ユネスコ無形文化遺産「男鹿のナマハゲ行事」を体験取材
今年も残すところあとわずかとなりました。
大晦日は、年越しそばを贔屓のお店に食べに行く人もあれば、テレビの特番をこたつでゆっくり鑑賞という人、あるいは年末年始もバリバリ仕事!など、きっと年越しの仕方もさまざまかと思います。
「うおぉぉぉぉ!」
バンバンバン!!!
ある地域では、家中の戸や壁を叩いて回り、大声を上げる「異形の者」を家に招き入れて大晦日の晩を過ごすのが恒例行事。
「泣ぐ子はいねぇが!!!」
そう、このセリフで有名な、秋田県の「男鹿 (おが) のナマハゲ行事」です。
2018年11月には、他県の9行事と合わせてユネスコの無形文化遺産に登録されたことでも話題になりました。
登録名は「来訪神 (らいほうしん) 仮面・仮装の神々」。
こわーい「鬼」のイメージがあるナマハゲですが、本当は、神様?一体何のために、大きな音を立ててわざわざ大晦日の家々を訪ね歩くのでしょう。
意外と知らないその行事の実際を、大晦日以外にも体験できる場所があると聞いて、男鹿まで一足早く行ってきました。
秋田まで行けない人もぜひこの記事で、「ナマハゲがやってくる大晦日」を体感してみてくださいね。
男鹿のナマハゲ行事を体験できる、男鹿真山伝承館へ
訪ねたのは男鹿真山伝承館。
日本海に突き出た男鹿半島の中で「お山」として古くから地域の信仰を集めてきた「真山 (しんざん) 」のふもとにある、真山神社が運営しています。
「ナマハゲって、嫌がる子どもを泣かせるような、恐いイメージがどうしても先行していますよね。
でも、行事の肝心な部分があまり伝わっていない。それを知っていただくために、実演を行なっています」
実演が行われるのは、地域の伝統的な曲家 (まがりや) 民家の広間。タイムスリップしたような空間でナマハゲを見学できます。
まず現れたのは解説の女性。
「こちらでご覧いただいくナマハゲは、真山地区のナマハゲです。
このナマハゲのお面には角がありません。これは真山というお山の神様だからだと言い伝えられております」
一番最初はそんな説明から始まりました。
男鹿でナマハゲ行事を行う集落は80ほどあり、地区ごとにその出で立ちや振る舞いが違うそうです。
中でも真山地区のナマハゲは古い形式が残されているとのこと。
「それでは、まもなくナマハゲがやってきます」
解説員さんの最後のことばに、前で正座していた3兄弟の男の子たちがずざざっ、と後ずさりしました。
怠け者はいねがぁ!
解説員さんが去ると、主人役の男性が広間に入って来ます。
玄関の方を向いて正座し、ナマハゲの来訪を待ちます。
ガラガラガラ、と戸が開く音が。
「おばんです。ナマハゲ来たども入っていいすか」
はじめにやってきたのは先立 (さきだち) と呼ばれる役目の人。
ナマハゲは、その年に不幸ごとや出産があった家には入れないしきたりなので、こうして先立さんがまず家々に確認をするのです。
「おめでとうございます。寒いとこ大変だったすな」
主人が先立さんにねぎらいの言葉をかけ、ナマハゲ一行を迎え入れることを承諾します。
「うおぉぉぉぉ!」
バンバンバン!!!
ほどなく、大声とともに外の雨戸を激しく叩くような音が突然、背後から聞こえてきました。これは、来ると分かっていても、恐い!
音のする場所がどんどん移動していき、ついに。
ナマハゲが玄関に姿を表しました。家に上がる際に、7回、四股を踏みます。
「怠け者はいねがぁ」
「嫁はどこさ行った、どこにも見当たらねぇなぁ」
バンバンバン!!!
隠れている子どもやお嫁さんを、家中の壁や戸を叩いたりして探し回るのです。
主人「おめでとうございます。ナマハゲさん、今年もまた荒れてるところよぐ来てけだすな」
主人は落ち着き払った様子でナマハゲをもてなします。
ナマハゲ「年に一度山から里さ降りてこねば、怠け者や悪い病が流行っても困る。しっかり祓っていくど」
そう、ナマハゲは年の瀬に山から降りて来て、その年1年の家の災禍を祓い、来年の福を呼び込んでくれる存在なのです。
大きな声を出したり音を出して歩くのは、この家の一年間の悪霊を追い払うためなんだとか。
一家の主はこの大切なお客様を、美味しい御膳とお酒でもてなします。
主人「まんず座って、酒でも飲んでくなんしぇ」
ナマハゲ「なかなかうめえ酒だ」
主人「あきたこまちでつくった酒で」
そんな会話を2、3した後、ナマハゲが本題を切り出します。ナマハゲ行事の本来のハイライトである「問答」の開始です。
ナマハゲは何でも知っている
ナマハゲ「ところで親父、今年の田畑の作柄は」
主人「去年しっかりお祓いしてもらったおかげで大豊作であったすでば」
ナマハゲ「婆さまは元気だか。もう歳なんだから、家族みんなで面倒見てやらねばだめだど」
主人「みんなで大事にしてるす」
こんな風に、その年の作物の具合や家族の息災をたずね、しっかりやりなさいと激励するのです。
一方で、怠け者には容赦なし。
いつも炉端に当たってばかりで手足に火だこを作っているような者は、その火だこ (=土地の言葉で「ナモミ」) を剥いでしまうため、「ナモミ剥ぎ」から「ナマハゲ」と呼ばれるようになったというのが、有力な語源説です。
手に包丁を持っているのが定番の姿ですが、あれはナモミを剥ぐためのものなのだとか。戒めとしては、かなり効き目がありそうです‥‥!
ナマハゲ「ところで嫁や子どもらはどこさ行った」
これがお約束。話は必ず、隠れているお嫁さんや子どもたちに及びます。
主人「孫達もさっきまでここで遊んでだんだども」
ナマハゲ「ナマハゲが来たからといって逃げる、隠れるというのは、普段ちゃんとやってねぇがらでねーが」
主人「いやいや嫁は気立てはいいし、よぐ働くし、孫達も勉強はするし家の手伝いもよぐするし、本当によぐできた嫁子どもらで」
主人は家族を必死にかばいます。しかし、ナマハゲは全てお見通し。
ナマハゲ「本当だが。ここの孫のイチロー、学校さ行けば先生の言うことひとつも聞がない、学校から帰って来れば宿題もやらねでゲームばっかり、手伝いもさねて聞いてるど」
ナマハゲ「親父からもっと勉強するように注意さねばだめだど。それに嫁のミツコ、つい最近には‥‥」
こうして銘々の1年のよろしくない行いがすっかり明かされてしまうと、「もう1回探してみるが」とナマハゲは再び立ち上がり、3回四股を踏んで家中を再び大捜索。隠れている子どもたちやお嫁さんを引っ張り出すのです。
これからは親の言うことをちゃんと聞くか、勉強するか、とナマハゲに迫られて、家の子どもたちは泣きながらこの1年、勤勉でいることを誓うわけですね。
「ナマハゲさん、来年来るまでにしっかり直しておぎますので、まんず、この餅こで御免してくなんしぇ」
最後にはお餅やご祝儀をナマハゲに手渡して、主人がその場をおさめます。
「また子どもら言うごど聞がねがったら、あの真山の山さ向かって手っこ三つ叩け。すぐにおりて来るがらな」
「皆まめ (健康) でれよ。来年まだ来るがらな」
来年の再訪を約束してナマハゲが去っていきます。
去った後には、動き回って落ちた衣装のワラが。
20分ほどの、あっという間の時間でした。そして気になることがふつふつと湧いてきます!
ナマハゲって一体何者なんでしょうか?神主の高森さんに再びお話を伺います。
意外と知らないナマハゲの「本当」。一問一答インタビュー
——ナマハゲって一体何者なんでしょうか?
「その起源やいつ始まったかなども諸説あって確かでないのですが、日本には昔から、山の神・田の神という考え方があります。
春になると田んぼの守り神として山から里へ降りて来て、収穫が終わった頃に山へ帰って山の神になる、という伝承です」
「ナマハゲは、そんな山の神さまが1年の終わりに山から里へ降りてくる、農耕周期の節目の行事だという考え方があります。
他にも、真山にこもる修行僧をあらわしたとか、半島に漂流した外国人の姿からきているなど、いろいろな起源説がありますが、稲ワラで編んだ衣装をまとっていたり、問答で今年の作柄のことをたずねたり、いずれにしても農耕との結びつきを強く感じますね」
——どんな人がナマハゲになれるんですか?
「大晦日の本番では、その集落の青年がお面をつけてナマハゲをつとめます。
元々は未婚の若い男性のみでしたが、今はそれだと人数が限られてしまうので、ゆるやかになっています。
とはいえ、人が足りないからと他の集落の人がやって来てナマハゲになる、ということはまずありません。あくまでもその集落の中で執り行われるんです」
——お面にツノがないこと以外に、真山のナマハゲの特徴はありますか?
「ナマハゲの人数も、実は地区によって異なります。真山では先立さんとナマハゲ2名の、3人一組。
出発の前の儀式と神社でのお祓いをすませて、午後6時ごろに出発して家々を回ります」
「所作にも古くからの色々な決まりごとがありますね。
例えば四股は、真山地区では7・5・3と日本の祝事に繋がる数字の組み合わせで踏みます。
踏み出す足も左右どちらからと決まっていて、間違えるとナマハゲが後で先輩に叱られてしまうんですよ。こうした所作も、地区によって異なります」
——お膳が豪勢でした。どんな献立なんですか?
「これも集落ごとに異なりますが、まず尾頭付きの魚が2匹。それに豆煮やナマスなど、お正月のおせち料理ですね。
でも、真山地区ではしきたりがあって、ナマハゲはお膳には手をつけないんです。
お酒は必ず3杯勧められて、2杯をいただきます。3杯目は置いていって、お神酒としてその家が後でいただくんです」
家ごとにお酒をどんどん重ねていくので、途中交代しながら行事が行われるそう。お酒が強くないとナマハゲも大変です。
——なぜお嫁さんや子どもたちは隠れているんでしょうか?
「あれは、ああやって隠れているお嫁さんや子どもさんに問答を聞かせているんですね。
こうしたらだめだとか、ちゃんとこうしなきゃとか自分で考えさせる時間にする。
その上で、最後には隠れているところを、主人がわざとナマハゲに教えるんです」
「隠れていた者をナマハゲがこらしめようとすると、必ず主人がかばいます。そうするとナマハゲも、それ以上責めないんです。
その姿をみて子どもたちは親を尊敬し、家族の結束が生まれるんですね。
また、来たばかりのお嫁さんのところにはナマハゲは必ず向かいます。早く土地に慣れてもらえるようにという意味も込めているんですね」
なるほど。
家族同士だと言いづらいこと、聞き入れづらいこと。それが人に言われるとなぜだかすんなり耳を貸せること。どちらも確かにある、ある。
男鹿ではナマハゲが遠慮なく一家の間に立ち入ることで、一年の最後に主は大黒柱としての威厳を示し、家族はそれぞれに我が身を振り返って、すっきりと新しい年を迎えてきたわけですね。なんとよくできた仕組み。
今でこそ家族のあり方も様々ですが、農作業など家族一丸となって何かに取り組むためには、この効果は一層大きかっただろうと想像します。
一年最後の1日に、家族の一員としての自分を振り返ってみるというのはよい年越しかもしれないなと、わが身を省みてしみじみ。
「もうひとつ、地域の青年たちにとっては、幼いころ恐れていたナマハゲに自分がなることが、一人前として認められた証でもあるんですよ」
最後に高森さんはそんなお話も教えてくれました。
実際、ナマハゲになるって、どんな心持ちなのでしょう。あのお面や衣装も、自分たちで作っているのでしょうか。
ナマハゲ特集、まだ続きがあります。
次はナマハゲを30年来「作って」きた人、50年来「なって」きた人のお話など。
どうぞお楽しみに!
<取材協力>
男鹿真山伝承館
秋田県男鹿市北浦真山字水喰沢97
0185-33-3033
http://www.namahage.ne.jp/~shinzanjinja/entry5.html
文:尾島可奈子
写真:船橋陽馬 (根子写真館)
*こちらは、2018年12月31日の記事を再編集して公開しました。