ナマハゲの面を作るただ一人の職人「ナマハゲ面彫師」とは

男鹿のナマハゲ面彫師、石川千秋さんを訪ねて

初詣と一緒に行う人も多い厄除け。

私も以前はあまり気にしていなかったのですが、年々、厄年を気にする真剣味が増してきている気がします。

その点、強力な味方がいてうらやましいなと思ったのが昨年末に取材した秋田県男鹿 (おが) のまち。

「怠け者はいねがぁ!!」

のフレーズで有名なナマハゲは、実は大きな声や音を出すことで、訪ねた家の一年溜め込んだ厄を追い出してくれているのだそうです。

そんなナマハゲの顔と言えば、こんなイメージではないでしょうか。

なまはげ館 石川さん

実はこのお面、男鹿の中でも集落ごとに全く顔が違うのですが、大晦日の行事以外は大切にしまわれ、地域の外に出ることはありませんでした。

「だから石川さんの作るお面がなければ、男鹿のナマハゲはこれほど世の中に知られなかったかもしれない」

門外不出のお面から、誰もが手にできる工芸品「ナマハゲ面」を生み出してきた人がいます。

なまはげ館 石川千秋さん

日本でただ1人「ナマハゲ面彫師」を継ぐ、石川千秋 (いしかわ・せんしゅう) さんを訪ねました。

男鹿とナマハゲの歴史が詰まった「なまはげ館」へ

石川さんのお面作りの様子を間近で見学できる場所があります。

男鹿市真山 (しんざん) 地区にたつ「なまはげ館」。

なまはげ館

ナマハゲの実演を取材した男鹿真山伝承館の隣にあります。

古くから霊山として大切にされてきた真山。一帯には社寺や文化財が集まっています
古くから霊山として大切にされてきた真山。一帯には社寺や文化財が集まっています

なまはげ館では、男鹿の歴史文化を紹介する展示や、大晦日のナマハゲ行事を撮影した貴重な映像も上映。

そして石川さん取材の前に寄ろうと決めていたのが、館の目玉であるこの展示室です。

なまはげ館

ずらりと並んだナマハゲは110体!

男鹿市内60ほどの集落で実際に使われてきたお面が展示されており、ショーケースのものも合わせるとその数なんと150にのぼります。

「ナマハゲは複数人が交代で家々を回るので、これだけの数があるんです。よく見るとそれぞれ全く顔が違うんですよ」

なまはげ館

解説してくださったのは支配人の山本晃仁さん。

「素材も地域ごとに変わります。

木彫りのものもあれば、ザルやブリキのお面、杉の皮で作るところ」

なまはげ館
お面以外に、こうした道具も手作りです

「髪の毛も、海沿いの地区だと藻を乾燥させたものを付けたりね。

昔から、買うんじゃなく身の回りにあったもので作ってたんです」

同じ地域でも、手に入るものが変わればブリキから木彫り面に変わったりと、変化があるそう。

起源も鬼の化身、神の化身、山から降りてくる修験者といろいろな説があるナマハゲ。どの説に基づいているかでも、地区ごとに顔立ちが違うそうです。

実演を取材させてもらった真山地区ではナマハゲは山から降りてくる神様なので、ツノがありません
実演を取材させてもらった真山地区ではナマハゲは山から降りてくる神様なので、ツノがありません

「ナマハゲの姿に、こうじゃなきゃいけないということは、実はないんですよ」

定番の包丁も、デザインが様々です
定番の包丁も、デザインが様々です
なまはげ館

「先日のユネスコの文化遺産登録を受けて、途絶えていた行事を復活させようという地域があったんですが、あるところは発泡スチロールを使ってお面を作ったそうです。

今住んでいる方たちが話し合ってそのかたち、色に決まったのであれば、それがナマハゲになるんです」

自分たちで決めて自分たちで作る。

石川さんのナマハゲ面彫師という仕事も、そうした中から始まっていました。

いよいよ、石川さんの技が見られる実演コーナーへ
いよいよ、石川さんの技が見られる実演コーナーへ

日本で唯一の仕事、ナマハゲ面彫師

「もともとは親父が出稼ぎで仕事をしていて、冬、地元に戻ってきた時に青年会でナマハゲ行事用にお面を作っていたようです。その腕がよかったみたいで。

ちょうど東京オリンピックの頃だったんじゃないかな。

行政のすすめもあって、観光用にお面を作り始めたと聞いています。私で2代目です」

お話を伺った石川千秋さん
お話を伺った石川千秋さん

もともと大晦日の行事に使う衣装や道具は、集落ごとに自分たちで作るもの。

お面もそのひとつですが、ナマハゲ行事を観光資源にという気運に乗って、ナマハゲ面彫師という職業が誕生しました。

なまはげ館
ナマハゲの語源は、火に当たってばかりの怠け者のナモミ (=火だこ) を剥ぐ「ナモミ剝ぎ」が有力。剥いだナモミを入れる桶は、今では作れる人が減っているそう
ナマハゲの語源は、火に当たってばかりの怠け者のナモミ (=火だこ) を剥ぐ「ナモミ剝ぎ」が有力。剥いだナモミを入れる桶は、今では作れる人が減っているそう

幼稚園、保育園からの注文も

集落から行事用のお面の注文が入ることもあるそうですが、普段は魔除けの飾りにと買う人が多いとか。

もともと厄を払ってくれる存在なので、確かに魔除けとして飾っても頼りになりそうです
もともと厄を払ってくれる存在なので、確かに魔除けとして飾っても頼りになりそうです

「他には、幼稚園、保育園からの注文もここ数年よくありますね。

節分などの行事にも使ったりするようですが、大晦日の行事と同じで、先生から直接言われるより、お面をつけた方が子どもがよくいうことを聞くみたい」

確かに、このお面をつけて注意されたら、子どもたちもすっかり大人しくなりそうです。

キレイでコワい

「わざわざ買ってもらうものだから、キレイでコワくないとね」

キレイでコワい。

石川さんのお面は吊り上がった目に立派な鼻、顔いっぱいに開いた口からは牙が覗き、たっぷりした髪の間からは2本の角が生えています。

石川さんのお面

確かに、恐ろしくも端正な顔立ち。

なまはげ館で実演しているのは、そんなお面の表情を決める仕上げの工程です。

石川さんの製作の様子
彫る場所によって道具を使い分けていきます
彫る場所によって道具を使い分けていきます
内側もトントンと手際よく
内側もトントンと手際よく

丸太から切り出す前工程やこの後の乾燥、色つけや髪つけはご家族で分担して、別の工房で行うそうです。

素材は秋田の桐。加工しやすく、乾燥させると軽くなるので装着用にも適しているそう
素材は秋田の桐。加工しやすく、乾燥させると軽くなるので装着用にも適しているそう
髪の毛は、馬の毛。魔除けの意味もあるそうです
髪の毛は、馬の毛。魔除けの意味もあるそうです

ナマハゲのコワさの研究

伺うと、コワさのポイントは「黒目」。

なまはげ館 石川さん
この部分、と石川さん
この部分、と石川さん

「まんまるだとあまりコワくないんです。卵形にしていくと迫力が出てきます」

絵に描いて教えてくれました
絵に描いて教えてくれました

「私の場合は楽だったんですよ。

この仕事を継いだ時には先代が基本を作ってくれていたので」

石川さん

「初代のお面を見ながらアレンジしてきました。鼻の部分にこぶをつけたり。ちょっと変えるだけで随分違ってくるんです」

石川さんの製作の様子
向かって右が鼻にコブをつけたもの。凄みがまします
向かって右が鼻にコブをつけたもの。凄みがまします
こちらは木の表面をバーナーで焼いて色目をつけた石川さんのオリジナル
こちらは木の表面をバーナーで焼いて色目をつけた石川さんのオリジナル

そういうコワさはどうやって研究しているんですかと尋ねると、鏡、という答えが返ってきました。

「ナマハゲ以外にもいろんな面を見たりもしたけど、自分の顔を鏡で見てしかめてみたりしてね」

しかめっ面を再現してくれた石川さん。確かに、迫力あります!
しかめっ面を再現してくれた石川さん。確かに、迫力あります!

「だから自分に似てきてるねって言われることもあります。魂が入ってるようだとか」

石川千秋さん

はじめは父親の跡を継いで、ただただ作るばかりだったという石川さんですが、そうしたお客さんの声を聞いて、年々創作意欲を増してきているそう。

「また迫力が出たねと言われるように努力していきたいですね」

ナマハゲ面彫師の後継者

お父様が他界された現在、ナマハゲ面彫師は石川さん1人。お弟子さんもいないとのこと。

石川千秋さん

「まぁでも、『石川面』を作る人がいなくなっても、集落の人たちが自分たちのお面を伝承していけば、行事がなくなることはないですからね。

そのうちきっと、こういう仕事をやる人がまた出てくるだろうと思います」

石川さんはさっぱりと言い切りました。

石川さん制作の様子

「でも、石川さんの作るお面がなければ、男鹿のナマハゲがこれほど全国に知られることはなかったかもしれませんよ」

最後にそう語ってくれたのはインタビューを傍らで聞いていた支配人の山本さんです。

ふたつの誇り

先ほど展示室で見たお面の数々は、もともと大晦日の行事のために作られているもの。

ナマハゲ

神が宿るものとして普段は大切に地域内で保管されています。

男鹿の魅力として発信していこうという時にも、簡単に他所へ貸し出せるものではありません。

作りも地区ごとに違うため、どれかひとつを選ぶというのも難しいものでした。

「だから観光PRなど大晦日の行事以外でお面が必要な時に、石川さん親子の作ってきたナマハゲ面が活躍してきたんです」

大晦日の行事では地区ごとのお面が大切に守り継がれながら、ナマハゲ行事のオモテの「顔」は石川面が引き受ける。

そんな関係性を物語るように、展示室には石川さんが手がけたという、ご出身の入道崎地区のお面が飾られていました。

入道崎のお面
入道崎のお面

「石川さんが作られているお面とはまた違うでしょう。

もともとあった古い入道崎のお面を参考に復元されたそうです」

入道崎のお面

「地域のお面はあくまで地域の中で作り、地域のために使うもの。販売しているお面は石川さんという個人が作っているもの、というお考えだと思います」

自分の作る面がなくなってもナマハゲ行事はなくならない。でも、この仕事を継ぐ人はきっと出てくるはず。

その石川さんの言葉には、自分たちで作り上げる地元行事への敬意と、作家としての作品への誇り、両方が込められているようでした。

<取材協力>
なまはげ館
秋田県男鹿市北浦真山水喰沢
0185-22-5050
https://www.namahage.co.jp/namahagekan/


文:尾島可奈子
写真:船橋陽馬 (根子写真館)

*こちらは、2019年1月7日の記事を再編集して公開しました。

お正月に身につけたい、縁起のいい着物の柄6選

もうすぐお正月。毎年のことながら、何でこんなに楽しみなのでしょう。

大掃除をして、おせちを仕込んで、門松を飾ってと、大忙しのお正月準備。忙しい忙しいと言いながらも、1年でいちばん季節を楽しんでいる歳事かもしれません。

さて、そんな始まりの日、みなさんはなにを着て過ごされますか?

私は毎年、新しい服を着ることにしています。小さい頃からの習慣で大人になってからもなんとなく続けていたのですが、調べてみると「着衣始 (きそはじめ) 」という江戸時代の験担ぎなのだそうです。

1年でいちばんのハレの日にはやっぱり着物が着たい。せっかくなら、うーんとめでたく迎えたい!

そこで、お正月にちなんだ「縁起のいい柄」をピックアップしてみました。

鳩 : 開運招福・勝負運上昇 ( 水仙: 知性・長寿 )

sunchi_kimono_hato1

まずは、平和の象徴、鳩。由来は旧聖書「ノアの方舟」で、洪水の終了を知らせたことにあるのだそうです。

ピカソが子どもの名前にするほど好きだった鳥であり、国際平和擁護会のポスターに描かれたことでも知られていますね。日本では神の使いともされ、良い知らせを運んできてくれると言われています。

sunchi_kimono_hato2

着物全体でひとつの絵となるよう仕上げられた「絵羽 (えば) 模様」で、背中には大きな日の出が描かれている、なんとも縁起よく、美しい柄です。日本の伝統的な「型染め」という手法で、手仕事で丁寧に染められています。

また、鳩と一緒に描かれている水仙は、知性の象徴でもあり、めでたいことの前兆である瑞兆 (ずいちょう) の花でもあります。賢明で正しい一年となりそうです。

亀甲 : 長寿・健康

sunchi_engi_kikkou1

六角形の「亀甲」は、その名の通り亀の甲羅の形を表す柄です。「鶴は千年、亀は万年」と言われる通り、長寿・健康を願う縁起物として知られています。

また長寿だけでなく、昔は不幸が起きた時に「つるかめ」と言葉を発して、「縁起直し」をしていたのだそう。なんだかかわいい習慣です。

唱えるだけでもめでたい亀、身につけるなんてどれだけ縁起のいいことでしょう。

sunchi_engi_kikkou4

立体のような亀甲柄と亀甲型に乗った鈴玉で構成された、なんとも素敵な帯。朱と銀でできた鈴の束が金色の織りの上に乗って、金銀の掛け合わせがお正月の祝いを盛り上げます。

シンプルな着物と合わせても、この帯を締めると一気に華やかな印象になりそうです。

クローバー : 幸運・幸福

sunchi_engi_mitsuba

幸運のモチーフとして知られているクローバー (和名:シロツメクサ) 。小さい頃、花冠を作って遊んだという方も多いのではないでしょうか。身近にある、めでたい植物です。

三つ葉はキリストの三位一体、四つ葉は葉脈が十字架に似ていることから幸運の象徴とされてきました。ちなみに四つ葉の発現率は10万分の1だとか。見つけると嬉しくなりますね。

お正月に身につけたい、縁起のいい着物の柄6選

雪のように白い生地に、ひらひらと散るクローバー。すごいのは、その織りの技法です。最終的な図版に合わせて、糸の段階で一部分だけに色を摺り込ませておき、その糸を織り上げていくとクローバーの柄が出てくるのだそう。

新潟県十日町の職人さんによる手作業で、「手摺込み絣 (てすりこみがすり) 」と呼ばれています。

雀 : 家内安全・富の象徴 ( 南天:難転 )

sunchi_engi_suzume1

実は昔から「吉鳥」と言われ、縁起のいい鳥とされている雀。

「厄をついばむ」とされ、一族繁栄や家内安全の象徴です。また、ふっくらとした丸っこい形から「豊かさを表す縁起物」ともされています。

冬に見るまんまるのふくらすずめ、かわいいですよね。

sunchi_engi_suzume2
sunchi_engi_suzume5-jpg

雀の柄が描かれた、着物と帯。羽をイメージしたという流れる雲の上に、雀が止まっています。

また、色味の強い着物には柔らかい色で、淡い色には美しい朱赤で、ところどころに描かれた「南天」との組み合わせが素敵です。

南天も「難転 (難を転じて福となす) 」と結びつくことからお正月でもよく見かける縁起のいいモチーフです。

鶴 : 長寿・夫婦円満・繁栄

sunchi_kimono_turu

亀と共に、長寿の縁起物として有名な鶴。また、鶴は夫婦の仲がいいことから、夫婦円満の象徴として結婚式でもよく見かけます。

こちらは向鶴(むかいつる)という名前の柄。「向かい文様」と呼ばれる”ひとつの枠の中で、ふたつの文様が対面している柄”の鶴デザインのこと。

夫婦円満の鶴がつがいとなっており、めでたさ満開です。

お正月に身につけたい、縁起のいい着物の柄6選

遠くから見ると無地に見える向鶴のデザインは、「江戸小紋」と呼ばれているもの。粋な柄ですが、誕生の背景はなんだか愉快です。

その昔、着物の豪華さを競うようになった大名たち。それを見かねた幕府は規制をかけたそうです。そこで生まれたのが江戸小紋。“遠くから見ると無地だけど、近くで見ると柄がある”というのが特徴です。

その名の通り、今も東京の染め屋さんで作られているもの。手漉き和紙の型紙に彫刻して模様をつくり、職人さんの手作業によって染められます。

彫刻、型付け、地染め、蒸し、水洗い、と工程が多く、手間ひまかけて作られる技の詰まった繊細な生地です。

鱗柄 : 厄除け・再生

sunchi_engi_uroko1

蛇が脱皮することから、厄を落とし再生するという意味のある鱗柄。身を守る、身を固めるなどの縁起にちなんで、厄除けの図柄として使われることが多いようです。

sunchi_engi_uroko2

京都の西陣で織られた帯。振り袖の帯などを作られている職人さんと着物ブランド“THE YARD”が協業で完成した帯だそうです。手間ひまかけ「型染め」で、丁寧に染められた美しい生地です。

「京袋帯」といい、長さが短めで一重太鼓用のインフォーマルな帯ですが、素材がシルクなので畏まり過ぎない初詣には、バランスのいい帯ではないでしょうか。

「一年の計は正月にあり」と言われるほど大事な日とされているお正月。新しい年、楽しいことがたくさんあるよう、縁起ものを身にまとって新年を迎えてみてはいかがでしょうか。


<掲載商品>
DOUBLE MAISON
・鳩歩穂 振袖
袋帯・朱
雀羽雲 着物・朱
雀羽雲 帯

THE YARD
クローバー「十日町 手摺込み絣」(着物)
・鶴 「江戸小紋 向鶴」(着物)
・鱗 西陣 京袋帯

<取材協力>
株式会社やまと
https://www.kimono-yamato.co.jp/

文 : 西木戸弓佳

この記事は2016年12月29日公開の記事を、再編集して掲載しました。
ご紹介している着物は2016年以前に発売のものです。在庫状況は時期により異なります。

これからの問屋の生きる道。燕三条で動き出した、前例のないプロジェクト

ものづくり産地を取材していて、ふと考える。

「問屋とメーカーの関係はどうあるべきか」

オンラインでのコミュニケーションや購買行動が一般化した今、例えばオリジナルブランドを開発し、販路を含めて自分たちでコントロールしようと試みるメーカーも増えてきた。

個々のメーカーが自社の強みや特徴を見つめ直し、時代に合わせた戦い方を模索する。一方、中間流通業者としてメーカーと小売の間に入るだけでは、問屋の存在意義はどんどん薄くなっていく。

では、問屋だからこそできる仕事、生み出せる価値とはどんなものなのか。これからの時代に問屋が生きる道とは。

燕三条を体現するブランドをつくる。産地問屋 和平フレイズの挑戦

和平フレイズ
和平フレイズ
これは仮
燕三条の田園風景

世界有数の金属加工産地である新潟県 燕三条で、長年キッチンウェアづくりに関わってきた産地問屋、和平フレイズ株式会社。

同社は2019年、新たに総合キッチンウェアブランド「enzo(エンゾウ)」の発売を開始した。

※「enzo」のプロダクトに関する記事はこちら

enzo
enzo

「enzo」プロジェクトが立ち上がったのは2017年。燕三条をブランディングするという目的のもと、和平フレイズ 林田雅彦社長が先頭に立ち、開発が進められた。

背景にあったのは、産地の現状への危機感と、林田さん自身の後悔だ。

「私自身、入社してから最初の20数年は東京支社勤務で、主に輸入品を販売していました。産地問屋に勤めていながら地場産業に貢献できていない。そんな後ろめたさも感じていたんです」

和平フレイズの林田社長
和平フレイズ 林田雅彦社長

数年前、役員として燕三条に戻ってきた林田さんは、地場産業の厳しい現実に直面する。

「業績は良くない。設備投資ができない。子どもに継がせる気はない。そんなところばかりだと聞いてショックを受けました。同級生が経営している工場もその中に含まれていたりして。

自分が小さい頃は景気も良く、実際にいい思いもさせてもらった。その地元が大変な状況だと知って、反省すると同時に、『何とかするぞ!』というモチベーションも湧いてきましたね」

「enzo」のプロダクトデザインおよびブランドディレクターを務めた堅田佳一さんは、林田さんの想いを受けて、「和平フレイズにしかできない、燕三条を体現したブランドをつくりましょう」と提案。

実は、ぎりぎりのタイミングでもあったと話す。

堅田佳一さん。新潟の燕三条をベースに活動するクリエイティブディレクター、プロダクトデザイナー
堅田佳一さん。新潟の燕三条をベースに活動するクリエイティブディレクター、プロダクトデザイナー

「このままでは、数十年後に燕三条の半数以上の企業が無くなってしまうと言われています。製造業の先細りが見えている中で、技術力のある会社に依頼は集中し、新規の仕事をお願いすることが難しくなっていく。

産地の総力を結集した総合ブランドをつくるという意味では、本当にぎりぎり間に合うかどうか、そういうタイミングでした」

技術力のある工場への発注は年々難しくなっている
技術力のある工場への発注は年々難しくなっている
enzo

会社の垣根を超えて“総合”ブランドをつくる

こうして始まった「enzo」プロジェクト。話を聞いた各メーカーの反応は、近しい関係の会社に限っても賛否が半々だったという。

燕三条のものづくりノウハウが注ぎ込まれ、かつ総合キッチンウェアブランドと呼ぶにふさわしい共通の世界観を持ったラインアップを揃える。そして燕三条を代表するブランドに育てることによって産地を元気にする。

行政でもなく、個別のメーカーや個人でもなく、一定の規模感をもった問屋業だからこそできること。その実現のために、林田さんたちプロジェクトチームは粘り強くパートナーを探した。

「ずっと東京にいたくせに!」と、怒られたこともあったという
「ずっと東京にいたくせに!」と、怒られたこともあったという

同地域をベースにさまざまな企業のコンサルティングやプロダクトデザインを手がけてきた堅田さんは、メーカー側の気持ちも良くわかった上で、問屋と組むことの意義を強調する。

「メーカーさんが自社ブランドで勝負したい気持ちはすごく分かるんです。でもその柱に頼りきりでは怖さを感じる企業があるのも同時に知っていました。それに季節ものの売れ筋商品を抱えている場合、工場が稼働しない時期も出てきてしまいます。

工場を安定的に動かすためにも、OEMに取り組みたいと考えているメーカーさんたちの声は聞いていたので、その柱のひとつとして『enzo』を考えてもらいたいなと思っていました」

今回、「enzo」の第一弾商品としてラインアップされたのは、「鉄フライパン」「鉄中華鍋」「ステンレスざる」「ステンレスボール」の4商品。ゆくゆくは、サイズ展開も含めて45〜60種類くらいのラインアップを揃える計画がある。

“総合キッチンウェアブランド”としての立ち位置をとることで、各メーカーの個別商品とは競合しないことも意識したという。

enzoの中華鍋
「enzo」の「鉄中華鍋」
enzoのフライパン
木のハンドルが印象的な「鉄フライパン」

「もちろん、個々の商品にはこだわっていますが、あくまでもその積み重ねで総合ブランドとして見せていくつもりです。

例えばフライパンや中華鍋に関してはコンペティターでもある2社に協業していただいて商品が完成しました。

従来は交わらなかった2社が垣根を超えてタッグを組めたのは、問屋さんが間に入るからこそだと思います」

新たな技術交流で産地の価値が底上げされる

サミット工業
サミット工業株式会社

「鉄フライパン」の鍋部分を担当したサミット工業株式会社の代表取締役社長 峯島健一さんは、プロジェクトについて次のように話す。

「普段自分たちが考えつかない発想のデザインをご提案いただいて、複数社で協力して完成させました。とても刺激的な経験で、勉強になった2年間だったなと。

ハンドル部分のデザインを見たときには、本当につくれるのか?と思ったんですが、見事に仕上がってきて。まだこんな技術を持ったところがあるんだなと思いましたね」

サミット工業
サミット工業株式会社 代表取締役社長 峯島健一さん
サミット工業
今回、サミット工業は鍋部分を担当した
ワイヤーと木で構成されたハンドル部分。ものづくりに従事する人から見ると、かなり難易度の高い設計
高い加工技術でつくられたハンドル部分

競合するメーカー同士の協業による成果は「enzo」だけにとどまらず、2社間で新たに取引が生まれ、それぞれの強みを生かした新商品を現在開発中なのだとか。

峯島さんは、今後も鉄にこだわって、技術力・商品力を磨いていきたいとする。

「自分たちの下の世代が安心して、誇りを持ってものづくりに関われるようにできればと思っています。

そのためにも、家庭用品の産地として、ブランドを強力に発信していきたいんです」

サミット工業
「久しぶりに問屋さんと一緒に商品開発ができて楽しかった」と話す峯島さん
サミット工業
サミット工業
技術を身につければ、女性でも高齢者でも、長く続けられる仕事でもあるという

会社の垣根を超えたプロジェクトを通じて技術が行き来し、産地全体のレベルが底上げされる。この好循環を生み出すことができれば、問屋の存在意義は再び高まっていくだろう。

産地にデザイナーがいる意義

「ステンレスざる」を手がけた株式会社ミネックスメタルの田中謙次さんは、デザイナーと現場で試行錯誤できたことが大きかったと話す。

ミネックスメタル 田中謙次さん
ミネックスメタル 田中謙次さん

「『どうやってつくるんだ‥‥』というのが、最初に図面を見たときの感想です」

特に、強度と美しさを両立するフチ部分の仕上げの難易度が高かったという。

「堅田さんと現場で話し合って、弊社の社長が以前やっていたアイデアが使えるんじゃないかと言ってもらって、それをブラッシュアップしていきました」

堅田さん自身も、デザイナーとして産地の現場に軸を置く強みを実感している。

「商品がお客さんの手に渡って喜んでもらう。そこを目指して現場でアイデアをもらって、職人さんとブレストして、臨機応変に考えながら、当初の想定よりもよいものにしていきました。

こうしてものづくりの現場で完成度を高めていけるのは、産地にデザイナーがいることの優位性だと思います」

enzo

ざるのフチ部分に関して堅田さんたちが現場で発見し、解決の糸口になったのは、田中さんの父親で同社代表の田中久一さんが取得していた実用新案の技術だった。

ミネックスメタル
ミネックスメタル 代表の田中久一さん

その技術を足がかりに、フチ部分に芯材を入れて強度を上げ、さらにレーザー溶接の最新機器を導入し、継ぎ目の分からないシームレスな仕上げを実現。シンプルな商品だからこそ、細部にこだわり、頑丈さと美しさを兼ね備えた「ステンレスざる」が完成した。

enzoのステンレスざる
一生モノと呼ぶにふさわしい「ステンレスざる」を目指した
ざる

「難易度の高いプロジェクトでしたが、声を掛けてもらえて嬉しかったですし、この商品はうちにしかできないと思います」

と謙次さん。それを見た父親の久一さんも手応えを感じている。

「40年この業界でやってきましたが、今までに前例のない『ざる』だと思います。フチの部分にしても、足の部分にしてもつくり方やデザインにこだわっていて、“うんちく”が語れる。

これからはそういった背景のある商品しか残っていけないと思います」

ミネックスメタル
「フチ部分の角を綺麗に出すのが本当に難しかった」と話す謙次さん。現場での試行錯誤、デザイナーを交えたブレストが商品開発につながった

鉄にこだわるサミット工業。どこにも真似できないざるを作り上げたミネックスメタル。各社、得意とする分野が違う中で、最適なものづくりを行うために、最適なメンバーを編成する。

そうした差配ができることも、問屋業の大きな強みといえる。

大きな“縁”をつくる。産地問屋の生きる道

現在、和平フレイズのほか、6社が集ったプロジェクトとなっている「enzo」。地元を再び元気にするために必ず成果を出す。林田さんはそう決意を固める。

「燕三条という場所で今、こうした挑戦ができている。とても恵まれているなと感じます。

その分、『enzo』でとにかく結果を出さなければなりません」

和平フレイズ

実は「enzo」を立ち上げるにあたって、元々存在していた「燕三(えんぞう)」というギフトブランドを終了させた経緯がある。

きちんとブランディングされた商品で戦っていくために必要な決断だったが、毎年見込めていた売り上げが無くなることに、社内からは不満の声もあがった。それでも、舵を切ると決めた。

「これからの問屋は、小売業やバイヤーさんに言われたことだけをやっていても続きません。

昨今、経営にもアートが必要だと言われますが、地場産業の中で問屋が生きるためにはまさにアーティカルでなければならない。

美意識を高めてもっとイノベーティブに変わっていく必要があるし、変われることが問屋の強みだとも思います」

和平フレイズ
「競争の激しいキッチンウェア業界で生き残るために、常に勉強が必要」と話す林田さん

今後は、顧客とさまざまな方法でコミュニケーションを取りながら、中長期的に「enzo」ブランド、そして燕三条ブランドを育てていきたいとのこと。

「なんとか、『enzo』の“縁”で、燕三条や各メーカーを知ってもらいたい。そして結果的に地元の経済に貢献したいです」

ブランド名「enzo」には「縁造」の意味も込められている。

堅田さんは、「ブランドのコンセプトにも直接つながっていますが、“縁”を“造る”ことこそが、問屋さんの役割だと思っています」と話す。

これまでのように、小売業とメーカーをつなぐだけでなく、メーカー同士であったり、工場の魅力と消費者であったり、産地全体を大きな“縁”でつなぐ。

他者を巻き込みながら、自分たちだけではなく、全体で良い方向へ向かっていく。そこに、これからの問屋の生きる道、そして産地の生きる道が見えてくる。

その試金石として、「enzo」の成功、そして成長に期待が集まっている。

<取材協力>
和平フレイズ株式会社:https://www.wahei.co.jp/
「enzo」:https://enzo-tsubamesanjo.jp/
堅田佳一さん:https://katayoshi-design.com/
サミット工業株式会社:https://tetsunaberyu.jp/
株式会社ミネックスメタル:http://www.minexmetal.co.jp/japanese/

文:白石雄太
写真:浅見直希、和平フレイズ提供


<掲載商品>

【WEB限定】enzo ステンレスざる 21㎝
【WEB限定】enzo ステンレスボール 21㎝
【WEB限定】enzo ステンレスざる 24cm
【WEB限定】enzo ステンレスボール 24cm

プロに聞く、小さなスペースでも楽しめる「めでたい正月飾り」

12月も半ばを過ぎ、街の様子も慌ただしくなってきた今日この頃。暦のうえでは、13日はお正月を迎える準備を始める「正月事始め」でした。

鏡餅に注連縄 (しめなわ) 飾り、松飾りなどを供えるしきたりは、新たな年の神さまを家にお迎えするためのもの。年神さまをお迎えして、昨年の実りと平穏に感謝し、新しい年がよい1年となるようにとの願いを込めてお供えします。

令和最初という節目のお正月。新年を気持ちよく迎えるためにも正月飾りは欠かせません。そこで、正月飾りを探しに中川政七商店 渋谷店へ。辻川副店長に、現代のライフスタイルに合う、小さなスペースでも楽しめるおすすめの正月飾りを教えてもらいました。

中川政七商店 渋谷店では「正月のしつらい」展が開催されています
中川政七商店 渋谷店では「正月のしつらい」展が期間限定で開催されています

毎年飾れる「小さな鏡餅飾り」

正月飾りの中でも定番なのが鏡餅飾り。年神さまとご先祖さまにお供えし、家内の繁栄や長寿などを祈るものです。

丸いお餅が2つ重なっているのは、「円満に年を重ねる」という意味があるのだそう。

こちらの「小さな鏡餅飾り」は、そんな祈りの形を木で表現した鏡餅飾りです。

「干支ものではないので、毎年飾れます。経年変化が楽しめるのは木製ならではですよ」と辻川さん。一つずつ、職人の手で木からくり抜いて作られているので個体差があるのも面白いところなんだとか。

小さな鏡餅飾り
木のぬくもりのある雰囲気とすべすべとした手触りが心地いい

その上に飾るコロンとした橙 (だいだい) は、三重県伊賀市の伊賀組紐。橙 (だいだい) は1本の木に何代もの実がなることから家族繁栄、代々(だいだい=橙) 家が続くようにという願いが込められているといいます。

正月飾り

一つひとつの飾りに込められた願いを知ると、飾る作業も楽しくなりそうです。

中川政七商店 渋谷店の企画展・お正月
鏡餅飾りの製造工程の展示(中川政七商店 渋谷店/2019年)

玄関や水回りにおすすめ「小さな注連縄飾り」

小さな注連縄飾り
「小さな注連縄飾り」

注連縄 (しめなわ) は、神さまがいる神聖な場所を示すもの。かつては、正月になると注連縄を家の周りや座敷に注連縄を張り巡らせて邪気を祓い、年神さまを迎えていたといいます。それが次第に簡略化されて、現在のような注連縄飾りとなったのだそう。

「小さな注連縄飾り」は、藁を輪の形に編み、長い房を垂らした輪飾り。縁起物として手績み手織り麻の橙とゆずり葉のお飾りを組み合わせています。

小さな注連縄飾り

「和洋どちらの部屋にもなじむデザインがうれしいところ。玄関はもちろん、台所やお風呂などの水回りに飾ってもいいんですよ」

フックなどに引っ掛けられる紐がついているので、場所を選ばず気軽に飾れるようになっています。

長く楽しめる「花の内の餅花飾り」

花の内の餅花飾り
「花の内の餅花飾り」

岐阜県飛騨高山で昔から作られている餅花飾りは、餅を花に見立て、花が咲かない雪国の冬に彩りを添える正月飾りです。

ひな祭りの時期まで飾られ、かつてはひな祭りで餅の部分を食べるという習慣もあったのだとか。

「花の内の餅花飾り」は、飛騨高山の山で採ってきた木の枝に、「よしま農園」のおばあちゃんが餅を一つずつこねてつけています。こちらは食べることはできませんが、正月飾りのなかでは比較的長く楽しめるという点は同じ。正月から1月末までの「花の内」と呼ばれる時期まで飾れるものです。

花の内の餅花飾り

「白い餅が雪のようにも見えるので、クリスマスの時期から飾るのもおすすめです。一つひとつ枝ぶりが違うので、その表情もぜひ楽しんでみてください」

財運アップの願いを込めた「枠飾り 小 子」

枠飾り 小 子
「枠飾り 小 子」

昔から縁起物とされてきた干支。その年の干支を飾ることで「家内安全・商売繁盛」、人に授けることで「招福祈願・安寧長寿」という意味があるそうです。

2020年の干支は、財運と五穀豊穣の神「大黒天」の使いといわれている子(ねずみ)。そのいわれにちなみ、「枠飾り 小 子」では財運に恵まれるよう願いを込めて米俵とねずみを組み合わせました。

ヒバの木でできたねずみの部分は、滋賀県で一つひとつ糸鋸を使って手作業で仕上げ、米俵に見立てた美しい水引は、長野県の伝統工芸、飯田水引でできています。

枠飾り 小 子

「玄関先の靴箱などのちょっとしたスペースに絵のような感覚で飾れて、この一品だけでもめでたさが一気に出ます。置いてもいいですし、背面に金具があるので壁に掛けて飾ることもできます」

枠飾り 小 子

いろんな使い方ができる「注染手拭い 宝づくし」

縁起物の干支をもっと手軽に取り入れたいという人におすすめなのが手拭いです。2020年の干支、子をあしらった手拭いを正月飾りとしてタペストリーにしてみてはいかがでしょうか。

注染手拭い 宝づくし
ねずみと共に、縁起ものである小槌や七宝袋、松竹梅などをあしらった「注染手拭い 宝づくし」

「すっきり飾れる手ぬぐい掛け」を使えば、手拭いが絵のように簡単に飾れます。

注染手拭い

磁石でくっつくようにできた木材の間に手拭いの両端を挟むだけ。

注染手拭い

「干支の手拭いを壁にかけるだけで気軽にお正月気分が味わえます。正月飾りの時期が終わったら、ハンカチとして使ったり、手土産を包んだりと、幅広い使い方ができるのもいいですよね」

糸自体を染める注染の手拭いは、絵柄の裏表がなく暖簾としてもおすすめとのこと。使い道がいろいろあるからこそ、贈り物にも喜ばれそうです。

今回紹介した他にも、店内にはさまざまな正月飾りや干支グッズがずらりと並んでいます。

「狭い部屋だから」と諦めずに開運招福! 自分の家に似合う一品を見つけて、どうぞ素敵な一年をお迎えください。

中川政七商店 渋谷店で見つける縁起のいいお正月飾り

<掲載商品>

小さな鏡餅飾り

小さな注連縄飾り

花の内の餅花飾り

枠飾り 小 子

注染手拭い 宝づくし

<関連特集>

<取材協力>
中川政七商店 渋谷店

文:岩本恵美

石川・山中温泉の観光は「東山ボヌール」のランチから。絶品ビーフシチューと楽しむ地元の工芸たち

加賀・山中温泉の大聖寺川がある鶴仙渓の谷沿い。漆器(木地師)の神様を祀る、この地で大事な意味を持つ東山神社の鳥居の中という神聖な地。

松尾芭蕉が行脚した地であることを記した芭蕉堂の目の前に、一軒の木造の建物があります。

苔やシダ植物に覆われた森の中にある「東山ボヌール」は、まるでおとぎの世界に迷い込んだような幻想的な佇まいです。

店舗は旅館『かよう亭』の別邸として使われていた、築50年以上の木造2階建を改装。外観はほぼ元のまま風合いのある木壁を残し、中は木のテーブルを仄暗い明かりが照らす落ち着いた雰囲気の空間です。

鬱蒼とした森の中に突如現れたこのカフェ、実は地元の山中温泉中央振興会が「黒谷地区に温泉中心部からわざわざ来たくなるような新たなスポットを作りたい」という想いのもと、中部経済産業局の補助事業を利用して作られたお店。

モダンな設計は、『我戸幹男商店』なども手掛ける金沢の堀岡康二建築設計事務所によるものです。

※業界で注目を集める山中の木工メーカー『我戸幹男商店』のお店を訪ねた様子はこちら:「こんなに軽やかで、薄い木の器があったなんて。山中温泉で触れる漆器の奥深い世界」

メニューは生搾りレモンスカッシュやデンメアのオーガニックティーなどのドリンクほか、ナッツたっぷりの「森のケーキ」やガトーショコラといったスイーツが中心。

ケーキ類も全て手作り。写真は森のケーキ400円

数量限定のビーフシチューライスは必食

しかしここで絶対食べて欲しいのが、一番人気のビーフシチューライス。昼のみの数量限定で、平日でも売り切れてしまうことも。電話で予約を!

ビーフシチューライスは飲み物とセットで1620円。この日はウィーンの高級紅茶ブランド「デンメア」のホットティーと一緒に

ビーフシチューライスは、バターライスに温野菜がトッピングされ、スキレットで提供されます。ポットで別添えのビーフシチューはA5ランクの和牛がゴロッと入り、赤ワインがきいた味。香味野菜やトマト、タマネギなどをじっくり煮込み、濃厚なコクがあります。

牛肉も赤ワインのソースに一晩漬け込んでおり、とにかく柔らかく、ホロホロととろけるのが自慢。「山中温泉は高齢のお客様も多いのですが、『あらっ、スプーンで押したら崩れたわ!』って驚かれることもあります」と語るのは店長の竹中さん。老若男女が来る温泉地だけに、客層に合わせて食べやすくするという配慮も欠かせません。

山中温泉で人やお店をつなぐハブのような存在に。

お話を聞いていると、このカフェは人と人、お店とお店のつながりをとても大切にしているのだと感じられます。

例えば、ビーフシチューに使う牛肉を仕入れるお肉屋さん。

「『今週すごい良いお肉が入ったんですよ!』って持ってきてくださると、『じゃあ美味しく使います!』って張り切っちゃう。野菜もそう。信頼できる専門家にお任せして、その人達が自信を持って届けてくださるから、お客様に自信を持ってお出しできます」

それは食材だけではありません。店内の一角に並ぶのは、山中の作家が作った器や、オリジナルの手ぬぐい、旅館の自家製調味料など。ここは地元で活動する作家やお店のものづくりを知ってもらうため、出会いの場としての役割もあるのです。

この日に並んでいた木の豆皿は木地屋の工房『mokume』が東山ボヌールのために作ったもの。ちなみに木地屋とは、山中漆器の工程に欠かせない、木を器の形に削る職人のこと。

こちらは東山ボヌールで料理に用いられ、お客さんに使い心地を確かめてもらうことで買ってもらうきっかけを作っています。
隣に並ぶのは『九谷焼窯元 きぬや』によるオリジナルの蕎麦猪口です。

竹中さんはお客さんから「山中でのおすすめの過ごし方」を聞かれると、『mokume』で開いている器づくり体験を勧めるなど、地元だからこそ伝えられる山中の楽しみ方を伝えます。

また、鶴仙渓沿いの植物を紹介する「モジャモジャマップ」の配布や、苔を見るための小さなルーペの販売など、森林をミクロに散策する提案も。

「東山ボヌールに来ることで、予定と違うプランに出会ってくれるような、一歩踏み込んだ旅の発信ができるお店になりたいです。旅行雑誌には載っていない情報は、現地の人たちだからこそ発信できるのだと思います。ちょっと一休みに入るつもりやったんやけど、あ、こんなんあるんや!って知ってもらえると嬉しいですね」

2階は客席のほか、写真展を開催するなどギャラリーとしても活用

ノープランで山中温泉を訪れたとしても、まずは東山ボヌールへ行けばきっと大丈夫。どんなガイドブックよりも自分に合った旅の楽しみ方を発見できそうです。

<取材協力>
東山ボヌール
石川県加賀市山中温泉東町1丁目ホ19-1芭蕉堂前
0761-78-3765
9時~17時
木曜休
https://higashiyama-bonheur.jimdo.com/

文:猫田しげる
写真:長谷川賢人、猫田しげる

*こちらは、2019年6月25日の記事を再編集して公開しました。

雪かきに欠かせない!クマ武「スノーダンプ」は最強の除雪道具だ

雪国で生まれた「最強」の除雪道具

あっという間に年の瀬。そろそろ初雪の便りが聞こえてくる季節となりました。

みなさん、雪かきの準備はできましたか?

雪の多い地域にとって除雪は命に関わる切実な問題です。

世界有数の豪雪地帯と言われる新潟県十日町市。

平均して一冬に累計10メートルあまり雪が降り積もるそうです。

クマ武スノーダンプ
写真提供:十日町市役所

厳しい環境で鍛え抜かれた除雪隊の仕事ぶりが、以前テレビ番組で紹介されたこともありました。

クマ武スノーダンプ
写真提供:十日町市役所

そんな雪国十日町で生まれた「最強」の除雪道具があります。

その名も「クマ武スノーダンプ」。

クマ武スノーダンプ

スノーダンプは、除雪した雪を乗せて運ぶ道具のこと。

「クマ武」とはなんとも勇ましい感じがしますが、いったいどう「最強」なのか。製造現場を訪ねました。

鉄工所から引き継がれた技術

伺ったのは JR十日町駅から歩いて20分ほどのところにある「山田屋商店」です。

クマ武スノーダンプ

一見、よくある街の金物店ですが、こちらで最強のスノーダンプが作られています。

クマ武スノーダンプ

「創業は明治32年。初めは金物と食料品を扱うお店でした」と話すのは、山田屋商店でスノーダンプの製造を担当している太田功さん。

街の雑貨屋さんから始まった山田屋商店さんですが、現在は家庭金物のほか、セメント、コンクリート二次製品、建築土木資材の販売、ガス工事や水道工事、ガソリンスタンド経営まで手がける、街の大きな雑貨屋さんです。

以前はお店で販売するだけだったスノーダンプを製造することになったのは、今から30数年前のこと。

「もとは、十日町の新座にあった樋熊鉄工所の樋熊武(ひぐま たけし)さんが試行錯誤して考えついたものです」

樋熊 武さんが作ったから「クマ武」。

「特許をとって、作り始めた頃に残念ながら亡くなられまして、弊社が引き継ぐことになりました」

雪国の家庭には、一家に1台スノーダンプ

そもそも、スノーダンプとはどんなものなのでしょうか。

「スノーダンプは道具の名前で、他の会社でも使っています。ダンプカーのように雪を乗せて、運んで降ろせるということだと思います」

クマ武スノーダンプ
写真提供:十日町市役所

雪国の生活では、建物を雪から守り、人や車が通る道を作るための除雪が欠かせません。

昔は「こしき」という木製のスコップなどで屋根の雪おろしなどをしていました。

クマ武スノーダンプ
昔の雪下ろしの様子。木製ではないがスコップをつかっている(写真提供:十日町市役所)

昭和30年代に鉄製のスノーダンプが登場。

その後、軽量のプラスチック製、アルミ製ができるなど、スノーダンプは雪国の生活を支えてきました。

「昔と比べて雪は少なくなりました。私が子どもの頃は家の2階からでも外に出られないぐらい積もっていましたが、今は消雪パイプ(道路に埋め込んだパイプから地下水を流して除雪したり路面凍結防止をするもの)や除雪車もあるので、除雪も楽になりました」

それでも雪の多い年は1シーズンに10回くらい屋根の雪下ろしをすることもあるそう。

「スノーダンプは雪下ろしだけでなく、家の前や道に積もった雪も片付けなくてはいけないので、どこの家庭にもあると思います」

クマ武スノーダンプ
家の前などに溜まった雪は、定期的に流雪溝(りゅうせつこう・水を利用して、雪を流す側溝)に捨てる。運ぶときもスノーダンプが必須

作業を少しでも楽にしたいという切実な思いを形に

ではクマ武スノーダンプはどんなものなのでしょうか。

「こちらがクマ武スノーダンプです」

クマ武スノーダンプ

‥‥失礼ながら大きなチリトリのようにしか見えず、あまり最強さが感じられません。どこが他のものと違うのでしょうか。

「一般的なスノーダンプは一枚板で作りますが、クマ武は先端部分と鍋の部分(雪を乗せる部分)が分かれています」

クマ武スノーダンプ

「先端の板は他よりも厚いので、雪が切りやすくなっています」

「雪を切る」とは?

「積もった雪にダンプを刺し込むと、すっと切れるというか。プラスチックは硬い雪だと刺さりにくいし、鉄の一枚板は、使ううちに先端が削れてしまいます」

クマ武スノーダンプ
高く降り積もった雪にダンプを差し込んで切る
クマ武スノーダンプ
切った雪をすくう

クマ武はステンレスなので鉄よりも硬く、しかも先端部分を厚くしているので削れにくく、長持ちするそうです。

また、ステンレスは滑りもいいといいます。

クマ武スノーダンプ

「乗せた雪を運ぶ時も滑りがいいので簡単に押すことができますし、捨てるのもスッと捨てられる。雪離れがいいのも特徴ですね」

特に雪下ろしには、この「雪離れ」が重要だと言います。

「屋根に上がるのは危険ですので、落ちないよう、滑らないように気をつけなければいけません。スノーダンプの雪離れが悪いと、雪を捨てた時に体ごと持っていかれそうになるので危ない。だから雪離れがいいことが重要になります」

クマ武スノーダンプ

雪下ろしはどのくらい積もるとするものなのでしょうか?

「1〜1.5メートルぐらいですかね。この辺りは水を含んだ雪で積もるほど重たくなるので、早めに下ろす人もいます」

クマ武は、この水っぽい雪にも向いているそうです。

「ステンレスは氷点下になるような地域では、雪が凍りついてくっついてしまうので向いてないと思います」

経験のない者には想像もつかないエピソードばかりです。

作業を少しでも安全に楽にしたい。そんな切実な思いを形にしたクマ武スノーダンプ。その最強さがわかってきたような気がします。

一生物の除雪道具

クマ武スノーダンプ

オールステンレス製のクマ武は錆びにくいのも特徴。

「使い方にもよりますが、最近、発売当初のものと思われるものを修理に来た方がいます。上手に使えば一生ものとして使えますね」

サイズは屋根用と中サイズ、大サイズの3種類。

「先端部分の長さが違います」

クマ武スノーダンプ

鍋の大きさは全部同じで、先端部分が2センチずつ大きくなっていきます。

「少しでも軽いのが欲しい人は屋根用。力があれば大きい方が一度にたくさん雪を運べます」

厚さにもひと工夫が。

「鍋に対して先端部分だけコンマ数ミリ厚くしてあるんです。全部を厚くすると重くなってしまうので」

重さは屋根用が4.7キロ、一番大きいサイズは5.5キロ。

持ってみるとスノーダンプ自体、かなりの重さ。これに雪が入ると思うと、少しでも軽い方がいいのがよくわかります。

樋熊さんが亡くなったことで、開発の経緯など詳しいことはわかっていないそうです。

「いろいろ苦労して考えたんだと思います。試作品を見たことがありますが、形が違ったりしていました」

鍋の後ろの部分を曲げてあるのにも意味があるそう。

クマ武スノーダンプ
鍋の端がコの字に曲げられている

「おそらく、雪を乗せて持ち上げる時にここに足をかけるので、踏んだ時に痛くないようにしているんだと思います」

心憎い配慮がされているところもまた、クマ武を最強と言わしめる所以なのかもしれません。

山田屋商店さんが引き継いだ経緯はなにかあるのでしょうか?

「どういうんでしょうね。特別知り合いだったわけでもないようですが、お話をいただいて、いい品物ですので、引き継がなければと思ったのではないでしょうか」

山田屋商店さんが引き継がなければ存在しなかったかもしれない「クマ武スノーダンプ」。

実は、製造方法にも「最強ポイント」が隠されているんです。

迷いなく作業ができる最強の溶接道具

クマ武が作られている現場を見せていただきました。

クマ武スノーダンプ

「最初は樋熊鉄工所にこちらの従業員が行って作っていましたが、今は工場を弊社の倉庫に移して、3人で作っています」

作業場にはパーツが並んでいます。

クマ武スノーダンプ
先端部分のパーツ

「部材は燕三条の会社で作ったものを仕入れて、ここでは溶接して組み立てるだけになっています」

新潟県の燕三条といえば日本を代表する金物の産地。パーツにも最強さが伺えます。

部材の発注も、樋熊さんが始めた時のまま変わっていないそうです。

「作り方は残っていた従業員の方に教えてもらいました」

クマ武スノーダンプ

実は、溶接するための道具もクマ武専用、樋熊さんのオリジナルです。

クマ武スノーダンプ
持ち手のパーツを組み立てて溶接する道具

「パーツを置けばすぐに溶接ができるように、置く角度も全て決まっています」

クマ武スノーダンプ
クマ武スノーダンプ

「よく考えてあるなと感心します。これがなければパーツを合わせるのも大変なので」

迷いなく作業ができる。

「そうですね。私どもはただ組み立てて溶接すればいいだけですから。ここまで考えた樋熊さんは本当にすごいなと思います」

スノーダンプ自体も改良はほとんどしていないと言います。

「鍋と持ち手のつなぎ部分を3点で止めていたところを、より丈夫にするために4点にしているぐらいです」

クマ武スノーダンプ

それだけ優れているもの?

「そうですね。ただ、昔と比べて体格の大きい方もいるので、もう少し持ち手を長くして欲しいとか要望はあるので、後々は考えていきたいと思っています」

クマ武という名前は?

「これも初めからできていました」

クマ武スノーダンプ

あぁ、本当に作る準備も全て整って、さぁ、これから作り出そう!という矢先だった。

名前がしっかり残って、きっと喜んでいるでしょうね。

「こんなに有名になるとは思ってなかったでしょうしね」

雪と仲良く暮らしてきたからこそ生まれた商品

山田屋商店さんではメンテナンスもしていただけるそうです。

クマ武スノーダンプ
倉庫に並んだクマ武スノーダンプ

「私どもではプレス加工ができないので、曲がってしまったものをきれいに直すのは難しいのですが、溶接であればいくらでも直してあげられます」

いいものなので、長く使って欲しいですね。

「そうですね。みなさん、使ってみるとやっぱりこれがいいなと言われます。安いものではありませんが、先端が減りづらいので長持ちすると思います」

十日町市の人口は5万人以上。豪雪地帯にこれほど多くの人々が暮らしている地域は世界的にも珍しいそうです。

それだけ、人々が上手に向き合いながら暮らしてきたと言えるのかもしれません。

クマ武スノーダンプ

雪のことをよく知る十日町だからこそ生まれた、クマ武スノーダンプ。

みなさんも冬の準備に求めてみてはいかがでしょうか。

新潟・十日町にある山田屋商店の雪かき道具・クマ武スノーダンプ
写真提供:十日町市役所

<取材協力>
山田屋商店
新潟県十日町市山本町五丁目866番地6
025-752-3105

文・写真 : 坂田未希子

※こちらは、2018年12月4日の記事を再編集して公開いたしました。