男鹿のナマハゲ面彫師、石川千秋さんを訪ねて
初詣と一緒に行う人も多い厄除け。
私も以前はあまり気にしていなかったのですが、年々、厄年を気にする真剣味が増してきている気がします。
その点、強力な味方がいてうらやましいなと思ったのが昨年末に取材した秋田県男鹿 (おが) のまち。
「怠け者はいねがぁ!!」
のフレーズで有名なナマハゲは、実は大きな声や音を出すことで、訪ねた家の一年溜め込んだ厄を追い出してくれているのだそうです。
そんなナマハゲの顔と言えば、こんなイメージではないでしょうか。
実はこのお面、男鹿の中でも集落ごとに全く顔が違うのですが、大晦日の行事以外は大切にしまわれ、地域の外に出ることはありませんでした。
「だから石川さんの作るお面がなければ、男鹿のナマハゲはこれほど世の中に知られなかったかもしれない」
門外不出のお面から、誰もが手にできる工芸品「ナマハゲ面」を生み出してきた人がいます。
日本でただ1人「ナマハゲ面彫師」を継ぐ、石川千秋 (いしかわ・せんしゅう) さんを訪ねました。
男鹿とナマハゲの歴史が詰まった「なまはげ館」へ
石川さんのお面作りの様子を間近で見学できる場所があります。
男鹿市真山 (しんざん) 地区にたつ「なまはげ館」。
ナマハゲの実演を取材した男鹿真山伝承館の隣にあります。
なまはげ館では、男鹿の歴史文化を紹介する展示や、大晦日のナマハゲ行事を撮影した貴重な映像も上映。
そして石川さん取材の前に寄ろうと決めていたのが、館の目玉であるこの展示室です。
ずらりと並んだナマハゲは110体!
男鹿市内60ほどの集落で実際に使われてきたお面が展示されており、ショーケースのものも合わせるとその数なんと150にのぼります。
「ナマハゲは複数人が交代で家々を回るので、これだけの数があるんです。よく見るとそれぞれ全く顔が違うんですよ」
解説してくださったのは支配人の山本晃仁さん。
「素材も地域ごとに変わります。
木彫りのものもあれば、ザルやブリキのお面、杉の皮で作るところ」
「髪の毛も、海沿いの地区だと藻を乾燥させたものを付けたりね。
昔から、買うんじゃなく身の回りにあったもので作ってたんです」
同じ地域でも、手に入るものが変わればブリキから木彫り面に変わったりと、変化があるそう。
起源も鬼の化身、神の化身、山から降りてくる修験者といろいろな説があるナマハゲ。どの説に基づいているかでも、地区ごとに顔立ちが違うそうです。
「ナマハゲの姿に、こうじゃなきゃいけないということは、実はないんですよ」
「先日のユネスコの文化遺産登録を受けて、途絶えていた行事を復活させようという地域があったんですが、あるところは発泡スチロールを使ってお面を作ったそうです。
今住んでいる方たちが話し合ってそのかたち、色に決まったのであれば、それがナマハゲになるんです」
自分たちで決めて自分たちで作る。
石川さんのナマハゲ面彫師という仕事も、そうした中から始まっていました。
日本で唯一の仕事、ナマハゲ面彫師
「もともとは親父が出稼ぎで仕事をしていて、冬、地元に戻ってきた時に青年会でナマハゲ行事用にお面を作っていたようです。その腕がよかったみたいで。
ちょうど東京オリンピックの頃だったんじゃないかな。
行政のすすめもあって、観光用にお面を作り始めたと聞いています。私で2代目です」
もともと大晦日の行事に使う衣装や道具は、集落ごとに自分たちで作るもの。
お面もそのひとつですが、ナマハゲ行事を観光資源にという気運に乗って、ナマハゲ面彫師という職業が誕生しました。
幼稚園、保育園からの注文も
集落から行事用のお面の注文が入ることもあるそうですが、普段は魔除けの飾りにと買う人が多いとか。
「他には、幼稚園、保育園からの注文もここ数年よくありますね。
節分などの行事にも使ったりするようですが、大晦日の行事と同じで、先生から直接言われるより、お面をつけた方が子どもがよくいうことを聞くみたい」
確かに、このお面をつけて注意されたら、子どもたちもすっかり大人しくなりそうです。
キレイでコワい
「わざわざ買ってもらうものだから、キレイでコワくないとね」
キレイでコワい。
石川さんのお面は吊り上がった目に立派な鼻、顔いっぱいに開いた口からは牙が覗き、たっぷりした髪の間からは2本の角が生えています。
確かに、恐ろしくも端正な顔立ち。
なまはげ館で実演しているのは、そんなお面の表情を決める仕上げの工程です。
丸太から切り出す前工程やこの後の乾燥、色つけや髪つけはご家族で分担して、別の工房で行うそうです。
ナマハゲのコワさの研究
伺うと、コワさのポイントは「黒目」。
「まんまるだとあまりコワくないんです。卵形にしていくと迫力が出てきます」
「私の場合は楽だったんですよ。
この仕事を継いだ時には先代が基本を作ってくれていたので」
「初代のお面を見ながらアレンジしてきました。鼻の部分にこぶをつけたり。ちょっと変えるだけで随分違ってくるんです」
そういうコワさはどうやって研究しているんですかと尋ねると、鏡、という答えが返ってきました。
「ナマハゲ以外にもいろんな面を見たりもしたけど、自分の顔を鏡で見てしかめてみたりしてね」
「だから自分に似てきてるねって言われることもあります。魂が入ってるようだとか」
はじめは父親の跡を継いで、ただただ作るばかりだったという石川さんですが、そうしたお客さんの声を聞いて、年々創作意欲を増してきているそう。
「また迫力が出たねと言われるように努力していきたいですね」
ナマハゲ面彫師の後継者
お父様が他界された現在、ナマハゲ面彫師は石川さん1人。お弟子さんもいないとのこと。
「まぁでも、『石川面』を作る人がいなくなっても、集落の人たちが自分たちのお面を伝承していけば、行事がなくなることはないですからね。
そのうちきっと、こういう仕事をやる人がまた出てくるだろうと思います」
石川さんはさっぱりと言い切りました。
「でも、石川さんの作るお面がなければ、男鹿のナマハゲがこれほど全国に知られることはなかったかもしれませんよ」
最後にそう語ってくれたのはインタビューを傍らで聞いていた支配人の山本さんです。
ふたつの誇り
先ほど展示室で見たお面の数々は、もともと大晦日の行事のために作られているもの。
神が宿るものとして普段は大切に地域内で保管されています。
男鹿の魅力として発信していこうという時にも、簡単に他所へ貸し出せるものではありません。
作りも地区ごとに違うため、どれかひとつを選ぶというのも難しいものでした。
「だから観光PRなど大晦日の行事以外でお面が必要な時に、石川さん親子の作ってきたナマハゲ面が活躍してきたんです」
大晦日の行事では地区ごとのお面が大切に守り継がれながら、ナマハゲ行事のオモテの「顔」は石川面が引き受ける。
そんな関係性を物語るように、展示室には石川さんが手がけたという、ご出身の入道崎地区のお面が飾られていました。
「石川さんが作られているお面とはまた違うでしょう。
もともとあった古い入道崎のお面を参考に復元されたそうです」
「地域のお面はあくまで地域の中で作り、地域のために使うもの。販売しているお面は石川さんという個人が作っているもの、というお考えだと思います」
自分の作る面がなくなってもナマハゲ行事はなくならない。でも、この仕事を継ぐ人はきっと出てくるはず。
その石川さんの言葉には、自分たちで作り上げる地元行事への敬意と、作家としての作品への誇り、両方が込められているようでした。
<取材協力>
なまはげ館
秋田県男鹿市北浦真山水喰沢
0185-22-5050
https://www.namahage.co.jp/namahagekan/
文:尾島可奈子
写真:船橋陽馬 (根子写真館)
*こちらは、2019年1月7日の記事を再編集して公開しました。