沖縄の新しい酒屋が仕掛ける、フードカルチャーの最前線

工芸産地を地元の友人に案内してもらう旅、さんち旅。

もともと東京で、ショップやものづくりなどのディレクションに関わっていた村上純司さん。沖縄に移住したとは聞いていたものの、〈LIQUID(リキッド)〉という少し変わった、「飲む」という行為に焦点を当てた専門店を始めたというお知らせが、編集部に届きました。

ということで沖縄、村上さんのお店LIQUIDを訪ねる「さんち旅」。今回は第2回です。

第1回目の記事はこちら
日本最前線のクラフトショップは、日本最南端にあった
〈「飲む」をテーマにしたモノ・コトの専門店、LIQUID 沖縄〉

オーナーの村上純司さん。東京江戸川区生まれ
オーナーの村上純司さん。東京・江戸川区生まれ。東京のディレクション会社を退職した後、2017年、沖縄宜野湾市にクラフトショップ〈LIQUID〉をオープン
「飲む」という行為に焦点を当て、日本最前線のクラフトを展開する〈LIQUID〉
「飲む」という行為に焦点を当て、日本最前線のクラフトを展開する〈LIQUID〉。都内では見かける事もままならない、ピーター・アイビーのガラス作品をはじめ、作家たち賛同のもと、この店だけの別注品も並ぶ

聞けば「飲む」という行為に焦点を当てた結果、道具の販売だけでなく“飲み物”であるカレーも提供準備中とのこと。この洗練された空間でカレーというだけでも驚いてしまいますが、LIQUIDの「飲む」という表現の場は、なんと別棟での酒屋へと続いていました。


 

2号店、酒屋〈LABO LIQUID〉の開店

沖縄 labo liquidの入口

「体験がともなうと、その道具の魅力の伝わり方も全然違いますよね。LIQUIDでは茶器はもちろん、酒器も取扱っています。その道具の魅力や世界観を充分に伝えようとした結果、お酒を取り扱うことは自然の流れでした。

でもどうしても、同じ建物の中ではお酒の展開が難しかったので、もう1カ所場所を作ることにしたんです。近くを探していたら、天然酵母パンの〈宗像堂〉さんがちょうど新しい施設を作るところで、その一室をお借りすることになりました」

〈宗像堂〉は、宗像誉支夫さん、みかさんによって始められた、石窯で焼き上げられる天然酵母のパン屋。ロゴデザインに〈minä perhonen〉皆川明さん、店舗のテラスの壁画は、絵本作家の沢田としきさんと、様々なクリエイターによる支持のもと、2003年沖縄県宜野湾市にオープン
〈宗像堂〉の新しい施設〈宗像発酵研究所〉。ロゴデザインは〈minä perhonen〉皆川明さんによるもの
LIQUIDから徒歩圏内の宗像堂の新しい施設〈宗像発酵研究所〉。パンをはじめとした、様々な発酵についてのアプローチが進められるラボ。宗像堂と同じく、ロゴデザインは〈minä perhonen〉皆川明さんによるもの

作り手が描いた世界観を届ける酒屋

真喜志奈美さんと竹島智子さんの共同プロジェクト〈Luft〉によるラワン材やステンレスなど、素材感を活かしたソリッドな内装
ラワン材やステンレスなど、素材感を活かしたソリッドな内装は、〈Luft〉の真喜志奈美さんによるもの。こちらでも「飲む」をテーマにした村上さんセレクトの品々が購入可能
珍しい自然派ワインやクラフトジンと充実の冷蔵庫
珍しい自然派ワインやクラフトジンと充実のセラー。左側のセラーに並ぶ日本酒の「風の森」は、味わいの輪郭も特徴的な銘柄で、全国にもファンが多い。蔵元のある奈良でもなかなか見ることができない充実の品揃え

「日本酒は最後まで取り扱いするか悩んだのですが、日本を語るっていうコンセプトからも避けて通れませんでした。数ある日本酒の銘柄の中でも『風の森』は、今できる技術を駆使して、できたての美味しさを家庭に届けたいという思いで作られています。

クオリティはもちろん、発酵の度合いやお米の種類、磨き具合で、いろいろなバリエーションで展開されているのでひとつの蔵元でも充分に楽しむことができるんです。加えて、安定供給と手に取りやすい価格のラインナップも魅力でした」

たしかに、洗練された内装のしつらえからすると手の届かない高価なお酒ばかりのようだが、よく見ると「風の森」は1150円からと、デイリーに楽しむことができる価格帯から揃う。

「日本酒って、お酒と酒粕に分ける行程で3種類あるんです。最初何もしない状態の割と白濁しているのが “あらばしり”。次の段階が “中汲み”。これはお酒本来の透明感があって、旨味が詰まっているもの。そうして最後にぎゅっと絞るものが”責め”と言ってアルコール度数も高くて雑味も多いものになります。

風の森は、通常のラインナップでも充分クオリティが高いんですけど、お米の麹の旨味と吟醸の透明感の両方持ってるものが限定酒で出るんです。例えば通常のラインナップが中トロだとしたら、大トロのような存在です。

── 生産背景を知った上で、そういった作り手の世界観が描かれたものがきちんと置かれ、そしてそれを届けることができるお店にしていきたいと思っています」

酒もまた人の手を介して作られる、いわばクラフト作品。魅力的なお酒の向こうには、魅力的な作り手の顔が思い浮かぶ。

世界30カ国にわたる700以上もの酒造会社、醸造所などを巡り、様々なお酒造りを学んだ辰巳祥平さんによる〈アルケミエ辰巳蒸留所〉のクラフトジン

「お酒をセレクトするにあたって、道具のセレクトと同じように作り手の世界観も大事にしています。そういった意味では、このクラフトジンも興味深いですよ。

日本名水100選にも選ばれる、水の街でもある岐阜の郡上八幡というところで、辰巳祥平さんという方が、おひとりで作られています。蒸留所は去年立ち上げられたんですけど、すでに業界では有名な存在で、取引先は全国にあり、ジンの発祥国であるイタリアを始め、フィンランドにも輸出されています」

「辰巳さんのもともとの醸造の目標でもあった日本初のクラフトアブサン(*)も、今度入ってきます。といっても、1回に造られるのは大体500~600本。全国の取引先が50あったら、1ダース、12本ずつの納品で終わってしまう計算です(笑)。だけど、びっくりするぐらい芳醇な香りが楽しめますよ」

✳︎アブサン:フランス、スイス、チェコ、スペインを中心にヨーロッパ各国で作られている薬草系リキュールのひとつ

LIQUID村上さん

そんなお酒の旨さを嬉々として語る村上さんの姿は、さながら酒屋のご主人だ。

「こっちは自然派ワイン。自然派ワインはフランスが王道ですが、僕がワインを好きになったきっかけは〈ヴィナイオータ〉さんというインポーターさんが扱っているイタリアのものでした。だから、お客さまにおすすめするのも、まずはそこからスタートしています。

人の手というよりは自然にゆだねて、土地の力とか気候の力を借りて、自分たちが好きな品種を大事に育てているワイナリーが多いですね。結果、醸すときも自然の摂理にまかせて、あまり手を加えていないものが多いです。

日本酒もワインも共通して言える事は、フィルターをかけすぎてしまうと、確かに色が綺麗で風味も安定したお酒はできるのですが、素材が持つ旨味などの大事な個性が失われてしまうように思うんです」

 

ふと、村上さんの言葉がお酒のことを語っているようで、店作りのことを語っているようにも聞こえてくる。

気になって尋ねると、やはり店作りにおいてもなるべくフィルターには通さずに、その魅力をダイレクトに伝えることを心がけているのだそうだ。

 

日本の最前線を沖縄に伝えるコラボレーション

「根底に今の日本を、沖縄に対してプレゼンしたいという気持ちがあったので、“日本の今”ってどういうことなのかなというのをまず表現しようと思いました。やっぱりこねくり回してお店を作ると、どうしても似たようなお店になっちゃうんですよ。なので極力いじらずに、“そのまま”を伝えることを大事にしました」

日本の最前線を届ける。クラフトショップの〈LIQUID〉も、酒屋の〈LABO LIQUID〉も根底に流れる思想は同じ。届けたいのはその“旨味”の部分だ。

そういった思いのもと、ここで時折開催される村上さんキュレーションによるワークショップのファンも多い。

「ワークショップは、店舗で扱っている飲み物や道具を実際に体験してもらえるので、魅力の伝わり方が全然違いますね。今後は、店舗の器やスプーンなどの使い心地に加えて、“日本のフードカルチャーの最前線”も伝えていけたらと考えています」

聞けば、「風の森」の蔵元である油長酒造・山本社長による日本酒の飲み比べの会 「日本酒ラボ」をはじめ、オーダー専門のお菓子店〈mon chouchou〉主宰 おかし作家・やましろあけみさんとの「お菓子と自然派ワインの会」、人気・実力ともに日本国内における生ハムの第一人者・サルーミ専門店〈サルメリア69〉の新町賀信さんによる「生ハムカット講座」など、フードカルチャー誌から飛び出してきたかのようなラインナップだ。

さらには、宗像発酵研究所とLABO LIQUIDの1周年には、新町賀信さんによる「おいしい生ハムツアー」も決まっているという。都市部から北部まで縦断しながら、沖縄で生まれた新・旧の食文化と生ハムの極上の調和を楽しめるという、なんとも楽しそうな試み。日本のフードカルチャーの最前線は、ここ日本の最南端でまた更新されるのかもしれない、と感じる。

 

LIQUID沖縄

そんな多岐にわたる日常の業務を想像して、今の運営業態は大変ではないかという問いには、村上さんはこう答えた。

「もちろん息切れしながらやっています。でもそういったワークショプや、今後開設するWebショップも含めて、1人でどこまでやれるか挑戦してみようと思っているんです。

今、いろいろな会社も、何かのプロジェクトを実現するために、その都度必要なチームを組んで実行するという形が増えてますよね。お店もそうあって良いのかなと思っています」

テスト

「やっぱり『飲む』行為って面白いんです。休憩のためにお茶を飲んだり、仲を深めるためにお酒を飲みに行ったり。

その行為は人と人との間に必ずあって、その時間や場所、飲み物で、ぜんぜん役割が変わっていきますよね」

 

クラフトショップ、酒屋、ワークショップ、そしてWebショップ‥‥。村上さんの発信し続ける「飲む」にまつわるアウトプット、その表現のバリエーションには枚挙に暇が無い。

「沖縄の人たちと“日本の今”を共有していきたいという想いしか今はないです。

いろんなインフラも整って、西からアジアの方も来てくれます。僕は東京からきたので、今後は東京を目指すと言うよりは、どんどん逆に。西の方へ行きたいかな」

LIQUIDと言う名の「飲む」コミュニケーションは、今年7月で1年を迎えばかり。村上さんはこれからもたくさんの「日本の今」という風をあつめながら、豊かで自由なコミュニケーションを沖縄に届けていくことだろう。

LIQUID / LABO LIQUID

LIQUID

LIQUID: 沖縄県宜野湾市嘉数1-20-17 No.030
LABO LIQUID: 沖縄県宜野湾市嘉数1-20-7 宗像発酵研究所内
098-894-8118
営業時間:10:00〜18:00
定休日:火・水・木・金曜日
HP: http://www.liquid.okinawa/
Facebook: https://www.facebook.com/LIQUID2017/
Instagram: https://www.instagram.com/liquid_okinawa

文:馬場拓見
写真:清水隆司

賞味期限はわずか10分。持ち帰り不可の「吉野本葛」で本物の葛を味わう

こんにちは。元中川政七商店バイヤーの細萱久美が、「日本各地、その土地に行かないと手に入りにくい良いモノ」を紹介する連載の第4回目です。

前回のクッキーに続き、今回も食べ物になってしまいました。
グルメでは無いですが、食への関心が高い方だという自覚があります。

ご紹介するのは、我が本拠地の奈良県の一品。ちなみに奈良県は思いの外広く、住んでいる奈良市は奈良県北部ですが、南部地域の方が断然広いのです。

柿で有名な五條や、桜で有名な吉野までは足を伸ばしたことがありますが、天川村、十津川村といった各村は未開拓。いずれ巡ってみたいと思っています。

今回は、南部でも比較的アクセスのしやすい、そして観光地としても人気の吉野のお菓子です。

吉野には特産品も多く、杉や檜と言った木材は「吉野材ブランド」として住宅用に全国に出荷されていたり、気軽なお土産としてはお箸が人気。他には伝統的な手すき製法を守っている宇陀和紙は文化財修復にも欠かせません。

奈良県吉野の風景

食の特産品では、柿の葉寿司、地酒、そして今回スポットを当てる吉野本葛です。葛は植物ですが、「見たことありますか?」と、実は私も聞かれたのですが、意識して見たことはなかったものの、日本全国場所を問わずに生えているそうです。

そんなに一般的な植物とは露知らずでしたが、葛の根から採取する葛粉の製法は大変な手間。根を砕いて、真水で洗ってでんぷん質を沈ませ、上水を取り除いてまた真水で洗い沈める。これを繰り返して純白な葛粉になります。

水が綺麗で豊富な吉野地方独自の水晒製法は、「吉野晒」と言われ、この方法によって精製されたものを「吉野本葛」 または「吉野葛」と呼び、地域ブランドとなっています。上品なとろみと、滋味深い味わいの吉野葛は和食や葛切り、葛もちなど素材を生かした食べ方が多いかと思います。

この連載のタイトルは、「ここでしか買えない」ですが、今回は「ここでしか食べられない」です。しかも驚くなかれ、賞味期限10分の吉野本葛の世界!

目の前で作った葛餅と葛切りを即食べられるお店が「葛屋 中井春風堂」です。なぜ10分かというと、その理由は葛の特性にあり。

中井春風堂の中井さんが葛餅と葛切りを作りながら葛についてお話をしてくださるのも楽しいのですが、中井さん仰るには、葛は「透明感」「滑らかさ」「やさしい弾力」そして、「劣化の著しい速さ」が避けられない要素なのだそう。

奈良県吉野の葛屋中井春風堂
奈良県吉野の葛屋中井春風堂

吉野本葛と水を練り合わせて、火を通すと美しい透明の葛餅や葛切りが出来ます。ただ、その美しい姿を楽しめるのはわずか10分間。

それ以降は水が戻り始め、白濁し弾力も鈍ってきます。ただそれは、葛粉と水という自然の素材のみであるが故、必然の現象なのだそう。

葛屋中井春風堂の葛づくり風景
葛屋中井春風堂の葛づくり風景

目の前で、あっという間に透明の綺麗な葛餅、葛切りが現れたと思ったら、勿体ぶって食べていると確かにじわじわ白く変わってきました。

「あー、無くなってしまうー」と思いつつも、ありがたく美味しいうちに戴きました。これが本当の葛本来の味・・・知っているようで知らなかった世界との出会いです。

葛屋中井春風堂の葛づくり風景

賞味期限の短さゆえに通販は無理で、行かないと食べられないお菓子には、京都の「澤屋の粟餅」、函館近郊の「大沼だんご」など好みが幾つかあり、それをきっかけに旅に行くこともありだと考えています。

旅のきっかけは何でも良いもの。さすがに「10分の為」はなかなかありませんが(笑)。中井春風堂にはお土産にも出来る葛菓子も色々ありますよ。

吉野は全国屈指の桜の名所ですが、これから桜の葉が赤く色づき、11月に入るとモミジが色鮮やかに染まります。

山から愛でる荘厳な紅葉と吉野本葛。なかなかに渋い大人の秋旅におすすめです。

細萱久美 ほそがやくみ

元中川政七商店バイヤー
2018年独立

東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

 

文・写真:細萱久美

【はたらくをはなそう】商品三課 鈴木佑紀子

鈴木佑紀子

商品本部 商品三課 ストックコントローラー
2008年新卒入社 営業部(現 卸売課)配属
2012年 生産管理課へ異動
2017年 商品部 商品三課 生産管理(ストックコントローラー)
全国のメーカー・職人さんとやり取りをしながら、
商品の量産のスケジュール管理や在庫管理を行っています。

私の社会人生活の中で一番大きかった出来事は、
ジョブローテーションで4年半在籍した卸売の担当から
生産管理課に異動をしたことだと思います。

簡単に説明すると、買っていただく仕事から、商品を作る仕事へ変わったのです。
それまで原価の事など考えたこともなかったので、
本当に私にできるのか??といった漠然とした不安がありました。

だけど商品がどう作られているのかを身近で見る機会が一気に増え、
また違う角度でのやりがいを見つけることができました。
今も、とても気に入っている仕事です。

取扱商品の種類は沢山ありますが、
それぞれのものづくりにそれぞれに面白さや技術、奥深さがあります。
特に作り手の方とやり取りをする機会が多いので、
直にお話をして学べることは、とても恵まれた事だと思っています。

あと、担当した商品は愛着が倍増しますね。
「うちの子が一番かわいい」という感覚です(笑)
担当した“だるま”や“こけし“を自分の机に飾って、
日々見守ってもらいながら仕事をしています。

私が仕事をする上で大事に考えていることは、安定させることです。
日々変化があり、それが面白い会社なので、
もちろん柔軟に考え行動する事は不可欠なのですが、
置かれた場所や変化があった状況を一秒でも早く
良い方向で安定させることが善だと考えて行動するように心がけています。

また個人としては自ら変化を生むことより、
変化に対して実運用をどううまく回していくかを考える方が
力を発揮できると思っているのでそれを信じて動くようにしています。

仕事をしていて嬉しい事は、
お店に自分が担当している商品がメインでディスプレイされていたり、
町で実際に使っていただいているのを見かけたりしたときです。
かわいいですよね!うちの子なんです!と声を掛けたくなります(笑)
これからも全国のお客様に商品を届けられるよう
安心のストックコントローラーを目指して日々精進していきたいと思います。

夏目漱石『三四郎』の名場面を今に残す、数少ない職人が受け継ぐ菊人形の世界

近年、秋といえばカボチャのお化けが定番になっていますが、昔からの風物詩に「菊人形」があります。

菊というと、仏花のイメージもありますが、色とりどりの菊花で着飾った人形たちはとても華やかです。

菊人形は江戸末期、江戸・麻布台の植木屋さんが、菊で鶴などの造形物を作ったのがはじまりといわれています。

菊人形
扇を模した菊細工

明治中頃、東京・団子坂で歌舞伎の場面などを再現して見せる「菊人形興行」が人気となり、多くの人で賑わうようになりました。

菊人形団子坂

二葉亭四迷、正岡子規、森鴎外らの作品にも当時の様子が描かれていますが、夏目漱石『三四郎』もそのひとつ。

「…一行は左の小屋へ這入った。曾我の討ち入りがある。五郎も十郎も頼朝もみな平等に菊の着物を着ている。…」

主人公・三四郎が思いを寄せる美禰子との印象的なシーンに団子坂の菊人形が登場します。

戦後、菊人形の興行は全国で開催され、秋の行楽として親しまれるようになりましたが、時代とともに少なくなり、今では数えるほどになってしまったといいます。

これぞ日本の秋の風物詩

東京上野の湯島天神では、毎年11月に「菊まつり」が開催され、今年(2018年)で40回目を迎えます。

境内には様々な菊花が約2千株ほど展示され、多くの観光客が訪れます。

菊人形
菊人形
会期中、花が満開になると赤いダルマになる

愛好家のみなさんが丹精込めて育てた菊が展示される中、一際目を引くのが菊人形です。

菊人形

今年はNHKの大河ドラマ「西郷どん」をテーマに3体の艶やかな人形が並びました。

活人形から菊人形へ

菊人形は、人形の顔や手足を手がける「人形師」、そこに菊を付ける「菊師」、菊人形専用の人形菊を作る「菊栽培師」など、それぞれ専門の職人さんがいます。

かつて菊人形で賑わった団子坂近くの千駄木に、今も人形を作る工房があります。江戸時代から続く「面六」(田口人形製作所)さんです。湯島天神の菊人形も手がけています。

菊人形

5代目の岡本史雄さんに話を伺いました。

「初代は浅草で神楽面(神事に使うお面)を作っていました。2代目の頃から、その当時人気だった活人形(本物そっくりに見える人形)を作るようになって、多い時は10人くらい、手、足、顔それぞれの職人がいたようですね」

菊人形
歌舞伎十八番『暫』の鎌倉権五郎を模した活人形。今にも「しばらく〜」と喋り出しそう

その後、活人形の手、足、顔を使った菊人形が盛んになったことから、千駄木に移り、団子坂での菊人形の興行の最盛期には、一度で約60体を提供していたそうです。

明治42年、両国の国技館での菊人形展が始まると客は移り、団子坂の菊人形興行は衰退。面六も国技館の仕事を請け負うようになりました。

菊人形
昭和11年、両国の国技館で開催された菊人形展の資料。人形師に「田口人形製作所」の名前
菊人形
各場面の登場人物が描かれ、これを元に人形を作っていく

お楽しみは「見流し」

岡本さんが人形の仕事をするようになったのは10代のころ。面六は中学校の同級生だった奥様の実家で、遊びに来る度に仕事を見ていたのがきっかけだったそう。

「最初はアルバイトではじめたのが、結婚してからは仕事しながら手伝うようになって、そうこうしているうちに継承することに。一人ではできないから家族にも手伝ってくれって」

以来、奥さんと息子さんの3人で店を守っています。

人形作りが楽しいという岡本さん。菊人形の魅力はなんでしょうか。

「なんだろうなぁ。俺たち夢中になってやってるからね。鮮やかさ、華やかさかな」

菊人形
現在、江戸東京博物館に展示されている菊人形。人形だけでなく菊の衣装も面六で手がける。館内には貴重な紙資料が保管されているため、虫のつく生花は使えず、造花の菊で飾っている(写真提供:面六)

菊人形の楽しみ方の一つに「見流し」があるといいます。

「人形を見ながら歩く。一場面、一場面、物語になってるんです」

歩いて行くと物語が進んでいく。だから大河ドラマがテーマになっていたりするんですね。

「そうそう。以前に大阪のひらかたパークで、坂本龍馬の菊人形で、お龍さんの湯上がりシーンを作りました。肌を出した菊人形は初めてだったらしいですよ。色っぽいって言われてね」

菊人形
お龍さんの菊人形。鮮やかなピンクの着物が艶やか

そこだけすごい人だかりになったそうです。

「昔はたくさん人形を並べられたからできたけど、今はそれだけの体数がないから見流しもできなくてね」

そういう楽しみ方があったとは。菊人形がただの人形の展示ではなく、興行として成り立っていたことがわかる気がします。

頭だけなのに、ものすごく色っぽい

では、菊人形はどのように作られているのでしょうか。

菊人形
湯島天神「菊まつり」のデザイン画

まずは人形の顔作り。桐材を彫り、中に目玉を入れ、表と裏を膠(にかわ)で合わせます。

菊人形
菊人形
菊人形

次に、胡粉(ごふん)を塗ります。胡粉とは、貝の粉を細かくしたもの。ぬるま湯で溶かした膠に胡粉を混ぜ、刷毛で塗っていきます。

菊人形
胡粉(蛤と牡蠣などを混ぜたもの)と膠

羽二重(はぶたえ)と呼ぶ髪の毛は、人毛が1本ずつ縫われています。

菊人形
菊人形

胡粉を塗った上に羽二重をつけ、その上にまた胡粉を塗っていきます。

菊人形

その後、色を混ぜて肌色の胡粉を作り、4から5回にかけて薄く塗って仕上げていきます。

完成するとこのようになります。

菊人形
頭だけなのに、ものすごく色っぽい

手、足も同様に作っていき、人形のパーツが完成します。

人の形を想像しながら作る

次に人形の枠組みとなる胴殻(どうがら)を作ります。材料となるのは、竹ひごを芯に藁で包み、糸で巻いた「巻藁」。

材料の藁は近場で揃わないので、毎年、千葉の農家まで取りに行く
菊人形
巻藁を作るのは菊人形の終わる12月頃からはじめ、来年の準備をする。面六さんでは180cmの巻藁を1000本ほど仕込む

「胴殻は、最初に腰の位置を決めてます。人形は等身大だから、腕の長さなんかは自分たちの腕を採寸しながら作っていきます」

着物姿の場合、襟の合わせや袴、裃など、時代や性別などによって形が変わります。

菊人形

胴殻に菊をつけていくため、形が正確でないと見栄えに関わります。重要な作業ですが、想像しながら作るのは難しそうです。

「大事なのはバランス。身長に対してどこに腰がくるか。顔の大きさと体が整っているのか、遠くから見ながら考えます」

以前は胴殻だけを作る胴殻師もいたそうですが、現在は、菊を付ける菊師が請け負うことも多いそうです。

これで胴殻が完成。面六さんが作るのはここまでで、この先は菊師さんにバトンタッチされます。

菊人形

面六さんがお願いしているのは、茨城県龍ヶ崎の菊師・辻さんです。面六さんが龍ヶ崎まで胴殻を運び、辻さんがご自宅で菊をつけた後、会場の湯島に運んできます。

菊人形のために栽培された菊

菊人形

こうして出来上がった菊人形。三人三様の美しい衣装で飾られました。

男性は鮮やかな色使いで凛々しく、女性は淡い黄色と白がグラデーションになって、柔らかな印象に仕上がっています。

菊人形
菊人形
蕾もあるので、満開になるとまた雰囲気も変わってくる

衣装となる菊花は、菊人形専用の「人形菊」。細工がしやすいよう、枝が柔らかく、花が先に集まるように栽培されています。

生花なので、水やりも欠かせません。水をやるのはこの根元の部分。

菊人形
菊の根を水苔で巻き、イ草で縛って玉にした根巻(ねまき)

湯島天神では、文京区の菊愛好家の方々が毎朝水やりを行なっているそうです。

毎日水やりをしても、どうしても花が傷んできてしまうので、会期中頃に衣装の着せ替えが行われます。

そのため、再び龍ヶ崎から菊師さんが来て全て菊を外し、新しい菊をつけていきます。3体着せ替えるのに4日ほどかかるそうです。

菊人形
その時期に咲いている人形菊が使われるので、会期の最初と最後では全く違った衣装になるのも菊人形の楽しみの一つ

みんなが残っていかなければ続けられない

これだけ多くの人が携わり、技術のいる菊人形ですが、興行数が減ったことで、伝統を受け継ぐ職人さんも少なくなってしまったといいます。

「特に大変なのは菊師さんですよ。ほとんどの人が他の仕事と二足のわらじ。

菊人形は9月から11月で終わっちゃうからね。それも毎日の作業でなく、菊を付けたら着せ替えまで仕事はない。だから、農家の人が多いのかな」

面六さんも菊人形だけでなく、山車人形(祭りの山車に飾られる人形)、初代の奥さんが鳶の家の生まれだったことから「纏」も作っています。

菊人形
面六の名が入った纏を手にする岡本さん。胡粉は火に強いため、纏にも塗られている

人形の製作は多い時で、年間60体。

「家族3人では、なかなか製作が追いつかないので、今まで作った人形の顔の表情を変えたりしながら作っています」

胡粉は水に弱いため、屋根のない屋外に展示する場合などは、水にも強い樹脂で製作しています(湯島天神の菊人形は手足が樹脂)。

菊人形

「材料もね、なかなか揃わなくて。胡粉もないんですよ。今まで仕入れてたところがやめちゃって、別の胡粉にしたら石膏っぽかったりして。膠もなくなるっていうし」

羽二重を作る職人さんもいなくなっているそうです。

「羽二重は頭の型を取って合わせて作ってもらうんだけど、今、やる人いなくなっちゃった。目玉は目玉屋さん、もう都内に作る人がいないんですよ」

菊人形

「材料もそうだし、人形師、菊師、菊を栽培する人、舞台を作る大道具さん、菊人形は共同作業でやらないとできませんからね」

『三四郎』の世界から、現代の菊人形へ

今も菊人形展を続けているところは全国で数カ所ありますが、そのひとつに大阪のひらかたパークがあります。面六さんも7年ほど前から人形を出しています。

菊人形
百周年記念・ひらかた大菊人形「龍馬伝」より(2010年・写真提供:ひらかたパーク)
菊人形
ひらかたの秋・菊人形祭「時代を変えた男 平清盛と源頼朝」より(2012年・写真提供:ひらかたパーク)
菊人形
ひらかた菊人形回顧展「関ヶ原」より(2017年・写真提供:ひらかたパーク)

そんな、ひらかたパークの菊人形展が、今年、新しくなりました。

菊人形
「ひらパー×ネイキッド 新・菊人形展 DRESS」(2018年・写真提供:枚方パーク)

なんと、映像やインスタレーションプロジェクションマッピングなどを組み込んだ斬新な菊人形展です。これまでとは全く違う、幻想的な世界が広がります。

もちろん、面六さんの人形も飾られます。

菊人形
「ひらパー×ネイキッド 新・菊人形展 DRESS」より(写真提供:ひらかたパーク)
菊人形
「ひらパー×ネイキッド 新・菊人形展 DRESS」より(写真提供:ひらかたパーク)

「どんな風に見えるのか楽しみだよね。観に行こうと思って」

新しい菊人形の世界、ぜひみなさんも観に行ってみてはいかがでしょうか。

『三四郎』に欠かせない菊人形の場面。菊人形を知らずとも小説は読めますが、その風景を想像できることで、より物語の世界に親しむことができ、主人公たちの心情に触れることができるような気がします。

名作を楽しむためにも、いつまでも菊人形が秋の風物詩として続いていくことを願っています。

<取材協力>
面六

第40回 湯島天神菊まつり
2018年11月1日(木)〜 11月23日(祝)

「ひらパー×ネイキッド 新・菊人形展 DRESS」
2018年10月27日(土) 〜 11月25日(日) ※期間中休園日あり

文・写真 : 坂田未希子

まるで生きているよう。100年ぶりに蘇った「ある女性たち」を訪ねて、秋の京都へ

秋の京都。

寺社へのお参りと紅葉を一緒に楽しむ人も多いかもしれません。

その日伺ったのは書院から眺める紅葉が美しいと評判の眞如寺 (しんにょじ) 。

金閣寺、銀閣寺とともに臨済宗大本山相国寺の山外塔頭 (さんがいたっちゅう。本山の敷地外にある子院) を成す眞如寺 (しんにょじ) 。京都市にあり、五山十刹のうち十刹のひとつに数えられた古刹です
金閣寺、銀閣寺とともに臨済宗大本山相国寺の山外塔頭 (さんがいたっちゅう。本山の敷地外にある子院) を成す眞如寺 (しんにょじ) 。京都市にあり、五山十刹のうち十刹のひとつに数えられた古刹です

実は紅葉ではなく、取材で知った「ある女性」をどうしても拝見したくて、お寺にお邪魔していました。

ある女性たちを追って、京都・眞如寺へ

私が知っていた「ある女性」の、元の姿がこちら。

真如寺

眞如寺が所蔵しているお像で、お寺にゆかりのある尼僧さんの生前の姿を表したものとのこと。17世紀に作られたと考えられています。

しかしほんの数年前までは、写真のように表面が剥離し、女性か男性かも判別がしづらくなっていました。

そしてその日、お寺で再会した姿がこちら。

眞如寺

お顔はやわらかな肌色に、女性らしいふっくらとした表情。見違えるように生まれ変わっています。

今にもなにか声をかけられそうな雰囲気です。

眞如寺

100年ぶりの再会

実はこちらのお像、およそ100年ぶりの大修理を終えたばかり。作られた当初に近い姿に蘇りました。

手がけたのは京都にある「公益財団法人 美術院」。日本で唯一国宝の仏像修理も許されている、文化財修理のプロ集団です。

美術院

実は眞如寺には尼僧像が合計4体あり、今お寺にある3体の修繕を終えて最後の1体に取り掛かっている現場に、先日取材していた美術院で出会ったのでした。

修理を終えた別のお像
修理を終えた別のお像
お一人ずつ、人柄まで感じとられるような違った雰囲気です
お一人ずつ、人柄まで感じとられるような違った雰囲気です

美術院での取材記事はこちら:「数百年前の仏像を目にできるのは、このプロ集団のおかげです」

「修理は、ここではなくお寺に戻られたときがやっと完成ですね。

あるべき場所に、あるべき姿でお戻しできると、お像がどこかホッとされたようなお顔に見えるんです。その瞬間が一番安心しますね」

こちらが現在修理中の最後の1体
こちらが現在修理中の最後の1体

4体の修理を任されてきた技師の高田さんの言葉を聞いて、ぜひ修理を終えたお像も拝見したい!と訪れた眞如寺。

尼僧像が安置されている仏殿。通常中には入れず、外から拝観します
尼僧像が安置されているのは御本尊と同じ仏殿の中。通常中には入れず外から拝観しますが、今回は特別に、間近で見せていただけることに

修理前の姿を写真で拝見した分、一層目の前の姿が生き生きと映ります。

美術院で見せていただいた、修理前の様子
美術院で見せていただいた、修理前の様子

修理までの道のり

こうした修理にはもちろん、費用も時間もかかります。

眞如寺の修理プロジェクトも、2014年に始まってから1年に1体ずつのペースで修復が行われて来ました。

お像の数が多ければなおさら、気軽に頼めるものでもありません。4体連続して大々的な修理に出すことができたのは「色々なご縁が重なったおかげ」だと、ご住職の江上さんは語ります。

ご住職の江上正道さん
ご住職の江上正道さん

「この修理は、全国的な尼門跡寺院の文化財修復プロジェクトの一環で行われています。

皇室の皇女さまや公家の女性が出家されたお寺を尼門跡寺院と呼ぶのですが、そういったお寺の文化財を修復して残していこうという取り組みです」

主体となっているのは東京上野にある「公益財団法人 文化財保護・芸術研究助成財団」
プロジェクトは東京上野にある「公益財団法人 文化財保護・芸術研究助成財団」が運営

眞如寺は尼門跡寺院ではありませんが、縁あって宝鏡寺というお寺で出家された歴代門跡の菩提所となっています。

所蔵する像はいずれもその方々が亡くなった後に生前を偲んで彫られたもの。尼僧像ばかり4体も一つのお寺にあるということは、全国的にも珍しいそうです。

仏殿の右側に、尼僧像が4体並んでいます
仏殿の右側に、尼僧像が4体並びます

以前からお寺とお付き合いのあった研究機関のすすめで申請したところ、お像の希少性が認められ、特例的に修理が認められることに。

さらに、費用面は主旨に賛同した民間企業がバックアップ。

こうして、晴れて美術院に修理依頼が届けられ、4年間をかけた修理プロジェクトが始まりました。

作られた当初の姿を目指して

「修理をお願いしてわかったことですが、前回の明治期の修理があまりよくなかったようで、修理せずに良い状態が保てる期間を過ぎてしまっていたようなんですね」

これを美術院では、わずかに残されていた当初の彩色層を元に、作られた当時の色彩に復元。一部欠損していた袈裟の模様なども、肖像画を参考にしながら再現していきました。

えりあわせの部分に、元々の色彩が残されていました。ここに近づけるため、白い板の上で色を試作していきます
えりあわせの部分に、元々の色彩が残されていました。ここに近づけるため、白い板の上で色を試作していきます
こうした肖像画も復元の貴重な手がかりです
こうした肖像画も復元の貴重な手がかりです

「1体ずつ戻って来られたときには、元々はこんなお姿だったのかと、感動いたしました。

お顔の仕上げはお化粧のようなものですから、女性の技師さんに4体ともやっていただけて、本当にありがたいことと感じています」

「今」を生きる文化財

最後の1体は仙寿院宮 (せんじゅいんのみや) さまという、江戸時代の尼僧の方の坐像。来年3月の完成を控えます。

「仙寿院宮さまは、若くして亡くなられた皇女さまです。

その菩提を厚く弔うようにと父である後水尾 (ごみずのお) 天皇が望まれたことが、江戸初期の眞如寺復興の礎にもなっています。私どもにとって、とても大切なお方です。

実は、仙寿院宮さまとお隣に並ぶ尼僧さんとは姉妹関係にあって、袈裟の模様がお揃いなんです。無事4体揃われる日が今から楽しみです」

修復中の袈裟部分
修復中の袈裟部分
眞如寺
こちらがお隣の尼僧像

紅葉シーズンを迎え、眞如寺では今年から秋の特別拝観を始めるそうです。

仏殿の中は立ち入れませんが、外から少し、尼僧像の姿も見ることができます。また期間中は生前、尼僧さんたちの目を楽しませるために描かれたと考えられている、美しい花鳥の屏風絵が公開されます。

客殿にある、江戸時代後期に活躍した画家、原 在中(はら ざいちゅう)による襖絵
客殿にある、江戸時代後期に活躍した画家、原 在中 (はら・ざいちゅう) による襖絵

お寺というと御釈迦様などいわゆる「仏像」を拝してお参りする、というイメージですが、ともに並ぶ小さなお像やしつらえにも物語がさまざま。

文化財は「過去に作られたもの」ではなく、それを絶やさぬよう誰かの手によって守り継がれている「今」のものなのだと思わせてくれる出会いでした。

紅葉を愛でにお参りに行く機会があったら、周りのものにも目を向けてみると、面白い物語に出会えるかもしれません。

<取材協力>*掲載順
眞如寺
京都市北区等持院北町61
https://shinnyo-ji.com
*秋の特別拝観は11月10日〜12月9日まで。

公益財団法人 美術院
http://www.bijyutsuin.or.jp/

文:尾島可奈子
写真:木村正史

知るほど全部ほしくなる。フィリップ・ワイズベッカーの描く「日本の郷土玩具」が九谷焼の絵皿に。

フランス人アーティストが出会った日本の郷土玩具。

JR東日本、資生堂やとらやなど、日本の企業広告や書籍の挿画も数多く手がけるフィリップ・ワイズベッカーが1年をかけて、全国の郷土玩具の作り手を訪ねる旅に出ました。

ワイズベッカー

そして2018年秋、旅の道中に描いた12枚のデッサンから、新しいワイズベッカー作品が生まれることに。

十二支のオリジナルイラスト(中川政七商店×フィリップ・ワイズベッカー)

日本の十二支の郷土玩具が描かれた、愛らしい12枚の飾り皿です。

ワイズベッカー 九谷焼 大皿
ワイズベッカー 九谷焼 大皿

器を企画したのは「日本の工芸を元気にする!」をビジョンに掲げる生活雑貨メーカーの中川政七商店。

オファーに応えたのは石川県を代表する伝統工芸品「九谷焼」の窯元、上出長右衛門窯 (かみでちょうえもんがま) 。

海外アーティストが描く郷土玩具の世界観を、日本の工芸メーカーはどのような器で再現したのか。

洋の東西を超えたものづくりの現場にお邪魔してきました。

創業140年を迎える九谷焼の窯元、上出長右衛門窯

石川県南部を中心に生産され、国の伝統的工芸品にも指定されている九谷焼 (くたにやき) 。

その特徴は美しい藍色の染付 (そめつけ) と、九谷五彩と呼ばれる「青、黄、紫、紺青、赤」の鮮やかな絵付にあります。

上出長右衛門窯は1879年 (明治12年) 創業。まもなく創業140年を迎える、石川県能美市にある九谷焼の老舗です。

九谷古来の技法を生かし割烹食器をメインに器を作り続けてきましたが、近年では世界的デザイナー、ハイメ・アジョンとのコラボや九谷焼の転写技術を生かしたブランド「KUTANI SEAL」を立ち上げるなど (現在は合同会社上出瓷藝が運営) 、従来の九谷焼のイメージを刷新する取組みが注目を集めています。

石川県能美市にある九谷焼の老舗、「上出長右衛門窯(かみでちょうえもんがま)」の徳利
スペイン人デザイナー、ハイメ・アジョンとともに開発した徳利

こちらは来年の干支、亥の絵柄を転写シールであしらった「KUTANI SEAL 干支豆皿セット 亥」
こちらは来年の干支、亥の絵柄を転写シールであしらった「KUTANI SEAL 干支豆皿セット 亥」

その旗手こそが6代目にあたる上出惠悟 (かみで・けいご) さん。

上出さんは東京藝術大学在学中に制作した、九谷焼作品『甘蕉 房 色絵梅文』が評判を呼び、のちに金沢21世紀美術館に収蔵されるという異色の経歴の持ち主でもあります。

360年続く九谷焼の伝統。ワイズベッカーさんが描く日本の郷土玩具。上出さん率いる上出長右衛門窯。

それぞれがどう交わり、12枚の飾り皿は生まれたのか。上出さんご本人に伺います。

フィリップ・ワイズベッカーから見た日本の郷土玩具。上出惠悟から見たフィリップ・ワイズベッカー

——十二支の絵をはじめて見たときは、どんな印象でしたか?

「ワイズベッカーさんの手がけた作品は前々から見て知っていたのですが、今回の十二支を見て、改めて改めて独特な遠近感のある表現のまとめ方がユニークだなと思いました。

ワイズベッカーさんにしかない線の出し方で、一体どういう紙にどんな道具で描いているんだろうと思います。

そういうワイズベッカーさんの線で、日本の郷土玩具が描かれているところのギャップをすごく面白く感じました。

例えば赤べこは、多くの人が一番見慣れている郷土玩具だと思うんですけど、ワイズベッカーさんが描くとこういう風になるんだ、みたいな発見があって面白いですよね」

「会津張子の赤べこ」を求めて、福島県にある野沢民芸を訪ねた際のスケッチ
「会津張子の赤べこ」を求めて、福島県にある野沢民芸を訪ねた際のスケッチ

——再現の上で大事にしたことはありますか?

「基本的には割烹食器をメインに作っているので、小鉢とか向付と言われるような、小さな器に細かな絵付をする仕事が普段は多いんです。

でも今回は大きなお皿にとてもシンプルな線で構成されたワイズベッカーさんの絵を載せるので、そのまま描くと間が抜けちゃうんですね。

シンプルな線と独特な間の取り方みたいなものがワイズベッカーさんの絵の大きな特徴だと思うので、その魅力をどこまでお皿に手描きで落とし込めるかが、普段にはない難しさでした」

絵と文様の違い

これまでもスペイン人デザイナー、ハイメ・アジョンとのコラボ商品など、海外アーティストとのものづくり実績がある上出長右衛門窯。しかし今回の飾り皿は「経験は活かされているけれど、これまでとまたちょっと違いました」と上出さんは語ります。

「絵と文様って違うんです。絵は多分その人にしか描けなくて、誰でも描けるのが文様。

今日本に残っている文様って、青海波、麻の葉みたいなパターンや家紋もそうですが、要は誰でも描けるからこそ残っているんだと思います。

けれど絵になるとその人自身のセンスに依るところがとても大きいので、別の人が描くと全く別物になっちゃう可能性がある。

ハイメ・アジョンの時は本人と直接デザインを詰めていった結果、絵よりも文様のようになりましたが、今回はワイズベッカーさんのやりたいことを感じ取って、完成された絵をいかに忠実に再現するか、に徹して取り組みました。その分、僕らの技術が試されるものでもありました」

この重役を任されたのが、熟練の絵付師である井上さん。

絵付師の井上さん

絵付の作業場にはアップテンポなBGMが流れる中、黙々と作業する背中は目の前のひと筆に集中する緊張感を常にまとっていました。

流れるような手さばき、筆さばきはどこか神聖さすら感じられるほど。その様子は見ていただいた方が早いでしょう。ワイズベッカーさんの絵が立体的な飾り皿に生きづいていく過程を動画に納めました。

九谷五彩も超えて

井上さんが見せてくれたのは、器作りのうち「上絵付」という工程。

釉薬をかける前に彩色する「染付 (下絵付) 」に対して、釉薬をかけた後に色を施すのが「上絵付」。

ガラス質の絵の具で立体的に彩られる九谷五彩は大変美しいですが、絵の具によって特性が微妙に異なるため、そのことを頭に入れながら何度か焼き直しをして色ムラを減らすなど、時間をかけて完成度を高めて行きます。

焼成の温度による色の変化を示した見本皿
焼成の温度による色の変化を示した見本皿

これを十二支すべてに行うのだと思うと‥‥途方もない道のりを経て生まれてきた器に、一層の愛着がわいてきます。

しかしこの飾り皿、大変な手間暇をかけた分の収穫も大きかったそうです。

「九谷焼って色を混ぜることを普段あまりしないんです。でもワイズベッカーさんの原画に近い色を再現する過程で、いろんな色をテストさせてもらって、そこから生まれた色が他のアイテムに活用できたケースもありました」

赤べこの「赤」を再現するためのサンプルの数々
赤べこの「赤」を再現するためのサンプルの数々

今まで使ってこなかったような中間色を、自分たちで調合しながら作れたというのはいい経験だったと思います」

伝統的な九谷五彩の枠も超え、何度もサンプルを作りながらようやく完成した12枚の飾り皿。上出さんのギャラリーにずらりと勢揃いした様子がこちらです。

ワイズベッカー 大皿 上出長右衛門窯
ワイズベッカー 大皿 上出長右衛門窯

今年の干支、戌の隣に控える亥の飾り皿
今年の干支、戌の隣に控える亥の飾り皿

先ほど井上さんが絵付していた「伏見人形の唐辛子ねずみ」柄
先ほど井上さんが絵付していた「伏見人形の唐辛子ねずみ」柄

「ワイズベッカーさんの筆のタッチや手のストロークを、そのままそっくり写すことはできません。それでも見た方や触った方、買われた方がうちの職人が描いた絵の中に、ワイズベッカーさんらしさみたいなものを見つけてもらえるとすごく嬉しいです」

飾り皿の販売は中川政七商店のオンラインショップでのみ行われますが、11月から1月まで、4つの直営店で原画巡回展が開催されます。機会があったらぜひ間近で、その一筆一筆の息遣いを感じてみてくださいね。

<掲載商品>

「ワイズベッカー 九谷焼 大皿」 (中川政七商店)
*絵付以外の工程も網羅したものづくり動画を特別公開しています。

<原画巡回展>

下記4店舗で原画巡回展を行います。

2018/11/7~11/20 日本市 日本橋店
2018/11/28~12/11 中川政七商店 二子玉ライズ店
2018/12/19~12/31中川政七商店 GINZA SIX店
2018/1/4~1/15 中川政七商店 ルクアイーレ店

<取材協力>
上出長右衛門窯
石川県能美市吉光町ホ65
0761-57-3344
http://www.choemon.com

文:尾島可奈子