言葉で追うと、とてもシンプルなように思えるかもしれないが、ことはそう単純ではないらしい。

「カンナで入れる傷のことを『辺』といいますが、前回入れた辺よりも少しだけ長い傷を入れます」

漆の掻き跡
黒い部分は、流れ出た漆が時間を経て酸化したもの

掻き跡を見ると確かに三角形だ。短い辺から始まり、少しずつ長くしているのが分かる。でも最初から長い辺を入れれば、もっと多くの漆が採れるのでは?

「辺を入れるということは、樹にとってはやっぱりストレス。いきなり長い傷をつけちゃうと樹へのダメージが大きくて漆が出なくなったり、最悪の場合は枯れてしまう。少しずつ辺を長くすることで樹に慣れてもらうというか。樹を仕立てながら作業することが大切なんです」

同地の漆掻きは6月〜10月に行われるが、シーズン最初に入れるのは2㎝ほどの辺。これは“目立て”と呼ばれ、「これから漆を採ります」という樹へのメッセージであり、「よろしくお願いします」の挨拶なのだとか。

辺の深さも重要だ。

「表皮を削った内樹皮のあたりに樹液の流れる樹液道がありますが、ちょうどそこにあたるような深さに削ります。深すぎれば幹の中まで傷つけることになり、浅すぎれば漆は出てくれません」

少しずつ出る漆を、丁寧に採っていく

長島さんが掻いた辺からは樹液がじわじわと滲み出てくる。これが生の漆か。艶やかできれいな乳白色。少し粘り気のあるような質感だった。

大切なのは、樹を見ること

漆掻き職人になって今年で3シーズン目に突入した長島さん。今でこそベテランに劣らぬ量の漆を採取する腕前だが、最初から漆が採れたのかというと、答えはノーだ。

漆掻き職人の長島まどかさん

長島さんはかつて熊野の化粧筆職人だった。テレビで文化財修復に使う国産漆が足りないというニュースを見て、「漆を掻く職人になるのも面白そう」と二戸にやってきた。

熟練の漆掻き職人に付いて回り、漆掻きを学んだ。ひと通りの技術を覚えて漆を掻いた。でも、何かが違う。方法も手順も同じ。師匠と同じやり方をしているはずなのに思うように漆が出ないのだ。師匠を見て、また同じように掻いてみた。何度も、何度も。そしてあるとき師匠の目線が常に一点を見つめていることに気がついた。

そうか、樹を見ればいいんだ。

話をしながらも、長島さんは樹から目を離さない
話をしながらも、長島さんは樹から目を離さない

「頭だけで考えてもしようがないというか、漆掻きは“こういうもの”という理論を樹に押しつけてもだめなんだなと。人間の理屈は樹に通用しない。あくまでも樹がメインですから。それが分かってからは樹と相談しながらやっています。もちろん分からないことは師匠に聞きますけど、結局は自分と木との問題なんで。

山に入ったときにはまず、この子(樹)はどういう子なんだろうって考えます。辺を入れて、すぐに漆を出す樹もあれば、出る速度は遅いけれどたっぷりと漆を採らせてくれる樹、パッと出てパッと終わる樹もある。掻くうちに、1本1本の個性が分かるようになって、それぞれの子に合わせた掻き方をしてあげようと心がけるようになりました」

雨の日は掻かない。傷口から雨水が入ると樹が弱ってしまうから。晴れている日でも樹の調子が悪そうなとき(=漆があまり出ない状態)はそっとしておく。調子が良い場合でも、こちらが調子にのって掻き過ぎれば不機嫌になってしまうこともある。

「意外と難しいんです、この子たち(笑)」

採取をはじめて8時間経った本日の収穫量は500g〜600g。

乳白色だった漆は、時間が経つにつれて飴色に変化していく
乳白色だった漆は、時間が経つにつれて飴色に変化していく

「1日1㎏採れればいいところ。今日はまあ、ぼちぼちですね」

“殺し掻き”で、漆林を守り続ける

ちなみに浄法寺地区では、漆掻き職人は漆林の所有者から樹を買い、漆を掻き、最後には伐採して、持ち主に返すというルールになっている。

漆掻きには、伐採せずに同じ幹から繰り返し掻く“養生掻き”と、伐採して新しく出てきた芽を育てて掻く“殺し掻き”がある。前者は漆蝋(漆の実でつくる和ろうそく)づくりも鑑みたやり方で、江戸時代までは同地でもこちらの方法で採られていたが、明治期に入って漆を採ることだけにシフトチェンジ。今でも後者の方法が継承されている。

掻き終わった樹を伐採すると翌年春には新しい芽がたくさん顔を出し、それをまた所有者が大事に育てていく。再び、漆が採れるようになるまでには約15年かかるという。

浄法寺町が日本一の国産漆の生産量を誇るのは、もともと豊かな資源に恵まれていることはもちろん、こうして大事に漆林を守り続けているからなのだ。

「漆を見れば、誰が採ったのかが分かるんです」

浄法寺地区では季節ごとに採れる漆を区別し、管理している。

「同じ樹でも、採る時期によって漆の性質はまったく違いますから」

そう話してくれたのは、岩手県二戸市 浄法寺総合支所 漆産業課の立花幸博さん。

岩手県二戸市 浄法寺総合支所 漆産業課の立花幸博さん
浄法寺漆について、詳しく説明してくれた立花さん

「6月の採り始めから7月中旬くらいを『初辺(初漆)』、8月いっぱいくらいを『盛辺(盛漆)』、そこから終わりまでを『末辺(末漆)』と呼び、漆掻き職人のみならず、漆器に漆を塗る塗師もこれを厳密に区別して使用します。

初辺は乾きが良いとされていますし、盛漆は品質的にも良く、透明感があってツヤが出ますから、漆器の最終仕上げに使用する上塗りに最適とされるなど、時期によって漆の粘度や硬化する速度などが違うんです」

また興味深いのは、掻く職人によっても漆の性質が異なることだ。

掻いた辺から漆がダラダラと流れ落ちる
掻いた辺から漆がダラダラと流れ落ちる

「乾きの早い漆を採る人もいるし、乾きは遅いんだけれども、透明度の高い漆を採るような職人さんもいらっしゃいます。掻き方によってその性質が違うんです。

なぜかと問われると、はっきり言って分かりません。もちろん傷の深さやヘラの使い方といった微妙な違いはあるでしょうけれど、技術がどれだけ漆に影響しているのかは、科学的に証明されていないんです。でも確かにそこには違いがある」

熟練の塗師に聞けば、漆を見て使ってみれば、誰が採ったのかが分かるとか。いやはや、奥深き漆の世界。

果たして、漆は甘いのか。

さて懸案の件。漆は本当に甘いのだろうか。

長島さんに聞いてみると「初辺と末辺じゃあ、香りは確かに違いますね。初辺は青々しいイメージがあるけれど、盛辺から末辺にかけては甘い香りが強くなるような。

味は…食べたことはないですけど(笑)、掻いていたら顔にはねたことがあって、それを嘗めたら、ちょっとだけ甘かったような」

なるほど。採れる時期によって漆の質が変わるように香りや味も変わるのか…。改めて漆は植物であることを実感しながら、意を決する。嘗めてみよう。

ご存知のように漆はかぶれる。ウルシオールという成分が含まれているためだ。

立花さんからは「唇についたら大変なので、舌の上にのせるようにしてください」との声がかかる。唇に少しでも触れようものなら、かぶれて腫れ上がる人もいるらしい。

漆掻き職人の長島まどかさん
「漆掻きを始めたばかりの頃はあちこちかぶれましたね。面白いから写真を撮って両親に送りました(笑)」

掻いたばかりの辺から乳白色の漆がじわり。確かにほのかな甘さを連想させる香りがあった。指にとって嘗めてみた。

漆を指にとって嘗めてみた。

果たして──。

正直、甘くはなかった。強いて言うなら木やナッツを噛んだときのこうばしさを感じ、蜂蜜を連想させる風味が広がった。うん、まずくはない。

その後、舌はピリピリと痺れて一部が焼けて黒っぽくなったけど、数時間後には元通り。幸いそれ以外に症状はなく終了。あくまでも自己責任ゆえ、あしからず。

生の漆はどこへ行くのか

さて、次なる疑問が一つ。生の漆はどのようにして漆器になるのか。立花さんに相談すると

「それなら『滴生舎』にご案内しましょう」

「滴生舎」とは浄法寺漆芸の殿堂と言われる工房だ。実際に、漆塗りの現場を見せてもらうことにした。その模様は次回のお楽しみ。

<取材協力>
岩手県二戸市浄法寺総合支所 漆産業課
http://urushi-joboji.com

文:葛山あかね
写真:廣田達也

大切な人へ、秋の晩酌用に贈りたい。「錫の器」の製作現場

京都の洗練された技術が詰め込まれた工芸品。

数多ある金属のなかで、錆びない・朽ちない性質を持つことから縁起が良いとされ、繁栄を願う贈り物としても親しまれているものが、「錫(すず)」です。

また、錫は不純物を吸収し、水を浄化する性質があるとされ、錫の器はお酒の味わいを柔らかくまろやかにするといわれています。熱伝導も高く、燗が早くつき、冷酒も涼やかに引き立つそう。

聞いただけでも、ゴクリと喉が鳴ってきますね。

そんな錫のプロダクトを数多く取り扱っているのが、現存する日本で最も古い錫工房である「清課堂」です。今回は、天保九年(1838年)に創業以来、変わらず寺町通りに構える清課堂の工房を訪ねました。

「清課堂」外観。屋号は、明治時代に文人画家の富岡鉄斎が付けたのだそう

馴染みのない“錫”。いったいどんなもの?

1.宗教用品・神具

2.煎茶道の茶具

3.家庭の飲食器

錫は主に、これらの用途に使われてきました。

「神具とは神前にお酒、米、塩、野菜をお供えするための器です。特にお酒は錫性のもが多い。江戸時代の中頃、町人文化が華やいで豊かになった際、神社を崇敬している商人が商いが成功しているさまを誇示するために、錫製の神具を神社にお供えするというのが流行しました。

同時に、当時は神社が経済を握っていたので、信仰心の高さをアピールして神社の庇護を受けるために、競い合って奉納していたんですね。京都の工芸の本質は、宗教と経済が密接に関わっているんです」

古来から神仏器具・酒器として使われ、寺社仏閣では錫の御神酒徳利(おみきどくり)が使われた。御神酒徳利を「すず」とよび、宮中では今でもお酒を「おすず」と呼ぶことがあるのだそう

また中国茶葉を使った“煎茶道”に欠かせないのが錫の道具です。

「千利休が伝えた茶道には陶器がセットであるように、中国茶葉が奈良時代に伝わった際、錫製の器が日本に伝わったことから、煎茶道では錫の器が主に使われます」

そして、家庭用の器としては、滅菌性や耐食性の高さから重宝されたという側面があります。

「いまでいう、ステンレス、アルミニウムですね。それが昔は錫だった。錫は鉄、銅に比べて腐食に強い金属です。食べ物を扱う飲食器にとても適している金属なんです」

そんな錫を使った清課堂の人気製品は「タンブラー」。山中さん自身も、もっとも好きな製品のひとつだそうです。

早速、その「錫タンブラー」の製作工程を見せていただきました。

「清課堂」七代目の山中源兵衛さん

錫製品づくりの現場へ

清課堂の錫製品は、まず錫の板材をタンブラーの形に型取り、金属用のはさみで切り出すところから始まります。

切り出した錫を金鎚で打ち、丸めていきます。

清課堂の錫製品には、1%の銀を含む特殊な錫が使われています。柔らかい錫に硬さと弾み(もとに戻る性質)を出し、さらに時間が経っても色がくすまず、褪せない色合いを出すことができるのだそうです。

金属は空気に触れたところが必ず酸化するため、酸化した箇所を塩酸で取り除きます。

錫は鉄や銀などと比べ融点が低く、約240℃くらいで溶ける(鉄は約1800℃、銀は約800℃)

丸めた錫の板を接合します。

他の金属製品は接合する際に、使用する金属にロウやはんだなど、低融点の接合材を使うそうです。異なる不純物が混ざるため、溶接後の仕上げ時に若干の継ぎ目が出てしまいます。

しかし、錫の場合はもともと融点が低いため、はんだやろうなどの異素材を使わずに接合でき、継ぎ目のまったくない綺麗な溶接ができるのだそう。

先端だけ3000度の火力が出る特殊なバーナー

溶接によって盛り上がった「肉盛り」を金鎚で潰し、やすりで削り取ります。

表面を横挽きろくろを使って薄く削り、より密度の高い金属にして土台を作ります。「金属を締める」という表現をするそう。すこしずつ、タンブラーの形に近づいてきました。

金鎚で打ち付け、「鎚目(つちめ)」といわれる模様を入れていきます。この金鎚でのテクスチャー作りが、山中さんが製品を作る中でもっとも大事にしている表現のひとつです。

「職人が何年か修行すれば、ひとりで製品を作れるようにはなりますが、このテイストをどの職人がやっても出すことが重要です。出来にばらつきがあってはどうしようもありません。

例えば、お店にいったら同じ味の料理が食べられますよね。料理長が決めたお吸い物の味を、新人であろうがなんだろうがその味を出さなければいけない。ただ、そこが一番難しい。職人それぞれ手の癖も、力加減も、体格も違うからです」

そのばらつきが出やすいのが、錫の器の真骨頂である鎚目なのだそうです。

ここでは、“規則的でもなく、ランダムでもないテクスチャー”を出していくのだそう。見えない部分でもありますが、個性がもっとも出る箇所ともいいます。

器の底にも、丁寧に鎚目を入れていきます。

底が出来たら、作品の魂ともいえる刻印を打ち込みます。

最後に底を接合し、美しい、銀色に輝く錫のタンブラーが完成します。

使い手に寄り添った、自由で美しい金属

錫製品には、ろくろで削り出した「挽きもの」が圧倒的に多いなかで、清課堂が作る錫製品は、金鎚を使って手作業で仕上げる「打ちもの」がメインです。純度の高い錫は柔らかく 機械仕上げに向かないため、職人が手で仕上げなければならないそう。

朝から晩まで何万回も叩く金鎚は、職人たちが自ら作ります。「金鎚を研ぐのも仕事のひとつ。毎日手入れをします」と山中さん

「素材の柔らかさは、錫の大きな特徴です。木と同じように削り出し、フリーハンドで思うがままに形を調整することができます。

一方で、型を使って製品を1000個作るといった、鋳物の量産品にできることは一切できません。どちらが正しいということではなく、大量生産のきく製造方法とはまったく異なります。沢山つくって全国のデパートで売る、ということがうちではできないんです」

「私たちの製品は、昔から料理人との密なお付き合いでつくるものがとても多い。料理人は癖や味付け、美意識がそれぞれ違います。私たちはそれにもっとも適したかたちで器を製作するんです。

例えば、お店によって提供するお酒の量がそれぞれ違いますよね。カウンター10席の小さいお店でも、他の店にないオリジナルな器を作りたい。亭主、料理長の思いを形にするために、重箱の隅をつつくような仕事ばかり。そういったものに、錫の柔軟さと、打ちものの製法が適しているんです」

“フルーティー”な?錫の香り

「金属って、実は固有の匂いがあるんですよ」。山中さんはそう話します。

「銅は少し甘い香りだったり。錫にも鉄や銅とはまた違う、個性的な香りや味があります。個人的にはフルーティーで、お酒との相性がすごくいいんです。お酒が好きなかたはぐい呑みを買っていかれることが多いですね。燗に使うのもいいでしょう」

朽ちず、錆びない、美しい錫の製品。その裏側には、職人が地道に培った確かな技術と、使い手に寄り添うことができる錫の柔らかさがありました。

柔らかいということは、傷付きやすく、へこんで形も変わりやすいということでもあります。

しかし、形を変えながら使い手の記憶を刻み、時を経てその器の味となる。その「変化する」ことが錫の魅力かもしれません。

家のベランダで、縁側で、月を眺めながら晩酌。そんな夜が気持ちの良い季節になってきました。

季節の変わり目の晩酌用に、大切なひとへの贈り物に。ぜひ錫の器を手にとってみてはいかがでしょうか。

<取材協力>

清課堂

〒604-0932 京都府京都市中京区 寺町通り二条下る妙満寺前町462

075-231-3661

文:和田拓也

写真:牛久保賢二

酉の市の「熊手」に込められた願いとは?

11月は、酉の市 (とりのいち) の季節。

浅草・鷲神社の酉の市。深夜から大勢の人が詰めかけます
浅草・鷲神社の酉の市。深夜から大勢の人が詰めかけます

一昨年、さんち編集部でも浅草・鷲神社の酉の市に出向き、縁起物の熊手を購入してきました。

昨年の記事:「真夜中に始まる江戸の風物詩、酉の市に行ってきました!」

昨年の酉の市で購入した熊手。「さんち」と名前を入れてもらいました
昨年の酉の市で購入した熊手。「さんち」と名前を入れてもらいました

今回はこの熊手そのものに注目し、作り手さんを訪ねて、その由来や込められた願いを紐解いてみようと思います。

熊手はもともと、祭の一角で売られていた農具

江戸時代から続く酉の市。その起源は諸説ありますが、東京都足立区にある大鷲 (おおとり) 神社で始まった、秋の収穫祭が発祥だと言われています。

次第に、来年の商売繁盛や開運招福を願うお祭りへと変化していくなかで、もともと市の一角で農具として売られていた熊手が、いつの間にか縁起物として担がれるようになりました。

熊手を飾る縁起物「指物」とは?

熊手には、その形が鷲が獲物を掴んでいる様子に似ているため「福を掴んで離さない」という意味や、落ち葉などを集めることから「福をかき集める」という意味があるそうです。

また、時代とともに様々な縁起物も飾り付けられるようになりました。この飾りは指物 (さしもの) と呼ばれ、それぞれに洒落た願いが込められています。

それぞれの指物にどんな意味があるのか、熊手はどのように作られているのか。東京都足立区で120年以上熊手を作り続ける「熊手工房 はしもと」さんを訪ねて、教えていただきました。

「熊手工房 はしもと」代表の橋本誠三さん。橋本さんで3代目
「熊手工房 はしもと」代表の橋本誠三さん。橋本さんで3代目

おかめ、鯛、千両箱、亀などさまざまな縁起物が飾り付けられる

まず、熊手のメインとして取り付けられることが多いのは、「おかめ」のお面。おかめは「お多福 (おたふく) 」とも呼ばれ、その名の通り、福を多く招く女性のことです。江戸時代から熊手の中心に飾り付けられていました。

おかめの面は、伝統的な指物のひとつ。はしもとさんの工房の看板にも描かれています
おかめの面は、伝統的な指物のひとつ。はしもとさんの工房の看板にも描かれています

他にも鯛や、千両箱、亀など、さまざまな縁起物が飾り付けられています。

縁起物の定番、鯛の指物
縁起物の定番、鯛の指物
蕪 (かぶ) には「根が増える」「株分け」などの意味があります
“蕪 (かぶ) には「根が増える」「株分け」などの意味があります
枡は、「『ますます』繁盛」を意味する縁起物。商売繁盛を願う酉の市らしい指物といえます。こちらの枡の中には恵比寿様と大黒様が
枡は、「『ますます』繁盛」を意味する縁起物。商売繁盛を願う酉の市らしい指物といえます。こちらの枡の中には恵比寿様と大黒様が
「巾着」はお財布のこと。お金がたくさん入るように、との願いが込められています
「巾着」はお財布のこと。お金がたくさん入るように、との願いが込められています
七福神も指物の定番。こちらの熊手には小判や米俵など、様々な縁起物が飾り付けられています
七福神も指物の定番。こちらの熊手には小判や米俵など、様々な縁起物が飾り付けられています
神輿や風神雷神など、最近は指物もバラエティ豊かだそう
神輿や風神雷神など、最近は指物もバラエティ豊かだそう

家族総出。「熊手工房 はしもと」の熊手づくり

熊手づくりは、もともとは副業の家内制手工業として始まったものだそう。

はしもとさんでは現在も、橋本さんご夫婦、橋本さんのお姉さん、妹さん、義弟さんと、一家で熊手づくりをしています。

熊手が作られているのは、橋本さんのご自宅と、隣接する4階建ての倉庫兼工房。完成した熊手やその材料が、ところ狭しと並べられていました。

 工房の階段に並べられた熊手。ビニールを被り、酉の市で店頭に並ぶのを待っています
工房の階段に並べられた熊手。ビニールを被り、酉の市で店頭に並ぶのを待っています
2m近い巨大な熊手も!
2m近い巨大な熊手も!

工房にうかがうと、橋本さんのお姉さんと妹さんが、指物を熊手に飾り付けている最中でした。

全体のバランスを見ながら、躊躇なく指物を飾り付けていきます。数十年のベテランの技です
全体のバランスを見ながら、躊躇なく指物を飾り付けていきます。数十年のベテランの技です
滝登りする、鯉の指物もスタンバイ
滝登りする、鯉の指物もスタンバイ
義弟さんは大物の熊手を仕上げていました
義弟さんは大物の熊手を仕上げていました
「木 (ぼく) 」と呼ばれる木の飾りを仕上げる奥さん。松葉や梅の花を取り付けていきます
「木 (ぼく) 」と呼ばれる木の飾りを仕上げる奥さん。松葉や梅の花を取り付けていきます
梅の花が咲いた木 (ぼく)
梅の花が咲いた木 (ぼく)

はしもとさんでは年間5000~7000個もの熊手を作っています。前年の売上を参考に、お客さんのニーズに合わせた熊手を何十種類と用意するのだそうです。

平面から立体へ。進化する熊手づくり

こうした熊手づくりを120年続けてきた「はしもと」さん。時代によって、熊手のデザインや作り方に違いはあるのでしょうか?

「昔の熊手は、紙に絵を描いた指物を取り付けた、平面的なものばかりでした。現在でも『平 (ひら) 』と呼んで製作を続けています。

そこに、60年ほど前から『青 (あお) 』と呼ばれる立体的なものが登場しました。熊手の上部に飾られた松の色から青と呼ばれ、今ではこちらが主流です。指物に木彫りの人形を使うなど、年々熊手は豪華かつ高価なものになってきています。

一方で、最近は小さい熊手や、柄のついていない置物タイプの熊手も人気です。石膏ボードの壁で、熊手を取り付られない建物が増えているからですね」

昔ながらの「平 (ひら) 」の熊手。紙に描かれた絵の指物がメインなので、『青』と比べると厚みは控えめ
昔ながらの「平 (ひら) 」の熊手。紙に描かれた絵の指物がメインなので、『青』と比べると厚みは控えめ
立体の指物が飾り付けられた「青」の熊手はとてもボリューム感があります
立体の指物が飾り付けられた「青」の熊手はとてもボリューム感があります

あまり大きさにこだわらず、気に入ったものを買えばいい

さらに、熊手づくりを取り巻く環境も変わってきたのだと、橋本さんは語ります。

「指物も熊手本体も、昔は全てうちで作っていましたが、別の業者さんから取り寄せるものが増えてきています。

祖父が熊手づくりをはじめた頃は、農閑期に張り子を作る農家が近所に数多くあり、その張り子を使って指物を作っていました。しかし今は、宅地化で農家もなくなり、近所で張り子を手に入れることも難しくなりましたからね。

時代とともに、熊手づくりも変化しているんですよ」

「一方で、新しい材料や技術も登場しています。昔より指物の発色が良くなったりと、熊手のバリエーションは以前よりも広がってきています」

「熊手は年々大きいものに買い替えていくのが良いという話もありますが、どの大きさの熊手も同じように心を込めて作っています。また、同じデザインの熊手でも、すべて手作りなので一点一点どこかが違っています。ですので、あまり大きさにはこだわらず、気に入ったものを買うのが良いと思いますよ」

橋本さんのご自宅にも、熊手が。玄関に向けて、高い位置に飾るのが良いそう
橋本さんのご自宅にも、熊手が。玄関に向けて、高い位置に飾るのが良いそう

賑やかな酉の市を彩る熊手。縁起物の指物に込められた願いや、家族みなさんで作っている様子を知り、余計にありがたみが増すように感じました。

11月の酉の市は、あと2回。まだ行かれていない方は、お気に入りの熊手を探しに足を運んでみてはいかがでしょうか。

こちらの記事は2017年11月28日の記事を再編集して掲載しております。今年も盛り上がりを見せる酉の市。ぜひ皆さんも足を運んでください。

 

<取材協力>
熊手工房 はしもと
東京都足立区本木2-7-17
090-3202-0416

 

文・写真:竹島千遥

全長200mの家具ストリートが出現。日本一の家具のまちで「クラフトマンズ デイ」が初開催

大きな買い物である家具。
なかなか取り替えるものでもないですし、本当に納得できるものを選びたいなと思います。

この週末、そんな家具を「買わずに」楽しみながら味わえるイベントが開催。まち全体が「家具のギャラリー」のようになる、「クラフトマンズ デイ」です。

イベントの先頭に立つのは、いつもは工場で汗を流しているクラフトマン=職人たち。職人の技を間近で見学できるオープンファクトリーや、自ら体験できるワークショップも開催されます。

ショールームを飛び出して、近い距離で家具の魅力をたっぷり堪能できる3日間です。

日本でいち早く、家具に“デザイン”を取り入れた大川家具

会場となるのは福岡県大川市。意外と知られていませんが、実は430年以上の歴史を持つ、日本一の家具の産地です。

福岡県大川市のクラフトマンズデイ
九州随一の大河・筑後川の河口近くに位置する大川

人口およそ3.5万人。車で走れば約20分で端から端まで行けるほどの小さなまちですが、工場の数はなんと300社以上にも及びます。

大川の家具の特徴は、なんといってもそのデザイン性の高さ。技術はもちろんのこと、芸術性に富んだ、見た目にも美しい家具が揃います。

福岡県大川市のクラフトマンズデイ
特許を持つオリジナル技術で加工した「丸庄」のソファ
福岡県大川市のクラフトマンズデイ
福岡県大川市のクラフトマンズデイ
福岡県大川市のクラフトマンズデイ

実はここ大川は、日本でいち早く家具を“道具”から脱却させた産地。

“使うための道具”だった家具に、“デザイン”の要素を取り入れた製品を長年提案してきました。それまでの家具の概念を、「インテリア」に昇華させた産地といっても過言ではありません。

そんな歴史ある大川で開催される「クラフトマンズ デイ」。どんな体験ができるか、のぞいてみましょう。

日本一長い家具展示

目玉企画の一つが、まち全体を舞台にアートのように家具を飾る企画、「ファニチャーストリート」。日本一長い家具展示場が出現します。

その長さは総長200m。江戸時代の風情を残す大川が家具の大見本市となり、民芸家具から組子細工、北欧スタイルから和モダンまで、様々なタイプの大川家具が古い町並みに集結。見て歩くだけで楽しめそうです。

福岡県大川市のクラフトマンズデイ
ファニチャーストリートの会場となる大川の町並み

さらに、この祭典のために特別に作られたソファやテーブルがお披露目。イタリアの家具産地・ポルデノーネ市のデザイナーが大川をイメージしてデザイン・設計。それをもとに、大川の職人が技術力を結集させて作り上げた作品が20点ほど並びます。

福岡県大川市のクラフトマンズデイ
組子技術で製作した組み立て式茶室「MUJYOAN – 無常庵」の新作も披露

職人の技と想いを体感できる、オープンファクトリー

「どんなに難しいオーダーにも応える」が、大川家具職人の合言葉。その技術の高さを目の当たりにできるのがこのオープンファクトリーです。

いつもは閉ざされている工場が開放され、100人もの職人がお出迎え。480年の歴史と技術を誇る家具・建具職人たちの手仕事を間近に見ることができます。

福岡県大川市のクラフトマンズデイ

また、半数の工場でワークショップも開催。組子コースターや、ヒノキのバスチェア、木のスピーカー、テーブルコンテナ等の体験コンテンツが目白押し。1日中いても時間が足りないかもしれませんね。

国内外で評価される大川家具の背景

多彩な家具を生み出す技術をもつ大川だからこそ開催できるこのイベント。その背景には、各分野のプロたちの連携がありました。

福岡県大川市のクラフトマンズデイ

480年の歴史を受け継ぐ大川には、伝統的に引き継がれてきた組子や彫刻などの伝統工芸だけでなく、ガラス加工、金具製造など、それぞれの技術で細分化された専門の職人が働いています。

機能性・アート性の高い家具を作るためには高度な技術が要求されるため、昔から分業でものづくりをしていたそうです。

また、丸太からの製材、組み立て、塗装、販売、運送に至るまで、地域内で完結できるのも、大川ならでは。各分野の技術を極めたプロが連携をしながらも、分担して作業をするため、常に高いクオリティーでのものづくりができるといいます。

福岡県大川市のクラフトマンズデイ
大川組子のランプシェードは、光と木の芸術品のよう

職人の技と芸術性を体感する

「『家具を買ってもらうこと』がこのイベントの目的ではありません」。そう、大川市役所の担当者は話します。

「大川家具をアートのように楽しんで見てもらい、その技と芸術性を体感してほしい。また、職人と直接話すことによって、彼らの家具にかける想いを感じてほしいなと思っています。

このイベントは、職人やデザイナーが長年あたためていた企画です。これだけ大規模に工場が開放されることは歴史上これまでありませんでした。ぜひ、大川のクラフトマンたちの手仕事を間近で見てみてください」

福岡県大川市のクラフトマンズデイ
地元の人から「おふろうさん」の名で親しまれる風浪宮ではオープニングイベントが開催(※プレス向け)

ショールームに行くのは少しハードルが高いけれど、「クラフトマンズ デイ」なら職人さんと話したり体験をしながら楽しんで家具を知れるはず。

また、家具は毎日の生活を長く共にするものだから、せっかくなら信頼できる人から直接買いたいもの。作った人の顔が分かる家具はより一層、愛着が持てそうですね。

クラフトマンズデイ

開催日時:
2018年11月2日(金)※関係者のみ
2018年11月3日(土・祝)10:00~20:00
2018年11月4日(日)10:00~20:00

開催場所:大川産業会館ほか市内(福岡県大川市酒見221-3)
(市内27会場の周遊バスが4コース巡回。乗車料1000円)

料金:入場無料・予約不要 ※ワークショップは有料
HP:https://www.craftsmansday.com/ 

文:猫田しげる